(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
眼鏡レンズの周縁を加工する加工装置では、一対のレンズチャック軸に眼鏡レンズが保持され、レンズチャック軸の回転によりレンズが回転され、粗砥石等の粗加工具がレンズに押し当てられることにより、レンズの周縁が粗加工される。眼鏡レンズは、加工治具であるカップがレンズ表面に固定され、カップを介して一対のレンズチャック軸に保持される。
【0003】
近年、水や油などが付着しにくい撥水物質がレンズ表面にコーティングされた撥水レンズが多く使用されるようになってきた。この撥水レンズはその表面が滑りやすいため、撥水物質が施されていないレンズと同様な従来の加工制御では、カップの取り付けが滑り、レンズチャック軸の回転角度に対してレンズの回転角度がずれてしまう、いわゆる「軸ずれ」が発生しやすい問題がある。
【0004】
この「軸ずれ」を軽減する方法として、レンズチャック軸に掛かる負荷トルクを検知し、負荷トルクが所定値内に入るようにレンズ回転速度を減速する技術が提案されている(特許文献1参照)。また、レンズを一定速度で回転させ、レンズが1回転する間の粗砥石の切り込み量が略一定となるように、レンズチャック軸と加工具回転軸との軸間距離を変動させる技術が提案されている(特許文献2参照)。また、特許文献2の技術の改良として、「軸ずれ」が発生しないように単位時間当たりの加工体積を設定し、単位時間当たりの加工体積が一定となるようレンズの回転角毎の切り込み量を求めて軸間距離を制御する技術が提案されている(特許文献3参照)。
【0005】
粗加工時におけるレンズの回転方向の制御には、粗砥石の回転方向とレンズの回転方向とが逆にされるダウンカット方式と、粗砥石の回転方向とレンズの回転方向とが同一方向にされるアップカット方式がある。アップカット方式では、レンズを粗砥石側に引っ張る力が増大し、「軸ずれ」が大きく発生する。ダウンカット方式は、レンズを粗砥石側に引っ張る力は、アップカット方式に比較して弱い。このため、レンズの材質が通常のプラスチックレンズの場合には、ダウンカット方式が採用されている。レンズの材質が熱可塑性の素材(代表的にはポリカーボネイトがあり、トライベックス、アクリル等もこれらに含まれる)の場合、粗加工時には研削水が使用されない(特許文献4参照)。このため、ダウンカット方式を採用すると、粗砥石の回転方向に排出される加工屑が熱を受けることにより粘りを持ちやすく、熱で溶かされた加工屑が粗加工済みのレンズ周縁に付着し、その後の仕上げ加工の加工精度に影響する。アップカット方式では、粗砥石の回転方向に排出される加工屑は、粗加工の未加工部分側に排出される。このため、溶かされた加工屑がレンズ周縁に付着し難くい。このような要因により、熱可塑性素材のレンズの場合には、アップカット方式が採用されている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
ところで、撥水コーティングは、熱可塑性の素材のレンズにも施されるようになってきている。撥水コーティングが施された熱可塑性のレンズをアップカット方式で加工しようとすると、前述の特許文献1〜3の加工制御でも、「軸ずれ」の問題を十分に抑えきれない。また、これを避けようとすると、加工時間が大幅に長くなる問題がある。
【0008】
本発明は、上記従来技術の問題点に鑑み、熱可塑性レンズの「軸ずれ」を効果的に抑えて、効率よく加工が行える眼鏡レンズ加工装置を提供することを技術課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために、本発明は以下のような構成を備えることを特徴とする。
(1) 眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と、眼鏡レンズの周縁を粗加工する
ための粗砥石が取り付けられた1つの加工具回転軸を回転する加工具回転手段と、前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって、前記レンズチャック軸と前記1つの加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と、前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記
粗砥石により眼鏡レンズ周縁を加工
可能な制御手段と、を備える眼鏡レンズ加工装置であって、前記制御手段は、眼鏡レンズを回転させない状態で、前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって、前記1つの加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ、前記
粗砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて、前記
粗砥石を切り込ませる第1段階の粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ行った後、第1段階の粗加工で残った粗加工領域を、眼鏡レンズを回転させながら粗加工軌跡
に沿って前記
粗砥石により加工する第2段階の粗加工を行う制御が可能であることを特徴とする。
(2) (1)の眼鏡レンズ加工装置において、
前記制御手段は、眼鏡レンズの材質の選択する選択手段により熱可塑性素材の眼鏡レンズが選択されていた場合に、アップカット方式によって、第2段階の粗加工を行う制御が可能であることを特徴とする。
(3) 眼鏡レンズを保持するレンズチャック軸を回転するレンズ回転手段と、眼鏡レンズの周縁を粗加工する
ための粗砥石が取り付けられた1つの加工具回転軸を回転する加工具回転手段と、前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって、前記レンズチャック軸と前記1つの加工具回転軸との軸間距離を変動させる軸間距離変動手段と、前記レンズ回転手段及び前記軸間距離変動手段を制御して粗加工軌跡に基づいて前記
粗砥石により眼鏡レンズ周縁を加工
可能な制御手段と、を備える眼鏡レンズ加工装置であって、前記制御手段は、
眼鏡レンズを回転させない状態で、前記レンズチャック軸を前記1つの加工具回転軸に向けて移動させることによって、前記1つの加工具回転軸とレンズチャック軸との軸間距離を変動させ、前記
粗砥石と眼鏡レンズを1つの位置で当接させて、前記
粗砥石を切り込ませる
第1段階の粗加工を複数のレンズ回転角方向でそれぞれ
行った後、第1段階の粗加工で残った粗加工領域を、粗加工軌跡に沿って前記粗砥石により加工する第2段階の粗加工を行う制御が可能であることを特徴とする。
(4) (1)〜(3)のいずれかの眼鏡レンズ加工装置において、
前記制御手段は、第1
段階の粗加工において、複数のレンズ回転角方向において、切り込みを行う際に、順次所定の角度毎に、切り込ませる加工を行うことによって、眼鏡レンズを1回転分回転させた際に、第1
段階の粗加工が完了されるように制御することを特徴する。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、熱可塑性レンズの「軸ずれ」を抑えて効率よく加工が行える。
【発明を実施するための形態】
【0011】
本発明の実施形態を図面に基づいて説明する。
図1は、眼鏡レンズ加工装置の概略構成図である。
【0012】
加工装置1のベース170上には、一対のレンズチャック軸102L,102Rを回転可能に保持するキャリッジ101が搭載されている。チャック軸102L,102Rに挟持された眼鏡レンズLEの周縁は、スピンドル(加工具回転軸)161aに同軸に取り付けられた加工具としての砥石群168の各砥石に圧接されて加工される。
【0013】
砥石群168は、粗砥石162、高カーブレンズの前ヤゲン形成用の前ヤゲン加工面及び後ヤゲン形成用の後ヤゲン加工面を持つ仕上げ砥石163、低カーブレンズに使用されるヤゲン形成用のV溝及び平加工面を持つ仕上げ砥石164、ヤゲン形成用のV溝及び平加工面を持つ鏡面砥石165から構成される。粗砥石162の直径は、100mm程である。砥石スピンドル161aは、モータ160により回転される。これらにより、砥石回転ユニットが構成される。粗加工具及び仕上げ加工具としては、カッターが使用されても良い。
【0014】
レンズチャック軸102Rは、キャリッジ101の右腕101Rに取り付けられたモータ110によりレンズチャック軸102L側に移動される。また、レンズチャック軸102R,102Lは、左腕101Lに取り付けられたモータ120により、ギヤ等の回転伝達機構を介して同期して回転される。モータ120の回転軸には、レンズチャック軸102R,102Lの回転角を検知するエンコーダ121が取り付けられている。なお、エンコーダ121により、加工時にレンズチャック軸102R,102Lに加わる負荷トルクを検知できる。これらによりレンズ回転ユニットが構成される。
【0015】
キャリッジ101は、X軸方向に延びるシャフト103,104に沿って移動可能な支基140に搭載され、モータ145の駆動によりX軸方向(チャック軸の軸方向)に移動される。モータ145の回転軸には、キャリッジ101(すなわち、チャック軸102R,102L)のX軸方向の移動位置を検知するエンコーダ146が取り付けられている。これらによりX軸方向移動ユニットが構成される。また、支基140には、Y軸方向(チャック軸102L、102Rと砥石スピンドル161aとの軸間距離が変動される方向)に延びるシャフト156,157が固定されている。キャリッジ101はシャフト156,157に沿ってY軸方向に移動可能に支基140に搭載されている。支基140にはY軸移動用モータ150が固定されている。モータ150の回転はY軸方向に延びるボールネジ155に伝達され、ボールネジ155の回転によりキャリッジ101はY軸方向に移動される。モータ150の回転軸には、チャック軸のY軸方向の移動位置を検知するエンコーダ158が取り付けられている。これらにより、Y軸方向移動ユニット(軸間距離変動ユニット)が構成される。
【0016】
図1において、キャリッジ101の上方の左右には、レンズ面形状測定ユニットとしてのレンズコバ位置検知ユニット300F,300Rが設けられている。
図2はレンズ前面のコバ位置(玉型上のレンズ前面側のコバ位置)を検知する検知ユニット300Fの概略構成図である。
【0017】
ベース170上に固定されたブロック300aに支基301Fが固定されている。支基301Fには、スライドベース310Fを介して測定子アーム304FがX軸方向にスライド可能に保持されている。測定子アーム304Fの先端部にL型のハンド305Fが固定され、ハンド305Fの先端に測定子306Fが固定されている。測定子306Fは、レンズLEの前面に接触される。スライドベース310Fの下端部にはラック311Fが固定されている。ラック311Fは、支基301F側に固定されたエンコーダ313Fのピニオン312Fと噛み合っている。また、モータ316Fの回転は、ギヤ315F及び314F等の回転伝達機構を介してラック311Fに伝えられ、スライドベース310FがX軸方向に移動される。モータ316Fの駆動により、退避位置に置かれた測定子306FがレンズLE側に移動されると共に、測定子306FをレンズLEに押し当てる測定圧が掛けられる。レンズLEの前面位置の検知時には、玉型形状に基づいてレンズLEが回転されながらレンズチャック軸102L,102RがY軸方向に移動され、エンコーダ313Fによりレンズ前面のX軸方向のコバ位置(玉型上のレンズ前面側のコバ位置)が検知される。
【0018】
レンズ後面のコバ位置検知ユニット300Rの構成は、検知ユニット300Fと左右対称であるので、
図2に図示した検知ユニット300Fの各構成要素に付した符号末尾の「F」を「R」に付け替え、その説明は省略する。
【0019】
図1において、装置本体の手前側に面取りユニット200が配置され、キャリッジ部100の後方には、穴加工・溝掘りユニット400が配置されている。これらの構成は、周知のものが使用されるので、詳細は省略する。
【0020】
図1において、レンズチャック軸102R側の上側の後方に、レンズ外径検知ユニット500が配置されている。
図3(a)は、レンズ外径検知ユニット500の概略構成図である。
図3(b)は、ユニット500が持つ測定子520の正面図である。
【0021】
アーム501の一端にレンズLEのエッジに接触される円柱状の測定子520が固定され、アーム501の他端に回転軸502が固定されている。測定子520の中心軸520a及び回転軸502の中心軸502aは、レンズチャック軸102L,102R(X軸方向)に平行な位置関係に配置されている。回転軸502は中心軸502aを中心に回転可能に保持部503に保持されている。保持部503は
図1のブロック300aに固定されている。また、回転軸502に扇状のギヤ505が固定され、ギヤ505はモータ510によって回転される。モータ510の回転軸には、ギヤ505と噛みあうピニオンギヤ512が取り付けられている。また、モータ510の回転軸には検知器としてのエンコーダ511が取り付けられている。
【0022】
測定子520は、レンズLEの外径サイズの計測時に接触される円柱部521aと、レンズLEに形成されたヤゲンのX軸方向位置の計測時に使用されるV溝521vを含む小径の円柱部521bと、レンズに形成された溝位置の計測時に使用される突部521cと、を持つ。V溝521vの開き角度vα、仕上げ砥石164が持つヤゲン形成用のV溝の開き角度と同じか、または、それよりも広く形成されている。また、V溝521vの深さvdは、仕上げ砥石164のV溝よりも浅く形成されている。これにより、仕上げ砥石164のV溝によってレンズLEに形成されたヤゲンは、他の部分に干渉することなく、V溝521vの中心に挿入される。
【0023】
レンズ外径検知ユニット500は、通常の眼鏡レンズLEの周縁加工に際して、未加工のレンズLEの外径が玉型に対して足りているか否かを検知するために使用される。レンズLEの外径の測定時には、
図4のように、レンズチャック軸102L,102Rが所定の測定位置(回転軸502を中心にして回転される測定子520の中心軸520aの移動軌跡530上)に移動される。モータ510によってアーム501が加工装置1のX軸及びY軸に直交する方向(Z軸方向)に回転されることにより、退避位置に置かれていた測定子520がレンズLE側に移動され、測定子520の円柱部521aがレンズLEのコバ(周縁)に接触される。また、モータ510によって測定子520に所定の測定圧が掛けられる。レンズLEが所定の微小角度ステップ毎で回転され、このときの測定子520の移動がエンコーダ511によって検知されることにより、チャック中心を基準にしたレンズLEの外径サイズが計測される。
【0024】
なお、レンズ外径検知ユニット500としては、上記のようにアーム501の回転機構で構成される他、加工装置1のX軸及びY軸に直交する方向(Z軸方向)に直線移動される機構であっても良い。また、レンズ面形状測定ユニットとしてのレンズコバ位置検知ユニット300F(又は300R)を、レンズ外径検知ユニットとして兼用することもできる。この場合、測定子306Fをレンズ前面に当接した状態で、測定子306Fをレンズ外径側に移動するようにレンズチャック軸102L,102RをY軸方向に移動させる。測定子306Fがレンズ外径に至ると、エンコーダ313Fの検出値が急峻に変化するので、このときのY軸方向の移動距離からレンズ外径を検知することができる。
【0025】
図5は、眼鏡レンズ加工装置の制御ブロック図である。制御ユニット50は、装置全体の統括・制御を行うと共に、各種測定結果及び入力データに基づいて演算処理を行う。
図1に示された各モータ、レンズコバ位置検知ユニット300F、300R、レンズ外径検知ユニット500は、制御ユニット50に接続されている。また、制御ユニット50には、加工条件のデータ入力用のタッチパネル機能を持つディスプレイ60、加工スタートスイッチ等が設けられたスイッチ部70、メモリ51、眼鏡枠形状測定装置2、等が接続されている。メモリ51には、レンズ加工プログラム(加工シーケンス)、レンズの前面及び後面のコバ位置とレンズ外径とに基づいてレンズ厚を求める(推定)プログラム、等が記憶されている。なお、加工プログラムは、レンズの素材に応じて異なっており、加工条件等の設定に基づいて制御ユニット50に選択され、実行される。
【0026】
次に、本装置の動作を説明する。眼鏡レンズとして用いられる樹脂性素材は2種類ある。加工時に熱が加えられることにより硬度が増す(硬化する)熱硬化性樹脂のレンズとしては、通常のプラスチックレンズ、高屈折力レンズ、が挙げられる。加工時に熱が加えられことにより軟化する熱可塑性樹脂のレンズとしては、ポリカーボネイト、アクリル、トライベックス、が挙げられる。熱硬化性樹脂の粗加工時には、砥石とレンズとの摩擦により加工箇所の温度の上昇を避けるために、加工箇所に研削水(冷却水)が供給される。熱可塑性樹脂の粗加工時には、砥石とレンズとの摩擦により発生する熱が利用され、加工箇所を高温に保った状態で加工が行われる。研削水が供給されると、加工屑が冷却された砥石、レンズに付着して好ましくない。このため、熱可塑性樹脂では、研削水の供給は行われない。なお、素材の特性については、特許文献4に開示されている。
【0027】
以下では、熱可塑性のレンズであるポリカーボネイトレンズ(以下、ポリカレンズと略す)の加工動作を中心に説明する。
【0028】
はじめに、制御ユニット50は玉型データを得る。眼鏡枠形状測定部2の測定により得られたレンズ枠の玉型データは、スイッチ部70が持つスイッチが押されることにより入力され、メモリ51に記憶される。ディスプレイ60には、入力された玉型データに基づく玉型図形FTが表示される。装用者の瞳孔間距離(PD値)、眼鏡フレームFの枠中心間距離(FPD値)、玉型の幾何中心FCに対する光学中心OCの高さ等のレイアウトデータが入力可能な状態とされる。レイアウトデータは、所定のタッチキーを操作することにより入力できる。レイアウトデータが入力されると、制御ユニット50により、入力された玉型データは幾何中心FCを基準とした新たな玉型データ(rn,θn)(n=1,2,3,…,N)に変換される。rnは玉型の動径長であり、θnは玉型の動径角であり。Nは、例えば、1000ポイントである。
【0029】
また、タッチキー(スイッチ)62によりレンズの材質が選択できる。レンズの材質は、通常のプラスチックレンズ、高屈折のプラスチックレンズ及びポリカレンズ等が選択できる。タッチキー63によりフレームの種類が選択できる。タッチキー64により加工モード(ヤゲン加工モード、平加工モード)が選択できる。
【0030】
また、レンズLEの加工に先立ち、操作者は、レンズLEのレンズ前面に固定治具であるカップCuを周知の軸打器を使用して固定する。このとき、レンズLEの光学中心OCにカップを固定する光心モードと、玉型の幾何中心FCに固定する枠心モードと、がある。光心モード又は枠心モードは、タッチキー65により選択できる。光心モードではレンズLEの光学中心OCがレンズチャック軸(102L,102R)によりチャキングされ、レンズの回転中心にされる。枠心モードでは、玉型の幾何中心FCがレンズチャック軸によりチャキングされ、レンズの回転中心にされる。
【0031】
また、撥水コーティングが施されたレンズ(撥水レンズ)では、レンズの表面が滑りやすく、粗加工時に「軸ずれ」が発生しやすい。撥水レンズの加工時に使用するソフト加工モード(第1モード)と、撥水コーティングが施されていないレンズの加工時に使用する通常加工モード(第2モード)と、をタッチキー(スイッチ)61により選択できる。以下では、ポリカレンズに撥水コーティングが施された場合を例に挙げる。この場合、レンズの材質としてポリカレンズが選択され、ソフト加工モードが選択される。
【0032】
操作者は、レンズLEに固定されたカップCuをレンズチャック軸102Lの先端側に設けられたカップホルダに挿入する。そして、レンズチャック軸102Rがモータ110の駆動によってレンズLE側に移動されることにより、レンズチャック軸102RにレンズLEが保持される。レンズチャック軸102RにレンズLEが保持された後、スイッチ7のスタートスイッチが押されると、制御ユニット50によりレンズコバ位置ユニット300F、300R及びレンズ外径検知ユニット500が作動され、レンズ前面及び後面のカーブ形状と、レンズ外径とが測定される。
【0033】
なお、レンズ外径データの取得に際し、レンズ外径検知ユニット500が備えられていない装置においては、ノギス等により測定されたレンズ外径のデータがディスプレイ60に備えられたスイッチにより入力される構成としても良い。また、レンズ前面及び後面のカーブ形状の取得に際しても、別に測定されたレンズ前面及び後面のカーブ形状のデータがディスプレイ60に備えられたスイッチにより入力される構成としても良い。
【0034】
レンズ前面及び後面のカーブ形状、レンズ外径の測定が終了すると、粗加工工程に移行される。以下、「軸ずれ」を抑制する粗加工動作を説明する。
図6は、粗加工動作を説明する模式図である。なお、以下では、説明を簡単にするために、レンズのチャック中心(回転中心)102Cがレンズの光学中心OCであるものとする。
【0035】
制御ユニット50は、入力された玉型データに基づいて粗砥石162により加工される粗加工軌跡RTを演算する。粗加工軌跡RTは玉型に仕上げ代(例えば、2mm)を付加して演算される。制御ユニット50は、粗加工の第1段階として、複数のレンズ回転角方向Ni(i=1,2,3,・・・)で、レンズを回転させずに(レンズLEの回転を停止し)、粗砥石162を粗加工軌跡RT(粗加工軌跡RT付近の場合も含む)まで粗砥石162を切り込ませる。すなわち、レンズ回転角方向Niは、レンズLEを回転させずに粗砥石162を切り込ませる方向となる。
図6では、複数のレンズ回転角方向Niとして、N1,N2,N3,N4,N5及びN6の6方向から粗砥石162を切り込ませる例が示されている。方向N1〜N6における2方向の間の角度Nθ1,Nθ2,Nθ3,Nθ4,Nθ5及びNθ6は、それぞれ60度で等分とされている。なお、実際には粗砥石162の回転中心は固定され、レンズLEが回転されるが、
図6では、相対的に、レンズLEのチャック中心102Cを中心にしてN1〜N6の各方向に粗砥石162の中心が位置するものとして図示されている。第1段階の粗加工後、制御ユニット50は、粗加工の第2段階として、レンズLEを回転させながら粗加工軌跡RTに従ってY軸方向へのレンズチャック軸102R、102Lの移動位置を制御することにより、第1段階の粗加工後に残った加工領域RBの粗加工を行う。第2段階におけるレンズLEの回転方向は、粗砥石162の回転方向とレンズLEの回転方向とが同一方向となるアップカット方式で行われる。
【0036】
第1段階の粗加工を具体的に説明する。制御ユニット50は、初めに、N1方向をY軸方向にセットし、レンズLEを回転させずにレンズチャック軸102L、102Rを移動し、粗砥石162が粗加工軌跡RTに到達するまで切り込みを行う。
図7は、N1方向に粗砥石162を切り込ませたときの図であり、領域RA1がレンズLEを回転させずに削り取られる部分である。次に、制御ユニット50は、レンズチャック軸102L、102Rを移動することにより、レンズLEを粗砥石162から離間させた後、モータ120を駆動することより、レンズLEを角度Nθ1(60度)回転させる。これにより、
図8のように、N2方向をY軸方向に一致させる。その後、再び、レンズLEを回転させずに、レンズLEを砥石162側に移動することにより、粗砥石162を粗加工軌跡RTまで切り込ませる。このときに削り取られる部分が、
図8の斜線で示す領域RA2である。以後、レンズLEの1回転分に当たるN3,N4,N5及びN6の各方向で、同じ動作が繰り返されることにより、
図9に示すように、領域RA3,RA4,RA5及びRA6が順次削り取られる。
図9において、粗加工軌跡RTの外側に残った領域RBが第2段階で加工される部分となる。
【0037】
なお、制御ユニット50は、レンズLEを粗砥石162から離間させるとき、レンズLEの回転を止めたままでなく、次の回転角にレンズLEをセットするために、レンズLEが多少に加工される程度であれば、レンズLEの回転を開始させても良い。これにより、加工時間を短くできる。
【0038】
このような第1段階の加工シーケンスでは、レンズLEが粗加工されるときにレンズLEが回転されていないため、レンズLEに加わる回転負荷(負荷トルク)は小さく、「軸ずれ」の発生が抑えられる。これは、次の理由による。レンズLEに加わる回転負荷は、粗砥石162の回転によって、レンズLEと粗砥石162との間に発生する摩擦力(粗砥石162の回転方向に沿う摩擦力)の影響を受ける。レンズLEが回転されながら粗砥石162により粗加工される場合、チャック軸102L、102Rの回転力がさらに加えられ、レンズLEをその回転方向にある粗砥石162側に引っ張る力が働く。このため、レンズLEをさらに回転させる負荷が増え、これが「軸ずれ」を発生させる要因となる。これに対して、レンズLEを回転させない場合、レンズLEには粗砥石162の中心が位置するY軸方向への押し付け力が大きく働き、この押し付け力の反力によって粗砥石162の回転による摩擦力も相殺され、レンズLEを回転させようとする回転負荷は殆ど発生しなくなる。これにより、レンズLEを回転させない場合には、「軸ずれ」の発生が抑えられる。したがって、第1段階の粗加工では、Y軸方向の負荷のみを考慮すれば良い。
【0039】
Y軸方向の負荷が一定値を越えないようにするためには、簡易的には、Y軸方の移動速度を予め設定された許容値以下とする。Y軸方向の負荷は単位時間当たりの加工量と相関があるので、好ましくは、単位時間当たりの加工量を一定以下にすることにより、Y軸方への負荷も小さくでき、Y軸方向のずれを抑えることができる。測定又は入力されたレンズの外径、レンズの前面形状及び後面形状、レンズ厚、粗加工軌跡RT及び粗砥石162の半径を基にY軸方の単位移動距離毎の加工量を求め、この加工量が単位時間に対して一定以下となるように、レンズLEのY軸方向への移動速度を制御する。これにより、Y軸方向へのレンズLEの位置ずれを発生させずに済む。
【0040】
また、第1段階で粗砥石162の回転方向に排出される加工屑は、熱で溶かされたものであっても、粗加工軌跡RTより外側の領域RB(
図9参照)が尖っている方向に排出されるため、アップカット方式と同様に、レンズLEに付着し難い。
【0041】
第2段階の粗加工を説明する。制御ユニット50は、第1段階の粗加工終了後、レンズLEを回転させながら、粗砥石162が粗加工軌跡RTに沿って移動するように、Y軸方向へのレンズチャック軸102R、102Lの移動を制御する。レンズが1回転されることにより(又は加工量によってレンズが複数回転される場合もある)、
図9に示される加工領域RBが削り取られる。レンズLEの回転方向は、アップカット方式とされる。加工領域RBは、第1段階の粗加工によってレンズLEの周縁の大部分が削り取られており、粗加工軌跡RTからの突出量が少なくなっている(チャック中心102Cからの距離が短くなっている)。また、領域RBの加工量(残り量)が少なくされているため、粗砥石162がレンズLEに接触する面積も小さい。これに伴って、レンズLEが粗砥石162から受ける摩擦力も小さくなり、粗砥石162から受ける回転方向の力(負荷トルク)が小さくなる。このため、レンズLEを回転させながら領域RBを取り除く粗加工をしても、レンズLEに加わる回転負荷は小さい。従って、軸ずれの発生が抑制されることとなる。
【0042】
なお、第2段階におけるレンズLEの回転速度は、「軸ずれ」を発生させないように設定された一定値以下とされている。好ましくは、単位時間当たりの加工量が一定以下となるように、レンズLEの回転速度を制御する。回転速度の制御は、第1段階の粗加工後の外径、レンズの前面形状及び後面形状、レンズ厚、粗加工軌跡RT及び粗砥石162の半径を基に、レンズの単位回転角毎の加工量を求めることにより得ることできる。
【0043】
また、以上の加工制御は、撥水コーティングが施されたポリカレンズの粗加工時に適用されるものとして説明したが、撥水コーティングが施されていないポリカレンズの場合(通常加工モードが選択された場合)にも適用される。撥水コーティングが施されていないポリカレンズの場合、第1段階のY軸の移動速度及び第2段階のレンズの回転速度は、撥水コーティングが施されたポリカレンズに対して、それぞれ速い速度となるように設定されている。これにより、撥水コーティングが施されていないポリカレンズの場合には、粗加工の時間が短くされる。
【0044】
粗加工が終了すると、玉型に基づいて演算された仕上げ加工データに基づいて仕上げ砥石164によりレンズLEの周縁が仕上げ加工される。仕上げ加工には、ヤゲン加工、平加工等があるが、この仕上げ加工の制御は周知の方法が適用されるので、説明は省略する。
【0045】
なお、以上説明した実施形態では、第1段階の粗加工時におけるN1〜N6の角度Nθ1〜Nθ6は、それぞれ60度で等分したが、これに限らない。最後のN6方向のときに加工される領域RA6(
図9参照)が少なくなり過ぎると、この領域の切り込み時にレンズの破損が発生するかもしれない。これを避けるため、初めのN1方向と最後のN6方向との間の角度Nθ6は、他の部分の角度より大きくする。例えば、
図10に示すように、角度Nθ1〜Nθ5をそれぞれ55度とすると、角度Nθ6は85度となる。N1方向を基準とし場合、N2=55度、N3=110度、N4=165度、N5=220度、N6=275度となる。これにより、領域RA6が少なくなり過ぎず、N6方向からの切り込み時にレンズLE(領域RA6の部分)が割れてしむことを防止できる。
【0046】
また、
図6及び
図10に示された複数のレンズ回転角方向Ni(N1,N2,N3,・・・)の数及び角度Nθi(Nθ1,Nθ2,Nθ3,・・・)は、単に例示であって、これらに限られない。角度Nθiは、必ずしも等角でなくても良い。粗加工具である粗砥石162は、実施形態の装置では直径100mmほどであるが、実用的には直径60〜120mmのものが使用される。これらの粗砥石162を使用する場合、角度Nθiとしては、30度〜80度が好ましい(最初のN1方向と最終方向との間の角度は除く)。角度Nθiが30度より小さいと、粗加工軌跡RTより外側に突出する領域RAの尖っている部分が少なくなりすぎ、粗砥石162の回転方向に排出される加工屑がレンズLEに付着しやすくなる。角度Nθiを30度の等角としたときには、切り込みの回転角方向Niの回数が増え、加工時間が長引く。角度Nθiが80度より大きいと、第1段階の粗加工後に残る領域RBとして、チャック中心102Cから離れた部分が多く残りやすくなり、また、未加工レンズの周縁がそのまま残り易くなる。さらに、第2段階の粗加工時の加工量が多くなる。実用的には角度Nθiは40度〜72度が好ましい。
【0047】
また、切り込み方向である回転角方向Niの数は、5〜12個の方向が実用的に好ましい。方向Niが4個の方向以下であると、未加工レンズの周縁がそのまま残る部分が多く現れ、第2段階の粗加工時に「軸ずれ」が発生しやすくなる。角度Nθiを72度の等角とした場合、方向Niは5個の方向となる。方向Niが12個より多いと、角度Nθiが30より小さいときと同様に、粗砥石162の回転方向に排出される加工屑がレンズLEに付着しやすくなる。
【0048】
なお、各方向Ni(すなわち各角度Nθi)は粗砥石162の径に応じて予め設定され、メモリ51に記憶されている。あるいは、各方向Ni(各角度Nθi)は、粗砥石162の直径、粗加工軌跡RT、未加工レンズの外径(レンズ外径検知ユニット500により測定又は予め入力される)に基づき、第1段階の加工で未加工のレンズ外周が残らないように(又はチャック中心102Cからの領域RBが一定距離以下となるように)、レンズLEの加工毎に制御ユニット50により設定される構成でも良い。
【0049】
以上のように本件発明は種々の変容が可能であり、技術思想を同一にする範囲において、これらも本件発明に含まれる。