特許第5977104号(P5977104)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5977104
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】波長変換ナノ粒子の輝度調整方法
(51)【国際特許分類】
   C09K 11/08 20060101AFI20160817BHJP
   C09K 11/57 20060101ALI20160817BHJP
【FI】
   C09K11/08 ZZNM
   C09K11/57CPA
   C09K11/08 G
   C09K11/08 A
【請求項の数】7
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2012-158031(P2012-158031)
(22)【出願日】2012年7月13日
(65)【公開番号】特開2014-19759(P2014-19759A)
(43)【公開日】2014年2月3日
【審査請求日】2015年6月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(73)【特許権者】
【識別番号】506122327
【氏名又は名称】公立大学法人大阪市立大学
(74)【代理人】
【識別番号】110000578
【氏名又は名称】名古屋国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】高木 知己
(72)【発明者】
【氏名】祖父江 進
(72)【発明者】
【氏名】奥野 英一
(72)【発明者】
【氏名】川井 正一
(72)【発明者】
【氏名】金 大貴
【審査官】 仁科 努
(56)【参考文献】
【文献】 特開2004−352594(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2007/0065665(US,A1)
【文献】 特開2008−111187(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2008/0102201(US,A1)
【文献】 特開2005−306713(JP,A)
【文献】 特開2004−285233(JP,A)
【文献】 欧州特許出願公開第01491502(EP,A1)
【文献】 門毅、神原満彦,無公害高効率半導体ナノ発光体の開発,11月度NBMFの概要,日本,NBCI イノベーションエンジン(株)、(株)シナジック,2005年11月16日
【文献】 Journal of Physical Chemistry C,2009年,Vol.113(2009), pp.1293-1300
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09K 11/08
C09K 11/57
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定の波長の光を発生する発光中心となる金属イオンを無機ナノ粒子にドープした波長変換ナノ粒子を、所定のpHに調整した溶液中にて製造した後に、
前記波長変換ナノ粒子が分散した溶液のpHを、前記製造時の所定のpHよりも低下させるpH低下処理を行う波長変換ナノ粒子の輝度調整方法であって、
前記波長変換ナノ粒子を製造する製造工程として、
前記発光中心となる金属イオンを提供するイオン源と、前記無機ナノ粒子を構成する原子を提供するイオン源と、前記無機ナノ粒子に配位する親水性の配位子と、を水系溶媒中で混合し、得られた溶液のpH調整を行う混合工程と、
前記pH調整後の前記溶液を高圧下で150℃〜250℃に加熱して、前記溶液中にて波長変換ナノ粒子を生成する加熱工程と、
を有し、
前記混合工程では、N−アセチル−L−システインと前記イオン源中のMnイオンとを1:1のモル比で含む溶液と、N−アセチル−L−システインと前記イオン源中のZn原子とを1:4.8のモル比で含む溶液とを、混合することを特徴とする波長変換ナノ粒子の輝度調整方法。
【請求項2】
前記製造時に前記溶液のpHを9〜11に調整し、その後、前記pH低下処理によってpHを6〜8の範囲に低下させることを特徴とする請求項1に記載の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法。
【請求項3】
前記波長変換ナノ粒子が分散した溶液に、酸性溶液を加えることにより、前記pHを低下させることを特徴とする請求項1又は2に記載の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法。
【請求項4】
前記波長変換ナノ粒子が分散した溶液に、希釈溶液を加えることによって前記溶液を希釈して、前記pHを低下させることを特徴とする請求項1〜3のいずれか1項に記載の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法。
【請求項5】
前記波長変換ナノ粒子が分散した溶液に、該溶液に溶解することによって該溶液のpHを低下させるガスを供給することにより、前記pHを低下させることを特徴とする請求項1又は2に記載の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法。
【請求項6】
前記波長変換ナノ粒子を製造した後に、前記溶液の周囲に不活性ガスを供給し、その後、前記pH低下処理を行うことを特徴とする請求項1〜5のいずれか1項に記載の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法。
【請求項7】
前記無機ナノ粒子を構成する原子として、SとSeとを含み、
前記混合工程は、
前記無機ナノ粒子を構成するSe以外の各原子を各々提供する前記各イオン源と、前記N−アセチル−L−システインと、を水系溶媒中で混合し、得られた溶液のpH調整を行う第1混合工程と、
前記無機ナノ粒子を構成するS以外の各原子を各々提供する前記各イオン源と、前記N−アセチル−L−システインと、を水系溶媒中で混合し、得られた溶液のpH調整を行う第2混合工程と、
前記第1混合工程で得られた前記pH調整後の溶液と、前記第2混合工程で得られた前記pH調整後の溶液とを混合する第3混合工程と、
からなり、
前記発光中心となる金属イオンを提供するイオン源は、前記第1混合工程または前記第2混合工程で前記溶液に混合されることを特徴とする請求項1〜6のいずれか1項に記載の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸収した光とは異なる波長の光を発生する波長変換ナノ粒子の輝度(発光輝度)を向上させることができる波長変換ナノ粒子の輝度調整方法に関する。
【背景技術】
【0002】
吸収した光とは異なる波長の光を発生する波長変換ナノ粒子は、LEDの表面に配設されて当該LEDの発光色を変更したり、太陽電池の表面に設けられて入射光の波長を変換することにより当該太陽電池の効率を向上させたりと、種々の用途に応用されている。
【0003】
従来、このような波長変換ナノ粒子としては、CdSを含むものが提案されているが、Cdは廃棄処理を誤ると環境に悪影響を与えるため、ZnSe等を使用して波長変換ナノ粒子を製造することが提案されている。
【0004】
ところが、この種の製造方法では、有機溶媒中で波長変換ナノ粒子を製造しているため、その有機溶媒の廃棄処理を誤るとPRTR法に抵触する可能性がある。そこで、水系溶媒中で波長変換ナノ粒子を製造することが提案されている(非特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【非特許文献1】Narayan Pradhan,David M. Battaglia,Yongcheng Liu, and Xiaogang Peng,Nano Lett., Vol.7,No.2,2007,312-317
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、前記非特許文献1に記載の方法では、100℃以下の温度で波長変換ナノ粒子を製造しており、得られた波長変換ナノ粒子は、それほど良好な発光輝度(発光強度)を有していなかった。
【0007】
そこで、本発明者等は、良好な発光輝度を有する波長変換ナノ粒子を、水系溶媒中で製造可能とするための研究を行って、高い発光輝度を有する波長変換ナノ粒子を開発している。
【0008】
ところが、最近の研究によれば、溶液中の波長変換ナノ粒子は、作成後に外部環境等の各種の影響によって輝度変動があることが分かってきており、特に、波長変換ナノ粒子の発光輝度を一層高めることができる技術が望まれている。
【0009】
本発明は、前記課題を解決するためになされたものであり、その目的は、製造された溶液中の波長変換ナノ粒子の発光輝度を一層高めることができる波長変換ナノ粒子の輝度調整方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法では、特定の波長の光を発生する発光中心となる金属イオンを無機ナノ粒子にドープした波長変換ナノ粒子を、所定のpHに調整した溶液中にて製造した後に、その波長変換ナノ粒子が分散した溶液のpHを、製造時の所定のpHよりも低下させるpH低下処理を行う。
さらに、波長変換ナノ粒子を製造する製造工程として、発光中心となる金属イオンを提供するイオン源と、無機ナノ粒子を構成する原子を提供するイオン源と、無機ナノ粒子に配位する親水性の配位子と、を水系溶媒中で混合し、得られた溶液のpH調整を行う混合工程と、pH調整後の前記溶液を高圧下で150℃〜250℃に加熱して、溶液中にて波長変換ナノ粒子を生成する加熱工程とを有する。
そして、混合工程では、N−アセチル−L−システインとイオン源中のMnイオンとを1:1のモル比で含む溶液と、N−アセチル−L−システインと前記ン源中のZn原子とを1:4.8のモル比で含む溶液とを混合する。
【0011】
このpH低下処理を行うことによって、後述する実験例からも明かな様に、波長変換ナノ粒子の発光輝度を、製造時の発光輝度よりも向上させることができる。
このように、pHを低下させることによって発光輝度が向上する理由は、後に詳述する様に、溶液中に分散している波長変換ナノ粒子が、濃度消光によって発光輝度が低くなっている場合には、この溶液に対してpH低下処理を行うことによって、波長変換ナノ粒子から溶液中に金属イオンを析出させ、それによって、濃度消光の影響を低減できるからと推定される。
【0012】
従って、この様に輝度調整されて発光輝度が高くなった波長変換ナノ粒子を、例えば太陽電池等に応用すれば、紫外線を可視光線に変換して太陽電池の効率を向上させることができるという顕著な効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施例1の波長変換ナノ粒子の製造方法を示す説明図である。
図2】実施例1の製造方法で製造された波長変換ナノ粒子の発光スペクトルを示すグラフである。
図3】実施例1の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法を示す説明図である。
図4】実施例1の輝度調整方法で調整された波長変換ナノ粒子の発光スペクトルを示すグラフである。
図5】実施例2の輝度調整方法によって輝度が向上する理由を示す説明図である。
図6】実験例1において、炭酸ガスによってpHを変更した場合の発光輝度の経時変化を示すグラフである。
図7】実験例2において、塩酸によってpHを変更した場合の発光輝度の経時変化を示すグラフである。
図8】実験例3において、希釈の倍率を変更した場合の発光輝度の経時変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下に、本発明の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法と、この輝度調整方法によって発光輝度が調整された波長変換ナノ粒子の実施形態について説明する。
[実施形態]
・本発明では、製造時におけるpHが例えば9〜11の溶液に対して、pH低下処理によって、溶液のpHを例えば6〜8の範囲に低下させることができる。これにより、後述する実験例から明かな様に、製造時における波長変換ナノ粒子の発光輝度を大きく向上することができる。
【0015】
このpH低下処理としては、「波長変換ナノ粒子が分散した溶液に、酸性溶液を加えてpHを低下させる方法」、「波長変換ナノ粒子が分散した溶液に、希釈溶液を加えることによって溶液を希釈して、pHを低下させる方法」、「波長変換ナノ粒子が分散した溶液に、その溶液に溶解することによってpHを低下させるガスを供給する方法」を用いることができる。
【0016】
なお、pHを低下させるために用いる酸性溶液としては、塩酸が挙げられるが、それ以外にも、硫酸や硝酸などが考えられる。このうち、塩酸は、ドープされた金属(例えばMn)と沈殿物を生成する恐れがないので好適である。
【0017】
一方、pHを低下させるために用いるガスとしては、炭酸ガス(二酸化炭素)が挙げられるが、それ以外にも、硫化水素や塩酸ガスなどが考えられる。このうち、炭酸ガスは、安全上扱い易いので好適である。
【0018】
更に、発光中心となる金属イオンとしては、Mnイオンを採用でき、無機ナノ粒子を構成する原子としては、Znを含むことができる。Znを含む無機ナノ粒子は、紫外領域の光を良好に吸収し、その無機ナノ粒子にMnイオンがドープされていると、紫外領域の光を可視領域の光に変換して発生することができる。従って、その場合、太陽電池の効率を向上させるなどの用途に良好に応用することができる。
【0019】
・また、波長変換ナノ粒子を製造した後に、溶液中又はその周囲に、例えばアルゴン(Ar)ガス、窒素(N2)ガス等の不活性ガスを供給し、その後、pH低下処理を行ってもよい。この不活性ガスの供給により輝度変動を抑制することができるので、pH低下処理を行うまでは、その輝度を保持することができる。
【0020】
・更に、上述した波長変換ナノ粒子の輝度変動を完全に停止させて、その輝度を保持する場合には、波長変換ナノ粒子が分散した溶液を固化させればよい。この固化させる方法としては、ガラスをバインダーとするゾルゲル法や、ポリ水酸化ビニルに混入し固化させる方法などが挙げられる。
【0021】
・また、波長変換ナノ粒子を製造する製造工程としては、発光中心となる金属イオンを提供するイオン源と、無機ナノ粒子を構成する原子を提供するイオン源と、無機ナノ粒子に配位する親水性の配位子と、を水系溶媒中で混合し、得られた溶液のpH調整を行う混合工程と、pH調整後の溶液を高圧下で150℃〜250℃に加熱して、溶液中にて波長変換ナノ粒子を生成する加熱工程とを採用できる。
【0022】
つまり、水系溶媒中で波長変換ナノ粒子を製造する場合に、150℃〜250℃に加熱して製造すると、良好な発光輝度を有する波長変換ナノ粒子が得られる。
なお、配位子としては、N−アセチル−L−システインを採用できるが、N−アセチル−L−システインの他、メルカプト酢酸,メルカプトプロピオン酸,メルカプトこはく酸等が使用可能である。
【0023】
・ここで、無機ナノ粒子にMnイオンがドープされている場合は、混合工程では、N−アセチル−L−システインとイオン源中のMnイオンとを1:1のモル比で含む溶液と、N−アセチル−L−システインとイオン源中のZn原子とを1:4.8のモル比で含む溶液とを混合してもよい。
【0024】
・また、無機ナノ粒子を構成する原子として、SとSeとを含む場合は、混合工程は、無機ナノ粒子を構成するSe以外の各原子を各々提供する各イオン源と、配位子と、を水系溶媒中で混合し、得られた溶液のpH調整を行う第1混合工程と、無機ナノ粒子を構成するS以外の各原子を各々提供する各イオン源と、配位子と、を水系溶媒中で混合し、得られた溶液のpH調整を行う第2混合工程と、第1混合工程で得られたpH調整後の溶液と、第2混合工程で得られたpH調整後の溶液とを混合する第3混合工程と、からなり、発光中心となる金属イオンを提供するイオン源は、第1混合工程または第2混合工程で溶液に混合してもよい。
【0025】
こうすることによって、前述のような混晶からなる波長変換ナノ粒子を良好に製造することができる。
【実施例1】
【0026】
以下に、本発明の波長変換ナノ粒子の輝度調整方法と、この輝度調整方法によって発光輝度が調整された波長変換ナノ粒子の具体的な実施例について説明する。
a)まず、実施例1の波長変換ナノ粒子の製造方法について説明する。
【0027】
図1(A)に示す様に、本実施例では、先ず、Znイオン源(例えば、過塩素酸亜鉛)とN−アセチル−L−システイン(以下、NACという)とを1:4.8のモル比で含む水溶液と、Mnイオン源(例えば、過塩素酸マンガン)とNACとを1:1のモル比で含む水溶液とを混合した。なお、前者の水溶液と後者の水溶液とは10:1の割合で混合し、混合後の水溶液全体に対するMnの濃度が2mol%となるようにした。
【0028】
次に、図1(B)に示す様に、その水溶液にNaOHを添加することによってpH8.5に調整した。
次に、図1(C)に示す様に、Seイオン源(例えばNaHSe)を1.2mmol添加した。なお、このときのZn:Seのモル比は(1:0.6)である。また、この水溶液、即ち、ZnMnSeの前駆体(Precursor)では、金属原子にNACのSH基が配位し、NACのカルボキシル基が水系溶媒への溶解を促進しているものと推定される。
【0029】
次に、図1(D)に示す様に、前記水溶液に更にNaOHを添加することによって、pH10.5に調整した後、高圧下(例えば6気圧)で200℃に加熱することによって、波長変換ナノ粒子(ZnSe:Mn)を製造した。なお、加熱時間は10分とした。
【0030】
そして、この様にして製造した波長変換ナノ粒子に対して、蛍光分光測定器(日立ハイテクノロジー社製のF2500)を用いて、波長325nmの紫外線を当て、波長変換ナノ粒子の発光スペクトルを調べた。
【0031】
その結果を、図2に示すが、ZnSe系の無機ナノ粒子にMnイオンがドープされた実施例1の波長変換ナノ粒子(ZnSe:Mn)では、540nm〜640nmの可視領域(特に582nm)に、発光輝度(以下、発光スペクトルの大きさを示す場合は、発光強度と記すこともある)のピークが現れた。なお、同図ではピークの強度は16000である。
【0032】
このように、本実施例の波長変換ナノ粒子では、従来の水系溶媒中で製造された波長変換ナノ粒子よりも極めて強い発光輝度(発光強度)が得られた。これは、高温でナノ粒子を生成することにより、きれいな結晶ができるためと考えられる。
【0033】
なお、以下に述べる発光スペクトル及び(ピークの)発光強度の測定方法は、特に記載しない限りは、前記と同様である。
また、グラフ縦軸の発光強度は、必ずしもカンデラ等の単位と1対1に対応するものではなく、当該グラフ中で対比された強度同士を相対的に比較した値である(以下同様)。従って、同じ試料であっても、強度等の値は後述のグラフ等における値と必ずしも一致しない。
【0034】
b)次に、上述の様にして製造された波長変換ナノ粒子の輝度調整方法について説明する。
この輝度調整方法とは、製造時の発光輝度を更に向上させるための処理方法であり、本実施例では、炭酸ガス(CO2)を用いて発光輝度を向上させる。
【0035】
まず、図3(A)に示す様に、上述した製造方法によって製造された波長変換ナノ粒子を含む水溶液、即ち、波長変換ナノ粒子が分散したpH10.5の水溶液を5mlとり、容積10mlのガラス容器1に入れた。
【0036】
なお、ガラス容器1の容積は、投入する水溶液の量より多いので、ガラス容器1内の水溶液の上方には、ガス(ここでは空気)が存在する空間3がある。
次に、ガラス容器1の開口5をゴム栓7で封をするとともに、ゴム栓7が外れないように、ゴム栓7の周囲にパラフィルム(図示せず)を巻き、ゴム栓7をガラス容器3に固定した。
【0037】
また、このゴム栓7には、ガラス容器1中の水溶液のpHを測定できるように、pH測定器(pHメータ)9が挿入されている。
なお、この時点で、ガラス容器1内に、例えばアルゴン(Ar)ガス、窒素(N2)ガス等の不活性ガスを充填して密閉することにより、波長変換ナノ粒子の輝度の劣化(低下)を防止することができる。即ち、その時点の輝度を保持することができる。
【0038】
これとは別に、図3(B)に示す様に、炭酸ガスボンベ11に配管13を接続し、配管13の先端に第1注射針15を取り付けた。
そして、図3(C)に示す様に、ガラス容器1のゴム栓7に第2注射針17を刺し、ガラス容器3内のガスがガラス容器1外に排出されるようにした。
【0039】
次に、図3(D)に示す様に、ガラス容器1のゴム栓7に第1注射針15を刺し、炭酸ガスボンベ13から第1注射針15を介してガラス容器1内に炭酸ガスを供給した。詳しくは、炭酸ガスを毎分1000ccで5分間供給した。これにより、ガラス容器1中のガス(ここでは水溶液上方の空間3の空気)を炭酸ガスに入れ替えた。
【0040】
この状態で、水溶液のpHの変化を測定したところ、炭酸ガスを注入してから徐々にpHが低下し、炭酸ガスの注入から5分後に、溶液のpHが7.0となった。
そこで、このpH7.0となった水溶液に対して、前記と同様にして、蛍光分光測定器を用いて、波長変換ナノ粒子の発光スペクトルを調べた。
【0041】
その結果、pHを7.0に低下させた溶液中の波長変換ナノ粒子の発光強度(具体的には582nmにおける発光ピーク強度)は、約1.4倍であり(図6参照)、pH10.5の水溶液中の製造直後の波長変換ナノ粒子に比べて大きく向上していた。なお、図6は、pH7.5に調整した例であるが、同様に大きく発光強度が向上する。
【0042】
c)次に、本実施例の作用効果について説明する。
本実施例では、上述した様に、波長変換ナノ粒子の製造工程において、pHを従来より高いpH10.5に調整した後、高圧(例えば6気圧)及び高温(例えば200℃)にて処理することにより、従来より発光輝度を高めることができる。
【0043】
特に本実施例では、波長変換ナノ粒子を製造した後に、この波長変換ナノ粒子が分散した水溶液に炭酸ガスを供給することにより、水溶液のpHを(例えばpH7.0に)低下させるので、後述する実験例からも明らかな様に、製造直後の波長変換ナノ粒子の発光輝度を更に高めることができる。
【0044】
従って、このように輝度調整されて発光輝度が高くなった波長変換ナノ粒子を、太陽電池等に応用すれば、紫外線を可視光線に変換して太陽電池の効率を向上させることができるという顕著な効果を奏する。
【0045】
d)次に、本実施例の変形例について説明する。
例えば、Znイオン源としては、前述の過塩素酸亜鉛の他、塩化亜鉛,酢酸亜鉛,硝酸亜鉛等が使用できる。また、Mnイオン源としては、前述の過塩素酸マンガンの他、塩化マンガン,酢酸マンガン,臭化マンガン等が使用できる。
【0046】
また、Seイオン源としては、前述のNaHSeの他、セレノウレア,セレン化水素ガス等が使用できる。更に、配位子としては、前述のNACの他、メルカプト酢酸,メルカプトプロピオン酸,メルカプトこはく酸等が使用できる。
【0047】
更に、Seの代わりにSを使用してもよい。その場合も、図1(A)の工程の後にはpHを10.5に調整するのが望ましい。また、その場合、図1(B)の工程で用いるSイオン源としては、硫化ナトリウム,チオ尿素,硫化水素ガス等が使用でき、Zn:Sのモル比が1:0.6となるようにするのが望ましい。
【実施例2】
【0048】
次に、実施例2について説明するが、前記実施例1と同様な内容の説明は省略又は簡易化する。
前述の様に、無機ナノ粒子を構成するアニオンとして、Seを用いる場合とSを用いる場合とでは、図1(A)の工程の後において調整すべきpHの値が異なる。
【0049】
そこで、本実施例2では、次のような方法により、アニオンとしてSeとSとの両方を用いていわゆる混晶半導体としての無機ナノ粒子をMnイオンでドープした波長変換ナノ粒子を製造した。
【0050】
a)まず、実施例2の波長変換ナノ粒子の製造方法について説明する。
本実施例では、前述の図1(A),(B)の工程によって製造されたZnMnSeの前駆体水溶液と、その図1(A),(B)の工程において前述の様にSeの代わりにSを使用して製造されたZnS:Mnの前駆体水溶液とを、別々に製造した。
【0051】
そして、pH10.5に調整の後、両者を混合して200℃で10分加熱することによって波長変換ナノ粒子を得た。この波長変換ナノ粒子では、SeとSとの比は自由に調整でき、ZnSex1-x:Mn(0<X<1)なる一般式で表すことができる。なお、以下では、ZnSex1-xをZnSeSと記す。
【0052】
この製造直後の波長変換ナノ粒子の製造直後の発光スペクトルを測定した。その結果を、図4に示すが(この図4では混合比(X)が異なる例を示している)、波長変換ナノ粒子(ZnSe:Mn)にSを加えることで、400nm近傍の発光強度のピークが減少し、600nm近傍の発光強度のピークが強くなることが分かった。
【0053】
つまり、例えばX=0.6の場合、波長変換ナノ粒子の発光強度(具体的には587nmにおける発光ピーク強度)は、52000であった。
b)次に、上述の様にして製造された波長変換ナノ粒子の輝度調整方法について説明する。
【0054】
本実施例における輝度調整方法は、前記実施例1と同様である。
具体的には、前記図3に示す様に、波長変換ナノ粒子が分散したpH10.5の水溶液を5mlとり、容積10mlのガラス容器1に入れた後に、ガラス容器1をゴム栓7で封止する。
【0055】
その後、ゴム栓7に第2注射針17を刺した後に、第1注射針15を刺し、炭酸ガスボンベ13から第1注射針15を介してガラス容器1内に炭酸ガスを供給した。
この状態で、pHの変化を測定したところ、炭酸ガスの注入から5分後に、溶液のpHが7.0となった。
【0056】
そこで、このpH7.0となった水溶液に対して、前記と同様にして、蛍光分光測定器を用いて、波長変換ナノ粒子の発光スペクトルを調べた。
その結果、pHを7.0に低下させた溶液中の波長変換ナノ粒子の発光強度(具体的には587nmにおける発光ピーク強度)は、約80000(図7参照)であり、pH10.5の水溶液中の製造直後の波長変換ナノ粒子に比べて大きく向上していた。
【0057】
この様に、SeとSとの両者を用いた波長変換ナノ粒子(ZnSeS:Mn)では、実施例1より一層良好な発光強度が得られ、太陽電池等に応用すればその効率を一層向上させられることが分かった。
【0058】
c)ここで、上述したpH低下処理によって発光輝度を高めることができる原理について説明する。
図5(A)に示す様に、本実施例の製造方法の場合は、Zn、Se、S、Mnを含む前駆体の水溶液を、pH10.5に調整して、6気圧にて、200℃で加熱すると、波長変換ナノ粒子(ZnSeS:Mn)が生成される。
【0059】
この状態では、図5(B)に示す様に、ZnSeS中に多くのMnが含まれるので、多数のMnが影響し合って発光が低減するいわゆる濃度消光によって、発光輝度が低下する。なお、濃度消光については、例えば”N.Pradhan,J.A.M.CHEM.SOC.129,11,2007,3339”に開示されている。
【0060】
その後、図5(C)に示す様に、水溶液を例えば炭酸ガスに晒すことによりpHを低下させると、ZnSeSから過剰のMnが水溶液中に溶け出す。なお、Mnが水溶液中に溶け出す理由は、Mnは、酸(希酸)や中性など、(高アルカリに比べて)酸性に近い方が溶出し易い特性があると考えられるからである。
【0061】
これによって、ZnSeS中のMnが少なくなるので、濃度消光の影響が低下し、よって、発光輝度が向上すると推定される。
【実施例3】
【0062】
次に、実施例3について説明するが、前記実施例2と同様な内容の説明は省略する。
本実施例では、波長変換ナノ粒子の製造方法は、前記実施例2と同様であるが、その後の輝度調整方法において、炭酸ガスではなく塩酸(HCl)を用いる点が異なるので、異なる輝度調整方法について説明する。
【0063】
まず、前記実施例2と同様な製造方法で波長変換ナノ粒子(ZnSeS:Mn)を作製し、その波長変換ナノ粒子が分散した水溶液を、5ml容器に投入した。
そして、その水溶液をスターラーバーで回転させながら、1NのHClを10μl投入して混合した。
【0064】
次に、混合した水溶液のpHを測定した。
そして、前記HClの投入とpHの測定とを繰り返し、目標のpH(例えばpH7.0)に達した時点で、その処理を終了した。
【0065】
このpH低下処理の後に、pH7.0の水溶液中の波長変換ナノ粒子の発光強度(具体的には582nmにおける発光ピーク強度)を調べたところ、約1.4倍であり(図6参照)、pHが10.5の水溶液中の製造直後の波長変換ナノ粒子に比べて大きく向上していた。
【0066】
なお、この方法では、HClの濃度を希釈することにより、pHを微調整することができる。しかし、そうすると、投入量が多くなり、最初の波長変換ナノ粒子(ZnSeS:Mn)濃度が希釈されてしまうので、高濃度に保つには、高濃度のHClを用いた方が有利である。
【0067】
本実施例においては、塩酸によるpH低下処理によって輝度調整された波長変換ナノ粒子は、実施例1より一層良好な発光輝度を有しているので、太陽電池等に応用すればその効率を一層向上させられる。
【実施例4】
【0068】
次に、実施例4について説明するが、前記実施例2と同様な内容の説明は省略する。
本実施例では、波長変換ナノ粒子の製造方法は、前記実施例2と同様であるが、その後の輝度調整方法において、炭酸ガスではなく純水(H2O)を用いて希釈する点が異なるので、異なる輝度調整方法について説明する。
【0069】
まず、前記実施例2と同様な製造方法で波長変換ナノ粒子(ZnSeS:Mn)を作製し、その波長変換ナノ粒子が分散した水溶液を、5ml容器に投入した。
そして、その水溶液をスターラーバーで回転させながら、純水を10μl投入して混合し希釈した。
【0070】
次に、希釈した水溶液のpHを測定した。
そして、前記純水の投入とpHの測定とを繰り返し、目標のpH(例えばpH7.0)に達した時点で、その処理を終了した。
【0071】
このpH低下処理の後に、pH7.0の水溶液中の波長変換ナノ粒子の発光強度(具体的には582nmにおける発光ピーク強度)を調べたところ、約3倍(図8の100倍希釈)であり、pHが10.5の水溶液中の製造直後の波長変換ナノ粒子に比べて大きく向上していた。
【0072】
本実施例においては、希釈によるpH低下処理によって輝度調整された波長変換ナノ粒子は、実施例1より一層良好な発光輝度を有しているので、太陽電池等に応用すればその効率を一層向上させられる。
[実験例1]
次に、本発明の効果を確認するために行った実験例1について説明する。
【0073】
本実験例は、前記実施例2の輝度調整方法を用いて、pHと発光輝度(発光強度)の径時変化との関係を調べたものである。
具体的には、実施例2の方法で製造された波長変換ナノ粒子(Zn:Se:S:Mn=1:0.3:x:0.05、x=0.3)が分散した水溶液(pH10.5)に対して、最初に窒素ガスを封入し、1日後に窒素ガスとアルゴンガスとを入れ換えた。
【0074】
次に、製造から6日後に、アルゴンガスに換えて炭酸ガスを封入し、水溶液のpH10.5を、pH7.5に低下させた。
そして、上述した試料における発光強度(Mn発光ピーク強度:582nm)の径時変化を調べた。その結果を、図6に示す。
【0075】
図6に示す様に、pH7.5に調整した試料の発光強度は、pHを低下させた直後に大きく上昇し、その後徐々に大きくなった。なお、白濁は生じなかった。
この実験から、製造直後に窒素ガス(又はアルゴンガス)を充填した場合は、発光強度が維持され殆ど低下しないことが分かった。
【0076】
また、その後、アルゴンガスを炭酸ガスに入れ換えてpHをpH7.5に低下させると、発光強度が大きく上昇することが分かった。
[実験例2]
次に、本発明の効果を確認するために行った実験例2について説明する。
【0077】
本実験例は、前記実施例3の輝度調整方法を用いて、pHと発光輝度(発光強度)の径時変化との関係を調べたものである。
具体的には、実施例3の方法で製造された波長変換ナノ粒子が分散した水溶液に対して、塩酸を加えることによって、その水溶液のpH10.5を、pH8、pH7、pH6に低下させた試料を作製した。また、比較例として、塩酸を加えない試料も作製した。
【0078】
そして、各試料における発光強度(Mn発光ピーク強度:582nm)の径時変化を調べた。その結果を、図7に示す。
図7に示す様に、pH8、pH7、pH6の試料の発光強度は、pHを低下させた直後に大きく上昇し、その後徐々に大きくなり、約30日後にほぼ上限に達した。
【0079】
このうち、特にpH6の試料は、最初に発光強度が最も大きく上昇し、その後もpH8、pH7の試料に比べて発光強度が大きかった。
それに対して、pH10、5の比較例の試料は、6日〜10日は、急激に発光強度が上昇するが、10日を過ぎると発光強度が低下し、白濁した。
【0080】
この実験から、製造直後のpHよりもpHをpH6〜8に低下させたものは、発光強度の上昇が大きく、しかも、長時間(2ヶ月以上)経過した場合でも、発光強度の低下が見られず、好適であった。
【0081】
なお、本実験例では、製造時のpHを10.5としたが、本発明者等の研究によれば、製造時のpHを9〜11とした場合でも、同様な効果が得られることが分かっている。
[実験例3]
次に、他の実験例3について説明する。
【0082】
本実験例は、前記実施例4の輝度調整方法を用いて、pHと輝度の径時変化との関係を調べたものである。
具体的には、実験に用いる原液として、前記実施例3の製造方法によって、波長変換ナノ粒子(Zn:Se:S:Mn=1:0.3:0.3:0.05)が分散した水溶液を作製するとともに、前記実施例3と同様にして、1NHClを加えることによってpH7.0の水溶液とした。
【0083】
そして、この水溶液に対して、pH7.0のHCl溶液を用いて、1倍、2倍、5倍、10倍、100倍、200倍に希釈した。
そして、各希釈溶液を、超純水を用いて薄めて、原液の200倍となるように調整し(即ち波長変換ナノ粒子の濃度が揃うように調整し)、前記と同様に発光強度(Mn発光ピーク強度:582nm)を調べた。その結果を、図8に示す。なお、図8は、超純水を加えて調整してからの発光強度の経時変化を示す。
【0084】
この図8から、希釈の程度が大きいほど、発光強度が上昇しているのが分かる。
尚、本発明は前記実施例になんら限定されるものではなく、本発明を逸脱しない範囲において種々の態様で実施しうることはいうまでもない。
【0085】
(1)例えば、上記各実施例では、カチオンとしてZn,Mnを使用しているが、Mnの代わりにCdを用いるなど、カチオンの種類も種々に変更することができる。また、SまたはSeと、Mnと、Znとは、どういう順番で混ぜてもよい。
【0086】
(2)また、本発明の輝度調整方法は、例えば上述した非特許文献1に記載の製造方法で製造された波長変換ナノ粒子などの輝度調整にも利用することができる。
つまり、所定のpH値の溶液中で製造された波長変換ナノ粒子に対して、上述したpH低下処理を行うことにより、発光輝度を向上させることができる。
【符号の説明】
【0087】
1…ガラス容器
3…空間
5…開口
7…ゴム栓
9…pH測定器
図2
図3
図4
図1
図5
図6
図7
図8