特許第5974623号(P5974623)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5974623-時効硬化型ベイナイト非調質鋼 図000004
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5974623
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月23日
(54)【発明の名称】時効硬化型ベイナイト非調質鋼
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160809BHJP
   C22C 38/58 20060101ALI20160809BHJP
   C21D 8/06 20060101ALN20160809BHJP
【FI】
   C22C38/00 301Y
   C22C38/58
   !C21D8/06 A
【請求項の数】2
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-111883(P2012-111883)
(22)【出願日】2012年5月15日
(65)【公開番号】特開2013-253265(P2013-253265A)
(43)【公開日】2013年12月19日
【審査請求日】2015年3月25日
(31)【優先権主張番号】特願2012-106199(P2012-106199)
(32)【優先日】2012年5月7日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100089440
【弁理士】
【氏名又は名称】吉田 和夫
(72)【発明者】
【氏名】大橋 亮介
(72)【発明者】
【氏名】木村 和良
【審査官】 鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−236452(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/090238(WO,A1)
【文献】 特開2006−037177(JP,A)
【文献】 特開2006−291310(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で
C:0.06〜0.18%
Si:0.01〜0.60%
Mn:0.10〜3.00%
S:0.001〜0.030%
Cu:0.001〜0.40%
Ni:0.001〜0.40%
Cr:0.10〜2.00%
Mo:0.15〜1.00%
V:0.20〜0.40
残部Fe及び不可避的不純物から成り、且つ下記式(1)の値が1.4以下,式(2)の値が16.5以下,式(3)の値が20.0〜35.0を満たす組成を有し、ベイナイト組織の面積率が85%以上で且つ硬さが36HRC以下であることを特徴とする時効硬化型ベイナイト非調質鋼。
15×[C]−[Mo]−2×[V]・・式(1)
4×[C]+[Si]+4×[Mn]+[Cu]+[Ni]+5×[Cr]+4×[Mo]+5×[V]・・式(2)
3×[C]+10×[Mn]+2×[Cu]+2×[Ni]+12×[Cr]+9×[Mo]+2×[V]・・式(3)
(但し式(1)〜式(3)中の元素記号は対応する元素の含有質量%を表す)
【請求項2】
請求項1において、100μmを一辺とする正方形の領域を観察領域とし、該観察領域10視野における短手方向寸法5μm以上の大きなサイズのセメンタイトが平均で5個以下であり、且つサイズに拘らず合計のセメンタイトの割合が面積率で平均10%以下であることを特徴とする時効硬化型ベイナイト非調質鋼。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は熱間加工後においてベイナイト組織を有し、その後の時効硬化処理によって析出硬化し高硬度化する時効硬化型ベイナイト非調質鋼に関し、詳しくは従来のものに比べて高い靭性を有する時効硬化型ベイナイト非調質鋼に関する。
【背景技術】
【0002】
従来において、強度,靭性を必要とする自動車用部品,機械構造部品等には、熱間鍛造等の熱間加工後に焼入れ焼戻し処理(調質処理)されて使用される調質鋼が用いられてきた。
【0003】
ところが調質鋼は強度,靭性に優れているものの、部品製造に際して熱間加工後の焼入れ焼戻し処理(調質処理)のための熱処理コストが高いといった問題の他、マルテンサイト変態に伴う熱処理歪みが大で、熱処理後の形状修正,寸法修正のための機械加工量が多くなって歩留りの悪化を招き、しかもその加工を硬いマルテンサイト状態の下で行うことから被削性(加工性)が悪く、部品製造のための所要時間が長くまた高コストとなる問題がある。
【0004】
熱間加工まま(詳しくはその後の主として空冷による冷却まま)で所要硬さを発現し、熱間加工後の焼入れ焼戻し処理を省略しても目的とする強度を得ることのできる非調質鋼は、コスト低減に応え得るものとして調質鋼代替材料として機械構造部品等に広く適用されている。
【0005】
このような非調質鋼として、中炭素鋼に微量のVを添加したフェライト・パーライト型の非調質鋼があるが、フェライト・パーライト非調質鋼においては、強度を一定以上に高めるためにはほぼパーライト単相になるまでパーライトの面積率を高める必要がある。
ところがこの場合、鋼組織がフェライトに比べ脆いパーライト主体の組織となるため靭性が著しく低下してしまう。従って靭性を確保しながら強度を一定以上に高くすることは難しい。
【0006】
非調質鋼として、熱間加工ままでベイナイト組織を呈するベイナイト非調質鋼があり、このものはフェライト・パーライト非調質鋼に比べれば靭性が優れているが、一方で耐力が低いといった問題がある。
また耐力を向上させるために単純に硬さを高めれば被削性が劣化し、切削加工の際の負荷を増大させ加工性を悪化させてしまう。
1つの解決手段として、時効硬化型のベイナイト非調質鋼が研究されている。
【0007】
時効硬化型のベイナイト非調質鋼は、熱間加工ままの組織をベイナイトとした上で、その後の時効硬化処理により硬さを高めるもので、この時効硬化型のベイナイト非調質鋼では、熱間加工後の軟らかい状態で機械加工を行うことができ、その後の時効硬化処理で硬さを所要硬さまで高めることができる。
例えば下記特許文献1,特許文献2に、この種の時効硬化型ベイナイト非調質鋼が開示されている。
【0008】
しかしながら従来の時効硬化型ベイナイト非調質鋼は、フェライト・パーライト非調質鋼に比べれば靭性が良好であるものの、従来の調質鋼に比べればなお靭性が不十分である。
ところが従来の時効硬化型ベイナイト非調質鋼においては、研究の主眼が主として高硬度,高強度化に向けられており、靭性を十分に高めたものは未だ提供されていない。
例えば特許文献1,特許文献2に記載のものにあっても、高強度化を指向して、時効硬化処理時に析出物を多くだすためCを多く含有させている。また特に靭性を向上させることを指向していないため、実施例中靭性値も示されていない。
このような中にあって、現在提供され或いは提案されている時効硬化型ベイナイト非調質鋼は耐衝撃特性を特に必要とする部品への適用が困難であった。
【0009】
尚本発明に対する他の先行技術として、下記特許文献3には「高靭性高張力非調質厚鋼板」についての発明が示され、そこにおいてベイナイト組織分率が90%以上のベイナイト非調質鋼が開示されているが、このものは時効硬化型でない点で、また合金成分としてのVが少ない点で、更にセメンタイトの生成、形態を制御するための後述の本発明の特徴的構成を備えない点で本発明と異なる。
【0010】
更に他の先行技術として、下記特許文献4には「非調質鉄筋用鋼材およびその製造方法」についての発明が示され、そこにおいて金属組織が実質的にベイナイトであるベイナイト非調質鋼が開示されているが、このものも時効硬化型でない点で、またセメンタイトの生成・形態を制御するための本発明の特徴的構成を備えない点で本発明と異なる。
【0011】
更に他の先行技術として下記特許文献5には「析出硬化型窒化鋼」についての発明が示され、そこにおいて窒化による時効硬化型のベイナイト非調質鋼が開示されているが、このものはCuを添加していない点で、またセメンタイトの生成・形態を制御するための後述の本発明の特徴的構成を備えない点で本発明と異なる。
【0012】
更に他の先行技術として、下記特許文献6には「高強度−高靭性ベイナイト型非調質鋼及びその製造方法」についての発明が示されているが、そこには実施例として化学成分のみが示されたものが開示されているが、そのような化学成分とした結果としての特性については開示されておらず、また実施例中Cu,Niを添加したものが存在していない等の点で本発明とは別異のものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特開2011−236452号公報
【特許文献2】特開2006−37177号公報
【特許文献3】特開2005−350691号公報
【特許文献4】特開2006−137990号公報
【特許文献5】特開平4−154936号公報
【特許文献6】特開平9−170047号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
本発明は以上のような事情を背景とし、従来に増して靭性に優れた時効硬化型ベイナイト非調質鋼を提供することを目的としてなされたものである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
而して請求項1のものは、質量%でC:0.06〜0.18%,Si:0.01〜0.60%,Mn:0.10〜3.00%,S:0.001〜0.030%,Cu:0.001〜0.40%,Ni:0.001〜0.40%,Cr:0.10〜2.00%,Mo:0.15〜1.00%,V:0.20〜0.40%,残部Fe及び不可避的不純物から成り、且つ下記式(1)の値が1.4以下,式(2)の値が16.5以下,式(3)の値が20.0〜35.0を満たす組成を有し、ベイナイト組織の面積率が85%以上で且つ硬さが36HRC以下であることを特徴とする。
15×[C]−[Mo]−2×[V]・・式(1)
4×[C]+[Si]+4×[Mn]+[Cu]+[Ni]+5×[Cr]+4×[Mo]+5×[V]・・式(2)
3×[C]+10×[Mn]+2×[Cu]+2×[Ni]+12×[Cr]+9×[Mo]+2×[V]・・式(3)
(但し式(1)〜式(3)中の元素記号は対応する元素の含有質量%を表す)
【0018】
請求項のものは、請求項1において、100μmを一辺とする正方形の領域を観察領域とし、該観察領域10視野における短手方向寸法5μm以上の大きなサイズのセメンタイトが平均で5個以下であり、且つサイズに拘らず合計のセメンタイトの割合が面積率で平均10%以下であることを特徴とする。
【0019】
以上のような本発明は、時効硬化型ベイナイト非調質鋼における靭性に対して組織中のセメンタイトが大きく関与していること、具体的にはセメンタイトの生成量が多くなると、そこにはサイズの大きなセメンタイトが多く生成し、また形状的にもアスペクト比が大で細長い形態の大きなセメンタイトが多く存在するようになること、そしてそれらセメンタイトが起点となってクラックが発生し易くなること、特に細長い形のセメンタイトにて組織が分断されるとともに、そのセメンタイトの末端に応力集中してクラックが発生し、更に発生したクラックが細長いセメンタイトに沿って伝播進行し易く、このことが靭性を大きく劣化させるとの知見に基づいてなされたものである。
【0020】
かかる本発明は、この知見に基づいて、時効硬化処理の際に炭化物形成して硬さを高める重要な成分であるところのCの含有量を低量としてセメンタイトの生成を抑制し、そしてCの低量化による硬さの低下を他の合金元素で補うようにしたものである。
【0021】
また本発明では、単に鋼中のCの含有量を低量化するだけでなく、Cの含有量と、炭化物形成元素であるMo,Vの含有量との関係を適正にバランスさせることにより、鋼に含有されるCのうちFeと結合してセメンタイトを生成するCの量を少なくし、また併せて熱間加工後の硬さを支配する元素の含有量を適正に制御するとともに、ベイナイト単相化に必要な、ベイナイト形成元素の含有量を適正に制御し、鋼の特性を高め得た点を骨子としたものである。
【0022】
かかる本発明によれば、従来課題であった靭性の不十分さの問題を解決し得、靭性に優れた時効硬化型ベイナイト非調質鋼を得ることができる。
【0023】
本発明の時効硬化型ベイナイト非調質鋼は、時効硬化処理前の組織が実質的にベイナイト単相組織であること、詳しくはベイナイト組織の面積率が85%以上であるより好ましくは90%以上である。
【0024】
時効硬化処理前の組織中にフェライト組織が混在していると、時効硬化特性が低下するばかりでなく、耐力比,耐久比も低下し、疲労強度の低下が懸念される。従って時効硬化処理前の組織はベイナイト単相組織であることが望ましい。
【0025】
更に時効硬化処理前の硬さは36HRC以下である。
時効硬化処理前の硬さが36HRC以下であることによって、時効硬化処理に先立って加工を行う際の被削性等の加工性が良好となる。
尚、時効硬化処理前の硬さは33HRC以下であることがより望ましい。
一方で、時効硬化処理前の硬さは25HRC以上であることが望ましく、より好ましくは27HRC以上であることが望ましい。
時効硬化処理前の硬さが低ければ、それだけ被削性等の加工性は良くなるものの、その後時効硬化処理(析出硬化)により硬さを高めたとしても十分にその硬さを硬くすることが難しくなる。
【0026】
本発明の時効硬化型ベイナイト非調質鋼は、500〜700℃の温度での時効硬化処理により、硬さが時効硬化処理前の硬さよりも4HRC以上高くなるものとしておくことが望ましい。より望ましくは5HRC以上高くなるものとしておくのが良い。
【0027】
時効硬化処理前の硬さと時効硬化処理後の硬さの差が大きくなることによって、時効硬化処理前での良好な被削性を確保する一方、その後の時効硬化処理によって所要の硬さを得られやすくなる。
【0028】
本発明では、鋼組織中におけるセメンタイトの大きさ,量を以下の大きさ,量としておくこと、詳しくは、100μmを一辺とする正方形の領域を観察領域とし、観察領域10視野における短手方向寸法5μm以上の大きなサイズのセメンタイトが平均で5個以下であり、且つサイズに拘らず合計のセメンタイトの割合が面積率で平均10%以下としておくことが望ましい。
【0029】
セメンタイトの大きさ,量をこのように制御しておくことで、後に明らかにされるように時効硬化型ベイナイト非調質鋼における靭性を効果的に高め得ることを確認した。
【0030】
尚本発明の時効硬化型ベイナイト非調質鋼は、例えば以下のようにして製造することができる。
即ち圧延,鍛造等の熱間加工後又は固溶化熱処理後に温度800℃〜300℃の間を0.05〜10℃/秒の平均冷却速度で、通常は空冷により冷却することで製造することができる。
【0031】
その後に必要に応じて切削加工や塑性加工等の加工を施し、しかる後に500〜700℃の温度にて1.5〜4時間かけて時効処理を施すことにより、靭性に優れた、目的とする硬さの部品を得ることができる。
【0032】
次に本発明における各化学成分の限定理由等につき、以下に詳述する。
C:0.06〜0.18%
Cは強度を確保するために必要な元素であるとともに、時効硬化処理によりMo,Vの炭化物を析出させて鋼を高硬度化する。その働きのために0.06%以上が必要であり、0.06%未満では所要の硬さ,強度が確保できない。
一方、0.18%を超えて多量に含有させるとセメンタイト量が増加し、同時にアスペクト比が大で細長い形の大きなセメンタイトが増加して、それらがクラックの発生起点及び伝播経路となり、疲労強度特性を劣化させるため、Cの含有量を0.18%以下とする。Cの望ましい含有量の範囲は0.08〜0.14%未満である。
【0033】
Si:0.01〜0.60%
Siは鋼の溶製時の脱酸剤として加えられる。また鋼の疲労強度を高める働きがある。その働きのために0.01%以上含有させる必要がある。
一方、0.60%を超えて多量に含有させると熱間鍛造等の熱間加工性を損ね、製造性を低下させる。また熱間加工後の切削加工等の加工時の素材の硬さが過剰となり、加工性を劣化させるため上限を0.60%とする。望ましい範囲は0.05〜0.55%の範囲内である。
【0034】
Mn:0.10〜3.00%
Mnは本発明において重要な役割を果たす元素であり、熱間加工後の組織をベイナイト組織とするために不可欠な元素である。またMnは被削性向上に寄与するMn系硫化物を形成するためにも必須の元素である。その働きのため本発明では0.10%以上含有させる。
一方、3.00%を超えて多量に含有させるとマルテンサイト組織を現出させやすく、熱間加工後の硬さを高め、被削性の低下を招くだけでなく熱間加工性も損ねるため、上限を3.00%とする。好ましくは0.50〜2.20%の範囲内とする。
【0035】
S:0.001〜0.030%
SはMnとともに被削性向上に寄与するMn系硫化物の必須生成元素である。その含有量が0.001%未満では硫化物の生成量が不足し被削性が不十分となるため、本発明では0.001%以上含有させる。
一方、0.030%を超えて過剰に含有させると、鋼の靭性と延性が損なわれ、またその介在物が疲労破壊の起点となり、疲労強度特性を劣化させるため上限を0.030%とする。望ましい範囲は0.015〜0.030%の範囲内である。
【0036】
Cu:0.001〜0.40%
Ni:0.001〜0.40%
Cu,Niはフェライト・パーライト変態開始曲線を長時間側に移動させ、相対的にベイナイトを生成させ易くする働きを有し、また固溶強化によりベイナイト素地の硬さの向上に寄与する元素で、本発明ではその働きのためCu,Niそれぞれを0.001%以上含有させる。
但し0.40%を超えて過剰に添加すると硬くなり過ぎるため、含有量を0.40%以下とする。
望ましい範囲は0.10〜0.30%の範囲内である。
【0037】
Cr:0.10〜2.00%
Crはベイナイト組織を生成させるために不可欠な元素であり、ベイナイト組織を安定に生成させるために0.10%以上含有させる。
一方、2.00%を超えて多量に含有させると、熱間加工後の硬さが高くなって被削性の低下を招き、また熱間加工性も損ねるため上限を2.00%とする。
望ましい範囲は0.20〜1.80%の範囲内である。
【0038】
Mo:0.15〜1.00%
Moは本発明において重要な役割を果たす元素であり、時効硬化処理によって鋼の硬さを増加させる。またMoはベイナイト組織を生成させるためにも不可欠な元素である。更にMoはMo炭窒化物を時効硬化処理により析出させると耐力比を向上させ、且つ耐久比を高めるため、高強度化において重要な元素である。それらの働きのために本発明では0.15%以上含有させる。
一方、1.00%を超えて多量に含有させると、熱間加工後の硬さを高め、鋼の加工性を損ね、かつコストアップに繋がるため、上限を1.00%とする。
望ましい範囲は0.15〜0.30%の範囲内である。
【0039】
V:0.20〜0.40
Vは本発明において重要な役割を果たす元素であり、時効硬化処理によって硬さを増加させる。
Vはまた、Moとともにベイナイト組織を生成させるために不可欠な元素であり、更にVは炭窒化物を時効硬化処理により析出させると耐力比を向上させ、かつ耐久比を高めるため高強度化において重要な元素である。その働きのため本発明では0.20%以上含有させる。
一方、過剰に含有させると、熱間加工後の硬さを高め、被削性等の加工性を低下させるだけでなく、熱間鍛造等の熱間加工性も損ね、かつコストアップに繋がるため上限を0.40%とする。望ましい範囲は0.20〜0.35%であり、より望ましくは0.20〜0.30%の範囲内である。
【0040】
本発明では合金の上記効果(特性)に影響を与えない範囲で以下のP,N,Al等の成分が含まれていても良い。
P:製鋼工程上の不可避不純物として混入しうる元素であるが、Pは鋼の靭性を低下させるので、その含有率は0.04質量%以下とするのがよい。
【0041】
N:Alと結合して窒化物を形成し,この窒化物が微細に析出して熱間鍛造時の結晶粒成長を抑制して強度向上に寄与する。このような効果を得るためには0.005%以上含有されていることが必要である。多量に含有されていてもその効果は飽和し、却って粗大な炭窒化物が核となりフェライトを生成させやすくなり時効硬化特性を低下させ強度低下を招いてしまう。さらには鋳造時にブローホールなどが発生して鋼塊の健全性が損なわれるため0.025%以下であるのがよい。
【0042】
Al:溶製時の脱酸剤として含有されるが、その場合には0.001%以上が必要。多量に含有されると粗大な酸化物や炭窒化物が生成し、これが起点となって疲労強度が低下するため、0.10%以下であるのがよい。
【0043】
式(1)の値:≦1.4 (式(1)・・15×[C]−[Mo]−2×[V])
式(1)はセメンタイト生成量を表す指数となるもので、式(1)の値が大きい程セメンタイトが生成し易く、逆に小さいほどセメンタイト生成が抑制される。詳しくはMo,Vの量が多くなればそれらがCと結合して炭化物形成し、Feと結合してセメンタイト生成するC量を少なくする。
従ってセメンタイトの生成を少なくするためには、Cを低量とするとともに、式(1)の値を小さくすることが必要であり、そしてセメンタイトの生成を少なくすることにより、粗大なまたアスペクト比が大で細長い形の大きなセメンタイトの生成を抑制でき、それらセメンタイトがクラックの発生起点及び伝播経路となることになる靭性の低下を効果的に抑制することができる。
【0044】
特にCを上記のように低量とした上で、式(1)の値を1.4以下とすることで、鋼中に生成するセメンタイトの量やサイズを以下のように規制することができる。
即ち、100μmを一辺とする正方形の領域を観察領域とし、その観察領域10視野における短手方向寸法5μm以上の大きなサイズのセメンタイトが平均で5個以下であり、且つサイズに拘らず合計のセメンタイトの割合が面積率で平均10%以下となるように規制し易い。
【0045】
式(2)の値:≦16.5 (式(2)・・4×[C]+[Si]+4×[Mn]+[Cu]+[Ni]+5×[Cr]+4×[Mo]+5×[V])
この式(2)の値は熱間鍛造等の熱間加工後(以下単に熱間鍛造後とする)、より詳しくは時効硬化処理前の硬さを表わす指数となるものであり、その値が大きい程熱間鍛造後硬さは硬く、また小さい程熱間鍛造後硬さは低くなる。
【0046】
本発明においては、この式(2)の値を16.5以下とすることで、熱間鍛造後硬さを目標とする36HRC以下とすることができる。そしてこれにより時効硬化処理に先立つ被削性等の加工性を高めることができる。
尚、時効硬化処理前の硬さは低ければ低い方が加工性は良好となるが、一方でその後に時効硬化処理を行って硬さを高くしたときに、十分にその硬さを硬くすることが難しくなる。従ってこの意味において時効硬化処理前の熱間鍛造後硬さは一定以上に高くしておくことが望ましい。具体的にはその硬さを25HRC以上、好ましくは27HRC以上としておくことが望ましい。またこれを達成する上で、式(2)の値を11以上としておくことが望ましい。
【0047】
式(3)の値:20.0〜35.0 (式(3)・・3×[C]+10×[Mn]+2×[Cu]+2×[Ni]+12×[Cr]+9×[Mo]+2×[V])
式(3)はベイナイトを安定して形成するための指数となるもので、本発明では、時効硬化処理前の鋼組織を実質的にベイナイト単相組織とする上で、詳しくはベイナイト組織の面積率を85%以上とする上で、この式(3)の値を20.0〜35.0の範囲内とすることが必要である。
【0048】
例えば鋼組織中にフェライト組織が15%以上混在すると時効硬化特性が低下するばかりでなく、耐力比,耐久比も低下し、そのことが疲労強度の低下に繋がる問題が懸念される。従って熱間鍛造後組織をベイナイト単相とすることが望ましい。
【0049】
このベイナイト単相化のための式(3)は次のような意味を有している。
本発明では、時効硬化処理によってMo,Vの炭化物を析出させ、その析出強化によって鋼を高硬度化,高強度化するものであるが、このようにMo,V等の炭化物を2次析出させる技術自体は、焼入れ焼戻し処理では一般に用いられている技術である。しかしながら焼入れ焼戻し処理のように素材状態をマルテンサイト組織とした場合には、炭化物の析出によって焼入れ硬さよりも高い硬さを得るといったことはできない。
【0050】
しかるに式(3)によって鋼組織をベイナイト組織とした場合には、時効硬化処理前の素材状態の下で、その硬さを低硬度とすることができ、また一方その後の625℃程度の温度での加熱保持による時効硬化処理によって、鋼の硬さを、炭化物の2次析出前の当初のベイナイト組織状態での硬さよりも硬くすることができ、そのことによって強度―被削性バランスに優れた材料を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0051】
図1】実施例における発明鋼6と比較鋼12の走査型電子顕微鏡(SEM)写真を比較して示した図である。
【実施例】
【0052】
表1に示す化学組成の鋼150kgを真空誘導溶解炉にて溶製し、1250℃でφ45mmの丸棒に鍛伸した。その後φ45mm丸棒材を1250℃加熱、1100℃鍛造の条件の下でφ30mmの丸棒に鍛造した後、室温まで空冷処理した。
その後、625℃で2時間の条件で時効硬化処理を行い、引張試験,シャルピー衝撃試験,硬さ試験,ミクロ組織観察に供した。
またそれ以外に鍛造後空冷ままで、時効硬化処理しない状態でもドリル試験,硬さ試験を実施した。
ここで引張試験,シャルピー衝撃試験,硬さ試験,ミクロ組織観察はそれぞれ以下のようにして行った。
【0053】
<引張試験>
引張試験については、JIS Z 2201の14A号試験片を作製して引張速度1mm/secの条件で行い、0.2%耐力比(0.2%耐力/引張強度)を求めた。目標値0.80以上を○、未満を×として表2に評価を示した。表2には、これら○,×の評価と併せて耐力比の数値も示した。
【0054】
<シャルピー衝撃試験>
シャルピー衝撃試験はJIS Z 2202 3号2mmUノッチ試験片を作製して、試験を室温で実施し、衝撃値を測定した。衝撃値が目標値の20J/cmを満たしている場合を○,満たしていない場合を×として評価を行った。
尚、表2では○,×の評価と併せて括弧書きで実際の衝撃値の測定値も示した。
【0055】
<硬さ試験>
硬さ試験はJIS Z 2245に準拠し、ロックウェル硬度計にて荷重150kgfダイヤモンド円錐圧子で実施した。
硬さは試験片の半径の1/2の個所で測定を行った。
【0056】
<ミクロ組織観察>
ミクロ組織観察については、ナイタール腐食後、光学顕微鏡(倍率400倍)にて観察し、ベイナイト率を測定した。またセメンタイトの生成量(比率)及び粗大なセメンタイトの生成個数を走査型電子顕微鏡(SEM)(倍率5000倍)にて観察し測定した。
ここでセメンタイトについては、100μmを一辺とする正方形の領域を観察領域とし、観察領域10視野における短手方向寸法5μm以上の大きなサイズのセメンタイトの平均生成個数と、サイズに拘らず合計のセメンタイトの割合(面積率)を測定した。
またベイナイト率については、ベイナイト組織の面積率が85%以上であった場合を○,ベイナイト組織とフェライト組織の混合(フェライト組織の面積率15%以上)であった場合を×Fとし、ベイナイト組織とマルテンサイト組織の混合組織(マルテンサイト組織の面積率15%以上)であった場合を×Mとして評価を行った。
尚、表2中ではこれら○,×の評価と併せて、括弧書きで実際に測定されたベイナイトの面積率も併せて示してある。
【0057】
<ドリル試験>
ドリル試験は、φ5mmのストレートシャンク,ドリル材質がJIS SKH51のドリルを用い、送り0.10mm/rev,潤滑油なしの条件で加工を実施し、加工距離5000mmに致達する速度にて評価を行った。
目標加工速度20m/minを満たす場合は○、下回る場合は×として表2に示した。表2にはこれら○,×の評価と併せて括弧書きで加工速度の具体的な数値(m/min)も示した。
【0058】
【表1】
【0059】
【表2】
【0060】
表1の結果において、比較鋼12はC量が本発明の上限値よりも多量であり、また式(1)の値が本発明の上限値よりも高く、結果として短手方向寸法が5μm以上の大きなサイズのセメンタイトの個数が多いとともに、セメンタイトの面積率も高く、衝撃値(吸収エネルギー)が目標値に対して低い。
【0061】
比較鋼13は、V量が本発明の上限値を超えて多量であり、鍛造後硬さの指数である式(2)の値が本発明の上限値よりも高い。またベイナイト単相化の指数である式(3)の値が本発明の上限値を超えて高い。
結果として鋼組織がマルテンサイトとの混合組織となっており、被削性が悪い。また衝撃値も低い。
【0062】
比較鋼14は、Mo量が本発明の上限値を超えて多量であり、また式(2)の値,式(3)の値がそれぞれ本発明の上限値を超えて高く、鋼組織がマルテンサイトとの混合組織となっており、被削性が悪く、また衝撃値も低い。
【0063】
比較鋼15は、ベイナイト単相化の指数である式(3)の値が本発明の下限値よりも低く、鋼組織がフェライト混合組織となっている。結果として時効硬化処理による硬さの上昇の程度が低く、時効硬化処理によって十分な硬さが得られていない。その結果として疲労強度は不十分なものとなる。
これに対して本発明の条件を満たす1〜11の発明鋼は、何れの特性も良好となっている。
【0064】
因みに図1は、発明鋼6と比較鋼12との走査型電子顕微鏡(SEM)写真(倍率5000倍)を比較して示している。尚図中(A)は1100℃の加熱条件で鍛造を行った場合、(B)は1300℃の加熱条件で鍛造を行った場合である。
写真中白く表れている部分が生成したセメンタイトで、これらの比較から明らかなように、発明鋼6ではセメンタイトの生成が効果的に抑制されており、従ってまたそこに存在するセメンタイトの大きさも丸くて小さい。
【0065】
一方比較鋼12ではセメンタイトが多く生成し、そこにはサイズが大きく且つ細長い形の大きなセメンタイトが多く生成している。このような組織の鋼ではセメンタイトがクラックの発生起点となり、また発生したクラックがセメンタイトに沿って伝播することにより靭性を大きく損なう要因となる。
【0066】
以上本発明の実施例を詳述したがこれらはあくまで一例示であり、本発明はその趣旨を逸脱しない範囲において種々変更を加えた態様で実施可能である。
図1