(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
電気機器に充填された絶縁油のゲル浸透クロマトグラフィー法による分子量の測定値と、絶縁油1g中に含まれる全酸性成分を中和するのに要する水酸化カリウムのmg数で示される酸価の測定値と、mg数で示される油中水分の重量を測定し、絶縁油のモル数で除した油中水分量の値と、絶対温度の関数として示す10(A−B/T)で示される算出式(A、Bはパラメータ)に、[mKOHmol/油mol]単位で表した酸価とその影響度合いを乗算して算出した飽和水分溶解量を用い、
前記油中水分量を飽和水分溶解量で除した水分飽和度を求め、この水分飽和度が1を超えるか、1に近いほど、絶縁油の劣化が進んでいると判断することを特徴とする電気機器中絶縁油の絶縁劣化診断方法。
電気機器に充填された絶縁油の酸価増加分と絶縁油の分子量増加分の相関関係から、未使用時の絶縁油の分子量を基に酸化劣化後の分子量を推測し、推測された絶縁油の分子量と、絶縁油1g中に含まれる全酸性成分を中和するのに要する水酸化カリウムのmg数で示される酸価の測定値と、mg数で示される油中水分の重量を測定し、絶縁油のモル数で除した油中水分量の値と、絶対温度の関数として示す10(A−B/T)で示される算出式(A、Bはパラメータ)に、[mKOHmol/油mol]単位で表した酸価とその影響度合いを乗算して算出した飽和水分溶解量を用い、
前記油中水分量を飽和水分溶解量で除した水分飽和度を求め、この水分飽和度が1を超えるか、1に近いほど、絶縁油の劣化が進んでいると判断することを特徴とする電気機器中絶縁油の絶縁劣化診断方法。
カールフィッシャー法により油中水分量を測定し、この測定される油中水分量を溶解水と油中活性点への吸着水の和と仮定し、酸価の測定により消費されるKOH量は絶縁油分子の活性点の数と等しいと仮定し、活性点への飽和吸着水量は飽和溶解水量に比例し、温度変化に対し飽和溶解水量が増加し、吸着水の温度依存性が生じると仮定し、飽和水分溶解量を絶対温度の関数として示す10(A−B/T)で示される算出式に比例定数と[mKOHmol/油mol]単位で表した酸価を乗算して飽和水分溶解量を算出することを特徴とする請求項1または2に記載の電気機器中絶縁油の絶縁劣化診断方法。
前記パラメータAを6.524、前記パラメータBを1567、前記パラメータCを0.0089とすることを特徴とする請求項4に記載の電気機器中絶縁油の絶縁劣化診断方法。
前記水分飽和度と絶縁油の絶縁破壊電圧との関係を予め求めておき、絶縁油が用いられる電気機器に必要な耐圧を、前記絶縁破壊電圧との関係で求めて絶縁油の適正を判断することを特徴とする請求項1〜5のいずれか一項に記載の電気機器中絶縁油の絶縁劣化診断方法。
【背景技術】
【0002】
油入電気機器に充填される絶縁油には鉱物系絶縁油や合成油やパームヤシ油、菜種油などの植物系絶縁油が挙げられる。
絶縁油を油入電気機器に充填する主な目的は、機器の冷却と絶縁耐力の確保である。たとえば電力用変圧器の場合、その用途にもよるが、数千〜数十万Vの高電圧が印加される場合もあり、油が劣化し絶縁破壊電圧が低下すると、機器の絶縁破壊を起こす危険性が高まる。
【0003】
油入電気機器において絶縁油中の水分量が多くなると、絶縁破壊電圧が低下する。油には油と相分離しない程度のわずかな量の水分を溶解可能であり、油に溶解している水分量は油中水分量と呼ばれる。この油中水分量が多くなると油は劣化する。
よって、絶縁油中に水分がなるべく混入しないように、絶縁油の製造過程で脱水したり、油の容器を密閉したりする。また、油入電気機器の定期点検等により混入した絶縁油中水分量を測定し、絶縁油の健全性を確認することが行われている。
しかし、油中水分量がどの程度油の特性を劣化させるかは、油に含まれる水分の存在形態によるため、一概に水分量が多いからといって不具合を生じるわけではない。
【0004】
油中に溶解できる水分量の最大値は飽和水分溶解量と呼ばれ、それを越して油に水分が混じると、溶け込めなくなった水分子は油から相分離し、そのような相分離した水分は上記の不具合を生じさせやすい。
水分量が飽和水分溶解量以下でも、飽和水分溶解量に近くなると、水分子が数分子集団を形成しながら油中でそれ以上大きな水分子に成長せず相分離しない状態が実現する。
そのような水分子の小集団も上記の不具合を生じさせやすいため、飽和水分溶解量に対して油中水分がどれだけ溶解しているかを表す割合が重要になると、本発明者は考えている。すなわち、油中水分量を飽和水分溶解量で除した水分飽和度が絶縁油に不具合を生じさせる可能性を示す尺度になり得ると考えられる。
【0005】
飽和水分溶解量の測定方法の一例は以下の通りである。
油を湿度100%の恒温槽に静置または撹拌しながら適切な時間をかけてその雰囲気と平衡になるように置き、その後カールフィッシャー法などで油中水分量を測定する。
ただし、この方法では、30〜40℃程度以下の比較的低温においては、飽和に達するまでの時間は1週間以上かかり、飽和していると判定するのが困難であるために、測定が不正確になりやすい。また、60℃以上の比較的高温においては、水分が過飽和になりやすいことやカールフィッシャー法で水分量を測定する際に油が冷えてしまい、測定値に影響することがあり、測定が不正確になりやすい問題がある。
【0006】
油入電気機器の場合、低温における絶縁破壊電圧は重要である。稼働中の電気機器を停止すると絶縁油の温度が低下する。特に、寒冷地などでは絶縁油の温度が0℃以下に下がることがある。絶縁油の温度が下がると飽和水分溶解量が下がり、溶解していた水分が凝集して水滴になり、絶縁破壊電圧が低下する場合がある。そのような状況で、電気機器を再稼働させると絶縁破壊による事故が起きる可能性がある。
また、稼働中の電気機器が過負荷などの原因により絶縁油の温度が150℃程度以上になると、電気機器の内部で絶縁油に触れているセルロース系絶縁物に含まれていた水分が蒸発し、絶縁油中に気泡が発生し、これが絶縁上の弱点となり、絶縁破壊に至る可能性が生じると考えられる。よって、低温および高温における飽和水分溶解量を正確に知ることが、稼働中の絶縁油の絶縁破壊電圧を推定するために必要となる。
【0007】
飽和水分溶解量を調べる方法として、前記恒温槽を用いた直接測定法によるものではなく、絶縁油の特性から推定する方法が知られている。
飽和水分溶解量(Ws)を温度(T)のみの関数として推定する計算式をOommenやGriffinは以下の(1)式のように報告している。
【0008】
【数1】
【0009】
ここで、Oommenは、パラメータとしてA=7.42、B=1670を与え、Griffinは、パラメータとしてA=7.09、B=1567を与えている(非特許文献1、2参照)。(1)式において、パラメータAは、反応式H
2O+H
2O⇔(H
2O)
2に対する結合反応速度と分解反応速度の比に関係する量を示し、パラメータBは水の蒸発潜熱と関係する量を示す。
使用後の絶縁油の場合、油は酸化劣化し飽和水分溶解量が増大する。DavidovとRoizmanは、以下の(2)式を報告している。
【0010】
【数2】
【0011】
ここで、DavidovとRoizmanは、新油に対しパラメータとして、A=17.08、B=3876を与え、使用油に対しパラメータとして、A=16.14、B=3401を与えている(非特許文献3参照)。
また、Mladenovは推定式に酸価Anと芳香族分(%)Arを用いて以下の(3)式を報告している。酸価Anとは、絶縁油1g中に含まれる全酸性成分を中和するのに要する水酸化カリウムのmg数をいう。
【0012】
【数3】
【0013】
ここで、Mladenovは、パラメータとして、A=16.28、B=3698、C=0.02589、D=2.099を与えている(非特許文献4参照)。
(3)式において、パラメータCは、芳香族分(%)の影響度合いを示す量、パラメータDは、酸価の影響度合いを示す量、パラメータCとDは非特許文献4の記載では実験から求められた値とされている。
【0014】
また、以下の特許文献1には、油中水分量に加え、絶縁油中のカルボニル価を測定し、その両者の値から絶縁劣化を診断する方法が提案されている。
【発明を実施するための形態】
【0029】
<第1実施形態>
以下、本発明に係る絶縁油の絶縁劣化診断方法の実施形態について図面に基づき説明する。
本発明者らの種々研究の結果、絶縁油の分子量を考慮すると絶縁油の飽和水分溶解量は酸価の増大に従い大きくなる点を知見し、この知見に基づいて本発明の完成に到達した。
図1は、本発明に係る絶縁油の絶縁劣化を診断する場合の一例のフロー図である。
まず、ステップS1において測定対象の絶縁油を電気機器から採取し、ステップS2において採取した絶縁油の分子量を測定し、酸価を測定する。それらの値を用い、以下に説明する計算式を用いステップS3において飽和水分溶解量の計算を行う。また、別途、ステップS4において前記絶縁油の油中水分量測定を行い、ステップS5において、先に求めた飽和水分溶解量の計算結果を利用し、油中水分量を飽和水分溶解量で除して水分飽和度を求める。そして、この水分飽和度の計算結果を基に電気機器から採取した絶縁油の絶縁劣化診断をステップS6で行うことができる。
酸価の測定は、例えば、JIS C2101「電気絶縁油試験方法」に準拠して測定することができる。
【0030】
次に、ステップS3において用いる飽和水分溶解量の算出式について説明する。
これまで、油を用いた工業の分野では油中水分量は油中水分の重量[mg]を油の重量[kg]で除した[ppm]を単位として捉えてきた。
しかし、本発明者らは油分子の分子量(M)に着目し、油中水分量について水重量[mg]を油のモル数で除した[mg/mol]を単位として捉えなおし、油中水分を温度と酸価で整理したのちに再び[ppm]で表示すると、上述の従来報告されてきた推定式よりもより正確に水分飽和度を推定する式を立案できると判断し、水分飽和度の推定式を以下の(4)式のように得た。
【0032】
この(4)式において、A=6.524、B=1567、C=0.0089とすることができる。(4)式において、数字の10あとに記載されたべき乗を示す演算子を^で記載すると、(4)式は、Ws[ppm]=1000・10^(A−B/T)・(1+C・An・M)/Mと表記することができる。
この(4)式で示す推定式を用いると、計算値と実験値との差を後述する実施例に示されるように10%程度以下に改善できる。
(4)式において、パラメータAの値は使用する絶縁油の成分により水分子の移動速度や水分子同士が出会う確率が変化する可能性があり、若干異なることが考えられる。
パラメータBの値は水分同士が純粋な形で結合する場合は一定と考えられるが、絶縁油中のイオンやその他の不純物により若干の影響があり得ると考えられる。
しかし、(4)式でパラメータBは、前述のGriffinの値を使用することができると本発明者は判断した。これは、IEC(International Electrotechnical Commission)の規格(IEC60422)に記載されていて、この値を採用することが本発明で想定する絶縁油の場合に適用できると考えられる。
(4)式のパラメータAは、BをGriffinの値としたうえで、絶縁油の油温35℃のデータにて酸価を0と外挿して決定できる。例えば、後述する
図8に示す飽和水分溶解度(35℃)と酸価の相関関係を示すグラフから、y切片(酸価0の時の飽和水分溶解量の値≒27)を求め、(4)式に各値を代入すると、パラメータAを逆算できるので、この逆算値を適用する。
【0033】
次に、(1)式〜(4)式について、パラメータA、Bの対比説明を行う。
(1)式〜(4)式では常用対数と自然対数をそれぞれ使い分けているが、以下の表1に常用対数と自然対数をお互い変換して対照した値を示す。自然対数の係数は常用対数の2.3倍(=log10倍)であるので、以下の表1に示す関係となる。なお、表1において、Davidov & Roizman(Davidov & R.)の文献に記載されている数値については新油の方の係数を示している。
【0035】
水分飽和度が(4)式の様に与えられるのは、一般に化学の分野では物質の溶解量を取り扱う際、物質量をmol単位で表す。すなわち、油分子と水分子の関係はmol単位同士で捉えられるべき量であると考えられるからである。
化学の分野では溶解量を[mol/L]または[mol/kg]で表すことが多い。それは化学変化の前後で溶媒の分子量に変化がない場合を想定している。しかし、絶縁油は酸化劣化すると油分子が切れたり、油分子同士が結合したりすることにより、絶縁油の分子量に変化が生じると考えられる。よって油中水分量は[mol/mol]といった単位で捉えるべきであると本発明者らは考えた。ここで単位に現れる分子のmolは水分量、分母のmolは絶縁油量を表す。ただし、水分子は1molの重量が18gと決まっているので、分子のmolはmgで表すことが可能で、油中水分量は[mg/mol]といった単位にすることができる。
なお、(4)式には(3)式に含まれていた芳香族分(%)Arが関与する項がない。本発明者の検討したところによると、芳香族分の関与は分子量(M)を考慮することで足りることを知見しており、(4)式においては芳香族分の測定は不要となる。
【0036】
ここで、絶縁油の分子量の決め方が問題になる。油分子には種々の成分があり、油の分子量としてどのような量を指標とするかで測定の仕方が変わる。本発明者の検討したところによると、ゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法により求めた重量平均分子量を用いることが適切であると判断した。
GPC法は、分子サイズに基づいて分離分析する手法であり、分子量既知の物質で作成した検量線から試料の分子量を求める方法として知られている。本実施形態では、分子量既知の分子量標準試薬として鎖状炭化水素(n−ヘキサン、n−ノナン、n−ドデカン、n−ヘキサデカン)および環状炭化水素(ナフタレン、アントラセン、ナフタレン)などを用いることができる。
【0037】
GPC法として、微細孔を数多く存在する充填剤粒子を収容したカラムを用い、当該カラムに被測定対象の絶縁油を流すと、小さい溶質分子は充填剤の微細孔の奥まで浸透しながら遅く流れ、大きい溶質分子は微細孔に入らずに充填剤粒子の境界を通過して早く流れるので、分子サイズに応じて篩い分けができる。分子量既知の標準試料の溶質成分を吸光度検出器、示差屈折検出器、UV検出器、フォトダイオードアレイ検出器などのいずれかの検出器を用いて通過した溶質から得られる信号強度の各ピークのピークトップの溶出時間と分子量から検量線を作成することができる。
次に、被測定対象の絶縁油をカラムに通し、各溶出位置における信号強度から試料濃度を求め、先の検量線から絶縁油の分子量(相対分子量)を求めることで絶縁油の分子量を測定することができる。
【0038】
一例として、上述のn−ヘキサデカン(分子量226.44g/mol、溶出時間15.59分)、n−ドデカン(分子量170.33g/mol、溶出時間16.44分)、n−ノナン(分子量128.26g/mol、溶出時間17.24分)、n−ヘキサン(分子量86.18g/mol、溶出時間18.38分)を例示できる。更に、ナフタセン(分子量228.29g/mol、溶出時間17.90分)、アントラセン(分子量178.23g/mol、溶出時間18.74分)、ナフタレン(分子量128.18g/mol、溶出時間18.74分)を例示できる。
【0039】
GPC法では分子サイズが大きいほどカラムから速く溶出する。分子サイズは分子構造に影響されるため、同一分子量であっても分子サイズが異なれば溶出時間には差が生じる。実際にn−ヘキサデカンとナフタセン、n−ノナンとナフタレンは分子量がほぼ同一であるが、溶出時間には約2分の差が生じる。同一分子サイズの絶縁油を考えた時、パラフィン鎖の分岐が多い、あるいは環状構造になるほど分子量が大きくなる。つまり、分子構造の溶出時間への影響は、同一分子量の場合、分岐が多いあるいは環状構造になるほど分子サイズが小さくなり、溶出時間が遅くなると考えられる。
【0040】
絶縁油は鎖状炭化水素と環状炭化水素の混合物であるため、検量線は鎖状炭化水素と環状炭化水素の間になると予想される。ただし、絶縁油中の鎖状炭化水素は多くの分岐を持つため、分子サイズは小さくなる。つまり、絶縁油の検量線は環状炭化水素に近づくと考えられる。したがって、環状炭化水素の検量線が絶縁油の分子量を良く表すと考え、分子量の計算には環状炭化水素による検量線を用いる。なお、GPC法によって得られる分子量には数平均分子量、重量平均分子量、Z平均分子量等があるが、本実施形態では重量平均分子量で表すこととする。
【0041】
以下に、前記(4)式に示す飽和水分溶解量の推定式を確立した考え方について再度説明する。
絶縁油中飽和水分溶解量の測定には、
図3に示す器具を用い、平衡状態を得る。
図3において、収容器(デシケーター)1には水2の入った容器(ビーカー)3と絶縁油4の入った容器(ビーカー)5が収容されており、1気圧で十分に時間をかけ静置して温度T[K]=t[℃]+273.15で平衡状態とする。
デシケータ1内の空気の水蒸気圧は温度t[℃]における飽和水蒸気圧E(t)となる。
E(t)はTetens(1930)の実験式として以下の(5)式が知られている。
【0043】
(たとえば、35℃では56.24hPa=39.60g/m
3)
一般に、化合物の蒸気圧と測定温度の間の関係はアントワン式(Antoine式)と呼ばれ、以下の(6)式で表される。ここで、Pは蒸気圧、A、B、Cは定数である。
【0045】
このとき、絶縁油中水分蒸気圧は収容器(デシケータ)1内の空気の水蒸気圧E(t)と等しい。
温度tにおける飽和溶解水量は、このときの油中水分蒸気圧と比例していることから、飽和溶解水量は(6)式に比例した形式で表されると考えられる。
ここでCを273.15と近似し、油中飽和溶解水量をWdsと表すと以下の(7)式の関係式が得られる。
【0047】
溶解水の飽和量は(7)式の形式で表せ、代表的な式はGriffinの式であり、定数A、Bは、A=7.09、B=1567で与えられる。
【0048】
蒸気圧について基礎になる式はクラウジウス・クライペイロン(Clausius‐Clapeyron)式である。
【0050】
(8)式においてPは、温度Tでの蒸気圧、Δ
vapHは1 mol当たりの蒸発エンタルピー変化である。この(8)式は蒸発エンタルピーが温度に依存しないと仮定すると、つぎの(9)式のように積分できる。
【0052】
(9)式において、P*は温度T*における蒸気圧である。よって、パラメータBは水の蒸発潜熱と関係する。
絶縁油中で水分子が運動して水分子同士が出会うと水分子は結合する。すると、ある確率で水分子は分離して油分子中に再び拡散する。しかし、水分子結合が分離する前に別な水分子と出会うとその水分子も一緒に結合する。水分子が次々に結合して大きな水分子の集団を形成し、もはや再び油分子の中に拡散しなくなった状態が相分離である。よって、相分離せずに絶縁油中に水分子が溶け込む最大量は、水の結合反応と分解反応が平衡になる量である。水分子の結合反応は、以下の(10)式で表すことができる。
【0054】
と表せる。(10)式においてkは結合反応の速度係数であり、以下の(11)式の関係となる。
【0055】
【数11】
水の分解反応は、以下の(12)式で表すことができる。
【0057】
(12)式において、k’は分解反応の速度係数で、以下の(13)式で表すことができる。
【0059】
結合反応と分解反応が平衡である場合、(11)式と(13)式から、
k[H
2O]
2=k’[(H
2O)
2]の関係があるので、以下の(14)式が得られる。
【0061】
(14)式の意味するところは、溶解する水分子の量、すなわち分離した水分子の濃度が大きくなるのは速度係数の比で決まるということである。要するに、結合反応速度より分解反応速度が速いほど飽和溶解水量が大きくなる。パラメータAはその様な結合反応速度と分解反応速度の比に関係する量である。
【0062】
次に、絶縁油が酸化劣化して酸価がAn[mgKOH/g]となった場合の飽和水分溶解量を考える。
これまで、油を用いた工業の分野では油中水分量は油中水分の重量[mg]を油の重量[kg]で除した[ppm]を単位として捉えてきた。しかし、本発明者らは油分子の分子量(M)に着目し、油中水分量について水重量[mg]を油のモル数で除した[mg/mol]を単位として捉えなおすことが有効ではないかと考えた。
一般に化学の分野では物質の溶解量を取り扱う際、物質量をmol単位で表す。すなわち、油分子と水分子の関係はmol単位同士で捉えられるべき量であると考えられるからである。化学の分野では溶解量を[mol/L]または[mol/kg]で表すことが多い。それは化学変化の前後で溶媒の分子量に変化がない場合を想定している。しかし、絶縁油は酸化劣化すると油分子が切れたり、油分子同士が結合したりすることにより、絶縁油の分子量に変化が生じる。よって油中水分量は[mol/mol]といった単位で捉えるべきであると考えた。ここで単位に現れる分子のmolは水分量、分母のmolは絶縁油量を表す。ただし、水分子は1molの重量が18gと決まっているので、分子のmolはmgで表すことが可能で、油中水分量は[mg/mol]といった単位にすることができる。絶縁油に溶解している水分量をここからは油1mol当たりのmg数で表すことにする。
【0063】
ここで、「溶解限界(solubity limit)」と「水飽和限界(water saturation)」を定義する必要がある。その定義の詳細は次の文献に記載されている。
V. G. Arakelian and I. Fofana, “Water in Oil-Filled High-Voltage Equipment Part I: States, Solubility, and Equilibrium in Insulating Materials”, IEEE Electr. Insul. Mag., vol.23, No.4, pp. 15-27, 2007.
「溶解限界」あるいは簡単には「溶解度(solubility)」は、その温度の飽和条件下で媒体(油)中に存在する成分(水)の最大含有量であり、ヘンリーの法則に従う。それに対し、「水飽和限界」は物理的または化学的に結合している吸着水も含む。そしてカールフィッシャー法で測定される油中水分量(W[mg/mol])は、溶解水(Wd[mg/mol])と活性点への吸着水(Wa[mg/mol])の和と考える。
【0064】
酸価の測定により消費されるKOH量は油分子の活性点の数とおよそ等しい。そこで、活性点の数aは分子量Mを用いてAn[mgKOH/g油]×M(油)/M(KOH)と計算でき、An’ [m mol KOH/mol]と表すことにする。
本発明者が実験結果を検討した結果、活性点への飽和吸着水量は(7)式で表される飽和溶解水量Wdsに比例することがわかった 。
【0065】
よって、合計の飽和水分溶解量(Ws)は、以下の(15)式で示される。
パラメータBは、前述のGriffinの式の値1567を用いることができる。
パラメータAは、実験結果をプロットして酸価0の値から6.524を用いることができる。
パラメータCは、後述する実験結果を最適化し、0.0089を用いることができる。
【0067】
次に、後述する実験結果から得られる飽和水分溶解量と酸価の関係について詳細を述べる。後述する飽和吸着水量に関して実験結果は次の通りであった。
・水分吸着量は酸価に比例した。すなわち活性点の数に比例した。
・30〜35℃の低温で水分吸着量は活性点の数以下になる。すなわち、水分子は活性点に優先的に吸着するものではない。
・温度が高い場合に活性点には1つ以上の水分子を吸着した。Langmuir型の吸着において吸着は、吸着点の数で制限され、吸着点がすべて水分子で埋め尽くされると、それ以上の水分吸着は起きず、水分吸着量は飽和する。よって、活性点への水分吸着の様子はLangmuir型の吸着とは異なることがわかった。
・飽和吸着水量の温度依存性は飽和溶解水量の温度依存性に近いことがわかった。よって、温度変化に対し飽和溶解水量が増加し、その濃度に比例して吸着することにより、吸着水の温度依存性が生じると考えられる。
以上の結果から、活性点への飽和吸着水(Was)は、以下の(16)式の関係を有する。
【0069】
(16)式において、Cは比例定数、An’は[m KOH mol/油 mol]単位で表した酸価である。よって、パラメータCは活性点への水分吸着のしやすさを表し、吸着速度係数に関係する量である。そこで、以下のように(17)式が得られ、上述の(15)式と同等となる。
【0071】
一方、油入電気機器に充填された絶縁油にセルロース系絶縁物が接触している場合について考察する。この場合、セルロース系絶縁物が吸着する水分量を考慮する必要がある。
電気協同研究第61巻第2号の「変電設備の運用限度評価」第42頁(社団法人電気協同研究会編)に、絶縁油中水分と絶縁紙の水分平衡について述べられている。
この文献に示されるように、温度が異なると絶縁油−絶縁紙水分平衡関係は異なる。油中水分量は採油後カールフィッシャー法などにより知ることができるが、採油時と異なる温度における油中水分量はそのような絶縁油−絶縁紙水分平衡関係を考慮して任意の温度における油中水分量を求めることができる。そのようにして求めた油中水分量を本発明に係る計算式(4)あるいは計算式(15)、(17)で計算される飽和水分溶解量で除して水分飽和度を求め、絶縁油の劣化診断を行うことができる。
【0072】
水分飽和度が1を超えた絶縁油は、絶縁油中に水滴が生じ、絶縁油の絶縁破壊電圧を著しく低下させる。また、水分飽和度が1に近いほど、絶縁油の絶縁破壊電圧は低下することから、水分飽和度自身が絶縁油の劣化度を表す尺度となる。
また、あらかじめ求めておいた水分飽和度−絶縁破壊電圧曲線を用いて診断することもできる。絶縁油の水分飽和度と絶縁劣化については、たとえば油入電気機器における油中水分量と絶縁破壊電圧の関係について、文献(石井・上田;電気学会論文誌Vol.92−A,No.3(1972))に報告されており、
図2に示す関係がある。
【0073】
図2に示されるように、横軸の水分飽和度が与えられれば、縦軸の値から絶縁油の絶縁破壊電圧が求められる。電気機器に必要な破壊耐圧を絶縁油が有さないと判定されれば、その絶縁油は劣化して使用に不適であると判定される。
図2では水分飽和度が60%と算定された場合、該当する絶縁油の破壊電圧が43kVであることを示しており、この種の絶縁油を用いる電気機器に要求される絶縁破壊電圧が30kVである場合、この絶縁油は問題ないと判断される。
【実施例】
【0074】
次に、実施例を示し、本願発明について更に詳細に説明するが、本願発明は以下に説明する実施例に制限されるものではない。
<実施例1>
配電用変圧器中のパラフィン系鉱油(絶縁油H:JIS C2320 1種 2号油)について絶縁劣化診断を行う。
[分子量測定]
絶縁油Hの分子量をゲル浸透クロマトグラフィー(GPC)法で測定した。測定は試料を移動相(テトラヒドロフラン)で0.1%溶液に調整した液を測定液とし、以下の条件で測定を行った。
【0075】
カラム :Shodex製 KF−801、KF−802
カラム温度 :40℃
移動相 :テトラヒドロフラン
流量 :1.0 mL/min
検出 :吸光度検出器および示差屈折検出器
注入量 :20μL
【0076】
分子量既知の標準物質には鎖状炭化水素(n−ヘキサデカン、n−ドデカン、n−ノナン、n−ヘキサン)および環状炭化水素(ナフタセン、アントラセン、ナフタレン)を用いた。以下の(18)式により絶縁油の分子量を算出した。
【0077】
【数18】
【0078】
(18)式において、M:分子量、N:分子の個数、H:ピーク強度(H=M×N)を意味する。測定の結果、GPC法で測定した絶縁油Hの分子量は209.7であった。
【0079】
[酸価測定]
絶縁油Hの酸価を測定した。
酸価はJIS C2101「電気絶縁油試験法」に基づき測定した。
試料をトルエン、エタノールの混合溶剤に溶かし、アルカリブルー6Bを指示薬として水酸化カリウムの標準エタノール溶液で滴定する。酸価は、以下の(19)式によって計算した。
【0080】
【数19】
【0081】
(19)式において、TVA:酸価[mgKOH/g]、N:0.05mol/lの水酸化カリウム標準エタノール溶液の規定度、A”:滴定に要した0.05mol/lの水酸化カリウム標準エタノール溶液の量(ml)、B”:空試験に要した0.05mol/lの水酸化カリウム標準エタノール溶液の量(ml)、W:試料の質量[g]である。
測定の結果、絶縁油Hの酸価は0.011[mgKOH/g]であった。
【0082】
[油中水分量]
絶縁油Hの油中水分量を測定した。
油中水分量は、JIS C2101「電気絶縁油試験法」に基づきカールフィッシャー電量滴定方法によって測定した。カールフィッシャー電量滴定方法は、よう化物イオン、二酸化硫黄を主成分とするピリジン、メタノール混合溶剤に試料を加え、電気分解によってよう素を発生させて水と反応させ、電気量から水の量(μg)を求める方法である。
よう素1molは水1molと反応するので、水1mgと反応するのに必要な量のよう素は、10.71(C)の電気量によって発生する。したがって、滴定終点までに消費された電気量を測定すれば、水の量が求められる。電気量は、電解電流を時間について積分することによって求められる。
【0083】
水分は、次の式によって計算した。W=(G−G
B)/S
ここに、W:水分[mg/kg]、G:試料の水の量[μg]、G
B:注射筒を用いた場合のブランクの水の量[μg]、S:試料の質量[g]とする。
測定の結果、絶縁油Hの油中水分量は18[mg/kg]であった。
採油時の油温は60℃であった。
【0084】
[0℃における油中水分量の推定]
変圧器内のセルロース系絶縁物の影響を無視した場合、油温が変化しても油中水分量は変化しないと考えられるので、0℃における絶縁油Hの油中水分量も18[mg/kg]と考えられる。
[0℃における飽和溶解水分量]
0℃における飽和水分溶解量を(4)式で計算すると29.8[mg/kg]と推定できる。
【0085】
[0℃における水分飽和度]
油中水分量18[mg/kg]を飽和溶解水分量29.8[mg/kg]で除すると、0℃における水分飽和度は0.60と推定できる。
[絶縁油の絶縁劣化診断]
水分飽和度が0.60であり、1以下なので、絶縁油H中に水滴は生じないと推定できる。
次に、
図2に示す水分飽和度−破壊電圧曲線を用いると、絶縁油Hの破壊電圧は43kVと計算でき、この主の電気機器に要求される絶縁破壊電圧30kVは超過していることから、この絶縁油Hは0℃に油温が下がる場合にも使用可能と判定できる。
【0086】
<実施例2>
配電用変圧器中の絶縁油Hについてセルロース系絶縁紙に絶縁油が接触していることを考慮した絶縁劣化診断を行った。
[分子量測定]
絶縁油Hの分子量は実施例1で測定した通り209.7であった。
[酸価測定]
絶縁油Hの酸価は実施例1で示した通り0.011[mgKOH/g]であった。
[油中水分量]
絶縁油Hの油中水分量は実施例1で示した通り18[mg/kg]であった。採油時の油温は60℃であった。
【0087】
[0℃における油中水分量の推定]
変圧器中のセルロース系絶縁紙を考慮すると油温が変化すると油中水分量も変化する。
電気協同研究第61巻第2号「変電設備の運用限度評価」第43頁(社団法人電気協同研究会編)には、第6―1−5図に絶縁油中水分量と絶縁紙中水分量の関係と題して、
図4が示されている。前記文献の第6―1−5図に示す関係について、油中水分量を0〜30[mg/kg]、紙中水分量を0〜2.0[%]の範囲で作図したのが
図4である。
図4には、絶縁油中水分量と絶縁紙中水分量の関係について、0℃〜100℃までの温度10℃毎の関係曲線が描かれている。
図4に示す関係曲線を用いて、0℃における油中水分量を推定できる。
【0088】
本実施例に供した当該変圧器の絶縁油量は11400kgである。この変圧器においてプレスボード紙は厚いため、含まれる水分量の変化は遅いと仮定し、温度変化に伴う油中水分変化に寄与するセルロース系絶縁紙はコイル絶縁紙のみと仮定すると、当該変圧器の絶縁紙量は155kgである。これらの絶縁紙量から60℃の油温が冷えて0℃になった時の油中水分量は約1.5[mg/kg]と推定できる。
詳述すると、絶縁油Hの油中水分量が実施例1で示した通り18[mg/kg]であり、採油時の油温が60℃である場合、
図4の横軸に示す18[mg/kg]の位置から油温60℃の線に向かって補助線H
1を策定し、交差した位置の縦軸が示す紙中水分量は、補助線H
2が縦軸と交差する点が示すように1.3%とわかる。これが0℃となった場合にどうなるか推定する。
【0089】
ここで水分は絶縁油に含まれている水分と絶縁紙の中に含まれている水分の2種類あるが、絶縁紙に一部水分が移ったと仮定すると、2種類の水分の総量は同じなので、この2種類の水分量の総和は、一定になると考えられる。そこで、2種類の水分量の総和が一定になるような補助線H
3を描くと、
図4の補助線H
3のようになる。この補助線H
3と油温0℃の曲線の交わる点H
5を求めると、この点H
5に対応する横軸の油中水分量は1.5[mg/kg]と見積もることができる。
[0℃における飽和溶解水分量]
絶縁油Hの0℃における飽和溶解水分量は実施例1で示した通り(4)式で計算すると29.8[mg/kg]と推定できる。
[0℃における水分飽和度]
油中水分量1.5[mg/kg]を飽和溶解水分量29.8[mg/kg]で除すると、0℃における水分飽和度は0.05と推定できる。
【0090】
[絶縁油の絶縁劣化診断]
水分飽和度が0.05であり、1以下なので絶縁油中に水滴は生じないと推定できる。
図2に示す水分飽和度−破壊電圧曲線を用いると、絶縁油Hの破壊電圧は90kVと計算でき、この絶縁油を適用する電気機器に要求される絶縁破壊電圧30kVは超過していることから、この絶縁油は0℃に油温が下がる場合にも使用可能と判定できる。
【0091】
次に、
図5と
図6を用いて従来知られている飽和水分溶解量の計算に用いる(3)式と先に飽和水分溶解量の計算に用いた(4)式の対比について検証する。
図5は先に記載した非特許文献4のP28に記載のテーブル5に表示されているMladenovらが行った絶縁油における、飽和水分溶解量Wsの計算値とWsの実測値の対比をグラフ化した図である。Mladenovらが行った計算モデルは、先に(3)式で示した計算式に基づいている。
【0092】
図5に示す結果からわかるように、Mladenovらが行った(3)式を用いた従来の計算式で得られる結果においては、飽和水分溶解量Wsの計算値とWsの実測値の対比結果からみると、飽和水分溶解量Wsの値が100〜300前後の範囲では計算モデルの相関性が高いが、飽和水分溶解量の値が360を超える辺りの試料から飽和水分溶解量Wsの実測値とWsの計算値の乖離が大きくなり、20%以上の乖離が生じている。
【0093】
<実施例3>
図6は本発明に係る計算モデルにおいて絶縁油の飽和水分溶解量Wsの計算値とWsの実測値の対比をグラフ化した図である。
図6のグラフに示すデータは以下の各種絶縁油を用いて上述の(15)式に従い計算した結果である。
(15)式において、A=6.524、B=1567、C=0.0089を適用した。
【0094】
以下の表2に、試験に使用した絶縁油別に計算に使用した酸価[mgKOH/g]、分子量[g/mol]、絶対温度[K]、飽和水分溶解量実測値[mg/kg]、飽和水分溶解量計算値[mg/kg]、差分[mg/kg]、計算値の実測値からの乖離割合(%)について、まとめて記載する。
【0095】
【表2】
【0096】
以下、表2〜表4に示す絶縁油A
6は、JX日航日石エネルギー株式会社製高圧絶縁油B11A、絶縁油B
6は、JX日航日石エネルギー株式会社製高圧絶縁油K、絶縁油C
6は、昭和シェル石油株式会社製シェルトランスオイルA、絶縁油D
6は、昭和シェル石油株式会社製シェルトランスオイルB、絶縁油Eは、出光興産株式会社出光トランスフォーマーオイルH、絶縁油Fは、出光興産株式会社出光トランスフォーマーオイルG、絶縁油H、I、Jは、JIS C2320 1種 2号油(パラフィン系鉱油)である。
ここで強制劣化油とは、A
6’、C
6’、H’、B
6’のことであり、強制劣化油のA
6’(No.8、9、10)、C
6’(No.11、12、13)、H’(No.14、15、16)、B
6’(No.17、18、19)はそれぞれ空気密封、銅触媒共存、120℃で48時間、96時間、144時間加熱、A
6’(No.23,24)の2試料は空気中、銅触媒なし、140℃で19日間、29日間加熱を行うことにより作成した絶縁油を示す。
【0097】
以下の表3に、使用した絶縁油別に計算した酸価[mgKOH/g]、分子量[g/mol](GPC法による)、絶対温度[K]、飽和水分溶解量実測値[mg/kg]、飽和水分溶解量計算値[mg/kg]、差分[mg/kg]、計算値の実測値からの乖離割合(%)についてまとめて記載する。
【0098】
【表3】
【0099】
図6と表2、表3に示す結果から明らかなように、本発明に係る計算式により求めた絶縁油の飽和水分溶解量Wsの計算値とWsの実測値は相関性が高く、飽和水分溶解量Wsが100〜600の範囲で優れた値を示した。また、実測値からの乖離においては、10%程度以下に抑えられている。このことから、本発明に係る計算式の有効性の高いことがわかる。
【0100】
<比較例>
次に、先の(15)式を用いて上記実施例と同じ絶縁油の飽和水分溶解量を計算した。ただしこの計算の際、先のGPC法に基づく分子量の値に代えて、動粘度から分子量を算出する方法(ASTM D2502)により分子量を求めた。計算結果を以下の表4に記載する。
【0101】
【表4】
【0102】
表4に示す結果から明らかなように、推定式にASTMによる分子量測定結果を利用しても絶縁油の飽和水分溶解量Wsの計算値とWsの実測値は相関性が低く、実測値からの乖離においては、最大20%を超える乖離となった。このことから、推定式にGPC法による分子量を採用することの有効性が高いことが判明した。
ASTMによる分子量測定は、新油を対象とした試験方法であるため、劣化油や実器使用油の評価には適していないことがわかった。なお、この原因は、ASTMによる分子量測定が動粘度を基にしているが、絶縁油の動粘度は絶縁油の多少の劣化では変化しないと考えられるので、分子量測定値が絶縁油劣化の実情に合っていないことが原因と推定される。
以上の試験結果から、分子量の違いを考慮した飽和水分溶解量と酸価との関係性について検討した結果、絶縁油の飽和水分溶解量の正確な評価には分子量の測定が必要であり、その測定には芳香族分および劣化による分子量の違いを分子量測定結果に反映することができるGPC法による分子量測定が有効であることがわかった。
【0103】
<計算例>
次に、絶縁油間の分子量の違いを考慮するため、単位重量当たりの水分量に絶縁油の分子量を掛けた単位分子数当たりの水分量として飽和水分溶解量を評価した。単位分子数当たりの水分量では、絶縁油の分子数を等しくしたことにより、分子量が異なる絶縁油であっても水分量の比較が可能になると思われる。さらに、酸価も単位重量当たりの水酸化カリウム消費量であることから、酸価についても単位分子数当たりの水酸化カリウム消費量へ換算した。計算例を以下に示す。
【0104】
計算例(JX日航日石エネルギー株式会社製高圧絶縁油B11A(市販絶縁油A):芳香族分8.8%、JIS C2320 1種 2号油(パラフィン系鉱油)(実器使用油H):芳香族分17.7%)
○飽和水分溶解量(単位分子数)[mg/mol] =
飽和水分溶解量(単位重量)[mg/kg]× 絶縁油分子量[g/mol]×10
−3 [kg/g]
市販絶縁油A:99.5[mg/kg]×288.9[g/mol]×10
−3[kg/g] = 28.7[mg/mol]
実器使用油H:131.6[mg/kg]×209.7[g/mol]×10
−3 [kg/g]=27.6[mg/mol]
○酸価(単位分子数)[mgKOH/mol]=
酸価(単位重量)[mgKOH/g]×絶縁油分子量[g/mol]
市販絶縁油A:0.008[mgKOH/g]×288.9[g/mol]=2.3[mgKOH/mol]
実器使用油H:0.011[mgKOH/g]×209.7[g/mol]=2.3 [mgKOH/mol]
【0105】
上述した計算例の関係において、単位重量当たりの飽和水分溶解量では市販絶縁油Aと実器使用油Hで約30[mg/kg]の差が見られていたが、単位分子数当たりの飽和水分溶解量に換算した結果、市販絶縁油Aと実器使用油Hの飽和水分溶解量がほぼ同等となり、芳香族分の違いをGPC法による分子量で整理可能であることがわかった。
【0106】
次に、単位分子数当たりに換算した時の酸価と飽和水分溶解量の関係を
図8に示す。
図8に示す各市販絶縁油は、先の実施例において用いたものと同等の絶縁油を示す。
図8より、芳香族分および劣化による分子量の違いを考慮した結果、飽和水分溶解量と酸価との間に良好な関係性(相関係数R=0.971)が認められた。これまでは絶縁油の劣化による活性点の増加に加えて、分子量の変化が影響していたため、酸価と飽和水分溶解量を精度良く関係付けることが出来なかったと考えられる。
【0107】
図9は、表3に示す試験結果から求めた酸価増加分と分子量増加分の相関関係を示す図である。例えば、表3の絶縁油A
6と絶縁油A
6’は強制劣化前後の絶縁油の関係を示すので、酸価の変化と分子量の変化がそれぞれわかるので、これらの結果を
図9にプロットし、表3に示す他の絶縁油について各々
図9にプロットすると、
図9を描くことができる。
絶縁油は酸化劣化すると、分子数が増加することがわかっている。酸化の程度は酸価を尺度として評価できる。酸価増加量に対し、分子量はほぼ直線的に増加する。未使用時の絶縁油の酸価はほぼ0である。よって、未使用時絶縁油の分子量が既知の場合、酸化劣化後の分子量は酸価から推測することができ、酸価を測定するだけで飽和水分溶解量が推測できる。また、未使用時絶縁油の分子量が未知の場合、その代表的な値である280を初期値として、酸価から分子量を推測できる。
【0108】
図10は、酸価と飽和水分溶解量(重量単位)の関係を前述の各種絶縁油に対し測定した結果を示す。
図10の関係からでは、酸価の増大に伴って飽和水分溶解量も増加する傾向が認められるが、その相関には、ばらつき(相関係数R=0.766)が見られたので、単位重量当たりで酸価と飽和水分溶解量の関係を求めたとしても、両者の間に相関関係を把握することはできない。
以上の対比から、これらの飽和水分溶解量の表示方法(単位)に問題があることがわかる。例えば、絶縁油の飽和水分溶解量を絶縁油単位重量当たりの水分量で表す従来方法では、比較する絶縁油の分子量が同一であることが前提となる。分子量が大きい絶縁油と分子量が小さい絶縁油へ水1分子が溶解した場合の水分量を考えた場合、どちらの場合も油分子数と水分子数の割合は同じであるが、単位重量当たりの水分量で表すと、分子量が小さいほど、単位重量当たりの水分量は多くなると考えられる。このため、本発明方法において採用している単位分子量当たりの飽和水分溶解量の概念が重要であることがわかる。