【0007】
以下、本発明の実施の形態について説明する。
まず、本発明に係る熱間圧延設備用ロールは、ショア硬さHSが35〜60である鋼製ロール基材の表面に、硬質セラミックス粒子を含有するNi自溶合金の溶射皮膜が被覆され、上記自溶合金溶射皮膜とロール基材との間に厚みが30〜200μmの拡散層が形成されてなるものであることが必要である。
ここで、上記鋼製ロール基材の硬さを、ショア硬さHSで35〜60の範囲に限定する理由は、HS35未満ではロール基材が軟質過ぎるため、例えば、熱間圧延機の巻取設備に用いたときには、鋼板との衝突による衝撃荷重や鋼板噛み込み時の圧力によってロール基材自体が局部的に凹み等の変形を起こし、その結果、その表面に被覆された溶射皮膜が剥離を起こしてしまうからである。一方、HS60を超えると、ロール基材(鋼)のミクロ組織におけるマルテンサイト等の変態組織の分率が増加するため、変態に伴う体積膨張によって、ロール基材表面に被覆された溶射皮膜との間に内部応力が生じて皮膜に割れが発生したり剥離を起こし易くなったりするからである。なお、上記鋼製ロール基材の硬さは、好ましくはHSで35〜45の範囲である。
また、本発明ロールにおける上記ロール基材を構成する鋼は、Crが0.9〜3.2mass%のものであることが好ましい。Crは、耐酸化性を向上する元素であるが、0.9mass%未満では、溶射前の予熱時に基材表面に酸化皮膜が形成されるため、後述する溶射後のヒュージング処理での拡散層の形成が阻害され、皮膜の密着性の低下を招く。一方、Crが3.2mass%を超えると、ヒュージング処理によって、ロール基材と自溶合金溶射皮膜との境界に、硬くて脆いCr炭化物相やCr硼化物相が形成されて皮膜の密着性が低下してしまうからである。なお、Crは、耐食性を向上する元素でもあり、また、ヒュージング処理後の冷却で適度な焼き入れ性を確保しロール基材の適正硬さを安定して確保する観点からは、0.9〜2.4mass%の範囲で含有することが好ましく、0.9〜1.6mass%の範囲がより好ましい。
上記のCr含有量を満たす鋼としては、例えば、JIS G4053に規定された「機械構造用合金鋼鋼材」、JIS G4805に規定された「高炭素クロム軸受鋼鋼材」、JIS G4404に規定された「合金工具鋼鋼材」に規定されたSKD5などを挙げることができる。
さらに、本発明における上記鋼製ロール基材は、上記Cr含有量に加えて、下記(1)式;
炭素当量Ceq(mass%)=C+Si/24+Mn/6+Ni/40+Cr/5+Mo/4+V/14 ・・・(1)
ただし、上記式中の各元素記号は、その元素の含有量(mass%)
で定義される炭素当量Ceqが0.45〜1.65mass%の範囲のものであることが好ましい。
ここで、上記(1)式は、鋼の焼入れ性に及ぼす成分元素の影響を炭素の影響度に換算して表す炭素当量の一般式であり、Ceqが0.45mass%未満では、ヒュージング処理後の冷却や熱処理で、ロール基材の硬さをショア硬さHS35以上とすることが難しくなる。一方、Ceqが1.65mass%を超えると、逆に、焼入れ性が高くなり過ぎて、ヒュージング処理後の冷却や熱処理で、ロール基材の硬さがHS60を超えてしまうおそれがあるからである。
また、本発明の熱間圧延設備用ロールは、上記鋼製ロール基材の表面に、硬質セラミックス粒子を含有するNi自溶合金が被覆されてなるものであることが必要である。
ここで、上記Ni自溶合金としては、JIS H8303に規定されたニッケル自溶合金SFNi1〜5のいずれかであれば好適に用いることができる。
また、上記Ni自溶合金に硬質セラミックス粒子を含有させる目的は、溶射皮膜の耐摩耗性を改善するとともに、鋼板との摩擦係数を高めて、鋼板の通板性を高めるためである。ここで、上記自溶合金中に含ませる硬質セラミックス粒子としては、WC,Cr
3C
2,NbC,VC,MoC,TiCおよびSiCなどの炭化物、あるいは、これらの炭化物粒子をCoなどのバインダー金属で焼結後、粉砕した粒子などから選ばれる1種または2種以上を用いることができるが、中でも、WCの粒子およびWCの粉末を、Co等をバインダーとして焼結し粉砕した粒子(以降、これらを総称して「WC粒子」ともいう。)は、耐摩耗性を確保する観点から、好ましく用いることができる。
なお、本発明では、上記の自溶合金に代えて、同じくJIS H8303に規定された、Ni自溶合金にWCの粒子を20〜80mass%含有させたタングステン・カーバイト自溶合金(MSFWC2〜4)のいずれかを用いてもよい。
また、本発明に係る熱間圧延設備用ロールは、上記自溶合金溶射皮膜とロール基材との間に厚みが30〜200μmの拡散層が形成されてなるものであることが必要である。上記拡散層の厚さが30μm未満では、原子の拡散が不十分であるため、溶射皮膜の緻密化や皮膜の密着性の改善効果が不十分である。一方、上記拡散層の厚さが200μmを超えるようになると、皮膜と基材境界部に形成される脆いCr炭化物層やCr硼化物層が極度に発達し、密着力が逆に低下するようになるからである。なお、上記拡散層の好ましい厚さは30〜100μmの範囲である。
次に、本発明に係る熱間圧延設備用ロールの製造方法について説明する。
本発明の熱間圧延設備用ロールは、鋼製ロール基材の表面に、硬質セラミックス粒子を含有するNi自溶合金の溶射皮膜を被覆した後、非酸化性雰囲気下でヒュージング処理を施して上記溶射皮膜とロール基材との間に厚さが30〜200μmの拡散層を形成してから冷却し、あるいはさらに熱処理して、ロール基材の硬さをショア硬さHSで35〜60の範囲に制御することで製造することができる。
ここで、本発明の熱間圧延設備用ロールのロール基材に用いる鋼は、Crが0.45〜3.2mass%の範囲で、かつ、先述した(1)式で定義される炭素当量Ceqが0.45〜1.65mass%の範囲のものであればいずれでもよく、また、ロール基材の製造方法についても、例えば、圧延材を加工したもの、鍛造して製造したもの、遠心鋳造して製造したもの等いずれでもよく、特に制限はない。
また、上記ロール基材の表面に溶射被覆する自溶合金は、硬質セラミックス粒子を含有させた自溶合金であれば特に制限はないが、中でも、先述したJIS H8303に規定されたニッケル自溶合金(SFNi1〜5)に硬質セラミックス粒子を含有させたもの、あるいは、同じくJIS H8303に規定されたWCを含有するニッケル自溶合金(MSFWC2〜4)は好適に用いることができる。
また、自溶合金中に含有させる硬質セラミックス粒子についても、特に制限はなく、例えば、WC,Cr
3C
2,NbC,VC,MoC,TiCおよびSiCなどの炭化物、あるいは、これらの炭化物粒子を複合した炭化物粒子などを用いることができ、中でもWC粒子は好適に用いることができる。
なお、上記硬質セラミックス粒子の大きさは3〜300μmの粒状あるいは片状のものが好ましい。3μm未満では、溶着金属内への均一分散が難しくなるとともに、鋼板との摩擦係数が小さくなって鋼板通板性が低下してしまう。一方、300μmを超えると、この粒子が起点となって皮膜破壊を起こしやすくなるからである。
また、自溶合金中に含有させる量としては、3〜60mass%の範囲が好ましい。含有量が3mass%未満では、硬質セラミックス粒子の添加効果が得られず、一方、60mass%を超えると、添加効果が飽和し、原料コストの上昇を招くとともに、溶射皮膜の靭性が低下するようになるからである。
なお、上記自溶合金を溶射する方法についても、自溶合金の溶射に通常用いられている方法であれば、特に制限されるものではないが、例えば、粉末式フレーム溶射法、プラズマ溶射法および高速ガスフレーム溶射
法のいずれかの方法であれば好適に用いることができる。
また、上記自溶合金の溶射皮膜の厚さは、後述するヒュージング処理する前の状態で、0.5〜5.0mmの範囲とするのが好ましい。厚さが0.5mm未満では、皮膜厚さが薄すぎて、溶射皮膜の効果を得ることができない。一方、5.0mmを超えると、ヒュージング処理後の冷却あるいはその後の熱処理で生ずる溶射皮膜内の残留応力が上昇し、皮膜に剥離や割れが生じるからである。より好ましい溶射皮膜の厚さは、2.5〜3.5mmの範囲である。
上記のようにして、ロール基材の表面に直接、自溶合金の溶射皮膜を形成したロールは、その後、ヒュージング処理(再溶融処理)を施して、溶射皮膜内の気孔を低減し、緻密化を図るとともに、ロール基材と溶射皮膜との間に厚さが30μm以上の拡散層を形成させて密着力の高い溶射皮膜とする必要がある。そのためには、上記ヒュージング処理は、非酸化性雰囲気下において、1000〜1100℃の温度で、30〜240分の再溶融を伴う熱処理を施すことが好ましい。
ヒュージング処理を、非酸化性雰囲気下で行う理由は、以下のとおりである。
自溶合金溶射皮膜のヒュージング処理は、一般に、大気中で、火炎バーナーで900〜1200℃の温度に加熱することで行われている。しかし、この方法では、自溶合金の溶射層の内部に酸素が侵入し、溶射した粒子の表面に酸化皮膜が形成されるため、原子の拡散が抑制され、溶射皮膜の緻密化が阻害されたり、ロール基材と溶射皮膜との間に形成される拡散層の成長が阻害されたりする。その結果、自溶合金とロール基材との間に形成される拡散層の厚みは精々15μm程度で、最大でも30μmに満たないのが普通である。そのため、従来の方法でヒュージング処理した溶射皮膜は、密着力が低く、剥離を起こしやすいという欠点を有する。
そこで、本発明では、上記弊害を回避するため、非酸化性雰囲気下でヒュージング処理を行うこととした。これにより、溶射皮膜内部の酸化が防止されるため、溶射皮膜の緻密化が促進され、さらに、ロール基材と溶射皮膜との間に形成される拡散層の成長が促進され、その結果、従来のヒュージング処理では実現できなかった30μm以上の拡散層を容易に得ることができるので、密着力に優れ、剥離を起こし難い溶射皮膜層を形成することが可能となる。
上記のような非酸化性雰囲気下でヒュージング処理を行う方法としては、溶射皮膜を被成したロール全体を、炉内を非酸化性雰囲気にできる熱処理炉、例えば、炉内を不活性ガス雰囲気または上記不活性ガスの減圧雰囲気、あるいは、真空雰囲気とすることができる熱処理炉に装入し、この炉内で上述した所定の温度×時間のヒュージング処理を施す方法が好ましい。なお、上記不活性ガスとしては、Arガス、HeガスおよびN
2ガスのいずれか1種または2種以上の混合ガスであることが好ましいが、コスト的には、N
2ガスが最も好ましい。
なお、上記非酸化性雰囲気下で行うヒュージング処理は、1000〜1100℃×30〜240分の条件で行うのが好ましい理由は、ヒュージング温度が1000℃未満あるいは30分未満では、原子の拡散が不足して、30μm以上の拡散層を得ることができず、一方、1100℃超えあるいは240分超えでは、過溶融となり十分な皮膜硬さが得られないことや、拡散層が200μm超えとなり、皮膜と基材の境界部に形成される脆いCr炭化物相やCr硼化物相が極度に発達し、密着力が逆に低下したり、製造コストの上昇を招いたりするからである。
上記のヒュージング処理を施したロールは、その後、ロール基材のCeqの値に応じて冷却速度を制御して冷却して、ロール基材の硬さをショア硬さHSで35〜60の範囲に制御する。なお、上記冷却速度の制御は、ヒュージング処理後の熱処理炉内に導入する雰囲気ガスの圧力を調整して雰囲気ガスの熱伝導率を変化させたり、炉内に導入・排出する雰囲気ガスの流量や温度を変えたりすることで行うことができる。
なお、上記ヒュージング処理後の冷却で、ロール基材の硬さをショア硬さHSで35〜60の範囲に制御できる理由は、本発明のロール基材はCrを0.9mass%以上含有し、かつ、Ceqが0.45mass%以上の鋼であるため、固溶硬化のほか、ヒュージング処理後の冷却時に焼入れが起こり、マルテンサイト相やベイナイト相等の低温変態相が形成されることによる変態硬化や、冷却中にCr炭化物やCr硼化物等が析出することによる析出硬化等が寄与しているためである。
なお、上記のようにヒュージング処理後の冷却のみで、所望の硬さを確保するようにしてもよいが、上記冷却後、さらに熱処理を施して、所望の硬さを確保するようにしてもよい。上記熱処理は、ヒュージング処理と同じ炉を用いて行ってもよいが、冷却速度をさらに上げて冷却したい場合や冷却速度をより精度よく制御したい場合等のときには、別の熱処理方法を用いて行ってもよい。この場合、緻密化と拡散層の形成は既に完了しているので、加熱温度は800〜1100℃の温度範囲とし、その後、所望の硬さが得られる速度に制御して冷却するのが好ましい。また、熱処理雰囲気は、大気雰囲気中で行ってもよい。したがって、熱処理炉を用いないで、従来のヒュージング処理と同様、大気中でバーナー加熱して行ってもよい。
上記本発明の方法で製造された熱間圧延設備用ロールは、耐衝撃損傷性や耐摩耗性、鋼板通板性に優れるので、上記ロールを熱間圧延機の巻取設備のピンチロールあるいはラッパーロール(ユニットロール)等の巻取り設備用ロールに用いた場合には、ロール寿命の大幅な延長が可能となる。
【実施例1】
【0008】
Cr含有量およびC当量Ceqが異なる表1に示した成分組成の各種鋼材を用いて、外径100mmφ、内径50mmφ、長さ100mmのリング状の試験片を作製した。次いで、この試験片の外周表面に、粒径が45〜125μmのWC粒子(WC−12Co焼結粉砕粉)を30mass%混入させたNi自溶合金を、粉末式フレーム溶射法を用いて溶射し厚さ3mmの自溶合金溶射皮膜を形成した。ただし、一部の試験片については、比較例として、自溶合金を溶射する前の下地に厚さが10mmの硬化肉盛層を設けたり、あるいは、WC粒子を含有しないNi自溶合金のみの皮膜を形成したりした。上記皮膜形成に用いた自溶合金および硬化肉盛の成分については表2に示した。
次いで、上記溶射皮膜形成後の試験片を、20torrまで減圧した窒素ガスの非酸化性雰囲気とした熱処理炉で1000℃×60分のヒュージング処理を施した後、液体窒素を気化した窒素ガスを制御して炉内に導入し、上記処理温度から300℃まで冷却(炉冷)した。この際、一部の試験片については、上記窒素ガスの流量を増やして冷却速度を速めたり(急速炉冷)、あるいは、上記ヒュージング処理後、別の大気雰囲気炉で900℃×30分の熱処理を施してから急速炉冷したりした。さらに、他の一部の試験片については、大気中でバーナー加熱し、1000℃×20分のヒュージング処理を施した後、大気中で放冷処理した。
上記のリング状試験片に施した処理条件を表3にまとめて示した。
【表1】
【表2】
【表3】
次いで、上記ヒュージング処理後のリング状試験片を以下の評価試験に供した。
<基材硬さの測定>
リング状試験片の端部を切断し、円筒研削(ダイヤモンド砥石#120)により皮膜を研削除去し、更に皮膜と基材の境界部から1mm深さまで削り込んだ後、ショア硬さを測定し、ショア硬さHSが35〜60の範囲にあるものを合格と評価した。
<拡散層の厚み測定>
リング状試験片の端部を切断し、基材と溶射皮膜の境界部におけるFeとNiの厚さ方向の濃度分布をEPMAで線分析し、ヒュージング処理によって自溶合金層とロール基材との間あるいは自溶合金層と硬化肉盛層との間に形成された拡散層の厚さを測定した。
<溶射皮膜の割れ有無の確認>
リング状試験片の外周に被成した溶射皮膜の表面を、カラーチェック(浸透探傷検査)し、熱処理後の冷却に伴う熱歪や変態歪による皮膜割れの発生有無を調査し、割れが確認されなかったものを○、割れが確認されたものを×と判定した。
<鋼球落下試験>
冷却後あるいは熱処理後の溶射皮膜に割れが確認されなかったリング状試験片について、外周面を#400のダイヤモンド砥石を用いて研磨し、その後、その研磨した外周表面に、
図1に示したような試験装置を用いて、SUJ2を焼入処理した直径50mmφの鋼球を高さ2.1mの高さから100回連続して落下させ、外周面に生じた凹みの深さを測定した。その結果、凹み深さが0.2mm未満であれば耐衝撃損傷性が良好(○)、0.2mm以上0.4mm未満であれば不良(△)、0.4mm以上を劣悪(×)と評価した。なお、比較として、溶射皮膜を形成していない試験片についても同様の評価を行った。
上記試験の結果を、表3に併記して示した。この結果から、基材の硬さが本発明の範囲内にあり、本発明に適合する溶射皮膜を形成した発明例の試験片は、いずれも、ヒュージング処理や熱処理後の冷却に伴う皮膜の割れ発生もなく、鋼球落下試験の結果も良好である。したがって、本発明に適合した溶射皮膜は、熱間圧延設備用ロールに用いても、優れた耐通板損傷性を有していることがわかる。
なお、
図2は、従来の大気中でヒュージング処理した例(No.10)と、非酸化性雰囲気下でヒュージング処理した例(No.11)における自溶合金溶射皮膜の断面写真を示したものであり、本発明のヒュージング処理を施した場合には、気孔が少なく緻密な溶射皮膜が得られていることがわかる。また、
図3は、上記No.11の例における拡散層をEPMAで線分析した結果を示したものであり、本発明のヒュージング処理を施した場合には、基材と溶射皮膜の境界部には大きな拡散層が形成されていることがわかる。