【文献】
Yong Mei Zhao et al., Proteome differences associated with fat accumulation in bovine subcutaneous adipose tissues, Proteome Science, 2010年 3月18日,vol.8, P14
【文献】
池上春香 他,「ウシの枝肉形質を規定するバイオマーカーの探索−質量分析を用いたタンパク質アイソフォームの解析−」,質量分析総合討論会講演要旨集,2008年 5月 1日,Vol.56th,P178−179
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
現在、肉用牛、特に日本固有の肉用専門種である黒毛和種牛の育種改良は、これまで蓄積された表現型情報と血統情報に基づく統計遺伝学的解析を基盤として牛の遺伝的能力を推定する統計遺伝学的育種改良方法に基づいて行われている。そして、この育種改良方法の確立は、黒毛和種の遺伝的能力の向上に多大な貢献をしている。
【0003】
ただ、この統計遺伝学的育種改良方法は、肉用牛集団で有する優良遺伝子型が後代の集団に受け継がれる確率を推定する方法であり、個々の肉用牛が有する脂肪交雑、枝肉重量、ロース芯面積、バラ厚などの経済形質に関する遺伝的情報を把握することはできなかった。
【0004】
また、経済形質は遺伝的要因だけではなく環境の影響を受けることも多いため、遺伝的要因に基づいて優良な個体を厳格に選抜するのは困難であった。さらに、統計遺伝学的方法に基づく育種改良方法は、牛の交配・肥育などのプロセスを必要とするため、育種には多大なコストと時間が掛かっていた。
【0005】
そこで、1980年代後半から、遺伝子を利用した育種方法、具体的には、肉用牛の経済形質などの量的形質に関与する遺伝子の数やそれらの連鎖地図上での位置を明らかにする量的形質遺伝子座(QTL)解析が行われている。この解析方法は、肉用牛の経済形質に関する責任遺伝子の同定に画期的な成果をもたらすものとして期待されており、牛DNAマーカーを利用した育種方法の開発を目指した研究が進められている(非特許文献1及び2を参照。)。
【0006】
ただ、これまでのところ、この方法はクローディン16欠損症など劣性遺伝病の原因遺伝子の同定には寄与しているものの、経済形質に関与する責任遺伝子を同定し、それを利用した肉用牛の育種改良法を確立するまでには至っていない。
【0007】
また、最近、経済形質の表現型には、責任遺伝子だけでなく、その遺伝子の発現を調節する遺伝子、DNAのメチル化などのエピジェネティック修飾も関与しているため、解析を行う際にはこれらについても考慮しなければならないと考えられている。さらに、QTL解析は、適当な交配親を選択するのが困難であり、家系育成というプロセスを必要とするため、育種には統計遺伝学的方法と同じように多大なコストと時間を必要とする。
【0008】
一方、現在の生命科学全体の研究では、ゲノム研究の次の段階の研究(ポストゲノム研究)、具体的には、トランスクリプトーム解析、プロテオーム解析、メタボローム解析などの解析手法を利用した研究に注目が集まっており、中でも、網羅的・系統的に蛋白質の機能やその関連性を分析するプロテオーム解析が注目され、研究開発が進められている。
【0009】
この理由として、遺伝子の最終産物である蛋白質は、直接生理学的機能を発揮する分子であり、その発現量や分子修飾によって変化した蛋白質が、細胞・組織・個体レベルで生理機能に直接に関与していることが挙げられている。また、別の理由として、プロテオーム解析では、交配・飼育や家系育成などの時間とコストの掛かるプロセスを必要としないことが挙げられている。
【0010】
プロテオーム解析は様々な分野で応用が広がっているが、特に、医学分野での研究が進んでいる。例えば、遺伝子の変異と病態との因果関係が少ない遺伝子疾患以外の疾患では、細胞内プロセスの蛋白質機能の変化が発症に直接の引き金となっていると考えられているため、プロテオーム解析により疾患で変化する蛋白質を捉えて、疾患の有無や病態を診断するためのバイオマーカーの同定と開発が活発に行われている(特許文献1〜4及び非特許文献3を参照。)。
【0011】
しかし、プロテオーム解析の畜産分野への応用は大変遅れており、肉用牛の経済形質に関与する蛋白質の同定や、これらの蛋白質を利用して有用な経済形質を有する牛の判別は現在に至るまでも行われていない。
【図面の簡単な説明】
【0023】
【
図1】枝肉重量と関連する蛋白質スポットを明示した牛の白色脂肪組織の二次元電気泳動写真である。
【
図2】ロース芯面積と関連する蛋白質スポットを明示した牛の白色脂肪組織の二次元電気泳動写真である。
【
図3】バラの厚さと関連する蛋白質スポットを明示した牛の白色脂肪組織の二次元電気泳動写真である。
【
図4】皮下脂肪の厚さと関連する蛋白質スポットを明示した牛の白色脂肪組織の二次元電気泳動写真である。
【
図5】歩留基準値と関連する蛋白質スポットを明示した牛の白色脂肪組織の二次元電気泳動写真である。
【
図6】BMSナンバーと関連する蛋白質スポットを明示した牛の白色脂肪組織の二次元電気泳動写真である。
【
図7】枝肉重量において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。
【
図8】枝肉重量において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【
図9】枝肉重量において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である(続き1)。
【
図10】枝肉重量において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である(続き2)。
【
図11】ロース芯面積において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。
【
図12】ロース芯面積において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【
図13】ロース芯面積において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である(続き1)。
【
図14】ロース芯面積において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である(続き2)。
【
図15】バラの厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。
【
図16】バラの厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【
図17】皮下脂肪の厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。
【
図18】皮下脂肪の厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である(続き1)。
【
図19】皮下脂肪の厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である(続き2)。
【
図20】皮下脂肪の厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である(続き3)。
【
図21】皮下脂肪の厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【
図22】皮下脂肪の厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である(続き1)。
【
図23】皮下脂肪の厚さにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である(続き2)。
【
図24】歩留基準値において上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。
【
図25】BMSナンバーにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。
【
図26】BMSナンバーにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である(続き1)。
【
図27】BMSナンバーにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である(続き2)。
【
図28】BMSナンバーにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である(続き3)。
【
図29】BMSナンバーにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【
図30】BMSナンバーにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質の散布図である(続き1)。
【
図31】BMSナンバーにおいて上位群に含まれる牛で、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である(続き2)。
【発明を実施するための形態】
【0024】
1.判別方法
この発明の牛の判別方法は、(1)牛から体組織を採取する採取工程と、(2)採取した体組織から全蛋白質を抽出する抽出工程と、(3)抽出した全蛋白質中に含まれる特定蛋白質の量を測定する測定工程と、(4)測定した特定蛋白質の量に基づいて牛の経済形質を判別する判別工程と、を含む方法である。そこで、各工程の詳細等について以下に説明する。
【0025】
(1)採取工程
採取工程は、体組織を採取する工程であり、採取する体組織としては、蛋白質を発現している体組織であればよく、具体的には、白色脂肪組織、筋肉組織、皮膚組織、血液などが挙げられる。中でも、採材時に検体への侵襲が少ない血清が好ましい。
【0026】
体組織の採取方法は、公知の方法であれば特に限定することなく使用できる。具体的には、注射による吸引、局所麻酔下での外科手術、脂肪吸引法が挙げられる。なお、脂肪吸引法とは、美容成形外科などで一般的に行なわれている方法であり、具体的には、超音波脂肪吸引、カニューレ等を用いたパワードリポサクション、シリンジ吸引等による方法が例示できる。
【0027】
(2)抽出工程
抽出工程は、体組織から全蛋白質を抽出する工程であり、後述する測定工程で使用できる量と質の全蛋白質を抽出できる公知の方法であれば特に限定することなく使用することができる。具体的には、体組織を適当なpHを有する緩衝液に入れ、ホモジナイザーによって組織、細胞を破砕し、遠心分離して上清を得る方法などが挙げられる。なお、必要に応じて、酵素処理や有機溶媒による処理を加えてもよい。
【0028】
(3)測定工程
測定工程は、抽出した全蛋白質中に含まれている特定蛋白質の量を電気泳動、抗原抗体反応等を使用して測定する工程である。測定工程の詳細については、以下に説明する。
【0029】
1)特定蛋白質
特定蛋白質とは、具体的には
、(a)配列番号1から70に記載のアミノ酸配列によって構成されている蛋白質、(b)(a)の蛋白質
と同じ機能を有し、(a)の蛋白質を構成するアミノ酸配列において1若しくは数個のアミノ酸配列が欠失、置換若しくは付加されたアミノ酸配列によって構成されている蛋白
質である。
【0031】
2)電気泳動による測定
電気泳動による測定は、蛋白質の電荷や等電点の違いを利用して蛋白質を分離したのち、特定蛋白質を測定する公知の方法であればよい。具体的には、下記の(a)一次元電気泳動による測定、及び(b)二次元電気泳動による測定が挙げられる。
【0032】
(a)一次元電気泳動による測定
一次元電気泳動による測定は、例えば、ウエスタンブロッティング法によって行う。より具体的には、次のようにして行う。まず、ネイディブゲルやSDSポリアクリルアミドゲルを利用する電気泳動によって蛋白質を分離し、分離した蛋白質をPVDF膜などに転写する。次に、特定蛋白質に対する抗体や当該抗体に対する抗体(二次抗体)を使用する抗原抗体反応により、PVDF膜を発色させる。最後に、発色後のPVDF膜の画像をスキャナーやCCDカメラによってコンピュータに取り込み、取込んだ画像のノイズの低減やバックグラウンドの補正をしたのち、特定蛋白質バンドを測定することにより、特定蛋白質の含有量を測定する。
【0033】
なお、前記抗体としては、モノクローナル抗体、ポリクローナル抗体、一本鎖抗体、ヒト化抗体、キメラ抗体、2つのエピトープを同時に認識することができる二機能性抗体等を例示することができる。なお、これら抗体は、ハイブリドーマ法などの慣用のプロトコールを使用して、ヒト以外の動物に、(1)の特定蛋白質やその断片を投与することにより産生することができる。
【0034】
また、前記抗体は、FITC(フルオレセインイソシアネート)又はテトラメチルローダミンイソシアネート等の蛍光物質や、
125I、
32P、
14C、
35S又は
3H等のラジオアイソトープや、アルカリホスファターゼ、ペルオキシダーゼ、β−ガラクトシダーゼ又はフィコエリトリン等の酵素で標識してもよく、前記抗体とグリーン蛍光蛋白質(GFP)等の蛍光発光蛋白質などと融合させてもよい。
【0035】
(b)二次元電気泳動による測定
二次元電気泳動による測定は、二次元電気泳動とその泳動像の分析によって行う。この発明で使用する二次元電気泳動法は、等電点と分子量という蛋白質の有する2つの物性を利用して分離する方法であれば、特に制限することなく公知の方法を利用することができる。具体的には、キャピラリーゲルやストリップゲルなどを使用して一次元目の等電点電気泳動を行い、泳動後のゲルをSDS-ポリアクリルアミドゲル(SDS-PAGE)あるいはアガロースゲルに載せ、等電点電気泳動の展開方向に対して直角の方向に電気泳動することにより行う方法が挙げられる。
【0036】
二次元電気泳動像の分析は、ゲルをクマシーブリリアントブルー(CBB)、SYPRO Ruby(登録商標)、銀染色法等の公知の方法により染色し、染色したゲルの画像をスキャナーやCCDカメラによってコンピュータに取り込み、取込んだ画像のノイズの低減やバックグラウンドの補正をしたのち、特定蛋白質スポットを測定することによって行う。
【0037】
3)抗原抗体反応による測定
抗原抗体反応による測定は、特定蛋白質と特異的に結合する抗体とを使用する公知の免疫学的測定方法であればよい。具体的には、ELISA法、RIA法、蛍光抗体法、免疫組織化学法等が挙げられる。なお、これらに使用する抗体は前記一次元電気泳動で使用したものと同一である。
【0038】
(4)判別工程
判別工程は、全蛋白中の特定蛋白質の含有量に基づいて牛の経済形質を判別する工程である。具体的には、特定蛋白質の含有量について予め閾値を計算しておき、この閾値に基づいて各個体を判別する。より具体的には、例えば、以下のようにして判別する。
【0039】
まず、予め複数の牛について、ある特定の経済形質、例えば枝肉重量を測定して、その平均値と標準偏差を求める。ここで、判別の精度を上げるためには、測定する牛の数は多ければ多いほどよい。
【0040】
つぎに、枝肉重量がその平均値+標準偏差の値よりも大きい牛からなる群(以下、上位群と省略する。)と、平均値−標準偏差の値よりも小さい牛からなる群(以下、下位群と省略する。)を選抜する。
【0041】
さらに、選抜した上位群と下位群に属する牛の特定蛋白質の含有量をそれぞれ測定し、群ごとの平均値(閾値)を求める。
【0042】
そして、被判別個体の特定蛋白質の含有量が、上位群の平均値(閾値)よりも大きい(又は小さい)場合には枝肉重量が大きく(又は小さく)なる可能性が高くなると判断し、下位群の平均値(閾値)よりも小さい(又は大きい)場合には枝肉重量が小さく(又は大きく)なると判断する。
【0043】
なお、上記の例では、平均値と標準偏差の値を使用して各群に含まれる牛を選抜したが、上位α%及び下位α%に含まれる牛を選抜するようにしてもよい。この場合、αの値を小さくすればするほど、判別の確度を高くすることができる。
【0044】
2.判別用キット
抗原抗体反応による特定蛋白質の測定に必要な抗体、二次抗体、発色剤、緩衝液等は、市販のものを別々に購入して使用してもよい。しかし、これらを組み合わせて予めキットとしておけば、各構成要素を別々に購入する手間を省き、抗原抗体反応による測定を容易に行うことができる。また、蛋白質の抽出に必要な緩衝液なども併せてキット化しておけば、牛個体の経済形質の判別をより容易に行うことができる。
【0045】
以下、この発明について実施例に基づいてより詳細に説明するが、以下の実施例によって、この発明の特許請求の範囲は如何なる意味においても制限されるものではない。
【実施例1】
【0046】
1.バイオマーカーとして利用可能な蛋白質の探索
血統・肉質が既に分かっている牛白色脂肪組織サンプル(去勢)から、全蛋白質(プロテオーム)を抽出して、各個体の肉質などの形質とプロテオームとを相関分析することによって、バイオマーカーとして利用可能な蛋白質を探索した。以下にその詳細を示す。なお、特に記載しない限り、以下の%は体積%を意味する。
【0047】
(1)蛋白質抽出
牛白色脂肪組織サンプルには、血統、枝肉重量、ロース芯面積、バラの厚さ等の経済形質が判明している飛騨牛個体から採取され、岐阜県畜産試験場から近畿大学生物理工学部に輸送され冷凍保存されている白色脂肪組織サンプル200検体を使用した。
【0048】
全蛋白質は次のようにして抽出した。まず、脂肪組織1gに抽出溶液(420mg/ml尿素, 140.3mg/ml チオ尿素,40mg/ml CHAPS,0.5% IPG緩衝液(IPG Buffer pH 3-11 NL,GEヘルスケア社製),0.05% Tributylphosphin(以下、TBPと省略する。),0.1mg/ml ブロモフェノールブルー(以下、BPBと省略する。))を含む溶液に、蛋白質分解酵素阻害剤(Complete Mini, Roche社製)を販売元説明書の表記に従って添加したもの。)1mlを加えてホモジナイズした。
【0049】
つぎに、ホモジナイズした懸濁液を遠心分離して沈殿を除去し、その上清を回収してサンプルとした。最後に、プロテインアッセイ(バイオラッド社製)と分光光度計(UV mini 1240,島津製作所社製)を使用して、Bradford-HCl変法(Electrophoresis 1985, 6, 559-563.を参照。)により全蛋白質濃度を測定した。測定の結果、脂肪組織1gから平均3.5mgの蛋白質を抽出したことが分かった。なお、測定では、標準蛋白質として牛γ−グロブリンを使用し、595nmの吸光度を測定した。
【0050】
(2)二次元電気泳動
1)一次元目(等電点電気泳動)
(1)で得たサンプルを膨潤液(420mg/ml尿素, 140.3mg/mlチオ尿素, 40mg/ml CHAPS,0.5% IPG緩衝液(IPG Buffer pH 3-11 NL(GEヘルスケア社製),0.05% TBP,0.1 mg/ml BPBを含む。)に蛋白質濃度が0.375mg/mlとなるように混和・希釈した。サンプルを含む膨潤液400μl(蛋白質150μg)を膨潤トレイ(GEヘルスケア社製)に注入し、その上側からドライストリップゲル(Immobiline DryStrip pH3-11 NL 18cm,GEヘルスケア社製)で覆った。
【0051】
ドライストリップの乾燥を防ぐため、ドライストリップの上にミネラルオイル(Immobiline DryStrip Cover Fluid,GEヘルスケア社製)を重層するとともに、膨潤トレイにカバーをして6時間以上静置し、ドライストリップを膨潤させた。ドライストリップをMultiphor II(GEヘルスケア社製)にセットして、15℃、26.8kVhで等電点電気泳動した。
【0052】
2)二次元目(SDS-PAGE)
等電点電気泳動が完了したドライストリップをSDS平衡化緩衝液(a)(6.057mg/ml Tris-HCl(pH8.8), 360.4mg/ml 尿素, 30%グリセロール, 20mg/ml SDS, 10mg/ml DTTを含む。)に15分間浸透し、SDS平衡化緩衝液(a)を捨てSDS平衡化緩衝液(b)(6.057mg/ml Tris-HCl(pH8.8), 360.4 mg/ml尿素, 30% グリセロール, 20mg/ml SDS, 25mg/ml ヨードアセトアミドを含む。)に15分間浸透して平衡化した。平衡化したドライストリップをSDS-PAGEゲル(ゲル濃度10%)の上部に置いた。
【0053】
スラブ電気泳動装置(Tetra-200,アナテック社製)にゲルをセットして、泳動バッファー(3 mg/mgトリス,14.4mg/ml グリシン, 1mg/ml SDS)を満たし、ゲル一枚につき30mAで約4時間、BPBバンドがゲル下端に見えるまで泳動した。
【0054】
3)染色
電気泳動が完了したゲルをプラスチック容器に移し、ゲルが充分に浸る量の固定液(10%メタノール、7%酢酸水溶液)を加え、室温で約30分間静かに振盪した。固定液を新しいものに交換し、さらに、室温で約30分間静かに振盪した。
【0055】
プラスチック容器から固定液を捨て、SYPRO Ruby染色液(登録商標、Molecular Probes社製)を加え、プラスチック容器全体を遮光するため、アルミホイルで覆った。プラスチック容器を、室温で約12時間静かに振盪した。
【0056】
プラスチック容器から染色液を除き、ゲルが充分浸る量の脱色液(10%エタノール)を加え、プラスチック容器全体を遮光するため、アルミホイルで覆った。プラスチック容器を、室温で約30分間静かに振盪し、脱色液を新しいものに交換した。なお、染色したゲルは後述の画像解析に使用するまで、脱色液中で保存した。
【0057】
(3)画像解析
染色したゲルからゲル画像撮影装置(アルファイメージャー, アルファイノテック社製)を使用して泳動画像を取り込んだ。取込んだ画像は、画像処理ソフト(Progenesis TT900, Nonlinear Dynamics社製)を使用して画像のゆがみを補正した。その後、画像解析ソフト(Progenesis PG220, Nonlinear Dynamics社製)を使用して蛋白質スポットの測定、ゲル間(個体間)での蛋白質スポットのマッチング、各スポットの定量、ゲル間での定量値比較を行った。
【実施例2】
【0058】
2.蛋白質の同定
画像解析により検出された879個の蛋白質スポットのうち、経済形質等に関係する蛋白質スポットを選抜し、選抜した蛋白質スポットを染色したゲルから抽出し、質量分析法を利用して同定した。具体的には、以下の手順で行った。
【0059】
(1)経済形質に関係する蛋白質スポットの選抜
まず、経済形質ごとに、上位群と下位群とを選抜した。つぎに、蛋白質スポットごとに、上位群に属する個体の含有量の平均値と下位群に属する個体の含有量の平均値を計算した。そして、上位群に属する個体含有量の平均値と下位群に属する個体の含有量の平均値との間で、統計学的に有意な差(t検定, p<0.05)がある蛋白質スポットを選抜した。
【0060】
(2)ゲルからの抽出
ゲルから蛋白質スポットを含む部分をピンセットで切り出し、切り出したゲルを96穴MTP プレートのウェルに入れ、脱色液A(メタノールと100mM炭酸水素アンモニウム水溶液とを等量混合した液)0.1ml中に20分間3回浸した。脱色液Aを除去し、100%アセトニトリル0.1ml中に5分間浸した。アセトニトリルを蒸発させ、ゲルを完全に乾燥させた。乾燥させたゲルに、トリプシン溶液(0.83μg/mlトリプシン(Sequencing grade Trypsin,Promega社製),25mM炭酸水素アンモニウム)30μlを加え、30℃で一晩反応させ、抽出液を得た。
【0061】
(3)脱塩
マイクロピペットの先端にZipTipμC18ピペットチップ(登録商標,日本ミリポア社製)を取り付け、90%アセトニトリル水溶液を数回ピペッティングしてピペットチップを洗浄したのち、0.1%トリフルオロ酢酸(以下、TFAと省略する。)水溶液を数回ピペッティングしてピペットチップを平衡化した。洗浄・平衡化したピペットチップで抽出液を数回ピペッティングして、抽出液に含まれる蛋白質分解物をピペットチップ中の樹脂に結合させた。このピペットチップで洗浄液(0.1%TFA水溶液)を数回ピペッティングして、ピペットチップに残っている塩分を洗い流した。最後に、このピペットチップからマトリックス溶液(2mg/ml CHCA,0.1%TFA,70%アセトニトリルを含む溶液)1μlで蛋白質を溶出した。
【0062】
(4)質量分析
蛋白質を含む溶出液1μlをMALDI-TOF/TOF型質量分析計(Applied Biosystems 4700 Proteomics Analyzer,アプライドバイオシステムズ社製)のターゲットプレートに添加し、常温で静置して結晶化させ、MSスペクトルとMS/MSスペクトルを測定した。
【0063】
(5)蛋白質の同定
質量分析によって得られたMSスペクトルとMS/MSスペクトルのデータをMASCOT(Matrix Science社)に入力して、Swiss Prot (http://au.expasy.org/sprot/)やNCBInr (http://au.expasy.org/sprot/)などの公共の蛋白質配列データベースに対して、ペプチドマスフィンガープリント(PMF)分析、MS/MSイオンサーチ分析し、蛋白質を同定した。
【0064】
(6)実験結果
1)全般的なまとめ
「上位群」、「下位群」に属する個体を選抜する基準とした数値及び各群に属する個体数を下記の表1に示す。また、「上位群」と「下位群」の間で含有量に有意差のある蛋白質スポットの数を下記の表2に示す。さらに、有意差のある蛋白質スポットのうち、各経済形質間で共通する蛋白質スポットの数を表3に示す。
【0065】
また、各経済形質に関係する蛋白質スポットを明示した二次元電気泳動写真を
図1から
図6に示す。なお、これらの図において、実線で示した蛋白質スポットは、上位群に含まれる牛のほうが発現量の多い蛋白質である。また、点線で示した蛋白質スポットは、上位群に含まれる牛のほうが発現量の減少する蛋白質である。さらに、二次元電気泳動写真の横軸は等電点(pI)、縦軸は分子量である。
【0066】
さらに、各経済形質に関係する蛋白質スポットの散布図を
図7から
図31に示す。なお、散布図は、蛋白質スポットごとに区分して記載している。各区分には、各蛋白質スポットのスポット番号、及び同定したタンパク質の名称及びグラフが記載してある。また、各区分中のグラフの縦軸は蛋白質スポットごとの定量値、「AVE」は各群の定量値の平均値、「P」は有意差検定(t検定)のP値(何れもP<0.05で有意差あり。)を、それぞれ示している。
【0067】
【表1】
【0068】
【表2】
【0069】
【表3】
【0070】
2)枝肉重量
枝肉重量と関連する蛋白質スポットを明示した二次元電気泳動写真を
図1に示す。また、
図1中の蛋白質スポットの散布図を
図7〜
図10に示す。なお、
図7は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。反対に、
図8〜
図10は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【0071】
これらの図に基づいて、枝肉重量について有意差が生じた蛋白質スポットを同定した。その結果を表4〜表6に示す。なお、発現量が微量であるため同定されていない蛋白質スポットについては、等電点と分子量のみ記載している(以下すべての表において同じ。)。
【0072】
【表4】
【0073】
【表5】
【0074】
【表6】
【0075】
以上の結果から、枝肉重量が増すごとに表4に記載の蛋白質の発現量が減少することが分かった。また、枝肉重量が増すごとに表5〜表6に記載の蛋白質の発現量が増加することが分かった。
【0076】
このことは、全蛋白質に含まれる前記蛋白質の量を測定することによって、枝肉重量が大きい牛を判別することができる可能性を示している。すなわち、前記の蛋白質が、枝肉重量の大きさを検定する際のバイオマーカーとして使用できる可能性を備えていることを示している。
【0077】
3)ロース芯面積
ロース芯面積と関連する蛋白質スポットを明示した二次元電気泳動写真を
図2に示す。また、
図2中の蛋白質スポットの散布図を
図11〜
図14に示す。なお、
図11は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。反対に、
図12〜
図14は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【0078】
また、これらの図に基づいて、ロース芯面積について有意差が生じた蛋白質スポットを同定した。その結果を表7〜表9に示す。
【表7】
【0079】
【表8】
【0080】
【表9】
【0081】
以上の結果から、ロース芯面積が増すごとに表7に記載の蛋白質の発現量が減少することが分かった。また、ロース芯面積が増すごとに表8〜表9に記載の蛋白質の発現量が増加することが分かった。
【0082】
このことは、全蛋白質に含まれる前記蛋白質の量を測定することによって、ロース芯面積が大きい牛を判別することができる可能性を示している。すなわち、前記の蛋白質が、ロース芯面積の大きさを検定する際のバイオマーカーとして使用できる可能性を備えていることを示している。
【0083】
4)バラの厚さ
バラの厚さと関連する蛋白質スポットを明示した二次元電気泳動写真を
図3に示す。また、
図3中の蛋白質スポットの散布図を
図15〜
図16に示す。なお、
図15は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。反対に、
図16は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【0084】
これらの図に基づいて、バラの厚さについて有意差が生じた蛋白質スポットを同定した。その結果を表10〜表11に示す。
【0085】
【表10】
【0086】
【表11】
【0087】
以上の結果から、バラの厚さが増すごとに表10に記載の蛋白質の発現量が減少することが分かった。また、バラの厚さが増すごとに表11に記載の蛋白質の発現量が増加することが分かった。
【0088】
このことは、全蛋白質に含まれる前記蛋白質の量を測定することによって、バラの厚さが厚い牛を判別することができる可能性を示している。すなわち、前記の蛋白質がバラの厚さを検定する際のバイオマーカーとして使用できる可能性を備えていることを示している。
【0089】
5)皮下脂肪の厚さ
皮下脂肪の厚さと関連する蛋白質スポットを明示した二次元電気泳動写真を
図4に示す。また、
図4中の蛋白質スポットの散布図を
図17〜
図23に示す。なお、
図17〜
図20は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。反対に、
図21〜
図23は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【0090】
これらの図に基づいて、皮下脂肪の厚さについて有意差が生じた蛋白質スポットを同定した。その結果を表12〜表19に示す。
【0091】
【表12】
【0092】
【表13】
【0093】
【表14】
【0094】
【表15】
【0095】
【表16】
【0096】
【表17】
【0097】
【表18】
【0098】
【表19】
【0099】
以上の結果から、皮下脂肪の厚さが増すごとに表12〜表17に記載の蛋白質の発現量が減少することが分かった。また、皮下脂肪の厚さが増すごとに表18〜表19に記載の蛋白質の発現量が増加することが分かった。
【0100】
このことは、全蛋白質に含まれる前記蛋白質の量を測定することによって、皮下脂肪の厚さが厚い牛を判別することができる可能性を示している。すなわち、前記の蛋白質が皮下脂肪の厚さを検定する際のバイオマーカーとして使用できる可能性を備えていることを示している。
【0101】
6)歩留基準値
歩留基準値と関連する蛋白質スポットを明示した二次元電気泳動写真を
図5に示す。また、
図5中の蛋白質スポットの散布図を
図24に示す。なお、
図24は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。
【0102】
これらの図に基づいて、歩留基準値について有意差が生じた蛋白質スポットを同定した。その結果を表20〜表21に示す。
【0103】
【表20】
【0104】
【表21】
【0105】
以上の結果から、歩留基準値が増すごとに、表20に記載の蛋白質の発現量が減少することが分かった。また、歩留基準値が増すごとに、表21に記載の蛋白質の発現量が増加することが分かった。
【0106】
このことは、全蛋白質に含まれる前記蛋白質の量を測定することによって、歩留基準値が高い牛を判別することができる可能性を示している。すなわち、前記の蛋白質が歩留基準値を検定する際のバイオマーカーとして使用できる可能性を備えていることを示している。
【0107】
7)BMSナンバー
BMSナンバーと関連する蛋白質スポットを明示した二次元電気泳動写真を
図6に示す。また、
図6中の蛋白質スポットの散布図を
図25〜
図31に示す。なお、
図25〜
図28は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に減少する蛋白質スポットの散布図である。反対に、
図29〜
図31は、上位群に含まれる牛のほうが、発現量が有意に増加する蛋白質スポットの散布図である。
【0108】
これらの図に基づいて、BMSナンバーについて有意差が生じた蛋白質スポットを同定した。その結果を表22〜表28に示す。
【0109】
【表22】
【0110】
【表23】
【0111】
【表24】
【0112】
【表25】
【0113】
【表26】
【0114】
【表27】
【0115】
【表28】
【0116】
以上の結果から、BMSナンバーが高くなるごとに表22〜表26に記載の蛋白質の発現量が減少することが分かった。また、BMSナンバーが高くなるごとに、表27〜表28に記載の蛋白質の発現量が増加することが分かった。
【0117】
このことは、全蛋白質に含まれる前記蛋白質の量を測定することによって、BMSナンバーが高い牛を判別することができる可能性を示している。すなわち、前記の蛋白質がBMSナンバーを検定する際のバイオマーカーとして使用できる可能性を備えていることを示している。