【実施例1】
【0011】
まず、構成を説明する。
実施例1における電動車両の制御装置の構成を、「全体システム構成」、「自動変速機の概略構成」、「EV走行制御の詳細構成」に分けて説明する。
【0012】
[全体システム構成]
図1は、実施例1における制御装置が適用された後輪駆動によるFRハイブリッド車両(電動車両の一例)を示し、
図2は、統合コントローラ10のモード選択部に設定されているEV-HEV選択マップの一例を示す。以下、
図1及び
図2に基づいて、全体システム構成を説明する。
【0013】
FRハイブリッド車両の駆動系は、
図1に示すように、エンジンEngと、第1クラッチCL1と、モータ/ジェネレータMG(モータ)と、第2クラッチCL2(摩擦クラッチ)と、自動変速機ATと、変速機入力軸INと、プロペラシャフトPSと、ディファレンシャルDFと、左ドライブシャフトDSLと、右ドライブシャフトDSRと、左後輪RL(駆動輪)と、右後輪RR(駆動輪)と、を有する。なお、M-O/Pはメカオイルポンプ、S-O/Pは電動オイルポンプ、FLは左前輪、FRは右前輪、FWはフライホイールである。
【0014】
前記第1クラッチCL1は、エンジンEngと/ジェネレータMGとの間に設けられた締結要素であり、CL1油圧を加えないときにダイアフラムスプリング等による付勢力にて締結状態であり、この付勢力に対抗するCL1油圧を加えることで解放するタイプ、いわゆるノーマルクローズのクラッチである。
【0015】
前記自動変速機ATは、前進7速/後退1速の変速段を車速やアクセル開度等に応じて自動的に切り替える有段変速機である。モータ/ジェネレータMGから左右後輪RL,RRまでの動力伝達経路に介装される第2クラッチCL2としては、自動変速機ATから独立した専用のクラッチとして新たに追加したものではなく、自動変速機ATを変速させるための摩擦締結要素(クラッチやブレーキ)を用いている。すなわち、自動変速機ATの各変速段にて締結される複数の摩擦締結要素のうち、締結条件等に適合する要素として選択した摩擦締結要素を「第2クラッチCL2」としている。なお、第1クラッチ油圧ユニット6と第2クラッチ油圧ユニット8は、自動変速機ATに付設されるAT油圧コントロールバルブユニットCVUに内蔵している。
【0016】
このFRハイブリッド車両は、駆動形態の違いによるモードとして、電気自動車モード(以下、「EVモード」という。)と、ハイブリッド車モード(以下、「HEVモード」という。)と、駆動トルクコントロールモード(以下、「WSCモード」という。)と、を有する。
【0017】
前記「EVモード」は、第1クラッチCL1を解放状態とし、駆動源をモータ/ジェネレータMGのみとするモードであり、モータ駆動モード(モータ力行)・ジェネレータ発電モード(ジェネレータ回生)を有する。この「EVモード」は、例えば、要求駆動力が低く、バッテリSOCが確保されているときに選択される。
【0018】
前記「HEVモード」は、第1クラッチCL1を締結状態とし、駆動源をエンジンEngとモータ/ジェネレータMGとするモードであり、モータアシストモード(モータ力行)・エンジン発電モード(ジェネレータ回生)・減速回生発電モード(ジェネレータ回生)を有する。この「HEVモード」は、例えば、要求駆動力が高いとき、あるいは、バッテリSOCが不足するようなときに選択される。
【0019】
前記「WSCモード」は、駆動形態は「HEVモード」であるが、モータ/ジェネレータMGを回転数制御することにより、第2クラッチCL2をスリップ締結状態に維持しつつ、第2クラッチCL2のトルク容量をコントロールするモードである。第2クラッチCL2のトルク容量は、第2クラッチCL2を経過して伝達される駆動力が、ドライバーのアクセル操作量にあらわれる要求駆動力となるようにコントロールされる。この「WSCモード」は、「HEVモード」選択状態での発進時等のように、エンジン回転数がアイドル回転数を下回る領域において選択される。
【0020】
FRハイブリッド車両の制御系は、
図1に示すように、エンジンコントローラ1と、モータコントローラ2と、インバータ3と、バッテリ4と、第1クラッチコントローラ5と、第1クラッチ油圧ユニット6と、ATコントローラ7と、第2クラッチ油圧ユニット8と、ブレーキコントローラ9と、統合コントローラ10と、を有して構成されている。
【0021】
前記各コントローラ1,2,5,7,9と、統合コントローラ10とは、情報交換が互いに可能なCAN通信線11を介して接続されている。なお、12はエンジン回転数センサ、13はレゾルバ、15は油圧アクチュエータ14のピストン14aのストローク位置を検出する第1クラッチストロークセンサ、19は車輪速センサ、20はブレーキストロークセンサである。
【0022】
前記ATコントローラ7は、アクセル開度センサ16、車速センサ17、選択されているレンジ位置(Nレンジ,Dレンジ,Rレンジ,Pレンジ等)を検出するインヒビタスイッチ18、等からの情報を入力する。そして、Dレンジを選択しての走行時、アクセル開度APOと車速VSPにより決まる運転点が、シフトマップ(
図5参照)上で存在する位置により最適な変速段を検索し、検索された変速段を得る制御指令をAT油圧コントロールバルブユニットCVUに出力する。この変速制御に加えて、統合コントローラ10からの指令に基づき、第1クラッチCL1の完全締結(HEVモード)/スリップ締結(エンジン始動)/解放(EVモード)の制御を行う。また、第2クラッチCL2の完全締結(HEVモード)/微小スリップ締結(EVモード)/回転差吸収スリップ締結(WSCモード)/変動トルク遮断スリップ締結(エンジン始動モード・エンジン停止モード)の制御を行う。
【0023】
ここで、自動変速機ATが非変速状態でのEVモードによる走行中、第2クラッチCL2の微小スリップ回転を維持する制御を「微小スリップ制御」という。この「微小スリップ制御」は、モータ/ジェネレータMGの実モータ回転数を、第2クラッチCL2が微小スリップ回転となる目標モータ回転数に一致させるように制御するモータ回転数制御により実施される。このモータ回転数制御中のモータトルクは、第2クラッチCL2によりモータ/ジェネレータMGが受ける負荷に応じたものとなるため、モータ回転数制御中のモータトルク検出値によりCL2実トルクを推定できる。また、「微小スリップ制御」は、EV非変速状態、且つ、目標駆動トルクが規定値以上(フリクション等によるスリップ不可領域や低油圧により精度が確保できない領域を懸念して設定)の領域で実施する。目標駆動トルクが規定値以下は、第2クラッチCL2が滑らないような容量安全率を確保している。よって、EV変速直後やHEVモード⇒EVモードへのモード遷移直後、目標駆動トルクが低トルクからのアクセル踏み込み操作で、第2クラッチCL2をスリップインさせ、微小スリップ制御が働く。
【0024】
前記統合コントローラ10は、車両全体の消費エネルギーを管理し、最高効率で車両を走らせるための機能を担うもので、モータ回転数Nmを検出するモータ回転数センサ21や他のセンサ・スイッチ類22からの必要情報及びCAN通信線11を介して情報を入力する。この統合コントローラ10には、アクセル開度APOと車速VSPにより決まる運転点が、
図2に示すEV-HEV選択マップ上で存在する位置により検索したモードを目標モードとして選択するモード選択部を有する。そして、「EVモード」から「HEVモード」へのモード切り替え時においては、第2クラッチCL2のスリップインを確認し、エンジン始動制御を行う。また、「HEVモード」から「EVモード」へのモード切り替え時においても、第2クラッチCL2のスリップインを確認し、エンジン停止制御を行う。
【0025】
[自動変速機の概略構成]
図3は、実施例1における自動変速機ATの一例をスケルトン図により示し、
図4は、自動変速機ATでの変速段ごとの各摩擦締結要素の締結状態を示し、
図5は、ATコントローラ7に設定されている自動変速機ATのシフトマップの一例を示す。以下、
図3〜
図5に基づいて、自動変速機ATの概略構成を説明する。
【0026】
前記自動変速機ATは、前進7速後退1速の有段式自動変速機であり、
図3に示すように、エンジンEngとモータ/ジェネレータMGのうち、少なくとも一方からの駆動力が変速機入力軸Inputから入力され、4つの遊星ギアと7つの摩擦締結要素を有する変速ギア機構によって、回転速度が変速されて変速機出力軸Outputから出力される。
【0027】
前記変速ギア機構としては、同軸上に、第1遊星ギアG1及び第2遊星ギアG2による第1遊星ギアセットGS1と、第3遊星ギアG3及び第4遊星ギアG4による第2遊星ギアセットGS2と、が順に配置されている。また、油圧作動の摩擦締結要素として、第1クラッチC1(I/C)と、第2クラッチC2(D/C)と、第3クラッチC3(H&LR/C)と、第1ブレーキB1(Fr/B)と、第2ブレーキB2(Low/B)と、第3ブレーキB3(2346/B)と、第4ブレーキB4(R/B)と、が配置されている。また、機械作動の係合要素として、第1ワンウェイクラッチF1(1stOWC)と、第2ワンウェイクラッチF2(1&2OWC)と、が配置されている。
【0028】
前記第1遊星ギアG1、第2遊星ギアG2、第3遊星ギアG3、第4遊星ギアG4は、サンギア(S1〜S4)と、リングギア(R1〜R4)と、両ギア(S1〜S4),(R1〜R4)に噛み合うピニオン(P1〜P4)を支持するキャリア(PC1〜PC4)と、を有するシングルピニオン型遊星ギアである。
【0029】
前記変速機入力軸Inputは、第2リングギアR2に連結され、エンジンEngとモータ/ジェネレータMGの少なくとも一方からの回転駆動力を入力する。前記変速機出力軸Outputは、第3キャリアPC3に連結され、出力回転駆動力を、ファイナルギア等を介して駆動輪(左右後輪RL,RR)に伝達する。
【0030】
第1リングギアR1と第2キャリアPC2と第4リングギアR4とは、第1連結メンバM1により一体的に連結される。第3リングギアR3と第4キャリアPC4とは、第2連結メンバM2により一体的に連結される。第1サンギアS1と第2サンギアS2とは、第3連結メンバM3により一体的に連結される。
【0031】
図4は締結作動表であり、
図4において、○印はドライブ状態で当該摩擦締結要素が油圧締結であることを示し、(○)印はコースト状態で当該摩擦締結要素が油圧締結(ドライブ状態ではワンウェイクラッチ作動)であることを示し、無印は当該摩擦締結要素が解放状態であることを示す。また、ハッチングにて示される締結状態の摩擦締結要素は、各変速段にて「第2クラッチCL2」として用いる要素を示す。
【0032】
隣接する変速段への変速については、上記各摩擦締結要素のうち、締結していた1つの摩擦締結要素を解放し、解放していた1つの摩擦締結要素を締結するという架け替え変速により、
図4に示すように、前進7速で後退1速の変速段を実現することができる。さらに、1速段及び2速段のときには、第2ブレーキB2(Low/B)が「第2クラッチCL2」とされる。3速段のときには、第2クラッチC2(D/C)が「第2クラッチCL2」とされる。4速段及び5速段のときには、第3クラッチC3(H&LR/C)が「第2クラッチCL2」とされる。6速段及び7速段のときには、第1クラッチC1(I/C)が「第2クラッチCL2」とされる。後退段のときには、第4ブレーキB4(R/B)が「第2クラッチCL2」とされる。
【0033】
ここで、4速段及び5速段のときに「第2クラッチCL2」とされる第3クラッチC3(H&LR/C)は、
図3に示すように、第2ワンウェイクラッチF2(1&2OWC)と並列に設けられている。よって、トルク入力が駆動源からのドライブ状態では、第2ワンウェイクラッチF2(1&2OWC)が空転し、第3クラッチC3(H&LR/C)をスリップ状態とすることができる。しかし、トルク入力が駆動輪からのコースト状態では、第2ワンウェイクラッチF2(1&2OWC)が機械的に係合し、第3クラッチC3(H&LR/C)をスリップ状態とすることはできない。すなわち、実施例1の駆動系において、4速段及び5速段のときの第3クラッチC3(H&LR/C)が、機構的な特性で一方向にしかスリップできない摩擦クラッチに相当する。
【0034】
図5はシフトマップであり、車速VSPとアクセル開度APOで特定されるマップ上での運転点が、アップ変速線を横切ると、アップ変速指令が出力される。例えば、変速段が1速段のとき、車速VSPの上昇により運転点(VSP,APO)が1→2アップ変速線を横切ると、1→2アップ変速指令が出力される。なお、
図5はアップ変速線のみを記載しているが、勿論、アップ変速線に対してヒステリシスを持たせてダウン変速線も設定されている。
【0035】
[EV走行制御部の構成]
図6は、実施例1の制御系に有するEV走行制御部100の構成を示す。以下、
図6に基づき、EV走行制御部100の構成を説明する。
【0036】
前記EV走行制御部100は、
図6に示すように、検出手段として、アクセル開度検出手段(a)、クラッチ出力軸回転数検出手段(b)と、クラッチ入力軸回転数検出手段(c)と、モータ回転数検出手段(d)と、を備えている。なお、アクセル開度センサ16が、アクセル開度検出手段(a)に相当する。車速センサ17が、クラッチ出力軸回転数検出手段(b)に相当する。モータ回転数センサ21が、クラッチ入力軸回転数検出手段(c)とモータ回転数検出手段(d)に相当する。
【0037】
前記EV走行制御部100は、
図6に示すように、制御手段として、モータ回転数制御手段(f)と、モータトルク制御手段(g)と、クラッチトルク容量制御手段(i)と、を備えている。なお、モータコントローラ2が、モータ回転数制御手段(f)とモータトルク制御手段(g)に相当する。ATコントローラ7が、クラッチトルク容量制御手段(i)に相当する。
【0038】
前記EV走行制御部100は、
図6に示すように、決定手段等として、目標駆動トルク演算手段(e)と、クラッチスリップ回転数検出手段(h)と、クラッチトルク容量決定手段(j)と、モータ・クラッチ制御状態決定手段(k)と、モータトルク決定手段(l)と、モータ回転数決定手段(m)と、を備えている。なお、統合コントローラ10に有するEV走行制御処理のプログラム構成が、これらの手段(e),(h),(j),(k),(l),(m)に相当する。
【0039】
[EV走行制御処理の詳細構成]
図7は、EV走行制御部100でのEV走行制御処理の流れを示し、
図8は、モータ・クラッチ2制御状態選択演算処理の流れを示し、
図9は、モータ制御状態の選択処理の流れを示し、
図10は、目標クラッチ2トルク容量演算処理を示す。以下、
図7のフローチャートに基づき、
図8〜
図10を参照しながらEV走行制御処理の詳細構成を説明する。
【0040】
ステップS01では、各コントローラからデータを受信し、次のステップS02では、センサ値を読み込み、後の演算に必要な情報を取り込む。
【0041】
ステップS03では、ステップS02でのセンサ値読み込みに続き、車速VSP、アクセル開度APO、ブレーキ制動力などに応じて目標駆動トルクを演算し、ステップS04へ進む。
【0042】
ステップS04では、ステップS03での目標駆動トルクの演算に続き、目標駆動トルク、バッテリSOC、アクセル開度APO、車速VSP、路面勾配、等の車両状態に応じて、目標走行モードを演算し、目標走行モードとして「EVモード」を選択した場合にステップS05へ進む。
【0043】
ステップS05では、ステップS04での目標走行モード演算(「EVモード」の選択)に続き、第2クラッチCL2の機械的な特性に応じて、モータ・クラッチ2制御状態の選択演算により、モータ/ジェネレータMGと第2クラッチCL2の制御状態を決め、ステップS06へ進む。
なお、詳しいモータ・クラッチ2制御状態の選択演算処理については、
図8及び
図9に基づき、下記に説明する。
【0044】
ステップS06では、ステップS05でのモータ・クラッチ2制御状態選択演算に続き、モータ/ジェネレータMGの目標入力回転数の演算を行い、ステップS07へ進む。
この目標入力回転数演算において、第2クラッチCL2のスリップ時には、スリップを収束させるような目標回転数を選択する。
【0045】
ステップS07では、ステップS06での目標入力回転数演算に続き、ステップS05でのモータ・クラッチ2制御状態選択演算で決めた状態に応じて、第2クラッチCL2の目標トルク容量を演算し、ステップS08へ進む。
なお、詳しい第2クラッチCL2の目標トルク容量演算処理については、
図10に基づき、下記に説明する。
【0046】
ステップS08では、ステップS07での目標クラッチ2トルク容量演算に続き、各コントローラへデータを送信し、モータ/ジェネレータMGのトルク/回転数制御や第2クラッチCL2のトルク容量制御を行い、エンドへ進む。
【0047】
ここで、ステップS05のモータ・クラッチ2制御状態の選択演算処理について、
図8及び
図9に基づき説明する。
【0048】
ステップS051では、第2クラッチCL2の機構的な特性で、一方向にしかスリップできないか否かを判断する。YES(4、5速段)の場合はステップS052へ進み、NO(4、5速段以外)の場合はステップS053へ進む。
【0049】
ステップS052では、ステップS051での自動変速機ATが4、5速段であるとの判断に続き、目標駆動トルクが所定値を超えているか否かを判断する。YES(目標駆動トルク>所定値)の場合はステップS053へ進み、NO(目標駆動トルク≦所定値)の場合はステップS054へ進む。ここで、所定値は、ドライブ状態(目標駆動トルク=正トルク)かコースト状態(目標駆動トルク=負トルク)かを判断する閾値とする。
【0050】
ステップS053では、ステップS051での自動変速機ATが4、5速段以外であるとの判断、或いは、ステップS052での目標駆動トルク>所定値であるとの判断に続き、モータ・クラッチ2制御状態を「通常」とし、エンドへ進む。
【0051】
ステップS054では、ステップS052での目標駆動トルク≦所定値であるとの判断に続き、モータ・クラッチ2制御状態を「機構的な非スリップ選択時クラッチ2容量低下」とし、エンドへ進む。
【0052】
ステップS0541では、ステップ054で「機構的な非スリップ選択時クラッチ2容量低下」とされると、第2クラッチCL2がスリップしているか否かを判断する。YES(CL2スリップ有り)の場合はステップS0542へ進み、NO(CL2スリップ無し)の場合はステップS0543へ進む。
【0053】
ステップS0542では、ステップS0541でのCL2スリップ有りの判断に続き、モータ制御状態を「回転数制御」とし、エンドへ進む。
【0054】
ステップS0543では、ステップS0541でのCL2スリップ無しの判断に続き、モータ制御状態を「トルク制御」とし、エンドへ進む。
【0055】
次に、ステップS07の第2クラッチCL2の目標トルク容量演算処理について、
図10に基づき説明する。
【0056】
第2クラッチCL2の目標トルク容量演算処理ブロックは、
図10に示すように、絶対値変換部071と、減算部072と、第1選択部073と、ゲイン設定部074と、第2選択部075と、切り替え部076と、を備えている。
【0057】
前記絶対値変換部071では、目標駆動トルクを絶対値に変換し、次の減算部072では、目標駆動トルク絶対値とハード分担トルク(第2ワンウェイクラッチF2(1&2OWC)による分担トルク絶対値)の差分トルク値を演算する。第1選択部073では、差分トルク値とクラッチトルク2容量下限値(CL2トルク容量下限値)のうち、大きい方の値を選択する。ここで、クラッチトルク2容量下限値は、例えば、第2クラッチCL2のリターンスプリングが戻らない下限油圧に設定する。
【0058】
前記ゲイン設定部074では、目標駆動トルク絶対値にゲインを掛け合わせてトルク増幅値を演算する。次の第2選択部075では、トルク増幅値とクラッチトルク2容量下限値2(>クラッチトルク2容量下限値)のうち、大きい方の値を選択する。そして、切り替え部076では、予め第1選択部073からの第1選択値に切り替えておき、一度、第2クラッチCL2がスリップし、かつ、モータトルクで第2クラッチCL2のスリップが収束したとの情報を受けて、第2選択部075からの第2選択値に切り替える。この切り替えられた側の値を、目標クラッチトルク2容量(第2クラッチCL2の目標トルク容量)とする。
なお、スリップとは、EVコースト走行中、発電負荷によりモータ回転数が低下することにより生じる第2クラッチCL2のスリップをいう。
【0059】
すなわち、モータ・クラッチ2制御状態=「機構的な非スリップ選択時クラッチ2容量低下」の場合には、以下の演算が行われる。
(1)第2クラッチCL2が1度もスリップしていない場合は、入力トルク(=目標駆動トルク絶対値)よりも第2クラッチCL2のトルク容量を下げる(第1選択値)。
(2)一度、第2クラッチCL2がスリップした場合で、それ以降スリップが収束していない場合は、モータ回転数制御でのモータトルクを用いてスリップを収束させるが、第2クラッチCL2のトルク容量は、(1)と同じ指令とする(第1選択値)。
(3)一度、第2クラッチCL2がスリップした場合で、その後、モータ回転数制御でのモータトルクを用いてスリップを収束させた後は、第2クラッチCL2のトルク容量を入力トルク(=目標駆動トルク絶対値)よりも高くする(第2選択値)。
【0060】
次に、作用を説明する。
実施例1のFRハイブリッド車両の制御装置における作用を、「比較例の課題」、「EVコースト走行からHEVモードへのモード遷移作用」、「EVコースト走行中のスリップ収束作用」に分けて説明する。
【0061】
[比較例の課題]
自動変速機が4速段、或いは、5速段によるEVコースト走行中にフィードフォワード制御を選択し、安全率を確保するため、大きなクラッチ2トルク容量を指令しているものを比較例とする。以下、比較例においてEVコースト走行からエンジン始動要求によりHEVモードへモード遷移するときの課題を、
図11に基づき説明する。
【0062】
時刻t1から時刻t2までは、クラッチの機械的な特性上、クラッチ2をスリップさせることができないアクセルOFFによるEVコースト走行中であり、大きなクラッチ2トルク容量を指令している。この時刻t1から時刻t2までのEVコースト走行中は、単純にクラッチ2トルク容量を下げることができない。その理由は、例えば、単純に下げてクラッチ2を開放してしまうと、
1)クラッチ2の耐力低下
2)クラッチ2のトルク応答性悪化
という問題が出ることによる。
【0063】
そして、時刻t2にてアクセル踏み込操作を開始し、時刻t3にてエンジン始動要求が出力されると、エンジン始動要求にしたがってクラッチ2をスリップ締結状態へと移行させる必要があることから、大きなクラッチ2トルク容量の指令を一気に低下させる指令が出力される。
【0064】
したがって、EVコースト走行中に、クラッチ2トルク容量を高く設定しておくと、アクセル踏み込み操作によりエンジン始動要求があった場合、クラッチ2の非スリップ→スリップへの切り替えに要する時間が、時刻t3から時刻t4までと長くなる。なぜなら、クラッチ2をスリップへ切り替えるには、高いクラッチトルク容量をモータトルク(EV走行中の駆動トルク)より低いトルクレベルまで一気に低下させ、かつ、モータトルクとクラッチトルク容量のトルク差を確保する必要がある。しかし、クラッチ2は、油圧応答遅れ等により実トルク容量低下するのに時間を要することによる。
【0065】
そして、時刻t4にてクラッチ2がスリップ締結状態に収束したことを確認すると、クラッチ1の締結によりエンジンクランキングを開始し、モータ回転数とエンジン回転数が一致する時刻t5にてエンジン始動を完了する。
【0066】
このように、EVコースト走行中に、クラッチ2トルク容量を高く設定しておく比較例では、アクセル踏み込み操作されたことでトルク極性の切り替わりとスリップ要求があった場合、クラッチ2の非スリップ→スリップへの切り替えに要する時間が長くなってしまうという課題がある。
【0067】
[EVコースト走行からHEVモードへのモード遷移作用]
EVコースト走行からアクセル踏み込み操作によりHEVモードへ遷移する場合、第2クラッチCL2のスリップ収束を待ってエンジン始動制御が開始される。よって、第2クラッチCL2の非スリップ→スリップへの切り替えに要する時間を短くしたいという要求がある。以下、これを反映する実施例1でのEVコースト走行からHEVモードへのモード遷移作用を、
図12に基づき説明する。
【0068】
時刻t1から時刻t2までは、クラッチの機械的な特性上、第2クラッチCL2をスリップさせることができないアクセルOFFによるEVコースト走行中であるが、このEVコースト走行中の第2クラッチCL2のトルク容量を、モータトルクの絶対値より低く、棚圧を確保できる油圧まで下げている。
【0069】
そして、時刻t2にてアクセル踏み込操作を開始し、時刻t3にてエンジン始動要求が出力されると、エンジン始動要求にしたがって第2クラッチCL2をスリップ締結状態へと移行させる必要があることから、第2クラッチCL2へのトルク容量指令を、モータトルク指令より低下させる必要がある。
【0070】
しかし、EVコースト走行中に、第2クラッチCL2のトルク容量を、予めモータトルク指令より低く設定しておいている。このため、アクセル踏み込み操作によりエンジン始動要求があったとしても、モータトルク指令とのトルク差が確保されていて、トルク容量を低下させる必要が無い、或いは、トルク容量を低下させるにしてもその低下幅が小さく抑えられる。このため、EVコースト走行中、アクセル踏み込み操作されたことでトルク極性の切り替わりとスリップ要求があった場合、第2クラッチCL2の非スリップ→スリップへの切り替えに要する時間が、時刻t3から時刻t4までと、比較例に比べて短くなる。
【0071】
そして、時刻t4にてクラッチ2がスリップ締結状態に収束したことを確認すると、第1クラッチCL1のスリップ締結によりエンジンクランキングを開始し、モータ回転数とエンジン回転数が一致する時刻t5にてエンジン始動を完了する。
【0072】
このように、実施例1では、第2クラッチCL2がスリップできない状態であるとき、第2クラッチCL2のトルク容量を、入力トルクであるモータトルク指令よりも低いトルク容量になるように、トルク容量指令とする構成を採用した。
よって、第2クラッチCL2がスリップできない状態からできる状態へと移行した際、第2クラッチCL2の非スリップ→スリップの切り替えに要する時間を短縮することができる。加えて、実施例1では、下記の効果も発揮される。
1) アクセルペダル即踏みのように目標駆動トルクの極性変化を伴うエンジン始動時間が短くなり、良好なレスポンスが提供できる(
図12)。
2) アクセル操作量を徐々に増やされるようなアクセル緩操作の場合、EV走行中に「微小スリップ制御」を開始する際のスリップイン時間が短くなる。その結果、エンジン始動要求があったとき、「微小スリップ制御」状態からスムーズに第2クラッチCL2がスリップ締結状態へと移行し、G変動の無い良好な運転性を提供できる。
3) EVコースト走行中、油圧制御系の元圧であるライン圧を下げることができるため、燃費向上に寄与する。
【0073】
実施例1では、第2クラッチCL2のトルク容量指令を、目標駆動トルクの絶対値(入力トルクの絶対値)から、ハード的に分担できるハード分担トルク絶対値を差し引いた値相当とする構成を採用した。
よって、ハードの耐力を低下させずに、第2クラッチCL2のトルク容量を低下させることができる。
【0074】
実施例1では、第2クラッチCL2のトルク容量指令に対して、所定の応答を実現するクラッチトルク2容量下限値を設定する構成を採用した。
よって、ドライバー操作に応答させる準備をしつつ、第2クラッチCL2のトルク容量を低下させることができる。
【0075】
実施例1では、第2クラッチCL2のトルク容量指令を、自動変速機ATのギア位置(4速段、5速段)に応じて決める構成を採用した。
よって、自動変速機ATの構成に応じて、第2クラッチCL2のトルク容量を低下させることができる。
【0076】
[EVコースト走行中のスリップ収束作用]
EVコースト走行中に第2クラッチCL2のトルク容量を下げる制御を行うことで、EVコースト走行中、第2クラッチCL2にモータ回転数が低下するスリップが発生することがある。以下、
図13に基づき、実施例1でのEVコースト走行中のスリップ収束作用を説明する。
【0077】
時刻t1から時刻t2までは、クラッチの機械的な特性上、第2クラッチCL2をスリップさせることができないアクセルOFFによるEVコースト走行中であるが、このEVコースト走行中の第2クラッチCL2のトルク容量を、棚圧を確保できる油圧まで下げている。
【0078】
そして、時刻t2にて、
図13の矢印Aで囲まれる回転数特性に示すように、出力軸回転数(入力軸換算)よりもモータ回転数が低下することによりスリップが発生すると、スリップ発生の検知に基づき、モータ/ジェネレータMGの回転数制御でのモータトルクを上昇させ、時刻t3にてスリップを収束させる。この時刻t3にてアクセル踏み込み操作が行われると、アクセル開度の上昇に合わせて第2クラッチCL2のトルク容量を上昇させ、時刻t4にてモータトルクを元の回生トルクレベルに戻す。そして、時刻t4以降は、第2クラッチCL2のトルク容量を入力トルクよりも高くしてEVコースト走行を続ける。
【0079】
このように、実施例1では、EVコースト走行中に第2クラッチCL2にて、モータ回転数の低下によるスリップを検出した場合、第2クラッチCL2のトルク容量は変えずに、回転数制御のモータトルクを用いてスリップを収束させる構成を採用した。
例えば、第2クラッチCL2のスリップを検出した場合、第2クラッチCL2のトルクを先に上昇させたり、又は、モータトルクの上昇と同時に上昇させたりすると、駆動輪へのトルク変動によりG変動が生じる。
これに対し、第2クラッチCL2のトルク容量は変えずに、応答の速いモータトルクでスリップを収束させることで、G変動が生じることなく、ドライバーへ違和感を与えない。
【0080】
実施例1では、第2クラッチCL2のスリップ回転数が所定値以下に収束した後、第2クラッチCL2のトルク容量を、入力トルクよりも高いトルク容量になるようにする構成を採用した。
よって、スリップの収束状態で第2クラッチCL2のトルク容量を変更することで、G変動が無く、かつ、第2クラッチCL2の再滑りを防止することができる。
【0081】
次に、効果を説明する。
実施例1のFRハイブリッド車両の制御装置にあっては、下記に列挙する効果を得ることができる。
【0082】
(1) モータ(モータ/ジェネレータMG)から駆動輪(左右後輪RL,RR)への動力伝達経路に、機構的な特性で一方向にしかスリップできない摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)を有し、モータ走行中、前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のスリップ制御を実施する電動車両(FRハイブリッド車両)の制御装置において、
前記電動車両(FRハイブリッド車両)の目標駆動トルクを演算する目標駆動トルク演算手段(e)と、
前記目標駆動トルクを用い、前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)がスリップできない状態であるか否かを決定するモータ・クラッチ制御状態決定手段(k)と、
前記モータ・クラッチ制御状態決定手段(k)により前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)がスリップできない状態であると決定したとき、クラッチトルク容量を入力トルクよりも低いトルク容量になるように、クラッチトルク容量指令相当値(トルク容量指令)を決めるクラッチトルク容量決定手段(j)と、
を備える(
図6)。
このため、摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)がスリップできない状態からできる状態へと移行した際、摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)の非スリップ→スリップの切り替えに要する時間を短縮することができる。
【0083】
(2) 前記クラッチトルク容量決定手段(j)は、クラッチトルク容量指令相当値(トルク容量指令)を、入力トルク(目標駆動トルク)の絶対値から、機構的に分担できるハード分担トルク絶対値を差し引いた値相当とする(
図10)。
このため、(1)の効果に加え、ハードの耐力を低下させずに、摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のトルク容量を低下させることができる。
【0084】
(3) 前記クラッチトルク容量決定手段(j)は、クラッチトルク容量指令相当値(トルク容量指令)に対し、所定の応答を実現する下限値(クラッチトルク2容量下限値)を設定する(
図10)。
このため、(1)又は(2)の効果に加え、ドライバー操作に応答させる準備をしつつ、摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のトルク容量を低下させることができる。
【0085】
(4) 前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)は、前記(モータ/ジェネレータMG)と前記駆動輪(左右後輪RL,RR)の間に介装された変速機(自動変速機AT)の変速摩擦締結要素を兼用するものであり、
前記クラッチトルク容量決定手段(j)は、クラッチトルク容量指令相当値(トルク容量指令)を、前記変速機(自動変速機AT)のギア位置に応じて決める(
図3)。
このため、(1)〜(3)の効果に加え、変速機(自動変速機AT)の構成に応じて、摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のトルク容量を低下させることができる。
【0086】
(5) 前記モータ・クラッチ制御状態決定手段(k)により前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)がスリップできない状態であると決定したとき、前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)がモータ回転数の低下によりスリップが発生した場合で、それ以降スリップが収束していない場合、クラッチトルク容量は変えずに、モータ回転数制御でのモータトルクで前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のスリップを収束させる(
図13)。
このため、(1)〜(4)の効果に加え、摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のトルク容量は変えずに、応答の速いモータトルクでスリップを収束させることで、G変動が生じることなく、ドライバーへ違和感を与えないことができる。
【0087】
(6) 前記クラッチトルク容量決定手段(j)は、前記摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のスリップ回転数が所定値以下に収束した後、クラッチトルク容量を入力トルク(目標駆動トルク絶対値)よりも高いトルク容量になるようにクラッチトルク容量指令相当値(トルク容量指令)を決める(
図13)。
このため、(1)〜(5)の効果に加え、スリップの収束状態で摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)のトルク容量を変更することで、G変動が無く、かつ、摩擦クラッチ(第2クラッチCL2)の再滑りを防止することができる。
【0088】
以上、本発明の電動車両の制御装置を実施例1に基づき説明してきたが、具体的な構成については、この実施例1に限られるものではなく、請求の範囲の各請求項に係る発明の要旨を逸脱しない限り、設計の変更や追加等は許容される。
【0089】
実施例1では、クラッチトルク容量決定手段として、第2クラッチCL2のトルク容量指令をクラッチトルク容量指令相当値とする例を示した。しかし、クラッチトルク容量決定手段としては、摩擦クラッチトルク容量を実現する油圧指令やソレノイド電流指令などをクラッチトルク容量指令相当値としても良い。
【0090】
実施例1では、変速機として、有段の自動変速機ATを用いる例を示した。しかし、変速機としては、減速機やベルト式無段変速機等を用いても良い。要するに、モータから駆動輪までの動力伝達経路に、ワンウェイクラッチと並列に設けられた第2クラッチCL2等のように、機構的な特性で一方向にしかスリップできない摩擦クラッチを有するものであれば良い。
【0091】
実施例1では、本発明の電動車両の制御装置を、1モータ2クラッチのFRハイブリッド車両に適用する例を示した。しかし、本発明の制御装置は、1モータ2クラッチのFFハイブリッド車両は勿論のこと、1モータ2クラッチ以外、例えば、動力分割機構を備えたパラレルタイプのハイブリッド車両に対しても適用することができる。さらに、変速機を駆動系に備えた電気自動車や燃料電池車等に対しても適用することができる。