特許第5989087号(P5989087)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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特許5989087充電池用のガラスコーティングされたカソード粉末
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】5989087
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】充電池用のガラスコーティングされたカソード粉末
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/525 20100101AFI20160825BHJP
   H01M 4/36 20060101ALI20160825BHJP
   H01M 4/505 20100101ALI20160825BHJP
   H01M 10/0565 20100101ALI20160825BHJP
   H01M 10/052 20100101ALI20160825BHJP
【FI】
   H01M4/525
   H01M4/36 C
   H01M4/505
   H01M10/0565
   H01M10/052
【請求項の数】15
【全頁数】24
(21)【出願番号】特願2014-503058(P2014-503058)
(86)(22)【出願日】2012年3月20日
(65)【公表番号】特表2014-513392(P2014-513392A)
(43)【公表日】2014年5月29日
(86)【国際出願番号】EP2012054883
(87)【国際公開番号】WO2012136473
(87)【国際公開日】20121011
【審査請求日】2013年12月25日
(31)【優先権主張番号】11002872.7
(32)【優先日】2011年4月6日
(33)【優先権主張国】EP
(31)【優先権主張番号】61/457,492
(32)【優先日】2011年4月11日
(33)【優先権主張国】US
(73)【特許権者】
【識別番号】502270497
【氏名又は名称】ユミコア
(74)【代理人】
【識別番号】100068618
【弁理士】
【氏名又は名称】萼 経夫
(74)【代理人】
【識別番号】100104145
【弁理士】
【氏名又は名称】宮崎 嘉夫
(74)【代理人】
【識別番号】100104385
【弁理士】
【氏名又は名称】加藤 勉
(74)【代理人】
【識別番号】100163360
【弁理士】
【氏名又は名称】伴 知篤
(72)【発明者】
【氏名】パウルゼン,ジェンズ
(72)【発明者】
【氏名】デ パルマ,ランディ
(72)【発明者】
【氏名】キム,ジヘ
【審査官】 ▲辻▼ 弘輔
(56)【参考文献】
【文献】 特開2010−129470(JP,A)
【文献】 国際公開第2010/079965(WO,A2)
【文献】 特開2009−054583(JP,A)
【文献】 特表2004−519082(JP,A)
【文献】 特表2012−514834(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/00 − 62
H01M 10/05 − 0587
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
充電池中に使用するためのカソード活物質であって、コーティングされたリチウムニッケル酸化物粉末またはコーティングされたリチウムニッケルマンガン酸化物粉末を含み、前記粉末が、ガラス質表面コーティングが設けられた一次粒子で構成され、
前記ガラス質表面コーティングが、リチウム受容特性を有するリチウムシリケート化合物を含み、
前記一次粒子が、
− LiNix’Coy’z’2±e(式中、0.9<a<1.1、0.5≦x’≦0.9、0<y’≦0.4、0<z’≦0.35、e<0.02、0≦f≦0.05、および0.9<(x’+y’+z’+f)<1.1であり;Nは、Al、Mg、およびTiの群のいずれか1つまたは複数の元素からなり;Aは、SおよびCのいずれか一方または双方からなる)、および
− Li1+a’M’1−a’2±bM”(式中、−0.03<a’<0.06、b<0.02であり、M’=Nia”Mnb”Coc”(式中、a”>0、b”>0、c”>0、およびa”+b”+c”=1であり;a”/b”>1である)であり;
M”は、Ca、Sr、Y、La、Ce、およびZrの群のいずれか1つまたは複数の元素からなり、質量%の単位で0≦k≦0.1であり;mはmol%の単位で表され、0≦m≦0.6である)
のいずれか一方であり、
前記リチウムシリケート化合物はLiSi11である、
カソード活物質。
【請求項2】
前記ガラス質表面コーティングがLi3−2yPO4−y化合物およびLi3−2zBO3−z化合物(式中、0<y<1.5および0<z<1.5である)のいずれかまたは双方を含む、請求項1に記載のカソード活物質。
【請求項3】
前記カソード活物質は、1000ppm〜1質量%のSiを含む、請求項1または請求項2に記載のカソード活物質。
【請求項4】
前記カソード活物質は、前記一次粒子1mol当たり、0.05〜0.5mol%のガラス質表面コーティングを含む、請求項1乃至請求項3のうちいずれか一項に記載のカソード活物質。
【請求項5】
前記一次粒子が、Li1+a’M’1−a’2±bM”(式中、M’=Nia”Mnb”Coc”(式中、1.5<a”/b”<3、0.1≦c”≦0.35である)である)である、請求項1に記載のカソード活物質。
【請求項6】
0.5≦a”≦0.7である、請求項5に記載のカソード活物質。
【請求項7】
請求項1乃至請求項6のうちいずれか一項に記載のカソード活物質の調製方法であって:− リチウム遷移金属系酸化物粉末を供給する工程、
− LiSi11化合物を含むアルカリ無機化合物を供給する工程、
− 前記リチウム遷移金属系酸化物粉末と前記アルカリ無機化合物を混合して、粉末−無機化合物混合物を形成する工程、及び
− 前記混合物を300〜500℃の温度Tで熱処理することによって、Li2−x”SiO3−0.5x”化合物(式中、1.6<x”<2である)を含むガラス質表面コーティングを形成する工程とを含み、
前記ガラス質表面コーティングの表面側はLiSi11から構成される、方法。
【請求項8】
前記熱処理が酸素を含む雰囲気中で行われる、請求項7に記載の方法。
【請求項9】
前記アルカリ無機化合物がナノメートルサイズの乾燥粉末として供給され、前記混合物の前記熱処理中、前記ナノメートルサイズの乾燥粉末が焼結して、前記遷移金属系酸化物粉末の表面にガラス質表面コーティングの形態で付着する、請求項7または請求項8に記載の方法。
【請求項10】
前記アルカリ無機化合物が前記アルカリ無機化合物の水溶液として供給され、前記混合物の前記熱処理中、前記水溶液からの水が蒸発し、前記アルカリ無機化合物が乾燥して、前記金属系酸化物粉末の表面上にガラス質表面コーティングを形成する、請求項7または請求項8に記載の方法。
【請求項11】
前記リチウム遷移金属系酸化物粉末が、
− LiNix’Coy’z’2±e(式中、0.9<a<1.1、0.5≦x’≦0.9、0<y’≦0.4、0<z’≦0.35、e<0.02、0≦f≦0.05、および0.9<(x’+y’+z’+f)<1.1であり;Nは、Al、Mg、およびTiの群のいずれか1つまたは複数の元素からなり;Aは、SおよびCのいずれか一方または双方からなる)、および
− Li1+a’M’1−a’2±bM”(式中、−0.03<a’<0.06、b<0.02であり、M’=Nia”Mnb”Coc”(式中、a”>0、b”>0、c”>0、およびa”+b”+c”=1であり;a”/b”>1である)であり;M”は、Ca、Sr、Y、La、Ce、およびZrの群のいずれか1つまたは複数の元素からなり、質量%の単位で0≦k≦0.1であり;mはmol%の単位で表され、0≦m≦0.6である)
のいずれか一方からなる、請求項7乃至請求項10のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項12】
前記リチウム遷移金属系酸化物粉末がLi1+a’M’1−a’2±bM”(式中、M’=Nia”Mnb”Coc”(式中、1.5<a”/b”<3、0.1≦c”≦0.35である)である)からなる、請求項11に記載の方法。
【請求項13】
0.5≦a”≦0.7である、請求項12に記載の方法。
【請求項14】
前記混合物の前記熱処理が350〜450℃の温度Tで少なくとも1時間行われる、請求項7乃至請求項13のうちいずれか一項に記載の方法。
【請求項15】
請求項1乃至請求項6のうちいずれか一項に記載のカソード活物質の、リチウムイオン角型電池またはポリマー電池中での使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、リチウム吸収性ガラス質コーティングでコーティングされている、充電池中に使用するためのリチウム遷移金属酸化物系粉末に関する。特に、高温安定性を改善するために高ニッケル含有粉末が使用される。
【背景技術】
【0002】
従来、LiCoOは、最も使用された充電式リチウム電池用カソード材料であった。しかし、近年、LiCoOの代わりに、リチウムニッケル酸化物系カソードおよびリチウムニッケルマンガンコバルト酸化物が使用されるようになっている。これらの代用材料においては、金属組成の選択によって様々な制約が生じたり、依然として問題を解決する必要があったりする。単純化のために、用語「リチウムニッケル酸化物系カソード」はさらに「LNO」と呼ばれ、「リチウムニッケルマンガンコバルト酸化物」はさらに「LNMCO」と呼ばれる。
【0003】
LNO材料の一例は、LiNi0.80Co0.15Al0.05である。国際公開第2010/094394号パンフレットに記載される特殊な種類のLNO材料も存在する。これは、一般式LiNiCo2±eを有する材料に関するものである(式中、0.9<a<1.1、0.3≦x≦0.9、0<y≦0.4、0<z≦0.35、e<0.02、0≦f≦0.05、および0.9<(x+y+z+f)<1.1であり;Mは、Al、Mg、およびTiの群からのいずれか1つまたは複数の元素からなり;Aは、SおよびCのいずれか一方または双方からなり、材料組成、すなわちそのNiおよびM含有量は粒径によって決まる)。LNOは、高い容量を有するが、概して二酸化炭素を含有しない雰囲気(たとえば純酸素雰囲気)を必要とし、炭酸リチウムの代わりに水酸化リチウムなどの特殊なカーボネート非含有前駆体が使用されるため、調製が困難である。したがって、このような製造の制限のために、この材料のコストは大きく増加する傾向にある。
【0004】
LNOは、非常に不安定なカソード材料でもある。これは空気中で十分には安定性でなく、そのため大規模な電池製造がより困難となり、実際の電池中では、熱力学的安定性が低いため、不十分な安全記録の原因となっている。最後に、可溶性塩基の含有率が低いリチウムニッケル酸化物の製造が非常に困難である:表面付近に位置するリチウムは熱力学的安定性が低く、溶液に溶けてゆく可能性があり、一方バルク中のリチウムは熱力学的に安定であり溶解が生じないことが知られている。したがって、表面の低い安定性とバルク中の高い安定性との間でLi安定性の勾配が存在する。イオン交換反応(LiMO+δH←→Li1−δδMO+δLi、Mは1種類以上の遷移金属である)に基づき、「可溶性塩基」含有量をpH滴定で測定することによって、Li勾配を確認することができる。この反応の程度が表面特性となる。同時係属出願の欧州特許第11000945.3号明細書に記載されるように、可溶性塩基はLiOH型またはLiCO型であってよい。
【0005】
米国特許出願公開第2009−0226810A1号明細書には、可溶性塩基の問題がさらに議論されている。高塩基含有量が、電池製造中の問題としばしば関連するため、この「可溶性塩基」の問題は重大となる:スラリーの製造およびコーティングの間に、高塩基含有量がスラリーの劣化(スラリーの不安定性、ゲル化)を引き起こし、そして高塩基含有量は高温曝露中の過剰のガス発生(電池の膨張)などの不十分な高温特性の原因ともなる。フレキシブルケーシングの場合、たとえば円筒形セルを除いた角型またはパウチ型などのあらゆる設計において、電池の不具合であるセルの膨張が起こる。
【0006】
LNMCOの一例は周知のLi1+x1−xである(式中、M=Mn1/3Ni1/3Co1/3であり、マンガンおよびニッケルの含有量はほぼ同じである)。「LNMCO」カソードは、非常に堅牢であり、調製が容易であり、コバルト含有量が比較的低く、したがって一般にコストが低くなりやすい。これらの主要な欠点は、可逆容量が比較的低いことである。通常、4.3〜3.0Vで、LNOカソードの場合の180〜190mAh/gと比較して、容量は約160mAh/g以下である。LNOと比較したLNMCOのさらなる欠点は、比較的結晶密度が低いことであり、そのため体積容量も低く、電子伝導率も低い。
【0007】
LNO型材料とLNMCO型材料との間に、我々は「ニッケルに富むリチウムニッケルマンガンコバルト酸化物」であるLi1+x’1−x(式中、M=Ni1−x−yMnCoまたはM=Ni1−x−y−zMnCoAlであり、Ni:Mnは1を超え、すなわち概してNi:Mnの値は1.5〜3であり、Co含有量「y」は概して0.1〜0.3(0.1≦y≦0.3)であり、0≦z≦0.05である)を設定することができる。簡略化のため、本発明者らは、この種類の材料を「LNMO」と呼ぶ。例えは、M=Ni0.5Mn0.3Co0.2、M=Ni0.67Mn0.22Co0.11、そしてM=Ni0.6Mn0.2Co0.2である。特殊な種類のLNMO材料が国際公開2009/021651号パンフレットに記載されている。これは、Li1+a1−aO2±bM’に関する(式中、−0.03<a<0.06、b≒0(またはb<0.02)であり、Mは遷移金属組成物であり、少なくとも95%のMは、Ni、Mn、Co、およびTiの群のいずれか1つまたは複数の元素からなり;M’は、粉末状酸化物の表面上に存在し、M’は、Ca、Sr、Y、La、Ce、およびZrの群のいずれか1つまたは複数の元素からなり、質量%の単位で0.0250<k≦0.1であり;mはmol%の単位で表され、0.15<m≦0.6である)。
【0008】
LNOと比較すると、LNMOは、標準的な方法(LiCO前駆体を使用)によって調製することができ、酸素などの特殊なガスは不要である。LNMCOと比較すると、LNMOは、固有容量がはるかに高く、おそらく高温での電解質との反応(通常はMnの溶解を特徴とする)の傾向がより低い。したがって、LNMOが、LiCoOの代用として主要な役割を果たすことは明らかである。一般に、Ni:Mn比の増加とともに塩基含有量が増加し、安全性能が低下する傾向にある。
【0009】
LNO中では、ほとんどのNiは2価である。LNMO中では、一部のニッケルは2価であり、一部のニッケルは3価である。一般に、Ni(3+)が増加すると、
(1)可逆容量(特定の電圧範囲において)が増加し、
(2)高品質生成物の調製がより困難となり、
(3)生成物が、より不安定となり(水分、空気曝露などに対して)、そして
(4)可溶性塩基含有量が増加する、
という傾向が存在する。
【0010】
一般に、LNOは塩基含有量が非常に高く、LNMCOは比較的含有量が低い。LNMOは、塩基がLNOよりも少ないが、LNMCOよりは多い。高Mn含有量は安全性の向上を促進することが広く認められている。
【0011】
高塩基含有量は、感湿性と関連している。これに関して、LNMOは、LNOよりも感湿性が低いが、LNMCOよりは高い。調製直後、適切に調製されたLNMOサンプルは、表面塩基の含有量が比較的低く、適切に調製された場合には、表面塩基の大部分はLiCO型塩基ではない。しかし水分の存在下で、浮遊COまたは有機ラジカルがLiOH型塩基と反応して、LiCO型塩基を形成する。同様に、消費されたLiOHは
バルクからのLiによってゆっくりと再生成され、それによって全塩基(全塩基=LiCO+LiOH型塩基のmol数)が増加する。同時に、水分(ppm HO)が増加する。これらの過程は、電池製造において非常に不都合となる。LiCOおよび水分は、激しい膨張の原因となり、スラリー安定性を低下させることが知られている。したがって、LNMO材料およびLNO材料の感湿性を低下させることが望まれている。
【0012】
熱安定性(安全性)は、電解質とカソード材料との間の界面安定性と関連している。表面安定性を改善する典型的な方法の1つは、コーティングによる方法である。従来のコーティングの多くの異なる例が、一般に文献中、特に特許文献中で利用可能である。コーティングを分類するための種々の方法が存在する。たとえば、場外(ex−situ)コーティングと、現場(in−situ)コーティングとを区別することができる。場外コーティングでは、層が粒子上にコーティングされる。コーティングは、乾式または湿式のコーティングにより得ることができる。一般に、コーティングは、少なくともコーティング工程と、一般に追加の加熱工程とを含む、別個のプロセスが適用される。したがって、プロセスの全コストが高くなる。あるいは、場合によっては、現場コーティング−または自己組織化コーティング−が可能である。この場合、コーティング材料は加熱前に前駆体ブレンドに加えられ、加熱中に別個の相を形成し、好ましくはコーティング相が液体となり、LiMOとコーティング相との間のぬれ性が大きい場合は、薄くて緻密なコーティング相が、最終的に電気化学的活性のLiMO相を覆う。コーティング相がコアをぬらす場合、確かに現場コーティングのみ効率的となる。
【0013】
カチオン性コーティングとアニオン性コーティングでも区別することができる。カチオン性コーティングの一例は、Alコーティングである。アニオン性コーティングの例は、フッ化物、ホスフェート、シリケートコーティングなどである。米国特許出願公開第2010−0190058号明細書には、リチウム金属酸化物粒子に、リチウム−金属−ポリアニオン性、リチウム−金属−ホスフェート、またはリチウム−金属−シリケートの化合物のコーティングが設けられる。コーティング化合物は、完全にリチオ化されており、金属酸化物粒子の表面に位置するリチウムとは結合できない。
【0014】
無機コーティングと有機コーティングでもさらに区別することができる。有機コーティングの一例はポリマーコーティングである。ポリマーコーティングの利点の1つは、弾性コーティングが得られる可能性があることである。他方、不十分な電子伝導率、そして場合によりポリマーを通過するリチウムの不十分な輸送によって問題が生じる。一般に、ポリマーコーティングは、ある程度は表面に付着するが、表面を化学的に変化させることはない。
【0015】
前述の方法が、LNO材料およびLNMO材料における記載された制約を改善するのに効果的であることを示す従来技術におけるどのような実験データも見つけることはできない。本発明は、前述の欠点のすべてに対処し、可溶性塩基の含有量の低下に注目しながら、熱安定性および感湿性にも対処する新規な統一された方法を開示する。
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
要約すると:
(1)LNMCOは、堅牢な材料であるが、容量が極度に制限される。
(2)LNOは、非常に高い容量を有するが、非常に不安定であり、費用のかかる調製手段を要する。その安定性を改善する必要があり、より低い可溶性塩基含有量が好ましい。(3)LNMOは、安価な手段で調製可能である。高い容量を有するが、安定性を改善する必要がある。また、より低い可溶性塩基が好ましい。
【0017】
本発明は、LNO材料およびLNMO材料の安定性を改善すること、ならびにLNMCO材料の高容量代替品としてLNMOを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0018】
第1の態様から見ると、本発明は、充電池中に使用するためのカソード活物質であって、コーティングされた酸化ニッケル粉末またはコーティングされたニッケルマンガン酸化物粉末を含み、前記粉末が、リチウム受容特性を有するリチウムシリケート化合物を含むガラス質表面コーティングが設けられた一次粒子で構成されている、カソード活物質を提供し得る。リチウム受容特性は、一実施形態において、ガラス質表面コーティングがリチウムを含む。別の一実施形態において、コーティングは、ホスフェート化合物およびボレート化合物のいずれか1つをさらに含む。シリケート化合物、ホスフェート化合物、およびボレート化合物は、それぞれLi2−xSiO3−0.5x化合物、Li3−2yPO4−y化合物、およびLi3−2zBO3−z化合物(式中、0<x<2、0<y<1.5、および0<z<1.5である)であり得る。これらの化合物のリチウム受容特性は、以下の化学反応を特徴とする:
Li2−xSiO3−0.5x+xLiOH→LiSiO+0.5xHO、
Li3−2yPO4−y+2yLiOH→LiPO+yHO、
Li3−2zBO3−z+2zLiOH→LiBO+zHO。
【0019】
一実施形態においては、0<x<1.6、またはさらには1<x≦1.5であり;0<y<1および0<z<1である。特定のリチウム受容性シリケート化合物の1つはLiSi11である。別の一実施形態において、ガラス質コーティング化合物は組成勾配を有し、すなわち一次粒子の表面におけるx、y、およびzのいずれか1つの値が、ガラス質コーティングの外面におけるx、y、およびzの値よりも小さい。別の実施形態においては、コーティングは、LiSi11とLiSiOとの粒子、LiPOとLiPOとの粒子、およびLiBOとLiBOとの粒子のいずれか1種類以上のナノ複合材料からなる。
【0020】
ここで言及すべきこととして、国際公開第02/061865A2号パンフレットには、ガラス質表面コーティング、特にLiSiOおよびLiSiOが設けられた一次粒子で構成される、コーティングされたリチウム遷移金属酸化物粉末が開示されている。しかし、これらのシリケート化合物は、前述のようなリチウム受容特性を有さない。
【0021】
Journal of The Electrochemical Society,156(1),A27−A32(2009)には、ガラス質表面コーティング、特にLiSiOまたはSiOが設けられた一次粒子で構成される、コーティングされたリチウム遷移金属酸化物粉末が開示されている。しかしこれらの化合物はリチウム受容特性を有さない。
【0022】
米国特許出願公開第2003−148182A1号明細書には、ガラス質表面コーティング、特にLiO−SiOが設けられた一次粒子で構成される、コーティングされたリチウム遷移金属酸化物粉末が開示されている。この化合物はリチウム受容特性を有さない。
【0023】
本発明のカソード活物質は、
− LiNix’Coy’z’2±e(式中、0.9<a<1.1、0.5≦x’≦0.9、0<y’≦0.4、0<z’≦0.35、e<0.02、0≦f≦0.05、および0.9<(x’+y’+z’+f)<1.1であり;Nは、Al、Mg、およびTiの群からのいずれか1つまたは複数の元素からなり;Aは、SおよびCのいずれか一方または双方からなる)、および
− Li1+a’M’1−a’2±bM”(式中、−0.03<a’<0.06、b<0.02であり、少なくとも95%のM’=Nia”Mnb”Coc”(式中、a”>0、b”>0、c”>0、およびa”+b”+c”=1であり;a”/b”>1である)であり;M”は、Ca、Sr、Y、La、Ce、およびZrの群のいずれか1つまたは複数の元素からなり、質量%の単位で0≦k≦0.1であり;mはmol%の単位で表され、0≦m≦0.6である)、
のいずれか一方である一次粒子を有し得る。前者の式に対応する材料は概してリチウムニッケル酸化物であり、後者はリチウムニッケルマンガン酸化物である。
【0024】
第2の態様から見ると、本発明は、前述のカソード活物質の調製方法であって:
− リチウム遷移金属系酸化物粉末を供給する工程、
− Li2−xSiO3−0.5x化合物、Li3−2yPO4−y化合物、およびLi3−2zBO3−z化合物(式中、0<x<2、0<y<1.5、および0<z<1.5である)のいずれか1種類以上を含むアルカリ無機化合物を供給する工程、
− 前記リチウム遷移金属系酸化物粉末と前記アルカリ無機化合物を混合して、粉末−無機化合物混合物を形成する工程、及び
− 前記混合物を、ほとんどの場合300〜500℃である温度Tで熱処理することによって、リチウムを金属系酸化物粉末の表面から抽出してアルカリ無機化合物と反応させ、Li2−x”SiO3−0.5x”化合物、Li3−2y”PO4−y”化合物、およびLi3−2z”BO3−z”化合物(式中、x<x”<2、y<y”<1.5、およびz<z”<1.5である)のいずれか1種類以上を含むガラス質表面コーティングを形成する工程
とを含む、方法を提供することができる。リチウム遷移金属系酸化物粉末は、リチウムニッケル酸化物粉末またはリチウムニッケルマンガン酸化物粉末のいずれかであり得る。一実施形態においては、アルカリ無機化合物はアルカリ無機化合物の水溶液として供給され、混合物の熱処理中に溶液から水が蒸発し、化合物が乾燥して、金属系酸化物粉末の表面上にガラス質コーティングが形成される。混合物の熱処理は、300〜500℃の温度T、好ましくは350〜450℃で、少なくとも1時間実施され得る。
【0025】
第3の態様から見ると、本発明は、リチウムイオン角型電池またはポリマー電池中における、前述のカソード活物質の使用を提供し得る。
【0026】
もちろん、Ni含有量を増加させることによってLNMOの可逆容量を増加させることが望ましいが、これを行うと、可溶性塩基含有量が増加し、安全性が低下する。本発明は、新規なガラスコーティングされたカソード材料、および該材料の製造方法を開示し、前記カソード材料は、大幅に減少した可溶性塩基含有量と改善された安全性を有する。同時に、同じ組成のコアを有す初期のカソード材料と比較して、可逆容量はさらに増加する。一実施形態において、ガラスコーティングは以下の2つの工程によって得られる:最初にカソード粒子を水ガラス溶液で湿式コーティングし、次に水分の蒸発および乾燥を行うことによって、ガラス質コーティングの薄膜を得る、続いて第2の工程において、狭い温度範囲内(概して300〜500℃)で熱処理し、これによってガラスが表面の塩基と反応し、二次コーティング層が形成されることで、二次コーティングを実現する。
【図面の簡単な説明】
【0027】
図1図1は、コーティングされていないカソード前駆体のSEM顕微鏡写真を示している。
図2図2は、処理温度(℃)の関数としてのコーティングされた「622」サンプルの特性(μmol/g単位の塩基含有量、mAh/g単位の容量、%/100サイクル単位のサイクル安定性)を示している。
図3図3.1は、200℃で熱処理を行った、Li−シリケートコーティングしたEXサンプルの高解像度SEMを示している。図3.2は、400℃で熱処理を行った、Li−シリケートコーティングしたEXサンプルの高解像度SEMを示している。図3.3は、600℃で熱処理を行った、Li−シリケートコーティングしたEXサンプルの高解像度SEMを示している。
図4図4は、それぞれ200、400、600℃で乾燥させた後のLiSi11液状ガラスのX線回折パターンを示している。
図5図5は、熱処理前(上のグラフ)および450℃で72時間の熱処理後(下のグラフ)の乾燥LiSi11ガラスとLiCOの混合物のX線回折パターンを示している。
【発明を実施するための形態】
【0028】
本発明の粉末状カソード材料は、コーティングされた材料である。粉末粒子の表面は、薄いコーティング膜で完全にカバーし得る。コーティング層は二次コーティングであり、これは最初に適用される一次コーティングまたは初期コーティングとは異なる。一次および二次コーティングの性質は以下のように説明される。
【0029】
緻密な表面被覆:好結果のコーティングは、コーティング膜による完全な表面被覆を必要とし得る。完全な表面被覆は、以下の方法のいずれかによって実現し得る。:
1)乾式(粉末)コーティングの後、乾燥粉末の溶融を伴う熱処理によって、優れたぬれ性を有する液体が得られ、その後、表面は薄い液体膜によって均一にコーティングされるようになる。融点未満まで温度を冷却した後、固体で緻密なコーティング膜を得る。
2)乾燥ナノ粉末コーティングの後、乾燥ナノ粉末のソフト焼結を伴う熱処理によって、粉末が表面に付着し、連続保護膜を形成する。
3)湿式コーティング:優れたぬれ性を有する液体を使用して、粉末表面が薄い液体の膜で均一にコーティングされるようになる。次に、その膜を乾燥−蒸発または冷却によって固化させることで、緻密なコーティング膜を得ることができる。
【0030】
本発明の一実施形態において、材料の一次コーティング膜は、湿式コーティングおよび乾燥−蒸発法によって得られる。しかし、ごくわずかの種類の液体しか、液体の乾燥−蒸発後に緻密な表面コーティングを得ることはできない。結晶形成中に表面の大部分がコーティングされないままとなりうるので、乾燥後に結晶性固体が形成されることは非常に望ましくないことを本発明者らは発見した。この実施形態において、乾燥−蒸発後にガラス質コーティングが得られる溶液が使用される。ガラス形成性液体を使用することによって、優れた表面被覆率を得ることができることを本発明者らは確認した。ガラス形成性液体は、たとえばポリホスフェート類、ポリボレート類、またはポリシリケート類の溶液である。アルカリ無機化合物のポリシリケート類は「水ガラス」と呼ばれ、これらは、透明固体であり、高融点(800℃を超える)を有し、水溶性である化合物である。周知の水ガラスの一例は、五ケイ酸二ナトリウムNaSi11の水溶液である。NaがLi電池中で許容されるかどうか明らかでないため、一実施形態ではLi置換体のリチウムポリシリケートLiSi11に注目している。液状ガラスの別の例は、LiPO水溶液などのポリホスフェート類、またはLiBO溶液などのポリボレート類である。
【0031】
まとめると、この実施形態は、初期の湿式コーティング工程のための液状ガラスの使用を提供する。本発明者らは、蒸発および乾燥後にガラスを形成し結晶とはならない溶液として、液状ガラスおよび水ガラスを言及する。ガラスは、連続的に粘稠液体状態に移行することができる非晶質固体である。液状ガラスまたは水ガラスを使用することで、緻密で薄い無機コーティング層を得ることができる。
【0032】
リチウム受容体によって得られる低塩基含有量:本発明は、独特の特徴を利用している。:初期のガラスコーティングは、強リチウム受容体であり得る。たとえば、前述の実施
形態において、カソード粉末を液体コーティングし、乾燥−蒸発させて、固体ガラス質コーティング層を形成した後、塩基含有量は元のカソード粉末と同等、またはより高いものとなる。比較的低温において、リチウムと反応する非常に強い欲求が存在する。既に低温にて表面リチウムと反応する能力は、ガラス質コーティングの良好な表面ぬれ性と確かに関連している。カソード粉末の可溶性表面塩基はリチウムを含有し得る(しかし、二次相という意味の不純物ではなく、単なる表面特性である)。したがって、表面塩基はリチウム供与体である。一例として:粉末を水に浸漬した後、Li含有表面化合物は溶解し、その結果LiCOおよびLiOHが溶解してpHが上昇する。溶解するリチウム化合物は「可溶性塩基」から生じる。表面上のリチウムは、バルク中のリチウムよりも熱力学的な結合が弱い。したがって、適切な技術を用いて、バルクからではなく表面からリチウムを除去することが可能である。適切な技術の1つは、Li受容特性を有するガラス質コーティング層の表面脱リチオ化である。反応の例は以下の通りである:
LiPO+2LiOH→LiPO+HO、
LiSi11+8LiOH→5LiSiO+4HO、または
LiBO+2LiOH→LiBO+HO。
【0033】
本発明の一実施形態において、一次ガラス質コーティング粉末の制御された熱処理は、バルクを攻撃することなく表面塩基を分解可能とする。概して処理温度は300〜500℃である。より低い温度では、表面塩基が十分に分解されない。より高い温度では、脱リチオ化反応が表面塩基の分解後も続き、その結果、カソード粉末のバルク相が攻撃される。さらなる反応中、ガラスが分解し、高Li化学量論的結晶生成物(LiPO、LiBO、またはLiSiO)が形成されるまでバルクからリチウムが抽出され、カソード材料がまた表面塩基を再生成する。これらの高Li化学量論的結晶生成物に反して、本発明のリチウム受容特性を有するシリケート化合物、ホスフェート化合物、およびボレート化合物は、低リチウム化学量論的シリケート化合物、ホスフェート化合物、およびボレート化合物である。
【0034】
本発明者らは、狭い温度範囲が、表面およびバルクの酸素の反応性と関連すると推測している。リチウムは、既に室温で非常に高い移動性を有する(そうでなければ、カソード材料が「インターカレーション材料」とならない)。しかし、デインターカレーションされたカソード材料は熱力学的に不安定である。化学的デインターカレーションは、非常に強い酸化剤を使用した場合にのみ可能であり、デインターカレーションされた化合物は、十分高い温度(約400℃)で崩壊して酸素を放出する。たとえば:
Li1+x1−x→2xLiのデインターカレーション→Li1−x1−x→(1−x)LiMO+xO
したがって、バルクリチウムの反応は、バルク酸素が不動性である限りは不可能であり、一方、類似の条件下で、表面酸素および表面塩基は既に反応性の場合がある。これは、Li受容性ガラス質コーティングが生じることによって表面塩基のみの減少が起こる、比較的狭いT範囲を説明する。
【0035】
最終生成物のコーティング膜はガラスから生じるが、初期に適用されるコーティングではない。コーティング膜は、ガラスとリチウムの反応の結果である。リチウムは、Liを含有する可溶性表面塩基によって供給される。そのため、ガラスとリチウムとの反応によって、表面塩基が分解し、可溶性塩基の量は顕著に減少する。したがって、本発明のカソード材料は、充電した電池が熱に曝露された場合に、優れた高温貯蔵特性を有する。
【0036】
本発明者らは、二次コーティングは二重シェルコーティングであり、コーティング層の外側が依然として初期のガラス組成を有するが、内部のシェルはより高いLiの化学量論を有し、最終的に初期のガラス(たとえばLiSi11)と少量のリチオ化相(たとえばLiSiO)とのナノ複合材料となると考えている。
【0037】
まとめ:本発明の重要な一局面は、初期のガラス質表面層はLi受容特性を有し、狭い温度範囲内の制御された温度処理を適用することによって、ガラス質コーティング層が表面塩基と部分的に反応し、それによって、二次コーティングが形成され、表面塩基が消費されることである。
【0038】
可溶性表面塩基:前述したように、スラリー安定性および最終セルの高温貯蔵中の安定性を評価するためには、可溶性塩基が重要な因子となる。以下、本発明者らは、実験例を用いて、「可溶性塩基」および可溶性塩基の減少メカニズムを説明する。カソード粉末を水中に浸漬すると、表面化合物が溶解してpH上昇が生じ、このため本発明者らはそれを「可溶性塩基」と呼んでいる。表面付近に位置するリチウムは、バルク中のリチウムよりも熱力学的な安定性が低い。それは溶解(イオン交換によって)でき、あるいは大気中の分子と反応できる。これとは逆に、バルク中のリチウムは、溶解できず、したがって反応性が低いので、熱力学的により安定である。
【0039】
表面付近のリチウムは反応性であるため、最も単純な場合、大気中の酸素が表面と結合して、酸素−リチウム表面化合物を形成する。大気が水蒸気を含有する場合は、水素−酸素−リチウム表面化合物が形成される。これら表面化合物を含有するカソードが水中に浸漬されると、表面化合物が溶解する。酸素−リチウムの場合および水素−酸素−リチウム表面化合物の場合、溶解する化合物は水酸化リチウムである。より複雑な場合、大気は、たとえば二酸化炭素または有機基の形態で炭素を含有する。その場合、表面化合物は、酸素およびリチウム、最終的には水素に加え炭素も含有する。炭素含有表面化合物を有するカソードが浸漬されると、前記化合物が溶解して、炭酸リチウムが形成される。さらに表面付近のLiは、イオン交換反応Li+→H+によって溶解し得る。これらすべての反応は、LiOHまたはLiCOの形態で溶解塩基を形成する。このため「可溶性塩基」とは不純物ではなくむしろ表面特性であり、反応性リチウム表面化合物の存在によってカソードが上記反応を進行する性質をいう。
【0040】
塩基の量および組成は、定性的(水酸化物対炭酸塩)および定量的(mol/gカソード)に、pH滴定によって求めることができる。pH滴定では、カソードを水中に浸漬し、可溶性塩基を溶解させ、濾過の後、pHプロファイルをモニターすることで、溶解した塩基の量および種類を得る。このメカニズムは同時係属出願の欧州特許第11000945.3号明細書に説明されている。すべての可溶性塩基が溶解すると(すべての反応性表面リチウム化合物が水と反応したことを意味する)、概してより多くの表面化合物の生成は停止(または遅くなる)し、それはバルク中のリチウムが表面上のLiよりも熱力学的に安定であるためである。実際には、溶解するリチウムは、表面特性であって、不純物ではない。可溶性表面化合物を除去し、そのサンプルを乾燥し再加熱すると、可溶性塩基(反応性リチウム表面化合物を意味する)が復元される。次に説明するように、LNMCの場合にはこの復元が容易に起こる。
【0041】
マンガンおよびニッケルを含有するリチウム遷移金属酸化物は、非化学量論範囲のリチウムを有する。一例として、xが十分小さいLi1+x1−x(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2)は熱力学的に安定である。このような化合物は、平衡中に可溶性塩基を再生成することができる。平衡とは、特定の雰囲気中で十分な時間、十分高温での温度処理をいう。平衡中、表面リチウム化合物が表面に再形成される。これには、リチウムがバルクから表面に拡散することが必要である。当然これによってエネルギー的に好ましくないカチオン性空孔が形成される。そして酸素も同様にサンプルから放出される必要があり、それによってカチオン性空孔が消滅する。そのため、バルク酸素が平衡となる温度で、可溶性表面塩基の復元が起こる。
【0042】
したがって、表面塩基の再生の場合、2つのメカニズムが必要である:
1)バルクから表面へのLiの拡散(それによってカチオン性空孔を形成する)、および2)カチオンの局所的再配置、および大気への酸素の放出を含む酸素の拡散、このプロセスによってカチオン性空孔を消滅させる。
【0043】
このようなプロセスが適度な速度で起こるために、ある最低温度を必要とする。言うまでもなくプロセス1)(Liの拡散)は既に室温で起こる(そうでなければ、電池においてカソードが室温で機能できない)。プロセス2)は、概して400〜500℃を超える温度で生じる酸素の平衡を伴う。
【0044】
処理温度:初期のコーティング層の最適な処理温度を定めることが有利である。温度が低すぎると、表面塩基は十分に分解されない。温度が高すぎると、前述の説明のように表面塩基が復元し、ガラス質コーティングと絶えず反応する。最適な処理温度では、ガラス質コーティングの一部が、表面塩基と反応する。温度が高すぎると、すべてのガラス質コーティングがリチウムと反応し、完全にリチオ化した結晶相(fx.LiSiO)を形成する。
【0045】
なぜより高温で塩基が増加するのか。より高いTにおいて、バルクからのLiは、連続的に表面リチウムを置換して、これが再びコーティング層と反応する。このプロセスは、ガラス質コーティング層が完全にリチオ化される(通常はもはやガラス相でなくなる)まで続く。次に、このプロセスは、平衡に到達するまで表面塩基を復元し続け、表面は平衡な可溶性塩基、および完全にリチオ化されたコーティング層中のさらなるリチウムを含有する。これらの寄与は、結局、コーティングされていない基準サンプルの塩基含有量よりも大きい値となる。
【0046】
コーティング厚さ:ガラス質コーティングは、完全にリチオ化されることなくLi含有表面塩基が分解できるために十分な厚さであり得る。ガラス質表面コーティングが厚すぎると、低導電性およびより少ない電気化学的活物質の含有量のため、カソード性能が低下する。一実施形態のLiポリシリケートLiSi11の場合、コーティング量は、1molのLiMO当たり0.1〜0.6mol%のLiSi11である(これは約1000ppm〜1質量%のケイ素に相当する)。
【実施例】
【0047】
以下の実施例で、本発明をさらに説明する。
【0048】
実施例1:初期ガラスコーティングしたカソード粉末の調製
この実施例では、サルフェート不純物を含有せず初期(すなわち熱処理されていない)ガラス質コーティングを有するカソード粉末の調製を説明する。コーティングされたLiMO前駆体として、一例のカソード材料LiMO(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2(または「532」化合物)および平均粒子径10μmを有する)を使用した。この前駆体は、混合金属水酸化物MOOHおよびLiCOのブレンドから調製し、Li:Mの比率は約1.05であった。空気中930℃で10時間の焼成を行った。NaOHおよびNHOH溶液を使用して金属硫酸塩溶液を沈殿させることで、MOOHを調製した。MOOHは、タップ密度が約1.8g/cmであった。このような混合金属水酸化物は、概して0.3〜0.6質量%の表面不純物を含有する。本LiMO前駆体は0.53質量%の硫酸塩を含有し、これはLiSO塩不純物の形態であった。LiSOによる相互汚染のないガラス質コーティングの調査が望ましいため、LiMO前駆体を最初に水で洗浄し続いて乾燥させた。この処理によって大部分の硫黄が除去され、0.041質量%の低硫酸塩不純物となった。表1は、調製方法を示し、図1は洗浄によって硫酸塩不純物を除去した後の前駆体のSEM顕微鏡写真を示している。
【0049】
【表1】
【0050】
ガラス質コーティングは、「スラリードーピング」と呼ばれる処理によって実現される。適切な量の溶解LiSi11を含有する適切な量の水(約300ml/kg)を、2kgの前駆体に加え、高粘度のスラリーを得た。1molのLiMO当たりそれぞれ0、0.03、0.1、および0.3mol%のLiSi11を含有する種々のサンプルを調製した。撹拌後、スラリーを空気中150℃で乾燥させた後、ふるい分けを行った。実際には、ふるい分け後にすべての乾燥粉末を回収し、そのためカソード粉末の最終シリケート含有量はほぼ目標値となる。乾燥中、ほとんどのLiSi11は、粒の間に細孔および間隙を含む粒子の表面上に、薄いガラス質膜として析出した。このようにして、(1)低硫酸塩不純物を有し、(2)ガラスの薄層でコーティングされた前駆体粉末を得た。
【0051】
実施例2:一連の最終試験サンプルの調製
一連の最終試験サンプルを、実施例1の初期ガラスコーティングされたカソード粉末サンプルを空気中で熱処理することで調製した。熱処理温度を200〜600℃で変動させ;処理時間を5時間とした。サンプル量は150gであった。可溶性塩基含有量をpH滴定によって測定した。コインセルを作製し、4.3〜3.0Vの第1サイクルの放電容量および不可逆容量を測定し、その後サンプルを、4.5〜3.0Vのサイクル、1Cレート(1C=180mA/g)でのサイクル3後の充電および放電という過酷な条件下で試験した。a)可逆容量およびb)サイクル安定性(%/100サイクルとしてのフェードレート)が重要である。表2は、得られた結果、すなわちLiSi11コーティング量および熱処理温度の関数としての性能の一覧である。
【0052】
【表2】
【0053】
明らかなように、400℃で最良の性能を実現した。すべての条件下で(0、0.03mol、0.1mol%、0.3mol%)、サイクル安定性(QirrおよびFの値)および可逆容量はその最適値であった。同時に、塩基含有量は依然として少なかった。本発明者らは、約300〜400℃で熱処理した後のLiSi11コーティングサンプルが、はるかに改善されたサイクル安定性(フェードレートFで示される)を示すことも観察している。
【0054】
異なる初期コーティングカソード粉末(球状であり、タップ密度がより高い)を用いて類似の実験を繰り返した。本発明者らは一貫して、約400℃の熱処理後に0.05〜0.5mol%のLiSi11コーティングサンプルに関して、はるかに改善されたサイクル安定性とともに、最大の容量および低可溶性塩基含有量を確認した。
【0055】
実施例3:中間洗浄を実施しない一連の最終試験サンプルの調製
一例の初期ガラスコーティングしたカソード生成物LiMO(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2)を実施例1に記載の様に調製した。但し、前駆体カソード粉末の調製に関して、異なる高密度のMOOHを使用した(タップ密度>2.0g/cm)。この実施例では中間洗浄を実施しなかった。前駆体サンプルの硫黄含有量は約0.4mol%であった。この実施例は、LiSi11ガラス質コーティングサンプルが、硫黄が存在する場合でさえも、高レートで良好なサイクル安定性を有し、改善された容量を示し、そして可溶性塩基含有量が減少したことを示す。
【0056】
カソード前駆体粉末を洗浄しなかったことを除いて、実施例1に記載のものと同様にL
Si11コーティングを適用した。0.1および0.3mol%の2つのコーティング量のサンプルを調製した。過酷な試験のみを適用したことを除いて、そしてそのため容量および不可逆容量が4.5〜3.0Vで0.1Cのレートにおいて得られることを除いて、実施例1および2に記載されるものと同様にこれらのコーティングサンプルの熱処理および試験を行った。表3は得られた結果の一覧である:基準サンプル(コーティングに使用される前駆体、すなわち「コア」である)と比較すると、可溶性塩基含有量の大幅な減少を観察した。過酷な条件下でのサイクル安定性は、コーティングされていないサンプルとほぼ同等となった。0.1%コーティングサンプルは、熱処理後に、明らかに改善された第1サイクル容量を示した。全体的に最良の性能が、0.1mol%のコーティング量で400℃の加熱温度の後に得られた。
【0057】
【表3】
【0058】
実施例4:ガラス質コーティングの別の例
この実施例は、コーティングの別の例の実施形態が存在することを示すものである。この実施例では、実施例1の洗浄したカソード前駆体LiMO(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2)を使用した。溶解したLiSi11の代わりに他のリチウム化合物(湿式溶液中)を使用したことを除いて、実施例1と同じ方法でスラリードーピングを行った。スラリー乾燥に使用する溶液を、化学量論的に制御された量のLiOHを希釈酸溶液に溶解させて加えることで調製した:
− ホウ酸:HBO+LiOH→LiBO+2H
− ポリリン酸:HPO+LiOH→LiPO+H
乾燥させたLiPO溶液から得られるLiPOはガラスであり、Li受容体でもある:LiPO+2LiOH→LiPO+HO・LiBO、ホウ素を含有する場合もまたガラスを形成することができる。
【0059】
スラリーコーティングの後、サンプルを乾燥させ、空気中種々の温度で5時間焼成した。最終サンプルを、表面積、コインセル性能および可溶性塩基含有量に関して試験した。表4は、調製条件および得られた結果の一覧である。可溶性塩基含有量は、μmol/gカソードの単位であり、QDは、0.1Cにおける第1サイクル放電容量(mAh/g)
であり、Fは、100サイクルまで外挿した過酷なサイクル試験の50サイクル中のフェードレートである(以下のサイクル試験計画を参照)。表4は、実施例2の一部のデータも含む;但し0.1mol%のLiSi11のコーティングに関して。この表は、LiPOおよびLiBOのコーティングが、種々の処理温度において、実施例2の結果と比較して大幅に低い改善をもたらすこと、一方LiSi11コーティングされたカソードは、400℃付近で非常に明確な最大容量および明確な最小サイクル安定性(エネルギーフェードレート)を示しており、同時に、基準よりも依然として低い塩基含有量を有することを示す。
【0060】
【表4】
【0061】
実施例5:より高いNi含有量のLiSi11をコーティングしたカソード
LiNMO中のNi含有量を増加させるとより高い容量が実現するが、同時に可溶性塩基含有量も増加し、これが一部の用途では大きな欠点となる。この実施例は、LiSi11コーティングは、M=Ni0.6Mn0.2Co0.2の場合のLiMO材料の塩基含有量を大きく減少させることができることを示すものである。本発明者らはこの組成物を「622」と呼ぶ。この場合も、たとえばLiSi11コーティングされた材料で、本発明者らは約400℃の処理温度で明らかに最適な性能を確認した。実施例1〜3と同様に、LiSi11初期コーティングされるカソード材料を、洗浄した前駆体(硫酸塩非含有)および洗浄していない前駆体にスラリードーピングすることによ
って調製し、続いてこれを200〜500℃で熱処理した。
【0062】
「622」化合物は塩基含有量が高いため、コーティング含有量を1molのLiMO当たり0.15mol%のLiSi11に設定した。基準サンプルの典型的な塩基含有量は85〜110μmol/gである。この値と比較して、洗浄したLiNMOから得られるLiSi11コーティングされたカソードは40〜50μmol/gを有し、一方、洗浄していないLiNMOから得られるLiSi11コーティングされたカソードは約80μmol/gとなった。表5は、調製条件および得られた結果の一覧である。図2は、LiSi11コーティングされたLiNi0.6Mn0.2Co0.2の処理温度の温度関数としての性質を示す:可溶性塩基含有量はμmol/gカソードの単位であり、Qは0.1Cにおける第1サイクル放電容量(mAh/g)であり、Fは、100サイクルまで外挿した過酷なサイクル試験の50サイクル中のフェードレートである。図中:○は洗浄していないサンプルであり、△は洗浄したサンプルである。本発明者らは400℃付近で明確に最適な性能を確認した。より低い温度およびより高い温度で、より低いサイクル安定性を確認した。洗浄していない前駆体から得られたLiSi11コーティングされたカソードでも、本発明者らは塩基含有量の明確な最小値を確認した。
【0063】
【表5】
【0064】
実施例6:XPSおよびSEM測定
この実施例では、中間温度(400℃)で電池性能の最適値(低塩基含有量、改善されたフェード性能)が存在することを裏付ける、0.3mol%のLiSi11をコ
ーティングし、200℃(EX6.1)、400℃(EX6.2)および600℃(EX6.3)で熱処理した、実施例2の3つのLiMO(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2)サンプルの、X線光電子分光法(XPS)および高解像度SEMを用いた調査を説明する。
【0065】
この実験は以下のことを立証するために設計された:
1)高すぎる温度(600℃)では、初期のLi−シリケートコーティングの構造変化を伴って塩基含有量が大きく増加する。
2)低すぎる温度(200℃)では、初期のLi−シリケートコーティングに構造変化は起こらない。
3)中間温度(400℃)では、シリケート層中へのLi(表面から生じる)の拡散が少量であり、Li拡散中に表面塩基が消費されるため、最適の電池に達する。
4)Li−シリケート層が連続被覆層を形成し、Li−シリケートが400℃で熱処理されると粒界が閉鎖される。
【0066】
XPSデータ
C、Si、およびLiのスペクトルの結果を表6にまとめる。
【0067】
【表6】
【0068】
表6の結論:
1.C 1s:
1.1.C−H、C−O、およびC=Oは、XPSで常に観察される典型的な汚染物質である。
1.2.289.7eVにおけるCOピークは、LiCO表面塩基の存在に典型的なものである。上記実施例に記載したように、他の表面塩基(LiOHなど)も存在するが、それらはXPSを用いて同定することはできない。
1.3.200℃〜400℃でCOのわずかな減少。
1.4.400℃〜600℃でCOの大幅な増加。
【0069】
2.Si 2s:
2.1.200℃および400℃において、シリケートはLiの少ない形態中に存在する(154.1eV)。
2.2.400℃〜600℃で、Li豊富なシリケートへの転移が起こる(152.7eV)。
2.3.Li−シリケート層のLiの濃縮のため、400℃〜600℃でSiが大きく
減少。
【0070】
3.Li 1s:
3.1.200℃〜400℃で、シリケートコーティングにLiがわずかに拡散。
3.2.400℃〜600℃で、表面のシリケート層へ多量のLiが拡散。
【0071】
4.コーティング中のLi/Si比:
4.1.Li/Siは、最初はLiSi11(Li/Si=0.4)の値に等しい。
4.2.200℃〜400℃のどこかで、バルクから表面へのLiの拡散がゆっくりと始まり、それによってLi−シリケート層のLiの濃縮が起こる(Li/Si比は0.5まで増加)。
4.3.400℃を超えると、Li−シリケートコーティングは、バルクからのLiが非常に豊富になり、LiSiOを形成する(Li/Siは2.0まで増加)。
【0072】
Li−シリケートの連続被覆層の形成を、コーティングされていない材料と比較したNiおよびCoの信号の減少によって確認した(表7)。温度が上昇すると、Ni、Co、およびOの信号がさらに減少することによって分かるように、Li−シリケート層がより厚くなった。
【0073】
【表7】
【0074】
上記XPSデータは以下のモデルを支持する:
1.200℃において、Li−シリケートはLiSi11として存在し、表面塩基量はコーティングされていない生成物と同様である。
2.200℃〜400℃で、少量のLi(表面塩基から生じる)がシリケート層中に拡散し、それによってシリケート層のわずかな濃縮と表面塩基のわずかな減少がもたらされる。
3.400℃〜600℃では、多量のLiの拡散が続く。シリケートは非常にLi豊富となる。このLiに富む形態で、シリケートはCO吸着体として機能することができ、それによってLiCOを形成し、表面塩基が増加する。
【0075】
SEMデータ
SEMデータ(図3.1、3.2、および3.3)は、すべての温度で、Li−シリケートコーティングが連続被覆層を形成していることを示す。200℃において、Li−シリケートの強固な凝集体が見られ、粒界は開放されている。より高温(400℃および600℃)では、凝集体は溶融したように見え、粒界は明らかに閉鎖している。
【0076】
実施例7:Li−Siコーティングしたカソードのフルセル試験
この実施例では、実際のフルセルに組み込まれた実施例のLi−Siコーティングしたカソード材料で、優れた結果が得られたことを示す。これらのセルは、約800mAhの容量を有する巻回パウチ型である。セル中で、0.1molのLiSi11をコーティングしたLiMOカソード材料(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2)の試験を行った。
【0077】
本実施例は、同じ混合MOOH(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2)から生じる以下のサンプルの結果を示す:
1)EX7.1:1.035のLi:M比を用いて実施例1の低密度MOOHから調製し、955℃で焼成した標準基準サンプル(中間洗浄なし)
2)EX7.2:600℃で5時間再焼成した洗浄基準サンプル
3)EX7.3:0.1molのLiSi11をコーティングし、400℃で5時間再焼成した洗浄サンプル
4)EX7.4:実施例3で使用したような高密度MOOHから調製した大量生産(MP)ラインのLiMO(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2
5)EX7.5:0.1mol%のLiSi11をコーティングしたMPラインのLiMO(中間洗浄なし、400℃で熱処理)
【0078】
フルセル試験の結果を表8にまとめる。完全充電したセルをオーブンに入れ、90℃で1時間以内加熱し、そしてセルに直接取り付けた適切な厚さゲージで厚さを測定することによって、膨らみを測定した。膨らみは一般に選択した電解質によって決まり、ここで本発明者らは、少ない膨らみを得るようには最適化されていない標準的なEC/DEC電解質を使用した。
【0079】
【表8】
【0080】
結果は、0.1molのLiSi11をコーティングしたサンプルの高温性能が、双方の基準の性能よりもはるかに良好(少ない膨らみ、良好なサイクル安定性)を示した。室温でのサイクル安定性も同様により良好であった。他の性質(レート性能、容量、安全性)は同様であるか、またはわずかに優れていた。
【0081】
結果は中間洗浄が不要であることを示した。0.1mol%のLiSi11をコーティングしたサンプルEX7.5は、室温および45℃で最良のサイクル安定性を有し、最も少ない膨らみを示した。他の性質(レート性能、容量、安全性)は、基準と同様であるか、またはわずかに優れていた。
【0082】
実施例8:Li−Siコーティングしたカソードの作製方法
この実施例では、Li−Siコーティングしたカソード材料の作製方法の例を示す。本方法は大量生産規模に容易に拡大可能である。実施例1〜3では「スラリードーピング法」によって良好な性能を得ている。カソード前駆体粉末をLiSi11水溶液に浸漬し、比較的高粘度のスラリーを得た。このようにして、細孔中に十分溶液を浸透させ、100%表面被覆率を実現した。1kgの生成物には約300mlを使用した。続いてスラリーを乾燥させ、穏やかに粉砕して、ふるい分けした。但し、工業規模でのこのようなスラリーの乾燥には設備投資およびエネルギーを要し、したがってあまり安価とはならない。このため、スラリードーピングの代わりに、少量の水の使用でコーティングが適用可能かどうかを調査することが好ましい。
【0083】
市販のLiMO(M=Ni0.5Mn0.3Co0.2)は大量生産ラインから得られる。1.7kgのLiMO粉末を加熱した5L反応器中に入れ、穏やかに攪拌しながら、より少量のより高濃度のLiSi11溶液を加えた。LiSi11の総量は、1molのLiMO当たり0.1mol%で固定した。理想的には、撹拌する粉末中に溶液を噴霧する。反応器を真空ポンプに接続し、80℃における連続撹拌中に粉末を乾燥させた。この方法は、大量生産レベルまで容易にスケールアップ可能である。
【0084】
より少量のより高濃度の溶液を加えることで、粉末の粘着性が低くなるため、処理が容易になることが観察された。ガラス溶液の表面被覆率が低下し、特に開放細孔中で低下したとき、溶液濃度の上限を得た。ガラス質溶液が優れた表面ぬれ性を有する場合にのみ、良好な結果が期待される。
【0085】
乾燥後、粉末を400℃で熱処理した。1.7kgのLiMOに対して400、300、200、および100mlの溶液を使用し、但し1molのLiMO当たり0.1mol%のLiSi11濃度を維持しながら(100mlの溶液は400mlのものと比べ4倍濃縮であることを意味する)、4種類のサンプルを調製した。最良の結果を100mlで得た。表9は、可逆容量および塩基含有量の結果の一覧である。大量生産の前駆体に関するスラリードーピング法を使用し、小規模にてあらかじめ調製した基準サンプルと結果を比較した。60ml/kgのLiMO溶液を使用した場合にのみ、基準と同様の結果を得た(1mAh/gの容量および2μmol/gの塩基の差は、実験のばらつきの範囲内である)。データは、より少量のより高濃度のガラス質溶液が優れた表面ぬれ性を得ることができ、そのため、高濃度のガラス溶液を少量使用することで大規模でのコーティング方法が容易に実施可能であることを明確に示した。優れたぬれ性は、溶液が溶解したガラス(乾燥後にガラスを形成する)であることに関連しており、結晶塩に関連するものではないと、本発明者らは推測している。
【0086】
【表9】
【0087】
実施例9:X線分析は、ガラス層のLi受容特性を裏付け
この実施例では、LiポリシリケートガラスのLi受容特性を示す。Li受容の特徴は、LiOHおよびLiCOを分解させるのに十分に強力であり、したがって、Liポリシリケートガラスは、Li含有表面塩基を分解させるのに十分に強力である。
【0088】
実験9A:
LiSi11液状ガラスを200℃で乾燥した。図4は、X線回折分析の結果を示し、200℃で非晶質ガラスが得られることを示す。約23度における非常に広い単一ピークはSi系ガラスに典型的である。したがって、カソード材料を液状ガラスでコーティングすると、乾燥後にガラス質コーティングが得られる。本発明者らは、ガラス質コーティングが、カソード粉末表面を非常に良好に覆うと考えている。
【0089】
別の方法として、液状ガラスを400℃および600℃で乾燥した。これらの温度では、LiSi11は、Liに富む結晶LiSiO相と非晶質ガラス相とに不均化した。ほとんどすべての鋭いピークはLiSiO(PDF 01−070−0330、空間群Cmc21)に帰属される。24.85、23.8および37.6°における残りのいくつかのマイナーピークは、LiSiに帰属することができる。ガラス相ピークの位置は、21.5度に向かって左に移動する。明らかなようにガラス相は2:5よりも小さいLi:Si比を有する。
【0090】
温度により、
(1)LiSi11コーティングと続く乾燥によって、ガラス質コーティングが得られる;
(2)LiSi11は、LiSiOと、Li受容体でもある低リチウムガラス質相とに不均化する;
(3)すべてのガラスがリチウムと反応しない限り、600℃においても、ガラス質コーティングが残存する、
(4)LiCOを形成するのに十分なCOを含有する空気中で乾燥を実施するにもかかわらずLiCOは形成されない
と結論づけることができる。
【0091】
実験9B:この実験は、LiSi11のLi受容特性が、LiCOを分解するのに十分に強力であることを示す。LiSi11液状ガラスを120℃で乾燥した。ガラスを粉砕し、LiCOと混合した(10gのガラスおよび4gのLiCO)。450℃においてLiCOはあまり反応性でなく、よって接触を向上させるために、ペレットをプレスし、空気中450℃で72時間焼成した。
【0092】
LiCOがLiSi11と完全に反応して、LiSiOを形成する(反応スキーム:LiSi11+4LiCO→5LiSiO+4CO)と仮定するには、約0.9:1のLiCO:ガラスの質量比が要求される。この実験では、本発明者らは1:2.5の質量比を使用し、これは大過剰のガラスが存在することを意味する。図5は、X線回折分析の結果を示す:上のグラフは、混合物LiCO:ガラスのXRDパターンであり、下のグラフは、同じ混合物の450℃で72時間加熱した後のXRDパターンである。ガラス相が変化している(幅広の山がより小さな角度に向かって移動し、わずかに幅が狭くなる(12〜35から約10〜30))。LiCO相の回折ピーク、および広い山の強度(ガラス相)は明確に減少し、50%を超えるLiCOが分解され、ガラス相が部分的に消費されていることを示している。さらに、LiSiOピークが(実験9Aよりも大きいLiSiO対ガラス相の強度比で)形成される。X線回折パターンは、LiSi11ガラスが、LiCOを分解するのに
十分に強力であるLi受容体であることを明確に証明している。450℃で過剰のLiSi11の場合、残存する(しかし変性した)ガラスおよびLiSiOを含有する相混合物が形成され、そこではLiSiOの一部がガラスによるLiCOの分解から生じる。XRD分析の結果は、実施例6のXPSによる観察(約400℃において、コーティング層は、初期のLiSi11と比較して、表面LiCOが分解されることによってLi含有量が増加する)と一致している。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0093】
【特許文献1】国際公開第2010/094394号パンフレット
【特許文献2】米国特許出願公開第2009−0226810A1号明細書
【特許文献3】国際公開2009/021651号パンフレット
【特許文献4】米国特許出願公開第2010−0190058号明細書
【特許文献5】国際公開第02/061865A2号パンフレット
【特許文献6】米国特許出願公開第2003−148182A1号明細書
【非特許文献】
【0094】
【非特許文献1】Journal of The Electrochemical Society,156(1),A27−A32(2009)
図4
図5
図1
図2
図3