(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
更に、Nb:0.10%以下(0%を含まない)および/またはMo:0.5%以下(0%を含まない)を含むものである請求項1〜4のいずれかに記載の高強度ばね用鋼線。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明は上記の様な事情に着目してなされたものであって、その目的は、1900MPa以上の高強度ばね用鋼線材を製造するに際して、合金元素の添加量を抑制しても、耐水素脆性を確保した高強度ばね用鋼線材、およびそのための製造方法並びに高強度ばねを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成し得た本発明のばね用鋼線材とは、焼戻しマルテンサイトが80面積%以上、引張強度が1900MPa以上の高強度ばね用鋼線材であって、
前記鋼線材は、
C:0.50〜0.70%(質量%の意味、化学成分組成について以下同じ)、
Si:1.50〜2.3%、
Mn:0.3〜1.5%、
P:0.015%以下(0%を含まない)、
S:0.015%以下(0%を含まない)、および
Al:0.001〜0.10%を夫々含有し、且つCとSiとが下記(1)式の関係を満足し、残部が鉄および不可避不純物であり、旧オーステナイト結晶粒度番号が10番以上であると共に、水素吸蔵量が14.0ppm以上である点の要旨を有する。
0.73%≦[C]+[Si]/8≦0.90% …(1)
但し、[C]および[Si]は、夫々CおよびSiの含有量(質量%)を示す。
【0009】
本発明のばね用鋼線材は、必要によって更に、(a)Cu:0.7%以下(0%を含まない)および/またはNi:0.7%以下(0%を含まない)、(b)Ti:0.10%以下(0%を含まない)、(c)B:0.010%以下(0%を含まない)、(d)Nb:0.10%以下(0%を含まない)および/またはMo:0.5%以下(0%を含まない)、(e)V:0.4%以下(0%を含まない)、(f)Cr:0.8%以下(0%を含まない)等を含むものであってもよい。
【0010】
本発明のばね用鋼線材は、直径が7〜20mm程度のものとなる。
【0011】
一方、上記目的を達成し得た本発明のばね用鋼線材の製造方法とは、上記のような化学成分組成を満たす鋼材を用い、焼入れおよび焼戻し処理を、下記の条件の全て満たすようにして製造することを特徴とする。
(焼入れ条件)
焼入れ加熱温度T1:850〜1000℃
100℃から焼入れ加熱温度T1までの平均昇温速度HR1:40℃/秒以上
焼入れ加熱温度T1での保持時間t1:90秒以下
焼入れ加熱後の300℃から80℃までの平均冷却速度CR1:5℃/秒以上、100℃/秒以下
(焼き戻し条件)
焼戻し加熱温度T2:350〜550℃
100℃から焼戻し加熱温度T2までの平均昇温速度HR2:30℃/秒以上
焼戻し加熱温度T2での保持時間t2:90秒以下
焼戻し加熱後の焼戻し加熱温度T2から100℃までの平均冷却速度CR2:30℃/秒以上
【0012】
本発明は、上記のような高強度ばね鋼線材を用いて成形された高強度ばねを包含し、こうした高強度ばねにおいても耐水素脆性が優れたものとなる。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、合金元素を多量に添加しなくとも、1900MPa以上の高強度を示すと共に、耐水素脆性に優れたばね用鋼線材が得られる。このようなばね用鋼線材では、鋼材コストを抑えることができ、且つ耐水素脆性に優れたものとなる。その結果、水素脆化の極めて生じ難い高強度のばね(例えば自動車用部品の一つである、懸架ばね等のコイルばね)を、安価で供給することができる。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明者らは、焼入れ焼戻し等の条件が、鋼線材の特性に与える影響について、様々な角度から検討した。その結果、安価で主要元素であるC,Si量を適正に制御して低合金鋼とすると共に、高周波加熱によって短時間加熱することで、水素トラップサイトを大幅に増加させ、耐水素脆性が大幅に向上することを見出し、本発明を完成した。以下、本発明で規定する各要件について説明する。
【0015】
(焼戻しマルテンサイト:80面積%以上)
本発明の鋼線材は、組織が焼戻しマルテンサイトを主体(全組織に占める割合で80面積%以上)とするものである。鋼線材における高強度且つ高靭性を確保するために、焼入れ焼戻し処理を行うことによって、焼戻しマルテンサイト主体の組織とする必要がある。焼戻しマルテンサイトは、好ましくは90面積%以上である(より好ましくは、100面積%)。焼戻しマルテンサイト以外の組織として、ベイナイト、フェライト、パーライト等を含み得るが、これらは、含まれていても10面積%以下である。好ましくは5面積%以下(より好ましくは0面積%)である。
【0016】
(旧オーステナイト結晶粒度番号が10番以上)
良好な耐水素脆性を確保するためには、旧オーステナイト結晶粒の微細化を図ることが有効である。こうした観点から、旧オーステナイト結晶粒度番号は10番以上とする必要がある。好ましくは、11番以上であり、より好ましくは12番以上である。尚、旧オーステナイト結晶粒度番号を10番以上とするには、高周波加熱による焼入れ焼戻しをすることが有効であり、通常の炉加熱では加熱速度、加熱時間が長くなり高温加熱での結晶粒成長が著しく、粗大化するため旧オーステナイト結晶粒の微細化を図ることができない。
【0017】
(水素吸蔵量:14.0ppm以上)
本発明の鋼線材は、化学成分組成も適切に設定(後述する)する必要があるが、鋼線材中の水素吸蔵量も適切に設定する必要がある。この水素吸蔵量は、鋼線材中の許容水素量を示すものであり、水素吸蔵量が多いほど耐水素脆性が良好となるものである。こうした観点から、水素吸蔵量は14.0ppm以上とする必要がある。好ましくは14.5ppm以上であり、より好ましくは15.0ppm以上である。水素吸蔵量を適切に設定することによって、耐水素脆性が良好となる理由については、おそらく本試験での水素吸蔵量は微細炭化物にトラップされた水素量を表しており、微細炭化物にトラップされる水素量を増加させることで、粒界への水素侵入、蓄積を抑制でき、粒界破壊で割れが発生する耐水素割れ(耐水素脆性)の改善が図れると考えられる。
【0018】
水素吸蔵量を増加させるためには、Fe−C系の炭化物(鋼中の炭化物はFe−C系の炭化物が支配的である)を鋼中に微細分散させることが重要となる。Fe−C系炭化物(以下、単に「炭化物」と呼ぶ)を微細分散させるためには、鋼中の粗大な炭化物の生成を抑制し(後記実施例による1200℃ソーキングも関係する)、炭化物の主要元素(Feを除く)であるCと、析出する炭化物のサイズに影響を及ぼすSiの量を適正な範囲とし、炭化物の量を増加させると共に、微細な炭化物を生成させる必要がある。また、焼入れ焼戻しを適切な範囲で制御し(後述する)、未固溶の炭化物の生成を抑制し、微細な炭化物を生成させる必要がある。
【0019】
本発明のばね用鋼線材は、基本的に合金元素の含有量を抑制した低合金鋼であるが、その化学成分組成における各成分(元素)による範囲限定理由は次の通りである。
【0020】
(C:0.50〜0.70%)
Cは、ばね用鋼線材の高強度を確保するのに必要な元素であるとともに、水素トラップサイトとなる微細炭化物を生成させるためにも必要である。こうした観点から、Cは0.50%以上含有させる必要がある。C含有量の好ましい下限は0.54%以上(より好ましくは0.58%以上)である。しかしながら、C含有量が過剰になると、焼入れ焼戻し後も、粗大な残留オーステナイトや未固溶の炭化物が生成しやすくなり、耐水素脆性がかえって低下する場合がある。またCは、耐食性を劣化させる元素でもあるため、最終製品であるばね製品(懸架ばね等)の腐食疲労特性を高めるにはC含有量を抑える必要がある。こうした観点から、C含有量は0.70%以下とする必要がある。C含有量の好ましい上限は0.65%以下(より好ましくは0.62%以下)である。
【0021】
(Si:1.50〜2.3%)
Siは、強度を確保するのに必要な元素である共に、炭化物を微細にする効果がある。こうした効果を有効に発揮させるためには、Siは1.50%以上含有させる必要がある。Si含有量の好ましい下限は1.7%以上(より好ましくは1.9%以上)である。一方、Siは脱炭を促進させる元素でもあるため、Siが過剰に含有されると、鋼材表面の脱炭層形成が促進され、脱炭層削除のためピーリング工程が必要となり、製造コストの増加を招く。また、未固溶炭化物も多くなり、耐水素脆性が低下する。こうした観点から、本発明ではSi含有量の上限を2.3%以下とした。Si含有量の好ましい上限は2.2%以下(より好ましくは2.1%以下)である。
【0022】
(0.73%≦[C]+[Si]/8≦0.90%:前記(1)式の関係)
([C]+[Si]/8)が0.73%以上、0.90%以下の範囲内では、水素トラップサイトとなる炭化物が微細且つ多量に析出し、耐水素脆性が向上する。([C]+[Si]/8)の値が0.73%よりも小さくなると、水素トラップサイトとなる微細な炭化物の量が減り、耐水素脆性が劣化する。一方、([C]+[Si]/8)の値が0.90%よりも大きくなると、粗大な残留オーステナイトや未固溶の炭化物が生成しやすくなり、耐水素脆性が劣化する。([C]+[Si]/8)の好ましい下限は、0.75%以上(より好ましくは0.78%以上、更に好ましくは0.81%以上)であり、好ましい上限は、0.89%以下(より好ましくは0.87%以下)である。
【0023】
(Mn:0.3〜1.5%)
Mnは、脱酸元素として利用されると共に、鋼中の有害元素であるSと反応してMnSを形成し、Sの無害化に有益な元素である。また、Mnは強度向上に寄与する元素でもある。これらの効果を有効に発揮させるため、Mnを0.3%以上含有させる必要がある。Mn含有量の好ましい下限は0.5%以上(より好ましくは0.7%以上)である。しかしながら、Mn含有量が過剰になると、焼入れ性が増加し、靭性が低下する。こうした観点から、Mn含有量は1.5%以下とする必要がある。Mn含有量の好ましい上限は1.3%以下(より好ましくは1.1%以下)である。
【0024】
(P:0.015%以下(0%を含まない))
Pは、鋼線材の延性(コイリング性)を劣化させる有害元素であるため、できるだけ少ない方が望ましい。またPは粒界に偏析しやすく、粒界脆化を招き、水素により粒界が破壊されやすくなり、耐水素脆性に悪影響を及ぼす。こうした観点から、その上限を0.015%以下とする。P含有量の好ましい上限は0.010%以下(より好ましくは0.008%以下)である。
【0025】
(S:0.015%以下(0%を含まない))
Sも、上記Pと同様に鋼線材の延性(コイリング性)を劣化させる有害元素であるため、できるだけ少ない方が望ましい。またSは粒界に偏析しやすく、粒界脆化を招き、水素により粒界が破壊しやすくなり、耐水素脆性に悪影響を及ぼす。こうした観点から、その上限を0.015%以下とする。S含有量の好ましい上限は0.010%以下(より好ましくは0.008%以下)である。
【0026】
(Al:0.001〜0.10%)
Alは、主に脱酸元素として添加される。またNと反応してAlNを形成して固溶Nを無害化すると共に組織の微細化にも寄与する。これらの効果を十分に発揮させるには、Al含有量を0.001%以上とする必要がある。好ましくは0.002%以上である。しかしながら、AlはSiと同様に脱炭を促進させる元素でもあるため、Siを多く含有するばね鋼線ではAl量を抑える必要があり、本発明ではAl含有量の上限を0.10%以下とした。好ましくは0.07%以下、より好ましくは0.030%以下、特に好ましくは0.020%以下である。
【0027】
本発明鋼材の化学成分組成は上記の通りであり、残部は鉄および不可避不純物からなるものである。本発明のばね用鋼線材は、基本的にCu等の合金元素を抑制しても、上記化学成分組成で、高強度で優れたコイリング性と耐水素脆性を達成できるが、用途に応じて耐食性の具備等を目的に、下記元素を更に含有させてもよい。これらの元素の好ましい範囲設定理由は下記の通りである。
【0028】
(Cu:0.7%以下(0%を含まない)および/またはNi:0.7%(0%を含まない))
Cuは、表層脱炭の抑制や耐食性の向上に有効な元素である。しかしながら、Cuが過剰に含まれると、熱間加工時に割れが発生したり、コストが増加する。よって、本発明ではCu含有量の上限を0.7%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.5%以下、更に好ましくは0.3%以下(更により好ましくは0.18%以下)である。尚、この様な効果を発揮させるには、Cuを0.05%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.10%以上である。
【0029】
Niは、Cuと同様に表層脱炭の抑制や耐食性の向上に有効な元素である。しかしながら、Niが過剰に含まれると、コストが増加する。よって、本発明ではNi含有量の上限を0.7%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.5%以下であり、更に好ましくは0.3%以下(更により好ましくは0.18%以下)である。尚、この様な効果を発揮させるには、Niを0.05%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.10%以上である。
【0030】
(Ti:0.10%以下(0%を含まない))
Tiは、Sと反応して硫化物を形成してSの無害化を図るのに有用な元素である。またTiは炭窒化物を形成して組織を微細化する効果も有する。しかしながら、Ti含有量が過剰になると、粗大なTi硫化物が形成され延性が劣化することがある。よって本発明では、Ti量の上限を0.10%以下とした。コスト低減の観点からは0.07%以下に抑えることが好ましい。尚、上記の効果を発揮させるには、Tiは0.02%以上含有させることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。
【0031】
(B:0.010%以下(0%を含まない))
Bは、焼入れ性向上元素であり、また旧オーステナイト結晶粒界を強化する効果があり、破壊の抑制に寄与する元素である。しかしながら、Bを過剰に含有させても上記効果は飽和するため、B含有量の上限は0.010%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.0050%以下である。尚、上記の効果を有効に発揮させるためには、B含有量は0.0005%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.0010%以上である。
【0032】
(Nb:0.10%以下(0%を含まない)および/またはMo:0.5%以下(0%を含まない))
Nbは、CやNと炭窒化物を形成し、主に組織微細化に寄与する元素である。しかしながら、Nb含有量が過剰になると、粗大炭窒化物が形成されて鋼材の延性が劣化する。そのためNb含有量の上限を0.10%以下とすることが好ましい。コスト低減の観点からは0.07%以下に抑えることがより好ましい。尚、上記の様な効果を有効に発揮させるためには、Nb含有量は0.003%以上とするのが好ましく、より好ましくは0.005%以上である。
【0033】
MoもNbと同様に、CやNと炭窒化物を形成し組織微細化に寄与する元素である。また焼戻し後の強度確保にも有効な元素でもある。しかしながら、Mo含有量が過剰になると、粗大炭窒化物が形成されて鋼材の延性(コイリング性)が劣化する。よってMo含有量の上限を0.5%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.4%以下である。尚、上記の効果を有効に発揮させるには、Mo含有量は0.15%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.20%以上である。
【0034】
(V:0.4%以下(0%を含まない))
Vは強度向上、結晶粒微細化に寄与する。しかしながら、V含有量が過剰になると、コストが増加する。よってV含有量の上限は0.4%以下とすることが好ましく、より好ましくは0.3%以下である。尚、上記の効果を有効に発揮させるには、V含有量は0.1%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.15%以上である。
【0035】
(Cr:0.8%以下(0%を含まない))
Crは、耐食性の向上に有効な元素である。しかしながら、Crは炭化物生成傾向が強く、鋼材中で独自の炭化物を形成すると共に、セメンタイト中に高濃度で溶け込みやすい元素である。少量のCrを含有することは有効であるが、高周波加熱では、焼入れ工程の加熱時間が短時間となるので、炭化物、セメンタイト等を母材に溶け込ませるオーステナイト化が不十分となりやすい。そのため、Crを多く含有していると、Cr系炭化物や金属Crが高濃度に固溶したセメンタイトの溶け残りが発生し、応力集中源となるため、破壊しやすく、耐水素特性が低下することになる。こうした観点から、Crを含有させるときの上限は、0.8%以下とすることが好ましい。より好ましくは0.5%以下(更に好ましくは0.4%以下)である。尚、上記の効果を有効に発揮させるには、Cr含有量は0.01%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.05%以上である。
【0036】
次に、本発明のばね用鋼線材を製造するための方法について説明する。本発明のばね用鋼線材は、例えば鋼材を溶製後、圧延して鋼線材を得た後に、必要によって冷間伸線加工を施し(鋼線とし)、次いで高周波焼入れ焼戻し処理して得ることができるが、高強度を確保すると共に、耐水素脆性を同時に高め得る上記組織を容易に形成するには、下記要領で焼入れ焼戻し処理を行う必要がある。尚、下記の熱処理条件は、鋼材表面で測定した値である。
【0037】
(焼入れ条件)
焼入れ加熱温度T1が1000℃よりも高くなると、旧オーステナイト結晶粒が粗大化し、特性(耐水素脆性)が低下する。また、焼入れ加熱温度T1が高すぎると、結晶粒粗大化で粒界の量が減少し、微細な炭化物が得られない(粒界から優先的に炭化物が析出するので、粒界が多い方が、炭化物が分散しやすい)。よって焼入れ加熱温度T1を1000℃以下とする。この温度T1は、好ましくは980℃以下、より好ましくは930℃以下である。一方、焼入れ加熱温度T1が850℃よりも低くなると、炭化物が十分に固溶せず、オーステナイト化を十分図ることができず、この焼入れ焼戻し工程で、焼戻しマルテンサイト組織を十分確保できず、高強度が得られない。また、焼入れ加熱温度T1が低すぎると、炭化物が十分に固溶せず、未固溶の炭化物が残り、炭化物量が不足する。好ましくは870℃以上、より好ましくは900℃以上である。
【0038】
100℃から焼入れ加熱温度T1までの平均昇温速度HR1が40℃/秒よりも遅くなると、旧オーステナイト結晶粒が粗大化し、特性が低下する。また、平均昇温速度HR1が遅すぎると、結晶粒粗大化で粒界の量が減少し、微細な炭化物が得られない。よって、平均昇温速度HR1は40℃/秒以上とする。好ましくは50℃/秒以上、より好ましくは100℃/秒以上である。一方、上記平均昇温速度HR1の上限は、温度制御の観点から400℃/秒程度である。尚、室温から100℃までの平均昇温速度については特に問わない。
【0039】
焼入れ加熱温度T1での保持時間t1が90秒よりも長くなると、旧オーステナイト結晶粒が粗大化し、特性(耐水素脆性)が低下する。また、保持時間t1が長すぎると、結晶粒粗大化で粒界の量が減少し、微細な炭化物が得られない。よって保持時間t1は90秒以下とする必要がある。保持時間t1は、好ましくは60秒以下、より好ましくは40秒以下である。尚、炭化物の溶け込み不足によるオーステナイト化の不足を防止して、所望の組織(焼戻しマルテンサイト主体の組織)を得るには、このt1を5秒以上とすることが好ましい。また、保持時間t1が短すぎると、炭化物が十分に固溶せず、未固溶の炭化物が残り、炭化物量が不足する。より好ましくは10秒以上、更に好ましくは15秒以上である。
【0040】
焼入れ加熱後の300℃から80℃までの平均冷却速度(CR1)が小さ過ぎると、焼入れが不十分となり、強度が確保できないため、平均冷却速度CR1は5℃/秒以上とする必要がある。平均冷却速度CR1は、好ましくは10℃/秒以上、より好ましくは20℃/秒以上である。尚、平均冷却速度CR1の上限は、100℃/秒程度である。
【0041】
(焼戻し条件)
焼戻し加熱温度T2が低過ぎると、十分焼戻されず、強度が高くなりすぎて、絞り値が極端に低下するといった不具合が生じる。一方、焼戻し加熱温度T2が高くなると、引張強度:1900MPa以上(好ましくは2000MPa以上)を達成することが困難となる。焼戻し加熱温度T2の範囲は、350〜550℃の範囲(好ましくは400〜500℃)であり、要求強度に応じて適宜決定することができる。
【0042】
100℃から焼戻し加熱温度T2までの平均昇温速度HR2が遅いと、炭化物が粗大化し希望する特性を確保できない。また、平均昇温速度HR2が遅すぎると、粒界からの炭化物の生成頻度が低下し、微細な炭化物が得られない。よって本発明では、平均昇温速度HR2を30℃/秒以上とする。好ましくは40℃/秒以上、より好ましくは50℃/秒以上である。但し、平均昇温速度HR2が速過ぎると、温度制御が困難になり、強度的なバラツキが生じ易くなるため、300℃/秒以下とすることが好ましく、より好ましくは200℃/秒以下である。尚、室温から100℃までの平均昇温速度については特に問わない。
【0043】
焼戻し加熱温度T2での保持時間t2が90秒よりも長くなると、炭化物が粗大化し、耐水素脆性が低下する。保持時間t2は、好ましくは70秒以下、より好ましくは50秒以下、更に好ましくは40秒以下、特に好ましくは12秒以下である。一方、本発明は高周波加熱を行うことを前提とするものであり、保持時間t2が短過ぎると、太径鋼線材の場合、円周方向の断面内の硬さバラツキが生じ易く、安定した強度向上を図ることが困難となる。よって本発明では、保持時間t2を5秒以上とすることが好ましい。この保持時間t2は、より好ましくは7秒以上、更に好ましくは10秒以上である。尚、このときの保持時間t2は、上記範囲内において要求強度に応じて適宜調整すればよい。
【0044】
焼戻し加熱後の焼戻し加熱温度T2(但し、上記T2が400℃以上の場合は400℃)から100℃までの平均冷却速度CR2が遅いと、炭化物が粗大化し所望の特性を確保できない(粒界からの炭化物の生成頻度が低下し、微細な炭化物が得られない)。よって本発明では、上記平均冷却速度CR2を30℃/秒以上とする。好ましくは40℃/秒以上、より好ましくは50℃/秒以上である。尚、平均冷却速度CR2の上限は、300℃/秒程度である。また100℃から室温までの平均冷却速度については特に限定されない。
【0045】
本発明のばね用鋼線材は、直径が例えば7〜20mm(好ましくは10〜15mm)である。このばね用鋼線材は、その後ばね加工で高強度ばねに成形され、耐水素脆性に優れ、且つ良好な機械的特性を発揮する高強度ばねが得られる。
【0046】
優れた耐水素脆性を得るためには、溶製した鋼材の偏析を低減して、C,Siを高めた成分系であっても未固溶炭化物や粗大な残留オーステナイトを低減する必要がある。また、偏析を低減し、鋼中の成分を均一になるようにし、焼戻しマルテンサイト組織において、生成する炭化物の偏析を抑制し、鋼中に炭化物をより微細分散させ、微細炭化物にトラップされる水素量を増加させる必要がある。そのためには、溶製後に1200℃以上で加熱するソーキングを実施することが重要となる。また、圧延中、低温でも偏析の低減効果のある30mm以下となった後に、線温が900℃以上となるように、圧延温度を調整することが重要となる。
【0047】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【実施例】
【0048】
表1、2に示す化学成分組成の鋼材(鋼材No.1〜63)を小型真空溶解炉にて溶製し、155mm角のビレットに鍛造した後、1200℃で1時間のソーキングを実施した。ソーキングを実施することで、偏析が低減され、C,Siを高めた成分系であっても未固溶炭化物や粗大な残留オースタナイトを低減でき、優れた耐水素脆性を得ることができる。また、偏析の低減により、鋼中の成分が均一になり、焼戻しマルテンサイト組織において、生成する炭化物の偏在がなくなり、鋼中により微細分散させることができ、微細炭化物にトラップされる水素量を増加させることができる。ソーキング後、熱間圧延して直径14.3mmの線材を得た。圧延中、30mm以下の線径になった段階で、線温が900℃以上となるように、圧延温度を調整した。そして該線材を直径12.0mmまで冷間引き抜き加工(伸線)して鋼線としてから、高周波誘導加熱炉にて、下記の条件で焼入れ焼戻しを行い、ばね用鋼線を得た。
【0049】
(高周波による焼入れ条件)
焼入れ加熱温度T1:930℃
100℃から焼入れ加熱温度T1までの平均昇温速度HR1:200℃/秒
焼入れ加熱温度T1での保持時間t1:15秒
焼入れ加熱後の300℃から80℃までの平均冷却速度CR1:80℃/秒
【0050】
(高周波による焼戻し条件)
焼戻し加熱温度T2:350〜550℃の範囲で2000MPaになるように設定
100℃から焼戻し加熱温度T2までの平均昇温速度HR2:100℃/秒
焼戻し加熱温度T2での保持時間t2:10秒
焼戻し加熱後の加熱温度T2から100℃までの平均冷却速度CR2:100℃/秒
【0051】
(炉加熱による焼入れ条件)
焼入れ加熱温度T1:900℃
100℃から焼入れ加熱温度T1までの平均昇温速度:2℃/秒
焼入れ加熱温度での保持時間t1:10分
焼入れ冷却速度:80℃/秒
【0052】
(炉加熱による焼戻し条件)
焼戻し加熱温度T2:300〜500℃の範囲で2000MPaになるように設定
100℃から焼戻し加熱温度T2までの平均昇温速度:2℃/秒
焼戻し加熱温度T2での保持時間t2:60分
焼戻し加熱後の加熱温度T2から100℃までの平均冷却速度:100℃/秒
【0053】
【表1】
【0054】
【表2】
【0055】
得られた鋼線を用い、以下の方法で、鋼組織の評価(旧オーステナイト結晶粒度番号の測定、焼戻しマルテンサイト分率の測定)、引張特性の評価(引張強度の測定)、耐水素脆性、鋼材中の水素量の評価を行った。
【0056】
(旧オーステナイト結晶粒度番号の測定)
鋼線の横断面D/4位置が観察面となるように試料を採取し、この採取した試料を樹脂に埋め込み、研磨後にピクリン酸系の腐食液を用いて旧オーステナイト結晶粒界を現出させ、JIS G 0551に規定の方法で旧オーステナイト結晶粒度番号を求めた。このとき光学顕微鏡にて400倍で確認し、いずれの組織も、全組織に対し、焼戻しマルテンサイトが80面積%以上であることを確認した。
【0057】
(引張特性の評価(コイリング性の評価))
JIS14号試験片に加工して、JIS Z 2241に従って、万能試験機にてクロスヘッドスピード:10mm/分の条件で引張試験を行い、引張強度TSを測定した。そして、引張強度TSが1900MPa以上を高強度(合格)と評価した。
【0058】
(耐水素脆性の評価(水素脆化試験))
鋼線から幅:10mm×厚さ:1.5mm×長さ:65mmの試験片を切り出した。そして、試験片に対して4点曲げにより1400MPaの応力を作用させた状態で、試験片を、1L中に硫酸が0.5mol、チオシアン酸カリウムが0.01molとなるような混合溶液に浸漬した。ポテンションスタットを用いてSCE電極(飽和カロメル電極)よりも卑な−700mVの電圧をかけ、割れが発生するまでの時間(破断時間)を測定した。そして、破断時間が1100秒以上の場合を耐水素脆性に優れる(判定「○」)と評価した。
【0059】
(鋼線中の水素吸蔵量の測定)
鋼線から幅:10mm×厚さ:1.0mm×長さ:30mmの試験片を切り出した。そして、試験片を無応力の状態で、1L中に硫酸が0.5mol、チオシアン酸カリウムが0.01molとなるような混合溶液に浸漬した。ポテンションスタットを用いてSCE電極よりも卑な−700mVの電圧をかけた状態で、15時間保持し、取り出した後、直ぐに、放出水素量の測定を実施した。放出水素量は、ガスクロマトグラフィ装置にて昇温分析により測定した。昇温速度は100℃/時で測定し、300℃までの放出水素量を水素吸蔵量とした。この水素吸貯蔵量が14.0ppm以上のときに、水素量判定「○」とした。
【0060】
その結果を、熱処理条件と共に、下記表3、4に示す。
【0061】
【表3】
【0062】
【表4】
【0063】
この結果から、次のように考察できる。鋼材No.5〜18、27、31〜42、57〜63は、本発明で規定する要件を満足する実施例であり、良好な耐水素脆化特性が発揮されていることが分かる。
【0064】
これに対し、鋼材No.1〜4、19〜26、28〜30、43〜56のものは、本発明で規定するいずれかの要件を満足しない比較例であり、耐水素脆性が劣化している。即ち、鋼材No.1〜3のものは、[C]+[Si]/8の値が本発明で規定する範囲に満たない例であり(C含有量も不足しており、水素量判定も「×」)、微細炭化物の個数が不足することが予想され、耐水素脆化特性が劣化している。また鋼材No.4のものは、C含有量が不足する例であり(水素量判定も「×」)、微細炭化物の個数が不足することが予想され、耐水素脆化特性が劣化している。
【0065】
鋼材No.19のものは、[C]+[Si]/8の値が本発明で規定する範囲を超える例であり、焼入れ時に炭化物の溶け込みが不足することが予想され、水素量判定は「○」ではあるが、耐水素脆化特性が劣化している。鋼材No.20、21のものは、C含有量が過剰となっている例であり([C]+[Si]/8の値も本発明で規定する範囲を超えている)、焼入れ時に炭化物の溶け込みが不足することが予想され、水素量判定は「○」ではあるが、耐水素脆化特性が劣化している。
【0066】
鋼材No.22のものは、Si含有量が過剰となっている例であり([C]+[Si]/8の値も本発明で規定する範囲を超えている)、焼入れ時に炭化物の溶け込みが不足することが予想され、水素量判定は「○」ではあるが、耐水素脆化特性が劣化している。鋼材No.23のものは、([C]+[Si]/8)の値が本発明で規定する範囲に満たない例であり(水素量判定も「×」)、微細炭化物の個数が不足することが予想され、耐水素脆化特性が劣化している。
【0067】
鋼材No.24のものは、Si含有量が不足する例であり([C]+[Si]/8の値も本発明で規定する範囲に満たない、水素量判定も「×」)、微細炭化物の個数が不足することが予想され、耐水素脆化特性が劣化している。鋼材No.25のものは、Si含有量が過剰となっている例であり、焼入れ時に炭化物の溶け込みが不足することが予想され、水素量判定は「○」ではあるが、耐水素脆化特性が劣化している。
【0068】
鋼材No.26のものは、Si含有量が不足する例であり(水素量判定も「×」)、微細炭化物の個数が不足することが予想され、耐水素脆化特性が劣化している。鋼材No.28のものは、Mn含有量が過剰となっている例であり、水素量判定は「○」ではあるが、耐水素脆化特性が劣化している。
【0069】
鋼材No.29のものは、P含有量が過剰となっている例であり、Pが粒界に偏析して粒界が脆化することが予想され、水素量判定は「○」ではあるが、耐水素脆化特性が劣化している。鋼材No.30のものは、S含有量が過剰となっている例であり、粒界に偏析して粒界が脆化することが予想され、水素量判定は「○」ではあるが、耐水素脆化特性が劣化している。
【0070】
鋼材No.43〜56のものは、炉加熱を行った例であり、旧オーステナイトの結晶粒度番号が小さいなっており(結晶粒が粗大化しており、且つ水素量判定も「×」)、耐水素脆化特性が劣化している。