特許第5988097号(P5988097)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5988097減速機、および電動パワーステアリング装置
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5988097
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】減速機、および電動パワーステアリング装置
(51)【国際特許分類】
   F16H 57/04 20100101AFI20160825BHJP
   B62D 5/04 20060101ALI20160825BHJP
   F16H 1/16 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 169/02 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 107/02 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 107/50 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 107/38 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 105/32 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 105/18 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 117/00 20060101ALI20160825BHJP
   C10M 115/08 20060101ALI20160825BHJP
   C10N 20/02 20060101ALN20160825BHJP
   C10N 40/04 20060101ALN20160825BHJP
   C10N 50/10 20060101ALN20160825BHJP
【FI】
   F16H57/04 B
   B62D5/04
   F16H1/16 Z
   C10M169/02
   C10M107/02
   C10M107/50
   C10M107/38
   C10M105/32
   C10M105/18
   C10M117/00
   C10M115/08
   C10N20:02
   C10N40:04
   C10N50:10
【請求項の数】5
【全頁数】15
(21)【出願番号】特願2012-227084(P2012-227084)
(22)【出願日】2012年10月12日
(65)【公開番号】特開2014-80985(P2014-80985A)
(43)【公開日】2014年5月8日
【審査請求日】2015年9月22日
(73)【特許権者】
【識別番号】000001247
【氏名又は名称】株式会社ジェイテクト
(74)【代理人】
【識別番号】100087701
【弁理士】
【氏名又は名称】稲岡 耕作
(74)【代理人】
【識別番号】100101328
【弁理士】
【氏名又は名称】川崎 実夫
(72)【発明者】
【氏名】湧川 裕司
(72)【発明者】
【氏名】中田 竜二
(72)【発明者】
【氏名】吉田 充宏
(72)【発明者】
【氏名】山田 渉
(72)【発明者】
【氏名】浜北 準
(72)【発明者】
【氏名】本門 英幸
【審査官】 塚原 一久
(56)【参考文献】
【文献】 特開2012−167779(JP,A)
【文献】 特開2007−196751(JP,A)
【文献】 特開2007−216917(JP,A)
【文献】 特開2010−095631(JP,A)
【文献】 特開2007−002872(JP,A)
【文献】 特開平09−169988(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
F16H 57/00− 57/12
F16H 1/00− 1/26
B62D 5/00− 5/32
C10M 101/00−177/00
C10N 20/02、40/04、50/10
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
互いに噛み合うウォームおよびウォームホイールと、前記ウォームおよびウォームホイールを収容するハウジングとを備えるとともに、前記ハウジングは、前記ウォームホイールの外周との間に一定間隔の空間を隔てて配設される略円筒部を少なくとも備えており、前記ウォームとウォームホイールとの噛み合い部分、および前記ウォームホイールの外周と前記略円筒部との間の空間にのみグリースを充填するとともに、前記空間のグリースは、前記ウォームホイールの歯面、および前記略円筒部の、前記ウォームホイールに臨む内周面の両方に接するように充填したことを特徴とする減速機。
【請求項2】
前記空間は、前記ウォームホイールの軸方向の幅が、前記ウォームホイールの歯幅と略同一に形成されている請求項1に記載の減速機。
【請求項3】
前記空間は、前記ウォームホイールと、前記略円筒部の内周面との間の、前記ウォームホイールの径方向の最短距離が1.6mm以下である請求項1または2に記載の減速機。
【請求項4】
前記グリースは、100℃、せん断速度100s−1での粘度が2Pa・s以下のグリースである請求項1ないし3のいずれか1項に記載の減速機。
【請求項5】
前記請求項1ないし4のいずれか1項に記載の減速機を備えることを特徴とする電動パワーステアリング装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、減速機と、前記減速機を組み込んだ電動パワーステアリング装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般に電動パワーステアリング装置においては、操舵補助用の電動モータの回転軸の回転を、減速機を介して減速するとともに、出力を増幅してラックアンドピニオン機構等の転舵機構に伝えることで、運転者のステアリング操作による前記転舵機構の動作をトルクアシストしている。
前記減速機としては、通常、互いに噛み合うウォームおよびウォームホイールと、当該ウォームおよびウォームホイールを収容するハウジングとを備えるとともに、グリースを充填したものが用いられる。
【0003】
充填されたグリースは、ウォームおよびウォームホイールの歯面間に介在して油膜を形成し、それによって電動モータの回転軸の回転に伴うウォームの回転、およびウォームホイールの従動回転による前記歯面間の摺動を補助したり、前記回転に伴う歯面同士の衝突を緩衝して、当該衝突により発生するラトル音を低減したりするために機能する。
そのためグリースを充填することで、電動パワーステアリング装置の操舵トルクを低下させ、かつラトル音を抑制して、運転者の操舵フィーリングを向上させることができる。
【0004】
前記グリースとしては、当該グリースの用途や使用環境等に応じて、特に粘度等の特性を適宜調整したものが用いられる。
しかし通常のグリースは流動性が低いため、ウォームおよびウォームホイールの回転に伴うウォーム独自の滑り運動によってウォームホイールとの噛み合い部分から排除されやすい。すなわち前記滑り運動によって、グリースが、一旦、前記噛み合い部分からかき出されると、かき出されたグリースは噛み合い部分の周囲に留まり、自動的に噛み合い部分に戻ることはない。
【0005】
そのため噛み合い部分においてグリース切れが発生し、当該グリースの油膜による、歯面間の摺動を補助する効果や、歯面同士の衝突を緩衝する効果が得られなくなって、例えば電動パワーステアリング装置の場合には操舵トルクが上昇するとともにラトル音が発生し、運転者の操舵フィーリングが低下するという問題を生じる。
そのため通常は、噛み合い部分だけでなく、例えばハウジング内のほぼ全域にグリースを充填するのが一般的である。
【0006】
また前記ハウジング内等に、前記噛み合い部分から排除されたグリースを、ウォームおよびウォームホイールの回転に伴って循環させて前記噛み合い部分に還流させるための構造を設ける場合もある(例えば特許文献3〜5等参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【特許文献1】特開平7−138587号公報
【特許文献2】特開平9−169988号公報
【特許文献3】特開2005−69476号公報
【特許文献4】特開2006−76443号公報
【特許文献5】特開2007−303487号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
ところが、前記のようにハウジング内のほぼ全域にグリースを充填するには多量のグリースが必要であり、かかる多量のグリースが、減速機に組み込まれている転がり軸受に混入する等して当該減速機の性能に影響を及ぼしたり、ハウジングの隙間から漏れて周囲を汚したりするといった問題を生じるおそれがある。またグリースの量が増加する分、減速機や、当該減速機を含む電動パワーステアリング装置等のコストアップに繋がるという問題もある。
【0009】
しかも多量のグリースを充填したとしても、前記回転に伴って噛み合い部分からグリースが排除されてしまうと、前記のように従来のグリースは流動性が低いため、排除されたあとへ新たなグリースが自動的に充填されることはなく、グリース切れによる前述した問題を防止することはできない。
一方、ハウジング内等にグリースを循環させるための機構を設けた場合には、前記機構により、ウォームおよびウォームホイールの回転に伴って、グリースを、前記ウォームおよびウォームホイールの噛み合い部分に自動的に還流させることができるため、当該ハウジング内に充填するグリースの総量を減らすことができるとともに、グリース切れによる前出した問題が生じるのを防止することができる。
【0010】
しかし前記機構を設けると、ハウジングその他、減速機の構造が複雑化するため、当該減速機や電動パワーステアリング装置等のコストアップに繋がるという問題がある。
本発明の目的は、全体を複雑化させることなく、しかも少量のグリースを充填するだけで確実にグリース切れを防止して、ウォームおよびウォームホイールの歯面間に連続した油膜を形成できるため、前記両歯面間の摺動の摩擦係数を、前記油膜による潤滑によって良好に低減できる上、前記油膜によって歯面同士の衝突を緩和してラトル音が生じるのを防止できる減速機を提供することにある。
【0011】
また本発明の目的は、できるだけ操舵トルクが低い上、ラトル音を生じないため、操作フィーリングに優れた電動パワーステアリング装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0012】
請求項1記載の発明は、互いに噛み合うウォーム(19)およびウォームホイール(20)と、前記ウォーム(19)およびウォームホイール(20)を収容するハウジング(21)とを備えるとともに、前記ハウジング(21)は、前記ウォームホイール(20)の外周(20d)との間に一定間隔の空間(A)を隔てて配設される略円筒部(21b)を少なくとも備えており、前記ウォーム(19)とウォームホイール(20)との噛み合い部分(B)、および前記ウォームホイール(20)の外周(20d)と前記略円筒部(21b)との間の空間(A)にのみグリース(G)を充填するとともに、前記空間(A)のグリース(G)は、前記ウォームホイール(20)の歯面(20h)、および前記略円筒部(21b)の、前記ウォームホイール(20)に臨む内周面(21c)の両方に接するように充填したことを特徴とする減速機(18)である。
【0013】
なお前記カッコ内の英数字は、後述の実施の形態における対応構成要素等を示す。以下この項において同じ。
前記請求項1の構成によれば、ウォームホイールの外周と、ハウジングの略円筒部との間の空間(以下「外周空間」と記載する場合がある。)において、前記ウォームホイールの歯面、および前記略円筒部の、前記ウォームホイールに臨む内周面の両方と接するように充填したグリースが、ウォームおよびウォームホイールの回転に伴うウォーム独自の滑り運動によってウォームホイールとの噛み合い部分からグリースがかき出されるのを阻止するために機能する。また、それとともに、もしもグリースがかき出されても、前記外周空間に充填されたグリースが、前記回転に伴って噛み合い部分に供給される。
【0014】
そのため、多量のグリースをハウジング内のほぼ全域に充填することなく、前記のようにウォームとウォームホイールとの噛み合い部分、および前記ウォームホイールの外周と前記略円筒部との間の外周空間にのみ充填するだけで、しかも減速機の構造を複雑化させることなしに、前記噛み合い部分においてグリース切れが生じるのを防止して、当該噛み合い部分を潤滑に十分な量のグリースによって常に充填された状態に維持することができる。
【0015】
したがって、前記両歯面間の摺動の摩擦係数を、前記油膜による潤滑によって良好に低減できる上、前記油膜によって歯面同士の衝突を緩和してラトル音が生じるのを防止できる。
請求項2記載の発明は、前記外周空間(A)は、前記ウォームホイール(20)の軸方向の幅(W)が、前記ウォームホイール(20)の歯幅(W)と略同一に形成されている請求項1に記載の減速機(18)である。
【0016】
また請求項3記載の発明は、前記外周空間(A)は、前記ウォームホイール(20)と、前記略円筒部(21b)の内周面(21c)との間の、前記ウォームホイール(20)の径方向の最短距離(D)が1.6mm以下である請求項1または2に記載の減速機(18)である。
これらの構成によれば、それぞれ外周空間の容積を極力小さくして、当該外周空間内に、前記のようにウォームホイールの歯面、および略円筒部の内周面の両方と接するように充填するのに必要なグリースの量を、できるだけ少なくすることができる。
【0017】
また請求項2の構成では、外周空間に充填したグリースが、ウォームホイールの側面に回り込むように逃げるのを防止することもできる。
そのためグリースの充填量を必要最小限に抑えながら、グリースを前記のように充填することによる前記の効果を良好に維持して、過剰のグリースが減速機に組み込まれている転がり軸受に混入する等して当該減速機の性能に影響を及ぼしたり、ハウジングの隙間から漏れて周囲を汚したりするといった問題を生じるのを防止することができる。またグリースの量を減少できる分、減速機や、当該減速機を含む電動パワーステアリング装置等のコストダウンを図ることもできる。
【0018】
請求項4記載の発明は、前記グリースは、100℃、せん断速度100s−1での粘度が2Pa・s以下のグリースである請求項1ないし3のいずれか1項に記載の減速機(18)である。
この構成によれば、前記の粘度を有する比較的低粘度のグリースが、例えば電動パワーステアリング装置に組み込んだ減速機の動作時に、従来のものに比べて高い流動性を示すため、ウォームおよびウォームホイールの回転に伴うウォーム独自の滑り運動によってウォームホイールとの噛み合い部分からかき出されても、かき出されたグリース、あるいは新たなグリースが、前記回転に伴って噛み合い部分に速やかに流入する。
【0019】
そのため、前記のようにウォームホイールの歯面、および略円筒部の内周面の両方と接するようにグリースを充填することによる前述した効果をより一層向上させて、ウォームとウォームホイールとの噛み合い部分を潤滑に十分な量のグリースによって常に充填された状態に維持することができる。
したがって、前記両歯面間の摺動の摩擦係数を、前記油膜による潤滑によって良好に低減するとともに、前記油膜によって歯面同士の衝突を緩和してラトル音が生じるのを防止する効果を、より一層良好に発現させることが可能となる。
【0020】
請求項5記載の発明は、前記請求項1ないし4のいずれか1項に記載の減速機(18)を備えることを特徴とする電動パワーステアリング装置である。
この構成によれば、前記本発明の減速機を組み込むことにより、できるだけ操舵トルクが低い上、ラトル音を生じないため、操作フィーリングに優れた電動パワーステアリング装置を提供することが可能となる。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、全体を複雑化させることなく、しかも少量のグリースを充填するだけで確実にグリース切れを防止して、ウォームおよびウォームホイールの歯面間に連続した油膜を形成できるため、前記両歯面間の摺動の摩擦係数を、前記油膜による潤滑によって良好に低減できる上、前記油膜によって歯面同士の衝突を緩和してラトル音が生じるのを防止できる減速機を提供することができる。
【0022】
また本発明によれば、できるだけ操舵トルクが低い上、ラトル音を生じないため、操作フィーリングに優れた電動パワーステアリング装置を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0023】
図1】本発明の電動パワーステアリング装置の、実施の形態の一例の概略を示す模式図である。
図2図1の例の電動パワーステアリング装置に組み込まれる、本発明の減速機の、実施の形態の一例を示す断面図である。
図3図2の例の減速機の、ウォームホイールとハウジングの部分の拡大した断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0024】
図1は、本発明の電動パワーステアリング装置の、実施の形態の一例の概略を示す模式図である。
図1を参照して、この例の電動パワーステアリング装置1は、ステアリングホイール等の操舵部材2と一体回転可能に連結されたステアリングシャフト3と、前記ステアリングシャフト3に自在継手4を介して連結された中間シャフト5と、前記中間シャフト5に自在継手6を介して連結されたピニオンシャフト7と、前記ピニオンシャフト7に設けられたピニオン歯7aに噛み合うラック歯8aを有して、自動車の左右方向に延びる転舵軸としてのラックバー8とを備えている。
【0025】
ピニオンシャフト7およびラックバー8により、ラックアンドピニオン機構からなる転舵機構9が構成されている。
ラックバー8は、車体に固定されるラックハウジング10内に、図示しない複数の軸受を介して直線往復動自在に支持されている。ラックバー8の両端部はラックハウジング10の両側へ突出し、各端部にはそれぞれタイロッド11が結合されている。
【0026】
各タイロッド11は、図示しないナックルアームを介して対応する操向輪12に連結されている。
操舵部材2が操作されてステアリングシャフト3が回転されると、前記回転が、ピニオン歯7aおよびラック歯8aによって自動車の左右方向に沿うラックバー8の直線運動に変換されて操向輪12の転舵が達成される。
【0027】
ステアリングシャフト3は、操舵部材2に連なる入力軸3aと、ピニオンシャフト7に連なる出力軸3bとに分割されており、前記両軸3a、3bはトーションバー13を介して同一の軸線上で相対回転可能に互いに連結されている。
またトーションバー13には、両軸3a、3b間の相対回転変位量から操舵トルクを検出するためのトルクセンサ14が設けられており、前記トルクセンサ14のトルク検出結果がECU(Electric Control Unit:電子制御ユニット)15に与えられる。
【0028】
ECU15では、トルク検出結果や、図示しない車速センサから与えられる車速検出結果等に基づいて、駆動回路16を介して操舵補助用の電動モータ17を駆動制御する。そして電動モータ17の出力回転が、減速機18を介して減速されてピニオンシャフト7に伝達され、ラックバー8の直線運動に変換されて操舵が補助される。
図2は、図1の例の電動パワーステアリング装置に組み込まれる、本発明の減速機の、実施の形態の一例を示す断面図である。また図3は、前記図2の例の減速機の、ウォームホイールとハウジングの部分の拡大した断面図である。
【0029】
図1図2を参照して、減速機18は、電動モータ17により回転駆動される入力軸としてのウォーム19と、前記ウォーム19に噛み合うとともにステアリングシャフト3の出力軸3bに一体回転可能に連結されるウォームホイール20とを備えている。
前記ウォーム19およびウォームホイール20は、ハウジング21内に収容されている。
【0030】
このうちウォーム19は、電動モータ17の回転軸22に、スプライン継手23を介して連結されている。
前記ウォーム19は、前記ハウジング21によって保持される2つの転がり軸受24、25によって、それぞれ回転自在に支持されている。両転がり軸受24、25の内輪26、27は、ウォーム19の、対応するくびれ部に嵌合されている。外輪28、29は、ハウジング21の軸受保持孔30、31に、それぞれ保持されている。ハウジング21は、ウォーム19を収容する筒状部21aを含んでいる。
【0031】
ウォーム19の一端部19aを支持する転がり軸受24の外輪28は、ハウジング21の段部32に当接して位置決めされている。一方、内輪26は、ウォーム19の位置決め段部33に当接されることによって、他端部19b側への移動が規制されている。また、ウォーム19の、他端部19b(継手側端部)の近傍を支持する転がり軸受25の内輪27は、ウォーム19の位置決め段部34に当接されることによって、一端部19a側への移動が規制されている。
【0032】
外輪29は、予圧調整用のネジ部材35によって、転がり軸受24側へ付勢されている。ネジ部材35は、ハウジング21に形成されるネジ孔36にねじ込まれることで、一対の転がり軸受24、25に予圧を付与すると共に、ウォーム19を、軸方向に位置決めしている。37は、予圧調整後のネジ部材35を止定するため、当該ネジ部材35に係合されるロックナットである。
【0033】
一方、ウォームホイール20は、出力軸3bに一体回転可能に結合された、環状の芯金20aと、芯金20aの周囲を取り囲んで外周面部に歯20bが形成された、合成樹脂部材20cとを備えている。芯金20aは、例えば、合成樹脂部材20cの樹脂成形時に、金型内にインサートされる。そして、このインサートした状態での樹脂成形によって、芯金20aと合成樹脂部材20cとが結合、一体化されている。出力軸3bは、ウォームホイール20を軸方向の上下に挟んで配置される、図示しない一対の転がり軸受によって、ハウジング21に対して回転自在に支持されている。
【0034】
図2図3を参照して、ハウジング21は、ウォームホイール20の外周20dとの間に一定間隔の外周空間Aを隔てて配設される略円筒部21bを備えている。
本発明では、グリースGは、前記外周空間A、およびウォーム19とウォームホイール20との噛み合い部分Bにのみ選択的に充填される。また本発明では、前記外周空間AにおいてグリースGは、図3中に破線のハッチングで示すように、前記ウォームホイール20の、前記歯20bの歯先20e、ウォーム19との噛合面20f、および歯底20gを含む歯面20h、および前記略円筒部21bの、前記ウォームホイール20に臨む内周面21cの両方に接するように充填される。
【0035】
そのため、前記外周空間Aに充填したグリースGが、ウォーム19およびウォームホイール20の噛み合い部分BからグリースGがかき出されるのを阻止するために機能する。また、それとともに、もしもかき出されても、前記外周空間Aに充填されたグリースGが、前記回転に伴って噛み合い部分Bに供給される。
よって多量のグリースGをハウジング21内のほぼ全域に充填することなく、前記のようにウォーム19とウォームホイール20の噛み合い部分B、および前記ウォームホイール20と前記略円筒部21bとの間の外周空間Aにのみ充填するだけで、しかも減速機18の構造を複雑化させることなしに、前記噛み合い部分Bにおいてグリース切れが生じるのを防止して、当該噛み合い部分Bを潤滑に十分な量のグリースGによって常に充填された状態に維持することができる。
【0036】
したがって、前記ウォーム19とウォームホイール20の歯面間の摺動の摩擦係数を、前記油膜による潤滑によって良好に低減できる上、前記油膜によって歯面同士の衝突を緩和してラトル音が生じるのを防止できる。
図3を参照して、前記外周空間Aは、前記ウォームホイール20の軸方向の幅Wが、前記ウォームホイール20の歯幅Wと略同一に形成されているのが好ましい。具体的には、前記幅Wが、歯幅Wの130%以下、特に120%以下であるのが好ましい。
【0037】
これにより、外周空間Aの容積を極力小さくして、当該外周空間A内に、前記のようにウォームホイール20の歯面20h、および略円筒部21bの内周面21cの両方と接するように充填するのに必要なグリースGの量を、できるだけ少なくすることができる。
また、外周空間Aに充填したグリースGがウォームホイール20の側面に回り込むように逃げるのを防止することもできる。
【0038】
そのため、グリースGを前記のように充填することによる前記の効果を良好に維持しながら、当該グリースGの充填量を必要最小限に抑えて、過剰のグリースGが減速機18に組み込まれている転がり軸受24、25等に混入する等して当該減速機18の性能に影響を及ぼしたり、ハウジング21の隙間から漏れて周囲を汚したりするといった問題を生じるのを防止することができる。またグリースGの量を減少できる分、減速機18や、当該減速機18を含む電動パワーステアリング装置1等のコストダウンを図ることもできる。
【0039】
なお前記幅Wは、ウォームホイール20の、ハウジング21に対する良好な自由回転を確保することを考慮すると、前記範囲内でも、歯幅Wの105%以上であるのが好ましい。
また外周空間Aに充填するグリースGの、前記ウォームホイール20の軸方向の充てん幅Wgは、前記外周空間Aの幅W以下で、かつ前記ウォームホイール20の歯幅W以上であるのが好ましい。
【0040】
また前記外周空間Aは、前記ウォームホイール20の歯先20eと、前記略円筒部21bの内周面21cとの間の、ウォームホイール20の径方向の最短距離Dが1.6mm以下であるのが好ましい。
これにより、前記外周空間A内に前記のように充填したグリースGをちょうど壁のように機能させて、ウォーム19とウォームホイール20の噛み合い部分BからグリースGがかき出されるのを阻止する機能を向上することができる。また、外周空間Aの容積を極力小さくして、当該外周空間A内に、前記のようにウォームホイール20の歯面20h、および略円筒部21bの内周面21cの両方と接するように充填するのに必要なグリースGの量を、できるだけ少なくすることもできる。
【0041】
なお前記最短距離Dは、前記の効果を良好に維持するのに必要なグリースGの充填量を確保することを考慮すると、前記範囲内でも0.5mm以上であるのが好ましい。
〈グリース〉
前記グリースGとしては、100℃、せん断速度100s−1での粘度が2Pa・s以下の、低粘度のグリースGを用いるのが好ましい。
【0042】
これにより、前記の粘度を有する比較的低粘度のグリースGが、例えば電動パワーステアリング装置1に組み込んだ減速機18の動作時に、従来のものに比べて高い流動性を示すため、ウォーム19およびウォームホイール20の回転に伴って噛み合い部分Bからかき出されても、かき出されたグリースG、あるいは新たなグリースGが、前記回転に伴って噛み合い部分Bに速やかに流入する。
【0043】
そのため、前記のようにウォームホイール20の歯面20h、および略円筒部21bの内周面21cの両方と接するようにグリースGを充填することによる前述した効果をより一層向上させて、ウォーム19とウォームホイール20との噛み合い部分Bを潤滑に十分な量のグリースGによって常に充填された状態に維持することができる。
したがって、前記ウォーム19およびウォームホイール20の歯面間の摺動の摩擦係数を、前記油膜による潤滑によって良好に低減するとともに、前記油膜によって歯面同士の衝突を緩和してラトル音が生じるのを防止する効果を、より一層良好に発現させることが可能となる。
【0044】
なお前記グリースGの粘度を、本発明では、コーンプレートを用いて、回転式のレオメータ〔アントンパール(Anton Parr)社製のMCR301〕によって測定した値でもって表すこととする。
なおグリースGの、100℃、せん断速度100s−1での粘度は、前記範囲内でも0.3Pa・s以上であるのが好ましい。
【0045】
粘度が前記範囲未満では軟らかくなりすぎて、たとえ十分な量のグリースGが、自身の持つ良好な流動性によって噛み合い部分Bに自動的に供給されたとしても、振動、回転による遠心力その他外力によって所定の位置から流出してしまい、摩擦を低減したりラトル音を抑制したりするために十分な厚みの油膜を形成できないおそれがある。
さらに前記粘度は、これらの効果をより一層向上することを考慮すると、前記範囲内でも0.5Pa・s以上であるのが好ましく、1.5Pa・s以下であるのが好ましい。
【0046】
前記グリースGのもとになる基油としては、例えば合成炭化水素油〔例えばポリ−α−オレフィン油(PAO)〕、シリコーン油、フッ素油、エステル油、エーテル油等の合成油や、あるいは鉱油等の1種または2種以上が挙げられる。特に合成炭化水素油が好ましい。
また増ちょう剤としては、例えば石けん系増ちょう剤、ウレア系増ちょう剤、有機系増ちょう剤、無機系増ちょう剤等の種々の増ちょう剤の1種または2種以上が挙げられる。
【0047】
このうち石けん系増ちょう剤としては、例えばアルミニウム石けん、カルシウム石けん、リチウム石けん、ナトリウム石けん等の金属石けん型増ちょう剤、リチウム−カルシウム石けん、ナトリウム−カルシウム石けん等の混合石けん型増ちょう剤、アルミニウムコンプレックス、カルシウムコンプレックス、リチウムコンプレックス、ナトリウムコンプレックス等のコンプレックス型増ちょう剤等の1種または2種以上が挙げられる。
【0048】
またウレア系増ちょう剤としてはポリウレア等が挙げられ、有機系増ちょう剤としては、例えばポリテトラフルオロエチレン(PTFE)、ナトリウムテレフタラート等の1種または2種が挙げられる。さらに無機系増ちょう剤としては、例えば有機ベントナイト、グラファイト、シリカゲル等の1種または2種以上が挙げられる。
またグリースGには、必要に応じてフッ素樹脂(PTFE等)、二硫化モリブデン、グラファイト、ポリオレフィン系ワックス(アマイド等を含む)等の固体潤滑剤、リン系や硫黄系の極圧添加剤、トリブチルフェノール、メチルフェノール等の酸化防止剤、防錆剤、金属不活性剤、粘度指数向上剤、油性剤等の1種または2種以上を添加しても良い。
【0049】
グリースGの充填量は、先に説明したように過剰のグリースGが、減速機18に組み込まれている転がり軸受24、25等に混入するなどして当該減速機18の性能に影響を及ぼしたり、ハウジング21の隙間から漏れて周囲を汚したりするといった問題を生じない任意の範囲に設定することができる。
例えば前述した、100℃、せん断速度100s−1での粘度が2Pa・s以下という低粘度のグリースGは、流動性が高く、前記の問題を生じやすいため、ハウジング21内の全域に充填する場合を100%、全く充填しない場合を0%とする充填率で表して、前記充てん率を9%以上に設定するのが好ましく、22%以下に設定するのが好ましい。
【0050】
なお充填率100%の状態とは、前記ハウジング21の外周空間A、噛み合い部分B、および筒状部21a内の全域に隙間なくグリースGを充填した状態を言う。
充填率が前記範囲未満では、グリースGを充填することによる、前述した、ウォーム19およびウォームホイール20の歯面間の摺動の摩擦係数を低減したり、歯面同士の衝突を緩和してラトル音が生じるのを防止したりする効果が得られないおそれがある。
【0051】
一方、充填率が前記範囲を超える場合には、前記のように過剰のグリースGが、減速機18に組み込まれている転がり軸受24、25等に混入するなどして当該減速機18の性能に影響を及ぼしたり、ハウジング21の隙間から漏れて周囲を汚したりするおそれがある。
なお本発明は、図1図3の実施形態には限定されない。例えば本発明の減速機の構成は、電動パワーステアリング装置以外の他の装置用の減速機に適用することができる。その他、本発明の特許請求の範囲に記載された事項の範囲内で、種々の変更を施すことができる。
【実施例】
【0052】
〈実施例1〉
(電動パワーステアリング装置)
図2に示す内部構造を有するとともに、外周空間Aの、ウォームホイール20の軸方向の幅Wが、前記ウォームホイール20の歯幅Wの130%で、かつ前記外周空間Aの、前記ウォームホイール20と、ハウジング21の略円筒部21bの内周面21cとの間の、ウォームホイール20の径方向の最短距離Dが1.4mmである減速機18を用意し、この減速機18を組み込んで、図1に示す電動パワーステアリング装置1を構成した。
【0053】
(グリース)
グリースGとしては、100℃、せん断速度100s−1での粘度が1.0Pa・sであるものを用意した。
(充填)
前記グリースGを、前記ハウジング21内の、ウォーム19とウォームホイール20との噛み合い部分B、ならびに外周空間Aにのみ選択的に充填するとともに、前記外周空間Aにおいては、ウォームホイール20の歯面20h、および略円筒部21bの内周面21cの両方と接するように充填した。
【0054】
グリースGの充填率は9%とした。またグリースGの充てん幅Wgは、ウォームホイール20の歯幅Wの100%とした。
〈実施例2〉
実施例1で使用したのと同じ電動パワーステアリング装置1の減速機18のハウジング21内の、ウォーム19とウォームホイール20との噛み合い部分B、ならびに外周空間Aにのみ選択的に、また前記外周空間Aにおいては、ウォームホイール20の歯面20h、および略円筒部21bの内周面21cの両方と接するように、実施例1で使用したのと同じグリースGを、充填率が11%となるように充填した。グリースGの充てん幅Wgは、ウォームホイール20の歯幅Wの120%とした。
【0055】
〈実施例3〉
実施例1で使用したのと同じ電動パワーステアリング装置1の減速機18のハウジング21内の、ウォーム19とウォームホイール20との噛み合い部分B、ならびに外周空間Aにのみ選択的に、また前記外周空間Aにおいては、ウォームホイール20の歯面20h、および略円筒部21bの内周面21cの両方と接するように、実施例1で使用したのと同じグリースGを、充填率が22%となるように充填した。グリースGの充てん幅Wgは、ウォームホイール20の歯幅Wの130%とした。
【0056】
〈比較例1〉
実施例1で使用したのと同じ電動パワーステアリング装置1の減速機18のハウジング21内に、グリースGを全く充填しなかった。充填率は0%であった。
〈比較例2〉
実施例1で使用したのと同じ電動パワーステアリング装置1の減速機18のハウジング21内の、ウォーム19とウォームホイール20との噛み合い部分B、ならびに外周空間Aにのみ選択的に、また前記外周空間Aにおいては、ウォームホイール20の歯面20hにのみ接するように、実施例1で使用したのと同じグリースGを、充填率が2%となるように充填した。
【0057】
〈比較例3〉
実施例1で使用したのと同じ電動パワーステアリング装置1の減速機18のハウジング21内の、外周空間Aにのみ選択的に、また前記外周空間Aにおいては、略円筒部21bの内周面21cにのみ接するように、実施例1で使用したのと同じグリースを、充填率が4%となるように充填した。前記内周面21cでのグリースGの充てん幅Wgは、ウォームホイール20の歯幅Wの100%とした。
【0058】
〈比較例4〉
実施例1で使用したのと同じ電動パワーステアリング装置1の減速機18のハウジング21内の、ウォーム19とウォームホイール20との噛み合い部分B、ならびに外周空間Aにのみ選択的に、また前記外周空間Aにおいては、ウォームホイール20の歯面20hにのみ接するように、実施例1で使用したのと同じグリースを、充填率が4%となるように充填した。
【0059】
〈比較例5〉
実施例1で使用したのと同じ電動パワーステアリング装置1の減速機18のハウジング21内の全域に隙間なく、実施例1で使用したのと同じグリースを充填した。充填率は100%であった。またグリースGの充てん幅Wgは、ウォームホイール20の歯幅Wの130%であった。
【0060】
〈振動振幅の測定〉
前記電動パワーステアリング装置1にタイロッド11から加振入力させた際の、ハウジング21の振動振幅を測定した。そして比較例1における振動振幅を100%としたときの百分率でもって、各実施例、比較例における振動振幅でもってラトル音の大小を評価した。
【0061】
〈漏れの観察〉
前記電動パワーステアリング装置1を、100℃の環境下で42時間に亘って動作させ続けた際に、ハウジング21からのグリースの漏れの有無を確認した。
以上の結果を表1、表2に示す。
【0062】
【表1】
【0063】
【表2】
【0064】
表2の比較例2〜4の結果より、グリースを、外周空間Aにおいて、ウォームホイール20の歯面20h、またはハウジング21の略円筒部21bの内周面21cのいずれか一方にのみ接するように充填した場合には、グリースを全く充填しなかった比較例1に比べればラトル音の発生を抑制できるものの、その効果は十分でないことが判った。
また比較例5の結果より、グリースを、ハウジング21内の全域に隙間なく充填した場合には、前記比各例2〜4よりもさらにラトル音を低減できるものの、前記ハウジング21から余剰のグリースがもれることが判った。
【0065】
これに対し、表1の実施例1〜3の結果より、グリースを、ハウジング21内の全域ではなく噛み合い部分Bと外周空間Aにのみ充填するとともに、前記外周空間Aおいては、ウォームホイール20の歯面20h、またはハウジング21の略円筒部21bの内周面21cの両方に充填することにより、グリースの漏れを生じることなしに、ラトル音を大幅に低減できることが判った。
【0066】
また実施例1〜3の結果より、グリースの充填率は9%以上、22%以下であるのが好ましいことが判った。
また実施例2の結果より、外周空間Aの幅Wの、歯幅Wに対する割合は130%以下であるのが好ましいことが判った。
さらに実施例2の結果より、外周空間Aの、前記ウォームホイール20と、ハウジング21の略円筒部21bの内周面21cとの間の、ウォームホイール20の径方向の最短距離Dは1.6mm以下であるのが好ましいことが判った。
【符号の説明】
【0067】
1:電動パワーステアリング装置、2:操舵部材、3:ステアリングシャフト、3a:入力軸、3b:出力軸、4:自在継手、5:中間シャフト、6:自在継手、7:ピニオンシャフト、7a:ピニオン歯、8:ラックバー、8a:ラック歯、9:転舵機構、10:ラックハウジング、11:タイロッド、12:操向輪、13:トーションバー、14:トルクセンサ、16:駆動回路、17:電動モータ、18:減速機、19:ウォーム、19a:一端部、19b:他端部、20:ウォームホイール、20a:芯金、20b:歯、20c:合成樹脂部材、20d:外周、20e:歯先、20f:噛合面、20g:歯底、20h:歯面、21:ハウジング、21a:筒状部、21b:略円筒部、21c:内周面、22:回転軸、23:スプライン継手、24:軸受、25:軸受、26:内輪、27:内輪、28:外輪、29:外輪、30:軸受保持孔、31:軸受保持孔、32:段部、33:段部、34:段部、35:ネジ部材、36:ネジ孔、A:空間(外周空間)、B:噛み合い部分、D:最短距離、G:グリース、W:幅、W:歯幅、Wg:充てん幅
図1
図2
図3