(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、Alによる脱酸処理を行なわなくても、荷重の付与される方向にかかわらず転動疲労特性を安定的に改善することができ、早期剥離を抑制できると共に、鋼材(軸受用鋼材を意味する。以下同じ)に切削加工等を施して最終形状に仕上げるときの切削加工性(例えば、旋削加工の工具寿命など)が良好な軸受用のSi脱酸鋼材を提供するため、検討を重ねてきた。
【0017】
まず、Si脱酸で得られる酸化物系介在物は、熱間加工などの高温域で結晶化し、多結晶体となる。多結晶体となった酸化物系介在物は、母相である鋼に比べて変形抵抗が高いため、熱間加工や冷間加工時に鋼(母相)と酸化物系介在物の界面に空隙を発生し易く、き裂が発生して転動疲労特性が悪化する原因となる。そこで本発明者らは、Si脱酸で得られる上記酸化物系介在物の組成を制御することによって結晶化を抑制し、非晶質体とすることで空隙の発生を抑制する方法について鋭意検討した。その結果、Si脱酸で得られる酸化物系介在物中に、従来含有されていなかったTiO
2を含むことで結晶化を抑制できることが明らかになった。具体的には、鋼中成分としてTiを所定範囲内で含み、且つ、酸化物系介在物としてTiO
2を所定範囲内で含むSi脱酸鋼材を用いれば、転動疲労特性を向上できることを見出した。
【0018】
本発明において、酸化物系介在物について、TiO
2を含む組成とすることにより転動疲労特性が向上する理由は詳細には不明であるが、以下のように考えられる。
【0019】
すなわち、Si脱酸で得られるSiO
2含有酸化物系介在物にTiO
2が含まれるようになると、TiO
2濃化相(A相)とSiO
2濃化相(B相)の2相に分離する。2相に分離する理由は、溶鋼段階でTiO
2とSiO
2との2液相に分離する性質があるためと考えられる。その結果、SiO
2濃化相(B相)中のSiO
2濃度が上昇し、Si脱酸鋼において発生し易かったゲーレナイト(Gehlenite)、スピネル(Spinel、MgO・Al
2O
3)などの結晶質化が抑制される。一方、TiO
2濃化相(A相)も、酸化物系介在物中にTiO
2が含まれることにより、液相線温度も低下し、上述したゲーレナイト、スピネルなどの結晶質化が抑制される。そのため、従来法では避けられなかった、上記SiO
2含有酸化物系介在物の熱間加工時における結晶化を抑制できる。また、母相の鋼と酸化物系介在物との界面に発生する空洞を抑制することができる。更には、多結晶体である酸化物系介在物の内部に発生する空洞をも抑制することができる。その結果、転動疲労特性を著しく向上することができる。
【0020】
更に、SiO
2濃化相(B相)はSiO
2濃度が高いため、非晶質でありながら熱間加工時の変形抵抗が高い。そのため、非晶質を維持しながらも熱間加工時の介在物の延伸を抑制することができる。その結果、アスペクト比(長径/短径)を低く抑えることができるため、荷重の付与される方向にかかわらず、転動疲労特性を安定的に改善することができ、早期剥離を抑制することができる。
【0021】
これに対し、酸化物系介在物中に所定のTiO
2濃度を確保していない場合、母相の鋼と酸化物系介在物の界面に発生する空洞や、酸化物系介在物内部の結晶体と結晶体の界面や、結晶体と非晶質体との界面に発生する空洞を抑制できない。その結果、所望とする転動疲労特性を確保できないことが判明した。
【0022】
更に切削加工性を改善するためには、非金属系介在物を適切にコントロールすることが重要であると考えた。切削加工性の向上のみを考慮するのであれば、従来から鋼材の化学成分組成を最適化することが提案されている。しかしながら上記酸化物系介在物の組成を制御する観点からは鋼材の化学成分組成を大きく変更することは難しい。そこで本発明者らは鋼材中に生成する非金属系介在物を制御して切削加工性を向上させること検討した。
【0023】
上記したように転動疲労特性に影響を与える要因の一つとして、鋼材中の非金属系介在物を起点とした疲労剥離(転動疲労損傷)が知られている。そしてこのような疲労剥離については、極値統計法に基づく評価面積(area)における最大の硫化物系介在物の投影面積の平方根(√area max)の予測値(以下、「硫化物系介在物(√area max)の予測値」ということがある)を小さく(すなわち、硫化物系介在物(√area max)のサイズを微細化すること)することが有効であることも知られている。
【0024】
しかしながら本発明者らが研究を重ねた結果、硫化物系介在物は転動疲労特性には悪影響を及ぼすものの、切削加工性向上には有効であることがわかった。すなわち、転動疲労特性向上の観点からは硫化物系介在物(√area max)の予測値を小さくすることが有効であるが、切削加工性が悪化することがわかった(後記表2の試験No.15、16)。一方、切削加工性向上の観点からは硫化物系介在物(√area max)の予測値を大きくすることが有効であるが、転動疲労特性が悪化することがわかった(後記表2の試験No.17、19)。
【0025】
そして本発明者らは更に研究を重ねた結果、酸化物系介在物を所定の組成に制御しつつ、硫化物系介在物(√area max)の予測値を最適化すれば、転動疲労特性と切削加工性の両特性を兼備した軸受用鋼材を提供できることを見出し、本発明を完成した。
【0026】
本発明はこのような知見に基づいてなされたものであって、その具体的な構成は以下のとおりである。
【0027】
まず、本発明の鋼材の化学成分組成について説明する。
【0028】
C:0.8〜1.1%
Cは、焼入硬さを増大させ、室温、高温における強度を維持して耐磨耗性を付与するための必須の元素である。こうした効果を発揮させるためには、Cは少なくとも、0.8%以上含有させる必要がある。しかしながら、C含有量が1.1%を超えて過剰になると、軸受の芯部に巨大炭化物が生成し易くなり、転動疲労特性に悪影響を及ぼすようになる。C含有量の好ましい下限は0.85%以上、より好ましくは0.90%以上であり、好ましい上限は1.05%以下、より好ましくは1.0%以下である。
【0029】
Si:0.15〜0.8%
Siは、脱酸元素として有効に作用する他、焼入れ・焼戻し軟化抵抗を高めて硬さを高める作用を有している。こうした効果を有効に発揮させるためには、Si含有量は、0.15%以上とする必要がある。しかしながら、Si含有量が過剰になって0.8%を超えると、鍛造時に金型寿命が低下するばかりか、コスト増加を招くことになる。Si含有量の好ましい下限は0.20%以上、より好ましくは0.25%以上であり、好ましい上限は0.7%以下、より好ましくは0.6%以下である。
【0030】
Mn:0.10〜1%
Mnは、鋼材マトリックスの固溶強化および焼入れ性を向上させる元素である。Mn含有量が0.10%を下回るとその効果が発揮されず、1%を上回ると低級酸化物であるMnO含有量が増加し、転動疲労特性を悪化させる他、切削加工性が著しく低下する。Mn含有量の好ましい下限は0.2%以上、より好ましくは0.3%以上であり、好ましい上限は0.8%以下、より好ましくは0.6%以下である。
【0031】
P:0.05%以下(0%を含まない)
Pは、結晶粒界に偏析して転動疲労特性に悪影響を及ぼす不純物元素である。特に、P含有量が0.05%を超えると、転動疲労特性の低下が著しくなる。したがって、P含有量は0.05%以下に抑制する必要がある。好ましくは0.03%以下、より好ましくは0.02%以下とするのがよい。なお、Pは鋼材に不可避的に含まれる不純物であり、その量を0%にすることは、工業生産上、困難である。
【0032】
S:0.005〜0.015%
Sは、硫化物系介在物(MnS)を形成する元素であり、切削加工性改善に有効な元素である。このような効果を得るためには、Sは0.005%以上含有させる必要がある。しかしながら、S含有量が過剰になって0.015%を超えると、粗大な硫化物が鋼材中に残存して、転動疲労特性が低下する。したがって、Sの含有量は0.015%以下に抑制する必要がある。S含有量の好ましい下限は0.006%以上、より好ましくは0.007%以上であり、好ましい上限は0.013%以下、より好ましくは0.011%以下である。
【0033】
Cr:1.3〜1.8%
Crは、鋼材の焼入性を向上させると共に炭化物の硬度を高めて、部品の耐摩耗性向上に有効な元素である。このような効果を得るためには、Crは1.3%以上含有させる必要がある。しかしながら、Cr含有量が過剰になると粗大な炭化物が生成し、転動疲労特性や切削加工性を低下させる。そのため、Cr含有量は1.8%以下に抑制する必要がある。Cr含有量の好ましい下限は1.35%以上であり、より好ましくは1.4%以上であり、好ましい上限は1.7%以下であり、より好ましくは1.6%以下である。
【0034】
Al:0.0002〜0.005%
Alは、好ましくない元素であり、本発明の鋼材においては、Alは極力少なくする必要がある。したがって、酸化精錬後のAl添加による脱酸処理は行わない。Al含有量が多くなり、特に0.005%を超えてしまうと、Al
2O
3を主体とする硬質な酸化物の生成量が多くなり、しかも圧下した後も粗大な酸化物として鋼材中に残存するので、転動疲労特性が劣化する。したがって、Al含有量は0.005%以下、好ましくは0.002%以下、より好ましくは0.0015%以下である。但し、Al含有量を0.0002%未満にすると、酸化物中のAl
2O
3含有量が少なくなり過ぎ、SiO
2を多く含む結晶相が生成する。また、Al含有量を0.0002%未満に制御するためには、Alの混入を抑制するために、鋼中成分のみならず、フラックス中のAl含有量も少なくする必要があるが、高炭素鋼である軸受鋼においてAl含有量の少ないフラックスは非常に高価であり、経済的でない。したがって、Al含有量の下限は0.0002%以上、好ましくは0.0005%以上である。
【0035】
Ti:0.0005〜0.010%
Tiは、本発明において特に重要な役割を果たす元素である。所定量のTiを添加し、酸化物中のTiO
2含有量を適切に制御することにより、これまで解決が困難であった問題を解決することができ、転動疲労特性が一層向上する。すなわち、解決困難な問題であったSi脱酸鋼で得られるSiO
2含有酸化物系介在物の熱間加工時における結晶化、母相の鋼と酸化物系介在物の界面に発生する空洞、多結晶体である酸化物系介在物内部に発生する空洞を抑制できる。更に所定量のTiは、アスペクト比の低減化にも有効に作用し、これにより、転動疲労特性が更に向上する。このような効果を得るためには、Ti含有量は0.0005%以上とする必要がある。ただし、Tiの含有量が多くなり、0.010%を超えると、TiO
2系酸化物が結晶相として単独で生成してしまう。したがって、Ti含有量は0.010%以下とした。Ti含有量の好ましい下限は0.0008%以上、より好ましくは0.0011%以上であり、好ましい上限は0.0050%以下、より好ましくは0.0030%以下である。
【0036】
N:0.010%以下(0%を含まない)
Nは、TiNを生成し、転動疲労特性を悪化させるため、できる限り低減することが推奨される。したがってN含有量の上限は、0.010%以下、好ましくは0.008%以下、より好ましくは0.006%以下である。
【0037】
Ca:0.0002〜0.002%
Caは、酸化物中のCaO含有量を制御し、酸化物系介在物を軟化させ、転動疲労特性を改善するのに有効である。このような効果を発揮させるため、Ca含有量は0.0002%以上とする。しかしながら、Ca含有量が過剰になって0.002%を超えると、酸化物組成におけるCaOの割合が高くなり過ぎて、酸化物が硬質化し、転動疲労特性に悪影響を与える。したがって、Ca含有量は0.002%以下とした。好ましいCa含有量の下限は0.0003%以上、より好ましくは0.0005%以上であり、好ましい上限は0.001%以下、より好ましくは0.0008%以下である。
【0038】
O:0.0030%以下(0%を含まない)
Oは、好ましくない不純物元素である。Oの含有量が多くなって、特に0.0030%を超えると、粗大な酸化物が生成し易くなり、圧延後においても粗大な酸化物として残存し、転動疲労特性に悪影響を及ぼす。したがってO含有量の上限は、0.0030%以下とする。好ましい上限は0.0025%以下、より好ましくは0.0020%以下である。
【0039】
本発明で規定する含有元素は上記のとおりであって、残部は鉄、および不可避不純物である。該不可避不純物として、原料、資材、製造設備等の状況によって持ち込まれる元素(例えばAs、H、N)の混入が許容され得る。なお、本発明では上記以外の不可避不純物は本発明の上記特性に影響を与えない範囲で含まれていてもよい。不可避不純物は例えば0.10%までは許容する趣旨である。
【0040】
なお、本発明では、転動疲労特性を高めるため、下記選択元素(Cu、Ni、Mo)を規定範囲内で積極的に含有させることも可能である。
【0041】
Cu:0.5%以下(0%を含まない)、Ni:0.5%以下(0%を含まない)、およびMo:0.5%以下(0%を含まない)よりなる群から選択される少なくとも一種
これら元素は単独、或いは2種類以上を添加してもよい。
【0042】
Cu:0.5%以下(0%を含まない)
Cuは、耐食性の向上に有効に作用する元素である。こうした効果を得るには、Cu量は好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.2%以上である。一方、Cuが過剰になると、熱間圧延性を低下させ、製造時に割れが発生し易くなる。そのためCu量は好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.4%以下、より好ましくは0.3%以下である。
【0043】
Ni:0.5%以下(0%を含まない)
Niは、Cuと耐食性の点で同効元素であり、また靭性を高めて、衝撃特性の向上に有効な元素である。こうした効果を得るには、Ni量は好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.2%以上である。一方、Niは高価であり、コスト面から低減することが望ましい。またNiが過剰になると切削加工性を低下させる。そのためNi量は、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.4%以下、より好ましくは0.3%以下である。
【0044】
Mo:0.5%以下(0%を含まない)
Moは、Niと靭性の点で同効元素であり、靭性を向上させるのに有効な元素である。こうした効果を得るには、Mo量は好ましくは0.15%以上、より好ましくは0.2%以上である。一方、Moは高価であり、コスト面から低減することが望ましい。そのためMo量は、好ましくは0.5%以下、より好ましくは0.45%以下である。
【0045】
次に、鋼材中に存在する酸化物系介在物について説明する。前述したように本発明では、鋼中に含まれる酸化物について、酸化物の平均組成が、全酸化物(100%)に対する比率(質量%)で、CaO:20〜50%、Al
2O
3:15〜50%、SiO
2:20〜62%、TiO
2:3〜10%を含有し、残部はその他の酸化物からなるところに特徴がある。
【0046】
CaO:20〜50%
CaOは塩基性酸化物であり、酸性酸化物であるSiO
2と共に含まれると、酸化物の液相線温度が下がり、酸化物の結晶化を抑制する効果がある。このような効果は、酸化物の平均組成におけるCaO含有量を20%以上に制御することによって得られる。しかしながら、CaO含有量が高すぎると、酸化物が結晶化してしまうため、50%以下とする必要がある。酸化物中におけるCaO含有量の好ましい下限は22%以上、より好ましくは25%以上であり、好ましい上限は43%以下、より好ましくは41%以下である。
【0047】
Al
2O
3:15〜50%
酸化物の平均組成における含有量が50%を超えると、圧延温度域でAl
2O
3(コランダム)相が晶出したり、MgOとともにMgO・Al
2O
3(スピネル)相が晶出したりする。これらの固相は、硬質で圧延・冷間加工時に分断しにくく、粗大な介在物として存在するため、転動疲労特性を悪化させる。こうした観点から、酸化物の平均組成におけるAl
2O
3含有量は50%以下とする。好ましくは43%以下、更に好ましくは41%以下である。一方、酸化物系介在物中のAl
2O
3含有量が低すぎると、CaO、SiO
2が主体の硬質な介在物となり、転動疲労特性を悪化させる。そのため、Al
2O
3の含有量は15%以上とした。好ましい下限は17%以上、更に好ましくは20%以上である。
【0048】
SiO
2:20〜62%
SiO
2は酸性酸化物であり、酸化物系介在物を軟質化させ、転動疲労寿命を向上させるために不可欠の成分である。このような効果を有効に発揮させるためには、酸化物中にSiO
2を20%以上含有させる必要がある。しかしながら、SiO
2含有量が62%を超えると、SiO
2を多く含む結晶相が生成し空洞が形成されるため、転動疲労特性が悪化する。酸化物中におけるSiO
2含有量の好ましい下限は25%以上、より好ましくは30%以上であり、好ましい上限は50%以下、より好ましくは45%以下である。
【0049】
TiO
2:3〜10%
TiO
2は、本発明を特徴付ける酸化物成分であり、酸性酸化物であるSiO
2と共に含まれると、TiO
2濃化相(A相)とSiO
2濃化相(B相)の2相に分離でき、両相とも硬質化を抑制する効果を有する。その結果、Si脱酸鋼で得られるSiO
2含有酸化物系介在物の熱間加工時の結晶化の抑制、母相の鋼と酸化物系介在物との界面に発生する空洞の抑制、多結晶体である酸化物系介在物内部にも発生する空洞の抑制を実現でき、転動疲労特性が一層を向上する。また、介在物の軟質化により切削工具の摩耗も低減し切削加工性も向上する。このような効果は、酸化物の平均組成におけるTiO
2含有量を3%以上に制御することによって得られる。しかしながら、TiO
2含有量が高すぎると、TiO
2系酸化物が結晶相として単独で生成し、空洞が形成され、転動疲労特性が低下するため、10%以下とする。酸化物中におけるTiO
2含有量の好ましい下限は4%以上、より好ましくは5%以上、であり、好ましい上限は8%以下、より好ましくは7%以下である。
【0050】
このように本発明鋼材に含まれる酸化物は、基本的にCaO、Al
2O
3、SiO
2、およびTiO
2で構成されているが、その他の酸化物を含有してもよい趣旨である。その他の酸化物は、上記酸化物系介在物の効果に悪影響を及ぼさず、所望の特性が得られる限度において含まれ得る。その他の酸化物の合計量(質量%)は、全酸化物に対する比率で好ましくは20%以下、より好ましくは15%以下、更に好ましくは10%以下、最も好ましくは5%以下に制御されていることが好ましい。
【0051】
最大の硫化物系介在物の投影面積の平方根(√area max)の予測値(硫化物系介在物の√area maxの予測値):50〜150μm
硫化物系介在物は転動疲労特性と切削加工性の両特性に影響する非金属系介在物である。硫化物系介在物による切削加工性向上効果を得るには、硫化物系介在物(√area max)の予測値は50μm以上とする必要がある。硫化物系介在物(√area max)の予測値が50μm以上であっても、硫化物系介在物は酸化物系介在物と比べて軟質であり、酸化物系介在物の組成が上記のように適切に制御されていれば、転動疲労破壊を抑制できる。しかしながら硫化物系介在物(√area max)の予測値が150μmを超えて粗大化すると、製造過程(圧延)で延伸されて該硫化物系介在物の周囲に応力が集中して転動疲労特性が低下する。そのため、硫化物系介在物(√area max)の予測値は150μm以下にする必要がある。硫化物系介在物(√area max)の予測値は好ましくは60μm以上、より好ましくは70μm以上であって、好ましくは130μm以下、より好ましくは100μm以下である。
【0052】
次に本発明に係る上記軸受用鋼材の製造方法について説明する。
【0053】
本発明の軸受用鋼材は、従来公知の製造工程に基づいて製造できる。すなわち、鋼を溶製し(溶製工程)、常法に従って鋳片を鋳造する(鋳造工程)。得られた鋳片に均熱処理(溶体化処理に相当)を施した後に熱間鍛造し、室温まで冷却する(分塊圧延工程)。その後、再加熱して熱間加工(例えば熱間圧延)することによって(棒鋼圧延工程)、軸受用鋼材が得られる。
【0054】
上記従来の製造工程において、本発明では特に酸化物系介在物の平均組成、及び硫化物系介在物(√area max)の予測値を制御する観点から、特に溶製工程、及び鋳造工程に留意して製造すればよく、それ以外の工程は、軸受用鋼材の製造に通常用いられる方法を適宜選択して用いることができる。
【0055】
溶製工程:
まず鋼を溶製する際に、通常実施されるAl添加での脱酸処理を行なわずに、Si添加による脱酸を実施する。この溶製時には、CaO、およびAl
2O
3の各含有量を制御するために、鋼中に含まれるAl含有量を上記のとおり、0.0002〜0.005%、Ca含有量を上記のとおり0.0002〜0.002%に夫々制御する。
【0056】
また、TiO
2の制御方法としては特に限定されず、当該技術分野で通常用いられる方法に基づき、溶製時に、鋼中に含まれるTi含有量が上記のとおり、0.0005〜0.010%の範囲内に制御されるようにTiを添加すればよい。Tiの添加方法は特に限定されず、例えば、Tiを含有する鉄系合金を添加して調整してもよいし、あるいは、スラグ組成の制御によって溶鋼中のTi濃度を制御してもかまわない。
【0057】
なお、SiO
2は、他の酸化物を上記のようにコントロールすることによって得られるものである。
【0058】
更に本発明では、この溶製時には、硫化物系介在物の生成を制御するために、鋼中に含まれるS含有量を上記のとおり、0.005〜0.015%に制御する。また所望の鋼材の化学成分組成となるように、溶製時に適宜、添加元素等を調整すればよい。
【0059】
鋳造工程:
鋼を溶製して化学成分組成を調整した後、鋳片を作製する。本発明では溶鋼の凝固開始温度(液相線温度)から凝固終了温度(固相線温度)までの平均冷却速度(以下、「鋳造時の平均冷却速度」という)を適切に制御することにより、硫化物系介在物(√area max)の予測値を上記所望の範囲に制御できる。鋳造時の平均冷却速度が速すぎるとMnSが微細化し、以下の工程を経て得られる軸受用鋼材中の硫化物系介在物(√area max)の予測値が50μm未満になりやすい。一方、平均冷却速度が遅すぎると粗大な硫化物系介在物が凝固組織の樹枝間に晶出しやすくなり、後記圧延工程で硫化物系介在物が延伸され、軸受用鋼材中の硫化物系介在物(√area max)の予測値が150μmを超えるようになる。したがって軸受用鋼材中の硫化物系介在物(√area max)の予測値を上記所定の範囲内とするには、鋳造時の平均冷却速度を好ましくは200℃/時間以上、より好ましくは250℃/時間以上、更に好ましくは300℃/時間以上であって、好ましくは700℃/時間以下、より好ましくは650℃/時間以下、更に好ましくは600℃/時間以下に制御することが推奨される。冷却速度の調整方法は特に限定されず、公知の方法でよく、例えば冷却水量や冷却時間を調整すればよい。
【0060】
分塊圧延工程:
続いて鋳片に均熱処理を施してから熱間鍛造する。均熱温度は特に限定されず、例えば鋳片を1100〜1300℃程度に加熱し、該温度域で30〜10時間程度保持した後、熱間鍛造し、空冷などにより室温まで冷却すればよい。
【0061】
棒鋼圧延工程:
上記熱間鍛造後の鋼片(ビレット)は、再加熱して熱間加工(例えば、棒鋼圧延などの熱間圧延)することによって本発明の軸受用鋼材が得られる。本発明では、この再加熱時の温度は特に限定されない。例えば900℃〜1100℃程度に加熱して熱間圧延を行えばよい。
【0062】
熱間加工後の軸受用鋼材の形状も特に限定されず、所望の形状(例えば線材、棒鋼)とすればよい。
【0063】
軸受用鋼材は、上記本発明で規定する要件、すなわち化学成分組成、酸化物系平均組成、および硫化物系介在物(√area max)の予測値も制御されており、転動疲労特性と切削加工性に優れた効果を奏する。
【0064】
このようにして得られた本発明の軸受用鋼材は、球状化焼鈍を行って、該鋼材を軟化させた後、冷間加工(例えば、冷間鍛造)や切削加工、研磨加工を施して所定の部品形状にする。その後、焼入れ・焼戻しを行って所望の硬度にした後、仕上げ研磨などを必要に応じて施すことで軸受部品が得られる。
【0065】
鋼材段階の形状については、こうした製造に適用できるような線状・棒状のいずれも含むものであり、そのサイズも、最終製品に応じて適宜決めることができる。
【0066】
また軸受部品を製造する際の条件は特に限定されず、公知の条件で行えばよい。例えば球状化焼鈍は一般的な徐冷法、すなわち、720〜790℃程度の温度域で3〜10時間保持した後、10〜15℃/分の平均冷却速度で冷却すれよい。また焼入れ処処理は、例えば800〜850℃に加熱した後、油冷すればよい。その後の焼戻し処理は、例えば140〜200℃に加熱後、放冷すればよい。
【0067】
上記軸受部品としては、例えば、コロ、ニードル、玉、レース等が挙げられる。こうして得られた軸受部品は、従来よりも優れた転動疲労特性、及び切削加工性を有するものである。
【実施例】
【0068】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能である。それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0069】
試験片の作製
小型溶解炉を用い、下記表1に示す各種化学成分組成の供試材(残部は鉄および不可避不純物)を溶製し、鋳片(サイズ:直径230mm)を作製した。溶製に当たっては、通常実施されるAl脱酸処理は行わず、Si脱酸処理を行った。この際、表2記載の平均冷却速度で溶鋼の凝固開始温度(液相線温度)から凝固終了温度(固相線温度)まで冷却した(表中、「鋳造時の平均冷却速度」)。
【0070】
得られた鋳片を1250℃に加熱して該温度で1時間保持した後、1200℃で熱間鍛造し、室温まで冷却した。次いで1000℃まで再加熱して熱間圧延(900〜1000℃)することによって丸棒鋼(軸受用鋼材:試験片)を製造した。この試験片を用いて酸化物系介在物の平均組成、硫化物系介在物(√area max)の予測値を測定した。
【0071】
また上記丸棒鋼を切断し、球状化焼鈍(770℃で6時間保持した後、680度まで−10℃/hrの平均冷却速度で冷却し、その後、放冷)を施して鋼材を軟化させた後、円盤状のスラスト型転動疲労試験用のテストピース(直径60mm、厚さ:5mm)に加工した。このテストピースを840℃で30分加熱後に油焼入れを実施し、160℃で120分間焼戻しを行った。最後に仕上げ研磨(表面粗さ:Ra0.1μm)を施してスラスト型転動疲労試験片を作製して、転動疲労寿命を評価した。
【0072】
また上記丸棒鋼(直径65mmの軸受用鋼材:試験片)を切断し、上記条件で球状化焼鈍を施して鋼材を軟化させた後、外周部を片側1.5mmずつ切削して切削加工試験片(直径62mm:長さ250mm)を作製して、切削工具寿命を評価した。
【0073】
(酸化物系介在物の平均組成の測定方法)
酸化物系介在物の組成(平均組成)の測定に当たっては、以下の試験片を用いた。まず、上記のようにして得られた丸棒鋼(軸受用鋼材)の表面からD/2位置(Dは直径)で圧延方向断面が観察できるように試験片(サイズ:20×20×10mm)を切り出し、ミクロ試料(組織観察用試料)を1個切り出し、断面を研磨した。酸化物系介在物の平均組成は、日本電子データム製の電子線マイクロプローブX線分析計(Electron Probe X−ray Micro Analyzer:EPMA、商品名「JXA−8500F」)を用いて観察し、短径が1μm以上の酸化物系介在物について成分組成を定量分析した。このとき、観察面積を100mm
2(研磨面)とし、介在物の中央部での成分組成を特性X線の波長分散分光により定量分析した。分析対象元素は、Ca、Al、Si、Ti、Mn、Mg、Na、Cr、Zr、O(酸素)とし、既知物質を用いて各元素のX線強度と元素濃度の関係を予め検量線として求めておき、分析対象とする上記介在物から得られたX線強度と上記検量線から各試料に含まれる元素量を定量し、その結果を算術平均することで平均の介在物組成を求めた。
【0074】
(硫化物系介在物(√area max)の予測値の測定方法)
上記丸棒鋼の試験片(サイズ:20×20×10mm)を切り出したミクロ試料を用いて硫化物系介在物の最大サイズは極値統計法を用いて算出した。硫化物系介在物の最大サイズは極値分布(ここではワイブル分布)に従うと仮定し、極値統計法(Extreme Value Statistics Method)を用いて算出した。まず、ミクロ試料の表面を光学顕微鏡(倍率100倍×20視野:1視野当たり15mm
2、合計視野面積300mm
2)を用いて観察する。各視野において最大の硫化物系介在物の投影面積の平方根(√area max)を測定する。測定した20視野の最大硫化物系介在物の√area maxの値を用い、極値確率紙を用いて、基準化変数:Y=8.11となるとき(予測面積:100万mm
2に相当)の値を予測される最大サイズとした。なお、上記測定方法は公知であり、上記以外の測定条件については、常法に従って設定すればよい。測定方法に関して例えば「JIS点算法の問題点と極値統計法による介在物評価とその応用、鉄と鋼Vol.79(1993)No.12」も参照文献である。本実施例において硫化物系介在物(√area max)の予測値は、50〜150μmを合格と評価した。
【0075】
(転動疲労特性)
スラスト転動疲労試験片の転動疲労寿命を測定し、転動疲労特性を評価した。スラスト型転動疲労試験機にて、繰り返し速度:1500rpm、面圧:5.3GPa、中止回数:2×10
8回の条件にて、各試験片につき転動疲労試験を各16回ずつ実施し、転動疲労寿命(L
10寿命:ワイプル確率紙にプロットして得られる累積破損確率10%における疲労破壊までの応力繰り返し数)を測定した。転動疲労寿命(L
10寿命)が15×百万回(cycle)を超えた場合に、転動疲労特性に優れる(合格)と評価した。また転動疲労寿命が20×百万回以上の場合を転動疲労特性により優れると評価した。
【0076】
(切削加工性)
切削加工性の評価は、超硬工具(P10種:JIS B 4053 1998年)を用いて、切削加工試験片の旋削加工を実施し、工具磨耗量を測定した。切削条件は、切削速度:100m/min、送り:0.3mm/rev、切込み:1.5mm、切削油なし(乾式)とした。
【0077】
上記試験片に対して、一定時間切削を行い、工具の逃げ面摩耗量が0.2mmとなる時間(分)で切削性を評価した。切削工具寿命が15分を超える場合に、切削加工性に優れる(合格)と評価した。また切削工具寿命が20分以上の場合を切削加工性により優れると評価した。
【0078】
【表1】
【0079】
【表2】
【0080】
これらの結果から次のように考察できる。
【0081】
まず、試験No.1〜14は、いずれも本発明で規定する鋼材の化学成分組成を満足し、且つ酸化物系介在物の平均組成、および硫化物系介在物(√area max)の予測値も適切に制御されている例である。これらはいずれも転動疲労特性、および切削加工性に優れていることがわかる。
【0082】
これに対し以下の試験No.15〜25は、本発明のいずれかの要件を満足しないため、転動疲労特性、および/または切削加工性が低下した。
【0083】
試験No.15、16は、いずれも本発明で推奨する鍛造時の平均冷却速度を上回った例である。そのため、硫化物系介在物(√area max)の予測値が低くなり過ぎて、切削加工性が低かった。
【0084】
試験No.17は、本発明で推奨する鍛造時の平均冷却速度を下回った例である。そのため、硫化物系介在物(√area max)の予測値が大きくなりすぎて、転動疲労特性が低かった。
【0085】
試験No.18は、Sが本発明の規定を下回る例である。この例ではS量が少なすぎたため、硫化物系介在物(√area max)の予測値が小さくなりすぎて、切削加工性が低かった。
【0086】
試験No.19は、Sが本発明の規定を上回る例である。この例ではS量が多すぎたため、硫化物系介在物(√area max)の予測値が大きくなりすぎて、転動疲労特性が低かった。
【0087】
試験No.20は、Alが本発明の規定を下回る例である。この例ではAl量が少なすぎて、酸化物系介在物の平均組成を適切に制御できなかった。そのため、酸化物系介在物は硬質なSiO
2が主体の組成となり、転動疲労特性が低かった。
【0088】
試験No.21は、Alが本発明の規定を上回る例である。この例ではAl量が多すぎて、酸化物系介在物の平均組成を適切に制御できなかった。そのため、酸化物系介在物は、SiO
2が少なくて十分に軟質化できず、またAl
2O
3が多すぎて、かえって硬質化した。その結果、転動疲労特性が低かった。
【0089】
試験No.22は、Tiが本発明の規定を下回る例である。この例ではTi量が少なすぎて、酸化物系介在物の平均組成を適切に制御できなかった。そのため、酸化物系介在物はTiO
2が少なすぎて、硬質化を抑制できず、転動疲労特性が低かった。
【0090】
試験No.23は、Tiが本発明の規定を上回る例である。この例ではTi量が多すぎて、酸化物系介在物の平均組成を適切に制御できなかった。そのため、酸化物系介在物はTiO
2が多くなりすぎ、母相と酸化物系介在物との界面や酸化物系介在物の内部での空洞の発生を十分に抑制できず、転動疲労特性が低かった。
【0091】
試験No.24は、Caが本発明の規定を下回る例である。この例ではCa量が少なすぎて、酸化物系介在物の平均組成を適切に制御できなかった。そのため、酸化物系介在物はCaOが少なすぎて、軟質な酸化物系介在物に制御できず、転動疲労特性が低かった。
【0092】
試験No.25は、Caが本発明の規定を上回る例である。この例ではCa量が多すぎて、酸化物系介在物の平均組成を適切に制御できなかった。そのため、酸化物系介在物はCaOが少なすぎて、酸化物が硬質化し、転動疲労特性が低かった。