【課題を解決するための手段】
【0013】
驚くべきことに、オープンリーディングフレーム57(ORF57)が欠損した組換えKHVは、このヘルペスウイルス組換え体により感染した非常に若く/小さいコイにおいてさえ、非常に減少した死亡率を示すかまたは全く死亡率を示さず、しかも野生株コイヘルペスウイルスに対する免疫を与えることが見出された。このような組換えKHVは、従って若くおよび/または小さいコイにおいて適切に使用し得る安全でかつ有効な弱毒化ワクチンウイルスを提供する。
【0014】
この発見は、ORF57がいままではそれが無ければ生きたウイルスが存在できない必須遺伝子であると考えられた事実を考慮すると、なお一層驚くべきことである。
【0015】
従って本発明の第一の実施形態は、ORF57が欠損している組換えコイヘルペスウイルスであって、好ましくはマゴイ(Cyprinus carpio carpio)またはニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)といったコイに感染させた際に、40%以下の致死率を誘導する弱毒化KHVをもたらす、組換えコイヘルペスウイルスに関する。
【0016】
本明細書で用いる場合、「欠損した(deficient)」ORF57とは、もはや機能的でない、すなわちもはや機能的なタンパク質をコードすることのできないORF57である。本明細書で用いる欠損したORF57(deficient ORF57)は、コイにおいて40%以下の致死率を誘発するレベルまで弱毒化されたKHVをもたらす。このような欠損(deficiency)は、例えばORF57をコードする遺伝子内またはそのプロモーター領域内における一または複数のヌクレオチドの挿入または欠失(deletion)によって獲得し得る。この様な変異は、例えば遺伝子の5’部位でのフレームシフト変異、またはプロモーター領域(の一部)または遺伝子自身(の一部)の欠失であり得る。
【0017】
ORF57のDNA塩基配列の一例は、ORF開始および終止コドンが99382位および100803位に位置するGenbank受入番号NC_009127で与えられる、ORF57のDNA塩基配列である。ORF57の位置が、他のKHV株において自然変異のために異なり得ることは言うまでもない。また自然変異のために、他のKHV株と比較したときにあるKHV株におけるORF57の配列にわずかな差異があり得る。従って本明細書記載のORF57は、Genbank受入番号NC_009127で与えられるORF57のDNA塩基配列と80%以上の配列相同性を有するオープンリーディングフレームである。
【0018】
ヌクレオチド96630‐101558にわたるORF56、57および58を含む領域のヌクレオチド配列を、配列番号12に示す。
図1も参照されたい。
【0019】
遺伝子を欠損させる最も広範な方法、すなわちORF57全体を欠失させることにより、ORF57タンパク質の産生が完全に失われることは明らかである。
【0020】
実用上の見地からおよび安全性の観点からこのような全欠失は、取るべき論理的な手段であるだろう。しかしながら
図1の通り、隣接したORF58の発現に関与するかもしれない推定プロモーター領域が、100210位‐100261位に位置している。この理由により、ORF57における変異は、好ましくはこの領域に及ぶべきではない。従ってORF57における変異は、100212位の左側または100261位の右側に導入することが好ましい。
【0021】
また
図1より、隣接したORF56の発現に関与するかもしれない二つの推定プロモーター領域が、それぞれ99451位‐99500位および99794位‐99843位に位置していることも見て取れる。従って、ORF57内の領域の欠失が、ORF56の発現を妨げることも理論的に可能である。その場合、本発明によりORF57が欠損している組換えKHVが、単にORF56の発現低下の結果として弱毒化された性質を示すということがあり得る。しかしながら実施例のセクションにおいて、1)ORF56は必須遺伝子ではないこと、および2)ORF56の欠損は本発明の組換えKHVの弱毒化の性質に寄与しないことが示されている。これらの実施例において、組換えKHVの生存能力に影響することなく、しかも組換えKHVの弱毒化特性を顕著に変えることなく、ORF56内において広範囲の欠失が成され得ることが示されている。これは、とりわけORF57に位置する推定ORF56プロモーター部位を問題なく除去し得ることを暗示している。
【0022】
また
図1から判断すると、ORF57の二つの推定プロモーターは、ORF56内の97075位‐97124位および98712位‐98761位に位置している。従ってORF57の小部分の欠失、例えばORF57 Del1等が不完全ながら、なお機能的なORF57にコードされたタンパク質を提供することを排除し得なかった。この可能性を排除するために実施例のセクションにおいて記載する通り、97001位‐99750位の領域にわたる広範囲のORF56‐ORF57二重欠失を行った。
図7と比較した時に
図5に示される通りこの欠失は、本質的に単一のORF57変異株と同等の性質を示す。従ってORF57にコードされたタンパク質は、ウイルスにとって必須でないと結論づけられる。
【0023】
ORF57の小部分の欠失は可能性があり、上述の理由により好ましい可能性さえあり得るが、しかし生じた不完全なタンパク質が非機能的であることに留意しなければならない。当業者がいかなる理由であれ全ORF57未満を欠失することにするならば、ORF57が欠損されたかどうかを容易に検査することができるだろう。なぜならば、欠損のないORF57は、過度に高レベルの病原性、すなわち過度に低レベルの弱毒化を有するウイルスをもたらすからである。
【0024】
好ましくは、組換えKHVは、ウイルスの病原性に寄与するが複製に必須でない一または複数のウイルス遺伝子においてさらに欠損している。
【0025】
従ってこの実施形態の好ましい形態は、ウイルスの病原性に寄与するがしかし複製にとって必須でない少なくとも一つの追加の遺伝子において欠損している、本発明の組換えコイヘルペスウイルスに関する。
【0026】
この実施形態のより好ましい形態は、病原性に寄与する少なくとも一つの追加の遺伝子において欠損している本発明の組換えコイヘルペスウイルスに関し、ここで前記遺伝子は、チミジンキナーゼ遺伝子;ORF12:推定腫瘍壊死因子(TNF)受容体遺伝子;ORF16:推定Gタンパク質共役受容体(GPCR)遺伝子;ORF134:推定インターロイキン10ホモログ遺伝子;ORF140:推定チミジル酸キナーゼ遺伝子またはそれらの任意の組み合せから成る群より選択される。
【0027】
この実施形態のさらにより好ましい形態において、組換えKHVは、少なくともチミジンキナーゼ遺伝子または推定チミジル酸キナーゼ遺伝子においてさらに欠損している。
【0028】
この実施形態の他のさらにより好ましい形態において、本発明の組換えKHVは、チミジンキナーゼ遺伝子が欠損しているとともに、ORF12:推定腫瘍壊死因子(TNF)受容体遺伝子;ORF16:推定Gタンパク質共役受容体(GPCR)遺伝子;ORF134:推定インターロイキン10ホモログ遺伝子またはORF140:推定チミジル酸キナーゼ遺伝子から成る群より選択される、病原性に寄与する少なくとも一つのさらなる遺伝子においてさらに欠損している。
【0029】
この実施形態の一層さらにより好ましい形態において、組換えKHVは、少なくともチミジンキナーゼ遺伝子および推定チミジル酸キナーゼ遺伝子においてさらに欠損している。
【0030】
この実施形態の他の好ましい形態において、本発明の組換えコイヘルペスウイルスは生きた形態である。好ましくは、組換えコイヘルペスウイルスは、感染性粒子を再構成する能力を有する。すなわち、許容真核細胞または魚個体、好ましくはコイ、より好ましくはコイ(Cyprinus carpio)、さらにより好ましくはマゴイ(Cyprinus carpio carpio)および/またはニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)に導入されたときに、複製する能力を有する。
【0031】
別の実施形態において本発明の組換えKHVは、複製にとって必須である一または複数のウイルス遺伝子においてさらに欠損しており(およびウイルスの病原性に寄与するがしかし複製にとって必須ではない一または複数のウイルス遺伝子において欠損していてもよい)、従って本発明の組換えコイヘルペスウイルスを非複製型で提供する。
【0032】
従って代わりの実施形態は、前記ヘルペスウイルスが非複製型である本発明の組換えKHVに関する。
【0033】
「非複製型」とは、組換えコイヘルペスウイルスが、なお細胞または魚個体(例えば、コイ(Cyprinus carpio)、マゴイ(Cyprinus carpio carpio)またはニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)に感染する能力を有するが、しかし感染性の子孫ウイルスが形成される程度までには複製することができないことを意味する。
【0034】
非複製型組換え株は、複製にとって必須であるKHV遺伝子の不活化によって(例えば、BACクローニングを使用して、挿入、欠失または変異等の既知の技術によって)作製される。
【0035】
このような欠失ウイルスは、欠失遺伝子を安定して発現する許容細胞株上で培養される(トランス相補)。
【0036】
この研究方法は、当該分野において良く知られた研究方法である。それは、とりわけgH欠損ブタヘルペスウイルス1型(Aujeszkyウイルス)(Babicら、1996)およびウシヘルペスウイルス1型(SchroederおよびKeil、1999)等の種々のヘルペスウイルスに対して成功裡に使用されてきた。
【0037】
複製に寄与するいかなる遺伝子も、非複製型組換えコイヘルペスウイルスを得るために欠損させ得る。言い換えれば、不活化させることにより、非複製型組換えコイヘルペスウイルスをもたらすいかなる遺伝子も欠損させ得る。好ましくは、ウイルスの非複製形態を提供するために欠損される本発明の組換えKHVの遺伝子は、ORF25、ORF31、ORF32、ORF34、ORF35、ORF42、ORF43、ORF45、ORF51、ORF59、ORF60、ORF62、ORF65、ORF66、ORF68、ORF70、ORF72、ORF78、ORF81、ORF84、ORF89、ORF90、ORF92、ORF95、ORF97、ORF99、ORF108、ORF115、ORF131、ORF132、ORF136、ORF137、ORF148およびORF149から成る群より選択される。
【0038】
本発明の組換えコイヘルペスウイルスは、好ましくは細菌人工染色体(BAC)ベクター配列を含む。
【0039】
約15年以前から巨大ヘルペスウイルスのゲノム操作は、このような細菌人工染色体の使用によって促進されてきた。これらのベクターは、大腸菌(Escherichia coli)でのウイルスゲノムの維持および変異誘発、その後に続く許容真核細胞へのBACプラスミドの遺伝子導入による子孫ビリオンの再構成を可能とする。第一段階で、BACベクターの配列が従来の相同組換えによって感染細胞中でヘルペスウイルスゲノムに導入される。ヘルペスウイルスの直鎖状2本鎖DNAゲノムは、複製中に環状化する。それは、BAC変異型の環状の複製中間体を単離するために、およびE.coliへのDNA形質転換によってそれを往復させるために十分である。この往復は、系を確立するために一度だけ必要とされる。ヘルペスウイルスBACは、それからE.coli中で増殖されて変異される。同種のクローンヘルペスウイルスBAC DNAは、ウイルス再構成のためだけに真核許容細胞に戻される。ウイルスの機能は要求されないのでウイルスゲノムは、E.coli中では休眠したままであり、クローニングの際に提示していたウイルス機能を保存している。このことは、インビトロでの培養方法によって単離株のもともとの特性が変化してしまうようなウイルスにとって重要である。
【0040】
本明細書で用いる場合、用語「相同組換え」とは、二つの異なる相同核酸分子が遭遇するときに、交差が起こり新しい核酸の組合せが生じることを表す。本明細書で用いる場合、用語「配列介在性相同組換え」とは、相同組換えにおいて触媒し、実行しまたは補助している特異的組換えタンパク質に依存する相同組換えを引き起こす配列を表す。このような組換えタンパク質は、好ましくは特異的に「配列介在性相同組み換え」に作用し他の配列には作用しない。
【0041】
BACベクター配列は、当該分野においてよく知られており、ヘルペスウイルス等の組換えウイルスの構築におけるその使用がしばしば当該分野において記載されている(Borst、E.M.、Hahn、G.、Koszinowski、U.H.& Messerle、M.(1999)、J Virol 73、8320‐9.Costes、B.、Fournier、G.、Michel、B.、Delforge、D.、Raj、V.S.、Dewals、B.、Gillet、L.、Drion、P.、Body、A.、Schynts、F.、Lieffrig、F.、Vanderplasschen、A.、2008.J Virol 82、4955‐4964.Dewals、B.、Boudry、C.、Gillet、L.、Markine‐Goriaynoff、N.、de Leval、L.、Haig、D.M.& Vanderplasschen、A.(2006)、J Gen Virol 87、509‐17.Gillet、L.、Daix、V.、Donofrio、G.、Wagner、M.、Koszinowski、U.H.、China、B.、Ackermann、M.、Markine‐Goriaynoff、N.& Vanderplasschen、A.(2005)、J Gen Virol 86、907‐17.Messerle、M.、Crnkovic、I.、Hammerschmidt、W.、Ziegler、H.& Koszinowski、U.H.(1997)、Proc Natl Acad Sci USA 94、14759‐63.Warming、S.、Costantino、N.、Court、D.L.、Jenkins、N.A.& Copeland、N.G.(2005)、Nucleic Acids Res 33、e36.Wagner、M.、Ruzsics、Z.& Koszinowski、U.H.(2002)、Trends Microbiol 10、318‐24)。
【0042】
BACベクター配列は、必ずしもORF57に挿入される必要はない。その代りにそれは、病原性に寄与するいかなる他のウイルス遺伝子、および/またはウイルス複製にとって必須のまたは必須でないいかなる他のウイルス遺伝子、および/またはいかなる遺伝子間領域にも挿入され得る。
【0043】
しかしながらより好ましい形態において組換えコイヘルペスウイルスは、ORF57に挿入されたBACベクター配列を含む。このような挿入は、BACベクターをORF57に挿入することによって、同時にORF57に欠損が生じ、従って直接的に本発明の組換えKHVを提供するという利点を有する。
【0044】
本発明の組換えKHVの例は、ORF55への改変loxP隣接BACカセットの挿入によるKHVゲノムのクローニングによって達成された(下記を参照されたい)。この挿入は、許容細胞に遺伝子導入されたときに、そのゲノムが細菌中で安定して維持され、ビリオンを再生できるBAC組換えウイルスをもたらした(BACベクターの詳細については、Costes、B.、Fournier、G.、Michel、B.、Delforge、C.、Raj、V.S.、Dewals、B.、Gillet、L.、Drion、P.、Body、A.、Schynts、F.、Lieffrig、F.、Vanderplasschen、A.、2008、J Virol 82、4955‐4964を、および技術的詳細については下記を参照されたい)。このベクターは、ORF57における欠失(deletion)を導入するために使用した。
【0045】
用語「BACベクター」とは、E.coliのFプラスミドを使用して作製されるプラスミドであって、しかもE.coli等の細菌において約300kb以上の巨大サイズのDNA断片を安定して維持し増殖することのできるベクターを表す。BACベクターは、少なくともBACベクターの複製にとって必須なBACベクター配列を含有する。このような複製にとって必須な領域の例には、限定されるものではないが、Fプラスミドの複製起点およびその変異型が含まれる。
【0046】
本明細書で用いる場合、用語「BACベクター配列」とは、BACベクターの機能にとって必須な配列を含む配列を表す。BACベクター配列は、「組換えタンパク質依存性組換え配列」および/または「選択マーカー」をさらに含んでいてもよい。
【0047】
すなわち「組換えタンパク質依存性組換え配列」および/または「選択マーカー」の詳細は、例えば上述の文献、およびWO22009/027412に記載されている。
【0048】
BACベクターがゲノムに挿入される位置に関わらず、好ましくは、BACベクター配列は相同組換えを媒介する配列、好ましくはloxPによって隣接されている。またBACベクター配列は、好ましくは選択マーカーを含む(下記を参照されたい)。より好ましい形態において選択マーカーは、薬剤選択マーカーである(下記を参照されたい)。
【0049】
他の好ましい形態において、前記組換えヘルペスウイルスのゲノムはプラスミド形態で存在する。これは上記のBACベクター配列を含む組換えコイヘルペスウイルスの環状型を単離することおよび細菌細胞への導入によって達成される。上記の通り、病原性に寄与するまたは複製にとって必要である一または複数の上記の遺伝子が遺伝子工学技術によって欠損されているかぎり、BAC(細菌人工染色体)ベクター配列を、病原性に寄与するまたは複製にとって必要である一または複数のウイルス遺伝子に挿入することは、本発明にとって必須ではない。
【0050】
従って、ORF57および好ましくは病原性に寄与する一または複数のウイルス遺伝子も欠損しているかぎり、BACベクター配列はウイルスゲノムのいかなる領域に挿入されてもよい。
【0051】
もちろん、上記のBACベクター介在性クローニング技術の利用は、例えば最初はORF57を欠損させるために、そして再度追加の遺伝子を欠損させるために繰り返して使用され得る。
【0052】
BACベクター配列は、原則としてさらなる使用においても、本発明の組換えKHV中に問題なく存在し得る。しかしながら、例えばワクチンにおける本発明のコイヘルペスウイルスの使用のためには、BAC配列の大部分は除去されることが好ましい。これは、例えば選択マーカーをコードする遺伝子およびさらには耐性遺伝子を含むBAC配列の場合である。ワクチンにおけるこのような遺伝子の存在は、不要であると考えられるだけでなく、望ましくさえない。
【0053】
従って好ましくはBACベクター配列の少なくとも一部(例えば、耐性遺伝子または選択マーカーを含む一部)、またはより好ましくは大部分がヘルペスウイルスゲノムから切除され、それによってヘルペスウイルスゲノムにおける切除部位または前挿入部位に異種配列を置き去りにする。より好ましくは、異種配列は200ヌクレオチド未満のサイズを有する。切除は、loxP隣接BACベクター配列を切除するCreリコンビナーゼを発現する許容真核細胞への組換えKHVの導入によって達成される。
【0054】
従ってこの実施形態の好ましい形態は、BACベクター配列の一部がヘルペスウイルスゲノムから切除され、それによってヘルペスウイルスゲノムの切除部位または前挿入部位のそれぞれに異種配列を置き去りにすることを特徴とする、本発明の組換えコイヘルペスウイルスに関する。
【0055】
そしてこの実施形態のより好ましい形態において、ヘルペスウイルスゲノムから切除されるBACベクター配列の一部は、選択マーカーおよび/または耐性遺伝子をコードする少なくとも一つの遺伝子を含む。
【0056】
またBACカセットの挿入部位を含む野生型ウイルスゲノムのDNA断片(例えば、TKをコードするORF55)を使用する真核細胞中における相同組換えによって、全BACカセット配列を除去することも可能である。EGFP(BACカセットによりコードされている)を発現しないウイルスプラークを選択することにより、BAC挿入サイトが野生型配列に復帰した組換え体を選択することが可能となる。
【0057】
本発明の組換えコイヘルペスウイルスは、KHV BACクローン、およびBACベクター配列の少なくとも一部がヘルペスウイルスゲノムから切除されている上記のKHV構築物のどちらの形態でも、さらに特定の遺伝子に欠損のあるゲノムを作製するために、さらなる操作、例えば遺伝子工学技術が関与する操作のために使用し得る。このようなさらなる遺伝子の欠損は、既に上記した通り、同様にBAC技術を使用して獲得し得る。
【0058】
本発明の組換えKHVは、魚、より具体的にはコイ、さらにより具体的にはマゴイ(Cyprinus carpio carpio)またはニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)を単にKHV疾患から予防するための、ワクチン用途に使用し得るばかりでなく、異種(すなわち非KHV)DNA断片の担体ウイルス(carrier virus)としても効率的に使用され得る。その場合、本発明の組換えKHVの有利な特性が完全に利用し得るであろうし、さらにウイルスは、例えばマーカー特性、さらなる免疫特性またはアジュバント特性等のさらなる特性を獲得するであろう。
【0059】
この点において「マーカー特性」とは、直接的または間接的に異種DNA断片が、野生ウイルス(field virus)感染とワクチンウイルス感染の違いを識別するのを可能にすることを意味する。
【0060】
野生ウイルス感染とワクチンウイルス感染の違いを識別する直接的な方法は、例えば、本発明の組換えKHV中の異種(すなわち非KHV)DNA断片と特異的に反応し、KHV野生ウイルスのDNAとは反応しないプライマーを使用するPCR法(PCR‐reaction)を含むであろう。
【0061】
野生ウイルス感染とワクチンウイルス感染の違いを識別する間接的な方法は、例えば、本発明の組換えKHV中の異種(すなわち非KHV)DNA断片によってコードされた免疫原性タンパク質と特異的に反応し、しかもKHV野生ウイルスのいかなるタンパク質とも反応しない抗体を使用する免疫反応を含むであろう。
【0062】
従って本発明の他の実施形態は、異種DNA断片、例えば異種遺伝子を含む本発明の組換えKHVに関する。
【0063】
好ましくは、このような異種DNA断片は、魚、より具体的にはコイ、さらにより具体的にはマゴイ(Cyprinus carpio carpio)またはニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)に対して病原性のある、別のウイルスまたは微生物の免疫原性タンパク質をコードする異種遺伝子である。より好ましくは、異種遺伝子は、コイ春ウイルス血症を引き起こすラブドウイルス(rhabdovirus)の糖タンパク質G遺伝子である。このような構築物は、ワクチンに使用されたとき、KHVに対してのみならずコイ春ウイルス血症に対してもコイを保護し得る。
【0064】
真核細胞における異種遺伝子の発現のために適したプロモーターは、当該技術分野において広範に知られている。異種遺伝子、例えばコイ春ウイルス血症を引き起こすラブドウイルスの糖タンパク質G遺伝子の発現にとって適したプロモーターの一例は、HCMV(ヒトサイトメガロウイルス)IEプロモーターである。
【0065】
本発明はさらに、組換えコイヘルペスウイルス(KHV)の感染性粒子の作製の方法を提供し、ここで前記方法は、
(a)本発明の組換えKHV、または本発明の組換えKHVのゲノムを含む組換えKHV DNAを、許容真核細胞に導入する段階;および
(b)組換えコイヘルペスウイルス(KHV)を作製するために宿主細胞を培養する段階を含む。
【0066】
上記の本発明の組換えコイヘルペスウイルスおよびそのDNAは弱毒化された特性を有するため、注射または薬浴または経口による魚、好ましくはマゴイ(Cyprinus carpio carpio)またはニシキゴイ(Cyprinus carpio koi)個体の免疫化に非常に適している。
【0067】
従って本発明のさらなる他の実施形態は、コイヘルペスウイルス(KHV)により引き起こされる魚の疾患の予防処置および/または治療処置における使用のための、本発明の組換えコイヘルペスウイルス、および/または本発明の組換えコイヘルペスウイルスのゲノムを含む、KHV DNAを提供する。
【0068】
予防的使用とは、感染または少なくとも疾患の臨床症状を防ぐことを目的とする使用である。
【0069】
治療的使用とは、KHVによって引き起こされる疾患に既に罹患している魚における前記KHVまたはKHV DNAの使用である。
【0070】
また本発明の他の実施形態は、コイヘルペスウイルス(KHV)により引き起こされる魚の疾患の予防処置および/または治療処置のためのワクチンにおける使用のための、本発明の組換えコイヘルペスウイルス、および/または本発明の組換えコイヘルペスウイルスのゲノムを含むKHV DNAを提供する。
【0071】
さらに本発明の他の実施形態は、コイヘルペスウイルス(KHV)により引き起こされる魚の疾患の予防処理および/または治療処置のためのワクチンであって、本発明の組換えコイヘルペスウイルスおよび/または本発明の組換えコイヘルペスウイルスのゲノムを含むKHV DNA、並びに薬学的に許容可能な担体を含むことを特徴とするワクチンを提供する。
【0072】
また本発明の他の実施形態は、コイ春ウイルス血症の原因となるラブドウイルスにより引き起こされる魚の疾患の予防処置および/または治療処置のためのワクチンであって、コイ春ウイルス血症の原因となる前記ラブドウイルスの糖タンパク質Gをコードする遺伝子を保有する本発明の組換えKHV、または前記KHVのゲノムを含むDNA配列、および薬学的に許容可能な担体を含むワクチンを提供する。
【0073】
本明細書で用いる場合、用語「ワクチン」とは、特定の疾患に対し宿主の予防処置および/または治療処置ができる組成物を表す。このようなワクチンは、予防的免疫または治療的免疫を引き起こし得る。
【0074】
薬学的に許容可能な担体は、水または緩衝液のように単純であり得る。薬学的に許容可能な担体は、また安定剤を含んでもよい。それは、またアジュバントを含んでもよいし、またはそれ自体がアジュバントでもあり得る。
【0075】
典型的にワクチンは、注射または水中での魚の浸漬による送達のための液体溶液、エマルジョンまたは懸濁液として調製される。例えば、魚が入った貯水槽または浴槽に添加するために、液体エマルジョンまたは乳剤を調製し得る。また、投与前に、液体ビヒクルへの溶解または懸濁に適した、または固形食との混合に適した固形(例えば、粉体)形態を調製してもよい。ワクチンは、滅菌希釈液による再構成によって即時使用可能となる凍結乾燥培養液であり得る。例えば凍結乾燥細胞は、0.9%生理食塩水(任意に、包装したワクチン製品の一部として提供される)で再構成され得る。注射可能なワクチンの好ましい剤形はエマルジョンである。液体または再構成形態のワクチンは、囲い、水槽または浴槽(pen,tank or bath)への添加の前に少量(例えば、1ないし100容量)の水で希釈され得る。
【0076】
この実施形態の好ましい一形態において、組換えKHV株を含むワクチン製剤は、例えば粉体、凍結乾燥体、圧縮ペレットまたは錠剤等の乾燥形態である。
【0077】
この実施形態の他の形態において、前記ウイルスは組織培養液の形態であり得る。前記液体は、好ましくは−70℃の雰囲気下、最も好ましくはグリセリンを含有する液体として保存し得る。一具体例において、該組織培養液は20%グリセリンを含有する。
【0078】
本発明において開示する組換えKHV株は、いくつかの方法によって乾燥形態に変換し得る。特に好ましい乾燥形態は凍結乾燥によるものである。乾燥、例えば凍結乾燥処置に先立って、様々の原料、例えば保存料、抗酸化剤または還元剤、種々の賦形剤等を培養液に添加し得る。このような賦形剤は、乾燥、例えば凍結乾燥した活性弱毒化ウイルスに乾燥段階後にも添加し得る。
【0079】
本発明の組換えKHVが経口投与(例えば、浸漬または薬浴)のためのワクチン成分として使用されるときは、通常アジュバントの投与の必要はないはずである。
【0080】
しかしながらもしワクチン製剤が魚に直接注射されるならば、アジュバントを使用してもよい。もし本発明の組換えKHVが非複製型であるならば、免疫賦活剤の添加が好ましいかもしれない。
【0081】
一般的に製剤は、免疫応答を強化するために、特に注射用の製剤の場合には様々なアジュバント、サイトカインまたは他の免疫賦活剤を含んでよい。
【0082】
アジュバントは、宿主の免疫応答を非特異的な方法で強化する免疫賦活物質である。アジュバントは、親水性アジュバント、例えば水酸化アルミニウムもしくはリン酸アルミニウム、または疎水性アジュバント、例えばミネラルオイルを含むアジュバントであり得る。ムラミルジペプチド、アビジン、水酸化アルミニウム、リン酸アルミニウム、オイル、オイルエマルジョン、サポニン、デキストラン硫酸、グルカン、サイトカイン、ブロック共重合体、免疫賦活オリゴヌクレオチドおよび当該分野で知られたその他のアジュバントは、本発明の組換えKHVと混合し得る。養殖業において頻繁に使用されるアジュバントの例は、ムラミルジペプチド、リポ多糖類、数種のグルカンおよびグルカンおよびCarbopol(登録商標)(ホモポリマー)である。適したアジュバントは、例えば油中水(w/o)エマルジョン、o/wエマルジョンおよびw/o/w二重エマルジョンである。w/oエマルジョンにおける使用に適したオイルアジュバントは、例えばミネラルオイルまたは代謝可能なオイルである。ミネラルオイルは、例えばBayol(登録商標)、Marcol(登録商標)およびDrakeol(登録商標)であり;代謝可能なオイルは、例えばピーナッツ油および大豆油等の植物油、または魚油スクアランおよびスクアレン等の動物油である。あるいは、EP382,271に記載の通り、ビタミンE(トコフェロール)可溶化物も有利に使用し得る。非常に適したo/wエマルジョンは、例えば、5〜50%w/w水相と95〜50%w/wオイルアジュバントから出発して得られるが、より好ましくは20〜50%w/w水相と80〜50%w/wオイルアジュバントが使用される。アジュバントの添加量は、アジュバントそれ自体の性質、および製造者によって提供される当該量に関する情報に依存する。
【0083】
好ましい実施形態において本発明のワクチンは、安定剤をさらに含む。安定剤は、例えば分解から保護するため、保存性を高めるため、または凍結乾燥効率を改善するために本発明のワクチンに添加され得る。有用な安定剤は、とりわけSPGA(Bovarnikら、1950、J.Bacteriology、vol.59、p.509)、脱脂乳、ゼラチン、ウシ血清アルブミン、例えばソルビトール、マンニトール、トレハロース、デンプン、ショ糖、デキストランまたはグルコース、乳糖等の炭水化物、アルブミンもしくはカゼインまたはその分解物等のタンパク質、およびアルカリ金属リン酸塩等の緩衝液である。
【0084】
ネオマイシンおよびストレプトマイシン等の抗生物質を、潜在的な細菌増殖を防ぐために添加し得る。
【0085】
さらにワクチンは、一または複数の適した界面活性化合物または乳化剤、例えばSpan(登録商標)またはTween(登録商標)を含み得る。ワクチンは、またいわゆる「ビヒクル(vehicle)」も含み得る。ビヒクルとは、本発明のKHVウイルス(ウイルス粒子形態かそれともDNA形態)が、それに共有結合することなくそれに付着する化合物である。このようなビヒクルは、とりわけバイオ‐マイクロカプセル、マイクロ‐アルギン酸、リポソームおよびmacrosolsであり、当該技術分野においてすべて知られている。このようなビヒクルの特別の形態がイスコムである。言うまでもないことであるが、本発明のワクチンに他の安定剤、担体、希釈剤、エマルジョン、その他を混合することもまた本発明の範囲内である。このような添加物は、例えば「レミントン薬学の科学と実践(Remington:the science and practice of pharmacy)」(2000、Lippincot、USA、ISBN:683306472)、および「獣医ワクチン学(Veterinary vaccinology)」(P.Pastoretら、編、1997、Elsevier、Amsterdam、ISBN:0444819681)等の良く知られた参考書に記載されている。
【0086】
組換えKHVは、ワクチンにおいてその乾燥形態で使用されるとき、さらに再構成液体、好ましくは滅菌水、生理食塩水または生理溶液を含み得る。それは、また細胞のタンパク質、DNA、RNA等の製造工程由来の少量の残留物も含有し得る。これらの物質はそれ自体添加物ではないものの、それにもかかわらずワクチン製剤に存在し得る。
【0087】
ワクチンは、経口的に、例えば飼料によりまたは強制経口投与により、または注射により(例えば、筋肉内または腹腔内経路により)魚に対し個別に投与し得る。
【0088】
あるいはワクチンは、水中に入れられた魚全体の個体群にスプレーし、溶解しおよび/または浸漬することによって一斉に投与し得る。これらの方法は、全ての種類の魚、例えば食用魚および鑑賞用魚等のワクチン接種にとって、および様々な環境、例えば池、水族館、自生地および淡水貯留池等におけるワクチン接種にとって有用である。
【0089】
本発明のさらなる態様は、本発明の組換えKHVを含むDNAワクチンに関する。
【0090】
本発明のDNAワクチンは、どちらも本発明の組換えKHVのゲノムを含むという意味で、本発明の組換えKHVを含むワクチンと基本的に異ならない。
【0091】
それらは、例えばGeneGun(登録商標)等の無針注射器を使用する皮内施用により容易に投与し得る。この投与方法は、DNAをワクチン接種される動物の細胞に直接送達する。本発明の医薬組成物(以下に概説)における本発明の組換えKHV DNAの好ましい量は、10pgと1000μgの範囲内にある。好ましくは、0.1と100μgの範囲内の量が使用される。あるいは魚は、例えば10pgと1000μg/mlの範囲内の投与されるべきDNAを含む溶液に浸漬され得る。すべてのこれらの投与技術および投与経路は、当該技術分野で良く知られている。
【0092】
好ましくは、本発明のワクチンは、例えば懸濁液、溶液、分散液、エマルジョン、その他の、注射または浸漬ワクチン接種に適した形態に製剤化される。
【0093】
標的生物に対する本発明ワクチン施用のための投与計画は、単回投与または複数回投与の施用が可能であり、投与量および製剤に適合する仕方で、および免疫学的に有効であろう量で、同時にまたは逐次的に投与され得る。処置が「免疫学的に有効」であるか否かを決定することは、当業者の能力で十分可能であり、例えばワクチン接種された動物に実験的な攻撃感染を投与し、そして次に標的動物の臨床症状、血清パラメータを検討することによって、または病原体の再分離を評価する。
【0094】
本発明の組換えKHVまたは組換えKHV DNAに基づく本発明のワクチンに対して、何が、「医薬的有効量」を構成するかは、所望の効果および標的生物に依存する。有効量の決定は、専門家の通常の技術で十分可能である。本発明の医薬組成物中に含まれる、本発明の組換えKHV DNAの好ましい量については、上述した。
【0095】
本発明の組換えKHVウイルス株を含む生ワクチンの好ましい量は、例えばプラーク形成単位(pfu)として表される。例えば生ウイルスベクターにとって、動物当たり1ないし10
10プラーク形成単位(pfu)内の用量範囲が有利に使用し得る;好ましくは10
2ないし10
6pfu/用量である。
【0096】
多数の投与方法が施用できて、すべてが当該技術分野で知られている。本発明のワクチンは、好ましくは注射(筋肉内または腹腔内経由)、浸漬、薬浴または経口によって魚に投与される。投与のためのプロトコールは、標準的ワクチン接種技法に従って最適化し得る。
【0097】
もしワクチンが本発明の組換えKHVの非複製型を含むならば、用量は投与される非複製型ウイルス粒子の数として表されるであろう。さらに生ウイルス粒子の投与と比較したとき、該用量は通常いくぶん高めであるだろうが、それは、生ウイルス粒子は、免疫系によって除去される前に標的動物において一定範囲まで複製するからである。非複製型ウイルス粒子に基づくワクチンにとって、約10
4ないし10
9粒子の範囲のウイルス粒子量が通常は適しているであろう。
【0098】
ワクチンは、特に本発明の生組換えKHVが使用されるとき、好ましくは浸漬によって投与される。これは、このようなワクチンを商業的養殖業において使用する場合に特に効果的である。