特許第5976563号(P5976563)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5976563
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月23日
(54)【発明の名称】コレット
(51)【国際特許分類】
   B23B 31/20 20060101AFI20160809BHJP
   B23Q 11/00 20060101ALI20160809BHJP
【FI】
   B23B31/20 Z
   B23B31/20 E
   B23Q11/00 A
【請求項の数】5
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2013-26476(P2013-26476)
(22)【出願日】2013年2月14日
(65)【公開番号】特開2014-155966(P2014-155966A)
(43)【公開日】2014年8月28日
【審査請求日】2015年8月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(73)【特許権者】
【識別番号】000003713
【氏名又は名称】大同特殊鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001184
【氏名又は名称】特許業務法人むつきパートナーズ
(72)【発明者】
【氏名】櫻井 文仁
(72)【発明者】
【氏名】渡部 健司
(72)【発明者】
【氏名】毛利 倫哉
【審査官】 山本 忠博
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第00/59660(WO,A1)
【文献】 特開平9−85562(JP,A)
【文献】 特開2003−245837(JP,A)
【文献】 米国特許第6280126(US,B1)
【文献】 特開2003−253369(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23B 31/00−31/39,
B23Q 11/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
中心軸を有する円筒状本体部の被固定物の挿入される挿入口側の端面から前記中心軸と平行に削孔された長穴に制振合金からなる棒体を嵌合埋め込みしたことを特徴とするコレット。
【請求項2】
前記長穴の内周面及び前記棒体の外周面をねじ切りし、前記長穴に前記棒体を螺合せしめたことを特徴とする請求項1記載のコレット。
【請求項3】
前記円筒状本体部を前記中心軸の周りで等角度に分割して複数の樋状片からなるように前記端面からすり割りを与えられ、前記樋状片のそれぞれには等しく対応する位置に前記長穴を設け前記棒体を与えられていることを特徴とする請求項1又は2に記載のコレット。
【請求項4】
前記すり割りは奇数個与えられ、前記樋状片のそれぞれはその内側面と正対する前記すり割り及び前記中心軸を通る仮想平面に対して対称となる位置に前記長穴を設け前記棒体を与えられていることを特徴とする請求項3記載のコレット。
【請求項5】
前記制振合金は、質量%で、Cu:16.9〜27.7%、Ni:2.1〜8.2%、Fe:1.0〜2.9%、C:0.05%以下、残部Mn及び不可避的不純物からなる成分組成を有していることを特徴とする請求項1乃至4のいずれかに記載のコレット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、工作機械に固定されるホルダ又はチャック(以下、単に「チャック」と称する。)に取り付けてエンドミルのような回転切削工具や回転被削ワークの端部を固定させるコレットに関し、特に、使用時の振動を抑制する制振機能を備えたコレットに関する。
【背景技術】
【0002】
工作機械のチャックにエンドミルのような回転切削工具を取り付けたり、回転させて切削加工を与える棒状のワークを取り付けるためにコレットが用いられる。一般的には、棒状の回転切削工具や回転被削ワークの端部をコレットの円筒状本体内部に挿入し、これをチャックに取り付けて外周から締め付け、工作機械に固定するのである。(以下においては、工作機械に切削工具を取り付ける場合について述べるが、ワークを取り付ける場合にも特に断りのない限り同様である。)
【0003】
切削加工において、被削ワークの加工精度を高めるためには、工作機械に切削工具を精度良く取り付けることが必要である。特に、コレットを介してチャックに固定された棒状の切削工具では、チャックから刃先方向へ所定距離だけ離れた先端部の振れ精度を高めることが重要である。
【0004】
これに対して、例えば、特許文献1では、高精度のチャックであっても、上記した先端部の振れ精度は3〜5μmあることを述べた上で、工具の刃先の振れを修正できるように修正ねじを与えたコレットを開示している。詳細には、かかるコレットは、中心軸を有する円筒状本体部であって、エンドミルのような回転切削工具のシャンク部を挿入される挿入口側に円盤状の鍔部を有している。この鍔部の周方向の複数箇所には、該鍔部を工具シャンク部の軸線と平行な方向に貫通するねじ孔が設けられており、鍔部背面に突出するように振れ修正用ねじが螺合されている。コレットはチャック筒内に収容されて固定されるが、切削加工前の静止状態で振れ修正用ねじを螺入方向に操作するとその先端部がチャック筒の周縁部に当接する。振れ修正用ねじのチャック筒周縁部に対する押圧力を加減することで、工具シャンク部の根元部分を工具の刃先振れがゼロに近づく方向に弾性変形させて、工具の刃先振れを修正できるとしている。つまり、ここでは、被削ワークと工具とを接触させない状態において、チャック筒周縁部に振れ修正用ねじを当接させることで工具の刃先振れを抑制させるのである。
【0005】
また、切削加工時の切削工具と被削ワークとの間の接触圧の変化などによって生じる振動が被削ワークの加工精度を損なわせることも多い。そこで、切削工具及び/又はワークに生じる振動を吸収するように、コレットやチャックなどを制振合金で形成することも考慮される。
【0006】
例えば、特許文献2では、機械加工用の工具の製造に適した双晶型のMn基制振合金が開示されている。かかる合金は、質量%で、Cu:16.9〜27.7%、Ni:2.1〜8.2%、Fe:1.0〜2.9%、C:0.05%以下、O:0.06%以下、N:0.06%以下、その他がMn及び不可避的不純物からなる成分組成を有しており、応力の負荷に対する双晶変形の応答性が良く、高い制振性を有している。また、歪みの大きい領域まで制振性を良好に維持できるとともに、機械的強度が高く、成形加工性及び溶接性にも優れていることから、機械加工用の工具の製造に適している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開2003−245837号公報
【特許文献2】特開2003−253369号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
コレットやチャックなどを制振合金で形成することで、切削工具及び/又はワークに発生する振動を吸収することができる。一方で、上記した双晶型のMn基制振合金をはじめ、制振合金は、一般的に工具鋼ほどの高い剛性を有してはおらず、振動を吸収しつつも、必ずしも被削ワークの加工精度を高めるとは限らない。
【0009】
また、切削加工における生産効率の観点から、切削工具の刃先の摩耗速度を抑えて長寿命化を図りたいとの要求があるが、コレットもこれに影響を与える。特に、エンドミルのような切削工具においては、XYZの3軸方向に切削を進めるため、摩耗が激しく、エンドミル用のコレットではこの要求が顕著である。
【0010】
本発明はかかる状況に鑑みてなされたものであって、その目的とするところは、被削ワークの加工精度を高めることのできる制振機能を備え、使用する切削工具の刃先の摩耗量を低減し得るコレットを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明によるコレットは、中心軸を有する円筒状本体部の被固定物の挿入される挿入口側の端面から前記中心軸と平行に削孔された長穴に制振合金からなる棒体を嵌合埋め込みしたことを特徴とする。
【0012】
かかる発明によれば、切削加工中の被削ワークと切削工具とを接触させた状態において、切削工具及び/又はワークに発生する振動を制振合金によって吸収するとともに、コレットとして必要とされる機械的強度を確保できて、被削ワークの加工精度を高めることができて、切削工具の刃先の摩耗量を低減し得るのである。
【0013】
上記した発明において、前記長穴の内周面及び前記棒体の外周面をねじ切りし、前記長穴に前記棒体を螺合せしめたことを特徴としてもよい。かかる発明によれば、使用時の切削工具及び/又はワークに発生する振動をより効果的に吸収できるとともに、被削ワークの加工精度をより高めて、切削工具の刃先の摩耗量を低減することができるのである。
【0014】
上記した発明において、前記円筒状本体部を前記中心軸の周りで等角度に分割して複数の樋状片からなるように前記端面からすり割りを与えられ、前記樋状片のそれぞれには等しく対応する位置に前記長穴を設け前記棒体を与えられていることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、使用時の切削工具及び/又はワークに発生する振動をより効果的に吸収できるとともに、被削ワークの加工精度を大幅に高めて、切削工具の刃先の摩耗量を低減することができるのである。
【0015】
上記した発明において、前記すり割りは奇数個与えられ、前記樋状片のそれぞれはその内側面と正対する前記すり割り及び前記中心軸を通る仮想平面に対して対称となる位置に前記長穴を設け前記棒体を与えられていることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、使用時の切削工具及び/又はワークに発生する振動をより効果的に吸収できるとともに、被削ワークの加工精度を大幅に高めて、切削工具の刃先の摩耗量を低減することができるのである。
【0016】
上記した発明において、前記制振合金は、質量%で、Cu:16.9〜27.7%、Ni:2.1〜8.2%、Fe:1.0〜2.9%、C:0.05%以下、残部Mn及び不可避的不純物からなる成分組成を有していることを特徴としてもよい。かかる発明によれば、使用時の切削工具及び/又はワークに発生する振動をより効果的に吸収できるとともに、被削ワークの加工精度を大幅に高めて、切削工具の刃先の摩耗量をより低減することができるのである。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明によるコレットの(a)側面図及び(b)正面図である。
図2】本発明によるコレットを取り付けたチャック周囲の側断面図である。
図3】本発明による他のコレットの(a)側面図及び(b)正面図である。
図4】切削試験における切削方法を示す斜視図である。
図5】切削試験における表面粗さの測定結果を示す図である。
図6】切削試験におけるツールマークを示す図である。
図7】切削試験におけるワークの断面形状を示す図である。
図8】エンドミルの刃先の摩耗面積の測定方法を示す図である。
図9】切削試験におけるエンドミルの刃先の摩耗状況を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明による1つの実施例としての工作機械用のコレットについて、図1及び図2を用いて詳細を説明する。
【0019】
図1に示すように、コレット1はストレートコレットであって、略円筒形の本体としての本体部10の先端側、すなわち、後述するエンドミル5を挿入される側(図2を参照。なお、本体部10のエンドミル5を挿入される側と反対側を「後端側」と称することにする。)の端部において、外周方向に張り出したフランジ部11を設けた概形を有している。この円筒形の本体部10の円筒内面であって中心軸Cに沿った方向には段差が設けられており、後端側の径の大きな逃げ穴部16と、先端側の径の小さな掴み部15とが傾斜した段差部15aにて連続している。
【0020】
本体部10の外周には、後端から所定の距離だけ離間した位置で周方向に一周する樋状の外周溝14が設けられている。外周溝14には、これに沿った等間隔位置に外周溝14から逃げ穴部16まで貫通する穴であるすり割り窓13が設けられている。各すり割り窓13からは、中心軸Cと略平行に先端側のフランジ部11の端面11aへと延びるスリット状のすり割り溝12が設けられている。かかるすり割り溝12によって、コレット1の本体部10は、周方向に均等な間隔で分割された樋状片と、これらを接続する外周溝14よりも後端側の一体部分とからなる。なお、これに限られるものではないが、図1では、先端側の端面11aを120度に3分割するようにすり割り溝12が与えられており、本体部10に3つの樋状片を与えたコレット1を図示している。外周溝14を支点に各樋状片は先端側を径方向に撓ませ得るのである。
【0021】
更に、本体部10には、先端側の端面11aに開口を有し、中心軸Cと平行に延びる長穴19が削孔されている。特に図1(b)に示すように、円形状の端面11aにおいて、長穴19は、各樋状片に等しく対応する位置に設けられるよう、中心軸Cを中心とする円S上に複数設けられている。つまり、樋状片のそれぞれに対する長穴19の配置が全て同じとなっている。例えば、長穴19は、円形状の端面11aを120度に3分割するように与えられたすり割り溝12からなる断面扇形状の樋状片のそれぞれについて、2分割した分割線Dを挟んだ両側に等しい角度αの対称位置(直線d1及びd2上且つ円S上)に2つ与えられる。すなわち、3つの樋状片からなる本体部10を有するコレット1には6つの長穴19が削孔されている。このように、奇数個のすり割り溝12を等角度に配置した場合に、分割線Dは樋状片の内側面と正対するすり割り溝12の中心を通る。従って、図面右上側の樋状片に配置される長穴19は、図面左下側のすり割り溝12と中心軸Cを通る仮想平面に対しても対称に配置される。
【0022】
本体部10に設けられた長穴19のそれぞれには、制振合金からなる棒体2が長穴19の内周面と嵌合されて埋め込まれている。ここで、棒体2は本体部10から突出せず、完全に埋没している。長穴19に棒体2を嵌合埋め込みするには、焼き嵌めや冷やし嵌めが考慮されるが、簡便には、長穴19の内周に雌ねじを、棒体2の外周に雄ねじを加工し、互いに螺合させることが好ましい。かかる場合、長穴19の深さと同程度の長さの棒体2を用意し、その先端には六角穴21を削孔して六角穴付き止めねじとし、長穴19の底部までねじ込み固定される。
【0023】
棒体2には、後述するように、掴み部15にてその側面を把持するエンドミル5の振動を吸収するような制振合金が用いられる。かかる振動は、主にエンドミル5の被削ワークとの接触部において発生し、高剛性、高強度且つ高硬度であるエンドミル5及びコレット1の本体部10の掴み部15を介して、制振合金からなる棒体2へと伝達される。ここで、制振合金は、その振動により自らを変形させて、振動エネルギーを熱エネルギーに変換して振動を吸収する。つまり、棒体2が振動をより吸収するには、より変形しやすい制振合金が好ましい。本実施例では、一般的な鉄系の制振合金(例えば、Fe−Cr合金やFe−Al合金)と比較して、剛性が低く変形しやすい、しかも広い周波数範囲の振動について高い減衰能を有する双晶型のMn−Cu−Ni−Fe系の制振合金を用いた。
【0024】
詳細には、制振合金は、質量%で、Cu:16.9〜27.7%、Ni:2.1〜8.2%、Fe:1.0〜2.9%を含むとともに、C:0.05%以下とし、残部をMn及び不可避的不純物とした成分組成を有する。ここで、制振合金の各成分の組成範囲(いずれも質量%)について簡単に説明する。Cuについては、16.9%未満では双晶変形が生じづらく、27.7%超では偏析が大きくなって十分な制振特性を得られない。なお、好ましい組成範囲は、19.7〜25.0%である。Niについては、主要元素であるMn及びCuとともに第3元素として添加して制振特性を向上せしめ得る。かかる効果は2.1%以上で得られるが、8.2%超では飽和してしまう。Feについては、Mn、Cu及びNiとともに、第4元素として添加することで制振特性をより向上せしめ得る。かかる効果は1.0%以上で得られるが、2.9%超では飽和してしまう。Cについては、0.05%以下として、Mnが蒸発などして、Cの相対的濃度が上昇したときであっても、制振特性の劣化を防止できるようにしている。
【0025】
図2に示すように、コレット1は、チャック3に固定して使用される。チャック3は、工作機械のスピンドル(図示せず)に装着される一端側のシャンク部31と、他端側のチャック筒33とその間のフランジ部32とを有する。コレット1は、その後端側からチャック筒33内に挿入され、チャック3のチャック筒33を介して締め付け筒4によって締め付けられる。これにより、端面11a側から挿入された被固定物としてのエンドミル5の棒状部分を掴み部15の内周面により締め付けて固定できる。なお、エンドミル5は、必要に応じて、各種の回転工具、又はコレット1によって掴むことのできる掴み部を有する被削ワークであってもよい。
【0026】
上記したコレット1によれば、工作機械を使用したときのエンドミル5に発生する振動を効率よく吸収するとともに、コレットとして必要とされる機械的強度を確保できて、被削ワークの加工精度を高めることができて、切削工具の刃先の摩耗量を低減し得るのである。
【0027】
なお、上記した実施例において、コレット1は3つのすり割り溝12を等間隔で与えて本体部10を3分割しているが、すり割り溝の間隔や分割数は適宜、調整し得る。また、ストレートコレットに限らず、テーパーコレットやスプリングコレットについても同様に、長穴内に制振合金からなる棒体を埋め込み嵌合することにより、被削ワークの加工精度を高め得る。更に、長穴19及び制振合金からなる棒体2の組み合わせは、上記した数に限定されず、コレットとして必要とされる機械的強度を大きく低下させることのない範囲で、適宜、本体部10に複数与え得る。
【0028】
また、図3に示すように、他の実施例として、コレット1’は両端部を開口させた貫通穴19’を与えられる。これに棒体2(図1参照)が嵌合埋め込みされてもよいが、棒体2a及び2bの2つの部材を嵌合埋め込みされてもよい。貫通穴19’は、一方の開口19’aを端面11aに、他方の開口19’bを段差部15aに有する。開口19’bは段差部15aにより長穴19’の軸線に対して傾斜している。棒体2a及び2bは六角穴付き止めねじからなり、それぞれ開口19’a及び開口19’bから進入し、ねじ込まれている。
【0029】
このとき、棒体2bは長手方向に略垂直なその後端面を段差部15aから突出させない位置、すなわち開口19’bの掴み部15寄りに位置させている。この場合において、棒体2bを先に進入させた後に、棒体2aをねじ込むことで棒体2bの後端面の位置を容易に調整できる。なお、棒体2bの後端面を開口19’bの逃げ穴部16寄りに位置させて、棒体2a及び2bにより長穴19’の全体を埋めるようにしてもよい。また、逃げ穴部16を設けない場合にあっては、貫通穴19’は本体部10の後端側端面に開口を有し、棒体2(若しくは、棒体2a及び2b)が嵌合埋め込みされる。
【0030】
次に、上記したコレット1、すなわち、6個の制振合金からなる棒体2を隣接するすり割り溝12によって画定される3つの樋状片に2つずつ螺合して与えたコレット1について、切削試験を行ってその評価を行った。かかる切削試験の方法について図1及び図2を随時参照しながら、図4を用いて説明する。
【0031】
図4に示すように、コバルト高速度鋼(CO HSS)からなる刃径10mmの新品のエンドミル5(三菱マテリアル株式会社製;2MSD1000)をコレット1及びチャック3を用いて図示しないフライス盤に取付け、略直方体のAl2024合金(ジュラルミン)からなるワーク9に肩削り加工を行って、切削面91及び92の加工精度及びエンドミル5の刃先の摩耗量について評価した。エンドミル5はコレット1の掴み部15の先端から35.8mmだけ突出するように取付けられ、回転数を3600rpm、1パスにおける切込み深さを4mm、切削幅を0.5mm、切削送り速度を360mm/min、切削送り方向距離を200mmとして、100パスおきに詳細を後述する加工精度の評価及びエンドミル5の刃先の摩耗量の評価を行った。ここで、X軸方向を切削送り方向(紙面右下方向)、Y軸方向を切削幅方向(紙面左下方向)、Z軸方向をエンドミルの突出方向(紙面下方向)とする。
【0032】
なお、切削試験に用いたコレット1の全長は64.5mm、掴み部15の内径は10mm、本体部10の外径は32mmである。また、コレット1の本体部10には高炭素クロム軸受鋼(JIS G4805 SUJ2)、棒体2には、M8、長さ22mmの六角穴付き止めねじに加工した、質量%で、Cu:22.4%、Ni:5.2%、Fe:2.0%、C:0.01%を含むMn基のMn−Cu−Ni−Fe系制振合金を用いた。ここで、かかる棒体2を6本だけ嵌合させて埋め込まれたコレット1における制振合金の占める体積割合はおよそ11.5%である。
【0033】
ところで、切削試験では、コレット1(実施例)と同一形状であり長穴19を加工せず、上記した高炭素クロム軸受鋼からなるコレット(比較例1)、及び、上記したMn基のMn−Cu−Ni−Fe系制振合金からなるコレット(比較例2)についても同様にワーク9に肩削り加工を行って加工精度及び摩耗量の評価を行った。
【0034】
加工精度については、100パスの切削加工毎、すなわち累計の切削送り距離20m及び40mの2回において、ワーク9のエンドミルの突出方向(Z軸方向)に垂直な面である切削面92の表面粗さを測定することで評価した。表面粗さ測定は、市販の表面粗さ測定器を用い、3カ所で最大高さ(Rmax)及び算術平均粗さ(Ra)を測定し、これらの平均値を採用した。この結果については、図5(a)に最大高さ(Rmax)、図5(b)に算術平均粗さ(Ra)を示した。
【0035】
併せて、ワーク9の切削表面の外観観察及び加工隅部の角度測定により加工精度の評価も行った。詳細には、累計の送り距離40mにおいて、切削面92のツールマーク(切削痕)を実体顕微鏡で観察した。また、切削送り方向(X軸方向)と垂直な面でワーク9を切断し、Y軸方向に垂直な切削面91と、Z軸方向に垂直な切削面92との交差する角部を光学顕微鏡観察し、顕微鏡写真から切削面91及び92のなす角度、すなわち肩削り加工による側面と底面とのなす角度を測定した。この結果については、図6にツールマークの外観写真(100倍)、図7に外観写真と角度を示した。
【0036】
エンドミル5の刃先の摩耗量については、100パスの切削加工後、すなわち累計の送り距離20mにおいて、エンドミル5の刃先を逃げ面側から光学顕微鏡観察し、図8に示すように、顕微鏡写真から新品の刃先の形状と比較した刃先の摩耗面積を算出することで評価を行った。この結果については、図9に刃先の写真と摩耗面積を示した。
【0037】
以上の切削試験における結果について図5乃至図9を用いて説明する。
【0038】
図5に示すように、最大高さ(Rmax)及び算術平均粗さ(Ra)は、累計の送り距離にかかわらず、いずれも実施例において最も小さく、比較例1、比較例2の順に大きくなった。すなわち、ワーク9の切削面92の表面粗さからは、実施例において最も加工精度が高く、比較例1、比較例2の順に加工精度が低下するものと評価された。
【0039】
次に、図6に示すように、ツールマークは実施例では全体に均一であり、切削加工中には一定の荷重が安定してエンドミル5にワーク9の切削の反力として負荷されているものと考えられる。一方、比較例1では、ツールマークは一部で不均一となっており、切削加工中のエンドミル5に負荷される切削の反力としての荷重(接触圧)が不安定であると考えられる。更に、比較例2では、ツールマークが全体的に不均一となっており、比較例1と比較しても、エンドミル5に負荷される荷重が変動し、より不安定であると考えられる。すなわち、ワーク9の切削表面の外観観察からは、実施例において最も加工精度が高く、比較例1、比較例2の順に加工精度が低下するものと評価された。
【0040】
次に、図7に示すように、切削面91及び92のなす角度は実施例では90.55°であって、ほぼ90°であった。一方、比較例1ではこの角度は92.14°、比較例2ではこの角度は91.30°であった。すなわち、加工隅部の角度測定からは、実施例において最も加工精度が高く、比較例2、比較例1の順に加工精度が低下するものと評価された。また、切削面92を比較すると、比較例1には欠け部分92aが観察され、少なくともエンドミル5の刃先に対応する部分では、比較例2よりも切削面92の加工精度が低下している。上記したワーク9の切削表面の外観観察と、加工精度において比較例1及び2が逆転しているが、この理由については後述する。
【0041】
図9に示すように、エンドミル5の刃先の摩耗面積は実施例では90μmであって、比較例1の1969μm、比較例2の117μmと比較して小さかった。すなわち、エンドミル5の刃先の摩耗面積からは、実施例において最もエンドミル5の摩耗量が小さく、比較例2、比較例1の順に摩耗量が大きくなっている。
【0042】
ここで、実施例及び比較例の中で最もコレットの剛性の高い比較例1では、エンドミル5の刃先にワーク9の加工隅部から大きな反力と振動とが生じ易く、エンドミル5の刃先がワーク9に噛んだり、刃先の摩耗量が大きくなる。結果、図7(b)のように、加工隅部においては図6とは異なり、切削面92の欠け92aが観察されたり、切削面91及び92のなす角度が最も大きくなったように、比較例2と比べて相対的に加工精度が低くなるのである。逆に、最もコレットの剛性の低い比較例2では、ワーク9からエンドミル5の刃先が逃げ易く、制振合金によるエンドミル5の振動の抑制もあって、刃先の摩耗が抑制される。結果、図7(c)のように、加工隅部においては図6とは異なり、比較例1と比べて相対的に加工精度が高くなる。一方、実施例では、コレットとして必要とされる剛性とエンドミル5の振動の吸収とをバランス良く両立し、加工隅部を含む加工表面の全体に亘って、良好な加工精度を与えたのである。
【0043】
以上、制振合金からなる棒体2を嵌合埋め込みしたコレット1を使用した実施例では、使用時のエンドミル5に発生する振動を吸収するとともに、コレットとして必要とされる機械的強度を確保できて、ワーク9の加工精度を高めることができ、エンドミル5の刃先の摩耗量を低減し得るのである。
【0044】
ここまで本発明による代表的実施例について説明したが、本発明は必ずしもこれに限定されるものではない。例えば、棒体2として制振合金からなる六角ボルトを使用でき、この場合、ボルトの頭部は本体部10から突出するが、ボルトの軸部は長穴19に嵌合埋め込みされている。このように、当業者であれば、本発明の主旨又は添付した特許請求の範囲を逸脱することなく、種々の代替実施例及び改変例を見出すことができるだろう。
【符号の説明】
【0045】
1 コレット
2 棒体
3 チャック
5 エンドミル
10 本体部
11 フランジ部
15 掴み部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9