(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【発明を実施するための形態】
【0032】
以下に、本発明を実施するための最良の形態を説明する。なお、特に断らない限り、本明細書に記載された数値範囲「x〜y」は、下限xおよび上限yをその範囲に含む。そして、これらの上限値および下限値、ならびに実施例中に列記した数値も含めてそれらを任意に組み合わせることで数値範囲を構成し得る。さらに数値範囲内から任意に選択した数値を上限、下限の数値とすることができる。
【0033】
本発明の活物質は、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される活物質において、少なくともNi、Co及びMnを含む金属酸化物であってNi、Co及びMnの組成比がNi:Co:Mn=b2:c2:d2(ただし、b2+c2+d2=1、0<b2<1、0<c2<c、d<d2<1)で表される高マンガン部を表層に有することを特徴とする。
【0034】
一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)において、b、c及びdの値は、上記条件を満足するものであれば特に制限はないが、0≦b≦1、0≦c≦1、0≦d≦1であるものが良く、0<b<1、0<c<1、0<d<1であるものがさらに良く、また、b、c、dの少なくともいずれか一つが0<b<80/100、0<c<70/100、10/100<d<1の範囲であることが好ましく、10/100<b<68/100、12/100<c<60/100、20/100<d<68/100の範囲であることがより好ましく、25/100<b<60/100、15/100<c<50/100、25/100<d<60/100の範囲であることがさらに好ましく、1/3≦b≦50/100、20/100≦c≦1/3、30/100≦d≦1/3の範囲であることが特に好ましく、b=1/3、c=1/3、d=1/3、または、b=50/100、c=20/100、d=30/100であることが最も好ましい。
a、e、fについては一般式で規定する範囲内の数値であればよく、a=1、e=0、f=2を例示することができる。
高マンガン部について説明する。
【0035】
高マンガン部は、少なくともNi、Co及びMnを含む金属酸化物であって、Ni、Co及びMnの組成比がNi:Co:Mn=b2:c2:d2(ただし、b2+c2+d2=1、0<b2<1、0<c2<c、d<d2<1)で表される。
上記b2、c2及びd2の値は上記条件を満足するものであれば制限はない。
【0036】
b2は0<b2<80/100の範囲が好ましく、20/100<b2<70/100の範囲がより好ましく、25/100<b2<50/100の範囲がさらに好ましい。また、b2は0.5×b<b2<2×bの範囲が好ましく、0.8×b<b2<1.4×bの範囲がより好ましく、0.85×b<b2<1.1×bの範囲がさらに好ましく、0.88×b<b2≦0.96×bの範囲が特に好ましい。
【0037】
c2は5/100<c2<cの範囲がより好ましく、10/100<c2<25/100の範囲がさらに好ましい。また、c2は、0.2×c<c2<0.9×cの範囲が好ましく、0.5×c<c2<0.88×cの範囲がより好ましく、0.63×c≦c2≦0.85×cの範囲がさらに好ましい。
【0038】
d2は35/100<d2<85/100の範囲がより好ましく、36/100<d2<65/100の範囲がさらに好ましい。また、d2は、d<d2<85/100の範囲が好ましく、d<d2<75/100の範囲がより好ましく、d<d2<65/100の範囲がさらに好ましい。さらに、d2は、d<d2<2×dの範囲が好ましく、1.1d<d2<1.5×dの範囲がより好ましく、1.2×d<d2≦1.41×dの範囲がさらに好ましい。
【0039】
「高マンガン部を表層に有する」とは、高マンガン部が量の多少に関わらず表層に存在することを意味する。高マンガン部が活物質の表層に存在しさえすれば、少なくとも高マンガン部の存在箇所よりも内部の活物質の安定性は保たれ、結果として、容量を維持する効果が発揮される。高マンガン部は活物質の表層全体に存在するのが容量の維持の面から好ましい。
【0040】
表層とは、本発明の活物質の最表面を含む層を意味する。表層の厚みは、本発明の活物質の安定性の面からみると厚いほうが好ましいといえるが、電解液と活物質内部との接触を妨げるのに足りる厚みがあれば実用上の問題はない。Li充放電反応の進行のし易さを考慮すると、表層の厚みは薄いほうが好ましい。表層の厚みt(nm)は、例えば0<t<20であり、0.01<t<10が好ましく、0.1<t<5がより好ましく、1<t<3がさらに好ましく、1.5<t<2.5が最も好ましい。
【0041】
高マンガン部は、表層に点在してもよいし、高マンガン部の層として存在しても良い。高マンガン部の層の厚みs
1(nm)は、例えば0<s
1<20であり、0.01<s
1<10が好ましく、0.1<s
1<5がより好ましく、1<s
1<3がさらに好ましく、1.5<s
1<2.5が最も好ましい。
また、高マンガン部は、活物質の表面から活物質中心方向に向かい、少なくとも2nmの範囲内に存在するのが好ましい。
【0042】
高マンガン部は本発明の活物質の表層に存在する。そして、本発明の活物質全体の体積と比較して、表層の占める体積はわずかなので、高マンガン部の組成は一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)の活物質の組成に実質的に影響を及ぼさない。
次に、層状岩塩構造について説明する。
【0043】
一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表されるリチウム複合金属酸化物の結晶構造は、菱面体晶系であって反転対称のある3回軸と鏡映面を有するものであり、空間群R−3mで表される。なお、「R−3m」において、「−3」は上線を付した3を表したものである。そして、上記一般式のリチウム複合金属酸化物の層状岩塩構造は、Li
aを有する層(面)の3aサイト、Ni
bCo
cMn
dD
eを有する層(面)の3bサイト、O
fを有する層(面)の6cサイトが、6cサイト、3bサイト、6cサイト、3aサイトの順に繰り返されてなる。ここで、3aサイト、3bサイト、6cサイトとは、Wyckoff記号に従って表した記載である。
第1〜3超格子構造部について説明する。
【0044】
第1超格子構造部は、層状岩塩構造の同一の3bサイトを<1−100>方位から観察して得られる連続する3つの高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡像の積分強度のうちの最小値をその最大値で除した強度比を7組算出した場合に、該7組の強度比の平均値nが0.9未満である構造を意味する。なお、<1−100>において、「−1」は上線を付した1を表したものである。<1−100>方位とは、結晶中の方向をミラー指数で表したベクトルのうち等価なベクトルを総括的に表現したものの一つであり、ここで具体的に層状岩塩構造の3bサイト面における<1−100>方位の一つを挙げると、
図1の3bサイトの結晶面において、下から上に向かいニッケル、コバルト、マンガンを順に結んだ直線から、右へ30°傾斜した方位が挙げられる。上記平均値nは0.9未満であれば特に制限されないが、0.86未満が好ましく、0.82未満がより好ましく、0.80未満がさらに好ましい。
【0045】
第2超格子構造部は、前記層状岩塩構造の同一の3bサイトを<1−100>方位から観察して得られる任意の連続する3つの高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡像の積分強度が順にp1、p2、q(0.9×p1≦p2≦1.1×p1、qはp1≦p2の場合、q<0.9×p2であり、p2≦p1の場合、q<0.9×p1)で表される構造を意味する。上記p1、p2、qは上述の範囲であれば特に制限されないが、p1≦p2の場合、q<0.85×p2が好ましく、q<0.80×p2がより好ましく、q<0.75×p2がさらに好ましい。同様に、p2≦p1の場合、q<0.85×p1が好ましく、q<0.80×p1がより好ましく、q<0.75×p1がさらに好ましい。
【0046】
Journal of The Electrochemical Society,151(10)A1545−A1551(2004)には、LiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2における層状岩塩構造の3bサイトで構成される結晶面Ni
1/3Co
1/3Mn
1/3の超格子面について開示されている。Wood’s表記にて上記Ni
1/3Co
1/3Mn
1/3の超格子面は[√3×√3]R30°型と表現できる。
図1に[√3×√3]R30°型で表現したNi
1/3Co
1/3Mn
1/3の超格子面の模式図を示す。
なお、以後の記載において、本発明の処理前に存在しうる超格子面を「通常超格子面」という。
【0047】
高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡法とは、いわゆるHAADF−STEMであり、細く絞った電子線を試料に走査させながら当て、透過電子のうち高角に散乱したものを環状の検出器で検出し、検出された電子の積分強度を表示する方法をいう。
【0048】
本発明において、高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡法で測定される活物質の結晶面は、Ni、Co及びMnを含む金属層であり、上記文献の超格子面に相当する面である。
【0049】
LiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2における[√3×√3]R30°型のNi
1/3Co
1/3Mn
1/3の通常超格子面を高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡法で<1−100>方位から観察し、層状岩塩構造の同一の3bサイト面から得られる連続する3つの高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡像の積分強度のうちの最小値をその最大値で除した強度比を7組算出すると、該7組の平均値nは0.9以上1未満となる。また、同通常超格子面を高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡法で<1−100>方位から観察し、層状岩塩構造の同一の3bサイト面から得られる任意の連続する3つの高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡像の積分強度は順にp1、p2、p3(0.9×p1≦p2≦1.1×p1、0.9×p1≦p3≦1.1×p1、0.9×p2≦p3≦1.1×p2)となる。すなわち、LiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2における[√3×√3]R30°型のNi
1/3Co
1/3Mn
1/3の通常超格子面においては、層状岩塩構造の同一の3bサイト面で観察される積分強度に特段の違いはない。よって、上記通常超格子層と本発明の第1〜3超格子構造部とは明確に区別される。本発明の活物質の第1〜3超格子構造部においては、3つの連続した積分強度のうち、前2つの強度と比較して後1つの強度が小さい。換言すれば、本発明の活物質の第1〜3超格子構造部は、[√3×√3]R30°型で表現される通常超格子面から得られる積分強度のパターンを規則的に崩したものともいえる。
【0050】
「第1〜3超格子構造部を活物質表層に有する」とは、第1〜3超格子構造部が量の多少に関わらず表層に存在することを意味する。第1〜3超格子構造部が活物質の表層に存在しさえすれば、少なくとも第1〜3超格子構造部の存在箇所よりも内部の活物質の安定性は保たれ、結果として、容量を維持する効果が発揮される。第1〜3超格子構造部は活物質の表層全体に存在するのが容量の維持の面から好ましい。
【0051】
表層とは、本発明の活物質の表面を含む層を意味する。表層の厚みは、本発明の活物質の安定性の面からみると厚いほうが好ましいといえるが、電解液と活物質内部との接触を妨げるのに足りる厚みがあれば実用上の問題はない。Li充放電反応の進行のし易さを考慮すると、表層の厚みは薄いほうが好ましい。表層の厚みt(nm)は、例えば0<t<20であり、0.01<t<10が好ましく、0.1<t<5がより好ましく、1<t<3がさらに好ましく、1.5<t<2.5が最も好ましい。
【0052】
第1〜3超格子構造部は、表層に点在してもよいし、第1〜3超格子構造部の層として存在しても良い。第1〜3超格子構造部の層の厚みs
2(nm)は、例えば0<s
2<20であり、0.01<s
2<10が好ましく、0.1<s
2<5がより好ましく、1<s
2<3がさらに好ましく、1.5<s
2<2.5が最も好ましい。
【0053】
本発明の活物質の内部は、一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表されるものであれば制限は無い。内部は[√3×√3]R30°型の通常超格子面を有しているのが好ましい。
【0054】
また、
図6には、リチウム複合金属酸化物の層状岩塩結晶構造を模式的に示した。
図6に示すように、層状岩塩結晶構造では、a軸とb軸の間に形成されるa−b面に、Li群1、O群2、(Ni、Mn、Co)群3、O群4がそれぞれ層状に形成されている。c軸方向では、Li群1、O群2、(Ni、Mn、Co)群3、O群4が、この順番で、繰り返されている。
【0055】
本発明のリチウム複合金属酸化物の層状岩塩結晶構造は、結晶のc軸方向の不均一歪ηc及び全方位の不均一歪ηを有する。これらの不均一歪は、リチウム複合金属酸化物の粒界、転位などの欠陥、または相界面の不整合に起因するものと考えられる。リチウム複合金属酸化物の結晶中にこのような不均一な領域を発生させることで、その結晶構造が安定化する。このため、本発明のリチウム複合金属酸化物を正極活物質として用いた二次電池は、その容量維持率を高めることができ、充放電サイクル特性を高めることができると考えられる。
【0056】
c軸方向の不均一歪ηc及び全方位の不均一歪ηは、リチウム複合金属酸化物をX線回折装置で分析して得られるX線回折線から算出できる。リチウム複合金属酸化物の結晶格子の不均一歪ηと、このηに基づくX線回折線のピークの積分幅βjとの間には、Stokes Wilsonの法則により、次の式(1)の関係がある。
βj=2ηtan θ・・・(1)(ここで、θは、ブラック角である。)
更に、結晶格子の大きさDと、このDに基づくX線回折線のピークの積分幅βiは、Scherrerの法則により、次の式(2)の関係がある。
D=λ/(βicos θ)・・・(2)(ここで、λはX線の測定波長である。)
また、結晶格子の大きさDと結晶格子の不均一歪ηの両方による積分幅βは、Hallの法則により、次の式(3)の関係がある。
β=βi+βj・・・(3)
上記の式(1)〜(3)から最終的に次の関係式(4)が導かれる。
(βcos θ)/λ=1/D + 2η(sin θ)/λ・・・(4)
【0057】
各回折線のピークの積分幅βを測定して、式(4)に代入し、(βcos θ)/λの値を、(sin θ)/λに対してプロットすることで得られる直線の傾きから不均一歪ηを求める。なお、βは、(回折線のピークの積分面積)/(回折線のピーク高さ)で算出した。c軸方向の不均一歪ηcを求める場合は、(006)、(009)、(0012)結晶面によるピークの(βcos θ)/λを(sin θ)/λに対してプロットすることで求められる。
【0058】
層状岩塩結晶構造を有するリチウム複合金属酸化物のc軸方向の不均一歪ηcは、0.04以上0.10以下であることが好ましく、0.05以上0.10以下であることがより好ましく、更には0.055以上0.095以下であることが望ましい。不均一歪ηcが過小のリチウム複合金属酸化物とは、その結晶化度が高いことを意味する。そして、リチウム複合金属酸化物の結晶化度が高いと、結晶構造の僅かな崩壊によりリチウムイオンの拡散が阻害されやすく、リチウムイオン二次電池の容量維持率が低下するおそれがある。不均一歪ηcが過大であるリチウム複合金属酸化物は、結晶が簡単に崩壊するおそれがある。
【0059】
リチウム複合金属酸化物の層状岩塩結晶構造の全方位の不均一歪ηは、0.06以上0.11以下であることが好ましい。全方位の不均一歪ηが過大なリチウム複合金属酸化物は、結晶が簡単に崩壊するおそれがある。
また、リチウム複合金属酸化物の遷移金属組成ごとに、好適なc軸方向の不均一歪ηcと全方位の不均一歪ηとの関係を示すこともできる。
【0060】
本発明の処理を行う材料がLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2の場合は、本発明の活物質のηc/ηの値が0.85〜1.1の範囲内のものが好ましく、0.86〜1.05の範囲内のものがより好ましく、0.90〜1.0の範囲内のものがさらに好ましい。また、本発明の処理を行う材料がLiNi
5/10Co
2/10Mn
3/10O
2の場合は、本発明の活物質のηc/ηの値が0.85以下のものが好ましく、0.30〜0.80の範囲内のものがより好ましく、0.35〜0.75の範囲内のものがさらに好ましく、0.40〜0.70の範囲内のものが特に好ましい。
【0061】
本発明の活物質は形状が特に制限されるものではないが、二次凝集体の平均粒子径でいうと、100μm以下が好ましく、1μm以上50μm以下がさらに好ましい。1μm未満では、活物質を用いて電極を製造する際に集電体との密着性が損なわれやすいなどの不具合を生じることがある。100μmを超えると電極の大きさに影響を与えたり、二次電池を構成するセパレータを損傷するなどの不具合を生じることがある。なお、平均粒子径は、一般的な粒度分布計で計測しても良いし、顕微鏡観察で計測し算出しても良い。
【0062】
次に、本発明の活物質の製造方法について説明する。本発明の活物質は、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料に対し、特定の処理(本発明の処理)を行うことで製造することができる。
【0063】
層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料は、金属酸化物、金属水酸化物、金属炭酸塩などの金属塩を用いて従来の周知の製造方法に従い製造しても良いし、市販されているものを用いても良い。
【0064】
例えば、炭酸リチウム、硫酸ニッケル、硫酸マンガン及び硫酸コバルトを用いる場合には、次のように製造することができる(共沈法)。硫酸ニッケル、硫酸コバルト及び硫酸マンガンを所定量含有する硫酸塩水溶液をアルカリ性にして共沈スラリーを得、これを乾燥することにより、ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を得る。ニッケルコバルトマンガン複合水酸化物を水酸化ナトリウム含有の過硫酸ナトリウム水溶液に分散させ、ニッケルコバルトマンガン複合オキシ水酸化物を合成する。ニッケルコバルトマンガン複合オキシ水酸化物に所定量の炭酸リチウムを混合し、焼成することにより、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料が得られる。得られた材料につき、適宜、粉砕処理を行い、所望の粒径にしても良い。
【0065】
その他、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料は、Liを含有するリチウム原料と、Ni、Mn、Coの中から選ばれる1種以上を含む金属原料とからなる混合原料に対し、溶融塩法、固相法、スプレードライ法、水熱法などの既知の方法を用いて製造することができる。
【0066】
固相法は、混合原料の粉末を混合・粉砕して、必要に応じて乾燥・圧粉成型して、加熱焼成することによりリチウム複合金属酸化物を得る方法である。通常行われる固相法は、各原料を、製造しようとするリチウム複合金属酸化物の組成に応じた割合で混合するものである。固相法での原料混合物の加熱温度は、900℃以上1000℃以下であって、加熱時間は8時間以上24時間以下であることが好ましい。
【0067】
スプレードライ法は、混合原料の粉末を液体に溶かして溶液とし、溶液を空中に噴霧しミストとし、ミストとした溶液を加熱する方法である。スプレードライ法では、後で更に加熱してもよい。スプレードライ法での加熱温度は500℃以上1000℃以下が好ましく、加熱時間は3時間以上8時間以下であることが好ましい。
【0068】
水熱法は、原料を水と混合して混合液とし、該混合液を高温高圧下で加熱する方法である。水熱法での加熱温度は120℃以上200℃以下が好ましく、加熱時間は2時間以上24時間以下であることが好ましい。
【0069】
溶融塩法は、リチウム化合物を含む原料混合物を加熱することにより、リチウム化合物が溶融して溶融塩となり、この溶融液中でリチウム複合金属酸化物を合成する方法である。溶融塩法では、リチウム原料はLiの供給源となるが、それのみならず、溶融塩の酸化力を調整する役割を果たす。リチウム化合物のLiに対する、リチウム複合金属酸化物のLiの比(リチウム複合金属酸化物のLi/リチウム化合物のLi)は、モル比で1未満であればよいが、0.02以上0.7未満であることが好ましく、更には0.03〜0.5、0.04〜0.25であることがより好ましい。
【0070】
次に、本発明の処理について説明する。本発明の処理は以下の処理1乃至処理4のいずれでも良い。
(処理1)
1−1)酸性の金属塩水溶液を準備する工程、
1−2)該金属塩水溶液と上記一般式で表される材料を混合する工程、
1−3)前記1−2)工程で得られた液とリン酸アンモニウム塩水溶液を混合する工程、
1−4)前記1−3)工程で得られた液から本発明の活物質を単離する工程を含む処理。
(処理2)
2−1)リン酸アンモニウム塩水溶液を準備する工程、
2−2)該リン酸アンモニウム塩水溶液と上記一般式で表される材料を混合する工程、
2−3)前記2−2)工程で得られた液と酸性の金属塩水溶液を混合する工程、
2−4)前記2−3)工程で得られた液から本発明の活物質を単離する工程を含む処理。
(処理3)
3−1)リン酸アンモニウム塩の水溶液、又は金属塩及びリン酸アンモニウム塩の水溶液を準備する工程
3−2)該水溶液と上記一般式で表される材料を混合する工程、
3−3)前記3−2)工程で得られた液から本発明の活物質を単離する工程を含む処理。
(処理4)
4−1)酸性の金属塩水溶液とリン酸アンモニウム塩水溶液をそれぞれ準備する工程、
4−2)水と上記一般式で表される材料を混合する工程、
4−3)前記4−2)工程で得られた液、前記金属塩水溶液及び前記リン酸アンモニウム塩水溶液を混合する工程、
4−4)前記4−3)工程で得られた液から本発明の活物質を単離する工程を含む処理。
各処理について、以下、より具体的に記述する。
【0071】
処理1:酸性の金属塩水溶液を準備し、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料を加え撹拌し混合分散溶液とする。次いで、上記の混合分散溶液を攪拌した状態でさらにリン酸アンモニウム塩水溶液を添加し撹拌する。攪拌は15分〜1時間程度継続する。本発明の活物質を濾過して単離する。
【0072】
処理2:リン酸アンモニウム塩水溶液を準備し、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料を加え撹拌し混合分散溶液とする。次いで、上記の混合分散溶液を攪拌した状態でさらに、酸性の金属塩水溶液を添加し撹拌する。攪拌は15分〜1時間程度継続する。本発明の活物質を濾過して単離する。
【0073】
処理3:リン酸アンモニウム塩の水溶液、又は金属塩及びリン酸アンモニウム塩の水溶液を準備し、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料を一度に加え撹拌する。攪拌は15分〜1時間程度継続する。本発明の活物質を濾過して単離する。
【0074】
処理4:酸性の金属塩水溶液とリン酸アンモニウム塩水溶液をそれぞれ準備する。層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1.2、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料をイオン交換水中で攪拌し混合分散溶液とする。上記混合分散溶液に対し、上記2種類の水溶液をそれぞれ又は同時に添加し攪拌する。本発明の活物質を濾過して単離する。
【0075】
処理1乃至処理4にて用いられる金属塩としては、活物質に残留したとしても電池に対する影響が少ない金属硝酸塩が好ましい。金属硝酸塩としては、硝酸マグネシウム、硝酸バリウム、硝酸ストロンチウム、硝酸アルミニウム、硝酸コバルトを例示することができる。
【0076】
処理1乃至処理4にて用いられるリン酸アンモニウム塩としては、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム、リン酸アンモニウムを例示することができ、特に、リン酸水素二アンモニウムが好ましい。また、リン酸アンモニウム塩水溶液を調製する方法としては、リン酸水素二アンモニウム、リン酸二水素アンモニウム又はリン酸アンモニウムを水に溶解して調製する方法、リン酸及びアンモニアを混合する方法などを挙げることができる。処理1乃至処理4にて用いられるリン酸アンモニウム塩水溶液としては、弱アルカリ性のものが好ましい。
【0077】
処理1乃至処理4で用いられる金属塩水溶液、リン酸アンモニウム塩水溶液、並びに金属塩及びリン酸アンモニウム塩を含有する水溶液は、その濃度が特に限定されるものではない。金属塩水溶液は金属塩が0.2〜10質量%の範囲内のものが好ましい。また、リン酸アンモニウム塩水溶液はリン酸アンモニウム塩が0.2〜50質量%の範囲内のものが好ましい。金属塩及びリン酸アンモニウム塩を含有する水溶液は、金属塩及びリン酸アンモニウム塩それぞれが0.2〜10質量%の範囲内のものが好ましい。
処理1乃至処理4における撹拌時間は適宜適切に設定すればよい。
【0078】
処理1乃至処理4の後に、本発明の活物質を乾燥及び/又は焼成しても良い。乾燥は本発明の活物質に付着した水分を除去するための工程であり、80〜150℃の範囲内で1〜24時間若しくは1〜10時間程度行えば良く、減圧条件下で行うのも効果的である。焼成は本発明の活物質の結晶性を整えるための工程であり、400〜1200℃、500〜1000℃又は600〜900℃の範囲内で1〜10時間若しくは1〜5時間程度行えば良い。焼成工程後に粉砕処理を行い、所望の粒径にしても良い。なお、乾燥工程及び焼成工程は本発明の活物質における組成比に特段の影響を与えない。ただし、焼成工程において、温度が低すぎる又は時間が短すぎると不均一歪が生じにくくなるおそれがあり、温度が高すぎると原子の再配列が起こり不均一歪が無くなってしまうおそれがある。
【0079】
高マンガン部の生成は、本発明の処理後の活物質の表面をX線光電子分光法で測定し、組成分析を行うことによって確認できる。高マンガン部が含まれる表層の厚みは、本発明の活物質を切断した切断面を、例えば、透過型電子顕微鏡で観察すること、又は、透過型電子顕微鏡と分散型X線分析装置を組み合わせたTEM−EDXで測定し組成分析することで確認できる。また、本発明の活物質における表層以外の組成比は、本発明の活物質を切断した切断面を、例えば、透過型電子顕微鏡と分散型X線分析装置を組み合わせたTEM−EDXで測定することで確認できる。
【0080】
なお、上記特定の処理からみて明らかなように、本発明の活物質は、特定の処理にてMnを添加していないにも関わらず、活物質表層の組成比がMnリッチに改質される。よって、本発明の技術は、単にMn又はMn含有化合物を活物質に添加して活物質表面又はその付近に付着させる技術とは全く別のものである。また、上記特定の処理にてリン酸アンモニウム塩水溶液と活物質とを分離していること及び下記実施例の活物質からリンが検出されなかったことから明らかなように、本発明の活物質及び製造方法は、例えば特開2003−7299号公報に開示のリン含有層でコーティングした活物質及びその製造方法とは全く別個のものである。
【0081】
上記特定の処理を行うことで、本発明の活物質の表層のMn組成比が高くなるが、反面、Co組成比が低くなる。Ni組成比は高くなる場合もあれば、低くなる場合もある。そして、特定の処理にてMnを添加していないにも関わらず、活物質表層のMn組成比が高くCo組成比が低く改質されることを鑑みると、上記特定の処理により、一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料の表層のCoが水溶液に溶出し(場合によってはNiも水溶液に溶出し)、その結果として、表層組成比の変化が生じたと推定できる。水溶液に対する溶出のし易さはCo、Ni、Mnの順と思われる。
【0082】
そうであるとすれば、高マンガン部は、一般式:Li
a3Ni
b3Co
c3Mn
d3D
e3O
f3(0.2≦a3≦1、b3+c3+d3+e3<1、0<b3≦b、0<c3<c、0<d3≦d、0≦e3<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f3≦2.1)で表すこともできる。
【0083】
また、本発明の第1〜3超格子構造部と従来の通常超格子面で観察される高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡像の積分強度のパターンの違い、及び上記特定の処理の具体的な内容を併せて考察すると、上記特定の処理においては、層状岩塩構造の3bサイトの[√3×√3]R30°型の通常超格子面における金属の一部が特異的に除去されたと考えることができる。例えば、層状岩塩構造のLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2における3bサイトのNiCoMnのうちCoのみが特異的に除去されたと考えれば、本発明の規則的な第1〜3超格子構造部の積分強度について説明できる。
図1の模式図においてCoのみが特異的に除去されたものを想定すると理解が容易になるであろう。すなわち、特定の処理にて、層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1.2、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料の表層から、特異的に特定の金属が除去されたと推定される。この特定の金属の除去にて、上記材料の結晶に歪みが生じると推定される。次いで行われる焼成工程にて、高温状態と、結晶の歪みによって生じた表層への応力との相互作用により、安定な結晶構造の第1〜3超格子構造部が生じたと考えることもできる。
上記一般式の層状岩塩構造の3bサイトは[√3×√3]R30°型で構成されるのが有利である。
【0084】
以下、一般式の層状岩塩構造の3bサイトの[√3×√3]R30°型、及び上記特定の処理による3bサイトの金属欠陥、並びに本発明の第1〜3超格子構造部との関係について論ずる。理解を容易にするために、3bサイトがNiCoMn3元素で構成されている場合を想定する。
【0085】
層状岩塩構造の3bサイトがNi
1/3Co
1/3Mn
1/3で構成される場合、その通常超格子面が[√3×√3]R30°型と表現できることは上述の文献に記載のとおりである。ここで、Ni、Co、Mnのとる価数に着目すると、これらの金属はNi
2+、Co
3+、Mn
4+とのそれぞれ安定な価数で3bサイトに存在する。そして、各金属は正電荷の局在化を避けるために価数に応じた規則的な[√3×√3]R30°型をとる。
【0086】
次に、層状岩塩構造の3bサイトがNi
5/10Co
2/10Mn
3/10で構成される場合を考察する。3bサイトの価数の平均は「3
+」となる必要があるため、Ni、Co、Mnは安定な価数のNi
2+、Co
3+、Mn
4+のみで存在することはできない。Ni
1/3Co
1/3Mn
1/3と比較してNi
5/10Co
2/10Mn
3/10はNiリッチでありCoプアであるため、不足するCo
3+の代わりにNiの一部がNi
3+として存在することになる。
図1の模式図において、Coの一部をNiに置換したものを想定すると理解が容易になるであろう。よって、3bサイトがNi
5/10Co
2/10Mn
3/10で構成される場合でも、各金属は正電荷の局在化を避けるために価数に応じた規則的な[√3×√3]R30°型をとるのが有利といえる。
【0087】
同様に、例えば、層状岩塩構造の3bサイトが、Ni
1/3Co
1/3Mn
1/3と比較して、NiプアでありCoリッチになった場合は、不足するNi
2+の代わりにCoの一部がCo
2+として存在することになる。また、例えば、層状岩塩構造の3bサイトが、Ni
1/3Co
1/3Mn
1/3と比較して、NiプアでありMnリッチになった場合は不足するNi
2+の代わりにMnの一部がMn
2+として存在することになる。したがって、層状岩塩構造のNiCoMn3元素で構成される3bサイトの組成がNi
1/3Co
1/3Mn
1/3と異なる組成であったとしても、3bサイトの各金属は正電荷の局在化を避けるために価数に応じた規則的な[√3×√3]R30°型をとるのが有利と考えられる。
【0088】
そして、上記特定の処理によって、3bサイトの特定の金属が選択的に除去されるため、3bサイトにおいて規則的な金属欠陥が生じる。本発明の第1〜3超格子構造部は、通常超格子面の3bサイトからの規則的な金属欠陥を表現したものである。なお、上記特定の処理においては、NiCoMn3元素のうち、Coが最も除去されやすく、Mnが最も除去されにくい。
【0089】
以上の考察によれば、上記特定の処理を行った層状岩塩型の一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1.2、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料の表層は、3bサイトがb=1/3、c=1/3、d=1/3、e=0のNi
1/3Co
1/3Mn
1/3で構成される場合のみでなく、その他の場合においても、本発明の第1〜3超格子構造部を生じ得ると考えられる。
【0090】
以上の機構によれば、特定の処理前の材料の表面は[√3×√3]R30°型の通常超格子面を有しているのが好ましい。しかし、特定の処理前の材料の表面が通常超格子面を有していない場合であっても、上記特定の処理による材料の結晶の歪み及び材料表層付近への応力集中、並びに高温条件下に材料がさらされることで、材料表面の金属元素の再配列が生じ、その結果として安定な結晶構造の第1〜3超格子構造部を生じ得ることが推定できる。また、このようにして生じた第1〜3超格子構造部の近傍に[√3×√3]R30°型の通常超格子面が生じ得る場合があることも推定できる。
【0091】
第1〜3超格子構造部は本発明の活物質の表層に存在する。仮に、上記のとおりの機構、すなわち特定の金属が除去されることにより第1〜3超格子構造部が生成したとしても、本発明の活物質全体の体積に対し表層の占める体積はわずかなので、第1〜3超格子構造部に生じた組成変化は一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1.2、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)の組成に実質的に影響を及ぼさない。
【0092】
また、高マンガン部及び第1〜3超格子構造部の元素組成は、Mn及び酸素の組成比が高くなっていることが判明した。さて、近年、高容量であるが不活性なLi
2MnO
3なる材料、及び、該材料を取り込んだLi
2MnO
3−LiMO
2固溶体(Mは遷移金属)が知られている(例えば、佐藤祐一, リチウムイオン電池の高性能化:固溶体正極材料について, FBテクニカルニュース, No.66, 2011.1, p.3〜p.10を参照。)。上記高マンガン部及び第1〜3超格子構造部は、その元素組成からみて、部分的に上記Li
2MnO
3若しくはLi
2MnO
3−LiMO
2固溶体で生じる結晶構造又はこれに類似する結晶構造を有している可能性がある。
【0093】
本発明の活物質を用いて、リチウムイオン二次電池を製造できる。上記リチウムイオン二次電池は、電池構成要素として、本発明の活物質を有する電極(例えば正極)に加えて、負極、セパレータ及び電解液を含む。
正極は、集電体と、本発明の活物質を含む活物質層で構成される。なお、活物質層には、本発明の活物質以外の活物質を含んでいても良い。
【0094】
集電体は、リチウムイオン二次電池の放電又は充電の間、電極に電流を流し続けるための化学的に不活性な電子高伝導体をいう。集電体としては、銀、銅、金、アルミニウム、マグネシウム、タングステン、コバルト、亜鉛、ニッケル、鉄、白金、錫、インジウム、チタン、ルテニウム、タンタル、クロム、モリブデンから選ばれる少なくとも一種、並びにステンレス鋼などの金属材料を例示することができる。集電体は公知の保護層で被覆されていても良い。
【0095】
集電体は箔、シート、フィルム、線状、棒状などの形態をとることができる。そのため、集電体として、例えば銅箔、ニッケル箔、アルミニウム箔、ステンレス箔などの金属箔を好適に用いることができる。集電体が箔、シート、フィルム形態の場合は、その厚みが10μm〜100μmの範囲内であることが好ましい。
集電体の表面に活物質層を形成することで正極とすることができる。
【0096】
活物質層は導電助剤を含んでもよい。導電助剤は、電極の導電性を高めるために添加される。導電助剤としては、炭素質微粒子であるカーボンブラック、黒鉛、アセチレンブラック(AB)、ケッチェンブラック(登録商標)(KB)、気相法炭素繊維(Vapor Grown Carbon Fiber:VGCF)が例示される。これらの導電助剤を単独または二種以上組み合わせて活物質層に添加することができる。導電助剤の使用量については特に制限はないが、例えば、本発明の活物質100質量部に対して1〜50質量部又は1〜30質量部とすることができる。
【0097】
活物質層は結着剤を含んでもよい。結着剤は本発明の活物質及び導電助剤を集電体の表面に繋ぎ止める役割を果たすものである。結着剤としては、ポリフッ化ビニリデン、ポリテトラフルオロエチレン、フッ素ゴム等の含フッ素樹脂、ポリプロピレン、ポリエチレン等の熱可塑性樹脂、ポリイミド、ポリアミドイミド等のイミド系樹脂、アルコキシシリル基含有樹脂を例示することができる。結着剤の使用量については特に制限はないが、例えば、本発明の活物質100質量部に対して5〜50質量部とすることができる。
【0098】
集電体の表面に活物質層を形成させる方法としては、ロールコート法、ディップコート法、ドクターブレード法、スプレーコート法、カーテンコート法などの従来から公知の方法を用いて、集電体の表面に本発明の活物質を塗布すればよい。具体的には、本発明の活物質、並びに必要に応じて結着剤及び導電助剤を含む活物質層形成用組成物を調製し、この組成物に適当な溶剤を加えてペースト状にしてから、集電体の表面に塗布後、乾燥する。必要に応じて電極密度を高めるべく、乾燥後のものを圧縮しても良い。
溶剤としては、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、メタノール、メチルイソブチルケトン(MIBK)を例示できる。
【0099】
負極は、集電体と、集電体の表面に結着させた負極活物質層を有する。
負極活物質層は負極活物質、並びに必要に応じて結着剤及び/又は導電助剤を含む。
集電体、結着剤及び導電助剤は正極で説明したものと同様である。
【0100】
負極活物質としては、リチウムを吸蔵及び放出可能な炭素系材料、リチウムと合金化可能な元素、リチウムと合金化可能な元素を有する化合物、あるいは高分子材料などを例示することができる。
【0101】
炭素系材料としては、難黒鉛化性炭素、人造黒鉛、コークス類、グラファイト類、ガラス状炭素類、有機高分子化合物焼成体、炭素繊維、活性炭あるいはカーボンブラック類が例示できる。ここで、有機高分子化合物焼成体とは、フェノール類やフラン類などの高分子材料を適当な温度で焼成して炭素化したものをいう。
【0102】
リチウムと合金化可能な元素としては、具体的にNa、K、Rb、Cs、Fr、Be、Mg、Ca、Sr、Ba、Ra、Ti、Ag、Zn、Cd、Al、Ga、In、Si、Ge、Sn、Pb、Sb、Biが例示でき、特に、Si又はSnが好ましい。
【0103】
リチウムと合金化可能な元素を有する化合物としては、具体的にZnLiAl、AlSb、SiB
4、SiB
6、Mg
2Si、Mg
2Sn、Ni
2Si、TiSi
2、MoSi
2、CoSi
2、NiSi
2、CaSi
2、CrSi
2、Cu
5Si、FeSi
2、MnSi
2、NbSi
2、TaSi
2、VSi
2、WSi
2、ZnSi
2、SiC、Si
3N
4、Si
2N
2O、SiO
v(0<v≦2)、SnO
w(0<w≦2)、SnSiO
3、LiSiOあるいはLiSnOを例示でき、特に、SiO
x(0.3≦x≦1.6、又は0.5≦x≦1.5)が好ましい。
【0104】
中でも、負極活物質は、Siを有するSi系材料を含むものがよい。Si系材料は、リチウムイオンを吸蔵・放出可能な珪素又は/及び珪素化合物からなるとよく、例えば、SiOx(0.5≦x≦1.5)がよい。珪素は理論充放電容量が大きいものの、珪素は充放電時の体積変化が大きい。そこで、負極活物質を珪素を含むSiOxとすることで珪素の体積変化を緩和することができる。
【0105】
また、Si系材料は、Si相と、SiO
2相とをもつことが好ましい。Si相は、珪素単体からなり、Liイオンを吸蔵・放出し得る相であり、Liイオンの吸蔵及び放出に伴って膨張及び収縮する。SiO
2相は、SiO
2からなり、Si相の膨張及び収縮を吸収する緩衝相となる。Si相がSiO
2相により被覆されるSi系材料が好ましい。さらには、微細化された複数のSi相がSiO
2相により被覆されて一体となって粒子を形成しているものがよい。この場合には、Si系材料全体の体積変化を効果的に抑えることができる。
【0106】
Si系材料でのSi相に対するSiO
2相の質量比は、1〜3であることが好ましい。前記質量比が1未満の場合には、Si系材料の膨張及び収縮が大きくなり、Si系材料を含む負極活物質層にクラックが生じるおそれがある。一方、前記質量比が3を超える場合には、負極活物質のLiイオンの吸蔵及び放出量が少なくなり、電池の負極単位質量あたりの電気容量が低くなる。
また、リチウムと合金化反応可能な元素を有する化合物として、スズ合金(Cu−Sn合金、Co−Sn合金等)などの錫化合物を例示できる。
高分子材料としては、具体的にポリアセチレン、ポリピロールを例示できる。
【0107】
セパレータは、正極と負極とを隔離し、両極の接触による電流の短絡を防止しつつ、リチウムイオンを通過させるものである。セパレータとしては、例えばポリテトラフルオロエチレン、ポリプロピレン若しくはポリエチレンなどの合成樹脂を1種又は複数用いた多孔質膜、またはセラミックス製の多孔質膜を例示できる。
【0108】
電解液は、非水溶媒と非水溶媒に溶解された電解質とを含んでいる。
非水溶媒としては、環状エステル類、鎖状エステル類、エーテル類等が使用できる。環状エステル類としては、エチレンカーボネート、プロピレンカーボネート、ブチレンカーボネート、ガンマブチロラクトン、ビニレンカーボネート、2−メチル−ガンマブチロラクトン、アセチル−ガンマブチロラクトン、ガンマバレロラクトンを例示できる。鎖状エステル類としては、ジメチルカーボネート、ジエチルカーボネート、ジブチルカーボネート、ジプロピルカーボネート、メチルエチルカーボネート、プロピオン酸アルキルエステル、マロン酸ジアルキルエステル、酢酸アルキルエステル等を例示できる。エーテル類としては、テトラヒドロフラン、2−メチルテトラヒドロフラン、1,4−ジオキサン、1,2−ジメトキシエタン、1,2−ジエトキシエタン、1,2−ジブトキシエタンを例示できる。
電解質としては、LiClO
4、LiAsF
6、LiPF
6、LiBF
4、LiCF
3SO
3、LiN(CF
3SO
2)
2等のリチウム塩を例示できる。
【0109】
電解液としては、エチレンカーボネート、ジメチルカーボネート、プロピレンカーボネート、ジメチルカーボネートなどの非水溶媒に、LiClO
4、LiPF
6、LiBF
4、LiCF
3SO
3などのリチウム塩を0.5mol/lから1.7mol/l程度の濃度で溶解させた溶液を例示できる。
【0110】
本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、活物質表層に安定な高マンガン部を有する、活物質表層に安定な第1〜3超格子構造部を有する、又は、層状岩塩結晶構造における不均一歪のパラメータを好適な範囲で有するので劣化しにくく、好適な容量維持率を示す。その結果として、本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、高電位駆動条件下でも良好な容量維持率を示すことができる。そのため、本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、大きな充放電容量を維持し、かつ優れたサイクル性能を有するものである。ここで、高電位駆動条件とは、リチウム金属に対するリチウムイオンの作動電位が4.3V以上、さらには4.4V〜4.6V又は4.5V〜5.5Vのことをいう。本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、正極の充電電位をリチウム基準で4.3V以上、さらには4.4V〜4.6V又は4.5V〜5.5Vとすることができる。なお、一般的なリチウムイオン二次電池の駆動条件においては、リチウム金属に対するリチウムイオンの作動電位は4.3V未満である。
【0111】
本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池の型は特に限定されるものでなく、円筒型、角型、コイン型、ラミネート型等、種々の型を採用することができる。
【0112】
本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池は車両に搭載することができる。本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、大きな充放電容量を維持し、かつ優れたサイクル性能を有するため、これを搭載した車両は、高性能の車両となる。
【0113】
車両としては、電池による電気エネルギーを動力源の全部または一部に使用する車両であればよく、例えば、電気自動車、ハイブリッド自動車、プラグインハイブリッド自動車、ハイブリッド鉄道車両、電動フォークリフト、電気車椅子、電動アシスト自転車、電動二輪車が挙げられる。
【0114】
以上、本発明のリチウムイオン二次電池用活物質の実施形態を説明したが、本発明は、上記実施形態に限定されるものではない。本発明の要旨を逸脱しない範囲において、当業者が行い得る変更、改良等を施した種々の形態にて実施することができる。
【実施例】
【0115】
以下に、実施例および比較例を示し、本発明をより具体的に説明する。なお、本発明は、これらの実施例によって限定されるものではない。以下において、特に断らない限り、「部」とは質量部を意味し、「%」とは質量%を意味する。
(実施例1)
【0116】
上記処理1に従い、出発物質としてのリチウム複合金属酸化物に以下の処理を行った。
【0117】
共沈法で作成されたLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2で表わされるリチウム複合金属酸化物を準備した。水溶液全体を100質量%としたときに、(NH
4)
2HPO
4を4.0質量%、Mg(NO
3)
2を5.8質量%含む表面改質用水溶液をそれぞれ調製した。リチウム複合金属酸化物を表面改質用水溶液に浸漬し、室温で撹拌混合した。浸漬時間は1時間とした。
【0118】
浸漬後に濾過を行い、次いで、表面改質されたリチウム複合金属酸化物を、130℃で6時間乾燥した。その後、得られたリチウム複合金属酸化物を、700℃、大気雰囲気下で、5時間加熱した。これらの処理により得られた生成物を実施例1の活物質とした。
【0119】
実施例1のリチウムイオン二次電池を以下のとおり作製した。
正極は以下のように作成した。
正極用集電体として厚み20μmのアルミニウム箔を準備した。実施例1の活物質を94質量部、導電助剤として3質量部のアセチレンブラック、および結着剤として3質量部のポリフッ化ビニリデン(PVDF)を混合した。この混合物を適量のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に分散させて、スラリーを作製した。上記アルミニウム箔の表面に上記スラリーをのせ、ドクターブレードを用いてスラリーが膜状になるように塗布した。スラリーを塗布したアルミニウム箔を80℃で20分間乾燥することで、NMPを揮発により除去し、アルミニウム箔表面に活物質層を形成させた。表面に活物質層を形成させたアルミニウム箔を、ロ−ルプレス機を用いて圧縮し、アルミニウム箔と活物質層とを強固に密着接合させた。接合物を120℃で6時間、真空乾燥機で加熱し、所定の形状(25mm×30mmの矩形状)に切り取り、正極を得た。
【0120】
負極は以下のように作製した。
グラファイト97質量部と、導電助剤としてKB1質量部と、結着剤としてスチレン−ブタジエンゴム(SBR)1質量部及びカルボキシメチルセルロース(CMC)1質量部とを混合し、この混合物を適量のイオン交換水に分散させてスラリーを作製した。このスラリーを負極用集電体である厚み20μmの銅箔にドクターブレードを用いて膜状になるように塗布し、スラリーを塗布した集電体を乾燥後プレスし、接合物を120℃で6時間、真空乾燥機で加熱し、所定の形状(25mm×30mmの矩形状)に切り取り、厚さ85μm程度の負極とした。
【0121】
上記の正極および負極を用いて、ラミネート型リチウムイオン二次電池を製作した。詳しくは、正極および負極の間に、セパレータとしてポリプロピレン/ポリエチレン/ポリプロピレンの3層構造の樹脂膜からなる矩形状シート(27×32mm、厚さ25μm)を挟装して極板群とした。この極板群を二枚一組のラミネートフィルムで覆い、三辺をシールした後、袋状となったラミネートフィルムに電解液を注入した。電解液としては、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)をEC:DEC=3:7(体積比)で混合した溶媒にLiPF
6を1モル/Lとなるよう溶解した溶液を用いた。その後、残りの一辺をシールすることで、四辺が気密にシールされ、極板群および電解液が密閉されたラミネート型リチウムイオン二次電池を得た。なお、正極および負極は外部と電気的に接続可能なタブを備え、このタブの一部はラミネート型リチウムイオン二次電池の外側に延出している。
以上の工程で、実施例1のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例2)
【0122】
リチウム複合金属酸化物を表面改質用水溶液に浸漬した時間を36時間に変更した以外は、実施例1と同様の方法で、実施例2の活物質及びラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例3)
【0123】
各表面改質用水溶液を、水溶液全体を100質量%としたときに、(NH
4)
2HPO
4を2.1質量%、Mg(NO
3)
2を3.0質量%含むものにそれぞれ変更した以外は、実施例1と同様の方法で、実施例3の活物質及びラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例4)
【0124】
表面改質用水溶液を、水溶液全体を100質量%としたときに、(NH
4)
2HPO
4を5.4質量%含むものに変更した以外は、実施例1と同様の方法で、実施例4の活物質及びラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(比較例1)
【0125】
活物質にLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2そのもの(以下「比較例1の未処理品」ということがある。)を用いた以外は、実施例1と同様の方法で、ラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
<評価例1>
【0126】
実施例1〜4、比較例1のラミネート型リチウムイオン二次電池の初期容量を測定した。測定する電池に対し、25℃、0.33Cレート、電圧4.5VでCCCV充電(定電流定電圧充電)し、そして、電圧3.0V、0.33CレートでCC放電(定電流放電)を行ったときの放電容量を測定し、これを初期容量とした。
【0127】
さらに、55℃、1Cレート、電圧4.5VでCCCV充電(定電流定電圧充電)を行い、2.5時間保持後、電圧3.0V、0.33CレートでCC放電(定電流放電)を行う4.5V−3.0Vの充放電サイクルを、測定する電池に対して25サイクル行い、その後、0.33Cレートでの放電容量を測定して、容量維持率を算出した。
容量維持率(%)は以下の式で求めた。
容量維持率(%)=サイクル後容量/初期容量×100
なお、例えば1時間で放電する電流レートを1Cという。
活物質の表層のNi、Co及びMn組成比、初期容量、25サイクル後の容量、並びに容量維持率の結果を表1に示す。
【0128】
【表1】
【0129】
活物質の表層のNi、Co及びMn組成比は、活物質の表面をX線光電子分光法で測定することにより算出した。活物質の内部組成比が変化していないことはTEM−EDXで粒子断面方向からの内部組成を分析して確認した。またこのとき、表層及び内部からの処理工程で用いたMgやPの信号はTEM−EDX分析の検出限界以下であった。つまり、特定の処理工程で得られる活物質の表層は、外部から添加された元素により新たな性能が発現するのではなく、はじめから活物質に含まれる元素でなされた改質表面により、その機能改善が発揮できるものといえる。
【0130】
活物質の表層のNi、Co及びMn組成比について各実施例と比較例とを比較すると、いずれの実施例においても、Mn組成比が高くなっており、反面、Co組成比が低くなっていることがわかる。
容量維持率について実施例1〜4と比較例1とを比較すると、いずれの実施例においても、比較例1よりも容量維持率が格段に向上していることがわかる。
【0131】
これらの結果から、活物質の表層のMn組成比を、元の(又は内部の)活物質のMn組成比よりも高くすることで、良好な容量維持率を示す活物質になるといえる。
(実施例5)
【0132】
共沈法で作成されたLiNi
5/10Co
2/10Mn
3/10O
2で表わされるリチウム複合金属酸化物を準備した。以下、各表面改質用水溶液につき、水溶液全体を100質量%としたときに、それぞれ(NH
4)
2HPO
4を0.4質量%、Mg(NO
3)
2を1.4質量%含むものに変更した以外は、実施例1と同様の方法を用い、実施例5の活物質を得た。
この活物質を用い、以下の方法で実施例5のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
正極は、活物質として実施例5の活物質を用いた以外は、上記実施例1と同様に作成した。
【0133】
負極は以下のように作製した。
カーボンコートしたSiO
x(0.3≦x≦1.6)32質量部、グラファイト50質量部、導電助剤としてアセチレンブラック8質量部と、結着剤としてポリアミドイミド10質量部とを混合し、この混合物を適量のイオン交換水に分散させてスラリーを作製した。このスラリーを負極用集電体である厚み20μmの銅箔にドクターブレードを用いて膜状になるように塗布し、スラリーを塗布した集電体を乾燥後プレスし、接合物を120℃で6時間、真空乾燥機で加熱し、所定の形状(25mm×30mmの矩形状)に切り取り、厚さ85μm程度の負極とした。
【0134】
上記の正極および負極を用いて、ラミネート型リチウムイオン二次電池を製作した。詳しくは、正極および負極の間に、セパレータとしてポリプロピレン/ポリエチレン/ポリプロピレンの3層構造の樹脂膜からなる矩形状シート(27×32mm、厚さ25μm)を挟装して極板群とした。この極板群を二枚一組のラミネートフィルムで覆い、三辺をシールした後、袋状となったラミネートフィルムに電解液を注入した。電解液としては、エチレンカーボネート、メチルエチルカーボネート及びジエチルカーボネートを体積比3:3:4で混合した溶媒にLiPF
6を1モル/Lとなるよう溶解した溶液を用いた。その後、残りの一辺をシールすることで、四辺が気密にシールされ、極板群および電解液が密閉された実施例5のラミネート型リチウムイオン二次電池を得た。なお、正極および負極は外部と電気的に接続可能なタブを備え、このタブの一部はラミネート型リチウムイオン二次電池の外側に延出している。
(実施例6)
【0135】
各表面改質用水溶液につき、水溶液全体を100質量%としたときに、それぞれ(NH
4)
2HPO
4を4.0質量%、Mg(NO
3)
2を14.0質量%含むものに変更した以外は、実施例5と同様の方法を用い、実施例6の活物質を得た。
この活物質を用い、実施例5と同様の方法で、実施例6のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例7)
【0136】
各表面改質用水溶液につき、水溶液全体を100質量%としたときに、それぞれ(NH
4)
2HPO
4を0.4質量%、Ba(NO
3)
2を1.4質量%含むものに変更した以外は、実施例5と同様の方法を用い、実施例7の活物質を得た。
この活物質を用い、実施例5と同様の方法で、実施例7のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例8)
【0137】
各表面改質用水溶液につき、水溶液全体を100質量%としたときに、それぞれ(NH
4)
2HPO
4を0.9質量%、Ba(NO
3)
2を3.5質量%含むものに変更した以外は、実施例5と同様の方法を用い、実施例8の活物質を得た。
この活物質を用い、実施例5と同様の方法で、実施例8のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例9)
【0138】
各表面改質用水溶液につき、水溶液全体を100質量%としたときに、それぞれ(NH
4)
2HPO
4を0.9質量%、Sr(NO
3)
2を3.5質量%含むものに変更した以外は、実施例5と同様の方法を用い、実施例9の活物質を得た。
この活物質を用い、実施例5と同様の方法で、実施例9のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例10)
【0139】
各表面改質用水溶液につき、水溶液全体を100質量%としたときに、それぞれ(NH
4)
2HPO
4を0.2質量%、Al(NO
3)
3を0.7質量%含むものに変更した以外は、実施例5と同様の方法を用い、実施例10の活物質を得た。
この活物質を用い、実施例5と同様の方法で、実施例10のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例11)
【0140】
各表面改質用水溶液につき、水溶液全体を100質量%としたときに、それぞれ(NH
4)
2HPO
4を0.4質量%、Al(NO
3)
3を1.4質量%含むものに変更した以外は、実施例5と同様の方法を用い、実施例11の活物質を得た。
この活物質を用い、実施例5と同様の方法で、実施例11のラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
(比較例2)
【0141】
活物質にLiNi
5/10Co
2/10Mn
3/10O
2そのもの(市販品。以下「比較例2の未処理品」ということがある。)を用いた以外は、実施例5と同様の方法で、ラミネート型リチウムイオン二次電池を作製した。
<評価例2>
【0142】
実施例5〜11、比較例2のラミネート型リチウムイオン二次電池の初期容量を測定した。測定する電池に対し、25℃、0.33Cレート、電圧4.5VでCCCV充電(定電流定電圧充電)し、そして、電圧3.0V、0.33CレートでCC放電(定電流放電)を行ったときの放電容量を測定し、これを初期容量とした。
【0143】
さらに、測定する電池に対し、60℃、1Cレートで電圧4.32Vから3.0Vの範囲の充放電サイクルを200サイクル行い、その後、室温に5時間以上放置後、初期容量測定と同じ条件で放電容量を測定した。これをサイクル後容量とした。
容量維持率(%)は以下の式で求めた。
容量維持率(%)=サイクル後容量/初期容量×100
活物質の表層のNi、Co及びMn組成比、初期容量、200サイクル後の容量、並びに容量維持率の結果を表2に示す。
【0144】
【表2】
【0145】
活物質の表層のNi、Co及びMn組成比は、活物質の表面をX線光電子分光法で測定することにより算出した。また、TEM−EDX分析を用い、活物質の内部組成比が変化していないこと、並びに、表層及び内部からの処理工程で用いたMg,Ba,Sr,Al及びPの信号はTEM−EDX分析の検出限界以下であったことも確認した。実施例5〜11においても、特定の処理工程で得られる活物質の表層は、外部から添加された元素により新たな性能が発現するのではなく、はじめから活物質に含まれる元素でなされた改質表面により、その機能改善が発揮できるものといえる。
【0146】
活物質の表層のNi、Co及びMn組成比について実施例5〜11と比較例2とを比較すると、いずれの実施例においても、比較例2よりもMn組成比が高くなっており、反面、Co組成比が低くなっていることがわかる。そして、容量維持率について実施例5〜11と比較例2とを比較すると、いずれの実施例においても、比較例よりも容量維持率が向上していることがわかる。これらの結果から、活物質の表層のMn組成比を、元の(又は内部の)活物質のMn組成比よりも高くすることで、良好な容量維持率を示す活物質になるといえる。
【0147】
なお、実施例7のように実施例の二次電池には、比較例2の二次電池と比べ、200サイクル後の時点でわずかな容量維持率の改善しか観察されなかった二次電池が存在するが、200サイクルを超える充放電サイクル後においては、容量維持率の改善がさらに拡大することが予測される。そして、実用の二次電池は200サイクルを超える充放電サイクル後においても満足できる容量が維持されることが期待されるから、実施例7で観察された程度の容量維持率の改善であっても有利な効果である。
【0148】
表1及び表2で示された試験結果は、活物質におけるMnの「Li充放電反応時に最も不活性であり、活物質内にMn含有量が多いほど容量が低下するが、反面、活物質内にMn含有量が多いほど安定性に優れる。」との特性と矛盾しない。
【0149】
ここで、層状岩塩構造のLiNi
bCo
cMn
dO
2で表わされるリチウム複合金属酸化物につき、以下の条件で第一原理計算を用い、Ni、Co及びMnの各組成における初期の格子エネルギー差(初期−ΔH)と、リチウム複合金属酸化物から2/3のリチウムが離脱したときの格子エネルギー差(Li離脱−ΔH)を算出した。結果を表3に示す。なお、格子エネルギー差(−ΔH)とは、層状岩塩構造のLiNi
bCo
cMn
dO
2のエネルギーと、リチウムが離脱しNi、Co及びMnのそれぞれが酸化されて層状岩塩構造が崩壊した時のエネルギーとの差を意味する。
ソフトウエア:quantum espresso(PWscf)
交換相関相互作用:GGAPBE汎関数
計算手法:PAW(Project Augmented Wave)法
波動関数のカットオフ:50Ry
【0150】
【表3】
【0151】
Entry1-1〜Entry1-3の結果から、Ni組成一定の場合、Mnが高い組成の方が低い組成よりも、Li離脱−ΔHの値が大きいことがわかる。Entry2-1〜Entry2-5、Entry3-1〜Entry3-5、Entry4-1〜Entry4-3、Entry5-1〜Entry5-2の結果からも同様のことがわかる。ここで、Li離脱−ΔHの値が大きい方が層状岩塩構造は安定であるから、層状岩塩構造のLiNi
bCo
cMn
dO
2で表わされるリチウム複合金属酸化物においては、Niが一定の場合、Mnが高い組成のものが安定と理論的に確認された。
【0152】
第一原理計算の結果からみて、本発明の実施例で示された容量維持率の改善効果は、本発明の活物質の表層のMn組成が高くなったことに因り、活物質表層の層状岩塩構造がより安定化され、充放電サイクル後においても、本発明の活物質の層状岩塩構造が好適に維持された結果といえる。
【0153】
したがって、実施例で示した結果は、実際に用いたLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2及びLiNi
5/10Co
2/10Mn
3/10O
2だけでなく、一般式:Li
aNi
bCo
cMn
dD
eO
f(0.2≦a≦1、b+c+d+e=1、0≦e<1、DはLi、Fe、Cr、Cu、Zn、Ca、Mg、Zr、S、Si、Na、K、Alから選ばれる少なくとも1の元素、1.7≦f≦2.1)で表される材料すべてにわたり妥当すると考えられる。
【0154】
本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池が、良好な容量維持率を示したとの上記結果から、該二次電池はサイクル特性に優れていることが確認された。また、本発明の活物質が4.3V又は4.5Vという高電位駆動条件でも好適に容量を維持できることも確認された。
【0155】
次に、好適な高マンガン部について検討する。実施例1〜11の結果につき、表面改質前後のNi、Co及びMn組成の関係について、表4に示す。表層組成比の欄の下段は表面改質前の組成との関係を示す。例えば、実施例1のNi(b2)は、表面改質前の組成0.33に0.96を乗じたものであることを意味する。
【0156】
【表4】
表面改質前のNi、Co、Mnの組成をそれぞれb、c、dとする。
【0157】
表4にて、b2は0.68×b≦b2≦1.35×bの範囲内にある。初期容量及び容量維持率の両者が好適なb2は、0.88×b<b2≦0.96×bの範囲内と推定される。
【0158】
表4にて、c2は0.3×c≦c2≦0.85×cの範囲内にある。初期容量及び容量維持率の両者が好適なc2は、0.63×c≦c2≦0.85×cの範囲内と推定される。
【0159】
表4にて、d2は1.14×d≦d2≦1.86×dの範囲内にある。初期容量及び容量維持率の両者が好適なd2は、1.2×d<d2≦1.41×dの範囲内と推定される。
<評価例3>
【0160】
実施例1の活物質の粒子及び比較例1の未処理品の粒子につき、イオンスライサー(EM−09100IS、日本電子株式会社製)を用いたArイオンミリング法にて断面を形成させ、TEM−EDXによる該断面の分析を実施した。活物質表層からの距離が5nm及び20nmの地点における分析結果を表5に載せる。なお、表5のNi、Co、Mnの値は、Ni、Co及びMnの合計量に対する各金属の%である。また、Oの値は、Ni、Co、Mn及びOの合計量に対するOの%である。
【0161】
【表5】
本発明の活物質は、表層付近でCo比が低く、Mn比が高いことが裏付けられた。また、表層付近の酸素比が高いことが裏付けられた。
<評価例4>
【0162】
実施例1の活物質の表層を、高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡:JEM−ARM200F(JEOL:日本電子株式会社製)を用い、球面収差補正を行いつつ、加速電圧200kVにて測定した。
【0163】
図2に、高角度散乱環状暗視野走査透過電子顕微鏡法により、活物質の層状岩塩構造の3bサイトを<1−100>方位から観察して得られた本発明の第1〜3超格子構造部に該当する像を示す。
図2の左下にある直方体の長辺の長さは1nmである。
【0164】
図3に、比較として、市販の層状岩塩構造のLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2そのものの3bサイトを<1−100>方位から観察して得られた通常超格子面の像を示す。
図3の左下にある直方体の長辺の長さは1nmである。
【0165】
図2と
図3の像を観察すると、
図3では同程度の強度の像が規則的に観察されるのに対し、
図2では強度が「明明暗」のものを一組とする像が周期的に観察される。
【0166】
図4に、活物質の層状岩塩構造の3bサイトを<1−100>方位から観察して得られた、本発明の第1〜3超格子構造部を含んだ結晶構造を有する相と通常超格子面を含んだ結晶構造を有する相との界面付近の像を示す。
【0167】
図5に、
図4にNo.1〜7で示した3bサイトの像の積分強度データを示す。なお、
図4及び
図5のNo.1〜7は便宜上、付したものであり、例えば、No.1は活物質の最表面を意味するものでない。
【0168】
図5の数値を説明すると、No.1の1004416は、便宜上aを付した箇所に現れた積分強度である。aからb、cの順に連続する積分強度を意味する。積分強度の下欄に記した数値、例えばcの積分強度の下欄の0.822は、連続する3つの積分強度a、b、cのうちの最小値を最大値で除した強度比である。dの積分強度の下欄の0.813は、連続する3つの積分強度b、c、dのうちの最小値を最大値で除した強度比である。表の右欄の平均値nは、上記強度比の7組の平均値である。
図5において、本発明の第1超格子構造部は、平均値nが0.9未満を満たすNo.1〜4となる。
【0169】
また、
図5において、例えばNo.1のa、b、c、No.2のb、c、d、No.3のd、e、f、No.4のc、d、eは本発明の第2超格子構造部の条件を満たす。
よって、実施例1の活物質は、
図5のNo.1〜4に本発明の第1〜3超格子構造部を有する。
(実施例12)
【0170】
上記処理1に従い、出発物質としてのリチウム複合金属酸化物に以下の処理を行った。
共沈法で作成されたLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2で表わされるリチウム複合金属酸化物を準備した。水溶液全体を100質量%としたときに、(NH
4)
2HPO
4を4.0質量%、Mg(NO
3)
2を5.8質量%含む表面改質用水溶液をそれぞれ調製した。リチウム複合金属酸化物を表面改質用水溶液に浸漬し、室温で撹拌混合した。浸漬時間は30分間とした。
【0171】
浸漬後に濾過を行い、次いで、表面改質されたリチウム複合金属酸化物を、130℃で6時間乾燥した。その後、得られたリチウム複合金属酸化物を、700℃、大気雰囲気下で、5時間加熱した。これらの処理により得られた生成物を実施例12の活物質とした。
【0172】
実施例12のリチウムイオン二次電池を以下のとおり作製した。
正極は以下のように作成した。
正極用集電体として厚み20μmのアルミニウム箔を準備した。実施例12の活物質を94質量部、導電助剤として3質量部のアセチレンブラック、および結着剤として3質量部のポリフッ化ビニリデン(PVDF)を混合した。この混合物を適量のN−メチル−2−ピロリドン(NMP)に分散させて、スラリーを作製した。上記アルミニウム箔の表面に上記スラリーをのせ、ドクターブレードを用いてスラリーが膜状になるように塗布した。スラリーを塗布したアルミニウム箔を80℃で20分間乾燥することで、NMPを揮発により除去し、アルミニウム箔表面に活物質層を形成させた。表面に活物質層を形成させたアルミニウム箔を、ロ−ルプレス機を用いて圧縮し、アルミニウム箔と活物質層とを強固に密着接合させた。接合物を120℃で12時間以上、真空乾燥機で加熱し、所定の形状(直径14mmの円状)に切り取り、正極を得た。
【0173】
負極は以下のように作製した。
グラファイト97質量部と、導電助剤としてKB1質量部と、結着剤としてスチレン−ブタジエンゴム(SBR)20/17質量部及びカルボキシメチルセルロース(CMC)14/17質量部とを混合し、この混合物を適量のイオン交換水に分散させてスラリーを作製した。このスラリーを負極用集電体である厚み20μmの銅箔にドクターブレードを用いて膜状になるように塗布し、スラリーを塗布した集電体を乾燥後プレスし、接合物を200℃で2時間、真空乾燥機で加熱し、所定の形状(直径14mmの円状)に切り取り、負極とした。
【0174】
上記の正極および負極を用いて、コイン型リチウムイオン二次電池を製作した。詳しくは、正極および負極の間に、セパレータとしてポリプロピレン/ポリエチレン/ポリプロピレンの3層構造の樹脂膜からなる矩形状シートを挟装して極板群とした。この極板群をコイン型ケースに入れ、電解液を注入し、密閉した。電解液としては、エチレンカーボネート(EC)とジエチルカーボネート(DEC)をEC:DEC=3:7(体積比)で混合した溶媒にLiPF
6を1モル/Lとなるよう溶解した溶液を用いた。
以上の工程で、実施例12のコイン型リチウムイオン二次電池を作製した。
(実施例13)
【0175】
上記処理2に従い、出発物質としてのリチウム複合金属酸化物に以下の処理を行った。
共沈法で作成されたLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2で表わされるリチウム複合金属酸化物を準備した。(NH
4)
2HPO
4を37質量%含む表面改質用水溶液を調製した。リチウム複合金属酸化物を表面改質用水溶液に浸漬し、室温で撹拌混合した。浸漬時間は30分間とした。
【0176】
浸漬後に濾過を行い、次いで、表面改質されたリチウム複合金属酸化物を、130℃で6時間乾燥した。その後、得られたリチウム複合金属酸化物を、700℃、大気雰囲気下で、5時間加熱した。これらの処理により得られた生成物を実施例13の活物質とした。
以下、活物質として実施例13の活物質を採用した以外は、実施例12と同様の製造方法で、実施例13のコイン型リチウムイオン二次電池を作製した。
(比較例3)
【0177】
活物質にLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2そのもの(市販品。以下「比較例3の未処理品」ということがある)を用いた以外は、実施例12と同様の方法で、コイン型リチウムイオン二次電池を作製した。市販品には本発明の処理をしていない。
(比較例4)
【0178】
表面改質用水溶液として、(NH
4)
2HPO
4を5.4質量%含む水溶液を採用した以外は、実施例13と同様の製造方法で、比較例4の活物質及びコイン型リチウムイオン二次電池を作製した。
<評価例5>
【0179】
実施例5、7、9〜10、12〜13の活物質、比較例2〜3の未処理品、比較例4の活物質につき、X線回折装置(SmartLab、株式会社リガク)にて、X線回折パターンを測定した。実施例12の活物質及び比較例3の未処理品のX線回折パターンを、
図7に示す。
図7において、実線は実施例12の活物質の回折パターン、点線は比較例3の未処理品の回折パターンである。各回折パターンの中から、リチウム複合金属酸化物の層状岩塩結晶構造に由来する(006)、(009)、(0012)結晶面のピークを検知した。これら3つのピークの積分幅βから上記の式(4)を用いて、c軸方向の不均一歪ηcを算出した。また、全方位の不均一歪ηは、2θが5度から90度までの測定領域に検知されるリチウム複合金属酸化物の層状岩塩結晶構造に由来する全ピークの積分幅βから算出した。各活物質についての、本発明の処理前の材料、c軸方向の不均一歪ηc、全方位の不均一歪η、ηc/ηを表6に示す。
【0180】
【表6】
【0181】
*)本発明の処理前の材料がLiNi
5/10Co
2/10Mn
3/10O
2のものはNi
5/10Co
2/10Mn
3/10と記した。本発明の処理前の材料がLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2のものはNi
1/3Co
1/3Mn
1/3と記した。なお、比較例2及び比較例3は本発明の処理を行っていないが、参考のために用いた材料を記した。
【0182】
本発明の処理を行う材料がLiNi
5/10Co
2/10Mn
3/10O
2の場合は、本発明の処理によりηc及びηc/ηの値が小さくなったことがわかる。他方、本発明の処理を行う材料がLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2の場合は、本発明の処理によりc軸方向の不均一歪ηc及び全方位の不均一歪ηが大きくなり、ηc/ηの値が変化したことがわかる。
<評価例6>
【0183】
実施例12の活物質、比較例3の未処理品につき、SEM−EDX法にて、組成分析を行った。分析結果のチャートを
図8に示す。実施例12の活物質及び比較例3の未処理品の両者の組成は実質的に同じであった。ただし、実施例12の活物質には、比較例3の未処理品で観察された不純物(S、Al、Zr)に由来するピークがほとんど観察されなかった。
<評価例7>
実施例12〜13、比較例3〜4のリチウムイオン二次電池について、評価例1と同様の方法で評価した。ただし、充放電サイクルは50サイクルとした。
結果を表7に示す。
【0184】
【表7】
【0185】
表6と表7の結果を併せて考慮すると、本発明の処理を行う材料がLiNi
1/3Co
1/3Mn
1/3O
2の場合は、本発明の処理により活物質のηc及びηの値が大きくなり、該活物質を具備するリチウムイオン二次電池の容量維持率が変化することがわかる。そして、活物質のηc/ηの値が0.86以上となれば、該活物質を具備するリチウムイオン二次電池の容量維持率が著しく優れたものになることがわかる。
【0186】
また、表6の結果と、表2の実施例5、7、9〜10、比較例2のリチウムイオン二次電池の結果を併せて下記表8に示す。表8の結果から、本発明の処理を行う材料がLiNi
5/10Co
2/10Mn
3/10O
2の場合は、本発明の処理により活物質のηc/ηの値が小さくなり、該活物質を具備するリチウムイオン二次電池の容量維持率が変化することがわかる。そして、活物質のηc/ηの値が0.44〜0.69の範囲であれば、該活物質を具備するリチウムイオン二次電池の容量維持率が優れたものになることがわかる。
【0187】
【表8】
【0188】
また、上記実施例1及び12において、リチウム複合金属酸化物を表面改質用水溶液に浸漬する時間は30分間又は1時間であった。ここで、実施例1及び12の二次電池はいずれも容量維持率が著しく優れており、浸漬時間の差異による電池性能の大きな差異は確認されなかった(表1及び表7を参照)。
【0189】
さらに、上記実施例1及び12において、二次電池の型はラミネート型又はコイン型であった。ここで、上述のように、実施例1及び12の二次電池は容量維持率が著しく優れており、二次電池の型の差異による電池性能の大きな差異は確認されなかった。すなわち、本発明の活物質を用いたリチウムイオン二次電池は、円筒型、角型、コイン型、ラミネート型等の型の種類に因らず、優れた容量維持率を示す。
【0190】
なお、本明細書において二次電池の評価は各二次電池につき3検体(すなわちn=3)で実施した。そして、各表に記載の初期容量及びサイクル後容量はn=3の平均値である。また、種々の要因(原料のロット、試験日などの違い)により、初期容量及びサイクル後容量並びに容量維持率に、バラツキが生じることは、一般的によく知られている。例えば、本評価例においては、同一の試験条件で再試験を行っても、初期容量及びサイクル後容量に10〜15mA・h/g程度のバラツキが生じ得ることは確認済みである。これらのバラツキは容量維持率のバラツキにも影響するものの、本発明による改善効果とその傾向が変化することはないため、本発明の奏する効果は種々の外乱要因に対して普遍的な効果といえる。