特許第5975176号(P5975176)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5975176多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末およびその製造法、その窒化珪素粉末を含有したスラリー、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型およびその製造方法、ならびにその鋳型を用いた多結晶シリコンインゴット鋳の製造方法
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  • 特許5975176-多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末およびその製造法、その窒化珪素粉末を含有したスラリー、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型およびその製造方法、ならびにその鋳型を用いた多結晶シリコンインゴット鋳の製造方法 図000003
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5975176
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月23日
(54)【発明の名称】多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末およびその製造法、その窒化珪素粉末を含有したスラリー、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型およびその製造方法、ならびにその鋳型を用いた多結晶シリコンインゴット鋳の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C01B 21/068 20060101AFI20160809BHJP
   C30B 11/00 20060101ALI20160809BHJP
   B22C 3/00 20060101ALI20160809BHJP
   C01B 33/02 20060101ALI20160809BHJP
【FI】
   C01B21/068 M
   C30B11/00 C
   B22C3/00 B
   C01B33/02 Z
【請求項の数】11
【全頁数】27
(21)【出願番号】特願2015-526376(P2015-526376)
(86)(22)【出願日】2014年7月9日
(86)【国際出願番号】JP2014068324
(87)【国際公開番号】WO2015005390
(87)【国際公開日】20150115
【審査請求日】2015年11月5日
(31)【優先権主張番号】特願2013-145638(P2013-145638)
(32)【優先日】2013年7月11日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000206
【氏名又は名称】宇部興産株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100077517
【弁理士】
【氏名又は名称】石田 敬
(74)【代理人】
【識別番号】100087413
【弁理士】
【氏名又は名称】古賀 哲次
(74)【代理人】
【識別番号】100102990
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 良博
(74)【代理人】
【識別番号】100093665
【弁理士】
【氏名又は名称】蛯谷 厚志
(72)【発明者】
【氏名】山尾 猛
(72)【発明者】
【氏名】本田 道夫
(72)【発明者】
【氏名】治田 慎輔
(72)【発明者】
【氏名】藤井 孝行
【審査官】 佐藤 哲
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/090541(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/090542(WO,A1)
【文献】 国際公開第2012/090543(WO,A1)
【文献】 特開平05−117035(JP,A)
【文献】 特開平11−171512(JP,A)
【文献】 特開平06−329404(JP,A)
【文献】 特開2000−302421(JP,A)
【文献】 特開平04−209706(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01B 15/00 − 23/00
B22C 3/00
C01B 33/00 − 33/193
C30B 11/00
JSTPlus(JDreamIII)
JST7580(JDreamIII)
JSTChina(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
比表面積が5〜40m/gであり、
粒子表面層に存在する酸素の含有割合をFSO(質量%)とし、粒子内部に存在する酸素の含有割合をFIO(質量%)とし、比表面積をFS(m/g)とした場合に、
FS/FSOが8〜30であり、
FS/FIOが22以上であり、
レーザー回折式粒度分布計による体積基準の粒度分布測定における10体積%径D10と90体積%径D90との比率D10/D90が0.05〜0.20であることを特徴とする多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末。
【請求項2】
Fe(鉄)の含有量が10ppm以下であることを特徴とする請求項1記載の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末。
【請求項3】
FS/FSOが15〜30であり、FS/FIOが30〜60であることを特徴とする請求項1または2に記載の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末。
【請求項4】
比表面積が300〜1200m/gである非晶質Si−N(−H)系化合物を、連続焼成炉によって流動させながら、窒素含有不活性ガス雰囲気下又は窒素含有還元性ガス雰囲気下、1400〜1700℃の温度で焼成する窒化珪素粉末の製造方法であって、
前記非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積をRS(m/g)、酸素含有割合をRO(質量%)とした場合に、RS/ROが100以上であり、
前記焼成時に、前記非晶質Si−N(−H)系化合物を1100〜1400℃の温度範囲では12〜500℃/分の昇温速度で加熱することを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末の製造方法。
【請求項5】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の窒化珪素粉末を水に混合して得られることを特徴とする多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリー。
【請求項6】
バインダーを含まないことを特徴とする請求項5に記載の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリー。
【請求項7】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の窒化珪素粉末を水に混合してスラリーを形成するスラリー形成工程と、
該スラリーを鋳型表面に塗布するスラリー塗布工程と、
鋳型表面に塗布された前記スラリーを乾燥するスラリー乾燥工程と、
酸素を含有する雰囲気下で、表面に該スラリーが塗布された鋳型を加熱する加熱処理工程と、
を備えることを特徴とする離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法。
【請求項8】
前記スラリーがバインダーを含まないことを特徴とする請求項7に記載の離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法。
【請求項9】
前記加熱処理を400〜800℃の範囲内の温度で行うことを特徴とする請求項7または8に記載の離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法。
【請求項10】
請求項1〜3のいずれか1項に記載の窒化珪素粉末からなる離型層を鋳型内面に有することを特徴とする多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型。
【請求項11】
請求項10に記載の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いてシリコン融液から多結晶シリコンインゴットを鋳造する工程と、
前記鋳型から鋳造された多結晶シリコンインゴットを取出す工程と、
を備えることを特徴とする多結晶シリコンインゴットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高い光電変換効率の多結晶シリコンインゴットを低コストで調製できる多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末およびその製造方法、その窒化珪素粉末を含有したスラリー、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型およびその製造方法、ならびにその鋳型を用いた多結晶シリコンインゴット鋳の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
太陽電池を形成するための半導体基板の一種として多結晶シリコンが広く用いられ、その生産量は年々増加している。このような多結晶シリコンは、通常、石英製または分割可能な黒鉛製の鋳型に、溶融シリコンを注湯して凝固させる方法、または鋳型内に収容したシリコン原料を溶融し凝固させる方法によって製造されている。近年、特に、低価格の多結晶シリコン基板が求められており、こうした要求を満足するためには、多結晶シリコンインゴットの低コスト化が必要である。そして、そのためには、多結晶シリコンインゴットを高い歩留まりで製造できる鋳型を低コストで製造できる技術開発が重要である。
【0003】
多結晶シリコンインゴットを高い歩留まりで製造するには、多結晶シリコンインゴットの鋳型からの離型性が良く、離型時に多結晶シリコンインゴットの欠けなどが発生しないことが必要である。通常、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の内面には、多結晶シリコンインゴットの鋳型からの離型性を高める目的、および鋳型からの不純物の混入を抑制する目的で、離型層が形成されている。したがって、多結晶シリコンインゴットの鋳型からの離型性を良くするためには、離型性の良い緻密な離型層を鋳型内面に形成できることが必要である。また離型性の良い緻密な離型層を鋳型内面に形成できることと同時に、低コストなプロセスで離型層を鋳型に形成できることが必要である。この離型層の材料(離型剤)としては、一般に、融点が高く、シリコンインゴットへの汚染が少ないという特徴から、窒化珪素、炭化珪素、酸化珪素などの高純度粉末や、それらの混合粉末が用いられており、これら粉末からなる離型剤や、離型剤を鋳型表面に被覆して離型層を形成させる方法、離型層が形成された鋳型を用いたシリコンインゴットの製造方法について、従来より多くの研究開発がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、窒化珪素粉末を大気下700〜1300℃で表面酸化処理し、平均粒子径20μm程度の二酸化珪素とを混合した後、バインダーのポリビニルアルコール(PVA)水溶液を加えて混錬して坏土状にし、更にバインダー水溶液を滴下して製造したスラリーを鋳型に塗布し、160〜260℃で熱処理(乾燥)する工程を10回繰り返すシリコンインゴット製造用鋳型の製造方法が開示されている。
【0005】
特許文献2には、黒鉛坩堝に収容した非晶質窒化珪素粉末を焼成して得られた、平均粒子径が異なる窒化珪素粉末を配合したスラリーを、鋳型に塗布し、乾燥した後に大気下の1100℃で焼成する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法が開示されている。鋳型側に粒子径が小さい窒化珪素粒子の割合が大きく、溶融シリコン側に粒子径が大きい窒化珪素粒子の割合が大きい離型層を形成することで、多結晶シリコンインゴットと鋳型表面との固着や、多結晶シリコンインゴットを離型する際の欠け、破損の発生を抑えて、品質の高いシリコンインゴットを高い歩留まりで得ることができることが記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−195675号公報
【特許文献2】国際公開第2012/090541号
【特許文献3】特開平9−156912号公報
【特許文献4】特開平4−209706号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、特許文献1記載の鋳型の製造方法は、窒化珪素粉末を予め700〜1300℃の高温の大気中で熱処理する工程、窒化珪素粉末と二酸化珪素とを混合する工程、得られた混合粉末にバインダー水溶液を添加して混錬する工程、更にそれを希釈してスラリーを調製する工程等、多くの工程を必要としている。窒化珪素粉末を酸化処理するための設備が必要であり、また煩雑な工程が多く、鋳型の製造コストは高くなる。また、離型剤塗布後の熱処理温度を300℃以下としているが、その温度では、離型層からバインダーに由来するC(炭素)を除去することは困難なので、離型層から溶融シリコンにC(炭素)が混入し、多結晶シリコンインゴットに不純物として残存する。このような多結晶シリコンインゴットを基板として適用しても、太陽電池の光電変換効率は高くならない。C(炭素)の含有量が少ない多結晶シリコンインゴットを得るためには、離型剤塗布後の熱処理温度を高くする必要があり、さらに多結晶シリコンインゴットの製造コストは高くなる。
【0008】
また、特許文献2記載の鋳型の製造方法は、平均粒子径が大きい窒化珪素粉末と、平均粒子径が小さい窒化珪素粉末との混合工程と、高温(1100℃)の離型層焼付け処理工程を必要としている。時間を要する混合工程と、離型層焼付けのための高温熱処理装置が必要であり、この鋳型の製造方法も、低コストな方法とは言えない。更に、窒化珪素粉末の平均粒子径を調製するためには、窒化珪素粉末製造の焼成工程において原料の充填方法を変えて充填量を調節する必要があるので、窒化珪素粉末の生産性も悪くなる傾向がある。また、これら離型剤用の窒化珪素粉末は、黒鉛坩堝に原料の非晶質Si−N(−H)系化合物粉末を入れて焼成する方法で得られる窒化珪素粉末であるので、黒鉛坩堝に不可避的に存在するFe(鉄)が窒化珪素粉末に混入して、得られる窒化珪素粉末はFe(鉄)を一定量は含有する。このような窒化珪素粉末からなる離型層が内面に形成された鋳型からは溶融シリコンにFe(鉄)が混入しやすいので、得られる多結晶シリコンインゴットからは光電変換効率が高い基板を得ることが難しいという問題もある。
【0009】
本発明は、上記のような従来の問題点に鑑みてなされたものであり、多結晶シリコンインゴットの離型性が良好で、多結晶シリコンインゴット鋳造後も鋳型への密着性が良好な離型層を、バインダー等の添加剤を用いることなく低温の焼き付けで多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型に形成できる多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末およびその製造方法、その窒化珪素粉末を含有したスラリー、多結晶シリコンインゴットの離型性が良好な多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型およびその低コストな製造方法、ならびにその鋳型を用いた多結晶シリコンインゴットの製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
そこで、本発明者らは、上記問題を解決するために、多結晶シリコンインゴットを歩留まり良く低コストで調製できる多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末について、鋭意研究を重ねた結果、特定の比表面積と特定の酸素含有割合の非晶質Si−N(−H)系化合物を、連続焼成炉によって流動させながら特定の昇温速度で焼成することによって得られる、特定の比表面積、特定の表面酸素含有割合、特定の内部酸素含有割合、および特定の粒度分布を有する窒化珪素粉末が、上記問題点を解決するに適した窒化珪素粉末であることを見出した。
【0011】
本発明者らは、本発明の窒化珪素粉末を多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤に用いると、バインダー等の添加剤を必要としないにもかかわらず、低温の焼き付けで、緻密で強固な離型層を形成できることと、多結晶シリコンインゴットと鋳型表面との離型性の良い離型層を形成できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0012】
すなわち、本発明は、
比表面積が5〜40m/gであり、
粒子表面層に存在する酸素の含有割合をFSO(質量%)とし、粒子内部に存在する酸素の含有割合をFIO(質量%)とし、比表面積をFS(m/g)とした場合に、
FS/FSOが8〜30であり、
FS/FIOが22以上であり、
レーザー回折式粒度分布計による体積基準の粒度分布測定における10体積%径D10と90体積%径D90との比率D10/D90が0.05〜0.20であることを特徴とする多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末に関する。
【0013】
また本発明は、Fe(鉄)の含有量が10ppm以下であることを特徴とする前記多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末に関する。
【0014】
また本発明は、比表面積が300〜1200m/gである非晶質Si−N(−H)系化合物を、連続焼成炉によって流動させながら、窒素含有不活性ガス雰囲気下又は窒素含有還元性ガス雰囲気下、1400〜1700℃の温度で焼成する窒化珪素粉末の製造方法であって、
前記非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積をRS(m/g)、酸素含有割合をRO(質量%)とした場合に、RS/ROが100以上であり、
前記焼成時に、前記非晶質Si−N(−H)系化合物を1100〜1400℃の温度範囲では12〜500℃/分の昇温速度で加熱することを特徴とする前記多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末の製造方法に関する。
【0015】
また本発明は、窒化珪素粉末を水に混合して得られることを特徴とする多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーに関する。
【0016】
また本発明は、
前記窒化珪素粉末を水に混合してスラリーを形成するスラリー形成工程と、
該スラリーを鋳型表面に塗布するスラリー塗布工程と、
鋳型表面に塗布された前記スラリーを乾燥するスラリー乾燥工程と、
酸素を含有する雰囲気下で、表面に該スラリーが塗布された鋳型を加熱する加熱処理工程と、
を備えることを特徴とする離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法に関する。
【0017】
また本発明は、前記窒化珪素粉末からなる離型層を鋳型内面に有することを特徴とする多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型に関する。
【0018】
さらに本発明は、前記多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いて多結晶シリコンインゴットを鋳造する工程と、
前記鋳型から多結晶シリコンインゴットを取出す工程と、
前記鋳型の内面から前記窒化珪素粉末からなる離型層を除去する工程と、
を備えることを特徴とする多結晶シリコンインゴットの製造方法に関する。
【発明の効果】
【0019】
本発明の窒化珪素粉末を、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤に用いると、バインダー等の添加剤を必要としないにもかかわらず、低温で焼き付け可能で、離型する多結晶シリコンインゴットの欠けや破損を生じさせない、離型性の良い、緻密で強固な離型層を形成することが可能となる。
【0020】
したがって、本発明によれば、多結晶シリコンインゴットを高い歩留まりで得ることのできる多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層を、低コストで容易に形成できる離型剤用窒化珪素粉末と、その窒化珪素粉末を含有するスラリー、さらにその窒化珪素粉末を用いて離型層が形成された多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型、ならびにその鋳型を用いた多結晶シリコンインゴットの製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の離型剤用窒化珪素粉末を用いて離形層を形成した多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の断面図である。
図2】実施例2の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の断面のSEM像である。
図3】比較例13の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の断面のSEM像である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
はじめに、本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末について説明する。
【0023】
本発明の窒化珪素粉末は、比表面積が5〜40m/gであり、粒子表面に存在する酸素の含有割合をFSO(質量%)とし、粒子内部に存在する酸素の含有割合をFIO(質量%)とし、比表面積をFS(m/g)とした場合に、FS/FSOが8〜30であり、かつFS/FIOが22以上であり、レーザー回折式粒度分布計による体積基準の粒度分布測定における10体積%径D10と90体積%径D90との比率D10/D90が0.05〜0.20であることを特徴とする窒化珪素粉末であり、多結晶シリコンインゴットを低コストで製造できる多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤として有用な窒化珪素粉末である。
【0024】
本発明の窒化珪素粉末の比表面積FSは5〜40m/gの範囲であり、好ましくは7〜35m/gである。比表面積が5m/gを下回ると、粒子間および離型層と鋳型との密着性が低下するため、低温での大気下焼付けでは緻密で密着強度の高い離型層とすることは困難で高温の焼付けが必要となり、鋳型本体へのダメージが増すことや、焼き付け温度を高めても離型層の密着性は改善し難い。そのような離型層を形成した鋳型を用いた場合は、シリコンインゴットと鋳型表面との固着や、凝固したシリコンインゴットを離型する際の欠け、破損が発生して、多結晶シリコンインゴットの割れや歩留まりは低下する。一方、比表面積が40m/gを超えると、粒子間反発力が強く緻密な離型層を得られ難く、また離型層が乾燥工程で剥離し易い。そのような離型層を形成した鋳型を用いた場合も、シリコンインゴットと鋳型表面との固着や、凝固したシリコンインゴットを離型する際の欠け、破損が発生して、多結晶シリコンインゴットの割れや歩留まりは低下する。
【0025】
本発明の窒化珪素粉末における、比表面積FSと、粒子表面層に存在する酸素の含有割合FSOとの比FS/FSOは、8〜30の範囲である。例えば、比表面積FSが10m/gの窒化珪素粉末の一次粒子の平均直径は約2000オングストロームであり、その表面には数オングストロームの僅かな厚みの非晶質酸化層の存在が透過型電子顕微鏡で確認できる。粒子表面の非晶質酸化層は、数オングストロームと極めて薄いが、鋳型が石英(SiO)製である場合には、特に、窒化珪素離型層の鋳型への密着性を高めるために重要な働きをする。窒化珪素粉末が水と混合されてスラリー化されると、窒化珪素粒子の表面にはSi−OH基が生成する。スラリーが鋳型表面に塗布され、乾燥され、焼き付けられると、Si−OH基が脱水されて、窒化珪素粒子間と、窒化珪素粒子と鋳型表面との間とにSi−O−Si結合が形成される。これにより、窒化珪素粒子間と、窒化珪素粒子と鋳型表面との間の密着性が高まり、400℃の焼き付け温度であっても、鋳型表面に強固な窒化珪素の離型層が形成される。
【0026】
本発明に係る窒化珪素粉末の表面層に存在する酸素(表面酸素)の含有割合FSOと粒子内部に存在する酸素の含有割合FIOは、以下の方法により測定することができる。まず、窒化珪素粉末を秤量し、窒化珪素粉末の表面酸素と内部酸素の合計である全酸素の含有割合であるFTO(質量%)を「JIS R1603 ファインセラミックス用窒化けい素微粉末の化学分析方法」の「10 酸素の定量方法」に準拠した不活性ガス融解−二酸化炭素赤外線吸収法(LECO社製、TC−136型)で測定する。次に、秤量した窒化珪素粉末を、窒化珪素粉末1質量部に対しフッ化水素が5質量部となるように、窒化珪素粉末とフッ酸水溶液とを混合し、室温(25℃)で3時間攪拌する。これを吸引濾過し、得られた固形物を120℃で1時間真空乾燥し、このフッ酸処理粉末の重量を測定する。得られた粉末の酸素含有量を上記のFSO測定におけると同様の赤外線吸収法で測定し、この値を補正前FIO(フッ酸処理粉末に対する質量%)とする。内部酸素の含有割合FIO(窒化珪素粉末に対する質量%)は下記の式(3)から算出する。表面酸素の含有割合FSO(窒化珪素粉末に対する質量%)は下記の式(4)から算出する。
FIO(質量%)=((フッ酸処理粉末の重量)(g))/(窒化珪素粉末重量(g))×補正前FIO(質量%)・・・・(3)
FSO(質量%)=FTO(質量%)−FIO(質量%)・・・・(4)
【0027】
この測定方法によれば、粒子表面から粒子表面直下大略3nmまでに存在する酸素と、粒子表面直下大略3nmより内部に存在する酸素が測定されるが、透過型電子顕微鏡による観察で確認できる粒子表面の非晶質酸化層の厚さは3nmより小さい数オングストロームである。非晶質酸化層以外の領域の酸素の濃度は、粒子表面からの距離に関わらずほぼ一定で、非晶質酸化層のそれより格段に小さいので、この測定方法により測定される粒子表面の酸素含有割合を、粒子表面に存在する酸素の含有割合と見做すことができる。また、前述のフッ酸処理によって除去される、粒子表面直下大略3nmまでの領域は、除去されない粒子表面直下大略3nmより内部の領域と比べて僅かなので、この測定方法で測定される粒子内部の酸素含有割合を、粒子表面層を除いた粒子内部に存在する酸素の含有割合と見做すことができる。なお、このフッ酸処理及び測定方法によれば粒子表面から粒子表面直下大略3nmまでに存在する酸素が測定されることは、前記のフッ酸処理前後における粉末のX線光電子スペクトルのデプス・プロファイル及び処理前後の粉末重量変化より確認できる。また、上記の如く、本発明においてFSO測定方法と関連する「窒化珪素粉末の表面層」は、上記のフッ酸処理(『窒化珪素粉末を、窒化珪素粉末1質量部に対しフッ化水素が5質量部となるように、窒化珪素粉末とフッ酸水溶液とを混合し、室温(25℃)で3時間攪拌し、これを吸引濾過し、得られた固形物を120℃で1時間真空乾燥する』処理)で溶出される部分であると言い換えることができる。
【0028】
従って、窒化珪素粒子表面の非晶質酸化層は石英製鋳型表面および粒子間密着性を高めるためには必要であるものの、FS/FSOが8未満の場合には非晶質酸化層が多くなりすぎるので、形成される離型層と溶融シリコンとの濡れ性が増して、Siインゴットの離型性は悪化するので、好ましくない。一方、FS/FSOが30より大きい場合は、窒化珪素粒子同士の密着性が低下するので、焼付け温度を高くする必要がある。FS/FSOは15〜30の範囲が好ましく、15〜27の範囲がより好ましい。
【0029】
本発明の窒化珪素粉末において、粒子内部に存在する酸素の含有割合FIOは、非晶質Si−N(−H)系化合物中の酸素含有量によって変動する値であり、イミド法による従来の焼成法(例えば特許文献2)に比べ、本発明の調製法では窒化珪素粉末の酸素含有量に対し高い比表面積FSの粉末を得ることができる。その比率FS/FIOは、22以上である。FSが小さく、FS/FIOが22より小さい場合、焼付け温度を高くする必要があり、400℃あるいはそれに近い低温の焼付け温度では多結晶シリコンインゴットの鋳型からの離型性が悪くなる。FS/FIOは22〜100の範囲が好ましく、30〜60の範囲がより好ましい。
【0030】
本発明の窒化珪素粉末の粒度分布は、以下に規定される範囲にある。レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置で測定したときの10体積%径D10と90体積%径D90との比率D10/D90が0.05〜0.20である。D10/D90が0.05より小さい場合、窒化珪素粉末に含まれる微粒子や凝集した粗大粒子の割合が高くなる。微粒子の割合が高くなると、離型層密度が低下する。凝集した粗大粒子の割合が高くなると、凝集した粗大粒子がスラリー内で分離沈降して、スラリー中の粒度分布にむらが生じる。このようなスラリーを鋳型表面に塗布すると、離形層に、密着性の悪い凝集した粗大粒子の割合が高い個所や、緻密化しにくい微粒子の割合が高い個所が生じることになり、離型層の密度を均一にすることが困難となる。また、密度の異なる層の境界で乾燥時や焼付け時に離型層に亀裂が入り易くなる。D10/D90が0.20より大きい場合は、粒状の粗大粒子の割合が高くなるので、離型層の密着性は低くなる。D10/D90は0.10〜0.20が好ましい。
【0031】
また、本発明の窒化珪素粉末は、Fe(鉄)の含有量が10ppm以下であることが好ましい。Fe(鉄)の含有量が10ppm以下であれば、離型層からシリコンインゴットへ拡散するFe(鉄)量は少なく、多結晶シリコン基板の高い光電変換効率を実現できる。Fe(鉄)の含有量は6ppm以下が好ましく、3ppm以下がより好ましい。
【0032】
次に、本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末の製造方法について説明する。
【0033】
本発明の窒化珪素粉末は、比表面積が300〜1200m/gであり、比表面積をRS(m/g)、酸素含有割合をRO(質量%)とした場合に、RS/ROが100以上である非晶質Si−N(−H)系化合物を、黒鉛坩堝容器を用いない連続焼成炉によって流動させながら、窒素含有不活性ガス雰囲気下又は窒素含有還元性ガス雰囲気下、1100〜1400℃の温度範囲では12〜500℃/分の昇温速度で加熱し、1400〜1700℃の温度で焼成することにより製造することができる。
【0034】
本発明では、非晶質Si−N(−H)系化合物を焼成して、結晶質窒化珪素粉末を製造する。本発明で使用する非晶質Si−N(−H)系化合物とは、シリコンジイミド、シリコンテトラアミド、シリコンクロルイミド等の含窒素シラン化合物の一部又は全てを加熱分解して得られるSi、N及びHの各元素を含む非晶質のSi−N(−H)系化合物、又は、Si及びNを含む非晶質窒化珪素のことであり、以下の組成式(1)で表される。なお、本発明においては、非晶質Si−N(−H)系化合物は、以下の組成式(1)において、x=0.5で表されるSi(NH)10.5からx=4で表される非晶質窒化珪素までの一連の化合物を総て包含しており、x=3で表されるSi(NH)はシリコンニトロゲンイミドと呼ばれている。
Si2x(NH)12−3x・・・・(1)
(ただし、式中x=0.5〜4であり、組成式には明記しないが、不純物としてハロゲンを含有する化合物を含む。不純物として含まれるハロゲンの量は、一般的には100ppm未満であるが、好ましくは50ppm未満、20ppm未満、さらには10ppm未満であることができる。)
【0035】
本発明における含窒素シラン化合物としては、シリコンジイミド、シリコンテトラアミド、シリコンクロルイミド等が用いられる。これらの化合物は以下の組成式(2)で表される。本発明においては、便宜的に、以下の組成式(2)においてy=8〜12で表される含窒素シラン化合物をシリコンジイミドと表記する。
Si(NH)(NH24−2y・・・・(2)
(ただし、式中y=0〜12であり、組成式には明記しないが、不純物としてハロゲンを含有する化合物を含む。)
【0036】
本発明における非晶質Si−N(−H)系化合物は、公知方法、例えば、前記含窒素シラン化合物を窒素又はアンモニアガス雰囲気下に1200℃以下の温度で加熱分解する方法、四塩化珪素、四臭化珪素、四沃化珪素等のハロゲン化珪素とアンモニアとを高温で反応させる方法等によって製造される。
【0037】
本発明での窒化珪素粉末の原料である非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積は、300〜1200m/gである。非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積が300m/gよりも小さいと、1000〜1400℃、特に1100〜1400℃の温度範囲で非常に急激な結晶化が起こり、針状粒子や凝集粒子の生成割合が増加してしまう。このような窒化珪素粉末で多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層を形成しても、緻密で強固な離型層が形成されず、シリコンインゴットと鋳型表面との固着や、凝固したシリコンインゴットを離型する際の欠け、破損が発生して、多結晶シリコンインゴットの割れや歩留まりは低下する。一方、非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積が1200m/gより大きいと、得られる窒化珪素粉末の酸素含有割合がばらつき易い。非晶質Si−N(−H)系化合物は、酸素或いは水分による酸化を受け易いので、非晶質Si−N(−H)系化合物を顆粒に成形して焼成するまでの間に、雰囲気中の酸素或いは水分の含有量の変動の影響を受けて、非晶質Si−N(−H)系化合物の酸素含有割合がばらつき易く、得られる窒化珪素粉末の酸素含有量が大きくばらつき易いからである。酸素含有量にばらつきがある窒化珪素粉末を離型剤として鋳型に塗布し、大気下で焼き付けた場合には、鋳型内で、および鋳型毎に、離型層の酸素含有量がばらつくので、鋳型内および鋳型毎に多結晶シリコンインゴットの離型性が異なり、高い歩留まりで安定的に多結晶シリコンインゴットを生産することが困難になる。また、非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積が1200m/gより大きいと、非晶質Si−N(−H)系化合物は、粉体軽装密度が低く、密度の高い顆粒に成形し難い。その場合、焼成時の非晶質Si−N(−H)系化合物の熱伝導が悪くなって、得られる窒化珪素粉末の品質にバラツキが生じやすい。
【0038】
本発明に用いる非晶質Si−N(−H)系化合物は、非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積をRS(m/g)、酸素含有割合をRO(質量%)とした場合に、RS/ROが100以上の非晶質Si−N(−H)系化合物である。RS/ROが100未満であると、得られる窒化珪素粉末の比表面積が40m/gより大きくなり、緻密な離型層を形成することができない。RS/ROは200以上、さらには500以上であることができる。
【0039】
非晶質Si−N(−H)系化合物の酸素含有割合は、含窒素シラン化合物の酸素量と含窒素シラン化合物を加熱分解する際の雰囲気中の酸素分圧(酸素濃度)を制御することにより調節できる。含窒素シラン化合物の酸素量を少なくするほど、また前記加熱分解時の雰囲気中の酸素分圧を低くするほど、非晶質Si−N(−H)系化合物の酸素含有割合を低くすることができる。含窒素シラン化合物の酸素含有割合は、四塩化珪素、四臭化珪素、四沃化珪素等のハロゲン化珪素とアンモニアとを気相で反応させるときには、その反応時の雰囲気ガス中の酸素の濃度で調節でき、前記ハロゲン化珪素と液体アンモニアとを反応させるときには、トルエンなどの有機反応溶媒中の水分量を制御することで調節できる。有機反応溶媒中の水分量を少なくするほど含窒素シラン化合物の酸素含有割合を低くすることができる。
【0040】
一方、非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積は、その原料となる含窒素シラン化合物の比表面積と、含窒素シラン化合物を加熱分解する際の最高温度で調節できる。含窒素シラン化合物の比表面積を大きくするほど、また前記加熱分解時の最高温度を低くするほど、非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積を大きくすることができる。含窒素シラン化合物の比表面積は、含窒素シラン化合物がシリコンジイミドである場合には、例えば特許文献3に示す公知の方法、すなわちハロゲン化珪素と液体アンモニアとを反応させる際のハロゲン化珪素と液体アンモニアとの体積比率(ハロゲン化珪素/液体アンモニア)を変化させる方法により調節することができる。前記ハロゲン化珪素/液体アンモニアを大きくすることで含窒素シラン化合物の比表面積を大きくすることができる。
【0041】
本発明においては、非晶質Si−N(−H)系化合物を窒素含有不活性ガス雰囲気下又は窒素含有還元性ガス雰囲気下に焼成するに際し、連続焼成炉を用いて、非晶質Si−N(−H)系化合物を1400〜1700℃の温度で焼成する。非晶質Si−N(−H)系化合物の加熱に使用される加熱炉としては、ロータリーキルン炉、シャフトキルン炉、流動化焼成炉等の連続焼成炉が用いられる。このような連続焼成炉は非晶質窒化珪素の結晶化反応に伴う発熱の効率的な放散に対して、有効な手段である。これら連続焼成炉の内、特にロータリーキルン炉は、炉心管の回転により粉末を攪拌させながら移送するので効率よく結晶化熱を放熱できるとともに、黒鉛製の容器を用いる必要が無いため、焼成時の不純物混入は殆ど無く、また均質な粉末を作るのに適しており、特に好ましい焼成炉である。
【0042】
非晶質Si−N(−H)系化合物は、顆粒状に成形しても良い。顆粒状に成形すると粉末の流動性が上がると同時に嵩密度を上げることができるので、連続焼成炉での処理能力を高めることができる。また、粉体層の伝熱状態を改善することもできる。
【0043】
連続焼成炉での焼成における炉心管内部の最高温度、即ち焼成温度は1400〜1700℃の範囲である。焼成温度が1400℃より低いと、十分に結晶化せず、窒化珪素粉末中に多量の酸化し易い非晶質窒化珪素が含まれる。また、焼成温度が1700℃より高いと、粗大結晶が成長するばかりでなく、生成した結晶質窒化珪素粉末の分解が始まるので好ましくない。
【0044】
本発明における連続焼成炉での焼成では、非晶質Si−N(−H)系化合物を、1100〜1400℃、好ましくは1000〜1400℃の温度範囲において、12〜500℃/分、好ましくは15〜500℃/分の昇温速度で加熱する。この理由を以下に説明する。
【0045】
本発明においては、非晶質Si−N(−H)系化合物を焼成して窒化珪素粉末を得る。そして、焼成時の1000〜1400℃の温度範囲では、非晶質窒化珪素粉末中に結晶核が発生し、結晶化熱の放出を伴いながら非晶質窒化珪素の結晶化が始まり、結晶化した窒化珪素が粒成長する。特に1100〜1400℃の温度範囲での結晶核の発生密度と粒成長が急激に大きくなる。
【0046】
焼成時に、1100〜1400℃、好ましくは1000〜1400℃の温度範囲において、12〜500℃/分、好ましくは15〜500℃/分の昇温速度で加熱することで、結晶化前の非晶質窒化珪素の粒成長により表面エネルギーが減少し、結晶核の発生密度が適正化されると共に、結晶化初期における粒成長が抑制される。そして、針状粒子や凝集粒子の割合が少ない、より離型剤に適した、D10/D90が0.05〜0.20の結晶質窒化珪素粉末であり、FS/FIOが22以上、FS/FSO値が8〜30の結晶質窒化珪素粉末を得ることが可能になる。非晶質Si−N(−H)系化合物を焼成する際に、1100〜1400℃の温度範囲において12℃/分未満の昇温速度で加熱すると、結晶核の発生密度が低下し核成長が進むことでFTOに対するFSが大きくならず、FS/FIOが小さくなり易い。また、FSが小さいのでD10は大きく、昇温速度が遅いので結晶化が緩慢になって、凝集粒子の割合が減少してD90は小さくなる。D10/D90が大きくなり易く、この様な窒化珪素粉末を鋳型に塗布した場合、離型層密度は高めとはなるものの、焼付け温度を下げると、離型層と鋳型との密着性が低下してシリコンインゴットの離型性が悪化する。一方、500℃/分を超える昇温速度で加熱すると、針状粒子や凝集粒子の割合が増してD10/D90が0.05未満となる。また、熱衝撃によりセラミックス製炉芯管が破損する可能性が高くなる。
【0047】
なお、本発明における非晶質Si−N(−H)系化合物を加熱する際の昇温速度は、連続焼成炉の炉心管内部の温度分布と粉末の移動速度とを調整することで設定することができる。例えばロータリーキルン炉では、原料粉末である非晶質Si−N(−H)系化合物は、炉心管入口に設置されたフィーダーによりセラミックス製の炉心管内に供給され、炉心管の回転と傾きによって炉心管中央の最高温度部へ移動する。炉心管入り口から最高温度部までの温度分布は、各ゾーンの加熱ヒーターの温度設定によって調整でき、原料粉末の移動速度は炉心管の回転数と傾きで調整することができる。ロータリーキルン炉の各ゾーンの温度を調節して1100〜1400℃の温度範囲のロータリーキルン炉の温度勾配を大きくすると、非晶質Si−N(−H)系化合物を焼成する際の1100〜1400℃の温度範囲における昇温速度が速くなる。ロータリーキルン炉の炉芯管傾斜角度を大きくすると、非晶質Si−N(−H)系化合物を焼成する際の1100〜1400℃の温度範囲における非晶質Si−N(−H)系化合物の移動速度が速くなり、昇温速度が速くなる。炉心管回転数を大きくすると、非晶質Si−N(−H)系化合物を焼成する際の1100〜1400℃の温度範囲における非晶質Si−N(−H)系化合物の移動速度が速くなり、昇温速度が速くなる。また、セラミックス製の炉芯管の材質としては、緻密な炭化珪素、アルミナまたは窒化珪素の焼結体が挙げられ、好ましくは耐熱強度と耐熱衝撃性に優れる炭化珪素製の焼結体である。
【0048】
本発明の窒化珪素粉末は、比表面積が300〜1200m/gであり、比表面積をRS(m/g)、酸素含有割合をRO(質量%)とした場合に、RS/ROが100以上である非晶質Si−N(−H)系化合物を、連続焼成炉によって流動させながら、窒素含有不活性ガス雰囲気下又は窒素含有還元性ガス雰囲気下、1100〜1400℃の温度範囲では12〜500℃/分の昇温速度で加熱し、1400〜1700℃の温度で焼成することで初めて得られる窒化珪素粉末である。
【0049】
本発明では、原料を流動させることに加えて、特定温度範囲の昇温速度を特定の範囲に調節して焼成することで、従来はRS/ROが小さい原料を用いた場合には離型剤に適さない粉末であったものが、RS/ROの小さい原料を用いても、離型剤に適した窒化珪素粉末を得ることができることを見出すことができた。
【0050】
原料の非晶質Si−N(−H)系化合物を坩堝等に収容して、バッチ炉、またはプッシャー炉等で前記原料を流動させずに焼成する従来の方法、あるいは、連続焼成炉で前記原料を流動させながら焼成する従来の方法であっても、RS/ROの100未満の原料を用いる方法では、針状結晶や凝集粒子の多い窒化珪素粉末となるので、本発明の窒化珪素粉末を得ることはできない。以下、これについて説明する。
【0051】
原料を流動させずに焼成する従来の方法の場合は、原料を流動させながら焼成する方法の場合と比較して、以下に説明するように、比表面積を上げるには相対的に酸素量が多い非晶質Si−N(−H)系化合物を用いる必要があるので、特に、得られる窒化珪素粉末の比表面積に対する内部酸素の割合を小さくすることが困難である。原料の非晶質Si−N(−H)系化合物を坩堝等に収容して、バッチ炉、またはプッシャー炉等で前記原料を流動させずに焼成する方法では、前述の通り結晶化熱を効率的に放熱することが困難なため、結晶化熱により結晶化過程にある窒化珪素粉末の温度が局所的に急激に上昇して、生成する窒化珪素粉末が部分的にあるいは全体的に、柱状結晶化または針状結晶および凝集粒子結晶化しやすくなる。この場合、非晶質Si−N(−H)系化合物を顆粒状にして伝熱を良くした上で、昇温速度を低くして焼成することで、窒化珪素粉末の柱状結晶化または針状結晶および凝集粒子結晶化を抑制することは可能である(特許文献4)が、昇温速度が低くなることによって、得られる窒化珪素粉末の比表面積は小さくなる。焼成時の昇温速度が低いと、昇温速度が高い場合と比較して、窒化珪素の核生成温度は変わらないものの、核成長が進むため、窒化珪素粒子が大きくなるからである。低い昇温速度で比表面積が大きい窒化珪素粉末を得るためには、過飽和度を上げるために、比表面積が小さく、酸素の含有割合が高い非晶質Si−N(−H)系化合物を用いる必要がある。その理由は以下のように考えられる。
【0052】
非晶質Si−N(−H)系化合物を焼成する工程では、非晶質Si−N(−H)系化合物の表面から発生するSi源ガス種(特にSiO)が窒化珪素の核生成と粒成長を促進する。非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積が小さいと、SiOの蒸気圧が焼成工程の低温では低く、高温でSiO濃度が高くなるので、高温で粒子近傍の過飽和度が高くなり窒化珪素の核生成が起きる。高温で核生成が起きる場合には、昇温速度が低くても、核発生数が多くなり、また成長が短時間に進むので、窒化珪素粒子が小さくなる。また、非晶質Si−N(−H)系化合物の酸素含有割合が高い場合は、核生成温度が高くなり、核生成時の粒子近傍の過飽和度が高くて、非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積が小さい場合と同様に窒化珪素粒子が小さくなるものと考えられる。したがって、低い昇温速度で焼成することが必要な、非晶質Si−N(−H)系化合物を流動させずに焼成する従来の方法で離型剤に適した比表面積の窒化珪素粉末を得るためには、比表面積が小さく、かつ酸素量が多い非晶質Si−N(−H)系化合物を用いる必要がある。
【0053】
しかし、酸素含有割合が高い非晶質Si−N(−H)系化合物を原料に用いると、得られる窒化珪素粉末は、粒子内部の酸素含有割合が高く、針状粒子や粗大な凝集粒子の割合が多くなる。したがって、非晶質Si−N(−H)系化合物を流動させずに焼成する従来の方法で得られる離型剤に適した比表面積の窒化珪素粉末は、原料を流動させながら焼成して得られる同じ比表面積の窒化珪素粉末と比較して、粒子内部の酸素含有割合が高くなり、多結晶シリコンインゴットの離型性が良い離型層を形成し難くなる。
【0054】
以上のように、原料を流動させずに焼成する従来の方法では、原料を流動させながら焼成する方法の場合と比較して、得られる窒化珪素粉末の比表面積に対する内部酸素の含有割合が高くなるので、FS/FIOが大きい窒化珪素粉末を得ることが困難であり本発明の窒化珪素粉末を得ることができない。
【0055】
また、原料を流動させながら焼成する方法であっても、焼成時の1100〜1400℃の温度範囲における昇温速度が12℃/分未満の窒化珪素粉末の製造方法では本発明の窒化珪素粉末を得ることはできない。本発明の窒化珪素粉末は、RS/ROが特定値以上の非晶質Si−N(−H)系化合物を流動させながら、1100〜1400℃の温度範囲では12〜500℃/分の昇温速度で加熱し焼成することで得られる、FS/FSOが特定の範囲にあり、FS/FIOが大きく、針状粒子や凝集粒子の割合が少なく粒度分布が特定の範囲にある、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤に好適な、新規な窒化珪素粉末である。さらには、RS/ROが特定値以上の非晶質Si−N(−H)系化合物を流動させながら、1000〜1400℃の温度範囲で15〜500℃/分の昇温速度で加熱し焼成することで得られる本発明の窒化珪素粉末は、特に多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤に好適な窒化珪素粉末である。
【0056】
RS/ROが100〜300の非晶質Si−N(−H)系化合物を原料に用いた場合の、原料の非晶質Si−N(−H)系化合物を坩堝等に収容して、バッチ炉、プッシャー炉等で前記原料を流動させずに焼成する方法では、昇温速度が遅いので、核発生数は低下し、結晶化過程で粒子成長を促進するSiOガス濃度が高くなり、針状粒子はより長く、粗大に成長した粒子や粗大な凝集粒子を生成する。従って、FS/FIOは小さく、D10/D90は大きくなる。このような粒子からなる窒化珪素粉末を、鋳型に塗布後焼付けた場合、離型層の鋳型への密着性が悪くなり、またその密度も低くなる。これに対して、連続焼成炉によって流動させながら、結晶化過程での昇温速度を高くして焼成する本発明の方法では、RS/ROが100〜300の非晶質Si−N(−H)系化合物を用いた場合、結晶化の速度が速いため結晶核発生数が多くなり、結晶核1個当たりのSiOガスは減少し、粒子成長に不足することから、窒化珪素粒子が針状化あるいは粗大化するほどには成長しない。したがって、FS/FIOは大きく、FS/FSOおよびD10/D90は本発明の特定の範囲となり、低温で焼き付けても、離型層の密度は高く、密着性は良好で、シリコンインゴットの離型不良を発生し難い。
【0057】
また非晶質Si−N(−H)系化合物を坩堝等に収容して、バッチ炉、プッシャー炉等で前記原料を流動させずに焼成する方法では、焼成時の昇温速度が遅いので、RS/ROが300より大きい非晶質Si−N(−H)系化合物を原料に用いると、得られる窒化珪素粉末を構成する粒子が粗大化すると共に、針状粒子や凝集粒子の生成割合が減少する。得られる窒化珪素粉末のFS/FIOは低くなり、またD10/D90は0.20より大きくなって、離型層の鋳型への密着性が悪くなる。一方、連続焼成炉によって流動させながら、結晶化過程での昇温速度を高くして焼成する本発明の方法では、RS/ROが300より大きい非晶質Si−N(−H)系化合物を用いた場合、結晶核発生数が多くなり、結晶核1個当たりのSiOガスは減少して、FSが大きく、FS/FIOが大きい粒状の窒化珪素粉末を得ることができる。離型層を低温で焼付けても、離型層と鋳型との密着性は高く、離型層自身の密度も高い、多結晶シリコンインゴットとの離型性が良い離型層を形成することができる。
【0058】
本発明の窒化珪素粉末は、原料を流動させることに加えて、特定の温度範囲の昇温速度を調節して焼成することで、比表面積に対する酸素の含有割合が高い原料を用いても、針状結晶や凝集粒子結晶割合の少ない離型剤に適した窒化珪素粉末を得ることができることを見出し、更に窒化珪素粉末の比表面積に対する内部酸素含有割合を低くできることを見出して開発された本発明の製造方法によって初めて得られた、多結晶シリコン鋳造用離型剤に最適な比表面積、FS/FSO、FS/FIO、粒度を有する窒化珪素粉末である。
【0059】
また、本発明の窒化珪素粉末の製造において、非晶質Si−N(−H)系化合物の焼成に、SiC製の炉心管を備えたロータリーキルン炉等の連続焼成炉を使用すると、Fe(鉄)の含有量が極めて少ない、具体的には10ppm以下の窒化珪素粉末を得ることができる。さらには、その場合、焼成に黒鉛坩堝を用いないので、C(炭素)の含有量が0.05〜0.07質量%の窒化珪素粉末を得ることができる。Fe(鉄)およびC(炭素)の含有量が少ない窒化珪素粉末を用いれば、Fe(鉄)およびC(炭素)の含有量が少ない離型層が形成された鋳型を製造できるので、その鋳型を用いれば、Fe(鉄)およびC(炭素)の含有量が少なく、光電変換効率が高い基板を得ることができる、高品質な多結晶シリコンインゴットを製造できる。
【0060】
なお、前述したプッシャー炉とは、被焼成物であるセラミックス原料などが収容された坩堝等が積載された複数の台板を順次プッシャー機構によって炉内に押し込んで搬送することによって被焼成物の焼成を行う、温度及び雰囲気条件を制御しうる炉室を備えた焼成炉である。
【0061】
次に、本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型、その鋳型の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリー、およびその鋳型の製造方法について説明する。
【0062】
本発明に係る多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型は、本発明の窒化珪素粉末、すなわち、比表面積が5〜40m/gであり、粒子表面層に存在する酸素の含有割合をFSO(質量%)とし、粒子内部に存在する酸素の含有割合をFIO(質量%)とし、比表面積をFS(m/g)とした場合に、FS/FSOが8〜30であり、FS/FIOが22以上であり、レーザー回折式粒度分布計による体積基準の粒度分布測定における10体積%径D10と90体積%径D90との比率D10/D90が0.05〜0.20である窒化珪素粉末を、水に混合して得られる窒化珪素粉末含有スラリーを形成するスラリー形成工程と、得られたスラリーを鋳型表面に塗布するスラリー塗布工程と、鋳型表面に塗布された前記スラリーを乾燥するスラリー乾燥工程と、スラリー乾燥工程後、鋳型を加熱する加熱工程と、を備える製造方法により製造される。
【0063】
本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法におけるスラリー形成工程は、本発明の窒化珪素粉末を水に混合してスラリーとする工程である。本発明の窒化珪素粉末を用いれば、バインダーを使用しなくても鋳型への密着性や強度が十分高い離型層を形成することができるので、本発明に係るスラリー形成工程は、バインダーを添加せずに窒化珪素粉末を水に混合してスラリーとする工程であることが好ましい。また、本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーは、バインダーを添加せずに窒化珪素粉末を水に混合して得られるスラリーであることが好ましい。
【0064】
本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法におけるスラリー形成工程に用いられる窒化珪素粉末含有スラリーは、本発明の窒化珪素粉末を水に混合させたスラリーであり、所定量の窒化珪素粉末を蒸留水とともに容器に入れ、窒化珪素製ボールを充填して振動ミル、ボールミル、ペイントシェーカーなどの混合粉砕機を用いたり、またボールを用いない場合にはパドル翼等の羽のついた撹拌機や、高速自公転式撹拌機を用いて所定時間混合して得られる。
【0065】
上記窒化珪素粉末は、軽い凝集粒子状態となっており、そのままでは水に分散させてスラリーとする際に、スラリー粘度が高くなり易いことから、軽く解砕する処理を行なう。凝集粒子を軽く解砕する工程では、解砕に用いるメディアは、金属球を樹脂でコーティングした材質や、窒化珪素焼結体を用い、金属不純物の混入量は非常に少なく、数ppm程度に止まり、多結晶シリコンインゴット鋳造坩堝用離型剤の原料に適した粉末となる。
【0066】
本発明に係る離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法において、スラリー塗布工程は、上記窒化珪素粉末含有スラリーを粒子の流動性を保ったまま、鋳型表面に塗布する工程である。上記窒化珪素粉末含有スラリーは、鋳型である気孔率16%〜26%の石英坩堝の内表面に、スプレーや刷毛もしくはへらを使用して離型剤の塗布を行い、塗布した離型層内での窒化珪素粒子の移動を阻害しない程度で、塗布したスラリーが鋳型から垂れ落ちない程度の流動性を持つことが好ましい。
【0067】
鋳型に塗布した窒化珪素粉末含有スラリーは、鋳型内の細孔による毛管現象の吸水によって、鋳型表面近傍に引き寄せられて、離型層の内側(鋳型側)に離型層が形成される。従って、窒化珪素粉末含有スラリーの粘度が500P(ポイズ)以上の場合は、窒化珪素粉末含有スラリーを塗布した離型層内での窒化珪素粒子の移動速度は遅く、また、前記記載の窒化珪素粉末含有スラリーの粘度が1.5cP(センチポイズ)以下の場合は、窒化珪素粉末含有スラリーを塗布した離型層は垂れ易く、離型層を保持できないことから、粒子の流動性を保て、垂れないスラリー粘度に調整する必要がある。
【0068】
本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法における乾燥工程は、鋳型表面に塗布した窒化珪素粉末含有スラリーから水を除去する、すなわち、鋳型表面に塗布した窒化珪素粉末含有スラリーを乾燥させる工程であれば良く、例えば、30℃〜120℃で乾燥させる工程である。
【0069】
本発明に係る離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法において、加熱処理工程は、窒化珪素粉末含有スラリーを塗布した鋳型を、酸素を含む雰囲気下で加熱処理を行う工程である。本発明の窒化珪素粉末を用いると、バインダー等の添加剤を使用しなくても、また窒化珪素粉末を酸化処理しなくても、低温の400℃の加熱処理によって鋳型への密着性や強度が十分高い離型層を形成することができる。加熱処理の温度が400〜1200℃の範囲であれば、鋳型への密着性や強度が高い離型層を形成することができる。加熱処理の温度が1200℃を超えると、離型層が過度に酸化されて離型性が良好な離型層を形成することが困難になり、400℃未満では離型層の鋳型への密着性や強度が十分高くならないことがある。
【0070】
加熱処理工程における加熱処理の温度は、400〜800℃であることが好ましい。加熱処理の温度が400〜800℃であれば、離型層の焼き付けのための加熱処理に通常使用される、雰囲気ガスを自然滞留させる一般的な電気炉に換えて、加熱効率の高い熱風式循環炉の使用が可能なので、加熱処理(離型層の焼き付け)に要するコストと時間を抑制することができるからである。加熱処理の温度が低ければ、さらにコストを抑制することができるので、加熱処理の温度は、400〜500℃であることがさらに好ましい。本発明の窒化珪素粉末を用いると、バインダー等の添加剤を使用しなくても、また窒化珪素粉末を酸化処理しなくても、このような低温の加熱処理によって鋳型への密着性や強度が十分高い離型層を形成することができる。
【0071】
本発明に係る離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の製造方法によって製造される多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型は、本発明の窒化珪素粉末、すなわち、比表面積が5〜40m/gであり、粒子表面に存在する酸素の含有割合をFSO(質量%)とし、粒子内部に存在する酸素の含有割合をFIO(質量%)とし、比表面積をFS(m/g)とした場合に、FS/FSOが8〜30であり、かつFS/FIOが22以上であり、レーザー回折式粒度分布計による体積基準の粒度分布測定における10体積%径D10と90体積%径D90との比率D10/D90が0.05〜0.20である窒化珪素粉末からなる離型層をその内面に有する。
【0072】
この離型層は、緻密で強固な離型層であり、酸素を含む雰囲気下であれば、バインダー等の添加剤を用いなくても、また窒化珪素粉末製造後の後工程で窒化珪素粉末の表面を処理しなくても、400℃の低い温度の加熱処理で形成できる。このような離型層を有する多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いることにより、鋳型内壁面へのシリコン融液の浸透を防止でき、鋳型と多結晶シリコンインゴットの離型性を大幅に改善し、多結晶シリコンインゴットを離型する際の欠けや破損の発生を抑えることが可能で、さらに、多結晶シリコンインゴットへの離型層からのコンタミ混入が殆どないので、純度が高く光電変換効率の高い多結晶シリコンインゴットを高い歩留まりで得ることができる。鋳型の材料としては、特に限定されないが、通常、石英坩堝や、黒鉛坩堝に内装した石英坩堝等が用いられる。
【0073】
図1に、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型に、本発明の離型剤窒化珪素粉末を塗布して離形層を形成した様子を模式的に示す。図1において、参照数字1が多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型、2が離型剤窒化珪素粉末を用いて塗布した離型層である。この例では、鋳型1は、外形寸法6cm角、高さ4.5cmで、内径5cm角、深さ4cmの穴状鋳込み空間を有する肉厚5mmの鋳型である。多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型1はたとえば石英製坩堝であり、離形層2の形成方法は上記した。この離型層2を形成した鋳型1を用いて多結晶シリコンインゴットを製造する方法は、本発明の離型剤窒化珪素粉末を塗布して離形層を形成する点を除いて、慣用の多結晶シリコンインゴットの製造方法と基本的に同じでよい。たとえば、離型層2を形成した鋳型1を不活性雰囲気中でシリコンの融点と同程度または若干低い温度に加熱した状態で、鋳型1内に予め調整しておいたシリコン融液3を流し込む。あるいは、鋳型1内にシリコン原料を入れて加熱融解させてもよい。必要に応じて、シリコン融液にはドーパントが含まれてよい。鋳型1を降温させて、シリコン融液を鋳型の底部から徐々に一方向凝固させ、完全に凝固させて多結晶シリコンインゴットを得る。多結晶シリコンインゴット3が形成させると、鋳型1から多結晶シリコンインゴットを取出す。多結晶シリコンインゴットを取出した後の鋳型1の内側には離形層2が残存する。本発明の離型剤窒化珪素粉末を用いると、この離形層2の鋳型1への密着性および多結晶シリコンインゴットの離形性が優れている。離形層2の鋳型1への密着性および多結晶シリコンインゴットの離形性が優れていると、離型層及び鋳型からインゴットへの、離型層及び鋳型の構成成分の混入を抑制、防止する効果に優れる。
【0074】
本発明に係る窒化珪素粉末およびその窒化珪素粉末を用いて形成された離型層の各パラメータは、以下の方法により測定することができる。
【0075】
(非晶質Si−N(−H)系化合物の組成分析方法)
非晶質Si−N(−H)系化合物の珪素(Si)含有量は、「JIS R1603 ファインセラミックス用窒化けい素微粉末の化学分析方法」の「7 全けい素の定量方法」に準拠したICP発光分析により測定し、窒素(N)含有量は「JIS R1603 ファインセラミックス用窒化けい素微粉末の化学分析方法」の「8 全窒素の定量方法」に準拠した水蒸気蒸留分離中和滴定法により測定し、また酸素(O)含有量を、前述の通りJIS R1603−10酸素の定量方法に準拠した不活性ガス融解−二酸化炭素赤外線吸収法により測定した。ただし、非晶質Si−N(−H)系化合物の酸化を抑制するために、ICP発光分析または水蒸気蒸留分離中和滴定法による珪素・窒素含有量測定の場合は、測定のための試料前処理直前までの試料保管時の雰囲気を窒素雰囲気とし、また赤外線吸収法による酸素含有量測定の場合は、測定直前までの試料保管時及び測定時の雰囲気を窒素雰囲気とした。非晶質Si−N(−H)系化合物の水素(H)含有量は、非晶質Si−N(−H)系化合物の全量より珪素(Si)、窒素(N)及び酸素(O)含有量を除いた残分として、化学両論組成に基き算出して、求めた。以上より、Si、N及びHの比を求めて、非晶質Si−N(−H)系化合物の組成式を決定した。
【0076】
(比表面積、粒度分布の測定方法)
本発明に係る窒化珪素粉末及び非晶質Si−N(−H)系化合物の比表面積は、Mountech社製Macsorbを用いて、窒素ガス吸着によるBET1点法にて測定した。また、粒度分布は、レーザー回折/散乱式粒子径分布測定装置(堀場製作所社製、LA−910)で測定した。
【0077】
(窒化珪素粉末の表面酸素の含有割合と内部酸素の含有割合の測定方法)
本発明の窒化珪素粉末の表面酸素の含有割合と内部酸素の含有割合は、以下の方法により測定することができる。まず、窒化珪素粉末を秤量し、窒化珪素粉末の表面酸素と内部酸素の合計である全酸素の含有割合であるFTO(質量%)を「JIS R1603 ファインセラミックス用窒化けい素微粉末の化学分析方法」の「10 酸素の定量方法」に準拠した不活性ガス融解−二酸化炭素赤外線吸収法(LECO社製、TC−136型)で測定する。次に、秤量した窒化珪素粉末を、窒化珪素粉末1質量部に対しフッ化水素が5質量部となるように、窒化珪素粉末とフッ酸水溶液とを混合し、室温(25℃)で3時間攪拌する。これを吸引濾過し、得られた固形物を120℃で1時間真空乾燥し、このフッ酸処理粉末の重量を測定する。得られた粉末の酸素含有量を上記のFSO測定におけると同様の赤外吸収法で測定し、この値を補正前FIO(フッ酸処理粉末に対する質量%)とする。内部酸素の含有割合FIO(窒化珪素粉末に対する質量%)は下記の式(3)から算出する。表面酸素の含有割合FSO(窒化珪素粉末に対する質量%)は下記の式(4)から算出する。前記のフッ酸処理前後における粉末のX線光電子スペクトルのデプス・プロファイル及び処理前後の粉末重量変化より、このようにして求めた表面酸素の含有割合が、粒子表面に存在する非晶質酸化層を含む粒子表面から粒子表面直下大略3nm以内の範囲に存在する酸素の含有割合を測定したものであることが確認された。
FIO(質量%)=(フッ酸処理粉末の重量(g)/窒化珪素粉末重量(g))×補正前FIO(質量%)・・・・(3)
FSO(質量%)=FTO(質量%)−FIO(質量%)・・・・(4)
【0078】
(窒化珪素粉末および非晶質Si−N(−H)系化合物の酸素含有割合の測定方法)
本発明に係る窒化珪素粉末の酸素含有割合は「JIS R1603 ファインセラミックス用窒化けい素微粉末の化学分析方法」の「10 酸素の定量方法」に準拠した不活性ガス融解−二酸化炭素赤外線吸収法(LECO社製、TC−136型)で測定した。
【0079】
また、本発明に係る非晶質Si−N(−H)系化合物の酸素含有割合も、窒化珪素粉末と同様に「JIS R1603 ファインセラミックス用窒化けい素微粉末の化学分析方法」の「10 酸素の定量方法」に準拠した不活性ガス融解−二酸化炭素赤外線吸収法(LECO社製、TC−136型)で測定したが、非晶質Si−N(−H)系化合物の酸化を抑制するために、測定直前までの試料保管時及び測定時の雰囲気を窒素雰囲気とした。
【0080】
(結晶化度の測定方法)
精秤した窒化珪素粉末を0.5NのNaOH水溶液に加えて加熱し煮沸した。窒化珪素の分解により発生したNHガスを1%ホウ酸水溶液に吸収させ、吸収液中のNH量を0.1N硫酸標準溶液で滴定した。吸収液中のNH量から分解窒素量を算出した。結晶化度は、分解窒素量と窒化珪素の理論窒素量39.94%から、下記の式(5)により算出した。
結晶化度(%)=100−(分解窒素量×100/39.94)・・・・(5)
【0081】
(窒化珪素粉末のFe(鉄)含有割合の測定方法)
フッ酸+硝酸混合分解液に窒化珪素粉末0.20gを入れ密栓し、マイクロ波を照射して加熱分解後、超純粋で定容して検液とした。エスアイアイ・ナノテクノロジー社製ICP−AES(SPS5100型)により、検液中のFe(鉄)の定量分析を行い、窒化珪素粉末のFe含有割合を算出した。
【0082】
(窒化珪素粉末のC(炭素)含有割合の測定方法)
本発明に係る窒化珪素粉末中の全C(炭素)含有割合は、「JIS R1616 ファインセラミックス用炭化けい素微粉末の化学分析方法」の「8 全炭素の定量方法」に準拠した燃焼(抵抗加熱)赤外線吸収法(LECO社製、IR−412型)で測定した。
【0083】
(多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の評価方法)
本発明の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を、多結晶シリコンインゴットの離型性と、多結晶シリコンインゴット製造後の離型層の鋳型への密着性について、以下に説明する方法で評価した。
【0084】
多結晶シリコンインゴットの離型性を次のように評価した。多結晶シリコンインゴットが、鋳型を破壊せずに鋳型から離型でき、離型層へのシリコンの浸透が目視では全く確認できない場合をA、多結晶シリコンインゴットが、鋳型を破壊せずに鋳型から離型でき、鋳型へのシリコンの浸透も目視では確認できないものの、離型層へのシリコンの浸透が目視で確認できる場合をB、多結晶シリコンインゴットが鋳型に固着して鋳型を破壊せずには離型できない(この場合は鋳型にシリコンが浸透している)場合をCとして評価した。
【0085】
また、多結晶シリコンインゴット製造後の離型層の鋳型への密着性を次のように評価した。多結晶シリコンインゴット離型後に離型層の剥離が目視では全く確認されない場合をA、多結晶シリコンインゴット離型後に、鋳型側面または鋳型底面の一部が剥離して鋳型表面が露出している場合をB、多結晶シリコンインゴット離型後に、鋳型側面または鋳型底面の少なくともいずれか一面の全面が剥離して鋳型表面が露出している場合をCとして評価した。また、多結晶シリコンインゴットが、鋳型を破壊せずに離型できなかった場合には、鋳型を、ハンマーを用いて破壊して、鋳型から多結晶シリコンインゴットを取り外し、鋳型を破壊せずに多結晶シリコンインゴットが鋳型から離型できた場合と同様に、離型層の鋳型への密着性を評価した。
【0086】
(離型層断面の窒化珪素密度の測定方法)
多結晶シリコンインゴット製造後の鋳型の底部を、離型層断面が観察できるようにカットして、カットされた離型層を含む鋳型をエポキシ樹脂で包埋し、離型層断面が観察できるように研磨した。離型層断面を、電解放出型走査電子顕微鏡(日本電子製JSM−700F)で観察し、離型層断面のSEM画像を撮影した。得られた2000倍のSEM画像において、鋳型断面を含まないように選択した離型層断面に対する窒化珪素粒子の相対面積割合を、画像解析ソフトWin Roof Ver5.6を用いて計算し、その値を離型層断面の窒化珪素密度とした。
【実施例】
【0087】
以下では、具体的例を挙げ、本発明を更に詳しく説明する。
【0088】
(実施例1)
実施例1の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型剤用窒化珪素粉末を次のように調製した。
【0089】
まず、四塩化珪素濃度が30vol%のトルエンの溶液を液体アンモニアと反応させ、液体アンモニアを用いて洗浄し乾燥することでシリコンジイミド粉末を作製した。次いで、得られたシリコンジイミド粉末をロータリーキルン炉に30kg/時間の速度で供給し、熱分解温度を950℃、熱分解時に導入するガスを酸素濃度1vol%の空気−窒素混合ガス、その流量をシリコンジイミド粉末1kg当たり300リットル/時間として、供給したシリコンジイミド粉末を加熱分解して、表1に示すように、比表面積RSが450m/g、酸素含有割合ROが0.73質量%で、RS/ROが616である非晶質Si−N(−H)系化合物を得た。
【0090】
得られた非晶質Si−N(−H)系化合物を、窒化珪素焼結体のボールを充填した連続式振動ミルを用いて、50μm以上の粒子径の粗大な凝集粒子を含まない状態まで解砕した。ここで、粒子径とはレーザー回折散乱法により測定した場合の体積法粒度分布の粒子径である。解砕された非晶質Si−N(−H)系化合物を、新東工業株式会社製ブリケットマシンBGS−IV型を用いて、窒素雰囲気下で、厚み6mm×短軸径8mm×長軸径12mm〜厚み8mm×短軸径12mm×長軸径18mmのアーモンド状に成形した。
得られた非晶質Si−N(−H)系化合物のアーモンド状成形物を、SiC製炉芯管を装着した株式会社モトヤマ製のロータリーキルン炉に供給して焼成した。ロータリーキルン炉のSiC製炉芯管には、6等分された、全長1050mmの加熱ゾーンが設置されており、焼成時には、加熱ゾーンの原料入り口側の端部から焼成物排出側に向かって設置された第1ゾーン〜第6ゾーンの中心部の炉心管外壁近傍温度が1100−1210−1320−1500−1500−1500℃になるように温度制御した。水平から2°傾斜した炉芯管を2rpmの回転数で回転させ、窒素ガスを流量8リットル/minで入り口側から流通させながら、非晶質Si−N(−H)系化合物のアーモンド状成形物を3kg/時間で供給することで、1100〜1500℃の温度範囲の昇温速度を40℃/分、焼成温度を1500℃として焼成し、窒化珪素粉末を得た。
【0091】
取り出した焼成後の窒化珪素粉末を、窒化珪素焼結体製のボールを充填した連続式振動ミルを用いて軽く解砕することで、表1に示す、比表面積FSが21.6m/g、内部酸素の含有割合FIOが0.52質量%、表面酸素の含有割合FSOが0.88質量%で、FS/FIOが41.5、FS/FSOが24.5、粒度分布を表すD10/D90が0.17である実施例1の窒化珪素粉末を得た。
【0092】
次に、得られた実施例1の窒化珪素粉末を、密栓のできるポリエチレン製の容器に収容し、窒化珪素が質量割合で20質量%となるように水を加え、更に、窒化珪素粉末と水とを合わせた質量の2倍の質量の、直径約10mmの窒化珪素焼結体製のボールを同容器内に投入した上で、同容器を振幅5mm、振動数1780cpmの振動ミルに5分間積載して、窒化珪素粉末と水とを混合し、実施例1の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを製造した。
【0093】
得られた実施例1の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを、予め40℃で加温した気孔率16%の5cm角×深さ4cmの石英坩堝の内面にスプレー塗布し、40℃で乾燥した。以上のスプレー塗布と乾燥を適度な離型層の厚みとなるように繰り返した後、塗布後の離型層の乾燥を完結するために、更に40℃の熱風乾燥を15時間行った。離型層乾燥後の石英坩堝を、箱型電気炉を用いて熱処理して降温することで、石英坩堝内面に窒化珪素の離型層を焼き付け、実施例1の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を得た。この熱処理は、大気雰囲気下、400℃で行い、400℃までの昇温時間を4時間、400℃での保持時間を4時間とした。実施例1の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の厚みは、5点測定の平均で212μmであった。
【0094】
得られた実施例1の鋳型に、純度99.999%で最大長2〜5mmのSi顆粒を75g充填し、箱型電気炉を用いて加熱することでSi顆粒を鋳型中で融解し、降温して溶融シリコンを凝固させて多結晶シリコンインゴットを得た。大気圧のAr流通下で、1000℃までを3時間、1000℃から1450℃までを3時間かけて昇温し、1450℃で4時間保持して降温することで、この処理を行った。
【0095】
降温後、鋳型を電気炉から取り出し、多結晶シリコンインゴットを鋳型から取り出し(離型し)、(多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の評価方法)で説明する方法で、離型層が形成された多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を評価した。また、(離型層断面の窒化珪素密度の測定方法)で説明する方法で、離型層断面において窒化珪素の占める相対面積(面積密度)の測定を行った。
【0096】
以上の結果を表1に示す。実施例1の鋳型を用いた場合は、多結晶シリコンインゴットが、鋳型を破壊しなくても鋳型から離型でき、離型層へのシリコンの浸透が目視では全く確認できず、また、多結晶シリコンインゴット離型後に離型層の剥離が目視では全く確認されなかった。離型層断面のSEM画像から測定された離型層の面積密度は、76%であった。
【0097】
(実施例2〜20)
実施例2〜20の窒化珪素粉末を次のように製造した。
【0098】
実施例1と同じシリコンジイミド粉末を実施例1と同じロータリーキルン炉を用いて加熱分解した。シリコンジイミド粉末の供給速度を25〜35kg/時間、熱分解温度を500〜1170℃、熱分解時に導入する空気−窒素混合ガスの酸素濃度を0.4〜2vol%、ガスの流量をシリコンジイミド粉末1kg当たり10〜2000リットル/時間の範囲で調節してシリコンジイミド粉末を加熱分解し、表1に示す実施例2〜20で用いる非晶質Si−N(−H)系化合物を製造した。
【0099】
得られた表1に示す非晶質Si−N(−H)系化合物を、実施例1と同様の方法で解砕し、実施例1と同様の方法で実施例1と同様のアーモンド状に成形した。
【0100】
得られたアーモンド状の非晶質Si−N(−H)系化合物成形物を、実施例1と同じロータリーキルン炉を用いて、実施例1と同様の窒素ガス流通下で焼成した。ロータリーキルン炉の第1ゾーンを「1100〜1200℃」、第2ゾーンを「1210〜1450℃」、第3ゾーンを「1320〜1550℃」、第4ゾーンを「1415〜1650℃」、第5ゾーンを「1415〜1650℃」、第6ゾーンを「1415〜1650℃」の範囲で、炉芯管傾斜角度を2〜3°の範囲で、炉芯管回転数を1.5〜4.5rpmの範囲で、各々調節して、各実施例の焼成時の最高温度と昇温速度が表1に記載する数値になるようにした。また、必要な生産量に合わせて、非晶質Si−N(−H)系化合物成形物の供給速度を1〜15kg/時間の範囲で調節した。取り出した焼成後の窒化珪素粉末を、実施例1と同様の方法で軽く解砕することで、表1に示す実施例2〜20の窒化珪素粉末を得た。
【0101】
次いで、得られた実施例2〜20の窒化珪素粉末を用いて、実施例1と同様の方法で実施例2〜20の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを製造した。得られた実施例2〜20の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを、実施例1と同様の方法で、実施例1と同様の石英坩堝の内面に塗布し、実施例1と同様の方法で乾燥し、実施例1と同様の方法で離型層を石英坩堝の内面に焼き付けて、多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を得た。得られた実施例2〜20の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の厚みはすべて、5点測定の平均で150〜220μmの範囲であった。
【0102】
実施例2〜20の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で溶融シリコンを凝固させて、多結晶シリコンインゴットを製造した。実施例1と同様の方法で離型層の評価を行い、表1に示す結果を得た。
いずれの実施例においても、多結晶シリコンインゴットが、鋳型を破壊しなくても鋳型から離型でき、離型層へのシリコンの浸透が目視では全く確認できず、また、多結晶シリコンインゴット離型後に離型層の剥離が目視では全く確認されなかった。離型層断面のSEM画像から測定された離型層の面積密度は、いずれの実施例においても、70%以上であった。
【0103】
また、実施例2の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層断面のSEM画像を図2に示す。後述する図3の比較例13に係る同SEM画像と比較すると、実施例2の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型には、400℃という低温での焼き付けでも、緻密な離型層が形成できていることが分かる。その結果、多結晶シリコンインゴットと鋳型表面との固着や、多結晶シリコンインゴットを離型する際の欠け、破損の発生を抑えて、品質の高いシリコンインゴットを低コストに高い歩留まりで得ることができる。
【0104】
(比較例1)
比較例1の窒化珪素粉末を次のように製造した。
【0105】
実施例1と同じシリコンジイミド粉末を実施例1と同じロータリーキルン炉に25kg/時間の速度で供給し、熱分解温度を450℃、熱分解時に導入するガスを酸素濃度1vol%の空気−窒素混合ガス、ガスの流量をシリコンジイミド粉末1kg当たり115リットル/時間として、供給したシリコンジイミド粉末を加熱分解して、表1に示すように、比表面積RSが1220m/g、酸素含有割合ROが0.27質量%で、RS/ROが4519である比較例1に用いる非晶質Si−N(−H)系化合物を得た。
【0106】
得られた、表1に示す非晶質Si−N(−H)系化合物を、実施例1と同様の方法で解砕し、実施例1と同様の方法で実施例1と同様のアーモンド状に成形した。
【0107】
得られたアーモンド状の非晶質Si−N(−H)系化合物成形物を、実施例1と同じロータリーキルン炉を用いて、実施例1と同様の窒素ガス流通下で焼成した。ロータリーキルン炉の加熱ゾーンの温度を原料入り口側の端部から焼成物排出側に向かって1100−1250−1400−1550−1550−1550℃とし、非晶質Si−N(−H)系化合物成形物の供給速度を2kg/時間、炉芯管傾斜角度を2°、炉芯管回転数を2.0rpmとすることで滞留時間を調整し、焼成時の最高温度と昇温速度が表1に記載する数値になるようにした。取り出した焼成後の窒化珪素粉末を、実施例1と同様の方法で軽く解砕することで、比較例1の窒化珪素粉末を得た。比較例1の窒化珪素粉末は、表1に示すように、比表面積FSが4.0m/g、内部酸素の含有割合FIOが0.20質量%、表面酸素の含有割合FSOが0.13質量%で、FS/FIOが20.0、FS/FSOが30.8、粒度分布を表すD10/D90が0.24であり、FS、FS/FIO、FS/FSO、およびD10/D90が、本発明の窒化珪素粉末とは異なる窒化珪素粉末であった。
【0108】
次いで、得られた比較例1の窒化珪素粉末を用いて、実施例1と同様の方法で比較例1の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを製造した。得られた離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを、実施例1と同様の方法で、実施例1と同様の石英坩堝の内面に塗布し、実施例1と同様の方法で乾燥し、実施例1と同様の方法で離型層を石英坩堝の内面に焼き付けて、比較例1の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を得た。この多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の厚みは、5点測定の平均で210μmであった。
【0109】
比較例1の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で溶融シリコンを凝固させて、多結晶シリコンインゴットを製造した。実施例1と同様の方法で離型層の評価を行い、表1に示す結果を得た。
多結晶シリコンインゴットが鋳型に固着して離型できなかったので、ハンマーを用いて鋳型を破壊し、多結晶シリコンインゴットを鋳型から取り出した。鋳型底面の全面が剥離して鋳型表面が露出していることが確認された。また、離型層断面のSEM画像から測定された離型層の面積密度は55%に留まっていた。
【0110】
(比較例2〜12)
比較例2〜12の窒化珪素粉末を次のように製造した。
【0111】
実施例1と同じシリコンジイミド粉末を実施例1と同じロータリーキルン炉を用いて加熱分解した。シリコンジイミド粉末の供給速度を25〜35kg/時間、熱分解温度を400〜1220℃、熱分解時に導入する空気−窒素混合ガスの酸素濃度を0.4〜4vol%、ガスの流量をシリコンジイミド粉末1kg当たり40〜1040リットル/時間の範囲で調節して、供給したシリコンジイミド粉末を加熱分解し、表1に示す比較例2〜12で用いる非晶質Si−N(−H)系化合物を製造した。
【0112】
得られた表1に示す非晶質Si−N(−H)系化合物を、実施例1と同様の方法で解砕し、実施例1と同様の方法で実施例1と同様のアーモンド状に成形した。
【0113】
得られたアーモンド状の非晶質Si−N(−H)系化合物成形物を、実施例1と同じロータリーキルン炉を用いて、実施例1と同様の窒素ガス流通下で焼成した。ロータリーキルン炉の第1ゾーンを「1100℃」とし、第2ゾーンを「1150〜1210℃」、第3ゾーンを「1200〜1320℃」、第4ゾーンを「1250〜1650℃」、第5ゾーンを「1300〜1650℃」、第6ゾーンを「1350〜1650℃」の範囲で調節し、炉芯管傾斜角度を1.5〜4°の範囲で、炉芯管回転数を0.75〜5.3rpmの範囲で、各々調節して、各比較例の焼成時の最高温度と昇温速度が表1に記載する数値になるようにした。また、必要な生産量に合わせて、非晶質Si−N(−H)系化合物成形物の供給速度を2〜15kg/時間の範囲で調節した。取り出した焼成後の窒化珪素粉末を、実施例1と同様の方法で軽く解砕することで、表1に示す、本発明の窒化珪素粉末とは異なる比較例2〜12の窒化珪素粉末を得た。
【0114】
次いで、得られた比較例2〜12の窒化珪素粉末を用いて、実施例1と同様の方法で比較例2〜12の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを製造した。得られた比較例2〜12の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを、実施例1と同様の方法で、実施例1と同様の石英坩堝の内面に塗布し、実施例1と同様の方法で乾燥し、実施例1と同様の方法で離型層を石英坩堝の内面に焼き付けて、比較例2〜12の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を得た。比較例2〜12の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の厚みはすべて、5点測定の平均で150〜220μmの範囲であった。
【0115】
比較例2〜12の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で溶融シリコンを凝固させて、多結晶シリコンインゴットを製造した。実施例1〜20と同様の方法で離型層の評価を行い、表1に示す結果を得た。
いずれの比較例においても、多結晶シリコンインゴットが、鋳型を破壊しなくても鋳型から離型でき、離型層へのシリコンの浸透が目視では全く確認できない鋳型は得られなかった。
【0116】
(比較例13)
比較例13の窒化珪素粉末を次のように製造した。
【0117】
実施例1と同じシリコンジイミド粉末を実施例1と同じロータリーキルン炉に25kg/時間の速度で供給し、熱分解温度を1150℃と、熱分解時に導入するガスを酸素濃度2vol%の空気−窒素混合ガス、ガスの流量をシリコンジイミド粉末1kg当たり200リットル/時間として、供給したシリコンジイミド粉末を加熱分解して、表1に示す、比表面積RSが415m/g、酸素含有割合ROが0.95質量%で、RS/ROが437である比較例13に用いる非晶質Si−N(−H)系化合物を得た。
【0118】
得られた、表1に示す非晶質Si−N(−H)系化合物を実施例1と同様の方法で解砕し、実施例1と同様の方法で実施例1と同様のアーモンド状に成形した。
【0119】
このアーモンド状の非晶質Si−N(−H)系化合物成形物を内部が格子状に仕切られた黒鉛製の坩堝に仕込んで、プッシャー炉を用いて次の条件で焼成した。室温から1100℃までを3時間かけて、1100℃から1400℃までを1℃/分の昇温速度で、1400℃から1550℃までを2時間で昇温し、1550℃で1時間保持した後、冷却した。取り出した焼成後の窒化珪素粉末を、実施例1と同様の方法で軽く解砕することで、比較例13の窒化珪素粉末を得た。比較例13の窒化珪素粉末は、表1に示すように、比表面積FSが11.5m/g、内部酸素の含有割合FIOが0.77質量%、表面酸素の含有割合FSOが0.45質量%で、FS/FIOが14.9、FS/FSOが25.6、粒度分布を表すD10/D90が0.23であり、FS/FIOおよびD10/D90が、本発明の窒化珪素粉末とは異なる窒化珪素粉末であった。
【0120】
次いで、得られた比較例13の窒化珪素粉末を用いて、実施例1と同様の方法で比較例13の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを製造した。得られた離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを、実施例1と同様の方法で、実施例1と同様の石英坩堝の内面に塗布し、実施例1〜20と同様の方法で乾燥し、実施例1と同様の方法で離型層を石英坩堝の内面に焼き付けて、比較例13の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を得た。比較例13の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の厚みは、5点測定の平均で195μmであった。
【0121】
比較例13の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で溶融シリコンを凝固させて、多結晶シリコンインゴットを製造した。実施例1と同様の方法で離型層の評価を行い、表1に示す結果を得た。
【0122】
多結晶シリコンインゴットが鋳型に固着して離型できなかったので、ハンマーを用いて鋳型を破壊し、多結晶シリコンインゴットを鋳型から取り出した。鋳型側面の一部が剥離して鋳型表面が露出していることが確認された。また、離型層断面のSEM画像から測定された離型層の面積密度は50%に留まっていた。
【0123】
また、比較例13の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層断面のSEM画像を図3に示す。上述した図2の実施例2に係る同SEM画像と比較すると、比較例13の鋳型には、400℃という低温での焼き付けでは、実施例2のような緻密な離型層が形成できていないことが分かる。
【0124】
(比較例14〜16)
比較例14〜16の窒化珪素粉末を次のように製造した。
【0125】
実施例1と同じシリコンジイミド粉末を実施例1と同じロータリーキルン炉を用いて加熱分解した。シリコンジイミド粉末の供給速度を25〜35kg/時間、熱分解温度を500〜1200℃、熱分解時に導入する空気−窒素混合ガスの酸素濃度を2vol%、ガスの流量をシリコンジイミド粉末1kg当たり125〜240リットル/時間の範囲で調節して供給したシリコンジイミド粉末を加熱分解し、表1に示す、比較例14〜16で用いる非晶質Si−N(−H)系化合物を製造した。
【0126】
得られた表1に示す非晶質Si−N(−H)系化合物を、実施例1と同様の方法で解砕し、実施例1と同様の方法で実施例1と同様のアーモンド状に成形した。
【0127】
このアーモンド状の非晶質Si−N(−H)系化合物成形物を、内部が格子状に仕切られた黒鉛製の坩堝に仕込んで、プッシャー炉を用いて次の条件で焼成した。室温から1000℃までを3時間かけて、1100℃から1400℃までを1℃/分の昇温速度で、1400℃から1550℃までを2時間で昇温し、1550℃で1時間保持した後、冷却した。取り出した焼成後の窒化珪素粉末を、実施例1と同様の方法で軽く解砕することで、表1に示す、本発明の窒化珪素粉末とは異なる比較例14〜16の窒化珪素粉末を得た。
【0128】
次いで、得られた比較例14〜16の窒化珪素粉末を用いて、実施例1と同様の方法で比較例14〜16の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを製造した。得られた比較例14〜16の離型剤用窒化珪素粉末含有スラリーを、実施例1と同様の方法で、実施例1と同様の石英坩堝の内面に塗布し、実施例1と同様の方法で乾燥し、実施例1と同様の方法で離型層を石英坩堝の内面に焼き付けて、比較例14〜16の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を得た。比較例14〜16の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型の離型層の厚みはすべて、5点測定の平均で176〜212μmの範囲であった。
【0129】
比較例14〜16の多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を用いたこと以外は実施例1と同様の方法で溶融シリコンを凝固させて、多結晶シリコンインゴットを製造した。実施例1と同様の方法で離型層の評価を行い、表1に示す結果を得た。
【0130】
いずれの比較例においても、多結晶シリコンインゴットが鋳型に固着して離型できなかったので、ハンマーを用いて鋳型を破壊し、多結晶シリコンインゴットを鋳型から取り出した。いずれの比較例においても、鋳型側面または底面の一部が剥離して鋳型表面が露出していることが確認された。
【0131】
【表1】
【産業上の利用可能性】
【0132】
本発明によれば、多結晶シリコンインゴットの離型性が良好で、多結晶シリコンインゴット鋳造後も鋳型への密着性が良好な離型層を、バインダー等の添加剤を用いることなく低温の焼き付けで多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型に形成できるので、多結晶シリコンインゴットを低コストで製造できる多結晶シリコンインゴット鋳造用鋳型を提供することが可能になる。
図1
図2
図3