特許第5989003号(P5989003)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5989003
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】最小侵襲腹腔鏡手術用リトラクタ
(51)【国際特許分類】
   A61B 17/02 20060101AFI20160825BHJP
【FI】
   A61B17/02
【請求項の数】24
【全頁数】14
(21)【出願番号】特願2013-547730(P2013-547730)
(86)(22)【出願日】2012年1月4日
(65)【公表番号】特表2014-507202(P2014-507202A)
(43)【公表日】2014年3月27日
(86)【国際出願番号】US2012020138
(87)【国際公開番号】WO2012094364
(87)【国際公開日】20120712
【審査請求日】2014年12月24日
(31)【優先権主張番号】61/429,648
(32)【優先日】2011年1月4日
(33)【優先権主張国】US
(31)【優先権主張番号】61/450,682
(32)【優先日】2011年3月9日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】501335771
【氏名又は名称】ザ・ジョンズ・ホプキンス・ユニバーシティ
(74)【代理人】
【識別番号】100147485
【弁理士】
【氏名又は名称】杉村 憲司
(74)【代理人】
【識別番号】100147692
【弁理士】
【氏名又は名称】下地 健一
(74)【代理人】
【識別番号】100174023
【弁理士】
【氏名又は名称】伊藤 怜愛
(72)【発明者】
【氏名】ヒエン タン グエン
【審査官】 中村 一雄
(56)【参考文献】
【文献】 特表平06−507810(JP,A)
【文献】 特開2003−164459(JP,A)
【文献】 特表平10−511589(JP,A)
【文献】 米国特許出願公開第2010/0069947(US,A1)
【文献】 米国特許出願公開第2003/0225432(US,A1)
【文献】 国際公開第2010/078315(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 17/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
内面及び外面を有する膨張式素子と、
通気圧を受け入れるポートを有する、リトラクタシャフトと、
を備え、
前記膨張式素子は、前記リトラクタシャフトの遠位端に取り付けられているとともに、体内組織を圧排し得るように構成され、
前記膨張式素子は、該膨張式素子に流体を通気されるとコンパートメントを形成するように構成され、
前記コンパートメントは、凹形状であって、前記リトラクタシャフト側が開放されており、
前記膨張式素子は、最初の使用に先立ち、抜気状態で前記リトラクタシャフトの周囲を包囲する、
膨張式リトラクタ。
【請求項2】
前記体内組織は臓器を含み、
前記膨張式素子は、前記臓器を圧排するのに十分に硬くなることができることを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項3】
臓器が前記コンパートメント内に収容されて圧排された後に、前記リトラクタを軸線方向位置に位置付けし固定する、クランプをさらに備える、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項4】
前記クランプが、前記リトラクタシャフトの周りで周方向に閉じることを特徴とする、請求項3に記載のリトラクタ。
【請求項5】
前記コンパートメントが、体内組織を収容するように構成されていることを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項6】
前記膨張式素子が鋭利な縁部又は硬い物質を備えないことを特徴とする、請求項1〜5のいずれかに記載のリトラクタ。
【請求項7】
前記ポートは、通気レベルの範囲に合わせて前記膨張式素子を通気および抜気するためのバルブに動作可能に連結されており、
前記コンパートメントの構成は前記通気レベルに応じて変化することを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項8】
前記膨張式素子は、膨張した状態において、体内組織が前記コンパートメント内に収容された後に前記リトラクタが前記膨張式素子側から前記リトラクタシャフト側へ向かう方向に引張られることにより、前記体内組織を圧排できるように構成されており、
前記膨張式素子の主要軸線は前記リトラクタシャフトの縦軸線に対して0度と90度との間の角度をなしており、
前記リトラクタは、前記角度を調節する機構をさらに備えることを特徴とする、請求項1〜のいずれかに記載のリトラクタ。
【請求項9】
前記機構は、通気圧を変化させるものであることを特徴とする、請求項に記載のリトラクタ。
【請求項10】
外側配置シャフトをさらに備え、
該外側配置シャフトは、前記リトラクタシャフトの周辺に配置され、抜気状態での前記膨張式素子を包囲するように構成されることを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項11】
前記リトラクタシャフトは、前記コンパートメント内に収容された体内組織が圧排される間に該リトラクタシャフトが引張られることが可能な程度に硬くて頑丈であることを特徴とする、請求項10に記載のリトラクタ。
【請求項12】
前記膨張式素子が、少なくとも第1のチャンバと第2のチャンバを有する、請求項1〜11のいずれかに記載のリトラクタ。
【請求項13】
前記第1のチャンバおよび前記第2のチャンバは、それぞれ別個に膨らませることができることを特徴とする、請求項12に記載の膨張式リトラクタ。
【請求項14】
前記第1のチャンバと前記第2のチャンバは、それぞれ別個のポートから膨らませることができることを特徴とする、請求項13に記載の膨張式リトラクタ。
【請求項15】
前記第1のチャンバと前記第2のチャンバは、単一のポートから膨らませることができることを特徴とする、請求項12に記載の膨張式リトラクタ。
【請求項16】
前記リトラクタがトロッカーを通して配置可能であることを特徴とする、請求項1に記載の膨張式リトラクタ。
【請求項17】
前記膨張式素子は複数の窓部を含み、
前記窓部は、前記膨張式素子を通して視界を得るのに十分に大きいことを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項18】
前記リトラクタシャフトに面する前記膨張式素子の前記内面が、浮き出た隆起を備えることを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項19】
前記コンパートメントがV字形状であることを特徴とする、請求項1〜18のいずれかに記載のリトラクタ。
【請求項20】
前記リトラクタシャフトが、該リトラクタシャフトを通して腹腔鏡手術用器具を配置することを可能とするのに十分な大きさを有することを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項21】
前記膨張式素子は、不活性化合物で形成されていることを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項22】
膨張状態にある前記膨張式素子が、裏返しになるのことを防ぐのに十分な厚みを有することを特徴とする、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項23】
前記膨張式素子は、前記圧排の際に体内組織が前記膨張式素子に付着し得る程度に高い表面を有する材料を含む、請求項1に記載のリトラクタ。
【請求項24】
前記膨張式素子の前記内面は、前記体内組織と接触し得るように構成されている、請求項18に記載のリトラクタ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
[関連出願の相互参照]
本出願は、2011年1月4日付で出願された米国仮出願第61/429,648号および2011年3月9日付で出願された米国仮出願第61/450,682号の権益を主張し、各出願の開示は参照により本明細書に完全に援用される。
【0002】
本発明は、腹腔鏡手術に使用する圧排器(リトラクタ(retractor))に関する。より詳細には、腹腔鏡手術に使用する最小侵襲の(minimally invasive)膨張式リトラクタに関する。
【背景技術】
【0003】
腹腔鏡手術は最小侵襲手術としても知られ、近年普及しつつある外科手術法である。高度な最小侵襲手術についての研修を修了する外科医の数は年々増え続けており、したがって、腹部の最小侵襲手術の件数も今後増えるであろう。腹腔鏡手術を行う上で、最も困難な課題の一つは、腸または他の周辺臓器が術野に入らないように常に押しやることなく、対象臓器を明瞭に可視化できるようにすることである。
【0004】
例えば、炎症虫垂を切除するには、外科医は、結腸、S状結腸、回腸、空腸、卵巣等の周辺の体内組織から当該臓器を隔離可能であることが要求される。この手術を切開部位の大きい開腹手術によって行った場合、外科医は無菌タオルを用いて他の腸や臓器を炎症虫垂から押しやることにより、良好な視野を確保して臓器を安全に除去することができる。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
腹腔鏡下では、外科医は無菌タオルを使うことはできない。腹腔鏡によって可視化した術野の視界は非常に狭くかつ接写であるため、さらに困難である。また、多くの場合、手術部位に押し寄せる腸は切開過程の重要な局面において、術野に突然入ってくる。そのため、外科医は、術野周辺の臓器が逆戻りして虫垂を覆う度にこれらを常に押しやる、あるいは手術台の傾斜機能を利用して周辺の臓器を術野からできれば脱離させようとすることで、常に「術野を明瞭」にする必要がある。これは、術野を隔離する方法としては一貫性がなく、手術は非効率的になり、場合によっては危険を伴う。
【0006】
手術中に臓器を視界から圧排するための様々な器具が開発されてきた。しかしながら、場合によっては、器具そのものが臓器自体に損傷を与えることがわかっている。
【0007】
そのため、当該技術分野においては、臓器を視界から安全かつ効率的に取り除く腹腔鏡手術用リトラクタが必要とされている。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明の第1の態様によれば、膨張式リトラクタは、内面と外面を含んだ膨張式素子と、通気圧を受け入れるポートを備えたリトラクタシャフトであって、膨張式素子をリトラクタシャフトの遠位端に取り付けたことを特徴とするリトラクタシャフトと、を備える。膨張式素子は、膨張式素子に流体を通気すると臓器を保持するためのコンパートメントを形成するように構成される。
【0009】
本発明の第2の態様によれば、膨張式リトラクタは、少なくとも第1のチャンバと、第2のチャンバと、通気圧を受け入れるポートを含んだリトラクタシャフトと、を含む膨張式素子を備える。膨張式素子は、リトラクタシャフトの遠位端に取り付ける。膨張式素子は、膨張式素子に流体を通気するとコンパートメントを形成するように構成されている。ここで用いた流体という用語は、有用な流体の一種として空気をも示すものである。
【0010】
添付図面は、ここに開示した代表的な実施形態をより十分に説明するために用いられるものであり、また、当業者は各図面を参照することにより、各実施形態およびその固有の利点をさらによく理解することができる。各図面において、同様の参照符号は同じ構成要素を示す。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明の特徴に係るリトラクタの一例を示す部分斜視図であり、抜気状態の膨張式素子を示す図である。
図2】本発明の特徴に係るリトラクタの一例を示す部分斜視図であり、展開を開始した膨張式素子を示す図である。
図3】本発明の特徴に係るリトラクタの一例を示す部分斜視図であり、膨張状態にある膨張式素子を示す図である。
図4】本発明の特徴に係るリトラクタの一例を示す部分斜視図であり、膨張状態にある膨張式素子を示す図である。
図4A】本発明の特徴に係るリトラクタの一例に関連して用いるバルブの斜視図である。
図5】本発明の特徴に係るリトラクタの一例を示す上面図であり、膨張状態にある膨張式素子を示す図である。
図6】本発明の特徴に係る、外側配置シャフト内に位置した膨張式素子の断面図である。
図7】本発明の特徴に係る、部分的に膨張した状態の膨張式素子の断面図である。
図8】本発明の特徴に係る、部分的に膨張した別の状態の膨張式素子の断面図である。
図9】本発明の特徴に係る、部分的に膨張した状態の膨張式素子の断面図である。
図10】本発明の特徴に係る、膨張した状態の膨張式素子および任意選択の隆起(bumps)を示す図である。
図11図11は腹腔鏡手術中の患者の部分概略図であり、本発明の特徴に係る膨張式リトラクタの初期配置を示す図である。
図12】腹腔鏡手術中の患者の部分概略図であり、本発明の特徴に係る膨張式リトラクタへの通気を示す図である。
図13】腹腔鏡手術中の患者の部分概略図であり、本発明の特徴に係る膨張式リトラクタが腸と係合した状態を図示している。
図14】患者の概略図であり、腹腔鏡手術による虫垂切除の際に本発明の膨張式リトラクタをどのように使用するのかを示す図である。
図15A】本発明の特徴に係る膨張式リトラクタの別の例を示す斜視図である。
図15B図15Aに図示した膨張式リトラクタの、クラウンを除いた斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
本発明は、腹腔鏡手術に使用するリトラクタであって、特定の臓器の腹腔鏡手術において視界から臓器を圧排するために用いるリトラクタに関する。ただし、本発明における膨張式リトラクタの用途は腹腔鏡手術に限定されず、開腹手術や胸鏡手術、内視鏡手術を含む幅広い用途に適用可能である。
【0013】
図1図10を参照すると、膨張式リトラクタ10は、例えば図2図4および図6図10に図示したように、内面14および外面16を有する膨張式素子12であって、リトラクタシャフト18の遠位端に設けた膨張式素子12を備える。膨張式素子12は、抜気状態においては、膨張式素子は器具の遠位端のシャフト12の周囲に巻回可能であり、膨張時には、膨張式素子12は傘のように開いてその内部に臓器を捕捉する。このように、リトラクタ10は抜気状態においては、干渉せずに簡単に配置可能であり、膨張状態においては、主要な臓器を圧排可能な装置として十分に機能する。
【0014】
膨張式素子12に通気するため、リトラクタシャフト18は空洞であり、空気等の通気流体(図4)を受け入れる内部チャネル(図示せず)に連通するポート20を備え、膨張式素子12を拡張および膨張させる。リトラクタシャフトの内部チャネルは、内部チャネルを経由して別の腹腔鏡手術用器具(例えば、把持具(grasper)等)を配置可能とする十分な大きさとすることにより、リトラクタ10を伸長トロッカーとして使用可能となる。5mmカメラをリトラクタ10の内部チャネル経由で配置してもよく、そうすれば、リトラクタ10による視界障害を最小化することができる。さらに、図4では、リトラクタシャフト18の近位端にあるポート20を図示したが、その位置は、処置をする間患者の体外にとどまることができる位置であればリトラクタシャフト18上のどの位置でもよいことを理解されたい。例えば、図11図13には、リトラクタシャフト18の側部に配置したポート20を図示している。この場合、バルブ22をポート20に結合して用いて、外科医が膨張式素子12への通気を制御できるようにする。
【0015】
図4を再度参照すると、膨張式素子12に流体を通気すると、膨張式素子12はコンパートメント24を形成するように構成されている。本明細書における「コンパートメント」とは、三次元の立体空間であり、その内部に臓器を保持できる空間であると定義する。このように「コンパートメント」はボウル状または逆さにした傘様の形状であるため、臓器または組織の少なくとも一部をコンパートメント内に拘束することができる。このようにしてコンパートメント24は、コンパートメント24後方の臓器を捕捉して、臓器を視界から一掃する。図4に図示したように、コンパートメント24は、好ましくは傘様形状とする。ただし、コンパートメント24は用途および設計上の志向に応じ、別の任意の形状としてもよい。例えば、コンパートメント24はより平坦かつV字型の形状にして、胆嚢等の臓器をおおよそ隔離したり、腹部内の癒着を安全に剥離してもよい。
【0016】
同様に、膨張式素子12は円状として図示しているが、楕円形、長方形、ひし形、三角形、または正方形等その他の形状とすることもでき、それらに限定されないことを理解されたい。さらに、膨張式素子12は左右対称として図示したが、用途および設計上の志向に応じて、左右非対称としてもよいことを理解されたい。このように、膨張式素子12は用途および設計上の志向に応じて、任意の大きさおよび構成を有するように製造することができる。
【0017】
膨張式素子12は、いったん膨張すると剛化する素材で形成し、大きな臓器、例えば重さ5ポンド(約2,270g)程にもなる腸等を把持できる程度の引張強度を有することが好ましい。また、膨張式素子12は、不活性化合物で形成することが好ましく、ラテックスアレルギー患者に炎症がおきないようにする。素材の例として、例えば、ポリウレタン、シリコン、ポリエチレン等任意のプラスチック系またはポリマー系素材が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
【0018】
さらに、膨張式素子12は、対象とする特定の臓器を把持するのに十分な大きさと構造を備えているべきである。例えば、腸を圧排する場合は、膨張式素子12の幅を腹腔の断面図の50%〜75%までとすることができる。さらに膨張式素子12は十分な厚みを有して、裏返しになってしまうことを防ぐことが必要である。しかしながら、用途および設計上の志向に応じて、その他の大きさおよび形状としてもよい。同様にリトラクタシャフト18は、剛直かつ頑丈な素材で形成して、膨張式素子12および素子内に保持した臓器を把持できるようにする必要がある。そのような素材の例としては、ポリエチレン、シリコン、ポリウレタン、または任意のプラスチックまたはポリマー系の素材を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0019】
膨張式素子12が裏返しになってしまうことをさらに確実に防止するため、支持体25を膨張式素子12とリトラクタシャフト18との間に設置してもよい(図4)。支持体25の構成と大きさは、設置スペースを最小限に抑えつつ、最大限の支持力を得られるものとすることが好ましい。好ましい実施形態において、支持体25を膨張式として、膨張式素子12と同一素材で作成する。ただし、支持体25は、用途および設計上の志向に応じて、特定の形状、構造、および素材で構成する。
【0020】
図4図5、および図7を参照すると、膨張式素子12内の様々な場所にバルブ27を設けて、膨張式素子12への通気を制御する。図4Aを参照すると、バルブ27は、その中央に設けた仕切り29により二分される構成とし、仕切り29を90度〜180度捻転させることで、流量リストリクタとして機能するものである。通気圧が低い場合、第1のコンパートメントを膨らませるにはより高い背圧を要するため、捻転可能な仕切り29によりバルブを栓として用いる。適切に通気した後は、捻転可能な仕切り29により空気が通過できるようにして第2のコンパートメントを充填することにより、リトラクタ10を「段階的」に膨らませることができる。
【0021】
図4図5、および図7に示す好ましい実施形態によれば、バルブ27を膨張式素子12の内面14と外面16との間の効果的な位置に配置して、膨張式素子12を段階的に通気する。図4Aに示す好ましい実施形態によれば、段階的な通気により、第1の膨張式チャンバ31A(図7参照)を最初に膨らませ、続いて第2の膨張式チャンバ31B、その次に第3の膨張式チャンバ31Cを膨らませる。
【0022】
例えば、第1の膨張式チャンバ31Aが所定の通気圧に達すると、第1の膨張式チャンバ31Aと第2の膨張式チャンバ31Bとの間に配置した各バルブ27が開いて、第2の膨張式チャンバ31Bに流体を通気するように、膨張式素子12を設計することができる。同様に、第2の膨張式チャンバ31Bが所定の通気圧に達すると、第2の膨張式チャンバ31Bと第3の膨張式チャンバ31Cとの間に配置した各バルブ27が開いて、第3の膨張式チャンバ31Cに流体を通気することができる。
【0023】
図15A図15Bに示す別の例示的な実施形態において、2つの独立した別個のチャンバ33Aとチャンバ33Bが図示される。こうすれば、1本以上のチューブを用いて各チャンバを別々に通気できるため、各チャンバ内の気圧を異ならせることができる。例えば、膨張式素子12の外周縁すなわちクラウン(crown)33Aは低い気圧で充填して圧排の際に腸への損傷を最小限に抑制することができる一方、基部は高い気圧で充填して剛性を与えることで、器具の安定性を高くすることができる。第2のチャンバ33Bは、付加的な(extra)管部Tによって連結した支持素子Sを含み、連結した管部Tと支持素子Sは1つの球面を構成する。
【0024】
したがって、ユーザは、異なるチャンバ33Aおよびチャンバ33Bへの通気圧をそれぞれ制御して、各チャンバ内を特定および/または異なる圧力とすることができる。さらに、各支持素子Sはそれぞれ別個に膨張させてもよく、膨張素子を非対称に通気することが可能となり、それにより単一の大きな側方観測窓部を提供することができる。
【0025】
例示した実施形態においては、2つのチャンバを図示したが、用途および設計上の志向に応じて、チャンバの数は任意とすることができることを理解されたい。周囲の組織への付着力を高めて圧排力を最大化するため、図10に図示したように、内面14に隆起(bumps)28を設けてもよい。さらに、膨張式素子12(図4)の外側端縁部26を楔形または扇型として、周囲の組織への付着力をさらに高めてもよい。膨張式素子12上には、腸や血管に損傷を与えうる鋭利な縁部や硬い物質を用いないようにすることが重要である。しかしながら、隆起28と外側の楔形エッジ26は必須ではなく、特に膨張式素子12を構成する素材の表面荒さがが十分に高い場合には設けなくてもよい。
【0026】
図3図5を参照すると、膨張式素子12には複数の窓部30を設けることができる。窓部30は十分に大きくして、リトラクタ10の外部表面16の向こう側が見通せる視界を得られるものでなければならない。つまり、窓部30は外科医がリトラクタ10の向こう側を見ることができるような大きさでなければならない。窓部30は、用途や設計上の志向に応じて、任意の大きさ、形状、様式、構成とすることができる。さらに、各窓部30は、以下に詳細に述べるように、窓部30を通ってその他の器具を配置するのに十分な大きさとする必要がある。
【0027】
図7図9を参照すると、膨張式素子12の通気のレベルを異ならせて、コンパートメント24の構成が通気のレベルによって変化するようにしてもよい。例えば、特に、図7図9に図示した実施形態において、膨張式素子12の陥凹量は膨張式素子12への通気圧を変化させることで調節可能である。図7に図示したように、膨張式素子12の通気レベルを低くした場合、コンパートメントをより小さく深いものとすることができる。この場合、リトラクタシャフト18の縦軸と膨張式素子12の主要軸との間の角度αは比較的小さい。それに対して、図8に図示する平坦化したコンパートメントにおいては、膨張式素子12の通気レベルを中程度としている。この場合、リトラクタシャフト18の縦軸と膨張式素子12の主要軸との間の角度α図7の角度αよりも大きい。
【0028】
さらに、図9に図示するさらに平坦化したコンパートメント24においては、膨張式素子12の通気レベルを高くている。この場合、リトラクタシャフト18の縦軸と膨張式素子12の主要軸の間の角度αは、図7における角度αおよび図8における角度αよりも大きい。好ましくは、リトラクタシャフト18の縦軸と膨張式素子12の主要軸との間に形成される角度αは0度から90度とし、より好ましくは、20度から70度とする。リトラクタが使用中に裏返しにならないような角度を選択することが重要である。選択すべき最適な角度は、膨張式素子12の大きさや厚み、構成によっても異なる。
【0029】
例えば、図7を参照すると。通気レベルは、バルブ22を介して外科医により完全に制御されている。外科医はバルブ22を操作して通気の度合いを制御するだけでなく、リトラクタ10の最終的な剛性と形状を制御することができる。このようにして、通気過程を徐々に実施することができ、癒着箇所においても腸を徐々に圧排して剥離することができる。しかしながら、用途や設計上の志向に応じて、他の方式の機構により膨張式素子を通気してもよいことを理解されたい。
【0030】
例えば、膨張式素子12の圧力を表示する圧力計を設けてもよい。圧力計を膨張式素子12と協働させて、圧力が所定のレベルを超えた場合に膨張式素子12の特定のチャンバをしぼませるようにしてもよい。このように、完全に膨張した状態の膨張式素子12は、腸へ負荷される荷重を制限する負荷制限器を内部に実装可能となる。さらに、チャンバをしぼませる値と内圧のレベルの相関関係はあらかじめ設定しておいてもよく、トロッカーに注入すべき適切な空気量についてユーザに知らせておく必要がある。
【0031】
図1図2、および図6を参照して、リトラクタ10の配置に関してより詳細に説明する。特に、膨張式素子12は外側配置シャフト34内に収容する。例えば、図1図2、および図6に図示したように、外側配置シャフト34は、抜気状態の膨張式素子12を内部に保持可能とするように構成することが好ましい。こうすれば、膨張式素子12はリトラクタシャフト18の周囲に位置して、外部配置シャフト34の内部チャネル内に収まる。
【0032】
図11図14を参照すると、外部配置シャフト34は、標準的なトロッカー誘導型カニューレとして構成することができる。特に、外側配置シャフト34は、その遠位端すなわち挿入端部38に、患者の身体に挿入するカニューレ36を備え、近位端40には、患者の体外に留め置くカニューレハンドル42を備える。外側配置シャフト34の材料としては、ポリエチレン等、消毒が簡単で、生体適合性および耐久性を有する素材を使用することができる。
【0033】
リトラクタ10を外側配置シャフト34と結合した状態を図示しているが、外側配置シャフト34を使用せずにリトラクタ10を任意の腹腔鏡用ポートに挿入可能であることを理解されたい。この場合、リトラクタを既存のポートに直接挿入する。したがって、リトラクタ10については、任意の特定の筐体またはシャフト、あるいは患者の体内への挿入方法について特に限定されない。
【0034】
図11図13を参照すると、リトラクタ10は標準的なトロッカー、例えば10/12mmトロッカーを介して配置することができるが、用途および設計上の志向に応じて、任意の大きさのトロッカーを使用可能である。例えば、リトラクタ10を、5mmトロッカーがようやく通る大きさに設計して、効率を最適化することも可能である。
【0035】
特に図11を参照すると、リトラクタ10を患者の身体46のポート44に挿入することができる。特に、圧排しようとする臓器の方へ向かってリトラクタ10を外側配置シャフト34から押し出す。前述したように、外側配置シャフト34は、トロッカー誘導型カニューレの一部としてもよいが、例えば図4に図示したような別個のシャフトとしてもよい。リトラクタ10の膨張式素子12は抜気状態で配置する。前述したように、膨張式素子12は、リトラクタ導入の際、膨張式素子12をリトラクタシャフト18付近に留め置くことができる程度の表面粗さを有することが好ましい。このように膨張式素子12の自己接着性により、前述したように、外側配置シャフトを用いずに、膨張式素子12を既存のポートに配置可能となる。
【0036】
引き続き図11を参照すると、リトラクタ10は圧排しようとする臓器よりも先のほうへ導入する。図11に図示されているように、リトラクタ10は腸48の下に配置する。リトラクタ10を適切な位置に配置したら、外科医はバルブ22を操作し、図12に図示したように膨張式素子12を膨らませる。特に、ポンプ50を設けて、通気する流体を膨張式素子12に誘導してもよい。膨張式素子12には塩水等の液体および二酸化炭素等の気体を含む任意の流体を充填することができ、特に限定されない。ポンプ50は用途および設計上の志向に応じて、腹部に二酸化炭素を通気するために使用したのと同じものを用いても、それとは別のポンプでも良い。例えば、血圧測定に用いる手持ち式のポンプと同様のポンプも使用可能である。好ましくは、ポンプを通気用ポートに取り付け可能とし、それにより外科医は適切な流体の量を手動で膨張式素子に通気することができる。
【0037】
さらに前述のように、外科医はバルブ22を操作することにより、リトラクタ10の通気レベルを制御する。つまり、リトラクタ10は、例えば図7図9に図示したような異なるレベルで充填され、膨張式素子12の最終的な形状と剛性は装置に通気した流体の量によって決まる。膨張式素子12に流体を通気すると、膨張式素子12は傘が開くときのように開放し、リトラクタシャフト18から離れていく。いったん適切な向き、大きさ、剛性を有すると、膨張式素子12を固定してその裏側にある臓器を捕捉して、保持する。
【0038】
図13を参照すると、臓器(この場合、腸48)を膨張式素子12内に捕捉したら、外科医はリトラクタシャフト18を後方に引いて、術野52の視界から取り除く。図13に図示したように、リトラクタ10はクランプ(cramp)54を介して所定の位置に固定してもよい。クランプ54は円形状であり、リトラクタシャフト18の外面に設けた外側隆起帯56と掛合する内側隆起帯(inner ridges)(図示せず)を備え、リトラクタ10を所定位置に維持することが好ましい。互いに対応する隆起帯同士により、クランプはリトラクタ10を外側配置シャフト34またはカニューレ上から滑落せずに留め置くことが可能となる。クランプ54はヒンジ式で、リトラクタシャフト18を中心に円周方向に閉じる(例えば、掛け金(latch)等の)簡易ロッキング機構を有することが好ましい。閉じた際には、クランプ54は外側配置シャフト34の上部またはカニューレ上に留まり、外側配置シャフト34からリトラクタ10が滑り落ちることを防ぐことにより、さらなる補助の必要性を事前に潜在的に除去する。
【0039】
次に、腹腔鏡(図示せず)をバルーンまたは窓部30よりも先へ前進させ、バルーンまたは窓部が視界の中に入らないようにすることができる。さらに、カニューレ59等を介してその他のポートを経由して1つまたはそれ以上の外科用器具58を前進させて、腹腔鏡下における特定の手順を実行してもよい。いったん手術が完了すれば、バルブ22を開いて膨張式素子12を抜気し、抜気した膨張式素子12を患者の体内から取り出す。代案として、膨張式素子12を容易に穿刺できるようにして、通気した流体を患者の体内に流出させてから膨張式素子12を取り出すようにすれば、迅速な除去が可能となる。
【0040】
本発明の特徴によるリトラクタ10は、配置および移動が簡単である。リトラクタ10の形状と剛性は可変であり、外科医または助手により制御する。そのため、リトラクタ10は、手術症例数の多い外科医、または腹腔または骨盤腔における深部組織の手術をする際に繊細で複雑な切開をするため静止した術野を必要とする外科医にとって特に有用である。リトラクタ10により、周辺臓器に外傷を与えることなく安定して圧排可能となり、より安全で効果的な手術ができるようになる。
【0041】
さらに、本発明のリトラクタ10は、安全かつ安定して周辺臓器を隔離および圧排して、対象臓器を明瞭に可視化することができる。リトラクタ10は腹部の複数の四分円部位に使用可能であり、健康な腸および実質臓器に損傷を与えることがない。リトラクタ10は腹腔鏡ポート経由で簡単に配置でき、かつ器具を使用するにあたり高度な腹腔鏡化手術トレーニングを必要としない。
【実施例1】
【0042】
図14を参照して、本発明のリトラクタ10を、腹腔手術との関連で説明する。具体的には、外科医はハッソン(Hasson)トロッカー60により臍下切開し、安全に腹腔侵入する。患者62には、腹腔の右下四分円部位に炎症虫垂64を原因とする癒着がある。第1の5mmトロッカー66を恥骨上の位置に挿入し、第2の5mmトロッカー68を左下四分円部位に配置する。左上四分円部位のカニューレ34内の切開部70を経由してリトラクタ10を配置し、把持具(図示せず)を5mmのトロッカー66および68内に配置する。膨張式素子12を術野に入れる。腸を虫垂64から左上四分円部位に圧排し、膨張式素子12を通気して展開させる。
【0043】
膨張式素子12が傘のように螺旋状に開放すると、膨張式素子12の裏側にある腸を意図的に捕捉する。外科医は、膨張式素子12の裏側にある腸の位置を徐々に決めるように援助してもよい。外科医は、膨張式素子12の通気圧を調整して適切な圧排力と剛性が得られるようにする。その後、リトラクタ10を後方に引き戻して、虫垂64の周辺にさらに多くのスペースを作る。腹腔鏡の位置を調節してリトラクタ10によって視界が妨げられないようにすることができる。そのためには、膨張式素子12をさらに術野から後退させる、または内視鏡の位置を調整して、膨張式素子12の窓部30越しに視界を得るようにすることができる。こうして虫垂64は明瞭に可視化され、術野に腸がなだれ込む事なく、手術を安全かつ効果的に行うことができる。虫垂64を取り除いたら、膨張式素子12を抜気して、リトラクタ10を腹腔から取り出す。
【0044】
以上、リトラクタ10について、主に腹腔鏡手術中に視界から臓器を圧排することに関連して説明したが、その他の用途、例えば、対象臓器または癒着面を切開するための切開器具等として用いることもでき、特に限定されないことを理解されたい。例えば、リトラクタ10の通気性により、癒着面を非侵襲的に剥離することが可能となる。リトラクタ10は、止血やタンポン法などにも有用である。特に、その不活性材料を圧縮デバイスとして用いて、損傷血管からの出血や腸切開による胃腸からの内容物の漏出を最小限にすることができる。リトラクタ10を胸部手術に使用して、肺または肺静脈を隔離することもできる。しかしながら、リトラクタ10は、用途および設計上の志向に応じて、種々の使用方法があることを理解されたい。
【0045】
本発明をその好適な実施形態に基づき説明したが、添付の特許請求の範囲に定義した本発明の趣旨および範囲から逸脱しない範囲で、特に記載していない種々の追加、削除、変更、改変が当業者によって実施可能であることを理解されたい。
図1
図2
図3
図4
図4A
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15A
図15B