特許第5978903号(P5978903)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5978903ボール螺子装置及びこれを備えた電動パワーステアリング装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5978903
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】ボール螺子装置及びこれを備えた電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 25/24 20060101AFI20160817BHJP
   F16H 25/22 20060101ALI20160817BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20160817BHJP
【FI】
   F16H25/24 B
   F16H25/22 C
   B62D5/04
【請求項の数】3
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-225178(P2012-225178)
(22)【出願日】2012年10月10日
(65)【公開番号】特開2014-77483(P2014-77483A)
(43)【公開日】2014年5月1日
【審査請求日】2015年9月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100068755
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 博宣
(74)【代理人】
【識別番号】100105957
【弁理士】
【氏名又は名称】恩田 誠
(72)【発明者】
【氏名】本山 聡
(72)【発明者】
【氏名】山口 真司
【審査官】 塚本 英隆
(56)【参考文献】
【文献】 特開2011−051386(JP,A)
【文献】 特開2011−256901(JP,A)
【文献】 米国特許第03512426(US,A)
【文献】 米国特許第02166106(US,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 25/24
B62D 5/04
F16H 25/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
外周に軸側螺子溝が形成された螺子軸と、
内周にナット側螺子溝が形成されたボール螺子ナットと、
前記軸側螺子溝と前記ナット側螺子溝とを対向させてなる螺旋状のボール軌道内に配設された複数のボールと、を備え、
前記ボール螺子ナットにおける前記ナット側螺子溝が形成された本体部を径方向に貫通する取付孔に循環部材が装着されることにより、前記ボール軌道の二点間を短絡して前記ボール軌道を転動する各ボールの無限循環を可能とする循環路が構成されるボール螺子装置において、
前記ボール螺子ナットには、前記本体部から軸方向に突出し、取付対象に形成された雌ねじ部に螺合される雄ねじ部が形成され、
前記取付対象の前記ボール螺子ナットと軸方向において対向する座面には、径方向に貫通した切欠きが形成されたものであって、
前記ボール軌道及び前記循環路からなる前記ボールの流通経路のうち、前記ボールが前記螺子軸及び前記ボール螺子ナットから負荷を受けて転動する領域を負荷領域、前記ボールがその循環方向後方に隣接するボールに押されて移動する領域を無負荷領域、前記負荷領域と前記無負荷領域との間の領域を遷移領域とした場合に、
前記雄ねじ部は、前記ボール螺子ナットが前記取付対象に締結された状態で、前記座面に最も近い前記遷移領域が前記切欠きの位相範囲と重ならないように形成されたことを特徴とするボール螺子装置。
【請求項2】
請求項1に記載のボール螺子装置において、
前記雄ねじ部は、前記ボール螺子ナットが前記取付対象に締結された状態で、前記座面に最も近い前記取付孔から前記ボールの流通経路と反対側に延びた非流通領域のうち、前記本体部内に設けられた本体内非流通領域が、少なくとも1つの前記切欠きの位相範囲と重なるように形成されたことを特徴とするボール螺子装置。
【請求項3】
軸方向に往復動可能に設けられたラック軸と、前記ラック軸が挿通されるとともにモータ駆動により回転する中空シャフトと、前記ラック軸を螺子軸とするとともに前記中空シャフトを取付対象とした請求項1又は2に記載のボール螺子装置とを備えたことを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ボール螺子装置及びこれを備えた電動パワーステアリング装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、ラック軸が挿通されるとともにモータ駆動により回転する中空シャフトを備え、この中空シャフトの回転をボール螺子装置によってラック軸の軸方向移動に変換することで、操舵系にアシスト力を付与する所謂ラックアシスト型の電動パワーステアリング装置(EPS)がある(例えば、特許文献1,2)。
【0003】
一般にこうしたボール螺子装置は、ラック軸の外周に形成された螺子溝とボール螺子ナットの内周に形成された螺子溝とを対向させてなる螺旋状のボール軌道内に複数のボールを配設することにより形成されている。そして、各ボールは、ボール軌道内においてラック軸及びボール螺子ナットに挟まれており、ラック軸に対してボール螺子ナットが相対回転したときに、ボール螺子ナット及びラック軸から負荷(摩擦力)を受けてボール軌道内を転動する。また、ボール螺子装置は、ボール軌道に設定された二点間を短絡する循環路を有しており、ボール軌道内を転動するボールは、この循環路を通過することにより、上記二点間を下流側から上流側へと還流される。なお、循環路内では、ボール軌道から循環路内に新たにボールが進入することにより、それぞれボールの循環方向(流通方向)後方に隣接したボールに押されて該循環路内を移動する。そして、ボール螺子装置は、各ボールが上記ボール軌道及び循環路からなる流通経路を無限循環することにより、ボール螺子ナットの回転をラック軸の軸方向移動に変換するようになっている。
【0004】
ところで、ボール螺子装置には、上記特許文献1,2に記載されるように、ボール螺子ナットを径方向に貫通する取付孔に対して、ボール軌道からボールを掬い上げる機能及びボール軌道にボールを排出する機能を備えた循環部材(デフレクタ)を装着することにより、上記循環路が構成される所謂デフレクタ式のものが知られている。なお、デフレクタ式のボール螺子装置では、循環部材の寸法精度等に起因して、ボール軌道と循環路との繋ぎ目部分に段差が生じることがある。そこで、例えば特許文献3に記載のボール螺子装置では、循環部材の組付け後に、循環部材及びボール螺子ナットの繋ぎ目部分に研磨等の段差加工を施すことにより、上記段差をなくすようにしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2011−256901号公報
【特許文献2】特開2011−80574号公報
【特許文献3】特開平11−270648号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
さて、中空シャフトに対するボール螺子ナットの固定構造としては、例えば特許文献1に記載されるように、ボール螺子ナットに中空円筒状の雄ねじ部を形成し、この雄ねじ部を中空シャフトに形成された雌ねじ部に螺合させることにより、該ボール螺子ナットを中空シャフトに締結するものが知られている。ここで、ボール螺子ナットを締結する際に中空シャフトが回転することを規制するため、該中空シャフトの座面(ボール螺子ナットと軸方向において対向する軸方向端面)に切欠きを形成し、この切欠きに固定用治具を係合させることが考えられる。
【0007】
しかし、座面に切欠きが形成されていると、上記雄ねじ部と雌ねじ部との螺合により発生する軸力によってボール螺子ナットが座面に押し付けられる際に、ボール螺子ナットの切欠きと対向する部位が該切欠き内に膨出するように食い込むことで、ボール螺子ナットが変形し易くなる。その結果、ボール螺子ナットの螺子溝に歪みが生じることで、流通経路内でのボールの円滑な循環が妨げられ、例えば異音が発生するといった問題があった。
【0008】
本発明は、上記問題点を解決するためになされたものであって、その目的は、ボールの円滑な循環を確保できるボール螺子装置及びこれを備えた電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するボール螺子装置は、外周に軸側螺子溝が形成された螺子軸と、内周にナット側螺子溝が形成されたボール螺子ナットと、前記軸側螺子溝と前記ナット側螺子溝とを対向させてなる螺旋状のボール軌道内に配設された複数のボールと、を備え、前記ボール螺子ナットにおける前記ナット側螺子溝が形成された本体部を径方向に貫通する取付孔に循環部材が装着されることにより、前記ボール軌道の二点間を短絡して前記ボール軌道を転動する各ボールの無限循環を可能とする循環路が構成されるものにおいて、前記ボール螺子ナットには、前記本体部から軸方向に突出し、取付対象に形成された雌ねじ部に螺合される雄ねじ部が形成され、前記取付対象の前記ボール螺子ナットと軸方向において対向する座面には、径方向に貫通した切欠きが形成されたものであって、前記ボール軌道及び前記循環路からなる前記ボールの流通経路のうち、前記ボールが前記螺子軸及び前記ボール螺子ナットから負荷を受けて転動する領域を負荷領域、前記ボールがその循環方向後方に隣接するボールに押されて移動する領域を無負荷領域、前記負荷領域と前記無負荷領域との間の領域を遷移領域とした場合に、前記雄ねじ部は、前記ボール螺子ナットが前記取付対象に締結された状態で、前記座面に最も近い前記遷移領域が前記切欠きの位相範囲と重ならないように形成されたことを要旨とする。
【0010】
上記のように負荷領域ではボールが負荷を受けて転動するため、該負荷領域が変形すると、ボールの円滑な循環が妨げられ易い。そのため、設置対象の切欠きに起因してボール螺子ナットが部分的に大きく変形しても、ナット側螺子溝の負荷領域となる部位に歪みが生じ難くすることが望ましい。ここで、ボール螺子ナットが取付対象の座面に対して軸方向に押し付けられた場合において、取付孔が設けられた位相範囲(周方向範囲)は、該取付孔によって肉抜きがされていることと等しくなるため、変形し易い範囲となる。一方、ナット側螺子溝における遷移領域を構成する部位は、循環部材が装着される取付孔近傍に存在することから比較的変形し易く、座面に近いほど変形し易くなる。そのため、座面に最も近い遷移領域が切欠きの位相範囲と重なると、ナット側螺子溝の遷移領域となる部位が歪む影響で、負荷領域となる部位に歪みが生じ易くなる。したがって、上記構成のようにボール螺子ナットを取付対象に締結した状態で、座面に最も近い遷移領域が切欠きの位相範囲と重ならないように雄ねじ部を形成することで、ナット側螺子溝の負荷領域を構成する部位に歪みが生じ難くなる。これにより、ボールの円滑な循環を確保できる。
【0011】
上記ボール螺子装置において、前記雄ねじ部は、前記ボール螺子ナットが前記取付対象に締結された状態で、前記座面に最も近い前記取付孔から前記ボールの流通経路と反対側に延びた非流通領域のうち、前記本体部内に設けられた本体内非流通領域が、少なくとも1つの前記切欠きの位相範囲と重なるように形成されることが好ましい。
【0012】
上記構成によれば、ボール螺子ナットの本体部に形成されたナット側螺子溝のうちのボールが循環しない領域である、本体内非流通領域を構成する部位が、ボール螺子ナットの部分的な変形の影響を受けて最も歪み易くなるため、ナット側螺子溝の負荷領域となる部位に歪みがより一層生じ難くなる。これにより、ボールのより円滑な循環を確保できる。
【0013】
上記課題を解決する電動パワーステアリング装置は、軸方向に往復動可能に設けられたラック軸と、前記ラック軸が挿通されるとともにモータ駆動により回転する中空シャフトと、前記ラック軸を螺子軸とするとともに前記中空シャフトを取付対象とした上記いずれかのボール螺子装置とを備えたことを要旨とする。
【0014】
上記構成によれば、ボール螺子装置でのボールの円滑な循環が確保されるため、例えば静粛性を向上させることができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、ボールの円滑な循環を確保できる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】電動パワーステアリング装置の概略構成を示す断面図。
図2】モータシャフトを軸方向のボール螺子ナット側から見た正面図。
図3】循環部材を取り外した状態のボール螺子ナット及びモータシャフトを径方向外側から見た部分側面図。
図4図3のA−A断面図。
図5】循環部材をボール螺子ナットの径方向外側から見た平面図。
図6】循環部材をボール螺子ナットの周方向から見た正面図。
図7図5のB−B断面図。
図8】ボールの循環方向に沿ったラック軸、循環部材及びボール螺子ナットの模式的な部分断面図。
図9】ボールの循環方向に沿ったラック軸、循環部材及びボール螺子ナットの断面を示す模式図。
図10】循環部材を取り付けた状態のボール螺子ナット及びモータシャフトを径方向外側から見た部分側面図。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、ボール螺子装置及びこれを備えた電動パワーステアリング装置(EPS)の一実施形態を図面に従って説明する。
図1に示すように、EPS1は、ステアリング操作により回転するピニオン軸2と、ピニオン軸2の回転に応じて軸方向に往復動することにより転舵輪(図示略)の舵角を変更するラック軸3とを備えている。また、EPS1は、ラック軸3が挿通される略円筒状のラックハウジング5を備えている。ラックハウジング5は、略円筒状に形成されたセンターハウジング6と、センターハウジング6の軸方向一端側(図1中、左側)に固定されたギアハウジング7と、センターハウジング6の軸方向他端側(図1中、右側)に固定されたエンドハウジング8とからなる。
【0018】
ラック軸3は、ギアハウジング7に設けられたラックガイド11、及びエンドハウジング8に設けられた図示しないブッシュ(すべり軸受)により、その軸方向に沿って往復動可能に支持されている。また、ラックハウジング5内には、ピニオン軸2がラック軸3と斜交する状態で回転可能に支持されており、ラック軸3は、ラックガイド11によって付勢されることによりピニオン軸2と噛合している。なお、ピニオン軸2には、ステアリングシャフトが連結されており、その先端にはステアリングホイール(ともに図示略)が固定されている。そして、ステアリング操作に伴ってピニオン軸2が回転し、その回転がラック軸3の軸方向移動に変換されることにより、転舵輪の舵角、すなわち車両の進行方向が変更される。
【0019】
また、EPS1は、その駆動源となるモータ21と、モータ21の回転をラック軸3の軸方向移動に変換するボール螺子装置22とを備えている。つまり、本実施形態のEPS1は、所謂ラックアシスト型のEPSとして構成されている。
【0020】
先ず、モータの構成について説明する。
モータ21は、センターハウジング6の内周に固定されるステータ24と、ステータ24の内側に回転可能に設けられるロータ25とを備えたブラシレスモータとして構成されている。ロータ25は、中空円筒状に形成された中空シャフトとしてのモータシャフト26、及びモータシャフト26の外周に固定されるマグネット27を有している。モータシャフト26におけるギアハウジング7側の開口端部26aは、第1の軸受28aによって回転可能に支持されている。そして、モータ21は、モータシャフト26内にラック軸3が挿通されることにより、ラック軸3と同軸に配置されている。このように構成されたモータ21では、ステータ24に駆動電力が供給されることにより形成される磁界と、マグネット27との間に生じる磁気的な吸引力及び反発力によってモータシャフト26(ロータ25)が回転するようになっている。
【0021】
図2及び図3に示すように、モータシャフト26の、後述するボール螺子ナット42が連結される側の開口端部26bにおける端面である座面31には、この座面31から軸方向に延び、モータシャフト26の内外周を貫通した複数(本実施形態では、2つ)の切欠き32が形成されている。つまり、切欠き32は、取付対象であるモータシャフト26を径方向に貫通して形成されている。また、座面31には、この座面31から軸方向に延びるが、モータシャフト26の内外周を貫通せず、モータシャフト26の外周面に開口した複数(本実施形態では、2つ)の凹部33が形成されている。具体的には、座面31側から見て、切欠き32は、モータシャフト26の径方向に延びる、幅が略一定の溝状に形成され、凹部33は、モータシャフト26の軸心に向かって凸となる略半円形状に形成されている。なお、切欠き32と凹部33とは、周方向に交互に並ぶように等角度間隔で設けられている。また、図4に示すように、モータシャフト26の内周面には、雌ねじ部34が、座面31から奥側(図2中、左側)に間隔を空けた位置から、さらに奥側に向けて形成されている。そして、モータシャフト26は、後述するボール螺子装置22のボール螺子ナット42を締結する際に、各切欠き32に固定用治具(図示略)が係合されることで回転が規制される。また、モータシャフト26は、EPS1の製造過程においてモータシャフト26を作業台(図示略)上に立てた際に、該作業台に設けられた凸部(図示略)が凹部33に係合されることで倒れることが防止される。
【0022】
次に、ボール螺子装置の構成について説明する。
図1に示すように、ラック軸3には、その外周の一部に軸側螺子溝41が形成されている。つまり、本実施形態では、ラック軸3が螺子軸に相当する。そして、ボール螺子装置22は、取付対象としてのモータシャフト26と一体回転するボール螺子ナット42を有しており、ラック軸3に複数のボール43を介してボール螺子ナット42を螺合させることにより構成されている。なお、ボール螺子ナット42は、センターハウジング6の内周面に設けられた第2の軸受28bにより回転可能に支持されている。
【0023】
図3及び図4に示すように、ボール螺子ナット42は、円筒状に形成されており、モータシャフト26の外部に配置された本体部44、及びモータシャフト26におけるエンドハウジング8側の開口端部26bからその内部に挿入された係合部45を有している。ボール螺子ナット42の内周には、本体部44の全体及び係合部45の一部を含む範囲に亘って延びる螺旋状のナット側螺子溝46が形成されている。本体部44の外径は、モータシャフト26の外径と略等しく形成されており、本体部44における係合部45側の軸方向端面である当接面47は、モータシャフト26の座面31に当接している。
【0024】
係合部45は、本体部44から軸方向に連続して形成されており、モータシャフト26の開口端部26bの雌ねじ部34が形成されていない内面に嵌合されるインロー部48、及びインロー部48から軸方向一端側に延びるとともにモータシャフト26の雌ねじ部34と螺合する中空円筒状の雄ねじ部49を有している。そして、ボール螺子ナット42は、雄ねじ部49を雌ねじ部34に螺合させることにより、ナット側螺子溝46が軸側螺子溝41と径方向において対向するようにモータシャフト26に締結されている。詳しくは、ボール螺子ナット42は、雄ねじ部49が雌ねじ部34に螺合することにより発生する軸力によって、その当接面47がモータシャフト26の座面31に押し付けられて締結されている。これにより、図1に示すように、ラック軸3の軸側螺子溝41とボール螺子ナット42のナット側螺子溝46によって螺旋状のボール軌道R1が形成されている。
【0025】
ボール軌道R1内には、複数のボール43が配設されており、各ボール43は、ラック軸3の軸側螺子溝41と、ボール螺子ナット42のナット側螺子溝46とに挟まれている。また、ボール螺子ナット42には、ナット側螺子溝46内の二箇所に設定された接続点P1,P2に開口する循環路R2が形成されている。そして、ボール軌道R1は、循環路R2により、その開口位置に対応する二つの接続点P1,P2間が短絡されている。
【0026】
したがって、ボール螺子装置22において、各ボール43は、ボール螺子ナット42がラック軸3に対して相対回転したときに、ラック軸3及びボール螺子ナット42から負荷(摩擦力)を受けてボール軌道R1内を転動することにより、ラック軸3にボール螺子ナット42のトルクを伝達し、ラック軸3をボール螺子ナット42に対して軸方向移動させる。また、ボール軌道R1内を転動してボール軌道R1の一端(接続点P1又は接続点P2)に到達した各ボール43は、ボール螺子ナット42に形成された上記循環路R2を通過することにより、ボール軌道R1の他端(接続点P2又は接続点P1)に排出され、ボール軌道R1を下流側から上流側へと移動する。なお、循環路R2内では、各ボール43は、ボール軌道R1から循環路R2内に新たにボール43が進入することにより、それぞれ循環方向(流通方向)後方に隣接したボール43に押されて同循環路内を移動する。つまり、ボール螺子装置22は、ボール軌道R1及び循環路R2からなる流通経路をボール43が無限循環することにより、ボール螺子ナット42の回転をラック軸3の軸方向移動に変換することが可能となっている。そして、EPS1は、モータ21を用いてボール螺子ナット42を回転駆動し、そのトルクを軸方向の推力としてラック軸3に伝達することにより、操舵系にステアリング操作を補助するためのアシスト力を付与する構成となっている。
【0027】
ここで、ボール螺子装置22では、循環路R2は、ボール螺子ナット42に対して上記ボール軌道R1からボール43を掬い上げる機能及びボール軌道R1にボール43を排出する機能を備えた循環部材(デフレクタ)51を装着することにより構成されている。つまり、ボール螺子装置22は、所謂デフレクタ式のボール螺子装置として構成されている。なお、図3及び図4では、説明の便宜上、循環部材51の図示を省略している。
【0028】
詳述すると、図3及び図4に示すように、ボール螺子ナット42には、上記二つの接続点P1,P2に対応する位置に、ボール螺子ナット42を径方向に貫通する一対の取付孔52,53が形成されている。なお、接続点P1,P2は、ボール螺子ナット42の軸方向において、その間に数巻き分のナット側螺子溝46を挟む位置に設定されており、ボール軌道R1及び循環路R2により1系統の流通経路が形成されている(図1参照)。各取付孔52,53は、断面略小判型に形成されるとともに、ボール螺子ナット42の周方向(図3における上下方向)において、互いにずれた位置に形成されている。そして、ボール螺子ナット42の外周面には、これら取付孔52,53間を接続する溝状の取付凹部54が形成されている。また、外周面には、上記取付凹部54の周縁を囲むように該取付凹部54に連通する浅溝55が形成されている。なお、取付孔52,53及び取付凹部54は、ボール螺子ナット42の径方向視で、取付凹部54の中心に関して点対称となるように形成されている。
【0029】
一方、図5図8に示すように、循環部材51は、取付孔52,53にそれぞれ挿入される一対の挿入部61,62と、これら挿入部61,62間を連結する連結部63とを有している。なお、循環部材51は、ボール螺子ナット42の径方向視で、連結部63(循環部材51)の中心に関して点対称となるように形成されている。
【0030】
各挿入部61,62は、各取付孔52,53の断面形状に対応した略小判型に形成されている。そして、挿入部61,62には、挿入端(図6における下端)61a,62a側に開口するとともに、挿入端61a,62aから基端(図6における上端)61b,62b側に向って滑らかに湾曲しつつ延出されて連結部63に繋がる挿入孔64,65が形成されている。挿入孔64,65の内径は、ボール43の直径よりもやや大きく設定されている。また、挿入端61a,62aには、上記ボール軌道R1内を転動した各ボール43を挿入孔64,65に掬い上げるためのベロ部66,67が、ラック軸3の軸側螺子溝41内に挿入されるように突出して形成されている。
【0031】
連結部63は、挿入部61,62の基端61b,62bを連結するようにこれら挿入部61,62間に形成されている。そして、連結部63は、上記取付凹部54の内面に当接して該取付凹部54に嵌合可能な略四角形状に形成されている(図3及び図4参照)。図7に示すように、連結部63には、その挿入端(図7における下端)63a側に開口した連結溝68が形成されている。この連結溝68は、連結部63の軸線に沿って略直線状に形成されており、その両端が挿入孔64,65に連通されている。そして、連結溝68の延伸方向と直交する断面は、挿入端63a側の一部が切り欠かれた円形状に形成されており、連結溝68を通過する各ボール43が挿入端63aによって支持されるようになっている。また、連結部63の基端(図6における上側の端部)63bには、この上記浅溝55に対応するフランジ69が形成されている。
【0032】
このように構成された循環部材51は、その挿入部61,62が、それぞれ対応する取付孔52,53に挿入されるとともに、その連結部63及びフランジ69が、取付凹部54及び浅溝55に挿入されることにより、ボール螺子ナット42に装着される。そして、上記循環路R2は、循環部材51をボール螺子ナット42に装着することにより、挿入部61,62の挿入孔64,65及び連結部63の連結溝68によって形成されている。
【0033】
ここで、図8において二点鎖線で示すように、ボール軌道R1と循環路R2との各繋ぎ目71,72部分には、循環部材51の寸法精度やボール螺子ナット42への組付精度等に起因して、段差が生じることがある。そこで、前記各繋ぎ目71,72部分を構成するナット側繋ぎ目部74,75(ナット側螺子溝46における各取付孔52,53に臨む箇所)及び循環部材側繋ぎ目部76,77(循環部材51におけるベロ部66,67と対向する箇所)には、上記段差を小さくするため研磨等の段差加工が施されている。なお、段差加工は、各ナット側繋ぎ目部74,75、及び循環部材側繋ぎ目部76,77内にそれぞれ設定された加工領域Tに施されている。そして、各ボール43は、ボール軌道R1から循環路R2に流通する際に、ナット側繋ぎ目部74,75における加工領域T内で、ラック軸3及びボール螺子ナット42の双方から軸方向荷重を受けながら転動する状態(負荷領域にある状態)から、前記軸方向荷重を受けず、循環方向後方に隣接するボール43に押されて移動する状態(無負荷領域にある状態)に移り変わる。
【0034】
したがって、図9に示すように、ボール43の流通経路のうち、ボール軌道R1からナット側螺子溝46の加工領域Tを除く領域が前記負荷領域となり、循環路R2の略全領域が前記無負荷領域となり、加工領域Tが遷移領域となる。なお、ボール螺子装置22に1系統の流通経路が形成されており、軸側螺子溝41とともにボール軌道R1を構成するナット側螺子溝46は、図10に破線で示す(同図中では、説明の便宜上、取付孔52,53付近のみ図示)とおりである。この図に示すナット側螺子溝46のうちハッチングを付した領域は、ボール43が流通しない非流通領域であり、その余の領域が、実際にボール43が流通する領域であり、流通経路として機能する。言い換えると、ナット側螺子溝46は、取付孔52,53から見て、流通経路として機能する領域とは反対側に非流通領域が形成されていることになる。
【0035】
してみると、流通経路として機能するナット側螺子溝46のうち、モータシャフト26に近い側の取付孔53近傍、すなわちナット側繋ぎ目部75に設けられた遷移領域(加工領域T)が、座面31に最も近く設けられていることなる。また、ナット側螺子溝46における取付孔53からボール43の流通経路と反対側に延びたボール43の循環しない非流通領域は、ボール螺子ナット42の本体部44及び係合部45の双方に跨って設けられている(図4参照)。そして、この非流通領域のうちの本体部44内(座面31よりも取付孔53側)に設けられた領域が、本体内非流通領域となっている。なお、図10では、説明の便宜上、ナット側螺子溝46における本体内非流通領域を構成する部位の一部のみにハッチングを付して示している。
【0036】
ところで、上記のように雄ねじ部49と雌ねじ部34との螺合により発生する軸力によってボール螺子ナット42の当接面47がモータシャフト26の座面31に押し付けられる際に、当接面47の切欠き32と対向する部位が該切欠き32内に膨出するように食い込むことで、ボール螺子ナット42が大きく変形し易くなる。そして、負荷領域ではボール43が負荷を受けて転動することから、ボール43の円滑な循環を確保するためには、切欠き32に起因してボール螺子ナット42が部分的に変形しても、ナット側螺子溝46における負荷領域を構成する部位に歪みが生じ難くすることが望ましい。
【0037】
ここで、ボール螺子ナット42が座面31に対して軸方向に押し付けられた場合において、取付孔52,53が設けられた位相範囲(周方向範囲)は、該取付孔52,53によって肉抜きがされていることと等しくなるため、変形し易い範囲となる。一方、遷移領域は、循環部材51が装着される取付孔52,53近傍に存在することから比較的変形し易く、座面31に近いほど変形し易い。つまり、座面31に近いナット側繋ぎ目部75側の遷移領域が切欠き32の位相範囲と重なると、ナット側螺子溝46の遷移領域となる部位が歪む影響で、負荷領域となる部位に歪みが生じ易くなる。
【0038】
この点を踏まえ、図2に示すように、雄ねじ部49は、ボール螺子ナット42がモータシャフト26に所定の締め付けトルクで締結された状態で、ナット側繋ぎ目部75側の遷移領域が、切欠き32の位相範囲に重ならないように形成されている。なお、所定の締め付けトルクは、ボール螺子ナット42の緩みが発生することを十分に防止可能な値に設定されている。より詳しくは、雄ねじ部49は、ナット側螺子溝46における本体内非流通領域が各切欠き32の位相範囲と重なるように形成されている。なお、本実施形態の雄ねじ部49は、ナット側繋ぎ目部75側の遷移領域が一方の凹部33の位相範囲と重なるように形成されている。
【0039】
次に、本実施形態のEPSにおけるモータシャフトに対するボール螺子ナットの組み付け(作用)について説明する。
切欠き32に固定用治具を挿入することでモータシャフト26の回転を規制した状態で、所定の締め付けトルクで雄ねじ部49を雌ねじ部34に螺合させてボール螺子ナット42をモータシャフト26に締結させる。これにより、ボール螺子ナット42の当接面47における切欠き32と対向する部位が食い込むように変形する。このとき、切欠き32の位相範囲と重なるナット側螺子溝46の本体内非流通領域を構成する部位が最も歪み、該ナット側螺子溝46の負荷領域及び遷移領域を構成する部位にはほとんど歪みが生じない。
【0040】
次に、本実施形態の効果について記載する。
(1)ナット側螺子溝46におけるナット側繋ぎ目部75側の遷移領域が、切欠き32の位相範囲と重ならないため、上記のようにナット側螺子溝46の負荷領域を構成する部位に歪みが生じ難くなる。これにより、ボール43の円滑な循環を確保でき、例えばEPS1の静粛性を向上させることができる。
【0041】
(2)ナット側螺子溝46における本体内非流通領域が、切欠き32の位相範囲と重なるため、上記のように非流通領域が切欠き32に起因したボール螺子ナット42の部分的な変形の影響を受けて最も歪み易くなり、ナット側螺子溝46の負荷領域となる部位に歪みがより一層生じ難くなる。これにより、ボールのより円滑な循環を確保できる。
【0042】
なお、上記実施形態は、これを適宜変更した以下の態様にて実施することもできる。
・上記実施形態において、切欠き32の数は、1つ又は3つ以上でもよく、適宜変更可能である。
【0043】
・上記実施形態において、ナット側螺子溝46のナット側繋ぎ目部74,75に段差加工を施さなくてもよい。この場合には、ボール軌道R1と循環路R2との各繋ぎ目71,72部分が遷移領域となる。
【0044】
・上記実施形態では、ナット側螺子溝46における本体内非流通領域が複数の切欠き32の位相範囲のそれぞれと重なるように雄ねじ部49を形成したが、本体内非流通領域がいずれか1つの切欠き32の位相範囲のみと重なるように雄ねじ部49を形成してもよい。また、本体内非流通領域が切欠き32の位相範囲と重ならないように雄ねじ部49を形成してもよい。
【0045】
・上記実施形態では、ナット側繋ぎ目部75側の遷移領域が凹部33の位相範囲と略一致するように雄ねじ部49を形成したが、これに限らず、例えば凹部33を切欠き32と並べて形成したり、凹部33を廃止したりする等して、当該遷移領域が座面31における平坦な部位の位相範囲と一致するようにしてもよい。
【0046】
・上記実施形態では、EPS1をモータ21及び中空シャフトとしてのモータシャフト26がラック軸3と同軸に配置されたラックアシスト型としたが、これに限らず、所謂ラッククロス型やラックパラレル型等、ハウジング外部に設けられたモータにより、ラック軸の挿通された中空シャフトを駆動する形式としてもよい。
【0047】
・上記実施形態では、ボール螺子ナット42に1つの循環部材51を装着することで1系統の流通経路を形成したが、これに限らず、ボール螺子ナット42に複数の循環部材を装着し、独立した複数系統の流通経路を形成してもよい。なお、この場合には、座面31の最も近く位置に配置された循環部材51により形成される流通経路のうち、座面31に最も近い遷移領域が、切欠き32の位相範囲と重ならないように雄ねじ部が形成される。
【0048】
・上記実施形態において、ボール螺子装置22をEPS以外の用途に用いてもよい。
【符号の説明】
【0049】
1…電動パワーステアリング装置(EPS)、3…ラック軸、21…モータ、22…ボール螺子装置、31…座面、32…切欠き、33…凹部、34…雌ねじ部、41…軸側螺子溝、42…ボール螺子ナット、43…ボール、44…本体部、45…係合部、46…ナット側螺子溝、47…当接面、49…雄ねじ部、51…循環部材、52,53…取付孔、54…取付凹部、71,72…繋ぎ目、74,75…ナット側繋ぎ目部、76,77…循環部材側繋ぎ目部、R1…ボール軌道、R2…循環路、T…加工領域。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10