特許第5971446号(P5971446)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5971446フェライト系ステンレス鋼材と、これを用いる固体高分子形燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5971446
(24)【登録日】2016年7月22日
(45)【発行日】2016年8月17日
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼材と、これを用いる固体高分子形燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160804BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20160804BHJP
   H01M 8/0202 20160101ALI20160804BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20160804BHJP
   C21D 9/46 20060101ALN20160804BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/54
   H01M8/02 B
   H01M8/10
   !C21D9/46 R
【請求項の数】5
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-503470(P2016-503470)
(86)(22)【出願日】2015年9月30日
(86)【国際出願番号】JP2015077750
【審査請求日】2016年1月26日
(31)【優先権主張番号】特願2014-203320(P2014-203320)
(32)【優先日】2014年10月1日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】樽谷 芳男
【審査官】 太田 一平
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−328205(JP,A)
【文献】 特開2004−107704(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00 − 38/60
C21D 9/46
H01M 8/0202
H01M 8/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.001〜0.020%未満、
Si:0.01〜1.5%、
Mn:0.01〜1.5%、
P:0.035%以下、
S:0.01%以下、
Cr:22.5〜35.0%、
Mo:0.01〜6%、
Ni:0.01〜6%、
Cu:0.01〜1%、
N:0.035%以下、
V:0.01〜0.35%、
B:0.5〜1.0%、
Al:0.001〜6.0%、
Sn:0.02〜2.50%、
希土類元素:0〜0.1%、
Nb:0〜0.35%、
Ti:0〜0.35%、および、
残部:Feおよび不純物であり、かつ、
{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)}として算出される値が20〜45%であるとともに、
フェライト相のみからなる母相中にMB型硼化物系金属析出物が分散し、かつ、表面に露出している、フェライトステンレス鋼材。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
希土類元素:0.005〜0.1%を、
含有する、請求項1に記載のフェライトステンレス鋼材。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001〜0.35%、および、
Ti:0.001〜0.35%、
から選択される1種以上を含有し、かつ、
3≦Nb/C≦25、
3≦Ti/(C+N)≦25、
を満足する、請求項1または請求項2に記載のフェライトステンレス鋼材。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材により構成される、固体高分子形燃料電池用セパレータ。
【請求項5】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材により構成される、固体高分子形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼材と、これを用いる固体高分子形燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池に関する。なお、ここでいうセパレータは、バイポーラプレートと呼ばれることもある。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素と酸素を利用して直流電流を発電する電池であり、固体電解質形、溶融炭酸塩形、リン酸形および固体高分子形に大別される。それぞれの形式は、燃料電池の根幹部分を構成する電解質部分の構成材料に由来する。
【0003】
現在、商用段階に達している燃料電池として、200℃付近で動作するリン酸形、および650℃付近で動作する溶融炭酸塩形がある。近年の技術開発の進展とともに、室温付近で動作する固体高分子形と、700℃以上で動作する固体電解質形が、自動車搭載用または家庭用小型電源として注目されている。
【0004】
図1は、固体高分子形燃料電池の構造を示す説明図であり、図1(a)は、燃料電池セル(単セル)の分解図、図1(b)は燃料電池全体の斜視図である。
【0005】
図1(a)および図1(b)に示すように、燃料電池1は単セルの集合体である。単セルは、図1(a)に示すように固体高分子電解質膜2の1面に燃料電極膜(アノード)3を、他面には酸化剤電極膜(カソード)4が積層され、その両面にセパレータ5a、5bが重ねられた構造を有する。
【0006】
代表的な固体高分子電解質膜2として、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素系イオン交換樹脂膜がある。
【0007】
燃料電極膜3および酸化剤電極膜4には、カーボン繊維から構成されるカーボンペーパまたはカーボンクロスからなる拡散層表面に粒子状の白金触媒と黒鉛粉、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素樹脂からなる触媒層が設けられており、拡散層を透過した燃料ガスまたは酸化性ガスと接触する。
【0008】
セパレータ5aに設けられている流路6aから燃料ガス(水素または水素含有ガス)Aが流されて燃料電極膜3に水素が供給される。また、セパレータ5bに設けられている流路6bからは空気のような酸化性ガスBが流され、酸素が供給される。これらガスの供給により電気化学反応が生じて直流電力が発生する。
【0009】
固体高分子形燃料電池セパレータに求められる機能は、(1)燃料極側で、燃料ガスを面内均一に供給する“流路”としての機能、(2)カソード側で生成した水を、燃料電池より反応後の空気、酸素といったキャリアガスとともに効率的に系外に排出させる“流路”としての機能、(3)長時間にわたって電極として低電気抵抗、良電導性を維持する単セル間の電気的“コネクタ”としての機能、および(4)隣り合うセルで一方のセルのアノード室と隣接するセルのカソード室との“隔壁”としての機能などである。
【0010】
これまで、セパレータ材料としてカーボン板材の適用が実験室レベルでは鋭意検討されてきているが、カーボン板材には割れ易いという問題があり、さらに表面を平坦にするための機械加工コストおよびガス流路形成のための機械加工コストが非常に嵩むという問題がある。それぞれが大きな問題であり、燃料電池の商用化そのものを難しくしている状況がある。
【0011】
カーボンの中でも、熱膨張性黒鉛加工品は格段に安価であることから、固体高分子形燃料電池セパレータ用素材として最も注目されている。しかし、ますます厳しくなる寸法精度への対応、燃料電池適用中に生じる経年的な結着用有機樹脂の劣化、電池運転条件の影響を受けて進行するカーボン腐食、ならびに燃料電池組み立て時と使用中に起こる予期せぬ割れ事故などは、今後も解決すべき課題として残されている。
【0012】
こうした黒鉛系素材の適用の検討に対峙する動きとして、コスト削減を目的に、セパレータにステンレス鋼を適用する試みが開始されている。
【0013】
特許文献1には、金属製部材からなり、単位電池の電極との接触面に直接金めっきを施した燃料電池用セパレータが開示されている。金属製部材として、ステンレス鋼、アルミニウムおよびNi−鉄合金が挙げられており、ステンレス鋼としては、SUS304が用いられている。この発明では、セパレータは金めっきを施されているので、セパレータと電極との接触抵抗が低下し、セパレータから電極への電子の導通が良好となるため、燃料電池の出力電圧が大きくなるとされている。
【0014】
特許文献2には、表面に形成される不動態皮膜が大気により容易に生成される金属材料からなるセパレータが用いられている固体高分子形燃料電池が開示されている。金属材料としてステンレス鋼とチタン合金が挙げられている。この発明では、セパレータに用いられる金属の表面には、必ず不動態皮膜が存在しており、金属の表面が化学的に侵され難くなって燃料電池セルで生成された水がイオン化される度合いが低減され、燃料電池セルの電気化学反応度の低下が抑制されるとされている。また、セパレータの電極膜等に接触する部分の不動態皮膜を除去し、貴金属層を形成することにより、電気接触抵抗値が小さくなるとされている。
【0015】
しかし、特許文献1および2により開示された、表面に不動態皮膜を備えるステンレス鋼のような金属材料をそのままセパレータに用いても、耐食性が十分でなく金属の溶出が起こり、溶出金属イオンにより担持触媒性能が劣化する。また、溶出後に生成するCr−OHおよびFe−OHのような腐食生成物により、セパレータの接触抵抗が増加するので、金属材料からなるセパレータには、コストを度外視した金めっき等の貴金属めっきが施されているのが現状である。
【0016】
このような状況の下、セパレータとして、高価な表面処理を施さずに無垢のままで適用できる、耐食性に優れたステンレス鋼も提案されている。
【0017】
特許文献3により、鋼中にBを含有せず、鋼中に金属析出物としてM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系介在物のいずれも析出しない、鋼中C量が0.012%以下(本明細書では化学組成に関する「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する)の固体高分子形燃料電池セパレータ用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。また、特許文献4および5には、このような金属析出物が析出していないフェライト系ステンレス鋼をセパレータとして適用する固体高分子形燃料電池が開示されている。
【0018】
特許文献6には、鋼中にBを含有せず、鋼中に0.01〜0.15%のCを含有し、Cr系炭化物をのみが析出する固体高分子形燃料電池のセパレータ用フェライト系ステンレス鋼およびこれを適用した固体高分子形燃料電池が示されている。
【0019】
特許文献7には、鋼中にBを含有せず、鋼中に0.015〜0.2%のCを含有し、Niを7〜50%含有する、Cr系炭化物を析出する固体高分子形燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼が示されている。
【0020】
特許文献8には、ステンレス鋼表面に、導電性を有するM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系介在物のうちの1種以上が分散、露出している固体高分子形燃料電池のセパレータ用ステンレス鋼が示されており、C:0.15%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜36%、Al:0.001〜6%、N:0.035%以下を含有し、かつCr、MoおよびB含有量が17%≦Cr+3×Mo−2.5×Bを満足し、残部Feおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼が記載されている。
【0021】
特許文献9には、ステンレス鋼材の表面を酸性水溶液により腐食させて、その表面に導電性を有するM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系金属介在物のうちの1種以上を露出させる固体高分子形燃料電池のセパレータ用ステンレス鋼材の製造方法が示されており、C:0.15%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜36%、Al:0.001〜6%、B:0〜3.5%、N:0.035%以下、Ni:0〜5%、Mo:0〜7%、Cu:0〜1%、Ti:0〜25×(C%+N%)、Nb:0〜25×(C%+N%)を含有し、かつCr、MoおよびB含有量は17%≦Cr+3×Mo−2.5×Bを満足しており、残部Feおよび不純物からなるフェライト系ステンレス鋼材が開示されている。
【0022】
特許文献10には、表面にMB型の硼化物系金属化合物が露出しており、かつ、アノード面積およびカソード面積をそれぞれ1としたとき、アノードがセパレータと直接接触する面積、およびカソードがセパレータと直接接触する面積のいずれもが0.3から0.7までの割合である固体高分子形燃料電池が示されており、ステンレス鋼表面に、導電性を有するM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系介在物のうちの1種以上が露出しているステンレス鋼が示されている。さらに、セパレータを構成するステンレス鋼が、C:0.15%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜36%、Al:0.2%以下、B:3.5%以下(ただし0%を除く)、N:0.035%以下、Ni:5%以下、Mo:7%以下、W:4%以下、V:0.2%以下、Cu:1%以下、Ti:25×(C%+N%)以下、Nb:25×(C%+N%)以下で、かつCr、MoおよびBの含有量が、17%≦Cr+3×Mo−2.5×Bを満足するフェライト系ステンレス鋼材が示されている。
【0023】
さらに、特許文献11〜15には、表面にMB型の硼化物系金属析出物が露出するオーステナイト系ステンレスクラッド鋼材ならびにその製造方法が開示されている。
【0024】
特許文献16には、鋼中のBがMB型硼化物として析出しているフェライト系ステンレス鋼およびその鋼からなるセパレータを備えた燃料電池が開示されている。該フェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.08%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Cr:17〜36%、Al:0.001〜0.2%、B:0.0005〜3.5%、N:0.035%以下、必要によりNi、Mo、Cuを含有し、かつCr、MoおよびB含有量は17%≦Cr+3Mo−2.5Bを満足しており、残部Feおよび不可避不純物からなる。
【0025】
特許文献17には、MB型硼化物系金属介在物からなる導電性物質を備える固体高分子形燃料電池のセパレータ用ステンレス鋼材が開示されている。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼として、質量%で、C:0.2%以下、Si:2%以下、Mn:3%以下、Al:0.001%以上6%以下、P:0.06%以下、S:0.03%以下、N:0.4%以下、Cr:15%以上30%以下、Ni:6%以上50%以下、B:0.1%以上3.5%以下、残部Feおよび不純物を含有するステンレス鋼が挙げられている。
【0026】
特許文献18には、高温で良好な電気伝導性を有する酸化皮膜が形成されたフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。該フェライト系ステンレス鋼板は、質量%にて、C:0.02%以下、Si:0.15%以下、Mn:0.3〜1%、P:0.04%以下、S:0.003%以下、Cr:20〜25%、Mo:0.5〜2%、Al:0.1%以下、N:0.02%以下、Nb:0.001〜0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ2.5<Mn/(Si+Al)<8.0を満たす。前記フェライト系ステンレス鋼板は、さらに質量%にて、Ti:0.5%以下、V:0.5%以下、Ni:2%以下、Cu:1%以下、Sn:1%以下、B:0.005%以下、Mg:0.005%以下、Ca:0.005%以下、W:1%以下、Co:1%以下、Sb:0.5%以下の1種または2種以上含有している。
【0027】
特許文献19には、微量のSnを添加して耐酸化性と高温強度を向上させたフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。該フェライト系ステンレス鋼板は、質量%にて、C:0.001〜0.03%、Si:0.01〜2%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.005〜0.05%、S:0.0001〜0.01%、Cr:16〜30%、N:0.001〜0.03%、Al:0.8%超〜3%、Sn:0.01〜1%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
【0028】
特許文献20には、Snの添加により不動態皮膜を改質して耐食性を向上させたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。該フェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.01%以下、Si:0.01〜0.20%、Mn:0.01〜0.30%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:13〜22%、N:0.001〜0.020%、Ti:0.05〜0.35%、Al:0.005〜0.050%、Sn:0.001〜1%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0029】
【特許文献1】特開平10−228914号公報
【特許文献2】特開平8−180883号公報
【特許文献3】特開2000−239806号公報
【特許文献4】特開2000−294255号公報
【特許文献5】特開2000−294256号公報
【特許文献6】特開2000−303151号公報
【特許文献7】特開2000−309854号公報
【特許文献8】特開2003−193206号公報
【特許文献9】特開2001−214286号公報
【特許文献10】特開2002−151111号公報
【特許文献11】特開2004−071319号公報
【特許文献12】特開2004−156132号公報
【特許文献13】特開2004−306128号公報
【特許文献14】特開2007−118025号公報
【特許文献15】特開2009−215655号公報
【特許文献16】特開2000−328205号公報
【特許文献17】特開2010−140886号公報
【特許文献18】特開2014−031572号公報
【特許文献19】特開2012−172160号公報
【特許文献20】特開2009−174036号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0030】
本発明の課題は、固体分子形燃料電池内の環境での耐食性が格段に優れ、接触電気抵抗が金めっき材と同等であるフェライト系ステンレス鋼材と、そのステンレス鋼材からなる固体高分子形燃料電池用セパレータ、ならびに、これを適用した固体高分子形燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0031】
本発明者は、長年に亘り、固体高分子形燃料電池のセパレータとして長時間使用しても、金属セパレータ表面からの金属溶出が極めて少なく、拡散層、高分子膜ならびに触媒層から構成されるMEA(Membrane Electrode Assemblyの略称)の金属イオン汚染も殆ど進行することもない、触媒性能の低下ならびに高分子膜性能の低下を起こし難いステンレス鋼材の開発に専念してきた。
【0032】
具体的には、汎用のSUS304、SUS316L、それらの金めっき処理材、MBおよび、またはM23型金属析出物型ステンレス材、導電性微粒粉塗布または塗装処理ステンレス材、または表面改質処理ステンレス材等を用いた燃料電池適用を検討してきた結果、以下に列記の知見(a)〜(c)を得るに至り、本発明を完成した。
【0033】
(a)鋼中に微細に分散し表面に露出したMBは、不動態皮膜で覆われたステンレス鋼表面で“電気の通り道”として機能することにより表面の導電性(電気的な接触抵抗)を顕著に改善する。ただし、電気的な接触抵抗性能は金めっき素材並みとなるものの、安定性には更なる改善の余地がある。
【0034】
(b)Snを添加することにより、母相中に固溶しているSnが、適用前に行う酸液処理および燃料電池適用中の緩やかな母相溶解にともない、母相の表面のみならず、MB表面にも金属スズまたは酸化スズとして濃化する。これにより、母相およびMBからの金属イオンの溶出を顕著に抑制するとともに、母相の表面接触抵抗を低減し、さらにMB表面に金属スズまたは酸化スズとして濃化する。これにより、MBの電気的な接触抵抗性能も安定して金めっき素材並みに改善する効果がある。
【0035】
(c)積極的にMoを添加することにより、良好な耐食性が確保される。Moは溶出したとしても、アノードおよびカソード部に担持されている触媒の性能に対する影響が比較的軽微である。このことは、溶出したMoが、陰イオンであるモリブデン酸イオンとして存在するため、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素系イオン交換樹脂膜のプロトン伝導性を阻害する影響が小さいためと考えられる。同様の挙動がVにも期待できる。
【0036】
本発明は、以下に列記の通りである。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.001〜0.020%未満、
Si:0.01〜1.5%、
Mn:0.01〜1.5%、
P:0.035%以下、
S:0.01%以下、
Cr:22.5〜35%、
Mo:0.01〜6%、
Ni:0.01〜6%、
Cu:0.01〜1%、
N:0.035%以下、
V:0.01〜0.35%、
B:0.5〜1.0%、
Al:0.001〜6.0%、
Sn:0.02〜2.50%、
希土類元素:0〜0.1%、
Nb:0〜0.35%、
Ti:0〜0.35%、および、
残部:Feおよび不純物であり、かつ、
{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)}として算出される値が20〜45%であるとともに、
フェライト相のみからなる母相中にMB型硼化物系金属析出物が分散し、かつ、表面に露出している、フェライトステンレス鋼材。
【0037】
(2)前記化学組成が、質量%で、
希土類元素:0.005〜0.1%を、
含有する、上記(1)に記載のフェライトステンレス鋼材。
【0038】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.001〜0.35%、および、
Ti:0.001〜0.35%、
から選択される1種以上を含有し、かつ、
3≦Nb/C≦25、
3≦Ti/(C+N)≦25、
を満足する、上記(1)または(2)に記載のフェライトステンレス鋼材。
【0039】
(4)上記(1)から(3)までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼材により構成される、固体高分子形燃料電池用セパレータ。
【0040】
(5)上記(1)から(3)までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼材により構成される、固体高分子形燃料電池。
【0041】
本発明において、MB、M23の“M”は金属元素を示すが、特定の金属元素ではなく、CrまたはBとの化学的親和力の強い金属元素を示す。一般に、Mは鋼中共存元素との関係より、Cr,Feを主体とし、Ni,Moを微量含有することが多い。MB型硼化物系金属析出物としては、CrB、(Cr,Fe)B、(Cr,Fe,Ni)B、(Cr,Fe,Mo)B、(Cr,Fe,Ni,Mo)B、Cr1.2Fe0.76Ni0.04Bといったものがある。炭化物の場合、Bも“M”としての作用を有する。M23型としては、Cr23、(Cr,Fe)23などがある。
【0042】
上記のMB型硼化物系金属析出物、M23型炭化物系金属析出物のいずれにおいても、Cの一部がBで置換されたM23(C,B)型炭化物系金属析出物またはM(C,B)型硼化物系金属析出物といった金属析出物も析出することがある。上記の表記はこれらも含んでいるものとする。基本的に、電気伝導性が良好である金属系の分散物であれば類似の性能が期待される。
【0043】
本発明において“MB”型表記の添え字指数“”は、“硼化物中の金属元素であるCr,Fe,Mo,Ni,X(ここで、XはCr,Fe,Mo,Ni以外の鋼中金属元素)とB量との間において、“(Cr質量%/Cr原子量+Fe質量%/Fe原子量+Mo質量%/Mo原子量+Ni質量%/Ni原子量+X質量%/X原子量)/(B質量%/B原子量)が略2となる化学量論的関係が成立していることを意味する。本表記法は、特殊なものではなく、極めて一般的な表記法である。
【発明の効果】
【0044】
本発明により、表面の接触抵抗低減のために高価な金めっき等のコスト高の表面処理を施すこともなく、優れた耐溶出金属イオン特性を有する。すなわち、固体分子形燃料電池内の環境での耐食性が格段に優れるとともに、接触電気抵抗が金めっき材と同等であるフェライト系ステンレス鋼材が得られる。このステンレス鋼材は、固体高分子形燃料電池のセパレータに適している。固体高分子形燃料電池の本格普及には、燃料電池本体コスト、とくにセパレータコストの低減が極めて重要である。本発明により、金属セパレータ適用の固体高分子形燃料電池の本格普及が早まることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1図1は、固体高分子形燃料電池の構造を示す説明図であり、図1(a)は、燃料電池セル(単セル)の分解図、図1(b)は燃料電池全体の斜視図である。
図2図2は、実施例3で製造したセパレートの形状を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
本発明を実施するための形態を詳しく説明する。なお、以下に示す%表示はすべて質量%である。
【0047】
1.MB硼化物型金属析出物
Bは、60%以上のCrを含有しており、母相よりも耐食性に優れる。Cr濃度が母相よりも高いことにより、表面に生成する不動態皮膜も母相に比較して薄くなり導電性(電気的な接触抵抗性能)が優れる。
【0048】
ステンレス鋼の表面に、導電性を有するMB型硼化物系金属析出物を微細に分散、露出させることにより、燃料電池内での電気的な接触抵抗を安定して、長期間にわたり顕著に低減させることができる。
【0049】
ここで、露出とは、MB型硼化物系金属析出物がステンレス鋼の母相表面に生成している不動態皮膜で覆われることなく外面に突出していることを意味する。MB型硼化物系金属析出物を露出させることにより、MB型硼化物系金属析出物が電気の通り道(迂回路)として機能して、表面の電気的な接触抵抗を顕著に下げる効果を有する。
【0050】
表面に露出したMB型硼化物系金属析出物は脱落することが懸念されるが、MB硼化物系金属析出物は金属析出物であることにより、母相と金属結合しており、脱落することはない。
【0051】
B型硼化物系金属析出物は、凝固末期に進行する共晶反応により析出するため、組成がほぼ均一であるとともに、熱的にも極めて安定である特長を有している。鋼材の製造工程における熱履歴によって、再固溶も、再析出も、成分変化もすることがない。また、MB型硼化物系金属析出物は、非常に硬質な析出物である。熱間鍛造、熱間圧延、冷間圧延各工程で機械的に破砕され、微細に均一に分散する。
【0052】
2.金属スズおよび酸化スズ
Snは、溶鋼段階で合金元素として添加することにより母相中に固溶している。固体高分子形燃料電池セパレータとして適用するに際して、鋼表面近傍に位置している鋼中のMBを表面に露出させて鋼表面の電気的な接触抵抗を下げるために酸洗する。このとき、母相中に固溶しているスズは、酸洗による母相溶解(腐食)に伴い母相の表面のみならず、MB表面にも金属スズ、または酸化スズとして濃化する。さらに、固体高分子形燃料電池セパレータとして適用開始した直後に燃料電池内環境に応じて緩やかな金属溶出が進行して不動態皮膜が変化する。その過程における母相の溶出に伴ってさらに鋼中のスズが母相の表面のみならず、MB表面にも濃化し、所望の特性を確保するに好適な表面濃化状態となる挙動を有している。金属スズ、酸化スズともに導電性に優れ、燃料電池内での母相表面の電気的な接触抵抗を下げる働きをする。
【0053】
3.化学組成
(3−1)C:0.001〜0.020%未満
Cは、本発明においては不純物である。現状の精練技術を適用すれば0.001%未満とすることも可能であるが、精練時間が長くなり精練コストが嵩む。そのため、C含有量は、0.001%以上とする。一方、C含有量が0.020%以上であると、鋭敏化による耐食性低下を起こしやすくなるとともに、常温靭性が低下し、製造性が低下する。そのため、C含有量は、0.020%未満とする。C含有量は、0.0015%以上であることが好ましく、0.010%未満であることが好ましい。
【0054】
(3−2)Si:0.01〜1.5%
Siは、量産鋼において、Alと同様に有効な脱酸元素である。Si含有量が0.01%未満であると、脱酸が不十分となる。そのため、Si含有量は、0.01%以上とする。一方、Si含有量が1.5%を超えると、成形性が低下する。そのため、Si含有量は、1.5%以下とする。Si含有量は、0.05%以上であることが好ましく、0.1%以上であることがより好ましい。また、Si含有量は、1.2%以下であることが好ましく、1.0%以下であることがより好ましい。
【0055】
(3−3)Mn:0.01〜1.5%
Mnは、鋼中のSをMn系硫化物として固定する作用があり、熱間加工性を改善する効果がある。上記効果を効果的に発揮させるため、Mn含有量は0.01%以上とする。一方、Mn含有量が1.5%を超えると、製造時における加熱時に、表面に生成する高温酸化スケールの密着性が低下することにより、表面肌荒れの原因となるスケール剥離を起こしやすくなる。そのため、Mn含有量は、1.5%以下とする。Mn含有量は、0.05%以上であることが好ましく、0.1%以上であることがより好ましい。また、Mn含有量は、1.2%以下であることが好ましく、1.0%以下であることがより好ましい。
【0056】
(3−4)P:0.035%以下
本発明においては、鋼中のPは、Sと並んで最も有害な不純物であるので、その含有量は0.035%以下とする。P含有量は低ければ低い程好ましい。
【0057】
(3−5)S:0.01%以下
本発明において、鋼中のSは、Pと並んで最も有害な不純物であるので、その含有量は0.01%以下とする。S含有量は低ければ低いほど好ましい。Sは、鋼中共存元素および鋼中のS含有量に応じて、Mn系硫化物、Cr系硫化物、Fe系硫化物、または、これらの複合硫化物および酸化物との複合非金属析出物としてその殆どが析出する。また、Sは、必要に応じて添加する希土類元素系の硫化物を形成することもある。しかしながら、固体高分子形燃料電池のセパレータ環境においては、いずれの組成の非金属析出物も、程度の差はあるものの腐食の起点として作用するので、不動態皮膜の維持、金属イオン溶出抑制に有害である。通常の量産鋼の鋼中S量は、0.005%超0.008%前後であるが、上記の有害な影響を防止するためには0.004%以下に低減することが好ましい。より好ましい鋼中S量は0.002%以下であり、最も好ましい鋼中S量レベルは、0.001%未満である。低ければ低い程、望ましい。工業的量産レベルで0.001%未満とすることは、現状の精錬技術をもってすれば製造コストの上昇もわずかであり、問題ない。
【0058】
(3−6)Cr:22.5〜35.0%
Crは、母材の耐食性を確保する上で極めて重要な基本合金元素であり、Cr含有量は高いほど優れた耐食性を奏する。フェライト系ステンレス鋼においてはCr含有量が35.0%を超えると量産規模での生産が難しくなる。一方、Cr含有量が22.5%未満であると、その他の元素を変化させても固体高分子形燃料電池セパレータとして必要な耐食性を確保できないとともに、MB型硼化物系金属析出物として析出することにより、耐食性向上に寄与する母相中のCr量が溶鋼のCr量に比べて低下して母材の耐食性が劣化する場合がある。また、Crは鋼中のCと反応してM23型炭化物系金属析出物を形成する場合がある。M23型炭化物系金属析出物は導電性に優れる金属析出物であるが、鋭敏化による耐食性低下の原因となる。MB型硼化物系金属析出物を表面に露出させることにより、電気的な表面接触抵抗値を低減することができる。固体高分子形燃料電池内部での耐食性を確保するためには、少なくとも、{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)}として算出される値を20〜45%とするCr量が必要である。Cr含有量は、23.0%以上であることが好ましく、34.0%以下であることが好ましい。
【0059】
(3−7)Mo:0.01〜6.0%
Moは、Crに比べて、少量で耐食性を改善する効果がある。耐食性を効果的に発揮させるため、Mo含有量は、0.01%以上とする。一方、6.0%を超えてMoを含有すると、製造途中でシグマ相等の金属間化合物の析出を回避できなくなり、鋼の脆化の問題から生産が困難となる。このため、Mo含有量の上限を6.0%とする。また、Moは、固体高分子形燃料電池の内部で、仮に腐食により鋼中Moの溶出が起こったとしても、MEA性能に対する影響は比較的軽微であるという特徴を有する。この理由は、Moが金属陽イオンとして存在せずに陰イオンであるモリブデン酸イオンとして存在するため、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素系イオン交換樹脂膜の陽イオン伝導度に対する影響が小さいためである。Moは、耐食性を維持するために極めて重要な元素であり、{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)}として算出される値を20〜45%とする鋼中Mo量であることが必要である。Mo含有量は、0.05%以上であることが好ましく、5.0%以下であることが好ましい。
【0060】
(3−8)Ni:0.01〜6.0%
Niは、耐食性および靭性を改善する効果を有する。Ni含有量の上限は6.0%とする。Ni含有量が6.0%を超えると、工業的に熱処理を施してもフェライト系単相組織とすることが困難となる。一方、Ni含有量の下限は0.01%とする。Ni含有量の下限は工業的に製造した場合に混入してくる不純物量である。Ni含有量は、0.03%以上であることが好ましく、5.0%以下であることが好ましい。
【0061】
(3−9)Cu:0.01〜1.0%
Cuは、0.01%以上、1.0%以下含有する。Cu含有量が1.0%を超えると、熱間での加工性を低下することになり、量産性の確保が難しくなる。一方、Cu含有量が0.01%未満であると、固体高分子形燃料電池中での耐食性が低下する。本発明に係るステンレス鋼においては、Cuは固溶状態で存在する。Cu系析出物として析出させると、電池内でのCu溶出起点となり燃料電池性能を低下させるようになる。Cu含有量は、0.02%以上であることが好ましく、0.8%以下であることが好ましい。
【0062】
(3−10)N:0.035%以下
フェライト系ステンレス鋼におけるNは不純物である。Nは常温靭性を劣化させるのでN含有量の上限を0.035%とする。低ければ低い程望ましい。工業的に、N含有量は、0.007%以下とすることが最も望ましい。しかし、N含有量の過剰な低下は溶製コストの上昇をもたらすので、N含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上であることがより好ましい。
【0063】
(3−11)V:0.01〜0.35%
Vは、意図的に添加する添加元素ではないが、量産時に用いる溶解原料として添加するCr源中に不可避的に含有されている。V含有量は、0.01%以上0.35%以下とする。Vは、わずかではあるが常温靭性を改善する効果を有する。V含有量は、0.03%以上であることが好ましく、0.30%以下であることが好ましい。
【0064】
(3−12)B:0.5〜1.0%
Bは、本発明においては重要な添加元素である。溶鋼を造塊するに際して、すべての鋼中BがMB型硼化物系金属析出物として共晶反応により析出する。Bは熱的に極めて安定な金属析出物である。表面に露出したMB型硼化物系金属析出物は電気的な表面接触抵抗を顕著に下げる働きを有する。B含有量が0.5%未満では、析出量が所望の性能を得るには不十分である。一方、B含有量が1.0%を超えると安定して量産製造することが難しくなる。このため、B含有量は0.5%以上1.0%以下とする。B含有量は、0.55%以上であることが好ましく、0.8%以下であることが好ましい。
【0065】
(3−13)Al:0.001〜6.0%
Alは、脱酸元素として溶鋼段階で添加する。本発明に係るステンレス鋼が含有するBは溶鋼中酸素との結合力が強い元素であるので、Al脱酸により酸素濃度を下げておく必要がある。そのため、Alを0.001%以上6.0%以下の範囲で含有させるのがよい。鋼中では脱酸生成として非金属酸化物を形成するが、残余は固溶している。Al含有量は、0.01%以上であることが好ましく、5.5%以下であることが好ましい。
【0066】
(3−14)Sn:0.02〜2.50%
本発明においては、Snは極めて重要な添加元素である。鋼中にSnを0.02%から2.50%の範囲で含有することにより、母相中に固溶しているSnが固体高分子形燃料電池内では母相の表面のみならず、MB表面にも金属スズまたは酸化スズとして濃化することにより母相ならびにわずかといえども進行するMBからの金属イオンの溶出を顕著に抑制するとともに、母相の表面接触抵抗を低減し、さらにMB表面に金属スズまたは酸化スズとして濃化することにより、MBの電気的な接触抵抗性能も安定して金めっき素材並みに改善される。Sn含有量が、0.02%未満ではこのような効果が得られず、2.50%を超えると製造性が低下する。このため、Sn含有量は、0.02%以上2.50%以下とする。Sn含有量は、0.05%以上であることが好ましく、2.40%以下であることが好ましい。
【0067】
(3−15)希土類元素:0〜0.1%
本発明においては、希土類元素は任意添加元素であり、ミッシュメタルとして添加される。希土類元素は、熱間製造性を改善する効果がある。このため、希土類元素を、0.1%を上限として含有してもよい。希土類元素の含有量は、0.005%以上であることが好ましく、0.05%以下であることが好ましい。
【0068】
(3−16){Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)}として算出される値
この値は、MB型硼化物系金属析出物が析出したフェライト系ステンレス鋼の耐食挙動を示す目安となる指数である。この値は20%以上45%以下とする。この値が20%未満であると固体高分子形燃料電池内での耐食性が十分確保できず金属イオン溶出量が多くなる。一方、この値が45%超では量産性が著しく悪くなる。
【0069】
(3−17)Nb:0〜0.35%、Ti:0〜0.35%
NbおよびTiは、いずれも、本発明においては任意添加元素であり、鋼中のCおよびNの安定化元素である。鋼中では炭化物および窒化物を形成する。このため、TiおよびNbの含有量は、いずれも、0.35%以下とする。NbおよびTiの含有量は、0.001%以上であることが好ましく、0.30%以下であることが好ましい。Nbは(Nb/C)値が3以上25以下となるように、Tiは{Ti/(C+N)}値が3以上25以下となるように、含有する。
【0070】
上記以外の残部はFeおよび不純物である。
次に、本発明の効果を、実施例を参照しながら具体的に説明する。
【実施例1】
【0071】
表1に示す化学組成を有する鋼材1〜17を180kg真空溶解炉にて溶解し、最大厚み80mmの扁平インゴットに造塊した。鋼材1から11が本発明例であり、鋼材12から17が比較例である。表1における印は本発明で規定される範囲外であることを示し、REMはミッシュメタル(希土類元素)を示し、Index(%)=Cr%+3×Mo%−2.5×B%である。
【0072】
【表1】
【0073】
インゴットの鋳肌表面を機械削りにより取り除き、1170℃に加熱した都市ガス加熱炉内にて加熱保持した後に、鋼塊の表面温度が1170℃から930℃の温度範囲で厚さ60mm、幅430mmの熱延用スラブに鍛造した。熱延用スラブは表面温度800℃以上でそのまま1170℃に加熱した都市ガス加熱炉に再装入して再加熱し、均熱保持した後に、上下2段ロール式熱間圧延機で厚さ30mmまで熱間圧延して、室温まで徐冷した。
【0074】
機械削りによる表面、端面手入れを行った後に、1170℃に加熱した都市ガス加熱炉にて再度、加熱保持した後に、厚さ1.8mmまで熱間圧延を行ないコイル幅400〜410mm、単重100〜120kgのコイルとした。
【0075】
コイル幅を360mmまでスリット加工した後、常温でコイルグラインダーによる表面黒皮研削し、1080℃での中間焼鈍、中間コイル酸洗処理、端面スリット加工を挟みながら、厚み0.116mm、幅340mmの冷間圧延コイルに仕上げた。
【0076】
最終焼鈍は、露点を−50〜−53℃に調整した75体積%H−25体積%N雰囲気の光輝焼鈍炉内にて行った。焼鈍温度は1060℃である。
【0077】
全ての鋼材1〜17において、本試作過程における顕著な端面割れ、コイル破断、コイル表面疵、コイル穴あきは認められなかった。
【0078】
組織はフェライト単相であり、Bを添加したすべての鋼材において、添加したBはMBとして鋼中に析出し、かつ、MBは、小さいもので1μメートル、大きなもので7μメートル程度の大きさまで微細に破砕され、板厚方向含めてマクロ的に均一に分散していることを確認した。
【0079】
表面の光輝焼鈍皮膜を600番エメリー紙研磨で除いた後に洗浄し、JIS−G−0575に従う硫酸−硫酸銅試験法による耐粒界腐食性評価を行った。
【0080】
結果を表2にまとめて示す。表2中の鋼材17はオーステナイト系ステンレス市販鋼相当材であり、鋼材18はその金めっき材である。
【0081】
【表2】
【0082】
表2に示すように、鋼材1〜11には鋭敏化は認められなかった。また、抽出残渣分析を行ったが、M23に代表されるCr系炭化物の析出は確認できなかった。
【実施例2】
【0083】
鋼材1〜18より、厚み0.116mm、幅340mm、長さ300mmの切り板を採取し、35℃、43°ボーメの塩化第二鉄水溶液によるスプレーエッチング処理を切り板の上下面全面に同時に行った。噴霧によるエッチング処理時間は40秒間である。溶削量は片面8μmとした。
【0084】
スプレーエッチング処理直後には清浄水によるスプレー洗浄と清浄水への浸漬洗浄、オーブンによる乾燥処理を連続して行った。乾燥処理後に、60mm角サンプル切り出しを行い、電気的な表面接触抵抗測定用素材Iとした。
【0085】
また、鋼材1〜18より、別途採取した60mm角サンプルを、固体高分子形燃料電池内を模擬した80ppmFイオン含有のpH3の硫酸水溶液、90℃中に1000時間の浸漬処理を行い、燃料電池適用中の環境模擬した電気的な表面接触抵抗測定用素材IIとした。
【0086】
電気的な表面接触抵抗測定を、東レ製カーボンペーパTGP−H−90で評価用素材を挟み込んだ状態で、白金板間に挟んで行った。燃料電池用セパレータ材評価で一般的に用いられている4端子法による測定である。測定時の負荷荷重は10kgf/cmである。測定値が低ければ低いほど、発電時のIR損が小さく、発熱によるエネルギー損も小さくなることが示される。東レ製カーボンペーパTGP−H−90は測定毎に交換した。なお、測定は、それぞれの鋼材の異なる場所で、2回ずつ行った。
【0087】
表2に電気的な接触抵抗測定結果、電池内環境を模擬したpH3の硫酸水溶液中に溶けだした鉄イオン量をまとめて示す。金属イオン溶出測定ではCrイオン、Moイオン他も同時に定量されるがわずかであるので、最も溶出量の多いFeイオン量で比較することで挙動を示した。
【0088】
なお、鋼材18は、上述のように、鋼材17の表面接触抵抗測定用素材IおよびIIに平均厚み50nmの金めっき処理を施した素材であり、金めっき処理材は最も優れた電気的な表面接触抵抗性能を有する理想的な素材であるとされている。このため、鋼材18を参考例として併せて示す。
【0089】
鋼材1から11は、MBが析出分散し、さらにSnを含有することにより、電気的な表面接触抵抗は安定して金めっき材並みとなっており、かつ溶出鉄イオンも金めっき材並みとなっていた。Snを添加していない鋼材12から15および17を除いて、塩化第二鉄水溶液に拠るスプレーエッチング処理後の電気的な表面接触抵抗測定用素材I、ならびに、pH3の硫酸水溶液を用いた燃料電池適用中の環境を模擬した素材IIの表面には、金属スズ、酸化スズの存在が確認された。MB金属析出物が析出していない鋼材12、14および17、ならびに、Snを添加していないために金属スズ、酸化スズが表面に存在していない鋼材13および15と比較して、BおよびSn添加材である鋼材1から11の本発明例の電気的な表面接触抵抗値は明瞭に低下しており、その改善効果は顕著である。また、鋼材16のように、Snは含有しているが、MBが析出分散していない比較例では、BおよびSn添加材である鋼材1から11の本発明例と比較して、電気的な表面接触抵抗が上昇している。よって、鋼材1から11は、MBが析出分散し、かつSnを含有している改善効果は顕著である。
【0090】
表2中に示した燃料電池内を模擬した浸漬液中の鉄イオン分析結果により、Sn添加による金属イオン溶出抑制効果が明瞭である。なお、金めっき材である鋼材17が良好であるのは、耐食性に優れる金めっき膜の被覆効果に拠る。本発明例である鋼材1〜11は金めっき相当であると判断でき、これにより、金属スズ、酸化スズにも燃料電池内での金めっき並みの表面被覆効果が期待できると判断される。
【実施例3】
【0091】
実施例1で作成したコイル素材を用いて、図2に写真で示す形状を有するセパレータをプレス成形して、実際に燃料電池適用評価を行った。セパレータの流路部面積は100cmである。
【0092】
燃料電池運転の設定評価条件は、電流密度0.1A/cmでの定電流運転評価であり、家庭用据え置き型燃料電池の運転環境のひとつである。水素、酸素利用率は40%で一定とした。評価時間は500時間である。
【0093】
鋼材1〜18の評価結果を表3にまとめて示す。なお、表3中の鋼材12、14、16および17は性能低下が顕著であり400時間未満で評価を終了した。
【0094】
【表3】
【0095】
表3に示すように、市販の鶴賀電機株式会社製抵抗計(MODEL3565)で測定されるセル抵抗値には顕著な相違が認められ、MBの析出分散効果およびSn添加効果が確認された。さらに、表3に示すように、本発明例の鋼材1〜11は時間による性能劣化も小さい。運転終了後に、スタックを解体して適用したセパレータ表面を観察したが、セパレータからの発錆は皆無であり、かつ、MEA中の金属イオン量も増加していないことが確認された。
【符号の説明】
【0096】
1 燃料電池
2 固体高分子電解質膜
3 燃料電極膜(アノード)
4 酸化剤電極膜(カソード)
5a,5b セパレータ
6a,6b 流路
【要約】
化学組成が、質量%で、C:0.001〜0.020%未満、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Cr:22.5〜35.0%、Mo:0.01〜6.0%、Ni:0.01〜6.0%、Cu:0.01〜1.0%、N:0.035%以下、V:0.01〜0.35%、B:0.5〜1.0%、Al:0.001〜6.0%、Sn:0.02〜2.50%、希土類元素:0〜0.1%、Nb:0〜0.35%、Ti:0〜0.35%、および、残部:Feおよび不純物であり、かつ、{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)-2.5×B含有量(質量%)}として算出される値が20〜45%であるとともに、フェライト相のみからなる母相中にM2B型硼化物系金属析出物が分散し、かつ、表面に露出している、フェライトステンレス鋼材である。
図1
図2