(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5977174
(24)【登録日】2016年7月29日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】スフィンゴ糖脂質の定量法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20060101AFI20160817BHJP
【FI】
G01N27/62 V
G01N27/62 F
G01N27/62 X
【請求項の数】8
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2012-548765(P2012-548765)
(86)(22)【出願日】2011年12月9日
(86)【国際出願番号】JP2011078512
(87)【国際公開番号】WO2012081508
(87)【国際公開日】20120621
【審査請求日】2014年12月2日
(31)【優先権主張番号】特願2010-276814(P2010-276814)
(32)【優先日】2010年12月13日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000228545
【氏名又は名称】JCRファーマ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100128897
【弁理士】
【氏名又は名称】山本 佳希
(74)【代理人】
【識別番号】100104639
【弁理士】
【氏名又は名称】早坂 巧
(72)【発明者】
【氏名】平戸 徹
(72)【発明者】
【氏名】田中 登
(72)【発明者】
【氏名】森本 秀人
【審査官】
伊藤 裕美
(56)【参考文献】
【文献】
国際公開第2009/011466(WO,A1)
【文献】
特表平08−508978(JP,A)
【文献】
特開平02−180995(JP,A)
【文献】
特開平10−045792(JP,A)
【文献】
特開平08−084587(JP,A)
【文献】
特表2004−504621(JP,A)
【文献】
特表2005−512061(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
G01N 30/72
G01N 33/88
G01N 33/48−33/98
G01N 1/10
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
リゾスフィンゴ糖脂質含有液の調製方法であって、
(a)スフィンゴ糖脂質を含む検体を水溶液に溶解または分散し、こうして得たスフィンゴ糖脂質含有液を超音波処理するステップ、
(b)超音波処理した該液を凍結するステップ、
(c)凍結した該液を融解するステップ、および、
(d)融解した該液にスフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼを添加して該液中に含まれるスフィンゴ糖脂質を加水分解により脱アシル化して、リゾスフィンゴ糖脂質を遊離させるステップ
を含んでなるものである、調製方法。
【請求項2】
該検体が、被験者から採取された腎臓、肝臓その他の臓器の組織、血液、髄液その他の体液、尿、皮膚、筋肉、及び間質組織からなる群から選択されるいずれかから得られたものである、請求項1の調製方法。
【請求項3】
該スフィンゴ糖脂質が、グルコセレブロシド、グロボトリアオシルセラミド、ガラクトセレブロシド、スルファチド、ガングリオシドGM1およびガングリオシドGM2からなる群から選択されるものである、請求項1又は2の調製方法。
【請求項4】
該スフィンゴ糖脂質が、グルコセレブロシドまたはグロボトリアオシルセラミドである、請求項1又は2の調製方法。
【請求項5】
該スフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼが、シュードモナス属由来のSCDase、シェワネラ属由来のSCDase、ストレプトミセス属由来のSCDase、および非醗酵性グラム陰性桿菌AI−2(FERM P−16124)由来のSCDaseからなる群から選択されるものである、請求項1〜4のいずれかの調製方法。
【請求項6】
スフィンゴ糖脂質の定量方法であって、
(a)請求項1〜5のいずれかで調製したリゾスフィンゴ糖脂質含有液を、超音波処理するステップ、
(b)超音波処理した該液に含まれるリゾスフィンゴ糖脂質を質量分析法で測定することにより、スフィンゴ糖脂質を定量するステップ
を含んでなるものである、定量方法。
【請求項7】
該質量分析方法が、タンデム質量分析法(MS/MS)である、請求項6の定量方法。
【請求項8】
該質量分析法が、高速液体クロマトグラフタンデム質量分析(LC/MS/MS)である、請求項6の定量方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、スフィンゴ糖脂質を、スフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼを用いて脱アシル化しリゾスフィンゴ糖脂質とするステップと、得られたリゾスフィンゴ糖脂質を質量分析法を用いて検出するステップとを含む、スフィンゴ糖脂質の定量法に関し、特にグルコセレブロシドまたはグロボトリアオシルセラミドの定量法に関する。
【背景技術】
【0002】
ライソゾーム病の一種であるゴーシェ病の患者は、グルコセレブロシダーゼの活性が遺伝的要因により無いかまたは低下しており、その結果としてグルコセレブロシドが分解されずに臓器及び血中に蓄積し、造血器障害等の諸症状が引き起こされる。グルコセレブロシド(グルコシルセラミド)は、セラミドの1位のヒドロキシル基にグルコースがβ-グリコシド結合したスフィンゴ糖脂質の一種であり、その構成成分である脂肪酸の鎖長が一定ではないヘテロな分子の総称である。ヒトを含む哺乳動物の生体内では、グルコセレブロシドは、グルコセレブロシダーゼ(グルコシルセラミダーゼ)によってβ-グリコシド結合で加水分解を受けて代謝される(
図1)。
そこで、ゴーシェ病の治療法として、グルコセレブロシダーゼを静脈注射等により患者に投与して、患者の体内で不足しているグルコセレブロシダーゼを補充することにより、患者の臓器中に蓄積したグルコセレブロシドを分解し、造血器障害等の諸症状の改善を図る、酵素補充療法が行われている。
【0003】
ゴーシェ病には複数の臨床病型があるが、その中でも乳幼児型および若年型と呼ばれるものは、乳児期あるいは幼児学童期から進行性の中枢神経症状を示す点に特徴がある。従って、その病状の進行を抑制するためには早期に治療を開始することが望まれる。そのためには、乳児期の段階でゴーシェ病を診断する必要がある。
【0004】
ライソゾーム病の一種であるファブリー病の患者は、α-ガラクトシダーゼAの活性が遺伝的要因により無いかまたは低下しており、その結果としてグロボトリアオシルセラミド等のセラミド・トリヘクソシドが分解されずに臓器及び血中に蓄積し、心血管病変、腎障害等の諸症状が引き起こされる。グロボトリアオシルセラミドは、セラミドの1位のヒドロキシル基を介して、3個のヘキソースが結合したスフィンゴ糖脂質の一種であり、その構成成分である脂肪酸の鎖長が一定ではないヘテロな分子の総称である。ヒトを含む哺乳動物の生体内では、グロボトリアオシルセラミドを含むセラミド・トリヘクソシドは、その非還元末端のα-ガラクトシド結合で、α-ガラクトシダーゼAによって加水分解を受けて代謝される(
図2)。
【0005】
そこで、ファブリー病の治療法として、α-ガラクトシダーゼAを静脈注射等により患者に投与して、患者の体内で不足しているα-ガラクトシダーゼAを補充することにより、患者の臓器中に蓄積したグロボトリアオシルセラミド等のセラミド・トリヘクソシドを分解し、心血管病変等の諸症状の改善を図る、酵素補充療法が行われている。
【0006】
ファブリー病は乳幼児期には無症状であることが多く、学齢期以後に四肢疼痛、皮膚発疹等が認められ、思春期以降に心血管病変、腎障害等の重篤な諸症状が出現するようになる進行性の疾患である。従って、その病状の進行を抑制するために早期に治療を開始することが望まれる。そのためには、未だ無症状の乳幼児期の段階でファブリー病を診断する必要がある。
【0007】
ゴーシェ病、ファブリー病の他に、スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする遺伝病には、クラッベ病、異染性ロイコジストロフィー、G
M1−ガングリオシドーシス、G
M2−ガングリオシドーシスなどが知られており、それぞれ、ガラクトセレブロシド、スルファチド、ガングリオシドG
M1、ガングリオシドG
M2などが患者の体内に蓄積する。
【0008】
これら遺伝病の診断方法として、患者の遺伝子の塩基配列をDNAシーケンサーを用いて解析し、遺伝子の異常の有無を検出する遺伝子診断法がある。遺伝子診断法はほぼ全ての遺伝子病の診断に用いることのできる汎用性の高い診断方法である。
しかし、遺伝子診断法は、各患者から採取した血液等のサンプルからDNAまたはRNAを抽出したうえで、DNAまたはRNAの塩基配列を逐次特定するという煩雑な手順を必要とする。また、同じ遺伝子疾患でも、患者により遺伝子上の変異位置は一定ではないので、遺伝子の異常を検出するためには、その遺伝子の全体に渡って異常の有無を調べることが必要となり、その結果、遺伝子診断法は、時間のかかる高額な診断法となる。従って、多くの乳幼児を診断する方法として、遺伝子診断法は必ずしも適当な方法であるとはいえない。
【0009】
ファブリー病の患者では、健常者と比較して血中または尿中に含まれるグロボトリアオシルセラミドをはじめとするセラミド・トリヘクソシド(スフィンゴ糖脂質)の濃度が上昇する。そこで、遺伝子診断法に代わる比較的簡便なファブリー病の診断法として、患者の血中または尿中に含まれるセラミド・トリヘクソシドを、質量分析法(エレクトロスプレイイオン化タンデム質量分析法:ESI/MS)を用いて定量する方法が知られている(特許文献1)。しかし、セラミド・トリヘクソシドは、その構成成分の脂肪酸の鎖長が一定ではない一群のヘテロな分子種である。従って、セラミド・トリヘクソシドをそのまま質量分析法を用いて定量するためには、脂肪酸の鎖長が異なる個々の分子種に対応した標準品を準備して検量線を作成し、各分子種について個別に定量する必要があり煩雑である。そこで、上記文献では、標準品として、例えば脂肪酸がヘプタデカン酸であるセラミド・トリヘクソシドを用いて、セラミド・トリヘクソシドの測定が行われている。従って、その測定値は近似値となる。
【0010】
スフィンゴ糖脂質から脂肪酸を取り除いたもの(脱アシル体)は、リゾスフィンゴ糖脂質(リゾ体)と呼ばれている。このようにリゾ体へ変換する方法として、スフィンゴ糖脂質(例えば、グルコセレブロシド、グロボトリアオシルセラミド等)中のアミド結合を、スフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼ(SCDase)で、特異的に加水分解する方法がある。(
図3)。SCDaseは、これまでに種々の生物から単離されており、シュードモナス属由来のSCDase(特許文献2、特許文献3)、シュワネラ属由来のSCDase(特許文献3)、海洋性細菌であるシェバネラアルガ由来 G8株由来のSCDase(特許文献4)、アトピー性皮膚炎患者の落屑より得られた菌株(非醗酵性グラム陰性桿菌AI―2(FERM P−16124))由来のSCDase(特許文献5)、ストレプトミセス属由来のSCDase(特許文献6)等が知られている。
【0011】
特許文献2及び特許文献3においては、スフィンゴ糖脂質を上記SCDaseにより脱アシル化してリゾ体が得られることを、得られたリゾ体を質量分析法で検出ことにより確認している。
【0012】
また、ファブリー病の患者において血液中のリゾスフィンゴ糖脂質の濃度が上昇することを利用して、このように上昇したリゾスフィンゴ糖脂質をエレクトロスプレータンデム型質量分析法により定量することにより、ファブリー病を診断することが報告されている(特許文献7)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【特許文献1】特表2005−512061公報
【特許文献2】特開平8−84587公報
【特許文献3】特開平10−45792公報
【特許文献4】WO2002/026963
【特許文献5】特開平10−257884公報
【特許文献6】特開平7−107988公報
【特許文献7】米国特許公開公報2010/0047844
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
上記背景の下で、本発明の目的は、スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする遺伝病において、原因となるスフィンゴ糖脂質、特にグルコセレブロシドおよびグロボトリアオシルセラミドについて、簡便で、経済的で、更に高感度な定量法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的に向けた研究において、本発明者らは、スフィンゴ糖脂質をスフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼ(SCDase)で加水分解してそのリゾ体とした後、このリゾ体を質量分析法で分析することにより、高感度にスフィンゴ糖脂質を定量できることを見出した。更に、本発明者らは、スフィンゴ糖脂質を、SCDaseを用いて加水分解する際に、スフィンゴ糖脂質を含む溶液又は懸濁液を超音波処理して一旦凍結した後、融解してからSCDaseを添加して酵素反応に付すること、および、こうして得たリゾスフィンゴ糖脂質含有液を質量分析法により分析する際に、予め該リゾスフィンゴ糖脂質含有液を超音波処理することにより、スフィンゴ糖脂質の定量値が安定し、検出感度が更に上昇することを見出した。本発明はこれらの知見に基づき完成されたものである。
【0016】
すなわち、本発明は以下を提供する。
[1]スフィンゴ糖脂質を定量する方法であって、
(a)スフィンゴ糖脂質を含む検体を水溶液に溶解または分散し、こうして得たスフィンゴ糖脂質含有液にスフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼを添加してその中に含まれるスフィンゴ糖脂質を加水分解により脱アシル化して、リゾスフィンゴ糖脂質を遊離させるステップ、および、
(b)該リゾスフィンゴ糖脂質を質量分析法で測定することにより、スフィンゴ糖脂質を定量するステップ
を含んでなるものである、定量方法、
[2]検体が、被験者から採取された腎臓、肝臓その他の臓器の組織、血液、髄液その他の体液、尿、皮膚、筋肉、及び間質組織からなる群から選択されるいずれかから得られたものである、上記[1]の定量方法、
[3]スフィンゴ糖脂質が、グルコセレブロシド、グロボトリアオシルセラミド、ガラクトセレブロシド、スルファチド、ガングリオシドG
M1およびガングリオシドG
M2からなる群から選択されるものである、上記[1]または[2]の定量方法、
[4]スフィンゴ糖脂質が、グルコセレブロシドまたはグロボトリアオシルセラミドである、上記[1]または[2]の定量方法、
[5]スフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼが、シュードモナス属由来のSCDase、シェワネラ属由来のSCDase、ストレプトミセス属由来のSCDase、および非醗酵性グラム陰性桿菌AI−2(FERM P−16124)由来のSCDaseからなる群から選択されるものである、上記[1]〜[4]のいずれかの定量方法、
[6]質量分析方法がタンデム質量分析法(MS/MS)である、上記[1]〜[5]のいずれかの定量方法、
[7]質量分析方法が高速液体クロマトグラフタンデム質量分析(LC/MS/MS)である、上記[1]〜[6]のいずれかの定量方法、
[8]上記[1]〜[7]のいずれかの定量方法を用いて、スフィンゴ糖脂質を定量することによる、スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患の診断方法、
[9]スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患が、ゴーシェ病、ファブリー病、クラッベ病、異染性ロイコジストロフィー、G
M1−ガングリオシドーシスおよびG
M2−ガングリオシドーシスからなる群から選択されるものである、上記[8]の診断方法、
[10]スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患が、ゴーシェ病またはファブリー病である、上記[8]の診断方法、
[11]リゾスフィンゴ糖脂質含有液の調製方法であって、
(a)スフィンゴ糖脂質を含む検体を水溶液に溶解または分散し、こうして得たスフィンゴ糖脂質含有液を超音波処理するステップ、
(b)超音波処理した該液を凍結するステップ、
(c)凍結した該液を融解するステップ、および、
(d)融解した該液にスフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼを添加して該液中に含まれるスフィンゴ糖脂質を加水分解により脱アシル化して、リゾスフィンゴ糖脂質を遊離させるステップ
を含んでなるものである、調製方法、
[12]検体が、被験者から採取された腎臓、肝臓その他の臓器の組織、血液、髄液その他の体液、尿、皮膚、筋肉、及び間質組織からなる群から選択されるいずれかから得られたものである、上記[11]の調製方法、
[13]スフィンゴ糖脂質が、グルコセレブロシド、グロボトリアオシルセラミド、ガラクトセレブロシド、スルファチド、ガングリオシドG
M1およびガングリオシドG
M2からなる群から選択されるものである、上記[11]又は[12]の調製方法、
[14]スフィンゴ糖脂質が、グルコセレブロシドまたはグロボトリアオシルセラミドである、上記[11]又は[12]の調製方法、
[15]スフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼが、シュードモナス属由来のSCDase、シェワネラ属由来のSCDase、ストレプトミセス属由来のSCDase、および非醗酵性グラム陰性桿菌AI−2(FERM P−16124)由来のSCDaseからなる群から選択されるものである、上記[11]〜[14]のいずれかの調製方法、
[16]スフィンゴ糖脂質の定量方法であって、
(a)上記[11]〜[15]のいずれかで調製したリゾスフィンゴ糖脂質含有液を、超音波処理するステップ、
(b)超音波処理した該液に含まれるリゾスフィンゴ糖脂質を質量分析法で測定することにより、スフィンゴ糖脂質を定量するステップ
を含んでなるものである、定量方法、
[17]質量分析方法が、タンデム質量分析法(MS/MS)である、上記[16]の定量方法、
[18]質量分析法が、高速液体クロマトグラフタンデム質量分析(LC/MS/MS)である、上記[16]の定量方法、
[19]上記[16]〜[18]のいずれかの定量方法を用いて、スフィンゴ糖脂質を定量することによる、スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患の診断方法、
[20]スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患が、ゴーシェ病、ファブリー病、クラッペ病、異染性ロイコジストロフィー、G
M1−ガングリオシドーシスおよびG
M2−ガングリオシドーシスからなる群から選択されるものである、上記[19]の診断方法、
[21]スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患が、ゴーシェ病またはファブリー病である、上記[19]の診断方法、
[22]リゾスフィンゴ糖脂質含有液の製造方法であって、
(a)スフィンゴ糖脂質を含む材料を水溶液に溶解または分散し、こうして得たスフィンゴ糖脂質含有液を超音波処理するステップ、
(b)超音波処理した該液を凍結するステップ、
(c)凍結した該液を融解するステップ、および、
(d)融解した該液にスフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼを添加して該液中に含まれるスフィンゴ糖脂質を加水分解により脱アシル化して、リゾスフィンゴ糖脂質を遊離させるステップ
を含んでなるものである、製造方法。
【発明の効果】
【0017】
本発明によれば、簡便に、経済的に、更に高感度にスフィンゴ糖脂質、特にグルコセレブロシドおよびグロボトリアオシルセラミドを定量することができる。さらに、本発明によれば、該定量に用いるリゾスフィンゴ糖脂質含有液を提供することができる。
特に、本発明によるスフィンゴ糖脂質の診断法は、簡便かつ経済的であるので、特定の被験者の診断のみならず、大規模な診断、例えば新生児の大規模スクリーニングに使用することができる。また、特定の患者を定期的に診断することにより、病状を経時的に把握することも可能である。更には、酵素補充療法等の治療の前後で患者を診断することにより、その治療の効果の程度を知ることもできる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】
図1は,グルコセレブロシド、および、その分子内の、グルコセレブロシダーゼにより加水分解される箇所を示す図面である。矢印はグルコセレブロシダーゼにより加水分解される箇所、Rは脂肪酸のアシル基をそれぞれ示す。
【
図2】
図2は,グロボトリアオシルセラミド、および、その分子内の、α-ガラクトシダーゼAにより加水分解される箇所を示す図面である。矢印はα-ガラクトシダーゼAにより加水分解される箇所、Rは脂肪酸のアシル基をそれぞれ示す。
【
図3】
図3は,スフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼ(SCDase)によるスフィンゴ糖脂質の加水分解を示す図面である。矢印はSCDaseにより加水分解される箇所、R1は脂肪酸のアシル基、R2は糖若しくは糖鎖をそれぞれ示す。A:スフィンゴ糖脂質、B:リゾスフィンゴ糖脂質
【
図4】
図4は,グロボトリアオシルスフィンゴシン(リゾ体)のイオンクロマトグラムを示す図面である。縦軸はイオン強度(cps:counts/second)を、横軸はリテンションタイム(min)を示す。
【
図5】
図5は,グロボトリアオシルセラミドの検量線を示す図面である。縦軸はグロボトリアオシルスフィンゴシン(リゾ体)のイオンクロマトグラムのピーク面積(counts)を、横軸はスフィンゴ糖脂質(グロボトリアオシルセラミド)含有液におけるグロボトリアオシルセラミドの濃度(ng/mL)を示す。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明において、定量の対象となるスフィンゴ糖脂質は、SCDaseで加水分解することによりリゾスフィンゴ糖脂質を生じるものである限り、特に限定はなく、微生物、植物、動物等の生物由来のものの他、人為的(例えば、工業的)に合成されたもののいずれでもよい。
本発明におけるスフィンゴ糖脂質の好ましい具体例は、グルコセレブロシド、グロボトリアオシルセラミド、ガラクトセレブロシド、スルファチド、ガングリオシドG
M1およびガングリオシドG
M2である。グルコセレブロシドはゴーシェ病の患者、グロボトリアオシルセラミドはファブリー病の患者、ガラクトセレブロシドはクラッベ病の患者、スルファチドは異染性ロイコジストロフィーの患者、ガングリオシドG
M1はG
M1−ガングリオシドーシスの患者、およびガングリオシドG
M2はG
M2−ガングリオシドーシスの患者の体内でそれぞれ蓄積することが知られているスフィンゴ糖脂質である。従って、これらのスフィンゴ糖脂質を定量することにより、スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患の患者またはその保因者を特定することができる。従って、本発明のスフィンゴ糖脂質の定量法は、スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患、特にゴーシェ病、ファブリー病、クラッベ病、異染性ロイコジストロフィー、G
M1−ガングリオシドーシス、G
M2−ガングリオシドーシスの診断法として使用することができる。
【0020】
本発明において、「スフィンゴ糖脂質を含む検体」または「スフィンゴ糖脂質を含む材料」とは、スフィンゴ糖脂質を含む微生物、植物、及び動物(ヒトを含む)の組織等、並びに人為的(例えば、工業的)に合成されたスフィンゴ糖脂質を含む試料のいずれをも包含するものである。ここで、動物の組織等とは、腎臓、肝臓その他の臓器の組織、血液、髄液その他の体液、尿、皮膚、筋肉、間質組織等をいう。
本発明によるスフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患の診断は、被験者から、腎臓、肝臓その他の臓器の組織、血液、髄液その他の体液、尿、皮膚、筋肉、間質組織等を検体として採取し、これらの中に含まれるスフィンゴ糖脂質を定量して行う。採取の簡便さから、特に血液、尿が検体として採取される。臓器の組織を検体として採取する場合、臓器に針を刺してその一部を採取する針生検が一般に用いられるが、これに限らず、切開生検、摘出生検等、他の方法も用いることができる。定量の結果、得られた定量値が異常な高値を示した場合、被験者はこれら疾患の患者若しくは保因者と推定又は診断できる。
【0021】
本発明において、スフィンゴ糖脂質を含む検体または材料をSCDaseにより処理をするとき、予め検体または材料を水溶液中に溶解または分散ないし懸濁させて、スフィンゴ糖脂質含有液とするが、これをそのままSCDase処理してもよく、または超音波処理して一旦凍結させたものを融解してから、SCDase処理してもよい。このとき、検体または材料を溶解または分散ないし懸濁させる水溶液は、好ましくは緩衝液であり、また、そのpHは好ましくはpH5.5〜6.5であり、より好ましくはpH5.8〜6.2であり、特に好ましくは約pH6.0である。またこのとき用いられる緩衝液は、特に限定はないが、好ましくは酢酸緩衝液またはリン酸緩衝液である。また、ここで「スフィンゴ糖脂質含有液」とは、スフィンゴ糖脂質が緩衝液中に完全に溶解した状態のみならず、スフィンゴ糖脂質が緩衝液中に分散ないし懸濁等した状態の液体をも含む。
該スフィンゴ糖脂質含有液中のスフィンゴ糖脂質の濃度としては、スフィンゴ糖脂質または分散ないし懸濁してスフィンゴ糖脂質含有液が調製出来る限り特に限定はないが、好ましくは、4〜2000ng/mLの濃度である。
【0022】
また、スフィンゴ糖脂質含有液の超音波処理は、緩衝液中にスフィンゴ糖脂質を十分に溶解等(すなわち、溶解または分散ないし懸濁等)させる目的で行うものであるので、この目的が達成でき且つスフィンゴ糖脂質が物理的な分解を受けない限り、いかなる条件で行ってもよく、例えば、超音波処理装置(ソニケーター)、超音波洗浄器(例えば、USK-3R(アズワン株式会社))等を用いて行うことができる。超音波処理を行う際のスフィンゴ糖脂質含有液の温度は、該液の液相状態が維持されかつスフィンゴ糖脂質が変性等しない限り特に限定はないが、通常、常温(例えば、10℃〜40℃)で行うことが好ましい。また、超音波処理の時間としては、上記超音波処理の目的が達成される限り特に限定はないが、超音波洗浄器を用いた場合の好ましい時間として、例えば15分〜60分、より好ましくは20分〜40分が挙げられる。
超音波処理後のスフィンゴ糖脂質含有液の凍結は、該液が完全に凍結しかつ内容物であるスフィンゴ糖脂質が変性しない限り特にその条件に限定はない。好ましい凍結温度としては、例えば−20℃〜−180℃、より好ましくは−60℃〜−100℃である。また、凍結速度に関しては、例えば、特に管理することなく、所定の凍結温度に設定された冷凍庫に常温のスフィンゴ糖脂質含有液を入れ、そのまま凍結させることなどが挙げられる。
凍結したスフィンゴ糖脂質含有液の融解は、内容物であるスフィンゴ糖脂質が変性などの影響を受けない限りその条件に特に限定はないが、例えば、室温に放置することにより実施することができる。
【0023】
本発明において用いるスフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼ(SCDase)としては、スフィンゴ糖脂質中のアミド結合を特異的に加水分解して脂肪酸を遊離させ、スフィンゴ糖脂質をリゾスフィンゴ糖脂質とすることができる活性を有する限り特に限定はないが、シュードモナス属(例えば、シュードモナスエスピー.TK−4)由来のSCDase、シェワネラ属(例えば、シェワネラアルガ NS−589、シェワネラアルガ G8)由来のSCDase、ストレプトミセス属(例えば、ストレプトミセス・エスピー H−37(FERM P−13822)由来のSCDase、非醗酵性グラム陰性桿菌AI−2(FERM P−16124)由来のSCDase等が好適に利用できる。このうち、シュードモナス属由来のSCDaseが好ましい。
SCDaseによる加水分解は、常法により実施することができ、例えば、反応温度としては、36℃〜40℃の範囲が好ましく、反応時間としては、10時間〜20時間の範囲が好ましい。該酵素反応は、反応後のリゾスフィンゴ糖脂質含有液を加熱して、酵素を失活させることにより、停止させることができる。加熱は、例えば90℃以上の温度を、3〜10分間維持することにより、実施することができる。
【0024】
本発明において、SCDase処理をして得られるリゾスフィンゴ糖脂質含有液は、質量分析法により分析をする前に、超音波処理してもよい。超音波処理は、リゾスフィンゴ糖脂質を十分に溶解等させる目的で行うものであるので、この目的が達成でき且つリゾスフィンゴ糖脂質が物理的な分解を受けない限り、いかなる条件で行ってもよく、前記と同様にして実施することができる。
【0025】
本発明において、リゾスフィンゴ糖脂質の分析に用いる質量分析法に関して特に限定はないが、タンデム型質量分析法(MS/MS)が好適に用いられる。実施例に記載の高速液体クロマトグラフタンデム質量分析法(LC/MS/MS)はその一例である。
高速液体クロマトグラフを行う場合、カラムの選択、その他の各種設定は、常法に従い、適宜行うことができる。
また、タンデム型質量分析法(MS/MS)も常法に従い実施することができ、例えば、リゾスフィンゴ糖脂質をイオン化し(親イオン)、これをコリジョンガスと衝突させることにより解裂させて各種の娘イオンを生じさせ、このうちの特定の娘イオンのみを選択的に検出することにより、実施することができる。イオン化の手法としては、例えば、エレクトロイオンスプレーイオン化、大気圧化学イオン化、サーモスプレーイオン化などのソフトイオン化法を挙げることができるが、このうち、エレクロイオンスプレーイオン化法を好適に用いることができる。
【0026】
本発明における質量分析法を用いたスフィンゴ糖脂質の定量は、既知の濃度のスフィンゴ糖脂質を含む標準品をSCDase処理し、これを質量分析法により分析してリゾスフィンゴ糖脂質のイオンクロマトグラムのピーク面積を求め、次いでスフィンゴ糖脂質の濃度と該ピーク面積との相関を示す検量線を描き、これに検体または材料を質量分析法で分析して得られたリゾスフィンゴ糖脂質のイオンクロマトグラムのピーク面積を内挿することにより、検体または材料中に含まれるスフィンゴ糖脂質の量を算出して行う。但し、これに限らず、ピーク面積に換えてイオンクロマトグラムのイオン強度の最大値等をパラメーターとして使用することもできる。
【0027】
本発明において、「リゾスフィンゴ糖脂質」または「リゾ体」というときは、スフィンゴ糖脂質のアミド結合を加水分解することにより得られる、スフィンゴ糖脂質から脂肪酸を除いた脱アシル体のことをいう。
【0028】
以下、実施例を参照して本発明を更に詳細に説明するが、本発明が実施例に限定されることは意図しない。
【0029】
〔グロボトリアオシルセラミド標準溶液の作成〕
1.6022gのタウロデオキシコール酸(ナカライテスク)を200mLの50mM酢酸緩衝液(pH6.0)に溶解し、0.22μmメンブランフィルターでろ過し0.8%(w/v)タウロデオキシコール酸溶液(TDC溶液)を調整した。100 μgのブタ赤血球由来グロボトリアオシルセラミド(ナカライテスク)を、1mLのTDC溶液に溶解し、100μg/mLグロボトリアオシルセラミド溶液(GL-3標準溶液)を調整した。このGL-3標準溶液を、TDC溶液を用いて段階希釈し、2000、1000、400、200、40、20、4 ng/mLの各GL-3標準溶液を調製した。50 μLの各GL-3標準溶液を、500μL容量PP製試験管(アシスト)に分取し、超音波洗浄器〔USK-3R、アズワン株式会社、主な仕様(槽容量:5.9L、発振周波数:40kHz 、発振回路:他励発振方式、発振子:BLT(ボルト締めランジュバン)、出力:120W〕を用いて超音波処理を室温(25℃)で30分間行った後、-80℃で約15時間凍結させた。
【0030】
〔グロボトリアオシルセラミド標準溶液のSCDase処理〕
5 μL(25mU)のPseudomonas
sp.由来のSCDase(Sphingolipid ceramide N-deacylase(タカラバイオ)を995μLのTDC溶液と混合して2XSCDase溶液とした。上記の各GL-3標準溶液(50 μL)を室温に放置して融解後、これに50μLの2XSCDase溶液を加えて混合し、37℃で約15時間静置し、グロボトリアオシルセラミドを加水分解してリゾ体(グロボトリアオシルスフィンゴシン)とした。反応後の溶液を90℃で5分間加熱してSCDaseを失活させた。
【0031】
〔マウス腎臓からの総脂質の抽出〕
4個体のマウス(C57Black 6N、24週齢、雄)から組織(腎臓)を採取し、クロロホルム:メタノール=2:1溶液を組織湿重量10 mgに対し約1 mL添加し、ホモジナイズした後に、遠心分離(2000rpm、5分間、室温)した。遠沈管に上清を移し、4 mLの注射用水を加え、30秒間激しく混和した後に、遠心分離(2000rpm、5分間、室温)した。下層(有機層)を回収し、500 μLずつガラス試験管に分注し、遠心濃縮機で乾固した。乾固した試料を、測定時まで-20℃以下で保存した。これを総脂質画分とした。
【0032】
〔総脂質画分のSCDase処理〕
上記の総脂質画分に1mLの0.8%TDC溶液を添加して溶解し、これを1.5mLチューブ(Eppendorf社)に移し、超音波処理を、超音波洗浄器(USK-3R、アズワン株式会社)を用いて、室温(25℃)で、30分間行った。これを0.8%TDC溶液を用いて、4倍希釈した後に、500 μL容量PP製試験管(アシスト)に50μL分取し、-80℃の冷凍庫に移しそのまま一晩(約15時間)保存して、凍結させた。凍結させた試料を室温に放置して融解後、50 μLの2XSCDase溶液を加えて混合後、37℃で一晩反応(約15時間)させた。反応後の溶液を90℃で5分間加熱して酵素を失活させた。これを条件1群とした。またこのとき、上記の超音波処理と凍結融解を行わないでSCDase処理をしたものを条件2群とした。SCDase処理は、それぞれの群について、独立して6検体について行った。
【0033】
〔タンデム質量分析法〕
タンデム質量分析装置として、イオンスプレー部、三つの四重極部(Q1,Q2,Q3)及び検出部から構成される、API2000(ABI社)を用いた。分析条件は、Q1(m/z=786.3)、Q3(m/z=282.3)とし、また陽イオンモードとした。この装置に導入された測定試料は、連続的にイオンスプレー部でイオン化される。イオン化された試料は、まずQ1へ導入される。導入された測定試料イオンは、Q1で特定のイオン(m/z=786.3)のみが選択的にQ2へ導入される。Q2へ導入されたイオンはコリジョンガス(窒素)と衝突して解裂し、グロボトリアオシルスフィンゴシンを親イオンとする各種の娘イオンが生じる。生じた娘イオンは、次にQ3に導入される。Q3では、特定の娘イオン(m/z=282.3)のみを、選択的に検出部へ導入することで、グロボトリアオシルスフィンゴシン由来のイオンが特異的に検出される。Q1のm/z=786.3は、グロボトリアオシルスフィンゴシン(分子量:785.9)が1価の陽イオン化した親イオンを、Q3のm/z=282.3は、グロボトリアオシルスフィンゴシンがQ2で解裂して生じた糖鎖部分を欠くスフィンゴシン骨格部分がイオン化した娘イオンを、選択的に検出する条件である。
【0034】
〔高速液体クロマトグラフタンデム質量分析法(LC/MS/MS法)による検量線の作成〕
SCDase処理した標準溶液に、100μLのアセトニトリルを添加して混合後、超音波処理を、超音波洗浄器(USK-3R、アズワン株式会社)を用いて、室温(25℃)で、30分間行った。超音波処理後の標準溶液を、HPLC用300μL容量バイアル(島津製作所)に分注し、LC/MS/MS法により分析をした。LC/MS/MS法は、タンデム質量分析装置としてAPI2000(ABI社)、高速液体クロマトグラフィー装置としてLC20(島津製作所)を用いて実施した。高速液体クロマトグラフィーには、高速液体クロマトグラフィーカラムとして、ODS(Cadenza CD-C18、2.0
mm X 75.0 mm、Imtakt)を用い、予めカラム温度をカラムオーブンで40℃とし、カラムをメタノール:0.1%(v/v)ホルミル酸水溶液(75:25)の混合液で平衡化した。該カラムに超音波処理した上記の標準溶液を20μL添加した。流速を0.2 mL/分とし、試料添加後メタノール:0.1%(v/v)ホルミル酸水溶液(75:25)を2分間流した後、メタノール:0.1%(v/v)ホルミル酸水溶液(85:15)の混合液に切り替え、次いでメタノールの濃度比を直線的に4分間かけて95%まで上昇させ、最後に100%メタノールを2分間流した。上記条件にてカラムを通過した溶液を、タンデム質量分析装置へ連続的に導入した。タンデム質量分析装置の測定条件は、Q1(m/z=786.3)、Q3(m/z=282.3)とし、陽イオンモードで行うことで、グロボトリアオシルスフィンゴシン(リゾ体)に由来するイオン強度を測定し、イオンクロマトグラムを作成した。測定は各標準溶液について2回行った。得られたイオンクロマトグラムから、グロボトリアオシルセラミド(GL-3)濃度に対する、グロボトリアオシルスフィンゴシン由来イオンのピーク面積を算出し、検量線を作成した。
【0035】
〔高速液体クロマトグラフタンデム質量分析法(LC/MS/MS法)による検体の分析〕
条件1群については、SCDase処理した試料に、100 μLのアセトニトリルを添加して混合後、超音波洗浄器(USK-3R、アズワン株式会社)を用いて超音波処理を、室温(25℃)で、30分間実施した。超音波処理後の試料を、HPLC用300μL容量バイアル(島津製作所)に分注し、LC/MS/MS法により分析をした。LC/MS/MS法による分析は、上記の検量線の作成と同様の方法で行い、グロボトリアオシルスフィンゴシン(リゾ体)に由来するイオン強度を測定し、イオンクロマトグラムを作成した。これと上記で作成した検量線を用いて、検体中に含まれるグロボトリアオシルセラミドの濃度を算出した。一方、条件2群については、超音波処理せずに上記の分析を行った。測定は各群の各検体についてそれぞれ2回行い、平均値を測定値とした。
【0036】
〔高速液体クロマトグラフタンデム質量分析法(LC/MS/MS法)による分析結果〕
グロボトリアオシルセラミド標準溶液(2000ng/mL)を用いて得た、グロボトリアオシルスフィンゴシン(リゾ体)のイオンクロマトグラムを
図4に示す。横軸は保持時間(分)を、縦軸はイオン強度(cps:count/second)である。グロボトリアオシルスフィンゴシン由来のピークは保持時間3.68分で最大強度となった。横軸とピークに囲まれた領域をピーク面積として算出した。
【0037】
グロボトリアオシルセラミドを段階希釈して調製した標準溶液を用いて作成した検量線を
図5に示す。このとき検量線の定量範囲である4〜2000ng/mLの範囲でQuadratic法による回帰式を求めたところ、この回帰式に対する測定値の相関係数は0.999と算出され、ピーク面積とグロボトリアオシルセラミドの濃度に極めて強い相関関係が見いだされた。この検量線を用いて、マウス腎臓由来総脂質中に含まれるグロボトリアオシルセラミドを定量した。
【0038】
SCDase処理時に超音波処理および凍結融解をし、且つ質量分析法による分析時(質量分析時)に超音波処理をした群(条件1群)では、グロボトリアオシルセラミドの6回の定量値は、2772〜2868ngの範囲であり、標準偏差は32.36、相対標準偏差は1.15%であった(表1上段)。一方、条件2群の6回の定量値は、2540〜3072ngの範囲であり、標準偏差は197.5、相対標準偏差は7.14%であった(表1下段)。条件1群、条件2群のいずれにおいても、検体中に含まれるグロボトリアオシルセラミドを定量することができた。また、条件1群では、条件2群よりも、よりばらつきの少ない定量値を得ることができた(表1上段)。
【0040】
以上の結果は、検体中に含まれるグロボトリアオシルセラミドをスフィンゴ脂質セラミドデアシラーゼで加水分解してそのリゾ体とした後に、該リゾ体を質量分析法で分析することにより、グロボトリアオシルセラミドを定量できることを示すものである。特に、SCDase処理時に超音波処理および凍結融解をし、且つ質量分析法による分析の際(質量分析時)に予め検体を超音波処理をすることにより、質量分析法を用いて、4〜2000ng/mLの範囲で検体中に含まれるグロボトリアオシルセラミドの量を極めて正確に定量することができることを示すものである。
【産業上の利用可能性】
【0041】
本発明によれば、スフィンゴ糖脂質の蓄積を病因とする疾患の患者またはその保因者、特にゴーシェ病およびファブリー病の患者を診断することができる。