(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記ヘモグロビンが、安定型HbA1c(s−HbA1c)、ヘモグロビンA0(HbA0)、ヘモグロビンA1a(HbA1a)、ヘモグロビンA1b(HbA1b)、ヘモグロビンA1d(HbA1d)、ヘモグロビンA1e(HbA1e)、ヘモグロビンA2(HbA2)、ヘモグロビンS(HbS、鎌状赤血球ヘモグロビン)、ヘモグロビンF(HbF、胎児ヘモグロビン)、ヘモグロビンM(HbM)、ヘモグロビンC(HbC)、ヘモグロビンD(HbD)、ヘモグロビンE(HbE)、メト化ヘモグロビン、カルバミル化ヘモグロビン、アセチル化ヘモグロビン、アルデヒド化ヘモグロビン、及び不安定型HbA1c(l−HbA1c)からなる群から選択される少なくとも一つである、請求項1から6のいずれかに記載の試料分析方法。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本開示は、一態様において、キャピラリ電気泳動法の泳動中において分離対象の物質群と非界面活性剤型の両イオン性物質を存在させると、電気泳動中の電流値を低下させることで発熱を防ぐことができ、それにより分析精度を向上できるという知見に基づく。すなわち、本開示は一態様において、キャピラリ電気泳動により試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含み、分析対象物質の分離及び/又は検出が、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質の存在下で行われる試料分析方法に関する。また、本開示はその他の態様において、泳動液が充填されたキャピラリ流路に試料を導入すること、及び、前記流路の全体又は一部に電圧を印加してキャピラリ電気泳動を行い前記試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含み、分析対象物質の分離及び/又は検出が、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質の存在下で行われる試料分析方法に関する。
【0017】
[非界面活性剤型の両イオン性物質]
本開示において「非界面活性剤型の」とは、一又は複数の実施形態において、ミセルを形成しないことをいう。本開示において「ミセルを形成しない」とは、一又は複数の実施形態において、水性媒体中でミセルを形成しない、或いは、実質的にミセルを形成しないことをいう。本開示において「ミセルを形成しない、或いは、実質的にミセルを形成しない」とは、一又は複数の実施形態において、分析精度の向上の観点から、臨界ミセル濃度(CMC)が200mmol/L以上が好ましく、より好ましくは300mmol/L以上、さらに好ましくは両イオン性物質が臨界ミセル濃度を持たないことをいう。
【0018】
また、非界面活性剤型の両イオン性物質は、一又は複数の実施形態において、分析精度の向上の観点から、pH緩衝作用を有さない物質であることが好ましく、泳動条件のpHにおいてpH緩衝作用を発揮しない又は実質的に発揮しない物質であることがより好ましい。限定されない一又は複数の実施形態において、後述するpH緩衝物質としてpKaを泳動条件のpHの付近に有する物質の濃度が40mmol/Lのときに、非界面活性剤型の両イオン性物質を100mmol/Lを添加しても、pHは好ましくは0.2以下、又は0.1以下の変動に留まり、pHを変動させない又は実質的に変動させないことが好ましい。なお、本開示において「泳動条件のpH」とは、一又は複数の実施形態において、泳動前にキャピラリ内に充填される泳動液(ランニングバッファー)のpH、又は、試料若しくは試料を調製するための試料調製液のpHをいう。
【0019】
本開示において「両イオン性物質」として、限定されない一又は複数の実施形態において、双性イオン、又は、ベタインが挙げられる。本開示において「双性イオン」は、分子内塩とも呼ばれ、一又は複数の実施形態において、1分子内に正電荷と負電荷の両方を持つ分子をいう。本開示において「ベタイン」は、正電荷と負電荷を同一分子内の隣り合わない位置にもち、正電荷を持つ原子には解離しうる水素原子が結合しておらず、分子全体として電荷を持たない化合物をいう。本開示において「ベタイン」は、一又は複数の実施形態において、負電荷を与える基がスルホ基(-SO
3-)であるスルホベタイン、負電荷を与える基がカルボキシル基(-COO
-)であるカルボキシベタイン、負電荷を与える基がリン酸基(-PO
4-)であるホスホベタイン、を含む。
【0020】
非界面活性剤型の両イオン性物質は、一又は複数の実施形態において、分析精度の向上の観点から、非界面活性剤型のベタインが好ましく、より好ましくは非界面活性剤型のスルホベタイン及びカルボキシベタインが挙げられ、さらに好ましくは四級アンモニウムカチオンとスルホ基(-SO
3-)若しくはカルボキシル基(-COO
-)とを同一分子内の隣り合わない位置に有する非界面活性剤型の物質、さらにより好ましくは非界面活性剤型スルホベタイン(NDSB)である。NDSBの限定されない一又は複数の実施形態として
【化1】
が挙げられる。
【0021】
[pH緩衝物質]
本開示において「pH緩衝物質」とは、一又は複数の実施形態において、泳動条件のpH付近にpKa又はpKbを有する物質、及び、その対イオンとなる酸又は塩基のことをいう。泳動条件のpH付近は、限定されない一又は複数の実施形態において、分析精度の向上の観点から、泳動条件のpHの±2.5、±2.0、±1.5、又は、±1.0の範囲が好ましい。
【0022】
電気泳動は、分析対象物質の電荷状態によって分離する方法であるため、分析精度の向上の観点から、分析中の分析対象物質の電荷状態を一定の状態に規定することが好ましい。分析対象物質の電荷状態は、周囲のpHや、泳動条件のpHにおいて正電荷や負電荷となっている物質の影響を受けるため、「pH緩衝物質」、すなわち、泳動条件のpH付近にpKa又はpKbを有する物質及びその対イオンとなる酸又は塩基を添加して、分析対象物質の電荷状態を一定とすることが好ましい。したがって、本開示においてpH緩衝物質は、少なくとも1つの化合物であって、複数種類の化合物の組み合わせであってもよい。
【0023】
限定されない一又は複数の実施形態において、泳動条件のpHがpH5.3の場合には、pH5.3付近にpKaを有する酸のクエン酸(pKa=4.8)又はプロピオン酸(pKa=4.9)などと、対イオンとなる塩基のナトリウム又はアルギニンなどを添加するか、或いは、pH5.3付近にpKaを有する塩基のクレアチニン(pKa=4.83)などと、対イオンとなる酸の塩素などを添加する。限定されないその他の一又は複数の実施形態において、泳動条件のpHがpH7.2の場合には、pH7.2付近にpKaを有する酸のリン酸(pKa=7.2)などと、対イオンとなる塩基のナトリウムやアルギニンなどを添加するか、或いは、pH7.2付近にpKaを有する塩基のトリス(pKa=8.0)などと、対イオンとなる酸の塩素などを添加する。
【0024】
pH緩衝物質としては、限定されない一又は複数の実施形態において、有機酸、無機酸、アミノ酸、及びその対イオンとなる酸又は塩基、並びに、これらの組み合わせが挙げられる。有機酸としては、限定されない一又は複数の実施形態において、マレイン酸、酒石酸、コハク酸、フマル酸、フタル酸、マロン酸、リンゴ酸、クエン酸、MES(2-Morpholinoethanesulfonic acid, monohydrate)、ADA(N-(2-Acetamido)iminodiacetic acid)、ACES(N-(2-Acetamido)-2-aminoethanesulfonic acid)、BES(N,N-Bis(2-hydroxyethyl)-2-aminoethanesulfonic acid)、MOPS(3-Morpholinopropanesulfonic acid)、TES(N-Tris(hydroxymethyl)methyl-2-aminoethanesulfonic acid)、HEPES(2-[4-(2-Hydroxyethyl)-1-piperazinyl]ethanesulfonic acid)、TRICINE(N-[Tris(hydroxymethyl)methyl]glycine)、PIPES(Piperazine-1,4-bis(2-ethanesulfonic acid)),POPSO(Piperazine-1,4-bis(2-hydroxy-3-propanesulfonic acid), dihydrate)、炭酸又はこれらの組み合わせ等が挙げられる。無機酸としては、限定されない一又は複数の実施形態において、リン酸、ホウ酸が挙げられる。アミノ酸としては、グリシン、アラニン、ロイシン、又はこれらの組み合わせ等が挙げられる。塩基は、限定されない一又は複数の実施形態において、有機酸、無機酸、及び/又はアミノ酸に加えて使用される。塩基として、限定されない一又は複数の実施形態において、強塩基、弱塩基、又はジアミン化合物などが挙げられる。強塩基としては、限定されない一又は複数の実施形態において、ナトリウム、カリウム等が挙げられる。弱塩基としては、限定されない一又は複数の実施形態において、アルギニン、リジン、ヒスチジン、トリスヒドロキシメチルアミノメタン、ジメチルアミノエタノール、トリエタノールアミン、ジエタノールアミン、クレアチニン等が挙げられる。ジアミン化合物としては、1,4−ジアミノブタン等が挙げられる。
【0025】
弱塩基を使用すると、強塩基を使用した場合と比較してイオンの移動速度が遅いことから泳動中の電流値を抑制することができる。電気浸透流の速度において、イオンの移動速度の遅い弱塩基は遅い電気浸透流の速度となるように思えるが、多くの弱塩基は強塩基と比較して分子量が大きいために、電気浸透流の速度が同じか大きく損なうことはない。したがって、pH緩衝物質は、限定されない一又は複数の実施形態において、分析精度の向上の観点から、弱塩基を含むことが好ましい。
【0026】
[イオン性の擬似固定相]
キャピラリ電気泳動法の1つに、擬似固定相を用いる動電クロマトグラフィーがある。例えば、WO 2010-010859 では、コンドロイチン硫酸などのアニオン性基含有化合物、すなわち、イオン性の擬似固定相を使用して血中タンパク質を分離することが開示される。イオン性擬似固定相を用いるキャピラリ電気泳動法においては、泳動中に試料中の物質とイオン性擬似固定相との相互作用を行わせることにより、試料中の物質をイオン性擬似固定相との親和性(分配係数の差)に応じて分離することで分析対象物質を他の物質から分離させている。
【0027】
イオン性の擬似固定相を用いるキャピラリ電気泳動法において電気泳動液にベタイン型両性界面活性剤を添加することは提案されたことがある(例えば、WO 2010-010859)。しかしながら、ベタイン型両性界面活性剤を電気泳動液に添加すると、電流値は低下するが、測定時間が長時間化したり、ピーク幅が増大したりするという問題があった。
【0028】
本開示は、その他の一態様において、イオン性の擬似固定相を用いるキャピラリ電気泳動法の泳動中において分離対象の物質群とイオン性擬似固定相とが相互作用する場に非界面活性剤型の両イオン性物質を存在させると、電流値の増加を抑制しつつ測定時間の短縮化が可能になるという知見に基づく。非界面活性剤型の両イオン性物質により電流値の増加を抑制しつつ測定時間の短縮化が可能となるメカニズムの詳細は明らかではないが、以下のように推測される。すなわち、分離対象の物質群とイオン性擬似固定相との相互作用が非界面活性剤型の両イオン性物質によって阻害されることにより、分離対象の物質群とイオン性擬似固定相の相互作用のターンオーバーが促進される。それにより測定時間が短縮化されると推測される。ただし、本開示はこれらのメカニズムに限定されて解釈されなくてもよい。
【0029】
したがって、本開示は、その他の一態様において、キャピラリ電気泳動により試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含み、分析対象物質の分離及び/又は検出が、イオン性の擬似固定相、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質の存在下で行われる試料分析方法に関する。本態様によれば、分析精度の向上と測定時間の短縮化が可能な、キャピラリ電気泳動を用いた試料の分析方法が提供されうる。
【0030】
本開示において「イオン性の擬似固定相」とは、一又は複数の実施形態において、キャピラリ電気泳動法に用いるものであって、試料中の物質を親和性(分配係数の差)に応じて分離することで試料中の分析対象物質を他の物質から分離させる目的、すなわち、分離精度を向上する目的で使用されるイオン性の物質をいう。イオン性の擬似固定相は、一又は複数の実施形態において、試料及び/又は分析対象物質に応じ、すでに使用され又は今後使用され得るイオン性擬似固定相を選択して使用できる。イオン性の擬似固定相は、一又は複数の実施形態において、アニオン性又はカチオン性のポリマーであってもよい。前記ポリマーは、分析精度の向上と測定時間の短縮化の観点から、多糖類であってもよい。
【0031】
[分析対象物質]
本開示において「分析対象物質」としては、限定されない一又は複数の実施形態において、タンパク質、生体内物質、血液中物質等が挙げられ、タンパク質の具体例としてはヘモグロビン、アルブミン、グロブリン等が挙げられる。ヘモグロビンとしては、限定されない一又は複数の実施形態において、糖化ヘモグロビン、HbA1c、変異ヘモグロビン、マイナーヘモグロビン、修飾ヘモグロビン等が挙げられ、より具体的には、安定型HbA1c(s−HbA1c)、ヘモグロビンA0(HbA0)、ヘモグロビンA1a(HbA1a)、ヘモグロビンA1b(HbA1b)、ヘモグロビンA1d(HbA1d)、ヘモグロビンA1e(HbA1e)、ヘモグロビンA2(HbA2)、ヘモグロビンS(HbS、鎌状赤血球ヘモグロビン)、ヘモグロビンF(HbF、胎児ヘモグロビン)、ヘモグロビンM(HbM)、ヘモグロビンC(HbC)、ヘモグロビンD(HbD)、ヘモグロビンE(HbE)、メト化ヘモグロビン、カルバミル化ヘモグロビン、アセチル化ヘモグロビン、アルデヒド化ヘモグロビン、及び不安定型HbA1c(l−HbA1c)等が挙げられる。生体内物質及び血中物質等としては、限定されない一又は複数の実施形態において、ビリルビン、ホルモン、代謝物質等が挙げられる。ホルモンとしては、甲状腺刺激ホルモン、副腎皮質剌激ホルモン、絨毛性ゴナドトロピン、インスリン、グルカゴン、副腎髄質ホルモン、エピネフリン、ノルエピネフリン、アンドロゲン、エストロゲン、プロゲステロン、アルドステロン、コルチゾール等が挙げられる。前述したイオン性の擬似固定相を用いる場合の分析対象物質としては、限定されない一又は複数の実施形態において、糖化ヘモグロビン、変異ヘモグロビン、マイナーヘモグロビン、修飾ヘモグロビン、及びこれらの組み合わせが挙げられる。
【0032】
本開示において「試料」としては、限定されない一又は複数の実施形態において、試料原料から調製したもの、又は試料原料そのものをいう。試料原料としては、限定されない一又は複数の実施形態において、上記分析対象物質を含むもの、及び/又は、生体試料が挙げられる。生体試料としては、限定されない一又は複数の実施形態において、血液、赤血球成分を含む血液由来物、唾液、髄液等が含まれる。血液としては、生体から採取された血液が挙げられ、限定されない一又は複数の実施形態において、動物の血液、哺乳類の血液、ヒトの血液が挙げられる。赤血球成分を含む血液由来物としては、血液から分離又は調製されたものであって赤血球成分を含むものが挙げられ、限定されない一又は複数の実施形態において、血漿が除かれた血球画分や、血球濃縮物、血液又は血球の凍結乾燥物、全血を溶血処理した溶血試料、遠心分離血液、自然沈降血液、洗浄血球等が挙げられる。
【0033】
キャピラリ電気泳動法を用いた試料分析において、分析の正確性や再現性を向上させることを目的として校正用物質(Calibration Material)を用いることがある。また、分析の正確性や再現性を管理又は維持することを目的として精度管理用物質(Control Material)を用いることがある。このため、本開示における「試料」又は「試料原料」は、限定されない一又は複数の実施形態において、校正用物質や精度管理用物質を含みうる。なお、本開示において「校正用物質」は、例えば、装置の校正等に用いられる標準物質を含み、「精度管理用物質」は、分析の正確性及び/又は再現性の管理又は維持に用いる試料を含み、例えば、管理血清、プール血清、管理全血及び標準液等が挙げられる。
【0034】
限定されない一又は複数の実施形態において、分析対象物質がヘモグロビン又はHbA1cのように正の電荷を有する場合、イオン性擬似固定相は、分析精度の向上と測定時間の短縮化の観点から、アニオン性基を有する多糖類であることが好ましい。アニオン性基を有する多糖類として、硫酸化多糖類、カルボン酸化多糖類、スルホン酸化多糖類、及びリン酸化多糖類が挙げられ、分析精度の向上と測定時間の短縮化の観点から、硫酸化多糖類及びカルボン酸化多糖類が好ましい。硫酸化多糖類としては、限定されない一又は複数の実施形態において、分析精度の向上と測定時間の短縮化の観点から、コンドロイチン硫酸、へパリン、へパラン、フコイダン、又はその塩等が挙げられ、中でもコンドロイチン硫酸又はその塩が好ましい。コンドロイチン硫酸としては、コンドロイチン硫酸A、コンドロイチン硫酸C、コンドロイチン硫酸D、コンドロイチン硫酸E等が挙げられる。カルボン酸化多糖類としては、アルギン酸、ヒアルロン酸又はその塩等が挙げられる。アニオン性基を有する多糖類が塩である場合、対イオンとしては、アルカリ金属、アルカリ土類金属、アミン化合物、有機塩基等のイオンが挙げられる。カルボン酸化多糖類の塩としては、例えば、ナトリウム塩、カリウム塩、リチウム塩、カルシウム塩、アンモニウム塩、トリス塩、アルギニン塩、リジン塩、ヒスチジン塩、トリスヒドロキシメチルアミノメタン塩、ジメチルアミノエタノール塩、トリエタノールアミン塩、ジエタノールアミン塩、クレアチニン塩等がある。カルボン酸化多糖類としては、限定されない一又は複数の実施形態において、分析精度の向上と測定時間の短縮化の観点から、アルギン酸又はその塩(例えば、アルギン酸ナトリウム)が好ましい。また、分析対象物質がヘモグロビン又はHbA1cである一又は複数の実施形態において、キャピラリ電気泳動による分析対象物質の分離及び/又は検出は、分析精度の向上の観点から、pHは、3.0〜6.9、又は、4.0〜6.0のキャピラリ電気泳動用溶液及び/又は泳動液を用いて行われることが好ましい。
【0035】
[キャピラリ電気泳動用溶液]
本開示において「キャピラリ電気泳動用溶液」とは、限定されない一又は複数の実施形態において、キャピラリ電気泳動前にキャピラリ流路に充填される泳動液(以下、「ランニングバッファー」ともいう)、試料をキャピラリに導入後に試料に換えて泳動のために用いる泳動液、これらの泳動液を調製するための溶液、又は、試料を調製するための溶液(以下、「試料調製液」ともいう)の少なくとも1つとして使用できる溶液をいう。キャピラリ電気泳動前にキャピラリ流路に充填される泳動液(ランニングバッファー)と、試料をキャピラリに導入後に試料に換えて泳動のために用いる泳動液は、同じ液組成でもよいし、異なっていてもよい。
【0036】
本開示は、一態様において、pH緩衝物質、非界面活性剤型の両イオン性物質、及び、水を含有するキャピラリ電気泳動用溶液に関する。本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、一又は複数の実施形態において、本開示の試料分析方法に使用でき、それにより、試料分析の分析精度の向上に寄与できる。
【0037】
本開示は、その他の一態様において、イオン性の擬似固定相、pH緩衝物質、非界面活性剤型の両イオン性物質、及び、水を含有するキャピラリ電気泳動用溶液に関する。本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、一又は複数の実施形態において、本開示の試料分析方法に使用でき、それにより、試料分析の分析精度の向上と測定時間の短縮化に寄与できる。
【0038】
本開示の試料分析方法において、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、分析精度向上の観点から、少なくとも試料調製液として使用される。本開示の試料分析方法の限定されない一又は複数の実施形態において、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、以下のケースで使用されうる;
試料調製液としてのみ使用されるケース;
ランニングバッファー又は該ランニングバッファーを調製するための溶液、並びに、試料調製液として使用されるケース;
試料をキャピラリに導入後に試料に換えて泳動のために用いる泳動液又は該泳動液を調製するための溶液、並びに、試料調製液として使用されるケース;
ランニングバッファー又は該ランニングバッファーを調製するための溶液としてのみ使用されるケース;
試料をキャピラリに導入後に試料に換えて泳動のために用いる泳動液又は該泳動液を調製するための溶液としてのみ使用されるケース;
ランニングバッファー又は該ランニングバッファーを調製するための溶液、試料をキャピラリに導入後に試料に換えて泳動のために用いる泳動液又は該泳動液を調製するための溶液、並びに、試料調製液として使用されるケース。
【0039】
本開示のキャピラリ電気泳動用溶液を、どのような実施形態で使用して本開示の試料分析方法を行うかは、分析対象物質、pH緩衝物質、非界面活性剤型の両イオン性物質、及び、イオン性の擬似固定相(使用する場合)に応じて当業者が適切に判断できる。
【0040】
〔非界面活性剤型の両イオン性物質〕
非界面活性剤型の両イオン性物質についての説明及び実施形態については上述したとおりである。本開示のキャピラリ電気泳動用溶液をランニングバッファーとして使用する場合、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液における非界面活性剤型の両イオン性物質の含有量は、一又は複数の実施形態において、分析精度の向上の観点から、10〜2000mMであり、好ましくは100〜1000mM、より好ましくは200〜600mMである。
【0041】
〔pH緩衝物質〕
pH緩衝物質についての説明及び実施形態については上述したとおりである。本開示のキャピラリ電気泳動用溶液をランニングバッファーとして使用する場合、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液におけるpH緩衝物質の含有量は、一又は複数の実施形態において、分析精度の向上の観点から、5〜500mMであり、好ましくは10〜300mM、より好ましくは20〜100mMである。
【0042】
〔イオン性擬似固定相〕
イオン性擬似固定相についての説明及び実施形態については上述したとおりである。本開示のキャピラリ電気泳動用溶液をランニングバッファーとして使用する場合であって、イオン性の擬似固定相を測定時間短縮化の目的で使用する場合、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液におけるイオン性擬似固定相の含有量は、一又は複数の実施形態において、分析精度の向上と測定時間の短縮化の観点から、0.001〜10w/v%であり、好ましくは0.1〜5w/v%である。
【0043】
〔水〕
本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、媒体として水を含有する。本開示において「媒体として水」とは、一又は複数の実施形態において、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液が緩衝液を含む場合、該緩衝液に含まれる水を含む。水としては、蒸留水、イオン交換水、純水及び超純水等が使用され得る。
【0044】
〔保存剤〕
本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、微生物の繁殖などを抑制するための保存剤を含んでいてもよく、例えば、アジ化ナトリウム、エチルパラベン、プロクリンなどを含んでいてもよい。
【0045】
〔キャピラリ電気泳動用溶液のpH〕
本開示のキャピラリ電気泳動用溶液のpHは、試料及び/又は分析対象物質に応じ、すでに使用され又は今後使用され得るpHの範囲を選択して使用できる。pHの調整は、一又は複数の実施形態において、必要に応じて、酸又は塩基を添加することで行うことができる。一又は複数の実施形態において、分析対象物質がヘモグロビンである場合、キャピラリ電気泳動用溶液のpHは、分析精度向上の観点から、3.0〜6.9、又は、4.0〜6.0が好ましい。なお、上記のpHは、25℃におけるキャピラリ電気泳動用溶液のpHであり、pHメータを用いて測定でき、電極の浸漬後40分後の数値である。
【0046】
〔その他の成分〕
本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、一又は複数の実施形態において、さらに、試料調製液として試料原料を処理する(例えば、血球の溶血を促進する)観点から非イオン性界面活性剤を含んでもよい。本開示のキャピラリ電気泳動用溶液における非イオン性界面活性剤の濃度は、一又は複数の実施形態において、不溶成分の可溶化の点から0.01w/v%以上が好ましく、より好ましくは0.05w/v%以上である。また、取り扱いが容易になる点から2w/v%以下が好ましく、より好ましくは1w/v%以下である。
【0047】
〔有機酸、塩基〕
また、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、一又は複数の実施形態において、さらに、有機酸又は塩基を含みうる。キャピラリ内壁がカチオン性物質又はアニオン性物質で被覆されたキャピラリを用いて、キャピラリ電気泳動溶液に、それぞれ、アニオン性擬似固定相又はカチオン性擬似固定相を用いた場合には、アニオン性擬似固定相又はカチオン性擬似固定相がキャピラリ内壁に電気的に結合し、キャピラリ内壁を被覆する場合がある。この場合、擬似固定相の分子量が大きいと、擬似固定相がキャピラリ内壁を完全に被覆できず、擬似固定相の隙間の部分にキャピラリ内壁のカチオン性物質又はアニオン性物質が表面に露出する場合がある。このとき、キャピラリ内に通液させるキャピラリ電気泳動用溶液又はその他の液が、例えばカルボキシル基、スルホン酸基などの酸性官能基を2以上の有する有機酸、又は、例えばアミノ基などの塩基性官能基を2以上の有する塩基を含有すると、キャピラリ内壁のカチオン性物質に有機酸の1つの酸性官能基、又は、アニオン性物質に塩基の1つの塩基性官能基が結合し、残りの有機酸の酸性官能基、又は、塩基の塩基性官能基がキャピラリ内壁に露出することで、有効にアニオン性又はカチオン性とすることができる。このような、有機酸として、マレイン酸、酒石酸、コハク酸、フマル酸、フタル酸、マロン酸、リンゴ酸、クエン酸、ADA、PIPES、POPSOなどが挙げられ、塩基としては、アルギニン、リジンなどがある。したがって、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、これらの有機酸を含有してもよい。これらの有機酸は、pH緩衝物質と同一物質であってもよい。
【0048】
また、一又は複数の実施形態において、キャピラリ内壁がカチオン性物質で被覆されたキャピラリを用いて、キャピラリ内壁をアニオン性にする場合、塩基としての1つの塩基性官能基と、水酸基などのアニオン性となり易い官能基とを有する化合物を選択することが好ましい。例えば、トリスヒドロキシメチルアミノメタン、ジメチルアミノエタノール、トリエタノールアミン、ジエタノールアミンなどがある。キャピラリ内壁がアニオン性物質で被覆されたキャピラリを用いて、キャピラリ内壁をカチオン性にする場合、酸としての1つの酸性官能基と、1〜3級アミノ基などのカチオン性となり易い官能基とを有する化合物を選択することが望ましい。例えば、ACES、4−アミノ安息香酸、3−アミノ安息香酸などがある。2価以上の酸と2価以上の塩基を用いると、液の粘性が上昇し、電気浸透流の速度が遅くなったり、イオンの速度の低下により分析時間の遅延が発生したりする場合がある。しかし、前記のような塩基及び酸の組み合わせ、例えば、塩基としての1つの塩基性官能基と水酸基などのアニオン性となり易い官能基とを有する化合物を用いることで、液の粘性が変化することなく、電気浸透流の速度を維持し、分析時間を維持したまま分析が可能となる。
【0049】
したがって、本開示は、一態様において、試料の分析方法であって、泳動液が充填されたキャピラリ流路に試料を導入すること、及び、前記流路の全体又は一部に電圧を印加してキャピラリ電気泳動を行い前記試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含み、さらに、キャピラリ内壁がカチオン性物質で被覆されたキャピラリに対し、アニオン性の擬似固定相と酸性官能基が2つ以上有する酸とを含む液、又は、1つの塩基性官能基とアニオン性となり易い官能基とを有する弱塩基化合物を含む液を接触させることを含む試料分析方法に関する。
【0050】
[キャピラリ電気泳動用溶液の調製方法]
本開示のキャピラリ電気泳動用溶液は、一又は複数の実施形態において、pH緩衝物質、非界面活性剤型の両イオン性物質、及び、水、さらに、必要に応じてイオン性の擬似固定相を、最終含有量が上述の各範囲となるように混合することで調製できる。その他の態様として、キャピラリ電気泳動用溶液を濃縮物として調製してもよい。
【0051】
[試料分析方法]
本開示の試料分析方法における「キャピラリ電気泳動により試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うこと」は、一又は複数の実施形態において、泳動液が充填されたキャピラリ流路に試料を導入すること、及び、前記流路の全体又は一部に電圧を印加してキャピラリ電気泳動を行い前記試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含む。
【0052】
本開示の試料分析方法における「分析対象物質の分離及び/又は検出」は、キャピラリ電気泳動により分離された分析対象物質を光学的手法により検出する工程を含んでいてもよい。光学的手法による検出としては、例えば、吸光度の測定が挙げられる。吸光度の波長は、試料、分析対象物質の種類に応じて適宜決定できる。
【0053】
本開示の試料分析方法は、さらに、光学的手法により得られたエレクトロフェログラムを解析する工程を含んでいてもよい。連続的にサンプリングしながら分離(キャピラリ電気泳動)を行う場合、得られるエレクトロフェログラムからは試料中の分析対象物質を個別に分析することは因難であるが、解析処理を行うことにより、試料中の分析対象物質を個別に分離・分析できる。解析工程は、エレクトロフェログラムを演算処理することにより、移動度(分離時間)に応じて分離したエレクトロフェログラムを得ることを含んでいてもよく、処理後のエレクトロフェログラムにおける各ピークの高さ及び/又はピークの面積に基づき、試料中の分析対象物質の成分比を求めることを含んでいてもよい。演算処理としては、例えば、微分処理、差分処理が挙げられる。
【0054】
本開示の試料分析方法におけるキャピラリ流路は、一又は複数の実施形態において、内径が100μm以下である管である。管の断面形状は、特に制限されず、円でも、矩形でも、その他の形状でもよい。また、キャピラリの長さは、特に制限されないが、本開示の試料分析方法は、例えば、10〜150mmであり、又は、20〜60mmである。
【0055】
本開示の試料分析方法におけるキャピラリ電気泳動は、キャピラリ流路がマイクロチップ化されたキャピラリ電気泳動チップを用いて行うことが好ましい。電気泳動チップの大きさは、一又は複数の実施形態において、長さ10〜200mm、幅1〜60mm、厚み0.3〜5mmであり、又は、長さ30〜70mm、幅1〜60mm、厚み0.3〜5mmである。キャピラリ電気泳動チップの限定されない実施形態は後述する。
【0056】
本開示の試料分析方法において、分析に十分な量の試料が流路に供給された後、試料に替えて泳動液及び/又は洗浄液を流路に導入してもよい。この場合、泳動液は、流路に充填されていた泳動液と同じであってもよいし、異なっていてもよい。
【0057】
[分析対象物質の測定方法]
本開示は、さらにその他の態様として、試料中の分析対象物質の測定方法であって、本開示の試料分析方法を用いて試料中の分析対象物質を測定することを含む方法に関する。試料及び分析対象物質は上記のとおりである。分析対象物質の限定されない一実施形態が、ヘモグロビンであり、HbA1cであり、又は、糖尿病診断の指標となる安定型HbA1cである。また、本開示の測定方法は、限定されない一又は複数の実施形態において、糖尿病診断の指標となる安定型HbA1cとその他のヘモグロビン成分とを測定する。したがって、本開示は、さらにその他の態様として、本開示の試料分析方法を用いてHbA1cを測定することを含むHbA1cの測定方法に関し、糖尿病の診断を行う観点から、本開示の試料分析方法を用いて安定型HbA1cをその他のヘモグロビン成分と分離して測定することが好ましい。
【0058】
[試料分析用キット]
本開示は、さらにその他の態様として、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液、及び、キャピラリ電気泳動チップを含む試料分析用キットに関する。本開示のキットにおいて、キャピラリ電気泳動チップは、限定されない一又は複数の実施形態において、試料保持槽、泳動液保持槽及びキャピラリ流路を含み、前記試料保持槽と前記泳動液保持槽とが前記キャピラリ流路により連通している電気泳動チップが挙げられる。本開示の測定用キットは、限定されない一又は複数の実施形態において、さらに、校正用物質及び精度管理用物質を含んでいてもよい。
【0059】
以下、本開示の試料分析方法について、限定されない一実施形態を説明する。
【0060】
(実施の形態1)
図1に示すキャピラリ電気泳動チップを用い、試料原料が全血であり、分析対象物質がヘモグロビンである場合を例にとり説明する。
【0061】
図1は、本開示の試料分析方法に使用するキャピラリ電気泳動チップの構成の限定されない一又は複数の実施形態を示す概念図である。
図1に示すキャピラリ電気泳動チップ1は、下基板2bに上基板2aが積層されている構成である。上基板2aには2つの貫通孔が形成され、下基板2bで封止されることで試料保持槽4及び泳動液(ランニングバッファー)保持槽5が形成されている。下基板2bにはI字状の溝が形成されており、この溝の上部に上基板2aが積層されることでキャピラリ流路3が形成されている。試料保持槽4及び泳動液保持槽5は、キャピラリ流路3で連通している。試料保持槽4からxmm及び泳動液保持槽5からymmの位置が検出部6である。キャピラリ流路3の長さ(x+y)は、キャピラリ電気泳動チップの長さに応じて適宜決定されるが、限定されない一又は複数の実施形態において、10〜150mm、又は、20〜60mmである。キャピラリ流路3の内径は、限定されない一又は複数の実施形態において、100μm以下、10〜100μm、又は、25〜75μmである。また、流路3の形状は、特に制限されず、円でも、矩形でも、その他の形状でもよい。キャピラリ電気泳動チップ全体の大きさは、限定されない一又は複数の実施形態において、長さ10〜200mm、幅1〜60mm、厚み0.3〜5mmであり、又は、長さ30〜70mm、幅1〜60mm、厚み0.3〜5mmである。
【0062】
キャピラリ流路3の材質は、ガラス、溶融シリカ、プラスチック等が挙げられる。プラスチック製としては、例えば、ポリメチルメタクリレート(PMMA)、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリエーテルエーテルケトン(PEEK)等が挙げられる。キャピラリ流路3の内壁は、限定されない一又は複数の実施形態において、アニオン性基含有化合物、カチオン性基含有化合物、無極性化合物等で被覆されていてもよい。例えば、シリル化剤、アニオン性基含有多糖類、官能基含有化合物等で被覆されていてもよい。シリル化剤等によるキャピラリ流路3の内壁の被覆は、例えば、国際公開2008/029685号、国際公開2008/13465号、特開2009−186445号公報、特願2011−239365号に記載された方法等と同様に行うことができる。また、内壁は、キャピラリ電気泳動用溶液又はその他の液を通液することで、前記液中に含まれる擬似固定相などの物質により被覆してもよい。また、キャピラリ流路3は、市販のキャピラリであってもよい。
【0063】
試料保持槽4及び泳動液保持槽5の容積は、流路の内径及び長さ等に応じて適宜決定されるが、例えば、それぞれ、1〜1000mm
3の範囲であり、好ましくは5〜100mm
3の範囲である。試料保持槽4及び泳動液保持槽5は、キャピラリ流路3の両端に電圧を印加するための電極をそれぞれ備えていてもよい。
【0064】
キャピラリ流路3、試料保持槽4及び泳動液保持槽5は、試料及び泳動液の蒸発を抑制し、濃度変化を低減する点から、必要に応じて上面がシール材等により覆われていることが好ましい。
【0065】
つぎに、
図1に示すキャピラリ電気泳動チップを用いた試料の分析方法の一例について説明する。
【0066】
まず、キャピラリ電気泳動チップの泳動液保持槽5に本開示のキャピラリ電気泳動用溶液を泳動液として充填し、毛細管現象により前記泳動液をキャピラリ流路3に充填する。
【0067】
つぎに、キャピラリ流路3に本開示のキャピラリ電気泳動用溶液が充填された前記キャピラリ電気泳動チップの試料保持槽4に試料を配置する。
【0068】
試料保持槽4に配置する試料は、試料原料である全血を本開示のキャピラリ電気泳動用溶液により希釈することにより調製できる。試料原料の希釈率は、例えば、1.2〜100倍であり、好ましくは2〜30倍、より好ましくは3〜15倍である。また、試料原料中に分離能に影響を及ぼし得る程度にイオン成分が含まれている場合、試料原料の希釈率は、例えば、2〜1000倍であり、好ましくは5〜300倍、より好ましくは10〜200倍である。
【0069】
ついで、キャピラリ流路3の両端、すなわち、試料保持槽4及び泳動液保持槽5との間に電圧を印加する。これにより、試料保持槽4からキャピラリ流路3への試料の導入及びキャピラリ流路3において分離が行われ、ヘモグロビンを含む試料が試料保持槽4から泳動液保持槽5に向かって移動する。キャピラリ流路3の両端に印加する電圧は、例えば、0.5〜10kVであり、好ましくは0.5〜5kVである。
【0070】
そして、所定の位置において測定を行う。測定は、例えば、吸光度測定等の光学的手法により行うことができる。分析対象物質がヘモグロビンの場合は、例えば、波長415nmの吸光度の測定を行うことが好ましい。
【0071】
測定を行う位置、すなわち、分離に要する長さ(
図1におけるx)は、キャピラリ流路3の長さ等に適宜決定できる。例えば、キャピラリ流路3の長さが10〜150mmである場合、キャピラリ流路3の試料保持槽4側の端部からの5〜140mmの位置、10〜100mm、又は、15〜50mmである。
【0072】
上述のように分析を行うことによって、ヘモグロビンの測定を行うことができ、好ましくはHbA1cとその他のヘモグロビン成分、さらに好ましくは糖尿病診断の指標となる安定型HbA1cとその他のヘモグロビン成分とを分離して測定することができる。その他のヘモグロビン成分としては、不安定型HbA1c、HbS、HbF、HbA2、HbC等が挙げられる。さらに、得られたエレクトロフェログラムを解析することにより、例えば、HbA1cの比率(%HbA1c)やHbA1cの量を測定することができる。このため、本開示の試料分析方法は、糖尿病の予防、診断及び治療等の用途に利用することができる。
【0073】
なお、上記実施形態では、試料原料として全血を溶血処理した溶血試料を使用し、それを試料調製液で希釈した試料を用いた場合を例にとり説明したが、本開示はこれに限定されるものではない。分析対象試料は、例えば、生体から採取したままの試料原料(例えば、溶血した血液)そのものであってもよいし、試料原料を溶媒(本開示のキャピラリ電気泳動用溶液)で希釈した試料であってもよい。試料原料は、例えば、血液を含む血液試料でもよいし、ヘモグロビンを含有する市販品を含む試料であってもよい。血液試料としては、特に制限されず、例えば、全血等の血球含有物を溶血処理した溶血試料等があげられる。前記溶血処理は、特に制限されず、例えば、超音波処理、凍結解凍処理、加圧処理、浸透圧処理、界面活性剤処理等があげられる。前記浸透圧処理は、特に制限されないが、全血等の血球含有物を低張液等で処理してもよい。前記低張液としては、特に制限されないが、例えば、水、緩衝液等があげられる。前記緩衝液は、特に制限されないが、例えば、前述の緩衝剤、添加剤等を含んでもよい。前記界面活性剤処理としては、特に限定されないが、例えば、非イオン性界面活性剤等を用いる処理があげられる。前記非イオン性界面活性剤としては、特に制限されないが、例えば、ポリオキシエチレンイソオクチルフェニルエーテル(商品名「Triton(登録商標)X−100」)等があげられる。
【0074】
本開示の試料分析方法によるヘモグロビンの分析においては、限定されない一又は複数の実施形態において、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液中に陰イオン性のカオトロピックイオンを含んでいてもよく、例えば、特開2009−186445号公報などに記載された方法等と同様に行うことができる。
【0075】
また、本開示の試料分析方法によるヘモグロビンの分析においては、限定されない一又は複数の実施形態において、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液中に、カルボキシル基を二つ以上有する酸性物質であって、少なくとも二つのカルボキシル基の酸解離定数(pKa)が泳動液のpHよりも2.5、2.0、1.5、又は1.0を超えて低いものを含んでいてもよく、例えば、特開2011−149934号報などに記載された方法等と同様に行うことができる。前記酸性物質として、限定されない一又は複数の実施形態において、トランス−1,2−シクロヘキサンジアミン−N,N,N’,N’−四酢酸(CyDTA)、1,1−シクロヘキサン二酢酸、(1α,2α,4α)−1,2,4−シクロヘキサントリカルボン酸、1,2,3,4,5,6−シクロヘキサンヘキサカルボン酸、L−グルタミン酸、D−酒石酸、L−酒石酸、フマル酸、クエン酸、アスパラギン酸、フタル酸、D−リンゴ酸等がある。
【0076】
また、本開示の試料分析方法によるヘモグロビンの分析においては、限定されない一又は複数の実施形態において、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液中に、疎水部としてアルキル基を有し、親水部として糖を有する非イオン性界面活性剤を含んでいてもよく、試料中に、ベタイン型両性界面活性剤を含んでいてもよく、例えば、WO 2008-136321 などに記載された方法等と同様に行うことができる。
【0077】
また、本開示の試料分析方法によるヘモグロビンの分析においては、限定されない一又は複数の実施形態において、本開示のキャピラリ電気泳動用溶液中に、ヘモグロビンの性状を均一化するためのヘモグロビン変性剤を含んでいてもよく、例えば、アジ化ナトリウム、フェリシアン化カリウムなどを含んでいてもよい。
【0078】
[測定値の算出方法]
上記のような試料分析方法を用いて試料中の分析対象物質を測定する場合において、分析対象物質の相対濃度を測定値として算出することがある。例えば、HbA(成人型Hb)に対する安定型HbA1cの比率を測定値としてHbA1c%(=安定型HbA1c量/HbA量×100)やHbA1c mmol/mol(=安定型HbA1c量/HbA量×1000)といった単位で算出する場合がある。しかし、試料中にHbA以外のヘモグロビン成分である変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンが多量に含まれる場合がある。変異ヘモグロビンとしては、HBS、HbE、HbD、HbMなどがあり、マイナーヘモグロビンとしては、HbF、HbA2などがある。これらの変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンも、HbAと同様に糖化が生じて、糖化変異ヘモグロビンや糖化マイナーヘモグロビンが生じる。
【0079】
安定型HbA1cを酵素や抗体を用いて測定する方法があり、一般的に安定型HbA1c濃度とヘモグロビン濃度を測定することで安定型HbA1cの比率を測定値として求めている。これらの方法において変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンが多量に含まれる試料を測定したときに、酵素や抗体の特異性により安定型HbA1cのみの濃度を測定できる場合と、安定型HbA1cに加えて糖化変異ヘモグロビンや糖化マイナーヘモグロビンも含めた濃度を測定してしまう場合がある。ヘモグロビン濃度の測定は、多くの場合にはHbAと変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンとを区別することなく、総ヘモグロビン濃度として測定するため、安定型HbA1cに加えて糖化変異ヘモグロビンや糖化マイナーヘモグロビンも含めた濃度を測定している場合には、安定型HbA1cの比率の値は変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンの影響を受けないか、受けても比較的軽微な影響であるが、安定型HbA1c濃度しか測定していない場合には、安定型HbA1cの比率の値は、変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンの影響により低値となる。
【0080】
これ対して、ヘモグロビンを様々な分画に分離して測定する分離分析法、例えばHPLCによる陽イオン交換クロマトグラフィーや等電点クロマトグラフィー、キャピラリ電気泳動、ゲル電気泳動などにおいては、安定型HbA1c、糖化変異ヘモグロビン、糖化マイナーヘモグロビン、HbA、変異ヘモグロビン、マイナーヘモグロビンなどを分離できる場合がある。このような分離分析法においては、その分離のさせ方により、安定型HbA1cを他のヘモグロビンの成分から分離できる場合や、安定型HbA1cと糖化変異ヘモグロビンや糖化マイナーヘモグロビンとが分離できない場合、HbAと変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンとを分離できる場合、HbAと変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンが分離できない場合がある。
【0081】
安定型HbA1cを他のヘモグロビンの成分から分離できた場合でも、HbAと変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンを区別することなく計算するとヘモグロビンの量が大きく計算され、安定型HbA1cの比率を誤って低く計算した結果となる。このような誤りを防ぐために、変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンを除いたHbAのみの量を用いて計算することで、正しい安定型HbA1cの比率の値が求められる。計算の一例としては、安定型HbA1c%=安定型HbA1c量/(全ヘモグロビン量−変異ヘモグロビン量)×100、安定型HbA1c%=安定型HbA1c量/(全ヘモグロビン量−マイナーヘモグロビン量)×100といった式で求めることができる。一方で、安定型HbA1cと糖化変異ヘモグロビンや糖化マイナーヘモグロビンを分離して測定できない場合には、HbAと変異ヘモグロビンやマイナーヘモグロビンを合わせた値を用いることが望ましい。計算の一例としては、安定型HbA1c%=(安定型HbA1c量+糖化変異ヘモグロビン量)/(HbAと変異ヘモグロビンを含んだヘモグロビン量)×100、安定型HbA1c%=(安定型HbA1c量+糖化マイナーヘモグロビン量)/(HbAとマイナーヘモグロビンを含んだヘモグロビン量)×100といった式で求めることができる。
【0082】
また、全ヘモグロビンに対するマイナーヘモグロビンや変異ヘモグロビンの比率を測定値として、変異ヘモグロビンの%といったように、例えば、HbF%やHbS%といったとように算出する場合がある。しかし、ヘモグロビンの種類毎に1つのピークとして分離されないことがあり、例えば、HbAが安定型HbA1cや不安定型HbA1cやそれ以外のHbAに分かれている場合がある。このような場合、HbAに由来する各成分の量を合計してHbAの量を計算するか、全ヘモグロビン量からマイナーヘモグロビンや変異ヘモグロビンの量を差し引いた値をHbAの量とすることが望ましい。計算の一例として、変異ヘモグロビン%=変異ヘモグロビン量/(全ヘモグロビン量−変異ヘモグロビン量)×100、マイナーヘモグロビン%=マイナーヘモグロビン量/(安定型HbA1c量+不安定型HbA1c量+HbA0量)×100といった式で求めることができる。
【0083】
一実施形態として、
図5のエレクトロフェログラムから安定型HbA1c%、HbF%、HbA%を算出する。
図5のエレクトロフェログラムは、HbF、安定型HbA1c、HbA0、及び、HbSを含む試料を、後述する実施例3のキャピラリ電気泳動用溶液を用いて実施例3と同様の条件でキャピラリ電気泳動を行った結果の一例である。各ヘモグロビンの量は各ピークの終わりの吸光度から始まりの吸光度を差し引いて求めた。なお、安定型HbA1cには、糖化HbF及び糖化HbSは含まれていない。
HbF 62
安定型HbA1c 21
HbA0 349
HbS 298
安定型HbA1c%、HbF%、HbA%は、下記のように計算することが可能となる。
安定型HbA1c%=21/349×100=6.0%
HbF%=62/(62+21+349+298)=8.5%
HbA%=(21+349)/(62+21+349+298)=50.7%
【0084】
すなわち、本開示は以下の一又は複数の実施形態に関しうる;
[A1] 試料の分析方法であって、
キャピラリ電気泳動により試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含み、
分析対象物質の分離及び/又は検出が、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質の存在下で行われる、試料分析方法。
[A2] 試料の分析方法であって、
泳動液が充填されたキャピラリ流路に試料を導入すること、及び、
前記流路の全体又は一部に電圧を印加してキャピラリ電気泳動を行い前記試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含み、
分析対象物質の分離及び/又は検出が、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質の存在下で行われる、試料分析方法。
[A3] 分析対象物質の分離及び/又は検出が、イオン性の擬似固定相、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質の存在下で行われる、[A1]又は[A2]に記載の試料分析方法。
[A4] 前記試料が、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質を含有する、[A1]から[A3]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A5] 前記試料が、イオン性の擬似固定相、pH緩衝物質及び非界面活性剤型の両イオン性物質を含有する、[A1]から[A4]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A6] 非界面活性剤型の両イオン性物質は、ミセルを形成しない両イオン性物質である、[A1]から[A5]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A7] 非界面活性剤型の両イオン性物質は、pH緩衝作用を有さない物質である、[A1]から[A6]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A8] 非界面活性剤型の両イオン性物質が、非界面活性剤型のベタインである、[A1]から[A7]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A9] 非界面活性剤型の両イオン性物質が、四級アンモニウムカチオン、及び、スルホ基(-SO
3-)若しくはカルボキシル基(-COO
-)を同一分子内の隣り合わない位置に有する物質である、[A1]から[A8]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A10] pH緩衝物質は、そのpKa又はpKbの値が、泳動条件のpHの±2.0の範囲に含まれる物質である、[A1]から[A9]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A11] イオン性の擬似固定相が、アニオン性又はカチオン性のポリマーである、[A3]から[A10]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A12] 試料が、ヘモグロビンを含む試料である、[A1]から[A11]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A13] 試料が、分析対象物質として、安定型HbA1c(s−HbA1c)、ヘモグロビンA0(HbA0)、ヘモグロビンA1a(HbA1a)、ヘモグロビンA1b(HbA1b)、ヘモグロビンA1d(HbA1d)、ヘモグロビンA1e(HbA1e)、ヘモグロビンA2(HbA2)、ヘモグロビンS(HbS、鎌状赤血球ヘモグロビン)、ヘモグロビンF(HbF、胎児ヘモグロビン)、ヘモグロビンM(HbM)、ヘモグロビンC(HbC)、ヘモグロビンD(HbD)、ヘモグロビンE(HbE)、メト化ヘモグロビン、カルバミル化ヘモグロビン、アセチル化ヘモグロビン、アルデヒド化ヘモグロビン、及び不安定型HbA1c(l−HbA1c)からなる群から選択される物質を含む、[A1]から[A12]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A14] キャピラリ電気泳動の泳動液のpHが、3.0〜6.9である、[A1]から[A13]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A15] イオン性の擬似固定相が、アニオン性基を有する多糖類である、[A3]から[A14]のいずれかに記載の試料分析方法。
[A16] pH緩衝物質、非界面活性剤型の両イオン性物質、及び、水を含有する、キャピラリ電気泳動用溶液。
[A17] さらに、イオン性の擬似固定相を含有する、[A16]記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A18] 非界面活性剤型の両イオン性物質は、ミセルを形成しない両イオン性物質である、[A16]又は[A17]に記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A19] 非界面活性剤型の両イオン性物質は、pH緩衝作用を有さない物質である、[A16]から[A18]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A20] 非界面活性剤型の両イオン性物質が、非界面活性剤型のベタインである、[A16]から[A19]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A21] 非界面活性剤型の両イオン性物質が、四級アンモニウムカチオン、及び、スルホ基(-SO
3-)若しくはカルボキシル基(-COO
-)を同一分子内の隣り合わない位置に有する物質である、[A16]から[A20]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A22] pH緩衝物質は、そのpKa又はpKbの値が、泳動条件のpHの±2.0の範囲に含まれる物質である、[A16]から[A21]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A23] イオン性の擬似固定相が、アニオン性又はカチオン性のポリマーである、[A17]から[A122]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A24] イオン性の擬似固定相が、アニオン性基を有する多糖類である、[A17]から[A23]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A25] 泳動液のpHが、3.0〜6.9である、[A16]から[A24]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液。
[A26] [A16]から[A25]のいずれかに記載のキャピラリ電気泳動用溶液、及び、キャピラリ電気泳動チップを含み、
前記キャピラリ電気泳動チップは、試料貯留槽、泳動液貯留槽及びキャピラリ流路を含み、前記試料貯留槽と前記泳動液貯留槽とが前記キャピラリ流路により連通している電気泳動チップである、試料分析用キット。
[A27] さらに、校正用物質、及び/又は、精度管理用物質を含む、[A26]記載の試料分析用キット。
[A28] 試料の分析方法であって、
泳動液が充填されたキャピラリ流路に試料を導入すること、及び、前記流路の全体又は一部に電圧を印加してキャピラリ電気泳動を行い前記試料中の分析対象物質の分離及び/又は検出を行うことを含み、
さらに、
キャピラリ内壁がカチオン性物質で被覆されたキャピラリに対し、
アニオン性の擬似固定相と酸性官能基が2つ以上有する酸とを含む液、又は、1つの塩基性官能基とアニオン性となり易い官能基とを有する弱塩基化合物を含む液を接触させることを含む、試料分析方法。
【実施例】
【0085】
以下、実施例により本開示をさらに詳細に説明するが、これらは例示的なものであって、本開示はこれら実施例に制限されるものではない。
【0086】
実施例1〜4及び比較例1〜2
[1.キャピラリ電気泳動用溶液の調製]
40mMクエン酸、1w/v%コンドロイチン硫酸Cナトリウム(和光純薬工業社製)、0.1w/v%エマルゲンLS−110(花王社製)を混合し、ジメチルアミノエタノールを添加してpHを5.3に調整し、比較例1のキャピラリ電気泳動用溶液を調製した(表1)。
【0087】
この比較例1のキャピラリ電気泳動用溶液に最終濃度が500mM及び250mMとなるようにNDSB−201(3-(1-Pyridino)-1-pronane sulfonate、非界面活性剤型スルホベタイン、Affymetrix社製)を添加して、それぞれ、実施例1及び2のキャピラリ電気泳動用溶液を調製した(表1)。また、比較例1と同じキャピラリ電気泳動用溶液を比較例2のキャピラリ電気泳動用溶液として調製し、この比較例2のキャピラリ電気泳動用溶液に最終濃度が500mMとなるようにベタイン(トリメチルグリシン、非界面活性剤型ベタイン、和光純薬工業社製)を添加し実施例3のキャピラリ電気泳動用溶液を調製し、250mMとなるようにNDSB−211(Dimethyl(2-hydroxyethyl)ammonium propane sulfonate、非界面活性剤型スルホベタイン、Affymetrix社製)を添加し実施例4のキャピラリ電気泳動用溶液を調製した(表2)。
【0088】
[2.試料原料の準備]
抗凝固剤入りの採血管を用いて採取された健常人の全血を試料原料とした。
【0089】
[3.分離デバイス(キャピラリ電気泳動チップ)]
試料分析用のキャピラリ電気泳動デバイスとして、
図1に示すキャピラリ電気泳動チップ1を用いた。このキャピラリ電気泳動チップ1は、下基板2bに上基板2aが積層されている構成である。上基板2aには2つの貫通孔が形成され、下基板2bで封止されることで試料保持槽4及び泳動液(ランニングバッファー)保持槽5が形成されている。下基板2bにはI字上の溝が形成されており、この溝の上部に上基板2aが積層されることでキャピラリ流路3が形成されている。試料保持槽4及び泳動液保持槽5は、キャピラリ流路3で連通している。キャピラリ流路3の断面積は0.04×0.04mmであり、試料保持槽4及び泳動液保持槽5間の距離は30mmである。試料保持槽4から20mm及び泳動液保持槽5から10mmの位置を検出部6とした。
【0090】
〔キャピラリ電気泳動チップA及びBの製造〕
キャピラリ電気泳動チップAは、上記キャピラリ電気泳動チップ1の流路内にタンパク質(ヘモグロビン)を吸着させ、さらにコンドロイチン硫酸でコーティングした。具体的には、ヘモグロビン溶液をキャピラリに満たして十分に疎水吸着させた後、40mMのクエン酸と1w/v%のコンドロイチン硫酸を含む溶液(pH5.3)をキャピラリに通液してコーティングした。
【0091】
キャピラリ電気泳動チップBは、上記キャピラリ電気泳動チップ1の流路内をシランカップリング剤(3-アミノプロピルトリメトキシシラン)で処理してアミノ基を導入し、さらにコンドロイチン硫酸でコーティングした。具体的には、40mMのクエン酸と1w/v%のコンドロイチン硫酸を含む溶液(pH5.3)をキャピラリに通液してコーティングした。
【0092】
[4.キャピラリ電気泳動]
実施例1,2及び比較例1のキャピラリ電気泳動用溶液及びキャピラリ電気泳動チップAを使用して下記条件Aでキャピラリ電気泳動を行った。また、実施例3,4及び比較例2のキャピラリ電気泳動用溶液及びキャピラリ電気泳動チップBを使用して下記条件Bでキャピラリ電気泳動を行った。得られたエレクトロフェログラムを
図2及び3に示し、測定された平均電流値の相対値を表2及び3に示す。なお、平均電流値とは、電気泳動開始から終了までの電極間の電流値を平均することにより算出される。
〔測定装置〕
キャピラリ電気泳動チップのキャピラリ電気泳動は、アークレイ社製の装置を用いて行った。キャピラリ電気泳動チップ1の検出部6において、415nmの波長における吸光度を測定した。吸光度の測定は、電気泳動開始から終了まで、0.02秒間隔で連続的に行った。
〔泳動条件A〕
1:キャピラリ電気泳動チップA上の泳動液保持槽5に比較例1のキャピラリ電気泳動用溶液9μLを添加して、キャピラリ3内に比較例1のキャピラリ電気泳動用溶液を充填する。
2:次に、実施例1,2及び比較例1の各キャピラリ電気泳動用溶液で試料原料を25倍に希釈して調製した試料9μLを、チップ上の試料保持槽に添加する。
3:次に、試料保持槽4に陽電極、泳動液保持槽5に負電極を接触させ、1800Vの電圧を印加して電気泳動を開始する。
4:検出部にて415nmの吸光度を測定し、エレクトロフェログラムを得る。また、電圧印加中は電流値を測定する。電気泳動は90秒間行う。
〔泳動条件B〕
1:キャピラリ電気泳動チップB上の泳動液保持槽5に比較例2のキャピラリ電気泳動用溶液9μLを添加して、キャピラリ3内に比較例2のキャピラリ電気泳動用溶液を充填する。
2:次に、実施例3,4及び比較例2の各キャピラリ電気泳動用溶液で試料原料を25倍に希釈して調製した試料9μLを、チップ上の試料保持槽に添加する。
3:次に、試料保持槽4に陽電極、泳動液保持槽5に負電極を接触させ、1800Vの電圧を印加して電気泳動を開始する。
4:検出部にて415nmの吸光度を測定し、エレクトロフェログラムを得る。また、電圧印加中は電流値を測定する。電気泳動は90秒間行う。
【0093】
【表1】
【表2】
【0094】
図2及び
図3から、非界面活性剤型両イオン性物質を添加したキャピラリ電気泳動用溶液で試料を調製して用いた実施例1〜4では、添加していない比較例1及び2に比べ検出時間が短くなった。
【0095】
また、
図2に示すとおり、比較例1ではメト化ヘモグロビンが検出されているのに対し、実施例1及び2ではメト化ヘモグロビンの発生が抑制された。このとき、実施例1及び2では比較例1よりも電気泳動中の電流値の増加が抑制されていた(表1)。
【0096】
さらに、
図3に示すとおり、実施例3及び4では比較例2よりもピーク幅の増大が抑制された。このとき、実施例3及び4では比較例2よりも電気泳動中の電流値の増加が抑制されていた(表2)。
【0097】
キャピラリ電気泳動チップA及びBではキャピラリ流路3の内壁処理条件が異なるが、短時間の測定及び電流値増加の抑制という効果は共通していた。また、実施例1〜4では非界面活性剤型両イオン性物質が異なるが、短時間の測定及び電流値増加の抑制という効果は共通していた。
【0098】
実施例5及び比較例3〜4
[1.キャピラリ電気泳動用溶液の調製]
比較例1と同じように、比較例3のキャピラリ電気泳動用溶液を調製した。
【0099】
この比較例3のキャピラリ電気泳動用溶液に最終濃度が250mMとなるようにNDSB−201を添加して、実施例5のキャピラリ電気泳動用溶液を調製した(実施例2と同じ)。また、比較例3のキャピラリ電気泳動用溶液に最終濃度が1.0v/v%となるようにパルミチルスルホベタイン(商品名 SB3-16,東京化成工業社製)を添加し比較例4のキャピラリ電気泳動用溶液を調製した。
【0100】
[2.試料原料及び分離デバイス]
前述の全血を試料原料として使用した。キャピラリ電気泳動チップは、前記キャピラリ電気泳動チップBを使用した。
【0101】
[3.キャピラリ電気泳動]
実施例5及び比較例3,4のキャピラリ電気泳動用溶液及びキャピラリ電気泳動チップBを使用して下記条件Cでキャピラリ電気泳動を行った。得られたエレクトロフェログラムを
図2及び3に示し、測定された平均電流値の相対値を表4に示す。
〔測定装置〕
キャピラリ電気泳動チップのキャピラリ電気泳動は、前述と同じ装置を用いた。
〔泳動条件C〕
1:キャピラリ電気泳動チップB上の泳動液保持槽5に実施例5及び比較例3、4の各キャピラリ電気泳動用溶液9μLを添加して、キャピラリ3内にキャピラリ電気泳動用溶液を充填する。
2:次に、実施例5及び比較例3、4の各キャピラリ電気泳動用溶液で試料原料を25倍に希釈して調製した試料9μLを、チップ上の試料保持槽に添加する。
3:次に、試料保持槽4に陽電極、泳動液保持槽5に負電極を接触させ、1600Vの電圧を印加して電気泳動を開始する。
4:検出部にて415nmの吸光度を測定し、エレクトロフェログラムを得る。また、電圧印加中は電流値を測定する。電気泳動は60秒間行う。
【0102】
【表3】
【0103】
表3及び
図4の実施例5の結果から、泳動開始前に流路内に非界面活性剤型両イオン性物質が存在する場合であっても電流値抑制と分析時間短縮に効果があることが確認された。
【0104】
また、表3及び
図4の比較例4の結果から、非界面活性剤型両イオン性物質に換えて界面活性剤型の両イオン性物質を使用した場合、電流値抑制には効果があるものの、分析時間の短縮には効果がないことが確認された。