(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
【背景技術】
【0002】
希少金属の一つであるレニウムは、石油の改質や有機化合物を製造する際における触媒をはじめ、耐熱合金や電子材料等といった分野において幅広く用いられる。しかしながら、レニウムは、その産出量が少なく、さらに近年の世界的な需給の逼迫のために入手が困難になりつつある。そのため、レニウムを含む鉱物からレニウムを効率的に回収するための技術開発や、レニウムを含む産業廃水や回収製品等からレニウムをリサイクルするための技術開発が求められている。
【0003】
このような背景のもと、例えば特許文献1には、レニウムを含む溶液にアルカリを添加して不要な成分を沈殿除去した後に、当該溶液における酸の濃度を所定の範囲に調整し、硫化剤を添加してレニウムを含む硫化沈殿物を生成させ、これを回収するレニウムの分離方法が提案されている。
【0004】
また、特許文献2には、レニウムを含む溶液に、硫酸アンモニウム等のアンモニア化合物を添加して冷却することでNH
4ReO
4の沈殿を生成させ、これを回収するレニウムの回収方法が提案されている。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明に係るレニウムの回収方法についての一実施態様を説明する。なお、本発明は、以下の実施態様に限定されるものではなく、本発明の範囲において適宜変更して実施することができる。
【0014】
本発明は、過レニウム酸イオンを含む溶液に、2−プロパノールを添加する電子供与剤添加工程と、電子供与剤添加工程を経た溶液に紫外線を照射することにより、当該溶液に含まれる過レニウム酸イオンの還元体を析出させる紫外線照射工程と、紫外線照射工程により析出させた過レニウム酸イオンの還元体を溶液から分取する分取工程と、を含む。以下、各工程について説明する。
【0015】
[電子供与剤添加工程]
電子供与剤添加工程は、過レニウム酸イオンを含む溶液に、非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物
として2−プロパノールを添加する工程である。過レニウム酸イオンを含む溶液としては、水溶液を好ましく挙げることができる。この溶液には、レニウムを含む鉱石や、レニウムを含む回収製品(リサイクル製品)等を由来とするレニウムが過レニウム酸イオンとして含まれる。
【0016】
過レニウム酸イオンは、ReO
4−の化学式で表される化学種である。この化学種において、レニウムは七価の酸化数をとる。レニウムは、酸化を受けやすい元素であり、例えば、酸化数が六価となるレニウムの化合物であるReO
3は、空気中や溶液中で容易に酸化を受け、酸化数が七価となるレニウムの化合物であるReO
4−(過レニウム酸イオン)となる。そのため、溶液に含まれるレニウムは、その大部分が過レニウム酸イオンとして存在していると考えられる。しかしながら、溶液に含まれるレニウムを確実に過レニウム酸イオンに変換しておくために、適切な酸化剤を溶液に添加しておいてもよい。このような酸化剤としては、過酸化水素水、過炭酸ナトリウム、次亜塩素酸ナトリウム、分子状酸素、空気バブル等が例示される。
【0018】
本発明者は、溶液中からのレニウムの回収方法について検討を重ねる過程で、意外にも、過レニウム酸イオンを含む溶液に、非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物
として2−プロパノールを添加し、次いでこの溶液に紫外線を照射すると、溶液に含まれるレニウムが析出して分取可能になることを知見した。本発明は、このような知見に基づいて完成されたものである。このような析出を生じるメカニズムとしては、必ずしも明らかではないが、紫外線の照射下で過レニウム酸イオンに含まれるレニウムが励起された際に、非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物がレニウムに電子を供与し、七価のレニウム(すなわち過レニウム酸イオン)が六価に還元されるというものが考えられる。つまり、溶液に添加された非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物は、レニウムが励起した際に電子供与剤として振る舞うものと考えられる。六価に還元されたReO
3等のレニウム化合物は、過レニウム酸イオンとは違って水溶性が乏しいため、析出する。
【0019】
過レニウム酸イオンの溶液中の濃度は、溶媒に溶解させて溶液とすることができる程度であれば、特に限定されない。そのような過レニウム酸イオンの濃度の一例としては、1mmol/L〜100mmol/L程度を挙げることができる。また、非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物の溶液中の濃度は、過レニウム酸イオンの濃度に対して大過剰であることが好ましい。そのような非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物の溶液中の濃度の一例としては、10mmol/L〜10mol/L程度を挙げることができる。なお、過レニウム酸イオンのモル濃度に対する非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物のモル濃度の比は、5倍〜10000倍程度を例示することができる。
【0020】
[紫外線照射工程]
紫外線照射工程は、上記電子供与剤添加工程を経た溶液に紫外線を照射することにより、当該溶液に含まれる過レニウム酸イオンの還元体を析出させる工程である。このとき、七価のレニウム化合物である過レニウム酸イオン(ReO
4−)が六価に還元されてReO
3等となって析出する。
【0021】
上記のように、このときに用いる紫外線により過レニウム酸イオンに含まれるレニウムが励起され、還元反応を生じる。そのため、用いる紫外線は、過レニウム酸イオンに吸収される波長であることが必要である。この点、過レニウム酸イオンは300nm以下の波長にて幅広い吸収を有するため、用いる紫外線としては、300nm以下の波長を含むものであれば特に限定されない。また、用いる紫外線は、300nm以下の波長の紫外線を含めばよいので、300nm以下の波長の紫外線に加えて可視光線を含むものであってもよい。このような紫外線を発生させるために用いる光源としては、例えば、水銀・キセノンランプ、高圧水銀ランプ、メタルハライドランプ等が挙げられるが、特に限定されない。
【0022】
上記光源の中には、発光中に発熱して熱線(赤外線)を生じるものもある。そのような光源を用いた場合、被照射物である溶液の温度が過度に上昇することも考えられるため、光源と被照射物である溶液との間に熱線を遮断する光学フィルターを設けてもよい。このような光学フィルターとしては、フィルター内に水を封入した水フィルター等が例示される。
【0023】
紫外線照射工程では、上記のように、溶液に紫外線が照射されるが、その際、溶液を撹拌しながら紫外線の照射を行うことが好ましい。また、特に限定されないが、その際の溶液の温度として20℃程度を例示することができる。さらに、既に述べたように、レニウムは酸化を受けやすい元素であるため、紫外線の照射によって溶液中に生じたレニウムの還元体が、再び酸化されて過レニウム酸イオンとなることも考えられる。そのため、紫外線照射工程は、アルゴンや窒素雰囲気下で行われることが好ましい。
【0024】
必要とされる紫外線の照射時間は、溶液に含まれる過レニウム酸イオンの濃度や、光源から発せられる紫外線の強度等によって変動する。したがって、紫外線の照射時間は、例えば、イオンクロマトグラフィー等の手段により溶液中の過レニウム酸イオン濃度の変化をモニターしながら決定されることが好ましい。一例として、10.37mmol/LのKReO
4及び0.50mol/Lの2−プロパノールを含む水溶液(10mL)に対して、アルゴン雰囲気中で撹拌しながら水銀・キセノンランプ(出力200W)からの紫外線を照射した場合、およそ19時間で、溶液中の過レニウム酸イオンがイオンクロマトグラフィーにおける検出限界以下の濃度となる。
【0025】
なお、溶液に含まれる過レニウム酸イオンの濃度をイオンクロマトグラフィーでモニターする場合、カラムとして東ソー株式会社製のTSKgel IC−Anion−PWXLを用い、移動相として1.7mmol/L NaHCO
3+1.8mmol/L Na
2CO
3+20%アセトニトリル水溶液を用いることが例示される。
【0026】
[分取工程]
分取工程は、上記紫外線照射工程により析出させた過レニウム酸イオンの還元体を溶液から分取する工程である。これにより、溶液中からレニウムが回収されることになる。
【0027】
析出した過レニウム酸イオンの還元体は、上記の通り、六価のレニウムであるReO
3等の化合物である。これは、固体であるので、従来公知の固液分離法により分離される。このような固液分離法としては、濾過、遠心分離等が例示される。
【0028】
溶液から分離されたレニウムは、その後、必要な処理を受けて再資源化されることになる。上記のように、本発明によれば、過レニウム酸イオンを含む溶液に、非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えたアルコール等の化合物を添加し、さらに紫外線を照射するという簡便な手法により、溶液中からレニウムを分離させることが可能となる。
【実施例】
【0029】
以下、本発明のレニウムの回収方法について、実施例を示すことによりさらに具体的に説明するが、本発明は、以下の実施例に何ら限定されるものではない。
【0030】
[実施例1]
2−プロパノール(0.50mol/L)、過レニウム酸カリウム(KReO
4、10.37mmol/L)及び水中のイオン強度を一定に保つための試薬である過塩素酸ナトリウム(NaClO
4、0.10mol/L)を含む水溶液を光反応セル(液量10mL)に入れ、アルゴン雰囲気中で撹拌しながら、水銀・キセノンランプを用いて上記水溶液に紫外〜可視領域の光(220〜460nm)を照射した。照射終了後、遠心分離器で沈殿を分離し、水中に残存している過レニウム酸イオンをイオンクロマトグラフィーで定量し、水中の総レニウム濃度をICP(Inductively coupled plasma;誘導結合プラズマ)発光分析で定量した。イオンクロマトグラフィーでは、カラムとして東ソー株式会社製TSKgel IC−Anion−PWXLを用い、移動相として1.7mmol/L NaHCO
3+1.8mmol/L Na
2CO
3+20%アセトニトリル水溶液を用いた。
【0031】
図1に、実施例1における光照射時間に対する水溶液中の過レニウム酸イオン(ReO
4−)濃度のプロットを示す。また、
図2に、実施例1における光照射時間に対する水溶液中の総Re濃度のプロットを示す。
図1からわかるように、光照射を開始してから19時間後には、溶液中における過レニウム酸イオンがイオンクロマトグラフィーの検出限界以下となった。また、
図2からわかるように、光照射を開始してから19時間後には、溶液中における総Re濃度がほとんどゼロに近かった。これらのことから、水溶液中に存在していた過レニウム酸イオンは、19時間の光照射により、ほぼ全量が沈殿として析出し水溶液中には残存していないことがわかる。
【0032】
なお、得られた沈殿に対してXPS(X線光電子分光)測定を行ったところ、当該沈殿がRe(VII):Re(VI)=85:15の混合物であることがわかった。既に述べたようにレニウムは酸化を受けやすいため、溶液中に析出した時点ではRe(VI)だったものが、分離操作や測定操作の最中に、その一部がRe(VII)に酸化されたものと考えられる。
【0033】
[比較例1]
2−プロパノールを添加しないことを除き、実施例1と同様の手順で比較例1の操作を行った。その結果、光照射を開始して19時間経過後も、過レニウム酸イオンは、初期量の95.1%が残存していることが確認された。
【0034】
[比較例2]
光照射を行わないことを除き、実施例1と同様の手順で比較例2の操作を行った。その結果、溶液を調製してから19時間経過後も、過レニウム酸イオンは、初期量の100%が残存していることが確認された。
【0035】
実施例1及び比較例1〜2の結果をまとめたものを表1に示す。なお、表1における「ReO
4−残存率」は、光照射を開始してから19時間経過後(実施例1及び比較例1)又は溶液を調製してから19時間経過後(比較例2)における(以下、単に「19時間経過後における」と称する。)、溶液中での過レニウム酸イオンの初期量に対する残存率を表す。また、表1における「ReO
4−」は、19時間経過後における溶液中の過レニウム酸イオンの濃度(mmol/L)を表す。また、表1における「総Re」は、19時間経過後における溶液中の総レニウム濃度(mg/mL)を表す。
【0036】
【表1】
(※)イオンクロマトグラフィーにおける検出限界以下であることを示す
【0037】
表1から明らかなように、溶液中に含まれる過レニウム酸イオンを析出させて回収するには、非共有電子対を有する原子を持つ置換基を備えた化合物である2−プロパノールの添加と光照射とが必須であると理解される。また、実施例1において、溶液中における総Re濃度が19時間経過後にはほとんどゼロとなったことから、本発明のレニウムの回収方法によれば、溶液中に含まれるレニウムをほぼ確実に除去できることがわかる。