特許第5984928号(P5984928)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5984928
(24)【登録日】2016年8月12日
(45)【発行日】2016年9月6日
(54)【発明の名称】エンドレスな糸の製造方法及び装置
(51)【国際特許分類】
   D01D 5/16 20060101AFI20160823BHJP
   D02J 1/22 20060101ALI20160823BHJP
   D01F 6/06 20060101ALI20160823BHJP
   D01F 6/62 20060101ALI20160823BHJP
   D01F 6/60 20060101ALI20160823BHJP
【FI】
   D01D5/16
   D02J1/22 K
   D01F6/06 Z
   D01F6/62 302D
   D01F6/60 311F
【請求項の数】10
【全頁数】7
(21)【出願番号】特願2014-521892(P2014-521892)
(86)(22)【出願日】2012年7月23日
(65)【公表番号】特表2014-523493(P2014-523493A)
(43)【公表日】2014年9月11日
(86)【国際出願番号】CH2012000172
(87)【国際公開番号】WO2013013331
(87)【国際公開日】20130131
【審査請求日】2015年3月31日
(31)【優先権主張番号】1239/11
(32)【優先日】2011年7月25日
(33)【優先権主張国】CH
(73)【特許権者】
【識別番号】514021973
【氏名又は名称】トリュッチュラー・スウィッツァーランド・アクチエンゲゼルシャフト
(74)【代理人】
【識別番号】100069556
【弁理士】
【氏名又は名称】江崎 光史
(74)【代理人】
【識別番号】100111486
【弁理士】
【氏名又は名称】鍛冶澤 實
(74)【代理人】
【識別番号】100173521
【弁理士】
【氏名又は名称】篠原 淳司
(74)【代理人】
【識別番号】100153419
【弁理士】
【氏名又は名称】清田 栄章
(72)【発明者】
【氏名】ナズリ・ラッサート
【審査官】 加賀 直人
(56)【参考文献】
【文献】 特開平05−295617(JP,A)
【文献】 特開平09−316725(JP,A)
【文献】 特開平11−124726(JP,A)
【文献】 特開2008−208504(JP,A)
【文献】 特開平06−136612(JP,A)
【文献】 特開平05−156513(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
D01D 5/16
D01F 6/06
D01F 6/60
D01F 6/62
D02J 1/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
多数のフィラメント束(3)を押し出して冷却するための紡糸機器(1)と、紡糸準備(4)を実施するための機器と、巻取機(16)と、この紡糸機器(1)と巻取機(16)の間に配備されたフィラメント束(3)を延伸するための延伸ゾーンとを有する、合成ポリマー溶融物からエンドレスな糸(5)を製造する装置において、
この延伸ゾーンが、1式の前置ローラ対(7)と、5式又は6式の順番に並んだ延伸ローラ対(8,9,10,11,12)とから構成され、これらの前側の延伸ローラ対(8,9,10,11)が加熱器を備え、最後の延伸ローラ対(12)が冷却器(13,14)を備えており、各延伸ローラ対(8,9,10,11,12)の二つのローラの中の少なくとも一つが加熱器又は冷却器(13,14)を備えていることを特徴とする装置。
【請求項2】
請求項に記載の装置において、
最後の延伸ローラ対(12)の冷却器(13,14)を備えたローラの表面温度が100°C以内に規定されていることを特徴とする装置。
【請求項3】
請求項に記載の装置において、
最後の延伸ローラ対(12)の冷却器(13,14)を備えたローラの表面温度が60°C以内に規定されていることを特徴とする装置。
【請求項4】
請求項1からまでのいずれか一つに記載の装置において、
最後の延伸ローラ対(12)の二つのローラが冷却器(13,14)を備えていることを特徴とする装置。
【請求項5】
請求項1からまでのいずれか一つに記載の装置において、
当該の冷却器(13,14)が液体式冷却器であることを特徴とする装置。
【請求項6】
請求項からまでのいずれか一つに記載の装置において、
第一の延伸ローラ対(8)のローラの表面温度が40〜90°Cであり、第二の延伸ローラ対(9)のローラの表面温度が80〜170°Cであり、第三の延伸ローラ対(10)のローラの表面温度が120〜280°Cであり、第四の延伸ローラ対(11)のローラの表面温度が120〜250°Cであるように、当該の前側の延伸ローラ対(8,9,10,11)の加熱器による加熱が規定されていることを特徴とする装置。
【請求項7】
請求項1からまでのいずれか一つに記載の装置において、
当該の延伸ゾーンでの全体の延伸倍率が3〜8倍に規定されていることを特徴とする装置。
【請求項8】
請求項1からまでのいずれか一つに記載の装置において、
当該の延伸ゾーンでの全体の延伸倍率が5〜7倍に規定されていることを特徴とする装置。
【請求項9】
請求項からまでのいずれか一つに記載の装置において、
前置ローラ対(7)と第一の延伸ローラ対(8)の間の延伸倍率が1.02〜1.1であり、第一の延伸ローラ対(8)と第二の延伸ローラ対(9)の間の延伸倍率が4〜6であり、第二の延伸ローラ対(9)と第三の延伸ローラ対(10)の間の延伸倍率が1.2〜2.0であり、第三の延伸ローラ対(10)と第四の延伸ローラ対(11)の間の延伸倍率が0.7〜1.2であり、第四の延伸ローラ対(11)と第五の延伸ローラ対(12)の間の延伸倍率が0.7〜1.2であることを特徴とする装置。
【請求項10】
合成ポリマー溶融物からエンドレスな糸(5)を製造する方法において、
a)ポリマー溶融物のフィラメント束(3)を押し出す工程と、
b)これらのフィラメント束(3)を冷却して糸(5)に撚り合わせる工程と、
c)この糸に紡糸準備(4)を実施する工程と、
d)1式の前置ローラ対(7)と5式又は6式の順番に並んだ延伸ローラ対(8,9,10,11,12)とによって、糸(5)の全体の延伸倍率を3〜8倍として糸(5)を延伸し、これらの前側の延伸ローラ対(8,9,10,11)を加熱し、この最後の延伸ローラ対(12)を冷却する工程と、
e)糸(5)を巻き取る工程と、
を有することを特徴とする方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、合成ポリマー溶融物からエンドレスな糸を製造する装置及び方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリマー溶融物からエンドレスな糸を製造する場合、紡糸機器において、多数のフィラメント束を押し出し、その次に冷却している。この冷却は、大抵所謂噴射シャフト内で空気を用いて行なわれ、それによって、フィラメント束を50°C以内の温度にまで冷却している。それらのフィラメント束は、糸に撚り合わされて、延伸ゾーンで延伸される。その次に、糸をリールに巻き取っている。この場合、延伸する手法は、ポリマー溶融物と最終生成物の目的とする特性とに依存する。
【0003】
従来技術により、高強度の糸を製造する高度な方法が周知である。例えば、特許文献1は、そのような方法を開示している。その場合、ポリエステル糸の強度の更なる向上が、固有粘度が大きいポリマー溶融物を使用することによって達成されている。このポリマー溶融物は、周囲の空気との接触を防止するために、窒素雰囲気の下で保持されている。このポリマー溶融物から紡がれたフィラメント束は、紡糸ノズルの直後に、フィラメント束の延伸性を更に改善する再加熱器を通して案内されている。
【0004】
この従来技術により周知の高強度の糸の製造方法は、それぞれ相応の高品質なポリマーを初期生成物として使用している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】国際特許公開第2009/061161号明細書
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
以上のことから、本発明の課題は、安価で低品質なポリマーを初期生成物として高強度の糸を製造することが可能な装置及び方法を実現することである。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本課題は、独立請求項の特徴を有する装置及び方法によって解決される。
【0008】
この合成ポリマー溶融物からエンドレスな糸を製造する装置は、多数のフィラメント束を押し出して冷却するための紡糸機器と、紡糸準備を実施するための機器と、巻取機と、この紡糸機器と巻取機の間に配置されたフィラメント束を延伸するための延伸ゾーンとを有する。
【0009】
この延伸ゾーンは、紡糸機器の後に配置された1式の前置ローラ対と、それに続く4〜6式、有利には、5式の延伸ローラ対とによって構成される。これらの前側の延伸ローラ対は加熱器を備え、最後の延伸ローラ対は冷却器を備えている。各延伸ローラ対の二つのローラの中の少なくとも一つは、加熱器又は冷却器を備えている。最後の延伸ローラ対により糸を能動的に冷却することによって、ポリマー内の分子鎖の調節を行ない、それによって、強度を向上させている。この場合、分子の結晶化度及び向きを調節するとともに、冷却によって、分子構造を固定している。この固定効果は、冷却した延伸ローラを用いてフィラメント束を急速に冷却することによって得られる。この場合、延伸ローラの周りには、糸を何重にも巻き付けており、そのことが冷却能力を向上させている。
【0010】
前置ローラ対も延伸ローラ対も、二つのローラが駆動される所謂複式駆動対として、或いは一つのローラが駆動され、それに対応して一つのローラが伴走する所謂単式駆動対として構成することができる。有利な実施構成では、1式の前置ローラ対と5式の延伸ローラ対が使用される。この場合、前置ローラ対が単式駆動対として構成され、延伸ローラ対が複式駆動対として構成される。各ローラ対は、糸を何重にも巻き付けられている。
【0011】
フィラメント束又は糸の冷却から得られる効果を生じさせるために、最後の延伸ローラ対の冷却器を備えたローラの表面温度が100°C以内に規定される。有利には、この表面温度は60°C以内である。最後の延伸ローラ対の二つのロールに冷却器を配備することによって、延伸ローラ対に何重にも巻き付けられている糸の冷却効果を更に向上できる。冷却器としては、液体式冷却器が最適である。ローラの表面を介して、糸から熱を回収する。この熱は、ローラ内を循環する液体によって運び去られる。この液体の温度は、ローラの表面温度が100°C、有利には、60°Cの所定の温度を上回らないように制御される。
【0012】
この延伸ゾーンは、前置ローラ対とそれに続く延伸ローラ対から構成される。有利には、前置ローラ対の後に、5式の延伸ローラ対が配置される。延伸ゾーン全体に渡って、紡糸機器から入って来た糸を全体として当初の長さの3〜8倍に延伸するものと規定する。有利には、全体の延伸倍率は5〜7倍である。この場合、延伸倍率は、詳しくは、前置ローラ対と第一の延伸ローラ対の間で1.02〜1.1であり、第一の延伸ローラ対と第二の延伸ローラ対の間で4〜6であり、第二の延伸ローラ対と第三の延伸ローラ対の間で1.2〜2.0であり、第三の延伸ローラ対と第四の延伸ローラ対の間で0.7〜1.2であり、第四の延伸ローラ対と第五の延伸ローラ対の間で0.7〜1.2である。特に有利な実施構成では、全体の延伸倍率は6.2倍である。この場合、延伸倍率は、詳しくは、前置ローラ対と第一の延伸ローラ対の間で1.04であり、第一の延伸ローラ対と第二の延伸ローラ対の間で4.6であり、第二の延伸ローラ対と第三の延伸ローラ対の間で1.3であり、第三の延伸ローラ対と第四の延伸ローラ対の間で1.01であり、第四の延伸ローラ対と第五の延伸ローラ対の間で1.0である。実際の延伸は、それぞれ延伸ローラ対の間で行なわれる。一つの延伸ローラ対の二つのローラは、ほぼ同じ回転数で動作する。
【0013】
使用するポリマー溶融物に応じて、加熱する延伸ローラの温度を規定する。一つの延伸ローラ対の二つのローラの中の少なくとも一つがそれぞれ加熱される。有利には、一つの延伸ローラ対の二つのローラが同じ温度に加熱される。表面温度は、第一の延伸ローラ対に関しては40°C〜90°Cの範囲内に有り、第二の延伸ローラ対に関しては80°C〜170°Cの範囲内に有り、第三の延伸ローラ対に関しては120°C〜280°Cの範囲内に有り、第四の延伸ローラ対に関しては120°C〜250°Cの範囲内に有る。有利な実施構成では、表面温度は、第一の延伸ローラ対に関しては85°Cであり、第二の延伸ローラ対に関しては110°Cであり、第三の延伸ローラ対に関しては245°Cであり、第四の延伸ローラ対に関しては225°Cである。
【0014】
第五の延伸ローラ対は、その表面が冷却されているために、糸の個々のフィラメント内の分子の向きを調節して固定し、それにより高い強度を得るとの作用を奏する。それによって、12%以内の延び率に対して80センチニュートン/テックスを上回る強度を有する糸を製造することができる。有利には、糸は、11%以内の延び率に対して85センチニュートン/テックスを上回る強度を有する。本発明により製造された糸は、有利には、5%以内の延び率に対して50センチニュートン/テックスを上回る強度を有し、それは、TASE(特定の延び率におけるテナシティ)とも呼ばれる。
【0015】
本発明による装置により、様々なポリマー溶融物を用いて高強度の糸を製造することができる。ポリエステルでは、1.2デシリットル/グラム以内、有利には、1.03デシリットル/グラム以内の固有粘度を有するポリマー溶融物を容易に使用することができる。ポリアミドでは、3.6以内、有利には、3.5以内の相対粘度を有するポリマー溶融物を使用することができる。ポリプロピレンでは、メルトフローインデックスが2を上回る、有利には、4を上回るポリマー溶融物を使用することができる。
【0016】
以下において、図1による有利な実施構成に基づき本発明を詳しく説明する。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】本発明の一つの実施構成の模式図
図2】ポリエステルを例とした延び率Dに依存する強度Fの推移を示すグラフ図
【発明を実施するための形態】
【0018】
図1は、合成ポリマー溶融物からエンドレスな糸を製造する装置の実施構成を模式図で図示している。紡糸機器1を用いて、使用するポリマーの融解温度を上回る40°〜50°の温度で多数のフィラメント束3を押し出す。この紡糸機器1の後の噴射シャフト2内で、このフィラメント束3は50°C以内の温度、有利には、20°Cに冷却される。この噴射シャフト2内での冷却は、冷気によって行なわれる。その次に、フィラメント束3は、糸5に撚り合わされて、紡糸準備4を実施される。この紡糸準備の実施後に、糸5は予備渦流部6を介して1式の前置ローラ対7に到達する。この予備渦流部6を省略することもできる。この予備渦流部6の存在により、フィラメント束3又は糸5の更なる誘導が簡単になる。この前置ローラ対7は、一つの駆動されるローラと一つの駆動されない伴走ローラとから構成される。前置ローラ対7に続いて、糸5は、5式の延伸ローラ対8,9,10,11,12を通り抜ける。これらの前置ローラ対7と延伸ローラ対8,9,10,11,12には、有利には、糸6が何重にも巻き付けられている。一つの延伸ローラ対8,9,10,11,12の二つのローラは、ほぼ同じ回転数で駆動されている。順番に並んだ延伸ローラ対9,10,11,12の各々は、その前の延伸ローラ対8,9,10,11と比べて異なる周速度で駆動されている。そのようにして、周速度が速くなって行く延伸ローラ対8,9,10,11,12の間で糸5が張力を受け、それに応じて延伸される。周速度が遅くなって行く場合、糸5は負荷を軽減されて弛緩する。
【0019】
これらの前側の延伸ローラ対8,9,10,11は、(図示されていない)加熱器を備えている。それに対して、最後の延伸ローラ対12は、冷却器14を備えている。この延伸ローラ対12の少なくとも一つのローラは、冷媒接続部13を介して冷却器14と繋がっている。糸6から延伸ローラの表面を介して延伸ローラ12に回収された熱は、冷媒を用いて、冷媒接続部13を介して冷却器14に運び去られ、それによって、糸5自体が冷却される。冷媒接続部13として、管路又はチューブを使用することができる。その効率を改善するために、延伸ローラ対12の二つのローラを冷却器14と接続することもできる。
【0020】
最後の延伸ローラ対12に続いて、糸5は、渦流部15を介して巻取機16に供給される。
【0021】
図2は、ポリエステルを例とした延び率Dに依存する強度Fの推移を示すグラフを図示している。破線20によって、従来技術による従来の糸の力対延び率の推移が図示されている。引張試験を行なう場合、糸は負荷が上昇する長さに引っ張られる。この場合、延び率Dに依存する強度Fの推移が記録される。負荷の増大によって延び率D、即ち、糸の延伸を高めて行った場合、所定の延び率Dで糸は切れる。実線21により示された曲線は、本発明による装置で製造した糸の強度の推移を表している。従来技術による糸と異なり、最大12%、有利には、11%の延び率Dに対して85センチニュートン/テックスの高い強度(TASE)が容易に実現され、5%の延び率に対して60センチニュートン/テックスの強度(TASE)が容易に実現されている。従来の糸に60センチニュートン/テックスの負荷を掛けた場合、9%を上回る延び率が得られている。このような改善の実現によって、高い要件を課された綱やロープなどの技術的な要件の多い用途分野でも、大幅に安い糸を使用することができるようになった。
【符号の説明】
【0022】
1 紡糸機器
2 噴射シャフト
3 フィラメント束
4 紡糸準備
5 糸
6 予備渦流部
7 前置ローラ対
8 第一の延伸ローラ対
9 第二の延伸ローラ対
10 第三の延伸ローラ対
11 第四の延伸ローラ対
12 第五の延伸ローラ対
13 冷媒接続部
14 冷却器
15 渦流部
16 巻取機
20 従来の糸の力対延び率の推移
21 本発明により製造した糸の力対延び率の推移
F センチニュートン/テックス単位の強度
D %単位の延び率
図1
図2