(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0017】
従来から転動疲労特性に影響を与える要因の一つとして、鋼材中の非金属系介在物を起点とした疲労剥離(転動疲労損傷)が知られている。しかし非金属系介在物の個数を低減するためには、新たな設備の導入が必要であるため製造コストがかえって上昇してしまうという問題がある。そこで本発明者らは、非金属系介在物の個数の低減を図るのではなく、鋼材(「軸受用鋼材」以下同じ)の母相(金属組織の70面積%以上はマルテンサイト組織)を強化することで、転動疲労特性を向上させることを検討した。
【0018】
その結果、Nbを添加して微細なNb炭窒化物を分散させることで母相を強化すれば、転動疲労特性を向上できることを見出した。本発明に至った経緯は以下の通りである。
【0019】
Nbは旧オーステナイト結晶粒の粗大化抑制に有効な元素であり、またNbはNやCと結合することでNb炭窒化物(Nbを含有する炭化物、窒化物若しくは炭窒化物)を生成することが知られている。しかしながらNbを添加して生成される従来のNb炭窒化物は円相当直径が2μm以上の粗大なものであった(以下、「粗大なNb炭窒化物」ということがある)。このような粗大なNb炭窒化物が多数(10個/cm
2超)存在する鋼材の転動疲労特性について調べた結果、粗大なNb炭窒化物に起因して、転動疲労特性が低下することがわかった(表2No.1、7、8)。
【0020】
ところがNb炭窒化物を微細化(平均円相当直径5〜100nm)すると共に、円相当直径が5〜100nmのNb炭窒化物(以下、「微細なNb炭窒化物」ということがある)を鋼材中に分散(1.0〜10.0個/μm
2)させることで、転動疲労特性を飛躍的に向上できることがわかった。本発明はこのような知見に基づいてなされたものであって、その具体的な構成は以下の通りである。
【0021】
円相当直径2μm以上のNb炭窒化物(粗大なNb炭窒化物)の密度:10個/cm
2以下
【0022】
粗大なNb炭窒化物は、疲労破壊の起点となり、転動疲労特性を悪化させる原因となる。そのため、鋼材中の粗大なNb炭窒化物は極力低減する必要がある。したがって円相当直径2μm以上の粗大なNb炭窒化物の密度は、10個/cm
2以下、好ましくは5個/cm
2以下、より好ましくは3個/cm
2以下である。
【0023】
Nb炭窒化物の平均円相当直径:5〜100nm
【0024】
微細化したNb炭窒化物は、母相の強化に有効に作用し、転動疲労特性の向上に寄与する。このようなNb炭窒化物の分散強化により、き裂の発生やき裂の伝播が抑制され、良好な転動疲労特性が得られる。本発明者らが後記実施例に基づいてNb炭窒化物の平均円相当直径と転動疲労寿命との関係について調べたところ、1×10
7回以上(図中、「1.E+07」と表示)の優れた転動疲労寿命を得るには、平均円相当直径に最適範囲があることがわかった(
図1)。すなわち、上記効果を得るためには、Nb炭窒化物の平均円相当直径は5nm以上、好ましくは10nm以上、より好ましくは15nm以上である。一方、Nb炭窒化物が大きくなりすぎても上記効果が得られないことから、100nm以下、好ましくは80nm以下、より好ましくは60nm以下である。
【0025】
円相当直径5〜100nmのNb炭窒化物(微細なNb炭窒化物)の個数密度:1.0〜10.0個/μm
2
【0026】
また上記転動疲労特性向上効果を得るためには、円相当直径5〜100nmのNb炭窒化物(微細なNb炭窒化物)が鋼材中に分散していることが必要である。本発明者らが後記実施例に基づいて微細なNb炭窒化物の個数密度と転動疲労寿命との関係について調べた結果、1×10
7回以上(図中、「1.E+07」と表示)の優れた転動疲労寿命を得るには、上記Nb炭窒化物の微細化や粗大なNb炭窒化物の抑制に加えて、更に微細なNb炭窒化物の個数密度を最適化する必要があることがわかった(
図2)。したがって微細なNb炭窒化物の個数密度は1.0個/μm
2以上、好ましくは4.0個/μm
2以上、より好ましくは6.0個/μm
2以上である。転動疲労特性向上の観点からは微細なNb炭窒化物は多い方が望ましい。ただし、微細なNb炭窒化物の個数密度が多くなりすぎると、旧オーステナイトの結晶粒が微細化して焼入れ性が低下し、不完全焼入れ組織の発生により転動疲労寿命が悪化することがある。そのため、微細なNb炭窒化物の個数密度は10.0個/μm
2以下、好ましくは9.5個/μm
2以下、より好ましくは9.0個/μm
2以下である。
なお、本発明では転動疲労特性向上の観点からはNb炭窒化物の微細化(所定の平均円相当直径)、微細なNb炭窒化物の個数密度、及び粗大なNb炭窒化物の個数密度を制御することが重要である。そのため、これら以外のNb炭窒化物(例えば円相当直径100nm超〜2μm未満のNb炭窒化物)の個数密度については特に限定されない。
【0027】
次に、本発明の鋼材の化学成分組成について説明する。
【0028】
C:0.8〜1.4%
Cは、基地に固溶して、マルテンサイト粒を強化するため、焼入れ焼戻し後の軸受部品の強度を確保し、転動疲労特性向上に有効な元素である。こうした効果を得るためには、C量は0.8%以上、好ましくは0.85%以上、より好ましくは0.9%以上である。一方、Cが過剰になると、溶湯の鋳造後に大量の炭化物が生成し、鋼材中に残存にした該炭化物が圧延加工時の割れの起点となったり、転動疲労破壊の起点となって、転動疲労寿命が低下する。そのため、C量は1.4%以下、好ましくは1.3%以下、より好ましくは1.2%以下である。
【0029】
Si:0.05〜0.5%
Siはマトリックスの固溶強化および焼入れ性を向上させるために有用な元素である。こうした効果を有効に発揮させるためには、Si含有量は、0.05%以上とする必要がある。しかしながら、Si含有量が過剰になって0.5%を超えると、加工時の被削性や加工性が低下する。Si含有量の好ましい下限は0.07%以上、より好ましくは0.1%以上であり、好ましい上限は0.4%以下、より好ましくは0.3%以下である。
【0030】
Mn:0.10〜1.0%
Mnはマトリックスの固溶強化および焼入れ性を向上させるために有用な元素である。こうした効果を有効に発揮させるためには、Mn含有量は、0.10%以上とする必要がある。しかしながら、Mn含有量が過剰になって1.0%を超えると、加工時の被削性や加工性が低下する。またMnSの析出量が増加して転動疲労特性が低下する。Mn含有量の好ましい下限は0.15%以上、より好ましくは0.20%以上であり、好ましい上限は0.9%以下、より好ましくは0.8%以下である。
【0031】
P:0.05%以下(0%を含まない)
Pは、結晶粒界に偏析して転動疲労特性に悪影響を及ぼす不純物元素である。したがってPは低減することが望ましい。そのためP量は、0.05%以下、好ましくは0.04%以下、より好ましくは0.03%以下である。なお、Pは鋼材中に不可避的に含まれる元素であり、P量を0%にすることは工業生産上困難なため、0%を含まないとした。
【0032】
S:0.05%以下(0%を含まない)
Sは、硫化物(MnSなど)を生成し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす不純物元素である。したがってSは低減することが望ましい。そのため、S量は、0.05%以下、好ましくは0.04%以下、より好ましくは0.03%以下である。SもPと同様、不可避的に含まれる元素であるため、0%を含まないとした。
【0033】
Al:0.010〜0.10%
Alは脱酸作用を有し、またNと窒化物(AlN)を形成して結晶粒を微細化する効果を有する。こうした効果を得るためにAlを0.010%以上含有させる必要があり、好ましくは0.015%以上、より好ましく0.020%以上である。一方、Alを過剰に含有させても上記効果は飽和する。また粗大なAlNの析出が多くなり、疲労破壊の起点が増加する。そのため、Al量は0.10%以下、好ましくは0.09%以下、より好ましくは0.08%以下である。
【0034】
N:0.020%以下(0%を含まない)
NはAlと窒化物を形成してオーステナイト結晶粒の成長を抑制する元素である。こうした効果を得るには、Nは好ましくは0.002%以上、より好ましくは0.004%以上である。一方、Nが過剰になると粗大で硬質な析出物(例えばTiN)を生成し、転動疲労破壊の起点となる。そのため、N量は0.020%以下、好ましくは0.015%以下、より好ましくは0.010%以下である。
【0035】
Cr:0.50〜1.50%
CrはCと結びついて炭化物を形成し、またオーステナイト中の炭化物を安定化させて炭化物の球状化を促進するのに有効な元素である。このような効果を得るためにCr量は、0.50%以上、好ましくは0.80%以上であり、より好ましくは1.20%以上である。一方、Crが過剰になると、粗大な炭化物が生成して転動疲労特性が低下する。そのため、Cr量は1.50%以下、好ましくは1.48%以下、より好ましくは1.45%以下である。
【0036】
Nb:0.010〜0.10%
Nbは本発明において特に重要な役割を果たす元素であり、鋼中のNおよびCと結合して窒化物や炭化物もしくは炭窒化物を生成する。特に本発明ではNb炭窒化物を微細化するだけでなく、微細なNb炭窒化物を鋼材中に分散させることで母相の金属組織を強靭化し、転動疲労特性を改善するために必要な元素である。こうした効果を得るには、Nb量は、0.010%以上、好ましくは0.020%以上、より好ましくは0.030%以上である。一方、Nbが過剰になると、粗大なNb炭窒化物が多く生成され、かえって転動疲労特性を低下させることがある。またNbが過剰になると微細なNb炭窒化物の析出が多くなりすぎて、焼入れ不足が生じてかえって転動疲労特性が悪化することがある。そのため、Nb量は0.10%以下、好ましくは0.09%以下、より好ましくは0.08%以下である。
【0037】
本発明で規定する含有元素は上記の通りであって、残部は鉄、および不可避不純物である。該不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素の混入が許容され得る。なお、本発明では、転動疲労特性を高めるため、下記選択元素(Cu、Ni、Mo、V、B)を規定範囲内で積極的に含有させることも可能である。また特定の元素(Ti)を抑制することも望ましい。
【0038】
Cu:1.0%以下(0%を含まない)、Ni:1.0%以下(0%を含まない)、及びMo:1.0%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
Cu、Ni、およびMoは、いずれも焼入性向上元素として作用し、硬さを高めて転動疲労特性の向上に寄与する元素である。こうした効果を得るには、Cu、Ni、およびMoよりなる群から選択される少なくとも一種を、好ましくは0.01%以上、より好ましくは0.02%以上、更に好ましくは0.03%以上含有させるのがよい。一方、Cu、Ni、およびMoが過剰になると、加工性が悪化する。したがってCu、Ni、およびMoよりなる群から選択される少なくとも一種を、好ましくは1.0%以下、より好ましくは0.9%以下、更に好ましくは0.8%以下である。なお、任意の複数種併用してもよい。
【0039】
V:1.0%以下(0%を含まない)、および/またはB:0.01%以下(0%を含まない)
VおよびBは、いずれも鋼中のNと結合して窒素化合物を生成して結晶粒を整粒化し、転動疲労寿命を向上させる上で有効な元素である。こうした効果を得るには、V量は0.01%以上とすることが好ましく、より好ましくは0.02%以上である。またBを含有させる場合は、好ましくは0.0003%以上、より好ましくは0.0005%以上である。一方、Vおよび/またはBが過剰になると、結晶粒が微細化して不完全焼入れ相が生成し易くなる。そのため、Vは、1.0%以下、好ましくは0.8%以下、より好ましくは0.6%以下である。またBは0.01%以下、好ましくは0.005%以下、より好ましくは0.001%以下である。
【0040】
Ti:0.015%以下(0%を含まない)
Tiは鋼中のNと結合してTiNを生成し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす元素である。したがってTiは低減することが望ましい。そのためTi量は0.015%以下、好ましくは0.010%以下、より好ましくは0.005%以下である。
【0041】
次に本発明に係る上記軸受鋼用材の製造方法について説明する。
【0042】
本発明の軸受用鋼材は、従来公知の製造工程に基づいて製造できる。すなわち、鋼を溶製し(溶製工程)、常法に従って鋳片を鋳造する(鋳造工程)。得られた鋳片に均熱処理(溶体化処理に相当)を施した後に熱間鍛造し、室温まで冷却する(分塊圧延工程)。その後、再加熱して熱間加工(例えば熱間圧延)することによって(棒鋼圧延工程)、軸受用鋼材が得られる。
【0043】
上記従来の製造工程において、本発明では粗大なNb炭窒化物の生成を抑制してNb炭窒化物の平均粒子径を微細化すると共に、微細なNb炭窒化物を所定の個数密度で分散させる観点から、分塊圧延工程、及び棒鋼圧延工程における熱処理条件を適切に制御することが重要である。以下、各工程について詳しく説明するが、特に記載のない製造条件については軸受用鋼材の製造に通常用いられる方法を適宜選択して用いることができる。
【0044】
溶製工程、鋳造工程:
まず、鋼を溶製し、鋳片を作製する。溶製にあたっては取鍋中の溶鋼にNbやAlなどを添加して化学成分組成を上記所定の範囲となるように調整する。
【0045】
分塊圧延工程:
続いて鋳片に均熱処理を施してから熱間鍛造する。本発明では分塊圧延工程において、粗大なNb炭窒化物を固溶させると共に、Nb炭窒化物を微細化(平均円相当直径)し、且つ微細なNb炭窒化物を必要な個数密度で析出させている。上記鋳造工程を経て得られた鋳片には粗大なNb炭窒化物が残存しており、その個数密度は本発明の規定を上回っている。そのため粗大なNb炭窒化物を更に低減する必要がある。したがって以下の温度条件で均熱処理することが推奨される。
【0046】
均熱処理時の保持温度は、1100℃以上、好ましくは1150℃以上であって、1300℃以下、好ましくは1280℃以下の範囲とし、該温度域で保持することで粗大なNb炭窒化物をマトリックスに固溶することができる。なお、該温度域で保持する時間は特に限定されず、粗大なNb炭窒化物を固溶できる時間であればよい。該保持時間は、例えば30分以上が好ましく、より好ましくは60分以上であって、好ましくは20時間以下、より好ましくは19時間以下である。このような条件で均熱処理することで、上記残存した粗大なNb炭窒化物を固溶させて、その個数密度を低減できると共に、Nb炭窒化物の微細化(平均円相当直径)を促進し、且つ微細なNb炭窒化物の生成を促進して所望の個数密度で分散させることができる。上記均熱処理して得られた鋼片を熱間鍛造する。
【0047】
本発明者らが検討したところ、熱間鍛造後の冷却速度が遅くなる程、粗大なNb炭窒化物も多く生成されることがわかった。そのため、粗大なNb炭窒化物の生成を抑制する観点からは、Nb炭窒化物の析出温度である1100℃以下からNb炭窒化物の析出が完了する600℃までの温度域の平均冷却速度をできるだけ速くすることが望ましい。平均冷却速度が0.1℃/秒未満の場合、Nb炭窒化物が粗大化する。またNb炭窒化物の平均円相当直径も大きくなる。好ましい平均冷却速度は0.1℃/秒以上、より好ましくは0.15℃/秒以上である。またこのような平均冷却速度で、冷却すると、冷却過程で析出したNb炭窒化物により、結晶粒の粗大化を抑制できる。そのため、冷却速度を増加させても鋼片の割れの発生を抑制でき、製造性も向上できる。なお、平均冷却速度の上限は特に限定されないが、通常は好ましくは25℃/秒以下、より好ましくは20℃/秒以下とすることが推奨される。
【0048】
棒鋼圧延工程:
上記熱間鍛造後の鋼片(ビレット)は、再加熱して熱間加工(例えば、棒鋼圧延などの熱間圧延)することによって本発明の軸受用鋼材が得られる。本発明では、粗大なNb炭窒化物の生成を抑制し、Nb炭窒化物が上記のように適切に制御された軸受用鋼材を得る観点から、圧延温度を1100℃以下に抑えて熱間圧延を行えばよい。圧延温度が1100℃を超えた場合、Nb炭窒化物の一部は結合、または再溶解し、再溶解したものは冷却中に粗大なNb炭窒化物として析出することがある。圧延温度の下限は特に限定されないが、低すぎると熱間加工が困難となるため、例えば800℃以上であればよい。熱間加工後の軸受用鋼材の形状も特に限定されず、所望の形状(例えば線材、棒鋼)とすればよい。
【0049】
このようにして得られた軸受用鋼材は、本発明で規定する上記要件、すなわち粗大な炭化物と微細な炭窒化物が所定の個数密度に制御されており、且つNb炭窒化物の平均円相当直径も所定の範囲に制御されているため、転動疲労特性にも優れた効果を奏する。
【0050】
得られた本発明の軸受用鋼材は、球状化焼鈍を行って、該鋼材を軟化させた後、冷間加工(例えば、冷間鍛造)や切削加工、研磨加工を施して所定の部品形状にする。その後、焼入れ・焼戻しを行って所望の硬度にした後、仕上げ研磨などを必要に応じて施すことで軸受部品が得られる。
【0051】
鋼材段階の形状については、こうした製造に適用できるような線状・棒状のいずれも含むものであり、そのサイズも、最終製品に応じて適宜決めることができる。
【0052】
また軸受部品を製造する際の条件は特に限定されず、公知の条件で行えばよい。例えば球状化焼鈍は一般的な徐冷法、すなわち、720〜795℃程度の温度域で3〜10時間保持した後、10〜15℃/分の平均冷却速度で冷却すればよい。また焼入れ処理は、例えば800〜850℃に加熱した後、油冷すればよい。その後の焼戻し処理は、例えば140〜200℃に加熱後、放冷すればよい。
【0053】
上記軸受部品としては、例えば、コロ、ニードル、玉、レース等が挙げられる。こうして得られた軸受部品は、従来よりも優れた転動疲労特性を有するものである。
【実施例】
【0054】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能である。それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0055】
鋼を溶製し、鋳造した下記表1に示す各種化学成分組成の供試材(残部は鉄および不可避不純物)を加熱炉で1100〜1300℃に加熱し、5〜19時間保持した後、分塊圧延を行った。その後、室温まで表2(表中、「分塊圧延後の平均冷却速度」)に示す平均冷却速度で冷却した。次いで表2に示す温度(表中、「圧延温度」)まで再加熱して熱間圧延(仕上げ圧延温度:1100℃以下)した後、室温まで冷却(平均冷却速度5℃/s以下)して、直径70mmの圧延材(軸受用鋼材:試験片)を製造した。この圧延材を用いてNb炭窒化物のサイズ、および個数密度を測定した。
【0056】
また上記圧延材を切断し、球状化焼鈍(球状化焼鈍条件:795℃、保持時間6時間)を施して鋼材を軟化させた後、円盤状のスラスト型転動疲労試験用のテストピース(直径60mm、厚さ:5mm)に加工した。このテストピースを840℃で30分加熱後に油焼入れを実施し、160℃で120分間焼戻しを行った。最後に仕上げ研磨(表面粗さRa:0.04μm以下)を施してスラスト型転動疲労試験片を作製して、転動疲労寿命を評価した。
【0057】
(Nb炭窒化物の平均円相当直径、及び円相当直径が5〜100nmのNb炭窒化物の個数密度の測定方法)
圧延材の長手方向(圧延方向)に対して垂直に切断し、その断面からレプリカ抽出法にて電解放出型透過型電子顕微鏡(FE−TEM)観察用サンプルを作製する。観察用サンプルの任意の領域において、FE−TEMにて倍率3万倍で3視野分の写真(1視野あたり16.8μm
2)を撮影した。この際、TEMのEDX(エネルギー分散型X線検出器)により、Nb炭窒化物の成分を特定した。粒子解析ソフト(SUMITOMO METAL TECHNOLOGY製 粒子解析III for Windows. Version3.00)を用い、平均円相当直径(表中、「Nb炭窒化物の平均円相当直径」)および円相当直径が5〜100nmのNb炭窒化物の個数密度を求めた。得られた個数密度を表中に記載した(表中、「微細なNb炭窒化物の個数密度」欄)。本発明では、Nb炭窒化物の平均円相当直径が5〜100nmを合格と評価した。また微細なNb炭窒化物の個数密度が1.0〜10.0個/μm
2を合格と評価した。該個数密度が4.0〜10.0個/μm
2以上をより望ましい合格基準とし、更に6.0〜10.0個/μm
2以上を最も望ましい合格基準とした。
【0058】
(円相当直径2μm以上のNb炭窒化物の個数密度の測定方法)
試験片を用いて粗大なNb炭窒化物の密度を測定した。具体的には圧延材の長手方向(圧延方向)に対して垂直に切断し、その断面をEPMA(Electron Probe Micro−Analysis)を用いて3視野(1視野当たり1cm
2)測定した。この際、成分組成を特性X線の波長分散分光法で分析してNb炭窒化物を判別し、円相当直径2μm以上のNb炭窒化物の個数を算出する。算出した3視野分の粗大なNb炭窒化物の合計個数を、1cm
2当たりの個数に換算する。得られた平均密度を表中に記載した(「粗大なNb炭窒化物の個数密度」欄)。本発明では、粗大なNb炭窒化物の個数密度が10個/cm
2以下を合格と評価した。また該密度が5個/cm
2以下をより望ましい合格基準とし、更に3個/cm
2以下を最も望ましい合格基準とした。
【0059】
(転動疲労特性)
スラスト転動疲労試験片の転動疲労寿命を測定し、転動疲労特性を評価した。スラスト型転動疲労試験機にて、繰り返し速度:1500rpm、面圧:5.3GPa、中止回数:2×10
8回の条件にて、各試験片につき転動疲労試験を各16回ずつ実施し、転動疲労寿命(L
10寿命:ワイプル確率紙にプロットして得られる累積破損確率10%における疲労破壊までの応力繰り返し数)を測定した。転動疲労寿命(L
10寿命)が1.0×10
7回以上の場合に、転動疲労特性に優れる(合格)と評価した。また転動疲労寿命が1.5×10
7回以上の場合を転動疲労特性により優れると評価した。
【0060】
【表1】
【0061】
【表2】
【0062】
表1に示す鋼種A〜Rはいずれも本発明で規定する化学成分組成を満たすものである。またNo.2〜6、9〜25は本発明で推奨する製造条件に従って作製した試験材である。これらはいずれも粗大なNb炭窒化物、及び微細なNb炭窒化物が適切に制御されており、転動疲労寿命が優れていた。
【0063】
一方、No.1は、本発明で推奨する分塊圧延後の平均冷却速度が遅かった例である。そのため、粗大なNb炭窒化物の生成量が多くなり、転動疲労寿命が悪化した。
【0064】
No.7、8は、いずれも本発明で推奨する圧延時の加熱温度(「圧延温度」)が高かった例である。そのため、粗大な炭窒化物の生成量が多く、疲労破壊の起点が増えて転動疲労寿命が悪化した。
【0065】
No.26は、Siが本発明の規定を下回る例である。この例ではSi量が少なすぎたため、焼きが十分に入らず硬さ不足となり、転動疲労寿命が悪化した。
【0066】
No.27は、Nbが本発明の規定を下回る例である。この例ではNb量が少なすぎたため、Nb炭窒化物の平均円相当直径が所定範囲を外れると共に、微細なNb炭窒化物の個数密度が不足し、十分に母相を強化できなかったため、転動寿命が悪化した。
【0067】
No.28は、Mnが本発明の規定を下回る例である。この例ではMn量が少なすぎたため、焼きが十分に入らず、硬さが不足し、転動疲労寿命が悪かった。
【0068】
No.29は、C、及びCrが本発明の規定を下回る例である。この例ではC量、Cr量が少なすぎたため、焼きが十分に入らず、硬さが不足し、転動疲労寿命が悪かった。
【0069】
No.30はNbとAlが本発明の規定を下回る例である。この例ではNbとAlが少なすぎたため、Nb炭窒化物の平均円相当直径が所定範囲を外れると共に、微細なNb炭窒化物の個数密度が不足し、十分に母相を強化できなかったため、転動疲労寿命が悪化した。
【0070】
No.31は、Nbが本発明の規定を上回る例である。この例ではNb量が多すぎたため、微細なNb炭窒化物の析出が多くなりすぎて焼入れ不足になり、転動疲労寿命が悪かった。
【0071】
No.32は、Cが本発明の規定を上回る例である。この例ではC量が多すぎたため、粗大な炭化物が生成し、転動疲労寿命が悪かった。
【0072】
No.33は、Mnが本発明の規定を上回る例である。この例ではMn量が多すぎたため、MnSの析出が多くなりすぎて、疲労破壊の起点が増加し、転動疲労寿命が悪かった。
【0073】
No.34は、Nbが本発明の規定を上回る例である。この例ではNb量が多すぎたため、微細なNb炭窒化物の析出が多くなりすぎて焼入れ不足になり、転動疲労寿命が悪かった。
【0074】
No.35は、Nが本発明の規定を上回る例である。この例ではN量が多すぎたため、粗大なAlNの析出が多くなりすぎて、疲労破壊の起点が増加し、転動疲労寿命が悪かった。
【0075】
No.36は、Alが本発明の規定を上回る例である。この例ではAl量が多すぎたため、粗大なAlNの析出が多くなりすぎて、疲労破壊の起点が増加し、転動疲労寿命が悪かった。
【0076】
No.37は、Crが本発明の規定を上回る例である。この例ではCr量が多すぎたため、粗大な炭化物の析出が多くなりすぎて、疲労破壊の起点が増加し、転動疲労寿命が悪かった。
【0077】
No.38は、Nbを添加しなかった例である。この例ではNbを添加しなかったため、所望のサイズのNb炭窒化物の平均円相当直径や微細なNb炭窒化物の個数密度を確保できず、十分に母相を強化できなかった。そのため、転動疲労寿命が悪かった。
【0078】
No.39は、Nbを添加せず、またTiが本発明の規定を上回る例である。この例ではTi量が多すぎたため、粗大なTiNの析出が多くなりすぎて、疲労破壊の起点が増加した。またNbを添加しなかったため、所望のサイズのNb炭窒化物の平均円相当直径や微細なNb炭窒化物の個数密度を確保できなかった。そのため、転動疲労寿命が悪かった。