特許第5988861号(P5988861)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 花王株式会社の特許一覧

特許59888611−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法
<>
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5988861
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 41/20 20060101AFI20160825BHJP
   C07C 43/196 20060101ALI20160825BHJP
   C11B 9/00 20060101ALN20160825BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20160825BHJP
【FI】
   C07C41/20
   C07C43/196
   !C11B9/00 K
   !C07B61/00 300
【請求項の数】5
【全頁数】12
(21)【出願番号】特願2012-280990(P2012-280990)
(22)【出願日】2012年12月25日
(65)【公開番号】特開2013-151481(P2013-151481A)
(43)【公開日】2013年8月8日
【審査請求日】2015年9月18日
(31)【優先権主張番号】特願2011-284422(P2011-284422)
(32)【優先日】2011年12月26日
(33)【優先権主張国】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000918
【氏名又は名称】花王株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100078732
【弁理士】
【氏名又は名称】大谷 保
(74)【代理人】
【識別番号】100089185
【弁理士】
【氏名又は名称】片岡 誠
(72)【発明者】
【氏名】荒井 翼
(72)【発明者】
【氏名】小刀 慎司
(72)【発明者】
【氏名】安宅 由晴
【審査官】 前田 憲彦
(56)【参考文献】
【文献】 特開平04−327553(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/077343(WO,A1)
【文献】 特表2011−500311(JP,A)
【文献】 特許第5282165(JP,B2)
【文献】 特開2013−151482(JP,A)
【文献】 特開平06−263677(JP,A)
【文献】 特開平05−339188(JP,A)
【文献】 特開平04−217937(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 41/00
C07C 43/00
C11B 9/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)、並びにルテニウム及びロジウムから選ばれる1種以上を含有する金属触媒(B)の存在下、有機溶媒量が1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールに対して10質量%以下の条件下で、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールを水素化する工程を有する、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法。
【請求項2】
泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)中パラジウム担持量が0.1〜15質量%である、請求項1に記載の1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法。
【請求項3】
パラジウム触媒(A)中のパラジウムと金属触媒(B)中のルテニウム及びロジウムから選ばれる1種以上の金属の質量比〔触媒(A)中のパラジウム/触媒(B)中の金属〕が80/20〜99/1である、請求項1又は2に記載の1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法。
【請求項4】
泥炭由来の活性炭の細孔容積(細孔径1000Å未満のポアの細孔容積)が、0.1ml/g以上2.5ml/g以下である、請求項1〜3のいずれかに記載の1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法。
【請求項5】
泥炭由来の活性炭のメソ孔の細孔容積(細孔径2〜50nmのポアの細孔容積)が、0.21ml/g以上1.0ml/g以下である、請求項1〜4のいずれかに記載の1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、香調に優れた1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法、及び香料組成物に関する。
【背景技術】
【0002】
α−(2−アルキルシクロヘキシルオキシ)−β−アルカノール、なかでも1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールは、木様、アンバー様の香気を有し、残香性に優れ、かつ安価に製造できる有用な香料素材である。このため、その効率的な製造方法について検討がなされている。
【0003】
例えば、特許文献1には、(1)2−アルキルシクロヘキサノールを強塩基を用いてアルコラートとし、次いでエポキシドと反応させる方法、及び(2)2−アルキルフェノールを塩基触媒存在下、エポキシドと反応させ、α−(2−アルキルフェニルオキシ)−β−アルカノールとした後に金属触媒の存在下で水素化する方法が開示されている。
特許文献2には、優れた香気を有しトランス体含有率が高いα−(2−アルキルシクロヘキシルオキシ)−β−アルカノールを、短時間で高収率で得ることを目的として、(a)パラジウム触媒と(b)ルテニウム、ロジウム、白金及びニッケルから選ばれる1種類以上の金属触媒との存在下、α−(2−アルキルフェニルオキシ)−β−アルカノールを水素化する製造法が開示されている。
また、特許文献3には、パラジウムを50重量%以上並びにルテニウム、ロジウム、白金及びニッケルから選ばれる一種以上を50重量%未満含有する触媒の存在下、環状ケタールを水素化分解するエーテルアルコール類の製造方法が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【特許文献1】特開平4−217937号公報
【特許文献2】特開平4−327553号公報
【特許文献3】特開平6−263677号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
特許文献1及び2に記載されているようにα−(2−アルキルシクロヘキシルオキシ)−β−アルカノール、なかでも1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールのトランス体は優れた香気を有するが、特許文献1及び2に開示された方法では、得られる該化合物のトランス体含有率は十分に満足できるものではない。そのため、トランス体含有率が高い1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法の開発が望まれている。
本発明は、トランス体含有率が高く、香料素材として木様、アンバー様の香気が強く、香調に優れた1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを高収率で製造する方法、及び香料組成物を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、トランス体含有率が高い1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの効率的な製造方法として、泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒と特定の金属触媒との存在下、有機溶媒を含まないか、又は有機溶媒量が少ない条件で水素化することにより、前記課題を達成しうることを見出した。
すなわち、本発明は、下記の[1]及び[2]を提供する。
[1]泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)、及びルテニウム、ロジウム、白金及びニッケルから選ばれる1種以上を含有する金属触媒(B)の存在下、有機溶媒量が1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールに対して10質量%以下の条件下で、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールを水素化する工程を有する、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法。
[2]前記[1]の方法で得られた1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを含有する香料組成物。
【発明の効果】
【0007】
本発明によれば、トランス体含有率が高く、香料素材として木様、アンバー様の香気が強く、香調に優れた1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを高収率で製造する方法、及び得られた1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを含有する香料組成物を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
[1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法]
本発明の1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造方法は、泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)、及びルテニウム、ロジウム、白金及びニッケルから選ばれる1種以上を含有する金属触媒(B)の存在下、有機溶媒量が1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールに対して10質量%以下の条件下で、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールを水素化する工程を有する。
【0009】
<パラジウム触媒(A)>
本発明においては、水素化工程において泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)を用いる。
本発明において、パラジウム触媒(A)とは、パラジウムと担体である泥炭由来の活性炭を含む全体を指す。
活性炭としては、泥炭由来の活性炭の他、歴青炭由来、無煙炭由来、亜炭由来、木材由来、ヤシ殻由来等の活性炭があるが、本発明で用いられる泥炭由来の活性炭がパラジウム触媒の活性発現の観点から特に優れている。
本発明においては、この泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)を用いて、かつ有機溶媒量が1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールに対して10質量%以下の条件下で、すなわち、反応混合物中に有機溶媒を含有しないか、又は含有する有機溶媒量が1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールに対して10質量%以下であるという、高濃度の条件下で水素化工程を行うため、トランス体含有率が高く、木様、アンバー様の香気が強く、香調に優れる1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを高収率で得ることができる。この理由は明らかではないが、次のように考えられる。
芳香族化合物を水素化する際、通常のパラジウム触媒を用いると、パラジウムが芳香環に配位するため、一方向からの水素化が起きやすくシス体が多く生成する。
これに対して、泥炭由来の活性炭は、炭素含有率が低く硫黄や重金属等の成分を多く含むため、水素化反応の触媒としての活性は比較的低いものと考えられる。一方、溶媒を含まない高濃度条件下では、反応系中の基質に対する溶存水素量が小さくなるものと考えられる。このように、泥炭由来の活性炭をパラジウムの担体とし、かつ溶媒を含まない高濃度条件下で反応を行うと、水素化反応は比較的緩やかに進行するが、その一方で、基質と触媒との接触は促進されるため、得られる反応中間体の異性化反応は急速に進行し、結果として熱力学的に安定なトランス体が多く得られるものと考えられる。
【0010】
(泥炭由来の活性炭の製造)
泥炭由来の活性炭は、例えば、常法により製造された泥炭由来の炭素材料を炭化し、公知の方法で賦活した後、希塩酸に浸漬して活性炭に含まれるアルカリ成分を除去し、水洗、乾燥して得ることができる。
活性炭の賦活方法としては、700〜900℃の酸化性ガス(水蒸気、二酸化炭素、空気、燃焼ガス等)で賦活するガス賦活法、塩化亜鉛、塩化カルシウム、塩化マグネシウム、リン酸等の薬品を添加又は浸透させた後、空気を遮断して500〜700℃で賦活する薬品賦活法が挙げられる。
これらの中では、パラジウム触媒の活性発現の観点及びトランス体の含有量を増加させ、収率を高める観点から、ガス賦活法により賦活処理した泥炭由来の活性炭が好ましい。
泥炭由来の活性炭中の炭素含有率は、触媒活性の観点から、95〜99.95質量%が好ましく、97〜99.9質量%がより好ましい。
【0011】
(活性炭の形態)
活性炭の形状は特に限定されず、粉末状、粒状、繊維状、ペレット状、ハニカム状等の形状であってもよい。
活性炭の平均細孔径は、触媒活性を向上させる観点から、8〜100Åが好ましく、8〜60Åがより好ましく、30〜60Åが更に好ましい。
活性炭の細孔容積(細孔径1000Å未満のポアの細孔容積)は、0.1〜2.5ml/gが好ましく、触媒活性の観点から、0.1〜2.0ml/gがより好ましく、0.2〜1.5ml/gが更に好ましく、0.2〜1.0ml/gがより更に好ましく、0.3〜1.0ml/gがより更に好ましい。
また、本発明に用いられる泥炭由来の活性炭のメソ孔の細孔容積(細孔径2〜50nmのポアの細孔容積)は、触媒活性の観点及び収率を向上させる観点から、0.21ml/g以上が好ましく、0.24ml/g以上がより好ましく、0.27ml/g以上が更に好ましく、また、1.0ml/g以下が好ましく、0.75ml/g以下がより好ましく、0.4ml/g以下が更に好ましい。
活性炭の比表面積は、触媒活性を向上させる観点から、100〜3000m2/gが好ましく、100〜2000m2/gがより好ましく、150〜1500m2/gが更に好ましい。
前記の活性炭の平均細孔径、細孔容積、メソ孔の細孔容積及び比表面積は、乾燥した触媒粉末を用いた水銀圧入法により測定される。
【0012】
(泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)の調製)
パラジウムを泥炭由来の活性炭に担持する方法としては、含浸法、イオン交換法、CVD法等が挙げられるが、含浸法、イオン交換法が好ましく、含浸法がより好ましい。
パラジウムを泥炭由来の活性炭に担持するためにはパラジウム塩を使用することが好ましい。
パラジウムを担持するために使用するパラジウム塩としては、Pd(OH)2、PdCl2、Pd(OAc)2、Pd(NH4)Cl2、及び[Pd(NH34]Cl2から選ばれる1種以上が挙げられるが、水酸化パラジウム:Pd(OH)2、塩化パラジウム:PdCl2、及び酢酸パラジウム:Pd(OAc)2から選ばれる1種以上が好ましく、水酸化パラジウム及び塩化パラジウムから選ばれる1種以上がより好ましい。パラジウム塩を用いた含浸法としては、例えば、パラジウム塩を適当な溶媒に溶解させ、泥炭由来の活性炭を分散、接触させる等の方法が挙げられる。
泥炭由来の活性炭へのパラジウムの担持量としては、パラジウム触媒(A)中の0.1〜15質量%が好ましく、0.5〜10質量%がより好ましく、1〜5質量%が好ましい。パラジウムの担持量が0.1質量%未満だと触媒活性が不十分となり易く、15質量%を超えると担持の際にシンタリング等の悪影響を及ぼす可能性が高くなる。
泥炭由来の活性炭にパラジウムを担持させた後は、例えば、水素気流下、又はホルムアルデヒド、ヒドラジン、水素化ホウ素ナトリウム等の還元剤を加え、必要に応じて加熱し、20〜300℃程度、好ましくは80〜280℃の温度で還元処理した後、固液分離し、得られた固形物を水で洗浄し、乾燥することにより、泥炭由来の活性炭に担持されたパラジウム触媒(A)を得ることができる。
【0013】
パラジウム触媒(A)のpHは7.0〜12.0であることが好ましく、収率を向上させ、得られる1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−アルカノールの香調を良好にする観点から、7.0〜10.0が好ましく、7.0〜9.0がより好ましく、7.5〜9.0がより好ましく、7.8〜8.9がより好ましく、7.9〜8.8がより好ましい。
なお、パラジウム触媒(A)のpHとは、パラジウム触媒(A)を10質量倍の純水と混合した混合物のpHをいう。
また、パラジウム触媒(A)は、異性化を促進してトランス体の含有率を向上させる観点から金属、窒素、硫黄を含有することが好ましい。
金属としては鉄、マグネシウム、マンガン、カルシウム、及びチタンから選ばれる1種以上が挙げられる。前記金属の合計含有量は、パラジウム触媒(A)中、0.10%以上が好ましく、0.15%以上がより好ましく、0.20%以上が更に好ましく、0.24%以上がより更に好ましく、また、1.0%以下が好ましく、0.80%以下がより好ましく、0.50%以下が更に好ましく、0.40%以下がより更に好ましい。
前記金属の含有量は、乾燥した触媒粉末を硫酸、硝酸及び過酸化水素を用いて湿式分解した試料に対して、鉄、マグネシウム、マンガン、カルシウム、チタンについて高周波誘導結合プラズマ(ICP)発光分析を行うことにより測定したものである。
【0014】
窒素の含有量は、パラジウム触媒(A)中、0.07%以上が好ましく、0.08%以上がより好ましく、0.09%以上が更に好ましく、0.10%以上がより更に好ましく、また、1.0%以下が好ましく、0.50%以下がより好ましく、0.20%以下が更に好ましく、0.15%以下がより更に好ましい。
窒素の含有量は、乾燥した触媒粉末を用いた化学発光法により測定される。
硫黄の含有量は、パラジウム触媒(A)中、0.08%以上が好ましく、0.09%以上がより好ましく、0.10%以上が更に好ましく、0.11%以上がより更に好ましく、また、1.0%以下が好ましく、0.50%以下がより好ましく、0.20%以下が更に好ましく、0.15%以下がより更に好ましい。
硫黄の含有量は、乾燥した触媒粉末を用いた燃焼イオンクロマト法により測定される。
【0015】
<金属触媒(B)>
本発明においては、前記パラジウム触媒(A)に加えて、ルテニウム、ロジウム、白金及びニッケルから選ばれる1種以上を含有する金属触媒(B)を用いる。
金属触媒(B)として用いられる前記金属成分の中では、収率及びトランス体の含有率を向上させる観点から、ルテニウム、ロジウム及び白金が好ましく、ルテニウム及びロジウムがより好ましく、ルテニウムが更に好ましい。
金属触媒(B)は、担体に担持させた担持触媒であることが好ましい。担体は無機担体が好ましい。無機担体としては、例えば、活性炭、アルミナ、シリカ、シリカマグネシア及びゼオライトから選ばれる1類以上の担体が挙げられる。これらの中では、触媒活性の観点から、活性炭がより好ましい。
金属成分の担持量は、触媒活性を高めつつ、シンタリングを防止する観点から、金属触媒(B)全体の0.05〜20重量%が好ましく、0.1〜15重量%がより好ましく、0.5〜10重量%が更に好ましい。
金属触媒(B)が、担持触媒である場合、金属触媒(B)とは、金属と担体を含む全体を指す。
【0016】
(金属触媒(B)の調製)
金属触媒(B)の調製は、公知の方法で行うことができる。例えば、金属成分としてルテニウムを使用する場合を例にすれば、まずイオン交換水等の媒体に、前記無機担体を加えて懸濁させた後、この懸濁液に、ルテニウム化合物(ルテニウムの塩化物、硝酸塩、蟻酸塩、アンモニウム塩等)をイオン交換水等の水性溶媒に溶解させた溶液を加え、攪拌しながら必要に応じて加熱し、20〜95℃程度の温度に調節する。次いで、この懸濁液にアルカリ(アンモニア水、ナトリウム、カリウム等のアルカリ金属の炭酸塩、水酸化物等)を加えてpHを4〜12程度に調整して加水分解させ、熟成することによって、ルテニウム成分を無機担体に担持させる。
次に、例えば、ホルムアルデヒド、ヒドラジン、水素化ホウ素ナトリウム等の還元剤を加え、必要に応じて加熱し、20〜95℃程度の温度で水素気流下で還元処理した後、固液分離し、得られた固形物を水で洗浄し、乾燥することにより金属触媒(B)を得ることができる。
【0017】
金属触媒(B)のpHは、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの収率を向上させる観点から、6.0〜12.0であることが好ましく、7.0〜9.0がより好ましく、7.2〜8.0が更に好ましい。なお、金属触媒(B)のpHとは、金属触媒(B)を10質量倍の純水と混合した混合物のpHをいう。
【0018】
(パラジウム触媒(A)と金属触媒(B))
パラジウム触媒(A)と金属触媒(B)との質量比〔(A)/(B)〕は、触媒活性の観点から、1000/1〜1/1が好ましく、100/1〜5/1がより好ましい。
また、パラジウム触媒(A)中のパラジウムと、金属触媒(B)中の金属との質量比〔触媒(A)中のパラジウム/触媒(B)中の金属〕は、収率及びトランス体含有率を向上させる観点から、80/20〜99/1が好ましく、85/15〜95/5がより好ましく、90/10〜95/5が更に好ましい。
パラジウム触媒(A)と、金属触媒(B)との混合方法については、特に制限はない。(i)反応時に触媒(A)及び(B)を別々に加える方法、及び(ii)反応前に共沈触媒等の混合触媒を調製する方法等を挙げることができるが、パラジウム触媒(A)と金属触媒(B)との質量比を調整する観点から、(i)反応時に別々に加える方法が好ましい。
パラジウム触媒(A)と金属触媒(B)との合計使用量は、収率を向上させる観点から、原料の1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールに対して、0.01〜10質量%が好ましく、0.05〜5質量%がより好ましい。
【0019】
<水素化工程>
本発明における水素化工程においては、例えば、オートクレーブ等の耐圧反応容器に、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノール、パラジウム触媒(A)、及びルテニウム、ロジウム、白金及びニッケルから選ばれる1種以上を含有する金属触媒(B)を、好ましくは前記使用量の範囲内で混合し、これに必要に応じて有機溶媒を少量加えるか又は有機溶媒を加えないで、反応容器内に水素を導入して水素化反応を行う。
水素化反応に使用する有機溶媒としては、例えば、アルコール類及び炭化水素類から選ばれる1種以上が挙げられる。アルコール類としては、メタノール、エタノール、イソプロパノール等が挙げられ、炭化水素類としては、ヘキサン、シクロヘキサン等が挙げられる。これらの中ではアルコール類が好ましく、イソプロパノールがより好ましい。
有機溶媒は、トランス体含有率が高く、木様、アンバー様の香気が強く、香調に優れる1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを高収率で得る観点から、反応混合物中に、有機溶媒を含有しないか、含有する有機溶媒量が1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールに対して10質量%以下であり、5質量%以下であることが好ましく、1質量%以下であることがより好ましく、実質的に0質量%であることが更に好ましく、0質量%であることがより更に好ましく、含有しないことが更に好ましい。
【0020】
本発明の水素化工程における水素圧は、トランス体の含有量を増加させる観点から、0.1〜10MPaが好ましく、0.2〜5MPaがより好ましく、0.3〜3MPaが更に好ましく、0.3〜1.5MPaがより更に好ましい。また、収率を高める観点からは、0.1〜10MPaが好ましく、0.5〜9MPaがより好ましく、1〜7MPaが更に好ましく、1〜5MPaが更に好ましく、3〜5MPaがより更に好ましい。なお、本明細書において「水素圧」とは、水素化反応時の耐圧反応容器内の水素の分圧をいう。
水素化反応温度は、反応を穏やかに進行させて生成物に占めるトランス体の含有量を増加させる観点から、50〜300℃が好ましく、100〜250℃がより好ましく、130〜200℃が更に好ましい。反応時間は1〜30時間が好ましく、2〜20時間がより好ましく、3〜10時間が更に好ましい。
水素化工程で得られた生成物は、必要に応じて、濾過、蒸留、カラムクロマトグラフィー等で精製することができる。
本発明の製造方法によれば、トランス体の含有量が41質量%以上の1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを高収率で製造することができ、好適条件にすれば、トランス体の含有量が43〜50質量%のものを高収率で製造することができる。
【0021】
[香料組成物]
本発明の香料組成物は、前記本発明の製造方法により得られる1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを含有するものである。
本発明の香料組成物中の1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの含有量は、香気、香調の観点から、0.01〜99質量%が好ましく、0.1〜15質量%がより好ましく、0.5〜10質量%が更に好ましく、1〜10質量%が更に好ましい。
【0022】
また、本発明の香料組成物は、通常用いられる他の香料成分や所望組成の調合香料を含有することができる。
用いることができる他の香料成分としては、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノール以外のアルコール類、炭化水素類、フェノール類、エステル類、カーボネート類、アルデヒド類、ケトン類、アセタール類、エーテル類、カルボン酸、ラクトン類、ニトリル類、シッフ塩基類、天然精油や天然抽出物等が挙げられる。これらの中でも、アルコール類、エステル類、ラクトン類が好ましく、アルコール類、エステル類がより好ましい。これらの香料成分は、1種単独で又は2種以上を組み合わせて使用することができる。
【実施例】
【0023】
以下の実施例、比較例において、「%」は特記しない限り「質量%」である。また、触媒の質量は乾燥状態での質量である。
[1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールの製造]
実施例1
500mlオートクレーブに、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノール250g、及び泥炭由来の活性炭担持パラジウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、商品名:Uタイプ、50%含水品、パラジウム担持量2%、ガス賦活活性炭使用、pH7.9、細孔容積(細孔径1000Å未満のポアの細孔容積、以下の実施例、比較例において同じ)0.36ml/g、比表面積180m2/g、メソ孔の細孔容量(細孔径2〜50nmのポアの細孔容積、以下の実施例、比較例において同じ)0.28ml/g、金属含有率0.25%、窒素含有率0.10%、硫黄含有率0.13%)4.75g、活性炭担持ルテニウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、50%含水品、ルテニウム担持量5%、ガス賦活活性炭使用、pH7.2)0.25gを加え、水素圧7.0MPa、190℃で6時間反応を行った。
反応終了後、触媒を濾過して蒸留を行うことにより、収率70%で1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。生成物をガスクロマトグラフィーで分析した結果、シス:トランス=57:43であった。以下の実施例及び比較例においても同様に分析した。その結果を表1に示す。
【0024】
実施例2
実施例1において、泥炭由来の活性炭担持パラジウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、商品名:Uタイプ、50%含水品、パラジウム担持量2%、ガス賦活活性炭使用、pH7.9、細孔容積0.36ml/g、比表面積180m2/g、メソ孔の細孔容量0.28ml/g、金属含有率0.25%、窒素含有率0.10%、硫黄含有率0.13%)を0.98g、活性炭担持ルテニウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、50%含水品、ルテニウム担持量5%、ガス賦活活性炭使用、pH7.2)を0.02g、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールを50gに変更し、更にイソプロパノールを2.5g加えたこと以外は実施例1と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0025】
比較例1
実施例1において、泥炭由来の活性炭担持パラジウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、商品名:Uタイプ、50%含水品、パラジウム担持量2%、ガス賦活活性炭使用、pH7.9、細孔容積0.36ml/g、比表面積180m2/g、メソ孔の細孔容量0.28ml/g、金属含有率0.25%、窒素含有率0.10%、硫黄含有率0.13%)を0.98g、活性炭担持ルテニウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、50%含水品、ルテニウム担持量5%、ガス賦活活性炭使用、pH7.2)を0.02g、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールを50gに変更し、更にイソプロパノールを150g加えたこと以外は実施例1と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0026】
比較例2
実施例1において、泥炭由来の活性炭担持パラジウム触媒を木炭由来の活性炭担持パラジウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、商品名:Cタイプ、50%含水品、パラジウム担持量2%、pH8.0、細孔容積0.23ml/g、比表面積137m2/g、メソ孔の細孔容量0.14ml/g、金属含有率0.09%、窒素含有率0.05%、硫黄含有率0.06%)0.98gに、活性炭担持ルテニウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、50%含水品、ルテニウム担持量5%、ガス賦活活性炭使用、pH7.2)を0.02gに、1−(2−t−ブチルフェニルオキシ)−2−ブタノールを50gに変更したこと、及びイソプロパノールを150g加えたこと以外は実施例1と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0027】
実施例3
実施例1において、水素圧7.0MPaを2.0MPaに変更したこと以外は実施例1と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0028】
比較例3
実施例1において、泥炭由来の活性炭担持パラジウム触媒を木炭由来の活性炭担持パラジウム触媒(エヌ・イー ケムキャット株式会社製、商品名:Dタイプ、50%含水品、パラジウム担持量2%、pH8.2、細孔容積0.25ml/g、比表面積146m2/g、メソ孔の細孔容量0.20ml/g、金属含有率0.07%、窒素含有率0.06%、硫黄含有率0.07%)に、水素圧7.0MPaを2.0MPaに変更したこと以外は実施例1と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0029】
実施例4
実施例1において、水素圧7.0MPaを4.0MPaに変更したこと以外は実施例1と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0030】
実施例5
実施例1において、水素圧7.0MPaを0.5MPaに変更したこと以外は実施例1と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0031】
実施例6
実施例2において、水素圧7.0MPaを5.0MPaに変更したこと以外は実施例2と同様に反応を行い、1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを得た。結果を表1に示す。
【0032】
試験例
実施例1〜6及び比較例1〜3で得られた1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールについて、下記方法により香調を評価した。結果を表1に示す。
<香調の評価法>
複数の専門パネラーにより、香調を評価した。香気は、より強く感じられるものから順に列挙し、香調に特徴のあるものについては、判定についても付記した。総合評価として、下記基準でランク付けした。
A:極めて興味深く香料素材としての価値が高い
B:香料素材として十分な価値を有する
C:香料素材としてほぼ十分な価値を有する
D:香料素材としての価値かやや低い
【0033】
【表1】
【0034】
調合例
下記組成のフローラルオリエンタル調の調合香料920質量部に、実施例1で得られた本発明の香料組成物を80質量部加えたところ、パウダリーな甘さが強まった。
<フローラルオリエンタル調調合香料組成>
ベルガモット油 80質量部
ジヒドロミルセノール 25質量部
アリル−2−ペンチロキシグリコレート 5質量部
メチルフェニルカルビニルアセテート 10質量部
イランベース 50質量部
ローズベース 50質量部
ジャスミンベース 100質量部
メチルジヒドロジャスモネート 130質量部
メチルイオノンガンマ 150質量部
サンダルマイソールコア *1 50質量部
トナライド *2 100質量部
ベンジルサリシレート 50質量部
クマリン 50質量部
バニリン 20質量部
アンバーベース 50質量部
920質量部

注)
*1:花王株式会社製、2−メチル−4−(2,3,3−トリメチル−3−シクロペンチン−1−イル)−2−ブテン−1−オール
*2:PFWアロマケミカルズ社製、7−アセチル−1,1,3,4,4,6−ヘキサメチルテトラヒドロナフタレン
【産業上の利用可能性】
【0035】
本発明の製造方法によれば、トランス体含有率が高く、香料素材として木様、アンバー様の香気が強く、香調に優れた1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールを高収率で得ることができる。製造された1−(2−t−ブチルシクロヘキシルオキシ)−2−ブタノールは、香料素材として、例えば、石鹸、シャンプー、リンス、洗剤、化粧品、スプレー製品、芳香剤、香水、入浴剤等の賦香成分として使用することができる。