(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
質量%で、Cu:0.05〜1.0%、Ni:0.05〜3.0%およびMo:0.05〜0.50%から選択される1種以上を含有する、請求項1に記載のステアリングラックバー用圧延丸鋼材。
質量%で、Nb:0.010〜0.10%およびV:0.01〜0.30%から選択される1種以上を含有する、請求項1に記載のステアリングラックバー用圧延丸鋼材。
質量%で、Ca:0.0005〜0.005%およびPb:0.05〜0.30%から選択される1種以上を含有する、請求項1に記載のステアリングラックバー用圧延丸鋼材。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0013】
特許文献1および特許文献2で提案した圧延鋼材に対して、破損防止のための母材靱性と深穴を加工するための被削性をさらに向上させたステアリングラックバー用圧延丸鋼材およびステアリングラックバーに対する要望が大きくなってきた。
【0014】
本発明は、高周波焼入れされるラックバーの素材として好適に用いることができる圧延丸鋼材およびそれを用いたラックバーを提供することを目的とする。本発明は、特に高価な元素の添加を行わずとも、また調質処理を行わずとも、母材靱性および被削性に優れる圧延丸鋼材およびそれを用いたラックバーを提供することを目的とする。さらに、径方向中心部の長さ方向に容易に深穴を加工することができる圧延丸鋼材および生じた亀裂を停留させることができるラックバーを提供することを目的とする。
【0015】
なお、本発明の目的とする高い母材靱性とは、圧延鋼材の状態で、JIS Z 2242(2005)に規定の、ノッチ角度45゜、ノッチ深さ2mmおよびノッチ底半径0.25mmのVノッチを付けた幅10mmの標準試験片(以下、「Vノッチシャルピー衝撃試験片」という。)を用いたシャルピー衝撃試験における試験温度25℃での衝撃値が160J/cm
2以上であることを意味する。上記試験片を用いた試験温度25℃での衝撃値が160J/cm
2以上であれば、より破損の可能性が高い環境下での走行、例えば、悪路走行の際に、より一層の安全性を確保することができる。
【課題を解決するための手段】
【0016】
本発明者らは、前述した課題を解決するために、中炭素鋼において調質処理を行うことなく高い母材靱性が得られ、なおかつ中心部の良好な被削性を確保するための手段について種々の実験室的な検討を行った。
【0017】
具体的には、先ず、フェライトとラメラーパーライトからなるミクロ組織を基準に、母材靱性を向上させる手段を検討した。その結果、下記の知見を得た。
【0018】
(A)フェライトを微細で、かつ圧延方向と平行な方向に延伸させ、さらに、ラメラーパーライト中のセメンタイトを球状セメンタイトにして、ラメラーパーライトを特定の割合未満にするとともに、球状セメンタイトを特定の量以上含むようにすれば、圧延方向と垂直な断面に進展する亀裂に対する抵抗が高くなるので、母材靱性を高めることができる。
【0019】
次いで、フェライトとラメラーパーライトからなるミクロ組織を基準に、深穴を加工する際の被削性に及ぼす組織の影響を調査した。その結果、下記の知見を得た。
【0020】
(B)ミクロ組織中に球状セメンタイトの量が多くなりすぎると、切屑処理性が悪くなることにより切削抵抗が高くなって、被削性に劣る。一方、ラメラーパーライトを特定の割合以上含むとともに球状セメンタイトを特定の量未満に抑えた組織の場合は、切屑処理性が良いため切削抵抗が低くなるので、被削性に優れる。
【0021】
そこでさらに、母材靱性および被削性を向上させるために、成分元素の影響を調査した。その結果、下記の知見を得た。
【0022】
(C)Sは、Mnと結合してMnSを形成し、鋼材の長手方向(圧延方向と平行な方向)に延伸して靱性を向上させる。しかも、特定量のSを含有すれば、切屑処理性が向上することで切削抵抗が低くなるので、被削性が良好になる。
【0023】
そこで上記(A)〜(C)の知見に基づいて、さらに詳細な検討を行った。その結果、下記の重要な知見を得た。
【0024】
(D)ステアリングラックバー用圧延丸鋼材として、破損防止のための母材靱性が必要な部位は、丸鋼材の表面から半径の1/2位置までの領域である。したがって、ミクロ組織がフェライト、ラメラーパーライトおよびセメンタイトからなる圧延丸鋼材の場合、上述の領域におけるミクロ組織を、微細でかつ圧延方向と平行な方向に延伸したフェライト、特定の割合以下に制限したラメラーパーライトおよび特定の量以上の球状セメンタイトからなるものにすれば、破損防止のための母材靱性が得られる。
【0025】
(E)一方、ミクロ組織がフェライト、ラメラーパーライトおよびセメンタイトからなる圧延丸鋼材の中心部において、ラメラーパーライトが特定の割合以上含まれているとともに球状セメンタイトが特定の量未満であれば、優れた被削性が得られる。
【0026】
さらに本発明者らは、上記(A)〜(E)の知見に基づいて、靱性を一層向上させるため、具体的には、圧延鋼材の状態で、Vノッチシャルピー衝撃試験片を用いたシャルピー衝撃試験における試験温度25℃での衝撃値を160J/cm
2以上とするために、成分元素の影響を調査した。その結果、下記の知見を得た。
【0027】
(F)Bは、粒界を強化することにより、高温時のひずみの解放を抑え、かつ、高周波焼入れ時のオーステナイト粒界におけるPおよびSの偏析を抑制する作用を有する。その結果として、靱性が一層高まる。
【0028】
本発明は、上記の知見に基づいて完成されたものであり、その要旨は、下記に示すステアリングラックバー用圧延丸鋼材およびステアリングラックバーにある。
【0029】
(1)質量%で、C:0.38〜0.55%、Si:1.0%以下、Mn:0.20〜2.0%、S:0.005〜0.10%、Cr:0.01〜2.0%、Al:0.003〜0.10%、B:0.0005〜0.0030%、Ti:0.047%以下、Cu:0〜1.0%、Ni:0〜3.0%、Mo:0〜0.50%、Nb:0〜0.10%、V:0〜0.30%、Ca:0〜0.005%、Pb:0〜0.30%、残部がFeおよび不純物であり、不純物中のPおよびNが、P:0.030%以下およびN:0.008%以下であり、さらに、下記の(1)式を満たす化学組成を有するステアリングラックバー用圧延丸鋼材であって、
ミクロ組織がフェライト、ラメラーパーライトおよびセメンタイトからなり、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径が10μm以下、ラメラーパーライトの面積率が20%未満およびセメンタイトのうちの球状セメンタイトの個数が4×10
5個/mm
2以上であり、さらに、中心部のラメラーパーライトの面積率が20%以上およびセメンタイトのうちの球状セメンタイトの個数が4×10
5個/mm
2未満であり、しかも、その丸鋼材の中心線を通って圧延方向と平行な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比が3以上である、ステアリングラックバー用圧延丸鋼材。
3.4N≦Ti≦3.4N+0.02・・・(1)
上記の(1)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を意味する。
【0030】
(2)質量%で、Cu:0.05〜1.0%、Ni:0.05〜3.0%およびMo:0.05〜0.50%から選択される1種以上を含有する、上記(1)に記載のステアリングラックバー用圧延丸鋼材。
【0031】
(3)質量%で、Nb:0.010〜0.10%およびV:0.01〜0.30%から選択される1種以上を含有する、上記(1)に記載のステアリングラックバー用圧延丸鋼材。
【0032】
(4)質量%で、Ca:0.0005〜0.005%およびPb:0.05〜0.30%から選択される1種以上を含有する、上記(1)に記載のステアリングラックバー用圧延丸鋼材。
【0033】
(5)上記(1)から(4)までのいずれかに記載のステアリングラックバー用圧延丸鋼材を
用いた、ステアリングラックバー。
【0034】
「不純物」とは、鉄鋼材料を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップまたは製造環境などから混入するものを指す。
【0035】
「球状セメンタイト」とは、長径Lと短径Wの比(L/W)が2.0以下であるセメンタイトを指す。
【0036】
「中心部」とは、中心から、半径の1/4までの距離にある部位を指す。
【0037】
「非調質のまま用いる」とは、焼入れ−焼戻しのいわゆる「調質処理」を行わないで用いることを指す。
【発明の効果】
【0038】
本発明のステアリングラックバー用圧延丸鋼材は、必ずしも高価なVを含有させる必要がなく、しかも、調質処理を行わずとも、圧延丸鋼材の状態でVノッチシャルピー衝撃試験片を用いたシャルピー衝撃試験における試験温度25℃での衝撃値が160J/cm
2以上という高い母材靱性を有し、さらに、中心部に深穴を加工するための良好な被削性を有するので、ステアリングラックバーの素材として用いるのに好適である。
【0039】
また、本発明のステアリングラックバーは、上記ステアリングラックバー用圧延丸鋼材を非調質のまま用いることによって得ることができる。
【発明を実施するための形態】
【0041】
以下、本発明の各要件について詳しく説明する。なお、以下の説明における各元素の含有量の「%」表示は「質量%」を意味する。
【0042】
1.化学組成:
C:0.38〜0.55%
Cは、鋼の強度、高周波焼入れ性および高周波焼入れで形成された硬化層の強度を向上させる作用を有する。しかしながら、その含有量が0.38%未満では、前記作用による所望の効果が得られない。一方、Cの含有量が0.55%を超えると、母材靱性が低下する。したがって、Cの含有量を0.38〜0.55%とした。なお、前記の効果を安定して得るために、Cの含有量は、0.40%以上とすることが好ましい。また、Cの含有量は、0.51%以下とすることが好ましい。
【0043】
Si:1.0%以下
Siは、脱酸元素であり、さらに、固溶強化によってフェライトの強度を向上させる元素である。しかしながら、Siの含有量が1.0%を超える場合には、被削性が低下して、深穴を加工することが困難になる。したがって、Siの含有量を1.0%以下とした。Siの含有量は、0.8%以下とすることが好ましい。
【0044】
なお、後述のAlも脱酸作用を有するため、Siの含有量について下限は特に定める必要はない。しかしながら、前記したSiの固溶強化作用を利用して強度確保を確実に行うためには、Siの含有量は、0.03%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすれば一層好ましい。
【0045】
Mn:0.20〜2.0%
Mnは、Sと結合してMnSを形成し、被削性、なかでも深穴を加工する際の切屑処理性を高めることで切削抵抗を低くする作用を有し、さらに延伸したMnSが亀裂の進展を抑制して靱性を高める効果を有する。また、Mnは、高周波焼入れ性を向上させるのに有効な元素であるとともに、固溶強化によってフェライトの強度を向上させる元素でもある。しかしながら、Mnの含有量が0.20%未満の場合、前記作用による所望の効果が得られない。一方、2.0%を超えてMnを含有させると、被削性が低下して、深穴を加工することが困難になる。したがって、Mnの含有量を0.20〜2.0%とした。なお、合金コストを低く抑えたうえで前記の効果を安定して得るために、Mnの含有量は、0.40%以上とすることが好ましく、また、1.50%以下とすることが好ましい。
【0046】
S:0.005〜0.10%
Sは、本発明において重要な元素である。Sは、Mnと結合してMnSを形成し、被削性、なかでも深穴を加工する際の切屑処理性を高めることで切削抵抗を低くする作用を有し、さらに延伸したMnSが亀裂の進展を抑制して靱性を高める効果を有する。しかしながら、Sの含有量が0.005%未満では、こうした効果が得られない。一方、Sの含有量が多くなって、MnSを多く形成しすぎると、逆に靱性を低下させる。したがって、Sの含有量を0.005〜0.10%とした。なお、Sの含有量は、0.010%以上とすることが好ましく、0.015%以上とすればより好ましい。また、Sの含有量は、0.08%以下とすることが好ましい。
【0047】
Cr:0.01〜2.0%
Crは、高周波焼入れ性を向上させるのに有効な元素であるとともに、固溶強化によってフェライトの強度を向上させる元素であるため、0.01%以上含有させる必要がある。しかしながら、Crの含有量が2.0%を超えると、被削性が低下して、深穴を加工することが困難になる。したがって、Crの含有量を0.01〜2.0%とした。なお、Crの含有量は、0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすればより好ましい。また、Crの含有量は、1.8%以下とすることが好ましい。
【0048】
Al:0.003〜0.10%
Alは、脱酸作用を有する。しかしながら、Alの含有量が0.003%未満の場合、前記作用による所望の効果が得られない。一方、Alの含有量が0.10%を超える場合には、高周波焼入れ性の低下が著しくなり、さらに、母材靱性の劣化も招く。したがって、Alの含有量を0.003〜0.10%とした。なお、Alの含有量は、0.08%以下とすることが好ましい。一方、Alの脱酸効果を安定して得るためには、Alの含有量は、0.005%以上とすることが好ましく、0.010%以上とすれば一層好ましい。
【0049】
B:0.0005〜0.0030%
Bは、粒界を強化することにより、高温時のひずみの解放を抑え、かつ、高周波焼入れ性を向上させる作用、さらには高周波焼入れ時のオーステナイト粒界におけるPおよびSの偏析を抑制する作用を有し、その結果として、靱性が一層高まる。上記の効果はBの含有量が0.0005%以上で顕著である。しかしながら、0.0030%を超えてBを含有させても前記の効果は飽和し、コストが嵩むばかりである。したがって、Bの含有量を0.0005〜0.0030%とした。Bの含有量は0.0010%以上とすることが好ましく、また、0.0020%以下とすることが好ましい。
【0050】
Ti:0.047%以下
Tiは、鋼中の不純物元素のNと優先的に結合し、Nを固定することで、BNの形成を抑制し、Bを固溶Bとして存在させる。そのため、Tiは、上記したBの、粒界を強化する効果、高周波焼入れ性を向上させる効果、ならびに高周波焼入れ時のオーステナイト粒界におけるPおよびSの偏析を抑制する効果を確保するのに有効な元素である。しかしながら、Tiの含有量が0.047%を超えると、母材靱性の著しい低下をきたす。このため、Tiの含有量を0.047%以下とした。
【0051】
Cu:0〜1.0%
Cuは、高周波焼入れ性を向上させ、母材靱性を高める作用を有するので、母材靱性向上のためにCuを含有させてもよい。しかしながら、Cuの含有量が1.0%を超えると、被削性が低下して、深穴を加工することが困難になる。したがって、含有させる場合のCuの量を1.0%以下とした。なお、Cuの量は、0.80%以下とすることが好ましい。
【0052】
一方、前記したCuの母材靱性向上効果を安定して得るためには、Cuの量は、0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすれば一層好ましい。
【0053】
Ni:0〜3.0%
Niは、高周波焼入れ性を向上させ、母材靱性を高める作用を有するので、母材靱性向上のためにNiを含有させてもよい。しかしながら、Niの含有量が3.0%を超えると、被削性が低下して、深穴を加工することが困難になる。したがって、含有させる場合のNiの量を3.0%以下とした。なお、Niの量は、2.0%以下とすることが好ましい。
【0054】
一方、前記したNiの母材靱性向上効果を安定して得るためには、Niの量は、0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすれば一層好ましい。
【0055】
Mo: 0〜0.50%
Moは、高周波焼入れ性を向上させ、母材靱性を高める作用を有するので、母材靱性向上のためにMoを含有させもよい。しかしながら、Moの含有量が0.50%を超えた場合、被削性が低下して、深穴を加工することが困難になる。したがって、含有させる場合のMoの量を0.50%以下とした。なお、Moの量は、0.40%以下とすることが好ましい。
【0056】
一方、前記したMoの母材靱性向上効果を安定して得るためには、Moの量は、0.05%以上とすることが好ましく、0.10%以上とすれば一層好ましい。
【0057】
なお、上記のCu、NiおよびMoは、そのうちのいずれか1種のみ、または2種以上の複合で含有させることができる。なお、これらの元素の合計量は、4.50%であっても構わないが、3.20%以下とすることが好ましい。
【0058】
Nb:0〜0.10%
Nbは、鋼中のCあるいはNと結合して炭化物あるいは炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する作用を有する。また、Nbには、鋼の強度を向上させる作用もある。しかしながら、Nbの含有量が0.10%を超えると、その効果が飽和してコストが嵩むのみならず、靱性の低下を招く。このため、含有させる場合のNbの量を0.10%以下とした。なお、Nbの量は、0.08%以下とすることが好ましい。
【0059】
一方、Nbの結晶粒微細化効果を安定して得るためには、Nbの量は、0.010%以上とすることが好ましく、0.015%以上とすれば一層好ましい。
【0060】
V:0〜0.30%
Vは、鋼中のCあるいはNと結合して炭化物あるいは炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化する作用を有する。また、Vには、鋼の強度を向上させる作用もある。しかしながら、Vの含有量が0.30%を超えると、その効果が飽和してコストが嵩むのみならず、靱性の低下を招く。このため、含有させる場合のVの量を0.30%以下とした。なお、Vの量は、0.25%以下とすることが好ましい。
【0061】
一方、Vの結晶粒微細化効果を安定して得るためには、Vの量は、0.01%以上とすることが好ましく、0.02%以上とすれば一層好ましい。
【0062】
なお、上記のNbおよびVは、そのうちのいずれか1種のみ、または2種の複合で含有させることができる。なお、これらの元素の合計量は、0.40%であっても構わないが、0.33%以下とすることが好ましい。
【0063】
Ca: 0〜0.005%
Caは、鋼の被削性を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてCaを含有させてもよい。しかしながら、Caの含有量が0.005%を超えると、熱間加工性の低下をきたし、製造性が低下してしまう。したがって、含有させる場合のCaの量を0.005%以下とした。Caの量は、0.0035%以下とすることが好ましい。
【0064】
一方、前記したCaの被削性向上効果を安定して得るためには、Caの量は、0.0005%以上とすることが望ましい。
【0065】
Pb:0〜0.30%
PbもCaと同様に、鋼の被削性を向上させる作用を有する。このため、必要に応じてPbを含有させてもよい。しかしながら、Pbの含有量が0.30%を超えると、前記の被削性向上効果は飽和し、熱間加工性が過度に低下し製造が困難となる。したがって、含有させる場合のPbの量を0.30%以下とした。
【0066】
一方、前記したPbの被削性向上効果を安定して得るためには、Pbの量は、0.05%以上とすることが望ましい。
【0067】
なお、上記のCaおよびPbは、そのうちのいずれか1種のみ、または2種の複合で含有させることができる。これらの元素の合計量は、0.30%以下であることが好ましい。
【0068】
本発明のステアリングラックバー用圧延丸鋼材の化学組成は、残部がFeおよび不純物であり、不純物中のPおよびNが、P:0.030%以下およびN:0.008%以下であり、さらに、
3.4N≦Ti≦3.4N+0.02・・・(1)
を満たすものである。
【0069】
P:0.030%以下
Pは、鋼中に不純物として含有され、粒界偏析および中心偏析を起こし、母材靱性の低下を招き、特に、その含有量が0.030%を超えると、母材靱性の低下が著しくなる。したがって、Pの含有量を、0.030%以下とした。なお、Pの含有量は、0.020%以下にすることが好ましい。
【0070】
N:0.008%以下
Nも、鋼中に不純物として含有される。Nは、Bとの親和力が大きく、鋼中のBと結合してBNを形成した場合には、Bを含有させたことによる、粒界を強化する効果、高周波焼入れ性を向上させる効果、ならびに高周波焼入れ時のオーステナイト粒界におけるPおよびSの偏析を抑制する効果が期待できない。特に、Nの含有量が多くなって0.008%を超えると、上記のBを含有させたことによる効果が得られない。したがって、Nの含有量を0.008%以下とした。
【0071】
3.4N≦Ti≦3.4N+0.02
本発明に係るステアリングラックバー用圧延丸鋼材は、
3.4N≦Ti≦3.4N+0.02・・・(1)
の式を満たす化学組成でなければならない。既に述べたとおり、上記の(1)式中の元素記号は、その元素の質量%での含有量を意味する。
【0072】
これは、TiおよびNの含有量がたとえ上述した範囲にあっても、Tiの含有量が〔3.4N〕未満の場合には、Tiによる鋼中のNの固定が不十分となってNがBと結合してBNを形成するので、上述したBの効果を十分に発現することができず、一方、Tiの含有量が〔3.4N+0.02〕を超えると、母材の靱性低下が避けられないからである。
【0073】
2.ミクロ組織:
本発明の圧延丸鋼材のミクロ組織は、フェライト、ラメラーパーライトおよびセメンタイトからなり、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径が10μm以下、ラメラーパーライトの面積率が20%未満およびセメンタイトのうちの球状セメンタイトの個数が4×10
5個/mm
2以上であり、さらに、中心部のラメラーパーライトの面積率が20%以上およびセメンタイトのうちの球状セメンタイトの個数が4×10
5個/mm
2未満であり、しかも、その丸鋼材の中心線を通って圧延方向と平行な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比が3以上でなければならない。
【0074】
本発明の圧延丸鋼材の場合、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径が10μmを超えた場合には、目標とする母材靱性を得ることが困難である。したがって、上記フェライトの平均粒径を10μm以下とした。なお、上記フェライトの平均粒径は8μm以下であることが好ましい。
【0075】
上記フェライトの平均粒径は、極力小さい方が結晶粒微細化による強化を図るうえで好ましいが、サブミクロンオーダーの結晶粒を形成するには、特殊な加工条件あるいは設備が必要となり工業的に実現することが困難である。したがって、工業上実現しうるサイズとしての上記フェライトの平均粒径の下限は1μm程度である。
【0076】
なお、上述の圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径は、例えば、圧延丸鋼材の表面から1mmの位置、表面から半径の1/4位置(以下、「R/4位置」という。ただし、「R」は、圧延丸鋼材の半径を指し、以下も同様である。)および表面から半径の1/2位置(以下、「R/2位置」という。)の3箇所のフェライト粒径をそれぞれ求めた後、その3か所のフェライト粒径を算術平均することによって、求めればよい。
【0077】
また、本発明の圧延丸鋼材の場合、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のラメラーパーライトの面積率が20%以上になると、母材靱性の低下を招く。したがって、上記ラメラーパーライトの面積率を20%未満と規定した。上記ラメラーパーライトの面積率は、15%以下であることが好ましく、0%でもよい。
【0078】
なお、上述の圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のラメラーパーライトの面積率は、例えば、圧延丸鋼材の表面から1mmの位置、R/4位置およびR/2位置の3箇所のラメラーパーライトの面積率をそれぞれ求めた後、その3箇所のラメラーパーライトの面積率を算術平均することによって、求めればよい。
【0079】
さらに、本発明の圧延丸鋼材の場合、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域の球状セメンタイトの個数が4×10
5個/mm
2を下回る場合には、母材靱性の低下を招く。したがって、上記球状セメンタイトの個数を4×10
5個/mm
2以上とした。上記球状セメンタイトの個数は、5.0×10
5個/mm
2以上であることが好ましく、また、1.0×10
12個/mm
2以下であることが好ましい。
【0080】
なお、上述の圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域の球状セメンタイトの個数は、例えば、圧延丸鋼材の表面から1mmの位置、R/4位置およびR/2位置の3箇所の球状セメンタイトの個数をそれぞれ求めた後、その3箇所の球状セメンタイトの個数を算術平均することによって、求めればよい。
【0081】
さらに、本発明のステアリングラックバー用圧延丸鋼材の場合、圧延方向と垂直な断面において、中心部のラメラーパーライトの面積率が20%未満の場合には、靱性が高くなって切屑処理性が低下、すなわち切削抵抗が高くなり、被削性が低下する。したがって、上記ラメラーパーライトの面積率を20%以上と規定した。上記ラメラーパーライトの面積率は、25%以上であることが好ましく、また、80%以下であることが好ましい。既に述べたように、「中心部」とは、中心から、半径の1/4までの距離にある部位を指す。
【0082】
なお、上述の圧延方向と垂直な断面において、中心部のラメラーパーライトの面積率は、例えば、圧延丸鋼材の表面から半径の3/4位置(以下、「3R/4位置」という。)および中心の2箇所のラメラーパーライトの面積率をそれぞれ求めた後、その2箇所のラメラーパーライトの面積率を算術平均することによって、求めればよい。
【0083】
本発明の圧延丸鋼材の場合、圧延方向と垂直な断面において、中心部の球状セメンタイトの個数が4×10
5個/mm
2以上の場合には、靱性が高くなって切屑処理性が低下し切削抵抗が高くなり、被削性の低下を招く。したがって、上記球状セメンタイトの個数を4×10
5個/mm
2未満と規定した。上記球状セメンタイトの個数は、0個/mm
2でもよいが、1×10
2個/mm
2以上であることが好ましく、また、3×10
5個/mm
2以下であることが好ましい。
【0084】
なお、上述の圧延方向と垂直な断面において、中心部の球状セメンタイトの個数は、例えば、圧延丸鋼材の3R/4位置および中心の2箇所の球状セメンタイトの個数をそれぞれ求めた後、その2箇所の球状セメンタイトの個数を算術平均することによって、求めればよい。
【0085】
本発明の圧延丸鋼材の場合、その丸鋼材の中心線を通って圧延方向と平行な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比が3未満の場合には、圧延方向と垂直な断面に亀裂が進展しやすくなり、靱性の低下を招く。したがって、上記フェライトのアスペクト比を3以上とした。上記フェライトの平均アスペクト比は、4以上であることが好ましく、また、45以下であることが好ましい。
【0086】
なお、上述の丸鋼材の中心線を通って圧延方向と平行な断面において、フェライトの平均アスペクト比は、例えば、圧延丸鋼材の表面から1mmの位置、R/4位置およびR/2位置の3箇所のフェライトの平均アスペクト比をそれぞれ求めた後、その3箇所のフェライトの平均アスペクト比を算術平均することによって、求めればよい。
【0087】
上述した本発明の圧延丸鋼材のミクロ組織は、既に述べた化学組成を有する被圧延材を、例えば、次に示すように熱間圧延し、冷却することによって得ることができる。
【0088】
熱間圧延方法としては、2以上の圧延工程を備える全連続式熱間圧延方法が、本発明のステアリングラックバー用圧延丸鋼材を製造するのに適している。このため、以下の説明は、上述した全連続式熱間圧延方法による圧延(以下、単に「全連続式熱間圧延」という。)をベースにして行うこととする。
【0089】
既に述べた化学組成を有する被圧延材を、670〜880℃の温度域に加熱した後、全連続式熱間圧延を開始する。
【0090】
加熱温度が880℃より高い場合は、歪が解放されやすくなり、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライト平均粒径、ラメラーパーライト面積率および球状セメンタイト個数のうち1つ以上が、前記「2.ミクロ組織」の項で述べた条件から外れる場合がある。また、加熱温度が670℃より低い場合は、前述の断面において、中心部のラメラーパーライト面積率および球状セメンタイト個数のうち1つ以上が、前記したミクロ組織条件から外れる場合がある。
【0091】
したがって、既に述べた化学組成を有する被圧延材を、670〜880℃の温度域に加熱した後、全連続式熱間圧延を開始することが好ましい。
【0092】
なお、熱間圧延前に行う、上記の670〜880℃という温度域での加熱においては、被圧延材(素材)の温度を所定の領域まで上昇させるだけではなく、素材の断面内温度を均一にするために、長時間にわたる加熱処理が行われることがあり、この場合には、素材表面にフェライト脱炭を生じることがある。したがって、上記フェライト脱炭を抑止するために、上記温度域での加熱時間は3時間以下とすることが好ましい。
【0093】
上記温度域に加熱した後に施す全連続式熱間圧延は、下記の条件〔1〕および〔2〕を満たすようにするのがよい。
【0094】
〔1〕被圧延材の表面温度が500〜820℃であり、なおかつ650〜820℃の温度範囲における累積減面率が30%以上であり、さらに500℃以上650℃未満の温度範囲における累積減面率が35%以上であること。ただし、上記「被圧延材の表面温度」には、後述する中間冷却工程中の被圧延材の表面温度は含まない。
【0095】
〔2〕「v(m/s)」を全連続式熱間圧延終了時点、つまり、最終の圧延機出側、での被圧延材速度(以下、「仕上速度」という。)、「Rd(%)」を全連続式熱間圧延の総減面率、「T(℃)」を被圧延材の加熱温度として、下記で表わされるfn(1)式が0以上を満たすものであること。
fn(1)=v・Rd/100−(1000−T)/100
ただし、「総減面率」とは、全連続式熱間圧延における被圧延材の圧延前の断面積をA
0、最終の圧延機を出た後の断面積をA
fとした場合に、{(A
0−A
f)/A
0}×100の式で求められる値(%)を指す。
【0096】
〔1〕については、圧延時に被圧延材の表面温度が820℃を上回ると、歪が解放されやすくなり、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライト平均粒径、ラメラーパーライト面積率および球状セメンタイト個数のうち1つ以上が、前記「2.ミクロ組織」の項で述べた条件から外れる場合がある。また、上記の温度が500℃より低い場合は、ミル負荷が著しく高くなるとともに、圧延時に割れが生じやすくなる。したがって、圧延時の被圧延材の表面温度は500〜820℃であることが好ましい。
【0097】
さらに、650〜820℃の温度範囲における累積減面率が30%を下回ると、圧延方向と垂直な断面において、表面から半径の1/2位置までの領域のフェライト平均粒径、ラメラーパーライト面積率および球状セメンタイト個数のうち1つ以上が、前記したミクロ組織条件から外れる場合がある。上記650〜820℃における累積減面率の上限は、製造ラインの多大な増設を防ぐため、99.5%程度となる。
【0098】
また、500℃以上650℃未満の温度範囲における累積減面率が35%を下回ると、被圧延材の中心線を通って圧延方向と平行な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比および圧延方向と垂直な断面における表面から半径の1/2位置までの領域の球状セメンタイト個数のうち1つ以上が、前記したミクロ組織条件から外れる場合がある。500℃以上650℃未満における累積減面率の上限は、製造ラインの多大な増設を防ぐため、80%程度となる。
【0099】
〔2〕は、圧延方向と垂直な断面における中心部のミクロ組織を前記「2.ミクロ組織」の項で述べたものとするために、経験的に得られた式である。fn(1)が0未満となる場合、圧延方向と垂直な断面において、中心部のラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数のうち1つ以上が前記したミクロ組織条件から外れる場合がある。
【0100】
本発明におけるラックバー用圧延丸鋼材を圧延する際に、途中工程で水冷などの中間冷却を行ってもよい。なお、中間冷却工程中に、被圧延材の表面温度が500℃を一時的に下回ることがある。しかし、当該冷却により被圧延材の表面温度が500℃を下回った場合でも、被圧延材内部の顕熱により500℃以上の温度に復熱した後に次の圧延工程を開始すれば、冷却によって被圧延材の表面温度が一時的に500℃を下回った影響は無いものとしてよい。また、被圧延材の未変態オーステナイトが、マルテンサイトやベイナイトといった硬質相に変態してしまうと、本発明で規定するミクロ組織を得られない場合がある。これを防ぐために中間冷却工程は、被圧延材の表面温度が500℃を一時的に下回った後、500℃以上の温度に復熱するまでの時間Δtが10秒以下となるような冷却であることが望ましい。さらに、より安定した全連続式熱間圧延による製造を目指す上では、Δtが8秒以下となるような中間冷却工程であることが好ましい。
【0101】
上記のようにして全連続式熱間圧延を行って所定の形状に加工した後は、500℃までの温度域を表面の冷却速度が0.5〜200℃/sの条件で最終冷却するのがよい。
【0102】
全連続式熱間圧延終了後、上記温度域における表面の冷却速度が0.5℃/s未満では、圧延方向と垂直な断面において、中心部のラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数のうち1つ以上が前記「2.ミクロ組織」の項で述べた条件から外れる場合があり、一方、表面の冷却速度が200℃/sを超えれば、未変態のオーステナイトが、マルテンサイトやベイナイトといった硬質相へ変態してしまう場合がある。
【0103】
以下、実施例により本発明をさらに詳しく説明する。
【実施例】
【0104】
(実施例1)
表1に示す化学組成を有する鋼A〜Zからなる角ビレット(160mm角で長さが10m)を準備した。
【0105】
【表1】
【0106】
前記の角ビレットを、冷却設備を備えた全連続式熱間圧延ラインによって、表2に試験番号1〜34として示した条件で直径34mmの棒鋼に圧延した。具体的には、粗圧延機列で直径60mmに、また中間圧延機列で直径50mmまで加工した後、仕上圧延機列で直径34mmの棒鋼まで加工して、「総減面率:Rd」が96.4%の熱間圧延を行った。
【0107】
・粗圧延機列:8台の圧延機で構成、
・中間圧延機列:4台の圧延機で構成、
・仕上げ圧延機列:4台の圧延機で構成、
・冷却帯:粗圧延機列の8台目の圧延機と中間圧延機列の1台目の圧延機の間および、中間圧延機列の4台目の圧延機と仕上げ圧延機列の1台目の圧延機の間に設置。
【0108】
なお、放射温度計を用いて圧延時の被圧延材の表面温度および全連続式熱間圧延終了後の冷却過程での被圧延材の表面温度を測定するとともに、中間での冷却工程後、それに続く圧延工程開始時までの時間Δt’を測定した。
【0109】
全連続式熱間圧延終了後、つまり、仕上げ圧延機列の4台目の圧延機による圧延を終了した後は、大気中で放冷するか、風冷など冷却媒体を変化させることによって冷却速度を制御し、500℃まで最終冷却した。なお、その後の冷却は大気中で放冷した。
【0110】
表2において、粗圧延機列、中間圧延機列および仕上げ圧延機列をそれぞれ、「粗列」、「中間列」および「仕上列」と表記した。
【0111】
なお、表2に記載の粗列、中間列および仕上列欄における「入温度」と「出温度」はそれぞれ、放射温度計を用いて測定した粗列、中間列および仕上列へ、被圧延材が入る直前と、被圧延材が出た直後の時点での被圧延材の表面温度であり、圧延後500℃までの冷却速度は、放射温度計を用いて測定した上記の被圧延材の表面温度と、500℃までの冷却時間により求めた。
【0112】
なお、試験番号1〜34について、中間での冷却工程後、それに続く圧延工程開始時までの時間Δt’は、いずれの場合も8秒以下であった。
【0113】
【表2】
【0114】
さらに、上記のようにして得た各棒鋼について、次に示す方法で、ミクロ組織、引張特性、衝撃特性および被削性を調査した。
【0115】
直径34mmの各棒鋼から長さが20mmの試験片を切り出し、これらの試験片の圧延方向と垂直な断面および中心線を通って圧延方向と平行な断面がそれぞれ、被検面になるように樹脂に埋め込み、鏡面研磨した。
【0116】
圧延方向と垂直な断面については、先ず、3%硝酸アルコール(ナイタル液)で腐食してミクロ組織を現出させ、走査型電子顕微鏡(以下、「SEM」という。)で観察して、相の識別を行うとともに、フェライトの平均粒径およびラメラーパーライトの面積率を調査した。
【0117】
具体的には、表面から半径の1/2位置までの領域のミクロ組織について、表面から1mmの位置、表面から4.25mmの位置(R/4位置)および表面から8.5mmの位置(R/2位置)の計3箇所の組織を、倍率を2000倍としてSEMで各箇所あたり円周方向に90°刻みで計4視野ずつ合計12視野観察し、ミクロ組織を構成している相の識別を行うとともに、その撮影画像を用いて、画像解析ソフトによりフェライトの平均粒径およびラメラーパーライトの面積率を求めた。同様に、中心部のミクロ組織について、表面から12.75mmの位置(3R/4位置)および中心位置の計2箇所の組織を、倍率を2000倍としてSEMによって、3R/4位置については円周方向に90°刻みで4視野、中心位置については1視野の合計5視野観察し、ミクロ組織を構成している相の識別を行うとともに、その撮影画像を用いて、画像解析ソフトにより、フェライトの平均粒径およびラメラーパーライトの面積率を求めた。
【0118】
次いで、上記のナイタル液で腐食した試料を再度鏡面研磨した後、ピクリン酸アルコール(ピクラル液)で腐食し、SEMで観察して、表面から半径の1/2位置までの領域および中心部のそれぞれについて、面積1mm
2あたりの球状セメンタイトの個数を調査した。すなわち、表面から半径の1/2位置までの領域については、上記した表面から1mmの位置、R/4位置およびR/2位置の計3箇所の組織を、倍率を5000倍としてSEMで各箇所あたり円周方向に90°刻みで計4視野ずつ合計12視野観察し、その撮影画像を用いて、画像解析ソフトにより各セメンタイトの長径Lと短径Wとを個々に測定し、L/Wが2.0以下であるセメンタイト、つまり、球状セメンタイトの個数をカウントし、最終的に面積1mm
2あたりの球状セメンタイトの個数(個/mm
2)を算出した。同様に、中心部については、上記した3R/4位置および中心位置の計2箇所の組織を、倍率を5000倍としてSEMで3R/4位置については円周方向に90°刻みで計4視野、中心位置については1視野の合計5視野観察し、その撮影画像を用いて、画像解析ソフトにより、面積1mm
2あたりの球状セメンタイトの個数を算出した。
【0119】
一方、中心線を通って圧延方向と平行な断面については、鏡面研磨後、さらに電解研磨を行い、電子線後方散乱パターン法(以下、「EBSD」という。)によって観察を行った。
【0120】
具体的には、表面から半径の1/2位置までの領域のミクロ組織について、上記した表面から1mmの位置、R/4位置およびR/2位置の計3箇所の組織を、EBSDによって観察し、フェライトの方位を測定し、15°以上の方位差を粒界として画像解析することにより、フェライトの平均アスペクト比を求めた。
【0121】
引張特性は、直径34mmの各棒鋼のR/4位置が試験片の中心軸となるように、JIS Z 2241(2011)に規定される14A号試験片(ただし、平行部直径:4mm)を採取し、標点距離を20mmとして室温で引張試験を実施し、引張強度(MPa)を求めた。
【0122】
衝撃特性は、
図1に模式的に示すようにノッチの方向が表面となり、直径34mmの各棒鋼のR/4位置がちょうどノッチ底位置となるように、既に述べたVノッチシャルピー衝撃試験片を採取し、25℃でシャルピー衝撃試験を実施して衝撃値(J/cm
2)を求めた。
【0123】
被削性は、直径34mmの各棒鋼を長さ170mmに切断した後、直径8.0mmのガンドリルを用いて、下記の条件で、圧延方向と垂直な断面の中心を基準にして圧延方向に深さ150mmまで深穴加工を行った際のトルクを測定することによって切削抵抗を評価した。
・回転数:2300rpm、
・送り:0.05mm/rev、および
・給油圧:5MPa。
【0124】
なお、既に述べたように、母材靱性の目標は、衝撃値が160J/cm
2以上である。被削性の目標は、切削抵抗の指標であるトルクが300N・cm以下であることとした。
【0125】
表3に、上記の各調査結果を示す。なお、表3においては、「圧延方向と垂直な断面」および「丸鋼材の中心線を通って圧延方向と平行な断面」をそれぞれ、「横断面」および「縦断面」と表記した。表3の「評価」欄における「○」印は、衝撃特性および被削性の目標をともに満足していることを指し、一方、「×」印は上記の目標のうち少なくとも一方が達成できていないことを指す。
【0126】
【表3】
【0127】
表3から、本発明で規定する化学組成とミクロ組織の条件を満たす試験番号1〜17の棒鋼の場合、その評価は「○」であって、調質処理を行うことなく、目標とする特性(Vノッチシャルピー衝撃試験片を用いたシャルピー衝撃試験における試験温度25℃での衝撃値が160J/cm
2以上という優れた母材靱性およびガンドリルにより深穴加工した時のトルクが300N・cm以下という優れた被削性)を有していることが明らかである。
【0128】
これに対して、本発明で規定する化学組成とミクロ組織の条件の少なくともいずれかから外れた試験番号18〜34の棒鋼の場合、その評価は「×」であって、目標とする特性が得られておらず、調質処理の省略化はできないことが明らかである。
【0129】
すなわち、試験番号18の場合は、用いた鋼RのSi含有量が1.25%と高く、本発明で規定する値を上回るものである。このため、ガンドリルにより深穴加工した時のトルクが345N・cmと高い。
【0130】
試験番号19の場合、用いた鋼SのMn含有量が2.31%と高く、本発明で規定する値を上回るものである。このため、ガンドリルにより深穴加工した時のトルクが325N・cmと高い。
【0131】
試験番号20の場合、用いた鋼TのC含有量が0.62%と高く、本発明で規定する値を上回るものである。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が105J/cm
2と低い。
【0132】
試験番号21の場合、用いた鋼UのCr含有量が2.41%と高く、本発明で規定する値を上回るものである。このため、ガンドリルにより深穴加工した時のトルクが340N・cmと高い。
【0133】
試験番号22の場合、用いた鋼VがBを含まず、本発明で規定する化学組成から外れるとともに、圧延方向と垂直な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径、ラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数もそれぞれ、11.8μm、22.1%および2.1×10
5個/mm
2と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が110J/cm
2と低い。
【0134】
試験番号23の場合、用いた鋼WのN含有量が0.012%と高く、本発明で規定する値を上回るとともに、圧延方向と垂直な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径および球状セメンタイトの個数もそれぞれ、11.2μmおよび3.8×10
5個/mm
2と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が115J/cm
2と低い。
【0135】
試験番号24の場合、用いた鋼XのTi含有量が0.057%と高く、本発明で規定する値を上回るものである。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が145J/cm
2と低い。
【0136】
試験番号25の場合、用いた鋼YのTi含有量が(1)式の下限である〔3.4N〕より低く、本発明で規定する条件から外れるとともに、圧延方向と垂直な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径、ラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数もそれぞれ、12.1μm、20.2%および2.9×10
5個/mm
2と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が110J/cm
2と低い。
【0137】
試験番号26の場合、用いた鋼ZのTi含有量が(1)式の上限である〔3.4N+0.02〕より高く、本発明で規定する条件から外れるものである。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が130J/cm
2と低い。
【0138】
試験番号27〜31の場合、用いた鋼Bの化学組成は本発明で規定する条件を満たすものの、ミクロ組織が本発明で規定する範囲から外れている。このため、衝撃特性および被削性のうちのいずれか一方が目標に未達である。
【0139】
具体的には、試験番号27の場合、圧延方向と垂直な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均粒径、ラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数がそれぞれ、14.1μm、32.8%、および4.0×10
4個/mm
2と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が105J/cm
2と低い。
【0140】
試験番号28の場合、中心線を通って圧延方向と平行な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比が1.9と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が115J/cm
2と低い。
【0141】
試験番号29の場合、圧延方向と垂直な断面において、中心部のラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数がそれぞれ、14.1%および5.1×10
5個/mm
2と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、ガンドリルにより深穴加工した時のトルクが320N・cmと高い。
【0142】
試験番号30の場合、圧延方向と垂直な断面における表面から半径の1/2位置までの領域の球状セメンタイトの個数が3.3×10
5個/mm
2と、また中心線を通って圧延方向と平行な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比も1.6と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が110J/cm
2と低い。
【0143】
試験番号31の場合、圧延方向と垂直な断面において、中心部のラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数がそれぞれ、17.2%および6.1×10
5個/mm
2と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、ガンドリルにより深穴加工した時のトルクが335N・cmと高い。
【0144】
試験番号32〜34の場合、用いた鋼K、鋼Mおよび鋼Pの化学組成は本発明で規定する条件を満たすものの、ミクロ組織が本発明で規定する範囲から外れている。このため、衝撃特性および被削性のうち1つ以上が目標に未達である。
【0145】
具体的には、試験番号32の場合、中心線を通って圧延方向と平行な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比が1.3と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が105J/cm
2と低い。
【0146】
試験番号33の場合、圧延方向と垂直な断面において、中心部のラメラーパーライトの面積率および球状セメンタイトの個数がそれぞれ、14.5%および5.2×10
5個/mm
2と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、ガンドリルにより深穴加工した時のトルクが370N・cmと高い。
【0147】
試験番号34の場合、中心線を通って圧延方向と平行な断面における表面から半径の1/2位置までの領域のフェライトの平均アスペクト比が2.6と、本発明で規定する範囲から外れている。このため、Vノッチシャルピー衝撃値が115J/cm
2と低い。なお、本試験番号では粗列および仕上列にて650〜820℃における圧延を実施しているが、この場合の累積減面率については、〔(粗列での減面率)+(100%−仕上列に入る直前の減面率)×仕上列の減面率〕として算出している。
【0148】
(実施例2)
実施例1で得た試験番号2、試験番号11、試験番号13、試験番号16、試験番号20、試験番号28、試験番号32および試験番号34の直径34mmの棒鋼を用いて、ラックバーを模擬した試験片を作製した。
【0149】
先ず、直径34mmの棒鋼をショットピーニングして、表面スケールを除去し、その後、表面に潤滑油を付与した状態で直径31mmに引抜き加工を行った。
【0150】
次に、上記の引抜き材を、
図2に示すステアリングラックバーを模擬した試験片に加工した。
【0151】
さらに、ラックバーの歯底相当部位における硬化層深さ(ビッカース硬さで450となる表面からの深さ)が1mmとなるように、高周波焼入れの条件を種々調整して高周波焼入れした。その後、高周波焼入れ後の割れの防止を目的として、180℃で2時間の焼戻し処理を行った。
【0152】
次いで、上記の高周波焼入れ後に焼戻しを行った試験片を用いて、
図3に示すように、支点間距離180mm、押し込み速度1.0mm/minで3点曲げ試験を行い、「荷重−ストローク(押し込み距離)曲線」を採取し、最大荷重、すなわち、亀裂が生じて、荷重が変動した際の荷重を「亀裂発生荷重」とした。
【0153】
次に、3点曲げ試験後の試験片を強制破断した後、その破断面を外観撮影し、画像解析処理によって、全断面に対して、曲げ試験時に進展した亀裂の面積率を求めて、亀裂進展抵抗を評価した。なお、破損防止特性は上記曲げ試験時に進展した亀裂の面積率が30%以下であることを目標とした。
【0154】
表4に、上記の各調査結果を示す。なお、表4の「評価」欄における「○」印は曲げ試験時に進展した亀裂の面積率が30%以下であり目標を満足していることを指し、一方、「×」印は上記の目標を満足できていないことを指す。
【0155】
【表4】
【0156】
表4から、本発明で規定する化学組成とミクロ組織の条件を満たす試験番号2、試験番号11、試験番号13および試験番号16の棒鋼を用いた試験番号35〜38の場合、その評価は「○」であって、調質処理を行うことなく、3点曲げ試験時に進展した亀裂の面積率が30%以下という優れた特性を有していることが明らかである。
【0157】
これに対して、試験番号20の棒鋼を用いた試験番号39の場合、表3に示したように、そのVノッチシャルピー衝撃値が105J/cm
2と低いため、3点曲げ試験においても進展した亀裂の面積率が80%と大きく、破損防止特性が低い。
【0158】
同様に、試験番号28の棒鋼を用いた試験番号40の場合、表3に示したように、そのVノッチシャルピー衝撃値が115J/cm
2と低いため、3点曲げ試験においても進展した亀裂の面積率が65%と大きく、破損防止特性が低い。
【0159】
試験番号32の棒鋼を用いた試験番号41の場合も、表3に示したように、そのVノッチシャルピー衝撃値が105J/cm
2と低いため、3点曲げ試験においても進展した亀裂の面積率が70%と大きく、破損防止特性が低い。
【0160】
試験番号34の棒鋼を用いた試験番号42の場合も、表3に示したように、そのVノッチシャルピー衝撃値が115J/cm
2と低いため、3点曲げ試験においても進展した亀裂の面積率が60%と大きく、破損防止特性が低い。