特許第5983107号(P5983107)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5983107車輪支持用転がり軸受ユニット及びその製造方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5983107
(24)【登録日】2016年8月12日
(45)【発行日】2016年8月31日
(54)【発明の名称】車輪支持用転がり軸受ユニット及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   F16C 33/62 20060101AFI20160818BHJP
   B60B 35/18 20060101ALI20160818BHJP
   B60B 35/02 20060101ALI20160818BHJP
   F16C 19/18 20060101ALI20160818BHJP
   F16C 33/64 20060101ALI20160818BHJP
【FI】
   F16C33/62
   B60B35/18 A
   B60B35/02 L
   F16C19/18
   F16C33/64
【請求項の数】6
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-151050(P2012-151050)
(22)【出願日】2012年7月5日
(65)【公開番号】特開2014-13065(P2014-13065A)
(43)【公開日】2014年1月23日
【審査請求日】2015年5月27日
(73)【特許権者】
【識別番号】000004204
【氏名又は名称】日本精工株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000811
【氏名又は名称】特許業務法人貴和特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】清水 康之
【審査官】 北中 忠
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−58574(JP,A)
【文献】 特開2010−058575(JP,A)
【文献】 特開2004−142733(JP,A)
【文献】 特開2010−058574(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16C 19/00−19/56、33/30−33/66
B60B 21/00−31/06、35/00−37/12
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
軸方向片面に車輪及び制動用回転体を結合固定する為の回転側フランジを、外周面の軸方向片端寄り部分に設けたハブと、このハブの周囲にこのハブと同心に設けられた外輪と、このハブの外周面に設けられた内輪軌道とこの外輪の内周面に設けられた外輪軌道との間に転動自在に設けられた複数個の転動体とを備え、これら各転動体の転動に基いて、前記外輪の内径側で前記ハブを、回転自在に支持して成る車輪支持用転がり軸受ユニットに於いて、このハブが、Cを0.5質量%以上含有する鋼製であり、このハブの外周面のうちで前記回転側フランジの軸方向両面のうち前記軸方向片面に対して軸方向反対側の面である軸方向他面側に隣接する部分からこの回転側フランジの軸方向他面基端寄り部分に掛けての範囲に、硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層が存在すると共に、この回転側フランジの軸方向他面で、この硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層の周囲部分に、硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層が全周に亙って存在し、前記ハブの残部は、硬度がHv150〜300であるフェライトパーライト層である事を特徴とする車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項2】
前記硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層が、前記硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層と連続した状態で存在している、請求項1に記載した車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項3】
前記回転側フランジの径方向外寄り部分の円周方向等間隔複数箇所に、それぞれスタッドの基端部を内嵌する為の通孔又はボルトの先端部を螺合させる為のねじ孔が設けられており、前記硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層が、前記回転側フランジの径方向に関して、前記各通孔又は前記各ねじ孔の内接円よりも径方向内側に存在する、請求項1〜2のうちの何れか1項に記載した車輪支持用転がり軸受ユニット。
【請求項4】
軸方向片面に車輪及び制動用回転体を結合固定する為の回転側フランジを、外周面の軸方向片端寄り部分に設けたハブと、このハブの周囲にこのハブと同心に設けられた外輪と、このハブの外周面に設けられた内輪軌道とこの外輪の内周面に設けられた外輪軌道との間に転動自在に設けられた複数個の転動体とを備え、これら各転動体の転動に基いて、前記外輪の内径側で前記ハブを、回転自在に支持して成る車輪支持用転がり軸受ユニットの製造方法であって、このハブを、Cを0.5質量%以上含有する鋼製とし、このハブの外周面のうちで前記回転側フランジの軸方向両面のうち前記軸方向片面に対して軸方向反対側の面である軸方向他面側に隣接する部分からこの回転側フランジの軸方向他面基端寄り部分に掛けての範囲に高周波焼き入れ処理を施す事により、この範囲に硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層を形成すると共に、この回転側フランジの軸方向他面で、この硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層の周囲部分に、高周波焼き入れ処理及び高周波焼き戻し処理を施す事により、この周囲部分に、硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層を全周に亙って形成し、前記ハブの残部を、硬度がHv150〜300であるフェライトパーライト層とする事を特徴とする車輪支持用転がり軸受ユニットの製造方法。
【請求項5】
前記硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層を、前記硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層と連続した状態で形成する、請求項4に記載した車輪支持用転がり軸受ユニットの製造方法。
【請求項6】
前記回転側フランジの径方向外寄り部分の円周方向等間隔複数箇所に、それぞれスタッドの基端部を内嵌する為の通孔又はボルトの先端部を螺合させる為のねじ孔が設けられており、前記硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層を、前記回転側フランジの径方向に関して、前記各通孔又は前記各ねじ孔の内接円よりも径方向内側に形成する、請求項4〜5のうちの何れか1項に記載した車輪支持用転がり軸受ユニットの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
この発明は、自動車の車輪、及び、ブレーキディスク、ブレーキドラム等の制動用回転部材を懸架装置に対して回転自在に支持する為に利用する、車輪支持用転がり軸受ユニット及びその製造方法の改良に関する。具体的には、前記車輪及び制動用回転部材を結合固定する為、回転側軌道輪(ハブ)の外周面に形成した回転側フランジの厚さを小さく抑えても、この回転側フランジ部分の強度及び剛性を確保できて、信頼性及び耐久性を確保しつつ小型・軽量化を可能にできる、車輪支持用転がり軸受ユニット及びその製造方法を実現するものである。
【背景技術】
【0002】
自動車の車輪及びブレーキディスク等の制動用回転部材を懸架装置に対して回転自在に支持する為に、例えば特許文献1に記載されている様な、各種構造の車輪支持用転がり軸受ユニットが広く使用されている。この様な車輪支持用転がり軸受ユニットとして一般的に、図4〜5に示す様な内輪回転型のものが使用されている。
【0003】
先ず、図4に示した車輪支持用転がり軸受ユニット1は、従動輪(FR車及びMR車の前輪、FF車の後輪)用のもので、静止側軌道輪である外輪2と、ハブ3と、複数個の転動体4、4とを備える。このうちの外輪2は、内周面の軸方向2箇所位置に複列の外輪軌道5a、5bを、外周面の軸方向内端寄り部分(軸方向に関して「内」とは、自動車への組み付け状態で車両の幅方向中央側を言い、各図の右側。反対に、車両の幅方向外側となる、各図の左側を、軸方向に関して「外」と言う。本明細書全体で同じ。)に静止側フランジ6を、それぞれ有する。又、前記ハブ3は、外周面の軸方向外端寄り部分に回転側フランジ7を、同じく軸方向中間部乃至内端寄り部分の軸方向2箇所位置に複列の内輪軌道8a、8bを、それぞれ有する。そして、これら両内輪軌道8a、8bと前記両外輪軌道5a、5bとの間に前記各転動体4、4を、両列毎に複数個ずつ配置して、前記外輪2の内径側での前記ハブ3の回転を可能としている。
【0004】
又、図5に示した車輪支持用転がり軸受ユニット1aは、駆動輪(FR車及びMR車の後輪、FF車の前輪、4WD車の全車輪)用のものである。この図5に示した車輪支持用転がり軸受ユニット1aの場合には、ハブ3aの径方向中心部に、使用時に駆動軸をスプライン係合させる為のスプライン孔9を、軸方向に亙って形成している。その他の部分の基本構成は、上述の図4に示した車輪支持用転がり軸受ユニット1の場合とほぼ同様である。
尚、上述した各車輪支持用転がり軸受ユニット1、1aの場合には、前記各転動体4、4として玉を使用しているが、重量の嵩む車両用の車輪支持用転がり軸受ユニットの場合には、転動体として円すいころを使用する場合もある。
【0005】
上述の様な車輪支持用転がり軸受ユニット1、1aを自動車に組み付けるには、外輪2の外周面に形成した静止側フランジ6をナックル等の懸架装置の構成部品にねじ止め固定する事により、前記外輪2を懸架装置に支持する。又、前記ハブ3、3aの外周面に形成した回転側フランジ7に車輪及び制動用回転部材を結合固定する。この結果、これら車輪及び制動用回転部材を懸架装置に対し、回転自在に支持する事ができる。
【0006】
何れの構造の場合でも、前記車輪支持用転がり軸受ユニット1、1aを組み込んだ自動車の旋回走行時には、前記車輪の接地面を入力部として、前記回転側フランジ7に大きなモーメントが加わる。この様なモーメントに拘わらず、この回転側フランジ7の基端部(内径側端部)と前記ハブ3、3aの外周面との連続部等に、亀裂等の損傷が発生するのを防止する為には、前記回転側フランジ7の強度及び剛性を確保すべく、この回転側フランジ7の厚さ寸法を大きくする等の対策が必要になる。但し、この回転側フランジ7の厚さ寸法を大きくする事は、前記車輪支持用転がり軸受ユニット1、1aの重量増大に結び付く。所謂ばね下荷重になる、この車輪支持用転がり軸受ユニット1、1aの重量が少しでも増大する事は、乗り心地や走行安定性を中心とする走行性能を悪化させる原因となる為、好ましくない。
【0007】
これに対して、特許文献2〜4には、ハブの外周面に設けた回転側フランジの基端部に、熱処理による、或いは加工硬化による硬化層を形成して、この回転側フランジの基端部とハブの外周面との連続部等の強度及び剛性を向上させる技術が記載されている。この様な特許文献2〜4に記載された技術によれば、前記回転側フランジの厚さ寸法の増大を抑えつつ、この回転側フランジの強度及び剛性の向上を図れる。但し、より条件が厳しくなった場合、即ち、この回転側フランジの肉厚をより低減したり、或いは重量が嵩む自動車に組み込んで、より大きなモーメントが加わる状況下で使用する様な場合には、必ずしも十分な強度及び剛性を確保できない。又、加工硬化による方法は、前記強度及び剛性を向上させる為に要する工程が煩雑で、車輪支持用転がり軸受ユニットの製造コストが嵩んでしまう。従って、コストを抑えつつ、車輪支持用転がり軸受ユニットの小型・軽量化をより十分に確保する為には、改良が望まれる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特開2012−6017号公報
【特許文献2】特開2002−87008号公報
【特許文献3】特開2005−145313号公報
【特許文献4】特開2005−233400号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上述の様な事情に鑑みて、コストを抑えつつ小型・軽量化をより十分に図れる、車輪支持用転がり軸受ユニット及びその製造方法を実現すべく発明したものである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明の対象となる車輪支持用転がり軸受ユニットは、ハブと、外輪と、複数個の転動体とを備える。
このうちのハブは、軸方向片面に車輪及び制動用回転体を結合固定する為の回転側フランジを、外周面の軸方向片端寄り部分に設けている。
又、前記外輪は、前記ハブの周囲に、このハブと同心に設けられている。
又、前記各転動体は、このハブの外周面に設けられた内輪軌道と、前記外輪の内周面に設けられた外輪軌道との間に、転動自在に設けられている。
そして、前記各転動体の転動に基いて、前記外輪の内径側で前記ハブを、回転自在に支持している。
【0011】
特に、本発明の車輪支持用転がり軸受ユニット及びその製造方法の場合には、前記ハブを、Cを0.5質量%以上含有する鋼製とする。
そして、前記ハブの外周面のうちで前記回転側フランジの軸方向両面のうち前記軸方向片面に対して軸方向反対側の面である軸方向他面側に隣接する部分からこの回転側フランジの軸方向他面基端寄り部分に掛けての範囲に、硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層(以下、「高硬度マルテンサイト層」とする)を存在させる。この為に、この範囲に高周波焼き入れ処理を施す。
又、前記回転側フランジの軸方向他面で、前記高硬度マルテンサイト層の周囲部分に、硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層(以下「低硬度マルテンサイト層」とする)を全周に亙って存在させる。この為に、前記周囲部分に、高周波焼き入れ処理及び高周波焼き戻し処理を施す。
更に、前記ハブの残部を、硬度がHv150〜300であるフェライトパーライト層とする。
又、本発明を実施する場合に、好ましくは、請求項2及び請求項5に記載した発明の様に、前記硬度がHv200〜400である焼き戻しマルテンサイト層を、前記硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層と連続した状態で存在させる。
【0012】
上述の様な車輪支持用転がり軸受ユニット及びその製造方法を実施する場合に好ましくは、前記ハブを、Cを0.5〜0.65質量%、Mnを0.3〜1.0質量%、Siを0.1〜1.0質量%、Crを0.01〜0.5質量%含有する鋼製とする。
又、前記低硬度マルテンサイト層を存在させる部分である、前記高硬度マルテンサイト層の周囲部分を、具体的には、請求項3、6に記載した発明の様に、前記回転側フランジに形成した通孔又はねじ孔よりも径方向内側の部分とする。即ち、この回転側フランジの径方向外寄り部分の円周方向等間隔複数箇所には、それぞれこの回転側フランジに対し車輪及び制動用回転体を結合固定する為に使用するスタッドの基端部を内嵌する為の通孔、又は、ボルトの先端部を螺合させる為のねじ孔が設けられている。前記低硬度マルテンサイト層は、前記回転側フランジの径方向に関して、前記各通孔又は前記各ねじ孔の内接円よりも径方向内側に存在させる。
【発明の効果】
【0013】
上述の様な本発明によれば、コストを抑えつつ小型・軽量化をより十分に図れる車輪支持用転がり軸受ユニットを実現できる。この理由に就いて、以下に説明する。
前述した様に、車輪支持用転がり軸受ユニットを組み込んだ自動車の旋回走行時には、前記車輪の接地面を入力部として、回転側フランジに大きなモーメントが加わる。この回転側フランジの基端部(内径側端部)とハブの外周面との連続部には、前記モーメントに拘らず、この連続部に曲がり等の塑性変形が発生しない様にすべく、高硬度マルテンサイト層を存在させる必要がある。但し、この高硬度マルテンサイト層は、変形し難い反面、靭性が乏しい。従って、必要とする信頼性及び耐久性を確保する為には、前記回転側フランジの厚さ寸法を或る程度確保する必要があり、小型・軽量化を図り難い。
【0014】
これに対して、本発明の車輪支持用転がり軸受ユニットの場合には、前記高硬度マルテンサイト層の周囲に低硬度マルテンサイト層を、全周に亙り存在させているので、この高硬度マルテンサイト層に発生する応力を緩和できる。即ち、前記モーメントは前記回転側フランジに対し、この回転側フランジと車輪との結合部である、複数の通孔又はねじ孔部分から入力される。前記低硬度マルテンサイト層は、これら通孔又はねじ孔と前記高硬度マルテンサイト層との間に存在しており、且つ、この高硬度マルテンサイト層に比べて変形し易い。この為、前記通孔又はねじ孔部分から入力されたモーメントのうちのかなりの部分は、前記低硬度マルテンサイト層を変形させる為に消費される。この低硬度マルテンサイト層は、優れた耐遅れ破壊特性及び耐衝撃特性を有する。この為、前記ハブの使用環境を考慮すれば、高硬度マルテンサイト層に比べて、前記フランジ部に、亀裂等の損傷が発生する事を著しく抑制できる。この為、前記回転側フランジの厚さ寸法を小さくしても、この回転側フランジに亀裂等の重大な損傷を発生し難くできて、前記ハブを含む、車輪支持用転がり軸受ユニットの小型・軽量化を図り易くなる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の実施の形態の1例を、車輪支持用転がり軸受ユニットを組み立てた状態で示す半部断面図。
図2】同じくハブを構成するハブ本体のみを取り出して、内輪と組み合わせる以前の状態で示す半部断面図。
図3】低硬度マルテンサイト層を形成する位置の2例を示す、図2の中央部に相当する部分断面図。
図4】本発明の対象となる車輪支持用転がり軸受ユニットの第1例を示す断面図。
図5】同第2例を示す半部断面図。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明の実施の形態の1例に就いて、図1〜3により説明する。本例の車輪支持用転がり軸受ユニット1bは、ハブ3bと、外輪2と、複数個の転動体4、4とを備える。
このうちのハブ3bは、ハブ本体10と内輪11とを結合固定して成る。このうちのハブ本体10は、S55Cの如き、Cを0.5質量%以上含有する機械構造用炭素鋼(JIS G 4051、中炭素鋼)製の素材に、熱間鍛造等の塑性加工を施して中間素材とした後、この中間素材に、仕上の為の切削加工、熱処理、研削加工を施して成る。又、前記内輪11は、SUJ2の如き高炭素クロム軸受鋼(JIS G 4805)製で、必要とする塑性加工、切削加工、熱処理、研削加工を施して成る。
【0017】
前記ハブ本体10の外周面には、軸方向外端部側から順番に、回転側フランジ7と、内輪軌道8aと、小径段部12とを設けている。このうちの回転側フランジ7は、軸方向外側面に車輪及び制動用回転体を結合固定する為のもので、単一のピッチ円上の円周方向等間隔複数箇所に、それぞれ通孔13を形成している。前記車輪支持用転がり軸受ユニット1bの組立を完了した状態でこれら各通孔13には、前記車輪及び制動用回転体を結合固定する為のスタッド14の基端部を、セレーション係合により、圧入固定する。又、前記内輪軌道8aは、前記回転側フランジ7よりも少し軸方向内側に寄った、前記ハブ本体10の軸方向中間部に形成している。又、前記小径段部12は、このハブ本体10の軸方向内端部に形成している。この小径段部12の軸方向外端部と前記ハブ本体10の軸方向中間部との間には、段差面15を設けている。更に、このハブ本体10の軸方向内端部内側に凹孔16を、このハブ本体10の軸方向内端面に開口する状態で形成し、このハブ本体10の軸方向内端部に円筒状部17を設けている。
【0018】
上述の様なハブ本体10のうち、前記小径段部12の軸方向外半部から前記回転側フランジ7の基端部(径方向内端部)の軸方向内側面に掛けての部分には、高周波焼き入れ処理を施す事により、硬度がHv600〜800である焼き戻しマルテンサイト層(高硬度マルテンサイト層)18を存在させている。この高硬度マルテンサイト層18のうち、前記小径段部12の軸方向外半部に存在する部分は、前記内輪11に加わるラジアル荷重を支承すると共に、この嵌合部の磨耗を抑える為に必要である。又、前記段差面18と前記内輪軌道8aとの間部分は、前記ハブ本体10の曲げ強度及び曲げ剛性を確保する為に必要である。又、前記内輪軌道8a部分は、この内輪軌道8aの転がり疲れ寿命を確保する為に必要である。更に前記回転側フランジ7の基端部の軸方向内側面部分は、この回転側フランジ7のモーメント強度及びモーメント剛性を確保する為に必要である。
【0019】
又、前記高硬度マルテンサイト層18の周囲に位置する、前記回転側フランジ7の軸方向内側面の径方向中間部に、高周波焼き入れ処理及び高周波焼き戻し処理を施す事により、本発明の特徴部分である、硬度がHv200〜400の焼き戻しマルテンサイト層(低硬度マルテンサイト層)19を存在させている。尚、より好ましくは、この低硬度マルテンサイト層19の硬度を、Hv300〜400とする。
【0020】
この低硬度マルテンサイト層19を形成する、前記回転側フランジ7の径方向位置は、前記高硬度マルテンサイト層18の周囲部分(この高硬度マルテンサイト層18よりも径方向外側部分)で、前記回転側フランジ7に形成した各通孔13よりも径方向内側とする。即ち、この回転側フランジ7の径方向に関して、前記低硬度マルテンサイト層19を、前記高硬度マルテンサイト層18よりも外側で、前記各通孔13の内接円よりも内側に存在させる。前記低硬度マルテンサイト層19がこの範囲に存在する限り、本発明による作用・効果を得られる。従って、これら両マルテンサイト層18、19は、図3の(A)に示す様に互いに連続していても、或いは(B)に示す様に離隔していても良い。但し、前記低硬度マルテンサイト層19を前記高硬度マルテンサイト層18に近い部分(前記回転側フランジ7の径方向に関して内側)に設ける程、本発明による作用・効果を十分に得られる。
【0021】
更に、前記ハブ本体10のうちで、前記高硬度、低硬度、両マルテンサイト層18、19以外の部分は、熱処理を施していない、所謂生のままの状態であり、硬度がHv150〜300である、フェライトパーライト層20としている。
尚、前記高硬度、低硬度、両マルテンサイト層18、19の硬度は、焼き入れ温度、焼き戻し温度、焼き戻し時間を調節する事により、それぞれ所望値である、上述した範囲に規制する。これらの温度及び時間により炭素鋼の硬度を調節する技術は、従来から広く知られている為、具体的な温度及び時間は省略する。
【0022】
何れにしても、前記ハブ本体10を構成する鋼材は、Cを0.5〜0.65質量%、Mnを0.3〜1.0質量%、Siを0.1〜1.0質量%、Crを0.01〜0.5質量%含有するものを使用する。これら各元素を添加する理由、添加量をこの様な範囲に規制する理由は、それぞれ次の通りである。
【0023】
[Cに関して]
Cは、鍛造加工後に、前記ハブ本体10のうちのフェライトパーライト層20の硬度を確保すると共に、焼き入れ・焼き戻し後に、前記高硬度、低硬度、両マルテンサイト層18、19の硬度を確保する為に添加する。
Cの添加量が0.5質量%未満の場合には、このうちの高硬度マルテンサイト層18の硬度が不足して、前記内輪軌道8aの転がり疲れ寿命の確保が難しくなる。又、熱間鍛造後に於ける、前記フェライトパーライト層20の硬度が不足して、このフェライトパーライト層20が多くの部分を占める、前記ハブ本体10の疲労強度の確保が難しくなる。
これに対して、Cの添加量が0.65%を超えると、熱間鍛造後に於ける、前記フェライトパーライト層20の硬度が過大になって、仕上の為の切削加工や、前記通孔13の形成作業が面倒になる。
そこで、Cの添加量を0.5〜0.65質量%の範囲に規制する。
【0024】
[Mnに関して]
Mnは、前記鋼材の焼き入れ性を向上させる為に添加する。
Mnの添加量が0.3質量%未満の場合には、高周波焼き入れにより形成する、前記高硬度マルテンサイト層18の厚さを十分に確保できず(薄くなり)、前記内輪軌道8a部分の転がり疲れ寿命を確保できなくなったり、前記回転側フランジ7のモーメント強度及びモーメント剛性を確保できない等の問題を生じ易くなる。
これに対して、Mnの添加量が1.0質量%を超えると、前記鋼材の加工性が低下して、前記熱間鍛造に要する荷重が大きくなったり、熱間鍛造時に亀裂等の損傷が発生し易くなり、仕上の為の切削加工や、前記通孔13の形成作業が面倒になる。
そこで、Mnの添加量を、0.3〜1.0質量%の範囲に規制する。
【0025】
[Siに関して]
Siは、前記鋼材の焼き入れ性を向上させると共に、焼き入れ・焼き戻し後のマルテンサイト組織を強化し、特に、前記高硬度マルテンサイト層18のうちの内輪軌道8a部分の転がり疲れ寿命を向上させる為に添加する。
Siの添加量が0.1質量%未満の場合には、前記マルテンサイト組織を必ずしも十分に強化できず、前記内輪軌道8a部分の転がり疲れ寿命の向上効果が不十分となる。
これに対して、前記Siの添加量が1.0質量%を超えると、前記鋼材の加工性が低下して、前記熱間鍛造に要する荷重が大きくなったり、熱間鍛造時に亀裂等の損傷が発生し易くなる。
そこで、前記Siの添加量を、0.1〜1.0質量%の範囲に規制する。
【0026】
[Crに関して]
Crも、Siの場合と同様に、前記鋼材の焼き入れ性を向上させると共に、焼き入れ・焼き戻し後のマルテンサイト組織を強化し、特に、前記高硬度マルテンサイト層18のうちの内輪軌道8a部分の転がり疲れ寿命を向上させる為に添加する。
Crの添加量が0.01質量%未満の場合には、高周波焼き入れにより形成する、前記高硬度マルテンサイト層18の厚さが不十分となり(薄くなり)、マルテンサイト組織の硬度も不十分となる為、前記内輪軌道8a部分の転がり疲れ寿命の向上効果が不十分となる。
これに対して、前記Crの添加量が0.5質量%を超えると、前記鋼材の加工性が低下して、前記熱間鍛造に要する荷重が大きくなったり、熱間鍛造時に亀裂等の損傷が発生し易くなり、仕上の為の切削加工や、前記通孔13の形成作業が面倒になる。
そこで、前記Crの添加量を0.01〜0.5質量%の範囲に規制する。
【0027】
又、前記内輪11は、全体を円環状とし、外周面に内輪軌道8bを形成したもので、全体を焼き入れしている(所謂ズブ焼きを施している)。
この様な内輪11と上述の様なハブ本体10とを組み合わせるには、この内輪11をこのハブ本体10の軸方向内端部に形成した小径段部12に締り嵌めで外嵌した状態で、前記円筒状部17の先端部(軸方向内端部)で前記内輪11の軸方向内端面から突出した部分を径方向外方に塑性変形させ(かしめ拡げ)、かしめ部21を形成する。そして、このかしめ部21と前記段差面15との間で前記外輪11を軸方向両側から挟持し、前記ハブ3bとする。
【0028】
そして、この様なハブ3bの外周面に設けた複列の内輪軌道8a、8bと、前記外輪2の内周面に設けた複列の外輪軌道5a、5bとの間に、両列毎に複数個ずつの転動体4、4を設けて、前記外輪2の内径側に前記ハブ3bを、回転自在に支持して、前記車輪支持用転がり軸受ユニット1bとする。尚、実際の場合には、前記かしめ部21を形成して前記ハブ本体10と前記内輪11とを結合する作業は、これらハブ本体10及び内輪11を、前記外輪2の内径側に挿入した後に行う。
【0029】
上述の様な本例の車輪支持用転がり軸受ユニット1bを組み込んだ自動車の旋回走行時には、前記回転側フランジ7に結合固定した車輪の接地面を入力部として、この回転側フランジ7に大きなモーメントが加わる。この回転側フランジ7に関する、このモーメントの入力部は、前記各スタッド14の基端部を内嵌固定した、前記各通孔13部分となる。本例の車輪支持用転がり軸受ユニット1bを構成する前記ハブ本体10の回転側フランジ7の軸方向内側面で前記高硬度マルテンサイト層18の周囲部分には、前記低硬度マルテンサイト層19が、全周に亙って存在する。前記各通孔13と前記高硬度マルテンサイト層18との間に存在する、前記低硬度マルテンサイト層19は、この高硬度マルテンサイト層18に比べて変形し易い為、前記各通孔13部分から入力されたモーメントのうちのかなりの部分は、前記低硬度マルテンサイト層19を変形させる為に消費される。
【0030】
この低硬度マルテンサイト層19は、優れた耐遅れ破壊特性及び耐衝撃性特性を有する。この為、前記ハブ3bの使用環境を考慮すれば、前記高硬度マルテンサイト層18の場合と比較して、前記回転側フランジ7部分に、亀裂等の損傷が発生する事を著しく抑制できる。この為、前記回転側フランジ7の厚さ寸法を小さくしても、この回転側フランジ7に亀裂等の重大な損傷を発生し難くできて、前記ハブ本体10を含む、車輪支持用転がり軸受ユニット1bの小型・軽量化を図り易くなる。
【実施例1】
【0031】
本発明の効果を確認する為に行った実験に就いて説明する。実験は、図1に示した構造を有する車輪支持用転がり軸受ユニット1bを使用し、低硬度マルテンサイト層19の有無、この低硬度マルテンサイト層19が存在する場合にはその硬度が前記車輪支持用転がり軸受ユニット1bの耐久性に及ぼす影響を調べた。試験条件は次の通りである。
各転動体4、4のピッチ円直径 : 49mm
ハブ3bの回転速度 : 200min-1
ハブ3bに負荷した荷重
ラジアル荷重 : 回転側フランジ7部分に6000N
アキシアル荷重 : 5600N
腐食条件 : 24時間毎に30秒ずつ、濃度5%の食塩水を噴霧
耐久時間の判定条件 : 回転側フランジ7の軸方向内側面に亀裂等の破損発生
【0032】
上述の条件で行った耐久試験の結果を、次の表1に示す。
【表1】
この表1中の耐久性の良否を示す耐久時間比とは、比較例1の耐久時間を1とし、それとの比で表している。従って、この耐久時間比の値が大きい程、優れた耐久性を有する事になる。尚、全試料に関して、フェライトパーライト層の硬度はHv205とした。
この様な実験の結果から明らかな通り、本発明によれば、優れた耐久性を有する車輪支持用転がり軸受ユニットを実現でき、必要とする耐久性が同じであれば、この車輪支持用転がり軸受ユニットの小型・軽量化を図れる。
【産業上の利用可能性】
【0033】
図示の実施の形態は、本発明を従動輪用の車輪支持用転がり軸受ユニットに適用した場合に就いて示した。但し、本発明は、前述の図5に示す様な、駆動輪用の車輪支持用転がり軸受ユニットに適用する事もできる。
又、図示の構造とは異なり、回転側フランジにねじ孔を形成し、車輪及び制動用回転体に形成した通孔を軸方向外側から挿通したボルトをこのねじ孔に螺合し更に締め付ける事で、前記回転側フランジに対し前記車輪及び制動用回転体を結合固定する構造も、従来から知られている。本発明は、この様な構造でも実施できる。
更に、複列の内輪軌道を、何れもハブ本体と別体の内輪の外周面に設けた構造で、本発明を実施する事もできる。
【符号の説明】
【0034】
1、1a、1b 車輪支持用転がり軸受ユニット
2 外輪
3、3a、3b ハブ
4 転動体
5a、5b 外輪軌道
6 静止側フランジ
7 回転側フランジ
8a、8b 内輪軌道
9 スプライン孔
10 ハブ本体
11 内輪
12 小径段部
13 通孔
14 スタッド
15 段差面
16 凹孔
17 円筒状部
18 高硬度マルテンサイト層
19 低硬度マルテンサイト層
20 フェライトパーライト層
21 かしめ部
図1
図2
図3
図4
図5