【実施例】
【0020】
多くのウィルス膜タンパク質は、複製能のあるウィルスを産生するために、翻訳後修飾を必要とする。インフルエンザウィルスにおいては、HA2のアミノ末端領域で融合ドメインを生成する、前駆体ヘマグルチニン(HA)分子(HA0)のHA1およびHA2サブユニットへのタンパク質分解的切断が、細胞へのウィルスの侵入のために必須である。したがって、細胞培養における感染サイクルの開始は、プロテアーゼの添加により触媒されねばならない。ワクチン製造プロセスでは、ブタ起源のγ線を照射したトリプシンが使用される。
【0021】
ベロ細胞等の細胞培養におけるインフルエンザ増殖のための従来の温度プロフィールは、温度が例えば33℃(B−菌種)〜37℃(A−菌種)で一定であるものである。[例えば、Govorkava E A等、Journal of Virology,Vol.70,Nr.8,Aug.1996,p.5519−5524を参照]。本発明の態様は、10Lバイオリアクターシステムにおけるスモールスケール実験による、最初の感染段階中の温度プロフィールの上昇が、インフルエンザ産生プロセスの全体的サイクル時間にプラスの効果を有しうるという認識である。さらに、ベロタンパク質/SRD比として測定される抗原の純度に対するプラスの効果も、得られた。このコンセプトを証明するために、本明細書に記載のように、100Lスケール実験が行われた。
【0022】
(実施例1)
32℃および36℃でのInfluenza A/New Caledonia/20/99産生
32℃および36℃でのバイオリアクター運転のベロ培養を、A/New Caledonia/20/99ウィルスで感染させた。pH、pO
2、細胞密度および培養に加えられるトリプシン量の設定パラメータは同等であり、インフルエンザ抗原の製造のためのラージスケール条件を反映した。ウィルス収量およびサイクル時間に対する温度上昇の効果が、表1において比較される。
【0023】
【表1】
2日後に、36℃培養で20%の残留酸素吸収速度が観察され、それは3日目までに5%より下に低下した。36℃でのインフルエンザウィルスの増殖は、32℃条件と比較して高い感染性、したがって全培養時間の減少をもたらした。反対に、32℃培養は、2日目および3日目に、それぞれ80%および50%の、より高い残余OURを生じた。最終的HA力価は、同等だった。しかし、NaBr勾配を用いた超遠心分離による抗原分離実験から、36℃条件下で培養3日目に、抗原バンドパターンのシフトが生じ(
図1B)、一方で、UV254nm検出器により測定された溶出プロフィールは、32℃培養で同等に高いが、より相称のピークを生じた(
図1A)。したがって、産物収量および特に純度に関しては、36℃条件がいくつかの不都合を有しうる。
【0024】
本産生プロセスでは、蔗糖密度勾配からウィルス抗原が採取される。したがって、36℃実験では、抗原の一部が、低密度画分にシフトしていると結論づけられうる(
図1B)。
【0025】
(実施例2)
32℃、33℃、および34℃でのInfluenza A/Panama/2007/99産生
パナマウィルス収量およびサイクル時間に対する培養温度上昇の効果を調査するために、三つの10Lバイオリアクターシステムが同時に、温度をそれぞれ32℃、33℃および34℃に設定して運転された。他の全てのパラメータ設定点は、実施例1の下に記載される実験と同等だった。
【0026】
表2には、三つのバイオリアクターシステムのプロセスサイクル時間が与えられる。20%残留酸素吸収速度(代謝性酸素消費の80%減少)に達した後に培養が終了され、感染サイクルのキネティクスが比較された。34℃実験では、21時間のサイクル時間減少が達成できた。
【0027】
【表2】
培養上清が遠心分離され、標準的プロトコルに従ってBenzonaseおよびホルマリンで処理された。不活性化された採取物(MVH)が、蔗糖密度勾配超遠心分離により精製された(表3を参照)。
【0028】
【表3】
表2から、温度条件上昇により、サイクル時間の減少がもたらされたと結論できる。しかし、表3に示すように、温度条件上昇(例えば33℃および34℃)は、全体的なウィルス抗原収量および精製ウィルスの品質に負の影響を有することが、SRD/タンパク質比率およびベロタンパク質/SRD比率の両方により明らかにされた。したがって、より高温で、ウィルス抗原の純度低下が観察された。
【0029】
(実施例3)
35℃での初期ウィルス増幅を伴うInfluenza A/New Caledonia/20/99産生
本実施例は、インフルエンザウィルス産生プロセスの最初の24時間の温度設定を上昇させた、培養実験に関する。ベロ細胞培養を、100リットルスケールでA/New Caledonia/20/99ウィルスで感染させた。
【0030】
従来の温度プロフィール(すなわち発酵プロセス全体で32℃の温度設定点)と、初期ウィルス増幅を35℃とした改変プロセスとの比較が行われた。この新しいプロセスは、感染後(p.i.)24時間の初期ウィルス複製を35℃で行った後、p.i.91時間まで32℃でインキュベートすることを特徴とする。表4では、100リットルスケール運転からの、蔗糖密度勾配精製ウィルスの、Influenza A/New Caledonia/20/99抗原純度(SRD/タンパク質比率)、およびベロタンパク質不純度の比較が与えられる。
【0031】
【表4】
このデータは、発酵プロセスの最初の24時間を35℃とする温度設定が、SRD/タンパク質比率に対してだけでなく、ベロタンパク質不純度に対してもプラスの効果を有したことをはっきりと示す。同等の感染時間で、不純度プロフィールの大きな改善を伴って、同等の収量が得られた。
【0032】
(実施例4)
初期ウィルス増幅を35℃とするInfluenza A/Panama/2007/99産生
二温度プロセスにつき実施例3で観察された反応を確認するために、同じ温度プロフィールを用いて、100リットルのベロ培養においてInfluenza A/Panama/2007/99ウィルスを増殖させた。他の全ての条件およびパラメータは、実施例3にしたがって設定された。
【0033】
表5において、100リットルスケール運転からの蔗糖密度勾配精製ウィルスのInfluenza A/Panama/2007/99抗原純度(SRD/タンパク質比率)およびベロタンパク質不純度が比較される。
【0034】
【表5】
ウィルス複製の最初の24時間を35℃とした後に、32℃へ温度を低下させた、A/Panama/2007/99ウィルスの産生は、32℃の一定温度での従来のプロセスを上回るいくつかの利点を有する。一般に、SRD/タンパク質およびベロタンパク質/SRDの比率から明らかなように、インフルエンザウィルス抗原の品質が改善されうる。大幅に減少した感染時間で、収量はやや低いが、特にベロ細胞タンパク質の相対量についての不純度プロフィールは、はるかに優良だった。
【0035】
インフルエンザウィルス抗原の純度は、インフルエンザワクチンの製造における要因である。ベロ細胞におけるインフルエンザウィルスの複製では、前駆体ヘマグルチニンの切断のためのタンパク質分解条件および適切な温度条件が、重要な要因の一部であることが一般に認められている。本明細書に提示される例示的な実験においては、ウィルス複製の初期段階の間に高い温度を有する温度プロフィールが、蔗糖密度勾配ステップで抗原の改善をもたらすことが示された。さらに、最初の24時間を35℃とするインフルエンザウィルスの産生は、サイクル時間に関して、より良好なプロセス性能に対応した。Influenza A/Panama/2007/99およびA/New Caledonia/20/99が、モデル系として用いられて、二温度ウィルス増殖の有用性が証明された。したがって、10および100リットルスケールで実行された培養実験からの結果は、ウィルス増殖プロセスの最初の約24時間を、32℃から35℃に変更することによる利益を示す。
【0036】
(実施例5)
初期ウィルス増幅を35℃でp.i.18時間対p.i.36時間行った後、ウィルス増殖終了まで32℃とする、Influenza A/Hiroshima/52/2005産生
本実施例は、Influenza A/Hiroshima/52/2005ウィルスで感染させた50Lベロ培養において、抗原収量、SRD/タンパク質比率、およびベロタンパク質/SRI比率に対する、高温サイクル継続時間の変更による影響を示す。二つの別々の試料で、35℃の温度を、それぞれp.i.18時間およびp.i.36時間維持した後、温度を32℃に低下させた。ウィルスを含む上清が採取され、不活性化され、超遠心分離により精製された。
【0037】
表6において、50リットルスケール運転からの蔗糖密度勾配精製ウィルスのInfluenza A/Hiroshima/52/2005抗原純度(SRD/タンパク質比率)およびベロ−タンパク質不純度が、比較される。
【0038】
【表6】
18時間およびp.i.36時間それぞれの35℃での、Influenza A/Hiroshima/52/2005ウィルスの産生は、同等の収量および純度プロフィールを生じた(表6)。これらの結果から、二重温度プロフィールにおいて、初期ウィルス増殖の間の温度上昇継続時間および採取までの温度低下継続時間が広く変動されうると結論できる。
【0039】
(実施例6)
p.i.18時間の初期ウィルス増幅を異なる温度(34℃、35℃および36℃)で行った後、ウィルス増殖終了まで3℃低下させる(31℃、32℃および33℃へ)、Influenza B/Malaysia/2506/2004産生
本実施例は、Influenza B/Malaysia/2506/2004ウィルスで感染させた32リットル〜80リットルベロ培養における、ウィルス増殖中の異なる二重温度プロフィールの使用に関する。34℃、35℃および36℃の高温をp.i.18時間維持した後、31℃、32℃および33℃に、それぞれ3℃低下させた。ウィルスを含む上清が採取され、不活性化され、超遠心分離により精製された。
【0040】
表7では、32リットル〜80リットルスケール運転からの蔗糖密度勾配精製ウィルスのInfluenza B/Malaysia/2506/2004抗原収量、純度(SRD/タンパク質比率)、およびベロタンパク質不純度が、異なる温度プロフィールにつき比較される。
【0041】
【表7】
p.i.18時間を34℃〜36℃とした後、ウィルス増殖終了まで3℃低下させたInfluenza B/Malaysia/2506/2004ウィルスの産生は、同等収量および純度プロフィールを生じた(表7)。これらの結果から、二重温度プロフィールにおいて、初期ウィルス増殖の間の温度上昇範囲および採取時までの温度低下範囲が広く変動されうると結論できる。
【0042】
(実施例7)
p.i.18時間の初期ウィルス増幅を異なる温度(33.5℃、35℃および36.5℃)で行った後、ウィルス増殖終了まで3℃低下させる(30.5℃、32℃および33.5℃へ)、Influenza A/Solomon Islands/3/2006産生
本実施例は、Influenza A/Solomon Islands/3/2006ウィルスで感染させた32リットル〜50リットルベロ培養における、ウィルス増殖中の異なる温度プロフィールの使用に関する。33.5℃、35℃および36.5℃の高温をp.i.18時間維持した後、30.5℃、32℃および33.5℃に、それぞれ3℃低下させた。ウィルスを含む上清が採取され、不活性化され、超遠心分離により精製された。
【0043】
表8において、32リットル〜50リットルスケール運転からの蔗糖密度勾配精製ウィルスのInfluenza A/Solomon Islands/3/2006抗原収量、純度(SRD/タンパク質比率)、およびベロタンパク質不純度が比較される。
【0044】
【表8】
p.i.18時間を33.5℃、35℃および36.5℃とした後、ウィルス増殖終了までそれぞれ3℃低下させたInfluenza A/Solomon Islands/3/2006ウィルスの産生は、同等の収量および純度プロフィールを生じた(表8)。高温でのより高い収量は、純度低下ももたらしたが、これらの不純度は、ウィルス増殖終了時に3℃の低下によって比較的低いレベルにとどまる。温度低下(例えば33.5℃/30.5℃)を有する二重温度プロフィールにより、同等の収量が達成できるが、これらの同等の収量に達するために、より長いウィルス増殖のサイクル時間(なお70時間より短い)が必要である。特に宿主細胞特異的ベロタンパク質の、純度プロフィールは、3℃の温度シフトを含む低い温度範囲により、典型的に改善される(34℃/31℃でのB/マレーシアの表7も参照)。これらの結果から、インフルエンザA型およびB型菌種の両方で、二重温度プロフィールにおいて、初期ウィルス増殖の間の温度上昇範囲および採取時までの温度低下範囲が広く変動されうると結論できる。
【0045】
(実施例8)
ロスリバーウィルスの産生
ロスリバーウィルス(「RRV」)が、2Lリアクターで、異なる温度で産生された。調査温度は、30時間37℃、35℃、32℃および35℃とした後、30時間以降はp.i.90時間の感染終了まで32℃とした。動力学的パラメータが決定され、試料が以下の時間間隔で集められた(時間)I−18、I−42、I−42、I−54、I−66、I−76およびI−90。NaBr分析のための試料が、1.85%の20μL/mLホルマリンで処置され、37℃で48時間インキュベートされた。感染細胞の代謝活性をモニタするために、ウィルス増殖の間に残留酸素吸収速度(OUR)が測定された。細胞剥離率が、微粒子担体培養の顕微鏡画像により定量された。TCID50(50%組織培養感染用量)も、決定された。
【0046】
条件は、pH7.1のPBSおよび20%pO
2、感染前グルコース1.0g/Lであった。I−18で1.0g/Lグルコースが加えられ、灌流が停止された。I−42以降は、グルコースが1.0g/L未満に減少した場合には、グルコースが加えられた。結果が表9に示される。
【0047】
遠心分離条件:I−18: 5000g
I−42〜I−66: 10000g
I−78〜I−90: 15000g
【0048】
【表9-1】
【0049】
【表9-2】
四つ全てのインキュベーションのNaBrプロットが、4つの間隔(A:54h、B:66h、C:78h、D:90h)で
図2〜5に与えられる。
【0050】
ウェスタンブロットが、以下の抗体で実行された:(1)RR(ATCCVR373)、Hyperimmune Ascites Fluid、Mouse;N.I.H.(1:1000)、および(2)抗マウスIgG、Sigma、Cat#:A−4656、Lot#:63H8830(1:5000)。結果は、表10のとおりに
図6に与えられる。
【0051】
【表10】
両方の高温接種(37℃および35℃)で、感染キネティクスが相当に増加し、細胞剥離率は42時間後に100%であり、53時間後の残留O
2が約50%であった。より低い温度(32℃および35℃/32℃)でのアプローチは、比較的遅かった。これは、I−18での力価分析でも明白である。しかし、I−42の後、全てのアプローチが、約1E09 TCID50/mLに達した。より低い温度でのアプローチは、感染終了付近で、より安定した力価を示した(I−76まで>1E09 TCID50/mL)。I−76まで、両方のアプローチにおいて20%の残留OURが測定できた。全ての実験でI−53の後に、NaBr勾配において最大ピーク高さに達したが、35℃接種の全てのI−66試料ならびにI−90で、より低いピークが測定された。温度上昇のために、グルコースレベルが、37℃および35℃実験の間に、より速く下落した。感染キネティクスの増加のために、その後は代謝活性が測定できない。全ての実験において、グルコースレベルは最終的に同様だった。
【0052】
二相温度実験(I−30まで35℃、その後32℃)の間だけ、開始時の速やかなウィルス増殖、および感染終了までの安定した力価が確立された。これらの条件下では、NaBr勾配実験において、I−78まで安定した、最大ピークが測定された。ウェスタンブロットでも、35℃/32℃実験において、より安定したバンドが検出された。
【0053】
(実施例9)
西ナイルウィルス実験
2Lリアクターにおいて、異なる温度で西ナイルウィルスが産生された。調査温度は、30時間35℃、32℃および35℃とした後、30時間以降感染終了まで32℃とした。90hの動力学的パラメータが、集められた。以下の時間的間隔で試料が集められた(時間)I−18、I−30、I−42、I−42、I−52、I−66、I−74およびI−90。NaBr分析のための試料は、1.85%の20μL/mLホルマリンで処置され、37℃で48時間インキュベートされた。条件は、pH7.1、20%pO
2、および感染前グルコース1.0g/Lであった。I−18で、1.0g/Lのグルコースが加えられ、灌流が停止された。結果は表11に与えられ、
図7〜9は、NaBrプロットおよび顕微鏡画像を示す。微粒子担体培養のこれらの顕微鏡画像により、細胞剥離率が定量された。
【0054】
【表11-1】
【0055】
【表11-2】