(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5974764
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月23日
(54)【発明の名称】耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの耐火層の製造と製造方法
(51)【国際特許分類】
H01B 7/295 20060101AFI20160809BHJP
H01B 7/29 20060101ALI20160809BHJP
H01B 13/00 20060101ALI20160809BHJP
【FI】
H01B7/34 B
H01B7/34 A
H01B13/00 511Z
【請求項の数】6
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-206242(P2012-206242)
(22)【出願日】2012年8月31日
(65)【公開番号】特開2014-49433(P2014-49433A)
(43)【公開日】2014年3月17日
【審査請求日】2015年8月3日
【権利譲渡・実施許諾】特許権者において、権利譲渡・実施許諾の用意がある。
(73)【特許権者】
【識別番号】512150358
【氏名又は名称】小林 博
(72)【発明者】
【氏名】小林 博
【審査官】
和田 財太
(56)【参考文献】
【文献】
特開昭61−185812(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/29
H01B 7/295
H01B 13/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの導体の表面に形成する耐火層の形成について、鉄の酸化物であるマグヘマイトからなる被膜を導体の表面に形成し、該マグヘマイトからなる被膜によって前記導体の表面に耐火層を形成することを特徴とする耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの導体の表面に形成する耐火層の形成。
【請求項2】
請求項1におけるマグヘマイトの被膜からなる耐火層は、マグヘマイト微粒子の集まりによって形成された被膜であることを特徴とする請求項1に記載したマグヘマイトの被膜からなる耐火層の形成。
【請求項3】
請求項2におけるマグヘマイト微粒子の集まりによって形成された被膜は、熱分解によって酸化鉄(II)を生成する有機鉄化合物を導体に吸着させ、該吸着した有機鉄化合物を大気中で熱処理して前記導体の表面にマグヘマイト微粒子を析出させ、該マグヘマイト微粒子同士の磁気吸着によってマグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜を形成することを特徴とする請求項2に記載したマグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜の形成。
【請求項4】
請求項3における熱分解によって酸化鉄(II)を生成する有機鉄化合物は、鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物であることを特徴とする請求項3に記載した熱分解によって酸化鉄(II)を生成する有機鉄化合物。
【請求項5】
請求項4における鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物は、酢酸鉄、安息香酸鉄、カプリル酸鉄、ナフテン酸鉄のうちのいずれかのカルボン酸鉄ないしはアセチルアセトン鉄の有機鉄化合物であることを特徴とする請求項4に記載した鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれの請求項に記載した導体の表面に形成するマグヘマイトの被膜からなる耐火層の形成方法は、有機鉄化合物を有機溶媒に分散させて分散液を作成する第1の工程と、前記有機鉄化合物の分散液に導体を浸漬する第2の工程と、前記導体を昇温して前記有機溶媒を気化させて該導体の表面に前記有機鉄化合物を吸着させる第3の工程と、前記有機鉄化合物が吸着した導体を大気中で熱処理する第4の工程とからなる4つの工程によって、マグヘマイトが導体の表面に析出して該マグヘマイトからなる被膜が前記導体の表面に耐火層として形成される請求項1から請求項5のいずれの請求項に記載した導体の表面に形成するマグヘマイトの被膜からなる耐火層の形成方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの導体の表面に形成される耐火層の製造と製造方法とに関する。
【背景技術】
【0002】
ビル火災で、多くの尊い人命が奪われる痛ましい事故の経験から、消防設備の整備、特に火災時の非常用電源の確保が重要視され、昭和45年に弱電回路用の耐熱電線の基準、昭和46年に強電回路用の耐火電線の基準が消防庁で設定された。その後、幾度かの基準の改正を経て現在に至っている。これらの耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルは、一般の電線ないしはケーブルと比べ特殊な耐火層を設けているため、火災時でも耐火層における絶縁性能が保たれ、一定時間の通電を可能とし、消防法および建築基準法で定める各種非常用設備(非常用エレベーター、屋内消火栓設備、排煙設備など)の配線に使用されている。
こうした耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルには次の6種類があり、それぞれが社団法人日本電線工業会JCSによって決められた規格に準じた耐火・耐熱性能を有する。第一の種類に低圧耐火ケーブルがあり、JCS4506の規格に準じ、定格が600V75℃である。第二の種類に高圧耐火ケーブルがあり、JCS4507の規格に準じ、定格が6600V90℃である。第三の種類に小勢力回路用耐熱電線があり、JCS3501の規格に準じ、定格が60Vである。第四の種類に耐熱光ファイバーケーブルがあり、昭和61年12月12日自治省消防庁予第178号消防庁予防救急課長通達に適合する耐熱性能をもった光ファイバーケーブルであり、防災設備の制御、操作に使用されている。この耐熱光ファイバーはJCS4396の規格に準じ、定格が60V75℃である。第五の種類に耐熱型漏洩同軸ケーブルおよび耐熱同軸ケーブルがあり、平成9年3月17日消防庁予防課長通知消防予第45号「無線通信補助設備に用いる漏えい同軸ケーブルなどの自主管理について」に規定された耐熱性能をもった漏洩同軸ケーブルおよび耐熱同軸ケーブルであり、JCS4504の規格に準じ、電波が届きにくい地下街・地下鉄・ビルの地下・地下駐車場などに敷設され、消防隊の消火緊急活動や警察の保安活動のための無線連絡用として使用されている。第六の種類に、高難燃ノンハロゲン耐火・耐熱電線ないしはケーブルがあり、この耐火・耐熱電線ないしはケーブルには低圧耐火ケーブル、高圧耐火ケーブルおよび耐熱電線の3種類があり、難燃性を向上させ、さらに火災時にも煙やガスの発生を少なくした耐火・耐熱電線ないしはケーブルであり、平成9年12月18日の消防庁告示第10号、第11号で新たに規定された。一般の耐火・耐熱電線ないしはケーブルは電線単体ないしはケーブル単体を供試体とした燃焼試験(JCS3005:傾斜試験)に合格するものであり、CVケーブルなど一般電線ないしはケーブルの難燃性と同等である。これに対し、高難燃ノンハロゲン耐火・耐熱電線ないしはケーブルは、電線群ないしはケーブル群を対象にしたもので、垂直トレイ燃焼試験(IEEE Std.383準)に適合する電線ないしはケーブルである。通常の電線ないしはケーブルの難燃性を向上させるためには、ハロゲン系の難燃材などを添加した材料を採用していたが、高難燃ノンハロゲンの耐火・耐熱電線ないしはケーブルは、ハロゲン元素を含まない材料を使用し、有毒ガス、腐食性ガスおよび煙などの発生を大幅に低減している。
また、JCSによれば、耐火電線ないしは耐火ケーブルとは、消防庁の規定(自治省消防庁告示第10号、平成9年12月18日に基づく技術基準)に基づき認定された電線ないしはケーブルで、30分間で840℃に達する火災温度曲線で加熱されても耐える絶縁性能を持ち、非常電源の回路等に使用が認められている。さらに、耐熱電線ないしは耐熱ケーブルとは、前記の消防庁の規定に基づき認定された電線ないしはケーブルで、15分間で380℃に達する火災温度曲線で加熱されても耐える絶縁性能を持ち、火災発生時の非常放送用スピーカ、非常ベル起動装置等の弱電回路の配線に使用を認められている。
【0003】
前記した低圧耐火ケーブル、高圧耐火ケーブル、小勢力回路用耐熱電線および高難燃ノンハロゲン耐火・耐熱電線に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルのいずれもが、導体の外周に耐火層を有し、耐火層の外側に絶縁層を有し、さらにその外側にシースを有する構成が基本的な構造である。つまり、火災時でも導体の絶縁性能が耐火層によって一定時間確保され、導体が一定時間通電を可能とする機能を担う。JIS−A1304の規定では、低圧耐火ケーブルに対し、加熱15分後に380℃に達する火災温度曲線で加熱された時に、0.1MΩ以上の絶縁抵抗を有する耐火性能が規定され、小勢力回路用耐熱電線に対し、加熱30分後に840℃の温度に達する火炎温度曲線で加熱された時に、0.4MΩ以上の絶縁抵抗を有する耐熱性能が規定されている。これに対し、加熱前の導体間の絶縁性能を絶縁層が担う。JIS−A1304の規定では、低圧耐火ケーブルに対し、50MΩ以上の絶縁抵抗とAC1500Vに1分間耐えられる絶縁耐力が規定され、小勢力回路用耐熱電線に対し、50MΩ以上の絶縁抵抗とAC250Vに耐えられる絶縁耐力が規定されている。従って、低圧耐火ケーブル、高圧耐火ケーブル、小勢力回路用耐熱電線および高難燃ノンハロゲン耐火・耐熱電線に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルにおける耐熱性能と耐火性能とは、導体の外周に形成される耐火層が担うことになる。
耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの耐熱性能および耐火性能を担う耐火層について、様々な技術改良がなされている。例えば、特許文献1は、火災時に800℃に及ぶ温度にさらされても電気特性が維持できる絶縁電線ないしは絶縁ケーブルであって、ガラスマイカテープをラップ巻きして形成される耐火層が、そのテープ表面を覆う皮膜のように、加熱温度600〜800℃の範囲で溶融してガラス状化する四ホウ酸ナトリウムによる無機質粉体を担持している。このため、火災などで600〜800℃に晒された場合、絶縁体が燃え尽きても導体と耐火層だけが残り、耐火層が導体を防護して電気特性が維持できる構成が記載されている。
さらに、特許文献2には、耐火層と絶縁層との間に無機粉末を混合した絶縁層を形成する構成になっている。火災によって無機粉末を混合した絶縁層が燃焼すると、絶縁層に混合されていた無機粉末が耐火層上に付着する。これにより、耐火層上に付着した無機粉末が防壁となり、絶縁層が燃焼して生成された導電性燃焼物の導体への侵入を防ぐことができ、耐火性能を確保する絶縁電線ないしは絶縁ケーブルが記載されている。
また、特許文献3には、導体の周りを直接、ガラスで被覆することで、シリカマイカテープやガラス繊維を導体の周りに巻き付けたものに比べ、耐熱性と化学的耐久性が向上する耐熱電線ないしは耐熱ケーブルが記載されている。
【0004】
前記した耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの耐熱性能および耐火性能を担う耐火層に係わる特許文献1〜3に記載された技術は、いずれもJIS−A1304の試験方法に記載された30分間で840℃に達する火災温度曲線で加熱された際の耐火基準に係わる改良技術である。これに対し、特許文献4に記載された技術は、ドイツ交通省が定める道路トンネル内の設備と運用に関する指針(RABT)に準拠した耐火基準に基づくもので、1200℃の高温加熱に耐えるトンネル内壁に設置したケーブル管路の耐火防護構造が記載されている。つまりトンネル火災では、発生した熱は逃げ場が乏しく、特にガソリンが燃焼する事故の場合には、10分程度で最高温度は1200℃程度にも達することから、こうしたトンネル内での火災事故を反映したケーブル管路の耐火防護構造が特許文献4に記載されている。
さらに、特許文献5に記載された技術は、JIS−A1304の試験方法に記載された30分間で840℃に達する火災温度曲線について、1時間後には930℃に達するとのデータに基づき、1000℃に耐えうる耐火層に関わる技術が記載されている。つまり、特許文献5の技術は、安全基準は社会的な要請によって変わるものであるとの考えに基づき、耐熱性能および耐火性能を担う耐火層は、将来さらに厳しい基準が設けられるとの予測に基づく予備技術であると言える。
【0005】
いっぽう、耐火・耐熱絶縁電線ないしはケーブルには、前記した火災時における導体の絶縁性を確保するという観点とは異なり、使用する環境に応じた様々な耐熱絶縁電線ないしはケーブルがある。例えば、特許文献6に記載された耐熱絶縁電線は、ガスタービンエンジンおよび蒸気タービンの回転機械において、高温、高回転で使用される部品や部材の温度や歪みの計測に係わるセンサと測定回路とを結ぶリード線に使用される。この耐熱絶縁電線は、900℃の高温環境にさらされ、エンジンの内部に屈曲設置されるために、耐熱、可撓性、強度、絶縁性が要求される。このため、導体よりなるリード線と、無機質繊維を複数束ねて撚り合わせた絶縁線をリード線上に横巻きした絶縁層と、絶縁線を絶縁層上に重ねて編組み巻きした保護層と、この保護層上にさらに重ねてステンレス鋼線を編組み巻きした外装部とから構成される。
また、特許文献7に記載された耐熱絶縁電線は、自動車の排気マニュホールドに装着される酸素センサのリード線として用いられ、700℃以上の高温域でも使用可能な耐熱性と絶縁性とを有する。この電線は、導体上に耐熱性及び絶縁性に優れた繊維による1次被覆を施した絶縁線芯を束ねたものの上に、耐熱性及び絶縁性に優れた繊維による2次被覆を施して絶縁電線とし、その上に、金属外皮を被覆した構成からなる。
さらに、特許文献8に記載された耐熱絶縁電線ないしケーブルは、1000℃に及ぶ高温下で使用しても引張強度および導電率が低下しない導体を有する耐熱絶縁電線ないしケーブルであって、インジウム−銅合金線導体の外周にマイカ/ガラス貼り合わせテープの絶縁体を施し、その外周にシリカガラス糸編組を形成し、その外周に金属線補強層を形成する構成からなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2002−324439号公報
【特許文献2】特開2005−347053号公報
【特許文献3】特開2006−156293号公報
【特許文献4】特開2007−244073号公報
【特許文献5】特開2000−331546号公報
【特許文献6】特開2000−149672号公報
【特許文献7】特開平10−223061号公報
【特許文献8】特開2006−19225号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの耐熱性能および耐火性能は、耐火層の外側に形成された絶縁体およびシースが高温に晒されることよって燃焼あるいは熱分解しても、耐火層が耐熱性を有することで高温においても耐火層が導体に結合し、導体の絶縁性を一定時間確保し、導体による通電を一定時間可能とすることである。つまり、耐熱性能は耐火層の耐熱性であり、耐火性能は高温時における耐火層の絶縁性である。従って、耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの耐熱性能および耐火性能は、耐火層の耐熱性と高温における絶縁性で決まる。しかしながら、前記したように、耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの耐熱性能および耐火性能の基準は、社会的な要請によって変わり、将来において、より安全な厳しい基準が求められることが予測される。このため、最も厳しい基準を満たす耐火層が、絶縁電線ないしは絶縁ケーブルに係わる最も優れた予備技術になる。
ここで、将来における最も厳しい耐火層の基準について考える。最も厳しい基準は、耐火層が、第一に導体の融点を超える耐熱性を有し、第二に導体の融点でも絶縁性を有し、これら2つの性質を耐火層が兼備することで、導体の融点に近い温度になっても耐火層が導体に結合して導体の絶縁性を確保することである。なぜならば、導体が溶融してしまえば導体としての機能を失うからである。絶縁電線ないしは絶縁ケーブルにおける導体の多くは電気銅からなるので、耐火層が銅の融点である1085℃以上の耐熱性能を有し、耐火層が1085℃の近い温度において導体に絶縁体として結合していれば、耐火層は1085℃に近い温度での耐火性能を有することになる。これによって、耐火層は、将来における絶縁電線ないしはケーブルに係わる最も厳しい基準を満たす最も優れた予備技術になる。また、前記の特許文献6〜8に記載されたような高温用途の絶縁電線ないしは絶縁ケーブルの優れた耐火層としても使用することができる。さらに、同軸ケーブルの中心導体に用いられている銅被鋼線を構成する硬鋼線の融点である1390℃〜1420℃の温度以上の耐熱性能を耐火層が有し、さらに、耐火層が1420℃の近い温度において硬鋼線に対し絶縁体として結合していれば、耐火層は1420℃に近い温度での耐火性能を有することになる。これによって、電線ないしはケーブルにおける全ての導体材料に対する耐火層としての耐火性能が発揮できる。ちなみに、電線ないしはケーブルにおける導体の材料には、電気銅、無酸素銅、銅合金および銅被鋼線があり、最も融点が高い導体が銅被鋼線を構成する硬鋼線である。
【0008】
さらに、耐火層が次の5つの要件を満たせば、将来の最も厳しい耐火層の基準を満たす最も優れた予備技術になるばかりでなく、より安全でより安価な耐火層として現在の耐火層に取って代わることができる。第一の要件は、硬鋼線の融点である1420℃以上の耐熱性を有する。第二の要件は、1420℃においても絶縁体である。第三の要件は、導体の太さや材質の違いによらず、同様の手段で様々な導体の表面に耐火層が形成できる。第四の要件は、極めて簡単な連続処理で導体の表面に耐火層が形成できる。第5の要件は、安価な工業材料を用いて耐火層が形成できる。これら5つの要件を満たす耐火層は、優れた予備技術として、現在の絶縁電線ないしは絶縁ケーブルの安全性を飛躍的に向上させる。本発明における課題は、これら5つの要件を満たす耐火層を実現することである。
いっぽう、前記した特許文献4に記載された技術は、トンネル内壁に設置したケーブル管路の耐火防護ケースの耐火層に係わる技術であって、絶縁電線ないしは絶縁ケーブルの耐火層の技術ではない。この耐火防護ケースの耐火層は、合成ゾノトライト、高炉セメント及びウォラストナイトを固形分とし、これらの固形分にビニロン繊維及びパルプを加えて、水と共に混練する。得られたスラリーを脱水プレス成形により成形する。その後、得られた成形体を180℃で乾燥させることにより、ケイ酸カルシウム系耐火層を作製する。本技術は、スラリー状の物質を脱水プレス成形することで耐火層を形成させる技術であるため、ケースのよラな容器の内側にスラリー状の物質を脱水プレス成形することはできるが、導体のような線材にスラリー状の物質を脱水プレス成形することはできない。つまり、ケイ酸カルシウムが耐熱性に優れたとしても、ケイ酸カルシウムの製法上の制約から、スラリー状の物質を脱水プレス成形する製法に限定される。この製法によって、耐火層を設ける対象が限定され、導体のような線材に耐火層を形成することはできない。また、耐熱性は1200℃である。
また、前記した特許文献5に記載された技術は、導体の表面に形成する耐火層に係わる技術で、集成マイカをアルミナクロスによって裏打ちして複合絶縁テープを製作し、この複合絶縁テープを導体に巻き付けて耐火層を形成する。複合絶縁テープは、フッ素金雲母の層状結晶を破砕して鱗片状にした集成マイカ粉を作成し、この集成マイカ粉をシリコーン系接着剤によってアルミナクロスに接着することで裏打ちする。アルミナクロスは極めて高価な材料であり、また、集成マイカは高価な材料である。さらに、集成マイカをアルミナクロスに裏打ちする工程が複雑であるため、複合絶縁テープの製造コストが高くなる。さらに、複合絶縁テープを製造する複雑な工程と、複合絶縁テープを導体に巻き付ける工程とからなるため、耐火層の製造工程が分断される。また、アルミナ繊維分が過小になると、熱作用時にアルミナ結晶が形成されずに非晶質化して耐熱性が不足する。反対に、アルミナ繊維分が過多になると集積マイカが不足して耐火性が低下する。さらに、導体の太さに応じて、アルミナ長繊維の繊維径とアルミナクロスの厚さを変えなければならない。アルミナ長繊維の繊維径とアルミナクロスの厚さを変えると、集成マイカを構成する粉体の大きさも変えなければならない。さらに、集成マイカを構成する粉体の大きさを変えると、アルミナ繊維分の割合も変える必要がある。このように本技術は、導体の表面に複合絶縁テープを巻きつけることで耐火層を形成するため、極めて長さが長い導体の表面に、均一な性質を持っ絶縁層を同一の条件で巻きつけるには困難を伴う。また、原料として用いる材料が極めて高価であり、また、複合絶縁テープを製造する製造工程が複雑であるため製造コストがかさみ、安価な費用で耐火層を形成することはできない。従って、本技術は優れた予備技術として現在の耐火層に取って代わることはできない。また、耐熱性は1000℃である。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルにおける導体の表面に形成する耐火層の第1特徴手段は、鉄の酸化物であるマグヘマイトからなる被膜を導体の表面に形成し、該マグヘマイトからなる被膜によって前記導体の表面に耐火層を形成する点にある。
【発明の効果】
【0010】
つまり、鉄の酸化物であるマグヘマイトは化学式がγ−Fe
2O
3で表される物質であり、次の2つの性質を兼備するため、マグヘマイトからなる被膜は、前記した導体の表面に形成される耐火層として必要となる5つの要件のうち、第1と第2の要件とを同時に満たす耐火層として作用する。なおマグヘマイトは、酸化鉄(III)Fe
2O
3のγ相である。
第一に、比抵抗が10
6Ωmの絶縁物質である。このため、マグヘマイトを導体の表面に被覆させれば導体の表面は絶縁体になる。ちなみに銅の比抵抗は1.68×10
−8Ωmである。
第二に、450℃以上の温度で酸化鉄(III)Fe
2O
3のα相であるヘマタイトα−Fe
2O
3に相転移する。ヘマタイトは比抵抗が10
7Ωmの絶縁物質であり、マグヘマイトより一桁絶縁性が高い。さらに、ヘマタイトは極めて安定した酸化物であるため、高温でも不動態であり、融点である1566℃に近い耐熱性を有する。つまり、耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルの耐火層としてマグヘマイトからなる被膜を形成すれば、火災時に450℃以上の温度に晒されるとヘマタイトからなる被膜に相転移し、このヘマタイトからなる被膜は硬鋼線の融点である1420℃以上の耐熱性を有し、不動態であるため硬鋼線の融点においても10
7Ωmに近い比抵抗を示す。こうした性質を兼備するマグヘマイトを導体の表面に被膜として形成すれば、前記した導体の表面に形成される耐火層として必要となる5つの要件のうち、第1と第2の要件を同時に満たす耐火層としてマグヘマイトの被膜が作用する。
【0011】
本発明に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルにおける導体の表面に形成する耐火層の第2特徴手段は、前記した第1特徴手段における導体の表面に形成されるマグヘマイトからなる被膜は、マグヘマイト微粒子の集まりによって被膜を形成する点にある。
【発明の効果】
【0012】
つまり、この特徴手段によれば、マグヘマイトは強磁性体の一種であるフェリ磁性体であるため、導体の表面に析出したマグヘマイト微粒子は互いに強固に磁気吸着し、導体の太さや材質の違いによらず、導体の表面に強い結合力を有するマグヘマイト微粒子からなる被膜を形成する。つまり、導体の材料として用いられている電気銅、無酸素銅、銅合金および銅被鋼線の材質のいかんに拘らず、導体の表面にマグヘマイト微粒子からなる被膜が容易に形成できる。また、導体の材料として最も汎用的に使用されている電気銅に対し、酸化防止と半田付けを容易にするため、錫メッキ、銀メッキ、ニッケルメッキなどの表面処理が施されているが、こうした様々な表面処理を施された電気銅の表面に、マグヘマイト微粒子からなる被膜が容易に形成できる。このように、マグヘマイト微粒子からなる被膜は、前記した導体の表面に形成される耐火層として必要となる5つの要件のうち、第3の要件を満たす耐火層となる。
また、マグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜は、マグヘマイト微粒子同士が互いに磁気吸着するため、導体の表面から剥がされにくい。耐火層の表面に絶縁層を形成する際に各種の負荷が耐火層に加えられても、耐火層が導体の表面から剥がれにくくなる。なお、耐火層の表面に過大な負荷が加えられる場合は、マグヘマイト微粒子からなる被膜を導体の表面に形成した後に、着磁機に対して導体を通過させることで、マグヘマイト微粒子の磁気吸着力が著しく増大し、更に強い結合力を有するマグヘマイト微粒子からなる被膜が形成される。これによって、過大な負荷が耐火層に加えられても、耐火層が導体の表面からさらに剥がれにくくなる。
さらに、導体の表面に析出するマグヘマイト微粒子の量は自由自在に変えられるため、マグヘマイト微粒子ないしは相転移後のヘマタイト微粒子からなる被膜の厚みが自由自在に変えられ、導体の表面に形成される耐火層の絶縁抵抗は如何様にも変えられる。これによって、常温のみならず硬鋼線の融点である1420℃に近い温度であっても、導体を絶縁化させるために必要な絶縁抵抗が容易に実現できる。こうして、マグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜を導体の表面に耐火層として形成すれば、前記した導体の表面に形成される耐火層として必要となる5つの要件のうち、第1から第3の要件を同時に満たす耐火層としてマグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜が作用する。
【0013】
本発明に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルにおけろ導体の表面に形成する耐火層の第3特徴手段は、前記した第2特徴手段における導体の表面に形成されるマグヘマイト微粒子からなる被膜は、熱分解によって酸化鉄(II)を生成する有機鉄化合物を導体に吸着させ、該吸着した有機鉄化合物を大気中で熱処理し、これによって、前記導体の表面にマグヘマイト微粒子を析出させ、該マグヘマイト微粒子同士の磁気吸着によってマグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜を前記導体の表面に形成する点にある。
【発明の効果】
【0014】
つまり、この特徴手段によれば、極めて容易にマグヘマイト微粒子からなる被膜が導体の表面に形成することができる。これによって、前記した導体の表面に形成する耐火層として必要となる5つの要件のうち、第4の要件を満たす耐火層が実現できる。
最初に、熱分解によって酸化鉄(II)(化学式がFeOである)を生成する有機鉄化合物を溶媒に分散させ、この分散液に導体を浸漬させる。この後、導体を溶媒の気化点以上の温度に晒すと、導体の衣面に有機鉄化合物が吸着する。この有機鉄化合物が吸着した導体を、大気雰囲気で次の2段階の熱処理を連続して行う。
最初に、導体を有機鉄化合物が酸化鉄(II)に熱分解される熱処理を施し、次に、熱分解で生成された酸化鉄(II)がマグヘマイト(化学式がγ−Fe
2O
3である)に酸化する熱処理を施す。つまり、有機鉄化合物を構成する有機物の沸点を超えると、有機鉄化合物が有機物と酸化鉄(II)に熱分解する。熱分解で生成された有機物は気化熱を奪って気化する。いっぽう、熱分解で生成された酸化鉄(II)は、さらに高温にさらされると、2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
3+になる酸化反応が進む。この2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
3+になる酸化反応が完了すると、酸化鉄(II)における2価の鉄イオンFe
2+の全てが3価の鉄イオンFe
3+になって、酸化鉄(II)FeOが酸化鉄(III)Fe
2O
3に酸化する。この酸化鉄(III)Fe
2O
3は、酸化鉄(III)Fe
2O
3のγ相であるマグヘマイトγ−Fe
2O
3である。マグヘマイトは、強磁性体のなかのフェリ磁性体であるため、生成されたマグヘマイト微粒子同士は互いに強固に磁気吸着して、導体の表面にマグヘマイト微粒子からなる被膜が耐火層として形成される。
以上に説明したように、導体の表面に有機鉄化合物を吸着させ、この導体を大気雰囲気からなる熱処理炉を通過させるだけの極めて簡単な連続処理によって、導体の表面にマグヘマイトからなる被膜が耐火層として形成される。また、熱処理の温度は最高でも430℃程度の温度である。このため、従来に比べ格段に安価な費用で、導体の表面に耐熱性が1420℃を優に超えるマグヘマイトからなる絶縁被膜が耐火層として形成できる。こうして、前記した導体の表面に形成する耐火層として必要となる5つの要件のうち、第1から第4の要件を同時に満たす耐火層が実現できる。
【0015】
本発明に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルにおける導体の表面に形成する耐火層の第4特徴手段は、前記した第3特徴手段における熱分解によって酸化鉄(II)を生成する有機鉄化合物は鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物である点にある。
【発明の効果】
【0016】
つまり、この特徴手段によれば、鉄イオンが配位子を形成する酸素イオンと配位結合した有機鉄化合物を大気中で熱分解させると酸化鉄(II)が生成され、更に、酸化鉄(II)を酸化するとマグヘマイトが析出する。すなわち、このような有機鉄化合物の大気中での熱分解反応においては、有機鉄化合物を構成する有機物の沸点を超えると熱分解が始まり、酸化鉄(II)と有機物に分解する。つまり、有機鉄化合物を構成する酸素イオンが配位子となって鉄イオンに近づいて配位結合するため、鉄イオンと配位子である酸素イオンとの距離は短い。このため、有機鉄化合物の熱分解においては、最初に配位子である酸素イオンが鉄イオンと結合する短い距離の部位の反対側の結合部位、つまり、結合距離が長い部位が切れる。これによって、有機鉄化合物は、鉄イオンが酸素イオンと結合した酸化鉄(II)FeOと有機物とに分解される。この後、有機物は気化熱を奪いながら気化する。いっぽう酸化鉄(II)FeOは、さらに高温に晒されると2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
3+になる酸化反応が進み、この酸化反応が完了すると、酸化鉄(II)FeOは酸化鉄(III)Fe
2O
3のγ相、つまりマグヘマイトになる。こうして、酸化鉄(II)の酸化反応が完了すると、マグヘマイト微粒子が導体の表面に析出する。マグヘマイトは強磁性体であるため、マグヘマイト微粒子同士が強固に磁気吸着して、導体の表面に耐火層としてマグヘマイトの被膜を形成する。この結果、導体の表面にマグヘマイト微粒子からなる被膜が耐火層として形成される。このように、鉄イオンが酸素イオンと配位結合する有機鉄化合物を導体の表面に吸着させ、この導体を熱処理することで、前記した導体の表面に形成する耐火層として必要となる5つの要件のうち、第1から第4の要件を同時に満たす耐火層が具体的に実現できる。
【0017】
本発明に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルにおける導体の表面に形成する耐火層の第5特徴手段は、前記した第4特徴手段における鉄イオンが配位子を形成する酸素イオンと配位結合した有機鉄化合物が酢酸鉄、安息香酸鉄、カプリル酸鉄、ナフテン酸鉄のうちのいずれかのカルボン酸鉄ないしはアセチルアセトン鉄の有機鉄化合物である点にある。
【発明の効果】
【0018】
つまり、この手段によれば、酢酸鉄(II)(化学式がFe(CH
3COO)
2である)、安息香酸鉄(II)(化学式がFe(C
6H
5COO)
2である)、カプリル酸鉄(II)(化学式がFe(CH
3(CH
2)
6COO)
2である)、ないしはナフテン酸鉄(II)(化学式がFe(C
6H
5COO)
2である)などからなるカルボン酸鉄は、いずれもカルボン酸のカルボキシル基COOHを構成する酸素イオンが配位子となって2価の鉄イオンに近づき、酸素イオンが鉄イオンとの間で配位結合する。また、アセチルアセトン鉄(III)(化学式がFe(C
5H
7O
2)
3である)は、アセチルアセトン(化学式がC
5H
8O
2である)の共役塩基であるアセチルアセトナート(化学式がC
5H
7O
2−である)を構成する2個の酸素イオンが配位子となって鉄イオンと結合し、アセチルアセトナートが六員環を形成する有機鉄化合物である。このようなカルボン酸鉄ないしはアセチルアセトン鉄は、カルボン酸ないしはアセチルアセトンの沸点を超えると熱分解が始まり、酸化鉄(II)FeOとカルボン酸ないしはアセチルアセトンに分解する。つまり、カルボン酸のカルボキシル基を構成する酸素イオン、ないしはアセチルアセトナートを構成する酸素イオンが鉄イオンに近づいて配位結合するため、鉄イオンと配位子である酸素イオンとの距離は短い。このため、熱分解においては、配位子である酸素イオンが鉄イオンと結合する反対側の長い距離の部位が最初に切れる。この熱分解によって、鉄イオンが酸素イオンと結合した酸化鉄(II)FeOと、カルボン酸ないしはアセチルアセトンに分解する。なお、アセチルアセトン鉄(III)は、3価の鉄イオンFe
3+とアセチルアセトナートC
5H
7O
2−の3分子が結合した有機鉄化合物であるが、アセチルアセトン鉄(III)の熱分解が起こる温度では、3価の鉄イオンFe
3+より2価の鉄イオンFe
2+が安定しているため、アセチルアセトン鉄(III)の熱分解では、2価の鉄イオンFe
2+からなる酸化鉄(II)FeOが生成される。この後、カルボン酸ないしはアセチルアセトンは気化熱を奪いながら気化する。いっぽう酸化鉄(II)FeOは、温度上昇によって2価の鉄イオンFe
2+が3価の鉄イオンFe
3+になる酸化反応が進み、酸化鉄(II)FeOは酸化鉄(III)Fe
2O
3のγ相、つまりマグヘマイトになる。こうして酸化鉄(II)の酸化反応が完了した後に、マグヘマイト微粒子が析出する。マグヘマイトは強磁性体であるため、マグヘマイト微粒子同士が強固に磁気吸着して、導体の表面に耐火層としてマグヘマイトの被膜を形成する。
前記したカルボン酸鉄ないしはアセチルアセトン鉄は、汎用的なカルボン酸ないしは汎用的な有機物と鉄との化合物であるため、合成が容易で安価な工業用薬品である。安価な工業用薬品を導体に吸着させ、この導体を大気中で熱処理する連続処理でマグヘマイトからなる被膜が導体の表面に形成されるため、従来に比べ格段に安価な製造費用で耐熱性が硬鋼線の融点より高い耐火層が形成できる。こうして、前記した導体の表面に形成する耐火層として必要となる5つの要件のうち、第1から第5の要件を同時に満たす耐火層が実現できる。
【0019】
本発明に係わる耐熱・耐火絶縁電線ないしはケーブルにおける導体の表面にマグヘマイトの被膜からなる耐火層を形成する形成方法の特徴手段は、有機鉄化合物を有機溶媒に分散させて分散液を作成する第1の工程と、前記有機鉄化合物の分散液に導体を浸漬する第2の工程と、前記導体を昇温して前記有機溶媒を気化させて該導体の表面に前記有機鉄化合物を吸着させる第3の工程と、前記有機鉄化合物が吸着した導体を大気中で熱処理する第4の工程とからなる4つの工程によってマグヘマイトが導体の表面に析出し、これによって、マグヘマイトからなる被膜が導体の表面に耐火層として形成される形成方法である点にある。
【発明の効果】
【0020】
つまり、このマグヘマイトの被膜からなる耐火層を形成する形成方法によれば、極めて簡単な連続した4つの工程からなる製造方法で、導体の表面にマグヘマイトからなる被膜が形成される。これによって、極めて安価な製造費用で導体の表面に耐火層が形成できる。
すなわち、第1の工程は、有機鉄化合物を容器に充填し、これに有機溶媒を加えて撹拌するだけの工程である。これによって、有機鉄化合物が有機溶媒に分散された分散液が作成できる。第2の工程は、分散液に導体を浸漬するだけの工程である。これによって、導体の表面に有機鉄化合物の分散液が付着する。第3の工程は、導体を有機溶媒の沸点まで昇温するだけの工程である。これによって、導体の表面に有機鉄化合物が吸着する。第4の製造工程は、大気雰囲気において、有機鉄化合物が熱分解し、さらに、熱分解で生成された酸化鉄(II)が酸化鉄(III)に酸化する反応が完了する温度の熱処理炉を通過させるだけの工程である。これによって、導体の表面に形成されたマグヘマイトからなる被膜が耐火層として作用する。こうして、前記した導体の表面に形成する耐火層として必要となる5つの要件のうち、第1から第5の要件を同時に満たす耐火層が製作できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1】有機鉄化合物を用いて耐火層を形成する製造工程を説明する図である。
【
図2】ナフテン酸鉄を用いて耐火層を形成する製造工程を説明する図である。
【
図3】アセチルアセトン鉄を用いて耐火層を形成する工程を説明する図である。
【0022】
導体の表面にマグヘマイトの被膜からなる耐火層を形成する実施形態1を、熱分解によって酸化鉄(II)を生成する有機鉄化合物を原料として用い、導体の表面に耐火層を形成する製造工程として
図1に示す。予め、有機鉄化合物がn−ブタノールに10重量%として分散させた分散液を作成し、このn−ブタノール分散液を液槽に充填する。最初に、導体を有機鉄化合物のn−ブタノール分散液が入った液槽に一定時間浸漬させてこの液槽を通過させる。これによって、有機鉄化合物のn−ブタノール分散液が導体の表面に付着する。次に、導体を120℃に設定された低温焼成室Aを短時間で通過させ、導体に吸着した有機鉄化合物のn−ブタノール分散液におけるn−ブタノールを気化させ、気化したn−ブタノールは回収機Dで回収する。これによって、有機鉄化合物が導体の表面に吸着する。さらに、導体は高温焼成室Bを一定時間で通過する。高温焼成室Bは、相対的に低い温度に設定された低温焼成部B1と、相対的に高い温度に設定された高温焼成部B2とからなる。低温焼成部B1は、有機鉄化合物を構成する有機物の沸点より若干高い温度に設定され、導体がこの低温焼成部B1を通過することで、導体の表面に吸着した有機鉄化合物が有機物と酸化鉄(II)とに熱分解する。これによって、導体の表面に酸化鉄(II)が吸着する。この熱分解で生成された有機物は、有機物回収機Eによって回収される。高温焼成部B2は、酸化鉄(II)が酸化鉄(III)に酸化する酸化反応が進行する温度に設定され、導体がこの高温焼成部B2を相対的に長い時間で通過することで、酸化鉄(II)の全てが酸化鉄(III)に酸化され、導体の表面にマグヘマイト微粒子が析出する。マグヘマイトは強磁性体であるため、マグヘマイト微粒子同士が強固に磁気吸着して、導体の表面にマグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜が形成される。
以上に説明したように、導体の表面にマグヘマイトからなる耐火層を形成する製造工程は、有機鉄化合物のn−ブタノール分散液に導体を浸漬させる工程と、この導体を大気雰囲気で熱処理する工程との2つの工程を連続して行う。また、導体を熱処理する工程は3つの連続した熱処理工程からなる。このため、導体の表面にマグヘマイトからなる耐火層を形成する製造工程は、極めて安価な製造費用で耐火層が製造できる。
【0023】
導体の表面にマグヘマイトの被膜からなる耐火層を形成する実施形態2は、カルボン酸鉄の一種であるナフテン酸鉄(II)(化学式がFe(C
6H
5COO)
2である)を用いて、マグヘマイトの被膜からなる耐火層を銅線の表面に形成する実施形態である。ナフテン酸鉄(III)は、ナフテン酸(化学式がC
6H
5COOHである)の2分子が鉄と反応して容易に生成されるカルボン酸鉄の一種で、ナフテン酸を構成するカルボキシル基(化学式がCOOHである)の水素イオンが容易に乖離し、水素イオンが乖離した酸素イオンの部位に2価の鉄イオンが結合して生成される物質で、構造式はC
6H
5COO−Fe−OOCC
6H
5で示される。
図2に、銅線の表面にマグヘマイトの被膜からなる耐火層を形成する製造工程を示す。最初に、ナフテン酸鉄(II)と銅線を用意する(S10工程)。次に、ナフテン酸鉄(II)を10重量%の割合でn−ブタノールに分散させた分散液を作成し、この分散液を液槽に充填する(S11工程)。こうした準備の後に、ナフテン酸鉄(II)のn−ブタノール分散液に銅線を浸漬する(S12工程)。これによって、銅線の表面にナフテン酸鉄(II)のn−ブタノール分散液が付着する。次に銅線は、次の3つの熱処理炉を連続して通過する。最初に銅線は120℃の低温焼成室Aを1分間で通過し、n−ブタノールが気化し、気化したn−ブタノールは回収機Dで回収する(S13工程)。これによって、銅線の表面にナフテン酸鉄(II)が吸着する。なお、本実施形態では耐火層の絶縁抵抗を増大させるため、
図2に示したように、再度ナフテン酸鉄(II)のn−ブタノール分散液に銅線を浸漬させ、さらに低温焼成室Aを通過させることでナフテン酸鉄(II)の吸着量を増大させ、結果として耐火層の絶縁抵抗を増大させた。この後、銅線は高温焼成室Bを通過し2段階の熱処理が行われる。最初に、300℃に設定された低温焼成部B1を5分間で通過し、銅線の表面に吸着したナフテン酸鉄(II)が熱分解して酸化鉄(II)が析出し、気化したナフテン酸を有機酸回収機Eで回収する(S14工程)。この後、400℃に設定された高温焼成部B2を10分間で通過し、熱分解で生成された酸化鉄(II)が酸化鉄(III)に酸化され、生成されたマグヘマイト微粒子は互いに磁気吸着して銅線の表面にマグヘマイトからなる被膜を形成する(S15工程)。こうして、高温焼成室Bを通過した銅線は、表面に耐火層としてのマグヘマイトの被膜が形成される。
【0024】
導体の表面にマグヘマイトの被膜からなる耐火層を形成する実施形態3は、アセチルアセトン金属の一種であるアセチルアセトン鉄(III)Fe(C
5H
7O
2)
3を原料として用いて、マグヘマイトの被膜からなる耐火層を銅線の表面に形成する実施形態である。アセチルアセトン鉄(III)Fe(C
5H
7O
2)
3は、アセチルアセトンC
5H
8O
2の3分子が鉄と反応して容易に生成される有機鉄化合物であり、アセチルアセトンC
5H
8O
2の共役塩基であるアセチルアセトナートC
5H
7O
2−を構成する2個の酸素イオンが配位子となって鉄イオンと結合し、アセチルアセトナートが六員環を形成する有機鉄化合物である。
本実施形態は、アセチルアセトン鉄(III)の熱分解温度がナフテン酸鉄(II)の熱分解温度と異なるため、ナフテン酸鉄(II)を用いた実施形態2に比べて、熱処理温度の条件が異なるだけである。
図3に、アセチルアセトン鉄(III)を原料として用いて、マグヘマイトからなる被膜を銅線の表面に耐火層として形成する製造工程を示す。最初に、アセチルアセトン鉄(III)と銅線を用意する(S20工程)。次に、アセチルアセトン鉄(III)を10重量%の割合でn−ブタノールに分散させた分散液を作成し、この分散液を液槽に充填する(S21工程)。こうした準備の後に、アセチルアセトン鉄(III)のn−ブタノール分散液に銅線を浸漬させる(S22工程)。次に、銅線は低温焼成室Aを1分間で通過し、n−ブタノールが気化し、気化したn−ブタノールは回収機Dで回収する(S23工程)。なお、本実施形態では耐火層の絶縁抵抗を増大させるため、
図3に示したように、再度アセチルアセトン鉄(III)のn−ブタノール分散液に銅線を浸漬させ、さらに低温焼成室Aを通過させることでアセチルアセトン鉄(III)の吸着量を増大させ、結果として耐火層の絶縁抵抗を増大させた。さらに、銅線は高温焼成室Bを通過し、2段階の熱処理が行われる。最初に、330℃に設定された低温焼成部B1を5分間で通過し、導体の表面に吸着したアセチルアセトン鉄(III)が熱分解して酸化鉄(II)が生成され、気化したアセチルアセトンは有機酸回収機Eで回収する(S24工程)。この後、430℃に設定された高温焼成部B2を10分間で通過し、熱分解で生成された酸化鉄(II)を酸化鉄(III)に酸化させ、生成されたマグヘマイト微粒子は互いに磁気吸着して銅線の表面にマグヘマイトからなる被膜を形成する(S25工程)。こうして、高温焼成室Bを通過した銅線は、表面に耐火層としてのマグヘマイトの被膜が形成される。
【実施例1】
【0025】
本発明に係わる導体の表面に耐火層を形成する実施例1は、カルボン酸鉄の一種であるナフテン酸鉄(II)を用いて、マグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜を耐火層として銅線の表面に形成させた実施例である。なお耐火層の製造工程は、23段落で説明した実施形態2に準拠する。
最初に、原料となるナフテン酸鉄(II)とn−ブタノールと、電線としてJIS C 3102の規定に基づく電気用軟銅線を用意する。ナフテン酸鉄(II)は、金属石鹸として市販されているナフテン酸鉄(II)(例えば、東栄化工株式会社の製品)を用いた。n−ブタノールは試薬一級品を用いた。電気用軟銅線は市販品を用いた。
次に、ナフテン酸鉄(II)をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、このナフテン酸鉄(II)をn−ブタノールに混合して撹拌し、ナフテン酸鉄(II)のn−ブタノール分散液を作成した。この分散液を容器に充填した。さらに、電気用軟銅線をナフテン酸鉄(II)のn−ブタノール分散液が入った容器に30秒間浸漬させた。これによって、電気用軟銅線の表面にナフテン酸鉄(II)のn−ブタノール分散液が付着する。
次に、電気用軟銅線を3つの熱処理炉を連続して通過させた。最初に120℃の低温焼成室を1分間で通過させ、n−ブタノールを気化させた。これによって、電気用軟銅線の表面にナフテン酸鉄(II)が吸着する。さらに、再度ナフテン酸鉄(II)のn−ブタノール分散液に電気用軟銅線を30秒間浸漬させ、この後低温焼成室を1分間で通過させた。この後、電気用軟銅線は300℃に設定された高温焼成室の低温焼成部を5分間で通過し、電気用軟銅線の表面に吸着したナフテン酸鉄(II)が熱分解して酸化鉄(II)を析出させた。この後、400℃に設定された高温焼成室の高温焼成部を10分間で通過させ、熱分解で生成された酸化鉄(II)が酸化鉄(III)に酸化され、生成されたマグヘマイト微粒子は互いに磁気吸着して電気用軟銅線の表面にマグヘマイトからなる被膜を形成させた。
次に、前記した条件で製作した電気用軟銅線の試料について観察と測定とを行ない、目的とする処理が確実になされているか否かを判定した。最初に試料表面を電子顕微鏡で観察した。電子顕微鏡は、JFEテクノリサーチ株式会社の極低加速電圧SEMを用いた。この装置は100Vからの極低加速電圧による表面観察が可能で、さらに試料に導電性の被膜を形成せずに直接試料の表面が観察できる特徴を有する装置である。反射電子線の900V〜1kVの間にある2次電子線を取り出して画像処理を行い試料表面の凹凸を観察した。試料には、極めて多数の40nm〜60nmの大きさからなる粒状の微粒子が、電気用軟銅線の表面全体に満遍なく形成されていることが確認できた。次に、特性X線のエネルギーとその強度を画像処理し、試料表面に形成された被膜を構成する元素の種類とその分布状態を分析した。鉄原子、酸素原子の双方が表面に均一に存在し、特段に偏在する箇所が見られなかったため、酸化鉄からなる微粒子であることが確認できた。さらに極低加速電圧SEMの機能にEBSP解析機能を付加し、結晶構造の解析を行なった。この結果から、試料表面に形成された微粒子が酸化鉄(III)のγ相であるマグヘマイトγ−Fe
2O
3であることが確認できた。なおEBSP解析機能とは、試料に電子線を照射したとき、反射電子が試料中の原子面によって回折されることによってバンド状のパターンを形成し、このバンドの対称性が結晶系に対応し、バンドの間隔が原子面間隔に対応しているため、このパターンを解析することで、結晶方位や結晶系を測定する機能をいう。
以上に説明した試料表面の電子顕微鏡による観察結果から、電気用軟銅線の表面全体に極めて多数のマグヘマイトの微粒子が磁気吸着している事実が確認できた。この結果から、前記で説明した条件でナフテン酸鉄(II)を熱処理することで、電気用軟銅線の表面にマグヘマイト微粒子が満遍なく磁気吸着することが確認できた。
次に、試料の絶縁抵抗を測定した。絶縁抵抗の測定には、共立電気計器の絶縁抵抗計を用い、試料の長さを1mとし、電気用軟銅線と耐火層との間の電気抵抗を測定した。絶縁抵抗は1MΩに近い値を示した。従って、耐火層として必要となる絶縁抵抗を、マグヘマイト微粒子からなる被膜が形成していることが分かった。
以上に説明したように、安価な工業用薬品であるナフテン酸鉄(II)を原料として用いて、ナフテン酸鉄(II)を大気雰囲気で熱分解することによって、電気用軟銅線の表面にマグヘマイト微粒子の集まりから耐火層が形成できた。マグヘマイトは、450℃の温度でヘマタイトに相転移する。ヘマタイトは極めて安定した酸化物の不動態であるため、融点である1566℃に近い耐熱性を有し、かつ、融点に近い温度においても比抵抗が10
7Ωmに近い絶縁物である。このため、マグヘマイト微粒子の集まりから耐火層は、導体の表面に形成する耐火層として必要となる5つの要件の全てを満たす。
【実施例2】
【0026】
本発明に係わる導体の表面に耐火層を形成する実施例2は、アセチルアセトン金属の一種であるアセチルアセトン鉄(III)を用いて、マグヘマイト微粒子の集まりからなる被膜を耐火層として銅線の表面に形成させた実施例である。なお耐火層の製造工程は、24段落で説明した実施形態3に準拠する。
最初に、原料となるアセチルアセトン鉄(III)とn−ブタノールと、電線としてJIS C 3102の規定に基づく電気用軟銅線を用意する。アセチルアセトン鉄(III)は、金属石鹸として市販されているアセチルアセトン鉄(III)(例えば、日本化学産業株式会社の製品であるナーセム第二鉄)を用いた。n−ブタノールは試薬一級品を用いた。電気用軟銅線は市販品を用いた。
次に、アセチルアセトン鉄(III)をn−ブタノールに対し10重量%の割合になるように秤量し、このアセチルアセトン鉄(III)をn−ブタノールに混合して撹拌し、アセチルアセトン鉄(III)のn−ブタノール分散液を作成した。この分散液を容器に充填した。さらに、電気用軟銅線をアセチルアセトン鉄(III)のn−ブタノール分散液が入った容器に30秒間浸漬させた。これによって、電気用軟銅線の表面にアセチルアセトン鉄(III)のn−ブタノール分散液が付着する。
次に、電気用軟銅線を3つの熱処理炉を連続して通過させた。最初に120℃の低温焼成室を1分間で通過させ、n−ブタノールを気化させた。これによって、電気用軟銅線の表面にアセチルアセトン鉄(III)が吸着する。さらに、再度アセチルアセトン鉄(III)のn−ブタノール分散液に電気用軟銅線を30秒間浸漬させ、この後低温焼成室を1分間で通過させた。この後、電気用軟銅線は330℃に設定された高温焼成室の低温焼成部を5分間で通過し、電気用軟銅線の表面に吸着したアセチルアセトン鉄(III)が熱分解して酸化鉄(II)を析出させた。さらに、430℃に設定された高温焼成室の高温焼成部を10分間で通過させ、熱分解で生成された酸化鉄(II)が酸化鉄(III)に酸化され、生成されたマグヘマイト微粒子は互いに磁気吸着して電気用軟銅線の表面にマグヘマイトからなる被膜を形成させた。
次に、前記した条件で製作した電気用軟銅線の試料について観察と測定とを行ない、目的とする処理が確実になされているか否かを判定した。最初に試料表面を電子顕微鏡で観察した。電子顕微鏡は、JFEテクノリサーチ株式会社の極低加速電圧SEMを用いた。反射電子線の900V〜1kVの間にある2次電子線を取り出して画像処理を行い試料表面の凹凸を観察した。試料には、極めて多数の40nm〜60nmの大きさからなる粒状の微粒子が、電気用軟銅線の表面全体に満遍なく形成されていることが確認できた。次に、特性X線のエネルギーとその強度を画像処理し、試料表面に形成された被膜を構成する元素の種類とその分布状態を分析した。鉄原子、酸素原子の双方が表面に均一に存在し、特段に偏在する箇所が見られなかったため、酸化鉄からなる粒状微粒子であることが確認できた。さらに、極低加速電圧SEMの機能にEBSP解析機能を付加し、結晶構造の解析を行なった。この結果から、試料表面に形成された微粒子が酸化鉄(III)のγ相であるマグヘマイトγ−Fe
2O
3であることが確認できた。
以上に説明した試料表面の電子顕微鏡による観察結果から、電気用軟銅線の表面全体に極めて多数のマグヘマイトの微粒子が磁気吸着している事実が確認できた。この結果から、前記で説明した条件でアセチルアセトン鉄(III)を熱処理することで、電気用軟銅線の表面にマグヘマイト微粒子が満遍なく磁気吸着することが確認できた。
次に、試料の絶縁抵抗を測定した。絶縁抵抗の測定には、共立電気計器の絶縁抵抗計を用い、試料の長さを1mとし、電気用軟銅線と耐火層との間の電気抵抗を測定した。絶縁抵抗は1MΩに近い値を示した。従って、耐火層として必要となる絶縁抵抗を、マグヘマイト微粒子からなる被膜が有することが分かった。
以上に説明したように、安価な工業用薬品であるアセチルアセトン鉄(III)を原料として用いて、アセチルアセトン鉄(III)を大気雰囲気で熱分解することによって、電気用軟銅線の表面にマグヘマイト微粒子の集まりから耐火層が形成できた。マグヘマイトは、450℃の温度でヘマタイトに相転移する。ヘマタイトは極めて安定した酸化物の不動態であるため、融点である1566℃に近い耐熱性を有し、かつ、融点に近い温度においても比抵抗が10
7Ωmに近い絶縁物である。このため、マグヘマイト微粒子の集まりから耐火層は、導体の表面に形成する耐火層として必要となる5つの要件の全てを満たす。