特許第5981013号(P5981013)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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  • 特許5981013-内燃機関用ピストンリング 図000006
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5981013
(24)【登録日】2016年8月5日
(45)【発行日】2016年8月31日
(54)【発明の名称】内燃機関用ピストンリング
(51)【国際特許分類】
   F16J 9/26 20060101AFI20160818BHJP
   F02F 5/00 20060101ALI20160818BHJP
【FI】
   F16J9/26 C
   F02F5/00 F
【請求項の数】8
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2015-220273(P2015-220273)
(22)【出願日】2015年11月10日
【審査請求日】2015年11月10日
(31)【優先権主張番号】特願2015-34436(P2015-34436)
(32)【優先日】2015年2月24日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000139023
【氏名又は名称】株式会社リケン
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100165696
【弁理士】
【氏名又は名称】川原 敬祐
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 隼一
(72)【発明者】
【氏名】小野 敬
(72)【発明者】
【氏名】厳 永鉄
(72)【発明者】
【氏名】新井 実
【審査官】 佐々木 佳祐
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/111826(WO,A1)
【文献】 特開2010−031835(JP,A)
【文献】 特開2013−044382(JP,A)
【文献】 特開2004−060619(JP,A)
【文献】 特開2012−018928(JP,A)
【文献】 特開2007−042848(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16J 1/00−10/04
F02F 5/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ピストンリング用母材に耐アルミ凝着被膜が被覆された、内燃機関用のピストンリングであって、
前記耐アルミ凝着被膜は、前記ピストンリング用母材の上下側面の少なくとも一方に被覆されたセラミックスを主成分とした複合被膜であり、該複合被膜が固体潤滑剤を含有し、前記耐アルミ凝着被膜のビッカース硬さHVと前記耐アルミ凝着被膜の表面の算術平均粗さRa(μm)とが以下の式(A)を満たすことを特徴とする内燃機関用ピストンリング。

Ra<−8.7×10-5HV+0.39 (A)
【請求項2】
前記耐アルミ凝着被膜のビッカース硬さHVと前記耐アルミ凝着被膜の厚みh(μm)とが以下の式(B)を満たす、請求項に記載の内燃機関用ピストンリング。

h>−2.9×10-4HV+0.89 (B)
【請求項3】
前記アルミ凝着被膜は、その厚み方向の断面において、前記セラミックスからなる層と前記固体潤滑剤からなる層とが互いに重なり合う組織を有する、請求項1または2に記載の内燃機関用ピストンリング。
【請求項4】
前記耐アルミ凝着被膜のビッカース硬さHVは500以上2800以下である、請求項1〜のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【請求項5】
前記固体潤滑剤の含有量が、被膜全体に対して1質量%以上20質量%以下である、請求項1〜のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【請求項6】
前記耐アルミ凝着被膜の表面の算術平均粗さは0.4μm以下である、請求項1〜のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【請求項7】
前記耐アルミ凝着被膜の厚さは0.1μm以上20μm以下である、請求項1〜のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【請求項8】
前記の耐アルミ凝着被膜を構成するセラミックスは、アルミナ、チタニア、イットリア、ジルコニア、シリカ、マグネシア、クロミア、炭化ケイ素、炭化クロム、窒化アルミニウム、窒化チタン、窒化ケイ素、窒化クロムからなる群から選ばれる少なくとも一種からなり、耐アルミ凝着被膜に含有する固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイト(Gr)、フッ化カルシウム、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、錫、銅、インジウム、銀、ポリテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、窒化ホウ素からなる群から選ばれる少なくとも一種からなる、請求項1〜のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は内燃機関用ピストンリングに関し、特に、高温・高負荷条件下においても長期に亘ってアルミ凝着を防止できる内燃機関用ピストンリングに関するものである。
【背景技術】
【0002】
内燃機関において使用されるトップリング、セカンドリング、オイルリングの3つのピストンリングは、ピストンの表面に設けられたリング溝にそれぞれ係合するように配置され、燃焼室から燃焼ガスが外部に漏洩するのを防止するガスシール機能、ピストンの熱を冷却されたシリンダ壁に伝達してピストンを冷却する熱伝導機能、及び潤滑油としてのエンジンオイルをシリンダ壁に適量与えて余分なオイルを掻き出す機能を有している。
【0003】
これら3つのピストンリングは、内燃機関の動作時、燃焼室における燃料の爆発によりピストンが往復運動する際に、ピストンのリング溝内において、溝内面との間で衝突を繰り返している。また、ピストンリングは、リング溝内において、その周方向に摺動自在であるため、リング溝内を摺動する。ところで、リング溝の表面には、溝形成のための旋盤加工により、1μm程度の高さを有する突起が形成されており、上記したピストンリングとの衝突と摺動により突起が疲労破壊して、リング溝の表面にアルミニウム面が露出するようになる。
この露出したアルミニウム合金面は、衝突によりピストンリング側面と接触し、さらに摺動を繰り返すと、アルミニウム合金がピストンリング側面に凝着する現象である、アルミ凝着が発生する。これは特に、燃焼室に最も近くに位置し、高温条件下に置かれるトップリングにおいて顕著である。
【0004】
このアルミ凝着がさらに進行すると、リング溝の摩耗が急速に進行し、ピストンリングのガスシール機能が低下して、高圧の燃焼ガスが燃焼室からクランク室へ流出する、いわゆるブローバイと呼ばれる現象が生じ、エンジン出力の低下を招く問題がある。
【0005】
こうした状況を受けて、これまでピストンリングのアルミ凝着を防止する様々な技術が提案されてきた。例えば、特許文献1には、リング溝と衝突及び摺動するピストンリングの側面に、カーボンブラック粒子を含有する樹脂系被膜を設けることにより、なじみ性を向上させてアルミ凝着を防止する技術について記載されている。
【0006】
また、特許文献2には、ニッケル系粉末、鉛系粉末、亜鉛系粉末、錫系粉末、ケイ素系粉末よりなる群から選択される一または二以上の粉末を表面被膜全体に対して10〜80質量%含有する耐熱樹脂を、ピストンリングの上下側面の少なくとも一方に設けることにより、ピストンリングへのアルミ凝着を効果的に防止する技術について記載されている。
【0007】
しかし、特許文献1及び2に記載された被膜の場合、エンジン内の温度が上昇すると、耐アルミ凝着性が低下する問題があった。そこで、特許文献3には、硬質粒子を含有する、固体潤滑機能を有するポリイミド被膜を、ピストンリングの上下側面の少なくとも一方に設けることにより、230℃を超える高温条件下においても、長期に亘って高い耐アルミ凝着性を維持する技術について記載されている。
【0008】
さらに、特許文献4には、樹脂系被膜に代えて少なくともシリコンを含有する第1ダイヤモンド・ライク・カーボン(Diamond Like Carbon、DLC)被膜と、該第1DLC被膜の下に形成された少なくともWまたはW、Niを含有する第2DLC被膜を、ピストンリングの上下側面に設けることにより、耐アルミ凝着性、耐スカッフ性、及び耐摩耗性に優れたピストンリングを提供する技術について記載されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特開2007−278495号公報
【特許文献2】特開2008−248986号公報
【特許文献3】国際公開第2011/071049号パンフレット
【特許文献4】特開2003−014122号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
ところで、近年、車のダウンサイジングが進んでおり、燃費を向上させるために排気量が小さくなり、その結果、エンジン内の温度及び圧力が益々上昇している。しかしながら、特許文献3のような、樹脂系被膜では、260℃を超える高温条件下、エンジン内の圧力が10MPaを超えるような高負荷条件下では、被膜が早期に摩滅して長期に亘って耐アルミ凝着性を維持するのは困難である。
また、特許文献4に記載されたDLC被膜は、260℃を超える高温条件下ではグラファイト化してしまい、また酸化雰囲気では酸化が進み、DLC被膜本来の特性を発揮して耐アルミ凝着性を維持することは困難である。
【0011】
そこで、本発明の目的は、高温・高負荷条件下において長期に亘ってアルミ凝着を防止できる内燃機関用ピストンリングを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
発明者らは、上記課題を解決する方途について鋭意検討した。その結果、耐アルミ凝着被膜を、ピストンリング用母材の上に形成された、セラミックスを主成分として固体潤滑剤を含有した複合被膜とすることが有効であることを見出し、本発明を完成させるに到った。
【0013】
すなわち、本発明の要旨構成は以下の通りである。
(1)ピストンリング用母材に耐アルミ凝着被膜が被覆された、内燃機関用のピストンリングであって、前記耐アルミ凝着被膜は、前記ピストンリング用母材の上下側面の少なくとも一方に被覆されたセラミックスを主成分とした複合被膜であり、該複合被膜が固体潤滑剤を含有し、前記耐アルミ凝着被膜のビッカース硬さHVと前記耐アルミ凝着被膜の表面の算術平均粗さRa(μm)とが以下の式(A)を満たすことを特徴とする内燃機関用ピストンリング。

Ra<−8.7×10-5HV+0.39 (A)
【0015】
(2)前記耐アルミ凝着被膜のビッカース硬さHVと前記耐アルミ凝着被膜の厚みh(μm)とが以下の式(B)を満たす、前記(1)に記載の内燃機関用ピストンリング。

h>−2.9×10-4HV+0.89 (B)
【0016】
(3)前記アルミ凝着被膜は、その厚み方向の断面において、前記セラミックスからなる層と前記固体潤滑剤からなる層とが互いに重なり合う組織を有する、前記(1)または(2)に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0017】
(4)前記耐アルミ凝着被膜のビッカース硬さHVは500以上2800以下である、前記(1)〜(3)のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0018】
(5)前記固体潤滑剤の含有量が、被膜全体に対して1質量%以上20質量%以下である、前記(1)〜(4)のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0019】
(6)前記耐アルミ凝着被膜の表面の算術平均粗さは0.4μm以下である、前記(1)〜(5)のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0020】
(7)前記耐アルミ凝着被膜の厚さは0.1μm以上20μm以下である、(1)〜(6)のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【0021】
(8)前記の耐アルミ凝着被膜を構成するセラミックスは、アルミナ、チタニア、イットリア、ジルコニア、シリカ、マグネシア、クロミア、炭化ケイ素、炭化クロム、窒化アルミニウム、窒化チタン、窒化ケイ素、窒化クロムからなる群から選ばれる少なくとも一種からなり、耐アルミ凝着被膜に含有する固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイト(Gr)、フッ化カルシウム、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、錫、銅、インジウム、銀、ポリテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、窒化ホウ素からなる群から選ばれる少なくとも一種からなる、前記(1)〜(7)のいずれか一項に記載の内燃機関用ピストンリング。
【発明の効果】
【0022】
本発明によれば、耐アルミ凝着被膜を高温で安定、且つ硬質なセラミックスを主成分とすることにより被膜の耐久性を向上させ、さらに固体潤滑剤を被膜中に含有させることにより被膜による相手攻撃性を低減したため、高温・高負荷条件下において長期に亘ってアルミ凝着を防止できる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】リング溝に係合した状態の本発明に係る内燃機関用ピストンリングの模式断面図である。
図2】実施例に使用したエンジン模擬試験装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
以下、図面を参照して本発明の実施形態について説明する。図1は、リング溝に係合した状態の本発明に係る内燃機関用ピストンリングの模式断面図である。この図に示した内燃機関用ピストンリング1は、ピストンリング用母材11に耐アルミ凝着被膜12が被覆された内燃機関用のピストンリングである。ここで、耐アルミ凝着被膜12は、ピストンリング用母材11の上下側面11a及び11bの少なくとも一方に被覆されたセラミックスを主成分とした複合被膜であり、該複合被膜に固体潤滑剤を含有させることが肝要である。
【0025】
図1に示すように、ピストンリング1は、リング溝21内に係合した状態で、シリンダ24の側壁とピストン20との間の隙間を塞ぎ、燃焼ガス及びオイルをシールする。そして、ピストンリング1は、ピストン20の往復運動(図中の矢印方向の運動)にピストンリング1が追従し、リング溝21内で上下運動が起こり、ピストンリング1とリング溝21の上面22及び下面23との間で衝突を繰り返す。また、ピストンリング1がリング溝21内において周方向に摺動自在であるため、ピストンリング1がリング溝21の上面22及び下面23と接触しながら摺動を繰り返す。
【0026】
これらピストンリング1とリング溝21の上面22及び下面23との間の衝突及び摺動の繰り返しにより、リング溝21の上面22及び下面23上に形成されている突起(図示せず)が削られて、突起跡を中心としたアルミニウム合金面が生じる。ここで、本発明においては、耐アルミ凝着被膜12を耐熱性と耐酸化性に優れるセラミックスで主に構成することにより、被膜の相手攻撃性を低減しつつ、リング溝21の上面22及び下面23との間で、アルミニウム面が削られて初晶シリコンが表面に突き出した面を形成される。
【0027】
そして、内燃機関の動作時に、表面に突き出した初晶シリコンと耐アルミ凝着被膜12のセラミックスとが摺動するが、耐アルミ凝着被膜12(すなわちセラミックス)に含有させた固体潤滑剤が耐アルミ凝着被膜12の摩擦係数を低下させてピストン材への攻撃をさらに緩和する。これにより、高温及び高負荷条件下において長期に亘ってアルミ凝着を防止できるのである。
【0028】
尚、本発明において、「複合被膜」とは、固体潤滑剤を含有する被膜を意味し、また、「セラミックスを主成分とする」とは、複合被膜においてセラミックスが50質量%以上含有されていることを意味している。以下、内燃機関用ピストンリング1の各構成について説明する。
【0029】
ピストンリング用母材11の材料は、リング溝21との衝突に耐える強度を有していれば、特に限定されない。鋼、マルテンサイト系ステンレス鋼、オーステナイト系ステンレス鋼、高級鋳鉄等とすることが好ましい。また、耐摩耗性を向上させるため、側面に、ステンレス鋼では窒化処理、鋳鉄では硬質Crめっきや無電解ニッケルめっき処理が施された母材であってもよい。
【0030】
耐アルミ凝着被膜12を構成するセラミックスは、アルミナ、チタニア、イットリア、ジルコニア、シリカ、マグネシア、クロミア、炭化ケイ素、炭化クロム、窒化アルミニウム、窒化チタン、窒化ケイ素、窒化クロムからなる群から選ばれる少なくとも一種とすることができる。また、耐アルミ凝着被膜に含有する固体潤滑剤は、二硫化モリブデン、二硫化タングステン、グラファイト(Gr)、フッ化カルシウム、ポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ポリイミド(PI)、錫、銅、インジウム、銀、ポリテトラフルオロエチレン−パーフルオロアルキルビニルエーテル共重合体(PFA)、窒化ホウ素からなる群から選ばれる少なくとも一種とすることができる。
【0031】
耐アルミ凝着被膜12のセラミックスのビッカース硬さHVは、500以上2800以下とすることが好ましい。ここで、ビッカース硬さを500以上とすることにより、耐アルミ凝着被膜の十分な硬度を確保して、リング溝の表面に形成されたなじみ面表層の初晶シリコン(ビッカース硬さ1000程度)によって、耐アルミ凝着被膜が著しく摩耗することを抑制することができる。また、ビッカース硬さを2800以下とすることにより、なじみ面表層の初晶シリコンを破壊する割合を抑制して、ピストン材が著しく摩耗するのを防止することができる。
【0032】
また、耐アルミ凝着被膜12の表面粗さは0.4μm以下とすることが好ましい。このような表面粗さを有する耐アルミ凝着被膜12は、リング溝と接触した場合にも面圧を抑制してピストン材の攻撃を低減し、ピストン材の摩耗量の増加を抑制することができる。尚、本発明において、セラミックスの表面粗さは、JIS B0601(1994)に基づく算術平均粗さRaを意味しており、表面粗さ測定装置を用いて測定する。
【0033】
ここで、耐アルミ凝着被膜12のビッカース硬さHVと表面の算術平均粗さRa(μm)とが以下の式(A)を満たすことが好ましい。
Ra<−8.7×10-5HV+0.39 (A)
発明者らは、様々な材料、ビッカース硬さ、表面粗さ、膜厚を有する耐アルミ凝着被膜12をピストンリング用母材11上に形成し、得られたピストンリング1の耐アルミニウム凝着性能、及びピストン材の摩耗量を評価した。その結果、耐アルミ凝着被膜12のビッカース硬さHVと表面の算術平均粗さRaが上記式(A)を満足する場合に、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有することを見出した。これは、表面の算術平均粗さRaを耐アルミ凝着被膜12の硬さに応じた適切な値とすることにより、ピストンリング1とリング溝21の上面22と下面23とが接触する際に、それらの間の面圧を低減できるためと考えられる。
【0034】
さらに、耐アルミ凝着被膜12の厚さは、1μm以上20μm以下とすることが好ましい。ここで、1μm以上とすることにより、セラミックスの表面粗さに対して被膜の膜厚が十分となり、耐アルミ凝着被膜12を均質な膜にして自己摩耗を抑制することができる。また、20μm以下とすることにより、リング溝21における十分なクリアランスを確保して、上記したピストンリングの機能を実行させることができる。
【0035】
ここで、耐アルミ凝着被膜12のビッカース硬さHVと膜厚h(μm)とが以下の式(B)を満たすことが好ましい。
h>−2.9×10-4HV+0.89 (B)
発明者らは、上記式(A)の場合と同様に、耐アルミ凝着被膜12のビッカース硬さHVと膜厚hが上記式(B)を満足する場合にも、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有することを見出した。これは、膜厚hを耐アルミ凝着被膜12の硬さに応じた適切な値とすることにより、耐アルミ凝着被膜12が摩滅することなくピストン材の摩耗を抑制できるためと考えられる。
【0036】
耐アルミ凝着被膜12に含有させる固体潤滑剤の含有量は、被膜全体に対して1質量%以上20質量%以下とすることが好ましい。ここで、1質量%以上とすることにより、耐アルミ凝着被膜12の摩擦係数をより低減してピストン材の摩耗量をより低減することができる。また、20質量%以下とすることにより、耐アルミ凝着被膜12自身が著しく摩耗するのを防止することができる。特に好ましくは、5質量%以上10質量%以下とする。
【0037】
こうした耐アルミ凝着被膜12は、セラミックス微粒子や気化したセラミックス微粒子を直接表面に積層させる既知の様々な方法により形成できる。具体的には、溶射、化学気相成長法(Chemical Vapor Deposition、CVD)、物理気相成長法(Physical Vapor Deposition、PVD)、コールドスプレー法等を用いて、適切な成膜条件下で成膜を行うことにより、本発明に係るピストンリングを作製することができる。
【0038】
また、固体潤滑剤は、微粒子としてセラミックス微粒子に混合する、気化した固体潤滑剤を表面に直接積層する、または気化した固体潤滑剤を表面付近の雰囲気中に混合し、セラミックス微粒子を成膜することにより、耐アルミ凝着被膜12中に含有させることができる。
【0039】
耐アルミ凝着被膜12を溶射により形成する場合、粉末組成物は、溶射装置内で加熱され、ピストンリング用母材11の側面に向けて高速で噴射される。粉末組成物をピストンリング用母材11の側面上に溶射する方法としては、ガスフレーム溶射法、プラズマ溶射法及び高速フレーム溶射法(HVOF)等が挙げられ、プラズマ溶射法が好ましい。
【0040】
プラズマ溶射法では、溶射装置の陽極と陰極との間に高電圧を印加することにより、陽極と陰極の間の気体がプラズマ化する。プラズマ化された気体は加熱され、さらに膨張するため、高温且つ高速で溶射装置から噴出され、プラズマジェット流となる。溶射装置に供給された粉末組成物が上記プラズマジェット流中で加熱され、且つ加速され、ピストンリング用母材11に向けて噴射される。加熱され、且つ加速された粒子は、粒子の一部が溶融しているため、ピストンリング用母材11に衝突する際に、扁平化して、ピストンリング用母材11の側面上に層状に堆積する。そして、層状に堆積した粒子はピストンリング用母材11で急冷され、溶射被膜を形成する。
【0041】
プラズマ溶射法は、供給される粉末組成物中の粒子を、他の溶射方法よりも高温に加熱することができ、粉末組成物中の各粒子の溶融が促進する傾向がある。このため、プラズマ溶射により得られた溶射被膜の摺動面に垂直な断面(被膜の厚さ方向に平行な断面)では、セラミックスからなる層と固体潤滑剤からなる層とが波のようにうねりながら互いに重なり合い(褶曲し)、且つ絡み合う組織が形成される傾向がある。そして、溶射被膜の断面において上記組織が形成されることにより、摺動後も炭化クロムが溶射被膜中に保持され、また、摺動後の溶射被膜表面が平滑となる傾向がある。したがって、上記プラズマ溶射により得られた溶射被膜は、耐摩耗性に優れ、且つ相手材の摩耗を抑制するものとなる。
【0042】
こうして、本発明に係るピストンリングは、高温・高負荷条件下において長期に亘ってアルミ凝着を防止できるものとなる。
【実施例】
【0043】
<ピストンリングの作製>
以下、本発明の実施例について説明する。
低クロム鋼からなるピストンリング用母材の上下側面に、表1〜4に示す各種材料、セラミックス材料の硬さ、固体潤滑剤材料の含有量、被膜の表面粗さ、膜厚を有する被膜を形成した。ここで、発明例1〜63及び比較例5については、セラミックス微粒子や気化したセラミックス微粒子を直接表面に積層させる既知の方法により被膜を形成し、ピストンリングを作製した。
一方、比較例1及び2については、後述する各組成に調整した塗料をスプレーコーティングにより被膜を形成してピストンリングを作製した。また、比較例3については、無電解めっき法により被膜を形成してピストンリングを作製した。さらに、比較例4については、PVD法により被膜を形成してピストンリングを作製した。
尚、比較例1の樹脂被膜Aは、MoS2粉末(平均粒径2μm)を5質量%、グラファイト粉末(平均粒径2μm)を5質量%含有するポリイミド樹脂被膜である。さらに、比較例2の樹脂被膜Bは、Al23粉末(平均粒径0.5μm)を10質量%含有するポリイミド樹脂被膜である。
【0044】
発明例1〜63及び比較例1〜5のピストンリングの耐アルミ凝着性能を評価した。そのために、図2に示したエンジン模擬試験装置を使用した。図2に示したエンジン模擬試験装置30は、ピストン材32が上下に往復運動を行い、ピストンリング33が回転運動を行う機構を有しており、試験は、ヒーター31、温度コントローラー34及び熱電対35により、ピストン材32を加熱制御して行った。試験条件は、面圧13MPa、リング回転速度3mm/s、制御温度270℃、試験時間5時間とし、窒素ガスとともに、オイルを所定の間隔で一定量噴射しながら行った。試験後に、ピストンリングの被膜残存量及びアルミ凝着の発生の有無を調べた。得られた結果を表1〜4に示す。尚、被膜残存量の評価基準は以下のとおりである。
◎:初期膜厚に対し、80%以上が残存
○:初期膜厚に対し、40%以上80%未満が残存
△:初期膜厚に対し、40%未満が残存
×:被膜なし
【0045】
また、アルミ凝着性能の評価は、目視で確認した。得られた結果を表1〜4に示す。尚、アルミ凝着性能の評価基準は以下の通りである。
◎:アルミ凝着の発生なし
○:アルミ凝着が発生しているが極めて軽微
×:アルミ凝着が発生している
【0046】
ピストン材の摩耗量は、試験後のピストン材表面を形状測定して基準面からの深さを算出した。得られた結果を表1〜4に示す。尚、摩耗量の評価基準は以下の通りである。
◎:0.5μm未満
○:0.5μm以上1.0μm未満
△:1.0μm以上3.0μm未満
×:3.0μm以上
【0047】
ピストンリングの耐アルミ凝着性能及びピストン材の摩耗量の評価結果から、ピストンリングの性能を総合的に評価した。得られた結果を表1〜4に示す。尚、総合評価の基準は以下の通りである。
◎:優良
○:良好
△:比較的良好
×:悪い
ここで、総合評価は、被膜が初期膜厚に対し80%以上が残存、アルミ凝着がなし、ピストン材摩耗量が0.5μm未満の被膜を◎、被膜が初期膜厚に対し40%以上80%未満が残存、アルミ凝着がなし、ピストン材摩耗量が0.5μm以上1.0μm未満の被膜を○、被膜がなし、アルミ凝着がある、ピストン材摩耗量が3.0μm以上の被膜を×、それ以外の被膜を△とした。
【0048】
【表1】
【0049】
【表2】
【0050】
【表3】
【0051】
【表4】
【0052】
<被膜残存量及び耐アルミ凝着性能の評価>
表1〜4に示すように、発明例1〜63のピストンリングの全てについて、アルミ凝着が発生しなかった。また、発明例40〜43、46、47、52、53及び63を除く発明例については、被膜残存量が初期膜厚に対し80%以上と極めて多かった。一方、比較例1及び2については、試験後に被膜が全く残っておらず、アルミ凝着が発生していた。また、比較例3については、比較例1及び2と同様、試験後に被膜が全く残っておらず、アルミ凝着が発生していたが、ごく軽微なものであった。さらに、比較例4及び5については、被膜残存量が多く、アルミ凝着は発生しなかった。
【0053】
<ピストン材摩耗量の評価>
表1に示すように、発明例30、35〜37、40、41、46、52及び58を除く発明例については、ピストン摩耗量は1.0μm未満であり少なかった。また、固体潤滑剤材料の含有量が比較的少ない発明例58については、摩耗量が1.0μm以上3.0μm未満とやや多かった。
一方、比較例1及び2については、摩耗量が3μm以上と多かった。また、比較例3については、摩耗量はやや少なかったものの、比較例4及び5については、摩耗量は多かった。
【0054】
また、表2は、被膜の表面粗さとピストン材の摩耗量との関係を示しており、被膜のビッカース硬さと表面粗さが式(A)を満足する発明例28、29、31〜34、38及び39については、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。表1に示した発明例1〜27、表3に示した発明例42〜45、47〜51及び53〜57、並びに表4に示した発明例59〜62も式(A)を満足しており、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。
【0055】
さらに、表3は、被膜の膜厚とピストン材の摩耗量との関係を示しており、被膜のビッカース硬さと膜厚が式(B)を満足する発明例42〜45、47〜51及び53〜57については、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。表1に示した発明例1〜27、表4に示した発明例59〜63、及び表2に示した発明例28、29、31〜34、38及び39も式(B)を満足しており、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有していることが分かる。
【0056】
<総合評価>
発明例1〜63の全てに対して、比較的良好以上の評価が与えられた。特に、耐アルミ凝着被膜がセラミックスを主成分として固体潤滑剤を1質量%以上20質量%以下を含有した被膜であって、耐アルミ凝着被膜のビッカース硬さ及び表面粗さが式(A)を満足する場合、あるいはビッカース硬さ及び膜厚が式(B)を満足する場合の全てについて、ピストン材の摩耗を抑制しつつ高い耐アルミニウム凝着性能を有するピストンリングが得られたことが分かる。
これに対して、樹脂被膜が設けられた比較例1及び2については、耐アルミ凝着性能及びピストン材摩耗量の双方について劣っていた。また、ニッケル被膜が設けられた比較例3及びDLC被膜が設けられた比較例4、アルミナ被膜が設けられた比較例5については、耐アルミ凝着性能は良好あるいは優良であり、ピストン材摩耗特性も優良であるが、本発明ほどではなかった。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明によれば、耐アルミ凝着被膜を高温で安定、且つ硬質なセラミックスを主成分とすることにより被膜の耐久性を向上させ、さらに固体潤滑剤を被膜中に含有させることにより被膜による相手攻撃性を低減し、高温・高負荷条件下において長期に亘ってアルミ凝着を防止できるため、自動車部品製造業に有用である。
【符号の説明】
【0058】
1,33 ピストンリング
11 ピストンリング用母材
11a ピストンリング用母材の上側側面
11b ピストンリング用母材の下側側面
12 耐アルミ凝着被膜
20 ピストン
21 リング溝
22 リング溝の上面
23 リング溝の下面
24 シリンダ
30 エンジン模擬試験装置
31 ヒーター
32 ピストン材
34 温度コントローラー
35 熱電対
【要約】
【課題】高温・高負荷条件下において長期に亘ってアルミ凝着を防止できる内燃機関用ピストンリングを提供する。
【解決手段】ピストンリング用母材11に耐アルミ凝着被膜12が被覆された、内燃機関用のピストンリング1であって、該耐アルミ凝着被膜12は、ピストンリング用母材11の上下側面11a及び11bの少なくとも一方に被覆されたセラミックスを主成分とした複合被膜であり、該複合被膜が固体潤滑剤を含有することを特徴とする。
【選択図】図1
図1
図2