特許第5984195号(P5984195)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5984195菌類を用いた植物バイオマスからのバイオガスの製造装置および方法
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5984195
(24)【登録日】2016年8月12日
(45)【発行日】2016年9月6日
(54)【発明の名称】菌類を用いた植物バイオマスからのバイオガスの製造装置および方法
(51)【国際特許分類】
   C12P 7/04 20060101AFI20160823BHJP
   C12P 7/10 20060101ALI20160823BHJP
   C12M 1/00 20060101ALN20160823BHJP
   C12N 1/14 20060101ALN20160823BHJP
   B09B 3/00 20060101ALN20160823BHJP
【FI】
   C12P7/04ZAB
   C12P7/10
   !C12M1/00 D
   !C12N1/14 A
   !B09B3/00 C
   !B09B3/00 Z
【請求項の数】3
【全頁数】21
(21)【出願番号】特願2015-201099(P2015-201099)
(22)【出願日】2015年10月9日
(65)【公開番号】特開2016-77293(P2016-77293A)
(43)【公開日】2016年5月16日
【審査請求日】2015年10月14日
(31)【優先権主張番号】特願2014-213411(P2014-213411)
(32)【優先日】2014年10月20日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】514266242
【氏名又は名称】株式会社ヨネクニ
(74)【代理人】
【識別番号】100134669
【弁理士】
【氏名又は名称】永井 道彰
(72)【発明者】
【氏名】米澤 栄城
【審査官】 鈴木 崇之
(56)【参考文献】
【文献】 国際公開第2012/164990(WO,A1)
【文献】 FEMS Yeast Res.,2013年 8月12日,Vol. 13,pp. 609-617
【文献】 Enzyme and Microbial Technology,2012年12月16日,Vol. 52,pp. 105-110
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12P 1/00−41/00
C12M 1/00− 1/42
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
PubMed
DWPI(Thomson Innovation)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
Wickerhamomyces属に属する不完全菌を炭素源とともに培養することによりバイオガスを生成するバイオガス生成工程を含むバイオガスの製造方法であって、
前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌が、糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環の異なった生活環を遷移するものであり、
前記バイオガス生成工程が、
前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌を前記糸状菌担子菌様生活環の状態として常温嫌気条件下で粉体または破砕体である固相の前記炭素源に播種し、前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌の糸状菌担子菌様生活環にてグルコースの生成を促す第1の工程と、
第1の工程によりグルコースリッチとなった前記固相の前記炭素源とともに、常温嫌気条件下で前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌の生活環を酵母様生活環に遷移させてメタノール、エタノールおよびそれらのエステルの生成を促す第2の工程を含む工程であり、
前記第1の工程および前記第2の工程において、前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌の前記糸状菌担子菌様生活環と前記酵母様生活環を遷移させつつ、液相を介することなく前記炭素源から直接、気相状態の前記バイオガスを発生させる工程としたものである、バイオガスの製造方法。
【請求項2】
前記バイオガス生成工程が、前記炭素源とともに嫌気的条件において培養することにより前記炭素源に混入していた乳酸菌の活性化を阻害するよう制御することを含むものである請求項1に記載のバイオガスの製造方法。
【請求項3】
前記炭素源が、植物バイオマス資材である請求項1または2に記載のバイオガスの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、菌類を用いた植物バイオマスからのバイオガスの製造方法に関するものである。特に、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を用いた植物バイオマスからのバイオガスの製造装置および方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
未利用の植物バイオマス資源の有効活用が求められている。従来技術においても植物バイオマス資源のうち比較的利用しやすいとされているトウモロコシやジャガイモなどのデンプン質原料、サトウキビなどの糖質原料を用いたバイオマスエタノール生産などが進められている。
しかし、比較的利用がまだ緒についていない植物バイオマス資源、たとえば、間伐材、建築廃材、稲藁などのセルロース系やリグノセルロース系バイオマス資源は、燃焼させることによる熱源として利用はされている例があるが、セルロース系やリグノセルロース系植物バイオマス資源からバイオエタノールを生成してバイオ燃料を得ることは比較的困難とされている。
【0003】
セルロース系バイオマス資源やリグノセルロース系バイオマス資源を直接、分解・発酵してエタノールを生産する自然界に存在する発酵菌はまだ一般には知られていない。そのため従来技術では、木質系セルロースに対して物理的処理や化学的処理を施して一旦グルコースに分解し、その後、グルコースを基材にした酵母菌によるアルコール発酵を得るサイクルが知られている。広く知られた従来手法として、酸加水分解法と酵素糖化法が知られている。
【0004】
まず、酸加水分解法は、図8の上図に示すようなサイクルでエタノールを得る。
第1の工程として、固相のまま、木質に対して物理的・化学的方法で脱リグニン処理を施し、処理しやすいセルロースを得る。第2の工程として、セルロースに対して強酸を加えて加水分解し、グルコースを得る。強酸を添加した加水分解であるのでこの段階で処理状態は液相となる。第3の工程として、液相のグルコースを基材として酵母菌を播種してアルコール発酵させてアルコール含有発酵液を得る。この状態も液相のままである。
【0005】
次に、酵素糖化法は、図8の下図に示すようなサイクルでエタノールを得る。
第1の工程として、固相のまま、木質に対して物理的・化学的方法で脱リグニン処理を施し、処理しやすいセルロースを得る。第2の工程として、セルロースに対して物理的・化学的処理を加えてより分解が進んだセルロース(β−1,4−グルカン)とする。例えば、オゾン水を作用させる手法、超臨界水を作用させる手法、爆砕する手法など多様なものがあり得る。この段階で液相になる。第3の工程として、処理済みのセルロース(β−1,4−グルカン)を基材として、酵素の一種であるセルラーゼを用いてグルコースを得る。セルラーゼは、セルロース(β−1,4−グルカン)のグリコシド結合を加水分解する酵素であり、グルコースを得ることができる。この段階も液相のままである。第4の工程として、液相のグルコースを基材として酵母菌を播種してアルコール発酵させてアルコール含有発酵液を得る。この状態も液相のままである。
【0006】
次に、従来技術において、物理的工程・化学的工程に頼らず、菌を用いて木質系セルロースの分解からエタノール発酵まで行うサイクルを開示した文献例は、その数が少ないものの、例えば、WO2012/2164990号公報が存在する。これはPhlebia属に属する担子菌を用いて木質系セルロースを分解してエタノールを製造する方法を開示したものである。当該出願の発明者亀井一郎らは、Phlebia属に属する担子菌がリグニン分解能及び多糖類の糖化能を有するだけでなく、糖からエタノールを生成する能力を有すること、並びに、グルコースだけでなくキシロースを炭素源とした場合でもエタノールを生成する能力を有することを開示しており、更に、Phlebia属に属する担子菌をリグニン含有の炭素源と共に好気的条件において培養する前処理工程を行った後に、半好気的条件又は嫌気的条件において、当該Phlebia属に属する担子菌を炭素源とともに更に培養して炭素源を基質とするエタノール発酵を行うことにより、エタノールの生成効率を更に高めることができることを開示している。
【0007】
上記に示すように、従来の酸加水分解法、酵素糖化法は、複数の物理的工程・化学的工程、さらに酵素の生分解工程や酵母の発酵工程を必要とするものであるが、間伐材などの木質を原料としてバイオエタノールを得る方法として知られていた。また、菌を用いて間伐材などの木質を原料としてバイオエタノールを得る方法も数は少ないが報告がある。
【0008】
【特許文献1】WO2012/2164990号公報
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ここで、上記の従来技術における、セルロース系バイオマス資源やリグノセルロース系バイオマス資源を原料としてエタノールを生産する酸加水分解法、酵素糖化法、WO2012/2164990号公報に開示された方法には、下記に示すような問題があった。
【0010】
まず、従来の酸加水分解法には以下の問題がある。
従来の酸加水分解法は、第1の工程として、木質に対して物理的・化学的方法で脱リグニン処理を施す必要があるが、この脱リグニン処理は容易ではなくコストがかかり、また、物理的・化学的処理にエネルギーを必要とするものである。
また、従来の酸加水分解法は、第2の工程として、セルロースに対して強酸を加えて加水分解する必要があるが、この強酸添加による加水分解は、コストがかかり、また、物理的・化学的処理にエネルギーを必要とするものであり、反応後の強酸を処理するための物理的・化学的コストがかかっていた。また、セルロースの分解速度の制御が難しいという問題がある。また、グルコースが強酸で分解されてしまうおそれもある。
また、従来の酸加水分解法は、第3の工程として、液相のグルコースを基材として酵母菌を播種してアルコール発酵させる必要があるが、第1の工程の脱リグニン処理や第2の工程の強酸による加水分解処理において液相中の酵母菌に対して悪影響を与える物質が混在しているため、そのままではアルコール発酵が阻害されるためにグルコースを洗浄する必要があり、コスト向上、エネルギー消費増加を招いていた。
【0011】
次に、従来の酵素糖化法には以下の問題がある。
従来の酵素糖化法は、第1の工程として、木質に対して物理的・化学的方法で脱リグニン処理を施す必要があるが、上記に指摘したように、この脱リグニン処理は容易ではなくコストがかかり、また、物理的・化学的処理にエネルギーを必要とするものである。
従来の酵素糖化法は、第2の工程として、セルロースに対して物理的・化学的処理を加えてより分解が進んだセルロースとする必要があるが、オゾン水を作用させる手法、超臨界水を作用させる手法、爆砕する手法などいずれの手段も物理的・化学的コストがかかるものであり、反応釜や処理装置も特殊なものとなり製造設備にもコストがかかっていた。
また、従来の酵素糖化法は、第4の工程として、液相のグルコースを基材として酵母菌を播種してアルコール発酵させる必要があるが、上記したように、第1の工程の脱リグニン処理や第2の工程の強酸による加水分解処理において生じるアルコール発酵が阻害物質の除去のためコスト向上、エネルギー消費増加を招いていた。
【0012】
次に、Phlebia属に属する担子菌を用いて木質を原料から直接バイオエタノールを得るWO2012/2164990号公報に記載の方法には以下の問題がある。
Phlebia属に属する担子菌を用いて木質から直接バイオエタノールを得る方法は、従来の酸加水分解法や酵素糖化法には必須の手順であった物理的・化学的処理を伴わないため、その点は注目すべき技術ではある。
しかし、Phlebia属に属する担子菌を用いて木質から直接バイオエタノールを得る方法は、担子菌がバイオエタノールを生産する相が液相であることである。エタノールは親水性が大きく、一度液相になってしまえば、物理的な蒸留工程を経なければエタノールを単離することができない。その蒸留工程のためコスト増、エネルギー増を招いていた。
この液相のバイオエタノールからエタノールを単離する問題は、上記した酸加水分解法や酵素糖化法にも共通の問題点となっている。
【0013】
また、Phlebia属に属する担子菌と、利用出来る木質の組み合わせの点である。同公報には炭素源として利用可能な糖類としては、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース等の六炭糖、キシロース、アラビノース等の五炭糖等の単糖類、セロビオース等の二糖類が挙げられており、植物バイオマス資材は特に限定されていない。しかし、担子菌はいわゆるキノコであるところ、キノコは種類によって生える場所、寄生する木材の種類が限られることが広く知られている。キノコの栽培は、相性の合う木の原木を利用する原木栽培や、その原木を粉砕した木粉にフスマやコメヌカなどの栄養源を混合した菌床を利用する菌床栽培で行われていることから、いわゆる樹木、その粉砕物である菌床との相性は良いと考えられる。
キノコは相性の良い樹木に寄生して発生するが、一般には、竹林、スギ林、ヒノキ林にはごく一部のキノコしか育たないとされている。近年、経済林への竹の侵入が問題となっているが、竹は担子菌との相性は良くないとされている。
このように、Phlebia属に属する担子菌を用いる植物バイオマスを原料とするバイオエタノール生産方法は、利用出来る植物バイオマスの種類が限定されるおそれがある。
【0014】
そこで、本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、従来の酸加水分解法や酵素糖化法では必須の手順である物理的・化学的処理を伴わない形で、原料となる植物バイオマスから直接エタノールや酢酸エチルなどのバイオガスを得ることを目的とする。
また、本発明は、植物バイオマスからバイオガスを発生させて固相から気相にて回収することを目的とし、従来の酸加水分解法や酵素糖化法や担子菌を用いる方法などのように液相での回収とはせず、液相からのエタノールや酢酸エチルの回収コストを不要とする。
また、本発明は、利用出来る植物バイオマスの種類が多様であり、一般樹木、稲藁、さらには竹も原料として利用可能な植物バイオマスとし、バイオガスを生産することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0015】
上記目的を達成するため、本発明のバイオガスの製造方法および装置は、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を炭素源とともに培養することによりバイオガスを生成するバイオガス生成工程を含む、バイオガスの製造方法である。そのバイオガス生成工程としては、前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌を炭素源とともに嫌気的条件において培養して前記バイオガスを生成する工程を含むものであり、嫌気的条件とすることにより炭素源に混入していた乳酸菌の活性化を阻害するようコントロールするものである。
【0016】
本発明者は、Wickerhamomyces属の不完全菌が、リグニン分解能及び多糖類の糖化能を備えるだけでなく、糖からエタノールを生成する能力を備えること、さらに、エタノールを経て酢酸エチルを生成する能力を備えることを発見した。一般にこのWickerhamomyces属の不完全菌は、加工食品を腐敗させることで知られており、如何に生育を抑制するかという制御方法について各種検討、報告がなされていた。しかし本発明者はこの細菌を有効利用し、各種のバイオマスを用いて有用なバイオガスを固体発酵、生成させ、容易に回収する技術を初めて開発、構築したものである。
【0017】
例えば、Wickerhamomyces属に属する不完全菌としてはPichiaなどがある。
Wickerhamomyces属に属する不完全菌は、糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環の異なった生活環を遷移するものである。本発明はこのWickerhamomyces属に属する不完全菌の性質に着目した。つまり、バイオガス生成工程は、炭素源がセルロースリッチかつグルコース欠乏で、嫌気的環境下におくことでWickerhamomyces属に属する不完全菌の糸状菌担子菌様生活環を活性化させてグルコースの生成を促す反応と、その後、炭素源がグルコースリッチで、嫌気条件下におくことでWickerhamomyces属に属する不完全菌の酵母様生活環を活性化させてアルコール類とエステル類の生成を促す反応を含むものとした。
【0018】
さらに、本発明者は、ここで、上記バイオガス発生工程において重要な技術となる「固相発酵技術」を開発した。固相発酵とは、炭素源を粉体または破砕体の固相とし、バイオガス発生工程が固相状態の炭素源から気相状態にてバイオガスが発生させるものであり、液相を介することなく炭素源から直接、バイオガスを発生させる発酵である。
Wickerhamomyces属に属する不完全菌を用いた「固相発酵条件」とは、炭素源を粉体または破砕体の固相状態とすること、嫌気条件を保つこと、乳酸菌を除去またはその活性化を阻害することを条件とするものである。
前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌を用いた固相発酵技術を実現できたことにより、様々な技術的効果が得られる。
【0019】
固相発酵技術の第1の技術的効果は、発酵サイクルの阻害要因となり得る、生成過程で生じるアルコール成分による発酵サイクルへ与える悪影響の排除である。生成過程で生じるアルコール成分は、殺菌力が高い。液相発酵の場合は高い親水性により液中にアルコール成分が溶け出して系内に存在するため、アルコール濃度が菌の増殖限界を超えてしまうと菌の繁殖を抑制してしまうことがあり得る。しかし、本発明では固体発酵技術を完成したので、有害なアルコール類は液相に移行せずに、固相の炭素源から直接揮発して気相として系外に排出されるため、菌の発酵阻害要因にはならない。
【0020】
固相発酵技術の第2の技術的効果は、アルコール成分、エステル成分の回収コストの低減である。もし、液相発酵の場合は生成可能なアルコール濃度も15%程度が上限であり、工業的に利用するためには蒸留等の濃縮工程が必須となってしまう。しかし、本発明の固体発酵技術を用いれば、発酵生成物はガス状に生成されるため、冷却トラップ等の凝集装置によって簡単に直接濃縮液化することができる。また冷却温度をコントロールすることで、バイオガスはアルコール成分とエステル成分などが混気状態で生産されても、冷却トラップ等の凝集装置の温度設定により簡単に目的とする成分ごとに選択濃縮できる利点もある。
【0021】
Wickerhamomyces属に属する不完全菌は、自然界に存在する菌であるが、本発明のように炭素源からアルコール類およびエステル類を固相発酵することは報告されていない。それは、自然界の状態では、Wickerhamomyces属に属する不完全菌は基本的に生育速度が遅い一方、普遍的な常在菌である乳酸菌などの増殖には追いつけず、乳酸菌類等普遍的に存在する菌類と、共棲させた場合どうしても増殖速度で劣勢となり、乳酸などの発酵生産物によってWickerhamomyces属に属する不完全菌は生育阻害を受けてしまい、Wickerhamomyces属に属する不完全菌が十分に活性化され、糸状菌担子菌様生活環と酵母様生活環との間を遷移しながら、グルコースの生成反応と、アルコール類・エステル類の生成反応を十分に発揮できる環境が自然に揃うことはなかったためと考えられる。本発明者は、人為的に、Wickerhamomyces属に属する不完全菌の増殖環境として、発酵環境を初期から嫌気的に保つこと、乳酸など抗菌スペクトルの広い代謝産物が培地に含まれないようにすること、糸状菌、担子菌、酵母等の他の菌類を共棲させないことなどの条件を整えることにより、グルコースの生成反応と、アルコール類・エステル類の生成反応を固相にて十分に発揮させることに成功した。
【0022】
本発明のバイオガス製造装置における炭素源は、木材、稲藁、竹などを含む広く植物バイオマス資材を利用することができる。なお、後述するように、本発明者は本発明のバイオガス製造方法を用いることにより、一般には植物バイオマス資材のうちでも発酵利用が難しいと考えられる竹粉を炭素源として固相でのバイオガス生成に成功している。
【0023】
次に、本発明のバイオガス製造装置において生成されるバイオガスは、アルコール類およびそのエステル類、揮発性有機酸類およびそのエステル類のいずれかまたはその任意の組み合わせが含まれ得る。アルコール類としては、メチルアルコール、エチルアルコールなどが含まれる。なお、可能性としては、ブチルアルコール、アミルアルコールなどの他のアルコール類、揮発性有機酸類としては、カプロン酸、カプリル酸、カプリン酸などが生成できると考えられる。エステル類としては上記したアルコール類のエステル類や揮発性有機酸のエステル類が含まれ得る。
例えば、エタノールはバイオエタノール燃料として既に注目されており、また、酢酸エチルガスも工業用の各種原料としての需要が大きいものである。
【0024】
次に、本発明者は、本発明のバイオガス製造方法を実現させる素材として、Wickerhamomyces属に属する不完全菌と、当該Wickerhamomyces属に属する不完全菌を担持する担体とを含む、炭素源からバイオガスを生成するための種菌を製作することにも成功した。
【0025】
なお、本発明にかかるバイオガス製造方法は、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を炭素源とともに培養することによりバイオガスを生成するバイオガス生成工程を含む、バイオガスの製造方法である。ここで、バイオガス生成工程が、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を炭素源とともに嫌気的条件において培養してバイオガスを生成する工程を含むものである。また、バイオガス生成工程が、炭素源とともに嫌気的条件において培養することにより炭素源に混入していた乳酸菌の活性化を阻害するよう制御することを含むことが好ましい。また、Wickerhamomyces属に属する不完全菌が、糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環の異なった生活環を遷移するものであり、バイオガス生成工程が、炭素源がセルロースリッチかつグルコース欠乏で、嫌気条件下におくことで前記Wickerhamomyces属に属する不完全菌の糸状菌担子菌様生活環を活性化させてグルコースの生成を促す反応と、その後、炭素源がグルコースリッチで、嫌気条件下におくことでWickerhamomyces属に属する不完全菌の酵母様生活環を活性化させてアルコール類とエステル類の生成を促す反応を含むものであることが好ましい。
【0026】
さらに、本発明のバイオガス生成装置は、上記したWickerhamomyces属に属する不完全菌の固相発酵条件を保持するよう制御できる装置であることが好ましい。炭素源を粉体または破砕体の固相の炭素源とし、固相発酵条件を保持せしめて、Wickerhamomyces属に属する不完全菌の糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環により液相を介することなく炭素源から直接、気相状態のバイオガスを発生させることにより、バイオガス発生工程を、液相状態を介することなく固相状態の炭素源から気相状態のバイオガスを発生させる工程となる。
【発明の効果】
【0027】
本発明にかかるバイオガス製造方法によれば、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を有効利用し、各種のバイオマスを用いて有用なバイオガスを固体発酵、生成させ、容易に回収することができる。
固相発酵であるので、炭素源を粉体または破砕体の固相とし、バイオガス発生工程が固相状態の炭素源から気相状態にてバイオガスを発生させるものであり、液相を介することなく炭素源から直接、バイオガスを発生させることが可能となる。固相発酵であるので、バイオガス生成過程で生じるアルコール成分による発酵サイクルへ与える悪影響を排除でき、また、バイオガスがアルコール成分とエステル成分などが混気状態で生産されても冷却トラップ等の凝集装置の温度設定により簡単に目的とする成分ごとに選択濃縮できる。
【図面の簡単な説明】
【0028】
図1】本発明のバイオガス製造装置および製造方法で用いるWickerhamomyces属に属する不完全菌に関する生活環を説明する図である。
図2】バイオガス生成実験で用いた器具構成の概略と、実際の器具の重要部分の様子を写真で示した図である。
図3】本発明にかかるバイオガス製造装置100の構成を簡単に示した図である。
図4】バイオガスのGC−MSの測定結果を示す図である。
図5】実験終了直後のバイオガス生成部110を模擬した固相発酵用フラスコの底面近くの様子を写したものである。
図6】バイオガスの種類の時系列変化を示す図である。
図7】固相発酵条件の検証実験の結果を示す図である。
図8】従来技術において、木質系セルロースを原料としてアルコールを得る酸加水分解法および酵素糖化法を説明する図である。
【発明を実施するための最良の形態】
【0029】
以下、図面を参照しつつ、本発明のバイオガス製造方法、および、バイオガスを生成するための種菌の実施例について説明する。
なお、以下の実施例は一例であり、本発明の内容は実施例の具体的内容には限定されない。
【実施例1】
【0030】
[実証実験に用いた菌]
本発明は、Wickerhamomyces属に属する不完全菌の活性を制御し、糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環の異なった生活環の遷移を制御し、炭素源を原料として固相発酵を可能とし、アルコール類やエステル類を含むバイオガスを生成させるものである。
本発明に用いるWickerhamomyces属に属する不完全菌は、糸状菌担子菌様生活環と酵母様生活環の異なった生活環を遷移することにより、以下の固相発酵サイクルが可能である。
【0031】
図1は、本発明のバイオガス製造装置および方法で用いるWickerhamomyces属に属する不完全菌に関する生活環を説明するものである。
図1に示すように、炭素源の発酵・分解進度において、糸状菌様、担子菌様生活環はセルロースリッチな状態で発現しやすく、セルロース→グルコース→アルコール類への進度を進め、酵母様生活環はグルコースリッチな状態で発現しやすくグルコース→アルコール類→エステル類への進度を進めてゆく。このように、炭素源の発酵・分解進度が進むとWickerhamomyces属に属する不完全菌は、糸状菌様、担子菌様生活環から酵母様生活環に遷移してゆく。
【0032】
次に、実証実験に用いるWickerhamomyces属に属する不完全菌を同定して確認した。
菌の分析は、微生物同定試験を受託している株式会社テクノスルガ・ラボに実証実験に用いる菌を持ち込んで微生物同定試験を依頼した。具体的な同定方法は、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(Denaturing gradient gel electrophoresis:DGGE)法を用いて微生物群集構造解析を行った。DGGE法は、同じ長さの二本鎖DNA断片を塩基配列の違いに基づいて分離する電気泳動法である。切り出したバンドからDNAを抽出し、これを鋳型としてPCR増幅した産物を用いて再度DGGEを行うことによりバンドの純度確認を行いつつDNA型の解析をした。DGGE解析によって得られた7バンドの28SrDNA部分塩基配列および1バンドの16SrDNA部分塩基配列を決定し、それら結果により簡易系統解析を行い、各バンドに由来する細菌群の帰属分類群を決定した。
【0033】
サイクルシーケンス:Big Dye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit
(Applied Biosystems, CA, USA)
使用プライマー:DGGE band sequencing kit for analysis of the bacterial v3 region
(DS-0001)(TechnoSuruga Laboratory Co., Ltd, Shizuoka)
Lac1, Lac3, Lac2 (Lactobacillales 目増幅用) Lac1, Lac 3は等量混合使用
シーケンス:ABI 3130xl Genetic Analyzer System (Applied Biosystems, CA, USA)
配列決定 :ChromasPro 1.4 (Technelysium Pty Ltd., Tewantin, AUS)
相同性検索及び簡易分子系統解析:ソフトウェアアポロン3.0(テクノスルガ・ラボ、静岡)
データベース:国際塩基配列データベース(GenBank/DDBJ/EMBL)
アポロンDB−BA10.0(テクノスルガ・ラボ静岡)
アポロンDB−FU(D1/D2)8.0(テクノスルガ・ラボ静岡)
以下、本発明のバイオガス製造方法で用いるWickerhamomyces属に属する不完全菌として、実証実験に用いた菌に関する同定結果を示す。
試験サンプルは、試験区分1と試験区分2の2つを用意してダブルチェックした。
【0034】
[試験区分1のサンプルの分析]
試験1 塩基配列と上位15株との相同率
アポロンDB−FU(D1/D2)8.0検索結果
【表1】
【0035】
試験2 塩基配列と上位20株との相同率
GenBank/DDBJ/EMBL国際塩基配列データベース検索結果
【表2】
【0036】
[試験区分2のサンプルの分析]
試験1 塩基配列と上位15株との相同率
アポロンDB−FU(D1/D2)8.0検索結果
【表3】
【0037】
試験2 塩基配列と上位20株との相同率
GenBank/DDBJ/EMBL国際塩基配列データベース検索結果
【表4】
【0038】
[表1]及び[表3]のアポロンDB−FU(D1/D2)に対する相同性検索の結果、バンド由来の28SrDNA塩基配列は、Wickerhamomyces arborariusに由来する28rDNAに対して最も高い相同性が示された。
また、[表2]及び[表4]のGenBank/DDBJ/EMBL国際塩基配列データベース検索の結果において、Wickerhamomyces anomalusなどの28SrDNAに対して高い相同性が示された。
それらを総合して判断すると、バンド由来の塩基配列はWickerhamomyces属の28SrDNAのクラスターに含まれると結論付けられた。
その結果、実証実験に用いられた菌は、Wickerhamomyces属に属する不完全菌であると結論付けられた。
【0039】
なお、本発明に用いるWickerhamomyces属に属する不完全菌は、Wickerhamomyces属に属し、固相発酵条件にて炭素源とともに培養した場合に、糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環の異なった生活環を遷移し、炭素源を原料として固相発酵によりアルコール類やそのエステル類、揮発性有機酸類やそのエステル類を含むバイオガスを生成させるものであれば特に限定されない。
本発明者は、この同定された当該Wickerhamomyces属に属する不完全菌の株と同じ株の菌を用いて実証実験に使用した。
【0040】
[実証実験に用いた炭素源]
本発明で利用するWickerhamomyces属に属する不完全菌は、糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環の異なった生活環を遷移することができるため、特に、炭素源は限定されない。
例えば、植物バイオマス資材は、樹木系バイオマス資材であってもよいし、草系バイオマス資材であってもよい。樹木系バイオマス資材としては針葉樹、広葉樹、裸子植物等の樹木に由来する木材(建築廃材、間伐材等を含む)、またはそれらの樹皮、おがくず、葉、きのこ廃菌床等が挙げられる。草系バイオマス資材としては稲、麦、トウモロコシ、サトウキビ、竹、ススキ等に由来する資材、例えば農産物の収穫や加工処理の際に生じる残渣等が挙げられる。
【0041】
広葉樹木材、稲藁、竹等の植物バイオマス資材は、キシロース等の五炭糖と、グルコース等の六単糖とを構成単位とするヘミセルロースと、グルコースを構成単位とするセルロースを多く含んでいる。つまり、本発明のバイオガス製造方法の炭素源としては、セルロース、ヘミセルロースを利用できるが、もちろん、もっと分解の進んだ糖類、つまり、デンプン、グルコース、マンノース、ガラクトース、フルクトース等の六炭糖、キシロース、アラビノース等の五炭糖等の単糖類、セロビオース等の二糖類なども炭素源として利用可能である。
本発明では固相のまま直接炭素源を材料とし、気相のバイオガスを発生するものであるので、従来のセルロース系の炭素源の利用に必要とされていた物理的処理や化学的処理は不要である。
以下の実証実験では、比較的バイオマス利用が難しいとされている竹粉を用いて行った。
【0042】
[実証実験における固相発酵工程、発酵条件]
本発明のバイオガス製造装置および製造方法の実証は、以下の固相発酵工程、固相発酵条件で行った。
・固相発酵工程:竹粉を固相のままとし、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を播種
・発酵条件:常温、嫌気的条件に維持
なお、本来の固相発酵条件としては、炭素源を粉体または破砕体の固相状態とすることおよび嫌気的条件とすることに加え、炭素源に既に混入している自然界の乳酸菌の活性化を阻害することが条件として入るが、後述するように、十分に嫌気性が保たれていれば、乳酸菌は好気性菌であるので活性化が阻害されるよう配慮して実験を行えば、上記発酵条件にて固相発酵条件が満たされる。
【0043】
発酵材料は竹を粒状体または粉体の固相体とした。なお、本発明のバイオガス製造方法では発酵材料は炭素源のみで良いが、必要に応じて窒素源、無機塩類等の必要な成分とともに含有させることも除外されない。
【0044】
菌の播種は、固相状態の適当な培地にWickerhamomyces属に属する不完全菌を播種して培養する。ここで、乳酸菌や、他の糸状菌、担子菌、酵母菌などの菌が混入しないようにする。
【0045】
菌の培養温度は、25℃〜35℃の常温が好ましく、培養時間は24時間〜2000時間程度とすることができる。なお、実施した実証実験では培養温度30℃、培養時間1440時間(60日)とした。
【0046】
菌の培養は、嫌気的培養とする。嫌気的培養とは具体的には、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を播種した培地を、外気と実質的に通気させることなく培養することを指す。本発明において嫌気的条件とは、実質的に遊離酵素が存在しない培養条件を指し、例えば、Wickerhamomyces属に属する不完全菌と培地とを容器内に収容し、容器内の雰囲気を窒素ガス等で置換するなどして実質的に酵素を含まない状態とし、容器内と外気とが実質的に通気しない状態で培養する培養条件が挙げられる。
【0047】
後述する考察で述べるように、本発明のバイオガス製造方法では、嫌気的条件において培養することにより炭素源に混入している自然界の乳酸菌の活性化を阻害するよう制御する。乳酸菌は好気性細菌であり、好気的条件ではWickerhamomyces属に属する不完全菌より繁殖力が優位であり、Wickerhamomyces属に属する不完全菌の繁殖を抑制してしまう。そこで、本発明では嫌気的条件に維持することにより乳酸菌の繁殖を抑え、Wickerhamomyces属に属する不完全菌の繁殖を優位に維持できるようコントロールするものである。
このことを確認する意図も込めて、比較実験として、好気的条件にて培養した結果も示す。ここで、好気的条件とは、具体的には、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を播種した培地を、外気と実質的に通気させる状態で培養することを指す。
【0048】
培養試験及びバイオガス生成実験は、公設の試験研究機関である兵庫県立工業技術センターに委託されて行われた。
図2は、バイオガス生成実験で用いた器具構成の概略と、実際の器具の重要部分の様子を写真で示した図である。図2に示すように、器具構成としては、固相発酵用フラスコ、気体排出用のガラス管、クールトラップ器具、窒素回収用のガラス管、窒素ボンベという器具構成を組み上げた。
固相発酵用フラスコは、炭素源となる発酵竹粉を封入し、70℃で1週間窒素乾留し、Wickerhamomyces属に属する不完全菌を播種したものである。
クールトラップ器具は、ガストラップ瓶にガラス玉を入れて配管したものを、予め−20℃で予冷しておく。
窒素ボンベからは毎分2mlにて窒素ガスを供給する。
【0049】
なお、上記の実験構成が、本発明のバイオガス製造装置の基本的構造を模擬できている。
図3は、本発明にかかるバイオガス製造装置100の構成を簡単に示したものである。バイオガスの製造装置100は、バイオガス生成部110、ガス排出路120、バイオガス回収部130、窒素回収路140、窒素供給部150、窒素供給路160を備えたものとなっている。
バイオガス生成部110が、実験の器具構成では固相発酵用フラスコとなっている。ガス排出路120が、実験の器具構成では気体排出用のガラス管になっている。また、バイオガス回収部130が、実験の器具構成ではクールトラップ器具になっている。窒素回収路140が窒素回収用のガラス管、窒素供給部150が窒素ボンベとなっている。このように図2の実験の器具構成は、図3に示した本発明にかかるバイオガス製造装置100を模擬したものとなっている。
【0050】
[実証実験における固相発酵の結果]
図2に示す実験の器具構成により、所定の60日間連続して発酵実験を行った。
図4に、実証実験におけるバイオガスの回収結果を示す。
図4は、培養を始めて3日目あたりで放出されているバイオガスのGC−MSの測定結果である。
ガスの種類の特定は、GC−MS(Gas Chromatography Mass Spectrometry:ガスクロマトグラフィー質量分析法)により行った。
【0051】
GC−MSの測定結果を分析した。
図4の中で、明瞭に検出されている2.53分のピークはメタノール、2.92分のピークはエタノールである。これらは、バイオガス生成部110を模擬した固相発酵用フラスコ内で発生したバイオガスと考えられる。なお、その他のものはバイオガスではないとみられる。例えば、2分付近の大きなピークと8.5分のピークは、トラップ液の溶媒に使用したアセトン由来ピークと考えられる。18.04分の2つのピークはプラスチックの可塑剤のピークでコンタミネーションした物質由来と推測される。その他の小さなピークの多くは再現性の無いノイズと考えられる。
【0052】
この実験結果から、本発明のバイオガス生成装置を模擬した実験装置で実行した用いた本発明のバイオガス製造方法により、Wickerhamomyces属に属する不完全菌により、嫌気状態等の固相発酵条件下で竹粉の炭素源からバイオガスを得られることが実証できた。
【0053】
ここで、本発明のバイオガス製造方法が固相発酵を可能とした点を確認した。図5は、実験終了直後のバイオガス生成部110を模擬した固相発酵用フラスコの底面近くの様子を写したものである。図5に示すように、固相発酵用フラスコ内は固相のままで液溜まりが見られなかった。固相発酵用フラスコ内部の竹粉を直接確認しても液体で濡れたような状態は確認できなかった。クールトラップで捕捉されたメタノールやエタノールは気相状態でバイオガス回収装置130を模擬したクールトラップ器具に到達しているので、固相発酵から液相を介することなく気相のバイオガスを発生するサイクルで固相発酵が進んだことが分かる。
【0054】
次に、培養日数を通じて観察した発生するバイオガスの種類の時系列変化について調べた。
図6は、培養日数を通じて観察した発生するバイオガスの種類の時系列変化を示す図である。培養日数を横軸にとり、縦軸にバイオガス生成濃度(mg/l)を取ったものである。
図6に示すように、培養日数が浅いうちは、メタノールやエタノールのアルコール類の発生が盛んに見られ、アルコール濃度が高くなっているが、培養日数が経過してゆくにつれ、エステル濃度が上がって来たことが分かる。つまり、培養によって先にアルコール濃度が向上してゆき、遅れるようにエステル濃度が次第に向上していることが読み取れる。つまり最初にエタノール発酵が進み、その後に続いてエステル発酵が起こっていることが分かる。
なお、気中に放出されたバイオガス成分をGC−MSで調べたところ、気中に放出されたアルコール類の主成分はエタノールであり、エステル類は酢酸エチルであることが分かった。
【0055】
[結果および考察]
上記の実証実験の結果を考察する。
バイオガス発生工程は、固相状態の炭素源から気相状態にてバイオガスが発生し、液相を介することなく炭素源から直接、バイオガスを発生させる固相発酵であることが確認できたことから、本発明のバイオガス製造方法は、Wickerhamomyces属に属する不完全菌は繁殖する過程における固相発酵サイクルでアルコール類や揮発性有機酸やそれらのエステル類が製造されたものと考えられる。
【0056】
Wickerhamomyces属に属する不完全菌を利用する固相発酵サイクルは、糸状菌担子菌様生活環と、酵母様生活環の異なった生活環の間を遷移させることで実行される。
第1の反応が、固相発酵サイクルの当初に起こる反応であり、炭素源が竹粉などセルロースリッチかつグルコース欠乏の状態であり、嫌気条件下におくことでWickerhamomyces属に属する不完全菌の『糸状菌担子菌様生活環』を活性化させてグルコースの生成が促がされる。
このグルコースの生成にあたり、まず『糸状菌担子菌様生活環』にあるWickerhamomyces属に属する不完全菌は、セルロースからリグニンを分解する脱リグニン反応が起こると考えられる。このことは、実証実験において、リグニンの減少を測定することにより検証できる。
次に、脱リグニン反応に続いて、『糸状菌担子菌様生活環』にあるWickerhamomyces属に属する不完全菌は、セルロースをグルコースに分解するグルコース分解反応を起こすものと考えられる。
【0057】
第2の反応は、第1の反応でグルコース分解反応が進み、周辺環境におけるグルコース濃度が高くなってくると、Wickerhamomyces属に属する不完全菌は次第に生活環を『糸状菌担子菌様生活環』から『酵母様生活環』に遷移させる。つまり、炭素源がグルコースリッチの条件下におくことでWickerhamomyces属に属する不完全菌の『酵母様生活環』が活性化されて、グルコースをアルコール類(エタノール)への分解、さらにエステル類(酢酸エチル)の生成が促進される。
【0058】
以上の第1の反応および第2の反応とも、固相で行われ、一度も液相を介することがない。放出されるアルコール類、エステル類は気相として放出されるため、固相状態の炭素源から気相状態のバイオガスが生成されることが検証できた。
【0059】
[固相発酵条件の検証]
次に、固相発酵条件について検証してみた。
固相発酵条件は、前掲したとおり、炭素源を粉体または破砕体の固相状態とすること、嫌気条件を保つこと、乳酸菌を除去またはその活性化を阻害することを条件とするものである。
ここで、嫌気性に関しては、窒素を充満させた嫌気的条件の試験区分と、空気を通気する嫌気的条件の試験区分を用意して両者の発酵結果を比較することにより嫌気的条件を評価できる。次に、乳酸菌の除去または活性阻害に関しては、試験区分に播種する菌をWickerhamomyces属に属する不完全菌のみとした試験区分と、Wickerhamomyces属に属する不完全菌と乳酸菌の両方を播種した試験区分を用意し、両者の発酵結果を比較することにより、乳酸菌の除去または活性阻害という条件を評価できる。
【0060】
(用意した試験区分)
以下の4つの試験区分を用意した。
試験区分1 嫌気条件 播種菌 Wickerhamomyces属に属する不完全菌のみ
試験区分2 好気条件 播種菌 Wickerhamomyces属に属する不完全菌のみ
試験区分3 嫌気条件 播種菌 Wickerhamomyces属に属する不完全菌+乳酸菌
試験区分4 好気条件 播種菌 Wickerhamomyces属に属する不完全菌+乳酸菌
【0061】
(実験器具構成)
実験器具構成は、図2に示した実験構成と同様の実験器具構成として実験を行った。
なお、嫌気条件は、図2に示した実験器具構成で窒素ガスのみを供給する構成とし、好気条件は、図2に示した実験器具構成で空気ボンベから空気を供給する構成とした。
実験は同じく、公設の試験研究機関である兵庫県立工業技術センターに委託されて行われた。
【0062】
(実験結果)
図7は、固相発酵条件の検証実験の結果を示す図である。縦軸は、クールトラップにて捕捉されたメタノールやエタノールなどのアルコール類の生成量である。クールトラップ装置に流入した5mlあたりの補足量を測定した。つまりアルコール発生が活発であるほどバイオガス中に含有されるアルコール量が多くなるため、5mlあたりの多寡をもって評価した。横軸は培養時間(日数)である。
【0063】
図7に示すように、試験区分1のものがもっとも高く、試験区分2と試験区分3が続いた。試験区分4ではエタノール生成が見られなかった。
試験区分1は、上記した本発明のバイオガス製造方法における固相発酵条件を満たすものであるため、この試験区分1のバイオガス生成量がもっとも高いことが確認できた。
【0064】
次に、試験区分1と試験区分2の比較により、供給ガスの違いによりバイオガス生成量に差異が見られることが分かる。試験区分1は嫌気条件、試験区分2は好気条件の違いしかないので、Wickerhamomyces属に属する不完全菌は嫌気条件でバイオガス生成能力が高く、好気条件となるとバイオガス生成能力が下がってしまうことが検証できた。
【0065】
次に、試験区分1と試験区分3の比較により、播種されている菌の違いにバイオガス生成量に差異が見られることが分かる。試験区分1はWickerhamomyces属に属する不完全菌のみ、試験区分3は、Wickerhamomyces属に属する不完全菌と乳酸菌を播種したものである。乳酸菌は好気条件で活性が高まることが知られているので、試験区分3の嫌気条件では乳酸菌の活性が抑えられている状態であるものの、Wickerhamomyces属に属する不完全菌のバイオガス発酵を阻害していることが分かる。
【0066】
さらに、試験区分1、試験区分3、試験区分4を比較してみると、試験区分4は、乳酸菌が播種された上に好気条件が揃ってしまい、乳酸菌の活性が高くなっている試験区分である。この試験区分4のバイオガス生成量はほぼゼロであり、バイオガス発酵が行われなかったことが分かる。乳酸菌とともに好気的条件で培養した試験区分4ではWickerhamomyces属に属する不完全菌が繁殖しておらず、乳酸菌の繁殖が検出された。つまり、好気的条件となると、Wickerhamomyces属に属する不完全菌よりも乳酸菌の活性が勝り、乳酸菌が優位的に繁殖してしまい、Wickerhamomyces属に属する不完全菌の繁殖を抑制してしまうものと考えらえる。
【0067】
Wickerhamomyces属に属する不完全菌は、自然界に存在する菌であるが、本発明のように炭素源からアルコール類およびエステル類を固相発酵することは特段報告されていない。それは、自然界の状態では、Wickerhamomyces属に属する不完全菌は基本的に生育速度が遅い一方、普遍的な常在菌である乳酸菌など増殖には追いつけず、普遍的に存在する乳酸菌類等の菌類と共棲させた場合どうしても増殖速度で劣勢となり、乳酸などの発酵生産物によってWickerhamomyces属に属する不完全菌は生育阻害を受けてしまう結果と言える。
そこで、本発明では乳酸菌の繁殖を抑えるため嫌気的状態に保つことにより人為的にWickerhamomyces属に属する不完全菌が優位に立つようコントロールする。この乳酸菌の活性をコントロールすることにより、自然界では乳酸菌よりも劣位のWickerhamomyces属に属する不完全菌を十分に活性化し、糸状菌担子菌様生活環と酵母様生活環との間を遷移させながら、グルコースの生成反応と、アルコール類・エステル類の生成反応を十分に発揮させるものである。
【0068】
つまり、人為的に、Wickerhamomyces属に属する不完全菌の増殖環境として、発酵環境を初期から嫌気的に保つこと、乳酸など抗菌スペクトルの広い代謝産物が培地に含まれないようにすることにより、グルコースの生成反応と、アルコール類・エステル類の生成反応を固相にて十分に発揮させるものである。乳酸菌に限らず、糸状菌、担子菌、酵母等他の菌類を共棲させないことが好ましい。
【0069】
工業的生産過程では、本発明のバイオガス製造方法に適したWickerhamomyces属に属する不完全菌を良好な状態で担体に担持させた種菌として提供すれば、バイオマス処理工場においてバイオガス製造を工業的に実施しやすくなる。この気相にて発生したバイオガスを冷却装置の凝集などにより液体として回収することが可能である。
【0070】
以上、本発明のバイオガス製造方法、バイオガス製造装置に用いる種菌について好ましい実施例を図示して説明してきたが、本発明の技術的範囲を逸脱することなく種々の変更が可能であることは理解されるであろう。
【産業上の利用可能性】
【0071】
本発明のバイオガス製造方法は、植物バイオマス資源、たとえば、樹木、草木、竹、稲藁などのセルロース系やリグノセルロース系バイオマス資源を利用したバイオマス処理を伴う技術分野に広く適用することができる。
図1
図3
図4
図6
図7
図8
図2
図5