特許第5987764号(P5987764)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5987764
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】火花点火式エンジンの制御装置
(51)【国際特許分類】
   F02D 41/06 20060101AFI20160825BHJP
   F02D 41/02 20060101ALI20160825BHJP
   F02D 19/08 20060101ALI20160825BHJP
【FI】
   F02D41/06 335
   F02D41/02 330K
   F02D41/02 335
   F02D19/08 D
【請求項の数】4
【全頁数】19
(21)【出願番号】特願2013-84714(P2013-84714)
(22)【出願日】2013年4月15日
(65)【公開番号】特開2014-206117(P2014-206117A)
(43)【公開日】2014年10月30日
【審査請求日】2015年3月12日
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001427
【氏名又は名称】特許業務法人前田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】安田 京平
(72)【発明者】
【氏名】西尾 貴史
【審査官】 有賀 信
(56)【参考文献】
【文献】 特開2009−221963(JP,A)
【文献】 特開2010−037968(JP,A)
【文献】 特開平08−128346(JP,A)
【文献】 特開2009−062862(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F02D 41/00―41/40
F02D 13/00―28/00
F02D 43/00―45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率の低い特殊燃料とガソリンとの少なくとも一方を含む燃料が供給されるように構成されたエンジン本体、
前記燃料を噴射する燃料噴射弁を有しかつ、当該燃料噴射弁を通じて、前記エンジン本体に設けられた気筒内に前記燃料を供給するように構成された燃料供給機構、
前記エンジン本体の負荷が高いときには開度が大きくかつ、負荷が低いときには開度が小さくなるよう構成されたスロットル弁、及び、
少なくとも前記燃料供給機構の制御を通じて前記エンジン本体を運転するように構成された制御器、を備え、
前記制御器は、
前記エンジン本体の温度状態が所定温度以下の低温状態でかつ、前記エンジン本体の負荷状態が所定負荷以上の時には、前記燃料を吸気行程から圧縮行程の範囲内において前記気筒内に供給すると共に、前記燃料における前記特殊燃料の濃度が所定よりも高いときには、前記燃料噴射弁が圧縮行程中に噴射する燃料量を、前記吸気行程中に噴射する燃料量よりも多くする一方、前記燃料における前記特殊燃料の濃度が前記所定以下のときには、前記吸気行程中に噴射する燃料量を、前記圧縮行程中に噴射する燃料量よりも多くし、
前記エンジン本体の温度状態が所定温度以下の低温状態でかつ、前記エンジン本体の負荷状態が前記所定負荷未満の時には、前記燃料における前記特殊燃料の濃度の高低にかかわらず、前記燃料を前記吸気行程中に前記気筒内に供給する火花点火式エンジンの制御装置。
【請求項2】
請求項1に記載の火花点火式エンジンの制御装置において、
前記制御器は、前記特殊燃料の濃度が前記所定よりも高いときには、前記吸気行程中の噴射と前記圧縮行程中の噴射との双方を行うと共に、前記特殊燃料の濃度が前記所定以下のときには、前記吸気行程中の噴射のみを行う火花点火式エンジンの制御装置。
【請求項3】
請求項2に記載の火花点火式エンジンの制御装置において、
前記燃料噴射弁は、前記気筒内に前記燃料を直接噴射し、
前記制御器は、前記特殊燃料の濃度が前記所定よりも高いときには、前記吸気行程における第1時期に、前記燃料噴射弁を通じて前記気筒内に前記燃料を噴射すると共に、前記圧縮行程中に、前記気筒内に前記燃料を噴射し、
前記制御器はまた、前記特殊燃料の濃度が前記所定以下のときには、前記第1時期よりも遅い、前記吸気行程における第2及び第3時期のそれぞれに、前記燃料噴射弁を通じて前記気筒内に前記燃料を噴射する火花点火式エンジンの制御装置。
【請求項4】
請求項3に記載の火花点火式エンジンの制御装置において、
前記制御器は、前記エンジン本体の負荷状態が前記所定負荷未満の時には、前記吸気行程中に前記燃料を一括噴射する火花点火式エンジンの制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
ここに開示する技術は、火花点火式エンジンの制御装置に係り、特に特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率の低い特殊燃料とガソリンとの少なくとも一方を含む燃料が供給されるよう構成された火花点火式エンジンの制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、地球温暖化等の環境問題の視点からバイオ燃料が注目されており、ガソリンと例えばバイオエタノールとを任意の混合比で混合した燃料で走行可能なFFV(Flexible Fuel Vehicle)が実用化されている。FFVにおける燃料のエタノール濃度の範囲は、市場で流通している燃料のガソリン及びエタノールの混合比によって異なるが、例えばE25(ガソリン75%、エタノール25)からE100(エタノール100%)まで変化する場合、又は、E0(ガソリン100%)からE85(ガソリン15%、エタノール85%)まで変化する場合がある。尚、ここでいうE100には、エタノールの精製過程で十分に水分が除去されず、5%程度の水分を含有するE100(エタノール95%、水5%)も含まれる。
【0003】
このようなFFVでは、燃料のエタノールの濃度によって燃料の性状が異なる。つまり、多成分燃料であるガソリンは、その標準沸点が27〜225℃の範囲になることから、例えば図2に、温度に対するガソリンの蒸留率の変化を示すように、温度が比較的低い状態であっても、気化率は比較的高い。これに対し、エタノールは単一成分燃料であって、その標準沸点は78℃であるから、温度が比較的低いときには気化率が0になってガソリンの気化率よりも低くなる状態がある一方で、温度が比較的高いときには気化率が100%になってガソリンの気化率よりも高くなる状態がある。そのため、エンジンの温度状態が所定の温度以下の低温時には、燃料におけるエタノールの濃度が高いほど、また、エンジンの温度状態が低いほど、気筒内での燃料の気化性能は悪化する。つまり、気筒内に供給した燃料量に対する、燃焼に寄与した燃料量の重量比を気化率と定義すれば、エタノールの濃度が高いほど、また、エンジンの温度状態が低いほど、気化率は低くなる。例えばE100使用時の、エンジンの冷間運転時には、気化率が低くなることに起因して、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性が悪化してしまうという問題が生じる。特に、水分含有のE100は、この問題が大きい。
【0004】
例えば特許文献1には、FFV用のエンジンシステムにおいて、ガソリンとエタノールとを任意の混合比で混合した燃料を貯留するメインタンクから、ガソリン濃度が高い燃料を抽出し、それをメインタンクとは別のサブタンクに移動させて、そこに貯留するエンジンシステムが記載されている。これにより、特許文献1に記載されたエンジンシステムでは、サブタンク内に、気化性能が安定した燃料を常時、貯留していることになる。そこで、特許文献1に記載されたエンジンシステムでは、エタノール濃度の高い燃料を使用したときに、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性が低下してしまう運転条件下(例えば、エンジンの冷間運転時等)では、メインタンクに貯留している燃料と、サブタンクに貯留しているガソリン濃度の高い燃料とを適宜の割合で混合する。こうしてメインタンクに貯留している燃料よりもガソリン濃度を高くした混合燃料を、エンジンの吸気ポートに噴射する。このように、特許文献1に記載されたエンジンシステムは、気化率が低くなる運転条件下では、サブタンクに貯留しているガソリン濃度の高い燃料を使用することによって燃料の気化率を高め、そのことにより、エンジンの冷間運転時等における、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性を確保する。つまり、特許文献1に記載されたエンジンシステムは、特定の運転状態下においては、着火性及び/又は燃焼安定性の確保のために、燃料の性状を所定の性状となるように変えている。
【0005】
また、特許文献2には、前述のようなサブタンクを備えていない一方で、気筒内に燃料を直接噴射するように構成された燃料噴射弁を有するFFV用のエンジンシステムが記載されている。この特許文献2には、エンジンの始動時の燃料噴射制御が記載されている。具体的には、エタノールの理論空燃比はガソリンの理論空燃比と比較して小さく、エタノール濃度の高い燃料を使用するときには、ガソリン濃度の高い燃料を使用するときと比較して燃料噴射量を増量する必要があることに鑑みて、燃料のエタノール濃度が高くて燃料噴射量が多くかつ、エンジンの温度状態が低くてその燃料の気化性能が低くなるような、エンジンの低温始動時には、燃料圧力を高めると共に、高燃圧の燃料を圧縮行程中に気筒内に噴射する。これにより、燃料の気化を促進して、低温始動性を高めている。また、エンジンの温度状態が低くても、燃料のエタノール濃度が低いときには、燃料が気化しやすいと判断して、燃料圧力を高めことなく、吸気行程中に気筒内に噴射し、エンジンを始動させる。このように、特許文献2に記載されたエンジンシステムでは、燃料のエタノール濃度に応じて、エンジンを始動させるときの燃料の噴射形態を変更している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【特許文献1】特開2010−133288号公報
【特許文献2】特開2010−37968号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
特許文献1に記載されているようなサブタンクを必要とする構成は、燃料供給系が2系統になってエンジンシステムの構成を複雑にしかつ、コストを増大させることから、特許文献2に記載されているようなサブタンクを省略した構成が要求されている。
【0008】
一方で、前述したように、FFVにおいては、給油する燃料のエタノール濃度が変わることによって、そのメインタンクに貯留している燃料のエタノール濃度が変化するから、メインタンクに貯留している燃料の性状如何に関わらず、常に、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性、並びに、排気エミッション性能を確保する必要がある。
【0009】
例えば、エンジン始動後の低温時でかつ、負荷状態が比較的高いときには、燃料噴射量が比較的多くなる。このような運転状態において、燃料におけるエタノール濃度が高いときには、ガソリン使用時と比較して燃料噴射量が増えると共に、気化率は低くなるため、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性の観点から、燃料の気化を促進することが求められる。一方で、エタノールは、燃焼温度が比較的低くなると共に、分子に酸素を含んでいることから、ガソリンと比較してスモークは発生し難い。そのため、比較的負荷が高い状態であっても、燃料におけるエタノール濃度が比較的高いときには、スモーク対策は、ほとんど要求されない。
【0010】
これに対し、燃料におけるエタノール濃度が低いとき、言い換えるとガソリン濃度が高いときには、燃料噴射量が相対的に減ると共に、気化率は比較的高い。そのため、燃料の気化を促進する必要性はほとんどない。一方で、ガソリンは、エタノールと比較してスモークが発生し易いため、比較的負荷が高い運転状態では、スモーク対策が要求される。
【0011】
ここに開示する技術は、前記の実情を考慮した技術であり、その目的とするところは、特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率の低い特殊燃料とガソリンとの少なくとも一方を含む燃料が供給されるエンジンにおいて、燃料の性状如何に関わらず、常に、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性、並びに、排気エミッション性能を確保することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
ここに開示する技術は、火花点火式エンジンの制御装置に係る。この火花点火式エンジンの制御装置は、特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率の低い特殊燃料とガソリンとの少なくとも一方を含む燃料が供給されるように構成されたエンジン本体、前記燃料を噴射する燃料噴射弁を有しかつ、当該燃料噴射弁を通じて、前記エンジン本体に設けられた気筒内に前記燃料を供給するように構成された燃料供給機構、前記エンジン本体の負荷が高いときには開度が大きくかつ、負荷が低いときには開度が小さくなるよう構成されたスロットル弁、及び、少なくとも前記燃料供給機構の制御を通じて前記エンジン本体を運転するように構成された制御器、を備える。
【0013】
前記制御器は、前記エンジン本体の温度状態が所定温度以下の低温状態でかつ、前記エンジン本体の負荷状態が所定負荷以上の時には、前記燃料を吸気行程から圧縮行程の範囲内において前記気筒内に供給すると共に、前記燃料における前記特殊燃料の濃度が所定よりも高いときには、前記燃料噴射弁が圧縮行程中に噴射する燃料量を、前記吸気行程中に噴射する燃料量よりも多くする一方、前記燃料における前記特殊燃料の濃度が前記所定以下のときには、前記吸気行程中に噴射する燃料量を、前記圧縮行程中に噴射する燃料量よりも多くし、前記エンジン本体の温度状態が所定温度以下の低温状態でかつ、前記エンジン本体の負荷状態が前記所定負荷未満の時には、前記燃料における前記特殊燃料の濃度の高低にかかわらず、前記燃料を前記吸気行程中に前記気筒内に供給する。
【0014】
ここで、「特定温度以下の状態下でガソリンよりも気化率が低い特殊燃料」とは、例えば単一成分燃料であり、具体的にはエタノール又はメタノール等のアルコールを例示することができる。アルコールの具体例としては、サトウキビやトウモロコシを原料としたバイオエタノール等の、生物由来アルコールとしてもよい。
【0015】
また、「特殊燃料とガソリンとの少なくとも一方を含む燃料」は、特殊燃料とガソリンとを混合した燃料、特殊燃料のみの燃料、及びガソリンのみの燃料のいずれかである。ガソリンと特殊燃料との混合比に、特に制限はなく、任意の混合比を採用することができる。特殊燃料をエタノールとしたときに、エンジン本体に供給する「燃料」には、具体的には、ガソリンにエタノールを25%混合したE25から、エタノール100%のE100までの範囲で、任意のエタノール濃度の燃料が含まれる。また、ガソリン(つまりE0)から、ガソリンにエタノールを85%混合したE85までの範囲で、任意のエタノール濃度の燃料もまた、ここでいう「燃料」に含まれる。さらに、「特殊燃料とガソリンとの少なくとも一方を含む燃料」には、水が含まれていてもよい。従って、5%程度の水分を含有するE100もまた、ここでいう「燃料」に含まれる。給油毎に、特殊燃料の濃度が異なる燃料(特殊燃料の濃度が0の燃料も含む)が給油される場合、エンジン本体に供給される燃料の、特殊燃料の濃度は所定の範囲で、随時、変化するようになる。尚、燃料におけるアルコール濃度は、様々な手法により、検知又は推定することが可能である。
【0016】
「気化率」は、気筒内に供給した燃料量に対する、燃焼に寄与した燃料量の重量比として定義することができる。こうした気化率は、エンジンの排気通路に取り付けたOセンサの検出値に基づいて算出することが可能である。エンジン本体の温度が所定温度以下の条件下では、燃料における特殊燃料の濃度が高いほど、また、エンジン本体の温度状態が低いほど、気化率は低くなり得る。
【0017】
「燃料噴射弁」は、気筒内に、燃料を直接、噴射する燃料噴射弁としてもよい。また、そうした直噴の燃料噴射弁に加えて、吸気ポートに燃料を噴射する燃料噴射弁を別途備えてもよい。
【0018】
「エンジン本体の温度状態が所定温度以下の低温状態」とは、特殊燃料を含む燃料の気化率が低下するような温度状態であり、例えばエンジンの冷間時に相当する。特殊燃料がエタノール(標準沸点78℃)であるときには、所定温度は、一例として、但しこれに限定されないが、20℃程度にしてもよい。
【0019】
「エンジン本体の負荷状態が所定負荷以上の時」とは、エンジン本体の負荷状態が比較的高い状態にあることを意味する。エンジンの負荷領域を、低負荷領域と高負荷領域とに、仮想的に二分割したときの高負荷領域内にエンジン本体の運転状態があるとき、としてもよいし、エンジンの負荷領域を、低負荷領域、中負荷領域及び高負荷領域に、仮想的に三分割したときの中負荷及び高負荷領域内にエンジン本体の運転状態があるとき、としてもよい。所定負荷は、一例として、但しこれに限定されないが、Ce=0.4程度に相当する。
【0020】
前記の構成によると、エンジン本体の温度状態が所定温度以下の低温状態、言い換えると、特殊燃料の濃度の高い燃料は気化率が低下するような温度条件下でかつ、エンジン本体の負荷状態が所定負荷以上の時には、制御器は、燃料における特殊燃料の濃度に応じて、吸気行程から圧縮行程の範囲内において行う燃料の噴射形態を切り替える。
【0021】
すなわち、特殊燃料の濃度が所定よりも高いとき(言い換えると、ガソリンの濃度が低いとき)には、燃料噴射弁が圧縮行程中に噴射する燃料量を、吸気行程中に噴射する燃料量よりも多くする。これは、吸気行程中に噴射する燃料量をゼロにして、圧縮行程中のみ燃料を噴射することも含む。
【0022】
圧縮行程中の燃料噴射は、気筒内に直接燃料を噴射することによって行われるが、このことによって、圧縮行程が進行するに伴い断熱圧縮によって高くなる気筒内の温度を利用して、燃料の気化を促進することが可能になる。特に、エンジン本体の負荷状態が所定負荷以上であって吸気負圧が比較的低くなることから、吸気負圧を利用した燃料の気化促進は、あまり期待できない。また、特殊燃料がアルコールのときには、理論空燃比における燃料噴射量が、ガソリンと比較して多くなって燃料の噴射期間が相対的に長くなるため、吸気負圧を十分に利用することもできなくなる。圧縮行程中の燃料噴射は、吸気負圧が実質的に利用できないときにおいて、燃料の気化を促進することができ、極めて有効である。燃料における特殊燃料の濃度が高い上に、エンジンの温度状態が比較的低いことで、燃料の気化率は低下するが、圧縮行程噴射によって燃料の気化を促進する結果、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性を確保することが可能になる。
【0023】
これに対し、特殊燃料の濃度が所定以下のとき、言い換えるとガソリンの濃度が高いときには、燃料噴射弁が吸気行程中に噴射する燃料量を、圧縮行程中に噴射する燃料量よりも多くする。これは、圧縮行程中に噴射する燃料量をゼロにして、吸気行程中のみ燃料を噴射することも含む。
【0024】
燃料におけるガソリンの濃度が高いため、エンジンの温度状態が比較的低くても、高い気化率が確保される。そのため、吸気負圧が利用できなくても、吸気行程噴射を行うことによって燃料は気化し得る。また、ガソリン濃度が高いことは、燃料噴射量が相対的に少なくなって、燃料の噴射期間が相対的に短くなるため、吸気負圧を利用し易くなる。逆に、圧縮行程中に気筒内に燃料を噴射することは、気筒内の流動が弱い上に、燃料の噴射開始から点火までの時間が短くなるため、混合気の均質化には不利である。その結果、ガソリン濃度の高い燃料では、スモークが発生する虞がある。
【0025】
前述した吸気行程噴射は、強い吸気流動と、十分に長い混合気形成期間とを利用して、混合気の均質化に有利になるから、燃料における特殊燃料の濃度が低いとき(言い換えると、燃料におけるガソリンの濃度が高いとき)に、スモークの発生が回避乃至抑制される。こうして、排気エミッション性能が確保される。
【0026】
尚、特殊燃料がエタノール等のアルコールである場合は、燃焼温度がガソリンと比較して低いこと、及び/又は、分子に酸素を含んでいることによって、エタノール濃度の高い燃料を圧縮行程中に噴射しても、ガソリンと比較してスモークが発生し難い。
【0027】
前記制御器は、前記特殊燃料の濃度が前記所定よりも高いときには、前記吸気行程中の噴射と前記圧縮行程中の噴射との双方を行うと共に、前記特殊燃料の濃度が前記所定以下のときには、前記吸気行程中の噴射のみを行う、としてもよい。
【0028】
特殊燃料の濃度が所定よりも高い(つまり、気化率が低い)ときに、圧縮行程噴射を行うことは、前述の通り燃料の気化を促進して、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性の向上に有利になる。
【0029】
また、エンジン本体の負荷が比較的高いため、それに伴い燃料噴射量は増える上に、エンジン本体の温度状態が比較的低いことで、燃料の気化率の低さを考慮して燃料噴射量はさらに増えることになる。つまり、所望の気化燃料量が得られるように、燃料噴射量は予め増量される。こうして、燃料噴射量が増えたときには、圧縮行程中だけでは十分な燃料噴射期間が確保できなくなるところ、前記の構成では、圧縮行程噴射に加えて、吸気行程噴射を行うことにより、燃料の噴射期間を十分に確保すると共に、混合気の形成期間も長くなる。また、吸気流動を利用した混合気の均質化も図られる。こうして、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射は、混合気の着火性及び燃焼安定性に有利になる。分割噴射はまた、特殊燃料がアルコールであり、燃料におけるアルコール濃度が高いことで、ガソリンと比べて燃料噴射量が増えるときにも、燃料の噴射期間を十分に確保することを可能にするから、有効である。
【0030】
一方で、燃料における特殊燃料の濃度が所定以下であって、ガソリン濃度が比較的高いときには、吸気行程中の噴射のみを行う。つまり、圧縮行程噴射を行わないことによって、スモークの発生を回避することが可能になる。一方で、吸気行程噴射のみを行っても、燃料の気化が可能であると共に、ガソリン濃度が比較的高いときには、燃料の噴射期間が相対的に短くなるため、吸気負圧の利用には有利になる。こうして、混合気の着火性及び燃焼安定性は確保される。
【0031】
前記燃料噴射弁は、前記気筒内に前記燃料を直接噴射し、前記制御器は、前記特殊燃料の濃度が前記所定よりも高いときには、前記吸気行程における第1時期に、前記燃料噴射弁を通じて前記気筒内に前記燃料を噴射すると共に、前記圧縮行程中に、前記気筒内に前記燃料を噴射し、前記制御器はまた、前記特殊燃料の濃度が前記所定以下のときには、前記第1時期よりも遅い、前記吸気行程における第2及び第3時期のそれぞれに、前記燃料噴射弁を通じて前記気筒内に前記燃料を噴射する、としてもよい。
【0032】
気筒内に燃料を直接噴射する構成においては、気筒内のピストン位置と燃料噴射タイミングとを考慮することが望ましい。
【0033】
つまり、特殊燃料の濃度が所定よりも高いときには、吸気行程における第1時期に、燃料噴射弁を通じて気筒内に燃料を噴射する。この第1時期は、第2及び第3時期よりも早い時期であり、吸気行程を前半及び後半に2分割したと仮定したときの前半の時期としてもよい。吸気行程の前半に、気筒内に燃料を噴射することにより、吸気弁の開弁直後の強い吸気負圧を利用することが可能になり、燃料の気化に有利になる。また、吸気行程の前半に燃料を噴射することによって、十分に長い混合気形成期間が確保される。
【0034】
また、特殊燃料の濃度が所定よりも高いときには、圧縮行程中に、燃料噴射弁を通じて気筒内に燃料を噴射する。このことにより、気化率の低い条件下において、気筒内の高い温度を利用した燃料の気化が可能になる。ここで、圧縮行程中における燃料の噴射は、気筒内の温度状態が十分に高まって、燃料の気化に有利な状態になるまで待つことが好ましい。圧縮行程中における燃料の噴射は、例えば圧縮行程の後半に行ってもよい。但し、燃料の噴射終了時点と、点火時期との間には、混合気形成期間を十分に確保することが望ましいため、そのため、例えば燃料噴射量が比較的多くて、燃料噴射期間が長くなるようなときには、燃料の噴射開始を圧縮行程の前半に設定してもよい。
【0035】
これに対し、特殊燃料の濃度が所定以下であって、ガソリン濃度が高い燃料のときには、吸気行程における第2及び第3時期に、燃料噴射弁を通じて気筒内に燃料を噴射する。つまり、吸気行程中において分割噴射を行うが、その第2及び第3時期は、第1時期よりも遅い時期であり、吸気行程の後半の時期としてもよい。ガソリン濃度が高い燃料のときには、前述の通り、燃料の気化の促進が不要である。従って、吸気負圧を利用するために、吸気行程の前半に、気筒内に燃料を噴射する必要性に乏しい。逆に、吸気行程の前半は、ピストンが、気筒内において比較的上方に位置しているため、気筒内に噴射した燃料がこのピストンに衝突してしまい、例えば混合気の形成に悪影響を及ぼす場合がある。これに対し、吸気行程の後半では、ピストンは比較的下方に位置しているため、気筒内に噴射した燃料がピストンに衝突してしまうことが回避される。また、吸気行程の後半は、気筒内の強い吸気流動を利用して均質混合気の形成に有利になる。こうして、特殊燃料の濃度が所定以下であって、ガソリン濃度が高い燃料のときに、スモークの発生が効果的に抑制される。このことはまた、燃焼安定性の向上にも寄与する。
【0036】
前記制御器は、前記エンジン本体の負荷状態が前記所定負荷未満の時には、前記吸気行程中に前記燃料を一括噴射する、としてもよい。
【0037】
エンジン本体の負荷状態が所定負荷未満の時には、比較的低い充填効率に対応して、スロットル弁が絞られるようになる。その結果、吸気負圧が高くなる。そこで、エンジン本体の負荷状態が所定負荷未満の時には、吸気行程中に燃料を一括噴射する。このことにより、吸気負圧を利用した減圧沸騰効果により、燃料における特殊燃料の濃度如何に関わらず、燃料の気化が促進される。その結果、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性、並びに、排気エミッション性能が確保される。
【発明の効果】
【0038】
以上説明したように、前記の火花点火式エンジンの制御装置によると、エンジン本体の温度状態が所定温度以下の低温状態でかつ、エンジン本体の負荷状態が所定負荷以上の時には、燃料における特殊燃料の濃度が相対的に高いときには、燃料噴射弁が圧縮行程中に噴射する燃料量を、吸気行程中に噴射する燃料量よりも多くすることにより、燃料の気化性能を高めて、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性が確保される。一方、燃料における特殊燃料の濃度が相対的に低いときには、燃料噴射弁が吸気行程中に噴射する燃料量を、圧縮行程中に噴射する燃料量よりも多くすることにより、混合気の均質性を高めて、スモークの発生を抑制乃至回避し、排気エミッション性能が確保される。こうして、エンジン本体に供給される燃料の性状如何に関わらず、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性、並びに、排気エミッション性能を、常に確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0039】
図1】火花点火式エンジン及びその制御装置の構成を示す概略図である。
図2】温度に対するガソリンの蒸留量の変化とエタノールの蒸留量の変化とを比較する図である。
図3】エンジン水温、アルコール濃度、及び、充填効率をパラメータとした、燃料の噴射形態の切り替えに係るマップである。
図4】気筒内の圧力状態の変化と、燃料の噴射タイミングとを例示する図である。
図5】燃料噴射形態の設定に係るフローチャートである。
図6】(a)エンジン水温の上昇に伴う燃料噴射形態の切り替えと、燃料増量率との関係、(b)エンジン負荷の高低に対する燃料噴射形態の切り替えと、燃料増量率との関係、を例示する図である。
【発明を実施するための形態】
【0040】
以下、火花点火式エンジンの実施形態を図面に基づいて説明する。尚、以下の好ましい実施形態の説明は例示である。図1に示されるように、エンジンシステムは、エンジン(エンジン本体)1、エンジン1に付随する様々なアクチュエーター、様々なセンサ、及びセンサからの信号に基づきアクチュエーターを制御するエンジン制御器100を有する。このエンジンシステムは、幾何学的圧縮比が12以上20以下(例えば12)の高圧縮比エンジン1を備える。
【0041】
エンジン1は、火花点火式4ストローク内燃機関であって、図1には1つのみ図示するが、直列に配置された第1〜第4の4つの気筒11を有する。但し、ここに開示する技術が適用可能なエンジンは、直列4気筒エンジンには限定されない。エンジン1は、自動車等の車両に搭載され、その出力軸は、図示しないが、変速機を介して駆動輪に連結されている。エンジン1の出力が駆動輪に伝達されることによって、車両が推進する。
【0042】
このエンジン1には、エタノール(バイオエタノールを含む)を含有する燃料が供給される。特にこの車両は、エタノールの濃度が25%(つまり、ガソリンの濃度が75%のE25)〜100%(つまり、ガソリンを含まないE100)までの任意の濃度の燃料が使用可能なFFVである。尚、ここでいうE100には、エタノールの精製過程で十分に水分が除去されずに5%程度の水分を含有するエタノールを含む。但し、ここに開示する技術は、E25〜E100の使用を前提としたFFVに限らず、例えばE0(つまり、ガソリンのみでエタノールを含まない)〜E85(つまり、ガソリン濃度15%、エタノール濃度85%)の範囲でエタノール濃度が変化する燃料が使用するFFVにも適用可能である。
【0043】
図示は省略するが、この車両は、前記の燃料を貯留する燃料タンク(つまり、メインタンク)のみを有しており、従来のFFVのように、ガソリン濃度の高い燃料を、メインタンクとは別に貯留するためのサブタンクを有していない点が特徴である。このFFVは、ガソリンのみが供給されるガソリン仕様車をベースにしたものであり、その構成の大部分は、二つの仕様の間で共通化されている。
【0044】
エンジン1は、シリンダブロック12と、その上に載置されるシリンダヘッド13とを備えており、ブロック12の内部に気筒11が形成されている。周知のように、シリンダブロック12には、ジャーナル、ベアリングなどによりクランクシャフト14が回転自在に支持されており、このクランクシャフト14が、コネクティングロッド16を介してピストン15に連結されている。
【0045】
各気筒11の天井部には、略中央部からシリンダヘッド13の下端面付近まで延びる2つの傾斜面が形成されており、それらの傾斜面が互いに差し掛けられた屋根のような形状をなす、いわゆるペントルーフ型となっている。
【0046】
前記ピストン15は、各気筒11内に摺動自在に嵌挿されており、気筒11及びシリンダヘッド13と共に燃焼室17を区画している。ピストン15の頂面は、前述した気筒11の天井面のペントルーフ型の形状に対応するように、その周縁部から中央部に向かって隆起する台形状に形成されており、これによって、ピストン15が圧縮上死点に到達したときの燃焼室容積を小さくして、12以上の高い幾何学的圧縮比を達成している。ピストン15の頂面にはまた、その概略中心位置に、概ね球面状に凹陥したキャビティ151が形成されている。このキャビティ151は、気筒11の中心部に配設された点火プラグ51に相対するように、配置されており、これによって、燃焼期間を短縮するようにしている。つまり、前述したように、この高圧縮比エンジン1は、ピストン15の頂面が隆起していて、ピストン15が圧縮上死点に到達したときに、ピストン15の頂面と気筒11の天井面との間隔が極めて狭くなるように構成されている。このため、キャビティ151を形成していないときには、初期火炎がピストン15の頂面と干渉して冷却損失が増大し、火炎伝播が阻害されて燃焼速度が遅延してしまう。これに対し、前記のキャビティ151は、初期火炎の干渉を回避して、その成長を妨げないため、火炎伝播が速くなって、燃焼期間が短縮し得る。このことは、ガソリン濃度の高い燃料においては、ノッキングの抑制に有利になり、点火時期の進角によるトルクの向上に寄与する。
【0047】
気筒11毎に、吸気ポート18及び排気ポート19がシリンダヘッド13に形成され、それぞれが燃焼室17に連通している。吸気弁21及び排気弁22はそれぞれ、吸気ポート18及び排気ポート19を燃焼室17から遮断(閉)することができるように配設されている。吸気弁21は吸気弁駆動機構30により、排気弁22は排気弁駆動機構40により、それぞれ駆動され、それによって所定のタイミングで往復動して、吸気ポート18及び排気ポート19を開閉する。
【0048】
吸気弁駆動機構30及び排気弁駆動機構40は、それぞれ吸気カムシャフト31及び排気カムシャフト41を有する。カムシャフト31,41は、周知のチェーン/スプロケット機構等の動力伝達機構を介してクランクシャフト14に連結される。動力伝達機構は、周知のように、クランクシャフト14が二回転する間に、カムシャフト31,41を一回転させる。
【0049】
吸気弁駆動機構30は、吸気弁21の開閉時期を変更可能な吸気バルブタイミング可変機構32を含んで構成され、排気弁駆動機構40は、排気弁22の開閉時期を変更可能な排気バルブタイミング可変機構42を含んで構成される。吸気バルブタイミング可変機構32は、この実施形態では、吸気カムシャフト31の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式、機械式又は電動式の位相可変機構(Variable Valve Timing:VVT)により構成され、排気バルブタイミング可変機構42は、排気カムシャフト41の位相を所定の角度範囲内で連続的に変更可能な、液圧式、機械式又は電動式の位相可変機構により構成されている。吸気バルブタイミング可変機構32は、吸気弁21の閉弁時期を変更することにより、有効圧縮比を調整し得るものである。尚、有効圧縮比とは、吸気弁閉弁時の燃焼室容積と、ピストン15が上死点にあるときの燃焼室容積との比である。
【0050】
点火プラグ51は、例えば、ねじ等の周知の構造によって、シリンダヘッド13に取り付けられている。点火プラグ51の電極は、気筒11の概略中心において燃焼室17の天井部に臨んでいる。点火システム52は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、点火プラグ51が所望の点火タイミングで火花を発生するよう、それに通電する。
【0051】
燃料噴射弁53は、例えばブラケットを使用する等の周知の構造で、この実施形態ではシリンダヘッド13の一側(図例では吸気側)に取り付けられている。このエンジン1は、燃料を気筒11内に直接噴射する、いわゆる直噴エンジンである。燃料噴射弁53の先端は、上下方向については吸気ポート18の下方に、また、水平方向については気筒11の中央に位置して、燃焼室17内に臨んでいる。但し、燃料噴射弁53の配置はこれに限定されるものではない。燃料噴射弁53は、この例においては、多噴口(例えば6噴口)型の燃料噴射弁(Multi Hall Injector:MHI)である。各噴口の向きは、図示は省略するが、気筒11内の全体に燃料が噴射できるように、噴口軸の芯先が広がっている。MHIの利点は、多噴口であるため一噴口の径が小さく、比較的高い圧力で燃料を噴射し得る点、及び、気筒11内の全体に燃料を噴射可能に広がっているため、燃料のミキシング性が高まると共に、燃料の気化・霧化が促進される点にある。従って、吸気行程中に燃料を噴射した場合は、気筒11内の吸気流動を利用した、燃料のミキシング性、及び、気化・霧化の促進の点で有利になる一方、圧縮行程において燃料を噴射した場合は、燃料の気化・霧化の促進により、気筒11内のガス冷却の点で有利になる。尚、燃料噴射弁53は、MHIに限定されるものではない。
【0052】
燃料供給システム54は、その構成の図示は省略するが、燃料を昇圧して燃料噴射弁53に供給する高圧ポンプと、この高圧ポンプに対して燃料タンクからの燃料を送る配管やホース等と、燃料噴射弁53を駆動する電気回路と、を備えている。高圧ポンプは、この例ではエンジン1によって駆動される。尚、高圧ポンプを電動ポンプとしてもよい。高圧ポンプは、ガソリン仕様車と同じ比較的小容量のポンプである。燃料噴射弁53が多噴口型である場合は、微小な噴口から燃料を噴射するために、燃料噴射圧力は比較的高く設定される。電気回路は、エンジン制御器100からの制御信号を受けて燃料噴射弁53を作動させ、所定のタイミングで所望量の燃料を、燃焼室17内に噴射させる。ここで、燃料供給システム54は、エンジン回転数が上昇するに伴い燃圧を高く設定する。これは、エンジン回転数が上昇するに伴い、気筒11内に噴射される燃料量も増大するが、燃圧が高くなることで、燃料の気化・霧化に有利になると共に、燃料噴射弁53の燃料噴射に係るパルス幅を可及的に短くするという利点がある。最高燃圧は、例えば20MPaである。前述したように、燃料タンクには、E25〜E100までの任意のエタノール濃度のアルコール含有燃料が貯留されている。
【0053】
吸気ポート18は、吸気マニホールド55内の吸気経路55bによってサージタンク55aに連通している。図示しないエアクリーナからの吸気流は、スロットルボデー56を通過してサージタンク55aに供給される。スロットルボデー56にはスロットル弁57が配置されており、このスロットル弁57は、周知のようにサージタンク55aに向かう吸気流を絞って、その流量を調整する。スロットル・アクチュエーター58が、エンジン制御器100からの制御信号を受けて、スロットル弁57の開度を調整する。
【0054】
排気ポート19は、排気マニホールド60内の排気経路によって周知のように排気管内の通路に連通している。この排気マニホールド60は、図示を省略するが、各気筒11の排気ポート19に接続された分岐排気通路が、排気順序が隣り合わない気筒同士で第1集合部により集合され、各第1集合部の下流の中間排気通路が第2集合部で集合された構造となっている。すなわち、このエンジン1の排気マニホールド60には、いわゆる4−2−1レイアウトが採用されている。
【0055】
エンジン1にはまた、その始動時にクランキングを行うためのスタータモータ20が設けられている。
【0056】
エンジン制御器100は、周知のマイクロコンピュータをベースとするコントローラであって、プログラムを実行する中央演算処理装置(CPU)と、例えばRAMやROMにより構成されてプログラム及びデータを格納するメモリと、電気信号の入出力をする入出力(I/O)バスと、を備えている。
【0057】
エンジン制御器100は、エアフローセンサ71からの吸気流量及び吸気温度、吸気圧センサ72からの吸気マニホールド圧、クランク角センサ73からのクランク角パルス信号、水温センサ78からのエンジン水温、及び、排気通路に取り付けられたリニアOセンサ79からの、排気ガス中の酸素濃度、というように、種々の入力を受ける。エンジン制御器100は、例えばクランク角パルス信号に基づいて、エンジン回転数を計算する。また、エンジン制御器100は、アクセルペダルの踏み込み量を検出するアクセル開度センサ75からのアクセル開度信号を受ける。さらに、エンジン制御器100には、変速機の出力軸の回転速度を検出する車速センサ76からの車速信号が入力される。加えて、シリンダブロック12には、当該シリンダブロック12の振動を電圧信号に変換して出力する加速度センサからなるノックセンサ77が取り付けられており、その出力信号もエンジン制御器100に入力される。
【0058】
エンジン制御器100は前記のような入力に基づいて、以下のようなエンジン1の制御パラメータを計算する。例えば、所望のスロットル開度信号、燃料噴射パルス、点火信号、バルブ位相角信号等である。そしてエンジン制御器100は、それらの信号を、スロットル・アクチュエーター58、燃料供給システム54、点火システム52、並びに、吸気及び排気バルブタイミング可変機構32、42等に出力する。エンジン制御器100はまた、エンジン1の始動時には、スタータモータ20に駆動信号を出力する。
【0059】
ここで、FFV用のエンジンシステムに特有の構成として、エンジン制御器100は、リニアOセンサ79の検知結果に基づいて、燃料噴射弁53が噴射する燃料のエタノール濃度を推定する。エタノールの理論空燃比(9.0)は、ガソリンの理論空燃比(14.7)よりも小さく、燃料のエタノール濃度が高いほど理論空燃比はリッチ側(つまり、理論空燃比の値が小さくなる)になることから、理論空燃比でエンジンを運転している条件下において、排気ガス中に燃え残りの酸素が存在しているときには、燃料のエタノール濃度が予想よりも高かったと判断することができる。具体的に、燃料噴射弁53が噴射する燃料のエタノール濃度、言い換えると燃料タンク内に貯留している燃料のエタノール濃度は、給油を行うことによって変化する可能性があるため、エンジン制御器100はまず、燃料タンクのレベルゲージセンサの検出値に基づいて給油判定を行い、給油が行われたことを判定すれば、燃料のエタノール濃度の推定を行う。エンジン制御器100は、リニアOセンサ79が出力した信号から、空燃比がリーンのときには、燃料中にガソリンが多いと判定する一方、空燃比がリッチのときには燃料中にエタノールが多いと判定することにより、燃料におけるエタノール濃度を推定する。尚、燃料のエタノール濃度を推定する代わりに、燃料のエタノール濃度を検出するセンサを設けてもよい。推定したエタノール濃度は、燃料噴射制御に利用される。
【0060】
エンジン制御器100はさらに、リニアOセンサ79の検知結果に基づいて、気筒11内に供給した燃料の気化率を算出する。気化率は、気筒11内に供給する燃料量(言い換えると、燃料噴射弁53が噴射した燃料量)に対する、燃焼に寄与した燃料量の重量比によって定義される。エンジン制御器100は、リニアOセンサの検出値を利用して、燃焼に寄与した燃料量の重量を算出すると共に、算出した燃料重量と、燃料噴射弁53の燃料噴射量とに基づいて気化率を算出する。
【0061】
(燃料噴射に係る制御)
このエンジンシステムは、前述の通りFFVに搭載されたシステムであり、エンジン1には、E25〜E100までの任意の混合比のアルコール含有燃料が供給される。ここで、図2は、ガソリンの気化特性とエタノールの気化特性とを比較する図である。尚、図2は、1気圧下における温度変化に対する、ガソリン及びエタノールそれぞれの蒸留量(%)の変化を示している。ガソリンは多成分燃料であることから、各成分の沸点に応じて蒸発する。ガソリンの蒸留量は、温度変化に対しおおよそ線形的に変化することなる。つまり、ガソリンは、エンジン1の温度状態が比較的低いときにも一部の成分が気化して、可燃混合気を形成することが可能である。
【0062】
これに対しエタノールは単一成分燃料であることから、特定温度(つまり、エタノールの沸点である78℃)以下では、蒸留量が0%になる一方で、特定温度を超えると、蒸留量が100%になる。このように、ガソリンとエタノールとを比較すると、特定温度以下では、エタノールの蒸留量の方がガソリンの蒸留量よりも低くなる状態がある一方で、特定温度を超えると、エタノールの蒸留量の方がガソリンの蒸留量よりも高くなる状態がある。そのため、エンジン1の温度状態が所定温度以下(例えば水温が20℃未満程度)の冷間状態では、エタノールを含有する燃料は、ガソリンと比較して気化率が低くなる。そうして、エンジン1が冷間状態にあるときには、エンジン1の温度状態が低いほど、また燃料のエタノール濃度が高いほど、燃料の気化率は低下することになる。
【0063】
このように、エンジン1の温度状態や、燃料のエタノール濃度によって燃料の気化率が変化することから、エンジン制御器100は、目標となる気化燃料量が得られるように、エンジン負荷及びアルコール濃度等に応じて設定されるベースの燃料量に対し、燃料の気化率に応じた燃料量の増量補正を行う。具体的には、図6に示すように、燃料噴射量は、ベース燃料量に対して燃料増量率を乗算することによって設定される。実際の気化燃料量は、燃料噴射量に対して気化率を乗算したものである。燃料増量率は、実験等を通じて得られた、エンジンの各運転状態における気化率から予め設定されて、エンジン制御器100に記憶されている。燃料増量率は、基本的には、気化率が低いほど高くなり、気化率が高いほど低くなる。従って、図6(a)に示すように、エンジン水温が低いときには燃料増量率が高くなり、エンジン水温が高いときには燃料増量率が低くなる。尚、図6に示す燃料増量率についての詳細は、後述する。
【0064】
また、後述の通り、燃料噴射の時期(吸気行程噴射であるか、圧縮行程噴射であるか)によっても気化率が変化することから、それに応じて燃料増量率も変化することになる。
【0065】
こうして、燃料噴射弁53が噴射する燃料量は、燃料の気化率が低いほど増量することになる。このため、冷間高負荷運転時には、エンジン1の負荷状態が高くて燃料量が多くなる上に、燃料の気化率が低くて増量補正値が大きくなる結果、燃料噴射弁53が噴射する燃料量は極めて多くなり得る。また、ガソリンの理論空燃比に対し、エタノールの理論空燃比は値が小さいため、燃料のエタノール濃度が高くなればなるほど、噴射する燃料量は増えることにもなる。
【0066】
図3は、燃料のエタノール濃度、エンジン水温、及び充填効率をパラメータとした、燃料噴射形態に係るマップの一例を概念的に示している。図3のマップは、エンジン水温が、所定温度T以下の範囲を示している。この温度範囲は、エンジン1の冷間から半暖機に相当する。
【0067】
このエンジンシステムでは、吸気行程及び圧縮行程のそれぞれにおいて燃料を噴射する第1燃料噴射形態、吸気行程中に燃料を分割噴射する第2燃料噴射形態、及び、吸気行程中に燃料を一括噴射する第3燃料噴射形態の3種類の燃料噴射形態を、燃料のエタノール濃度の高低、エンジン水温の高低、及び充填効率の高低に応じて切り替える。
【0068】
具体的に、第1燃料噴射形態は、燃料のエタノール濃度が所定濃度Eよりも高く、エンジン水温が所定値T以下でかつ、充填効率Ceが所定値Ce以上のときの噴射形態である。所定値Tは、例えば20℃程度であり、エンジン水温が所定値T以下であることは、エンジン1の温度状態が冷間状態にあることに相当する。また、所定濃度Eは、例えば60%(つまり、E60以上)である。つまり、エンジン水温が比較的低くかつ、エタノール濃度が比較的高いため、燃料の気化率が低い状態に相当する。
【0069】
また、所定値Ceは、例えば0.4程度であり、エンジン1の負荷が比較的高くて、燃料噴射量が比較的多い上に、高いエタノール濃度と、低い燃料の気化率による大きな燃料増量率とが組み合わさって、燃料噴射量は極めて多くなり得る。第1燃料噴射形態では、この多量の燃料を、吸気行程中と、圧縮行程中とのそれぞれで、気筒11内に噴射する。
【0070】
図4は、気筒11内の圧力変化と、燃料の噴射時期とを例示する図である。第1燃料噴射形態における吸気行程中の噴射は、図4に(1)の矢印で例示するように、吸気弁21の開弁直後で、気筒11内の圧力が大きく低下するタイミングで開始する。第1燃料噴射形態は、この吸気負圧を利用して、減圧沸騰効果により燃料の気化を促進する。また、吸気行程噴射は、混合気の均質化と、十分な混合気形成期間の確保とを可能にする。
【0071】
また、第1燃料噴射形態における圧縮行程中の噴射は、図4に(4)の矢印で例示するように、圧縮行程の後半(つまり、圧縮行程を仮想的に前半及び後半の2つに分割したときの後半)に開始する。これは、圧縮行程中の断熱圧縮に伴い上昇する気筒11内の温度を利用して、燃料の気化を促進するためである。前述したように、このエンジン1は、幾何学的圧縮比が高いことにより圧縮端温度が高いため、圧縮行程噴射は、燃料の気化に、極めて有利である。圧縮行程噴射では、気筒11内の温度及び圧力状態が、エタノールが蒸発可能な状態になることを待って、気筒11内に燃料を噴射することが好ましい。こうすることで、気筒11内に噴射した直後からエタノールは気化するようになる。但し、燃料の噴射終了時点と、点火時期との間には、混合気形成期間を十分に確保することが好ましい。そのため、例えば燃料噴射量が比較的多くて、燃料噴射期間が長くなるようなときには、燃料の噴射開始を圧縮行程の前半に設定してもよい。
【0072】
第2燃料噴射形態は、充填効率Ceが所定値Ce以上で、エンジン水温が所定値T以下の領域内において、第1燃料噴射形態を実行する領域以外の領域での噴射形態である。つまり、第2燃料噴射形態は、エンジン負荷が比較的高い領域内で、燃料の気化率がそれほど低くない領域での燃料噴射形態であると言い換えることができる。第2燃料噴射形態では、エンジン1の負荷が比較的高いため、燃料噴射量は比較的多くなるものの、燃料の気化率はそれほど低くないため、燃料増量率があまり高くならず、よって、燃料噴射量も抑制される。第2燃料噴射形態では、吸気行程中に分割噴射を行う。
【0073】
第2燃料噴射形態における吸気行程中の噴射は、図4に(2)及び(3)の矢印で例示するタイミングで行う。これは、第1燃料噴射形態における吸気行程中の噴射タイミング(1)よりも遅いタイミングである。前述したように、第2燃料噴射形態は、気化率がそれほど低くない条件下での燃料噴射であるため、吸気負圧を利用して燃料の気化を促進する必要性に乏しい。逆に、吸気弁21の開弁直後は、気筒11内の上端付近にピストン15が位置しているため、燃料噴射弁53から噴射した燃料が、このピストン15の頂面に衝突をしてしまうことになる。このことは、混合気の均質化には不利になり得る。そこで、第2燃料噴射形態では、吸気行程の後半であって、ピストン15が気筒11内の下方に移動したタイミングで、その気筒11内に燃料を噴射する。このことにより、燃料が、ピストン15に衝突することを抑制する一方で、このタイミングでの燃料噴射は、強い吸気流動を利用して、混合気の均質化に有利になる。
【0074】
エンジン水温がT以下でかつ、充填効率Ceが所定値Ce以上の領域においては、燃料のエタノール濃度に応じて、第2燃料噴射形態と第1燃料噴射形態とが切り替わることになる。つまり、燃料におけるエタノール濃度が低いとき、言い換えるとガソリン濃度が高いときには、第2燃料噴射形態となり、燃料におけるエタノール濃度が高いときには、第1燃料噴射形態となる。エタノールは、燃焼温度が比較的低くかつ、分子に酸素を含んでいることから、ガソリンと比較してスモークが発生し難いという特性がある。この特性により、エタノール濃度が高いときには、第1燃料噴射形態のように、圧縮行程中に燃料噴射を行っても、スモークは発生し難い。そこで、エタノール濃度が相対的に高いときには、圧縮行程噴射を行うことによって、燃料の気化を促進することが好ましい。
【0075】
逆に、圧縮行程中に気筒内に燃料噴射を行う場合は、混合気の均質性には不利になるから、燃料におけるガソリン濃度が高いときに圧縮行程噴射を行うことは、スモークの発生を招く虞がある。そこで、エタノール濃度が相対的に低いときには、圧縮行程噴射を行わずに、吸気行程中にのみ燃料噴射を行うことによって、スモークの発生が回避される。
【0076】
第3燃料噴射形態は、充填効率Ceが、所定値Ce未満のときの噴射形態である。充填効率が比較的低いため、スロットル弁57が絞られており、比較的高い吸気負圧が得られる。そこで、エンジン水温の高低や、エタノール濃度の高低に関わらず、つまり、気化率の高低に関わらず、吸気負圧を利用して、減圧沸騰効果により燃料の気化を促進することが可能である。第3燃料噴射形態では、吸気行程中に一括噴射を実行する。吸気負圧を有効に利用する観点から、燃料の噴射開始は、吸気行程の前半に設定してもよい。
【0077】
こうして、エンジン1に供給される燃料の性状如何に関わらず、混合気の着火性及び/又は燃焼安定性、並びに、排気エミッション性能が確保される。
【0078】
図5は、燃料噴射形態の設定に係るフローチャートであり、このフローは、エンジン制御器100が実行する。スタート後のステップS51では、各種信号を読み込み、続くステップS52で、推定したエタノール濃度が所定値Eを超えるか否かを判定する。所定値E以下のとき(つまり、NOのとき)には、ステップS53に移行する一方、所定値Eを超えるとき(つまり、YESのとき)には、ステップS56に移行する。
【0079】
ステップS53では、充填効率が所定値Ce未満であるか否かを判定する。所定値Ce未満であるときのYESのときには、ステップS54に移行し、燃料噴射形態を第3燃料噴射形態、つまり、吸気行程中の一括噴射に設定する。一方、所定値Ce以上であるときのNOのときには、ステップS55に移行し、燃料噴射形態を第2燃料噴射形態、つまり、吸気行程中の分割噴射に設定する。
【0080】
これに対し、エタノール濃度が所定値を超えるとして移行したステップS56では、エンジン水温が所定値Tを超えるか否かを判定し、所定値Tを超えるとき(YESのとき)には、ステップS510に移行する。ステップS510では、充填効率が所定値Ce未満であるか否かを判定し、YESのときにはステップS59に移行して、第3燃料噴射形態(つまり、吸気行程中の一括噴射)に設定するのに対し、NOのときにはステップS55に移行して、第2燃料噴射形態(つまり、吸気行程中の分割噴射)に設定する。
【0081】
ステップS56において、所定値T以下のとき(NOのとき)には、ステップS57に移行するが、そのステップS57でもまた、充填効率が所定値Ce1未満であるか否かを判定する。ステップS57の判定がYESのときにはステップS59に移行して、第3燃料噴射形態(つまり、吸気行程中の一括噴射)に設定するのに対し、NOのときにはステップS58に移行して、第1燃料噴射形態(つまり、吸気行程と圧縮行程との分割噴射)に設定する。
【0082】
このように、エンジン水温の高低に応じて、燃料噴射形態を異ならせているため、エンジン水温の変化、具体的には、エンジン1が冷間始動した後に、水温が次第に上昇することに伴い、燃料噴射形態が切り替わることになる。具体的には、図3に矢印で示すように、エタノール濃度が所定値Eを超えかつ、充填効率Ceが所定値Ceを超えているときに、エンジン水温が上昇したときには、第1燃料噴射形態(つまり、吸気行程と圧縮行程との分割噴射)から、第2燃料噴射形態(つまり、吸気行程中の分割噴射)へと切り替わる。この切り替え時には、切り替え前に行っていた圧縮行程噴射が、切り替え後には行われない。前述したように、圧縮行程噴射は、気筒内の温度を利用して燃料の気化を促進しているが、その圧縮行程噴射の実行の有無によって、気筒11内に噴射した燃料の気化率が大きく変わる。具体的に、エンジン水温の上昇時には、圧縮行程噴射の中止に伴い気化率が急減少するが、この気化率の急減少に起因して、第2燃料噴射形態への切り替え直後は、燃料噴射量が同じであっても、気化率の相違によって実際の気化燃料量が不足し、空燃比が理論空燃比に対してリーンになってしまう。この状態では、発生するトルクが減少してしまうことになるから、燃料噴射形態の切り替え時にトルクショックが生じることになる。
【0083】
ここで、エンジン制御においては、制御切り替えに伴うトルクショックを、例えば点火時期の調整によって抑制することが行われる。しかしながら、前述の通り、ここでのトルクショックは、そもそも気化燃料量が不足していることに起因するため、点火時期等の制御を行ってもトルクの減少を回復することはできない。
【0084】
そこで、このエンジンシステムでは、図6に示すように、燃料噴射形態の切り替え前後で燃料増量率を不連続的に変えている。具体的に図6(a)の横軸は、エンジン水温に相当し、紙面左側はエンジン水温が相対的に低く、紙面右側はエンジン水温が相対的に高い。従って、エンジン1の冷間始動後、エンジン水温は紙面左から右へと移行することになる。エンジン1の運転状態は、燃料におけるエタノール濃度が所定値Eよりも高くかつ、充填効率Ceが所定値Ceよりも高い状態である。従って、図6(a)における相対的に左側では、吸気行程と圧縮行程との分割噴射(つまり、第1燃料噴射形態)が行われ、相対的に右側では、吸気行程中の分割噴射(つまり、第2燃料噴射形態)が行われる。
【0085】
先ず、第1燃料噴射形態を実行している状態において、エンジン水温が上昇するに伴い気化率が高くなる。そのため、燃料増量率は、次第に低く設定される。燃料噴射形態の切り替え時には、前述の通り、気化率が急減少することに対応して、それまで減少傾向にあった燃料増量率を急増大している。このことによって、第1燃料噴射形態から第2燃料噴射形態へと切り替わった直後には、燃料噴射量が大きく増えることになるから、圧縮行程噴射が行われずに気化率が低くなったとしても、所望の気化燃料量を確保することが可能になる。こうして、切り替え直後に、気化燃料量が不足することが回避され、トルクショックが回避される。その後、第2燃料噴射形態を実行している状態においても、エンジン水温が上昇するに伴い気化率が高くなるため、燃料増量率は、次第に低く設定されることになる。
【0086】
ここで、図3のマップから明らかなように、燃料噴射形態の切り替えは、エンジン水温が上昇するときに限らない。つまり、エタノール濃度が所定値Eを超えかつ、エンジン水温が所定値T以下のときに、エンジン1の負荷が高負荷側から低負荷側へと下がったときには、燃料噴射形態は、第1燃料噴射形態から第3燃料噴射形態へと切り替わり、逆に、エンジン1の負荷が低負荷側から高負荷側へと上がったときには、燃料噴射形態は、第3燃料噴射形態から第1燃料噴射形態へと切り替わる。
【0087】
これらの切り替え時にもまた、圧縮行程噴射の実行と非実行が切り替わることにより、気筒11内に噴射した燃料の気化率が急変することになる。具体的には図6(b)に示すように、エンジン負荷が低下するに伴い、吸気負圧が高くなることで気化率が高まり、燃料増量率は次第に低く設定される。そうして、充填効率Ceが所定値Ce以下になれば、吸気行程噴射及び圧縮行程噴射の分割噴射を行う第1燃料噴射形態から、吸気一括噴射を行う第3燃料噴射形態へと切り替わる。その切り替わりの直後は、前記と同様に、気化率が急減少するため、燃料増量率を急増大させる。つまり、燃料増量率を、不連続的に切り替え、それによって、エンジン負荷は低下しているのに対し、燃料噴射量を増量する。これにより、必要な気化燃料量を確保して、トルクショックを抑制する。第3燃料噴射形態を実行している状態においても、エンジン負荷が低くなるに伴い気化率が高まるため、燃料増量率は次第に低く設定される。逆に、エンジン負荷が高まって、充填効率Ceが所定値Ceを超えれば、吸気一括噴射を行う第3燃料噴射形態から、吸気行程噴射及び圧縮行程噴射の分割噴射を行う第1燃料噴射形態へと切り替わる。その切り替わりの直後は、前記とは逆に、気化率が急増大するため、燃料増量率を急減少させる。つまり、燃料増量率を、不連続的に切り替え、それによって、エンジン負荷は高まるのに対し、燃料噴射量を減量する。これにより、気化燃料量が過剰になることを回避して、トルクショックを抑制する。
【0088】
尚、前記の構成では、第1燃料噴射形態では、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行い、第2燃料噴射形態では、吸気行程中の分割噴射、つまり圧縮行程噴射を行っていないが、第2燃料噴射形態として、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行うと共に、第1燃料噴射形態と第2燃料噴射形態とで、吸気行程噴射の噴射量と、圧縮行程噴射の噴射量との比率を変更するようにしてもよい。具体的には、燃料の気化率が相対的に低い第1燃料噴射形態では、圧縮行程噴射の噴射量を吸気行程噴射の噴射量よりも増やした上で、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行い、燃料の気化率が相対的に高い第2燃料噴射形態では、吸気行程噴射の噴射量を圧縮行程噴射の噴射量よりも増やした上で、吸気行程噴射と圧縮行程噴射との分割噴射を行うようにしてもよい。
【0089】
また、直噴の燃料噴射弁53に加えて、吸気ポートに燃料を噴射する燃料噴射弁をさらに備えるようにしてもよい。
【符号の説明】
【0090】
1 エンジン(エンジン本体)
11 気筒
100 エンジン制御器
53 燃料噴射弁
54 燃料供給システム(燃料供給機構)
図1
図2
図3
図4
図5
図6