特許第5986985号(P5986985)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5986985
(24)【登録日】2016年8月12日
(45)【発行日】2016年9月6日
(54)【発明の名称】眼内レンズおよびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   A61F 2/16 20060101AFI20160823BHJP
【FI】
   A61F2/16
【請求項の数】9
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2013-505827(P2013-505827)
(86)(22)【出願日】2012年3月23日
(86)【国際出願番号】JP2012002054
(87)【国際公開番号】WO2012127881
(87)【国際公開日】20120927
【審査請求日】2015年3月10日
(31)【優先権主張番号】特願2011-65836(P2011-65836)
(32)【優先日】2011年3月24日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000163006
【氏名又は名称】興和株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100103252
【弁理士】
【氏名又は名称】笠井 美孝
(74)【代理人】
【識別番号】100147717
【弁理士】
【氏名又は名称】中根 美枝
(72)【発明者】
【氏名】洲崎 朝樹
【審査官】 川島 徹
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−029694(JP,A)
【文献】 特表2006−517676(JP,A)
【文献】 国際公開第98/027863(WO,A1)
【文献】 大沼 一彦,不正乱視の基礎と臨床研究(3−1) 球面収差の基礎,視覚の科学,日本,2007年12月,第28巻第4号,132-139ページ
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61F 2/16
JSTPlus(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
水晶体を摘出した患者の人眼に残存するコマ収差に対応した大きさで且つ該患者の該人眼に残存する球面収差を相殺しないで残存させる大きさの球面収差を光学部に設定する光学特性の設定工程と、
該光学特性の設定工程で設定された該球面収差を、該患者の該人眼における残余不正乱視に対する矯正光学特性として付与した光学部のレンズ形状を決定するレンズ形状の設定工程と、
該レンズ形状の設定工程で決定されたレンズ形状の光学部を形成することにより、該光学部における高次収差が光軸回りで回転対称とされた光学特性を有する眼内レンズを形成するレンズの形成工程と
を、含むことを特徴とする眼内レンズの製造方法。
【請求項2】
前記光学特性の設定工程において、
前記光学部に設定される前記球面収差を、
下式の何れも満足するRMS値をもって設定する請求項1に記載の眼内レンズの製造方法。
眼内レンズの球面収差≧水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.37μm
眼内レンズの球面収差≦水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.17μm
【請求項3】
前記光学特性の設定工程において、
前記光学部に設定される前記球面収差を、
A,Bの何れも定数とする下式を満足するRMS値をもって設定する請求項1又は2に記載の眼内レンズの製造方法。
眼内レンズの球面収差 = A + B × 患者の年齢
−0.4≦A(μm)≦−0.1
0.003≦B(μm)≦0.004
【請求項4】
前記光学特性の設定工程において、
前記光学部における前記球面収差を、
前記患者と同じ年齢層の母集団における人眼の球面収差の測定データの平均値と該患者の角膜の球面収差との差をもって設定する請求項1〜3の何れか1項に記載の眼内レンズの製造方法。
【請求項5】
水晶体摘出されてコマ収差が残存した患者の人眼に用いられる眼内レンズであって、
前記患者の人眼に残存する前記コマ収差に対応した大きさで且つ該患者の人眼に残存する球面収差を相殺しないで該コマ収差に起因する該患者の見え方の質の低下を軽減する大きさの球面収差光学部が有していると共に、
該光学部における高次収差が光軸回りで回転対称とされていることを特徴とする眼内レンズ。
【請求項6】
水晶体が摘出されてコマ収差が残存した患者の人眼に用いられる眼内レンズであって、
前記患者の人眼に残存するコマ収差および球面収差を相殺しないで且つ該コマ収差に対応した大きさの球面収差を、該患者の人眼における残余不正乱視に対する矯正光学特性として光学部が有していると共に、
該光学部における高次収差が光軸回りで回転対称とされていることを特徴とする眼内レンズ。
【請求項7】
前記光学部における前記球面収差の値が、
下式の何れも満足するRMS値である請求項5又は6に記載の眼内レンズ。
眼内レンズの球面収差≧水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.37μm
眼内レンズの球面収差≦水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.17μm
【請求項8】
前記光学部における前記球面収差の値が、
A,Bの何れも定数とする下式を満足するRMS値である請求項5〜7の何れか1項に記載の眼内レンズ。
眼内レンズの球面収差 = A + B × 患者の年齢
−0.4≦A(μm)≦−0.1
0.003≦B(μm)≦0.004
【請求項9】
前記光学部における前記球面収差の値が、
前記患者と同じ年齢層の母集団における人眼の球面収差の測定データの平均値と該患者の角膜の球面収差との差の値である請求項5〜の何れか1項に記載の眼内レンズ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、人眼に適用される眼内レンズに係り、特にQOV(見え方の質)を向上させることができる新規な構造の眼内レンズおよびその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
良く知られているように、人眼の水晶体は加齢や疾病等によって調節能力や透明度等の特性が低下することがあり、それに伴って、屈折異常や白内障等の問題が発生して見え方が低下する。その場合の処置として、従来から、眼内レンズが提案されている。かかる眼内レンズは、一般に、人眼の嚢内の水晶体を摘出、除去した後、水晶体に代えて嚢内に入れられる。
【0003】
ところで、従来構造の眼内レンズには、球面レンズ度数が設定されており、角膜曲率や眼軸長等を考慮して、患者に適合した球面レンズ度数の眼内レンズが選択されて使用される。
【0004】
ところが、患者に適合させた眼内レンズを使用しても、眼内レンズを入れた患者から、「見づらい」とか「ものが薄く見える」等と訴えられることがあった。このような見え方の不具合は、見え方の質(Quality of Vision:QOV)といわれるものであり、近年では、それが残余不正乱視に因るものであることが判ってきた。残余不正乱視は、人眼の高次収差に起因するものであり、眼内レンズや眼鏡、コンタクトレンズといった、球面レンズ度数と円柱レンズ度数によって視力矯正する従来の視力矯正用レンズでは矯正できないのである。
【0005】
このような問題に対処するために、特許第4459501号公報(特許文献1)には、人眼における高次収差を減少させるために、特定母集団の人眼における波面収差と逆符号値の波面収差を与える眼内レンズが提案されている。しかし、かかる眼内レンズは、特定母集団の選定や、波面収差の測定、逆符号値の波面収差の眼内レンズへの設定等に関して、効率的な手法が確率されているとは言い難く、実用化が極めて困難であった。
【0006】
すなわち、特許文献1に記載の発明のように、人眼における高次収差を相殺してゼロとするように逆符号値の高次収差を設定した光学特性を眼内レンズに処方することは、理想であるかもしれないが、実用化が極めて困難である。蓋し、人眼における高次収差は多様であることに加え、特に見え方の質(QOV)への悪影響が大きいコマ収差等は光軸回りで異なる光学特性を有するものであるが故に、矯正用の高次収差を設定した眼内レンズは、カスタムメイドな商品にならざるを得ず、その設計だけでなく製造が極めて困難で現実的でないのである。
【0007】
なお、本発明が対象とする眼内レンズとは技術分野の異なるコンタクトレンズに関するものであるが、残余不正乱視に対してQOVを向上させるための手法として、特表2006−517676号公報(特許文献2)には、ゼルニケ多項式で表される各次数の高次収差についてQOVに影響する程度を実測したチャートを用いて、QOVの向上に重要な次数の高次収差を特定し、特定された高次収差を相殺してゼロとするような矯正レンズを提供することが記載されている。しかし、この特許文献2では、その[0097]〜[0099]等に記載されているとおり、見え方に悪影響を及ぼす特定の高次収差だけを選出して、選出された特定の高次収差を相殺してゼロとする矯正レンズを与えることを目的とするに過ぎない。本発明者が検討したところ、このように特定の高次収差だけをゼロとする矯正レンズ度数では、他の残存する高次収差による見え方への悪影響が大きく、未だ充分なQOVの向上効果が得られ難かったのである。
【0008】
特に、かかる特許文献2に記載の手法では、複数の次数の高次収差を対象として、それらの高次収差を何れも相殺してゼロとする矯正レンズを提供しようとすると、矯正レンズの設計や製造が極めて複雑でオーダーメードが必要となることから実用性に乏しいという、特許文献1と同様な問題が避けられない。一方、一つの高次収差(例えば球面収差)だけを対象に相殺してゼロとする矯正レンズを提供すると、残存する他の高次収差(例えばコマ収差)による悪影響が大きくて良好な見え方を実現することが困難であった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【特許文献1】特許第4459501号公報
【特許文献2】特表2006−517676号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明は、上述の如き事情を背景として為されたものであり、その解決課題とするところは、見え方の質(QOV)を効果的に向上させることが出来ると共に、各患者への適合が容易とされて実用性が高い、新規な構造の眼内レンズおよびその製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0011】
本発明は、(a)水晶体を摘出した患者の人眼に残存するコマ収差に対応した大きさで且つ該患者の該人眼に残存する球面収差を相殺しないで残存させる大きさの球面収差を光学部に設定する光学特性の設定工程と、(b)該光学特性の設定工程で設定された該球面収差を、該患者の該人眼における残余不正乱視に対する矯正光学特性として付与した光学部のレンズ形状を決定するレンズ形状の設定工程と、(c)レンズ形状の設定工程で決定されたレンズ形状の光学部を形成することにより、該光学部における高次収差が光軸回りで回転対称とされた光学特性を有する眼内レンズを形成するレンズの形成工程とを、含む眼内レンズの製造方法を、特徴とする。
【0012】
本発明の眼内レンズは、先ず患者の眼にコマ収差が残存することを許容することを前提とするものであり、この点において可能な限り高次収差をなくすことを目的とする特許文献1の如き従来の矯正レンズの考え方とは全く相違する。そして、そのうえで、コマ収差に対応した大きさの球面収差を眼内レンズに積極的に与えることで、コマ収差に起因するQOVの低下を軽減するものである。
【0013】
すなわち、本発明は、見え方を向上するに際して高次収差のうちでコマ収差に着目したのであり、しかも、コマ収差を相殺する矯正光学特性を与えることなく、コマ収差に対応した大きさの球面収差を矯正光学特性として与えることで見え方の向上が図られるという、新たな知見に基づくものである。要するに、前述の特許文献1,2に記載のように、高次収差による見え方の低下を抑えるために、単に、全ての又は特定の高次収差を相殺してゼロにするという従来技術思想に基づく限り、見え方を向上させるには設計および製造が極めて困難となることを避けられない。これに対して、本発明では、見え方への悪影響が大きいコマ収差に着眼し、光学中心軸に関して回転対称でないコマ収差による悪影響を、光学中心軸に関して回転対称となる球面収差で軽減することができるという、従来とは全く異なる新規な技術思想に立脚するものである。特に、このような本発明においては、矯正光学特性として採用されてレンズに付与される球面収差は、あくまでもコマ収差に対応する光学特性であり、従って、コマ収差を相殺してゼロとするものでないことは言うまでもなく、また、球面収差を相殺してゼロとするものでもないのであって、コマ収差も球面収差も残存することを肯定するという、従来とは視点を全く異にする技術であることが、理解されるべきである。
【0014】
しかも、球面収差を眼内レンズに設定することにより、QOVに悪影響が大きいコマ収差に効果的に対処できることは、発明の実施である眼内レンズの製造や取扱い、施術等に際して大きな意義をもつ。即ち、コマ収差だけに着目してコマ収差と逆符号の波面収差を眼内レンズに与えるためには、眼内レンズに対して回転非対称の複雑なレンズ面形状を設定しなければならず、その設計と製造が極めて困難になるだけでなく、眼内に入れる際にも周方向に正確に位置決めすることが必要となって現実的でない。これに対して、本発明に従って球面収差を設定した眼内レンズは、光軸回りで回転対称の光学特性をもって形成されることから、製造工程や眼内への挿入時などにおいて周方向に位置を特定する必要がなく、製造や取り扱いが容易となることから、実用化が容易となるのである。
【0015】
要するに、本発明は、コマ収差によるQOVの低下を球面収差を利用して軽減できることを見出したことに加えて、眼内レンズにおける球面収差の設定が眼内レンズの光学特性を回転対称としたままで行われ得ることに着目し、それらを互いに組み合わせたことによって、完成されたものである。そして、このような新規な基本思想に基づいて完成された本発明に従えば、従来では実用的な対策が極めて困難であった高次収差の一種であるコマ収差に起因するQOVの低下を軽減して、良好なQOVを与えることの出来る新規な眼内レンズが、製造および施術の面からも充分な実用性をもって提供され得ることとなったのである。
【0016】
なお、本発明において、水晶体を摘出した人眼に残存するコマ収差に因るQOVの低下に対処するために、眼内レンズにより球面収差を積極的に与えることが有効であることは、後述する実施形態における実施例と比較例の対比によっても客観的に認められるところである。本発明者の検討したところでは、球面収差を与えることにより、少なくとも主観的な焦点深度が深くなることにも、一つの技術的根拠が認められるものと考えられる。特に、本発明に従う眼内レンズによって発揮されるQOVの向上効果は、後述する実施例データからも明らかなところである。
【0017】
ところで、本発明に係る眼内レンズにおける球面収差は、コマ収差に対応した大きさで設定されるものであり、コマ収差が大きければ大きな球面収差が設定されるし、コマ収差が小さければ小さな球面収差が設定される。ここにおいて、患者の眼に残存するコマ収差に対する眼内レンズの球面収差の設定値の具体的対応関係は、患者の眼の客観的な光学特性だけでなく、患者の主観的な見え方の好み等も考慮して決定することが可能である。
【0018】
このような決定手法は、レンズ光学系だけでなく人眼の眼光学系における球面収差についても、それを容易に測定することができる装置が、特許第4652558号公報や米国特許第7,078,665号明細書等に開示されており、例えばシャックハルトマン方式による波面収差測定装置としてスポットオプチクス(Spot Optics)社製のOPAL300(商品名)などが市販されていることから、当業者であれば容易に実施することが可能である。特に、眼光学系におけるコマ収差に対応した球面収差の値を決定するに際しては、上述のとおり両者を一致させる必要がないことは、例えばコンタクトレンズや眼鏡の処方に際しても、最終的には使用者の主観的な見え方の感覚に委ねられたり、用途を考慮して選択されたりすることからも、当業者によれば使用者の意見や眼光学系の客観的測定情報等を参考にして決定することによって対応すべきことであって、例えば特許文献1,2に記載の如き従来構造のコンタクトレンズに比して、本発明の実施に際して実用性が無い程の困難さを伴うものでない。尤も、本発明において、球面収差を一層容易に且つ速やかに決定することを可能とするには、球面収差の選択範囲をより狭めることが有効であり、かかる目的から、以下の如き数式等で与えられる光学特性の選択技術が、好適に採用される。
【0019】
すなわち、人眼では、水晶体を摘出した状態でも、例えば角膜の形状等に起因して球面収差が存在していることがある。その場合には、本発明の眼内レンズに設定される球面収差は、水晶体を摘出した人眼に残存する球面収差も考慮して設計される。具体的には、前記光学特性の設定工程において、眼内レンズにおける光学部の球面収差(RMS値)が、水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差(RMS値)に対して、下式を何れも満足するRMS値をもって設定されることが望ましい。
【0020】
眼内レンズの球面収差≧水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.37μm
眼内レンズの球面収差≦水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.17μm
【0021】
なお、RMS値は、波面収差解析装置(波面センサー)によって人眼光学系の瞳孔領域における波面収差を数値化(二乗平均平方根で表示)した値(単位:μm)である。上式に従って、患者の眼のコマ収差に対応した球面収差を眼内レンズに与えることにより、角膜に残存する球面収差も考慮して、良好なQOVを得ることが容易となる。
【0022】
また、人眼の光学特性は、加齢に伴って変化する傾向にある。そこで、例えば角膜等の光学特性により、水晶体を摘出した患者に残存するコマ収差は、患者の年齢に応じて推定することも可能である。かかる観点から、本発明者が検討を加えた結果、前記光学特性の設定工程において、眼内レンズにおける光学部に設定される球面収差(RMS値)を、コマ収差に対応する患者年齢を指標として、下式に基づいて設定することも、良好なQOVを得るのに有効である。
【0023】
眼内レンズの球面収差 = A + B × 患者の年齢
−0.4≦A(μm)≦−0.1
0.003≦B(μm)≦0.004
【0024】
さらに、人眼の光学特性の一つであるコマ収差が年齢に伴って変化することを考慮して、本発明者が検討を加えた結果、水晶体を摘出した患者と同じ年齢層の母集団における人眼の光学特性の測定データから、当該患者に対して良好なQOVを与え得る眼内レンズの球面収差を求めることも可能であることを見出した。即ち、前記光学特性の設定工程において、光学部における球面収差が、患者と同じ年齢層の母集団における人眼の球面収差の測定データの平均値と該患者の角膜の球面収差との差をもって設定された眼内レンズとすることが、良好なQOVを得るのに有効である。
【0025】
また、本発明は、水晶体摘出されてコマ収差が残存した患者の人眼に用いられる眼内レンズであって、前記患者の人眼に残存する前記コマ収差に対応した大きさで且つ該患者の人眼に残存する球面収差を相殺しないで該コマ収差に起因する該患者の見え方の質の低下を軽減する大きさの球面収差光学部が有していると共に、該光学部における高次収差が光軸回りで回転対称とされている眼内レンズも、特徴とする。
本発明は、水晶体が摘出されてコマ収差が残存した患者の人眼に用いられる眼内レンズであって、前記患者の人眼に残存するコマ収差および球面収差を相殺しないで且つ該コマ収差に対応した大きさの球面収差を、該患者の人眼における残余不正乱視に対する矯正光学特性として光学部が有していると共に、該光学部における高次収差が光軸回りで回転対称とされている眼内レンズも、特徴とする。
【0026】
このような構造とされた眼内レンズは、上述の説明から明らかなように、患者に良好なQOVを与えることの出来るものであり、しかも、設計および製造が容易に実現可能となることから、市場に提供して実用化することが容易となる。なお、このような本発明に従う構造とされた眼内レンズは、上述の本発明方法によって好適に製造されるものである。また、上述の製造方法の説明において記載した各好適な態様は、何れも、本発明に係る眼内レンズにおいて、構成上可能な限り、適用され得る。
【0027】
また、本発明に係る眼内レンズにおいては、そのレンズ本体や個別包装,収容パッケージや収容箱の少なくとも一つに対して、前述の如き本発明方法に従って設定された球面収差の値とRMSの値との少なくとも一方が表示されていることが望ましい。
【発明の効果】
【0028】
本発明に従えば、QOVに悪影響が大きいものの相殺する光学特性を持った眼内レンズの実現が困難なコマ収差に対して、光軸回りで回転対称の光学特性である球面収差を適用してQOVの改善を図ることで、設計や製造,取り扱いが容易で実用化に優れた、新規な構造の眼内レンズが実現可能となるのである。
【図面の簡単な説明】
【0029】
図1】本発明の一実施形態としての眼内レンズを示す正面図。
図2図1に示された眼内レンズを入れた人眼の縦断説明図。
図3】人眼における角膜の球面収差の加齢変化を説明するためのグラフ。
図4】人眼における角膜のコマ収差の加齢変化を説明するためのグラフ。
図5】本発明の第1〜5の実施例としての眼内レンズについて、球面収差をゼロにした比較例1と共に、同一患者の人眼への適用時の見え方を表すシミュレーション光学像。
図6】本発明の第6〜8の実施例としての眼内レンズについて、球面収差をゼロにした比較例2と共に、同一患者の人眼への適用時の見え方を表すシミュレーション光学像。
【発明を実施するための形態】
【0030】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。先ず、図1には、本発明の一実施形態としての眼内レンズ10が示されている。
【0031】
この眼内レンズ10は、レンズ本体を構成して光学特性を与える光学部12と、光学部12から延び出す一対の支持部14,14を含んで構成されている。光学部12は、レンズ表面としてそれぞれ略球状凸面形状とされた前面及び後面を備えており、これら前後面が屈折面とされて、所定の光学特性が設定されている。なお、本実施形態においては、光学部12の幾何中心軸と光軸(光学中心軸)とが、同じに設定されて、レンズ中心軸15とされている。一方、一対の支持部14,14は、光学部12における外周縁部の互いに径方向で対向位置する二箇所から互いに反対方向に向かって延び出して形成されている。また、各支持部14の先端部分は、光学部12の周方向に湾曲して伸びる自由端とされている。
【0032】
そして、かかる眼内レンズ10は、図2に示されているように、患者の人眼16において、水晶体が除去された後の水晶体嚢18内に挿入されて、水晶体に代えて配設される。なお、かかる状態下、支持部14,14の先端部分が水晶体嚢18の周縁部分に当接して、光学部12が水晶体嚢18内の中央の所定位置に保持されることとなる。
【0033】
なお、眼内レンズ10の材質は本発明において限定されるものでなく、従来から公知のポリメチルメタクリレート(PMMA)やシリコーンゴム等が光学部12の材料として採用され得る。また、支持部14,14も公知の各種合成樹脂材料が採用可能であるが、光学部12と支持部14,14を一体成形したワンピース構造としても良い。
【0034】
而して、本実施形態の眼内レンズ10では、その光学部12に対して、球面収差が積極的に与えられている。即ち、本実施形態の眼内レンズ10は、その光学特性として眼内レンズ本来の機能として水晶体に代わる球面レンズ度数(D)に加えて、球面収差を有している。
【0035】
球面レンズ度数(D)の値は、公知のとおり患者の眼軸長及び角膜形状に基づいて決定され、一般に+10〜25D程度の値が設定される。多くの場合には、球面レンズ度数が単焦点として設定されるが多焦点であっても良い。
【0036】
一方、眼内レンズ10の光学部12における球面収差は、水晶体を摘出した患者の人眼16に残存するコマ収差の値に対応した大きさで、且つ患者の人眼16に残存する球面収差を相殺しないで残存させる大きさで設定される。具体的には、眼内レンズを入れた患者の人眼16において、コマ収差の大きさが球面収差と略同じ程度となるように、眼内レンズにおける光学部12に球面収差が設定される。このように、本実施形態における眼内レンズ10の製造方法は、光学特性の設定工程を含んで構成されている。なお、コマ収差および球面収差の値は、何れも、RMS値(μm)によって表すことができる。要するに、光線に直交する理想波面に対して実波面が光線方向にずれている量を、かかる理想波面上において二乗平均平方根で表した値として、各収差を表したものである。また、眼内レンズ10を入れた患者の人眼16に存在するコマ収差は、光軸回りで回転対称の光学特性を有する眼内レンズ10を採用する本発明において、その殆どが角膜によるものである。患者の角膜のコマ収差は、例えばケラトメーターやレフケラトメーター、波面センサーを用いて得られる角膜トポグラフィー等の測定値に基づいて求めることが出来る。例えば波面収差解析を行って得られたゼルニケ多項式におけるC31、C3 -1項が横コマ収差、縦コマ収差であり、これら横コマ収差と縦コマ収差の合成ベクトル量としてコマ収差が表わされる。
【0037】
その際、眼内レンズを入れた人眼16には、眼内レンズ10以外の眼組織によって球面収差が存在する。水晶体を摘出した後の人眼16に残存する球面収差の殆どは角膜によるものである。それ故、眼内レンズ10自体の球面収差は、患者の角膜の球面収差を考慮して決定されるべきである。患者の角膜の球面収差は、上記コマ収差と同様な測定装置による測定値に基づいて求めることが出来る。例えば波面収差解析を行って得られたゼルニケ多項式におけるC40項が球面収差とされる。従って、眼内レンズ10に設定される球面収差の値は、下式に基づいて求めることが可能である。
【0038】
眼内レンズの球面収差≒水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−角膜の球面収差
【0039】
ところで、上式において「眼内レンズの球面収差」は、右辺(水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−角膜の球面収差)の値に完全一致させることが必ずしも最適ではない。蓋し、見え方(QOV)は、主観的なもので個人差が大きいからであり、例えば対象物までの距離の相違によって鮮明度が大きく異なるのが好ましくないと感じる患者と、特定距離の対象物だけを高度の鮮明度で観察したいと考える患者とでは、最適として評価される眼内レンズの球面収差の値が相違する。
【0040】
また、人眼16の角膜の球面収差は、図3に示すように、加齢によって殆ど変化することがなく、全年齢に亘って平均球面収差を0.27μm(RMS)と推定することが出来る。この事実を考慮すると、前述の光学特性の設定工程において設定される眼内レンズ10の光学部12における球面収差(RMS値)の好適な設定範囲は、下式によって表すことが出来る。
【0041】
眼内レンズの球面収差≧水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.37μm
眼内レンズの球面収差≦水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差−0.17μm
【0042】
さらに、水晶体摘出後の眼に残存するコマ収差は、その殆どが角膜によるものであり、かかる角膜のコマ収差は、図4に示すように、略0.2〜0.3μmの範囲で加齢に伴って一次関数的に変化する。この事実を考慮すると、前述の光学特性の設定工程において設定される眼内レンズ10の光学部12における球面収差(RMS値)の好適な設定範囲は、A,Bの何れも定数とする下式によって表すことが出来る。
【0043】
眼内レンズの球面収差 = A + B × 患者の年齢
−0.4≦A(μm)≦−0.1
0.003≦B(μm)≦0.004
【0044】
また、人眼の光学特性が加齢に伴って変化することを考慮した別のアプローチによれば、前述の光学特性の設定工程において設定される眼内レンズ10の光学部12における球面収差の値を、患者と同じ年齢層に属する健常者の複数人を母集団とし、かかる母集団における人眼の光学特性に基づいて決定される特定範囲内に設定することも、好適である。
【0045】
具体的には、上記母集団における人眼(角膜及び水晶体を含む全体の眼光学系)の球面収差の測定データの平均値と患者の角膜の球面収差の差を、かかる患者に適用される眼内レンズ10の球面収差として設定することとなる。なお、このようにして設定された眼内レンズ10の球面収差は、上記母集団である健常者の人眼における水晶体が有する球面収差と略等しいことが、本発明者によって見出されている。
【0046】
上述の如き好適な設定範囲内において、水晶体を摘出した患者の人眼16に残存するコマ収差および球面収差を考慮して決定された球面収差、即ち、前述の光学特性の設定工程で設定された、残余不正乱視に対する矯正光学特性を有する球面収差と、水晶体を摘出した患者の人眼16に残存する球面度数に対応した球面レンズ度数とを、併せて光軸回りで回転対称の光学特性として設定することにより、目的とする眼内レンズ10の光学特性(レンズ形状)を決定するレンズ形状の設定工程が行われる。なお、光学レンズの設計に携わる当業者において周知のとおり、このように光学特性の設定値が決定されれば、具体的な眼内レンズ10の形状(屈折面の形状)は、例えばスネル法則に基づく光線追跡法を利用した公知の各種のレンズ設計ソフトを用いて設定することが可能である。かかる眼内レンズ10の形状は、例えばレンズ表裏の径方向断面形状として多次関数等によって特定される。その後、前述のレンズ形状の設定工程において決定された設計情報に基づくレンズ形状の光学部12が、特定のレンズ材料を用い、公知のモールド法や旋削法等によるレンズの形成工程により形成されて、目的とする光学特性を有する眼内レンズ10が製造されることとなる。
【0047】
そして、このようにして形状決定された眼内レンズ10は、略円盤形状とされており、レンズ中心軸15を回転中心軸として回転対称の光学特性を備えている。また、眼内レンズ10の光学部12は、高次収差がレンズ中心軸15回りで回転対称とされており、コマ収差等のレンズ中心軸15回りの周方向で非対称な光学特性が設定されていないことから、一様なレンズ材質が採用されること等を前提とした一般的な場合には、レンズ表裏の形状も、レンズ中心軸15を回転中心軸とした回転体形状とされる。これにより、眼内レンズ10は、その製造や取扱い、人眼16への挿入等の何れの段階においても、周方向の位置決めを特に考慮することなく、容易に設計および製造を行い、施術することが可能となるのである。
【0048】
因みに、上述の如き本実施形態における眼内レンズ10によって良好なQOVが与えられることを確認するために行ったシミュレーション結果の幾つかを、本発明の実施例として以下に示す。
【0049】
先ず、図5は、60歳の患者に対して本発明に従う構造とされた眼内レンズを適用した場合のシミュレーション結果である。かかるシミュレーションは、光学設計ソフトのZEMAX(商品名、米国 Zemax Development Corp.製)を用いて、60歳の患者の眼球モデルとして、コマ収差(ゼルニケ多項式におけるC3 -1項の縦コマ収差量)が0.24μmのものを構築し、瞳孔6mmに該当する光学領域に相当する眼光学系の光学特性を、ランドルト環のシミュレーション光学像で評価するものである。即ち、実施例1〜5及び比較例1は、何れも、眼内レンズを入れた人眼に相当するものであり、コマ収差が0.24μmだけ残存しているものと考えられる。そして、これら実施例1〜5及び比較例1の各モデルについて、球面レンズ度数による焦点位置が最良となる点(0.00D)を基準とし、そこから0.50Dおよび1.00Dに相当する距離だけ近方へ焦点位置をずらしたときの各位置におけるシミュレーション光学像を求め、それらによって見え方(QOV)を評価することとした。
【0050】
かかる人眼に対して、比較例1は、例えば特許文献1に記載の如き技術思想に従って球面収差(ゼルニケ多項式におけるC40項の球面収差量)がゼロとなるように(即ち角膜に残存する球面収差を相殺する逆符号の球面収差を設定した)眼内レンズをいれた場合に相当する。一方、実施例1〜5は、何れも、本発明に従って、球面収差を積極的に設定する光学特性の眼内レンズをいれた場合に相当する。特に、実施例3は、人眼において残存するコマ収差と同じRMS値の球面収差が設定されるように、角膜の球面収差を考慮して眼内レンズの球面収差を設定した場合に相当する。
【0051】
図5に示されたシミュレーション光学像の結果から、人眼に球面収差を積極的に設定した場合の方が、球面収差を相殺してゼロに設定する場合に比して、焦点位置の変化に伴う見え方(像の質)の変化が抑えられることが明らかである。即ち、比較例1では、最適焦点位置(0.00D)では像の鮮明度が高いが、それを外れると急激に見え方が低下し、1.00D変化した位置では殆ど見えなくなり、特定の距離のものしか見ることが出来ず、見え方の質の確保が難しいことを理解できる。また、球面収差を最適設定した実施例3だけでなく、特に実施例2,4のものは、1.00D変化した位置でも比較例1に比して像の質が明らかに良好に確保されている。
【0052】
また、図6は、20歳の患者に対して本発明に従う構造とされた眼内レンズを適用した場合のシミュレーション結果である。かかるシミュレーションは、上記実施例1〜5と同様に、ZEMAXを用いて、20歳の患者の眼球モデルとして、コマ収差(ゼルニケ多項式におけるC3 -1項の縦コマ収差量)が0.14μmのものを構築し、瞳孔6mmに該当する光学領域に相当する眼光学系の光学特性を、ランドルト環のシミュレーション光学像を取得して見え方を評価するものである。
【0053】
すなわち、比較例2は、比較例1と同様に、眼内レンズの球面収差で角膜球面収差を相殺して眼光学系の球面収差をゼロとした場合に相当する。一方、実施例6〜8は、何れも、本発明に従って、眼光学系の球面収差を積極的に設定する光学特性の眼内レンズをいれた場合に相当する。特に、実施例7は、眼光学系のコマ収差と略同じRMS値の球面収差を設定したものである。
【0054】
図6に示されたシミュレーション光学像の結果から、実施例6〜8に示されているように、残存するコマ収差に対応して球面収差を積極的に設定した場合の方が、球面収差を相殺してゼロに設定する場合に比して、焦点位置の変化に伴う見え方(像の質)の変化が抑えられ得、全体としての見え方の質の確保に有利であることを理解できる。
【符号の説明】
【0055】
10:眼内レンズ、12:光学部、16:人眼
図1
図2
図3
図4
図5
図6