特許第5979331号(P5979331)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5979331フェライト系ステンレス鋼材と、これを用いる固体高分子形燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5979331
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月24日
(54)【発明の名称】フェライト系ステンレス鋼材と、これを用いる固体高分子形燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20160817BHJP
   C22C 38/54 20060101ALI20160817BHJP
   C21D 9/46 20060101ALI20160817BHJP
   H01M 8/10 20160101ALI20160817BHJP
   H01M 8/0202 20160101ALI20160817BHJP
【FI】
   C22C38/00 302Z
   C22C38/54
   C21D9/46 R
   H01M8/10
   H01M8/02 B
【請求項の数】7
【全頁数】29
(21)【出願番号】特願2016-501695(P2016-501695)
(86)(22)【出願日】2015年9月30日
(86)【国際出願番号】JP2015077751
【審査請求日】2016年1月14日
(31)【優先権主張番号】特願2014-203318(P2014-203318)
(32)【優先日】2014年10月1日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000006655
【氏名又は名称】新日鐵住金株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110002044
【氏名又は名称】特許業務法人ブライタス
(72)【発明者】
【氏名】樽谷 芳男
(72)【発明者】
【氏名】矢澤 武男
(72)【発明者】
【氏名】浜田 龍次
(72)【発明者】
【氏名】関 彰
(72)【発明者】
【氏名】今村 淳子
【審査官】 田口 裕健
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−140886(JP,A)
【文献】 特開2001−214286(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00−38/60
H01M 8/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
化学組成が、質量%で、
C:0.02〜0.15%、
Si:0.01〜1.5%、
Mn:0.01〜1.5%、
P:0.035%以下、
S:0.01%以下、
Cr:22.5〜35.0%、
Mo:0.01〜6.0%、
Ni:0.01〜6.0%、
Cu:0.01〜1.0%、
N:0.035%以下、
V:0.01〜0.35%、
B:0.5〜1.0%、
Al:0.001〜6.0%、
希土類元素:0〜0.10%、
Sn:0〜2.50%、および、
残部:Feおよび不純物であり、かつ、
{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)−17×C含有量(質量%)}として算出される値が20〜45%であるとともに、
フェライト相のみからなる母相中に、少なくとも、MB型硼化物系金属析出物を析出核としてその表面ならびにその周囲にM23型炭化物系金属析出物が析出した複合金属析出物が分散して表面に露出している、フェライト系ステンレス鋼材。
【請求項2】
前記化学組成が、質量%で、
希土類元素:0.001〜0.10%を、
含有する、請求項1に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項3】
前記化学組成が、質量%で、
Sn:0.02〜2.50%を、
含有する、請求項1または請求項2に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項4】
さらに、MB型硼化物系金属析出物およびM23型炭化物系金属析出物が単独で1種または2種分散し、表面に露出している、請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項5】
1100℃以上1170℃以下の温度範囲において、母相がフェライト相とオーステナイト相の二相組織となる、請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【請求項6】
請求項1から請求項5までのいずれか1項に記載のフェライト系ステンレス鋼材により構成される、固体高分子形燃料電池用セパレータ。
【請求項7】
請求項6に記載の固体高分子形燃料電池用セパレータを有する、固体高分子形燃料電池。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、フェライト系ステンレス鋼材と、これを用いる固体高分子形燃料電池用セパレータおよび固体高分子形燃料電池に関する。なお、ここでいうセパレータは、バイポーラプレートと呼ばれることもある。
【背景技術】
【0002】
燃料電池は、水素と酸素を利用して直流電流を発電する電池であり、固体電解質形、溶融炭酸塩形、リン酸形および固体高分子形に大別される。それぞれの形式は、燃料電池の根幹部分を構成する電解質部分の構成材料に由来する。
【0003】
現在、商用段階に達している燃料電池として、200℃付近で動作するリン酸形、および650℃付近で動作する溶融炭酸塩形がある。近年の技術開発の進展とともに、室温付近で動作する固体高分子形と、700℃以上で動作する固体電解質形が、自動車搭載用または家庭用小型電源として注目されている。
【0004】
図1は、固体高分子形燃料電池の構造を示す説明図であり、図1(a)は、燃料電池セル(単セル)の分解図、図1(b)は燃料電池全体の斜視図である。
【0005】
図1(a)および図1(b)に示すように、燃料電池1は単セルの集合体である。単セルは、図1(a)に示すように固体高分子電解質膜2の1面に燃料電極膜(アノード)3を、他面には酸化剤電極膜(カソード)4が積層され、その両面にセパレータ5aおよび5bが重ねられた構造を有する。
【0006】
代表的な固体高分子電解質膜2として、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素系イオン交換樹脂膜がある。
【0007】
燃料電極膜3および酸化剤電極膜4には、カーボン繊維から構成されるカーボンペーパまたはカーボンクロスからなる拡散層表面に粒子状の白金触媒と黒鉛粉、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素樹脂からなる触媒層が設けられており、拡散層を透過した燃料ガスまたは酸化性ガスと接触する。
【0008】
セパレータ5aに設けられている流路6aから燃料ガス(水素または水素含有ガス)Aが流されて燃料電極膜3に水素が供給される。また、セパレータ5bに設けられている流路6bからは空気のような酸化性ガスBが流され、酸素が供給される。これらガスの供給により電気化学反応が生じて直流電力が発生する。
【0009】
固体高分子形燃料電池セパレータに求められる機能は、(1)燃料極側で、燃料ガスを面内均一に供給する“流路”としての機能、(2)カソード側で生成した水を、燃料電池より反応後の空気、酸素といったキャリアガスとともに効率的に系外に排出させる“流路”としての機能、(3)長時間にわたって電極として低電気抵抗、良電導性を維持する単セル間の電気的“コネクタ”としての機能、および(4)隣り合うセルで一方のセルのアノード室と隣接するセルのカソード室との“隔壁”としての機能などである。
【0010】
これまで、セパレータ材料としてカーボン板材の適用が実験室レベルでは鋭意検討されてきているが、カーボン板材には割れ易いという問題があり、さらに表面を平坦にするための機械加工コストおよびガス流路形成のための機械加工コストが非常に嵩むという問題がある。それぞれが大きな問題であり、燃料電池の商用化そのものを難しくしている状況がある。
【0011】
カーボンの中でも、熱膨張性黒鉛加工品は格段に安価であることから、固体高分子形燃料電池セパレータ用素材として最も注目されている。しかし、ますます厳しくなる寸法精度への対応、燃料電池適用中に生じる経年的な結着用有機樹脂の劣化、電池運転条件の影響を受けて進行するカーボン腐食、ならびに燃料電池組み立て時と使用中に起こる予期せぬ割れ事故などは、今後も解決すべき課題として残されている。
【0012】
こうした黒鉛系素材の適用の検討に対峙する動きとして、コスト削減を目的に、セパレータにステンレス鋼を適用する試みが開始されている。
【0013】
特許文献1には、金属製部材からなり、単位電池の電極との接触面に直接金めっきを施した燃料電池用セパレータが開示されている。金属製部材として、ステンレス鋼、アルミニウムおよびNi−鉄合金が挙げられており、ステンレス鋼としては、SUS304が用いられている。この発明では、セパレータは金めっきを施されているので、セパレータと電極との接触抵抗が低下し、セパレータから電極への電子の導通が良好となるため、燃料電池の出力電圧が大きくなるとされている。
【0014】
特許文献2には、表面に形成される不動態皮膜が大気により容易に生成される金属材料からなるセパレータが用いられている固体高分子形燃料電池が開示されている。金属材料としてステンレス鋼とチタン合金が挙げられている。この発明では、セパレータに用いられる金属の表面には、必ず不動態皮膜が存在しており、金属の表面が化学的に侵され難くなって燃料電池セルで生成された水がイオン化される度合いが低減され、燃料電池セルの電気化学反応度の低下が抑制されるとされている。また、セパレータの電極膜等に接触する部分の不動態皮膜を除去し、貴金属層を形成することにより、電気接触抵抗値が小さくなるとされている。
【0015】
しかし、特許文献1および2により開示された、表面に不動態皮膜を備えるステンレス鋼のような金属材料をそのままセパレータに用いても、耐食性が十分でなく金属の溶出が起こり、溶出金属イオンにより担持触媒性能が劣化する。また、溶出後に生成するCr−OHまたはFe−OHのような腐食生成物により、セパレータの接触抵抗が増加するので、金属材料からなるセパレータには、コストを度外視した金めっき等の貴金属めっきが施されているのが現状である。
【0016】
このような状況の下、セパレータとして、高価な表面処理を施さずに無垢のままで適用できる、耐食性に優れたステンレス鋼も提案されている。
【0017】
特許文献3により、鋼中にBを含有せず、鋼中に導電性金属析出物としてM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系介在物のいずれも析出しない、鋼中C量が0.012%以下(本明細書では化学組成に関する「%」は特に断りがない限り「質量%」を意味する)の固体高分子形燃料電池セパレータ用フェライト系ステンレス鋼が開示されている。また、特許文献4および5には、このような導電性金属析出物が析出していないフェライト系ステンレス鋼をセパレータとして適用する固体高分子形燃料電池が開示されている。
【0018】
特許文献6には、鋼中にBを含有せず、鋼中に0.01〜0.15%のCを含有し、Cr系炭化物のみが析出する固体高分子形燃料電池のセパレータ用フェライト系ステンレス鋼およびこれを適用した固体高分子形燃料電池が示されている。
【0019】
特許文献7には、鋼中にBを含有せず、鋼中に0.015〜0.2%のCを含有し、Niを7〜50%含有する、Cr系炭化物を析出する固体高分子形燃料電池のセパレータ用オーステナイト系ステンレス鋼が示されている。
【0020】
特許文献8には、ステンレス鋼表面に、導電性を有するM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系介在物のうちの1種以上が分散、露出している固体高分子形燃料電池のセパレータ用ステンレス鋼が示されており、C:0.15%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜36%、Al:0.001〜6%、N:0.035%以下を含有し、かつCr、MoおよびB含有量が17%≦Cr+3×Mo−2.5×Bを満足し、残部Feおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼が記載されている。
【0021】
特許文献9には、ステンレス鋼材の表面を酸性水溶液により腐食させて、その表面に導電性を有するM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系金属介在物のうちの1種以上を露出させる固体高分子形燃料電池のセパレータ用ステンレス鋼材の製造方法が示されており、C:0.15%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜36%、Al:0.001〜6%、B:0〜3.5%、N:0.035%以下、Ni:0〜5%、Mo:0〜7%、Cu:0〜1%、Ti:0〜25×(C%+N%)、Nb:0〜25×(C%+N%)を含有し、かつCr、MoおよびB含有量は17%≦Cr+3×Mo−2.5×Bを満足しており、残部Feおよび不純物からなるフェライト系ステンレス鋼材が開示されている。
【0022】
特許文献10には、表面にMB型の硼化物系金属化合物が露出しており、かつ、アノード面積およびカソード面積をそれぞれ1としたとき、アノードがセパレータと直接接触する面積、およびカソードがセパレータと直接接触する面積のいずれもが0.3から0.7までの割合である固体高分子形燃料電池が示されており、ステンレス鋼表面に、導電性を有するM23型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系介在物のうちの1種以上が露出しているステンレス鋼が示されている。さらに、セパレータを構成するステンレス鋼が、C:0.15%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜36%、Al:0.2%以下、B:3.5%以下(ただし0%を除く)、N:0.035%以下、Ni:5%以下、Mo:7%以下、W:4%以下、V:0.2%以下、Cu:1%以下、Ti:25×(C%+N%)以下、Nb:25×(C%+N%)以下で、かつCr、MoおよびBの含有量が、17%≦Cr+3×Mo−2.5×Bを満足するフェライト系ステンレス鋼材が示されている。
【0023】
さらに、特許文献11〜15には、表面にMB型の硼化物系導電性金属析出物が露出するオーステナイト系ステンレスクラッド鋼材ならびにその製造方法が開示されている。
【0024】
特許文献16には、ステンレス鋼表面に、導電性を有するM236型、MC型、MC型、MC型炭化物系金属介在物およびMB型硼化物系金属介在物のうちの1種以上が分散、露出したステンレス鋼が開示されている。該ステンレス鋼は、例えば、質量%で、C:0.15%以下、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:15〜36%、Al:0.001〜6%、B:0〜3.5%、N:0.035%以下、Ni:0〜5%、Mo:0〜7%、Cu:0〜1%、Ti:0〜25×(C%+N%)、Nb:0〜25×(C%+N%)を含有し、かつCr、MoおよびB含有量は17%≦Cr+3×Mo−2.5×Bを満足しており、残部Feおよび不可避不純物からなるフェライト系ステンレス鋼である。
【0025】
特許文献17には、高温で良好な電気伝導性を有する酸化皮膜が形成されたフェライト系ステンレス鋼板が開示されている。該フェライト系ステンレス鋼板は、質量%にて、C:0.02%以下、Si:0.15%以下、Mn:0.3〜1%、P:0.04%以下、S:0.003%以下、Cr:20〜25%、Mo:0.5〜2%、Al:0.1%以下、N:0.02%以下、Nb:0.001〜0.5%、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、かつ2.5<Mn/(Si+Al)<8.0を満たす。前記フェライト系ステンレス鋼板は、さらに質量%にて、Ti:0.5%以下、V:0.5%以下、Ni:2%以下、Cu:1%以下、Sn:1%以下、B:0.005%以下、Mg:0.005%以下、Ca:0.005%以下、W:1%以下、Co:1%以下、Sb:0.5%以下の1種または2種以上含有している。
【0026】
特許文献18には、Snの添加により不動態皮膜を改質して耐食性を向上させたフェライト系ステンレス鋼が開示されている。該フェライト系ステンレス鋼は、質量%で、C:0.01%以下、Si:0.01〜0.20%、Mn:0.01〜0.30%、P:0.04%以下、S:0.01%以下、Cr:13〜22%、N:0.001〜0.020%、Ti:0.05〜0.35%、Al:0.005〜0.050%、Sn:0.001〜1%、残部がFeおよび不可避的不純物からなる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0027】
【特許文献1】特開平10−228914号公報
【特許文献2】特開平8−180883号公報
【特許文献3】特開2000−239806号公報
【特許文献4】特開2000−294255号公報
【特許文献5】特開2000−294256号公報
【特許文献6】特開2000−303151号公報
【特許文献7】特開2000−309854号公報
【特許文献8】特開2003−193206号公報
【特許文献9】特開2001−214286号公報
【特許文献10】特開2002−151111号公報
【特許文献11】特開2004−071319号公報
【特許文献12】特開2004−156132号公報
【特許文献13】特開2004−306128号公報
【特許文献14】特開2007−118025号公報
【特許文献15】特開2009−215655号公報
【特許文献16】特開2001−32056号公報
【特許文献17】特開2014−031572号公報
【特許文献18】特開2009−174036号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0028】
本発明の課題は、固体分子形燃料電池内の環境での耐食性が格段に優れ、接触電気抵抗が金めっき材と同等であるフェライト系ステンレス鋼材と、そのステンレス鋼材からなる固体高分子形燃料電池用セパレータ、ならびに、これを適用した固体高分子形燃料電池を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0029】
本発明者は、長年に亘り、固体高分子形燃料電池のセパレータとして長時間使用しても、金属セパレータ表面からの金属溶出が極めて少なく、拡散層、高分子膜ならびに触媒層から構成されるMEA(Membrane Electrode Assemblyの略称)の金属イオン汚染も殆ど進行することもなく、触媒性能の低下ならびに高分子膜性能の低下を起こし難いステンレス鋼材の開発に専念してきた。
【0030】
具体的には、汎用のSUS304、SUS316L、それらの金めっき処理材、MBおよび/またはM23導電性金属析出物分散型ステンレス材、導電性微粒粉塗布もしくは塗装処理ステンレス材、または表面改質処理ステンレス材等を用いた燃料電池適用を検討してきた結果、以下に列記の知見(a)〜(c)を得るに至り、本発明を完成した。
【0031】
(a)鋼中に微細に分散し表面に露出したMBは、不動態皮膜で覆われたステンレス鋼表面で“電気の通り道”として機能することにより表面の導電性(電気的な接触抵抗)を顕著に改善する。ただし、電気的な接触抵抗性能は金めっき素材並みとなるものの、安定性には更なる改善の余地がある。
【0032】
(b)鋼中に微細に分散し表面に露出したMBを析出核として、その表面またはその周囲にM23を複合で析出させることにより、MB単独、MBとM23とが個別に単独で析出および分散している状態よりも表面の導電性(電気的な接触抵抗)が顕著に改善される。これにより、電気的な接触抵抗性能は金めっき素材並みとなり、その性能は安定する。
【0033】
(c)積極的にMoを添加することにより、良好な耐食性が確保される。Moは溶出したとしても、アノードおよびカソード部に担持されている触媒の性能に対する影響が比較的軽微である。これは、溶出したMoが、陰イオンであるモリブデン酸イオンとして存在するため、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素系イオン交換樹脂膜のプロトン伝導性を阻害する影響が小さいためと考えられる。同様の挙動がVにも期待される。
【0034】
本発明は、以下に列記の通りである。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.02〜0.15%、
Si:0.01〜1.5%、
Mn:0.01〜1.5%、
P:0.035%以下、
S:0.01%以下、
Cr:22.5〜35.0%、
Mo:0.01〜6.0%、
Ni:0.01〜6.0%、
Cu:0.01〜1.0%、
N:0.035%以下、
V:0.01〜0.35%、
B:0.5〜1.0%、
Al:0.001〜6.0%、
希土類元素:0〜0.10%、
Sn:0〜2.50%、および、
残部:Feおよび不純物であり、かつ、
{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)−17×C含有量(質量%)}として算出される値が20〜45%であるとともに、
フェライト相のみからなる母相中に、少なくとも、MB型硼化物系金属析出物を析出核としてその表面ならびにその周囲にM23型炭化物系金属析出物が析出した複合金属析出物が分散して表面に露出している、フェライト系ステンレス鋼材。
【0035】
(2)前記化学組成が、質量%で、
希土類元素:0.001〜0.10%を、
含有する、上記(1)に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【0036】
(3)前記化学組成が、質量%で、
Sn:0.02〜2.50%を、
含有する、上記(1)または(2)に記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【0037】
(4)さらに、MB型硼化物系金属析出物およびM23型炭化物系金属析出物が単独で1種または2種分散し、表面に露出している、上記(1)から(3)までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【0038】
(5)1100℃以上1170℃以下の温度範囲において、母相がフェライト相とオーステナイト相の二相組織となる、上記(1)から(4)までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼材。
【0039】
(6)上記(1)から(5)までのいずれかに記載のフェライト系ステンレス鋼材により構成される、固体高分子形燃料電池用セパレータ。
【0040】
(7)上記(6)に記載の固体高分子形燃料電池用セパレータを有する、固体高分子形燃料電池。
【0041】
本発明において、MB、M23の“M”は金属元素を示すが、特定の金属元素ではなく、CrまたはBとの化学的親和力の強い金属元素を示す。一般に、Mは鋼中共存元素との関係より、Cr,Feを主体とし、Ni,Moを微量含有することが多い。MB型硼化物系金属析出物としては、CrB、(Cr,Fe)B、(Cr,Fe,Ni)B、(Cr,Fe,Mo)B、(Cr,Fe,Ni,Mo)B、Cr1.2Fe0.76Ni0.04Bといったものがある。炭化物の場合、Bも“M”としての作用を有する。M23型としては、Cr23、(Cr,Fe)23などがある。
【0042】
上記のMB型硼化物系金属析出物、M23型炭化物系金属析出物のいずれにおいても、Cの一部がBで置換されたM23(C,B)型炭化物系金属析出物またはM(C,B)型硼化物系金属析出物といった金属析出物も析出することがある。上記の表記はこれらも含んでいるものとする。基本的に、電気伝導性が良好である金属系の分散物であれば類似の性能が期待される。
【0043】
本発明において“MB”型表記の添え字指数“”は、“硼化物中の金属元素であるCr,Fe,Mo,Ni,X(ここで、XはCr,Fe,Mo,Ni以外の鋼中金属元素)とB量との間において、“(Cr質量%/Cr原子量+Fe質量%/Fe原子量+Mo質量%/Mo原子量+Ni質量%/Ni原子量+X質量%/X原子量)/(B質量%/B原子量)が略2となる化学量論的関係が成立していることを意味する。本表記法は、特殊なものではなく、極めて一般的な表記法である。
【発明の効果】
【0044】
本発明により、表面の接触抵抗低減のために高価な金めっき等のコスト高の表面処理を施すこともなく、優れた耐溶出金属イオン特性を有する。すなわち、固体分子形燃料電池内の環境での耐食性が格段に優れるとともに、接触電気抵抗が金めっき材と同等であるフェライト系ステンレス鋼材が得られる。このステンレス鋼材は、固体分子形燃料電池のセパレータに適している。固体高分子形燃料電池の本格普及には、燃料電池本体コスト、とくにセパレータコストの低減が極めて重要である。本発明により、金属セパレータ適用の固体高分子形燃料電池の本格普及が早まることが期待される。
【図面の簡単な説明】
【0045】
図1図1は、固体高分子形燃料電池の構造を示す説明図であり、図1(a)は、燃料電池セル(単セル)の分解図、図1(b)は燃料電池全体の斜視図である。
図2図2は、実施例3,6で製造したセパレータ(バイポーラプレートと呼ぶこともある)の形状の一例を示す写真である。
【発明を実施するための形態】
【0046】
本発明を実施するための形態を詳しく説明する。なお、以下に示す%表示はすべて質量%である。
【0047】
1.MB硼化物系金属析出物
Bは、60%以上のCrを含有しており、母相よりも耐食性に優れる。Cr濃度が母相よりも高いことにより、表面に生成する不動態皮膜も母相に比較して薄くなり導電性(電気的な接触抵抗性能)が優れる。
【0048】
ステンレス鋼の表面に、導電性を有するMB型硼化物系金属析出物を微細に分散、露出させることにより、燃料電池内での電気的な接触抵抗を安定して、長期間にわたり顕著に低減させることができる。
【0049】
ここで、露出とは、MB型硼化物系金属析出物がステンレス鋼の母相表面に生成している不動態皮膜で覆われることなく外面に突出していることを意味する。MB型硼化物系金属析出物を露出させることにより、MB型硼化物系金属析出物が電気の通り道(迂回路)として機能して、表面の電気的な接触抵抗を顕著に下げる効果を有する。
【0050】
表面に露出したMB型硼化物系金属析出物は脱落することが懸念されるが、MB硼化物系金属析出物は金属析出物であることにより、母相と金属結合しており、脱落することはない。
【0051】
B型硼化物系金属析出物は、凝固末期に進行する共晶反応により析出するため、組成がほぼ均一であるとともに、熱的にも極めて安定である特長を有している。鋼材の製造工程における熱履歴によって、再固溶も、再析出も、成分変化もすることはない。また、MB型硼化物系金属析出物は、非常に硬質な析出物である。熱間鍛造、熱間圧延、冷間圧延各工程では機械的に破砕され、微細に均一に分散する。
【0052】
2.M23型炭化物系金属析出物
23型炭化物系金属析出物は、鋼中のC含有量にもよるが、鋼材の加熱温度により一部が固溶したり、全てが固溶したり、さらには、冷却過程で再析出したりする。適切な加熱、冷却条件を設定した加工熱処理を行うことにより、MB型硼化物系金属析出物を析出核としてその表面ならびにその周囲に、M23型炭化物系金属析出物が析出した複合金属析出物とすることができる。
【0053】
本発明では、この挙動を利用して、MBを析出核としてM23をMBの表面またはその周囲に析出させる。さらに詳しく説明する。MBを析出核としてM23を表面、またはその周囲に析出させて複合金属析出物とするためには、連続鋳造スラブに造塊した以降の冷却過程で析出したM23のすべて、またはその一部を一旦、母相中に固溶させた後にMB表面、またはその周囲に再析出するようにする。
【0054】
すなわち、一旦M23が固溶する温度域に加熱および保持した後に、M23が析出する温度域に加熱および保持しながらMB表面、またはその周囲に再析出するように析出制御する。M23の固溶および再析出温度は、鋼中のCr量、C量に依存しており、かつ、熱的な平行状態にある母相が、フェライト単相であるか、オーステナイト単相であるのか、または、フェライト相とオーステナイト相との二相組織であるのかによってM23の固溶および再析出挙動は変化する。
【0055】
周知のように、オーステナイト相中へのC固溶量はフェライト相中の固溶量に比して高い。本発明に係るフェライト系ステンレス鋼は、Cr量にもよるが、焼鈍を行なう高温域に保持した際に、フェライト相とオーステナイト相との二相組織となるように成分調整するのが最も好ましく、次にオーステナイト相単相となること、フェライト相単相となることの順番で望ましい。
【0056】
加熱および保持された状態でフェライト相単相である場合には、母相へのC固溶量が少ないため、M23は大部分がM23まま残留し、温度低下に伴い再析出するM23型炭化物系金属析出物量はわずかとなる。
【0057】
一方、オーステナイト単相となる場合には、母相中へのC固溶量が多いため、熱分解するM23由来のC量が多くなり、温度低下に伴い再析出するM23型炭化物系金属析出物量も多くなる。しかしながら、化学成分にオーステナイト安定化元素が多く含まれる場合、最終焼鈍処理によってフェライト単相とすることが難しくなり、さらに600〜700℃の温度域で20時間程度を超える長時間の焼鈍処理を行いフェライト化する必要が生じる。その結果、生産性が低下する。
【0058】
本発明において、最終製品は、フェライト単相が最も好ましい形態である。この理由は、フェライト相とオーステナイト相との二相組織であると、薄板成形性に方向性があり等方的な加工性が求められる燃料電池セパレータ用素材として使用し難いためである。しかし、成形性が問題とならない程度のオーステナイト相は許容できる。この量は、加工方法にもよるが、おおよそ5〜6体積%以下である。
【0059】
さらに、換言して説明をすると、加熱保持した際にフェライト相とオーステナイト相との二相状態であると、オーステナイト相中のC固溶量が大きいためにオーステナイト相中に多くのCが固溶するが、温度低下に伴い進行するオーステナイト相からフェライト相への相変態により生じる新フェライト相(旧オーステナイト相)内に再析出するM23量が多くなり、かつ、温度低下に伴い遅くなるC拡散速度が旧オーステナイト相内に分散しているMBを核としたM23の再析出を促進することとなる。
【0060】
本発明に係るフェライト系ステンレス鋼においては、この挙動を用いて、MBを析出核としてM23をMBの表面またはその周囲に析出させる。
【0061】
具体的には、1100℃以上、1170℃以下に加熱保持されると、M23が熱分解により固溶(消失)して、母相はMBのみが単独で分散するフェライト−オーステナイト二相組織となり、950℃以下、室温までの冷却過程または温度域で加熱保持されるとフェライト単相組織に変化して、室温では、少なくともMB型硼化物系金属析出物を析出核として、その表面およびその周囲にM23型炭化物系金属析出物が析出した複合金属析出物、ならびに、MBまたはM23の二種以上が、鋼中に微細分散するフェライト単相組織となることが最も望ましい。析出物形態としては、MB型硼化物系金属析出物を析出核として、その表面およびその周囲にM23型炭化物系金属析出物が析出した複合金属析出物量が多いほど望ましく、単独で分散するM23型金属析出物量は少ない方が好ましい。さらに、1000℃以上、1230℃以下に、望ましくは1100℃以上、1170℃以下に加熱してM23を母相中に、特に、多くのCをオーステナイト相中に固溶させた後、熱間圧延および冷間圧延を行うが、冷間圧延工程で行う中間焼鈍処理および冷間圧延後に行う仕上げ焼鈍処理は、M23が新たに、かつ再固溶することなく析出する950℃以下、600℃以上とすることが重要である。
【0062】
23型炭化物系金属析出物の導電性は、MB型硼化物系金属析出物と比較して導電性に優れる。しかしながら、M23型炭化物系金属析出物は、大型で多量に分散しているMB型硼化物系金属析出物ほど大型かつ多量に析出させて分散させることが困難である。したがって、大型かつ多量に分散しているMB型硼化物系金属析出を析出核として、その表面およびその周囲にM23型炭化物系金属析出物を析出させることにより、MB型硼化物系金属析出物よりも大きなM23型炭化物系金属析出物が分散している状態と見做せるような状態を作り出すことができる。換言すると、MB型硼化物系導電性金属析出物が単独で分散している状態と比較しても、より大型で、より低接触抵抗の“電気の通り道(迂回路)”が分散して存在する、固体高分子形燃料電池セパレータ用鋼材として、導電性に優れたより望ましい表面状態が得られる。
【0063】
3.化学組成
(3−1)C:0.02〜0.15%
Cは、本発明においてはM23型炭化物系金属析出物を析出させる合金元素として積極的に添加する。M23型炭化物系金属析出物を析出分散させるために、C含有量は0.02%以上とする。しかし、C含有量が0.15%を超えると、製造が困難となる。このため、C含有量は0.15%以下とする。C含有量は、0.03%以上であることが好ましく、0.14%以下であることが好ましい。
【0064】
(3−2)Si:0.01〜1.5%
Siは、量産鋼においてはAlと同様に有効な脱酸元素である。Si含有量が、0.01%未満では脱酸が不十分となる。一方、Si含有量が1.5%を超えると、成形性が低下する。このため、Si含有量は、0.01%以上1.5%以下とする。Si含有量は、0.05%以上であることが好ましく、0.1%以上であることがより好ましい。また、Si含有量は、1.3%以下であることが好ましく、1.25%以下であることがより好ましい。
【0065】
(3−3)Mn:0.01〜1.5%
Mnは、鋼中のSをMn系硫化物として固定する作用があり、熱間加工性を改善する効果がある。上記効果を効果的に発揮させるため、Mn含有量は0.01%以上とする。一方、Mn含有量が1.5%を超えると、製造時における加熱時に、表面に生成する高温酸化スケールの密着性が低下することにより、表面肌荒れの原因となるスケール剥離を起こしやすくなる。そのため、Mn含有量は、1.5%以下とする。Mn含有量は、0.05%以上であることが好ましく、0.08%以上であることがより好ましい。また、Mn含有量は、0.8%以下であることが好ましく、0.6%以下であることがより好ましい。
【0066】
(3−4)P:0.035%以下
本発明においては、鋼中のPは、Sと並んで最も有害な不純物であるので、その含有量は0.035%以下とする。P含有量は低ければ低い程好ましい。
【0067】
(3−5)S:0.01%以下
本発明において、鋼中のSは、Pと並んで最も有害な不純物であるので、その含有量は0.01%以下とする。S含有量は低ければ低いほど好ましい。Sは、鋼中共存元素および鋼中のS含有量に応じて、Mn系硫化物、Cr系硫化物、Fe系硫化物、または、これらの複合硫化物および酸化物との複合非金属析出物としてその殆どが析出する。また、Sは、必要に応じて添加する希土類元素系の硫化物を形成することもある。しかしながら、固体高分子形燃料電池のセパレータ環境においては、いずれの組成の非金属析出物も、程度の差はあるものの腐食の起点として作用するので、不動態皮膜の維持、金属イオン溶出抑制に有害である。通常の量産鋼の鋼中S量は、0.005%超0.008%前後であるが、上記の有害な影響を防止するためには、0.004%以下に低減することが好ましい。より好ましい鋼中S量は0.002%以下であり、最も好ましい鋼中S量は、0.001%未満である。S含有量は、低ければ低い程、望ましい。工業的量産レベルでS含有量を0.001%未満とすることは、現状の精錬技術をもってすれば製造コストの上昇もわずかであり、問題ない。
【0068】
(3−6)Cr:22.5〜35.0%
Crは、母材の耐食性を確保する上で極めて重要な基本合金元素であり、Cr含有量は高いほど優れた耐食性を奏する。フェライト系ステンレス鋼においてはCr含有量が35.0%を超えると量産規模での生産が難しくなる。一方、Cr含有量が22.5%未満であると、その他の元素を変化させても固体高分子形燃料電池セパレータとして必要な耐食性を確保できないとともに、MB型硼化物系金属析出物として析出することにより、耐食性向上に寄与する母相中のCr量が溶鋼のCr量に比べて低下して母材の耐食性が劣化する場合がある。また、Crは鋼中のCと反応してM23型炭化物系金属析出物を形成する。M23型炭化物系金属析出物は導電性に優れる金属析出物である。MB型硼化物系金属析出物、M23型炭化物系金属析出物ともに表面に露出させることにより、電気的な表面接触抵抗値を低減することができる。固体高分子形燃料電池内部での耐食性を確保するためには、少なくとも、{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)−17×C含有量(質量%)}として算出される値を20〜45%とするCr量が必要である。Cr含有量は、23.0%以上であることが好ましく、34.0%以下であることが好ましい。
【0069】
(3−7)Mo:0.01〜6.0%
Moは、Crに比べて、少量で耐食性を改善する効果がある。上記効果を効果的に発揮させるため、Mo含有量は0.01%以上とする。一方、6.0%を超えてMoを含有すると、製造途中でシグマ相等の金属間化合物の析出を回避できなくなり、鋼の脆化の問題から生産が困難となる。このため、Mo含有量の上限を6.0%とする。また、Moは、固体高分子形燃料電池の内部で、仮に腐食により鋼中Moの溶出が起こったとしても、MEA性能に対する影響は比較的軽微であるという特徴を有する。この理由は、Moが金属陽イオンとして存在せずに陰イオンであるモリブデン酸イオンとして存在するため、水素イオン(プロトン)交換基を有するフッ素系イオン交換樹脂膜の陽イオン伝導度に対する影響が小さいためである。Moは、耐食性を維持するために極めて重要な元素であり、{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)−17×C含有量(質量%)}として算出される値を20〜45%とする鋼中Mo量であることが必要である。Mo含有量は、0.05%以上であることが好ましく、5.5%以下であることが好ましい。
【0070】
(3−8)Ni:0.01〜6.0%
Niは、耐食性および靭性を改善する効果を有する。Ni含有量の上限は6.0%とする。Ni含有量が6.0%を超えると、工業的に熱処理を施してもフェライト系単相組織とすることが困難となる。一方、Ni含有量の下限は0.01%とする。Ni含有量の下限は、工業的に製造した場合に混入してくる不純物量である。Ni含有量は、0.03%以上であることが好ましく、5.0%以下であることが好ましい。
【0071】
(3−9)Cu:0.01〜1.0%
Cuは、0.01%以上1.0%以下で含有する。Cu含有量が1.0%を超えると、熱間での加工性を低下することになり、量産性の確保が難しくなる。一方、Cu含有量が0.01%未満であると、固体高分子形燃料電池中での耐食性が低下する。本発明に係るステンレス鋼においては、Cuは固溶状態で存在している。Cu系析出物として析出させると、電池内でのCu溶出起点となり燃料電池性能を顕著に低下させるようになる。Cu含有量は、0.02%以上であることが好ましく、0.8%以下であることが好ましい。
【0072】
(3−10)N:0.035%以下
フェライト系ステンレス鋼におけるNは不純物である。Nは常温靭性を劣化させるのでN含有量の上限を0.035%とする。N含有量は、低ければ低い程望ましい。工業的には、N含有量は、0.007%以下とすることが最も望ましい。しかし、N含有量の過剰な低下は溶製コストの上昇をもたらすので、N含有量は0.001%以上とすることが好ましく、0.002%以上であることがより好ましい。
【0073】
(3−11)V:0.01〜0.35%
Vは、意図的に添加する添加元素ではないが、量産時に用いる溶解原料として添加するCr源中に不可避的に含有されている。V含有量は、0.01%以上、0.35%以下とする。Vは、わずかではあるが常温靭性を改善する効果を有する。V含有量は、0.03%以上であることが好ましく、0.30%以下であることが好ましい。
【0074】
(3−12)B:0.5〜1.0%
Bは、本発明においては、Cと同様に重要な添加元素である。溶鋼を造塊するに際して、すべての鋼中BがMB型硼化物系金属析出物として固液共存状態から固相のみとなる共晶反応により、瞬時に析出が完了する。Bは熱的に極めて安定な金属析出物である。表面に露出したMB型硼化物系金属析出物は電気的な表面接触抵抗を顕著に下げる働きを有する。B含有量が0.5%未満では、析出量が所望の性能を得るには不十分である。一方、B含有量が1.0%を超えると安定して量産製造することが難しくなる。このため、B含有量は0.5%以上、1.0%以下とする。B含有量は、0.55%以上であることが好ましく、0.8%以下であることが好ましい。
【0075】
(3−13)Al:0.001〜6.0%
Alは、脱酸元素として溶鋼段階で添加する。本発明に係るステンレス鋼が含有するBは溶鋼中酸素との結合力が強い元素であるので、Al脱酸により酸素濃度を下げておく必要がある。そのため、Alを0.001%以上6.0%以下の範囲で含有させるのがよい。鋼中では脱酸生成物として非金属系酸化物を形成するが、残余は固溶している。Al含有量は、0.01%以上であることが好ましく、5.5%以下であることが好ましい。
【0076】
(3−14)希土類元素:0〜0.10%
本発明においては、希土類元素は任意添加元素であり、熱間製造性を改善する効果がある。このため、希土類元素を、0.10%を上限として含有してもよい。希土類元素の含有量は、0.005%以上であることが好ましく、0.05%以下であることが好ましい。
【0077】
(3−15)Sn:0〜2.50%
本発明においては、Snは任意添加元素である。鋼中にSnを含有させることにより、母相中に固溶しているSnが固体高分子形燃料電池内では表面に金属スズまたは酸化スズとして濃化することにより母相からの金属イオンの溶出を顕著に抑制するとともに、母相の表面接触抵抗を低減して電気的な接触抵抗性能が安定して金めっき素材並みに改善する。また、MB表面に濃化した金属スズまたは酸化スズは、MB表面の導電性維持を安定化する。Sn含有量が2.50%を超えると、製造性が低下する。そのため、Sn含有量は、2.50%以下とする。一方、Sn含有量が、0.02%未満では上記効果が得られない場合がある。そのため、Snを含有する場合には、その含有量は、0.02%以上であることが好ましい。
【0078】
(3−16){Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)−2.5×B含有量(質量%)−17×C含有量(質量%)}として算出される値
この値は、MB型硼化物系金属析出物が析出したフェライト系ステンレス鋼の耐食挙動を示す目安となる指数である。この値は20%以上45%以下とする。この値が20%未満であると固体高分子形燃料電池内での耐食性が十分確保できず金属イオン溶出量が多くなる。一方、この値が45%超では量産性が著しく悪くなる。
【0079】
上記以外の残部はFeおよび不純物である。
次に、本発明の効果を、実施例を参照しながら具体的に説明する。
【実施例1】
【0080】
表1に示す化学組成を有する鋼材1〜14を180kg真空溶解炉にて溶解し、最大厚み80mmの扁平インゴットに造塊した。表1における印は本発明の範囲外であることを示し、REMはミッシュメタル(希土類元素)を示し、Index(%)=Cr%+3×Mo%−2.5×B%―17×C%である。鋼材1から9が本発明例であり、鋼材10から13がフェライト系の比較例である。鋼材14はSUS316L相当のオーステナイト系比較例である。鋼材1から13については、インゴット頭部を採取して、鋳造ままのミクロ組織観察をおこなった。Bを含有している鋼材1から11においては、MBが、二次デンドライト樹間の高固相率凝固側で共晶反応により凝固した部位にのみ濃密に析出していた。M23は、鋼材1から9においてのみ、デンドライト樹幹部、ならびに共晶反応により凝固した高固相率にて凝固した部位の界面付近に、MBとはほぼ無関係に、連なって析出していた。鋼材10および11では、M23の析出は認められなかった。鋼材12〜14では、MB、M23ともに析出が確認できなかった。
【0081】
【表1】
【0082】
インゴットの鋳肌表面を機械削りにより取り除き、1170℃に加熱した都市ガス加熱炉内にて加熱保持した後に、鋼塊の表面温度が1170℃から930℃の温度範囲で厚さ60mm、幅430mmの熱延用スラブに鍛造した。熱延用スラブは表面温度800℃以上でそのまま1170℃加熱した都市ガス加熱炉に再装入して再加熱し、均熱保持した後に、上下2段ロール式熱間圧延機で厚さ30mmまで熱間圧延して、室温まで徐冷した。鋼材1から11については、熱間圧延素材の端部を採取してミクロ組織観察を行った。鍛造および熱間圧延により凝固組織は完全に破壊されており、MBも破砕され、分散していた。鋼材1から9で確認されたM23の大部分はMBとの相関なく、分散して析出していた。すなわち、M23は、破砕と析出分散状態より、大部分は1170℃にスラブ加熱した際に生成しているオーステナイト相側に一旦固溶して、オーステナイト相がフェライト相に相変態する熱間圧延途中で相界面に再析出、圧延中に再結晶化が進行するフェライト系新結晶粒界に再析出、または、室温までの冷却過程で、析出分散している微細に破砕されたMB表面とその近傍、および、分散しているM23表面に析出して肥大化しているように判断された。MB、M23のみで単独で分散しているものも見受けられた。
【0083】
機械削りによる表面、端面手入れを行った後に、鋼材1〜9は、1090℃に加熱した都市ガス加熱炉にて再度、加熱保持した後に、厚さ1.8mmまで熱間圧延を行ないコイル幅400〜410mm、単重100〜120kgのコイルとした。鋼材1から9については、端部を採取してミクロ組織観察を行った。MBはさらに細かく破砕されていた。M23も破砕分散されていたが、MBと相関なく破砕されて分散しているもの、MBを析出核としてその表面、その周囲に析出しているもの、および、フェライト相の結晶粒界に析出しているものが認められた。C量が多い鋼材ほど、MBを析出核としてその表面、および、その周囲に析出しているM23の割合が多かった。
【0084】
コイル幅を360mmまでスリット加工した後、常温でコイルグラインダーによる表面黒皮研削し、1020℃での中間焼鈍後に、中間コイル酸洗処理、端面スリット加工を挟みながら、厚み0.116mm、幅340mmの冷間圧延コイルに仕上げた。鋼材1から9については、コイル端部を用いたミクロ組織観察を行った。MB、M23ともに非常に細かく破砕され、分散していた。MBの大きさは、大部分が1μm超え、8μm未満であり、かつ、平均で3〜5μmと判断された。詳細な観察で、長径12μm程度のものも確認されたが、その数は非常に少なかった。単独で存在するM23の大きさは、MBよりも微細であり、1〜2μmであった。
【0085】
最終焼鈍は、露点を−50〜−53℃に調整した75体積%H−25体積%N雰囲気の光輝焼鈍炉内にて行った。焼鈍温度は920℃である。鋼材1から9については、析出しているM23が肥大化していた。
【0086】
一方、鋼材10〜14の厚さ30mmまで熱間圧延スラブは室温まで徐冷した後に、機械削りによる表面、端面手入れを行い、1170℃に加熱した都市ガス加熱炉にて再度加熱保持した後に、厚さ1.8mmまで熱間圧延を行いコイル幅400〜410mm、単重100〜120kgのコイルとした。
【0087】
コイル幅を360mmまでスリット加工した後、常温でコイルグラインダーによる表面黒皮研削し、1080℃での中間焼鈍後に、中間コイル酸洗処理、端面スリット加工を挟みながら、厚み0.116mm、幅340mmの冷間圧延コイルに仕上げた。
【0088】
最終焼鈍は、露点を−50〜−53℃に調整した75体積%H−25体積%N雰囲気の光輝焼鈍炉内にて行った。焼鈍温度は、鋼材10、11、12、13が1030℃、鋼材14が1080℃である。
【0089】
全ての鋼材1〜14において、本試作過程における顕著な端面割れ、コイル破断、コイル表面疵、コイル穴あきは認められなかった。
【0090】
鋼材1から13の組織は、すべてフェライト単相である。Bを含有する鋼材1〜11では、MBの微細分散が確認された。また、鋼材1から9においてのみ、M23の析出が確認された。鋼材内部には空隙は認められなかった。
【0091】
全ての鋼材1〜15の鋼中析出物確認結果を表2にまとめて示す。なお、鋼材15は、鋼材14の測定素材Iの表面に平均厚み50nmの金めっき処理を行なった鋼材である。また、表2における“MB+M23”表記は、MBを析出核としてM23がその表面ならびにその周囲に複合金属析出物として析出していたことを示し、“M23”はM23が単独で析出していたことを示す。また、“MB”はMBが単独で析出していたことを示す。
【0092】
【表2】
【0093】
表2内に“MB+M23”と表記した導電性金属析出物では、MB表面にM23がMB表面を覆うように、かつMBを析出核として枝を伸ばしたようにM23が析出していた。鋼材1〜9では、MB単独、M23単独の析出物も確認された。
【0094】
光輝焼鈍皮膜を600番エメリー紙研磨で除いた後に洗浄し、JIS−G−0575に従う硫酸―硫酸銅腐食試験法による耐粒界腐食性評価を行った。表2に示すように鋭敏化は認められなかった。
【0095】
表2に示すように、MBが析出分散することによって、さらに、MBとM23が複合型で析出することにより電気的な表面接触抵抗が安定して顕著に改善されていることが確認された。
【実施例2】
【0096】
表1中の鋼材14は、板厚0.116mmの汎用のオーステナイト系ステンレス鋼相当材である。
【0097】
鋼材1〜15より、厚み0.116mm、幅340mm、長さ300mmの切り板を採取し、35℃、43°ボーメの塩化第二鉄水溶液によるスプレーエッチング処理を切り板の上下面全面に同時に行った。噴霧によるエッチング処理時間は40秒間である。溶削量は片面8μmとした。
【0098】
スプレーエッチング処理直後には清浄水によるスプレー洗浄と清浄水への浸漬洗浄、オーブンによる乾燥処理を連続して行った。乾燥処理後に、60mm角サンプル切り出しを行い、電気的な表面接触抵抗測定用素材Iとした。
【0099】
また、鋼材1〜15より、別途採取した60mm角サンプルを、固体高分子形燃料電池内を模擬した80ppmFイオン含有のpH3の硫酸水溶液、90℃中に1000時間の浸漬処理を行い、燃料電池適用中の環境模擬した電気的な表面接触抵抗測定用素材IIとした。
【0100】
鋼材1〜15について、電気的な表面接触抵抗測定を、東レ製カーボンペーパTGP−H−90で評価用素材を挟み込んだ状態で、白金板間に挟んで行った。燃料電池用セパレータ材評価で一般的に用いられている4端子法による測定である。測定時の負荷荷重は10kgf/cmである。測定値が低ければ低いほど、発電時のIR損が小さく、発熱によるエネルギー損も小さくなることが示される。東レ製カーボンペーパTGP−H−90は測定毎に交換した。なお、測定は、それぞれの鋼材の異なる箇所で、2回ずつ行った。
【0101】
表2に電気的な接触抵抗測定結果、電池内環境を模擬したpH3の硫酸水溶液中に溶けだした鉄イオン量をまとめて示す。金属イオン溶出測定ではCrイオン、Moイオン他も同時に定量されるがわずかであるので、最も溶出量の多いFeイオン量で比較することで挙動を示した。
【0102】
なお、鋼材15は、上述のように、鋼材14の表面接触抵抗測定用素材Iに平均厚み50nmの金めっき処理を施した素材であり、金めっき処理材は最も優れた電気的な表面接触抵抗性能を有する理想的な素材であるとされている。このため、鋼材15を参考例として併せて示す。
【0103】
表2に示すように、MBのみが分散析出し表面に露出している鋼材10ならびに11と比較して、M23が分散するMBを析出核として、その表面ならびにその周囲に複合金属析出物として分散析出している本発明例(鋼材1〜9)の電気的な接触抵抗性能が安定して低くなっており、鋼材15の接触抵抗性能に匹敵していることがわかる。
【実施例3】
【0104】
実施例1で作成したコイル素材を用いて、図2に写真で示す形状を有するセパレータをプレス成形して、実際に燃料電池適用評価を行った。セパレータの流路部反応有効面積は100cmである。
【0105】
燃料電池運転の設定評価条件は、電流密度0.1A/cmでの定電流運転評価であり、家庭用据え置き型燃料電池の想定運転環境のひとつである。水素、酸素利用率は40%で一定とした。評価時間は1000時間である。
【0106】
鋼材1〜15の評価結果を表3にまとめて示す。なお、表3中の鋼材12、13および14は性能低下が顕著であり400時間未満で評価を終了した。
【0107】
【表3】
【0108】
表3に示すように、市販の鶴賀電機株式会社製抵抗計(MODEL3565)で測定されるセル抵抗値には顕著な相違が認められ、MB+M23複合型導電性金属析出物の分散効果が確認された。さらに、表3に示すように、本発明例1〜9は時間による性能劣化も小さい。運転終了後に、スタックを解体して適用したセパレータ表面を観察したが、セパレータからの発錆は皆無であり、かつ、MEA中の金属イオン量も増加していないことが確認された。
【実施例4】
【0109】
表4に示す成分を有する鋼材1〜14を180kg真空溶解炉にて溶解し、最大厚み80mmの扁平インゴットに造塊した。鋼材1〜9が本発明例であり、鋼材10〜14が比較例である。なお、表4中の下線は本発明の範囲外であることを示し、REMはミッシュメタル(希土類元素)を示し、Index(%)=Cr%+3×Mo%−2.5×B%―17×C%である。
【0110】
【表4】
【0111】
インゴットの鋳肌表面を機械削りにより取り除いた後に、1170℃に加熱した都市ガス加熱炉内にて加熱保持した後に、鋼塊の表面温度が1170℃から930℃の温度範囲で厚さ60mm、幅430mmの熱延用スラブに鍛造した。
【0112】
熱延用スラブは、その表面温度800℃以上でそのまま1170℃加熱した都市ガス加熱炉に再装入して再加熱し、均熱保持した後に、上下2段ロール式熱間圧延機で厚さ30mmまで熱間圧延して、室温まで徐冷した。
【0113】
機械削りによる表面、端面手入れを行なった後に、鋼材1〜9は、1090℃に加熱した都市ガス加熱炉にて再度、加熱保持した後に、厚さ1.8mmまで熱間圧延を行いコイル幅400〜410mm、単重100〜120kgのコイルとした。
【0114】
コイル幅を360mmまでスリット加工した後に、常温でコイルグラインダーによる表面黒皮研削し、1020℃での中間焼鈍、中間コイル酸洗処理、端面スリット加工を挟みながら、厚み0.116mm、幅340mmの冷間圧延コイルに仕上げた。
【0115】
最終焼鈍は、露点を−50〜−53℃に調整した75体積%H−25体積%N雰囲気の光輝焼鈍炉内にて行った。焼鈍温度は920℃である。
【0116】
一方、鋼材10から14の厚さ30mmまで熱間圧延スラブは室温まで徐冷した後に、機械削りによる表面、端面手入れを行ない、1170℃に加熱した都市ガス加熱炉にて再度、加熱保持した後に、厚さ1.8mmまで熱間圧延を行ないコイル幅400〜410mm、単重100〜120kgのコイルとした。コイル幅を360mmまでスリット加工した後に、常温でコイルグラインダーによる表面黒皮研削し、1080℃での中間焼鈍、中間コイル酸洗処理、端面スリット加工を挟みながら、厚み0.116mm、幅340mmの冷間圧延コイルに仕上げた。最終焼鈍は、露点を−50〜−53℃に調整した75%H−25%N雰囲気の光輝焼鈍炉内にて行なった。焼鈍温度は、鋼材10から13が1030℃であり、鋼材14は1080℃である。
【0117】
全ての鋼材1〜14において、本試作過程における顕著な端面割れ、コイル破断、コイル表面疵、コイル穴あきは認められなかった。市販のオーステナイト系ステンレス鋼相当である鋼材14を除き、組織はすべてフェライト単相であり、Bを添加したすべての鋼材において、添加したBはMBとして鋼中に析出し、かつ、MBは、小さいもので1μメートル、大きなもので7μm程度の大きさまで微細に破砕され、板厚方向含めてマクロ的に均一に分散していることを確認した。内部には空隙は認められなかった。
【0118】
全ての鋼材1〜15の鋼中析出物確認結果を表5にまとめて示す。表5における“MB+M23”は、MBを析出核としてM23がその表面ならびにその周囲に複合金属析出物として析出していたことを示し、“M23”はM23が単独で析出していたことを示す。また、鋼材15は、鋼材14の測定素材Iの表面に平均厚み50nmの金めっき処理を行なった鋼材である。
【0119】
【表5】
【0120】
表5内に“MB+M23”と表記した導電性金属析出物では、MB表面にM23がMB表面を覆うように、かつMBを析出核として枝を伸ばしたようにM23が析出していた。鋼材1〜9、11および13では、MB単独、M23単独の析出物も確認された。MBおよびM23析出挙動、破砕分散挙動、再固溶挙動、ならびに、再析出挙動にSn添加の影響は認められなかった。
【0121】
光輝焼鈍皮膜を600番エメリー紙研磨で除いた後に洗浄し、JIS−G−0575に従う硫酸−硫酸銅腐食試験法による耐粒界腐食性評価を行なった。その結果、表5に示すように、鋭敏化は認められなかった。MBが析出分散し、かつSnを含有することにより、さらに、MBとM23とが複合型で析出することにより、より電気的な表面接触抵抗が安定して金めっき並みとなっており、かつ溶出鉄イオンも金めっき並みとなっていることが確認された。
【実施例5】
【0122】
表4中の鋼材14は、板厚0.116mmの汎用のオーステナイト系ステンレス鋼相当材である。
【0123】
表4に示した鋼材1〜14より、0.116mm厚み、幅340mm、長さ300mmの切り板を採取し、35℃、43°ボーメの塩化第二鉄水溶液によるスプレーエッチング処理を切り板の上下面全面に同時に行った。噴霧によるエッチング処理時間は40秒間である。溶削量は片面8μmとした。
【0124】
スプレーエッチング処理直後には清浄水によるスプレー洗浄と清浄水への浸漬洗浄、オーブンによる乾燥処理を連続して行った。乾燥処理後に、60mm角サンプルを切り出し、電気的な表面接触抵抗測定用素材Iとした。
【0125】
また、別途採取した60mm角サンプルを、固体高分子形燃料電池内を模擬した80ppmFイオン含有のpH3の硫酸水溶液、90℃中に1000時間の浸漬処理を行い、燃料電池適用中の環境模擬した電気的な表面接触抵抗測定用素材IIとした。
【0126】
電気的な表面接触抵抗測定を、東レ製カーボンペーパTGP−H−90で評価用素材を挟み込んだ状態で、白金板間に挟んで行なった。燃料電池用セパレータ材評価で一般的に用いられている4端子法による測定である。測定時の負荷荷重は10kgf/cmである。測定値が低ければ低いほど、発電時のIR損が小さく、発熱によるエネルギー損も小さくなることが示される。東レ製カーボンペーパTGP−H−90は測定毎に交換した。なお、測定は、それぞれの鋼材の異なる場所で、2回ずつ行った。
【0127】
表5に電気的な接触抵抗の測定結果、電池内環境を模擬したpH3の硫酸水溶液中に溶けだした鉄イオン量をまとめて示す。金属イオン溶出測定ではCrイオン、Moイオン他も同時に定量されるがわずかであるので、最も溶出量の多いFeイオン量で比較することで挙動を示した。
【0128】
なお、鋼材15は、上述のように、鋼材14の表面接触抵抗測定用素材Iに平均厚み50nmの金めっき処理を施した素材であり、金めっき処理材は最も優れた電気的な表面接触抵抗性能を有する理想的な素材であるとされている。このため、鋼材15を参考例として併せて示す。
【0129】
表5に示すように、Snを添加していない鋼材10〜14を除いて、塩化第二鉄水溶液に拠るスプレーエッチング処理後の電気的な表面接触抵抗測定用素材I、ならびに、pH3の硫酸水溶液を用いた燃料電池適用中の環境を模擬した素材IIの表面には、金属スズおよび酸化スズの存在が確認された。MB導電性金属析出物が析出していない鋼材10、12、14、Snを添加していないために金属スズおよび酸化スズが表面に存在していない鋼材11および13と比較して、BおよびSn添加材である鋼材1〜9の電気的な表面接触抵抗値は明瞭に低下しており、その改善効果は顕著であることがわかる。なお、金属スズおよび酸化スズは、MB表面にも濃化しており、MBの導電性向上および性能安定に寄与していると判断される。
【0130】
表5中に示した燃料電池内を模擬した浸漬液中の鉄イオン分析結果により、Sn添加による改善効果が明瞭である。なお、金めっき材である鋼材15が良好であるのは、ほぼ全面を覆う耐食性に優れた金めっき膜の保護皮膜効果に拠る。本発明例である鋼材1〜9の耐食性は金めっき材に相当すると判断でき、これにより、金属スズ、酸化スズにも燃料電池内での金めっき並みの表面被覆効果が期待できると確認できる。
【実施例6】
【0131】
実施例4で作成したコイル素材を用いて図2に示す形状のセパレータをプレス成形して、実際に燃料電池適用評価を行った。セパレータの流路部面積は100cmである。燃料電池運転の設定評価条件は、電流密度0.1A/cmでの定電流運転評価であり、家庭用据え置き型燃料電池の運転環境のひとつである。水素、酸素利用率は40%で一定とした。評価時間は1000時間である。
【0132】
鋼材1〜15の評価結果を表6にまとめて示す。なお、表6中の鋼材10、12および14は性能低下が顕著であり、400時間未満で評価を終了した。
【0133】
【表6】
【0134】
表6に示すように、市販の鶴賀電機株式会社製抵抗計(MODEL3565)で測定されるセル抵抗値には顕著な相違が認められ、MB+M23複合型導電性金属析出物の分散効果、Sn添加効果が確認された。さらに、表6に示すように、鋼材1〜9は時間による性能劣化も小さい。運転終了後に、スタックを解体して適用したセパレータ表面を観察したが、セパレータからの発錆は皆無であり、かつ、MEA中の金属イオン量も増加していないことが確認された。
【符号の説明】
【0135】
1 燃料電池
2 固体高分子電解質膜
3 燃料電極膜(アノード)
4 酸化剤電極膜(カソード)
5a,5b セパレータ
6a,6b 流路

【要約】
化学組成が、質量%で、C:0.02〜0.15%、Si:0.01〜1.5%、Mn:0.01〜1.5%、P:0.035%以下、S:0.01%以下、Cr:22.5〜35.0%、Mo:0.01〜6.0%、Ni:0.01〜6.0%、Cu:0.01〜1.0%、N:0.035%以下、V:0.01〜0.35%、B:0.5〜1.0%、Al:0.001〜6.0%、希土類元素:0〜0.10%、Sn:0〜2.50%、および、残部:Feおよび不純物であり、かつ{Cr含有量(質量%)+3×Mo含有量(質量%)-2.5×B含有量(質量%)-17×C含有量(質量%)}として算出される値が20〜45%であるとともに、フェライト相のみからなる母相中に、少なくとも、M2B型硼化物系金属析出物を析出核としてその表面ならびにその周囲にM23C6型炭化物系金属析出物が析出した複合金属析出物が分散して表面に露出したフェライト系ステンレス鋼材である。
図1
図2