(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
それぞれが1対の腕部を備えた二股状に形成された1対のヨークと、これら両ヨークの両端部であるこれら各腕部の先端部に、これら両ヨーク毎に互いに同心に形成された、これら両ヨーク毎に1対ずつ、合計4個の円孔と、結合基部の外周面に4本の軸部を放射状に固設して成り、これら各軸部をこれら各円孔内に挿入した状態で前記両ヨークと組み合わされた十字軸と、これら各軸部の外周面とこれら各円孔の内周面との間にそれぞれ設けられた4個のシェル型ニードル軸受と、これら各シェル型ニードル軸受の開口部を塞ぐ4個のシールリングとを備え、
前記各シェル型ニードル軸受は、それぞれ、金属板から成り、前記各円孔に内嵌固定されるシェル型外輪と、このシェル型外輪の内周面と前記各軸部の外周面との間に転動自在に設けられた複数本のニードルとを備えたものであって、このうちのシェル型外輪は、前記各円孔の内側に内嵌固定される円筒部と、この円筒部の軸方向両端部のうちで前記各腕部の外側面側となる一端側全体を塞ぐ底板部と、これら各腕部の内側面側となる前記円筒部の軸方向他端側から径方向内方に折れ曲がった内向鍔部とを備えたものであり、
前記各シールリングは、それぞれ環状の芯金により弾性材の基部を補強したものであって、それぞれの基部を前記各軸部の基部に外嵌支持した状態で、それぞれの弾性材に設けたシールリップの先端縁を前記各シェル型外輪の軸方向他端側で前記各腕部の内側面から突出した部分の外面に全周に亙って摺接させたものである
十字軸式自在継手に於いて、
前記各シールリングはそれぞれ3本ずつのシールリップを備えたものであって、これら各シールリップの先端縁がそれぞれ前記各シェル型外輪の外面に全周に亙って摺接しており、
前記各シェル型外輪の軸方向他端側で前記各腕部の内側面から突出した部分の外面のうち、前記各シールリップのうちで前記円筒部の外周面に摺接する最も外側のシールリップを除く2本のシールリップの先端縁が摺接する部分である前記内向鍔部の外側面及びこの内向鍔部と前記円筒部との連続部の外面は、耐蝕性向上の為の塗膜により覆われており、且つ、前記最も外側のシールリップの先端縁が摺接する部分である前記円筒部の外周面は、前記塗膜により覆われていない事を特徴とする十字軸式自在継手。
【背景技術】
【0002】
[従来技術の説明]
例えば自動車の駆動系を構成するドライブシャフトの端部と別の回転軸との結合部に十字軸式自在継手を組み込んで、非直線的に配置された、これらドライブシャフトと回転軸との間で回転力を伝達自在としている。或いは、自動車用操舵装置を構成する、ステアリングシャフトと中間シャフトとの間、この中間シャフトとステアリングギヤユニットのピニオンシャフトとの間等にも、十字軸式自在継手を組み込んで、非直線上に配置されたこれらシャフト同士の間での回転力の伝達を自在としている。この様な部分に使用される十字軸式自在継手の構造は、例えば特許文献1〜7等に記載されている様に、従来から広く知られている。
【0003】
図7は、従来から広く知られている十字軸式自在継手の1例を示している。この自在継手1は、1対のヨーク2a、2bと1個の十字軸3とを、4個のシェル型ニードル軸受4、4を介して、相対変位可能に結合して成る。前記両ヨーク2a、2bはそれぞれ、1対ずつの腕部5a、5bを備えた二股状に構成しており、これら各腕部5a、5bの先端部にそれぞれ円孔6a、6bを形成している。同一のヨーク2a(2b)の先端部に形成した円孔6a、6a同士(6b同士)は、互いに同心である。又、前記十字軸3は、結合基部7の外周面に4本の軸部8、8を放射状に(周方向等間隔に)固設して成る。前記自在継手1を構成する前記両ヨーク2a、2bは、前記各軸部8、8を前記各円孔6a、6b内に、前記各シェル型ニードル軸受4、4により揺動変位自在に支持する事で、前記十字軸3を介して、揺動変位及びトルク伝達を自在に結合している。
【0004】
前記各シェル型ニードル軸受4、4はそれぞれ、1個のシェル型外輪9と複数本のニードル10、10とを備える。このうちのシェル型外輪9は、炭素鋼板、肌焼鋼板等の硬質金属板を、深絞り加工等の塑性加工により曲げ形成して成るもので、円筒部11と、底板部12と、内向鍔部13とを備える。このうちの底板部12は、この円筒部11の軸方向一端側(前記各円孔6a、6b内への組み付け状態で、前記各腕部5a、5bの外側面側)全体を塞ぐ。又、前記内向鍔部13は、前記円筒部11の軸方向他端側(前記円孔6a、6b内への組み付け状態で、前記各腕部5a、5bの内側面側)から径方向内方に折れ曲がったもので、前記各ニードル10、10に対向する面が凹面となる方向に湾曲している。
【0005】
それぞれが上述の様な構成を有する、前記各シェル型ニードル軸受4、4は、前記各シェル型外輪9、9を前記各円孔6a、6bに締り嵌めで内嵌固定すると共に、前記各ニードル10、10の内側に前記十字軸3の各軸部8、8を挿入した状態に組み立てる。尚、この組立作業は、これら各軸部8、8を前記各円孔6a、6b内に挿入した状態で、前記各シェル型ニードル軸受4、4をこれら各円孔6a、6b内に、前記各腕部5a、5bの外側面側開口から圧入する事により行う。又、前記各軸部8、8の基端部にシールリング14、14を、予め締り嵌めにより外嵌支持しておく。尚、組立完了後の状態では、前記各シェル型外輪9、9の円筒部11の内周面が外輪軌道として、前記各軸部8、8の外周面が内輪軌道として、それぞれ機能する。
【0006】
前記各シールリング14、14はそれぞれ、芯金15により弾性材16を補強して成る。このうちの弾性材16は、ラジアルシールリップ17とスラストシールリップ18とを備える。前記十字軸3と前記各シェル型外輪9、9とを組み合わせて前記自在継手1とした状態で、前記ラジアルシールリップ17の先端縁は、前記各シェル型外輪9、9の外周面のうちで開口寄り端部に、全周に亙り弾性的に当接する。又、前記スラストシールリップ18の先端縁は、前記各内向鍔部13、13の外側面に、全周に亙り弾性的に当接する。この状態で前記各シールリング14、14が、前記各シェル型外輪9、9の内部空間と外部空間とを遮断して、これら各シェル型外輪9、9の内側に封入したグリース等の潤滑剤が外部に漏洩するのを防止すると共に、外部からこれら各シェル型外輪9、9の内側に異物が侵入するのを防止する。
【0007】
上述の様な自在継手1を、例えば前記ドライブシャフトの端部と別の回転軸との結合部に組み付けた状態で使用する場合、低廉化と耐久性確保とを両立させる面から、次の様な点で改良の余地がある。先ず、低廉化の為には、前記各シェル型ニードル軸受4、4に組み込むシェル型外輪9、9を構成する金属板として、調達コストを低く抑えられる、炭素鋼板(肌焼鋼、軸受鋼等を含む)を使用する事が好ましい。但し、炭素鋼板の場合、使用条件が厳しくなると表面が腐蝕する事が避けられない。例えば、前記自在継手1を自動車の駆動系に組み込んだ場合、走行に伴って巻き上げられた泥水や、融雪剤が混入した水等の腐蝕性物質が、前記シェル型外輪9、9の表面に付着し、この表面に錆が発生する。
【0008】
錆が発生した前記シェル型外輪9、9の表面部分は粗さが大きくなり(摩擦係数が大きな粗面となり)、前記各シールリング14、14を構成する、前記各シールリップ17、18の先端縁と強く摩擦し合って、これら各シールリップ17、18の摩耗を進行させる。例えば、初期段階で
図8の(A)に示す様に、これら各シールリップ17、18の先端縁が前記シェル型外輪9の表面に、それぞれ全周に亙って隙間なく当接した状態であっても、同図の(B)に示す様に、前記シェル型外輪9の表面の一部に錆19が発生すると、この錆19との摩擦により、先ず、前記ラジアルシールリップ17の先端縁部が摩耗する。この結果、このラジアルシールリップ17の先端縁と前記シェル型外輪9の表面との間に隙間20が生じる。すると、この隙間20を通じて前記腐蝕性物質が前記ラジアルシールリップ17よりも奥にまで入り込み、同図の(C)に示す様に、前記シェル型外輪9の表面に、この奥部分にまで達する錆19aが発生する。そして、この錆19aとの摩擦により、前記スラストシールリップ18の先端縁部が摩耗し、このスラストシールリップ18の先端縁と前記シェル型外輪9の表面との間にも隙間20aが生じる。この結果、前記各シールリップ17、18によるシール機能が低下若しくは喪失して、前述した潤滑剤の漏洩防止や、異物の侵入防止を図れなくなる。
【0009】
組立後の自在継手の表面には、特許文献6にも記載されている様に、シェル型ニードル軸受の表面を含めて、防錆の為の塗装を施す場合もある。但し、この場合には、前記特許文献6に記載されている様に、塗膜の段差面の存在によるシール性低下の懸念が生じるだけでなく、シールリングとシェル型外輪との相対変位に伴って、前記シェル型外輪の表面で前記塗膜に覆われていない部分に腐蝕性物質が付着し、この部分から腐蝕が進行する可能性が残る。ヨークへの組み付けに先立って、シェル型外輪の外面全体を塗装すれば、上述の様な問題を解決できるが、このシェル型外輪の外径寸法が塗膜分だけ大きくなり、このシェル型外輪をヨーク側の円孔に圧入する作業の妨げとなるだけでなく、圧入後の寸法精度も悪化してしまう。
【0010】
前記シェル型外輪9をステンレス鋼板により造れば、上述の様な錆19、19aの発生を抑えて、前記各シェル型ニードル軸受4、4を組み込んだ自在継手1の耐久性確保を図れる。但し、ステンレス鋼板は炭素鋼板よりも高価であるだけでなく、必要とする硬度を有するものを絞り加工する事は面倒で、加工自体が難しいだけでなく加工コストも嵩む。この為、低廉化を考慮すると、ステンレス鋼板の使用を避ける事が望ましい。
【0011】
又、特許文献8、9には、外輪等の転がり軸受の構成部品の表面に、不溶性金属燐酸塩処理被膜(特許文献8の場合)、燐酸塩処理被膜(特許文献9の場合)等の防錆の為の化成処理被膜を形成する事が記載されている。これらの化成処理被膜は、前記外輪の外径寸法を殆ど大きくせずに済み、しかも或る程度の防錆効果を期待できる。そして、例えば自在継手に要求される使用期間中、シェル型外輪に貫通孔が形成されたり、著しい強度低下の原因となる程の腐蝕が発生する事は防止できる。但し、使用条件が厳しくなると、表面に薄い錆が発生する可能性は残る。前述した様なシールリップの先端縁の摩耗は、この様な薄い錆によっても進行する。この為、使用条件が厳しい場合であっても、シールリングによるシール性能を長期間に亙って保持し、シェル型ニードル軸受を組み込んだ自在継手の耐久性を確保する面からは、必ずしも十分でない。
【0012】
[未公開先発明の説明]
上述の様な事情に鑑みて本発明者等は先に、低廉化と耐久性確保とを両立できる十字軸式自在継手の構造を実現可能とする発明を行った(特願2011−013845)。この先発明に係る十字軸式自在継手の発明では、この十字軸式自在継手に組み込むシェル型外輪の外面全体を、或る程度の耐蝕性を有すると共に、このシェル型外輪と次述する塗膜との結合強度を向上させる化成処理被膜により覆う。そして、このシェル型外輪の外面のうちで、使用状態で外側部材に形成した円孔に内嵌されてこの円孔の内周面と当接する部分に、前記化成処理被膜を露出させ、更に、この円孔から外れた部分のうちの少なくとも一部を、耐蝕性向上の為の塗膜により覆う。
【0013】
この様な先発明の十字軸式自在継手の場合、前記シェル型外輪の外周面のうちで外側部材の円孔に締り嵌めで内嵌される部分には、化成処理被膜のみが存在するか、仮に塗膜が存在してもその量は僅かである。この化成処理被膜の膜厚は極く薄く、前記シェル型外輪の外径寸法を殆ど増大させる事はない。この為、このシェル型外輪を前記円孔に締り嵌めで内嵌固定する事は、支障なく行えるし、内嵌作業に伴って被膜の一部が削られて削り滓が発生する事も、全く乃至は殆どない。又、シールリップの先端縁が摺接する部分等の、特に高度の耐蝕性を必要とする部分は、前記化成処理被膜に加え、塗膜によっても覆われている為、この部分が錆びる事は完全に防止できる。従って、錆(腐蝕生成物)により粗くなった、前記シェル型外輪の表面との摩擦により、前記シールリップの先端縁の摩耗が進む事を防止できる。
【0014】
図9〜11は、上述の様な先発明の具体的構造の3例を示している。
先ず、
図9に示した先発明の具体的構造の第1例は、シェル型外輪9の外面、即ち、底板部12及び内向鍔部13の外側面(互いに反対側の側面)及び円筒部11の外周面全体を、耐蝕性を有する化成処理被膜である、燐酸鉄被膜により覆っている。この燐酸鉄被膜を形成する方法は、特に限定されず、市販の燐酸鉄系の下地処理剤をスプレーで塗布したり、この下地処理剤に浸漬する等の、一般的な処理方法が使用可能であるとしている。前記シェル型外輪9の外面にこの様な下地処理を施せば、このシェル型外輪9の外面の脱脂を行うと同時に、この外面に化成処理被膜(燐酸鉄被膜)を形成できる。尚、この化成処理皮膜を形成する為の下地処理剤としては、上記の燐酸鉄系の他、公知の各種防錆用化成剤、塗装下地用化成剤(例えば、燐酸亜鉛被膜を形成するもの)も使用可能である。又、化成処理前に、公知の脱脂剤を使用して脱脂を行っても良い。又、使用条件によっては、前記化成処理皮膜の形成を省略する事もできる。但し、好ましくは、前記シェル型外輪9の外面のうちで、少なくとも腕部5a(5b)側の円孔6a(6b)の内周面と当接する円筒部11の一部外周面を除く部分に、前記化成処理皮膜が存在する様にする。更に好ましくは、前記シェル型外輪9の全面に、この化成処理被膜を形成する。この点は、後述する本発明の場合も同様である。
【0015】
更に、前記シェル型外輪9の外面のうち、
図9に破線αで示した部分を、塗膜21により覆っている。即ち、このシェル型外輪9を構成する円筒部11の外周面のうちで開口寄り端部(前記底板部12と反対側端部)、及び、開口周縁部に設けた内向鍔部13の外側面に、前記塗膜21を形成している。この塗膜21を構成する塗料の種類は、前記シェル型外輪9を構成する鋼板との密着性が良好で、且つ、塗膜形成が容易であり、しかも十分な耐蝕性を有し、且つ、表面を平滑面にできるものであれば、特に限定せず、例えば、エポキシ樹脂系の塗料が好ましく使用できるとしている。
【0016】
前記塗膜21を形成する範囲は、自在継手の使用時、ヨーク2a(2b)と十字軸3との間に加わるトルクに基づいて、シールリング14を構成するラジアル、スラスト各シールリップ17、18の先端縁が摺接する可能性のある部分を完全に含み、これよりも少しだけ広い部分とする。即ち、前記トルクが大きくなり、前記ヨーク2a(2b)や十字軸3等の弾性変形量が多くなって、前記各シールリップ17、18の先端縁が
図9に示した位置からずれた場合にも、これら各先端縁が前記塗膜21から外れない様に、この塗膜21の幅を十分に広くしている。具体的には、この塗膜21の軸方向他端側の内径側端部を、前記内向鍔部13の内周縁に達する位置に存在させている。又、前記塗膜21の軸方向外端部を、円孔6a(6b)の内側に少し(例えば0.5mm〜1mm)だけ入り込む位置に存在させている。即ち、ヨーク2a(2b)の腕部5a(5b)の内側面のうち、先端を除く部分からの前記シェル型外輪9の突出量をHとし、このシェル型外輪9の端面(内向鍔部13の外側面)から前記塗膜21の軸方向外端部までの距離(塗膜21の軸方向幅)をWとした場合に、W−H=0.5mm〜1mmとしている。尚、前記塗膜21を上述の範囲にのみ形成すべく、前記底板部12乃至前記円筒部11の軸方向中間部をカバー或いはテープ等でマスキングする他、前記内向鍔部13の内径側開口はキャップにより塞いだ状態で、前記塗膜21を形成する為のスプレー作業を行う。
【0017】
上述の様に構成する先発明の具体的構造の第1例によれば、シェル型ニードル軸受4を組み込んだ十字軸式自在継手の低廉化と耐久性確保とを両立できる。即ち、前記シェル型外輪9を構成する円筒部11の外周面のうちで、前記ヨーク2a(2b)の円孔6a(6b)に締り嵌めで内嵌される部分の大部分には、化成処理被膜のみが存在する。この化成処理被膜の膜厚は極く薄く、前記シェル型外輪9の外径寸法を殆ど増大させる事はない。前記塗膜21の一部(幅が0.5mm〜1mmの部分のうちの円周方向の一部)が前記円孔6a(6b)に内嵌されるが、その部分は極く僅かに抑えられる。又、この部分にしても、前記円筒部11を円孔6a(6b)に締り嵌めで内嵌する作業の最終段階で、この円孔6a(6b)内に押し込まれるに過ぎない。しかも、本例の場合には、前記塗膜21の厚さは、前記化成処理被膜の厚さよりは大きいとは言え、0.005mm〜0.015mm程度に抑えられる。この為、前記塗膜21の存在が前記内嵌する作業の妨げになる事は殆どないし、内嵌作業に伴ってこの塗膜21が削り取られる事も殆どない。
【0018】
そして、十字軸式自在継手の組立を完了した状態では、前記シールリング14を構成するラジアル、スラスト各シールリップ17、18の先端縁は、前記塗膜21の表面で、この塗膜21の幅方向両端縁から十分にこの塗膜21の中央側に寄った部分に摺接する。この塗膜21の表面は平滑面であり、且つ、十分に優れた耐蝕性を有する。この為、厳しい腐蝕環境下で長期間に亙り使用した場合でも、前記各シールリップ17、18の先端縁が摺接する部分の表面が粗くなる事はない。即ち、前述した従来構造の様に、錆(腐蝕生成物)により粗くなったシェル型外輪の表面との摩擦により、シールリップの先端縁の摩耗が進む事はない。
【0019】
次に、
図10に示した先発明の具体的構造の第2例では、シェル型外輪9の外面のうち、
図10に破線βで示した、底板部12の外側面に、塗膜21aを形成している。この底板部12は、ヨーク2a(2b)に形成した円孔6a(6b)の内側で、このヨーク2a(2b)の外側面よりも少し凹んだ部分に存在する為、この円孔6a(6b)の内周面と前記底板部12により囲まれた部分に、融雪塩を含んだ泥水等の腐蝕性物質が溜まり易く、腐蝕環境としては非常に厳しくなる。一般的には、前記シェル型外輪9の外面に、耐腐蝕性を有する化成処理被膜を形成しておけば、前記底板部12に、貫通孔の発生や強度の低下に結び付く程の腐蝕が生じる事はない。但し、本例の構造の様に、前記底板部12に、上述した具体的構造の第1例の塗膜21と同様の塗膜21aを形成すれば、この底板部12の耐久性をより一層向上させられる。
【0020】
更に、
図11に示した先発明の具体的構造の第3例の構造では、シェル型外輪9を構成する円筒部11の外周面のうちで開口寄り端部及び内向鍔部13の外側面に塗膜21を、底板部12の外側面に塗膜21aを、それぞれ形成している。この為、上述した具体的構造の第1〜2例の作用・効果を合わせて得られる。
【0021】
上述した先発明に係る構造の場合、シールリング14を構成するシールリップが、ラジアルシールリップ17とスラストシールリップ18との2本のみである。この為、使用条件が特に厳しい場合には、塵芥等の異物がこれら両シールリップ17、18の先端縁とシェル型外輪9の外面との摺接部を通過して、このシェル型外輪9の内部に入り込む可能性がある。そして、入り込んだ場合には、シェル型ニードル軸受を組み込んだ十字軸式自在継手の耐久性が損なわれる可能性がある。
【0022】
特許文献6、7には、ラジアルシールリップとスラストシールリップとのうちのラジアルシールリップの先端部を二股にする事により、シールリングによるシール構造を三重とした十字軸式自在継手の構造が記載されている。但し、この様な特許文献6、7に記載された従来構造の場合、シェル型外輪の外面のうちで前記各シールリップの先端縁が摺接する部分に防錆塗装を施していない。この為、前述の
図8に示す様な機構でシールリップの先端縁が摩耗する可能性がある。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0024】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、使用条件が厳しい場合でも、シールリップの先端縁が摩耗する事を抑え、シェル型外輪の内部に異物が入り込み難くして、より十分な耐久性を確保し易い十字軸式自在継手の構造を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0025】
本発明の十字軸式自在継手は、1対のヨークと、合計4個の円孔と、十字軸と、4個のシェル型ニードル軸受と、4個のシールリングとを備える。
このうちの1対のヨークは、それぞれが1対の腕部を備えた二股状に形成されている。
又、前記各円孔は、前記両ヨークの両端部であるこれら各腕部の先端部に、これら両ヨーク毎に互いに同心に、これら両ヨーク毎に1対ずつ形成されている。
又、前記十字軸は、結合基部の外周面に4本の軸部を放射状に固設して成り、これら各軸部を前記各円孔内に挿入した状態で前記両ヨークと組み合わされている。
又、前記各シェル型ニードル軸受は、前記各軸部の外周面と前記各円孔の内周面との間にそれぞれ設けられたもので、それぞれ、シェル型外輪と複数本のニードルとを備える。このうちのシェル型外輪は、金属板を曲げ形成して成るもので、前記各円孔の内側に内嵌固定される円筒部と、この円筒部の軸方向両端部のうちで前記各腕部の外側面側となる一端側全体を塞ぐ底板部と、これら各腕部の内側面側となる前記円筒部の軸方向他端側から径方向内方に折れ曲がった内向鍔部とを備える。又、前記各ニードルは、前記シェル型外輪の内周面と前記各軸部の外周面との間に転動自在に設けられている。
更に、前記各シールリングは、前記各シェル型ニードル軸受の開口部を塞ぐもので、それぞれ環状の芯金により弾性材の基部を補強して成る。そして、それぞれの基部を前記各軸部の基部に外嵌支持した状態で、それぞれの弾性材に設けたシールリップの先端縁を、前記各シェル型外輪の軸方向他端側で前記各腕部の内側面から突出した部分の外面に、全周に亙って摺接させている。
【0026】
特に、本発明の十字軸式自在継手に於いては、前記各シールリングはそれぞれ3本ずつのシールリップを備えたものであって、これら各シールリップの先端縁がそれぞれ前記各シェル型外輪の外面に、全周に亙って摺接している。
更に、前記各シェル型外輪の軸方向他端側で前記各腕部の内側面から突出した部分の外面のうち
、前記各シールリップのうちで
前記円筒部の外周面に摺接する最も外側のシールリップを除く2本のシールリップの先端縁が摺接する部分
である前記内向鍔部の外側面及びこの内向鍔部と前記円筒部との連続部の外面は、耐蝕性向上の為の塗膜により覆
われており、且つ、前記最も外側のシールリップの先端縁が摺接する部分である前記円筒部の外周面は、前記塗膜により覆われていない。
【0027】
上述の様な本発明を実施する場合に好ましくは、請求項2に記載した発明の様に、
前記最も外側のシールリップの先端縁が摺接する部分である前記円筒部の外周面を、耐蝕性を有する化成処理被膜により覆う事ができる。
又、上述の様な本発明を実施する場合
には、前記各シェル型外輪の外面全体を、耐蝕性を有する化成処理被膜により覆う
事もできる。そして、これら各シェル型外輪の外面のうちで、前記各円孔に内嵌されてこれら各円孔の内周面と当接する部分に前記化成処理被膜を露出させる
。
更に
、前記底板部を前記円孔の内側に存在させ、この底板部の外側面を耐食性向上の為の塗膜により覆う
事もできる。
【発明の効果】
【0028】
上述の様に構成する本発明の十字軸式自在継手によれば、使用条件が厳しい場合でも、シェル型外輪の内部に異物が入り込み難くして、より十分な耐久性を確保し易い十字軸式自在継手を実現できる。
即ち、シールリングを構成するシールリップが3本ある為、使用条件が特に厳しい場合でも、塵芥等の異物がこれら3本のシールリップの先端縁とシェル型外輪の外面との摺接部を総て通過して、このシェル型外輪の内部に入り込む可能性は低い。しかも、シェル型外輪の外面のうち
、前記各シールリップのうちで
円筒部の外周面に摺接する最も外側のシールリップを除く2本のシールリップの先端縁が摺接する部分
である前記内向鍔部の外側面及びこの内向鍔部と前記円筒部との連続部の外面が、耐蝕性向上の為の塗膜により覆われている為、前記シェル型外輪の外面に生じる錆により、前
記2本のシールリップの先端縁の摩耗が進む事を抑えられる。前記最も外側のシールリップに関しては、先端縁部が摩耗した場合でも、前記シェル型外輪の外周面との間にラビリンスシールを構成して、前
記2本のシールリップ側に入り込む異物の量を抑えられる。この結果、これら3本のシールリップによる、前記シェル型外輪の内部への異物浸入防止効果を長期間に亙り良好に維持できて、十字軸式自在継手の耐久性を十分に確保できる
。
【0029】
又、請求項2に記載した発明の場合、
前記円筒部の外周面のうちで前記最も外側のシールリップの先端縁が摺接する部分の発錆を抑えられるので、耐久性確保の面から有利になる。
又、前述した様に、前記各シェル型外輪の外面全体
を化成処理被膜により覆う
構成を採用すれば、このシェル型外輪の外面全体の防錆を図れる。
更に、
前記底板部を前記円孔の内側に存在させ、この底板部の外側面を耐食性向上の為の塗膜により覆う構成を採用すれば、前記各シェル型外輪の底板部の耐久性を、より一層向上させられる。
【発明を実施するための形態】
【0031】
[実施の形態の第1例]
図1〜2は、請求項1
、2に対応する、本発明の実施の形態の第1例を示している。尚、本例の特徴は、十字軸3の軸部8とシェル型外輪9の開口部との間を塞ぐ、芯金15と弾性材16aとから成るシールリング14aの構造を工夫すると共に、前記シェル型外輪9の外面の必要箇所を防錆の為の塗膜21bにより被覆する点にある。十字軸式自在継手全体の基本的構造に就いては、前述の
図7に示した従来から知られている構造と同様であるから、同等部分に関する図示並びに説明は省略若しくは簡略にし、以下、本例の特徴部分を中心に説明する。
【0032】
本例の十字軸式自在継手を構成する、前記シールリング14aは、各ニードル10、10を配置した内部空間23側から順番に、内側シールリップであるスラストシールリップ18と、中間シールリップ22と、外側シールリップであるラジアルシールリップ17aとの、3本のシールリップ18、22、17aを備える。そして、これら各シールリップ18、22、17aの先端縁を、それぞれ前記シェル型外輪9の外面に全周に亙って摺接させている。即ち、前記スラストシールリップ18の先端縁を内向鍔部13の外側面に、前記中間シールリップ22の先端縁を、この内向鍔部13と円筒部11との連続部に、前記ラジアルシールリップ17aの先端縁をこの円筒部11の外周面に、それぞれ全周に亙って弾性的に摺接させている。
【0033】
更に、前記シェル型外輪9のうちの前記内向鍔部13を形成した開口端部側で、ヨーク2aの腕部5aの内側面から突出した部分の外面のうち、前記スラストシールリップ18及び前記中間シールリップ22の先端縁が摺接する部分を、耐蝕性向上の為の塗膜21bにより覆っている。即ち、前記内向鍔部13の外側面と、この内向鍔部13と前記円筒部11との連続部の外面とに、前記塗膜21bを被覆している。この円筒部11の外周面のうちでこの連続部から外れた、前記ラジアルシールリップ17aの先端縁が摺接する部分には、前記塗膜21bは被覆していない。尚、前記シェル型外輪9の外面は、必ずしも前述した先発明の様に、耐蝕性を有する化成処理被膜により覆う必要はないが、覆う事が好ましい。又、本例の場合には、シェル型外輪9の外面のうち、底板部12の外側面に、前述した先発明の具体的構造の第2〜3例の場合と同様に、塗膜21aを形成している。
【0034】
上述の様に構成する本例の十字軸式自在継手によれば、使用条件が厳しい場合でも、シェル型外輪9の内部に異物が入り込み難くして、より十分な耐久性を確保し易い十字軸式自在継手を実現できる。
即ち、本例の構造では、前記スラストシールリップ18と前記中間シールリップ22との2本のシールリップ18、22が、前述した先発明に係る構造に於ける2本のシールリップ17、18(例えば
図9参照)と同様に機能する。そして、前記2本のシールリップ18、22の先端縁の摩耗が、錆により粗くなった前記シェル型外輪9の表面との摩擦により進む事を防止できる。
【0035】
更に本例の構造の場合には、最も外側に位置する前記ラジアルシールリップ17aの存在に基づき、外部空間に存在する異物が前記内部空間23まで入り込む可能性を、より低くできる。特に、本例の構造の場合には、前記ラジアルシールリップ17aの先端縁が、前記シェル型外輪9を構成する円筒部11の外周面のうちで、軸方向に関して外径が変化しない円筒面部に摺接している。この為、十字軸式自在継手によるトルク伝達時に、前記シールリング14aと前記シェル型外輪9との軸方向に関する位置関係が多少変化しても、前記ラジアルシールリップ17aの先端縁と前記シェル型外輪9の外周面との摺接部の面圧が変化しない。言い換えれば、このシェル型外輪9の底板部12の内面と前記軸部8の先端面との間の軸方向隙間(正の隙間は勿論、零乃至は僅かな負の隙間も含む)の変動や前記底板部12の弾性変形に基づく、前記シールリング14aと前記シェル型外輪9との軸方向変位に拘らず、前記先端縁と前記外周面との摺接部の面圧が変化しない様にできる。この為、前記ラジアルシールリップ17aによるシール性能を、良好に、且つ、安定させられる。
【0036】
尚、前記ラジアルシールリップ17aに関しては、その先端縁部が、前記シェル型外輪9の外面のうちで前記塗膜21bにより覆われていない部分に摺接しており、しかも、この摺接部には、外部空間に浮遊する異物が付着し易い。この為、前記シェル型外輪9の外周面の性状変化(発錆)や異物の噛み込みにより、前記ラジアルシールリップ17aの先端縁部が摩耗する可能性がある。但し、この先端縁部が摩耗した場合でも、このラジアルシールリップ17aの先端縁と前記シェル型外輪9の外周面との間にラビリンスシールを構成する。従って、前記ラジアルシールリップ17aの先端縁が摩耗した状態でも、前記2本のシールリップ18、22側に入り込む異物の量を抑えられる。この結果、これら中間シールリップ22及びスラストシールリップ18と前記シェル型外輪9の外面との摺接部に達する異物の量を少なく抑える事ができ、前記内部空間23への異物浸入防止効果を長期間に亙り良好に維持できて、十字軸式自在継手の耐久性を十分に確保できる。又、前記シェル型外輪9の外面を前記化成処理被膜により覆えば、前記円筒部11の外周面のうちで前記ラジアルシールリップ17aの先端縁が摺接する部分の発錆を抑えられるので、耐久性確保の面から有利である。
【0037】
[実施の形態の第2例]
図3も、請求項1
、2に対応する、本発明の実施の形態の第2例を示している。本例の場合には、弾性材16bに設けたラジアルシールリップ17bの先端縁部でシェル型外輪9の円筒部11の外周面に対向する部分に、2本の突条24a、24bを、それぞれ全周に亙り、軸方向に関して互いに離隔した状態で形成している。シールリング14bを自在継手に組み込んだ状態で、前記両突条24a、24bのうちの先端側の突条24aが前記円筒部11の外周面に摺接し、基端側の突条24bの先端縁は、この外周面から僅かに離れた状態となる。
【0038】
この様な本例の構造の場合には、長期間に亙る使用に伴って、前記先端側の突条24aが摩耗すると、それまで前記円筒部11の外周面から離隔していた、前記基端側の突条24bが、この外周面に摺接する。この結果、前記ラジアルシールリップ17bによるシール性能を、長期間に亙って、より十分に確保できる。
その他の部分の構成及び作用は、上述した実施の形態の第1例と同様であるから、重複する図示並びに説明は省略する。
【0039】
[実施の形態の第3例]
図4も、請求項1
、2に対応する、本発明の実施の形態の第3例を示している。本例の場合には、シールリング14cを構成する弾性材16cに設けた中間シールリップ22aの先端縁部でシェル型外輪9の外面に対向する部分に形成した突条25を、この外面に全周に亙って摺接させている。この様な本例の構造の場合には、前記中間シールリップ22aの先端縁と前記シェル型外輪9の外面との摺接状態を安定させて(当接部の面圧を適切に確保して)、シール性能の向上を図れる。
その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様であるから、重複する図示並びに説明は省略する。
【0040】
[実施の形態の第4例]
図5も、請求項1
、2に対応する、本発明の実施の形態の第4例を示している。本例の場合には、スラストシールリップ18a及び中間シールリップ22bの形状を、上述した各実施の形態と異ならせている。具体的には、これら両シールリップ18a、22bを、互いの基端部を共通化して二股に分かれた形状としている。
その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様であるから、重複する図示並びに説明は省略する。
【0041】
[
参考例]
図6は
、本発明
に関する参考例を示している。本
参考例の場合には、シェル型外輪9のうちの内向鍔部13を形成した開口端部側で、ヨーク2aの腕部5aの内側面から突出した部分の外面のうち、前記スラストシールリップ18及び前記中間シールリップ22の先端縁が摺接する部分だけでなく、ラジアルシールリップ17aの先端縁が摺接する部分も、耐蝕性向上の為の塗膜21cにより覆っている。この為、このラジアルシールリップ17aの先端縁が摩耗する原因のうち、前記シェル型外輪9の外周面の性状変化(発錆)を防止できる。異物の噛み込みに基づく摩耗は防止できないが、性状変化に基づく摩耗を防止できる分、耐久性の向上を図れる。尚、本
参考例の場合、前述の
図9、11に示した先発明の第1、3例と同様に、前記塗膜21cの軸方向外端部を、円孔6a(6b)の内側に少し(例えば0.5mm〜1mm)だけ入り込む位置に存在させる事が好ましい。
その他の部分の構成及び作用は、前述した実施の形態の第1例と同様であるから、重複する図示並びに説明は省略する。