特許第5976645号(P5976645)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5976645質量スペクトルデータを得る方法及び装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5976645
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】質量スペクトルデータを得る方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/62 20060101AFI20160817BHJP
   G01N 27/64 20060101ALI20160817BHJP
   H01J 49/26 20060101ALI20160817BHJP
【FI】
   G01N27/62 D
   G01N27/64 B
   H01J49/26
【請求項の数】19
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2013-522288(P2013-522288)
(86)(22)【出願日】2011年7月28日
(65)【公表番号】特表2013-534311(P2013-534311A)
(43)【公表日】2013年9月2日
(86)【国際出願番号】GB2011001138
(87)【国際公開番号】WO2012017189
(87)【国際公開日】20120209
【審査請求日】2014年7月8日
(31)【優先権主張番号】1013016.9
(32)【優先日】2010年8月2日
(33)【優先権主張国】GB
(73)【特許権者】
【識別番号】501350833
【氏名又は名称】クラトス・アナリテイカル・リミテツド
(74)【代理人】
【識別番号】110001173
【氏名又は名称】特許業務法人川口國際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】バウドラー,アンドリユー
【審査官】 藤田 都志行
(56)【参考文献】
【文献】 特開2000−299083(JP,A)
【文献】 特表2008−532004(JP,A)
【文献】 国際公開第2009/075011(WO,A1)
【文献】 特開2000−131284(JP,A)
【文献】 特開2008−064727(JP,A)
【文献】 米国特許第06822227(US,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
G01N 27/64
H01J 49/26
CiNii
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン源及びイオン検出器を有する質量分析計を用いて質量スペクトルデータを得る方法であって、
イオン源によって発生したサンプル材料のイオンをイオン検出器によって検出する、少なくとも1回のシグナル獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表するシグナル質量スペクトルデータを獲得する操作;
イオン検出器がイオン源からのイオンを検出しない少なくとも1回のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて、質量分析計でのノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを獲得する操作;及び
シグナル質量スペクトルデータから質量分析計におけるノイズを代表する前記ノイズ質量スペクトルデータを減算することで、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを得る操作
を含み、
各ノイズ獲得サイクル及び各シグナル獲得サイクルが、それぞれ、500V以上の大きさを有する、1以上の高電圧パルスを生じさせること、およびこの1以上の高電圧パルスを質量分析計の1以上の構成要素に供給し、それによりシグナル質量スペクトルデータから減算するノイズ質量スペクトルデータが、前記高電圧パルスの発生および当該パルスの質量分析計の1以上の構成要素への供給により発生するアナログ電子ノイズを含むようにすること、を含み、
前記シグナル質量スペクトルデータからの前記ノイズ質量スペクトルデータの減算が、前記ノイズ質量スペクトルデータの各質量/電荷比のビンの振幅を、前記シグナル質量スペクトルデータの相当する質量/電荷比のビンから減算する操作を含む
ことを特徴とする、方法。
【請求項2】
少なくとも1回のノイズ獲得サイクルにおいて、イオン源がサンプル材料のイオンを発生させないか、イオン源がサンプル材料のイオンを発生させるが、イオン源によって発生させたイオンがイオン検出器によって検出されるのを阻まれる、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
各ノイズ獲得サイクル及び各シグナル獲得サイクルが、イオン検出器の出力に基づいて質量スペクトルデータを得るための電子機器を動作させる操作を含む、請求項1又は2に記載の方法。
【請求項4】
各ノイズ獲得サイクルにおいて、イオン源がサンプル材料のイオンを発生させないか、イオン源がサンプル材料のイオンを発生させるが、イオン源によって発生させたイオンがイオン検出器によって検出されない以外は、各ノイズ獲得サイクルが各シグナル獲得サイクルと実質的に同じである、請求項1から3のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項5】
シグナル質量スペクトルデータが複数のシグナル獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて獲得され、並びに/又はノイズ質量スペクトルデータが複数のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて獲得される、請求項1から4のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
複数のセグメントでノイズ質量スペクトルデータを獲得する操作を含み、ノイズ質量スペクトルデータの各セグメントが個々の質量/電荷比範囲全体における質量分析計でのノイズを代表するものであり、並びに少なくとも1回の個々のノイズ獲得サイクル中のイオン検出器の出力に基づいて獲得される、請求項1から5のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項7】
ノイズ質量スペクトルデータの複数のセグメントをシグナル質量スペクトルデータから減算して、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを得る操作をさらに含む、請求項6に記載の方法。
【請求項8】
複数のシグナル獲得サイクル及び複数のノイズ獲得サイクルを、質量分析計の連続サイクルで、1秒以下の連続サイクル間の時間差にて行う、請求項1から7のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項9】
シグナル質量スペクトルデータが複数のシグナル獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて獲得され、
ノイズ質量スペクトルデータが複数のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて獲得され、
前記複数のシグナル獲得サイクルに前記複数のノイズ獲得サイクルが差し挟まれる、請求項1から8のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項10】
前記複数のシグナル獲得サイクルおよび前記複数のノイズ獲得サイクルが、100ミリ秒以下の連続サイクル間の時間差を設けて、質量分析形の連続するサイクルで行われる、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
データを得るのに用いた獲得サイクル数に従ってシグナル質量スペクトルデータ及び/又はノイズ質量スペクトルデータをスケーリングする操作を含む、請求項1から10のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
シグナル質量スペクトルデータを解析するための処理装置に連結された前処理装置で、ノイズ質量スペクトルデータをシグナル質量スペクトルデータから減算する操作を含む、請求項1から11のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
前処理装置でシグナル及び/又はノイズ質量スペクトルデータを獲得する操作を含む、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前処理装置で第1のメモリーにシグナル質量スペクトルデータを記憶する操作及び前処理装置で第2のメモリーにノイズ質量スペクトルデータを記憶する操作を含む、請求項12又は13に記載の方法。
【請求項15】
イオン源がサンプル材料に発光することでサンプル材料をイオン化するためのレーザー装置を含む、請求項1から14のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項16】
イオン源がMALDIイオン源である、請求項1から15のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項17】
質量分析計がTOF質量分析計である、請求項1から16のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項18】
前記質量分析計は、検出されるべきイオンを選択するためのイオンゲートを含み、および前記1以上の高電圧パルスが供給される前記1以上の構成要素として当該イオンゲートを含む、請求項1から17のうちのいずれか1項に記載の方法。
【請求項19】
質量分析計であって
サンプル材料のイオンを発生させるイオン源;
イオン源によって発生したサンプル材料のイオンを検出するためのイオン検出器;
イオン源によって発生したサンプル材料のイオンをイオン検出器によって検出する、少なくとも1回のシグナル獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表するシグナル質量スペクトルデータを獲得するための第1のデータ獲得手段;
イオン検出器がイオン源からのイオンを検出しない少なくとも1回のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて、前記質量分析計でのノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを獲得するための、第2のデータ獲得手段;及び
質量分析計におけるノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを第1のデータ獲得手段によって得られたシグナル質量スペクトルデータから減算することで、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを与える減算手段
を有し、
各ノイズ獲得サイクル及び各シグナル獲得サイクルが、それぞれ、500V以上の大きさを有する、1以上の高電圧パルスを生じさせること、およびこの1以上の高電圧パルスを質量分析計の1以上の構成要素に供給し、それにより、シグナル質量スペクトルデータから減算するノイズ質量スペクトルデータが、前記高電圧パルスの発生および当該パルスの質量分析計の1以上の構成要素への供給により発生するアナログ電子ノイズを含むようにすること、を含み、
前記シグナル質量スペクトルデータからの前記ノイズ質量スペクトルデータの減算が、前記ノイズ質量スペクトルデータの各質量/電荷比のビンの振幅を、前記シグナル質量スペクトルデータの相当する質量/電荷比のビンから減算する操作を含む
ことを特徴とする、質量分析計。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、質量分析計、例えばTOF質量分析計を用いて質量スペクトルデータを得るための方法及び装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
TOF質量分析は、イオンを加速し、イオン検出器までのそれの飛行時間を測定することでイオンの質量/電荷比を測定する分析技術である。
【0003】
簡単な形では、TOF質量分析計には、サンプル材料のイオンのパルス(又はバースト)を発生させるためのイオン源及びイオン源からイオン検出器まで飛行したイオンを検出するためのイオン検出器がある。イオン源によって発生したイオンは好ましくは、例えば加速されているために、所定の運動エネルギーを有することから、それの質量/電荷比に従って異なる速度を有する。従って、イオン源とイオン検出器の間をイオンが飛行するに連れて、異なる質量/電荷比のイオンは、それらの異なる速度によって分離され、異なる時間でイオン検出器によって検出され、それによって、それらの個々の飛行時間をイオン検出器の出力に基づいて測定することが可能となる。このようにして、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する質量スペクトルデータを、イオン検出器の出力に基づいて獲得することができる。
【0004】
「MALDI」と称される場合が多いマトリックス支援レーザー脱離/イオン化は、レーザー装置を用いてサンプル材料及び光吸収性マトリックスの(通常は結晶化した)混合物に発光させてサンプル材料をイオン化するイオン化技術である。MALDIで用いられるサンプル材料には代表的には、生体分子(例えばタンパク質)、大型の有機分子及び/又はポリマーなどの分子などがある。一般には、光吸収性マトリックスを用いて、そのような分子をレーザー装置からの光による損傷又は破壊から保護する。次に、代表的には数千ダルトンの質量を有する得られたイオンを、高運動エネルギー、代表的にはほぼ20keVまで加速する。一般に、MALDIによってイオンを発生させるよう構成されているイオン源は「MALDIイオン源」と称される。MALDIイオン源には代表的には、サンプル材料及び光吸収性マトリックスの混合物に発光させることでサンプル材料をイオン化するためのレーザー装置などがある。
【0005】
MALDIは通常、飛行時間質量分析と組み合わせて、「MALDI TOF」質量分析を提供し、その分析では一般に、MALDIによってイオンのパルスを発生させ、次に代表的にはほぼ1から2メートルの距離にわたってイオンの飛行時間を測定することで、イオンの質量/電荷比を求めることができる。
【0006】
最新のTOF質量分析計、例えばMALDI TOF質量分析計でイオンの飛行時間を測定するには、代表的には、多様な範囲の高速デジタル及びアナログ電子機器が必要である。例えば、高速タイミング電子機器を用いて、各種の高電圧電気パルスをレーザー装置の発光及びイオンシグナル獲得と正確に同期させることができる。さらに、kV/μsスルーレート高電圧電気パルスを用いて、レーザー装置によって発生したイオン化分子を加速、ゲーティング及び誘導することができる。最後に、高速マルチビットアナログからデジタルへの変換器を用いてイオン検出器からの出力を記録することで、イオンの飛行時間と従ってイオンの質量/電荷比を求めることができる。そのような高速デジタル及びアナログ電子機器は代表的には、TOF質量分析計の各獲得サイクルに用いられる。
【0007】
最近まで、TOF質量分析計、例えばMALDI TOF質量分析計は、数十Hzまでの繰り返し速さ(それが光のパルスを発することができる速さ)を有するガスレーザーを用いていた。より最近のTOF質量分析計は、かなり高い繰り返し速さ、例えば1kHz以上が可能な固体レーザーを用いている。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明者らは、デジタル電子機器のクロック速度上昇と組み合わせた固体レーザーの高繰り返し速さによって、TOF質量分析計、特にMALDI TOF質量分析計の設計において新たな問題が生じたことを見出した。これらの設計上の問題には、
−複数の高精度ディレーを発生させる方法(例えば、ミクロ秒の期間及びナノ秒以下の分解能で);
−特に高電圧パルスの場合に多くの狭周波数帯電気ノイズを放射することなく電子機器への電力供給を安定させる方法;及び
−そのようなMALDI TOF質量分析計によって得られる質量スペクトルデータにおけるノイズの出現を低減する方法
などがある。
【0009】
本発明は、上記の検討事項を考慮して考案されたものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表するシグナル質量スペクトルデータから質量分析計におけるノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを減算することで当該サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを得ることで、質量分析計を用いて質量スペクトルデータを得る方法に関するものである。結果として、修正シグナル質量スペクトルデータでは好ましくはノイズが軽減されている。
【0011】
従って、本発明の第1の態様は、イオン源及びイオン検出器を有する質量分析計を用いて質量スペクトルデータを得る方法であって、
イオン源によって発生したサンプル材料のイオンをイオン検出器によって検出する、少なくとも1回のシグナル獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表するシグナル質量スペクトルデータを獲得する操作;及び
シグナル質量スペクトルデータから質量分析計におけるノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを減算することで、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを得る操作
を含む方法を提供することができる。
【0012】
この方法の結果として、修正シグナル質量スペクトルデータでは好ましくは、ノイズが軽減されている。特に、修正シグナル質量スペクトルデータは、最初に獲得されたシグナル質量スペクトルデータと比較してシステムノイズが軽減されたものとすることができる。
【0013】
好ましくは、方法は、少なくとも1回のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて質量分析計においてノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを獲得する操作を含む。質量分析計を用いてノイズ質量スペクトルデータを獲得することで、ノイズ質量スペクトルデータは、シグナル質量スペクトルデータにおけるシステムノイズを良好に表すことができる。
【0014】
しかしながら、一部の実施形態において、例えばノイズ質量スペクトルデータは比較的早期に、例えば質量分析計を作製した時に獲得又は生成されていることから、当該方法は、ノイズ質量スペクトルデータを獲得する操作を含まない。例えば、シグナル質量スペクトルデータから減算されるノイズ質量スペクトルデータは、事前に記憶されたノイズ質量スペクトルデータ、すなわちシグナル質量スペクトルデータを獲得する前に記憶されている(例えば質量分析計のメモリーに)ノイズ質量スペクトルデータであるかそれに基づくものであることができる。事前に記憶されたノイズ質量スペクトルデータは、例えば平均ノイズ質量スペクトルデータであることができ、シグナル質量スペクトルが獲得される前に、例えば質量分析計の所期事件時又は質量分析計を構築した時に、比較的長期間にわたり(例えば1日より長く)記憶されているものであることができる。事前に記憶されたノイズ質量スペクトルデータを用いることの長所は、シグナル質量スペクトルデータを獲得する都度にノイズ質量スペクトルデータを獲得する必要がないという点である。短所は、例えば電源装置電圧、温度並びに質量分析計でノイズを生じさせる他の物理的及び電子的パラメータが経時的にドリフトし得ることから、事前に記憶されたノイズ質量スペクトルデータが、シグナル質量スペクトルデータを獲得する都度にノイズ質量スペクトルデータを獲得する場合と同等に良好な質量分析計におけるシステムノイズを表すものではない可能性があるという点である。
【0015】
好ましくは、少なくとも1回のノイズ獲得サイクルで、イオン検出器はイオン源からのイオンを検出しない。このようにして、その少なくとも1回のノイズ獲得サイクルでイオン検出器によって検出されるものは、質量分析計におけるノイズを代表するものである。そのようなノイズは、下記で詳細に説明するように、ランダムノイズ又はシステムノイズを含み得る。
【0016】
認められるべき点として、イオン検出器がイオン源からのイオンを検出しないノイズ獲得サイクルは少なくとも二つの異なる方法で実行できる。第1の例として、イオン検出器がイオン源からのイオンを検出しないノイズ獲得サイクルは、例えばサンプル材料をイオン化するためのレーザーが発光されないことから、イオン源がサンプル材料のイオンを発生しないノイズ獲得サイクルによって実行することができる。第2の例として、イオン検出器がイオン源からのイオンを検出しないノイズ獲得サイクルは、例えば、例えばデフレクター及び/又はアインツェルレンズ及び/又はイオンゲートを用いて、イオン源から発生したイオンがイオン検出器に到達するのを妨害することから、イオン源がサンプル材料のイオンを発生させるが、イオン源によって発生したイオンはイオン検出器によって検出されるのを妨害されるノイズ獲得サイクルによって実行することができる。従って、一部の実施形態では、少なくとも1回のノイズ獲得サイクルで、イオン源がサンプル材料のイオンを発生させないか、イオン源はサンプル材料のイオンを発生させるが、イオン源によって発生したそのイオン(サンプル材料のイオン)がイオン検出器によって検出されるのが妨害される。
【0017】
好ましくは、各ノイズ獲得サイクルは、少なくとも1回のノイズ獲得サイクルで、イオン検出器がイオン源からのイオンを検出しないことを除き、各シグナル獲得サイクルと同様に実施可能である。このようにして、ノイズ質量スペクトルデータは、シグナル質量スペクトルデータにおけるシステムノイズを良好に代表することができる。
【0018】
このためには、各ノイズ獲得サイクル及び各シグナル獲得サイクルは好ましくは、例えば質量分析計の1以上の高電圧源で1以上の高電圧パルス(例えば±500V以上、±1kV以上)を発生させる操作;例えば質量分析計の1以上の高電圧源から質量分析計の1以上の構成要素(例えば、イオンゲート、レーザー装置)に1以上の高電圧パルス(例えば±500V以上、±1kV以上)を供給する操作;及び質量分析計の1以上のモーターを動作させる操作のうちの1以上を含む。下記で詳細に説明するように、これらのプロセスは、質量スペクトルデータにおける「アナログ電子ノイズ」の原因となり得るものである。
【0019】
同様に、各ノイズ獲得サイクル及び各シグナル獲得サイクルは好ましくは、イオン検出器の出力に基づいて質量スペクトルデータを生じる電子機器を動作させる操作を含む。この電子機器には例えば、例えばイオン検出器からの出力をコンディショニングするためのアナログ入力部;例えばイオン検出器からの出力(例えば、アナログ入力部によってコンディショニングされたもの)をデジタル化するためのアナログ/デジタル変換器、;及び例えば質量スペクトルデータを記憶するための1以上のメモリーを含むことができる。下記で詳細に説明するように、これらのプロセスは、質量スペクトルデータにおける「デジタル電子ノイズ」の原因となり得るものである。
【0020】
簡潔に言えば、各ノイズ獲得サイクルにおいて、イオン源を用いてサンプル材料のイオンを発生させることをしないか、イオン源を用いてサンプル材料のイオンを発生させるが、イオン源によって発生したイオンはイオン検出器によって検出しない点を除き、各ノイズ獲得サイクルは、各シグナル獲得サイクルと実質的に同じであることができる。例えば、各ノイズ獲得サイクルにおいて、サンプル材料に発光させることでサンプル材料をイオン化するレーザー装置を発光させてサンプル材料をイオン化することは行わない以外は、各ノイズ獲得サイクルは各シグナル獲得サイクルと実質的に同じであることができる。別の例として、例えばデフレクター及び/又はアインツェルレンズ及び/又はイオンゲートを用いて、イオン源によって発生したサンプル材料のイオンがイオン検出器に到達するのを阻まれる以外は、各ノイズ獲得サイクルは各シグナル獲得サイクルと実質的に同じであることができる。
【0021】
好ましくは、特定の瞬間でのイオン検出器からの出力が、その瞬間にイオン検出器によって検出されるイオンの数を代表するものである。例えば、その出力は、イオンがイオン検出器を通過したか及び/又はイオン検出器に当たった特に誘導される電荷又は生じる電流を表すことができ、出力シグナルの振幅はイオン検出器によって検出されるイオンの数を代表するものである。
【0022】
質量スペクトルデータは、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を表すことができるいずれかの形態を取ることができる。実際にはこれは、イオン検出器によって検出されるイオンの数を代表する振幅をイオンの飛行時間又は質量/電荷比と関連付けるデータの形態を取る質量スペクトルデータによって達成することができる。好ましくは、イオンの飛行時間(又は質量/電荷比)は、個別の飛行時間(又は質量/電荷比)間隔又は「ビン(bin)」内に一緒にグループ分けされており、各飛行時間(又は質量/電荷比)「ビン」はある範囲の飛行時間(又は質量/電荷比)を代表するものである。従って、シグナル質量スペクトルデータからのノイズ質量スペクトルデータの減算は、ノイズ質量スペクトルデータの各飛行時間(又は質量/電荷比)「ビン」の振幅をシグナル質量スペクトルデータの相当する「ビン」から減算する操作を含むことができる。
【0023】
本願の文脈において、「ノイズ質量スペクトルデータをシグナル質量スペクトルデータから減算する」とは、実際に、ノイズ質量スペクトルデータをシグナル質量スペクトルデータから除く(減算する)操作又はシグナル質量スペクトルデータをノイズ質量スペクトルデータから除く(減算する)操作を意味するものとする。すなわち、ノイズ質量スペクトルデータからのシグナル質量スペクトルデータの減算は、本願に関しては、シグナル質量スペクトルデータからのノイズシグナル質量スペクトルデータの減算と均等であると見なす。
【0024】
複数のシグナル獲得サイクル及び複数のノイズ獲得サイクルがある場合、簡便には、ノイズ質量スペクトルデータは好ましくは、全てのノイズ質量スペクトルデータ及びシグナル質量スペクトルデータが獲得された後に、シグナル質量スペクトルデータから減算される。あるいは、各ノイズ獲得サイクル時に獲得されたノイズ質量スペクトルデータを、シグナル獲得サイクルの個々のサイクル時に獲得されたシグナル質量スペクトルデータから減算して、修正シグナル質量スペクトルデータを徐々に蓄積することができる。
【0025】
シグナル、ノイズ、又は修正シグナル質量スペクトルデータを、飛行時間又は質量/電荷比に対する振幅を示す質量スペクトルとしてプロットすることができ、その場合に振幅は、所定の飛行時間又は質量/電荷比に関して検出器によって検出されたイオンの数を代表するものである。
【0026】
好ましくは、シグナル質量スペクトルデータは、複数のシグナル獲得サイクル中のイオン検出器の出力に基づいて獲得される。すなわち、シグナル質量スペクトルデータを複数のサイクルにわたって獲得した後に、それからノイズ質量スペクトルデータを減算することができ、サンプル材料の個別のイオンは各シグナル獲得サイクルにおいてイオン源によって発生されるものである。このようにして、シグナル質量スペクトルデータにおけるランダムノイズの割合を低減させることができる。複数のシグナル獲得サイクルのそれぞれの間に獲得された質量スペクトルデータは、例えば積算、加算又は平均化して、シグナル質量スペクトルデータを得ることができる。
【0027】
好ましくは、ノイズ質量スペクトルデータは、複数のノイズ獲得サイクル中のイオン検出器の出力に基づいて獲得される。すなわち、ノイズ質量スペクトルデータを複数のサイクルにわたって獲得した後に、シグナル質量スペクトルデータからそれを減算することができる。このようにして、ノイズ質量スペクトルデータにおけるランダムノイズの割合を低減させることができる。複数のノイズ獲得サイクルのそれぞれの間に獲得された質量スペクトルデータは、例えば積算、加算又は平均化して、シグナル質量スペクトルデータを得ることができる。
【0028】
当該方法は、複数のセグメントでノイズ質量スペクトルデータを獲得する操作を含むことができ、ノイズ質量スペクトルデータの各セグメントは好ましくは、個々の質量/電荷比範囲にわたる質量分析計におけるノイズを代表するものであり、好ましくは少なくとも1回の個々のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて獲得される。複数のセグメントでノイズ質量スペクトルデータを獲得することの長所は、実際に、例えばノイズ質量スペクトルデータを保存するのに要する時間が質量分析計でのイオンの飛行時間より長いために、最初に、全質量/電荷比範囲にわたる質量分析計でのノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータをメモリーに保存する(例えば積算によって)のに要する時間がノイズ質量スペクトルデータを得るのに要する時間より長くなる可能性があることを本発明者らは見出したことから、(ノイズ)獲得サイクル間の時間を短縮することができる点である。概してシステムノイズは獲得サイクル間であまり変動しないことから、複数のセグメントでのノイズ質量スペクトルデータの獲得を行うことは可能である。
【0029】
ノイズ質量スペクトルデータを複数のセグメントで獲得する場合、ノイズ獲得サイクル数は、セグメント数の係数だけシグナル獲得サイクル数より多い可能性がある。これは、ノイズ獲得サイクルの「有効」数をシグナル獲得サイクル数と等しくする上で有用である。
【0030】
当該方法はさらに、ノイズ質量スペクトルデータの複数のセグメントをシグナル質量スペクトルデータから減算して、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを得る操作を含むことができる。ノイズ質量スペクトルデータの複数のセグメントを組み合わせて複合ノイズ質量スペクトルデータ(例えば、全質量/電荷比範囲にわたる質量分析計におけるノイズを代表するもの)を形成し、次にその複合ノイズ質量スペクトルデータをシグナル質量スペクトルデータから減算することで、それを行うことができる。あるいは、ノイズ質量スペクトルデータの複数のセグメントを個々にシグナル質量スペクトルデータから減算して、個々のセグメントを組み合わせることなく修正シグナル質量スペクトルデータを得ることができる。
【0031】
好ましくは、複数のシグナル獲得サイクル及び複数のノイズ獲得サイクルは、好ましくは連続サイクル間にわずかな差を設けて、例えば1秒以下、より好ましくは100ミリ秒以下、より好ましくは10ミリ秒以下、より好ましくは1ミリ秒以下、より好ましくは100ミクロ秒以下の連続サイクル間の時間差を設けて、質量分析形の連続するサイクルで行う。このようにして、例えば電源装置電圧、温度並びに質量分析計内の他の物理的及び電子的パラメータが経時的にドリフトし得ることから、ノイズ質量スペクトルデータはシグナル質量スペクトルデータにおけるノイズと非常に類似した特徴を有することができ、従ってシグナル質量スペクトルデータから減算して、向上したシグナル/ノイズ比を有する修正シグナル質量スペクトルデータを得ることができる。しかしながら、わずかな時間差で、より良好なシグナル/ノイズ比が得られることが認められたが、より大きい時間差で、例えば数時間又は数日という時間差で、許容されるシグナル/ノイズ比を得ることができることも認められている。
【0032】
複数のシグナル及びノイズ獲得サイクルは、いずれの順序でも行うことができる。しかしながら好ましくは、複数のシグナル獲得サイクルに複数のノイズ獲得サイクルを差し挟んで、すなわちシグナル獲得サイクルをノイズ獲得サイクル間で行うようにするか、その逆とする。このようにして、ノイズ質量スペクトルデータはシグナル質量スペクトルデータにおけるノイズと非常に類似した特徴を有することができることから、シグナル質量スペクトルデータから減算して、向上したシグナル/ノイズ比を有する修正シグナル質量スペクトルデータを得ることができる。しかしながら、複数のシグナル獲得サイクルは、複数のノイズ獲得サイクルとは別個に、すなわち差し挟んでではなく行うことができる。
【0033】
シグナル及びノイズ獲得サイクルを差し挟んで行うか否かとは無関係に、複数のシグナル及びノイズ獲得サイクルは、好ましくは上記のような連続サイクル間にわずかな時間差を設けて、質量分析計の連続サイクルで行う。
【0034】
簡潔に言えば、シグナル獲得サイクル数はノイズ獲得サイクル数と等しいものとすることができる。しかしながら、一部の実施形態では、シグナル獲得サイクル数とノイズ獲得サイクル数は等しくなくても良い。例えばノイズ質量スペクトルデータがセグメントで獲得される場合には(例えば、上記で説明したように)、シグナル数とノイズ獲得サイクル数が異なっていることが有用である可能性がある。
【0035】
シグナル獲得サイクル数がノイズ獲得サイクル数(または「有効」数)と等しくない場合、シグナル質量スペクトルデータ及び/又はノイズ質量スペクトルデータは、データ取得に用いた獲得サイクル数に応じてスケール決定することができる。このようにして、シグナル質量スペクトルデータから減算されるノイズの量は、シグナル質量スペクトルデータに存在する実際のノイズに一致することができる。
【0036】
好ましくは、当該方法は、シグナル質量スペクトルデータを解析するための処理装置に連繋された前処理装置でシグナル質量スペクトルデータからノイズ質量スペクトルデータを減算する操作を含む。処理装置は例えば、TOF質量分析計からの質量スペクトルデータを解析するためのソフトウェアでプログラミングされていても良いコンピュータであることができる。好ましくは、当該方法は、例えば処理装置による後の解析のために、前処理装置から処理装置に修正シグナル質量スペクトルデータを伝送する操作を含む。
【0037】
当該方法は、前処理装置でシグナル及び/又はノイズの質量スペクトルデータを獲得する操作を含んでいても良い。
【0038】
当該方法は、前処理装置における第1のメモリーにシグナル質量スペクトルデータを記憶する操作(例えば積算することで)及び/又は前処理装置における第2のメモリーにノイズ質量スペクトルデータを記憶する操作(例えば積算によってを含むことができる。
【0039】
そのような前処理装置を用いることで、修正シグナル質量スペクトルデータを得てから、それを処理装置によって解析することが可能となる。これによって、処理装置が修正シグナル質量スペクトルデータの取得及び解析の両方を行う必要がないことから、修正シグナル質量スペクトルデータを取得及び解析するのに要する時間を大幅に短縮することができる。さらに、シグナル質量スペクトルデータ及びノイズ質量スペクトルデータではなく修正された質量スペクトルデータのみを伝送する必要があることから、前処理装置を用いることで、処理装置に送る必要があるのはかなり小さいデータとなる。さらに、前処理装置を用いることで、減算を行うように処理装置を構成する必要がない。
【0040】
上記のように前処理装置を用いることが好ましいが、一部の実施形態では、質量スペクトルデータを解析するための処理装置で、ノイズ質量スペクトルデータをシグナル質量スペクトルデータから減算して、修正シグナル質量スペクトルデータを得ることができる。
【0041】
本発明の第2の態様は、本発明の第1の態様による方法を実行するための質量分析計に関するものである。
【0042】
従って、本発明の第2の態様は、
サンプル材料のイオンを発生させるイオン源;
イオン源によって発生したサンプル材料のイオンを検出するためのイオン検出器;
イオン源によって発生したサンプル材料のイオンをイオン検出器によって検出する、少なくとも1回のシグナル獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表するシグナル質量スペクトルデータを獲得するための第1のデータ獲得手段;及び
質量分析計におけるノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを第1のデータ獲得手段によって得られたシグナル質量スペクトルデータから減算することで、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを与える減算手段
を有する質量分析計を提供することができる。
【0043】
質量分析計は、第1の態様との関連で記載されているあらゆる方法段階を実行するように構成されていることができるか、それを実行するための手段を有することができる。
【0044】
例えば、質量分析計は好ましくは、例えばイオン検出器がイオン源からのイオンを検出しない少なくとも1回のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて質量分析計におけるノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを獲得するための第2のデータ獲得手段を有する。しかしながら、一部の実施形態では第2のデータ獲得手段を除外することができ、例えば減算手段は第1のデータ獲得手段によって得られたシグナル質量スペクトルデータから事前に記憶されたノイズ質量スペクトルデータを減算するよう構成されている。質量分析計は、事前に記憶されたノイズ質量スペクトルデータを記憶するためのメモリーを含むことができる。
【0045】
別の例として、質量分析計は好ましくは、各ノイズ獲得サイクル及び各シグナル獲得サイクルが1以上の高電圧パルスの発生;質量分析計の1以上の構成要素への1以上の高電圧パルスの供給;及び質量分析計の1以上のモーターの動作のうちの1以上を含むように構成されている。
【0046】
別の例として、質量分析計は好ましくは、各ノイズ獲得サイクル及び各シグナル獲得サイクルがイオン検出器の出力に基づいて質量スペクトルデータを得るために電子機器(その電子機器は好ましくは質量分析計に含まれている。)を動作させる操作を含むように構成されている。
【0047】
別の例として、簡潔に言えば、質量分析計は、各ノイズ獲得サイクルにおいて、イオン源を用いてサンプル材料のイオンを発生させることをしないか、イオン源を用いてサンプル材料のイオンを発生させるがイオン源によって発生したイオンはイオン検出器によって検出しない以外は、各ノイズ獲得サイクルが各シグナル獲得サイクルと実質的に同じとなるように構成することができる。
【0048】
別の例として、質量分析計は、飛行時間又は質量/電荷比に対する振幅を示す質量スペクトルとしてシグナル、ノイズ又は修正シグナル質量スペクトルデータをプロットするための手段を含むことができ、その振幅は所定の飛行時間又は質量/電荷比用の検出器によって検出されたイオンの数を代表するものである。
【0049】
別の例として、質量分析計は、複数のシグナル獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいてシグナル質量スペクトルデータを獲得するように、及び/又は複数のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいてノイズ質量スペクトルデータを獲得するように構成することができる。
【0050】
別の例として、第2のデータ獲得手段は、複数のセグメントでノイズ質量スペクトルデータを獲得するためのものであることができ、ノイズ質量スペクトルデータの各セグメントは好ましくは個々の質量/電荷比範囲全体にわたる質量分析計でのノイズを代表するものであり、好ましくは少なくとも1回の個々のノイズ獲得サイクル時のイオン検出器の出力に基づいて獲得される。質量分析計はさらに、シグナル質量スペクトルデータからノイズ質量スペクトルデータの複数のセグメントを減算することで、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを与える手段を含むことができる。
【0051】
別の例として、質量分析計は、複数のシグナル獲得サイクル及び複数のノイズ獲得サイクルを、好ましくは連続サイクル間は短い時間差で、例えば1秒以下、より好ましくは100ミリ秒以下、より好ましくは10ミリ秒以下、より好ましくは1ミリ秒以下、より好ましくは100ミクロ秒以下という連続サイクル間の時間差で、質量分析計の連続サイクルで実施するように構成することができる。
【0052】
別の例として、質量分析計は、複数のシグナル獲得サイクルに複数のノイズ獲得サイクルを差し挟んで行われるように構成することができる。
【0053】
別の例として、質量分析計は、シグナル獲得サイクル数がノイズ獲得サイクル数と等しくなるように構成することができる。
【0054】
別の例として、質量分析計は、データを獲得するのに用いられる獲得サイクルの数に従って、シグナル質量スペクトルデータ及び/又はノイズ質量スペクトルデータをスケーリング(scaling)する手段を含むことができる。
【0055】
別の例として、好ましくは減算手段は、シグナル質量スペクトルデータを解析するための処理装置に連結された前処理装置に含まれる。好ましくは、前処理装置は、例えば処理装置による後の解析のために修正質量シグナル質量スペクトルデータを処理装置に伝送するためのデータ伝送手段を含む。好ましくは、前処理装置は、シグナル質量スペクトルデータを記憶するための第1のメモリー及び/又はノイズ質量スペクトルデータを記憶するための第2のメモリーを含む。
【0056】
別の例として、前処理装置は、第1及び/又は第2のデータ獲得手段を含むことができる。
【0057】
上記のいずれの態様においても、イオン源は、サンプル材料に発光させることでサンプル材料をイオン化するためのレーザー装置を含むことができる。好ましくは、そのレーザー装置は、サンプル材料で光のパルスを発することでサンプル材料をイオン化するためのものである。レーザー装置は好ましくは、UV光を発生させる。従って、上記のシグナル獲得サイクルは、サンプル材料で光のパルスを発することで、サンプル材料のイオンのパルスを発生させるレーザー装置を含むことができる。
【0058】
上記のいずれの態様においても、イオン源はMALDIイオン源であることができる。MALDIイオン源の場合、サンプル材料には生体分子(例えばタンパク質)、有機分子及び/又はポリマーなどがあり得る。そのサンプル材料はサンプル材料及び光吸収性マトリックスの(好ましくは結晶化した)混合物に含めることができる。光吸収性マトリックスは、例えばDCTB(T−2−(3−(4−t−ブチル−フェニル)−2−メチル−2−プロペニリデン)マロノニトリル)、DHB(2,5−ジヒドロキシ安息香酸)、SA(シナピン酸)、DTL(1,8,9−アントレセントリオール(ジトラノール))又はCHCA(α−シアノ−4−ヒドロキシ桂皮酸)を含むことができる。
【0059】
上記のいずれの態様においても、イオン源は、イオン源によって発生したイオンを所定の運動エネルギーまで加速するための加速手段を含むことができる。その加速手段は、電場を形成してイオン源によって発生したイオンを所定の運動エネルギーまで加速するための少なくとも一つの加速電極を含むことができる。上記の方法は、例えばイオン源によって発生したイオンのパルスを加速するための加速手段を用いてイオン(例えばサンプル材料をイオン化するためのレーザー装置によって発生したイオン)を所定の運動エネルギーまで加速する操作を含むことができる。
【0060】
上記のいずれの態様においても、イオン源はイオン源によってイオン化されるべきサンプル材料を保持するためのサンプル保持手段を含むことができる。サンプル保持手段は、1以上の「サンプルスポット」にサンプル材料を保持するためのサンプルプレートを含むことができる。サンプル保持手段は、サンプルプレートを運搬するためのサンプルプレートキャリアを含むことができる。サンプルプレートは好ましくは、イオン源から取り外されるように構成されるが、サンプルプレートキャリアはイオン源内に取り外しできないように取り付けることができる。
【0061】
上記のいずれの態様においても、イオン源は好ましくは、例えば加速手段及び/又はサンプル保持手段を入れる筐体を有する。筐体は好ましくは、排気されるように構成されており、すなわち減圧装置を含む構成となっている。
【0062】
上記のいずれの態様においても、質量分析計は、検出されるべきイオンを選択するための1以上のイオンゲートを含むことができる。
【0063】
上記のいずれの態様においても、質量分析計はリフレクトロンを含むことができる。リフレクトロンは、使用時には、イオンのパルスにおけるイオンをイオン源の方向でイオン検出器に反射し戻すイオン鏡であり、その検出器は、反射した後のイオンを検出することができる。リフレクトロンを用いることの一つの長所は、例え比較的低い最大質量範囲であっても、直線イオン検出器を用いる場合より高い質量分解能が得られる(従って、質量精度がより良好)という点である。
【0064】
上記のいずれの態様においても、質量分析計は、中にイオン源及びイオン検出器が配置された飛行管を含むことができる。他の構成要素、例えばリフレクトロンは、飛行管内に配置されていても良い。飛行管は好ましくは、質量分析計を使用する時は排気される。
【0065】
上記のいずれの態様においても、質量分析計はTOF質量分析計であることができる。従って、例えば、各獲得サイクルにおいて、イオン源は、サンプル材料のイオンがイオン検出器によって検出されるように、サンプル材料のイオンのパルスを発生させることができる(例えばサンプル材料で光のパルスを発するレーザー装置による)。TOF質量分析計はMALDI TOF質量分析計であることができる。
【0066】
本発明はまた、上記の態様及び好ましい特徴の組み合わせも含むが、そのような組み合わせが明瞭に許容されないか、明らかに回避される場合を除く。
【図面の簡単な説明】
【0067】
図1】本発明の開発前に本発明者らが用いたTOF質量分析計の構成を示す模式図である。
図2】「アナログ電子ノイズ」の1例を示す質量スペクトルである。
図3】「デジタル電子ノイズ」の1例を示す質量スペクトルである。
図4】本発明の開発後に本発明者らか用いたTOF質量分析計の構成を示す模式図である。
図5】複数の「シグナル」獲得サイクルに複数の「ノイズ」獲得サイクルを挟み込む各種形態を示す図である。
図6】複数の「シグナル」獲得サイクルに複数の「ノイズ」獲得サイクルを挟み込む各種形態を示す図である。
図7】複数の「シグナル」獲得サイクルに複数の「ノイズ」獲得サイクルを挟み込む各種形態を示す図である。
図8】ノイズ質量スペクトルデータをセグメントで獲得することができる方法を示す図である。
図9】質量スペクトルデータからの「アナログ電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。
図10】質量スペクトルデータからの「アナログ電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。
図11】質量スペクトルデータからの「アナログ電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。
図12】質量スペクトルデータからの「デジタル電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。
図13】質量スペクトルデータからの「デジタル電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。
図14】質量スペクトルデータからの「デジタル電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0068】
実施形態及び実験の説明
添付の図面を参照して、これらの提案の実施形態について下記で説明する。
【0069】
図1は、本発明の開発の前に本発明者らが用いた質量分析計100を含むTOF質量分析計構成を示す模式図である。
【0070】
図1に示した質量分析計100は、サンプル材料のイオンのパルスを発生させるためのイオン源110及びイオン源110によって発生したサンプル材料のイオンを検出するためのイオン検出器120を有する。イオン源110及びイオン検出器120は、排気された飛行管130中に配置されている。
【0071】
イオン源110には、サンプル材料で(好ましくはUV)光のパルスを発することでサンプル材料をイオン化するためのレーザー装置112がある。MALDI TOF質量分析計では、サンプル材料は、サンプル材料及び光吸収性マトリックスの結晶化混合物に含めることができる。レーザー装置112は、付随の高電圧源114から高電圧パルス(代表的には±1kV以上)の供給を受けると光のパルスを発する。最新の質量分析計では、レーザー装置112は、高い繰り返し速さ、例えば1kHz以上が可能な固体レーザーであることができる。
【0072】
TOF質量分析は、連続イオン流ではなくイオンの個々のパルスが発生するパルス化技術であることから、使用時に高電圧パルスの供給を受ける他の構成要素を、飛行管130中に配置することができる。
【0073】
例えば、イオン検出器120によって検出されるべきイオンを選択するためのイオンゲート140を、飛行管130中に配置することができる。イオンゲート140は、付随の高電圧源144から高電圧パルス(代表的には±500V、ただしより高い電圧を用いることができる)の供給を受けたら、電場を発生させて望ましくないイオンをイオン検出器120の方向から離れるように偏向させることで、検出すべきイオンを選択することができる。イオンゲートには、例えば交互配線が含まれていることができる。イオンゲート140が開閉すると、代表的には高電圧源144が、非常に高速で、好ましくは約10ns以下の時間間隔で切り替わる。
【0074】
質量分析計100はリフレクトロン150も含むことができる。リフレクトロン150は、イオンパルスにおけるイオンをイオン源110の方向で反射し戻して、イオン検出器120によって検出させるイオン鏡である。
【0075】
質量分析計100は、イオン検出器120の出力に基づいて質量スペクトルデータを与える電子機器も有し、その電子機器は好ましくは前処理装置160(または「過渡現象記録装置」)に組み込まれている。質量スペクトルデータを与える電子機器には、イオン検出器120からの出力をコンディショニングするためのアナログ入力部162、非常に高速で(代表的には、デジタル化ポイント間で1ns未満)イオン検出器120からの出力(アナログ入力部162によってコンディショニングされたもの)をデジタル化するためのアナログ/デジタル変換器164、及びコンピュータなどの外部処理装置(不図示)に伝送される前にサンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表するシグナル質量スペクトルデータを記憶するためのメモリー166がある。
【0076】
前処理装置160には、トリガーシグナルに対して質量分析計100の1以上の構成要素を動作させるための及び/又はトリガーシグナルに対して質量分析計(例えば、それのアナログ/デジタル変換器)によって発生されるデータを同期化するためのタイミング電子機器168も含まれる。トリガーシグナルは、質量分析計内のトリガー事象の発生、例えばサンプル材料をイオン化するためのレーザー装置の発光を示すことができる。
【0077】
使用時には、質量分析計100は1以上のシグナル獲得サイクルを行い、そこではイオン源110を用いてサンプル材料のイオンのパルスを発生させて、後にサンプル材料のイオンをイオン検出器120が検出する。好ましくは、各シグナル獲得サイクル中のイオンのパルスが、サンプル材料で光のパルスを発するレーザー装置112によって生じ、イオン化サンプル材料は加速電極(不図示)によって所定の運動エネルギーまで加速される。イオン検出器120からの出力が前処理装置160における質量スペクトルデータを発生させる電子機器に送られ、その機器が出力をコンディショニング及びデジタル化し、メモリー166で、1以上のシグナル獲得サイクル時にコンディショニング及びデジタル化された出力シグナルに基づいて、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する質量スペクトルデータを記憶する。
【0078】
1以上の獲得サイクルで収集された質量スペクトルデータは、飛行時間又は質量/電荷比に対する振幅を示す質量スペクトルとしてプロットすることができ、その振幅は所定の飛行時間又は質量/電荷比について検出器によって検出されたイオンの数を代表するものである。
【0079】
ほぼ全ての質量分析計、例えば図1に示した質量分析計100において、得られた質量スペクトルデータは、イオン化サンプル材料からのシグナルに加えて、望ましくないノイズを含む。このノイズはそれ自体、質量スペクトルにおける余分なピークとして及び/又はバックグラウンドシグナルとして現れ得る。理想的には、全てのノイズが質量スペクトルデータにおいて低減されることで、シグナル/ノイズ比が最大となり、そしてサンプル材料の最も弱いシグナルを測定することができるものと考えられる。
【0080】
質量分析計によって生じた質量スペクトルデータにおけるノイズは、性質上ランダム又はシステム的であることができる。
【0081】
ランダムノイズは定義により、質量スペクトルデータを獲得する都度異なることから、シグナル/ノイズレベルは、簡単に多くの獲得サイクルにわたって質量スペクトルデータを獲得することで向上させることができる。多くの獲得サイクルにわたって獲得した質量スペクトルデータは、例えば一緒に平均化し得る。これは質量分析計には通常の操作であり、質量スペクトルデータは通常、シグナル/ノイズ比が許容される値に達するかそれ以上向上しなくなるまで獲得又は積算される。
【0082】
しかしながらシステムノイズは、単に、より多くの質量スペクトルデータを獲得したり、より多くの獲得サイクルを行うことで、所望のシグナル/ノイズ比を得る上で許容されるレベルまで低減させることはできない。
【0083】
TOF質量分析計によって得られる質量スペクトルデータにおけるシステムノイズの二つの主要な起源は、「イオンノイズ」及び「電子ノイズ」と称することができ、図1に示した質量分析計100を参照して説明する。
【0084】
「イオンノイズ」は、検出される余分なイオンシグナルの形で質量分析計100内で生じる。化学的又はバックグラウンドのノイズであることができるそのようなノイズは、レーザー装置112が発光した時及びサンプル材料がイオン化した時のみ発生することから、このノイズをサンプル材料のイオンを起源とする実際のシグナルから区別することは困難である。
【0085】
「電子ノイズ」は、イオン検出器120と前処理装置160の間及びそれらの中の電子回路で生じる。電子ノイズは、それがシグナルが前処理装置160に入る前に発生するか後に発生するかによって広く分類することができる。前処理装置160外で発生したノイズは「アナログ電子ノイズ」と称することができ、前処理装置160内で生じたノイズは「デジタル電子ノイズ」と称することができる。
【0086】
「アナログ電子ノイズ」は、アナログ電子回路によって生じ得るものであり、通常はそれが質量スペクトルデータに加えられてから、検出器120からの出力シグナルが前処理装置160に入る。図2は、例えば、望ましくないイオンがイオン検出器120に到達するのを防止又は無効にするのに用いられるイオンゲート140に供給される高電圧パルスによって発生し得る「アナログ電子ノイズ」の1例を示す質量スペクトルである。例えばイオンゲート140の配線からの電子ノイズは、排気された飛行管130内部で放出され得るものであり、イオンゲート140がイオン検出器120に近すぎる位置に配置されていたり、あまり良好に遮蔽されていない場合にイオン検出器120の出力シグナル中に拾われ得る。
【0087】
アナログ電子ノイズは、電力供給装置及び使用時に高電圧パルスを供給する高電圧源、例えばイオンゲート140に連繋された高電圧源144用のリード線を通って外部で拾われ得るものでもある。アナログ電子ノイズは性質としてシステム的なものであるが、獲得サイクル間でわずかに変動する。それは通常、前処理装置160のクロックに関係しないことから、通常は、アナログ電子ノイズ間の関係及び獲得サイクル間の時間差はない。アナログ電子ノイズは、質量分析計の1以上のモーターを動作させることによっても生じ得る。
【0088】
「デジタル電子ノイズ」は、好ましくは前処理装置160内に配置されている質量スペクトルデータを得るための電子機器によって生じ得る。このノイズは、アナログ/デジタル変換器164直前の入力側にあるアナログ電子機器を起源とし得るものである。デジタル電子ノイズは、前処理装置160のデジタル電子機器でも発生し得る。このため、デジタルノイズは、アナログ電子ノイズと比べてよりシステム的、例えば規則的又は周期的である。デジタル電子ノイズは通常、前処理装置160のクロックのバイナリ倍数に関係する特徴を有する。特に、デジタル電子ノイズの形状は多くの場合、前処理装置160の8、16、32及び64の時間間隔(「ビン」)後に繰り返す。図3は、前処理装置160の時間間隔(「ビン」)のバイナリ倍数に相当する繰り返し(または周期的)構造を明瞭に見ることができる「デジタル電子ノイズ」の1例を示す質量スペクトルである。
【0089】
ランダムノイズとは異なり、前処理装置の外部で発生したか(アナログ電子ノイズ)、前処理装置の内部で発生したか(デジタル電子ノイズ)を問わず、より多くの質量スペクトルデータを獲得しながら、システムノイズが平均化してゼロとはならないことを、本発明者らは認めた。従って、システムノイズは、質量スペクトルにおける余分なピークとして現れ得るものであり、それはイオン化サンプル材料からのピークと混同され得るか、それを不明瞭にし得るものである。
【0090】
良くとも、システムノイズはシグナル/ノイズ比を低下させる。最悪の場合、システムノイズは、イオン化サンプル材料からのシグナルが一緒に検出されるのを妨害し得る。いずれの場合も、その影響は、質量分析計の感度を低下させるというものである。
【0091】
図4は、本発明の開発後に本発明者らが用いた、質量分析計200を含むTOF質量分析計の構成を示す模式図である。
【0092】
図4に示した質量分析計200の多くの特徴が、図1に示した質量分析計100のものと同じである。それらの特徴には、相当する参照番号を付してあり、それ以上詳細に説明する必要はない。
【0093】
図4に示した質量分析計200と図1に示した質量分析計100との間の相違は、図4に示した質量分析計200の前処理装置260が第2のメモリー267及び減算ユニット270を有するという点である。
【0094】
使用時には、質量分析計200が1以上のシグナル獲得サイクルを行い、そこではイオン源210を用いてサンプル材料のイオンのパルスを発生させて、後にパルスからのイオンをイオン検出器220によって検出する。イオン検出器220からの出力は、前処理装置260に送られ、それがその出力をコンディショニング及びデジタル化し、次に第1のメモリー166で、1以上のシグナル獲得サイクル時にコンディショニング及びデジタル化された出力シグナルに基づいて、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表するシグナル質量スペクトルデータを記憶する。これは、図1に示した質量分析計100の動作と非常に類似している。
【0095】
使用時には、質量分析計200は1以上のノイズ獲得サイクルも実施し、そこではイオン検出器220はイオン源210からのイオンを検出しない。好ましくは、各ノイズ獲得サイクルで、レーザー装置212が発光してサンプル材料をイオン化させることをしなかったり、例えばイオンゲート240を用いて、イオン源210によって発生したサンプル材料のイオンがイオン検出器220に到達するのを防ぐ以外は、各ノイズ獲得サイクルは、各シグナル獲得サイクルと実質的に同じである。イオン検出器220からの出力は、前処理装置210に送られ、それがその出力シグナルをコンディショニング及びデジタル化し、次に第2のメモリー267で、1以上のノイズ獲得サイクル時にコンディショニング及びデジタル化された出力シグナルに基づいて質量分析計におけるノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータを記憶する。
【0096】
次に、減算ユニット270がシグナル質量スペクトルデータからノイズ質量スペクトルデータを減算して、サンプル材料のイオンの質量/電荷比を代表する修正シグナル質量スペクトルデータを与える。このようにして、修正シグナル質量スペクトルデータは、最初に獲得された、すなわち未修正のシグナル質量スペクトルデータと比較してシステムノイズが低下したものであることができる。
【0097】
各獲得サイクルで収集された修正シグナル質量スペクトルデータを、質量スペクトルとしてプロットして、飛行時間に対する振幅又は質量/電荷比に対する振幅を示すことができ、その場合に振幅は、所定の飛行時間又は質量/電荷比について検出器によって検出されたイオンの数を代表するものである。
【0098】
より多くのシグナル及びノイズ質量スペクトルデータを獲得するに連れて、システムノイズは通常、同一値に平均化する。従って、十分な数のノイズ獲得サイクルを用いてノイズ質量スペクトルデータを獲得する場合、ノイズ質量スペクトルデータは、シグナル質量スペクトルデータにおけるノイズと非常に類似した特徴を有することから、それをシグナル質量スペクトルデータから減算して、向上したシグナル/ノイズ比を有する修正シグナル質量スペクトルデータを得ることができる。
【0099】
ノイズ質量スペクトルデータの獲得は、シグナル質量スペクトルデータとは異なる時点で行うことができるか同時に行うことができ、例えば図5から7を参照してより詳細に書きで説明するように、ノイズ獲得サイクルにシグナル獲得サイクルを挟むことで行う。
【0100】
好ましくは、シグナル質量スペクトルデータからのノイズ質量スペクトルデータの減算は、図4の質量分析計で示した前処理装置260などの前処理装置で行う。
【0101】
しかしながら、他の実施形態では、減算はコンピュータなどの質量スペクトルデータを解析するための処理装置で行うことができる。例えば、一部の実施形態では、図1に示した質量分析計を、メモリー166でシグナル質量スペクトルデータ及びノイズ質量スペクトルデータを別個に獲得し、やはり質量スペクトルデータを解析するための処理装置であっても良い別の処理装置にそのデータを伝送するよう構成することができ、その別の処理装置はシグナル質量スペクトルデータからノイズ質量スペクトルデータを減算するよう構成されている。
【0102】
別個に及び異なる時点でノイズ及びシグナル質量スペクトルデータを獲得する操作及び別個の処理装置でシグナル質量スペクトルデータからノイズ質量スペクトルデータを減算する操作によって、既存の質量分析計の性能と比較して大幅な性能の向上を得ることができるが、この実施にはいくつかの欠点がある。
【0103】
質量スペクトルデータの解析にも用いられる処理装置でシグナル及びノイズ質量スペクトルデータの積算及び減算を行うことの第1の欠点は、ノイズ質量スペクトルデータとシグナル質量スペクトルデータの収集間の時間が長くなるほど、シグナル質量スペクトルデータにけるノイズの特徴がノイズ質量スペクトルデータにおけるノイズからさらに離れるという点である。これは、例えば、電源装置電圧、温度並びに他の物理パラメータ及び電子パラメータが経時的にドリフトするためである。さらに、質量分析計における設定が、サンプル間で又は異なる運転モード間で変化し得るものであり、例え最初のスペクトルについて用いた値に設定し戻したとしても、ノイズは、シグナル質量スペクトルデータを収集した時と微妙に異なる形で変化し得る。
【0104】
理想的には、ノイズ及びシグナルのスペクトルが同時に獲得されるものと考えられる。実際にはこれは、連続獲得サイクルでシグナル獲得サイクル及びノイズ獲得サイクルを実施/するように質量分析計が構成されている場合に行うことができるものであり、シグナル獲得サイクルにノイズ獲得サイクルが差し挟まれ、得られたシグナル及びノイズ質量スペクトルデータは、例えば図4に示した別個のメモリー266及び270で別個に記憶される。
【0105】
図5から7には、複数のシグナル獲得サイクルに複数のノイズ獲得サイクルが差し挟まれる各種形態を示してある。
【0106】
例えば、図5に示したようにシグナル獲得サイクルとノイズ獲得サイクルを交互に行うことができる。別の例として、図6に示したように、複数のノイズ獲得サイクルをシグナル獲得サイクル間で行うことができ、その場合は各シグナル獲得サイクルについて2回のノイズ獲得サイクルを行う。さらに別の例として、図7に示したように、シグナル獲得サイクル及びノイズ獲得サイクルを、差し挟まれる小群で行うことができ、その場合は4回のシグナル獲得サイクルを行ってから、4回のノイズ獲得サイクルを行う等とする。ノイズ質量スペクトルデータをシグナル質量スペクトルデータから減算する前に、好ましくは、個々の獲得サイクルの数に応じてノイズ質量スペクトルデータ及び/又はシグナル質量スペクトルデータの振幅をスケーリングする。
【0107】
質量スペクトルデータの解析にも用いられる処理装置でシグナル及びノイズ質量スペクトルデータの積算及び減算を行うことの第2の欠点は、ノイズ質量スペクトルデータの獲得及び減算を行うのに要する時間が、実験を実施するのに要する全体の時間を大幅に増加させ得るという点である。例えば、コンピュータで実行する場合、妥当な質量範囲についてシグナル及びノイズ質量スペクトルデータを伝送及び処理するのに数秒を要し得る。例えば、数千ダルトンの質量範囲は、100μs超、すなわち100ミクロ秒超に相当し得るものであり、数GHzサンプルレートで動作する非常に高分解能の前処理装置を用いる場合、それにはコンピュータでの百万回の個々の計算が必要となり得る。さらに、前処理装置によって減算を行う場合、コンピュータでの伝送及び処理を行うためにあるのは、一組の質量スペクトルデータ(修正シグナル質量スペクトルデータ)のみである。
【0108】
図8には、ノイズ質量スペクトルデータをセグメントで獲得することができる方法を示してある。
【0109】
図8に示した例では、ノイズ質量スペクトルデータは4個のセグメントで獲得される(図8で1、2、3及び4と標識)。ノイズ質量スペクトルデータの各セグメントは、少なくとも1回の個々のノイズ獲得サイクル(図8では1b、2b、3b及び4bと標識)中の複数の時間セグメント(図8では1a、2a、3a及び4aと標識)のうちの個々の一つにわたるイオン検出器の出力に基づいて獲得される。複数の時間セグメントのそれぞれは、質量分析計におけるイオンの個々の飛行時間範囲に相当することから、獲得されるノイズ質量スペクトルデータの各セグメントは、個々の質量/電荷比範囲全体での質量分析計におけるノイズを代表するものである。
【0110】
図8に示した例では、ノイズ質量スペクトルデータのセグメントを組み合わせて、メモリー(例えば、図4で示した第2のメモリー267など)における各ノイズ獲得サイクル時に生じたノイズ質量スペクトルデータのセグメントを積算することで全質量/電荷比範囲にわたって質量分析計でのノイズを代表する複合ノイズ質量スペクトルデータを形成する。ノイズ獲得サイクルの「有効」数は、ノイズ獲得サイクル総数をセグメント数によって割った値に等しい。
【0111】
図8に示した例では、ノイズ獲得サイクルは、各ノイズ獲得サイクル時にレーザー装置を発光させずに(従って、サンプル材料のイオンを発生させずに)行うが、上記で説明したように、ノイズ獲得サイクルは他の形で実行することができ、例えばサンプル材料のイオンを発生させるが、そのイオンがイオン検出器によって検出されるのを防止することで行うことができる。
【0112】
複数のセグメントでノイズ質量スペクトルデータを獲得することの利点は、実際に、例えばノイズ質量スペクトルデータを保存するのに要する時間が質量分析計でのイオンの飛行時間より長いために、最初に、全質量/電荷比範囲にわたる質量分析計でのノイズを代表するノイズ質量スペクトルデータをメモリーに保存する(例えば積算によって)のに要する時間がノイズ質量スペクトルデータを得るのに要する時間より長くなる可能性があることを本発明者らは見出したことから、(ノイズ)獲得サイクル間の時間を短縮することができる点である。概してシステムノイズは獲得サイクル間であまり変動しないことから、複数のセグメントでのノイズ質量スペクトルデータの獲得を行うことは可能である。
【実施例】
【0113】
実施例データ
図9から11は、質量スペクトルデータからの「アナログ電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。このデータは、図1に示した種類の質量分析計を用いて得られたものであり、ノイズ質量スペクトルデータをシグナル質量スペクトルデータから減算するようにコンピュータ(図1では不図示)を構成した。
【0114】
図9は、100回のシグナル獲得サイクルのそれぞれについてレーザー装置が発光を行って、サンプル材料のイオンのパルスを発生させた、TOF質量分析計を用いて得られたシグナル質量スペクトルデータを示す質量スペクトルである。
【0115】
図9に示した質量スペクトルでは、ピーク群A及びBの二つの主要集合を認めることができ、その場合に、ピーク群Aがサンプル材料のイオンによって生じた「イオン」ピークであり、ピーク群Bが質量分析計のイオン検出器の近傍にある高電圧パルス(数十ナノ秒の立ち上がり時間で数キロボルトの振幅を有する)の電子的拾い集めによって生じる「ノイズ」ピークであることが知られている。ノイズピーク群Bは、イオンピーク群Aより振幅が高く、そしてかなり広い。そのようなピークは、同じ飛行時間を有する実際のイオンピークを容易に不明瞭化する可能性がある。
【0116】
図10は、100回のノイズ獲得サイクルのそれぞれについてレーザー装置が発光しなかった、同じTOF質量分析計を用いて得られたノイズ質量スペクトルデータを示す質量スペクトルである。100回のノイズ獲得サイクルのそれぞれについてレーザー装置が発光しなかったことで、サンプル材料のイオンが発生しなかった点は別として、ノイズ獲得サイクルはシグナル獲得サイクルと同じであった。
【0117】
図10に示した質量スペクトルでは、ノイズピーク群Bのみを認めることができる。
【0118】
図11は、シグナル質量スペクトルデータ(図9に示したもの)からノイズ質量スペクトルデータ(図10に示したもの)を減算することで得られる修正シグナル質量スペクトルデータを示す質量スペクトルである。この減算は、ノイズ質量スペクトルデータの各飛行時間「ビン」のmV単位の振幅をシグナル質量スペクトルデータの相当する飛行時間「ビン」から減算することで行った。
【0119】
図11に示した質量スペクトルにおいて、ノイズピーク群Bは、振幅において係数約50だけ低減している。この場合、ノイズピーク群Bと同じ飛行時間を有するイオンシグナルは、明瞭に肉眼で確認されるものと考えられる。合計100回の獲得にわたり、ノイズは平均化されてほぼ同じレベルとなることから、ノイズを減算した後の修正シグナル質量スペクトルでは、ごく低レベルの残留ノイズが残ることになる。
【0120】
図12から14は、質量スペクトルデータからの「デジタル電子ノイズ」の除去を示す質量スペクトルである。
【0121】
図12は、図9と同じ方法で得られたシグナル質量スペクトルデータを示す質量スペクトルを示す。しかしながら、図12に示したシグナル質量スペクトルデータでは、基底線(前処理装置のアナログ/デジタル変換器への入力でのDCレベル)が人工的に上昇していることから、通常考えられる場合よりデジタル構造が明瞭である。
【0122】
図12に示した質量スペクトルでは、強度において異なる「イオン」ピーク群X及びYの2組がある。集合Yは非常に弱く、バックグラウンドのデジタルノイズより上でごくわずかに目視できる。
【0123】
図13は、図10と同じ方法で得られたノイズ質量スペクトルデータを示す質量スペクトルである。同数のシグナル獲得サイクル及びノイズ獲得サイクルを行って、図12及び13の質量スペクトルを得た。
【0124】
図13に示したノイズ質量スペクトルでは、デジタルノイズのみを認めることができる。
【0125】
図14は、ノイズ質量スペクトルデータ(図13に示したもの)をシグナル質量スペクトルデータ(図12に示したもの)から減算することで得られた修正シグナル質量スペクトルデータを示す質量スペクトルである。
【0126】
図14に示した質量スペクトルでは、シグナル/ノイズ比における向上が非常に明瞭である。デジタルノイズバックグラウンドは、図12に示したシグナル質量スペクトルと比較して約10倍低減しており、それによりイオンピークの個々の同位体は、シグナル質量スペクトルでの場合より明瞭である。弱いイオンピーク群Yの場合、同位体が明瞭であるが、それは以前にはノイズによって不明瞭となっていた。
【0127】
図14に示した質量スペクトルでは、既存の機器と比較してのデジタル電子ノイズを減算する操作の利点は非常に明瞭である。既存の機器については、通常は前処理装置を調節して、デジタルノイズがシグナルスペクトルで見られないようにする。これは、前処理装置への入力前にイオン検出器からの出力シグナルに対して小さな負のオフセットを適用することで行い、次にその装置は正のシグナルレベルを測定するだけである。上記で提供の例では、ノイズによって隠されたピークは記録されない可能性があり、データから失われるものと考えられる。そこで本発明は、上記の例に基づくと、約10倍の感度向上を提供することができるものと考えられる。
【0128】
本明細書及び特許請求の範囲で使用される場合、「含む」及び「包含する」という用語並びにそれらの変形表現は、記載されている特徴、段階又は整数が含まれることを意味する。それらの用語は、他の特徴、段階又は整数の存在を排除するものと解釈すべきではない。
【0129】
上記の説明又は添付の特許請求の範囲又は添付の図面に開示され、具体的な形態で又は開示の機能を行うための手段又は開示の結果を得るための方法若しくは工程に関して明瞭に記載されている特徴を適宜に、別個に又はそのような特徴のいずれかの組み合わせで利用して、多様な形態で本発明を実現することができる。
【0130】
上記の例示的な実施形態との関連で本発明について説明してきたが、多くの均等な変更及び変形形態は、開示されている広い概念から逸脱しない限りにおいて、本開示を考慮すれば当業者には明らかであろう。従って、本明細書に基づいて付与される特許の範囲は、記述及び図面を参照して解釈されるように添付の特許請求の範囲によってのみ限定を受けるものであり、本明細書に記載の実施形態の限定によって限定されないものである。
【0131】
例えば、図面の一部は、各ノイズ獲得サイクル時にレーザー装置の発光トリガーを行わずに(従って、サンプル材料のイオン発生を行わずに)ノイズ獲得サイクルを実行することを示しているが、上記で説明したように、ノイズ獲得サイクルは、他の方法で、例えばサンプル材料のイオンを発生させるが、そのイオンがイオン検出器によって検出されるのを防止することで実行することができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14