(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記残留γ相の体積分率と前記残留γ安定化パラメータとで構成される下記式(3)に基づいて算出される残留γ相の体積分率・残留γ安定化パラメータが40以下である請求項1に記載の厚鋼板。
残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータ
=10/(残留γ相の体積分率×残留γ安定化パラメータ)1/2 ・・・(3)
【発明を実施するための形態】
【0022】
本発明者らは、Ni含有量が7.5%以下であって、C方向のシャルピー衝撃吸収試験を実施したとき、−196℃での脆性破面率10%以下、引張り強度TS>741MPa、降伏強度YS>590MPaを満足する厚鋼板を提供するため、検討を行なった。
【0023】
特に本発明では、以下の点に留意して、検討を行なった。
【0024】
まず、製造方法に関し、本発明では、特許文献1および3のように、圧延およびT処理後の冷却などの管理を厳格化しなくても、9%Ni鋼と同程度の極低温靱性を達成することを前提とした。具体的には、特許文献3ほどの圧下率を確保できない場合を考えて成分設計を行い、圧延については、830℃以上の圧下率をおおよそ50%以下程度、700℃以上の圧下率をおおよそ85%以下程度に抑えると共に、熱間圧延後の焼戻処理(T処理)後の水冷はしない(すなわち、T処理後、空冷を行なう)ことを前提とした。なお、圧下率(%)は、100×(圧延前の厚さ−圧延後の厚さ)/(圧延前の厚さ)で算出した。
【0025】
また、極低温靭性は、L方向よりも靭性確保が難しい傾向にあるC方向の評価を採用し、且つ、靭性保証の観点から、吸収エネルギーでなく破面率での評価を行なうことにした。また、引張り強度(TS)について、極低温用圧力容器の設計においては、安全性を考慮すると、規格範囲内であればTSは高いほうが良いとの観点から、本発明ではTS>741MPaを前提にした。
【0026】
具体的には、上記の製造条件を前提にして、C方向のシャルピー衝撃吸収試験において、−196℃での脆性破面率≦10%、引張り強度TS>741MPa、降伏強度YS>590MPaを満足する厚鋼板を提供するため、検討を重ねてきた。
【0027】
その結果、残留γ形態[下記(ア)、(イ)]、およびλ
Lパラメータ[下記(ウ)]を、次のように制御すれば、シャルピー衝撃吸収試験中に、マルテンサイトに変態せずに塑性変形する安定な残留γを確保することができ、優れた極低温靭性が得られることを見出した。
(ア)極低温で衝撃中にマルテンサイトに変態せずに塑性変形し、靱性の向上に有用な安定な残留γを確保する(残留γの安定性を高める)との観点から、鋼中成分の適切なバランスによってDi値[下記(1)式を参照]を制御すること。
(イ)鋼中成分と、α−γ2相共存域(A
c1〜A
c3間)での熱処理(L処理)における温度(L処理温度)をLパラメータ[下記(4)式を参照]でバランスさせ、L処理の後、室温まで水冷し、所定条件の焼戻処理(T処理)を行なった後、空冷することにより、−196℃において存在する残留オーステナイト(残留γ)の体積分率を2.0〜12.0%の範囲内に制御し、かつ−196℃において存在する残留γ中の成分で決定される残留γ安定化パラメータ[下記(2)式を参照]を3.1以上に制御すること(好ましくは、残留γの体積分率と上記残留γ安定化パラメータとで構成される残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータ[下記(3)式を参照]を40以下に制御すること)。
(ウ)成分(Mn、Cr、Mo)とL処理温度により決定されるλ
Lパラメータを下記(5)式のとおり制御すること。
【0028】
すなわち、本発明の厚鋼板は、質量%で、C:0.02〜0.10%、Si:0.40%以下(0%を含まない)、Mn:0.50〜2.0%、P:0.007%以下(0%を含まない)、S:0.007%以下(0%を含まない)、Al:0.005〜0.050%、Ni:5.0〜7.5%、N:0.010%以下(0%を含まない)を含有すると共に、Cr:1.20%以下(0%を含まない)、およびMo:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種の元素を含有し、残部が鉄および不可避不純物である厚鋼板であって、鋼中成分で構成される下記(1)式に基づいて決定されるDi値が2.5以上であり、−196℃において存在する残留オーステナイト相(残留γ)が体積分率にて2.0〜12.0%であり、且つ、残留オーステナイト中に含まれる成分で構成される下記(2)式に基づいて決定される残留γ安定化パラメータが3.1以上であるところに特徴がある。
Di値=([C]/10)
0.5×(1+0.7×[Si])×(1+3.33×[Mn])×(1+0.35×[Cu])×(1+0.36×[Ni])×(1+2.16×[Cr])×(1+3×[Mo])×(1+1.75×[V])×1.115 ・・・ (1)
式中、[ ]は、鋼中の各成分の含有量(質量%)を意味する、
残留γ安定化パラメータ=
(365×<C>+39×<Mn>+30×<Al>+10×<Cu>+17×<Ni>+20×<Cr>+5×<Mo>+35×<V>)/100 ・・・ (2)
式中、< >は、−196℃において存在する残留オーステナイト中に含まれる各成分の含有量(質量%)を意味する。
【0029】
1.鋼中成分
まず、鋼中成分について説明する。
【0030】
C:0.02〜0.10%
Cは、強度および残留オーステナイトの確保に必須の元素である。このような作用を有効に発揮させるため、C量の下限を0.02%以上とする。C量の好ましい下限は0.03%以上であり、より好ましくは0.04%以上である。但し、過剰に添加すると、強度の過大な上昇により極低温靭性が低下するため、その上限を0.10%とする。C量の好ましい上限は0.08%以下であり、より好ましくは0.06%以下である。
【0031】
Si:0.40%以下(0%を含まない)
Siは、脱酸材として有用な元素である。但し、過剰に添加すると、硬質の島状マルテンサイト相の生成が促進され、極低温靭性が低下するため、その上限を0.40%以下とする。Si量の好ましい上限は0.35%以下であり、より好ましくは0.20%以下である。
【0032】
Mn:0.50〜2.0%
Mnはオーステナイト(γ)安定化元素であり、残留γ量の増加に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるため、Mn量の下限を0.50%とする。Mn量の好ましい下限は0.6%以上であり、より好ましくは0.7%以上である。但し、過剰に添加すると、焼戻脆化をもたらし、所望の極低温靭性を確保できなくなるため、その上限を2.0%以下とする。Mn量の好ましい上限は1.5%以下であり、より好ましくは1.3%以下である。
【0033】
P:0.007%以下(0%を含まない)
Pは、粒界破壊の原因となる不純物元素であり、所望とする極低温靭性確保のため、その上限を0.007%以下とする。P量の好ましい上限は0.005%以下である。P量は少なければ少ない程良いが、工業的にP量を0%とすることは困難である。
【0034】
S:0.007%以下(0%を含まない)
Sも、上記Pと同様、粒界破壊の原因となる不純物元素であり、所望とする極低温靭性確保のため、その上限を0.007%以下とする。後記する実施例に示すように、S量が多くなると、脆性破面率は増加し、所望とする極低温靱性(−196℃での脆性破面率≦10%)を実現できない。S量の好ましい上限は0.005%以下である。S量は少なければ少ない程良いが、工業的にS量を0%とすることは困難である。
【0035】
Al:0.005〜0.050%
Alは脱硫を促進し、窒素を固定する元素である。Alの含有量が不足すると、鋼中の固溶硫黄、固溶窒素などの濃度が上昇し、極低温靱性が低下するため、その下限を0.005%以上とする。Al量の好ましい下限は0.010%以上であり、より好ましくは0.015%以上である。但し、過剰に添加すると、酸化物や窒化物などが粗大化し、やはり極低温靱性が低下するため、その上限を0.050%以下とする。Al量の好ましい上限は0.045%以下であり、より好ましくは0.04%以下である。
【0036】
Ni:5.0〜7.5%
Niは、極低温靱性の向上に有用な残留オーステナイト(残留γ)を確保するのに必須の元素である。このような作用を有効に発揮させるため、Ni量の下限を5.0%以上とする。Ni量の好ましい下限は5.2%以上であり、より好ましくは5.4%以上である。但し、過剰に添加すると、原料のコスト高を招くため、その上限を7.5%以下とする。Ni量の好ましい上限は7.0%以下であり、より好ましくは6.5%以下、更に好ましくは6.2%以下、更により好ましくは6.0%以下である。
【0037】
N:0.010%以下(0%を含まない)
Nは、歪時効により極低温靭性を低下させるため、その上限を0.010%以下とする。N量の好ましい上限は0.006%以下であり、より好ましくは0.004%以下である。
【0038】
Cr:1.20%以下(0%を含まない)、およびMo:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
CrおよびMoは、いずれも強度向上元素である。これらの元素は単独で添加しても良いし、二種類を併用しても良い。上記作用を有効に発揮させるためには、Cr量を0.05%以上、Mo量を0.01%以上とする。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上を招き、所望とする極低温靭性を確保できなくなるため、Cr量の上限を1.20%以下(好ましくは1.1%以下、より好ましくは0.9%以下、更に好ましくは0.5%以下)、Mo量の上限を1.0%以下(好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.6%以下)とする。
【0039】
本発明の厚鋼板は上記成分を基本成分として含み、残部:鉄および不可避的不純物である。
【0040】
本発明では、更なる特性の付与を目的として、以下の選択成分を含有することができる。
【0041】
Cu:1.0%以下(0%を含まない)
Cuは、γ安定化元素であり、残留γ量の増加に寄与する元素である。このような作用を有効に発揮させるためには、Cuを0.05%以上含有することが好ましい。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上をもたらし、所望とする極低温靭性効果が得られないため、その上限を1.0%以下とすることが好ましい。Cu量の更に好ましい上限は0.8%以下であり、更により好ましくは0.7%以下である。
【0042】
Ti:0.025%以下(0%を含まない)、Nb:0.100%以下(0%を含まない)、およびV:0.50%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
Ti、Nb、およびVは、いずれも炭窒化物として析出し、強度を上昇させる元素である。これらの元素は単独で添加しても良いし、二種以上を併用しても良い。上記作用を有効に発揮させるためには、Ti量を0.005%以上、Nb量を0.005%以上、V量を0.005%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上を招き、所望とする極低温靭性を確保できなくなるため、Ti量の好ましい上限を0.025%以下(より好ましくは0.018%以下であり、更に好ましくは0.015%以下)、Nb量の好ましい上限を0.100%以下(より好ましくは0.05%以下であり、更に好ましくは0.02%以下)、V量の好ましい上限を0.50%以下(より好ましくは0.3%以下であり、更に好ましくは0.2%以下)とする。
【0043】
B:0.0050%以下(0%を含まない)
Bは、焼入れ性向上により強度向上に寄与する元素である。上記作用を有効に発揮させるためには、B量を0.0005%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、強度の過度な向上をもたらし、所望とする極低温靭性を確保できなくなるため、B量の好ましい上限を0.0050%以下(より好ましくは0.0030%以下、更に好ましくは0.0020%以下)とする。
【0044】
Ca:0.0030%以下(0%を含まない)、およびREM(希土類元素):0.0050%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
Ca、およびREMは、固溶硫黄を固定し、さらに硫化物を無害化する元素である。これらの元素は単独で添加しても良いし、二種以上を併用しても良い。これらの含有量が不足すると、鋼中の固溶硫黄濃度が上昇し、靱性が低下するため、Ca量を0.0005%以上、REM量(以下に記載のREMを、単独で含有するときは単独の含有量であり、二種以上を含有するときは、それらの合計量である。以下、REM量について同じ。)を0.0005%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、硫化物、酸化物や窒化物などが粗大化し、やはり靱性が低下するため、Ca量の好ましい上限を0.0030%以下(より好ましくは0.0025%以下)、REM量の好ましい上限を0.0050%以下(より好ましくは0.0040%以下)とする。
【0045】
本明細書において、REM(希土類元素)とは、ランタノイド元素(周期表において、原子番号57のLaから原子番号71のLuまでの15元素)に、Sc(スカンジウム)とY(イットリウム)とを加えた元素群であり、これらを単独で、または二種以上を併用することができる。好ましい希土類元素はCe、Laである。REMの添加形態は特に限定されず、CeおよびLaを主として含むミッシュメタル(例えばCe:約70%程度、La:約20〜30%程度)の形態で添加しても良いし、或いは、Ce、Laなどの単体で添加して良い。
【0046】
Zr:0.005%以下(0%を含まない)
Zrは、窒素を固定する元素である。Zrの含有量が不足すると、鋼中の固溶N濃度が上昇し、靭性が低下するため、Zr量を0.0005%以上とすることが好ましい。但し、過剰に添加すると、酸化物や窒化物などが粗大化し、やはり靭性が低下するため、Zr量の好ましい上限を0.005%以下(より好ましくは0.0040%以下)とする。
【0047】
以上、本発明の鋼中成分について説明した。
【0048】
2.残留オーステナイト相(残留γ)の体積分率
更に本発明の厚鋼板は、−196℃において存在する残留γ相が体積分率にて2.0〜12.0%(好ましくは4.0〜12.0%)を満足するものである。
【0049】
極低温靱性の改善には、低温での衝撃試験中に塑性変形し易い残留γを確保することが有効である。所望とする極低温靱性を得るため、−196℃で存在する全組織に占める残留γ相の体積分率を2.0%以上とする。但し、残留γは、マトリクス相に比べて比較的軟質であり、残留γ量が過剰になると、YSが所定の値を確保できなくなるため、その上限を12.0%とする。残留γ相の体積分率について、好ましい下限は4.0%以上、より好ましい下限は6.0%以上であり、好ましい上限は11.5%以下、より好ましい上限は11.0%以下である。
【0050】
なお、本発明の厚鋼板では、−196℃で存在する組織のうち、残留γ相の体積分率の制御が重要であって、残留γ以外の他の組織については、何ら限定するものではなく、厚鋼板に通常存在するものであれば良い。残留γ以外の組織としては、例えば、ベイナイト、マルテンサイト、セメンタイト等の炭化物などが挙げられる。
【0051】
3.Di値について
更に本発明では、鋼中成分で構成される下記(1)式に基づいて決定されるDi値が2.5以上を満足するものである。
Di値=([C]/10)
0.5×(1+0.7×[Si])×(1+3.33×[Mn])×(1+0.35×[Cu])×(1+0.36×[Ni])×(1+2.16×[Cr])×(1+3×[Mo])×(1+1.75×[V])×1.115 ・・・ (1)
式中、[ ]は、鋼中の各成分の含有量(質量%)を意味する。
【0052】
焼入れ性Di値に関する上式(1)は、Grossmannの式(Trans. Metall.Soc. AIME, 150(1942)、227頁)として記載されているものである。Di値を構成する上記合金元素の添加量が多いほど、焼きが入りやすく(Di値が大きくなり)、組織が微細化しやすくなる。また、Di値が大きい程、強度が高くなり、所望の強度を確保しやすくなる。本発明者らの検討結果によれば、Di値と、圧延後の組織サイズとは相関があり、圧延後組織を微細にし、所望とする高い強度を確保するには、Di値を2.5以上にすれば良いことが判明した。詳細にはDi値は、未結晶域の圧下率が小さくても微細な圧延組織が得られ、その後の熱処理で極低温靱性向上に有用な残留γの体積分率を十分確保し、安定した残留γを確保するための指針として有用なパラメータである。また、特許文献3に記載の製造条件[低温(未再結晶域)での圧下率低減、冷却開始までの時間制限など]を緩和して、工程負荷を低減しても良好な特性を確保するのに有効なパラメータである。
【0053】
このような作用を有効に発揮させるため、Di値を2.5以上とする。Di値が2.5未満では、圧延後に微細な組織が十分得られないため、所定量の残留γが得られない。更には、後記する残留γ安定化パラメータや、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータを所定レベルに制御できないため、安定した残留γ組織が得られず、所望とする極低温靱性を確保できない。Di値の好ましい範囲は3.0以上である。一方、Di値の上限は、上記観点からは特に限定されないが、コストなどの観点や、現行LNGタンク用鋼の強度規格範囲が830MPa以下であることなどを考慮すると、おおむね、5.0以下であることが好ましい。
【0054】
4.残留γ安定化パラメータについて
更に本発明では、下記(2)式に基づいて決定される残留γ安定化パラメータを3.1以上に制御する。これにより、所望とする極低温靱性が得られる。
残留γ安定化パラメータ=
(365×<C>+39×<Mn>+30×<Al>+10×<Cu>+17×<Ni>+20×<Cr>+5×<Mo>+35×<V>)/100 ・・・ (2)
式中、< >は、−196℃において存在する残留オーステナイト中に含まれる各成分の含有量(質量%)を意味する。
【0055】
前述したとおり、極低温靭性の改善には、衝撃試験中にマルテンサイトに変態せずに塑性変形する安定な残留γを確保することが有効である。そのためには、衝撃試験前に残留γ分率を確保することと、衝撃を受けてもマルテンサイトに変態せずに塑性変形できるように残留γの安定性を高めることが考えられる。本発明では、前者の観点から、残留γの体積分率を上記範囲に規定した。更に、後者の観点からも実験を行ったところ、−196℃において存在する残留γの安定性は、−196℃において存在する残留γ中の成分で決定され、上記(2)式で表わされるパラメータを制御することが有効であることが判明した。本発明のようにNi量が7.5%以下に低減すると、一般に焼入れ性が低下するため、圧延後の組織が粗大になって熱処理後に得られる残留γの体積分率または上記Di値を確保できなくなってしまうが、本発明では、残留γ中の成分バランスを考慮して決定された残留γ安定化パラメータを適切に制御することで、これらの要件も適切に制御される。この残留γ安定化パラメータは、Ms点の式を参考にして導出されたものである。
【0056】
所望とする極低温靱性を確保するため、上記残留γ安定化パラメータの下限を3.1以上とする。好ましくは3.3以上、より好ましくは3.5以上、更に好ましくは3.7以上である。なお、残留γ安定化パラメータの上限は、極低温靱性向上の観点からは特に限定されない。
【0057】
5.残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータについて
更に本発明では、一層優れた極低温靱性を確保する目的で、下記式(3)に基づいて算出される残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータを40以下に制御することが好ましい。
残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータ
=10/(残留γ相の体積分率×残留γ安定化パラメータ)
1/2 ・・・(3)
【0058】
上式(3)に示すとおり、上記パラメータは、残留γの体積分率と残留γ安定化パラメータとで構成されている。本発明者らは、極低温靱性の向上には、極低温衝撃試験中に塑性変形を担い、靭性向上に有効な残留γの分布が大きく影響すると考え、上記パラメータを定めた。すなわち、残留γの体積分率が高く、且つ、残留γ安定化パラメータが大きいものは、一つ一つの残留γ同士の間の距離が短く微細に分散し、且つ、それらが、低温でもマルテンサイトに変態せず、塑性変形を担うことから、良好な極低温靭性を発揮するようになる。
【0059】
上記残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータは、好ましくは35以下であり、より好ましくは30以下である。極低温靭性向上の観点からすると、上記パラメータは低いほど良い。上記パラメータの下限は、極低温靭性との関係では特に限定されないが、本発明の成分系を考慮すると、おおむね、10以上である。
【0060】
更に、後記する実施例2で実証したように、残留γの体積分率・残留γの安定化パラメータをより適切な範囲に制御することにより、上述した−196℃より更に低温の−233℃においても、脆性破面率を50%以下の良好な水準に保つことができる。具体的には、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータの上限を出来るだけ小さくする(おおむね、30以下)ことにより、−233℃での脆性破面率を50%以下に低減することができる。
【0061】
以上、本発明の厚鋼板について説明した。
【0062】
次に、本発明の厚鋼板を製造する方法について説明する。本発明の製造方法は、上記のいずれかに記載の鋼中成分を満足すると共に、α−γ2相共存域(A
c1〜A
c3間)での熱処理(L処理)における温度(L処理温度)と、鋼中のA
c1およびA
c3とで構成される下記式(4)に基づいて算出されるLパラメータが0.25以上、0.45以下であり、且つ、前記Lパラメータと、鋼中成分とで構成される下記式(5)に基づいて算出されるλ
Lパラメータが7以下であることを満足するように、L処理温度および鋼中成分を調整する工程と、L処理の後、室温まで水冷した後、焼戻処理(T処理)するに当たり、A
c1以下の温度で10〜60分間行なう工程と、を行なうところに特徴がある。
Lパラメータ=(L処理温度−A
c1)/(A
c3−A
c1)+0.25 ・・・(4)
λ
Lパラメータ=9.05×(0.90×[Lパラメータ]+0.14)×[Mn]+1.46×(0.37×[Lパラメータ]+0.67)×[Cr]−41.5×(0.26×[Lパラメータ]+0.79)×[Mo] ・・・(5)
式中、[ ]は、鋼中の各成分の含有量(質量%)を意味する。
【0064】
本発明の製造方法は、圧延工程およびその後の焼戻処理(T処理)を適切に制御して上記要件を満足する厚鋼板を製造するものであり、製鋼工程は特に限定されず、通常、用いられる方法を採用することができる。
【0065】
以下、本発明を特徴付ける圧延工程以降の工程について、順次、詳しく説明する。
【0066】
まず、加熱温度は約900〜1100℃、FRT(仕上げ圧延温度)は約700〜900℃、SCT(冷却開始温度)は約650〜800℃に制御することが好ましい。ここで、SCTは、仕上圧延の後、60秒以内に上記範囲に制御することが好ましく、これにより、圧延→冷却後に、靱性向上に有用な微細組織が得られる。
【0067】
次いで、800℃〜500℃までの温度範囲を約10℃/s以上の平均冷却速度で冷却する。本発明において、特に上記温度範囲の平均冷却速度を制御するのは、冷却後に微細な組織を得るためである。なお、その上限は特に限定されない。
【0068】
本発明では、少なくとも上記温度範囲を約10℃/s以上の平均冷却速度で冷却することが好ましいが、上記平均冷却速度での停止温度は200℃以下とすることが好ましい。これにより、未変態γを低減することができ、微細均一な組織が得られる。
【0069】
熱間圧延の後、A
c1〜A
c3点の二相域[フェライト(α)−γ]温度(L処理温度)に加熱・保持した後、水冷する(L処理)。本発明では、残留γの体積分率、および残留γ安定化パラメータ(好ましくは、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータ)を本発明の範囲に制御するために、上記(4)式で表わされるLパラメータ、および上記(5)式で表わされるλ
Lパラメータが所定範囲となるようにL処理温度および鋼中の成分を適切に制御している。
【0070】
まず、熱間圧延後の上記L処理温度は、A
c1〜(A
c1+A
c3)/2の範囲内に制御することが好ましい。これにより、生成したγ相にNiなどの合金元素が濃縮し、その一部が室温で準安定に存在する準安定残留γ相となる。上記L処理温度がA
c1点未満、または[(A
c1+A
c3)/2]超では、結果的に、−196℃における残留γ分率、または残留γの安定性が十分に確保できない(後記する表2BのNo.29、30を参照)。好ましいL処理温度は、おおむね、620〜650℃である。
【0071】
本明細書において、A
c1点、およびA
c3点は、下記式に基づいて算出されるものである(「講座・現代の金属学 材料編4 鉄鋼材料」、社団法人日本金属学会より)。
A
c1点
=723−10.7×[Mn]−16.9×[Ni]+29.1×[Si]+16.9×[Cr]+290×[As]+6.38×[W]
A
c3点
=910−203×[C]
1/2−15.2×[Ni]+44.7×[Si]+104×
[V]+31.5×[Mo]+−30×[Mn]+11×[Cr]+20×[Cu]
上記式中、[ ]は、鋼材中の合金元素の濃度(質量%)を意味する。なお、本発明には、AsおよびWは鋼中成分として含まれないため、上記式において、[As]および[W]はいずれも、0%として計算する。
【0072】
上記二相域温度での加熱時間(保持時間)は、おおむね、10〜50分とすることが好ましい。10分未満では、γ相への合金元素濃縮が十分進まず、一方、50分超では、α相が焼鈍まされ、強度が低下する。好ましい加熱時間の上限は30分である。
【0073】
更に本発明では、成分ごとに、上記(4)式で表わされるLパラメータを0.25超、0.45以下にする。Lパラメータは、最終的に残留γの体積分率と残留γの安定性を兼備するために、L処理中の合金濃縮を効率的に利用するために設定されたパラメータである。後記する実施例に示すように、Lパラメータが上記範囲を外れると、所望とする残留γ分率、および/または残留γの安定性が十分得られない。好ましくは0.28以上0.42以下、より好ましくは0.30以上0.40以下である。
【0074】
更に本発明では、上記(5)式のように、MnとCrとMoの各含有量および上記Lパラメータで決定されるλ
Lパラメータを7以下となるように制御する。このλ
Lパラメータは、L処理中に旧γ粒界へPが偏析するなどし、MnやCrが濃縮し過ぎた場合に濃縮部に起こる焼戻脆性の悪影響を抑制するために設定されたものである。旧γ粒界に偏析するP量は直接測定することが難しいことから、上記λ
Lパラメータは、いわば、旧γ粒界に偏析するP量の代替パラメータと位置づけることができる。旧γ粒界へPの偏析が小さいものは、λ
Lパラメータが小さい。好ましくは0.0以下、より好ましくは−10.0以下である。なお、その下限は特に限定されないが、コストの観点からMo添加量を出来るだけ抑えることが好ましく、また、各含有量とLパラメータの好ましい範囲などを総合的に勘案すれば、おおむね、−30以上であることが好ましい。
【0075】
詳細には、−196℃という極低温域ではPなどの微量不純物の悪影響が顕在化しやすく、焼戻脆性については、Pの旧γ粒界への偏析が大きい場合(すなわち、λ
Lパラメータが大きい場合)、極低温靭性へ悪影響を及ぼすと推定される。例えば、表1のNo.1、2、25(いずれも本発明例)を比較すると、残留γの体積分率および残留γ安定化パラメータは同程度である[No.1について、残留γの体積分率=8.0%、残留γ安定化パラメータ=3.7;No.2について、残留γの体積分率=9.4%、残留γ安定化パラメータ=3.8;No.25について、残留γの体積分率=7.9%、残留γ安定化パラメータ=3.7]が、λ
Lパラメータはそれぞれ、−6.8(No.1)、−10.9(No.2)、5.2(No.25)と大きく異なっている。よって、上記3例のなかでは、λ
Lパラメータが最も低いNo.2が、極低温靱性に最も優れている。
【0076】
次いで、室温まで水冷した後、焼戻処理(T処理)する。
【0077】
焼戻処理は、A
c1以下の温度で10〜60分間行なう。このような低温焼戻により、準安定残留γにCが濃縮され、準安定残留γ相の安定度が増すため、−196℃においても安定に存在する残留γ相が得られる。また、上記低温焼戻により、低いMs点を確保することができる。
【0078】
焼戻温度が560℃を超えると、二相共存域保持中に生成した準安定残留γ相がα相とセメンタイト相に分解し、−196℃における残留γ相が十分に確保できなくなる。一方、焼戻温度が540℃未満であるか、または焼戻時間が10分未満の場合、準安定残留γ相中へのC濃縮が十分進行せず、所望とする−196℃での残留γ量を確保することができない。また、焼戻時間が60分を超えると、α相の転位密度が過度に減少して、所定の強度(TSおよびYS)が確保できなくなる(後記する表2BのNo.33を参照)。
【0079】
好ましい焼戻処理条件は、焼戻温度:540〜560℃、焼戻時間:15分以上、45分以下(より好ましくは35分以下、更に好ましくは25分以下)である。
【0080】
上記のように焼戻処理をした後、室温まで冷却する。焼戻後の冷却方法は、水冷でなく、空冷で行なう。空冷中に炭素が残留γ中へ濃縮するため、水冷より空冷の方が、残留γ安定化パラメータが大きくなるためである。
【実施例】
【0081】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明は下記実施例によって制限されず、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で変更を加えて実施することも可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0082】
実施例1
真空溶解炉(150kgVIF)を用い、表1に示す成分組成(残部:鉄および不可避的不純物、単位は質量%)の供試鋼を溶製し、鋳造した後、熱間鍛造により、150mm×150mm×600mmのインゴットを作製した。本実施例では、REMとしてCeを約50%、Laを約25%含むミッシュメタルを用いた。
【0083】
次に、上記のインゴットを1100℃に加熱した後、830℃以上の温度で板厚75mmまで圧延し、仕上げ圧延温度(FRT)700℃、FRTの後60秒以内のSCT:650℃とし、水冷することにより、板厚25mmまで圧延した(圧下率83%)。なお、800〜500℃までの平均冷却速度は19℃/sとし、200℃以下の停止温度まで冷延した。
【0084】
このようにして得られた鋼板を、表2に示すL処理温度でL処理を行ない、30分間加熱保持した後、水冷した。更に、T処理(焼戻)を、表2に示す温度(T処理温度)および時間(T時間)行なった後、室温まで空冷した。
【0085】
このようにして得られた厚鋼板について、以下のようにして、−196℃において存在する残留γ相の量(体積分率)、Di値、残留γ安定化パラメータ、引張り特性(引張り強度TS、降伏強度YS)、極低温靱性(−196℃または−233℃でのC方向における脆性破面率)を評価した。
【0086】
(1)−196℃において存在する残留γ相の量(体積分率)の測定
各鋼板のt/4位置より、10mm×10mm×55mmの試験片を採取し、液体窒素温度(−196℃)にて5分間保持した後、リガク社製の二次元微小部X線回折装置(RINT−RAPIDI値I)にてX線回折測定を行なった。次いで、フェライト相の(110),(200),(211),(220)の各格子面のピーク、および残留γ相の(111),(200),(220),(311)の各格子面のピークについて、各ピークの積分強度比に基づき、残留γ相の(111)、(200)、(220)、(311)の体積分率をそれぞれ算出し、これらの平均値を求め、これを「残留γの体積分率」とした。
【0087】
(2)残留γ安定化パラメータの測定
上記(2)式に基づいて算出される残留γ安定化パラメータを測定するため、上記(2)式を構成する−196℃において存在する残留γ中の各成分、すなわち、C量<C>、Mn量<Mn>、Al量<Al>、Cu量<Cu>、Ni量<Ni>、Cr量<Cr>、Mo量<Mo>、V量<V>をそれぞれ、以下のようにして測定した。
【0088】
(2−1)−196℃において存在する残留γ中のC量<C>の測定
上記(1)の測定と同時に、供試鋼の表面に標準物質Siを塗布し、Siのピークで角度補正を行って精密なγ−Feの格子定数[a
0 (Å)]を求めた。精密化されたγ−Feの格子定数と、C以外の下記成分とから、残留γ中のC量を逆算して求めた。
【0089】
(2−2)−196℃において存在する残留γ中のNi量<Ni>の測定
各鋼板のt/4位置より、10mm×10mm×55mmの試験片を採取し、液体窒素温度(−196℃)にて5分間保持した後、日本電子製 JXA−8500FのEPMA装置を用い、加速電圧15kV、照射電流50nA、ビーム径最小の条件下にてNi濃度を測定した。測定は、各試料とも3回ずつ行い、その最大値を残留γ中のNi量とした。
【0090】
(2−3)−196℃において存在する残留γ中のAl量<Al>の測定
Alは全量が酸化物または窒化物に消費されていると仮定し、残留γ中のAlは0(ゼロ)とした。
【0091】
(2−4)−196℃において存在する残留γ中のMn量<Mn>、Cu量<Cu>、Cr量<Cr>、Mo量<Mo>、およびV量<V>の測定
本実施例では、L処理→T処理後の各合金元素濃度<Mn>、<Cu>、<Cr>、<Mo>、<V>は、上記(2−2)の方法によって得られた実測のNi量<Ni>に比例すると考え、以下のようにして算出した。
【0092】
L処理、T処理の各熱処理時のNi濃縮の挙動は、下式で表される。
(各熱処理時の定数)×(γ逆変態の駆動力)×(各合金元素の拡散係数)
【0093】
ここで、上記式中の(γ逆変態の駆動力)は、各熱処理時の温度に基づき、市販の計算ソフト(サーモカルク)により計算した。また、上記式中の(各合金元素の拡散係数)は、各熱処理時の温度と保持時間に基づき、『Diffusion in Solid Metals and Alloys』の値を用いて計算した。
【0094】
そして上記式中の(各熱処理時の定数)は、以下のようにして実験的に求めた。上記式に従えば、L処理→T処理後の実測のNi濃度は、{(L処理時の定数)×(γ逆変態の駆動力)×(L処理時のNiの拡散係数)}と、{(T処理時の定数)×(γ逆変態の駆動力)×(L処理時のNiの拡散係数)}との積で表される。すなわち、L処理→T処理後の実測のNi濃度は、(L処理時の定数)と(T処理時の定数)の両方を含み、また(T処理時の定数)は(L処理時の定数)と連動して変化するため、上記積の値が、L処理→T処理後の実測のNi濃度と最も近くなるよう、回帰的に各熱処理時の定数[(L処理時の定数)および(T処理時の定数)]を求めた。このようにして求めた各定数を使用し、<Mn>、<Cu>、<Cr>、<Mo>、<V>の各合金元素濃度を算出した。
【0095】
(3)引張り特性(引張り強度TS、降伏強度YS)の測定
各鋼板のt/4位置から、C方向に平行にJIS Z2241の4号試験片を採取し、ZIS Z2241に記載の方法で引張り試験を行い、引張り強度TS、および降伏強度YSを測定した。本実施例では、TS>740MPa、YS>590MPaのものを、母材強度に優れると評価した。
【0096】
(4)極低温靱性(C方向における脆性破面率)の測定
各鋼板のt/4位置(t:板厚)且つW/4位置(W:板幅)、およびt/4位置且
つW/2位置から、C方向に平行にシャルピー衝撃試験片(JIS Z 2242のVノッチ試験片)を3本採取し、JIS Z2242に記載の方法で、−196℃での脆性破面率(%)を測定し、それぞれの平均値を算出した。そして、このようにして算出された二つの平均値のうち、特性に劣る(すなわち、脆性破面率が大きい)方の平均値を採用し、この値が10%以下のものを、本実施例では、極低温靭性に優れると評価した。
【0097】
これらの結果を表2に併記する。
【0098】
【表1A】
【0099】
【表1B】
【0100】
【表2A】
【0101】
【表2B】
【0102】
表2より、以下のように考察することができる。
【0103】
まず、表2AのNo.1〜25は、本発明の要件をすべて満足する例であり、母材強度が高くても、−196℃での極低温靱性(詳細には、C方向における脆性破面率の平均値≦10%)に優れた厚鋼板を提供することができた。
【0104】
これに対し、表2BのNo.26〜45は、鋼中成分および本発明の好ましい製造条件のいずれかを満足しないため、本発明の要件を満足しない比較例であり、所望とする特性が得られなかった。
【0105】
まず、No.26は、Di値が本発明の要件を満たさない例であり、所望とする残留γの体積分率が得られず、残留γ安定化パラメータも低下した。更に、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、脆性破面率も増加し、−196℃において所望とする極低温靱性を実現できなかった。また、Di値が低いため、TSも低下した。
【0106】
No.27は、C量が多い表1BのNo.27を用いた例であり、極低温靱性が低下した。
【0107】
No.28は、P量が多い表1BのNo.28を用いた例であり、所望とする残留γの体積分率が得られず、残留γ安定化パラメータも低下した。更に、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、極低温靱性が低下した。
【0108】
No.29は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.29を用いたが、二相域温度(L処理温度)を下回る温度で加熱し、且つ、Lパラメータが低い例である。そのため、残留γ量が不足し、残留γ安定化パラメータも低下した。更に、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、極低温靱性が低下した。
【0109】
No.30は、Si量が多い表1BのNo.30を用い、且つ、二相域温度(L処理温度)を超える温度で加熱し、且つ、Lパラメータおよびλ
Lパラメータが高い例である。そのため、残留γ量が不足し、残留γ安定化パラメータも低下した。更に、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、極低温靱性が低下した。
【0110】
No.31は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.31を用いたが、焼戻温度(T処理温度)が低いため、残留γ量が不足し、残留γ安定化パラメータも低下した。更に、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、極低温靱性が低下した。
【0111】
No.32は、Mn量が多い表1BのNo.32を用い、且つ、λ
Lパラメータが高い例である。その結果、極低温靱性が低下した。
【0112】
No.33は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.33を用いたが、焼戻時間(T時間)が長い例であり、強度(TSおよびYS)が低下した。
【0113】
No.34は、Mn量が少なく、Di値が小さい表1BのNo.34を用いた例であり、所望とする残留γの体積分率が得られず、残留γ安定化パラメータも低下した。更に、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、脆性破面率も増加し、−196℃において所望とする極低温靱性を実現できなかった。また、Di値が低いため、TSも低下した。
【0114】
No.35は、S量が多い表1BのNo.35を用いた例である。そのため、脆性破面率が増加し、所望とする極低温靱性を実現できなかった。
【0115】
No.36は、鋼中成分は本発明の要件を満足する表1BのNo.36を用いたが、Lパラメータが高い例である。その結果、残留γ量が不足し、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、極低温靱性が低下した。
【0116】
No.37は、C量が少なく、Al量が多く、Ni量が少ない表1BのNo.37を用いたため、残留γ量が不足し、残留γ安定化パラメータも低下した。更に、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータも所定範囲を超えた。その結果、極低温靱性が低下した。更にTSも低下した。
【0117】
No.38は、Al量が少なく、N量が多い表1BのNo.38を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0118】
No.39は、選択成分であるCu量およびCa量が多い表1BのNo.39を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0119】
No.40は、選択成分であるCr量およびZr量が多い表1BのNo.40を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0120】
No.41は、選択成分であるNb量およびREM量が多い表1BのNo.41を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0121】
No.42は、選択成分であるMo量が多く、Di値が大きい表1BのNo.42を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0122】
No.43は、選択成分であるTi量が多い表1BのNo.43を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0123】
No.44は、選択成分であるV量が多い表1BのNo.44を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0124】
No.45は、選択成分であるB量が多い表1BのNo.45を用いたため、極低温靱性が低下した。
【0125】
実施例2
本実施例では、上記実施例1に用いた一部のデータ(いずれも本発明例)について、−233℃での脆性破面率を評価した。
【0126】
具体的には、表3に記載のNo.(表3のNo.は、前述した表1および表2のNo.に対応する)について、t/4位置且つW/4位置から試験片を3本採取し、下記に記載の方法で−233℃でのシャルピー衝撃試験を実施し、脆性破面率の平均値を評価した。本実施例では、上記脆性破面率≦50%のものを、−233℃での脆性破面率に優れると評価した。
「高圧ガス」、第24巻181頁、「オーステナイト系ステンレス鋳鋼の極低温衝撃試験」
【0127】
これらの結果を表3に記載する。
【0128】
【表3】
【0129】
表3のNo.1〜3、6、8、9、14、18、および20は、いずれも、−196℃のみならず、より低温の−233℃における脆性破面率も良好であり、非常に優れた極低温靱性を達成することができた。その理由として、これらは、いずれも、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータが小さい(21以下)ことが考えられる。
【0130】
これに対し、No.10、および16は、上記例に比べて、残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータが35程度と大きいため、−233℃における脆性破面率は大きくなった。
【0131】
以上の実験結果より、−196℃のみならず、より低温の−233℃における脆性破面率も良好な厚鋼板を得るためには、本発明の上記要件において、特に残留γの体積分率・残留γ安定化パラメータを出来るだけ小さくすることが有効であることが分かる。