【実施例】
【0026】
毛乳頭細胞
ヒト由来毛乳頭細胞はドナーより提供された頭皮組織より調製した。真皮組織を除去後、脂肪組織内に存在する毛包部位を実体顕微鏡下にてピンセットおよび眼科はさみを用いて採取した。採取した毛包は抗生剤入りの培養液内に移し、さらに同顕微鏡下にて毛乳頭細胞部位を目視にて分離採取した。分離した毛乳頭細胞は培地内にて10cm丸型ディッシュ(TRP社製)において、37℃、95%CO
2下にて1週間以上培養し、後の実験に供した。使用した培地はAdvanced−DMEM(Invitrogen)、15%牛胎児由来血清、20ng/mlのbFGF、10ng/mlnoEGF、2mMのL−グルタミン、ペニシリン・ストレプトマイシン・アンフォテリシン混合液《100倍希釈》、3.5ul/500mlのβメルカプトエタノールである。細胞は適宜同じ条件下で継代培養した。継代の際には、0.5%トリプシン/EDTA溶液にて細胞剥離を行い、細胞を新たなディッシュに移し入れ、同じ組成の新鮮培地で継代培養を行った。
【0027】
BIO(Calbiochem社)を添加する場合、DMSO(ジメチルスルホオキサイド)にて10mM溶解して、0.1〜5μMとなるように添加した。
【0028】
ケラチノサイト
ヒト正常新生児包皮由来ケラチノサイトを以下のとおりにして調製した。ドナーから採取した包皮組織をディスパーゼ酵素存在下のPBS(−)内にて一夜程度4℃にて処理した。この処理により表皮のみがシート状で採取でき、それを継代時と同様な方法で0.25%トリプシン酵素にて消化調製し、コラーゲン処理された培養皿に培地ごと移し換え、培養した。培地としてHumedia KG2(クラボウ社)を使用した。細胞は適宜同じ条件下で継代培養した。継代の際には、0.5%トリプシン/EDTA溶液にて細胞剥離を行い、細胞を新たなディッシュに移し入れ、同じ組成の新鮮培地で継代培養を行った。上記のようにして採取され培養された細胞を、以降の実験に供した。
【0029】
BIO(Calbiochem社)を添加する場合、DMSO(ジメチルスルホオキサイド)にて10mM溶解して、0.1〜5μMとなるように添加した。
【0030】
ハンギングドロップ培養
培地構成
Advanced−DMEM(Invitrogen社)30%、2mMのL−グルタミン、ペニシリン・ストレプトマイシン混合液(Invitrogen社)(100倍希釈)3.5μl/500mlのβメルカプトエタノールとHumediaKG−2(クラボウ社)を1:1にて混合した。
Bio(Calbiochem社)を添加する場合、DMSO(ジメチルスルホオキサイド)にて10mM溶解して、0.1〜5μMとなるように添加した。
【0031】
作成方法
毛乳頭細胞はP3(継代数1をP1と表記)以上にてBio負荷有り又は無しで、表皮角化細胞についてはP3以内の細胞を準備した。
各細胞が1×10
5個になるように、トリプシン処理後に各々の培地により希釈した。
Bio(Calbiochem社)を添加する場合、DMSO(ジメチルスルホオキサイド)にて10mM溶解して、0.1〜5μMとなるように添加した。
10cm角の四角い培養皿(フタ)天井側に各培養液25〜35μlを分注して混合し、適当な大きさのドーム上の水滴を作成した。
注意深くフタを閉じ、培養液が落下しないようにして、37℃、5%CO
2雰囲気にて培養した。
3日後、上記で使用したのと同じ培地にて、培地交換を行った。
さらに4日間培養後、一部は下記のRT−PCR解析(1)へ供した。残りは、すべての培地をBio無しの条件にある培地へ交換した。
3日目に同様な培地交換をおこない、7日目に生成した細胞塊を回収し、下記の免疫染色へ供した。
【0032】
免疫組織蛍光染色
ハンギングドロップ法で得られた各細胞塊を0.1%パラフォルムアルデヒドにて5分固定し、その後の染色に供した。また、一部の細胞隗は未固定でOCT液に包埋し、クライオスタットにて凍結切片を作製して、免疫組織染色を行った。
13%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBS(−)内にて6時間ブロッキングを行った。
下記表に示す各種一次抗体を、上記13%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBS(−)により1/200に希釈し、各サンプルに添加し、4時間、4℃にて反応させた。
0.02%のTween20を含むPBS(−)にて3回洗浄した。
上記13%ウシ血清アルブミン(BSA)を含むPBS(−)により1/200に希釈した蛍光二次抗体(EXCELファイル参照)を各サンプルに添加した。またDAPI(4'−6−ジアミジノ−2−フェニルインドール)により、細胞の核を青色に染色した。
蛍光顕微鏡(OLYMPUS)にて観察した。
【0033】
【表1】
ここで、ビメンチンに対するモノクローナル抗体は毛乳頭細胞を特異的に染色し、CD49fポリクローナル抗体は表皮細胞を特異的に染色するため、ビメンチン抗体及びCD49f抗体の免疫細胞染色への適用は、本実験系にて生成した細胞塊内での細胞の属性の評価を可能にする。
【0034】
図1は上記顕微鏡観察結果を示す白黒写真図である。同図のカラー版では、緑色でのビメンチン抗体による染色、赤色でのCD49f抗体による染色を見極めることができ、それぞれ毛乳頭細胞、ケラチノサイトであることが理解できた。また、
図2に示すように毛乳頭細胞が細胞隗の中心部に凝集していることが確認できた。これらの図の結果、細胞が凝集化した後に規則的に配列したことが観察され、本実験系により上皮細胞と間葉細胞が規則正しく配列していることがわかった。BIOを添加して細胞塊を生じさせ後、BIO未添加で培養した細胞塊において、赤く染色されたケラチノサイトが枝状に規則正しく成長したことが伺えた。さらに
図3は、BIOを添加して細胞塊を生じさせた場合に、毛乳頭が凝集して存在する中心部と、枝状に進展する細胞隗の先端部が、増殖マーカーのKi67に陽性であることを分かった。以上の結果、通常凝集させた体細胞は成長せず休眠状態になることが通例であったが、BIOの効果により細胞塊において細胞の増殖が起こったことは驚くべき知見といえる。
【0035】
また、β−カテニンモノクローナル抗体を幹細胞的性質のマーキングのために使用した。βカテニンは通常の体細胞において少量にて細胞膜近傍に存在しているため、通常の蛍光免疫抗体染色では微弱にしか検出できない。しかしながら、幹細胞的性質を有する細胞では、βカテニンは核内にて転写因子として作用しており、その量も増えている。さらに核内への集積しているため、蛍光免疫抗体染色法でも強く局在している様子を確認できる。本実験においても、細胞塊の一部特異的な部位でβカテニンが強く染色され、集積している状況が確認されていることから、βカテニン抗体による染色は細胞塊内での幹細胞的性質を有する細胞の検出に適しているといえる。
【0036】
図4は上記β−カテニンモノクローナル抗体染色による顕微鏡観察結果を示す白黒写真図である。同図のカラー版は、βカテニン抗体による染色部位を緑色、ケラチノサイトを赤色で示している。強く緑色に光る部位のβカテニン陽性細胞が認められ、細胞の幹細胞的性質が示された。特筆すべきは、細胞塊の球状部位において中心部が黄色に光る部分が存在したことである。この部位はβカテニン陽性かつケラチノサイトであることを示す。βカテニン陽性細胞は上記のとおり幹細胞的性質を有する細胞といえる。一方で細胞塊から枝状に進展するケラチノサイト(赤)の部位には黄色く光る部位はなく、つまり同一細胞塊内で幹細胞的性質と通常の体細胞的性質を有する細胞(ケラチノサイト)が共存していることを観察できている。通常の培養状態においては観察し得ない状況であり、上皮間葉相互作用があたかもin vivoのように再現され、未分化および分化した細胞群が自律的に細胞塊を形成し成長していると考察できる。
【0037】
ここでいう未分化のケラチノサイトとは、毛母細胞のように毛を構築するケラチノサイトを恒常的作り出す幹細胞的能力を有する細胞をさす。一方で分化したケラチノサイトは増殖回数が限定的であり、いわゆる毛になりつつある細胞運命が決定されている細胞を指す。同時に
図4のカラー版において緑に光る球体を囲む細胞は毛乳頭細胞と考えられるが、この細胞塊の環境において毛乳頭細胞がβカテニン陽性細胞あることは、in vivoにおいて毛包形成および成長開始にWntシグナルが重要であることと類似しており、重要な点といえる。
【0038】
表皮角化細胞や外毛根鞘細胞で発現するサイトケラチン14(K14)に対する抗体を、これらの細胞が毛幹に分化していないことを確認する目的で使用した(赤色)。ヘアケラチン特異的に反応するAE13モノクローナル抗体(Lynch et al, J Cell Biol 103, 2593, 1986)は、44K/46Kの酸性ヘアケラチン二量体を認識することから、毛幹に分化した状態のマーキングのために使用した(緑色)。ヘアケラチンは、通常の表皮角化細胞においてほとんど全く存在しない、毛包特異的な構造タンパク質である。
図5はその顕微鏡観察結果を示す白黒写真図である。同図のカラー版では、毛乳頭細胞と表皮角化細胞で作製した細胞塊では、AE13抗体によって染色される部分は認められないが、BIOで刺激すると、一部に染色が確認される。毛乳頭細胞と外毛根鞘細胞で作製した細胞塊では、BIOの刺激がない場合でのAE13抗体によって染色される部分が確認でき、BIOの刺激によってAE13抗体による染色性が著しく高まった。一方、すべての細胞塊でK14抗体(赤)とAE13抗体(緑)の両方で染色される部位(黄色く光る部位)は認められないことから、サイトケラチン14を発現する未分化な細胞からヘアケラチンを産生する細胞への変化が起きたものと考えられる。
【0039】
発毛期の毛芽において特異的に発現する(Ogawa et al, Exp Dermatol 13, 401, 2004)ヒト上皮抗原に対するBer−EP4抗体を、発毛期の毛芽のマーキングのために使用した(緑色)。
図6はその顕微鏡観察結果を示す白黒写真図である。同図のカラー版では、毛乳頭細胞と外毛根鞘細胞で作製した細胞塊において、BIOで刺激した場合に、Ber−EP4抗体による免疫染色性(緑)が明瞭に観察された。K14抗体(赤)とBer−EP4抗体(緑)の両方で染色される部位(黄色く光る部位)は認められないことから、サイトケラチン14を発現する未分化な細胞からBer−EP4を発現する毛芽に分化した細胞への変化が起きたものと考えられる。
【0040】
RT−PCR解析(1)
各サンプルからTRIZOL(Invitrogen)を用い、RNAを抽出した。各RNA200ng相当をRevTraACE(TOYOBO)50μlの反応系にてcDNAへ逆転写した。得られたサンプル1μlを下記のプライマーを用い、50μlの系でPCR反応にかけた。使用した酵素はKOD−DASH(TOYOBO)、[95℃、60sec、(95℃、30sec;63℃、15sec;72℃、30sec)を40サイクル、72℃、60sec]の反応プロトコールを用いた。
反応液10μlを2%アガロースゲル(COSMOBIO)/TAEバッファー内にて100Vで電気泳動をした。使用したDNAサイズマーカーは100bpラダーマーカー(TOYOBO)である。
使用したプライマーは下記のとおりであり、PCRの結果を
図7に示す。
【0041】
【表2】
【0042】
β−アクチンは実験全体のコントロールとして用いた。
Lef−1はWntシグナルの下流遺伝子であり、
図7に示すとおり、BIOの存在下及び非存在下のいずれにおいても本実験系で検出された。Lef−1の遺伝子発現が認められる場合、細胞にWntシグナルが作用していることを意味する。従って、本実験系ではBIOの添加により細胞内へWntシグナルが作動していることが理解できる。
【0043】
SHH(Sonic Hedge Hog)は組織形成時に関与する遺伝子であり、
図7に示すとおり、BIOの存在下及び非存在下のいずれにおいても本実験系では検出されなかった。SHHはWntならびにLef−1のシグナルを受けて転写発現される遺伝子である。本遺伝子発現はWntシグナルが細胞に作用し、更にin vivoにおいて起きているような連鎖的な遺伝子発現が起こっていることを示す。同時にSHHは上皮間葉間での細胞間シグナルを担うタンパクであり、上皮間葉相互作用が起きていることも同時に示唆する。
【0044】
STAT−3(SIGNAL TRANSDUCER AND ACTIVATOR OF TRANSCRIPTION 3)は毛包誘導関連遺伝子であり、
図7に示すとおり、BIOの非存在下に比べ、存在下で顕著に検出された。STAT−3は幹細胞の自己増殖に関与するといわれる細胞内シグナル伝達タンパクである。同遺伝子の亢進は、胚性幹細胞にて自己増殖と万能性維持に必要不可欠な因子であり、その幹細胞的性質を示すマーカーの一つである。同時に論文Sano, S. et al., Nature Med. 11: 43-49, 2005"Stat3 links activated keratinocytes and immunocytes required for development of psoriasis in a novel transgenic mouse model."にあるように、毛の成長期への移行に非常に重要な遺伝子であることからも、本実験系にてSTAT−3の転写が亢進することは、後に毛包へと成長していく際の正常な段階を踏んでいることが示唆される。同時にSTAT−3シグナルそのものはBIOの影響を直接受けるものではない(Sato N, et al, Nat Med. 2004 Jan;10(1):55-63. Epub 2003 Dec 21. "Maintenance of pluripotency in human and mouse embryonic stem cells through activation of Wnt signaling by a pharmacological GSK-3-specific inhibitor")。つまり、STAT−3のBIO添加時での亢進は、上皮間葉相互作用により幹細胞維持システムが細胞塊内で生まれていること示す。
【0045】
TWIST−1は胚性間葉系幹細胞のマーカーであり、毛乳頭細胞が極めて高い幹細胞的性質を有していることを示唆する。TWIST−1は体細胞での発現は骨髄性間葉幹細胞を含む極めて希少な細胞種に限られることから、毛乳頭細胞は体細胞としても高い幹細胞的性質を持つ細胞といえる。
図7RT−PCRの実験においては等量の全RNAを鋳型に用いてRT−PCRをしている。BIOの存在下において発現が低下しているように見えるのは、
図1および2から観察できるように、全細胞数における毛乳頭細胞の数が相対的に低下しているためである。結論として、発現量の多少を考慮したうえでも、TWIST−1遺伝子を発現する細胞が存在し続けていることは、本実験において幹細胞的能力を有しうる毛乳頭細胞が存在し続けていることを示唆している。
【0046】
バーシカン遺伝子は発毛誘導時に強く毛乳頭細胞にて発現されることで知られる発毛マーカーである(Kishimoto et al. Proc. Natl. Acad. Sci. USA(1999), pp.7336-7341)。
図7RT−PCRの実験においては等量の全RNAを鋳型に用いてRT−PCRをしている。BIOの存在下において発現が低下しているように見えるのは、
図1および2から観察できるように、全細胞数における毛乳頭細胞の数が相対的に低下しているためである。結論として、発現量の多少を考慮したうえでも、バーシカン遺伝子を発現する細胞が存在し続けていることは、本実験において発毛誘導能を有しうる毛乳頭細胞が存在し続けていることを示唆している。
【0047】
各種遺伝子の発現レベルの変化から、細胞塊内でBIOの直接効果により、上皮および間葉細胞の未分化性が維持され、かつWntシグナルによる上皮間葉相互作用の擬似が起こったといえる。またSTAT−3のようにWntシグナルとは関連のない幹細胞的性質の出現が認められることからBIOの効果は自律的な細胞間相互作用と増殖能を有する細胞塊の創出に寄与しているといえる。
【0048】
Wnt3A RT−PCR
毛乳頭細胞はP3(継代数1をP1と表記)にてBio負荷有りで、ケラチノサイトについてはP3以内の細胞を準備した。
各細胞が3×10
3個になるように、トリプシン処理後に各々の培地により希釈した。
Bio(Calbiochem社)をDMSO(ジメチルスルホオキサイド)にて10mM溶解して、0.1〜5μMとなるように添加した。
10cm角の四角い培養皿(フタ)天井側に各培養液25〜35μlを分注して混合し、適当な大きさのドーム上の水滴を作成した。
注意深くフタを閉じ、培養液が落下しないようにして、37℃、5%CO
2雰囲気にて培養した。
3日後、上記にて使用したのと同じ培地にて、培地交換を行った。7日目にてサンプルを回収し、下記のとおりのRT−PCR解析(2)に供した(
図8の「0 day」)。さらに残りの同様の細胞については培地をBio無しの条件にある培地へ交換し、分化誘導させ、3日目に回収したサンプルを同様に下記のとおりのRT−PCR解析(2)に供した(
図8の「3 days」)。
【0049】
RT−PCR解析(2)
サンプルからTRIZOL(Invitrogen)を用い、RNAを抽出した。各RNA200ng相当をRevTraACE(TOYOBO)50μlの反応系にてcDNAへ逆転写した。得られたサンプル1μlを下記のプライマーを用い、50μlの系でPCR反応にかけた。使用した酵素はKOD−DASH(TOYOBO)、[94℃、2min、(94℃、30sec;63℃、10sec;72℃、30sec)を32サイクル、72℃、2min]の反応プロトコールを用いた。
Sense Primer(順鎖) caggaactacgtggagatcatg (配列番号13)
Anti-Sense Primer(逆鎖) ccatcccaccaaaactcgatgtc(配列番号14)
反応液10μlを2%アガロースゲル(COSMOBIO)/TAEバッファー内にて100Vで電気泳動をした。臭化エチヂウムにて可視化した後、目的のバンドを検出した。
【0050】
その結果を
図8に示す。図中、矢印で示しているのがWnt3Aのバンドである。Wnt3Aは発現自体が稀であり、主に上皮系細胞により発現され、器官形成や上皮系細胞−間葉系細胞の相互作用に関与する遺伝子であることが知られている。図に示すとおり、BIOの存在下で培養することによりWntシグナルを活性化せしめた細胞においてはWnt3Aの発現は全く認められなかったのに対し、その後BIOを取り除くことで細胞の分化を誘導せしめた細胞ではWnt3Aの発現が認められた。よって、本実験系では、BIOの存在下で培養後、BIOを除いて培養することで、ケラチノサイトの分化、さらには自律的な器官形成が誘導されることが明らかとなった。
【0051】
Wnt10B RT−PCR
毛乳頭細胞はP3(継代数1をP1と表記)にてBio負荷なしで、外毛根鞘細胞についてはP3以内の細胞を準備した。
各細胞が3×10
3個になるように、トリプシン処理後に各々の培地により希釈した。
Bio(Calbiochem社)は、DMSO(ジメチルスルホオキサイド)にて10mM溶解して、0.1〜5μMとなるように添加した。
10cm角の四角い培養皿(フタ)天井側に各培養液25〜35μlを分注して混合し、適当な大きさのドーム上の水滴を作成した。
注意深くフタを閉じ、培養液が落下しないようにして、37℃、5%CO
2雰囲気にて培養した。
【0052】
3日後、上記にて使用したのと同じ培地にて、培地交換を行った。7日後にサンプルを回収し、下記のとおりのRT−PCR解析(3)に供した(
図9の「7日」)。さらに残りの同様の細胞については培地をBio無しの培地へ交換して分化誘導させ、10日後と14日後に回収したサンプルを同様に下記のとおりのRT−PCR解析(3)に供した(
図9の「10日」および「14日」)。
【0053】
RT−PCR解析(3)
サンプルからTRIZOL(Invitrogen)を用い、RNAを抽出した。各RNA200ng相当をRevTraACE(TOYOBO)50μlの反応系にてcDNAへ逆転写した。得られたサンプル4μlを下記のプライマーを用い、20μlの系で定量PCR(LightCycler system、Roche)にかけた。LightCycler FastStart DNA Master SYBR Green I(Roche)の反応プロトコール[95℃、10sec;63℃、10sec;72℃、15secを40サイクル]を用いた。
Sense Primer(順鎖) gaagttctctcgggatttcttggatcc (配列番号15)
Anti-Sense Primer(逆鎖) cggttgtgggtatcaatgaagatgg(配列番号16)
【0054】
その結果を
図9に示す。データはすべて、細胞塊においてBIOを負荷させていない場合の3日後の発現量に対する相対的な発現量として表した。Wnt10Bは毛包の形態形成期と発毛期において、主に上皮系細胞により発現され、上皮系細胞−間葉系細胞の相互作用に関与する遺伝子であることが知られている。図に示すとおり、BIOの存在下で培養することによりWntシグナルを活性化せしめた細胞においては、BIOの存在下で培養する限りはWnt10Bの発現は、BIOの非存在下で培養したコントロールと同程度しか認められなかったのに対し、その後BIOを取り除くことで細胞の分化を誘導せしめた細胞では、Wnt10Bの発現が、経時的に高まった。よって、本実験系では、BIOの存在下で培養後、BIOを除いて培養することで、毛包上皮系細胞(外毛根鞘細胞)の分化、さらには自律的な器官形成が誘導されることが明らかとなった。
【0055】
細胞塊の発毛薬剤cyclosporineAへの反応性
免疫抑制剤であるcyclosporineAは、副作用として多毛症(Lutz et al, Skin Pharmacol 7, 101, 1994)が知られている薬剤であり、発毛作用(Paus et al, Lab Invest 60, 365, 1989)や毛成長促進作用(Taylor et al, J Invest Dermatol 100, 237, 1993)を示すことが明らかになっている。
毛乳頭細胞はP3(継代数1をP1と表記)にてBio負荷なしで、外毛根鞘細胞についてはP3以内の細胞を準備した。
各細胞が3×10
3個になるように、トリプシン処理後に各々の培地により希釈した。
10cm角の四角い培養皿(フタ)天井側に各培養液25〜35μlを分注して混合し、適当な大きさのドーム上の水滴を作成した。
注意深くフタを閉じ、培養液が落下しないようにして、37℃、5%CO
2雰囲気にて培養した。
【0056】
3日後、cyclosporineAを含む上記にて使用したのと同じ培地にて、培地交換を行った。cyclosporineA(Novartis社)は、エタノールにて10mM溶解して、0.1〜10μMとなるように添加した。
cyclosporineA添加の3日後にてサンプルを回収し、下記のとおりのRT−PCR解析(4)に供した。
【0057】
RT−PCR解析(4)
サンプルからRNeasyキット(QIAGEN)を用い、RNAを抽出した。各RNA2000ng相当をSuperScriptII(Invitrogen)20μlの反応系にてcDNAへ逆転写した。得られたサンプル1μlを下記のプライマーを用い、20μlの系で定量PCR(LightCycler system、Roche)にかけた。LightCycler FastStart DNA Master SYBR Green I(Roche)の反応プロトコール[95℃、10sec;58℃、10sec;72℃、15secを40サイクル]を用いた。
【0058】
BMP4
Sense Primer(順鎖) gggcacctcatcacacgact (配列番号17)
Anti-Sense Primer(逆鎖) ggcccaattcccactccctt(配列番号18)
【0059】
c−myc
Sense Primer(順鎖) ttctctccgtcctcggattctctg (配列番号19)
Anti-Sense Primer(逆鎖) cagcagaaggtgatccagactctgac(配列番号20)
【0060】
IGFBP3
Sense Primer(順鎖) acagccagcgctacaaagtt (配列番号21)
Anti-Sense Primer(逆鎖) tagcagtgcacgtcctcctt(配列番号22)
【0061】
その結果を
図10に示す。データはすべて、cyclosporineAを添加していない場合に対する相対的な発現量として示した。BMP4は毛包の形態形成期と発毛期において、主に毛乳頭細胞により発現され、上皮系細胞−間葉系細胞の相互作用に対して抑制的に作用する遺伝子であることが知られている(Hens et al, Development 134,1221, 2007)。図に示すとおり、BMP4の発現量は60%程度にまで、有意に発現が低下した。また、c−mycは発毛期のバルジ領域や成長期の毛母細胞に強く発現して、毛包上皮細胞の増殖に対して正に働く遺伝子であることが知られている(Bull JJ et al, Invest Dermatol 116, 617, 2001)。図に示すとおり、c−mycの発現は1.5倍近くまで亢進した。さらに、IGFBP3は毛成長を抑制する因子として知られ(Weger et al, J Invest Dermatol 125, 847, 2005)、休止期において発現が高まることが明らかになっている(Schlake et al., Gene Expr. Patterns 4, 141, 2004)。図に示すとおり、IGFBP3の発現は60%程度にまで、有意に発現が低下した。よって、本実験系において発毛や毛成長に関わる遺伝子がcyclosporineAによって変動することが分かり、本実験系を発毛や毛成長に影響する薬剤の評価に利用することが可能であることが明らかとなった。