(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
前記最大繰り出し位置における下糸繰り出し量と前記最小繰り出し位置における下糸繰り出し量の差が、前記糸寄せ部材による糸使用量と一致するように前記下糸繰り出し部が形成されていることを特徴とする請求項1から3のいずれか一項に記載のミシン。
前記曲面形状の境界部であって、前記半回転釜の前進回動により前記剣先に捕捉された上糸が通過する部分部位については、前記ボビンケースの外周部に当該外周部よりも外径を大きくした拡径部を設けたことを特徴とする請求項6記載のミシン。
前記糸寄せ部材と前記中釜との間に設けられ、上糸を捕捉する際の前記中釜の剣先に対向する方向に向かって延出されると共に前記剣先に捕捉された上糸を当該剣先を挟んで両側に押し広げる糸分け部を備え、
前記糸分け部は、上方から見て、下糸を寄せた時の位置にある前記糸寄せ部材の一端部の下面に対向する位置に、切り欠き部を形成したことを特徴とする請求項1から9のいずれか一項に記載のミシン。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1に記載の従来のミシンは、糸寄せ部材により下糸経路を矯正するので、糸寄せ部材が待機位置に戻されると、糸寄せ部材により引き寄せられた分の下糸が余り、たるみを生じて糸締まりが低下するという問題があった。
【0006】
本発明は、ヒッチステッチを回避する縫製を行いつつも糸締まりの低下の発生を防止することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
請求項1記載の発明は、縫い針を保持して上下動を行う針棒と、往復の回動動作により上糸を下糸に絡める半回転釜と、前記針棒の上下動と前記半回転釜の回動動作の駆動源となるミシンモータと、針板の下側で糸寄せ部材により下糸の糸寄せを行う糸寄せ機構とを備えるミシンにおいて、前記半回転釜は、当該半回転釜の前進回動時に上糸を捕捉する剣先と、半回転釜の後退回動時にボビンから針板の針穴に渡る下糸に摺接して縫いにより消費される下糸の繰り出しを行う下糸繰り出し部とを備え、前記下糸繰り出し部は、前記ボビンの周囲に沿って形成され、前記半回転釜の前面側に向かって立設された凸条を備え、当該凸条の突出量の変位により下糸の繰り出し量を変化させる構造であって、繰り出しの開始から最大繰り出し位置まで連続的な登り勾配で形成された繰り出し量増加傾斜部と、前記最大繰り出し位置から最小繰り出し位置まで連続的な下り勾配で形成された繰り出し量減少傾斜部とを備え、前記最大繰り出し位置を前記糸寄せ部材による糸寄せ開始以前に下糸が到達する配置とし、前記最小繰り出し位置を前記糸寄せ部材による糸寄せ完了以前に下糸が到達する配置としたことを特徴とする。
【0008】
なお、本発明では、半回転釜の剣先が上糸ループを捕捉する際の回動方向を「前進回動」とし、その逆方向であって捕捉した上糸ループを剣先から解放する際の回動方向を「後退回動」というものとする。
また、「最大繰り出し位置」とは下糸繰り出し部において繰り出し量が最大となるように突出量を最も大きくした部分のことをいい、「最小繰り出し位置」とは下糸繰り出し部において繰り出し量が最小となるように突出量を最も小さくした部分のことをいう。
【0009】
請求項2記載の発明は、請求項1記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記最大繰り出し位置を前記糸寄せ部材による糸寄せ開始と同時に下糸が到達する配置としたことを特徴とする。
【0010】
請求項3記載の発明は、請求項1又は2記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記最小繰り出し位置を前記糸寄せ部材による糸寄せ完了と同時に下糸が到達する配置としたことを特徴とする。
【0011】
請求項4記載の発明は、請求項1から3のいずれか一項に記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記最大繰り出し位置における下糸繰り出し量と前記最小繰り出し位置における下糸繰り出し量の差が、前記糸寄せ部材による糸使用量と一致するように前記下糸繰り出し部が形成されていることを特徴とする。
【0012】
請求項5記載の発明は、請求項1から4のいずれか一項に記載の発明と同様の構成を備えると共に、上軸に連動して上下動し、上昇時に上糸を引き上げる天秤を備え、前記糸寄せ部材が、前進時に下糸の糸寄せを行い、後退時に下糸を緩ませると共に、前記糸寄せ部材が後退を始めると前記天秤が上昇して上糸の引き上げを行うことを特徴とする。
【0013】
請求項6記載の発明は、請求項1から5のいずれか一項に記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記半回転釜の内側にボビンケースを備え、当該ボビンケースの外周部と前面部との境界部を角のない曲面形状とし、当該曲面形状の境界部であって、前記半回転釜の前進回動により前記剣先に捕捉された上糸が通過する部分については、他の部分よりも、前記曲面形状の曲率半径を大きくしたことを特徴とする。
なお、ここでいう「曲面形状」とは、境界となる角にアールを施した形状をいうものとする。
【0014】
請求項7記載の発明は、請求項6記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記曲面形状の境界部であって、前記半回転釜の前進回動により前記剣先に捕捉された上糸が通過する部分については、前記ボビンケースの外周部に当該外周部よりも外径を大きくした拡径部を設けたことを特徴とする。
【0015】
請求項8記載の発明は、請求項1から7のいずれか一項に記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記半回転釜の内側にボビンケースを備え、当該ボビンケースの外部には上方に立設されると共にその上端部に下糸を挿通するガイド穴を有する角部を有し、前記ボビンケースの中心から前記角部のガイド穴までの上下方向の距離を19[mm]以上22[mm]以下としたことを特徴とする。
【0016】
請求項9記載の発明は、請求項1から8のいずれか一項に記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記半回転釜の内側にボビンケースを備え、当該ボビンケースの外部には上方に立設されると共にその上端部に下糸を挿通するガイド穴を有する角部を有し、前記ボビンケースの中心から前記角部のガイド穴までの水平方向の距離が5[mm]以上7[mm]以下となるように前記角部を保持する保持部を備えることを特徴とする。
【0017】
請求項10記載の発明は、請求項1から9のいずれか一項に記載の発明と同様の構成を備えると共に、前記糸寄せ部材と前記中釜との間に設けられ、上糸を捕捉する際の前記中釜の剣先に対向する方向に向かって延出されると共に前記剣先に捕捉された上糸を当該剣先を挟んで両側に押し広げる糸分け部を備え、
前記糸分け部は、
上方から見て、下糸を寄せた時の位置にある前記糸寄せ部材の一端部の下面に対向する位置に、
切り欠き部を形成したことを特徴とする。
請求項11記載の発明は、前記
切り欠き部は、上方から見て、下糸を寄せた時の位置にある前記糸寄せ部材と重合を生じない形状で形成されていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0018】
請求項1記載の発明は、半回転釜が下糸繰り出し部を備え、下糸繰り出し部は、半回転釜の後退回動中に下糸の繰り出しを開始する開始位置から最大繰り出し位置までの間に形成された繰り出し量増加傾斜部と、最大繰り出し位置から最小繰り出し位置までの間に形成された繰り出し量減少傾斜部とを備えている。そして、糸寄せ部材による糸寄せ開始以前に最大繰り出し位置に下糸が到達し、糸寄せ部材による糸寄せ完了以前に最小繰り出し位置に下糸が到達するように形成されている。
このように、繰り出し量増加傾斜部が糸寄せ部材による糸寄せ開始以前に最大繰り出し量まで下糸の繰り出しを行い、その後、繰り出し量減少傾斜部が糸寄せ部材による糸寄せ完了以前に最小繰り出し量に達するので、糸寄せの完了までに一針の縫いによる下糸消費量[最大繰り出し量−最小繰り出し量]の下糸が繰り出されるため、その分、糸寄せによる下糸の繰り出し量が低減される。
例えば、一針の縫いによる下糸消費量が糸寄せによる下糸の繰り出し量よりも多ければ、糸寄せによる下糸繰り出しが全く行われないこととなり、一針の縫いによる下糸消費量よりも糸寄せによる下糸の繰り出し量の方が多い場合でも糸寄せによる下糸繰り出し量を低減することができる。
このため、糸寄せの下糸繰り出しによる糸締まりの悪化が効果的に改善され、縫い品質の向上を図ることが可能となる。
【0019】
請求項2記載の発明は、最大繰り出し位置への下糸の到達が糸寄せ部材による糸寄せ開始と一致するので、繰り出し量増加傾斜部から繰り出し量減少傾斜部に転じることにより確保される余剰の下糸は速やかに糸寄せで消費され、下糸が余る状態を回避して縫い目への影響を緩和し、縫い品質をさらに向上することが可能となる。
【0020】
請求項3記載の発明は、最小繰り出し位置への下糸の到達が糸寄せ部材による糸寄せ完了と一致するので、繰り出し量減少傾斜部による余剰の下糸の確保が完了してから糸寄せで消費され尽くすまでの時間にズレが生じないことから、下糸の弛みの発生を防止することができ、縫い品質をさらに向上することが可能となる。
【0021】
請求項4記載の発明は、下糸繰り出し部による下糸繰り出し量と糸寄せ部材による糸寄せ量とが一致するので、下糸繰り出し部により繰り出された下糸は残らず糸寄せで消費され、下糸繰り出しから糸寄せへの連続する動作において下糸の弛みによる縫い目への影響を緩和し、縫い品質をさらに向上することが可能となる。
【0022】
請求項5記載の発明は、糸寄せ部材が後退を始めると天秤が上昇して上糸の引き上げを行うので、糸寄せ後退時にも下糸の緩みが発生しない安定した縫製を行うことが可能となる。
【0023】
請求項6記載の発明は、下糸繰り出し部が、繰り出し量増加傾斜部から繰り出し量減少傾斜部に転じる形状であることから、繰り出し量減少傾斜部以降は凸条の突出量が小さくなることとなり、その分だけ相対的にボビンケースが下糸繰り出し部の凸条より前側となり、剣先に捕捉された上糸はボビンケースの外周面部に接触しやすくなる。
従って、上糸が渡る部位については、円弧状部の外径を大きくすることで、ボビンケースの外周面部から前面部側へ上糸を誘導しやすくして、ボビンケースに上糸が引っかかる事故を防止している。これにより、安定した縫製を行うことが可能となる。
【0024】
請求項7記載の発明は、ボビンケースの外周部の少なくとも一部を拡径部により拡径することで、ボビンケースの内部スペースを削ることなく円弧状部の外径をより大きくしやすくなる。
【0025】
請求項8記載の発明は、ボビンケースの中心から角部のガイド穴までの上下方向の距離を19[mm]以上22[mm]以下と拡張したので、角部のガイド穴から針板の針穴に渡る下糸が全体的に高い位置を通過するので、中釜の剣先との干渉、糸捕捉などの事故をより確実に防止することが可能となる。
【0026】
請求項9記載の発明は、ボビンケースの中心から角部のガイド穴までの水平方向の距離が5[mm]以上7[mm]以下に拡張されるように角部が保持されているので、中釜の前面(釜軸がない方の面)から後方に向かって下糸に対する糸寄せが行われると、針穴から糸寄せ部材に渡る下糸と糸寄せ部材から角部に渡る下糸の交差角度を拡大することができ、その結果、糸寄せ部材から角部に渡る下糸を針落ち位置から離間させることができる。このため、下糸にたるみが発生した場合でも、針穴から糸寄せ部材に渡る下糸と糸寄せ部材から角部に渡る下糸との内側領域により確実に針落ちを行わせるうことができ、ヒッチステッチの発生を防止することが可能となる。
【0027】
請求項10記載の発明は、前記糸寄せ部材の一端部の下面に対向する位置に、
切り欠き部を形成したので、糸寄せ部材の先端部の引っかかりが生じにくくなり、目飛びなどの縫い不良を効果的に防止することが可能となる。
請求項11記載の発明は、剣先に捕捉された上糸を両側に押し広げる
切り欠き部を、上方から見て、下糸を寄せた時の位置にある糸寄せ部材と重合を生じない形状で形成したので、糸分け部の外縁部に沿って下糸が移動して押し広げられる際に、より糸寄せ部材の先端部の引っかかりが生じにくくなり、目飛びなどの縫い不良を効果的に防止することが可能となる。
【発明を実施するための形態】
【0029】
[第一の実施形態]
本発明の第一の実施の形態を
図1〜
図14に基づいて説明する。
図1は本発明にかかるミシン100の斜視図である。
ここで、後述する縫い針11が上下動を行う方向をZ軸方向又は上下方向とし、これと直交する一の方向をX軸方向又は左右方向とし、Z軸方向とX軸方向の両方に直交する方向をY軸方向又は前後方向と定義する。
また、Y軸方向に平行であって後述する上軸22に対する針棒12側の方向を「前」とし、Y軸方向に平行であって上軸22に対するミシンモータ21側の方向を「後」とする。さらに、X軸方向に平行であって「後」方向を向いた状態で左手側を「左」とし、X軸方向に平行であって「後」方向を向いた状態で右手側を「右」とする。
【0030】
上記ミシン100は、縫い針11をその下端部に保持してZ軸方向に沿って上下動を行う針棒12と、ミシンモータ21を駆動源として縫い針を上下動させる針上下動機構20と、縫い針11に通された上糸に下糸を絡める釜機構30と、下糸の糸寄せを行う糸寄せ機構50と、上糸の糸張力の可変調節を行う図示しない糸調子装置と、ミシン100の各構成を支持するミシンフレーム101とを主に備えている。
【0031】
[ミシンフレーム]
図1に示すように、ミシン100は、外形がX軸方向から見て略コ字状を呈するミシンフレーム101を備えている。このミシンフレーム101は、ミシン100の上部をなしてY軸方向に延びるミシンアーム部101aと、ミシン100の下部をなしてY軸方向に延びるミシンベッド部101bと、上下に位置するミシンアーム部101a及びミシンベッド部101bとを連結する縦胴部101cとを有している。
【0032】
[針上下動機構]
針上下動機構20は、上記ミシンアーム部101a内においてY軸方向に沿った状態で回転可能に支持された上軸22と、上軸22の一端部から回転力を付与するミシンモータ21と、上軸22の他端部に設けられた針棒クランク23と、針棒クランク23の回転中心に対する偏心位置に一端部が連結されたクランクロッド24と、クランクロッド24の他端部が回動可能に連結されると共に針棒12を保持する針棒抱き25とを備えている。
上軸22はミシンモータ21の出力軸に直結されて回転駆動が行われ、上軸22の回転は針棒クランク23とクランクロッド24とにより上下の往復動作に変換されて針棒12に伝達される。これにより、針棒12には、ミシンモータ21の回転に同期した上下方向の往復動作が付与される。
なお、ミシンモータ21は、上軸22に直結せず、ベルト機構等の動力伝達機構を介在させて上軸22を回転させてもよい。
【0033】
[糸寄せ機構]
図2は糸寄せ機構50の平面図である。
糸寄せ機構50は、ミシンベッド部101bにおける縦胴部101cとは逆側の端部上面に設けられた針板14の下側において、下糸の供給源であるボビン31から針板14の中央に設けられた針穴15に渡る下糸に対して所定のタイミングで糸寄せを行うためのものである。
この糸寄せ機構50は、ボビンケース40から針板14の針穴15に渡る下糸を寄せてその経路を変更する糸寄せ部材51と、当該糸寄せ部材51の糸寄せ動作の駆動源となる糸寄せ用モータ52と、糸寄せ用モータ52の回転を増速する主動歯車53及び従動歯車54と、従動歯車54と同軸で連結された糸寄せカム部材55と、糸寄せカム部材55から動作付与が行われる従動体としてのコロ56と、コロ56及び糸寄せ部材51を保持するベルクランク57とを備えている。
【0034】
糸寄せ用モータ52は、その出力軸に大径の主動歯車53が接続され、主動歯車53は、これより小径の従動歯車54に噛合している。
そして、従動歯車54は、同一軸で糸寄せカム部材55に連結されている。
糸寄せカム部材55は、その回動中心からの半径が変動する外周カムであり、そのカム部にコロ56を当接させている。
ベルクランク57は二つの腕部を備え、一方の腕部でコロ56を保持し、もう一方の腕部で糸寄せ部材51の基端部を保持している。
これにより、糸寄せ用モータ52が駆動すると、歯車53から54へと増速して回転が伝わり、糸寄せカム部材55が高速で回動を行う。これにより、糸寄せカム部材55のカム部に当接しているコロ56は、カムの変位に応じて移動し、ベルクランク57を通じて糸寄せ部材51に回動動作が付与される。
【0035】
糸寄せ部材51は、その先端部が針板14の下側において針穴15の方向に延出されている。また、この糸寄せ部材51の先端部側が自由端となっており、また、先端部は尖鋭な形状に形成されている。そして、糸寄せ部材51は、通常は、
図3(A)に示すように、その先端部が針穴15に対して前方に離れて待機しており、糸寄せの際には、
図3(B)に示すように、先端部が針穴15の真下を通過するように回動してボビンケースから針穴15に渡る下糸に当接し後方に寄せる動作を行う。
【0036】
糸寄せ機構50はヒッチステッチの発生を防止するためのものである。ここで、
図4に基づいてヒッチステッチの発生要因について説明する。
図4(A)は釜機構30のボビンケース40の角部46から針板14の針穴15に下糸Dが渡っている状態を示す平面図であり、
図4(B)はその正面図を示している。図示のように、下糸Dの経路に対し、縫い針11が右側(R)に針落ちするとパーフェクトステッチとなり、左側(L)に針落ちするとヒッチステッチになる傾向にある。
【0037】
従って、糸寄せ機構50では、
図3(A)に示す待機位置にある糸寄せ部材51の先端部を後方に向かって回動させることで
図3(B)の位置とし、これにより、下糸Dに対して縫い針11が右側(R)に針落ちする状態(
図4(A)参照)を強制的に作り上げ、ヒッチステッチの発生を防止することを可能としている。
【0038】
なお、糸寄せ部材51は、針棒12の上下動に同期して待機位置と糸寄せ位置との間を往復回動する必要があるため、糸寄せ用モータ52は、ミシンモータ21の回転速度に同期して所定角度で正逆の往復回転を繰り返し実行する。
また、糸寄せ部材51の糸寄せ位置までの回動動作は、下降する縫い針11が下糸Dに到達するまでに完了する必要があり、また、糸寄せ部材51の待機位置までの回動動作は、図示しない天秤が上糸の引き上げを開始するまでに完了する必要がある。従って、糸寄せ用モータ52の正回転の駆動と逆回転の駆動とは、これらの条件を満たすタイミングで開始されるよう制御が行われる。
【0039】
[釜機構]
図5は釜機構30の中釜60の周囲の構成を示す分解斜視図である。
図1及び
図5に示すように、釜機構30は、半回転釜としての中釜60と、中釜60の内側に収納されたボビン31及びボビンケース40と、中釜60に往復回動を付与するドライバ32と、上軸22に形成されたクランク部33に一端部が連結されたクランクロッド34と、クランクロッド34の他端部にその回動端部が連結されたアーム部35と、アーム部35の基端部において当該アーム部35と一体的に往復回動を行う大歯車36と、大歯車36に噛合する小歯車37と、小歯車37を保持して一体的に往復回動を行う釜軸38と、中釜60を回動可能に格納する大釜39とを備えている。
また、符号391は、大釜39の前面に取り付けられて中釜60が前方に脱落しないように押さえる中釜押さえであり、符号392は、大釜39の上面に取り付けられ、縫い糸を挿通する開口が形成された上バネである。
【0040】
上記大釜39は、その内部に中釜60の外周面に摺接する内周面が形成されており、この内周面に沿って滑らせるようにして中釜60の回動を許容する構造となっている。
また、大釜39は、中釜60に往復回動を付与するドライバ32を中釜60と共に一体的に格納している。
【0041】
中釜60は前から見ると円周の一部が欠けた円形であり、ドライバ32は、欠けた円周の一部分に対応する略円弧状であって、釜軸38の前端部に固定装備されている。
ドライバ32は、大釜39の内部において、周方向における一端部と他端部の二つの接触点で往復回動方向に応じて交互に中釜60に接触し、これら接触点が切り替わることを利用して、中釜60とドライバ32の間を上糸が通過することで上糸のループに中釜60をくぐらせることを可能としている。
なお、ドライバ32は釜軸38から伝えられる往復回動動作を中釜60に伝達する。
【0042】
クランクロッド34は、その上端部が上軸22のクランク部33に回転可能に連結され、その下端部がアーム部35の回動端部に回転可能に連結されている。これにより、全回転する上軸22に対して、同一周期の往復回動をアーム部35に伝達することができる。
アーム部35は、その回動中心に大歯車36を固定装備しており、クランクロッド34から伝達される往復回動をそのまま大歯車36に伝達する。
小歯車37は、大歯車36よりも歯数が少なく(例えば、二分の一)、これにより、歯数に応じて大歯車36からの往復回動を増速して釜軸38に伝達することができる。
以上により、ミシンモータ21の駆動により、上軸22からクランク部33を介してクランクロッド34,アーム部35,釜軸38,ドライバ32及び中釜60を、針棒12の上下動と同期させて往復回動させることができる。そして、針棒12の上下動とこれに同期する中釜60の往復回動動作とにより、上糸を下糸に絡める動作が行われる。
【0043】
[ボビンケース]
ボビンケース40は、
図6(A)の正面図及び
図6(B)の底面図に示すように、前面部41及び外周部42から構成されるカバー43と、中釜60の内部中央に設けられた支軸62に係合するラッチレバー44と、外周部42の一部について外径を拡径してなる拡径部45と、前面部41から上方に延出された角部46とを備えている。
【0044】
ラッチレバー44は、前面部41に対して起伏回動操作することが可能となっており、臥伏状態で支軸62を係合保持した状態となり、起立状態で係合を解除した状態となる。
【0045】
カバー43は、前面部41及び外周部42が金属薄板から一体的に形成されており、その後部は開放されている。そして、開放された後部からボビン31が内部に格納される。
また、外周部42の上部には、下糸の繰り出し口47が設けられており、内部に格納されたボビン31から繰り出し口47を通じて下糸を繰り出す構造となっている。また、この繰り出し口47には図示しない糸調子器が設けられており、調節操作により糸張力の調節が可能となっている。
【0046】
角部46は、繰り出し口47のほぼ上方まで延出されており、その先端部には下糸を通すガイド穴46aが形成されている。つまり、繰り出し口47から引き出された下糸Dは上方に向かい、角部46のガイド穴46aを通って針板14の針穴15に向かうように、下糸経路が形成される。
また、拡径部45については後述する。
上記の通り、中釜60の内側にはボビンケース40が備えられており、また、ボビンケース40の角部46は、ボビンケース40の外部において上方に立設されると共にその上端部に下糸を挿通するガイド穴46aを有する。
【0047】
[中釜]
図7(A),(B)は中釜60をそれぞれ異なる方向から見た斜視図、
図8(A)は正面図、
図8(B)は底面図、
図8(C)は釜曲線を示している。
また、
図9(A),(B)は比較例としての中釜60Aをそれぞれ異なる方向から見た斜視図、
図10(A)は正面図、
図10(B)は底面図、
図10(C)は釜曲線を示している。
【0048】
中釜60は、図示のように、ボビン31及びボビンケース40を格納保持する格納部61と、ボビン31及びボビンケース40を支持するために格納部61内に立設された支軸62と、大釜39の内部に摺接するレール状の摺動部63と、摺動部63の一端部に形成されると共に半回転釜の前進回動時に(釜正面側から見て時計方向)縫い針11から上糸のループをすくい取る剣先64と、ボビン31から針穴15に渡る下糸Dに、半回転釜の後退回動時に(釜正面側から見て反時計方向)摺接して縫いにより消費される下糸の繰り出しを行う下糸繰り出し部65とを備えている。
【0049】
格納部61の内部平坦面に垂直に立設されている支軸62は、中釜60の回動中心に位置しており、中釜60が大釜39に格納された状態において、支軸62は、釜軸38と同心となるように設けられている。
摺動部63は、中釜60の回転半径方向外側に凸となるレール状であって、上記の支軸62を中心とする円周に沿って、
図8(A)に示すように、おおよそ180°の範囲で形成されている。そして、摺動部63の一端部において円周方向に沿って剣先64が延出されている。
【0050】
下糸繰り出し部65は、支軸62に保持されたボビン31及びボビンケース40を取り囲むように、摺動部63の内縁部からY軸方向前側及び回動中心側に向かって斜め方向に立設された凸条であり、当該凸条の突出量の変位により下糸の繰り出し量を変化させる構造である。
当該下糸繰り出し部65の凸条の先端部は、前述したボビンケース40の繰り出し口47から角部46のガイド穴46aに渡る下糸Dに接触する配置となっている。つまり、下糸繰り出し部65の凸条の突出量が大きくなると、繰り出し口47から角部46のガイド穴46aの間の糸経路が長くなり、より多くの下糸Dの繰り出しが行われる。
なお、この下糸繰り出し部65は、摺動部63における剣先64とは逆側の端部から剣先64の先端に至るまでの回動中心線周りの角度範囲について形成されている。
また、この下糸繰り出し部65は、中釜60の後退回動方向(前進回動方向と逆の方向)への回動開始以降に下糸Dの繰り出しを開始するものである。
【0051】
上記下糸繰り出し部65の凸条の先端部の形状(突出量の変化)について
図8(A)及び(C)により説明する。
図8(C)は、下糸繰り出し部65の起点a(摺動部63における剣先64とは逆側の端部)から剣先64の先端部までの角度範囲における下糸繰り出し部65の先端部の突出量hの変化を示している。
【0052】
この下糸繰り出し部65は、起点aから連続的な上り勾配(凸条の前側への突出量が増加する)となって最大繰り出し位置zに到達し、最大繰り出し位置zからは連続的且つ急激な下降勾配となって最小繰り出し位置yに到達する。さらに、最小繰り出し位置y以降は、最小繰り出し量を維持したままで終点dに到達する形状となっている。
なお、
図8(A)及び(C)における点b及び点cは、点aを0°とした場合に90°となる点と180°となる点とを示している。
即ち、この下糸繰り出し部65は、繰り出しの開始から最大繰り出し量hmaxとなる最大繰り出し位置zまで連続的な登り勾配で形成され、連続的な繰り出しを行う繰り出し量増加傾斜部651と、最大繰り出し位置zに達すると最小繰り出し量となる最小繰り出し位置yまで連続的な下り勾配で形成され、急激に繰り出し量を低減する繰り出し量減少傾斜部652と、最小繰り出し位置yに達すると繰り出し完了まで繰り出し量が変化しない無変化部653とから構成されている。
【0053】
また、この下糸繰り出し部65では、常に一定の上軸角度で作動する糸寄せ機構50の動作との同期が図られるようにその形状が設計されている。
即ち、中釜60の後退回動により、下糸Dが下糸繰り出し部65における最大繰り出し位置zに到達するタイミングは、糸寄せ機構50の糸寄せ部材51が針板14の下側で下糸Dに接触して糸寄せを開始するタイミングと一致している。
また、下糸Dが下糸繰り出し部65における最小繰り出し位置yに到達するタイミングは、糸寄せ機構50の糸寄せ部材51が針板14の下側で下糸Dを最大限に寄せて糸寄せを完了するタイミングと一致している。
糸寄せ機構50は、ミシンモータ21のエンコーダから上軸22の角度を検出し、予め定められた上軸角度で正回転の駆動を開始して糸寄せ部材51を前進回動させる。また、糸寄せ動作のタイミングに影響を及ぼす糸寄せカム部材55のカム部の形状は既知である。従って、糸寄せ部材51が下糸Dに接触して糸を寄せ始める上軸角度と糸を最大限に寄せて糸寄せを完了する上軸角度は計算により求めることが可能である。
そして、中釜60は、ミシンモータ21から往復回動の動力を得ているので、糸寄せ部材51が下糸Dに接触して糸を寄せ始める上軸角度と糸を最大限に寄せて糸寄せを完了する上軸角度とが決まると、これらの上軸角度の時に、下糸繰り出し部65のいずれの位置に下糸が摺接するかを求めることができる。従って、これら二つの摺接位置がそれぞれ最大繰り出し位置と最小繰り出し位置となるように下糸繰り出し部65を設計することで、下糸繰り出し部65の下糸繰り出しと糸寄せ動作との同期を図ることが可能である。
【0054】
また、この下糸繰り出し部65では、[最大繰り出し位置zにおける下糸Dの繰り出し量]−[最小繰り出し位置yにおける下糸Dの繰り出し量]が、糸寄せ部材51による糸使用量と一致するように下糸繰り出し部65が形成されている。
また、前述した糸寄せ機構50の糸寄せ部材51による糸寄せ動作により繰り出される下糸の繰り出し量(糸寄せ部材51が最大限に下糸を寄せることにより増加する糸経路長)も縫製における一針分の下糸消費量に一致するように設計されてもよい。
【0055】
上記下糸繰り出し部65は、縫製時に中釜60が後退回動を開始すると、下糸Dがまず、下糸繰り出し部65の繰り出し量増加傾斜部651に当接し、
図11に示すように、下糸Dが摺接しながら最大繰り出し位置zに到達するまでボビン31からの繰り出しが行われる。
そして、下糸Dが最大繰り出し位置zに到達すると、すぐに、繰り出し量減少傾斜部652に転じるため、ボビンケース40の繰り出し口47から角部46のガイド穴46aまでの下糸経路において、下糸Dの余りを生じることとなる。
例えば、
図12に示すように、下糸Dが最小繰り出し位置yまで達すると、余りAが生じることとなる。
しかし、実際には、下糸Dが最大繰り出し位置zに到達すると、糸寄せ部材51が下糸に当接して糸寄せを開始するので、繰り出し量減少傾斜部652における下糸Dの余りは糸寄せ部材51の糸寄せで同時に消費されるので、ボビンケース40から針板14の針穴15までの下糸経路において、下糸Dの弛みは生じない。
また、下糸繰り出し部65により予め繰り出された下糸Dが糸寄せ部材51による糸寄せで消費されるので、糸寄せ部材51そのものによるボビン31からの下糸の繰り出しは、回避又は低減される。
さらに、糸寄せ部材51が後退回動を行い、糸寄せ状態を解除すると、糸寄せにより生じた下糸の糸経路長の増加分の余りが発生することとなるが、糸寄せ部材51が後退回動すると、すぐに図示しない天秤による上糸の引き上げが行われ、下糸は縫いによる消費が行われるので、実際には、下糸の余りは生じない。
従って、この中釜60は、糸寄せを原因として下糸Dに余りを生じ、下糸が緩むことで縫い品質が低下することが回避され縫い品質の向上を図ることが可能となっている。
すなわち、上軸22に連動して上下動し、上昇時に上糸を引き上げる天秤を備え、糸寄せ部材51が、前進時に下糸の糸寄せを行い、後退時に下糸を緩ませると共に、糸寄せ部材51が後退を始めると不図示の天秤が上昇して上糸の引き上げを行う。
【0056】
これに対して、比較例である従来形状の中釜60Aでは、
図9及び
図10に示すように、その下糸繰り出し部65Aの形状が異なっている。なお、下糸繰り出し部65A以外の構成は、中釜60と同一であるため同じ符号を付するものとする。
【0057】
この下糸繰り出し部65Aも、支軸62に保持されたボビン31及びボビンケース40を取り囲むように、摺動部63の内縁部からY軸方向前側及び回動中心側に向かって斜め方向に立設された凸条である。
そして、この下糸繰り出し部65Aは、起点a(0°)から点b(90°)に至るまでの間で最大繰り出し量hmaxに達して、その後、点c付近まで最大繰り出し量hmaxを維持し続けると共に、点c(180°)の付近から若干繰り出し量が低減する変化を示す形状となっている。
即ち、この下糸繰り出し部65Aは、繰り出しの開始から最大繰り出し量hmaxとなるまで連続的な繰り出しを行う繰り出し量増加傾斜部651Aと、最大繰り出し量hmaxに達すると繰り出し完了までほとんど繰り出し量が変化しない無変化部653Aとから構成され、繰り出し量減少傾斜部652に相当する部分が存在しない。
【0058】
従って、下糸繰り出し部65Aでは、縫製時に中釜60Aが後退回動を開始すると、下糸Dがまず、下糸繰り出し部65Aの繰り出し量増加傾斜部651Aに当接し、下糸Dが摺接しながら最大繰り出し位置に到達するまでボビン31からの繰り出しが行われる。
その後は、無変化部653Aに移行するので、下糸Dについては余りが生じることはなく、従って、糸寄せ部材51が糸寄せを開始すると、糸寄せで増加する糸経路長の分だけ、新たにボビンから下糸Dの繰り出しが行われる。
即ち、この下糸繰り出し部65Aの場合には、当該下糸繰り出し部65Aによる下糸Dの繰り出し量に加えて、糸寄せによる繰り出し量が加算されて繰り出され、その後、縫いにより下糸が消費されたとしても、糸寄せによる繰り出し量分は下糸が余ったままの状態となるため、下糸に弛みを生じて締まりのない縫い目が形成され、縫い品質の低下は免れない。
【0059】
次に、前述したボビンケース40の拡径部45について
図6,
図13及び
図14に基づいて説明する。
図13(A),(B)は中釜60の前進回動により上糸Uのループにボビンケース40をくぐらせる動作の移り変わりを示す動作説明図であり、
図14は中釜の回転中心を通る平面上での上糸Uの位置変化を示しており、
図14(A)はボビンケース40に拡径部45を設けない場合を示し、
図14(B)はボビンケース40に拡径部45を設けた場合を示している。
【0060】
上糸Uのループを捕捉した後に中釜60が前進回動を行う場合、
図13に示すように、剣先64が徐々にボビンケース40の下側に移動することから、上糸Uにおける剣先64よりも前面側の部位は、ボビンケース40の前面を最終的に乗り越えて行くこととなる。
その場合、下糸繰り出し部65は、摺動部63の内縁部から前側及び回動中心側に向かって斜め方向に延出されているため、その傾斜面は、上糸Uがボビンケース40の前面を乗り越える際のガイドの役割も果たすこととなる。
しかしながら、下糸繰り出し部65は、前述したように、繰り出し量増加傾斜部651、繰り出し量減少傾斜部652、無変化部653からなる構造のため、繰り出し量増加傾斜部651の頂上付近を除いて、全体的に高さが低く形成されている。
このため、ボビンケース40に拡径部45を設けていない構造の場合、
図14(A)に示すように、上糸Uは、下糸繰り出し部65を乗り越えた後に、前方に傾斜していないボビンケース40の外周部42に乗り上げて止まり、ボビンケース40を乗り越えられない可能性が生じた。
【0061】
従って、ボビンケース40は、
図6に示すように、回動中心を基準とする全角度範囲について、ボビンケース40の外周部42と前面部41との境界部を曲面形状(いわゆるアール)に形成して角のない形状とし、境界部における上糸が通過する一部の角度範囲ついては前方視による外径R1が他の部分より大きな拡径部45を形成し、これにより、曲面形状の曲率半径R2を他の部分よりも大きくしている。
なお、拡径部45を形成する角度範囲としては、具体的には、垂直上方を0°とした場
合に、中釜60の前進回動方向に0〜120°の範囲、より好ましくは45〜90°の範囲が含まれることが望ましい。
【0062】
上記拡径部45を設けると、
図14(B)に示すように、中釜60が前進回動を行う過程で、上糸Uは下糸繰り出し部65を乗り越えると、拡径部45における曲面形状の部位に乗る。拡径部45の円弧状の部位は、いくらかでも前方に導くように傾斜しているため、上糸Uはボビンケース40の前面側に導かれボビンケース40を乗り越えることで、上糸Uのループにボビンケース40をくぐらせることができ、縫い不良の発生を防止して,安定的な縫製を行うことが可能となる。
【0063】
[ミシンの動作説明]
上記ミシン100は、図示しない制御装置を備え、ミシンモータ21及び糸寄せ用モータ52のそれぞれの駆動を制御する。また、糸寄せ機構50は、糸寄せの実行の有無について、事前に設定することが可能となっており、ここでは、糸寄せを実行する設定の場合について説明する。
ミシンモータ21が駆動を行うと、針上下動機構20により針棒12が上下動を行うと共に、釜機構30では、針棒12の上下動に同期して中釜60が往復回動を行う。これにより、上糸と下糸とが絡められ、縫製が実行される。
針棒12の下降時には、上糸が中釜60の剣先64により捕捉されると共に前進回動により上糸ループが下方に引き込まれる。その過程で、上糸は、中釜60の下糸繰り出し部65によりボビンケース40の拡径部45に案内され、その傾斜に従って前面部41を乗り越える。これにより上糸のループをボビンケース40がくぐることとなり、上糸と下糸が適正に絡められる。
【0064】
その後、中釜60は後退回動を開始し、これにより、下糸は繰り出し口47と角部46のガイド穴46aとの間で下糸繰り出し部65の繰り出し量増加傾斜部651に摺接してボビンケース40から繰り出される。そして、下糸は最大繰り出し位置zを通過すると、繰り出し量減少傾斜部652に移行し、既に繰り出された下糸に余りが生じる。
一方、下糸が最大繰り出し位置zに到達する前に、糸寄せ用モータ52が駆動を開始して、糸寄せ部材51が前進回動を開始する。そして、下糸が最大繰り出し位置zに到達するタイミングで糸寄せ部材51も角部46のガイド穴46aと針穴15の間を渡る下糸に到達し、糸寄せを開始する。このため、繰り出し量減少傾斜部652に移行したことで生じる下糸の余りは、糸寄せ部材51の糸寄せにより消費され、糸経路上の下糸に弛みは発生しない。
さらに、下糸が下糸繰り出し部65の最小繰り出し量に達すると、これと同時に糸寄せ部材51も最大前進位置に到達し、下糸繰り出し部65により繰り出された下糸が全て糸寄せにより消費される。
その後、糸寄せ部材51は、後退回動に転じることとなり、糸寄せにより消費されていた下糸が余ることとなるが、すぐに天秤の上糸の引き上げが行われるため、縫いにより下糸は消費される。従って、糸寄せ部材51の後退回動開始後も、下糸の弛みは生じない。
これ以降は、再び、針落ち、釜前進回動等、同じ動作が繰り返されて縫いが行われる。
【0065】
[実施形態の効果]
以上のように、ミシン100の中釜60の下糸繰り出し部65は、繰り出しの開始から最大繰り出し位置zまで連続的な繰り出しを行う繰り出し量増加傾斜部651と、最大繰り出し位置zから最小繰り出し位置yまで連続的且つ急激に繰り出し量を低減する繰り出し量減少傾斜部652と、繰り出し量が変化しない無変化部653とから構成されており、糸寄せ部材51による糸寄せ開始と同時に、中釜60の下糸繰り出し部65の最大繰り出し位置zに下糸が到達し、糸寄せ部材51による糸寄せ完了と同時に、最小繰り出し位置に下糸が到達するように形成されている。
このため、繰り出し量増加傾斜部651が糸寄せ部材51による糸寄せ開始時に最大繰り出し量まで既に下糸の繰り出しを行い、その後、繰り出し量減少傾斜部652が糸寄せ部材51による糸寄せ完了以前に最小繰り出し量に達するので、最大繰り出し量から最小繰り出し量を減じた分だけ下糸を繰り出すと共にこれを糸寄せに使用することが可能となる。このため、糸寄せを実行することにより新たな下糸の繰り出しが行われることを回避することができ、糸寄せ部材51が待機位置に復帰後に下糸に余りを生じて弛みが発生し、締まりの悪い縫い目の形成を防止すると共に縫い品質の向上を図ることが可能となる。
【0066】
また、下糸繰り出し部65では、最大繰り出し位置zへの下糸の到達が糸寄せ部材51による糸寄せ開始と一致するので、繰り出し量増加傾斜部651から繰り出し量減少傾斜部652に転じることにより確保される余剰の下糸は速やかに糸寄せで消費され、下糸が余る状態を回避して縫い目への影響を緩和し、縫い品質をさらに向上することが可能となる。
また、下糸繰り出し部65は、最小繰り出し位置yへの下糸の到達が糸寄せ部材51による糸寄せ完了と一致するので、繰り出し量減少傾斜部652による余剰の下糸の確保が完了してから糸寄せで消費され尽くすまでの時間にズレが生じないことから、下糸の弛みの発生を防止することができ、縫い品質をさらに向上することが可能となる。
さらに、下糸繰り出し部65による下糸繰り出し量と糸寄せ部材51による糸使用量(糸寄せによる糸経路長の増加量)とが一致するので、下糸繰り出し部65により繰り出された下糸は残らず糸寄せで消費され、下糸繰り出しから糸寄せへの連続する動作において下糸の弛みによる縫い目への影響を緩和し、縫い品質をさらに向上することが可能となる。
【0067】
また、糸寄せ部材51は、糸寄せを行うと後退回動に転じることとなり、糸寄せにより消費されていた下糸が余ることとなるが、すぐに天秤の上糸の引き上げが行われるため、縫いにより下糸は消費される。従って、この点からも、下糸の弛みによる縫い目への影響が緩和され、縫い品質をさらに向上することが可能となる。
【0068】
また、ボビンケース40に拡径部45を設け、前面部41と外周部42との境界における拡径部45に相当する範囲についてはアールの半径を他の部分より大きく設定したことから、下糸繰り出し部65を超えて移動する上糸は、ボビンケース40の外周部42に引っかかることが回避され、安定した縫製を行うことが可能となる。
また、ボビンケース40は、前面部41と外周部42との境界の一部についてアールの半径を大きくするだけでなく、拡径部45を設けた上でアールの半径を大きくしたので、ボビンケース40の内部容積の低減を回避することができ、既存のボビン31を使用することが可能となる。
【0069】
[その他]
なお、上記ミシン100における中釜60の下糸繰り出し部65における最大繰り出し位置zと最小繰り出し位置yの配置は、それぞれ、糸寄せ機構50の糸寄せ部材51が下糸Dに接触して糸寄せを開始するタイミングと糸寄せ部材51が下糸Dを最大限に寄せて糸寄せを完了するタイミングとに一致させており、これらが下糸の弛みの発生を最も効果的に低減する最も望ましい配置である。
但し、下糸繰り出し部65における最大繰り出し位置zは、糸寄せ部材51が下糸Dに接触する以前となる配置であれば、糸寄せ部材51による縫い消費量分を超えた過剰な下糸Dの繰り出しを低減する効果を得ることは可能である。
また、下糸繰り出し部65における最小繰り出し位置yは、糸寄せ部材51が下糸Dを最大限に寄せ終わる以前となる配置であれば、糸寄せ部材51による縫い消費量分を超えた過剰な下糸Dの繰り出しを低減する効果を得ることは可能である。
【0070】
また、前述した糸寄せ機構50は、糸寄せ用モータ52により作動する構成だが、特にこれに限定するものではない。例えば、ミシンモータ21から周知の動力伝達機構により糸寄せ部材51に往復回動動作を付与することも可能である。この場合でも、糸寄せ部材51は一定の上軸角度で動作を行うので、下糸繰り出し部65における最大繰り出し位置zと最小繰り出し位置yへの下糸到達との同期を図ることが可能である。
また、ミシンモータ21により糸寄せ部材51を作動させる場合には、動力伝達機構の途中に、動力の伝達と非伝達とを切り替え可能とするアクチュエータを設け、設定に応じて糸寄せの実行又は解除を切り替えることが可能となる。
【0071】
また、上記下糸繰り出し部65は、半回転釜を使用するいかなるミシンにも適用可能である。
さらに、上記実施形態では、半回転釜としてDB釜(縫い針に対してその後側から上糸をすくい取るタイプの釜)に下糸繰り出し部65を設けた場合を例示したが、例えば、DP釜(縫い針に対してその前側から上糸をすくい取るタイプの釜)に下糸繰り出し部65を設けることも可能である。
また、上記実施形態では、ミシンベッド部101b上に配置され、縫製物を保持して、縫製物を水平方向に沿って移動させる縫製物保持移動機構について言及していないが、この機構を搭載したいわゆる電子サイクル縫いミシンのようなミシンでも上記半回転釜(中釜60)を適用することが可能である。この縫製物保持移動機構は、縫製物を保持可能な縫製物保持枠と、この縫製物保持枠をX方向に移動させるX軸駆動モータを有するX軸駆動機構と、この縫製物保持枠をY方向に移動させるY軸駆動モータを有するY軸駆動機構を備え、制御部が記憶する縫製パターンに沿った複数の針落ち位置を定めた縫製データに基づいて各駆動モータが制御され、縫製パターンに従った縫製を行うためのものである。
【0072】
[第二の実施形態]
発明の第二の実施形態として、新たな釜機構30Aを備えるミシンについて説明を行う。なお、以下の説明では、第一の実施形態として説明したミシン10と同一の構成については同じ符号を付してその説明を省略する。
この釜機構30Aは、糸寄せ機構50を備えることにより生じる課題を解決するためのものである。
【0073】
まず、第一の実施形態における釜機構30において糸寄せ機構50による糸寄せ動作によって生じ得る問題を説明する。
糸寄せ機構50の糸寄せ部材51は、前述した
図3(A)に示すように、その先端部が針穴15に対して前方に離れて待機しており、糸寄せの際に、
図3(B)に示すように、糸寄せ部材51は回動を行い、その先端部が針穴15の真下を通過するように後方に移動してボビンケースから針穴15に渡る下糸Dを後方に寄せる動作を行う。
【0074】
図15(A)は一部構成を省略した釜機構30に対する糸寄せ時の下糸Dの経路を右方から見た側面図、
図15(B)は平面図である。
糸寄せが行われていない状態でボビンケース40の角部46から針穴15に下糸Dが真っ直ぐ渡っている場合には、下糸と中釜60の剣先64の通過経路とは、所定距離だけ離れるよう設計され、相互に干渉は生じない。しかし、
図15(A)に示すように、糸寄せ部材51が下糸Dを寄せると、図示のように、下糸Dと剣先64が接近し、下糸Dに弛みが生じた場合などに干渉する可能性があった。
また、
図15(B)の点線で示すように、糸寄せの実行時に下糸Dに弛みが生じると、下糸Dを寄せたにも拘わらず、下糸Dの左側に針落ちが行われ、ヒッチステッチの発生をうまく防止できない可能性があった。
【0075】
そこで、釜機構30Aでは、以下の二点について改良を行っている。まず、一点目の改良点を
図16に示す。
図16(A)は釜機構30の中釜押さえ391の正面図、
図16(B)は改良した釜機構30Aの中釜押さえ391Aの正面図である。
中釜押さえ391,391Aは、いずれも内側に収容するボビンケース40,40Aの角部46,46Aの先端部を嵌合させる保持部としての嵌合凹部391a,391Aaを備えており、当該角部46,46Aが中釜60の回転中心g回りに回転が生じないように保持を行っている。
そして、中釜60の中心gから嵌合凹部391aに保持された角部46のガイド穴46aの中心までのX軸方向における距離iよりも中釜60の中心gから嵌合凹部391Aaに保持された角部46Aのガイド穴46Aaの中心までのまでのX軸方向における距離Jを大きく設定している。具体的には、従来の中釜押さえ391の距離iは4[mm]であった。これに対して、改良された中釜押さえ391Aの距離Jは、5[mm]以上7[mm]以下として、25〜75%程度拡張している。すなわち、ボビンケースの中心から前記角部のガイド穴までの水平方向の距離が5[mm]以上7[mm]以下となるように角部を保持する保持部を備える構成とした。
【0076】
二点目の改良点を
図17に示す。
図17(A)は釜機構30のボビンケース40の正面図、
図17(B)は改良した釜機構30Aのボビンケース40Aの正面図である。また、
図18はボビンケース40Aの角部46Aの拡大側面図である。
図示のように、ボビンケース40の中心(中釜60の中心gと同心)から角部46のガイド穴46aまでのZ軸方向における距離kよりもボビンケース40Aの中心(中釜60の中心gと同心)から角部46Aのガイド穴46AaまでのZ軸方向における距離lを大きく設定している。具体的には、従来のボビンケース40のガイド穴46aまでの距離kは、18[mm]であった。これに対して、改良されたボビンケース40Aのガイド穴46Aaまでの距離lは、19[mm]以上22[mm]以下として、5〜22%程度拡張している。
すなわち、ボビンケースの中心から角部のガイド穴までの上下方向の距離を19[mm]以上22[mm]以下とした。
【0077】
図19(A)は釜機構30Aの正面図、
図19(B)は側面図、
図19(C)は平面図である。なお、
図19において一部の構成については図を簡略化している。
まず、ボビンケース40Aの中心gから角部46Aのガイド穴46AaまでのZ軸方向における距離lをより大きく設定したことにより、
図19(B)に示すように、糸寄せ実行時における下糸Dから上糸捕捉時の中釜60の剣先64までの距離eを拡張することが可能となり、糸寄せ実行時における下糸Dと中釜60の剣先64との干渉、糸捕捉などの事故をより確実に防止することが可能となる。
【0078】
また、中釜60の中心gから嵌合凹部391AaまでのX軸方向における距離jを大きく設定したことにより、
図19(C)に示すように、糸寄せ実行時における角部46のガイド穴46Aaから糸寄せ部材51の先端部に渡る下糸Dと中釜60の中心gとの平面視における交差角度fを拡大することができる。その結果、点線に示すように、下糸Dに弛みを生じた場合でも、針穴15内において、下糸Dの左方の領域を縮小することができ、下糸Dの左側に対する針落ちの発生を低減することができ、ヒッチステッチをより効果的に防止することが可能となる。
【0079】
[第三の実施形態]
発明の第三の実施形態として、新たな釜機構30Bを備えるミシンについて説明を行う。なお、以下の説明では、第一の実施形態として説明したミシン10と同一の構成については同じ符号を付してその説明を省略する。
この釜機構30Bは、糸寄せ機構50を備えることにより生じる課題を解決するためのものである。
【0080】
まず、第一の実施形態における釜機構30において糸寄せ機構50による糸寄せ動作によって生じ得る問題を説明する。
図20は釜機構30の一部の構成を省略した斜視図である。ここで、釜機構30の上バネ392の役割について説明する。
釜機構30の中釜60は、その剣先64が前進回動を行うことにより下降した縫い針11から上糸Uのループを捕捉し、さらに、下方まで引き込むことで上糸Uのループにボビンケース40及びボビン31をくぐらせ、その後、天秤により上糸Uが引き上げられることで上糸Uと下糸Dの縫い目を形成している。
上バネ392は、針板と中釜60の間にあって、上糸Uを捕捉する時の剣先64の移動方向に対向する方向に向かって、針落ち位置の右側から当該針落ち位置近傍まで延出された糸分け部393を備えており、中釜60の剣先64が捕捉した上糸Uのループの縫い針側U1と布側U2とをそれぞれ糸分け部393の前側と後側とに押し広げ、ボビンケース40が上糸Uのループをくぐることを可能としている。
【0081】
糸寄せが行われる場合、糸寄せ部材51は、針落ちが行われる前に、Y軸方向後方に向かって回動し、針落ち位置を少し通過した位置で停止し、縫い針11が針板上方に引き上げられるまで上糸を後側に寄せた状態を維持する。
この状態で中釜60が前進回動(
図21に示すように、釜正面側から見た場合時計方向の回転)を行い、剣先64が上糸Uを捕捉して下方に引き込むと、上バネ392の糸分け部393の後側に移動する上糸Uの布側U2は、
図21に示すように、糸寄せ部材51の先端部に引っかかりを生じる可能性があり、その結果、上糸Uのループが十分に拡張されず、ボビンケースをくぐらせることができなくなって目飛びなどの縫い不良が生じる可能性があった。
【0082】
そこで、釜機構30Bでは、改良を施した上バネ392Bを装備している。
図22(A)は、改良を施した釜機構30Bの上バネ392Bの平面図である。また、
図22(B)は従来の釜機構30の上バネ392の平面図である。
図22(B)に示すように、従来の釜機構30の上バネ392は、上方から見て、糸分け部393の後側部分の端縁部が糸寄せ部材51が前進停止位置(下糸Dを寄せて針落ちが行われるまで保持している時の位置)にある時の先端部と重合を生じており、この重合部おいて上糸Uの布側U2の移動が阻害される可能性を生じている。
これに対して、改良を施した釜機構30B新たな上バネ392Bは、上方から見て、糸分け部393Bの後側部分の端縁部が前進停止位置の糸寄せ部材51の先端部と重合を生じないように、糸寄せ部材51の先端部の重合回避のための切り欠き部393Baが形成されている。この切り欠き部393Baにより、糸分け部393Bの先端部からY軸方向の後側部分の側縁部は、糸寄せ部材51に対して離間し、且つ糸寄せ部材51の先端部と略平行となり、当該側縁部に沿って上糸Uの布側U2が移動する際に糸寄せ部材51の先端部に接触せず、また、仮に接触しても、引っかかりを生じない。
【0083】
かかる上バネ392Bを備えた釜機構30Bでは、
図23(A)〜(C)に示すように、糸寄せ部材51は前進停止位置にある状態で、上糸Uのループが中釜60の剣先64により捕捉され引き込まれる際に、上糸Uの布側U2は、糸分け部393Bの先端部から切り欠き部393Baによって形成された側縁部に沿って移動するので、糸寄せ部材51に阻害されることなく、上糸Uのループは円滑に押し広げられる。
従って、糸寄せ実行時にも目飛びなどの縫い不良をより効果的に防止することが可能となる。
上記の通り、糸寄せ部材と中釜との間に設けられ、上糸を捕捉する際の中釜の剣先に対向する方向に向かって延出されると共に剣先に捕捉された上糸を当該剣先を挟んで両側に押し広げる糸分け部393Bを備え、糸分け部393Bは、糸寄せ部材の一端部51aの下面に対向する位置に、
切り欠き部393Baを形成しても好ましく、糸分け部393Bは、上方から見て、下糸を寄せた時の位置にある糸寄せ部材と重合を生じない形状で形成されているとより好ましい。