特許第5985184号(P5985184)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5985184
(24)【登録日】2016年8月12日
(45)【発行日】2016年9月6日
(54)【発明の名称】正極及びこれを用いた電気化学デバイス
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/86 20060101AFI20160823BHJP
   H01M 12/08 20060101ALI20160823BHJP
   H01M 4/40 20060101ALI20160823BHJP
   H01M 4/96 20060101ALI20160823BHJP
   H01M 4/90 20060101ALN20160823BHJP
   H01M 4/92 20060101ALN20160823BHJP
【FI】
   H01M4/86 B
   H01M12/08 K
   H01M4/40
   H01M4/96 B
   !H01M4/90 M
   !H01M4/90 Y
   !H01M4/92
【請求項の数】5
【全頁数】13
(21)【出願番号】特願2011-278573(P2011-278573)
(22)【出願日】2011年12月20日
(65)【公開番号】特開2013-131327(P2013-131327A)
(43)【公開日】2013年7月4日
【審査請求日】2014年12月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】390019839
【氏名又は名称】三星電子株式会社
【氏名又は名称原語表記】Samsung Electronics Co.,Ltd.
(74)【代理人】
【識別番号】110000981
【氏名又は名称】アイ・ピー・ディー国際特許業務法人
(72)【発明者】
【氏名】西出 宏之
(72)【発明者】
【氏名】中島 聡
(72)【発明者】
【氏名】相原 雄一
【審査官】 渡部 朋也
(56)【参考文献】
【文献】 特開2002−184473(JP,A)
【文献】 特開平10−172580(JP,A)
【文献】 特開2004−342504(JP,A)
【文献】 特表2010−529608(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00
H01M 12/08
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
酸素の酸化還元反応を利用し、かつ、外部から閉鎖されている電気化学デバイス用の正極であって、
ポリエチレンイミンにコバルトが配位したポリエチレンイミンーコバルト錯体(PEI−Co錯体)を主骨格とする高分子と酸素の酸化還元反応用の電極材料と前記ポリエチレンイミンーコバルト錯体に可逆的に結合及び脱離する酸素とを少なくとも含有する混合物からなり、酸素を正極活物質とすることを特徴とする、正極。
【請求項2】
前記ポリエチレンイミンが、架橋剤によって架橋されていることを特徴とする、請求項1に記載の正極。
【請求項3】
前記電極材料が、炭素または触媒を担持した炭素であることを特徴とする、請求項1または2に記載の正極。
【請求項4】
酸素の酸化還元反応を利用し、かつ、外部から閉鎖されている電気化学デバイスであって、
請求項1〜3のいずれか1項に記載の正極と、
前記正極の酸素酸化還元電位よりも卑な電位を有する金属を負極活物質とする負極と、
前記正極と前記負極の両者に隣接して配置される電解質と、
を備えることを特徴とする、電気化学デバイス。
【請求項5】
前記金属が、リチウムであることを特徴とする、請求項4に記載の電気化学デバイス。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、酸素を正極活物質として用いる電気化学デバイス用の正極と、これを用いた電気化学デバイスに関する。
【背景技術】
【0002】
近年、充放電可能な二次電池として、リチウム空気電池等の酸素を正極活物質として用いる電気化学デバイスが注目を集めている。このような電気化学デバイスでは、放電時にデバイスの外部(空気中あるいは外部の酸素供給装置)から酸素が供給され、この酸素が充放電の際の電極における酸化還元反応に用いられる。このように、酸素等のガスを正極活物質として用いる場合には、デバイスをガスボンベなどと連結する方法(例えば、特許文献1を参照)や、デバイスに空気取り入れ口を設けて空気中の酸素を取り入れる方法(開放系)が一般的である。
【0003】
ここで、軽量化や省スペース化を考慮すると、ボンベと連結する方法は、据置型を中心とする大容量の発電及び蓄電を行うデバイスのみで可能であり、小型デバイス用途には適していない。一方、空気取り入れ口を設けてデバイスに空気を供給する場合、同時に水などの不純物がデバイス内に混入してしまう。このように酸素の酸化還元反応を正極反応とする場合、正極(空気極)周囲に存在する不純物が、触媒性能を劣化させたり、蓄電においてはサイクル性能を低下させたりすることが知られている。
【0004】
これに対して、活物質として用いるガスを電気化学デバイス内に充填する方法(例えば、特許文献2を参照)なども考えられるが、充填体積や充填圧力的にも課題が多いと考えらえる。また、システムとして、空気の取り入れを制御する方法(例えば、特許文献3を参照)なども検討されているが、システムコストの上積みによって、デバイスのエネルギー単価が高くなるおそれがある。
【0005】
また、上記以外の方法として、正極反応場と空気取り入れ口との間に仕切りとして、高分子膜などによる隔壁を設け、高分子内の酸素拡散を利用し、電気化学デバイス内部への不純物の混入や、溶媒の揮発を防ぐ方法なども提示されている(例えば、特許文献4及び5を参照)。
【0006】
さらに、蒸気圧を持たない(または非常に小さい)イオン液体を溶媒として用いることで、溶媒の揮発を防止したり、撥水性イオン液体を利用することによって、水分の混入を防止したりする方法なども検討されている(例えば、特許文献6を参照)。
【0007】
加えて、酸素の選択的取り入れを目的として、コバルト−ポルフィリン−ベンジルイミダゾール錯体を、正極反応場と空気取り入れ口との間に配置する方法(例えば、特許文献7を参照)なども考案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【特許文献1】特表2010−528412号公報
【特許文献2】特開2001−273935号公報
【特許文献3】特開2008−010230号公報
【特許文献4】特開2007−080793号公報
【特許文献5】特開2006−134636号公報
【特許文献6】特開2011−014478号公報
【特許文献7】特開2004−319292号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
しかしながら、特許文献4及び5のように、酸素透過性の高い材料(例えば、特許文献5では、シリコンゴムなどの高分子材料)を用いたとしても、酸素以外を不透過とし、水分や他のガス(空気中の二酸化炭素等)といった不純物の混入を避けることはできない。
【0010】
また、特許文献6のように、イオン性液体を用いたとしても、イオン性液体の疎水性が高いといえども、塩である以上、外気に晒された場合には微量の水分は必ず透過するため、電気化学特性の低下は避けられない。
【0011】
さらに、特許文献7の方法では、単位構成分子サイズに対して酸素一分子が結合するということを考えると、酸素を正極活物質とする電気化学デバイスに酸素を供給する能力としては、十分とは言えない。
【0012】
ここで、電気化学デバイス内に不純物の混入を完全に防止するためには、電気化学デバイスを外気から遮断される(外部から閉鎖している)ようにすること(閉鎖系)が必要となる。しかし、電気化学デバイスを閉鎖系とした場合、サイクル特性を考慮すると、酸素を継続的に正極に供給するための手段をいかに確保するかが問題となる。
【0013】
そこで、本発明は、上記現状に鑑みてなされたものであり、酸素を正極活物質として用いる閉鎖系の電気化学デバイスにおいて、デバイス内への不純物の混入を防止しつつ、デバイス内に酸素を効率的かつ継続的に供給することにより、電気化学特性を従来よりも向上させることを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0014】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた結果、ポリエチレンイミンーコバルト錯体を主骨格とする高分子と酸素の酸化還元反応用の触媒とを少なくとも含有する混合物を正極材料とすることにより、酸素を正極活物質として用いる閉鎖系の電気化学デバイスにおいて、デバイス内への不純物の混入を防止しつつ、デバイス内に酸素を効率的かつ継続的に供給できることを見出し、この知見に基づいて本発明を完成するに至った。
【0015】
すなわち、本発明のある観点によれば、酸素の酸化還元反応を利用し、かつ、外部から閉鎖されている電気化学デバイス用の正極であって、ポリエチレンイミンにコバルトが配位したポリエチレンイミンーコバルト錯体を主骨格とする高分子と酸素の酸化還元反応用の触媒とを少なくとも含有する混合物からなり、酸素を正極活物質とする、正極が提供される。
【0016】
ここで、前記正極において、前記ポリエチレンイミンが、架橋剤によって架橋されていることが好ましい。
【0017】
また、前記正極において、前記触媒が、炭素であることが好ましい。
【0018】
また、本発明の別の観点によれば、酸素の酸化還元反応を利用し、かつ、外部から閉鎖されている電気化学デバイスであって、前述した正極と、前記正極の酸素酸化還元電位よりも卑な電位を有する金属を負極活物質とする負極と、前記正極と前記負極の両者に隣接して配置される電解質と、を備える、電気化学デバイスが提供される。
【0019】
ここで、前記化学デバイスにおいて、前記金属が、リチウムであってもよい。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、酸素を正極活物質として用いる閉鎖系の電気化学デバイスにおいて、リエチレンイミンにコバルトが配位したポリエチレンイミンーコバルト錯体を主骨格とする高分子と酸素の酸化還元反応用の触媒とを少なくとも含有する混合物を正極材料とすることにより、デバイス内への不純物の混入を防止しつつ、デバイス内に酸素を効率的かつ継続的に供給でき、これにより、当該電気化学デバイスの電気化学特性を従来よりも向上させることが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本発明の好適な実施形態に係る電気化学デバイスの構成を示す説明図である。
図2】ポリエチレンイミン−コバルト錯体を形成後、窒素および酸素ガスを吹き込み、UV−vis吸収スペクトルを測定した結果の一例を示すグラフである。
図3】実施例1で行ったサイクリックボルタンメトリーの結果を示すグラフである。
図4】実施例2で行ったサイクリックボルタンメトリーの結果を示すグラフである。
図5】実施例2で行ったクロノポテンショメトリーの結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。
【0023】
[電気化学デバイスの構成]
まず、本発明に係る電気化学デバイスの構成について説明する。本発明に係る電気化学デバイスは、酸素の酸化還元反応を利用するものである。このような電気化学デバイスとしては、例えば、金属空気電池や燃料電池などがあるが、以下の説明では、金属空気電池を例に挙げて説明する。
【0024】
金属空気電池は、正極活物質として酸素、負極活物質として金属を用いる、充放電可能な電池である。正極活物質である酸素は空気から得られるため、電池内に正極活物質を充填する必要がないことから、電池容器内に占める負極活物質の割合を大きくすることができるため、理論上、固体の正極活物質を用いる二次電池よりも大きな容量を実現できる。
【0025】
金属空気電池においては、放電の際、負極では(A)式の反応が進行する。なお、以下の例では、負極活物質としてリチウムを使用した場合を例に挙げている。
2Li→ 2Li + 2e ・・・(A)
【0026】
上記(A)式で生じた電子は、外部回路を経由し、正極に到達する。そして、(A)式で生じたリチウムイオン(Li)は、負極と正極とにより挟持された電解質内を、負極側から正極側に電気浸透により移動する。
【0027】
また、放電の際、正極では(B)式及び(C)式の反応が進行する。
2Li + O + 2e → Li ・・・(B)
2Li + 1/2O + 2e → LiO ・・・(C)
【0028】
正極で生じた過酸化リチウム(Li)及び酸化リチウム(LiO)は、固体として空気極である正極に蓄積される。充電時においては、負極で上記(A)式の逆反応、正極で上記(B)式及び(C)式の逆反応がそれぞれ進行し、負極において金属(リチウム)が再生するため、再放電が可能となる。以下、図1を参照しながら、本発明の好適な実施形態に係る電気化学デバイスの構成について説明する。図1は、本発明の好適な実施形態に係る電気化学デバイス100の構成を示す説明図である。
【0029】
図1に示すように、電気化学デバイス100は、正極110と、負極120と、電解質130と、を主に備える。
【0030】
(正極110)
正極110は、酸素を正極活物質とするものである。このような正極としては、一般に、酸素を大量に取り入れられるように、表面積を増やすために多孔質にしたガス拡散電極が設けられるが、本発明に係る正極110は、ポリエチレンイミンにコバルトが配位したポリエチレンイミンーコバルト錯体(以下、「PEI−Co錯体」と記載する。)を主骨格とする高分子と酸素の酸化還元反応用の触媒とを少なくとも含有する混合物からなる複合酸素極である。
【0031】
ここで、本発明に係る電気化学デバイス100は、酸素を正極活物質として用いていることから、この酸素を外部の空気から供給する場合には、デバイス内への不純物の混入を防止しつつ、デバイス内に如何に効率良く、高い酸素分圧を有するガスを供給できるかが重要となる。そこで、本発明に係る電気化学デバイス100では、正極110として、PEI−Co錯体を主骨格とする高分子と酸素の酸化還元反応用の触媒とを少なくとも含有する混合物を使用し、この正極110を直接酸素の供給及び吸収源としている。
【0032】
正極110は、上述したように、酸素の供給及び吸収機能を有しているが、これは、正極110が、PEI−Co錯体を主骨格とする高分子を含有し、このPEI−Co錯体が、酸素を選択的かつ可逆的に脱着可能であることによる。このような材料からなる正極110が設けられることで、PEI−Co錯体が、外部から供給されるガスの中から選択的に酸素を結合して酸素を吸収し、正極110における酸化還元反応に使用することができる。従って、正極110は、酸素以外の不純物をなるべく吸収しないようにすることができるとともに、高い酸素分圧を有するガスを安定的に吸収することができる。以下、正極110の主成分の1つであるPEI−Co錯体について詳細に説明する。
【0033】
<PEI−Co錯体>
ポリエチレンイミン(PEI)は、下記構造式(1)で表される高分子化合物であり、コバルトと錯体を形成することで、空気中から選択的に酸素分子と結合することが可能となる。なお、本発明で使用可能なPEIとしては、下記構造式(1)に示す分岐型のポリエチレンイミンのほか、直鎖型のポリエチレンイミンも使用することができる。また、PEIの代わりに、ポリプロピレンイミンなどを使用してもよい。
【0034】
【化1】
【0035】
PEIにCoを配位させる方法としては、例えば、下記反応式群(2)の上式に示すように、PEIを塩化コバルトと反応させると、PEI 1ユニット中の6個の窒素原子がコバルト原子に配位し、PEI−Co錯体([CoN2+)が形成される。
【0036】
また、このPEI−Co錯体の酸素脱着の機構について説明すると、下記式(3)に示すように、上記(2)の上式により形成されたPEI−Co錯体と酸素分子が反応すると、まず、PEI−Co錯体中でCoに配位している窒素原子のうちの1原子とCoとの結合が解離され、代わりに、酸素分子が、2ユニットのPEI−Co錯体を架橋するような形でPEI−Co錯体中のCoに配位する。その結果、下記反応式群(2)の中式に示すように、2ユニットのPEI−Co錯体に1分子の酸素分子が配位した錯体([NCo−O−CoN4+)が形成される。このように、2ユニットのPEI−Co錯体により、1分子の酸素分子を取り込む(付加させる)ことができる。
【0037】
さらに、下記反応式群(2)の下式に示すように、酸素分子がPEI−Co錯体に配位している状態で、酸(H)を加えると、この酸によりコバルトイオンが生成するとともに、酸素分子が離脱する。このようにして、PEI−Co錯体に酸を加えることにより、PEI−Co錯体は、酸素を放出する(脱離させる)ことができる。
【0038】
【化2】
【0039】
【化3】
【0040】
このように、PEI−Co錯体に酸素を吸収させることによって、正極110の単位体積当たりの酸素吸収量が高くなり、安価に濃縮された酸素を取り入れることが可能となり、ひいては、酸素酸化還元反応の過電圧を低下させることが可能となる。また、電極自体が酸素を保持していることから、電池製造という観点においても、簡便な方法で電池化が可能となり、ひいては安価に金属‐空気電池を提供することが可能となる。
【0041】
さらに、正極110は、繰り返し単位の小さなポリエチレンイミン(PEI)とコバルトからなる、PEI−Co錯体に酸素を吸収させることによって、単位体積当たりの酸素吸収量が高くなる。
【0042】
<架橋PEI−Co錯体>
上述したPEI−Co錯体において、PEIが架橋剤により架橋されていることが好ましい。PEIが架橋されていることにより、PEI−Co錯体を有機溶媒等の非水系溶媒や水系溶媒に不溶とすることができる。これにより、非水系または水系の電解液を使用した場合であっても、正極110は、電解液に溶解せずに、電極としての形状を安定的に保つことができる。また、PEIが溶解しない電解液を用いた場合には、PEIは架橋されていなくてもよい。
【0043】
なお、PEIの架橋に使用可能な架橋剤としては、ペンダント状にクロライドやエポキシ基を持つポリマーやクロライドやエポキシ基を2つ以上有する低分子などを幅広く使用でき、特に限定されないが、より具体的には、ポリエピクロロヒドリン(PECH)、1,2−ジブロモエタンなどのハロゲン化物、ビスフェノールA型エポキシ樹脂、トリメチロールプロパンポリグリシジルエーテルなどのエポキシ化合物、トルエンジイソシアネート、2,4−ジイソシアン酸トリレンなどのイソシアネート化合物、スクシニルジクロリド、2,2,3,3−テトラフルオロスクシニルジクロリドなどのカルボン酸ハロゲン化物等が挙げられる。
【0044】
<触媒>
本発明の正極110に含まれる触媒としては、酸素の酸化還元活性を有する触媒であれば特に限定はされないが、酸素酸化還元活性を有する触媒の具体例としては、白金などの貴金属触媒、コバルト、ニッケルなどの遷移金属系触媒、コバルト−ポルフィリンなどの有機金属触媒、炭素触媒などが挙げられる。ただし、本発明では、電子伝導性を保ちつつ、安価に電極を形成し得るという点で、正極110においてPEI−Co錯体と混合される触媒として、炭素を使用することが好ましい。
【0045】
<その他の成分>
本発明の正極110には、上述したPEI−Co錯体と触媒との混合物の他に、必要に応じて、表面改質剤、安定剤、レベリング剤、増粘剤、バインダーとして、ポリフッ化ビニリデン(PVDF)等の添加剤が含まれていてもよい。
【0046】
<閉鎖系の電気化学デバイス>
ここで、正極110は、PEI−Co錯体を含んでいることにより、酸素を含むガスから酸素を選択的に付加する機能を有していることから、外部の空気中から酸素を取り込まなくても、電気化学デバイス100の充電の際に正極140で発生する酸素を取り込んで、その酸素を正極110に貯蔵しておくことができる。そのため、このような正極110によれば、初めにPEI−Co錯体に酸素を付加させて酸素を取り込んでおけば、その後に、正極110に追加で酸素を送り込まなくても、充電時に正極140から発生した酸素、すなわち、電気化学デバイス100の内部で発生した酸素を取り込むことにより、放電時に正極110で継続的に酸素を使用することができる。
【0047】
従って、PEI−Co錯体を含む正極110を設置することで、電気化学デバイス100は、外部から、空気取り入れ口等を介して継続的に酸素を取り込まなくても、電気化学デバイス100の内部のみで、正極110において継続して酸素を使用することができる。
【0048】
このように、PEI−Co錯体を含む正極110を設置することで電気化学デバイス100は、外部から、空気取り入れ口等を介して継続的に酸素を取り込む必要がなくなるので、電気化学デバイス100を外部から閉鎖された状態(閉鎖系)とすることが可能となるため、本発明に係る電気化学デバイスは、外部からの空気取り入れ口を有さず、外部から閉鎖されている閉鎖系であることを必須とする。そして、電気化学デバイス100を閉鎖系とすることにより、外部からの空気の取り入れ口を有する開放系とした場合と異なり、電気化学デバイス100内に不純物である水分、二酸化炭素、一酸化炭素などを取り込んでしまうことによる電池の容量の劣化を防止することができる。また、電気化学デバイス100内に酸素タンクを設置する場合と異なり、酸素を貯蓄しておくスペースが不要となることから、電気化学デバイス100内部の体積あるいは重量エネルギー密度を高く維持することが可能となる。
【0049】
また、炭素などの触媒と、酸素を含むPEI−Co錯体とを混合して形成して得られる複合酸素電極を正極110に、また、電解質130を介して、負極120に正極110よりも卑なアルカリ金属などを配することで、酸素取り入れが不要な金属空気電池を形成することができる。この金属空気電池は、外部からの酸素供給なしに、電極で保持された酸素の酸化還元が電極反応に寄与するため、電池劣化の要因となる不純物の混入などもなく、安定的にサイクル可能な電池を供給することが可能となる。
【0050】
(負極120)
負極120は、正極110の酸素酸化還元電位よりも卑な電位を有する金属を負極活物質とする。このような負極活物質として用いることができる金属としては、例えば、リチウム、ナトリウム、カルシウム、マグネシウム、アルミニウム、亜鉛などが挙げられる。負極120の活物質として用いられる金属は、放電の際、上記(A)式の反応よりイオン化し、電子を放出する。上記(A)式の反応により生じた金属イオンは、電解質130を通って正極110まで到達し、電子は、外部回路を通って正極110に到達する。
【0051】
(電解質130)
電解質130は、正極110と負極120の両者に隣接して配置される。電解質130としては、負極活物質がイオン化した金属イオン(例えば、リチウムイオン)伝導性を有するものであれば、水系電解液、非水系電解液、高分子電解質、無機固体電解質など、特に限定はされない。
【実施例】
【0052】
次に、実施例を用いて本発明を更に具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例にのみ限定されるものではない。
【0053】
(PEI−Co錯体の酸素の可逆的結合の確認)
まず、PEI−Co錯体が酸素を可逆的に結合・脱離することを確認するために以下の実験1、実験2を行った。
【0054】
<実験1>
ポリエチレンイミン(PEI)水溶液20mL(0.5mol/L)と塩化コバルト水溶液4mL(0.5mol/L)をシリンジに入れよく混合させると、淡赤色のPEI−Co錯体が生成する。このシリンジで酸素50mLを吸入し、PEI−Co錯体と混合させると暗褐色となり約40mLの酸素を吸収した(コバルト1molあたり約0.5molの酸素を吸収)。さらに、1mol/L塩酸をシリンジに加えると、再び酸素の発生が見られた。
【0055】
また、溶媒を水からイオン液体である1−エチル−3−メチルイミダゾリウムに変え、同様の実験を行った。塩化コバルトを1−エチル−3−メチルイミダゾリウム(東京化成製)に溶解(0.5mol/L)させると青色に変化し、イオン液体のイミダゾリウム三級アミンとコバルトの錯体形成の可能性が示唆された。また、塩化コバルトのイオン液体溶液4mL(0.5mol/L)にPEI溶液20mL(0.5mol/L)をシリンジに入れよく混合すると、青色から褐色へと変化しコバルトとエチレンアミンの錯体を形成していることが示唆された。さらに、酸素を吹き込むことで暗褐色へと変化し、イオン液体中でもPEI−Co錯体の酸素との結合が示された。
【0056】
<実験2>
ガスの吹き込みによる酸素分圧の変化により可逆的なPEI−Co錯体を形成後、NおよびOガスを吹き込み、UV−vis吸収スペクトルを測定した。その結果を図2に示す。図2に示すように、数分間窒素ガスを吹き込むことで、310nmにおける吸収スペクトルが減少し、酸素の吹き込みにより速やかに増大し、271nmに等吸収点が観測され、下記式(4)に示す可逆的な変化を示した。
【0057】
【化4】
【0058】
(架橋PEI−Co錯体の酸素の可逆的結合の確認)
次に、PEIが架橋された架橋PEI−Co錯体が酸素を可逆的に結合・脱離することを確認するために以下の実験3、実験4を行った。
【0059】
<実験3>
ポリエチレンイミン(PEI,Aldrich製,M=1.0×10)5.0g(116mmol)とポリエピクロロヒドリン(PECH,Aldrich製,M=7.0×10)5.0g(54mmol)をDMF200mlに60℃で溶解させた後、テフロン(登録商標)板上に2.0mlキャストし2時間100℃で熱架橋した(以下の式(5)を参照)。テフロン(登録商標)板を水中に30分浸漬させることで基板から架橋膜を剥離した。続いて、飽和塩化コバルト水溶液に浸漬させることで茶褐色膜として架橋PEI−Co錯体を得た。重量変化より算出したコバルト導入率はおよそ15%であった。
【0060】
【化5】
【0061】
架橋PEI−Co錯体5.0gに対して1N塩酸20mlを加えると、酸素が約11ml(理論値13.3ml)発生した。ゲル状態においても酸素の脱着が示された。
【0062】
<実験4>
電気化学的に溶存酸素を還元することで酸素分圧を減らし、上記式(4)の平衡を右側に傾けることができる。還元電流の変化より、PEI−Co錯体からの酸素放出を検出した。
【0063】
具体的には、1.0M LiBF炭酸プロピレン溶液20ml中に架橋PEI−Co錯体4.0gを浸漬させた状態でNバブリングし、セルを密封した。作用極をPt/C酸素還元触媒、対極をPtコイルとして、−0.7V(vs.Ag/AgCl)で20分間定電位バルク電解を行った。架橋PEI−Co錯体存下では、定常状態での還元電流値は約60%増加し、PEI−Co錯体からの酸素の放出が示された。
【0064】
(実施例1)
本実施例では、PEI−Co錯体を使用した正極の酸素酸化還元能を評価するために、PEI−Co錯体を単離した後に、PEI−Co錯体と炭素とを複合した正極について、酸素還元電流を測定した。具体的には、以下の通りである。
【0065】
PEIメタノール溶液40mL(0.5mol/L)とCoClメタノール溶液8mL(0.5mol/L)を窒素雰囲気下で混合し、減圧乾燥させることで赤紫色粘稠体として、デオキシPEI−Co錯体を得た。溶媒を除去したデオキシPEI−Co錯体は溶液中と比較し酸素を吸収しにくいが、空気に暴露することで、酸素を吸収し褐色へと変化し、オキシPEI−Co錯体を形成した。オキシPEI−Co錯体は茶褐色粉末として得られた。
【0066】
オキシPEI−Co錯体粉末を、気相成長炭素繊維(VGCF, 昭和電工製)、ポリフッ化ビニリデン(PVDF,クレハ製)と質量比1/8/1で混練し、ITOガラス基板上に塗布し、乾燥させ炭素複合電極を得た。この複合電極を作用極とし、炭酸プロピレン、γ−ブチロラクトン、水溶液中で支持電解質を0.1M LiBFとしてサイクリックボルタンメトリーを行った。その結果を図3に示す。図3に示すように、水溶液中において、溶液系と同一の酸化還元電位に酸化還元波を観測できた。
【0067】
(実施例2)
本実施例では、電解質を介して、PEI−Co錯体と炭素とを複合した正極とLi電極とを設置した金属空気電池を作製し、容量特性およびサイクル特性を評価した。具体的には、以下の通りである。
【0068】
正極をPEI−Co錯体と炭素とを複合した炭素複合電極、負極をLi、電解質を1.0M LiBFプロピレンカーボネート溶液として、グローブボックス内にてコインセルを作製し、サイクリックボルタンメトリーおよびクロノポテンショメトリーを行った。サイクリックボルタンメトリーの結果を図4に、クロノポテンショメトリーの結果を図5にそれぞれ示す。
【0069】
図4図5に示すように、正極をPEI−Co錯体と炭素とを複合した炭素複合電極とし、負極を正極の酸素酸化還元電位よりも卑な電位を有するリチウムとすることにより、良好な容量特性およびサイクル特性を示すことがわかった。
【0070】
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。
【0071】
例えば、上述した実施形態では、電気化学デバイスが金属空気電池である場合を例に挙げて説明したが、これには限られず、例えば、本発明に係る電気化学デバイスは、燃料電池等の酸素を酸化還元反応に用いる電池であってもよい。
【符号の説明】
【0072】
100 電気化学デバイス
110 正極
120 負極
130 電解質

図1
図2
図3
図4
図5