特許第5974711号(P5974711)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5974711
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月23日
(54)【発明の名称】駆動力伝達装置の製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16D 27/112 20060101AFI20160809BHJP
【FI】
   F16D27/112 P
   F16D27/112 Z
   F16D27/112 X
【請求項の数】4
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-169170(P2012-169170)
(22)【出願日】2012年7月31日
(65)【公開番号】特開2014-29163(P2014-29163A)
(43)【公開日】2014年2月13日
【審査請求日】2015年6月23日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100089082
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 脩
(74)【代理人】
【識別番号】100130188
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 喜一
(72)【発明者】
【氏名】長濱 貴也
【審査官】 上谷 公治
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−252575(JP,A)
【文献】 特開昭62−248587(JP,A)
【文献】 特開昭57−127128(JP,A)
【文献】 特開平11−153157(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16D 27/112
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
相対回転可能な外側回転部材および内側回転部材と、
前記両部材間に配置され、摩擦力により前記両部材間で駆動力を伝達可能なクラッチ板と、
前記クラッチ板の軸方向一方に配置された電磁石と、
前記クラッチ板の軸方向他方に配置され、前記電磁石への通電により前記電磁石側に吸引されるアーマチュアと、
を備える駆動力伝達装置の製造方法であって、
前記外側回転部材および前記内側回転部材の一方は、前記クラッチ板と前記電磁石との間に配置され、前記電磁石への通電により該電磁石、前記クラッチ板および前記アーマチュアと共に磁路を形成する磁路形成部材を備え、
前記磁路形成部材は、磁性体により形成された母材の径方向中央部分に非磁性体の合金元素を配置し、前記径方向中央部分に対し加熱により前記母材の軸方向一方面から他方面に向かって溶融させてキーホールを形成すると共に前記キーホール周囲溶融池を形成し、前記溶融池で前記合金元素が対流することにより前記溶融池の合金化された部位を非磁性化する、駆動力伝達装置の製造方法。
【請求項2】
前記母材の径方向中央部分に前記合金元素をプレスにより一体化した後に、加熱して前記キーホールおよび前記溶融池を形成する、請求項1の駆動力伝達装置の製造方法
【請求項3】
前記磁路形成部材には、軸方向一方に開口し、前記電磁石を収容する凹所が形成され、
前記磁路形成部材は、前記母材の前記凹所の底面における径方向中央部分に対し、前記凹所側からレーザを照射することにより前記キーホールおよび前記溶融池を形成することで、前記凹所側とは反対側の非磁性化部分の径方向幅を前記凹所側の当該幅より狭くなるように形成される、請求項1または2の駆動力伝達装置の製造方法
【請求項4】
前記母材の径方向中央部分の前記クラッチ板側には、環状溝が形成され、
前記環状溝の溝底に前記キーホールおよび前記溶融池を形成して非磁性化する、請求項1〜3の何れか一項の駆動力伝達装置の製造方法
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、駆動力伝達装置製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
特開平11−153157号公報(特許文献1)および特開2004−116764号公報(特許文献2)には、外側回転部材と内側回転部材との間で伝達する駆動力を制御するために、電磁クラッチ装置を用いた駆動力伝達装置が記載されている。電磁クラッチ装置には、電磁石、アーマチュアおよびクラッチ板と共に磁路を形成するための磁路形成部材が含まれており、該部材は、磁性を示す部分と非磁性を示す部分を有する。
【0003】
特許文献1には、磁性材料に非磁性材料を溶接により接合することにより磁路形成部材を形成することが記載されている。特許文献2には、非磁性材料を磁性材料の凹所に鋳込んだ後に磁性材料の一部分を切削除去することにより、磁路形成部材を形成することが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平11−153157号公報
【特許文献2】特開2004−116764号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ここで、この磁路形成部材は、駆動力を伝達する機能を発揮するために、十分な強度を必要とする。そのため、溶接や鋳込みにより磁路形成部材を形成する場合には、磁性材料と非磁性材料との接合部の強度は磁性材料の強度より劣るため、ある程度の厚みを有する必要があった。また、溶接を行う場合や、鋳込みを行う場合よりも、低コストにて磁路形成部材を製造することが望まれている。
【0006】
本発明は、このような事情に鑑みてなされたものであり、高強度かつ低コストで製造できる磁路形成部材を備える駆動力伝達装置製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
(駆動力伝達装置の製造方法
(請求項1)本手段に係る駆動力伝達装置の製造方法は、相対回転可能な外側回転部材および内側回転部材と、前記両部材間に配置され、摩擦力により前記両部材間で駆動力を伝達可能なクラッチ板と、前記クラッチ板の軸方向一方に配置された電磁石と、前記クラッチ板の軸方向他方に配置され、前記電磁石への通電により前記電磁石側に吸引されるアーマチュアと、を備える駆動力伝達装置の製造方法であって、前記外側回転部材および前記内側回転部材の一方は、前記クラッチ板と前記電磁石との間に配置され、前記電磁石への通電により該電磁石、前記クラッチ板および前記アーマチュアと共に磁路を形成する磁路形成部材を備え、前記磁路形成部材は、磁性体により形成された母材の径方向中央部分に非磁性体の合金元素を配置し、前記径方向中央部分に対し加熱により前記母材の軸方向一方面から他方面に向かって溶融させてキーホールを形成すると共に前記キーホール周囲溶融池を形成し、前記溶融池で前記合金元素が対流することにより前記溶融池の合金化された部位を非磁性化する
【0008】
(請求項2)また、前記母材の径方向中央部分に前記合金元素をプレスにより一体化した後に、加熱して前記キーホールおよび前記溶融池を形成してもよい。
【0009】
(請求項3)また、前記磁路形成部材には、軸方向一方に開口し、前記電磁石を収容する凹所が形成され、前記磁路形成部材は、前記母材の前記凹所の底面における径方向中央部分に対し、前記凹所側からレーザを照射することにより前記キーホールおよび前記溶融池を形成することで、前記凹所側とは反対側の非磁性化部分の径方向幅を前記凹所側の当該幅より狭くなるように形成されるようにしてもよい。
【0010】
(請求項4)また、前記母材の径方向中央部分の前記クラッチ板側には、環状溝が形成され、前記環状溝の溝底に前記キーホールおよび前記溶融池を形成して非磁性化するようにしてもよい。
【発明の効果】
【0012】
(請求項1)本手段によれば、磁路形成部材は、一つの部材の一部を改質することによって、非磁性部分と強磁性部分とを形成している。従って、非磁性部分と強磁性部分との接合力を高くできるため、磁路形成部材を高強度化することができる。仮に、溶接や鋳込みにより形成する場合と同程度の強度とする場合には、磁路形成部材の厚みを薄くすることができ、装置の小型化を図ることができる。また、磁路形成部材を溶接により形成する場合や、鋳込みにより形成する場合に比べて、製造コストを低減することができる。
【0013】
ここで、本手段によれば、母材に対して加熱によりキーホールを形成し、キーホール周辺の溶融池に合金元素が供給される。これにより、合金元素は、溶融池内で対流し、母材の深さ(厚さ)方向に拡散して母材の軸方向他方面にまで達する。つまり、本手段によれば、母材のうち溶融した部位(キーホールが形成された部分を含む)において、母材の軸方向他方面側にまで確実に合金元素が拡散し、母材の軸方向一方面から他方面に至るまで非磁性化が行われる。なお、母材への合金元素の供給は、キーホール形成前、形成中、又は形成後でも良い。つまり、本手段では、結果として、溶融池に合金元素が配置されていれば良い。
【0014】
特に、母材の径方向中央部分において、加熱により母材の軸方向一方面から他方面に至るまで溶融させてキーホールを形成することが好ましい。これにより、より確実に母材の当該部分の軸方向他方面側にまで合金元素を供給でき、より確実に母材の軸方向全体に亘って非磁性化することができる。
【0015】
(請求項2)上述したように、合金元素は溶融池に配置されていればよく、その手段として、キーホール形成前、形成中、又は形成後の何れかに母材に対して合金元素を供給すればよい。
【0016】
その中でも、特に、加熱前に合金元素を母材にプレスにより一体化することにより、キーホール形成時には既に合金元素が母材に配置されていることになる。つまり、合金元素110の母材100への配置工程と、レーザ130による加熱工程とを別々に行っている。仮に、両工程を同時に行う場合には、キーホールへの単位時間当たりの合金元素の供給量と母材の単位時間当たりの溶融池の形成量とを高い精度で同期させなければ、合金元素の配合率にバラツキが生じるおそれがある。そこで、それぞれの工程を別々に行うことにより、合金元素110の配合率の均一化を図るために、合金元素の供給量と母材の単位時間当たりの溶融池の形成量とを同期させる必要がなく、それぞれの工程を容易に行うことができる。その結果、製造コストを低減できる。さらに、加熱前に母材に合金元素が配置されているため、キーホール形成時に合金元素が深さ方向(軸方向他方面側)に拡散しやすくなる。これにより、磁路形成部材の該当部分を確実に非磁性化することができる。
【0017】
(請求項3)キーホールの形成に際してレーザを用いる場合には、レーザを照射する面側がその反対面よりも溶融する幅(径方向幅)が広くなることがある。また、磁路形成部材は、電磁石とは反対側に位置するクラッチ板と磁路を連続する。そのため、磁路形成部材において、クラッチ板と接触する側の面(電磁石とは反対側の面)は、磁性体としての面積が広い方が好ましい。そこで、電磁石を収容する凹所側からレーザを照射してキーホールを形成することで、凹所側とは反対側(クラッチ板側)の非磁性化部分の径方向幅を、凹所側(電磁石側)の非磁性化部分の径方向幅よりも狭くなるようにする。これにより、クラッチ板の吸引力を十分に確保することができる。
【0018】
(請求項4)磁路形成部材の母材を加熱してキーホールを形成する場合には、加熱された部位の形状が僅かながら変形することがある。例えば、凸状になったり、凹状になったりすることがある。そこで、予め母材の径方向中央部分(非磁性化する部分)のうちクラッチ板側に環状溝を形成しておき、当該環状溝の溝底にキーホールを形成することで、非磁性化した部分が凸状や凹状に変形したとしても、クラッチ板と接触することを防止できる。つまり、クラッチ板を吸引した場合には、クラッチ板は、磁路形成部材の非磁性化部分に接触することなく、磁性の部分に接触することになる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】本発明の第一実施形態における駆動力伝達装置の軸方向断面図である。
図2図1のリヤハウジングの軸方向断面図(軸方向を水平方向に図示)である。
図3図2のリヤハウジングの製造方法を示すフローチャートである。
図4A図3のステップS1におけるリヤハウジングの母材を示す断面図(軸方向を鉛直方向に図示)である。
図4B図3のステップS2におけるリヤハウジングの母材および合金元素を示す断面図(軸方向を鉛直方向に図示)である。
図4C図3のステップS3におけるリヤハウジングの母材に対して加熱している状態を示す断面図(軸方向を鉛直方向に図示)である。
図5図3のステップS3におけるリヤハウジングを示す部分斜視図(軸方向を鉛直方向に図示)である。
図6図3のステップS3におけるリヤハウジングの周方向の切断面の拡大図(軸方向を鉛直方向に図示)である。
図7】本発明の第二実施形態におけるリヤハウジングの母材を示す断面図(軸方向を鉛直方向に図示)である。
図8】本発明の第二実施形態におけるリヤハウジングを示す断面図(軸方向を鉛直方向に図示)である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<第一実施形態>
(駆動力伝達装置の全体構成)
駆動力伝達装置1について、図1図2を参照して説明する。駆動力伝達装置は、例えば、4輪駆動車において、車両の走行状態に応じて駆動力が伝達される補助駆動輪側への駆動力伝達系に適用される。より詳細には、4輪駆動車において、駆動力伝達装置1は、例えば、エンジンの駆動力が伝達されるプロペラシャフトと補助駆動輪としてのリヤディファレンシャルとの間、もしくは、リヤディファレンシャルとドライブシャフトとの間に連結されている。以下の説明においては、前者の場合を例にあげて説明する。そして、駆動力伝達装置1は、プロペラシャフトから伝達される駆動力を、伝達割合を可変にしながら、補助駆動輪に伝達している。この駆動力伝達装置1は、例えば、前輪と後輪との回転差が生じた場合に、回転差を低減するように作用する。
【0022】
駆動力伝達装置1は、いわゆる電子制御カップリングからなる。この駆動力伝達装置1は、図1に示すように、アウタケース10と、インナシャフト20と、メインクラッチ30と、パイロットクラッチ機構を構成する電磁クラッチ装置40と、カム機構50とを備えている。
【0023】
アウタケース10(本発明の外側回転部材に相当)は、円筒形状のホールカバー(図示せず)の内周側に、当該ホールカバーに対して回転可能に支持されている。このアウタケース10は、全体として円筒形状に形成されており、車両前側に配置されるフロントハウジング11と車両後側に配置されるリヤハウジング12とにより形成されている。
【0024】
フロントハウジング11は、例えばアルミニウムを主成分とする非磁性材料のアルミニウム合金により形成され、有底筒状に形成されている。フロントハウジング11の円筒部の外周面が、ホールカバーの内周面に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、フロントハウジング11の底部が、プロペラシャフト(図示せず)の車両後端側に連結されている。つまり、フロントハウジング11の有底筒状の開口側が車両後側を向くように配置されている。そして、フロントハウジング11の内周面のうち軸方向中央部には、雌スプライン11aが形成されており、当該内周面の開口付近には、雌ねじが形成されている。
【0025】
リヤハウジング12(磁路形成部材)は、円環状に形成されており、フロントハウジング11の開口側の径方向内側に、フロントハウジング11と一体的に配置されている。リヤハウジング12は、車両後方側(回転軸の一方側)に開口する環状の凹所121(図1および図2に示す)が形成されている。このリヤハウジング12の凹所121の底面における環状の径方向中央部分122は、非磁性材料により形成されている。リヤハウジング12の他の部分123,124(径方向外方部分123、径方向内方部分124)は、磁性材料により形成されている。
【0026】
リヤハウジング12のうち径方向外方、内方部分123,124は、は、電磁クラッチ装置40における磁路(図1の太い矢印)を形成する部材として機能する。このリヤハウジング12の外周面には、雄ねじ125が形成されており、当該雄ねじ125はフロントハウジング11の雌ねじにねじ締めされる。なお、フロントハウジング11の雌ねじをリヤハウジングの雄ねじ125に締め付け、フロントハウジング11の開口側端面をリヤハウジング12の段部の端面に当接することにより、フロントハウジング11とリヤハウジング12とを固定する。なお、このリヤハウジング12の製造方法は後述する。
【0027】
インナシャフト20は、外周面の軸方向中央部に雄スプライン20aを備える軸状に形成されている。このインナシャフト20は、リヤハウジング12の軸心の貫通孔を液密的に貫通して、アウタケース10内に相対回転可能に同軸上に配置されている。そして、インナシャフト20は、フロントハウジング11およびリヤハウジング12に対して軸方向位置を規制された状態で、フロントハウジング11及びリヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。さらに、インナシャフト20の車両後端側(図1の右側)は、ディファレンシャルギヤ(図示せず)に連結されている。なお、アウタケース10とインナシャフト20とにより液密的に区画される空間内には、所定の充填率で潤滑油が充填されている。
【0028】
メインクラッチ30は、アウタケース10とインナシャフト20との間でトルクを伝達する。このメインクラッチ30は、鉄系材料により形成された湿式多板式の摩擦クラッチである。メインクラッチ30は、フロントハウジング11の円筒部内周面とインナシャフト20の外周面との径方向間に配置されている。また、メインクラッチ30は、フロントハウジング11の底部とリヤハウジング12の車両前方端面との軸方向間に配置されている。このメインクラッチ30は、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32とにより構成され、軸方向に交互に配置されている。インナメインクラッチ板31は、内周側に雌スプライン31aが形成されており、インナシャフト20の雄スプライン20aに嵌められている。アウタメインクラッチ板32は、外周側に雄スプライン32aが形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌められている。
【0029】
電磁クラッチ装置40は、パイロットクラッチ44の摩擦力により、アウタケース10とカム機構50を構成する支持カム部材51の間で駆動力を伝達可能にする。この電磁クラッチ装置40は、電磁石41と、アーマチュア43と、パイロットクラッチ44とにより構成されている。
【0030】
電磁石41は、ヨーク411と、電磁コイル412とを備える。ヨーク411は、環状に形成されており、リヤハウジング12に対して相対回転可能となるように隙間を介してリヤハウジング12の凹所121に収容されている。ヨーク411は、ホールカバーに固定されている。また、ヨーク411の内周側が、リヤハウジング12に軸受を介して回転可能に支持されている。電磁コイル412は、巻線を巻回することにより円環状に形成され、ヨーク411に固定されている。
【0031】
アーマチュア43は、鉄系材料により形成されている。外周側に雄スプラインを備える円環状に形成されている。アーマチュア43は、メインクラッチ30とリヤハウジング12との軸方向間に配置されている。そして、アーマチュア43の外周側が、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌められている。アーマチュア43は、電磁コイル412に電流が供給されると、ヨーク411側に引き寄せられるように作用する。
【0032】
パイロットクラッチ44は、アウタケース10と支持カム部材51との間でトルクを伝達する。このパイロットクラッチ44は、鉄系材料により形成されている。パイロットクラッチ44は、フロントハウジング11の円筒部内周面と支持カム部材51の外周面との径方向間に配置されている。さらに、パイロットクラッチ44は、アーマチュア43とリヤハウジング12の軸方向間に配置されている。このパイロットクラッチ44は、インナパイロットクラッチ板441とアウタパイロットクラッチ板442とにより構成され、軸方向に交互に配置されている。インナパイロットクラッチ板441は、内周側に雌スプラインが形成されており、支持カム部材51の雄スプラインに嵌合されている。アウタパイロットクラッチ板442は、外周側に雄スプラインが形成されており、フロントハウジング11の雌スプライン11aに嵌合されている。
【0033】
そして、電磁コイル412に通電すると、図15の矢印にて示すように、ヨーク411、リヤハウジング12の径方向外方部分123、パイロットクラッチ44、アーマチュア43、パイロットクラッチ44、リヤハウジング12の径方向内方部分124、ヨーク411を通過する磁路(図1の太い矢印)が形成される。そうすると、アーマチュア43がヨーク411側に引き寄せられて、インナパイロットクラッチ板441とアウタパイロットクラッチ板442とが押し付け合う。そして、アウタケース10の駆動力が支持カム部材51に伝達される。一方、電磁コイル412への通電を遮断すると、アーマチュア43に対する吸引力がなくなり、インナパイロットクラッチ板441とアウタパイロットクラッチ板442との摩擦力が低下し、駆動力の伝達が解除される。
【0034】
カム機構50は、メインクラッチ30とパイロットクラッチ44との間に設けられ、パイロットクラッチ44を介して伝達されるアウタケース10とインナシャフト20との回転差に基づくトルクを軸方向の押圧力に変換してメインクラッチ30を押圧する。このカム機構50は、支持カム部材51と、移動カム部材52と、カムフォロア53とから構成されている。
【0035】
支持カム部材51(本発明の内側回転部材に相当)は、外周側に雄スプラインを備えた円環状に形成されている。この支持カム部材51の車両前方端面には、カム溝が形成されている。支持カム部材51は、インナシャフト20の外周面に対して隙間を介して設けられ、リヤハウジング12の車両前方端面にスラスト軸受60を介して支持されている。従って、支持カム部材51の車両後方端面は、スラスト軸受60の軌道板にシム61を介して当接している。つまり、支持カム部材51は、インナシャフト20およびリヤハウジング12に対して相対回転可能であり、軸方向に対して規制されて設けられている。さらに、支持カム部材51の雄スプラインは、インナパイロットクラッチ板441の雌スプラインに嵌合している。
【0036】
移動カム部材52は、大部分を鉄系材料により形成され、内周側に雌スプラインを備える円環状に形成されている。移動カム部材52は、支持カム部材51の車両前方に配置されている。移動カム部材52の車両後方端面には、支持カム部材51のカム溝に対して軸方向に対向するように、カム溝が形成されている。移動カム部材52の雌スプラインが、インナシャフト20の雄スプライン20aに嵌合している。従って、移動カム部材52は、インナシャフト20と共に回転する。さらに、移動カム部材52の車両前方端面は、メインクラッチ30のうち最も車両後方に配置されるインナメインクラッチ板31に当接し得る状態となっている。移動カム部材52は、車両前方に移動すると、当該インナメインクラッチ板31に対して車両前方へ押し付ける。
【0037】
カムフォロア53は、ボール状からなり、支持カム部材51と移動カム部材52の互いに対向するカム溝に介在している。つまり、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持カム部材51と移動カム部材52に回転差が生じた際には、移動カム部材52が支持カム部材51に対して軸方向に離間する方向(車両前方)へ移動する。支持カム部材51に対する移動カム部材52の軸方向離間量は、支持カム部材51と移動カム部材52とのねじれ角度が大きいほど大きくなる。
【0038】
(駆動力伝達装置の基本的な動作)
次に、上述した構成からなる駆動力伝達装置1の基本的な動作について説明する。アウタケース10とインナシャフト20とが回転差を生じている場合について説明する。電磁クラッチ装置40の電磁コイル412に通電すると、電磁コイル412を基点としてヨーク411、リヤハウジング12、アーマチュア43を循環するループ状の磁路が形成される。
【0039】
このように、磁路が形成されることで、アーマチュア43がヨーク411側、すなわち軸方向後方に向かって引き寄せられる。その結果、アーマチュア43は、パイロットクラッチ44を押圧して、インナパイロットクラッチ板441とアウタパイロットクラッチ板442とが押し付け合う状態になる。そうすると、クラッチ板441,442の摩擦力により、アウタケース10の駆動力がパイロットクラッチ44を介して支持カム部材51へ伝達されて、支持カム部材51が回転する。
【0040】
ここで、移動カム部材52はインナシャフト20とスプライン嵌合しているため、インナシャフト20と共に回転する。従って、支持カム部材51と移動カム部材52とに回転差が生じる。そうすると、カムフォロア53およびそれぞれのカム溝の作用により、支持カム部材51に対して移動カム部材52が軸方向(車両前側)に移動する。移動カム部材52がメインクラッチ30を車両前側へ押圧することになる。
【0041】
その結果、インナメインクラッチ板31とアウタメインクラッチ板32とが相互に押し付け合う状態となる。そうすると、該クラッチ板31,32の摩擦力により、アウタケース10との駆動力が、メインクラッチ30を介してインナシャフト20に伝達される。そうすると、アウタケース10とインナシャフト20との回転差を低減することができる。なお、電磁コイル412へ供給する電流量を制御することで、メインクラッチ30の摩擦力を制御できる。つまり、電磁コイル412へ供給する電流量を制御することで、アウタケース10とインナシャフト20との間で伝達される駆動力を制御できる。
【0042】
(リヤハウジングの製造方法)
次に、リヤハウジング12の製造方法について、図3図4A図4C図5図6を参照して説明する。リヤハウジング12は、磁性体により形成された母材100に対して、径方向中央部分122を改質することで非磁性化することにより形成される。すなわち、当該部分122に対し、加熱により母材100の軸方向一方面から他方面に向かって溶融させてキーホール102を形成し、キーホール102周囲の溶融池103に合金元素110を配置することで、非磁性化された径方向中央部分122を形成する。以下詳細に説明する。
【0043】
図4Aに示すような形状の母材100を形成する(図3のステップS1)。母材100は、磁性体である鉄を主成分とする材料(以下、「鉄系材料」と称する)、例えば低炭素鋼により形成されている。母材100は、図4Aに示すように、最終形状であるリヤハウジング12と同様に凹所121を有している。さらに、母材100は、凹所121の底面のうち径方向中央部分122に対応する部位に、環状溝101が形成されている。この環状溝101の径方向幅は、最終形状であるリヤハウジング12の径方向中央部分122の径方向幅と同程度もしくは僅かに狭く形成されている。
【0044】
続いて、図4Bに示すように、母材100の環状溝101に粉末状の合金元素110を仮置きして、プレスにより母材100と合金元素110とを一体化させる(図3のステップS2)。このとき、合金元素110と母材100の凹所121の底面とを同一平面上となるようにする。合金元素110には、母材100と合金化させることで非磁性化することができる材料、例えばマンガン、クロム、またはニッケル等を用いる。なお、合金元素110は、粉末状に限られず、固形状のものを用いることもできる。
【0045】
続いて、母材100のうち合金元素110が仮置きされた部分(径方向中央部分122に相当)に対し加熱する(図3のステップS3)。例えば、図4C図5および図6に示すように、母材100の当該部分にレーザ130を凹所121側から照射しながら、レーザ130の照射位置を周方向に移動させる。
【0046】
レーザ130を照射することにより、母材100のうち照射された位置にはキーホール102が形成される。キーホール102とは、レーザ130の照射によって、レーザ130が照射される母材100の照射面から裏面に向かって形成される円形穴を意味する。そして、図6に示すように、キーホール102の形成時には、蒸発金属が発生し、キーホール102の周囲には溶融池103が形成される。つまり、溶融池103は、レーザ照射面から裏面に至るまで形成される。
【0047】
ここで、合金元素110が母材100の環状溝101に仮置きされているため、この溶融池103に合金元素110が供給される。溶融池103では、対流が発生しやすい(図6の円弧状の矢印参照)。特にレーザ130の照射位置の進行方向の後方にて対流が発生しやすい。そして、溶融池103に供給された合金元素110は、溶融池103の対流によって、母材100のレーザ照射面側から裏面側へ拡散され、裏面側まで供給される。
【0048】
そうすると、溶融池103の部分は、合金元素110の存在によって合金化されて、レーザ照射面から裏面に亘って非磁性化される。このようにして形成された非磁性化の部分が、径方向中央部分122が生成される。
【0049】
上述したように、リヤハウジング12は、一つの部材である母材100の一部を改質することによって、非磁性部分である径方向中央部分122と強磁性部分である径方向外方,内方部分123,124とを形成している。従って、径方向中央部分122と径方向外方,内方部分123,124との接合力を高くできるため、リヤハウジング12全体を高強度化することができる。仮に、溶接や鋳込みにより形成する場合と同程度の強度とする場合には、リヤハウジング12の凹所121の底面部分の軸方向厚みを薄くすることができ、装置1の小型化を図ることができる。また、リヤハウジング12を溶接により形成する場合や、鋳込みにより形成する場合に比べて、製造コストを低減することができる。
【0050】
さらに、レーザ130による加熱前に合金元素110を母材100にプレスにより一体化している。つまり、合金元素110の母材100への配置工程と、レーザ130による加熱工程とを別々に行っている。ここで、合金元素110の供給と母材100の加熱とを同時に行う場合には、キーホール102への単位時間当たりの合金元素110の供給量と母材100の単位時間当たりの溶融池103の形成量とを高い精度で同期させなければ、合金元素110の配合率にバラツキが生じるおそれがある。
【0051】
しかし、本実施形態においては、合金元素110の母材100への配置工程とレーザ130による加熱工程とを別々に行うため、合金元素110の配合率の均一化を図るために、合金元素110の供給量と母材100の単位時間当たりの溶融池103の形成量とを同期させる必要がなく、それぞれの工程を容易に行うことができる。その結果、製造コストを低減できる。さらに、加熱前に母材100に合金元素110が配置されているため、キーホール102の形成時に合金元素110が照射深さ方向に拡散しやすくなる。これにより、リヤハウジング12の径方向中央部分122を確実に非磁性化することができる。
【0052】
また、非磁性化された径方向中央部分122は、図4Cおよび図5に示すように、ワインカップ形状に形成されることがある。つまり、非磁性化された径方向中央部分122において、レーザ130の照射面側の径方向幅が広くなり、反対面側の径方向幅が狭くなる。これは、レーザ130の照射面が、反対面に比べて、高温になりやすいためであると考えられる。
【0053】
ところで、リヤハウジング12は、上述したように、電磁石41とは反対側に位置するパイロットクラッチ44との間で磁路を連続する。そのため、リヤハウジング12において、パイロットクラッチ44と接触する側の面(電磁石とは反対側の面)は、磁性体としての面積が広い方が好ましい。
【0054】
そこで、電磁石41を収容する凹所121側からレーザ130を照射してキーホール102を形成することで、凹所121側とは反対側(パイロットクラッチ44側)の非磁性化部分122の径方向幅を、凹所121側(電磁石41側)の非磁性化部分122の径方向幅よりも狭くなるようにする。これにより、パイロットクラッチ44の吸引力を十分に確保することができる。
【0055】
なお、上記実施形態において、合金元素110は、予め母材100の環状溝101に仮置きした。この他に、レーザ130の照射時に、合金元素110を例えば合金棒などによって供給するようにしてもよい。この場合、レーザ130の照射位置の移動に合わせて、合金棒の位置を移動させればよい。
【0056】
<第二実施形態>
次に、第二実施形態のリヤハウジング212について、図7および図8を参照して説明する。上記実施形態との相違点についてのみ説明する。なお、以下の説明において、上記実施形態と同一構成については同一符号を付して説明を省略する。
【0057】
リヤハウジング212の母材200には、図7に示すように、凹所121側に合金元素110を仮置きする凹所側環状溝101(上記実施形態における環状溝101と同様)を形成される。さらに、母材200には、凹所121とは反対側の面であって凹所側環状溝101に対応する部位に、反凹所側環状溝202が形成されている。この反凹所側環状溝202の径方向幅は、非磁性化する径方向中央部分122の径方向幅よりも僅かに広く形成されている。
【0058】
そして、この母材200の凹所側環状溝101に合金元素110を仮置きした後に、凹所121側からレーザ130を照射してキーホール102を形成する(図4C参照)。このようにしてできたリヤハウジング212は、図8に示すようになる。すなわち、反凹所側環状溝202の部分に、非磁性化された径方向中央部分122が形成される。
【0059】
ここで、リヤハウジング212の母材200を加熱してキーホール102を形成する場合には、加熱された部位の形状が僅かながら変形することがある。例えば、凸状になったり、凹状になったりすることがある。そこで、本実施形態のように、予め母材200の径方向中央部分122(非磁性化する部分)のうちパイロットクラッチ44側に反凹所側環状溝202を形成しておき、当該反凹所側環状溝202の溝底にキーホール102を形成することで、非磁性化した部分が凸状や凹状に変形したとしても、パイロットクラッチ44と接触することを防止できる。
【0060】
つまり、パイロットクラッチ44をリヤハウジング212側に吸引した場合には、パイロットクラッチ44は、リヤハウジング212の非磁性化部分である径方向中央部分122に接触することなく、磁性である径方向外方,内方部分123,124の部分に接触することになる。なお、本実施形態においては、レーザ130は、反凹所側環状溝202側から照射することもできる。
【符号の説明】
【0061】
1:駆動力伝達装置、 10:アウタケース(外側回転部材)、 12,212:リヤハウジング(磁路形成部材)、 40:電磁クラッチ装置、 41:電磁石、 43:アーマチュア、 44:パイロットクラッチ、 50:カム機構、 51:支持カム部材(内側回転部材)、 100,200:母材、 101:環状溝、 102:キーホール、 103:溶融池、 110:合金元素、 121:凹所、 122:径方向中央部分、 130:レーザ、 202:反凹所側環状溝
図1
図2
図3
図4A
図4B
図4C
図5
図6
図7
図8