(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
パンタグラフに作用する加振器と、該パンタグラフに備えたもので前記パンタグラフと前記加振器の間の接触力値を実測して出力する接触力測定器と、トロリ線を支持する架線の力学モデルを用いたシミュレータとを含む走行シミュレーション装置であって、
前記シミュレータは、前記架線について位置により変化する応答特性を示す変動関数を発生する関数発生器を備えて、該関数発生器で発生する前記応答特性を取り込んだ前記架線の力学モデルを収納していて、
該シミュレータが前記接触力測定器から出力される前記接触力値をリアルタイムで入力し、該入力された接触力値に対応する前記トロリ線の変位を前記架線の力学モデルに基づいて前記パンタグラフの仮想的な走行距離に応じてリアルタイムで算定し、該算定したトロリ線の変位に応じて前記加振器をリアルタイムで駆動することを特徴とする架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置。
前記架線の力学モデルは、ばね・質点系モデルとして力学モデル化されたもので、前記変動関数はばね定数に反映されることを特徴とする請求項1記載の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置。
前記架線の力学モデルは、有限差分法または有限要素法により構築された力学モデルで、前記変動関数は伝達関数に反映されることを特徴とする請求項1記載の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置。
前記加振器は、架線の延長方向に垂直な枕木の方向に移動するように構成される請求項1から4のいずれか1項に記載の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置。
【背景技術】
【0002】
パンタグラフの架線に対する追従性や両者間に作用する接触力を評価する方法はいろいろ知られている。
パンタグラフや架線に生じている実現象を最も正確に評価できるのは、実車両に実架線下を走行させて測定する現車試験であるが、高圧部位であるパンタグラフについて測定したデータをリアルタイムで取得するためにテレメータを利用するなど、大がかりな試験となり安易に実施することはできない。したがって、たとえば新規に開発したパンタグラフの評価をする場合などでは、事前により簡便な試験による予備的な性能確認をした上で、最終段階に適用することが好ましい。
【0003】
簡易なパンタグラフ性能評価試験として、周期波形やランダム波形を加振器に与えてパンタグラフの特性を観察する方法がある。この方法は、架線の特性が正確に表現されておらず、実現象を十分に反映しないきらいがある。
一方、架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション技術として、有限差分法や三次元の有限要素法に基づく手法が確立されている。
【0004】
さらに、特許文献1には、架線とパンタグラフに係るニューラルネットワークモデルを使う方法が開示されている。開示方法は、接触力とひずみの実測データを用いた学習によってニューロン間の結合に関連づけられた重みとニューロンの閾値を逐次適正化させていくことにより正確なモデルを構築し、パンタグラフの接触力実測値データを入力することで適切なひずみ推定値データを取得するものである。
【0005】
これらの方法は、架線とパンタグラフの間の接触力、任意の場所におけるトロリ線の押上量ひずみを求めることが可能なため、それぞれ有効な評価手法になっている。また、パンタグラフのモデルとして、従来から用いられてきた単純なばね・質点系だけでなく、弾性変形を考慮した柔軟体マルチボディダイナミックスによる力学モデルの構築もなされている。しかし、各部材間の接触や摩擦をすべてモデルに取り込むことは容易でなく、さらに、CFRPなどの異方性材料を舟体に使用したパンタグラフについて、振動特性を正確に表現するモデルの構築は困難であり、ソフトウエアおよびハードウエアの負担が大きい。
【0006】
近年、実機を用いた試験とシミュレーション技術を融合した手法として、HILS(Hardware In the Loop Simulation)が注目され、各産業分野において実用化されてきている。
HILSでは、評価の対象とする機械構造物や電子機器等については実機を使用し、稼働状態で作用する外乱をシミュレーションで表現するので、装置のモデル化が不要で、実機の構造変更も直ちに試験に反映させることができる。
【発明の開示】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
架線はトロリ線の支持構造が線に沿って変化するため動的応答が位置によって異なるので、パンタグラフの性能はパンタグラフの移動に伴って架線の動特性が変化することを取り込んで評価することが好ましい。
そこで、本発明が解決しようとする課題は、指定する架線に沿って走行するときのパンタグラフの性能を評価することができる、より実用的な、架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置は、パンタグラフに作用する加振器と、パンタグラフに備えた接触力測定器と、トロリ線を支持する架線の動きをシミュレーションするシミュレータとを含むもので、接触力測定器で実測したパンタグラフと加振器の間の接触力値をリアルタイムで前記シミュレータに取り込んで、実測された接触力に対応するトロリ線の変位を、架線の応答特性を位置により変化する関数として表す力学モデルを用いたシミュレーションにより、パンタグラフの仮想的な走行距離に応じてリアルタイムで算定し、算定したトロリ線の変位に応じて加振器をリアルタイムで駆動することを特徴とする。
【0010】
本発明に係る架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置によれば、加振器が架線の応答特性を位置に応じて再現し加振器があたかも架線であるように作動するので、パンタグラフが走行する間のトロリ線の変位がパンタグラフが走行するにつれて変化する架線の剛性を反映して正しく算定され、加振器の動きとしてリアルタイムでフィードバックすることができる。さらに、力学モデル化が難しく運動方程式を正しく解くことが難しい種々のパンタグラフの運動についても実機あるいはプロトモデルなどを使うことで複雑な演算を省いて容易にかつ正確に解析することができる。
【0011】
このように、本発明の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置は、実際のパンタグラフを使って演算を簡単化し、パンタグラフの位置により変化する架線の動特性を考慮に入れたシミュレーションによりて架線の動きを再現するもので、実際のパンタグラフをシミュレーションにより再現した架線の下で仮想的に走行させて得られる運動状態に基づいて、より容易にまた正確に、走行状態のパンタグラフに係る架線・パンタグラフ系の運動を評価をすることができる。
【0012】
架線は、ばね・質点系として力学モデル化することができる。この場合は、パンタグラフの接触位置が移動するにつれてばね定数を変化させることにより架線の実態に合わせることができる。ばね定数は、別途、架線シミュレーションにより事前に算定することができる。
また、架線の力学モデルは、有限差分法または有限要素法により構築することができる。有限差分法あるいは有限要素法を用いてモデル化した場合は、架線の延長方向に変化する伝達関数を高い精度で算定して、パンタグラフの走行を模擬することができる。
【0013】
なお、架線におけるパンタグラフが接触する位置に依存するばね定数あるいは伝達特性の変化は、パンタグラフの移動に対応して経過する時間に依存する変化と等価になるので、架線の力学的モデルにおける位置依存関数は時間関数として繰り込むことができる。
また、パンタグラフの上に当てられた加振器は架線の延長方向に垂直な枕木の方向にリアルタイムに移動するように構成してもよい。加振器の位置をパンタグラフ上で動かすことができれば、パンタグラフに接触する架線が左右に変位する場合を模擬して、架線・パンタグラフ系の評価をすることができる。
【0014】
なお、本発明の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置は、コンピュータにより統合制御するようにしてもよい。また、十分高速なコンピュータを使用する場合は、シミュレータはコンピュータに格納されたソフトウエア上のシミュレーション機能により実行するものとしてもよい。
さらに、力学モデルにおける変動要素となる位置依存関数または時間関数は、関数発生器により調整することができるパラメータとして力学モデルに取り込み、コンピュータで制御するようにすることができる。なお、関数発生器も、シミュレータあるいはコンピュータに含まれる構成とすることができる。
上記のシミュレーションは、高速演算が可能なDSP(Digital Signal Processor)を用いたHILS(Hardware In the Loop Simulation)により実行することができる。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、実際のパンタグラフに対してシミュレーション装置を適用することにより、より容易にかつ正確に、架線・パンタグラフ系の運動をシミュレーションすることができるようになり、パンタグラフあるいは架線の性能評価や機能向上に貢献することができる。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下、本発明の1実施形態に係る架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置を、図面を参照しながら説明する。
図1は、本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置の構成を示すブロック図、
図2は架線のリアルタイムシミュレーションに採用する架線の力学モデルの1例を示す図面である。
【0018】
本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置は、リアルタイムシミュレータ1と加振器5と接触力測定器3を備えて、試験対象として実際に設置された実機あるいはプロトモデルのパンタグラフ11と、シミュレーションによりリアルタイムベースで摸擬された架線とを用いて、架線と摺動しながら走行するパンタグラフにおける運動状態を再現する。
【0019】
加振器5は、実際のパンタグラフ11の舟体の上に形成されたすり板13の上面に当接され、発生する加振力をパンタグラフ11に作用させる。また、たとえばロードセルなどで構成された接触力測定器3がすり板13に設置されて、すり板13に作用する反力を接触力として測定する。
リアルタイムシミュレータ1は、架線の力学モデルにしたがって架線の運動を摸擬し、リアルタイムベースで各部の運動状態、特に、トロリ線の変位を算出し変位量の情報を出力する。なお、演算結果を実時間ベースで出力するリアルタイムシミュレータ1は、高速演算が可能なDSP(Digital Signal Processor)で構成することができる。
【0020】
加振器5には加振器アンプ6が付帯している。加振器アンプ6は、リアルタイムシミュレータ1から出力されたトロリ線の変位量の情報を入力し、加振器5を駆動する変位指令に変成して加振器5に伝送する。加振器5は、対応する加振力をすり板13に作用させる。これにより、加振器5があたかもパンタグラフ11に接する架線であるかのような振る舞いをすることになる。
【0021】
なお、走行シミュレーション装置を統括制御するホストコンピュータ9が設けられており、架線の力学モデルは、ホストコンピュータ9において構築して実行形式に変換したものを、リアルタイムシミュレータ1に転送することにより設定することができる。
ホストコンピュータ9は、リアルタイムシミュレータ1から演算結果など必要な情報を受容すると共に、パンタグラフ11に設けた力測定器や変位測定器などの各種計測器3,12から運動状態を示す情報が供給されて、架線・パンタグラフ系の運動状態を把握することができる。また、適宜なGUIを用いた入出力装置10を備えて、操作員への情報提供および操作員による制御介入が行えるようになっている。
【0022】
さらに、リアルタイムシミュレータ1には関数発生器7が付帯されており、架線の力学モデルが演算の段階にしたがって変化するパラメータを含むときに、変化するパラメータの値をリアルタイムで調整することができる。
なお、関数発生器7は、リアルタイムシミュレータ1あるいはホストコンピュータ9に含まれる要素として構成することもできる。さらに、リアルタイムシミュレータ1がホストコンピュータ9の内部にソフトウエアによって構築されたものであってもよい。
【0023】
本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置では、架線の力学モデルを構築して、対象とするパンタグラフを走行させたときの架線の運動をシミュレーションする。
現在実用化されている架線には様々なタイプがあり、力学モデルは対象とする架線ごとに構築する必要がある。たとえば、新幹線のコンパウンド架線においては、通常、約50mおきに設けられた電柱から吊架線が支持されており、吊架線から補助吊架線が約10mおきにドロッパで支持されている。さらに、補助吊架線からトロリ線が約5mおきにハンガにより支持される。
【0024】
このように、架線は支持点やハンガ点の吊架間隔に起因する剛性の変動が存在し、周期的な構造特性を有する。したがって、パンタグラフが移動するとパンタグラフの位置により架線の剛性が異なることになる。このため、パンタグラフの加振力を受ける架線の力学モデルは、パンタグラフが架線に沿って移動するのに伴って変化する剛性を表示するようなパラメータを含むことが好ましい。
【0025】
架線・パンタグラフ系の走行シミュレーションでは、架線の運動がシミュレーションモデルにしたがって算定されるため、架線のモデル化手法によってシミュレーションの精度は大きく異なる。
なお、有限要素法や有限差分法を用いて架線系をモデル化する方法は、線条の曲げ剛性を考慮できるという観点から、高精度なモデル化手法として活用できるが、モデルの規模と計算時間の間にトレードオフの関係があるため、リアルタイムシミュレーションに適用するときには、リアルタイムシミュレータの性能を考慮して、モデルの規模を適切に選択する必要がある。
【0026】
本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置では、
図2に示すような、剛性が時間と共に変化するばねk
t(t)と、減衰c
tと、質量m
tからなり、質点に加振力f
tが作用する1質点系で表す、比較的小規模な架線モデルを用いても、目的によっては十分な精度を得ることができる。
図2に示す系の運動方程式は下の(1)式で表される。
【数1】
【0027】
このモデルのばねk
t(t)の時変剛性は、支持点やハンガの到来周期に起因する架線の等価剛性の変化を表している。なお、架線の剛性変化は、架線の構造に従ってパンタグラフが接する位置zに依存する位置関数k
t(z)となるが、シミュレーション演算においては、演算タイミングに対応する時間tの時点までにパンタグラフが移動した距離と関連した時間関数k
t(t)に置き換えることができる。
【0028】
これら位置関数k
t(z)や時間関数k
t(t)は、ホストコンピュータ9が格納されている架線のモデルにしたがってリアルタイムシミュレータ1の演算タイミングにパンタグラフが存在する位置における架線の時変剛性にもとづいたパラメータとして関数発生器7に指定することにより、リアルタイムシミュレータ1に取り込むことができる。
【0029】
架線のシミュレーションモデルは、ホストコンピュータ9上で、たとえば機能ブロックを組み立ててシミュレーションモデルを構築するブロックダイアグラムシミュレータソフトウエアであるシミュリンク(Simulink)(商標名)などを用いて、物理モデルを構築し実行形式に変換して形成されたものを、リアルタイムシミュレータ1に転送する。
【0030】
架線・パンタグラフ系の走行シミュレーションでは、パンタグラフ11のすり板13に発生する接触力が接触力測定器3により測定されて、演算タイミングごとにリアルタイムシミュレータ1に入力される。リアルタイムシミュレータ1は、架線の力学モデルに基づいて架線の運動をリアルタイムでシミュレーションする。シミュレーションにおいては、入力された接触力を加振力f
tとして架線のトロリ線に当たるモデル中の質量m
tに作用させ、演算結果の出力タイミングにおける質点tの変位x
tを算定する。
【0031】
算定された質点tの変位x
tは、加振器アンプ6に与えられ、加振器5の駆動信号に変換された変位指令として加振器5に伝送される。加振器5は、変位指令に従った変位をすり板13に励起させる。このとき、すり板13に発生する接触力が接触力測定器3で測定されて、リアルタイムシミュレータ1に送られ、次のシミュレーション演算に使用される。この過程を繰り返すことで、パンタグラフの走行状態を摸擬する。
このように、計算結果を実時間と同じタイミングで出力するリアルタイムシミュレーションを実行することにより、加振器5があたかも架線であるように振る舞うようになり、実際のパンタグラフ11とリアルタイムシミュレーションで運動を摸擬した架線との間の運動状態が的確に再現される。
【0032】
なお、パンタグラフと架線の接触位置は必ずしもパンタグラフの中央位置に限られず、軌道と架線の位置のずれ、車両の傾きや揺動、などいろいろな原因で変動する。このような接触位置変動を再現して、運動状態を的確にシミュレーションするため、加振器5の加振部がパンタグラフ11のすり板13の上を移動できるようにすることが好ましい。
【0033】
(走行リアルタイムシミュレーションの検証)
本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーションの有効性を確認するため、パンタグラフを用いずに、架線のリアルタイムシミュレーションの動作試験を行った。
図3はこの動作試験に用いた構成を示すブロック図、
図4は検証に用いた架線モデルを示す図面、
図5は架線モデルの物理定数を示す表1である。
【0034】
図3に示すように、この試験装置は、
図1に示した本実施形態の走行シミュレーション装置における架線シミュレーションを行う部分であって、リアルタイムシミュレータ21と、加振器アンプ26と、加振器25と、加振力測定器として用いられるロードセル23と、ホストコンピュータ29を含んで構成される。リアルタイムシミュレータ21としてエムティティ株式会社製DSP6067Bを、加振器25としてカヤバシステムマシナリー株式会社製の油圧型加振器を使用した。
【0035】
この検証試験では、パンタグラフを介せずに、加振器25を直接ロードセル23に作用させて、測定した加振力をリアルタイムシミュレータ21に取り込み、架線の力学モデルにしたがって演算し、トロリ線の変位を算定して、得られたトロリ線変位の値を加振器アンプ26に入力して、変位指令として加振器25に与えてロードセル23を押圧する。
【0036】
架線に関するリアルタイムシミュレーションの性能を確認する目的のため、
図4に示すような、質点1,2,3を互いに剛性cと減衰kを介して結合して構成された3自由度振動系力学モデルを使って試験した。モデルの物理定数は、
図5に示した表1に記載した値とした。力学モデルはホストコンピュータ29によりシミュリンク(商標名)を使って構築し実行形式に変換してリアルタイムシミュレータ21に転送された。
【0037】
対象とするモデルの運動方程式は下の(2)式で表される。
【数2】
【0038】
加振器25の先端に取り付けられたロードセル23にインパルス状の加振力を与え、測定した力をリアルタイムシミュレータ21の架線モデルの質点1に作用させる。その際に生じる質点1の変位x
1をオイラー法を用いて1ms間隔で算出し、加振器アンプ26に出力させ加振器25を動作させる。このような3自由度振動系に対するインパルス加振を5回繰り返して、得られた出力波形から対象モデルの周波数応答関数を求めた。
さらに、こうしして得られた周波数応答関数に基づいて系のモード特性を同定し、解析的に求めたモード特性と比較した。
【0039】
図6はリアルタイムシミュレーションによる同定値と解析的に求めた理論値を比較するグラフ、
図7に示した表2は質点1,2,3のそれぞれにおけるモード特性について理論値と同定値を比較する表である。
図6のグラフは、質点1の駆動点アクセレランス(加速度/加振力)について比較するものである。
図6の上段はコヒーレンス、中段は位相、下段は振幅幅を示す。
【0040】
図6から、1点入力・多点出力系における入出力間の線形性を表すコヒーレンス関数は図に表示された周波数範囲のほぼ全体にわたって1となることが分かる。また、中段と下段に示された周波数応答関数に係る位相と振幅幅もほぼ全域において同定値は理論値とよく一致している。
さらに、表2に示した固有振動数と減衰比について比較すると、各質点において、シミュレーションによる同定値が理論値とほぼ一致している。
このように、本実施形態の架線のリアルタイムシミュレータは、対象とする動的システムの特性を的確に表現できることが確認できた。
【0041】
(架線・パンタグラフ系の走行シミュレーションの検証)
次に、本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレータにより実際のパンタグラフを組み込んで行った試験結果と、パンタグラフを含む系の力学モデルを使ったリアルタイムシミュレーションにより得られたシミュレーション結果とを対比して、有効性の検証を行った結果を示す。
対比試験は、
図1に示した本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置により、実機パンタグラフと架線モデルを使用して行った。架線のモデルは、
図2に示した時変剛性を有する1自由度系を用いて、支持点やハンガ点の吊架間隔に起因する剛性の変動を表現した。
図2に示す系の運動方程式は、前出の(1)式に示すとおりである。
【0042】
試験に使用した架線モデルの物理定数は、質量m
t=100kg、減衰c
t=500Ns/mである。時変の等価剛性k
t(t)は、吊架線とトロリ線の張力がいずれも9800Nであるシンプルカテナリ架線に対して、架線系を電気回路に置き換えて計算する電気抵抗法を適用して求めた。対象とするシンプルカテナリ架線の径間長は50m、ハンガ点間隔は5mである。
また、試験には新幹線用シングルアームパンタグラフを使用し、100km/hで走行する状態を摸擬した。時間積分にはオイラー法を用い、1ms間隔で計算を実行した。
【0043】
本実施形態のシミュレーション装置と対比するため、別途、パンタグラフの力学モデルを取り込んだ架線・パンタグラフ系力学モデルを用いて走行シミュレーションを実施した。
図8に、このシミュレーションで使用した力学モデルを表示する。
このシミュレーションでは、
図8に示すように、架線モデルとパンタグラフの力学モデルを接触を表現するばね・ダンパで結合した架線・パンタグラフ系モデルを用いて、トロリ線押上量と接触力を計算した。
ここで、架線のモデルは本実施形態の走行シミュレーション装置で用いたものと同じもので、パンタグラフのモデルは本実施形態の走行シミュレーション装置で用いたパンタグラフの2自由度モデルである。
【0044】
図8の力学モデルにおける物理定数は、パンタグラフにおける質点1の質量m
1=9.8kg、減衰c
1=80Ns/m、剛性k=10600N/mとし、質点2の質量m
2=15.5kg、減衰c
2=80Ns/mとし、接触を表現する減衰c
c=100s/m、剛性k
c=50000N/mとした。なお、パンタグラフダンパは片ぎきダンパであるため、力学モデルの減衰c
2には方向による強度差を持たせてこれを表現できるようにした。
また、架線に係る質量m
t、減衰c
t、時変剛性k
t(t)は、本実施形態の走行シミュレーション装置で用いたものと同じ値とした。
さらに、質点2に掛かる静押上力P
0も、本実施形態の走行シミュレーション装置で用いたものと同じ54Nとした。
【0045】
図9は、本実施形態の架線・パンタグラフ系の走行シミュレータに実際のパンタグラフを組み込んで行った試験結果と、パンタグラフの力学モデルを含む架線・パンタグラフ系の力学モデルを使ったリアルタイムシミュレーションによるシミュレーション結果とを対比するグラフを示す。
図9では、横軸に時間を表し、上段に架線モデルの等価剛性k
t(t)、中段に接触力、下段にトロリ線押上量を表しており、縦に引かれた一点鎖線は支持点が到来した時刻を意味する。また、グラフの実線は本実施形態の走行シミュレーション装置による演算結果、点線はリアルタイムシミュレーションにより架線・パンタグラフ系の力学モデルを使って得られたシミュレーション結果を示す。
【0046】
図から、本実施形態の装置による試験結果は、50mおきの支持点間隔に起因した接触力変動やトロリ線の上下変位を適切に表現しており、かつシミュレーション結果とよく一致していることが分かる。さらに、細かいハンガ点間隔に起因した接触力変動も検出することが確認された。
【0047】
上記検証結果から、本発明の架線・パンタグラフ系の走行シミュレーション装置を用いて、実機パンタグラフを架線の力学モデルと組み合わせてリアルタイムシミュレーションを行うことにより、パンタグラフが架線と摺動して走行するとき生じる支持点間隔やハンガ点間隔に起因する接触力変動を的確に再現することができることが確認された。
なお、上記発明の詳細な説明では、主に、時変剛性を有する1自由度振動系を架線の力学モデルとして用いる場合に基づいて記載したが、さらに、線条の曲げ剛性,金具類の重量、ハンガの浮き、架線の波動などを含めて解析したい場合には、有限要素法や有限差分法などを用いてさらに詳細な物理モデルを構築して利用することが好ましい。ただし、詳細な物理モデルを処理するためには高性能のシミュレータあるいはコンピュータを使用する必要があることにも注意する必要がある。