特許第5985142号(P5985142)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5985142
(24)【登録日】2016年8月12日
(45)【発行日】2016年9月6日
(54)【発明の名称】惰行制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60W 10/04 20060101AFI20160823BHJP
   B60W 10/02 20060101ALI20160823BHJP
   B60W 30/02 20120101ALI20160823BHJP
   F02D 29/00 20060101ALI20160823BHJP
   F16D 48/02 20060101ALI20160823BHJP
【FI】
   B60W10/00 102
   B60W10/02
   B60W10/04
   B60W30/02
   F02D29/00 G
   F16D48/02 640H
   F16D48/02 640Q
【請求項の数】1
【全頁数】11
(21)【出願番号】特願2010-172562(P2010-172562)
(22)【出願日】2010年7月30日
(65)【公開番号】特開2012-31945(P2012-31945A)
(43)【公開日】2012年2月16日
【審査請求日】2013年6月24日
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】391008559
【氏名又は名称】株式会社トランストロン
(74)【代理人】
【識別番号】100068021
【弁理士】
【氏名又は名称】絹谷 信雄
(72)【発明者】
【氏名】岩男 信幸
(72)【発明者】
【氏名】山本 康
(72)【発明者】
【氏名】小林 一彦
(72)【発明者】
【氏名】新井 裕之
(72)【発明者】
【氏名】高間 広平
【審査官】 河端 賢
(56)【参考文献】
【文献】 特開平07−096778(JP,A)
【文献】 特開平06−346954(JP,A)
【文献】 特許第2726896(JP,B2)
【文献】 特開平04−123980(JP,A)
【文献】 特開2008−230513(JP,A)
【文献】 特開2008−223861(JP,A)
【文献】 特開2001−304305(JP,A)
【文献】 特開2006−342832(JP,A)
【文献】 特開2010−023803(JP,A)
【文献】 特開2004−017721(JP,A)
【文献】 特開平02−068226(JP,A)
【文献】 特表2002−502754(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60W 10/00
B60W 30/00
B60K 17/348
B60T 8/00
B62D 6/00
F02D 29/00
F16D 48/02
F16H 61/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エンジンが外部に対して仕事をしない運転状況でクラッチを断にすると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始する惰行制御実行部と、
クラッチ回転数とアクセル開度で参照される惰行制御判定マップと、
車両が旋回中であることを認識する旋回認識部と、
前記旋回認識部により車両が旋回中であることが認識されているときは惰行制御を禁止する旋回中惰行制御禁止部と、
を備える惰行制御装置であって、
前記惰行制御実行部は、前記惰行制御判定マップにおいてクラッチ回転数が下限しきい線以上であると共に前記惰行制御判定マップへのクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御可能領域内にあって、アクセルペダル操作速度が所定範囲内にて、かつクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したとき、クラッチを断すると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外となったか又はプロット点が前記惰行制御可能領域外に出たとき惰行制御を終了し、
前記旋回中惰行制御禁止部は、前記旋回認識部により車両が旋回中であることが認識されているときは、惰行制御の開始条件が成立しても、前記惰行制御実行部に惰行制御を開始させず、
前記旋回認識部は、左右の車輪の回転速度差が第一閾値を超えたとき車両が旋回中になったと認識し、左右の車輪の回転速度差が前記第一閾値より小さい第二閾値以下となったとき車両が旋回中でなくなったと認識し、左右の車輪の回転速度差が前記第一閾値以下でかつ前記第二閾値より大きいとき前回の車両が旋回中であるか否かの認識を維持し、
前記惰行制御しきい線は、前記惰行制御判定マップのエンジン出力トルクゼロ線よりアクセル開度が小さい側に設定され、
前記エンジン出力トルクゼロ線は、エンジン出力トルクが負となるマイナス領域とエンジン出力トルクが正となるプラス領域との境界に設定され、
前記惰行制御可能領域は、前記マイナス領域と前記プラス領域との間に前記惰行制御しきい線を含む有限幅に設定され、
前記惰行制御可能領域の有限幅の前記マイナス領域側を区画する減速ゼロしきい線と前記惰行制御可能領域の有限幅の前記プラス領域側を区画する加速ゼロしきい線の中央に前記惰行制御しきい線が設定される
ことを特徴とする惰行制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、走行中にクラッチを断にしエンジンをアイドル状態に戻して燃料消費を抑える惰行制御装置に係り、旋回時の惰行制御が回避できる惰行制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
車両において、クラッチが断のとき、アクセルペダルが踏み込まれると、アクセルが開かれてエンジンがいわゆる空ぶかしとなり、エンジン回転数は、アクセル開度に対応したエンジン回転数に落ち着く。このとき、エンジンが発生させた駆動力とエンジン内部抵抗(フリクション)とが均衡し、エンジン出力トルクは0である。すなわち、エンジンは、外部に対して全く仕事をせず、燃料が無駄に消費される。例えば、エンジン回転数が2000rpmで空ぶかしをしたとすると、運転者には大きなエンジン音が聞こえるので、相当な量の燃料が無駄に消費されていることが実感できる。
【0003】
エンジンが外部に対して仕事をしない状態は、前述したクラッチ断のときの空ぶかしに限らず、車両の走行中にも発生している。すなわち、エンジンは、空ぶかしのときと同じようにアクセル開度に対応したエンジン回転数で回転するだけで、車両の加速・減速に寄与しない。このとき、エンジンを回転させるためだけに燃料が消費されており、非常に無駄である。
【0004】
本出願人は、エンジンが回転はしているが外部に対して仕事をしないときに、クラッチを断にし、エンジンをアイドル状態に戻して燃料消費を抑える惰行制御(燃費走行制御とも言う)を行う惰行制御装置を提案した(特許文献1)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2006−342832号公報
【特許文献2】特開平8−67175号公報
【特許文献3】特開2001−304305号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、道路には、高速道路のインターチェンジ(ランプ)のように曲率一定あるいは曲率変化率一定で、高速走行可能なカーブがある。車両がこのようなカーブを高速旋回しているときは、仮に条件が整っても、惰行制御を行うのは好ましくない。なぜならば、旋回中の車両には、遠心力による横方向加速度、いわゆる横Gが働いて車両挙動の不安定要素となるので、従来よりABS(Anti-lock Braking System)制御などの安定化制御が行われている。このような繊細な車両制御が行われているときは、クラッチを接にしておき、エンジンの駆動力あるいはエンジンブレーキが車両挙動の安定化に利用できるよう準備しておくことが必要だからである。
【0007】
そこで、本発明の目的は、上記課題を解決し、旋回時の惰行制御が回避できる惰行制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
上記目的を達成するために本発明は、エンジンが外部に対して仕事をしない運転状況でクラッチを断にすると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始する惰行制御実行部と、クラッチ回転数とアクセル開度で参照される惰行制御判定マップと、車両が旋回中であることを認識する旋回認識部と、前記旋回認識部により車両が旋回中であることが認識されているときは惰行制御を禁止する旋回中惰行制御禁止部と、を備える惰行制御装置であって、前記惰行制御実行部は、前記惰行制御判定マップにおいてクラッチ回転数が下限しきい線以上であると共に前記惰行制御判定マップへのクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御可能領域内にあって、アクセルペダル操作速度が所定範囲内にて、かつクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したとき、クラッチを断すると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外となったか又はプロット点が前記惰行制御可能領域外に出たとき惰行制御を終了し、前記旋回中惰行制御禁止部は、前記旋回認識部により車両が旋回中であることが認識されているときは、惰行制御の開始条件が成立しても、前記惰行制御実行部に惰行制御を開始させず、前記旋回認識部は、左右の車輪の回転速度差が第一閾値を超えたとき車両が旋回中になったと認識し、左右の車輪の回転速度差が前記第一閾値より小さい第二閾値以下となったとき車両が旋回中でなくなったと認識し、左右の車輪の回転速度差が前記第一閾値以下でかつ前記第二閾値より大きいとき前回の車両が旋回中であるか否かの認識を維持し、前記惰行制御しきい線は、前記惰行制御判定マップのエンジン出力トルクゼロ線よりアクセル開度が小さい側に設定され、前記エンジン出力トルクゼロ線は、エンジン出力トルクが負となるマイナス領域とエンジン出力トルクが正となるプラス領域との境界に設定され、前記惰行制御可能領域は、前記マイナス領域と前記プラス領域との間に前記惰行制御しきい線を含む有限幅に設定され、前記惰行制御可能領域の有限幅の前記マイナス領域側を区画する減速ゼロしきい線と前記惰行制御可能領域の有限幅の前記プラス領域側を区画する加速ゼロしきい線の中央に前記惰行制御しきい線が設定される惰行制御装置である。
【発明の効果】
【0012】
本発明は次の如き優れた効果を発揮する。
【0013】
(1)旋回時の惰行制御が回避できる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
図1】本発明の惰行制御装置のブロック構成図である。
図2】本発明の惰行制御装置が適用される車両のクラッチシステムのブロック構成図である。
図3図2のクラッチシステムを実現するアクチュエータの構成図である。
図4】本発明の惰行制御装置が適用される車両の入出力構成図である。
図5】惰行制御の概要を説明するための作動概念図である。
図6】惰行制御判定マップのグラフイメージ図である。
図7】惰行制御による燃費削減効果を説明するためのグラフである。
図8】惰行制御判定マップを作成するために実測したアクセル開度とクラッチ回転数のグラフである。
図9】本発明の惰行制御装置における旋回認識と旋回中惰行制御禁止の手順を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施形態を添付図面に基づいて詳述する。
【0016】
図1に示されるように、本発明に係る惰行制御装置1は、エンジンが外部に対して仕事をしない運転状況でクラッチを断にすると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始する惰行制御実行部3と、車両が旋回中であることを認識する旋回認識部4と、前記旋回認識部により車両が旋回中であることが認識されているときは惰行制御を禁止する旋回中惰行制御禁止部5とを備える。
【0017】
より詳しくは、惰行制御装置1は、クラッチ回転数とアクセル開度で参照される惰行制御判定マップ2を備え、惰行制御実行部3は、惰行制御判定マップ2へのクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御可能領域内にあって、アクセルペダル操作速度が所定範囲内にて、かつクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線をアクセル開度減少方向に通過したとき、クラッチを断すると共にエンジン回転数を低下させて惰行制御を開始し、アクセルペダル操作速度が所定範囲外となったか又はプロット点が惰行制御可能領域外に出たとき惰行制御を終了するようになっている。
【0018】
旋回認識部4は、従来より車両に搭載されているABS制御ユニットから左右の車輪の回転速度の情報を読み出し、左右の車輪の回転速度差から車両が旋回中であることを認識するものである。この他に、ステアリングシャフトの操作角度を検出するステアリングセンサを搭載している車両、車両のヨー角を検出するヨーレイトセンサを搭載している車両、車両の横方向加速度を検出するGセンサを搭載している車両などでは、これらのセンサ出力から車両が旋回中であることを認識することができる。
【0019】
惰行制御装置1を構成する惰行制御判定マップ2、惰行制御実行部3、旋回認識部4、旋回中惰行制御禁止部5は、例えば、ECU(図示せず)に搭載されるのが好ましい。
【0020】
本発明の惰行制御装置1を搭載する車両について各部を説明する。
【0021】
図2に示されるように、本発明の惰行制御装置1を搭載する車両のクラッチシステム101は、マニュアル式とECU制御による自動式との両立方式である。クラッチペダル102に機械的に連結されたクラッチマスターシリンダ103は、運転者によるクラッチペダル102の踏み込み・戻し操作に応じて中間シリンダ(クラッチフリーオペレーティングシリンダ、切替シリンダとも言う)104に動作油を供給するようになっている。一方、ECU(図示せず)で制御されるクラッチフリーアクチュエータユニット105は、クラッチ断・接の指令により中間シリンダ104に動作油を供給するようになっている。中間シリンダ104は、クラッチスレーブシリンダ106に動作油を供給するようになっている。クラッチスレーブシリンダ106のピストン107がクラッチ108の可動部に機械的に連結されている。
【0022】
図3に示されるように、アクチュエータ110は、クラッチフリーアクチュエータ111を備える。クラッチフリーアクチュエータ111は、中間シリンダ104とクラッチフリーアクチュエータユニット105とを備える。クラッチフリーアクチュエータユニット105は、ソレノイドバルブ112、リリーフバルブ113、油圧ポンプ114を備える。中間シリンダ104は、プライマリピストン116とセカンダリピストン117とが直列配置されてなり、クラッチマスターシリンダ103からの動作油によりプライマリピストン116がストロークすると、セカンダリピストン117が随伴してストロークするようになっている。また、中間シリンダ104は、クラッチフリーアクチュエータユニット105からの動作油によりセカンダリピストン117がストロークするようになっている。セカンダリピストン117のストロークに応じてクラッチスレーブシリンダ106に動作油が供給される。この構成により、マニュアル操作が行われたときには、優先的にマニュアル操作どおりのクラッチ断・接が実行され、マニュアル操作が行われていないときにはECU制御どおりのクラッチ断・接が実行される。
【0023】
なお、本発明の惰行制御装置1は、マニュアル式のない自動式のみのクラッチシステムにも適用できる。
【0024】
図4に示されるように、車両には、主として変速機・クラッチを制御するECU121と、主としてエンジンを制御するECM122と、ABS制御ユニット123とが設けられる。ECU121には、シフトノブスイッチ、変速機のシフトセンサ、セレクトセンサ、ニュートラルスイッチ、T/M回転センサ、車速センサ、アイドルスイッチ、マニュアル切替スイッチ、パーキングブレーキスイッチ、ドアスイッチ、ブレーキスイッチ、半クラッチ調整スイッチ、アクセル操作量センサ、クラッチセンサ、油圧スイッチの各入力信号線が接続されている。また、ECU121には、クラッチシステム101の油圧ポンプ114のモータ、ソレノイドバルブ112、坂道発進補助用バルブ、ウォーニング&メータの各出力信号線が接続されている。ECM122には、図示しないがエンジン制御に利用される各種の入力信号線と出力信号線が接続されている。ECM122は、エンジン回転数、アクセル開度、エンジン回転変更要求の各信号をCAN(Controller Area Network;車載ネットワーク)の伝送路を介してECU121に送信することができる。ABS制御ユニット123は、左右それぞれの車輪の回転速度、ステアリングシャフト操作角度、ヨー角、横方向加速度の各信号をCANの伝送路を介してECU121に送信することができる。
【0025】
なお、本発明で使用するクラッチ回転数は、クラッチのドリブン側の回転数であり、トランスミッションのインプットシャフトの回転数と同一である。図示しないインプットシャフト回転数センサが検出したインプットシャフト回転数からクラッチ回転数を求めることができる。あるいは車速センサが検出した車速から現在ギア段のギア比を用いてクラッチ回転数を求めることができる。クラッチ回転数は、車速相当のエンジン回転数を表している。
【0026】
以下、本発明の惰行制御装置1の動作を説明する。
【0027】
図5により、惰行制御の作動概念を説明する。横軸は時間と制御の流れを示し、縦軸はエンジン回転数を示す。アイドル回転の状態からアクセルペダル141が大きく踏み込まれてアクセル開度が70%の状態が継続する間、エンジン回転数142が上昇し、車両が加速される。エンジン回転数142が安定し、アクセルペダル141の踏み込みが小さくなりアクセル開度が35%になったとき後述する惰行制御開始条件が成立したとする。惰行制御開始により、クラッチが断に制御され、エンジン回転数142がアイドル回転数に制御される。車両は惰行制御走行することになる。その後、アクセルペダルの踏み込みがなくなってアクセル開度が0%になるか又はその他の惰行制御終了条件が成立したとする。惰行制御終了により、エンジンが回転合わせ制御され、クラッチが接に制御される。この例では、アクセル開度が0%であるので、エンジンブレーキの状態となり、車両は減速される。
【0028】
惰行制御が行われなかったとすると、惰行制御の実行期間の間、破線のようにエンジン回転数が高いまま維持されることになるので、燃料が無駄に消費されるが、惰行制御が行われることで、惰行制御中はエンジン回転数142がアイドル回転数となり燃料が節約される。
【0029】
図6に惰行制御判定マップ2をグラフイメージで示す。
【0030】
惰行制御判定マップ2は、横軸をアクセル開度とし、縦軸をクラッチ回転数とするマップである。惰行制御判定マップ2は、エンジン出力トルクが負となるマイナス領域MAと、エンジン出力トルクが正となるプラス領域PAとに分けることができる。マイナス領域MAは、エンジン要求トルクよりもエンジンのフリクションが大きく、エンジン出力トルクが負となる領域である。プラス領域PAは、エンジン要求トルクがエンジンのフリクションよりも大きいため、エンジン出力トルクが正となる領域である。マイナス領域MAとプラス領域PAの境界となるエンジン出力トルクゼロ線ZLは、背景技術で述べたようにエンジンが外部に対して仕事をせず、燃料が無駄に消費されている状態を示している。
【0031】
本実施形態では、惰行制御判定マップ2のエンジン出力トルクゼロ線ZLよりやや左(アクセル開度が小さい側)に惰行制御しきい線TLが設定される。惰行制御判定マップ2には、マイナス領域MAとプラス領域PAとの間に惰行制御しきい線TLを含む有限幅の惰行制御可能領域CAが設定される。惰行制御判定マップ2には、クラッチ回転数の下限しきい線ULが設定されている。下限しきい線ULは、アクセル開度とは無関係にクラッチ回転数の下限しきい値を規定したものである。下限しきい線ULは、アイドル状態におけるクラッチ回転数よりも図示のようにやや上に設定される。
【0032】
惰行制御装置1は、次の4つの惰行開始条件が全て成立したとき、惰行制御を開始するようになっている。
(1)アクセルペダルの操作速度がしきい値範囲内
(2)惰行制御判定マップ2においてクラッチ回転数とアクセル開度のプロット点が惰行制御しきい線TLをアクセル戻し方向で通過
(3)惰行制御判定マップ2へのプロット点が惰行制御可能領域CA内
(4)惰行制御判定マップ2においてクラッチ回転数が下限しきい線UL以上
【0033】
惰行制御装置1は、次の2つの惰行終了条件がひとつでも成立したとき、惰行制御を終了するようになっている。
(1)アクセルペダルの操作速度がしきい値範囲外
(2)惰行制御判定マップ2へのプロット点が惰行制御可能領域CA外
【0034】
惰行制御判定マップ2と惰行開始条件、惰行終了条件に従う惰行制御装置1の動作を説明する。
【0035】
惰行制御実行部3は、アクセルペダル操作量に基づくアクセル開度と、インプットシャフト回転数又は車速から求めたクラッチ回転数とを常に監視し、図6の惰行制御判定マップ2上に、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点をプロットする。時間の経過に伴い座標点が移動する。このとき、座標点が惰行制御可能領域CA内に存在する場合、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始するか否かの判定を行うようになる。座標点が惰行制御可能領域CA内に存在しない場合、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始するか否かの判定を行わない。
【0036】
次に、座標点が惰行制御しきい線TLをアクセル開度が減少する方向に通過すると、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始する。すなわち、惰行制御装置1は、クラッチを断に制御すると共に、ECM122がエンジンに指示する制御アクセル開度をアイドル相当に制御する。これにより、クラッチは断となり、エンジンはアイドル状態になる。
【0037】
図6に座標点の移動方向を矢印で示したように、アクセル開度が減少する方向とは、図示左方向である。もし、座標点が惰行制御しきい線TLを通過しても、座標点の移動方向が図示右方向の成分を有する場合、アクセル開度は増加するので、惰行制御実行部3は、惰行制御を開始しない。
【0038】
惰行制御実行部3は、惰行制御を開始した後も、アクセル開度とクラッチ回転数とを常に監視し、惰行制御判定マップ2に、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点をプロットする。座標点が惰行制御可能領域CAから外に出たとき、惰行制御実行部3は、惰行制御を終了する。
【0039】
以上の動作により、アクセルペダルが踏み込み側に操作されているときは、アクセル開度とクラッチ回転数の座標点が惰行制御しきい線TLを通過しても惰行制御が開始されず、アクセルペダルが戻し側に操作されているときのみ、座標点が惰行制御しきい線TLを通過することで惰行制御が開始されるので、運転者は、違和感がなくなる。
【0040】
惰行制御実行部3は、座標点が下限しきい線ULよりも下に存在する(クラッチ回転数が下限しきい値より低い)ときは、惰行制御を開始しない。これは、エンジンがアイドル状態のときにクラッチを断にしても燃料消費を抑える効果が多くは期待できないからである。よって、惰行制御実行部3は、座標点が下限しきい線ULよりも上に存在するときのみ、惰行制御を開始することになる。
【0041】
図7により、惰行制御による燃費削減効果を説明する。
【0042】
まず、惰行制御を行わないものとする。エンジン回転数は、約30sから約200sまでの間、1600〜1700rpmの範囲で遷移しており、約200sから約260sまでの間に、約1700rpmから約700rpm(アイドル回転数)へ低下している。
【0043】
エンジントルクは、約30sから約100sまでの間に増加しているが、その後、減少に転じ、約150sまで減少を続けている。エンジントルクは、約150sから約160sまでほぼ0Nmであり、約160sから約200sまでの間に増加するが、約200sにてほぼ0Nmになる。結果的に、エンジントルクがほぼ0Nmとなる期間は、約150sから約160sまで(楕円B1)、約200sから約210sまで(楕円B2)、約220sから約260sまで(楕円B3)の3箇所である。
【0044】
燃料消費量(縦軸目盛りなし;便宜上、エンジントルクと重なるように配置してある)は、約50sから約200sまではエンジントルクの遷移にほぼ随伴して変化している。エンジントルクがほぼ0Nmであっても、燃料消費量は0ではない。
【0045】
ここで、惰行制御を行うものとすると、エンジントルクがほぼ0Nmとなる期間において、エンジン回転数がアイドル回転数に制御されることになる。グラフには、惰行制御を行わないエンジン回転数の線(実線)から別れるように惰行制御時のエンジン回転数の線(太い実線)が示される。惰行制御は、楕円B1,B2,B3の3回にわたり実行された。この惰行制御が行われた期間における燃料消費量は、惰行制御を行わない場合の燃料消費量を下回っており、燃料消費が節約されたことが分かる。
【0046】
次に、惰行制御判定マップ2の具体的な設定例を説明する。
【0047】
図8に示されるように、惰行制御判定マップ2を作成するために、アクセル開度とクラッチ回転数の特性を実測し、横軸をアクセル開度とし縦軸をクラッチ回転数(=エンジン回転数;クラッチ接のとき)としたグラフを作成する。これにより、実測したエンジン出力トルクゼロ線ZLを描くことができる。エンジン出力トルクゼロ線ZLよりも左側全体がマイナス領域MAであり、右側全体がプラス領域PAである。
【0048】
エンジン出力トルクゼロ線ZLのやや左側に惰行制御しきい線TLを定義して描く。惰行制御しきい線TLのやや左側に減速ゼロしきい線TLgを推測して描く。エンジン出力トルクゼロ線ZLのやや右側に加速ゼロしきい線TLkを推測して描く。減速ゼロしきい線TLgと加速ゼロしきい線TLkに挟まれた領域を惰行制御可能領域CAと定義する。下限しきい線ULは、この例では、880rpmに設定する。
【0049】
なお、減速ゼロしきい線TLg、加速ゼロしきい線TLkは、運転者が運転しづらくない程度に設定するが、人間の感覚の問題であるため設計では数値化できないので、実車でチューニングする。惰行制御しきい線TLは、減速ゼロしきい線TLgと加速ゼロしきい線TLkの中央に設定する。
【0050】
以上のように作成した図8のグラフを適宜に数値化(離散化)して記憶素子に書き込むことにより、惰行制御実行部3がその演算処理に利用可能な惰行制御判定マップ2が得られる。
【0051】
次に、本発明の惰行制御装置1における旋回認識と旋回中惰行制御禁止について図9を参照しつつ説明する。
【0052】
ステップS91にて、旋回認識部4は、ABS制御ユニット123から左右の車輪の回転速度を読み取り、回転速度差ΔRを算出する。次いで、ステップS92にて、旋回認識部4は、回転速度差ΔRが第一閾値Th1を超えたかどうか判定する。YESの場合、左右の車輪の回転速度差ΔRが第一閾値Th1を超えたのであるから、車両が旋回中になったと認識できる。この場合、ステップS93に進む。ステップS93にて、旋回中惰行制御禁止部5は惰行制御を禁止する。
【0053】
ステップS92の判定でNOの場合、ステップS94へ進む。ステップS94にて旋回認識部4は、回転速度差ΔRが第二閾値Th2(Th1=Th2+α;αはあらかじめ実験に基づいて設定した正の値)以下かどうか判定する。YESの場合、左右の車輪の回転速度差ΔRが第二閾値Th2以下となったのであるから、車両が旋回中でなくなったと認識できる。この場合、ステップS95に進む。ステップS95にて、旋回中惰行制御禁止部5は惰行制御を許可する。
【0054】
ステップS94の判定でNOの場合、回転速度差ΔRが第二閾値Th2より大きい。惰行制御が許可された状態でこの判定に至った場合は、いったん回転速度差ΔRが第二閾値Th2以下となって惰行制御が許可になり、その後、第二閾値Th2より大きくなったのであるから、惰行制御許可を維持するべくそのまま終了へ進む。惰行制御が禁止された状態でこの判定に至った場合は、いったん回転速度差ΔRが第一閾値Th1を超え惰行制御が禁止になり、その後、まだ回転速度差ΔRが第二閾値Th2以下になっていないのであるから、惰行制御禁止を維持するべくそのまま終了へ進む。
【0055】
この結果、車両が旋回中のときは惰行制御禁止となるため、図6で説明したような惰行開始条件が成立しても、惰行制御が開始されなくなる。また、既に惰行制御を実行中に車両が旋回を開始した場合でも、惰行制御禁止となるため、図6で説明したような惰行終了条件が成立していなくても惰行制御が終了となる。
【0056】
以上説明したように、本発明の惰行制御装置1によれば、車両が旋回中であることが認識されているときは惰行制御を禁止するようにしたので、旋回において重要なABS制御などの安定化制御に対して惰行制御がバッティングして悪影響を及ぼすことがなくなる。
【0057】
本発明の惰行制御装置1によれば、旋回認識部4は、ABS制御ユニット123から左右の車輪の回転速度の情報を読み出し、左右の車輪の回転速度差から車両が旋回中であることを認識することができる。旋回中の認識に利用可能なステアリングセンサ、ヨーレイトセンサ、Gセンサなどが比較的上位機種の車両、いわゆる高級車に採用されるのに対し、ABS制御ユニット123は下位機種の車両、いわゆる普及車にも搭載されているので、新規なセンサを追加することなく本発明を適用することができる。
【0058】
本発明の惰行制御装置1によれば、旋回中の認識を左右の車輪の回転速度差ΔRと1つの閾値との比較で行わず、左右の車輪の回転速度差ΔRが第一閾値Th1を超えたとき車両が旋回中になったと認識し、その後、左右の車輪の回転速度差が第一閾値Th1より小さい第二閾値Th2以下となったとき車両が旋回中でなくなったと認識するようにしたので、いわゆるヒステリシスが実現され、惰行制御の禁止と許可が頻繁に繰り返されるハンチングが防止される。
【符号の説明】
【0059】
1 惰行制御装置
2 惰行制御判定マップ
3 惰行制御実行部
4 旋回認識部
5 旋回中惰行制御禁止部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9