特許第5980609号(P5980609)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5980609
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月31日
(54)【発明の名称】ミクロ組織の識別および定量評価方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 29/04 20060101AFI20160818BHJP
   G21C 17/003 20060101ALI20160818BHJP
   G01N 33/20 20060101ALN20160818BHJP
【FI】
   G01N29/04
   G21C17/00 E
   !G01N33/20 N
【請求項の数】5
【全頁数】18
(21)【出願番号】特願2012-163840(P2012-163840)
(22)【出願日】2012年7月24日
(65)【公開番号】特開2014-25716(P2014-25716A)
(43)【公開日】2014年2月6日
【審査請求日】2015年3月19日
(73)【特許権者】
【識別番号】000165697
【氏名又は名称】原子燃料工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078813
【弁理士】
【氏名又は名称】上代 哲司
(74)【代理人】
【識別番号】100094477
【弁理士】
【氏名又は名称】神野 直美
(72)【発明者】
【氏名】松永 嵩
(72)【発明者】
【氏名】礒部 仁博
(72)【発明者】
【氏名】匂坂 充行
(72)【発明者】
【氏名】江藤 淳二
【審査官】 横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】 特表平03−503312(JP,A)
【文献】 特開平08−075712(JP,A)
【文献】 特開昭58−150856(JP,A)
【文献】 特開昭62−214350(JP,A)
【文献】 特開2002−267640(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 29/00−29/52
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
測定対象の材料に超音波を照射して、前記超音波の超音波音速として縦波音速または横波音速を用いることにより、前記材料中に複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価方法であって、
前記材料における各ミクロ組織と寸法または密度の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と寸法の定量的関係についての関係式を、第1関係式として導出する第1関係式導出ステップと、
前記材料における各ミクロ組織と超音波音速の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出する第2関係式導出ステップと、
前記第1関係式および第2関係式に、実測された前記材料の寸法および超音波音速を適用することにより、前記複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価ステップと
を備えていることを特徴とするミクロ組織の識別および定量評価方法。
【請求項2】
測定対象の材料に超音波を照射して、前記材料中に複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価方法であって、
前記材料における各ミクロ組織と密度または寸法の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と密度の定量的関係についての関係式を、第1関係式として導出する第1関係式導出ステップと、
前記材料における各ミクロ組織と超音波音速の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出する第2関係式導出ステップと、
前記第1関係式および第2関係式に、実測された前記材料の密度および超音波音速を適用することにより、前記複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価ステップと
を備えていることを特徴とするミクロ組織の識別および定量評価方法。
【請求項3】
前記第2関係式導出ステップが、
前記材料における各ミクロ組織と縦弾性係数の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係についての関係式を導出し、導出された前記ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係および前記ミクロ組織と密度の定量的関係に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出するステップであることを特徴とする請求項2に記載のミクロ組織の識別および定量評価方法。
【請求項4】
測定対象の材料に超音波を照射して、前記超音波の超音波音速として縦波音速または横波音速を用いることにより、前記材料中に複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価方法であって、
前記材料における各ミクロ組織と密度または寸法の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と密度の定量的関係についての関係式を導出し、導出された前記関係式に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と寸法の定量的関係についての関係式を、第1関係式として導出する第1関係式導出ステップと、
前記材料における各ミクロ組織と縦弾性係数の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係についての関係式を導出し、導出された前記ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係および前記ミクロ組織と密度の定量的関係に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出する第2関係式導出ステップと、
前記第1関係式および第2関係式に、実測された前記材料の寸法および超音波音速を適用することにより、前記複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価ステップと
を備えていることを特徴とするミクロ組織の識別および定量評価方法。
【請求項5】
識別および定量評価される前記ミクロ組織が、寸法および超音波音速に影響を及ぼすミクロ組織から選択された2種類のミクロ組織であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のミクロ組織の識別および定量評価方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、放射線の照射、熱時効、塑性変形などにより、ステンレス鋼などの構造材料中に複合的に生じた各ミクロ組織の識別および定量評価方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ステンレス鋼などの構造材料は、中性子線などの放射線の照射などによって、内部にボイド、炭化物など種々のミクロ組織が複合的に生じて材料劣化を招く。この結果、構造材料の健全性が低下して、交換、補修が必要となる。しかし、これらのミクロ組織が構造材料に及ぼす影響の程度は各々のミクロ組織によってそれぞれ異なっているため、構造材料の健全性を評価、診断するには、各ミクロ組織を識別して定量評価する必要がある。
【0003】
このようなミクロ組織の検出方法として、TEM(透過型電子顕微鏡)などによりミクロ組織の観察を行う方法や、化学分析試験によりミクロ組織を検出する方法がある。しかし、これらの検出方法は破壊的な検出方法であるため適用範囲が限られている。そして、得られる情報も局所的な情報に限られている。この結果、広範囲の情報を得るためには観察箇所を増やす必要があるなどの問題があり、簡便な検出方法とは言えなかった。
【0004】
そこで、非破壊でミクロ組織を検出する方法として、測定対象の材料に超音波を照射し、反射してくる超音波信号の変化を検出することにより、ミクロ組織の検出を行う超音波法が提案されている(例えば、特許文献1〜4)。
【0005】
また、ボイドや炭化物など単体のミクロ組織に対して、超音波音速や密度との関係を定量的に評価した研究事例もある(例えば、非特許文献1〜3)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開平07−234207号公報
【特許文献2】特開2003−014705号公報
【特許文献3】特開2003−166978号公報
【特許文献4】特開2012−068209号公報
【非特許文献】
【0007】
【非特許文献1】鈴木誠也他、“SUS304のクリープ変形に伴う超音波速度変化”、日本材料学会、22、108
【非特許文献2】A.V.Kozlov,S.A.Averin,E.A.Kinev,and E.N.Shcherbakov,“Connection of Physical and Mechanical Properties with Microstructure Change of ChS−68 steel under High Dose Neutron Irradiation of BN−600,”The 3rd International Ural Seminar,Ser.:Radiation Damage Physics of Metals and Alloys.Snezhinsk, Russia, 1999,in Russian.
【非特許文献3】J.A.SPITZNAGEL AND R.STICKLER,Correlation Between Precipitation Reactions and Bulk Density Changes in Type 18−12 Austenitic Stainless Steels,Metallergical Transactions Volume 5,JUNE 1974
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
しかしながら、実際のミクロ組織は複合的に生じており、従来の超音波法において、これらのミクロ組織のそれぞれを識別して、定量評価することは困難であった。
【0009】
そこで、本発明は、上記した従来のミクロ組織検出方法における問題点に鑑み、構造材料中に複合的に生じたミクロ組織のそれぞれを、非破壊で、識別し定量評価することができるミクロ組織の識別および定量評価方法を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題の解決について検討するにあたって、構造材料中に生じるミクロ組織には、ボイドや炭化物などのように、構造材料の寸法および音速に影響を及ぼすミクロ組織があることに着目した。
【0011】
図1は、ミクロ組織の変化に伴う寸法および密度の変化と超音波音速の変化を説明する図である。図1に示すように、中性子線の照射などにより構造材料中にボイドの発生や炭化物の析出が生じると、構造材料の寸法および密度を変化させると共に、構造材料の内部を進行する超音波の音速を変化させる。
【0012】
ここで、超音波の音速vは、超音波測定によって得られた表面波信号と底面波信号との時間差(time of flight)tと、超音波進行方向の材料厚さ(寸法)Lとを用いて、式(1)のように表わすことができるため、図1において寸法Lが変化すると音速vも変化することが分かる。なお、図2に超音波測定によって得られた表面波信号と底面波信号の一例を示す。
【0013】
【数1】
【0014】
上記した各ミクロ組織の変化が、この寸法の変化や音速の変化にどのように影響するかを、炭化物の析出およびボイドの発生の場合を例にして図3に示す。
【0015】
図3に示すように、炭化物が析出した場合には、材料内の組成が変化して母材の格子定数が減少して体積が減少するため、寸法が減少し、密度が上昇する。一方、ボイドが発生した場合には、ボイドの体積増加分だけ体積が増加するため、寸法が増加し、密度が減少する。
【0016】
また、炭化物が析出した場合には、縦弾性係数が増加し、それに伴って音速が速くなる。一方、ボイドが発生した場合には、縦弾性係数が減少するため音速が遅くなる。
【0017】
以上のように、各ミクロ組織の変化(例えば、ボイドの発生や炭化物の析出)は、寸法(または密度)の変化や超音波測定時の音速(または縦弾性係数)の変化に大きく影響しているため、本発明者は、寸法の変化や音速の変化と各ミクロ組織の変化との関連を把握し、各ミクロ組織の変化について、この寸法の変化や音速の変化を利用して特定することができれば、複合的に生じたミクロ組織のそれぞれを容易に識別し、定量評価できると考え、鋭意検討の結果、本発明を完成するに至った。
【0018】
即ち、ミクロ組織と寸法の定量的関係、およびミクロ組織と超音波音速の定量的関係を求め、この2つの定量的関係式に寸法および音速を代入して、各ミクロ組織について解を算出することにより、ミクロ組織のそれぞれを識別および、定量評価することができるという従来にはなかった画期的なミクロ組織の識別および定量評価方法を見出した。
【0019】
ミクロ組織としてボイドと炭化物を識別および定量評価することを例に挙げて、上記のプロセスの概要を図4に示し、本発明の手順の概要を説明する。
【0020】
(1)最初に、種々の実験の結果から得られたミクロ組織と寸法の関係により予め構築されたミクロ組織と寸法の定量的関係についてのデータベースから、ミクロ組織と寸法の定量的関係式を導出する。
【0021】
(2)次に、上記と同様に、種々の実験の結果から得られたミクロ組織と超音波音速の関係により予め構築されたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についてのデータベースから、ミクロ組織と超音波音速の定量的関係式を導出する。
【0022】
(3)上記において導出されたミクロ組織と寸法の定量的関係式およびミクロ組織と超音波音速の定量的関係式を連立して、ボイドの発生量および炭化物の析出量について各々の解を得る。そして、得られた解に測定した寸法、音速を代入することにより、ボイドと炭化物とを識別し、定量評価する。
【0023】
次に、上記の手順に従い、具体的にミクロ組織と寸法の定量的関係式およびミクロ組織と超音波音速の定量的関係式を得た結果を以下に示す。
【0024】
ミクロ組織と寸法の定量的関係式は、体積膨張が等方的であると仮定した場合、式(2)のように導出された。
【0025】
【数2】
【0026】
なお、上記式(2)において、sはボイドの発生量、cは炭化物の析出量である。また、Lは寸法であり、L(s,c)はミクロ組織発生後の寸法、Lは初期寸法であることを示している。そして、Aは係数である。
【0027】
そして、ミクロ組織と超音波音速の定量的関係式は、式(3)のように導出された。
【0028】
【数3】
【0029】
なお、上記式(3)において、vは超音波音速であり、v(s,c)はミクロ組織発生後の超音波音速、Eは初期縦弾性係数であることを示している。そして、νはポアソン比、ρは初期密度、B、Cは係数である。
【0030】
上記で得られた式(2)、式(3)を連立して、sおよびcについて解き、式(4)および式(5)に示す結果が得られた。
【0031】
【数4】
【0032】
【数5】
【0033】
なお、上記式(4)および式(5)において、Cは、ミクロ組織と超音波音速との定量的関係式の中のポアソン比を含む項である式(6)を式の簡略化のために示したものである。
【0034】
【数6】
【0035】
得られた式(4)〜(6)において、寸法L、超音波音速v以外のパラメータは、前記の各データベースから既知となっている、あるいは別途測定することにより容易に知ることができる。従って、ミクロ組織発生後の超音波測定によって測定されたL(s,c)をLに、またv(s,c)をvに代入することにより、各ミクロ組織を識別し、定量評価できることが分かる。
【0036】
以上のように、本発明においては、従来のTEM等によるミクロ組織観察と異なり、超音波法を用いて非破壊的にミクロ組織の識別および定量評価を行うことができ、適用範囲が限られず、超音波測定が可能な部位であれば適用することができる。
【0037】
また、従来の超音波法と異なり、各ミクロ組織を識別して定量評価することができるため、各ミクロ組織が構造材料に及ぼす影響を正確に評価することができ、構造材料の健全性を非破壊で正確に診断することができる。
【0038】
この結果、軽水炉や高速炉などにおける構造材料の照射劣化の診断や、他産業における構造材料の照射劣化の診断に大きく貢献することができる。
【0039】
次に、上記した式(2)〜式(5)に至る導出プロセスについて、図5に示すプロセス詳細図に従い、さらに詳しく説明する。
【0040】
1.ミクロ組織と寸法の定量的関係式の導出プロセス
(a)ミクロ組織と密度の定量的関係式
前記したように、ミクロ組織の発生に伴って寸法が変化すると、体積が変化して密度も変化する。そこで、まず、ミクロ組織と密度の定量的関係について説明する。
【0041】
ミクロ組織発生前における構造材料全体の体積をVとし、ボイドの発生体積をVvoid、炭化物の析出体積をVcarbideとすると、ボイド体積率sおよび炭化物体積率cは、それぞれ式(7)のように示すことができる。
【0042】
【数7】
【0043】
上記において、ボイドは中性子照射などによって生じる構造材料内部の微小な空洞であり、前記したように、ボイドの発生により密度は減少するため、ボイド体積率sと密度ρとの関係は式(8)で表すことができる。
【0044】
【数8】
【0045】
なお、上記式(8)において、ρ(s)はボイド発生時の密度であり、ρは初期密度である。
【0046】
一方、炭化物は中性子照射などによって構造材料内部に析出し、前記したように、炭化物の析出により密度は増加する。
【0047】
ここで、炭化物体積率と密度変化の関係は、以下の2通りの方法のいずれかの方法によって導出することができる。
【0048】
(イ)前記したように、炭化物の析出は構造材料の格子定数を減少させるため、この格子定数の変化に基づいて炭化物が析出した場合の理論密度を算出し、炭化物体積率と密度変化の関係を求める。
【0049】
(ロ)炭化物の析出量のみが異なる多くの試料について密度を測定することにより、炭化物の析出量と密度の関係を予めデータベースとして構築し、このデータベースに基づいて炭化物体積率と密度変化の関係を求める。
【0050】
上記(イ)、(ロ)のいずれかの方法により求められた炭化物体積率cと密度ρとの関係は、1次線形近似することにより、式(9)で表すことができる。
【0051】
【数9】
【0052】
なお、上記式(9)において、ρ(c)は炭化物析出時の密度である。また、Aは炭化物体積率に対する密度変化の係数である。
【0053】
以上のように、ボイド体積率sと密度ρとの関係は式(8)で、炭化物体積率cと密度ρとの関係は式(9)で示されるが、このボイドの発生による密度変化と炭化物の析出による密度変化とは互いに独立していると仮定することができるため、式(8)および式(9)は1次線形結合させることができる。この結果、図5(1’)に示すミクロ組織全体と密度の定量的関係を式(10)のように表すことができる。
【0054】
【数10】
【0055】
(b)ミクロ組織と寸法の定量的関係式
上記により、ミクロ組織と密度の定量的関係を式(10)に示すことができたため、これに基づいて、ミクロ組織と寸法の定量的関係を、以下の方法によって導出する。
【0056】
体積の変化および密度の変化の過程を空間的に等方的な変化と仮定して、ミクロ組織と寸法の定量的関係を求める。即ち、寸法の変化は体積の変化や密度の変化の三乗根として求めることができるため、式(10)を変換することにより式(2)を導出することができる。
【0057】
【数11】
【0058】
なお、上記においてL(s,c)はミクロ組織発生後の寸法、Lは初期寸法である。また、上記において、寸法と密度との関係は式(11)のように表される。
【0059】
【数12】
【0060】
非破壊検査において密度測定を行うことは困難であるが、上記のように、ミクロ組織と密度の定量的関係からミクロ組織と寸法の定量的関係へと変換させることにより、ミクロ組織形成後の密度測定を行う必要がなく、極めて簡便に、ミクロ組織と寸法の定量的関係を求めることができる。
【0061】
なお、上記のミクロ組織と寸法の定量的関係式は体積膨張が等方的であると仮定して導出したが、このような仮定をすることなく、体積の変化および密度の変化の過程において、検査対象物の拘束条件を考慮して、それぞれの拘束条件によって寸法がどのように変化するかを3次元シミュレーションして導出することもできる。具体的な一例として、超音波測定方向にのみ体積変化するような単純な拘束条件の場合には式(2’)が導出される。
【0062】
【数13】
【0063】
2.ミクロ組織と超音波音速の定量的関係式の導出プロセス
(a)ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係式
次に、ミクロ組織と超音波音速の定量的関係式の導出プロセスについて説明するが、前記したように、超音波音速の変化と縦弾性係数の変化とは互いに関係していることから、まず、ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係について説明する。
【0064】
ミクロ組織の体積率と縦弾性係数の定量的関係は、ボイド体積率のみが異なる多くの試料について縦弾性係数を測定すると共に、炭化物体積率のみが異なる多くの試料について縦弾性係数を測定することにより、ミクロ組織の体積率と縦弾性係数との関係を予めデータベースとして構築しておく。
【0065】
そして、このデータベースに基づいて、各ミクロ組織の体積率と縦弾性係数変化率との関係を1次線形近似することにより、ボイド体積率と縦弾性係数の関係を式(12)のように、また、炭化物体積率と縦弾性係数の関係を式(13)のように表すことができる。
【0066】
【数14】
【0067】
【数15】
【0068】
なお、上記式(12)、式(13)において、E(s)はボイド発生時の縦弾性係数であり、E(c)は炭化物析出時の縦弾性係数であり、Eは初期縦弾性係数である。また、Bはボイド体積率に対する縦弾性係数変化の係数であり、Cは炭化物体積率に対する縦弾性係数変化の係数である。
【0069】
以上、ボイド体積率sと縦弾性係数との関係は式(12)で、炭化物体積率cと縦弾性係数との関係は式(13)で示されるが、このボイドの発生による縦弾性係数変化と炭化物の析出による縦弾性係数変化とは互いに独立していると仮定することができるため、式(12)および式(13)は1次線形結合させることができる。この結果、図5(2’)に示すミクロ組織全体と縦弾性係数の定量的関係を式(14)のように表すことができる。
【0070】
【数16】
【0071】
(b)ミクロ組織と超音波音速の定量的関係式
上記のように、ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係を式(14)に示すことができるため、これに基づいて、ミクロ組織と超音波音速の定量的関係式を導出する。
【0072】
具体的には、ミクロ組織と超音波音速の定量的関係は、前記したミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係およびミクロ組織と密度の定量的関係より導出することができる。
【0073】
ここで、超音波音速としては、縦波音速と横波音速の2種類があり、縦波音速と横波音速の間には下式に示すような関係があるため、いずれを用いても良いが、水中で用いられる超音波水浸法の場合、横波を用いることができないことを考慮すると、縦波音速を用いることが好ましい。
【0074】
【数17】
【0075】
まず、超音波縦波音速と材料特性の関係は、一般的に式(15)で表される。
【0076】
【数18】
【0077】
上記式(15)において、ポアソン比νに関して、照射による変化は殆どないことが知られている。そして、ρ(s,c)は式(10)において、またE(s,c)は式(14)において既に示されている。
【0078】
従って、式(15)に式(10)および式(14)を代入することにより、各ミクロ組織変化と超音波信号の関係式として、式(3)を導出することができる。
【0079】
【数19】
【0080】
3.ミクロ組織の識別および定量評価プロセス
上記において導出されたミクロ組織と寸法の定量的関係式およびミクロ組織と超音波音速の定量的関係式から、ミクロ組織を識別し、定量的に評価することが可能となる。
【0081】
即ち、式(2)と式(3)を連立して解くことにより、ボイド体積率sが式(4)、炭化物体積率cが式(5)として得られるため、ミクロ組織を識別し、定量的に評価することができる。なお、理解の便宜のため、下記においては、前記した式(6)も示しておく。
【0082】
【数20】
【0083】
【数21】
【0084】
【数22】
【0085】
【数23】
【0086】
【数24】
【0087】
以上、ミクロ組織としてボイドの発生と炭化物の析出とを例に挙げて、ミクロ組織と寸法の定量的関係およびミクロ組織と超音波音速の定量的関係に基づいて、ミクロ組織を識別し定量評価できることを説明してきたが、寸法と密度との間には前記した式(11)の関係があるため、ミクロ組織と寸法の定量的関係式(2)に換えて、ミクロ組織と密度の定量的関係式(10)を用いることもできる。
【0088】
このように、ミクロ組織と寸法の定量的関係式(2)とミクロ組織と密度の定量的関係式(10)とは、相互に変換することができるため、ミクロ組織と密度のデータベースしか構築されていない場合でもミクロ組織と寸法の定量的関係式の導出が可能であり、また、ミクロ組織と寸法のデータベースしか構築されていない場合でもミクロ組織と密度の定量的関係式の導出も可能となる。
【0089】
そして、上記の識別および定量方法は、上記のボイドや炭化物だけでなく、その他のミクロ組織、例えば、金属間化合物や水素化物のような析出物、γ’相のような相変態、Heなどによって形成されている気孔などにおいて、寸法および超音波音速に影響を及ぼすミクロ組織にも適用することが可能であり、これらのミクロ組織から2種類を適宜選択することにより、ミクロ組織の識別および定量評価を行うことができる。
【0090】
また、ミクロ組織の識別および定量評価を行う対象としては、ステンレス鋼などの金属材料に限定されず、音速が測定可能な材料であれば、有機材料などに対してもミクロ組織の識別および定量評価を行うことができる。
【0091】
本発明は、以上の知見に基づく発明であり、請求項1に記載の発明は、
測定対象の材料に超音波を照射して、前記超音波の超音波音速として縦波音速または横波音速を用いることにより、前記材料中に複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価方法であって、
前記材料における各ミクロ組織と寸法または密度の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と寸法の定量的関係についての関係式を、第1関係式として導出する第1関係式導出ステップと、
前記材料における各ミクロ組織と超音波音速の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出する第2関係式導出ステップと、
前記第1関係式および第2関係式に、実測された前記材料の寸法および超音波音速を適用することにより、前記複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価ステップと
を備えていることを特徴とするミクロ組織の識別および定量評価方法である。
【0092】
請求項2に記載の発明は、
測定対象の材料に超音波を照射して、前記材料中に複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価方法であって、
前記材料における各ミクロ組織と密度または寸法の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と密度の定量的関係についての関係式を、第1関係式として導出する第1関係式導出ステップと、
前記材料における各ミクロ組織と超音波音速の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出する第2関係式導出ステップと、
前記第1関係式および第2関係式に、実測された前記材料の密度および超音波音速を適用することにより、前記複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価ステップと
を備えていることを特徴とするミクロ組織の識別および定量評価方法である。
【0093】
請求項3に記載の発明は、
前記第2関係式導出ステップが、
前記材料における各ミクロ組織と縦弾性係数の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係についての関係式を導出し、導出された前記ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係および前記ミクロ組織と密度の定量的関係に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出するステップであることを特徴とする請求項2に記載のミクロ組織の識別および定量評価方法である。
【0094】
請求項4に記載の発明は、
測定対象の材料に超音波を照射して、前記超音波の超音波音速として縦波音速または横波音速を用いることにより、前記材料中に複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価方法であって、
前記材料における各ミクロ組織と密度または寸法の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と密度の定量的関係についての関係式を導出し、導出された前記関係式に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と寸法の定量的関係についての関係式を、第1関係式として導出する第1関係式導出ステップと、
前記材料における各ミクロ組織と縦弾性係数の測定結果から予め構築されたデータベース、または、所定の理論計算に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係についての関係式を導出し、導出された前記ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係および前記ミクロ組織と密度の定量的関係に基づいて、前記材料に生じたミクロ組織と超音波音速の定量的関係についての関係式を、第2関係式として導出する第2関係式導出ステップと、
前記第1関係式および第2関係式に、実測された前記材料の寸法および超音波音速を適用することにより、前記複合的に生じたミクロ組織の各々を識別、定量評価するミクロ組織の識別および定量評価ステップと
を備えていることを特徴とするミクロ組織の識別および定量評価方法である。
【0095】
請求項5に記載の発明は、
識別および定量評価される前記ミクロ組織が、寸法および超音波音速に影響を及ぼすミクロ組織から選択された2種類のミクロ組織であることを特徴とする請求項1ないし請求項4のいずれか1項に記載のミクロ組織の識別および定量評価方法である。
【発明の効果】
【0096】
本発明によれば、構造材料中に複合的に生じたミクロ組織のそれぞれを、非破壊で、識別し定量評価することができるミクロ組織の識別および定量評価方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0097】
図1】ミクロ組織変化に伴う寸法および密度変化と超音波音速の変化を説明する図である。
図2】超音波測定で得られる超音波信号の一例を示す図である。
図3】ミクロ組織の発生が構造材料に及ぼす影響を説明する図である。
図4】本発明に係るミクロ組織の識別および定量評価方法のプロセス概要図である。
図5】本発明に係るミクロ組織の識別および定量評価方法のプロセス詳細図である。
図6】本発明の実施例におけるミクロ組織の識別および定量評価方法のプロセス概略図である。
図7】本発明の実施例で得られた炭化物体積率と材料の密度との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0098】
以下、試験体としてオーステナイトステンレス鋼(SUS304材)を用い、中性子線の照射によるボイドの発生と炭化物の析出について識別、定量評価した例を挙げて、本発明をより具体的に説明する。
【0099】
1.初期密度および初期弾性係数の測定
照射に先立って、まず、試験体の初期密度および初期弾性係数の測定を行う。
【0100】
(1)初期密度ρの測定
はじめに、試験体の重量を電子天秤で測定した。その後、試験体を水中に沈め、水面の上昇により試験体の体積を測定した。そして、得られた試験体の重量および体積から、試験体の密度を算出した。なお、測定は、各試験体毎にそれぞれ10回測定を行い、その平均値を密度測定結果とした。得られた初期密度ρは、7.899g/cmであり、平均誤差は0.02g/cmであった。
【0101】
(2)初期縦弾性係数Eの測定
はじめに、超音波計測装置を用いて試験体に10MHzの超音波を入射し、試験体の超音波速度測定を行って、初期超音波音速vを求めた。得られた初期超音波音速vは、5746m/sであった。
【0102】
次に、上記の初期密度ρおよび初期超音波音速vを、式(15)のE(s,c)をE、ρ(s,c)をρ、v(s,c)をvに置き換えた式(16)に代入し、初期縦弾性係数Eを算出した。得られた初期縦弾性係数Eは201.4GPaであった。
【0103】
【数25】
【0104】
2.ミクロ組織と各定量的関係の導出
(1)ミクロ組織と密度の定量的関係式の導出
本実施例におけるプロセスの概要を図6に示す。図6に示すように、本実施例においては、ミクロ組織と寸法の定量的関係式を用いず、ミクロ組織と密度の定量的関係式を用いて、ミクロ組織の識別および定量評価を行った。
【0105】
まず、式(17)に示す炭化物の析出によるSUS304材の格子間定数変化式を用いて算出された結果に基づいて、炭化物体積率(%)および密度変化率(%)を求めた。そして、得られた結果から両者の関係を示す図7を得た。
【0106】
【数26】
【0107】
次に、得られた炭化物体積率(%)と密度変化率(%)との関係を1次線形近似することにより、析出炭化物と密度変化の関係が式(18)により示されることが分かった。
【0108】
【数27】
【0109】
なお、上記において、cは炭化物体積率であり、ρは初期密度、ρ(c)は炭化物析出後の密度を示す。
【0110】
この式(18)は、前記した式(9)に相当する式であり、式(18)より、本実施例の場合、式(9)の係数Aが0.33であることが分かる。この結果、前記したミクロ組織と密度の定量的関係を示す式(10)のAに0.33を代入することにより、式(19)が得られる。
【0111】
【数28】
【0112】
以上により、ミクロ組織と密度の定量的関係式が得られた。
【0113】
(2)ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係式の導出
次に、ミクロ組織と縦弾性係数の定量的関係を図6に沿って導出した。具体的には、ボイド体積率および炭化物体積率に対する縦弾性係数のデータベースより、それぞれの体積率と縦弾性係数変化率の関係を1次線形近似することにより、それぞれの体積率と縦弾性係数変化率の関係を示す式(12)、式(13)のボイド体積率に対する縦弾性係数の変化の係数B、および炭化物体積率に対する縦弾性係数の変化の係数Cが得られ、式(20)、式(21)が得られた。
【0114】
【数29】
【0115】
【数30】
【0116】
次に、ボイド体積率に対する縦弾性係数の変化と、炭化物体積率に対する縦弾性係数の変化が互いに独立していると仮定し、式(20)および式(21)を1次線形結合させることにより、ミクロ組織全体と縦弾性係数の定量的関係を表す式(22)が得られた。
【0117】
【数31】
【0118】
そして、式(19)および式(22)より、ミクロ組織と超音波音速の定量的関係を表す式(23)が得られた。
【0119】
【数32】
【0120】
3.試験体の炭化物およびボイドの識別と定量評価
次に、米国実験炉の廃材(SUS304材)について、中性子線照射量が異なる部位から測定試料を採取して、ボイドの発生量および炭化物の析出量が異なる2種類の試験体(試料1、試料2)を用意した。
【0121】
(1)密度および超音波音速の測定
各試料について、前記した未照射の試料における初期密度および初期弾性係数の測定と同様の手法を用いて、密度と超音波音速の測定を行った。結果を表1に示す。なお、表1には、未照射の試料における密度と超音波音速も記載した。
【0122】
【表1】
【0123】
(2)各ミクロ組織の識別および定量評価
表1に示した測定結果を、式(19)の下段に示した式(24)、および前記式(23)に代入し、連立方程式として、sおよびcについて解くことにより、表2の上段に示す結果を得た。
【0124】
【数33】
【0125】
【数34】
【0126】
(3)検証用データの準備
一方、各試料についてTEMを用いてミクロ組織観察を行い、ボイド体積率および炭化物体積率を定量して、検証用データとした。結果を表2の下段に示す。
【0127】
【表2】
【0128】
表2より、本手法により算出した結果と、TEM観察により算出した結果とは、0.2%以下の相違で一致しており、本発明を適用することにより、十分に高い精度でミクロ組織を識別し、定量評価できることが確認された。
【0129】
以上、本発明を実施の形態に基づいて説明したが、本発明は上記の実施の形態に限定されるものではない。本発明と同一および均などの範囲内において、上記の実施の形態に対して種々の変更を加えることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7