(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5972314
(24)【登録日】2016年7月22日
    
      
        (45)【発行日】2016年8月17日
      
    (54)【発明の名称】過酸化水素およびマンガン錯体を用いたエピクロロヒドリンの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07D 301/12        20060101AFI20160804BHJP        
   C07D 303/08        20060101ALI20160804BHJP        
   B01J  31/22        20060101ALI20160804BHJP        
   C07B  61/00        20060101ALN20160804BHJP        
【FI】
   C07D301/12
   C07D303/08
   B01J31/22 Z
   !C07B61/00 300
【請求項の数】15
【外国語出願】
【全頁数】11
      (21)【出願番号】特願2014-137709(P2014-137709)
(22)【出願日】2014年7月3日
    
      
        
          
            (62)【分割の表示】特願2011-520346(P2011-520346)の分割
【原出願日】2009年7月9日
          
        
      
    
      (65)【公開番号】特開2014-237652(P2014-237652A)
(43)【公開日】2014年12月18日
    【審査請求日】2014年7月30日
      (31)【優先権主張番号】08075681.0
(32)【優先日】2008年8月1日
(33)【優先権主張国】EP
    
      
        
          (73)【特許権者】
【識別番号】511026854
【氏名又は名称】ヘキシオン・インコーポレイテッド
          (74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】特許業務法人川口國際特許事務所
        
      
      
        (72)【発明者】
          【氏名】ロン・ポストマ
              
            
        
        (72)【発明者】
          【氏名】プラサツド・ムツパ
              
            
        
      
    
      【審査官】
        小川  由美
      
    (56)【参考文献】
      
        【文献】
          特許第5709171(JP,B2)    
        
        【文献】
          特許第5709172(JP,B2)    
        
        【文献】
          特開2014−224122(JP,A)      
        
        【文献】
          特開平06−321924(JP,A)      
        
      
    (58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07D
CAplus(STN)
REGISTRY(STN)
CASREACT(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
  エピクロロヒドリンの製造方法であって、
  塩化アリルを過酸化水素と、水性反応媒体中で触媒の存在下に反応させること、ここで、前記触媒は水溶性マンガン錯体を含み、且つ塩化アリルと過酸化水素とのモル比は1:0.1から1:1であり、
  前記水性反応媒体を攪拌すること、および
  エピクロロヒドリン生成物を分離すること、ここで、前記水溶性マンガン錯体が、一般式(I)の一核のマンガン錯体:
  [LMnX3]Y  (I)
または一般式(II)の二核のマンガン錯体:
  [LMn(μ−X)3MnL]Y2  (II)
から選択される、
  [式中、Mnはマンガン原子であり;Lまたは各Lは独立にトリアザシクロノナン又は置換トリアザシクロノナン多座配位子であり;各Xは独立に配位種であり、RO−、Cl−、Br−、I−、F−、NCS−、N3−、I3−、NH3、NR3、RCOO−、RSO3−、RSO4−、OH−、O2−、O22−、HOO−、H2O、SH−、CN−、OCN−およびS42−ならびにそれらの組合せからなる群から選択され(式中、Rは、C1−C20アルキル、C1−C20シクロアルキル、C1−C20アリール、ベンジルおよびそれらの組合せからなる群から選択される。)、各μ−Xは独立に架橋配位種であり、RO−、Cl−、Br−、I−、F−、NCS−、N3−、I3−、NH3、NR3、RCOO−、RSO3−、RSO4−、OH−、O2−、O22−、HOO−、H2O、SH−、CN−、OCN−およびS42−ならびにそれらの組合せからなる群から選択され(式中、Rは、C1−C20アルキル、C1−C20シクロアルキル、C1−C20アリール、ベンジルおよびそれらの組合せからなる群から選択される。);Yは陰対イオンであり、RO−、Cl−、Br−、I−、F−、SO42−、RCOO−、PF6−、アセテート、トシレート、トリフレート(CF3SO3−)およびそれらの組み合わせからなる群から選択される(式中、Rは、C1−C20アルキル、C1−C20シクロアルキル、C1−C20アリール、ベンジルおよびそれらの組合せからなる群から選択される。)]、
を含み、
  前記水性反応媒体が、pHを安定化するための緩衝系をさらに含有し、前記水性反応媒体が、3から6.5の範囲内のpHで構成される、製造方法。
【請求項2】
  エピクロロヒドリン生成物またはエピクロロヒドリン生成物の一部が有機相として分離され、前記有機相がエピクロロヒドリン生成物、または塩化アリルおよびエピクロロヒドリンの混合物を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
  前記マンガン触媒が、以下の式の二核のマンガン錯体:
  [MnIV2(μ−X)3L2]Y2
を含む、請求項1に記載の方法
  [式中、Mnはマンガン原子であり;Lはトリアザシクロノナン又は置換トリアザシクロノナン多座配位子であり;各μ−Xは独立に架橋配位種であり、RO−、Cl−、Br−、I−、F−、NCS−、N3−、I3−、NH3、NR3、RCOO−、RSO3−、RSO4−、OH−、O2−、O22−、HOO−、H2O、SH−、CN−、OCN−およびS42−ならびにそれらの組合せ(式中、Rは、アルキル、シクロアルキル、アリール、ベンジルおよびそれらの組合せからなる群から選択されるC1−C20の基である。)からなる群から選択され;YはSO42−、PF6−、アセテートまたはそれらの組み合わせからなる群から選択される。]。
【請求項4】
  前記水性反応媒体の攪拌には、100rpmと650rpmとの間で攪拌器により系を攪拌することが含まれる、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
  前記水性反応媒体が、緩衝剤対触媒比10:1から100:1にある緩衝系を更に含む、請求項1に記載の方法。
【請求項6】
  前記緩衝系が、酸−塩の組み合わせを含む、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
  前記酸−塩の組み合わせが、シュウ酸−シュウ酸塩または酢酸−酢酸塩を含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
  前記触媒が、0.001mmol/Lから10mmol/Lの濃度で存在する、請求項1に記載の方法。
【請求項9】
  前記触媒が、前記触媒(Mn)対前記塩化アリルのモル比が1:10から1:10,000,000で用いられる、請求項1に記載の方法。
【請求項10】
  前記水性反応媒体が、3.0から4.2の範囲内のpHで構成される、請求項1に記載の方法。
【請求項11】
  前記塩化アリル対前記過酸化水素のモル比が1:0.2から1:0.8の範囲内で、前記塩化アリルを前記酸化剤と反応させる、請求項1に記載の方法。
【請求項12】
  前記反応がバッチ法、連続法または半連続法で実施される、請求項1に記載の方法。
【請求項13】
  前記水性反応媒体が、いずれもの溶解したエポキシドおよび塩化アリルを除き、100%水性媒体を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項14】
  前記マンガン錯体が、式[MnIV2(μ−O)3L2]Y2(式中、Lはトリアザシクロノナン又は置換トリアザシクロノナンであり、対イオンYはPF6−又はCH3CO2−である。)を含む、請求項1に記載の方法。
【請求項15】
  前記錯体が、一般式(II):
      [LMn(μ−X)3MnL]Y2  (II)
を含み、
    [式中、Mnはマンガンであり;Lまたは各Lは独立にトリアザシクロノナン又は置換トリアザシクロノナン多座配位子であり;各μ−Xは独立に次の架橋配位種:O2−、RCOO−、RSO3−、RSO4−であり(式中、Rは、C1−C20アルキル、C1−C20シクロアルキル、C1−C20アリール、ベンジルおよびそれらの組合せからなる群から選択される。);YはSO42−、PF6−、アセテートおよびそれらの組み合わせからなる群から選択される陰イオンである。]
  前記水性反応媒体が、3.0から4.2のpH範囲を有する緩衝系をさらに含み、および
  前記塩化アリルと過酸化水素とのモル比が1:0.2から1:0.8の範囲である、請求項1に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
  本発明は、過酸化水素およびマンガン錯体を用いた塩化アリル(「AC」)の接触酸化によりエピクロロヒドリン(「ECH」)を製造する方法に関する。
 
【背景技術】
【0002】
  ECH(「EPI」としても知られる。)は、非常に興味深い。これは、例えばプラスチック、エポキシ樹脂、フェノキシ樹脂および他のポリマーの製造における構成要素として用いられる。これは、セルロース、樹脂およびペンキの溶媒として用いられ、また昆虫の燻蒸剤としての用途も見出されてきた。ECHは、水と反応して対応するジオールを形成することがある。
【0003】
  従来のECHの生成ルートには、HOCl等の塩化物を含有する酸化剤の使用が含まれる。この方法は、とりわけ、比較的大量の副産物である塩化物塩が欠点である。
【0004】
  ECHに対する興味は強いにもかかわらず、塩の副産物および/または他の副生成物を伴わない、原子効率の高い生成ルートは利用できないままである。さらに、代替の調製方法は、副反応および/または分離の問題が欠点である。一般に、ECHは後の反応に使用できるようになる前に、様々な精製段階を経る必要がある。
【0005】
  例えば、WO2004/048353におけるECHの製造方法は、少なくとも75%wの有機物質を含む反応媒体で実施されるが、重大な分離の問題が生じる。さらに、この参照文献およびECHが製造される他の参照文献により、これらの方法による生成物は、しばしばエピクロロヒドリンと共に、オキシラン環を開環することによって生じる様々な副生成物、すなわち1−クロロ−3−メトキシ−2−プロパノール、1−クロロ−2−メトキシ−3−プロパノール、3−クロロ−1,3−プロパンジオールおよび1,3−ジクロロ−2−プロパノールを含むことが知られている。
 
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】国際公開第2004/048353号
 
 
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
  上記のように、産業界は今でもターンオーバー数が高く選択性が高い、つまりジオール等の副生成物を生じない、商業的に実現可能なECHの製造方法を探していることは明らかである。また、この方法では、アセトニトリルおよび類似の有機溶媒に関する環境問題ならびに他の問題を避けるために、反応媒体として水性溶媒を使用できるようにすべきである。本発明は、これらの不利点を克服する。
 
【課題を解決するための手段】
【0008】
(発明の開示)
  したがって、本発明は、
−酸化剤を用いて塩化アリル(「AC」)を接触酸化し、水性反応媒体中で前記接触酸化を実施し、酸化触媒として水溶性マンガン錯体を用い、
  −次いでエピクロロヒドリン(「ECH」)を分離することによる、
エピクロロヒドリンの製造方法を提供する。
【0009】
  より好ましい実施形態において、ECHまたはECHの一部は有機相として分離され、この有機相はECH、または塩化アリルおよびECHの混合物を含む。さらに、ACおよびECHの量が異なり、それゆえに密度の異なる2つの有機相となる場合もある。
 
 
【発明を実施するための形態】
【0010】
  本明細書において、エポキシ化および酸化という語句は、同じ反応、つまり塩化アリルの炭素−炭素二重結合をオキシラン環に転換する反応を意味する。本発明について、以下により詳細に論じる。
 
【0011】
  反応を水性反応媒体中で行うにもかかわらず、本方法を顕著な量の副生成物(ジオール等)を生じることなく、高い選択性でECHを調製するために使用できることは、かなり驚くべきことである。
 
【0012】
  酸化触媒として使用できる水溶性マンガン錯体に関しては、多くの適切な錯体が知られている。この点について、本特許に記載されているのは、実際には触媒前駆体であることに留意されたい。実際には、すべての公開特許文献においては、反応系における活性種が異なり、実際のところ、反応中に変化していくことさえあり得るため、通常触媒前駆体が定義されている。便宜上、また文献において公知であるため、本発明者らはこの錯体を触媒であるように記載する。
 
【0013】
  一般に、触媒は、1つまたは複数の配位子と配位している1つまたはいくつかのマンガン原子を含む。(1つまたは複数の)マンガン原子は、II、IIIまたはIVの酸化状態でよく、反応中に活性化することができる。特に興味深いのは、二核のマンガン錯体である。したがって、適切なマンガン錯体には、一般式(I)の一核の種:
  [LMnX
3]Y  (I)
および一般式(II)の二核の種:
  [LMn(μ−X)
3MnL]Y
2  (II)
を含む。
 
【0014】
  式中、Mnはマンガンであり;Lまたは各Lは独立に多座配位子であり、好ましくは3個の窒素原子を有する環式または非環式の化合物であり;各Xは独立に配位種であり、各μ−Xは独立に架橋配位種であり、前記配位種および前記架橋配位種は、それぞれ独立にRO
−、Cl
−、Br
−、I
−、F
−、NCS
−、N
3−、I
3−、NH
3、NR
3、RCOO
−、RSO
3−、RSO
4−、OH
−、O
2−、O
22−、HOO
−、H
2O、SH
−、CN
−、OCN
−およびS
42−ならびにそれらの組合せ(Rは、アルキル、シクロアルキル、アリール、ベンジルおよびそれらの組合せからなる群から選択されるC
1−C
20の基である。)からなる群から選択され;Yは酸化的に安定した対イオンである。対イオンであるYは、例えば、RO
−、Cl
−、Br
−、I
−、F
−、SO
42−、RCOO
−、PF
6−、アセテート、トシレート、トリフレート(CF
3SO
3−)およびそれらの組合せ(Rは、前述と同様に、アルキル、シクロアルキル、アリール、ベンジルおよびそれらの組合せからなる群から選択されるC
1からC
20の基である。)からなる群から選択される陰イオンとすることができる。いくつかの陰イオンは他の陰イオンより好ましいが、陰イオンの種類はあまり重要ではない。
好ましい対イオンは、PF
6−である。
 
【0015】
  本発明に適切な配位子は、骨格に少なくとも7個の原子を含む非環式化合物、または環に少なくとも9個の原子を含む環式化合物であり、各非環式化合物または環式化合物は、少なくとも2個の炭素原子で分離された窒素原子を含む。配位子の好ましいクラスは、(置換された)トリアザシクロノナン(「Tacn」)に基づくものである。好ましい配位子は、例えばAldrich社から市販されている、1,4,7−トリメチル−1,4,7,−トリアザシクロノナン(「TmTacn」)である。この点について、マンガン触媒の水溶性は、すべての前述の触媒成分に依存することに留意することが大切である。例えば、MnSO
4およびTmTacnから調製された一核のマンガン錯体は、十分に溶けないことがわかった。
 
【0016】
  活性および水溶性がより高いことから、二核のマンガン錯体が好ましい。好ましい二核のマンガン錯体は、式[Mn
IV2(μ−O)
3L
2]Y
2(式中、LおよびYは上記で定義した意味を有する。)のものであり、好ましくは配位子がTmTacn、対イオンがPF
6−のものである。
 
【0017】
  本発明によれば、マンガン錯体は、直接、または溶媒である不溶性の担体表面に吸着された形で使用されてよい。限定するものではなく説明するためのこれらの基質の例は、構造アルミノケイ酸(例えば、ゼオライトA、フォージャス沸石および方ソーダ石)、無定形アルミノケイ酸、無水ケイ酸、アルミナ、木炭、微孔性のポリマー樹脂(例えば、高い内部相乳化技術により形成されたポリスチレンビーズ)および粘土(特にヘクトライトおよびヒドロタルサイト等の層状粘土)である。マンガン錯体対担体の相対重量比は、約10:1から約1:10,000の範囲のいずれでもよい。
 
【0018】
  マンガン錯体は、触媒として有効な量を用いる。一般に、触媒は、触媒(Mn)対塩化アリルのモル比が1:10から1:10,000,000で用い、好ましくは1:20から1:100,000で用い、最も好ましくは1:50から1:1000で用いる。便宜的に、触媒の量は、水性媒体の体積に留意した場合、濃度で表わしてもよい。例えば、(Mnを基準として)0.001から10mmolのモル濃度で用いることができ、好ましくは0.01から7mmolのモル濃度で用いることができ、最も好ましくは0.01から2mmolのモル濃度で用いることができる。この点について、エポキシ化は、触媒の濃度が第一であり、触媒の量に比例することに留意することも大切である。触媒の量の増大に伴い、活性も増大する。しかし、量が増大すればするほど、より高額の費用でバランスを取らなければならない。水溶性マンガン錯体を使用する本発明の利点は、触媒が本質的に有機相へ移動しないことである。
 
【0019】
  一般に、水性反応媒体はACおよび/またはECH、ならびに含まれるのであれば、25体積%未満の、好ましくはごく少量の他の有機化合物を含有する水相である。好ましくはないが、反応媒体は、メタノールおよびアセトン等の少量の共溶媒を含んでもよい。したがって、ACおよび/またはECHの存在を除けば、水性反応媒体は、少なくとも90体積%、好ましくは95%v、より好ましくは99%v、さらにより好ましくは99.9%vの水を適切に含む。しかし、最も好ましくは、水性反応媒体は(同様に、ここに溶解したACおよび/またはECHをいずれも除くと)本質的に100%の水相である。
 
【0020】
  水性反応媒体は、pHを安定させるために緩衝系を含んでもよい。例えば、水性反応媒体は、pHの範囲が2.5から8の間、好ましいpHの範囲は3から7の間、最も好ましくは3.5から6.5の間で適切に安定することがわかった。したがって、pHは、一般によりアルカリ性の条件で行うオレフィンの漂白時(例えば、pHをNaHCO
3を用いて9.0に調整する。)に使用するpHより(十分に)低い。適切なまたは好ましい範囲は、いくつかの既知の酸−塩の組合せにより達成することができ、好ましい組合せはシュウ酸−シュウ酸塩または酢酸−酢酸塩を基にした組合せである。シュウ酸とシュウ酸ナトリウムを使用した場合、pH比は3.7から4.2の間で変化し得る。一般に、この緩衝剤は、触媒に対するモル比約10:1で使用できるが、量は、例えば1:1から100:1の範囲で大幅に変化し得る。
 
【0021】
  また、水性反応媒体は、相移動剤および/または界面活性剤を含んでもよい。本発明の方法で使用できる既知の相移動剤には、第四級アルキルアンモニウム塩が含まれる。本発明の方法で使用できる既知の界面活性剤には、Union  Carbide社が市販するTriton  X100(商標)等の非イオン界面活性剤が含まれる。
 
【0022】
  水性反応媒体は、少なくとも微量の塩化アリルを含むことが有益であると考えられる。これは純粋な仮説だが、塩化アリルが存在することにより触媒が活性化したままになると考えられる一方で、塩化アリルが存在しない場合、ならびに/または塩化アリルが存在せずECHおよび/もしくは酸化剤が存在するために、活性触媒の活性が減少すると考えられる。
 
【0023】
  接触酸化の反応条件は、当業者には即座に特定できるものである。圧力は特段の関連性はない。反応は発熱を伴うと考えられ、反応媒体の冷却が必要となることがある。好ましくは、反応は−5℃から30℃まで、好ましくは0℃から20℃まで、最も好ましくは0℃から10℃までの範囲のいずれかの温度で実施する。
 
【0024】
  反応生成物であるECHは、水相に非常に少量で存在することに留意されたい。むしろ、ECHは、存在する場合は(過剰の)塩化アリルと共に有機相を形成する。本発明の方法が特に興味深いのは、反応生成物であるECHが分離相を形成し得ることである。それゆえに、反応条件、エポキシ化の触媒としての触媒に有効な量の水溶性マンガン錯体、および水性反応媒体を適切に選択することによって、塩化アリルがECHに転換し、次いで溶解性が限られているために水性反応媒体から分離し、いかなる副生成物およびいかなる有機溶媒のない、ECHを含む1つのまたは複数の生成物層を形成することが認められた。ECHの生成物層は、ここに溶解している未反応の塩化アリルをいくらか含んでいることがある。実際に、塩化アリルおよびECHの濃度が異なり、そのため水性反応媒体の密度より高密度または低密度となり得る2層の生成物層となることがある。
 
【0025】
  本発明の高い選択性および高いターンオーバー数を達成するため、塩化アリルおよび酸化剤は、モル比が好ましくは1:0.1から1:10で、より好ましくは1:0.2から1:1.2で、さらにより好ましくは1:0.8から1:1で反応させる。好ましくは、塩化アリルは、酸化剤と等モル以上使用する。反応剤の量は、塩化アリルがすべて転換し、ECHが水性反応媒体中に溶解するより多く生成される量であるべきである。好ましくは、反応剤の量は、塩化アリルが80%転換し、ECHが水性反応媒体中に溶解するより多く生成される量である。より好ましくは、反応剤の量は、塩化アリルが50%転換して、ECHが水性反応媒体中に溶解するより多く生成される量である。この方法は、ターンオーバー数が高く、ECHの選択性が高く、また、ECHをより分離し易いECHの生成をもたらす。最適な結果を確実にもたらすために、反応剤は水性媒体に添加すべきであり、有機相が反応中に形成されたとしても、有機相に添加すべきではない。
 
【0026】
  前述のように、水性反応媒体中にいくらかの塩化アリルを存在させることが有益と考えられる。塩化アリルが豊富な有機相が存在するのであれば、有機相を水相と混合することは有益となり得る一方で、純粋にECHからなる有機相を逆混合することは、好ましくは避けるべきである。したがって、混合または撹拌は塩化アリルがECHに転換することを促進させるが、ECH自体は塩化アリルの転換を妨害すると考えられる。
 
【0027】
  塩化アリル(「AC])のエピクロロヒドリンへの転換は、以下に論じる。反応条件に応じて、反応は有機相を下相および上相に有する3層系で実施することができる。下相は、例えばECH含有量が比較的多いことにより反応媒体より高密度となり得るのに対し、上相の有機相は、例えばAC含有量が比較的多いことにより反応媒体より低密度となり得る。しかし、とりわけ撹拌条件によるが、これらの分離相が存在する、または反応中に形成されていることは、すぐには明らかにできない。例えば、(1つまたは複数の)分離相は、この反応系を停止した後にしか認めることができない。本発明の接触酸化は、好ましくは酸化剤として過酸化水素を用いて実施する。他の酸化剤も、すなわち過酸化水素の前駆体として用いることができるが、入手の可能性に鑑みて、また環境に対する影響を軽減するために、過酸化水素が好ましい酸化剤である。過酸化水素は強い酸化特性を有する。これは漂白剤として主に紙の漂白に使用される。これは一般に水溶液中で使用される。過酸化水素の濃度は、15%(例えば、毛髪脱色用の消費者用等級)から98%(推進剤用等級)まで異なり得るものであり、工業用等級に好適な20から60%まで、好ましくは30から50%まで異なり得る。
 
【0028】
  最適な酸化剤の効率を確保するために、好ましくは酸化剤は接触酸化の反応速度とほぼ等しい速度で水性反応媒体に添加する。
 
【0029】
  接触酸化はバッチ法、連続法または半連続法で実施することができる。実際には、方法は、本発明の主旨から逸脱することなく様々な点を修正することができる。
 
【0030】
  一般の実施例として、塩化アリルの接触酸化を、以下に説明する。
 
【0031】
  接触酸化は、撹拌の手段を備える一般的な撹拌槽型反応器で実施することができる。例えば、これは撹拌速度約250rpmで動作する一般的な翼付きの撹拌器でもよい。触媒、水性反応媒体および反応剤はバッチで添加してもよく、または反応剤は経時的に添加してもよい。過酸化水素を反応中に添加する場合は、これを塩化アリルを含む(撹拌中の)有機相、または(撹拌中の)水性反応媒体のいずれかに添加する。
 
【0032】
  (半)連続動作では、反応条件を制御し(−5℃から10℃の間に温度を維持する。)、生成率を最適化するために、様々な再利用の流れを使用することができる。
 
【0033】
  方法の設計に関しては、ECHの重力分離を最適化するために沈降促進剤を添加することができる。同様に、触媒の損失を減らした水性反応媒体を再利用するために膜分離装置を使用することができる。
 
【0034】
  本発明における反応方法の物質収支の一例は以下の通りである。
 
【0035】
  ECH  約11000kg/h
  AC  約9100kg/h
  H
2O
2(35%)  約6457kg/h
  H
2O  約2140kg/h
  この物質収支の結果によると、ECH/cat比は約8000mol/molである。
 
【0036】
  以下の実施例は、本発明の選択した実施形態をより十分に説明するものである。本明細書および添付の特許請求の範囲に記載のすべての部、百分率および割合は、別段の指示がない限り、重量によるものである。
 
【実施例1】
【0038】
  以下の式の触媒を用いて、接触酸化を実施した。
【0039】
【化1】
【0040】
  また、酸化剤としての35%水性H
2O
2および水性反応媒体としての水と共に、シュウ酸塩/シュウ酸の緩衝剤も使用する。実験は末端オレフィンとして塩化アリルを用いて実施する。
【0041】
  実験
  一般的なエポキシ化の反応において、水50mL中の触媒9.3μmol、H
2O7.5mL中のシュウ酸ナトリウム112.5μmolおよびH
2O7.5mL中のシュウ酸112.5μmolを、機械式撹拌器を備えた三つ口丸底フラスコに取り入れた。オレフィン(150mmol)および希H
2O
2(200mmol)を添加して、4℃で反応を開始した。
【0042】
  追加の水10mLを反応の溶媒として添加した。酸化剤を反応溶液中に8.8mL/hrの流入条件で添加した。反応溶液のpHは3.5から3.6であり、撹拌速度は機械式撹拌器を用いて実験の多くで210rpmを維持した。
【0043】
  結果および考察
  マンガン錯体は、溶媒として水を用いて効率的にECHを生成した。溶媒として水を用いたエポキシ化の間、反応初期に、ACは水性触媒溶液の上部に分離層として存在した。エポキシ化が進むにつれ、いくらかのACが分離相に溶解するのに伴い、ECHが分離相に形成された。反応は数回実施した。時折、反応系は上相から下相まで3相:有機相、水相およびもう1つの有機相を形成した。反応の終了時に、上相および下相の両方の有機相は多量のECHおよびACを含んでいた。微量のACおよびECHは、水相にも認められた。一方、反応系は、(ACおよびECHを含む。)有機相ならびに水相を含む2層系ももたらした。
【0044】
  この実施例は、塩化アリルを基に50%の収率でECHを供給し、40%の過酸化水素の選択性と7800TONで、生成した。顕著な量のジオールまたは他の副産物は生成されなかった。
 
【実施例2】
【0045】
  実施例1の方式で様々な実験を実施した。様々な撹拌速度でACのエポキシ化を行った結果を表1に示す。
【0046】
【表1】
【0047】
  この実施例は、ECHの収率が、最適な撹拌速度に達するまで撹拌速度に伴って増大することを示している。
 
【実施例3】
【0048】
  触媒の量の変化
  ECHの生成率は触媒の濃度と比例していた。この実施例は、触媒の量の増大によりECHの生成が増大することを示している。
【0049】
【表2】
 
【実施例4】
【0050】
  pHの効果
  前の実験では、エポキシ化の反応を約3.5から3.6の低いpHで実施した。以下に、本発明者らは、触媒は、シュウ酸のみが存在するpH=2.6の酸性条件、およびシュウ酸ナトリウムのみが存在するpH=8の塩基性条件の両条件において活性であったことを示す。これらの結果は、触媒系はACのエポキシ化において幅広いpH範囲で活性であったことを立証する。
【0051】
【表3】