(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
請求項1に記載のガラス組成物をナトリウムイオンのイオン半径よりも大きいイオン半径を有する一価の陽イオンを含む溶融塩に接触させることにより、前記ガラス組成物に含まれるナトリウムイオンと前記一価の陽イオンとをイオン交換して表面に圧縮応力層が形成された強化ガラス物品。
【背景技術】
【0002】
近年、液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ等を搭載した電子機器やタッチパネル式ディスプレイを搭載した電子機器が広く普及している。ガラス材料は高い表面硬度を有するため、これらの電子機器のディスプレイのカバーガラスとして広く利用されている。ディスプレイのカバーガラスは、機械的強度を補うために化学強化が施されることがある。
【0003】
化学強化は、ガラス表面に含まれるアルカリ金属イオンをより半径の大きい一価の陽イオンで置換することにより、ガラス表面に圧縮応力層を形成する技術である。化学強化は、リチウムイオン(Li
+)をナトリウムイオン(Na
+)で置換することにより、あるいはナトリウムイオンをカリウムイオン(K
+)で置換することにより、実施されることが多い。
【0004】
特許文献1に開示されている化学強化に適したガラス組成物は、64〜68mol%のSiO
2、12〜16mol%のNa
2O、8〜12mol%のAl
2O
3を含み、Na
2OがAl
2O
3よりも2〜6mol%多く、アルカリ土類金属の酸化物の含有率の和(MgO+CaO+SrO)が5〜8mol%に調整されている(請求項1)。また、特許文献1に記載のガラス組成物は、ダウンドロー法による製造に適したものとするために、溶融温度1650℃未満、および、少なくとも13kPa・sの液相粘度を示す。ところで、特許文献1に実施例として記載されたガラス組成物のAl
2O
3およびNa
2Oの含有率を質量%に換算すると、それぞれ13.99%以上、13.76%以下である。また、特許文献1の実施例において、粘度が200P(200dPa・s)時の温度は1536℃以上を示し、粘度35kPa(35000dPa・s)時の温度は1058℃以上を示している。
【0005】
特許文献2に開示されているタッチパネルディスプレイに好適な強化ガラス基板は、質量%で、45〜75%のSiO
2、1〜30%のAl
2O
3、0〜20%のNa
2O、0〜20%のK
2Oを含有している(請求項3)。特許文献2に実施例として開示されているガラス基板は、13.0〜24.0質量%のAl
2O
3と4.1〜14.5質量%のNa
2Oと、を含んでいる。また、実施例において、粘度10
4dPa・sにおける温度は1122℃となっている。
【0006】
ところで、ガラスの高温粘性を示す指標として、作業温度および溶融温度が知られている。フロート法においては、作業温度は、ガラス粘度が10
4dPa・sになる温度であり、以下T
4と表記することがある。また、溶融温度は、ガラス粘度が10
2dPa・sになる温度であり、以下T
2と表記することがある。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、ガラス組成物の成分を示す%表示は特に断らない限り、すべて質量%を意味する。また、本明細書において、「実質的に構成される」とは、列挙された成分の含有率の合計が99.5質量%以上、好ましくは99.9質量%以上、より好ましくは99.95質量%以上を占めることを意味する。「実質的に含有しない」とは、当該成分の含有質が0.1質量%以下、好ましくは0.05質量%以下であることを意味する。
【0015】
特許文献1および特許文献2に開示されているガラスでは、高温粘性が高く、高いT
4を示す。高いT
4は、ディスプレイのカバーガラスをフロート法により製造するうえでは不利であり、またディスプレイのカバーガラスとしてガラスを薄く成形するうえでも不利である。
【0016】
そこで、本発明では、特にAl
2O
3、Na
2Oおよびアルカリ土類酸化物の含有率を、各酸化物が特性に及ぼす影響を考慮しながら抜本的に見直し、併せてその他の成分の含有率を総合的に調整することによりT
4を下げて、フロート法による製造に適し、特にディスプレイ用のカバーガラスとしてガラスをより薄く成形(例えば1mm以下)するのに有利な、傷や割れの生じにくいガラス組成物を提供することとした。
【0017】
以下の観点は、本発明において必須の観点ではない。しかし、本発明は場合によっては、以下の観点に着目することができる。
【0018】
本発明は、従来のフロート法による製造設備に用いられているガラス溶融窯に適合しやすいように比較的低いT
2を示すガラス組成物を提供するものである。また、フロート法でのガラス成形に適しやすいように、T
4と液相温度TLとの差が大きな値(例えば20℃以上)を示すガラス組成物を提供するものである。
【0019】
以下、本発明によるガラス組成物を構成する各成分について説明する。
【0020】
(Al
2O
3)
Al
2O
3はガラス組成物の化学的耐久性を向上させ、さらにガラス中のアルカリ金属イオンの移動を容易にする。また、化学強化後の強度の維持に寄与する成分でもある。他方、Al
2O
3の含有率が高すぎると、Tgが上昇し、溶融ガラスを適切に徐冷してガラス板を製造することが難しくなる。また、ガラス融液の粘度を増加させ、T
2、T
4を上昇させてしまう。
【0021】
したがって、Al
2O
3の含有率は、8〜12%の範囲が適切である。Al
2O
3の含有率は11.5%以下が好ましく、11%以下がより好ましく、10.5%以下がさらに好ましく、場合によっては9.8%以下であってもよい。また、Al
2O
3の含有率は、8.5%以上が好ましく、9%以上がより好ましい。
【0022】
(Na
2O)
Na
2Oは、ナトリウムイオンがカリウムイオンと置換されることにより、表面圧縮応力を大きくし、圧縮応力層の深さを大きくする成分である。また、溶解性を向上させ、T
4、T
2を低下させる成分でもある。他方、Na
2Oの含有率が高すぎるとガラス組成物の耐熱性が低下し、カリウムイオンと置換されることで生じた応力が緩和してしまう。
【0023】
したがって、Na
2Oの含有率は、18〜24%の範囲が適切である。Na
2Oの含有率は、18.5%以上が好ましく、19%以上がより好ましく、場合によっては20.1%以上であってもよい。また、Na
2Oの含有率は、22%以下が好ましく、21%以下がより好ましい。
【0024】
(MgO)
MgOはガラスの溶解性を向上させる必須の成分である。この効果を十分に得るためには、MgOの含有率は6%以上が望ましい。一般にアルカリ土類酸化物(RO)はガラス組成物中のナトリウムイオンをカリウムイオンにより置換するイオン交換を阻害する傾向にあるが、その中でもMgOはイオン交換を阻害する傾向が最も少ない。したがって、ROの中ではMgOの含有率を最も大きくすることが好ましい。他方、MgOの含有率が限度を超えて高すぎると、ガラス中のナトリウムイオンの移動が阻害される。また、ガラス組成物の液相温度TLが上昇してしまう。
【0025】
したがって、MgOの含有率は6〜10%の範囲が適切である。MgOの含有率は、7%以上が好ましく、8%以上がより好ましい。また、MgOの含有率は、9.5%以下であってもよい。
【0026】
(CaO)
CaOは、高温での粘性を低下させる効果を有する。しかし、CaOの含有率が高すぎると、ガラス組成物におけるナトリウムイオンの移動が阻害されてしまうと共に、ガラス組成物が失透しやすくなる。
【0027】
したがって、CaOの含有率は0〜1%の範囲が適切である。CaOの含有率は、0.7%以下が好ましく、0.5%以下がより好ましい。また、CaOの含有率は、0.1%以上であってもよい。
【0028】
(SrO,BaO)
SrO,BaOは、ガラス組成物の粘性を大きく低下させ、少量の含有では液相温度TLを低下させる効果がCaOより顕著である。しかし、SrO,BaOは、ごく少量の添加であっても、ガラス組成物におけるナトリウムイオンの移動を顕著に妨げ、表面圧縮応力・圧縮応力層の深さの両方を大きく低下させる。
【0029】
したがって、本発明のガラス組成物においては、SrO,BaOを実質的に含有しないことが好ましい。
【0030】
(RO)
ROは、MgO、CaO、SrOおよびBaOを示す。ROの含有率が低すぎると、ガラス組成物の粘性を下げる成分が不足して溶解が困難となる。他方、ROの含有率が高すぎると、化学的耐久性が低下する。また、ガラス中のナトリウムイオンの移動を阻害するため化学強化が進みにくくなる。
【0031】
したがって、ROの含有率(MgO、CaO、SrOおよびBaOの含有率の合計)は、7〜12%の範囲が適切である。ROの含有率は、7〜11%の範囲が好ましく、7.5〜10%の範囲がさらに好ましい。ROの含有率は9.3%以下であってもよい。
【0032】
(SiO
2)
SiO
2は、ガラス組成物を構成する主要成分であり、その含有率が低すぎるとガラスの化学的耐久性および耐熱性が低下する。他方、SiO
2の含有率が高すぎると、高温でのガラス組成物の粘性が高くなり、溶解および成形が困難になる。したがって、SiO
2の含有率は、58〜64%の範囲が適切である。58〜62%が好ましい。
【0033】
(K
2O)
K
2Oは、化学強化後の圧縮応力層の深さを増大させる成分である。またNa
2Oと同様、ガラスの溶解性を向上させる成分である。また、しかし、K
2Oの含有率が高すぎると、化学強化後の表面圧縮応力の値が低下する。また、K
2Oは、Na
2Oと比較して、ガラス組成物の高温での粘性T
4、T
2を高める傾向が大きい。
【0034】
したがって、K
2Oの含有率は0〜3%の範囲が適切である。K
2Oの含有率は、2%以下が好ましく、1.5%以下がより好ましい。また、K
2Oの含有率は、0.2%以上、さらには0.5%以上であってもよい。
【0035】
(Li
2O)
Li
2Oは、少量の添加により、化学強化後の表面圧縮応力の値が大きく低下する。したがって、本発明のガラス組成物においては、実質的にLi
2Oを含有しないことが好ましい。
【0036】
(B
2O
3)
B
2O
3は、ガラス組成物の粘性を下げ、溶解性を改善する成分である。しかし、B
2O
3の含有率が高すぎると、ガラス組成物の耐水性が低下し、ガラス組成物が分相しやすくなる。また、B
2O
3とアルカリ金属酸化物とが形成する化合物が揮発してガラス溶解室の耐火物を損傷するおそれが生じる。さらに、B
2O
3の含有は化学強化における圧縮応力層の深さを減少させてしまう。したがって、B
2O
3の含有率は1%以下が適切である。本発明では、B
2O
3を実質的に含有しないガラス組成物であることがより好ましい。
【0037】
(Fe
2O
3)
通常Feは、Fe
2+又はFe
3+の状態でガラス中に存在する。Fe
3+はガラスの紫外線吸収特性を高める成分であり、Fe
2+は熱線吸収特性を高める成分である。しかし、ガラス組成物をディスプレイのカバーガラスとして用いる場合、着色が目立たないことが求められるため、Feの含有率は少ない方が好ましい。Feは工業原料により不可避的に混入する場合があるが、Fe
2O
3に換算した酸化鉄の含有率が0.1%以下とすることがよく、0.02%以下であることが好ましい。また、本発明においては、酸化鉄を実質的に含有しないガラス組成物としてもよい。
【0038】
(TiO
2)
TiO
2は、ガラスの高温粘性を下げると同時に、化学強化後の表面圧縮応力値を高める成分である。しかし、TiO
2の高い含有率は、ガラス組成物に黄色の着色を与え、この着色は好ましくない。したがって、TiO
2の含有率は0〜2%が適切であり、1%以下が好ましい。TiO
2は工業原料により不可避的に混入し、ガラス組成物において0.05%含有されることがあるが、この程度の含有率であれば、好ましくない着色は現れない。
【0039】
(ZrO
2)
ZrO
2は、ガラスの耐水性を向上させる成分である。また、化学強化後の表面圧縮応力値を著しく高める成分でもある。しかし、ZrO
2の高い含有率は、液相温度TLの急激な上昇を引き起こすことがある。したがって、ZrO
2の含有率は0〜3%が適切であり、1.5%以下が好ましい。また、本発明においては、ZrO
2を実質的に含有しないガラス組成物であってもよい。
【0040】
(SO
3)
フロート法においては、ボウ硝(Na
2SO
4)など硫酸塩が清澄剤として汎用される。硫酸塩は溶融ガラス中で分解してガス成分を生じ、これによりガラス融液の脱泡が促進されるが、ガス成分の一部はSO
3としてガラス組成物中に溶解し残留する。本発明のガラス組成物においては、SO
3は0.1〜0.4%であることが好ましい。
【0041】
(SnO
2)
フロート法により成形されたガラス板において、成型時にスズ浴に触れた面はスズ浴からスズが拡散し、そのスズがSnO
2として存在することが知られている。また、ガラス原料に混合させたSnO
2は、脱泡に寄与する。本発明のガラス組成物においては、SnO
2は0〜0.3%であることが好ましい。
【0042】
(その他の成分)
本発明によるガラス組成物は、上記に列挙した各成分(Al
2O
3〜SnO
2)から実質的に構成されていることが好ましい。ただし、本発明によるガラス組成物は、上記に列記した成分以外の成分を、好ましくは各成分の含有率が0.1%未満となる範囲で含有していてもよい。
【0043】
含有が許容される成分としては、上述のSO
3とSnO
2以外に溶融ガラスの脱泡を目的として添加される、As
2O
5、Sb
2O
5、CeO
2、Cl、Fを例示できる。ただし、As
2O
5、Sb
2O
5、Cl、Fは、環境に対する悪影響が大きいなどの理由から添加しないことが好ましい。また、含有が許容されるまた別の例は、ZnO、P
2O
5、GeO
2、Ga
2O
3、Y
2O
3、La
2O
3である。工業的に使用される原料に由来する上記以外の成分であっても0.1%を超えない範囲であれば許容される。これらの成分は、必要に応じて適宜添加したり、不可避的に混入したりするものであるから、本発明のガラス組成物は、これらの成分を実質的に含有しないものであっても構わない。
【0044】
以下、本発明によるガラス組成物の特性について説明する。
【0045】
(ガラス転移点:Tg)
本発明によれば、ガラス組成物の転移点(Tg)を580℃未満、さらには、570℃以下、場合によっては、560℃以下にまで引き下げて、溶融ガラスの徐冷が容易で製造しやすいガラス組成物を提供できる。なお、ガラス転移点の下限は特に制限されないが、イオン交換によって生じた圧縮応力が緩和しないように、500℃以上、好ましくは530℃以上がよい。
【0046】
(ガラスの軟化点:Ts)
本発明によれば、ガラス組成物の軟化点(Ts)が800℃以下であるガラス組成物を提供できる。この範囲の軟化点のガラス組成物であれば、一旦製造したガラス板を再度加熱軟化させて立体形状を有するガラス物品に成形することが容易である。Tsは、780℃以下が好ましく、760℃以下であることが特に好ましい。
【0047】
(作業温度:T
4)
フロート法では、溶融ガラスを溶融窯からフロートバスに流入させる際に、溶融ガラスの粘度が10
4dPa・s(10
4P)程度に調整される。フロート法による製造は、溶融ガラスの粘度が10
4dPa・sとなる温度(作業温度;T
4)が低い方が好ましく、例えばディスプレイのカバーガラスのためにガラスを薄く成形するためには、溶融ガラスの作業温度T
4が1080℃以下であることが好ましい。本発明によれば、ガラス組成物のT
4を、1080℃以下、さらには1070℃以下、場合によっては1060℃以下まで低減し、フロート法による製造に適したガラス組成物を提供できる。T
4の下限は特に限定されないが、例えば1000℃である。
【0048】
(溶融温度:T
2)
溶融ガラスの粘度が10
2dPa・sになる温度(溶融温度;T
2)が低いと、ガラス原料を熔かすために必要なエネルギー量を抑制することができ、ガラス原料がより容易に溶解してガラス融液の脱泡および清澄が促進される。本発明によれば、T
2を1530℃以下、さらには1500℃以下、より好ましくは1480℃以下にまで低下させることができる。
【0049】
(作業温度と液相温度との差分:T
4−TL)
フロート法では、溶融ガラスの温度がT
4において、溶融ガラスが失透しないこと、言い換えれば作業温度(T
4)が液相温度(TL)よりも高いことが必要である。本発明によれば、作業温度から液相温度を差し引いた差分が、20℃以上、さらには50℃以上、場合によっては100℃以上にまで大きい、ガラス組成物を提供できる。また本発明によれば、TLを1050℃以下、さらには1000℃以下、場合によっては900℃以下にまで低下させて、T
4−TLを大きくすることに寄与できる。
【0050】
(密度(比重):d)
電子機器の軽量化のため、電子機器に搭載されるディスプレイのカバーガラスの密度は小さいことが望ましい。本発明よれば、ガラス組成物の密度を2.52g・cm
−3以下、さらには2.51g・cm
−3以下、場合によっては2.50g・cm
−3以下にまで減少させることができる。
【0051】
フロート法などでは、ガラス品種間の密度の相違が大きいと、製造するガラス品種を切り換える際に溶融窯の底部に密度が高い方の溶融ガラスが滞留し、品種の切り換えに支障が生じる場合がある。現在、フロート法で量産されているソーダライムガラスの密度は約2.50g・cm
−3である。したがって、フロート法による量産を考慮すると、ガラス組成物の密度は、上記の値に近いこと、具体的には、2.46〜2.54g・cm
−3、特に2.48〜2.52g・cm
−3が好ましい。
【0052】
(弾性率:E)
イオン交換を伴う化学強化を行うと、ガラス基板に反りが生じることがある。この反りを抑制するためには、ガラス組成物の弾性率は高いことが好ましい。本発明によれば、ガラス組成物の弾性率(ヤング率:E)を70GPa以上、場合によっては72GPa以上にまで増加させることができる。
【0053】
(熱膨張係数:α)
本発明によれば、50〜350℃の範囲における線熱膨張係数が95×10
−7〜109×10
−7/℃の範囲にあるガラス組成物を提供できる。この範囲の線熱膨張係数を有するガラス組成物は、一般的なガラス部材の線熱膨張係数(70〜100×10
−7/℃)よりも大きな線熱膨張係数を有する材料と接合した場合に、反りや歪みが生じにくいという利点を有する。本発明の好ましい実施形態によれば、50〜350℃の範囲における線熱膨張係数が100×10
−7/℃以上の範囲にあるガラス組成物を提供できる。
【0054】
以下、ガラス組成物の化学強化について説明する。
【0055】
(化学強化の条件と圧縮応力層)
ナトリウムを含むガラス組成物を、ナトリウムイオンよりもイオン半径の大きい一価の陽イオン、好ましくはカリウムイオン、を含む溶融塩に接触させ、ガラス組成物中のナトリウムイオンを上記の一価の陽イオンによって置換するイオン交換処理を行うことにより、本発明によるガラス組成物の化学強化を実施することができる。これによって、表面に圧縮応力が付与された圧縮応力層が形成される。
【0056】
溶融塩としては、典型的には硝酸カリウムを挙げることができる。硝酸カリウムと硝酸ナトリウムとの混合溶融塩を用いることもできるが、混合溶融塩は濃度管理が難しいため、硝酸カリウム単独の溶融塩が好ましい。
【0057】
強化ガラス物品における表面圧縮応力と圧縮応力層深さとは、該物品のガラス組成だけではなく、イオン交換処理における溶融塩の温度と処理時間によって制御することができる。
【0058】
本発明のガラス組成物は、比較的低温の硝酸カリウム溶融塩と接触させることによって、表面圧縮応力(CS)が非常に高く、かつ圧縮応力層の厚さ(DOL)が適度に薄い強化ガラス物品を得ることができる。具体的には、表面圧縮応力が1200MPa以上であり、かつ、前記圧縮応力層の深さが8〜13μmである強化ガラス物品を得ることができる。この強化ガラス物品は、340〜380℃に加熱した硝酸カリウム溶融塩に30分以上8時間以下、好ましくは350〜370℃で2〜6時間、接触させることで得ることができる。
【0059】
したがって、本発明の強化ガラス物品は、充分に高い表面圧縮応力を有しているためにディスプレイのカバーガラスに適した強度を有すると共に、その圧縮応力層厚さが適度に薄いため、化学強化処理後に定法で切断することができる優れた加工性を有している。
【0060】
本発明の強化ガラス物品の別形態として、本発明のガラス組成物を、比較的高温の硝酸カリウム溶融塩と接触させることによって、圧縮応力層の厚さが充分に厚く、かつ表面圧縮応力が適度に高い強化ガラス物品を得ることができる。具体的には、表面圧縮応力は900〜1000MPaに留まるが、前記圧縮応力層の深さが25〜30μmに達する強化ガラス物品を得ることができる。この強化ガラス物品は、400〜440℃に加熱した硝酸カリウム溶融塩に30分以上8時間、好ましくは410〜430℃で2〜6時間、接触させることで得ることができる。
【0061】
したがって、別形態に係る本発明の強化ガラス物品は、圧縮応力層の厚さが充分に厚いため表面に傷が生じた場合であっても、その傷が圧縮応力層よりガラス物品内部に届くことが少なく、よって傷による強化ガラス物品の破損を減らすことができ、適度に高い表面圧縮応力を有しているので、ディスプレイのカバーガラスに適した強度を有している。
【0062】
本発明によれば、比較的低いT
4を示し、フロート法による製造に適し、ディスプレイのカバーガラスとしてガラスを薄く成形するのに有利なガラス組成物を提供することができる。
【0063】
本発明のガラス組成物を化学強化して得られた強化ガラス物品は、電子機器に搭載される液晶ディスプレイ、有機ELディスプレイ等やタッチパネル式ディスプレイのカバーガラスとして好適である。ただし、本発明によるガラス組成物は、化学強化処理を施し、あるいはこの処理を施さずに、電子デバイスの基板などとして用いることもできる。
【実施例】
【0064】
以下では、実施例を用いて本発明をさらに詳細に説明する。
【0065】
(実施例1〜40)
(ガラス組成物の作製)
表1〜4に示すガラス組成となるように、汎用のガラス原料である、シリカ、酸化チタン、酸化ジルコニウム、アルミナ、炭酸ナトリウム、炭酸カリウム、塩基性炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、酸化鉄(III)、酸化スズ(IV)を用いてガラス原料(バッチ)を調合した。炭酸ナトリウムの一部を硫酸ナトリウムとした。調合したバッチを白金ルツボに投入し、電気炉内で1550℃で4時間加熱して溶融ガラスとした。次いで、溶融ガラスを鉄板上に流し出し、冷却してガラスプレートとした。次いで、このガラスプレートを再び電気炉へ入れ、580℃で30分間保持した後、炉の電源を切り、室温まで徐冷して試料ガラスとした。
【0066】
試料ガラスについて、ガラス転移点Tg、軟化点Ts、作業温度T
4、溶融温度T
2、液相温度TL、熱膨張係数α、密度dおよびヤング率Eを測定した。
【0067】
ガラス転移点Tgおよび熱膨張係数αは示差熱膨張計(理学電機株式会社サーモフレックスTMA8140)を用いて測定した。軟化点Tsは貫入法により測定した。作業温度T
4および溶融温度T
2は、白金球引き上げ法により測定した。密度dはアルキメデス法により測定した。ヤング率EはJIS(日本工業規格) R1602に従って計測した。
【0068】
液相温度TLは、以下の方法により測定した。試料ガラスを粉砕してふるいにかけ、2380μmのふるいを通過し、1000μmのふるい上に留まったガラス粒を得た。このガラス粒をエタノールに浸漬して超音波洗浄した後、恒温槽で乾燥させた。このガラス粒の25gを、幅12mm、長さ200mm、深さ10mmの白金ボート上にほぼ一定の厚さになるように入れて測定試料とし、この白金ボートを約870〜1160℃の温度勾配を有する電気炉(温度勾配炉)内に24時間保持した。その後、測定試料を倍率100倍の光学顕微鏡で観察し、失透が観察された部位の最高温度を液相温度とした。なお、全ての実施例及び比較例において、測定試料は温度勾配炉中でガラス粒が互いに融着し棒状体となった。
【0069】
(強化ガラスの作製)
上記のようにして作製した試料ガラスを25mm×35mmに切り出し、その両面をアルミナ砥粒で研削し、さらに酸化セリウム研磨砥粒を用いて鏡面研磨した。こうして、両面の表面粗さがRaが2nm以下である厚さ5mmのガラスブロックを組成毎に4個得た(RaはJIS B0601−1994に従う)。このガラスブロックを各々360℃,380℃,400℃,420℃に加熱溶融した純度99.9%以上の硝酸カリウム溶融塩中に4時間浸漬して化学強化を行った。化学強化処理後のガラスブロックを80℃の熱水で洗浄し、強化ガラスブロックを得た。
【0070】
なお、溶融塩に浸漬する前後には、ガラスブロックにかかる熱衝撃を緩和するために、浸漬前に予熱、浸漬終了後(つまり溶融塩から取り出した後)に徐冷を行なった。予熱は、溶融塩が保持されている容器内であって、溶融塩の液面上方にあたる空間に、ガラスブロックを10分間保持する、という操作により行なった。徐冷は、予熱と同じ操作を行なった。この徐冷の操作は、取り出したガラスブロックに付着してきた溶融塩を、できるだけ溶融塩容器に戻すという効果も有する。
【0071】
上記のようにして得た強化ガラスブロックについて、表面の圧縮応力および圧縮深さ(圧縮応力層の深さ)を折原製作所製表面応力計「FSM−6000」を用いて測定した。結果を、表1〜4に併せて示す。
【0072】
各実施例では、ガラス転移点Tgが580℃未満、作業温度T
4が1080℃以下となった。また、実施例の溶融温度T
2は1530℃以下であった。また、作業温度T
4から液相温度TLを差し引いた差分T
4−TLは、T
4−TLを計算可能なすべての実施例において、20℃以上であった。各実施例の密度dは、2.48〜2.52g・cm
−3となった。
【0073】
また、全ての実施例において、表面圧縮応力が非常に高く(1200MPa以上)かつ圧縮応力層の厚さが適度に薄い(8〜13μm)強化ガラス物品、および圧縮応力層の厚さが非常に厚く(25〜30μm)かつ表面圧縮応力が適度に高い(900〜1000MPa)強化ガラス物品を得ることができた。
【0074】
(比較例1〜6)
表5に示すガラス組成になるように、実施例と同様に試料ガラスを作製した。なお、ガラス原料には実施例で用いたもののほかに、ガラス組成に応じて、酸化ホウ素、炭酸ストロンチウム、炭酸リチウムも用いた。実施例と同じ工程により、強化ガラスブロックを得た。物性評価の結果を、同じく表5に示す。
【0075】
比較例1〜3においては、前述の、表面圧縮応力が非常に高くかつ圧縮応力層の厚さが適度に薄い強化ガラス物品と、圧縮応力層の厚さが非常に厚くかつ表面圧縮応力が適度に高い強化ガラス物品の何れも得ることができなかった。
【0076】
また、比較例4〜6のガラス組成物は、すべてT
4が1100℃を超えており、フロート法による製造には不利であり、ディスプレイのカバーガラスとして薄く成形するうえでも不利である。さらに比較例4および比較例5のガラス組成物は溶融温度T
2が1550℃を超えている。したがって、ガラスの溶解、清澄に要するエネルギーが多くなってしまう。
【0077】
【表1】
【0078】
【表2】
【0079】
【表3】
【0080】
【表4】
【0081】
【表5】