【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の一実施形態のAl合金軸受は、基材上にAl基軸受合金層を備えるものであって、Al基軸受合金層が摺動表面側にAlと30〜70質量%のSnとを含む表面層を有している。そして、表面層は、AlからなるAl相とSnからなるSn相とを有し、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下であり、かつSn相のアスペクト比の平均値が4以上であ
り、該Sn相の長軸が摺動表面に交わる向きとなっていることを特徴としている。
【0007】
基材は、Al基軸受合金層を設けるための構成物のことである。例えば、裏金層とAl基軸受合金層との間に中間層が設けられている場合は、裏金層と中間層とが基材である。また、裏金層上にAl基軸受合金層が設けられている場合は、裏金層が基材である。
中間層が設けられている場合、中間層は純AlまたはAl合金で形成されている。Al合金としては、JIS1000〜3000番のAl合金などがある。
【0008】
Al基軸受合金層は、AlとSnとを含む層が複数積み重なった構成であり、摺動表面側に表面層を有し、基材側に反表面層を有している。反表面層の基材側は、基材に中間層が設けられている場合には中間層に接し、基材に中間層が設けられていない場合には裏金層に接している。Al基軸受合金層は、表面層と反表面層との間にAlを主成分とする層を1層以上有していてもよい。
【0009】
表面層は、Alと30〜70質量%のSnとを含み、AlからなるAl相と、SnからなるSn相とを有している。Al相とはAl原子の集合体のことであり、Sn相とはSn原子の集合体のことである。なお、それらの相には、他の原子が固溶していてもよい。また、表面層には、それらの相以外にも他の原子からなる相を含んでいてもよい。
【0010】
表面層は、Sn相のアスペクト比の平均値が4以上、より好ましくは6以上に調整されている。表面層に分布しているSn相のアスペクト比は、
図2に示すように、Sn相1の外縁に接する最小の楕円を描いたときのその楕円の長軸の長さL
1と、その楕円の短軸の長さL
2との比の値L
1/L
2として求められる。なお、
図2において、マトリクス2を示すととともに、後述の説明に用いるSn相1の重心をGとして示す。
【0011】
Sn相のアスペクト比の平均値は、次のようにして求められる。まず、測定視野内に分布しているそれぞれのSn相の像から、測定視野内のSn相の総面積とそれぞれのSn相のアスペクト比とを求める。
次に、アスペクト比が大きいSn相から順にSn相の面積を累積していき、累積した面積がSn相の総面積の50%に達するまでのアスペクト比の大きいSn相を、アスペクト比の平均値を求めるSn相の対象としている。そして、Sn相のアスペクト比の平均値は、この対象としているSn相のアスペクト比から平均値を求めている。
【0012】
表面層に分布しているSn相のアスペクト比の関係を、
図3を用いて説明する。
図3に、アスペクト比の異なる形状のSn相3,4と、例えばAl相からなるマトリクス5,6とを模式的に示す。
図3(a)はアスペクト比の大きいSn相3と、マトリクス5との断面形状の一例を示すものであり、摺動表面28でのSn相3の面積をS
1として示す。また、
図3(b)はSn相3よりもアスペクト比の小さいSn相4と、マトリクス6との断面形状の一例を示すものであり、摺動表面28でのSn相4の面積をS
2として示す。
図3に示すように、Sn相のアスペクト比の平均値が大きいほど、細長い形状のSn相3が多数分布した構成となる。また、Sn相3の断面積S
11とSn相4の断面積S
12が同じとすると、摺動表面28でのSn相3,4の摺動表面での面積の大きさはS
1<S
2となる。
【0013】
上記構成によれば、相手部材の荷重は、表面層を形成するAl相、Sn相などによって受けられる構成となる。なお、
図3において、この相手部材の荷重をF
1で示す。
ここで、SnはAlよりも融点が低いため、Sn相は、相手部材が表面層の摺動表面上で摺動する際に生じる摩擦熱によってAl相よりも容易に軟化して、塑性流動しやすくなる。したがって、相手部材からの荷重を受けているAl相は、軟化したSn相を摺動表面上に押し出す方向に圧力を生じさせるようになる。なお、
図3(a)に示すSn相3を押し出す圧力をP
1で、
図3(b)に示すSn相4を押し出す圧力をP
2で概念的に示す。
【0014】
そして、表面層に分布しているSn相のアスペクト比の平均値が大きいほど、具体的には、そのアスペクト比の平均値が4以上である場合、上述したように、Sn相は、摺動表面での面積が小さいため、Al相からの圧力によって表面層の内部から摺動表面上に容易に押し出されやすくなる。この場合、
図3において、Al相がSn相を押し出す圧力は、P
1>P
2となる。
【0015】
さらに、摺動表面上に押し出されたSn相は、軟化して塑性流動しやすい状態となっているため、摺動表面上に広がりやすい。言い換えると、摺動表面に分布しているAl相は、摺動表面上に押し出されたSn相によって容易に覆われるようになる。その結果、相手部材はSn相よりも硬いAl相に直接当たりにくくなる。これにより、表面層の非焼付性を向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を向上させることができる。
さらに、表面層においてSn相のアスペクト比の平均値が6以上である場合、摺動表面に分布しているAl相が摺動表面上に押し出されたSn相により一層覆われやすくなるため、上述の非焼付性の効果がより一層得られやすくなる。
【0016】
表面層は、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下、より好ましくは7μm以下に調整されている。隣り合うSn相同士の相間距離とは、あるSn相の重心と、そのSn相と隣り合うSn相の重心との間の距離、いわゆる重心間距離のことである。
図2に、隣り合うSn相同士の相間距離の一例をL
3として示す。
【0017】
表面層に分布しているSn相において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以下である場合、摺動表面のうちSn相間に分布しているAl相は、摺動表面上に押し出されたSn相によって一層覆われやすくなる。これにより、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
さらに、表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が7μm以下である場合、摺動表面に分布しているAl相がSn相によってより一層覆われやすくなり、上述の非焼付性の効果がより一層得られやすくなる。
したがって、この表面層において、Snを30〜70質量%含ませ、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を10μm以下にし、かつ、Sn相のアスペクト比の平均値を4以上とすることにより、上述の非焼付性の効果を得ることができる。
【0018】
表面層の厚さ寸法の平均値は、50μm以上であることが好ましい。表面層の厚さ寸法が平均値で50μm以上である場合、表面層の厚さ方向に延びて分布するSn相の個数を多くさせやすい。したがって、表面層のSn相はAl相からの圧力によって摺動表面上に一層押し出されやすくなり、摺動表面に分布しているAl相はこのSn相によって一層覆れやすくなる。これにより、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
【0019】
反表面層は、Alと30〜50質量%のSnとを含み、AlからなるAl相と、SnからなるSn相とを有し、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が10μm以上であることが好ましい。反表面層での隣り合うSn相同士の相間距離の平均値も、表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値の求め方と同様に、隣り合うSn相同士の重心間距離に基づいて求められる。
【0020】
反表面層における隣り合うSn相同士の相間距離の関係を、
図4を用いて説明する。
図4に、反表面層において、測定視野でのSn相の面積率が同じではあるが隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が異なるSn相7,8の分布と形状、およびマトリクス9,10の形状を模式的に示す。
図4(a)は相間距離の平均値の大きい複数個のSn相7とマトリクス9の一例を示すものであり、Sn相7がすべて同一形状で等間隔に配置されていると仮定したものである。この場合、測定視野での各Sn相7の面積をS
3として示す。
図4(b)はSn相7での場合よりも相間距離の平均値の小さい複数個のSn相8とマトリクス10の一例を示すものであり、Sn相8がすべて同一形状で等間隔に配置されていると仮定したものである。この場合、測定視野での各Sn相8の面積をS
4として示す。
図4に示すように、反表面層における隣り合うSn相同士の相間距離の平均値が大きいほど、測定視野内に分布しているSn相の個数は少なくなり、1個当たりのSn相の面積は大きくなり、その結果、測定視野内においてAl相とSn相との接している境界の総長は短くなる。
【0021】
上記総長が短い、すなわち、Al相とSn相とが接する界面の総面積が小さいほど、Al相とSn相との間での接着不良となり得る起点の合計面積も小さくなる。そして、この起点の合計面積が小さくなるほど、反表面層と基材との間において上述の起点が存在する可能性が少なくなり、反表面層が基材に強固に接着された構成となる。よって、反表面層において隣り合うSn相同士の相間距離を大きく、例えば隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を10μm以上とすることにより、非焼付性に優れるAl基軸受合金層を基材上に強固に接着することができる。
【0022】
したがって、この反表面層において、Snを30〜50質量%含ませ、隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を10μm以上にすることにより、Sn相よりも高い強度を有するAl相を反表面層中に適度に分布させて反表面層全体の強度を高めながら良好なクッション性を持たせることができ、さらに、基材とAl基軸受合金層との接着性を高めることができる。そのため、このようなAl合金軸受は、非焼付性に非常に優れる。
また、反表面層での隣り合うSn相同士の相間距離の平均値を、表面層でのそれよりも大きくするのが、Al合金軸受の非焼付性と疲労強度とを向上させる面で好ましい。
【0023】
表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値をA
1とし、反表面層において隣り合うSn相同士の相間距離の平均値をA
2とすると、比の値A
2/A
1は3以上であることが好ましい。A
1の値が小さいほど表面層の非焼付性は向上し、A
2の値が大きいほど基材とAl基軸受合金層との接着性が向上してAl基軸受合金層を基材上に強固に接着させることができる。比の値A
2/A
1が3以上である場合、Al合金軸受全体としての非焼付性をより一層向上させることができる。
【0024】
上述した本発明の一実施形態のAl合金軸受に、焼鈍処理を行ってもよい。本発明の一実施形態のAl合金軸受に焼鈍処理を行っても、焼鈍処理を行う前のAl合金軸受と同等以上の非焼付性の効果を奏する。
また、上述したように、Al合金軸受を焼鈍することにより、
図5に模式的に示すように、表面層に分布しているSn相11の多くが他のSn相11と繋がり、Al相12を囲う環状Sn相13が形成される。
図5(a)は焼鈍前の表面層を示す図であり、
図5(b)は焼鈍後の表面層を示す図である。
【0025】
環状Sn相の周囲方向長さlの平均値をL、環状Sn相の幅方向長さdの平均値をDとすると、比の値L/Dが10以上であることが好ましい。
図5に示すように模式的に捉えると、環状Sn相13の周囲方向長さlは、測定視野に分布しているAl相12を同面積の円とみなし、Al相12を囲うSn相を円環状とした場合において、円とみなしたAl相12の直径hと円環状のSn相(環状Sn相13)の幅長さdを足したものを直径として形成される円の周長さである。
【0026】
ここで、焼鈍後のAl相の平均直径Hおよび環状Sn相の幅方向長さの平均値Dは、次のようにして求められる。
環状Sn相に囲われるAl相の平均直径Hは、
図5に示すように、測定視野の組成画像に例えば縦方向に延びる線(点線)Lpを引いた場合の、環状Sn相13に囲われているAl相12に線Lpが重なっている部分の一箇所当たり長さの平均値とする。
【0027】
環状Sn相の幅方向長さの平均値Dは、次のようにして求められる。まず、上述と同様に、測定視野の組成画像に線Lpを引き、線Lpが環状Sn相に重なっている部分の一箇所当たり長さの平均値を求める。この一箇所当たり長さは、隣り合うAl相の外周部分同士の最短距離、すなわち隣り合う2個の環状Sn相の幅方向長さと仮定できるため、この一箇所当たり長さの平均値を2で割ることにより、1個当たりの環状Sn相の幅方向長さの平均値Dが求められる。
【0028】
ここで、比の値L/Dが10以上である場合、上述したSn相のアスペクト比の平均値が4以上である場合と同様に、環状Sn相は細長い形状であり、摺動表面での環状Sn相の面積が小さい。したがって、環状Sn相は、Al相からの圧力によって表面層の内部から摺動表面上に容易に押し出されやすい。その結果、摺動表面に分布しているAl相は、摺動表面上に押し出された環状Sn相によって容易に覆われるようになり、相手部材が環状Sn相よりも硬いAl相に直接当たりにくくなる。これにより、本発明の一実施形態の構成によれば、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
【0029】
また、表面層に分布している環状Sn相に囲われるAl相の平均直径は、10μm以下であることが好ましい。環状Sn相に囲われているAl相の平均直径が10μm以下である場合、環状Sn相に囲われているAl相は、摺動表面上に押し出された環状Sn相によって覆われやすくなる。これにより、表面層の非焼付性を一層向上させることができ、Al合金軸受の非焼付性を一層向上させることができる。
【0030】
Al軸受合金層の摺動表面側に表面層を形成する方法としては、例えば下記がある。なお、Al基軸受合金層において表面層を形成する前のAlを主成分とする層を、Al基層と称する。
表面層を形成する1つ目としては、所定量のAlとSnとを含むAl基層の表面にレーザ処理および冷却処理を行って、Al基層の摺動表面側に表面層を形成する方法である。その場合、Al基層のうち基材側が反表面層となる。
この表面層の形成方法でのレーザ処理では、Al基層の表面にレーザを照射し、当該Al基層の表面をAlおよびSnの両方が溶融するまで加熱する処理が行われる。
【0031】
また、この表面層の形成方法での冷却処理では、第1の冷却処理と第2の冷却処理との2段階の処理が行われる。第1の冷却処理では、上記のレーザ処理で溶融しているAl基層の表面を、Snが液体、Alが液体と固体との両方で存在する温度、具体的には350〜500℃になるまで冷却し、この温度で所定時間保持して、Al相を必要量晶出させる。ここで晶出している固相のAl相の量(体積割合)は、例えば保持する温度および時間を変更することによって調整する。続く第2の冷却処理では、第1の冷却処理後にAl基層の表面を冷却してSn相を晶出させる処理が行われる。このとき、Sn相は第1の冷却によって晶出したAl相同士の隙間に晶出し、また、第1の冷却処後に液体で残存していたAl相も第2の冷却処理の際に晶出する。
このように、レーザ処理後に冷却処理として第1の冷却処理および第2の冷却処理を行うことにより、Al相同士の隙間を制御できるため、Sn相のアスペクト比を大きくすることができる。
【0032】
表面層を形成する2つ目としては、Al基層上に供給したSn粉末および当該Al基層の表面に、上述と同様のレーザ処理および冷却処理を行って、Al基層の摺動表面側に表面層を形成する方法である。すなわち、レーザ処理では、Al基層の表面に、Sn粉末を供給し、Sn粉末およびAl基層の表面にレーザを照射し、当該Sn粉末およびAl基層の表面が溶融するまで加熱する処理が行われる。このとき、レーザの照射によってAl基層の表面も溶融しているため、この溶融しているAl基層の一部のAlが、表面層のAl相を形成する。
【0033】
また、この表面層の形成方法での冷却処理でも、上述と同様に、第1の冷却処理によって表面層にAl相を必要量晶出させる処理が行われ、第2の冷却処理によってSn相をAl相同士の隙間に晶出させる処理が行われる。なお、Sn粉末の代わりに、Al−Sn合金粉末を用いてもよい。
表面層のAlとSnとの質量比は、例えばSn粉末の量、Al基層に含まれるAlおよびSnの質量比を変更することによって調整される。
【0034】
なお、レーザ処理の条件、冷却処理の条件は、Al基軸受合金層の表面層に含まれるAlおよびSnの質量などによって異なる。
また、表面層を形成する方法は上述した方法に限られない。