特許第5975441号(P5975441)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5975441被覆銀微粒子の製造方法及び当該製造方法で製造した被覆銀微粒子
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5975441
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月23日
(54)【発明の名称】被覆銀微粒子の製造方法及び当該製造方法で製造した被覆銀微粒子
(51)【国際特許分類】
   B22F 1/02 20060101AFI20160809BHJP
   B22F 1/00 20060101ALI20160809BHJP
   B22F 9/30 20060101ALI20160809BHJP
   H01B 13/00 20060101ALI20160809BHJP
   H01B 5/00 20060101ALI20160809BHJP
   H01B 1/22 20060101ALI20160809BHJP
   H01B 1/00 20060101ALI20160809BHJP
【FI】
   B22F1/02 B
   B22F1/00 K
   B22F9/30 Z
   H01B13/00 501Z
   H01B5/00 E
   H01B1/22 Z
   H01B1/00 E
   H01B1/22 A
【請求項の数】9
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2012-182765(P2012-182765)
(22)【出願日】2012年8月21日
(65)【公開番号】特開2014-40630(P2014-40630A)
(43)【公開日】2014年3月6日
【審査請求日】2015年7月31日
(73)【特許権者】
【識別番号】304036754
【氏名又は名称】国立大学法人山形大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001508
【氏名又は名称】特許業務法人 津国
(74)【代理人】
【識別番号】100078662
【弁理士】
【氏名又は名称】津国 肇
(74)【代理人】
【識別番号】100131808
【弁理士】
【氏名又は名称】柳橋 泰雄
(74)【代理人】
【識別番号】100135873
【弁理士】
【氏名又は名称】小澤 圭子
(74)【代理人】
【識別番号】100116528
【弁理士】
【氏名又は名称】三宅 俊男
(72)【発明者】
【氏名】栗原 正人
(72)【発明者】
【氏名】今 宏樹
【審査官】 米田 健志
(56)【参考文献】
【文献】 特表2010-500475(JP,A)
【文献】 特開2010-265543(JP,A)
【文献】 特開2009-270146(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B22F 1/02
B22F 9/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
(1)加熱により分解して金属銀を生成しうる銀化合物と、
(2)アルキルアミンと、
(3)分子内に炭素原子とヘテロ原子との多重結合、又はヘテロ原子同士の多重結合の少なくとも一方を含む化合物と、
を混合して、当該銀化合物とアルキルアミンを含む錯化合物を生成する第1工程と、
当該錯化合物を加熱分解して、アルキルアミンを含む保護膜で被覆された銀微粒子を生成する第2工程と、を含むことを特徴とする被覆銀微粒子の製造方法。
【請求項2】
前記ヘテロ原子は、酸素原子、又は窒素原子の少なくとも一方であることを特徴とする請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記分子内に炭素原子とヘテロ原子との多重結合、又はヘテロ原子同士の多重結合の少なくとも一方を含む化合物に含まれる炭素原子の数が14以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
前記第1工程が、カルボニル化合物、オキシム化合物、ニトリル化合物、イソニトリル化合物、イソシアネート及びシアナート化合物からなる群より選択される、分子内に炭素原子とヘテロ原子との多重結合を含む少なくとも1つの化合物を用いて行われることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項5】
前記第1工程が、アゾ化合物、ニトロ化合物、ニトロソ化合物及びアジ化物からなる群より選択される、分子内にヘテロ原子同士の多重結合を含む少なくとも1つの化合物を用いて行われることを特徴とする請求項1〜3のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記銀化合物がシュウ酸銀を主成分とする請求項1〜5いずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
請求項1〜6のいずれか一項に記載の方法により製造されることを特徴とする被覆銀微粒子。
【請求項8】
請求項7に記載の被覆銀微粒子を有機溶媒に分散させてなることを特徴とする被覆銀微粒子分散液。
【請求項9】
請求項7に記載の被覆銀微粒子を含有することを特徴とする被覆銀微粒子含有ペースト。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、アルキルアミンを含む保護膜で被覆された銀微粒子の製造方法、及び当該方法で製造される被覆銀微粒子に関する。
【背景技術】
【0002】
銀微粒子は、金属銀に特有の高い電気伝導率や耐酸化安定性、可視領域における光反射率に加え、比較的低い温度で焼結して銀被膜を生成可能であること等が知られている。これらの特性を生かして導電性インクやペーストとして銀微粒子を用いることにより、電子配線・素子を簡単な印刷・塗布工程で作製する次世代のプロセス技術であるプリンテッドエレクトロニクスにおける配線材料として期待されている。
また、銀イオンはバクテリアなどに対して極めて強い殺菌性を示すところ、比表面積の大きな銀微粒子を用いることにより微量の銀により高い殺菌力を得られることが期待される。また、特異な光学的性質を生かして、色素や反射鏡の材料として銀微粒子を使用することが検討されている。
【0003】
銀微粒子はさまざまな方法で製造することが可能であるが、製造された銀微粒子の凝集防止や溶媒への分散性向上等の特性付加の点から、銀微粒子の製造と同時に粒子表面に各種の保護膜を生成させた被覆銀微粒子として製造する方法が一般的である。そのような被覆銀微粒子の製造方法としては、銀を含む化合物と保護被膜となる有機分子等が共存する環境において、還元剤により銀を含む化合物を還元する方法が一般的である。例えば、特許文献1には、硝酸銀とアミンの錯体を還元剤であるアスコルビン酸等に滴下して硝酸銀を還元して被覆銀微粒子を製造する技術が記載されている。また、特許文献2には、硝酸銀等の銀塩を有機保護剤および還元補助剤の共存下で加熱して還元することで有機保護剤が被着した銀粒子を製造する技術が記載されている。
【0004】
一方、上記のように、銀を含む化合物と還元剤等との複数成分間での還元反応を利用する方法によれば、各成分の混合比率の微細な揺らぎ等により必ずしも均一に銀粒子が生成せず、得られる銀微粒子が不均一になる問題を有していた。また、混合比率の揺らぎや銀微粒子の粗大化防止等を緩和する点では、銀を含む化合物と還元剤とを多量の溶媒中に希薄に溶解させることが有効であるが、多量の溶媒に係るコストや銀の収率の点でデメリットを生じる問題があった。
【0005】
これらの技術に対し、本願の発明者らは、アルキルアミンをシュウ酸銀等の銀を含む化合物に被着させて錯化合物を形成させた後、生成した錯化合物を加熱して熱分解することで、被覆銀微粒子を得る技術(「アミン錯体熱分解法」、又はより簡略に「アミン錯体分解法」という。)の開発を行っている(例えば、特許文献3参照)。アミン錯体分解法によれば、銀微粒子を生成する際の反応として、一成分であるアミン錯体が複数成分に熱分解する反応を利用するため、複数成分間で生じる還元反応と比較して濃度等の揺らぎによる不均一が生じ難く、均一な特性を持つ銀微粒子を得られやすい。また、一般に有機溶媒等を必要とせず、無溶媒でも銀微粒子を得ることができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2009−144197号公報
【特許文献2】特開2007−39718号公報
【特許文献3】特開2010−265543号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
一方、アミン錯体分解法による銀微粒子の製造においては、上記のとおり、予めシュウ酸銀等の銀を含む化合物にアルキルアミンを被着して錯化合物を形成することが求められる。この点において、製造される被覆銀微粒子の被覆分子として比較的安定な被膜を形成できるアルキルアミンのみを用いた場合、錯化合物の形成が困難であったり、錯化合物の形成に長時間を有する場合が多い。このため、銀を含む化合物とアルキルアミンを含む錯化合物の形成を促す助剤を用いることが有効である。
上記特許文献3においては、アルキルアミンと共により極性の強いアルキルジアミンを用いることで、アルキルアミンの種類によらず速やかに銀を含む化合物とアルキルアミンを含む錯化合物を生成し、良好な被覆銀微粒子が得られることが記載されている。
しかしながら、主に錯化合物の形成のために用いられるアルキルジアミン等も製造される被覆銀微粒子の被膜に含まれるため、被覆銀微粒子の各種特性に影響を与えることになり、被覆銀微粒子の用途によっては他の成分により置換することが望ましい場合が存在すると予想される。
【0008】
そこで本発明は、いわゆるアミン錯体分解法により被覆銀微粒子を製造する方法において、従来とは異なる新規の製造方法を提供すると共に、当該方法で製造された被覆銀微粒子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、上記課題を解決するためにアルキルアミンを含む保護膜で被覆された被覆銀微粒子の製造方法について鋭意検討した結果、加熱により分解して金属銀を生成しうる銀化合物と、アルキルアミンとを混合して錯化合物を生成する際に、分子内に炭素原子とヘテロ原子との多重結合を含む化合物か、及び/又は分子内に複数のヘテロ原子間の多重結合を含む化合物を添加することにより、錯化合物の生成が促進され、短時間で効率よく錯化合物を生成しうることを見出した。
【0010】
すなわち、本発明の被覆銀微粒子の製造方法は、(1)加熱により分解して金属銀を生成しうる銀化合物と、(2)アルキルアミンと、(3)分子内に炭素原子とヘテロ原子との多重結合、又はヘテロ原子同士の多重結合の少なくとも一方を含む化合物と、を混合して、当該銀化合物とアルキルアミンを含む錯化合物を生成する第1工程と、当該錯化合物を加熱分解して、アルキルアミンを含む保護膜で被覆された銀微粒子を生成する第2工程と、を含むことを特徴とする。前記ヘテロ原子は、酸素原子又は窒素原子であることが好ましく、これらのいずれか一方又は両方を含む化合物であることが好ましい。また、当該化合物に含まれる炭素原子の数が14以下であることが更に好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明の方法によれば、加熱により分解して金属銀を生成しうる銀化合物とアルキルアミンとを含む錯化合物の生成を促進することにより、アルキルアミンを含む保護膜で被覆された被覆銀微粒子の製造方法を効率化し、製造コストの低減に寄与することができる。さらに本発明の方法は、得られた被覆銀微粒子の用途に併せて、保護膜として使用するアルキルアミンの種類を選択、最適化することができるため実用上極めて有用である。
【図面の簡単な説明】
【0012】
図1-1】本発明の方法により製造された代表的な被覆銀微粒子の透過走査電子顕微鏡(STEM)像、又は、走査電子顕微鏡(SEM)像である。(a)実施例1、(b)実施例2、(c)実施例9、(d)実施例10、(e)実施例12及び(f)実施例13の方法で製造された被覆銀微粒子のSTEM、又は、SEM画像である。
図1-2】本発明の方法により製造された代表的な被覆銀微粒子の透過走査電子顕微鏡(STEM)像、又は、走査電子顕微鏡(SEM)像である。(g)実施例15、(h)実施例22、(i)実施例18、(j)実施例19、(k)実施例20及び(l)実施例21の方法で製造された被覆銀微粒子のSTEM、又は、SEM画像である。
図1-3】本発明の方法により製造された代表的な被覆銀微粒子の透過走査電子顕微鏡(STEM)像である。(m)実施例3の方法で製造された被覆銀微粒子のSTEMである。
図2】実施例12に記載の方法で得られた被覆銀微粒子の焼結後の膜の表面構造を示す電子顕微鏡像(SEM像)である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係る被覆銀微粒子の製造方法、及び本発明に係る方法で製造される被覆銀微粒子について説明する。特許文献3に記載されるように、銀を含むシュウ酸銀等の銀化合物とアルキルアミンから主に構成される錯化合物を所定の条件で加熱して、当該錯化合物に含まれるシュウ酸イオン等の銀化合物を分解等させることで原子状の銀を生成させ、アルキルアミンの存在下で凝集させることにより、アルキルアミンの保護膜に保護された銀微粒子を製造可能であることが知られている。このような、アミン錯体分解法においては、単一種の分子である銀アミン錯体の分解反応により原子状金属銀が生成するため、反応系内に均一に原子状金属銀を生成することが可能であり、複数の成分間の反応により銀原子を生成する場合に比較して、反応を構成する成分の組成揺らぎに起因する反応の不均一が抑制され、特に工業的規模で多量の被覆銀微粒子を製造する際に有利である。
【0014】
また、アミン錯体分解法においては、生成する銀原子にアルキルアミン分子が配位結合しており、当該銀原子に配位したアルキルアミン分子の働きにより凝集を生じる際の銀原子の運動がコントロールされるものと推察される。この結果として、銀原子が高い密度で存在する環境で製造を行った場合でも過度の凝集等を生じ難く、粒度分布が狭い銀微粒子を製造することが可能となる。更に、製造される銀微粒子の表面にも多数のアルキルアミン分子が比較的弱い力の配位結合を生じており、これらが銀微粒子の表面に緻密な保護被膜を形成するため、保存安定性に優れる表面の清浄な被覆銀微粒子を製造することが可能となる。また、当該被膜を形成するアルキルアミン分子は加熱等により容易に脱離可能であるため、非常に低温で焼結可能な銀微粒子を製造することが可能となる。
【0015】
上記のように、銀アミン錯体分解法は、微細で低温焼結が可能な被覆銀微粒子を製造する普遍的な方法として優位性を有する。その一方で、アミン錯体分解法により銀微粒子を製造する際に、原料である銀化合物とアルキルアミン等が錯化合物を生成する反応は、銀化合物中の銀原子にアルキルアミン等が配位結合を形成する際の自由エネルギー変化を駆動力として進展するものと推察されるところ、当該配位結合の形成に係る自由エネルギー変化が必ずしも大きくないため、錯化合物の形成が必ずしも円滑に進展しないという問題を有している。また、銀原子の供給源として固体状態の銀化合物が用いられる場合が多く、アルキルアミンとの錯化合物等の生成反応が生じる場所は両者の固液界面に限定されるために、駆動力の弱い錯化合物等の生成反応を完了するためには一般に長時間の混合処理が必要となっていた。更に、銀化合物やアルキルアミンの選択によっては、両者の錯化合物等が良好に生成できないという問題を有していた。
【0016】
この問題を解決するための一つの手段として、本発明者が先に開示した特許文献3においては、沸点が100℃〜250℃の中短鎖アルキルモノアミンに対して、より極性の強い中短鎖アルキルジアミンを介在させて用いることによって、無溶媒、低温、短時間で錯化合物を合成し、この錯化合物を用いることで低温焼結可能な被覆銀微粒子を製造できることを示した。この方法で製造される被覆銀微粒子は、銀の焼結温度としては極めて低温である室温付近で焼結可能であると共に、有機溶媒中に高濃度で分散可能であるため、例えば、適宜の分散媒に分散させた状態でインクとして使用することで、耐熱性の低いプラスチック基板等にも良好な導電膜を形成できるなど、各種の用途において非常に有用である。
【0017】
一方、本発明者が種々の検討をしたところ、固体状の銀化合物とアルキルアミンを混合して錯化合物等の複合化合物が生成する際に、分子内に炭素原子と酸素、窒素、硫黄、リン等のヘテロ原子との多重結合や、ヘテロ原子同士の多重結合を含む化合物分子を介在させることにより、銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の生成が円滑に進展することが明らかになった。
このような化合物により当該錯化合物の生成が促進される理由は必ずしも明らかでないが、炭素と多重結合により結合する酸素や窒素等のヘテロ原子においては、非共有電子対が露出して一重結合による場合と比較して強い極性を示すことが知られており、このことが銀化合物中の銀原子に対して配位結合を形成する傾向を強めているものと考えられる。また、同種又は異種のヘテロ原子間の多重結合が存在する場合にも、各原子の非共有電子対が活性化される結果、銀化合物中の銀原子に対して配位結合を形成する傾向が強い結果として、固体である銀化合物が解砕されてアルキルアミンとの錯化合物の形成が促進されるものと推察される。
【0018】
また、当該多重結合を有する化合物分子を介在させて生成した錯化合物については、その後に加熱して分解する工程において、銀化合物とアルキルアミンのみを混合して生成させた錯化合物と比べて短時間で分解を完了する傾向が見られる。アルキルアミンと錯化合物を形成した銀化合物は、一般に本来の熱分解温度以下の温度で熱分解を生じる傾向が見られる。これは、銀化合物に対してアルキルアミンが配位結合等を生じることにより、銀化合物の構造が不安定となって活性化されるためと考えられている。この観点から、多重結合を有する化合物分子の介在下で生成した錯化合物については、マクロ的な錯化合物の形成と共に、微視的にも良好な錯化合物の形成が生じているものと推察される。
【0019】
更に、本発明により製造された被覆銀微粒子においては、錯化合物の生成の際に添加した化合物分子の種類に応じて、銀微粒子の平均粒径などの性状や溶媒への分散性、焼結させた際の残留抵抗などに顕著な違いを生じることが明らかになっている。このことから、当該添加成分として使用される化合物分子は、生成する錯化合物や被覆銀微粒子の被覆部分に存在することで、被覆銀微粒子の生成過程に影響すると共に、生成した被覆銀微粒子に各種の特性を付与しているものと推察される。
以下、本発明により被覆銀微粒子を製造する方法、及び、当該製造方法により製造された被覆銀微粒子について具体的に説明する。
【0020】
(加熱により分解して金属銀を生成しうる銀化合物)
被覆銀微粒子を製造するために用いる銀の原料としては、銀を含む化合物の中で、加熱により容易に分解して原子状の銀を生成する銀化合物が好ましく使用される。このような銀化合物として、ギ酸、酢酸、シュウ酸、マロン酸、安息香酸、フタル酸などのカルボン酸と銀原子が化合したカルボン酸銀の他、塩化銀、硝酸銀、炭酸銀等がある。これらの中で、分解により容易に金属銀を生成し、かつ銀以外の不純物を生じにくい等の観点からシュウ酸銀が好ましく用いられる。シュウ酸銀は、銀含量が高く、また通常200℃以下の低温で分解しやすく、分解の際にシュウ酸イオンが二酸化炭素として除去され金属銀が得られるため、不純物が残留しにくい点で有利である。本発明の方法に用いられるシュウ酸銀は、例えば、市販のシュウ酸銀を用いることができる。また、シュウ酸銀のシュウ酸イオンを、20モル%以下の炭酸イオン、硝酸イオン、酸化物イオンの1種以上で置換した銀化合物を使用してもよい。特に、シュウ酸イオンの20モル%以下が炭酸イオンで置換されたシュウ酸銀は熱安定性が高まるが、置換量が20モル%を超えると、これを用いて生成した錯化合物が熱分解しにくくなる場合がある。
【0021】
(アルキルアミン)
アミン錯体分解法により被覆銀微粒子を製造しようとする場合、使用するアミンとしては、アルキル基の一部にアミノ基が結合したアルキルモノアミン、アルキルジアミン等が望ましく使用される。本明細書において、アルキルアミンとは、アルキル基に対して一つのアミノ基が結合したアルキルモノアミン、及び、アルキル基に対して二つのアミノ基が結合したアルキルジアミンを意味するものとする。また、両者を区別する場合には、それぞれアルキルモノアミン、アルキルジアミンと記載する。
本発明に係る製造方法においては、アルキルアミンとして主にアルキルモノアミンを使用するが、製造される被覆銀微粒子に求められる特性等に応じて、適宜アルキルジアミンを混合して使用することができる。
【0022】
本発明の方法に使用しうるアルキルアミンは、銀微粒子の表面に対してアミノ基を介した配位結合を形成可能とするために、アミン部分に含まれるアミノ基が、一級アミノ基であるアルキルアミンRNH又は二級アミノ基であるアルキルアミンRR’NHであることが好ましい。本明細書において、上記R、R’は、互いに独立して炭化水素基を示すが、これらの炭化水素基は酸素原子、窒素原子、硫黄原子又は珪素原子等のヘテロ原子を含んでいてもよい。一級又は二級のアミノ基を含むことにより、アミノ基中の窒素原子が有する非共有電子対により金属原子に配位結合を生じることで、アミン部分と金属化合物の錯化合物が形成可能であり、これにより金属微粒子に対してアルキルアミンの被膜を形成することができる。これに対して、三級アミノ基を含む場合には、一般にアミノ基中の窒素原子の周囲の自由空間が狭いために、金属原子に対する配位結合を生じにくい点で望ましくないが、本発明の方法により製造される被覆銀微粒子の用途等に応じて使用することも可能である。
【0023】
アルキルアミン等においては、一般にアルキル基の分子量が大きくなり長鎖になるに従い蒸気圧が低下して沸点が上昇する傾向が見られる。一方、アルキル基の分子量が小さく短鎖であるものは蒸気圧が高いとともに、極性が強くなる傾向が見られる。また、一分子内に二つのアミノ基を有するアルキルジアミンでは、一分子内に一つのアミノ基を有するアルキルモノアミンより極性が強くなる傾向が見られる。本発明の方法によれば、これら任意のアルキルアミンを使用することができるが、そのアルキル基に含まれる炭素数が2〜5のものを短鎖、炭素数が6〜12のものを中鎖、炭素数が13以上のものを長鎖と定義し、それらの特徴について以下に説明する。
【0024】
長鎖・中鎖のアルキルモノアミンは一般に蒸気圧が低く蒸発を生じ難いと共に、有機溶媒と親和性が高いために、これらのアルキルモノアミンや、これらを含有成分とするアミン混合物を使用することで、製造される被覆銀微粒子の被膜にも所定の割合で長鎖・中鎖のアルキルモノアミンが含まれることとなり、保存性が向上すると共に、無極性の有機溶媒中への分散性を向上することができる。この点で、例えば、製造される被覆銀微粒子を適宜の有機溶媒に分散させてインク等として使用する場合には、当該被覆銀微粒子の被覆部分に長鎖・中鎖のアルキルモノアミンが含まれることが望ましい。
【0025】
このような長鎖・中鎖のアルキルモノアミンとしては、例えば、ジプロピルアミン(107℃)、ジブチルアミン(159℃)、ヘキシルアミン(131℃)、シクロヘキシルアミン(134℃)、ヘプチルアミン(155℃)、3−ブトキシプロピルアミン(170℃)、オクチルアミン(176℃)、ノニルアミン(201℃)、デシルアミン(217℃)、3−アミノプロピルトリエトキシシラン(217℃)、ドデシルアミン(248℃)、ヘキサデシルアミン(330℃)、オレイルアミン(349℃)、オクタデシルアミン(232℃(32mmHg))等のアルキルモノアミンは入手が容易な点で実用的であるが、これに限定されることはなく、炭素数が6以上の他の長鎖・中鎖のアルキルモノアミンについても、適宜、目的に応じて使用することができる。また、室温で固体状態となるものであっても、下記の添加成分等の他の成分と混合することで液状化するものであれば、本発明において使用することができる。
【0026】
一方、一般に、アルキルモノアミンのアルキル鎖が長くなるに従い、銀化合物との間での錯化合物を形成する速度が低下する傾向が見られ、炭素数が18程度の長鎖のアルキルモノアミンを用いた場合には長期間の混合によっても錯化合物の形成が完了しないことも観察される。また、中鎖のアルキルモノアミンを用いた場合には、一般に銀化合物と長期間の混合を行うことにより錯化合物の形成が可能となる。
【0027】
これに対し、アルキルジアミンや炭素数が5以下の短鎖のアルキルモノアミンを用いた場合には、銀化合物との間での錯化合物を比較的容易に形成することが可能である。このため、アミン錯体分解法により被覆銀微粒子を製造しようとする場合には、このようなアルキルジアミンや炭素数が5以下の短鎖のアルキルモノアミンを主成分としたアルキルアミン等を用いることも可能である。
さらに、このようなアルキルジアミンや炭素数が5以下の短鎖のアルキルモノアミンを長鎖・中鎖のアルキルモノアミンに対して所定の割合で混合して用いることにより、両者の長所を生かした被覆銀微粒子を製造することが可能となる。つまり、両者を適宜の割合で混合したアルキルアミンを含む混合物を用いることで、銀化合物との錯化合物を良好に形成し、且つ、保存性に優れ、無極性の有機溶媒中に分散可能な被覆銀微粒子を製造することが可能となる。
【0028】
このような、短鎖のアルキルモノアミンとしては、アミルアミン(沸点104℃)、2−エトキシエチルアミン(105℃)、4−メトキシブチルアミン、ブチルアミン(78℃)、ジエチルアミン(55℃)、プロピルアミン(48℃)、イソプロピルアミン(34℃)、エチルアミン(17℃)、ジメチルアミン(7℃)等が工業的に入手可能であり、望ましく使用される。
【0029】
アルキルジアミンとしては、前記錯化合物の熱分解温度を考慮すれば100℃以上の沸点であること、また、得られた被覆銀微粒子の低温焼結性を考慮すれば、250℃以下の沸点であることが考慮される。例えば、エチレンジアミン(118℃)、N,N−ジメチルエチレンジアミン(105℃)、N,N’−ジメチルエチレンジアミン(119℃)、N,N-ジエチルエチレンジアミン(146℃)、N,N’−ジエチルエチレンジアミン(153℃)、1,3−プロパンジアミン(140℃)、2,2-ジメチル−1,3−プロパンジアミン(153℃)、N,N−ジメチル−1,3−ジアミノプロパン(136℃)、N,N’−ジメチル−1,3−ジアミノプロパン(145℃)、N,N−ジエチル−1,3−ジアミノプロパン(171℃)、1,4−ジアミノブタン(159℃)、1,5−ジアミノ−2−メチルペンタン(193℃)、1,6−ジアミノヘキサン(204℃)、N,N’−ジメチル−1,6−ジアミノヘキサン(228℃)、1,7−ジアミノヘプタン(224℃)、1,8−ジアミノオクタン(225℃)等が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0030】
また、各種のアルキルアミンを使用してアミン錯体分解法により被覆銀微粒子を製造する場合には、製造される銀微粒子の被覆を構成するアルキルアミンを銀化合物と混合して生成させた錯化合物や被覆銀微粒子に対して別の種類のアルキルアミン等を混合することにより、錯化合物や被覆銀微粒子の被覆に含まれるアルキルアミンを置換することも可能である。このような手法は、錯化合物の生成等が困難なアルキルアミンを被覆部分に含む被覆銀微粒子を製造する際などに有効である。
【0031】
(錯体生成の際の添加成分)
本発明においては、銀化合物とアルキルアミンの錯化合物を生成する際に、分子内に炭素原子とヘテロ原子との多重結合や、ヘテロ原子同士の多重結合を含む化合物を介在させることにより、銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の生成が円滑に進展することが明らかになった。つまり当該所定の多重結合を含む化合物が介在することにより、固体状態の銀化合物においては当該銀化合物である銀を含む分子やイオン等が結晶等を形成して凝集し、特に長鎖・中鎖のアルキルアミン等による銀原子への配位が良好に進まないのに対して、当該化合物がアルキルアミンと混合されて存在する場合には、アルキルアミン等による銀化合物への配位結合が進展し効率的に錯化合物が生成することが本発明により明らかとなった。このような効果は、当該化合物が銀化合物の結晶等を効率的に解砕し、アルキルアミン等が銀化合物に接触する頻度が高まるためと考えられる。また、このような効果を更に高めるために、当該所定の多重結合を含む化合物は、アルキルアミンとの相溶性に優れた溶媒であることが好ましい。
【0032】
本発明において使用される当該化合物としては、分子内に炭素原子とヘテロ原子との多重結合や、ヘテロ原子同士の多重結合を含む化合物であればよい。このような化合物においては、多重結合をなすヘテロ原子に属する結合に係る電子の分布が多重結合により偏った状態となり、当該ヘテロ原子が持つ非共有電子対が露出する傾向にあるため、当該非共有電子対が関係する反応についての活性が向上する傾向にあることが知られている。本発明において、上記所定の多重結合を有する化合物を銀化合物とアルキルアミンの錯化合物を生成する際に介在させることで、当該錯化合物の生成が促進される具体的理由は明らかでないが、当該化合物が上記のように活性な非共有電子対を有するヘテロ原子を含むことが、錯化合物の生成が促進されることに関係するものと推察される。
【0033】
本発明において使用される当該化合物としては、より具体的には、炭素と酸素の二重結合を含むカルボニル化合物やイソシアナート化合物、炭素と窒素の多重結合を含むオキシム化合物、シッフ塩基化合物やニトリル化合物、酸素と窒素の多重結合を含むニトロ化合物やニトロソ化合物、及び、窒素原子同士の多重結合を含むアゾ化合物、ジアゾ化合物、アジ化物等が例示される。また、ヘテロ原子としての硫黄、リン等が関係する多重結合を含む化合物によっても銀化合物とアルキルアミンの錯化合物を促進することができる。但し、例えば導電性の配線を形成するために使用される銀微粒子の製造においては、当該硫黄原子やリン原子が残留して悪影響を生じる傾向が見られるため、製造される銀微粒子の用途等に応じて使用が検討されることが望ましい。
【0034】
また、本発明において使用される化合物について、当該化合物に含まれる炭素の数や、化合物内の各官能基に含まれる炭素の数が大きくなるに従い、錯化合物の生成を促進する作用が低下する傾向が観察される。炭素数が錯化合物の生成を促進する作用に与える影響は化合物の基本構造により変化するが、例えば、含まれる多重結合が一つの化合物においては、概ね化合物に含まれる炭素数が14を超える場合に錯化合物の生成促進効果が低下する傾向が見られる。一方、化合物に含まれる炭素数が7以下である場合には、一般に顕著な錯化合物の生成促進効果が観察される。
【0035】
このような特徴を活かして、本発明の好ましい実施形態として、主に長鎖・中鎖のアルキルアミンを用いて被覆銀微粒子を製造する際にこのような当該化合物を介在させることで錯化合物の生成を補助・促進させることができる。
また、本発明で用いられる所定の多重結合を含む化合物は、生成する錯化合物や、それを熱分解することで得られる被覆銀微粒子の被覆部分にも含まれため、本発明において各種の化合物を適宜に選択して用いることにより、製造される被覆銀微粒子に各種の機能を付加することも可能である。このため、短鎖のアルキルアミンやアルキルジアミンが存在する場合においても、錯化合物の生成補助と共に、製造される被覆銀微粒子に所定の特徴を付与する手段として当該化合物を介在させることができる。
【0036】
本発明で銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の生成の際に介在させて用いられる化合物としてのカルボニル化合物の一例として、ケトン類化合物を挙げることができる。
ケトン類化合物は、式(I):
【化1】

で表すことができ、ここでR及びRは、それぞれアルキル基の他、アルケニル基、アルキニル基、アルコキシ基、アルキルアミノ基、ヒドロキシルアミノ基又は置換基を有していてもよいアリール基(芳香族一価モノ−又はポリ炭素環式基、好ましくはフェニル基又はナフチル基)であってもよい。RとRとは、一緒になって環を形成してもよい。特に、本発明におけるアルキル基は、1〜10個の炭素原子(C1−10)、好ましくは1〜6個の炭素原子(C1−6)の分岐鎖又は直鎖からなる、飽和脂肪族炭化水素基であり、メチル、エチル、n−プロピル、イソプロピル、n−ブチル、s−ブチル、イソブチル、t−ブチル、n−ペンチル、3−メチルブチル、n−ヘキシル、2−エチルブチルなどの基が好ましく選択される。またアルキル基は、場合により一部がハロゲンで置換されているものでもよい。
【0037】
また、本発明におけるアルケニル基及びアルキニル基としては、それぞれ不飽和結合として1個の炭素―炭素二重結合、または三重結合を有する2〜10個の炭素原子(C2−10)、好ましくは2〜6個の炭素原子(C2−6)からなる非置換又は置換された炭化水素鎖基である、ビニル、エチニル、1−プロペニル、2−プロペニル、1−プロピニル、2−プロピニル又は2−ブテニル(クロチル)、2−ブチニル等が好適に使用される。また、これ以外に、2個以上の不飽和結合(二重結合や三重結合)を含む炭化水素鎖基や、アルコキシ基、アルキルアミノ基等についても、炭素数が6以下程度の低級のものが好ましく使用される。
【0038】
このようなケトン類化合物の非限定的な例として、アセトン、メチルエチルケトン、アセチルアセトン、2−ブタノン、3−ペンタノン、4−ヘプタノン、4−メチル−3−ペンテン−2−オン(メシチルオキシド)、4−メチル−2−ペンタノン、ジアセチル、ピナコリン、2,4−ジメチルペンタノン、2,6−ジメチルー3−ヘプタノン、イソアミルメチルケトン、3−メチル−2−ブタノン、5−メチル-―ヘプタノン、4-メチル−2−ペンタノン、エチニルイソプロピルケトン、2−オクタノン、等の脂肪族ケトン、シクロペンタノン、シクロヘキサノン、2−シクロヘキセノン、イソホロン、ジシクロヘキシルケトン、等の脂環式ケトン、並びにアセトフェノン、ベンゾフェノン、4−フェニル−2−ブタノン、イソブチロフェノン、ベンザルアセトン、プロピオフェノン等の芳香族ケトンが挙げられる。
【0039】
さらに、ケトン類化合物としては、メチルアセトアセテート、エチルアセトアセテート、アセチル琥珀酸ジメチル、α−アセチル−γ−ブチロラクトン、アセト酢酸、ピルビン酸メチル、ピルビン酸、N,N−ジメチルアセトアセトアミド、アセトアセトアニリド、N−アセトアセチルモルホリン等の酸素原子を含むケト酸化合物を挙げることができる。
【0040】
また、本発明で錯化合物の生成の際に用いられるカルボニル化合物の一例として、式(II)で示される、カルボニル炭素に一つの水素原子が結合したアルデヒド類化合物を挙げることができる。
式(II):
【化2】

ここで、Rは、上記で定義した他、水素原子であってもよい。本発明の方法に使用するのに適したアルデヒド類化合物の非限定的な例として、プロピオンアルデヒド、n−ブチルアルデヒド、イソブチルアルデヒド、n−ペンチルアルデヒド、2−メチルブチルアルデヒド、n−ヘキシルアルデヒド、2−メチルペンタナール、n−ヘプチルアルデヒド、2−ヘキセナール、n−オクチルアルデヒド、ベンズアルデヒド、クミンアルデヒド、アニスアルデヒド、クロロベンズアルデヒド、シンナムアルデヒド、クロトンアルデヒド、イソブチルアルデヒド、ブチルアルデヒド、ピルビンアルデヒド、テレフタルアルデヒド、トルアルデヒド、エチニルフェニルケトン、フルフラール又はこれらの任意の2種以上の混合物などが挙げられるが、特に好ましいアルデヒド類化合物は、炭素原子数が3〜14の脂肪族又は芳香族アルデヒドであり、さらに好ましくは、炭素原子数が3〜7の脂肪族アルデヒドである。
【0041】
ケトン類化合物、アルデヒド類化合物を介在させて銀化合物とアルキルアミンの錯化合物を形成させることで、典型的には10分以下の非常に短時間で錯化合物の生成が完了することが観察される。また、ケトン類化合物、アルデヒド類化合物の介在下で形成された錯化合物は短時間で熱分解して、平均粒子径が10nm程度の微細な被覆銀微粒子を生成することが観察される。本発明で使用される銀化合物は、一般に良好な錯化合物が生成されることで銀化合物の構造が不安定となって活性化され、本来の熱分解温度以下の温度でも迅速に熱分解する傾向を有することを考慮すれば、ケトン類化合物、アルデヒド類化合物の介在により微視的にも良好な錯化合物が生成することが推察される。
更に、ケトン類化合物、アルデヒド類化合物の介在下で形成された錯化合物を熱分解して生成する被覆銀微粒子は、一般に高い割合で有機溶媒中に分散する傾向を示し、特に被覆銀微粒子を有機溶媒に分散させてインク状とする場合に有効である。
【0042】
本発明で銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の生成の際に介在させて用いられる化合物としてのカルボニル化合物の一例として、式(III):
【化3】

で示されるエステル類化合物を挙げることができる。本明細書におけるエステル類化合物は式(III)で表されるカルボン酸エステルを意味し、ここでR及びRは上記で定義したとおりである。本発明の方法に使用するのに適したエステル類化合物の非限定的な例として、酢酸エチル、炭酸プロピレン、エチルおよびメチルベンゾエート、エチルp−メトキシベンゾエート、メチルp−エトキシベンゾエート、エチルp−エトキシベンゾエート、エチルアクリレート、メチルメタクリレート、エチルアセテート、エチルp−クロロベンゾエート、ヘキシルp−アミノベンゾエート、イソプロピルナフタレート、n−アミルトルエート、エチルシクロヘキサノエート、およびプロピルピバレートが挙げられる。
【0043】
カルボニル炭素に酸素原子が結合したエステル類化合物を介在させることで、錯化合物の生成時間を短縮し、焼結性に優れた被覆銀微粒子を製造することが可能となる。一方、カルボニル炭素にアルキル基や水素が結合したケトン化合物やアルデヒド化合物等と比較した場合には、エステル類化合物を使用した場合には錯化合物の生成に時間を要する傾向が見られる。これは、カルボニル炭素に酸素原子が結合することにより、カルボニル酸素の活性が低下するためと考えられる。
【0044】
本発明で銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の生成の際に介在させて用いられる化合物としてのカルボニル化合物の一例として、カルボニル炭素に窒素原子が結合したアミド類化合物を挙げることができ、典型的には式(IV):
【化4】

で示されるカルボン酸アミド類化合物が挙げられる。式(IV)において、R、R及びRは、それぞれ上記でR及びRで定義した他、水素原子及びアミノ基であってもよい。また、RとR、RとR、及びRとRとは、一緒になって環を形成してもよく、アンモニア、第1級アミン及び第2級アミンの少なくとも1種とカルボン酸とが脱水縮合して得られる環状のラクタム類化合物及び直鎖状のカルボン酸アミド類化合物が挙げられる。前記直鎖状のカルボン酸アミド化合物としては、ホルムアミド、アセトアミド、ジメチルホルムアミド、ジエチルホルムアミド、N−メチルホルムアミド、N−エチルホルムアミド、N−(2−ヒドロキシエチル)ホルムアミド、ジメチルアセトアミド等が挙げられ、また、環状のラクタム類化合物としては、2−ピロリドン、N−メチルピロリドン、N−エチルピロリドン、N−プロピルピロリドン、5−メチル−2−ピロリドン、5−エチル−2−ピロリドン、5−プロピル−2−ピロリドン、γ−ブチロカプロラクタム、が挙げられる。
【0045】
また式(IV)において、Rがアミノ基又はアルキルアミノ基であるカルバミド類化合物を用いることができる。カルバミド類化合物の中には尿素、尿酸、テトラメチルカルバミドおよびジメチルイミダゾリジノンなどが含まれるがこれらに限定されず、本発明で用いることができる。その他、1級アミンまたはアンモニアに2個のカルボニル基が結合したイミド類化合物を挙げることができる。カルボニル炭素に窒素原子が結合したアミド化合物を介在させることで、錯化合物の生成時間を短縮し、ペースト剤としての使用に適した被覆銀微粒子を製造することが可能となる。特に、尿素(カルバミド類化合物)や2−ピロリドン(ラクタム類化合物)を使用して製造した被覆銀微粒子を用いることで、印刷後の抵抗値の低下が極めて速く、残留抵抗の低いペースト剤を得ることが可能になる。
【0046】
更に、一分子内に炭素原子と酸素原子間の二重結合と共に、炭素原子と窒素原子間の二重結合を有するイソシアネート化合物(R−N=C=O)を用いることによっても、短時間で銀化合物とアルキルアミンの錯化合物を形成可能となる。本発明の方法において好ましく用いられるイソシアネート化合物には、イソシアン酸メチル、イソシアン酸ブチル、イソシアン酸ヘキシル、イソシアン酸4−クロロフェニル、イソシアン酸フェニル、イソシアン酸シクロヘキシル、ヘキサメチレンジイソシアナート、イソシアン酸オクタデシルどが含まれるがこれらに限定されず、使用することができる。また、イソシアネート化合物の類似物であるシアナート化合物(R−O−C≡N)も、同様に使用することがでる。
【0047】
本発明で使用することができる炭素と窒素の多重結合を含む化合物としては、オキシム化合物やニトリル化合物を挙げることができる。
オキシム化合物は(>C=N−OH)の一般式で示される構造を有する有機化合物であり、窒素と二重結合を形成する炭素原子に対して2個の有機基が結合したケトオキシムと、その一方の有機基が水素で置換されたアルドオキシムが典型的に挙げられる。
本発明の方法に使用するのに適したオキシム類化合物は、イソブチルメチルケトキシム、ジメチルグリオキシム、シクロヘキサノンオキシム、メチルエチルケトキシム、アセトキシム、アセトアルデヒドオキシムなどが挙げられる。さらに、>C=N−OHの水酸基(OH)が有機基で置換されているシッフ塩基を使用することができる。
【0048】
ニトリル化合物は、炭素原子と窒素原子からなるシアノ基(−CN)にアルキル基等が結合した化合物であり、例えば、アセトニトリル、ブチロニトリル、アクリロニトリル、ベンゾニトリル等を好ましく用いることができる。シアノ基を形成する炭素原子と窒素原子間には三重結合が存在することから、これにより当該窒素原子の有する非共電子対が露出し、高い活性が示されるものと考えられる。また類似の化合物として、イソシアノ基(−NC)を持つイソニトリル化合物を用いることも可能である。イソニトリル化合物としては、シクロヘキシルイソニトリル、ベンジルイソニトリル等を挙げることができる。
【0049】
本発明においては、銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の生成に介在させる化合物として、ヘテロ原子である酸素原子や窒素原子等と炭素原子の間に多重結合を含む上記の化合物の他に、ヘテロ原子間に多重結合を有する部分を含む化合物を有効に使用することができる。
ヘテロ原子間に多重結合を有する化合物の例として、酸素原子と窒素原子間の多重結合を含むニトロ化合物やニトロソ化合物が挙げられる。ニトロ化合物は、ニトロ基(−NO)にアルキル基等が結合した化合物であり、ニトロソ化合物は、ニトロソ基(−NO)にアルキル基等が結合した有機化合物である。このような、酸素原子と窒素原子間の多重結合を含む化合物としては、ニトロメタン、ニトロエタン及びニトロベンゼン、ニトロソベンゼン等を好ましく用いることができる。
【0050】
また、ヘテロ原子間に多重結合を有する他の化合物の例として、窒素原子間に多重結合を含むアゾ化合物、ジアゾ化合物、アジ化物等が挙げられる。アゾ化合物は、アゾ基(−N=N−)にアルキル基やフェニル基等が結合したものであり、ジアゾ化合物は、ジアゾ基(−N)にアルキル基やフェニル基等が結合したものである。また、アジ化物は、アジ基(−N)にアルキル基やフェニル基等が結合したものであり、アジ化メチル、アジ化エチル、ジフェニルリン酸アジド等が例示される。
【0051】
上記説明したような所定の多重結合を含む化合物は、使用するアルキルアミンの種類や、製造される被覆銀微粒子に期待される特性等に応じて適宜選択して用いることができる。また、複数種の化合物を組み合わせて用いることができ、錯体生成の反応時間のみならず、アルキルアミンの種類とともに銀の収率や被覆銀微粒子の分散性をも考慮した組み合わせを行うことも可能である。
【0052】
下記の実施例で示されるように、本発明で用いられる所定の多重結合を含む化合物が含む官能基や構造に応じて、銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の形成を促進する程度や、生成する錯化合物、被覆銀微粒子の性状に違いを生じるが、上記のように一般には分子量が大きくなるに従い、銀化合物とアルキルアミンとの錯化合物の形成促進作用が小さくなる傾向が見られる。このため、上記のカルボニル化合物、オキシム化合物、ニトリル化合物等としては、各化合物に含まれる炭素原子の数が14以下の化合物が好ましく、更に炭素原子の数が10以下の化合物が好ましく、更になお好ましくは炭素原子の数が6〜8以下の化合物が、最も好ましくは炭素原子の数が7以下の化合物が用いられる。
【0053】
一方、錯化合物の生成に使用される化合物の一部は錯化合物や錯化合物を熱分解する際の反応媒に含まれるため、使用された化合物の蒸気圧が高い場合には、錯化合物を加熱して被覆銀微粒子を製造する際に化合物が蒸発・脱離して、被覆銀微粒子の生成プロセスを不安定にしたり、被覆銀微粒子として回収される銀原子の収率を低下させる問題を生じる。
錯化合物の熱分解による被覆銀微粒子の生成は、通常70〜150℃程度の範囲で行われるため、本発明において錯化合物の生成の際に添加される化合物としては、当該温度範囲において蒸気圧が低いものが好ましく使用される。このため、使用する化合物として、沸点が70℃以上のものであること、更に好ましくは沸点が80℃以上のものを使用することが好ましい。
【0054】
例えば、沸点が低いアセトン等を用いた場合、銀化合物との混合中に蒸発したり、錯化合物の分解行程が不安定になり易い傾向が見られる。従って、沸点の低い化合物を使用する場合には、他のケトン類化合物、アルデヒド類化合物、カルボン酸アミド類化合物又はエステル類、例えばアセチルアセトン、プロピオンアルデヒド又は炭酸プロピレン等と組み合わせることで蒸気圧を抑制して用いることが好ましい。
【0055】
本発明において使用する所定の多重結合を含む化合物の添加量は、錯化合物の生成の際に用いるアルキルアミン等と均一な混合物を形成できる範囲で、アルキルアミンに対して5モル%〜500モル%程度とすることが好ましい。当該化合物の使用量がアルキルアミンに対してモル比で5モル%以下になると、錯化合物の生成促進作用が十分でなくなる傾向が見られる。一方、当該化合物の使用量がアルキルアミンに対してモル比で500モル%以上になると、アルキルアミンの活性が低下して錯化合物の生成が阻害される傾向が見られる。典型的には、当該化合物の使用量をアルキルアミンに対して10モル%〜300モル%程度とすることで、錯化合物の生成が良好に促進されると共に、良好な錯化合物を生成することが可能となる。一方、錯化合物の生成効率と被覆銀微粒子の被覆部分の特性を両立させる点からは、当該化合物の量をアルキルアミンに対して25モル%〜100モル%程度とすることが好ましいが、具体的に使用する当該化合物の種類や使用割合は、製造する被覆銀微粒子に求められる特性等に応じて、適宜調整がされることが好ましい。
【0056】
本発明において、銀化合物とアルキルアミンの錯化合物の生成の際に所定の多重結合を含む化合物を用いる際には、アルキルアミンと当該化合物を予め混合した混合物に銀化合物を投入する他、銀化合物に当該化合物を混合して解砕等した後にアルキルアミンを加えて錯化合物を生成させてもよく、また銀化合物とアルキルアミンの混合物中に更に当該化合物を加えることで錯化合物を生成させてもよい。
更に、被覆銀微粒子の収率を高めたり、均一性を向上する等の目的で、銀化合物とアルキルアミンを混合して錯化合物が生成した混合物中に当該化合物を加えることで、錯化合物の生成反応の完了していない銀化合物についての処理等を行ってもよい。
【0057】
(分散剤)
以上のように製造される被覆銀微粒子は、使用するアルキルアミン等の選択により、ブタノール等のアルコール溶剤や、オクタン等の非極性溶剤、又はそれらの混合溶剤等の適宜の有機溶媒に高濃度で安定して分散可能であり、使用目的に応じた有機溶媒に分散させることでインクとして用いることができる。使用する有機溶媒は、被覆銀微粒子の保護膜に含まれるアルキルアミン等の脱離を生じさせず、且つ、分散液が塗布された際に比較的速やかに蒸発するものが好ましく用いられる。生成する被覆銀微粒子の分散媒への分散性を向上させるための分散剤として、例えばオレイン酸などの脂肪酸をアミン混合物に混合して用いてもよい。特に、短鎖のアルキルアミンを大きな割合で含有するなどにより、アルキルアミンの平均の分子量が小さいアミン混合物を用いる場合に適宜の脂肪酸を加えることは効果的である。ただし、過剰な量の脂肪酸を使用した場合には、被覆金属微粒子からの保護被膜の脱離温度が上昇する傾向が見られるため、その添加量は反応系に含まれる金属銀原子に対して5モル%以下とすることが望ましい。
【0058】
(錯化合物の生成工程)
銀化合物とアルキルアミンとの錯化合物の生成は、一般的には粉末状の銀化合物に対して所定量のアルキルアミンとを混合することで行う。本発明においては、この際に所定の多重結合を含む化合物を反応系に介在させることにより、錯化合物の生成を促進させることを特徴とする。当該化合物を反応系に介在させる手法としては、予め作成したアルキルアミンと当該化合物の混合物に銀化合物を加えてもよく、また、主に当該化合物を銀化合物と混合して銀化合物を解砕等した後にアルキルアミンを加えて銀化合物とアルキルアミンの錯化合物とするなど、適宜の手法を用いることができる。また、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で、錯化合物を生成させる反応系に、水や各種アルコール、有機溶媒等を更に混合して使用することも可能である。
【0059】
銀化合物とアルキルアミンとの錯化合物の生成過程は、例えば、銀化合物の結晶等が解砕すると共に、生成する錯化合物が一般にその構成成分に応じた色を呈することを利用して、反応による混合物の色の変化の終了を適宜の分光法等により検出することにより、錯化合物の生成反応の終点を検知することができる。また、以下の実施例で主に使用するシュウ酸銀が形成する錯化合物は一般に無色(白色)であるが、この場合でも混合液の粘性が変化するなどの形態変化に基づいて錯化合物の生成状態を検知することができる。
【0060】
本発明においては、錯化合物の熱分解の加熱を行う前に、必ずしも錯化合物の生成が完了する必要はなく、錯化合物の生成過程においても適宜加熱を行うことで、被覆銀微粒子の生成を行うことができる。一方、銀化合物に含まれる銀原子を被覆銀微粒子として回収する割合を高めたり、均一な特性の被覆銀微粒子を生成する点からは、良好な錯化合物の生成後にその熱分解を行うことが好ましい。
錯化合物の生成は、銀化合物の分解反応の発生やアルキルアミン等の蒸発を抑制可能な温度範囲で行うことが好ましい。典型的には、室温付近での撹拌により錯化合物の生成が可能であるが、錯化合物の生成促進の点で、銀化合物の分解反応の発生等を生じない範囲で加熱することも可能である。また、銀化合物に対するアルキルアミンの配位反応は発熱を伴うため、銀化合物の分解反応等を抑制するために必要に応じて室温以下に冷却して撹拌を行うことも好ましい。
【0061】
銀化合物とアルキルアミン等との錯化合物の生成において、使用するアルキルアミンの総量は銀化合物に含まれる金属銀原子と化学量論量以上とすることが望ましい。アルキルアミンの総量が金属銀原子との化学量論量以下の量であると、錯化合物とならない銀化合物が生じるため、その後の銀微粒子の生成の際にその肥大化が生じたり、熱分解せずに残留する銀化合物が発生するために好ましくない。典型的には、錯化合物の生成の際に銀原子の2倍モル量以上のアルキルアミンを混合することで、均一な粒径の銀微粒子を安定して得ることができる。また、アルキルアミンが銀原子の5倍モル量以上となると、反応系における銀原子の密度が低下して最終的な金属銀の回収歩留まりが低下すると共に環境負荷が増加するため、アルキルアミンの使用量は銀原子の5倍モル量以下とすることが好ましい。
【0062】
(錯化合物の加熱分解工程)
上記により生成した銀化合物とアルキルアミン等との錯化合物を加熱して銀化合物中の金属銀原子を遊離させ、これらが凝集することにより銀微粒子が形成される。このような銀アミン錯体分解法による被覆銀微粒子の製造過程においては、予め生成した単一成分(錯化合物)の熱分解反応により原子状銀が供給されるため、複数成分間の化学反応による場合に比べて、各成分の濃度の揺らぎ等に起因した反応のムラを生じ難く、粒子径のそろった銀微粒子が安定して製造できるものと推察される。このため、アミン錯体分解法による銀微粒子の製造は、特に反応に関与する複数の成分を均一に混合することが困難な大規模な工業的生産過程においても有利であると考えられる。
【0063】
また、アルキルアミンが配位結合することで錯化合物化された銀化合物を、適切な条件下で加熱分解等して原子状の銀を遊離した場合には、当該遊離した原子状銀に対してアルキルアミン分子がアミノ基を介した配位結合を維持するものと推察される。このため、遊離した原子状銀が相互に凝集して凝集体を作る際に、凝集体の周囲にはアミノ基の配位結合により固定されたアルキル鎖が高密度で存在して被膜を形成することで、生成する銀微粒子が所定の大きさ以上に成長することが抑制される結果、アミン錯体分解法により製造された被覆銀微粒子においては、粒子径のそろった微細な銀微粒子が安定して製造できるものと推察される。
一方、本発明の方法によれば、所定の多重結合を有する化合物の種類を選択することで、生成する銀微粒子の大きさや粒径分布を制御することも可能である。このメカニズムは必ずしも明らかではないが、当該化合物が保護分子であるアルキルアミンと相互作用等することによって銀原子との配位結合の強さが影響を受ける等の可能性が考えられる。
【0064】
銀アミン錯体分解法においては、上記のように生成する銀微粒子の大きさを一定にする機構が存在するため、高密度に金属銀原子が存在する状態でも粗大粒子の生成が抑制される。この結果、溶媒による希釈によって反応系内での金属銀原子の密度を低く維持して微粒子を製造していた従来法に比べて、少ない溶媒による微粒子の製造ができると共に、銀微粒子として回収される金属銀原子の歩留まりを95%以上の非常に高い割合に維持することが可能である。
【0065】
このような被覆銀微粒子の製造は、上述のように生成した錯化合物を、アルキルアミンを含む反応媒中で加熱して行うことが望ましい。つまり、銀化合物に対して過剰のアルキルアミン等を混合して錯化合物を形成させた後、残留するアルキルアミン等を反応媒としてそのまま加熱しても良く、必要に応じて適宜のアルキルアミン等を更に混合して反応媒とすることも可能である。また、生成した錯化合物を含む混合物から遠心分離等の方法で錯化合物を分離した後、適宜のアルキルアミンを含む反応媒と再混合することで、錯化合物を形成するアミンの一部を他のアミンに置換して被覆銀微粒子を製造することも可能である。
【0066】
錯化合物から原子状の銀を遊離させる際の温度は、使用する錯化合物の種類により変化するが、一般に当該原子状銀の遊離が開始する温度の直上の温度域で行うことが好ましい。一方、過度の加熱を行った場合には、銀に対するアルキルアミンの配位結合が外れ易くなるために、生成する被覆銀微粒子の被膜が不安定となり、粗大粒子が生成しやすくなる点で好ましくない。また、反応媒を成すアルキルアミン等の蒸発が活発になる点からも錯化合物から原子状銀を遊離させる際の温度は、原子状銀の遊離が生じる範囲内でなるべく低温であることが好ましい。具体的には、70〜150℃の温度範囲、更に典型的には80〜120℃の温度範囲に加熱することで、錯化合物に含まれる銀化合物を分解させることが好ましい。
【0067】
本発明により製造される被覆銀微粒子を製造する際においては、銀化合物としてシュウ酸銀が好ましく用いられる。シュウ酸銀は、通常は200℃程度で分解を生じて、シュウ酸イオンが二酸化炭素として除去されて金属銀が残留する。一方、本発明に係る方法により所定量のアルキルアミンと所定の多重結合を含む化合物とを含むアミン混合物を用いて錯化合物とすることにより、100℃程度の温度においてシュウ酸イオンの熱分解を生じて金属銀を遊離可能とすることができる。この温度は、上記と同様に、シュウ酸イオンの熱分解を生じる範囲で低い温度に設定されることが望ましいが、温度の上昇と共に熱分解の速度が向上するため、良好な銀微粒子が得られる範囲で適宜加熱温度を上昇させることができる。
上記のようにして生成される被覆銀微粒子は、その用途に応じて、反応媒であるアルキルアミン等と分離した後に、適宜の分散媒等に混合されて保存・使用される。
【0068】
(被覆銀微粒子)
本発明の方法により製造された被覆銀微粒子の一例を図1に示す。図1は、以下の実施例に記載した方法で製造されたアルキルアミンを含む保護膜により被覆された銀微粒子である。当該被覆銀微粒子においては、銀微粒子の粒径が約5〜500nm程度であり、用いる所定の多重結合を含む化合物の種類を選択することによってその粒子径を調節することも可能である。その粒子表面が厚さ数nm程度のアルキルアミンを含む保護膜で覆われることで、写真に示すように、各銀微粒子が独立して安定に存在することができる。
【0069】
上記のように製造された被覆銀微粒子は、その特性や用途に応じて適宜の態様にして使用される。例えば、被覆銀微粒子をインクジェット等により所定形状に塗布して、低温焼結により銀皮膜とする場合には、所望の有機溶剤で反応媒としたアミンを置換することで、被覆銀微粒子を有機溶剤中に分散させたインク状の分散液とすることにより、被覆銀微粒子の被覆が除去されにくい状態で保存・使用することが望ましい。また、被覆銀微粒子を適宜のテルピン油等と混合して、ペーストとして用いることも可能である。また、比較的長鎖のアルキルアミンを主成分とする皮膜を設けた被覆銀微粒子の場合には、反応媒としたアミンを除去した粉末状物として被覆銀微粒子を保存可能である。
また、以下の実施例において示されるように、本発明の方法により所定の多重結合を含む化合物を介在させて形成した錯化合物を熱分解して得られる被覆銀微粒子においては、使用する化合物の種類などに応じて、有機溶媒等に対する分散性や焼成後の残留抵抗などの被覆銀微粒子としての特性が変化する。これは、使用された化合物やその誘導体がアルキルアミンと共に被覆銀微粒子の被覆部分に含まれることを示唆するものと推察される。
【0070】
(焼結により導体化)
一方、本発明により製造された被覆銀微粒子を適宜の温度に加熱することで、保護膜を形成するアルキルアミンが脱離して銀微粒子同士が直接接触することにより導体化を生じ、例えば、100℃程度以下の温度においても導体化が可能である。これは、保護膜を形成するアルキルアミン等が、そのアミノ基を介した配位結合により銀微粒子の表面に対して弱く結合しており、加熱によって比較的容易に脱離可能であるためと考えられる。
【0071】
(被覆銀微粒子を含む膜を形成する基体と、膜の形成方法)
本発明の方法により製造されたアルキルアミン被覆銀微粒子を含むインクやペーストを用いて、導体膜を形成するために塗布する基体の材質や形状は特に限定されないが、例えば、熱可塑性樹脂、熱硬化性樹脂、ガラス、紙、金属、シリコン及びセラミックス等からなる材料を用いることができる。熱可塑性樹脂としては、例えば、ポリエチレン、ポリエチレンテレフタレート、ポリプロピレン、ポリ塩化ビニル、ポリスチレン、アクリロニトリル−ブタジエン−スチレン共重合樹脂、アクリロニトリル−スチレン共重合樹脂、ポリカーボネート、ポリアセタール、ポリブチレンテレフタレート、ポリフェニレンオキシド、ポリアミド、ポリフェニレンサルファイド、ポリスルホン、ポリエーテルスルホン、ポリエーテル−エーテルケトン、ポリアリレート、アロマティックポリエステル、アロマティックポリアミド、フッ素樹脂、ポリビニリデンクロライド、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリビニルホルマール、ポリビニルブチラール、ポリメタクリル酸メチル、酢酸セルロース等が挙げられる。
【0072】
前記熱硬化性樹脂としては、例えば、フェノール樹脂、尿素樹脂、キシレン樹脂、ユリア樹脂、メラミン樹脂、エポキシ樹脂、ケイ素樹脂、ジアリルフタレート樹脂、フラン樹脂、アニリン樹脂、アセトン−ホルムアルデヒド樹脂、アルキド樹脂等が挙げられる。前記セラミックスとしては、酸化物、炭化物、窒化物、ホウ化物などの無機化合物を意味し、例えばアルミナ(Al23)、シリコンナイトライド(SiN)、シリコンカーバイド(SiC)、アルミナイトライド(AlN)、ホウ化ジルコニウム(ZrB2)等が挙げられる。
【0073】
被覆銀微粒子を含むインク等を用いて所定の膜等を基体上に形成する工程は、所望の厚みで膜を形成できる方法であれば特に限定されず、一般的なスピンコート、バーコートやスプレー塗布等を用いることができる。また、特に被覆銀微粒子を含む膜により配線前駆体となるパターンを基体上に形成する工程は、従来の様々な印刷方法を用いることが可能であり、例えば、スクリーン印刷、インクジェット印刷、凹版印刷、凸版印刷、平板印刷等を用いることができる。また、被覆銀微粒子を含む膜を導体化して得られる金属膜の用途は電気配線に限定されず、光学装置用の鏡面や、各種装飾用等に用いることができる。
【0074】
被覆銀微粒子を含むインクやペースト等により基体上に形成される膜の厚みは、導体化により得られる金属膜の目的に応じて適宜設定することができる。通常の電気配線等であれば、1μm以下程度の金属膜となるように当該インクにより、また、1から50μm程度の金属膜となるように当該ペーストにより、それぞれ膜を形成し、導体化を行うことで良好な特性を得ることができる。
その他、本発明に係る被覆銀微粒子が非常に大きな比表面積を有することを利用して、適宜の量を水中に分散させることで、微量の銀微粒子により強い殺菌作用を示す殺菌剤として使用することも有効である。
また、本発明に係る方法で製造された被覆銀微粒子の銀表面が非常に清浄であり、特有のプラズモンを示すことから、これを利用した色材や、太陽電池等では、光電変換効率増強剤として用いることも有効である。
【実施例】
【0075】
以下、本発明に係る被覆銀微粒子の製造方法について実施例および比較例を挙げて本発明をさらに具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0076】
[実施例1〜25]
実施例1〜25に係る被覆銀微粒子を、以下の方法で製造した。銀化合物として、硝酸銀(関東化学、一級)とシュウ酸二水和物(関東化学、特級)から合成したシュウ酸銀を使用した。各実施例では、それぞれシュウ酸銀5.00mmol(1.519g)に対し、表1に記載した各化合物と、アキルアミンとしてのn−ヘキシルアミン(東京化成、特級)を20.0mmol[実施例1,2,4〜25]、又は、n−オクチルアミン(東京化成、特級)を20.0mmol[実施例3]、及び、製造される被覆銀微粒子の有機溶媒への分散性を高める目的で、脂肪酸であるオレイン酸(東京化成、>85.0%)0.065g(0.23mmol)と、を混合し、それぞれ室温で攪拌した。また、比較例として、上記と同量のシュウ酸銀、n−ヘキシルアミン、オレイン酸のみを混合し、室温で攪拌した。なお、実施例1〜21については、各化合物の10mmol相当を混合した。実施例22〜25については、2種の化合物についてそれぞれ5mmol相当を混合して用いた。
【0077】
実施例1〜25、及び、比較例のいずれにおいても、シュウ酸銀を含む混合液は攪拌中に粘性のある溶液へと変化し、当該変化が外見的に終了したと認められる時点で攪拌を終了した。表1には、それぞれの化合物を添加した場合の、当該攪拌を行った時間を錯化合物の生成時間として示す。
上記で得られる白色粘性物をダイヤモンドATR法(Nicolet 6700 FT−IR スペクトロメーター)で、赤外線吸収スペクトルを測定した際に、いずれの化合物を添加した場合にも、シュウ酸イオン内のC=O伸縮振動に由来する吸収のピーク波数が高波数側にシフトし、また、当該吸収帯の線幅(半値幅)が、原料のシュウ酸銀の場合に比べて半分程度となることが観察される。このことは、上記のように、シュウ酸銀とアルキルアミン等を混合して攪拌することにより、シュウ酸銀の骨格を維持したままでアルキルアミン等が配位結合を生じることで、シュウ酸銀の電子状態等が変化したことを示している。
【0078】
上記で得られた錯化合物を含む混合液を、アルミブロック式加熱攪拌機(小池精密機器製作所)に移して、110℃の温度設定で加熱攪拌を行った。加熱に伴い二酸化炭素の発生を伴う反応が進行し、二酸化炭素の発生が完了するまで攪拌を行うことで、青色又は緑色の光沢を呈する銀微粒子がアルキルアミンを含む混合物中に懸濁した懸濁液を得た。なお、蒸気圧が高い化合物を使用した実施例においては、110℃に加熱する前にエバポレータにより30℃で高蒸気圧成分の除去を行った。表1には、それぞれの化合物を添加した場合の、二酸化炭素の発生が完了するまでの時間を錯化合物の分解時間として示す。
次に、この懸濁液にメタノール(関東化学、一級)10mLを加えて攪拌後、遠心分離(2600G)により銀微粒子を沈殿させて分離し、分離した銀微粒子に対し、再度メタノール10mLを加え、撹拌、遠心分離を行うことで、銀微粒子を沈殿させて分離し、ペースト状の被覆銀微粒子を得た。
【0079】
(銀の収率の評価)
得られた各ペースト状の被覆銀微粒子を熱重量分析装置(島津 TGA−50)内で加熱して、被覆銀微粒子の被覆部分を完全に除去することで、各被覆銀微粒子に含まれる金属銀の重量を測定した。その結果、いずれの条件で製造した被覆銀微粒子についても、原料として用いたシュウ酸銀に含まれる銀原子の95%以上が被覆銀微粒子として回収されることが示された。
【0080】
(被覆銀微粒子の粒子径等の評価)
上記実施例1〜25及び比較例1で製造された被覆銀微粒子をオクタンに分散させ、その分散液をコロジオン膜(銅メッシュグリッド、透過電子顕微鏡用)に滴下し、メタノールで洗浄後、透過走査(STEM)、又は、走査電子顕微鏡(SEM)観察(日本電子 JSM−7600F サーマル電界放出形走査電子顕微鏡)を行った結果を図1に示す。観察されたSTEM像、または、SEM像から概算した粒子径を表2に示す。
【0081】
(溶媒への分散性の評価)
上記で得られた各被覆銀微粒子の溶媒に対する分散性を以下のようにして評価した。つまり、上記で得られた各ペースト状の被覆銀微粒子の全量に、ブタノール(関東化学、特級)とオクタン(ゴードー)の混合溶媒(体積比1:4)3mLを加えて撹拌して、さらに遠心分離を行って分散性に乏しい粒子成分を沈殿除去することにより飽和分散液とし、その中での銀微粒子の量を評価することで溶媒に対する分散性を評価した。なお、上記混合溶媒の量は、最も分散性に優れる被覆銀微粒子において概ね全量が分散可能な量に相当する量である。
【0082】
上記評価の結果、シュウ酸銀とアルキルアミンの錯体生成の際に添加した化合物の種類に応じて、生成した被覆銀微粒子の混合溶媒への分散性に違いを生じることが示された。つまり、分散性に優れる被覆銀微粒子においては、ほぼ全量が混合溶媒中に独立分散して、全体として濃黄橙色を示す分散液が得られた。一方、添加成分の種類によっては、溶媒の着色の程度が低いと共に、明らかな沈殿を生じるものが見られた。
上記で得られた分散液の内で、比較的良好な分散性が見られたものについて 、沈殿物を除去した後に熱重量分析装置(島津 TGA−50)内で加熱して、混合溶媒と被覆銀微粒子の被覆部分を完全に除去することで、分散液に含まれる金属銀の重量を測定し、各分散液中における銀微粒子の重量割合(飽和分散量、重量%で示す)を求めた。その結果を表1に示す。表1に示すように、被覆銀微粒子のほぼ全量が分散した分散液では、分散液中に銀微粒子が30重量%以上の高い割合で分散していることが示された。
【0083】
(焼結性の評価)
上記で得られた各被覆銀微粒子の焼結性を以下のようにして評価した。つまり、上記の分散性評価により、銀微粒子が概ね15重量%以上の割合で混合溶媒中に分散可能な被覆銀微粒子については、当該混合溶媒中への飽和分散液をインクとして用いて焼結性の評価を行った。また、高濃度の分散液が得られない被覆銀微粒子については、上記混合溶媒の代わりに、銀微粒子の重量割合が65重量%程度となるようにテルピン系分散剤テルソルブTHA−70(日本テルピン化学株式会社)0.5mLを加えて攪拌して銀微粒子含有ペーストとしたものを用いて焼結性の評価を行った。
【0084】
【表1】
【0085】
焼結性の評価は、各分散液、及び各ペーストをポリエステルフィルム基板(OHPシート)に、各分散液(インク)の場合はスピンコートにより、また、ペーストの場合はバーコードにより塗布して100℃で3時間又は20時間焼成した後、被覆銀微粒子が焼成して形成された銀被膜のシート抵抗を四探針法(共和理研 K―705RS)により測定した。また、膜厚計により各銀被膜の膜厚を測定し、その値を用いて20時間焼成して得られた銀被膜の体積抵抗を求めた。
上記実施例1〜25及び比較例で製造された被覆銀微粒子について、上記で測定された各シート抵抗、体積抵抗、平均膜厚を表2に示す。
【0086】
【表2】
【0087】
表1及び表2に示したとおり、シュウ酸銀とn−ヘキシルアミン、又はn−オクチルアミンの錯化合物を生成する際にカルボニル化合物に含まれるケトン類化合物(実施例1〜8)、アルデヒド類化合物(実施例9〜11)を添加した場合は、錯化合物の生成時間及びその分解時間ともに顕著に短縮され、被覆銀微粒子の平均粒子径も概ね10nm程度と小さい。また、生成した被覆銀微粒子は、使用した混合溶媒に高密度で分散可能であった。
【0088】
一方、カルボニル化合物の内で分子内にアミド部分を有する化合物(実施例12〜15)を添加した場合は、ケトン類及びアルデヒド類に比べて錯化合物の生成及びその分解に時間を要する傾向があると共に、混合溶媒への分散性の点でペーストとしての利用に適した被覆銀微粒子が得られる傾向が見られた。
また、アミド部分を有する化合物の一種である尿素(実施例12)や2−ピロリドン(実施例15)を用いた場合は、製造される被覆銀微粒子の粒径分布として、平均粒子径が比較的小さい粒子と(10〜20nm程度)、比較的大きい粒子(30〜100nm程度)が混合したものが得られた(図1の(e),(g))。これらの被覆銀微粒子を含むペーストを基板に塗布した場合、電気抵抗が迅速に低下すると共に、長時間の焼成後の残留抵抗も低いことが明らかとなった。図2には、実施例12で得られた被覆銀微粒子を焼結させた後の、銀被膜の表面を示す電子顕微鏡像(SEM像)を示す。
【0089】
このような現象は、被覆銀微粒子の粒子径によらず、その被覆厚さはアルキルアミン分子の長さ程度で一定となるため、比較的粒子径が大きな被覆銀微粒子では被覆部分の体積比が小さくなることが関連すると考えられる。また、粒子径が比較的大きいものに対して、所定の割合で粒子径が比較的小さいものが混在して粒子間の隙間が充填されることで、平均粒子径が均一に小さい場合と比較して、粒子間の結合を生じるための銀原子の拡散距離が大きく変化しないことも抵抗値の低下に寄与するものと考えられる。
【0090】
一方、同様にアミド部分を有する化合物の一種であるジメチルアセトアミド等を用いた場合(実施例13,14)には、100℃の焼成により生じる銀被膜に微細なクラックを生じる傾向が見られ、抵抗値の評価が困難であった。
また、カルボニル化合物の内のエステル類化合物(実施例16,17)では、他のカルボニル化合物と比べて錯化合物の生成等に時間を要する傾向が見られるが、生成される被覆銀微粒子を焼結させた銀被膜における残留抵抗が低いなど、良好な被覆銀微粒子を得ることが可能である。
更に、炭素原子と窒素原子間の多重結合を有する化合物群(実施例19,20)、ヘテロ原子間の多重結合を有する化合物群(実施例21)、一分子内に炭素原子と酸素原子間の二重結合と共に炭素原子と窒素原子間の二重結合を有する化合物(実施例18)によっても、シュウ酸銀とアルキルアミンの錯化合物の生成時間等が短縮され、良好な被覆銀微粒子を高い収率で製造することができる。
さらに、錯化合物の生成促進効果を示す複数の添加化合物を混合して使用した場合についても(実施例22〜25)、錯化合物の生成時間の短縮効果が見られると共に、良好な被覆銀微粒子が製造することができる。
図1-1】
図1-2】
図1-3】
図2