(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の実施例を図面を用いて説明する。
【0014】
本実施例では、本発明のグリースのメンテナンス方法を用いたグリースの劣化診断方法について説明する。
図1は、本発明の各実施例に係るグリースのメンテナンス方法を示すフローチャートである。
【0015】
本発明に係るグリースのメンテナンス方法の対象となるグリースは、基油、増ちょう剤および添加剤が混練されて製造される半固体状の潤滑剤である。このグリース中の増ちょう剤には、金属石鹸や、ウレア等の非石鹸が使用されている。また、この増ちょう剤は、繊維状の結晶であり、この繊維状の結晶の絡み合いや分子間力によって、三次元網目構造に形成されている。そして、この増ちょう剤の三次元網目構造の隙間には、毛細管現象によって基油が保持されている。また、この三次元網目構造の形態は、増ちょう剤の種類や、量、グリースの製造方法によって異なるものであって、これらグリースの特性や潤滑性能に大きく影響するものである。
【0016】
また、グリースは、強い機械的なせん断や、長期間に亘った加熱等による過度な熱履歴を受けることによって、このグリース中の増ちょう剤の三次元網目構造が破壊されていく。そして、グリースは、増ちょう剤の三次元網目構造の破壊によって劣化して軟化してしまい、このグリースが用いられた部分から漏洩の原因となってしまう。このため、グリースの潤滑寿命や適正なメンテナンス周期を把握するためには、グリース中に存在する増ちょう剤繊維の劣化状態を定量化する必要がある。
【0017】
ここで、このグリースが用いられる機械装置としては、例えばエレベータの昇降路内の下部に設置されている巻上機の軸受機構や、車両に用いられている軸受機構等であって、これら軸受機構にグリースを付着させて、このグリースで潤滑を行うものに用いられる。
【0018】
そして、このグリースのメンテナンス方法としては、まず、劣化診断を行う機械装置の軸受機構等からグリースをサンプリングする。そして、このサンプリングしたグリースを有機溶剤とともに、例えば試験管等の測定容器に入れる。この状態で、この測定容器内のグリースおよび有機溶剤を撹拌させて、このグリース中の増ちょう剤を有機溶剤中に分散させて溶液としての分散液とする(ステップS1)。
【0019】
次いで、この分散液中の増ちょう剤を沈降させる(ステップS2)。ここで、このステップS2での増ちょう剤の沈降としては、測定容器を置き、この分散液中の増ちょう剤を自然沈降させる方法や、この測定容器を遠心分離機等で遠心させて、この測定容器中の増ちょう剤を強制的に遠心分離させて沈降させる方法等がある。
【0020】
この後、測定容器内の分散液中の有機溶剤に対する増ちょう剤繊維の沈降高さ、すなわち沈降体積を測定する(ステップS3)。なお、この増ちょう剤繊維の沈降高さを測定する方法およびその装置の構成については、追って詳細に説明する。
【0021】
さらに、ステップS3にて測定した分散液中の増ちょう剤繊維の沈降高さから、この増ちょう剤繊維の破壊率を、所定の計算式に当てはめて計算する(ステップS4)。そして、この計算された破壊率に基づいて、グリースの劣化状態を診断する(ステップS5)。
【0022】
上述したように、本発明に係るグリースのメンテナンス方法においては、診断対象となるグリースを有機溶剤中に分散させてから、このグリース中の増ちょう剤を沈降させ、この増ちょう剤の沈降体積を測定することによって、この増ちょう剤繊維の破壊率を定量化することができる。よって、この増ちょう剤繊維の破壊率に基づき、グリースの交換の要否を簡便かつ短時間に判定することができる。
【0023】
[比較例1〜10]
図7は、本発明の前提となる比較例1〜10の試験結果を示す表である。
【0024】
まず、2種類のグリース(アルバニヤS2グリース[昭和シェル石油株式会社製]、ユニマックスR No.2グリース[協同油脂株式会社製])を用意し、これら各グリースについて、シェルロール試験器[株式会社離合社製]を用いたシェルロール試験(ASTM D 1831)を行った。なお、アルバニヤS2グリースは、いわゆるリチウム石鹸グリースである。そして、リチウム石鹸グリースは、鉱油または合成油と、ステアリン酸リチウムまたはひまし油の硬化脂肪酸のリチウム石けんとが増ちょう剤として用いられている。一方、ユニマックスR No.2グリースは、いわゆるリチュームコンプレックス(複合)グリースである。そして、このリチュームコンプレックス(複合)グリースは、脂肪酸と二塩基酸との混合体に水酸化リチュームを反応させた繊維構造が増ちょう剤として用いられている。
【0025】
ここで、これら各グリースのせん断を与えた時間による増ちょう剤繊維の長さを、走査型電子顕微鏡による観察にて測定し、初期状態からの変化を百分率[%]で算出した。また、シェルロール試験は、グリース50g、試験温度80℃、回転数165min
−1の条件とし、せん断時間、すなわち試験時間を0、5、10、15、60時間[h]とした。なお、0、5、10、15、60時間[h]せん断したアルバニヤS2グリースの試験を、比較例1、2、3、4、5とした。また、0、5、10、15、60時間[h]せん断したユニマックスR No.2グリースの試験を、比較例6、7、8、9、10とした。
【0026】
この結果、
図7に示すように、いずれのグリースにおいても、せん断時間をより長くすることによって、増ちょう剤繊維の長さが短くなっている。特に、アルバニヤS2グリースでは、せん断による増ちょう剤繊維長の変化が顕著である。よって、グリースに機械的なせん断を与えることで、このグリース中の増ちょう剤繊維が破壊され短くなることが確認できた。なお、増ちょう剤の繊維の長さ、および増ちょう剤の破壊の進行速度等については、グリースによって異なる。
【0027】
[実施例1〜10]
図2は、本発明の実施例1〜10の増ちょう剤を自然沈降させた結果を示す表である。
【0028】
上記比較例1〜10で用いた各グリース0.2gを有機溶剤であるトルエン10ml中に分散させて分散液とし、この分散液を容量20mlのメスシリンダに移してから、トルエン10mlを加え、この分散液中に増ちょう剤が均一に分散するように撹拌した。
【0029】
この後、これらグリースを分散させた分散液が入ったメスシリンダを24時間ほど静置させて自然沈降させる。この後、これら分散液中における、せん断を与える前の初期状態のグリースの増ちょう剤の沈降高さを100とし、この沈降高さと、せん断を与えた後のグリースの増ちょう剤の沈降高さとの比を百分率[%]で求めた。
【0030】
なお、0、5、10、15、60時間[h]せん断したアルバニヤS2グリースの試験を、実施例1、2、3、4、5とした。また、0、5、10、15、60時間[h]せん断したユニマックスR No.2グリースの試験を、実施例6、7、8、9、10とした。
【0031】
この結果、
図2に示すように、せん断を与えたグリースにおいては、せん断時間がより長いほど増ちょう剤の沈降高さが低くなり、沈降高さ比が小さくなっていることが分かった。さらに、これら実施例1〜10においては、上記比較例1〜10にて分るように、増ちょう剤繊維長の変化が大きい、すなわち繊維が短くなったグリースほど、増ちょう剤の沈降高さが小さくなっている。よって、せん断を受けていないグリースでは、増ちょう剤繊維が長いことから、互いの沈降を阻害するものの、せん断を受け増ちょう剤繊維が短くなった場合には、互いの沈降を阻害する働きが弱まって沈降しやすくなっているためである。したがって、この増ちょう剤の沈降高さに基づいて、この増ちょう剤繊維の破壊状態を、簡便な測定で定量化することが可能である。
【0032】
[実施例11〜20]
図3は、本発明の実施例11〜20の増ちょう剤を遠心沈降させ、相対遠心力による沈降後の体積変化を示す表である。
【0033】
まず、上記比較例1〜10で用いた各グリース0.005gを、遠心分離用容器としての測定容器に移してから、有機溶剤であるトルエン0.5mlを加え、このトルエンを加えた溶液中に、グリースの増ちょう剤が均一に分散するように撹拌させて分散液とした。この後、例えば、卓上遠心機[商品名:遠心機ミニスピン、エッペンドルフ社製]を用い、各分散液中の増ちょう剤を遠心沈降させた。このとき、この遠心沈降の条件は、一定の1minの遠心時間とし、相対遠心力を67G、268G、604Gと変化させて、遠心沈降後の分散液中における、せん断を与える前のグリースの増ちょう剤の沈降高さと、せん断後のグリースの増ちょう剤の沈降高さとの比を求めた。
【0034】
この場合においては、0、5、10、15、60時間[h]せん断したアルバニヤS2グリースの試験を、実施例11、12、13、14、15とした。また、0、5、10、15、60時間[h]せん断したユニマックスR No.2グリースの試験を、実施例16、17、18、19、20とした。
【0035】
この結果、
図3に示すように、アルバニヤS2グリースおよびユニマックスR No.2グリースのそれぞれにおいて、せん断時間が長くなるほど、増ちょう剤の沈降高さが小さくなっている。すなわち、本実施例11〜20での増ちょう剤繊維の破壊状態と、増ちょう剤の沈降高さとの関係と同様の関係であることが分かる。さらに、相対遠心力を大きくするほど、分散液中の増ちょう剤の沈降高さが小さくなる傾向があるものの、その差はわずかなものに過ぎない。
【0036】
[実施例21〜30]
図4は、本発明の実施例21〜30の増ちょう剤を遠心沈降させ、沈降時間による沈降後の体積変化を示す表である。
【0037】
まず、上記比較例1〜10で用いた各グリース0.005gを、遠心分離用容器に移してから、有機溶剤であるトルエン0.5mlを加え、このトルエンを加えた溶液中に、増ちょう剤が均一に分散するように撹拌させて分散液とした後に遠心沈降を行った。ここで、この遠心沈降は、上記実施例11〜20にて用いた卓上遠心機を用いた。また、この遠心沈降の条件は、相対遠心力を一定の286Gとし、遠心時間を1、5、10minと変化させて、遠心沈降後の分散液中における、せん断前のグリースの増ちょう剤の沈降高さと、せん断後のグリースの増ちょう剤の沈降高さとの比を求めた。
【0038】
この場合においては、0、5、10、15、60時間[h]せん断したアルバニヤS2グリースの試験を、実施例21、22、23、24、25とした。また、0、5、10、15、60時間[h]せん断したユニマックスR No.2グリースの試験を、実施例26、27、28、29、30とした。
【0039】
この結果、
図4に示すように、増ちょう剤の沈降高さは、各グリースおいて、せん断を与えたグリースほど小さくなっている。さらに、これらグリースは、せん断時間が長くなるほど、また遠心沈降の時間が長くなるほど、増ちょう剤の沈降高さが低くなっている。特に、アルバニヤS2グリースは、5min以上の間、遠心沈降を行っても沈降高さに大きな差が出ていない。このため、増ちょう剤を遠心沈降させる時間は、短時間であっても十分に効果が現れることが分かった。
【0040】
以上の結果、上記実施例11〜30により、有機溶剤中にグリースを分散させた分散液で、グリース中の増ちょう剤を沈降させて増ちょう剤の沈降高さを測定することによって、増ちょう剤の破壊状態の定量化を、精度良くかつ簡単な方法で測定可能であることがわかった。
【0041】
[実施例31]
図5は、本発明の実施例31に係るグリースの劣化診断装置を示す概略構成図である。
【0042】
図5に示すように、グリースの劣化診断装置1は、グリースを分散させた有機溶剤中での増ちょう剤B繊維の沈降高さEを検出するための可搬式の装置である。そして、この劣化診断装置1は、有機溶剤中にグリースを分散させた分散液A中に増ちょう剤Bを沈降させるための沈降部としての分離部2と、この分離部2にて沈降させて分離された分散液A中の増ちょう剤B繊維の沈降高さEを測定するための測定部3とを備えている。
【0043】
そして、分離部2は、有機溶剤にグリースを分散させた分散液Aを入れた測定容器21が固定され、この測定容器21を回転させて遠心力を与え、この測定容器21内の分散液A中で増ちょう剤B繊維を沈降させる遠心分離装置である。
【0044】
さらに、測定部3は、測定容器21に光を照射するための光源31と、この光源31を移動させこの光源31から発する光を測定容器21内の分散液A中に走査させる移動部としての駆動部32とを備えている。また、この測定部3は、測定容器21内の分散液Aを透過する透過光Cを受光する受光部33と、この受光部33にて受光した透過光Cの強度変化に基づいて、分散液A中の増ちょう剤Bの沈降体積を測定する制御部34とを備えている。
【0045】
この制御部34は、測定容器21内の分散液A中に増ちょう剤B繊維を沈降させた後または沈降中に、この分散液Aに光源31からの光を照射して透過させる。そして、この制御部34は、分散液Aの液面側から測定容器21の底部側までの走査範囲Dに亘って、駆動部32にて光源31を移動させて、この光源31からの光にて分散液Aを走査しながら、各位置での光の透過強度を測定する。
【0046】
さらに、この制御部34は、光の透過強度が低下する範囲を、分散液A中の増ちょう剤B繊維が存在する領域とし、この増ちょう剤B繊維の沈降界面における光の透過強度の変化に基づいて、この増ちょう剤Bの沈降高さEを算出する。そして、この制御部34は、算出した沈降高さEに基づいて、分散液A中の増ちょう剤Bの沈降体積を算出し、この算出した沈降体積から増ちょう剤Bの破壊率を、所定の計算式に当てはめて計算し、この計算した破壊率に基づいて、グリースの劣化状態を診断する。
【0047】
図6は、上記実施例31での検出結果を示すグラフである。
【0048】
まず、上記比較例5で用いたアルバニヤS2グリース0.1gを、トルエン10ml中に分散させて分散液Aとする。そして、この分散液Aを、例えばガラス製の遠心分離用容器[高さ:120mm、内容積:12ml]である測定容器21に移してから、この分散液A中に増ちょう剤Bが均一に分散するように撹拌させた。この後、上記実施例11〜20にて用いた卓上遠心機を用い、この撹拌させた分散液A中の増ちょう剤Bを相対遠心力536Gで遠心沈降させた。このとき、この遠心沈降の開始から0min、5min、10min、10min経過する度に、この分散液Aに、光源31から、例えばレーザ光[波長:650nm]を発生させ、この光源31を駆動部32にて駆動させて走査させ、この分散液A中の増ちょう剤Bの沈降界面を検出した。
【0049】
この結果、
図6に示すように、遠心沈降の開始から0minの場合には、分散液A全体で透過率がほぼ一定であり、増ちょう剤Bの沈降が起こっていないことが分かる。また、遠心沈降の開始から20min経過した場合には、分散液Aの液面に近い部分での透過率が約80%と高く、測定容器21の底面から約30mm以下の範囲で、分散液Aの透過率が著しく低下しており、この範囲で増ちょう剤Bが沈降していることが分かる。
【0050】
以上から、有機溶剤にグリースを分散させた分散液Aにレーザ光を走査して、この分散液Aを透過する透過光の透過率を測定することによって、この透過光の強度変化から、増ちょう剤Bの沈降高さEを自動的に読み取ることができ、この増ちょう剤Bの沈降体積を求めることができる。また、求めた沈降高さEから増ちょう剤B繊維の破壊状態を定量化できるため、この増ちょう剤Bの沈降高さEに閾値を設けることにより、グリースの劣化診断を自動的に行うことができる。
【0051】
また、グリース劣化診断装置1が可搬式であるため、このグリース劣化診断装置1を用いることにより、劣化診断したいグリースが用いられた機械装置の設置場所へグリース劣化診断装置1を移動させ、この設置現場にてグリース中の増ちょう剤Bの繊維の破壊状態を定量化できる。したがって、この劣化判断したい機械装置の設置場所でグリースの劣化を診断でき、このグリースを設置場所から持ち帰って増ちょう剤の破壊状態を解析等する必要がなく、このグリースの交換の要否を設置場所にて容易に判定することができる。
【0052】
なお、上記実施例31においては、沈降界面の検出にレーザ光の走査を用いた方法について説明したが、本発明はこれに限定されるものではなく、例えば、光源31としてレーザ光のほか、白熱電球、LED、赤外光、紫外光等を用いることもできる。さらに、本発明に係る増ちょう剤Bの沈降用の有機溶剤としては、基油を溶解して増ちょう剤を溶解させない特性ものが用いられる。具体的には、トルエンの他、ヘキサン、ヘプタン、石油エーテルなどを用いることができる。
【0053】
また、グリース中の増ちょう剤Bを分散液A中に自然沈降させる場合には、例えば試験管等の測定容器21に所定量のグリースと有機溶剤とを入れ、この測定容器21に蓋をして振る等して、有機溶剤にグリースを分散させる。この後、この分散液A中に増ちょう剤Bが適切に沈降するまで、例えば次の日まで測定容器21を静置させる。そして、この分散液A中の増ちょう剤Bの沈降高さEを、これらグリース、有機溶剤、測定容器21に対応させて予め作成したシートと対比等することにより、このグリース中の増ちょう剤B繊維の破壊状態を定量化できる。したがって、所定の装置等を用いることなく、設置場所での保守員の実施によって、グリースの劣化を診断できるから、このグリースの交換の要否を設置場所で容易に判定することができる。
【0054】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分りやすく表示するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成の構成に置き換えることが可能であり、また、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。