特許第5989274号(P5989274)IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】5989274
(24)【登録日】2016年8月19日
(45)【発行日】2016年9月7日
(54)【発明の名称】吸放熱鋼板および吸放熱部材
(51)【国際特許分類】
   C23C 2/26 20060101AFI20160825BHJP
   C23C 2/06 20060101ALI20160825BHJP
   C23C 8/16 20060101ALI20160825BHJP
   C23C 28/00 20060101ALN20160825BHJP
【FI】
   C23C2/26
   C23C2/06
   C23C8/16
   !C23C28/00 B
【請求項の数】2
【全頁数】20
(21)【出願番号】特願2016-501248(P2016-501248)
(86)(22)【出願日】2016年1月8日
(86)【国際出願番号】JP2016000072
【審査請求日】2016年3月10日
(31)【優先権主張番号】特願2015-71372(P2015-71372)
(32)【優先日】2015年3月31日
(33)【優先権主張国】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】714003416
【氏名又は名称】日新製鋼株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100105050
【弁理士】
【氏名又は名称】鷲田 公一
(72)【発明者】
【氏名】上野 晋
(72)【発明者】
【氏名】中野 忠
(72)【発明者】
【氏名】山本 雅也
【審査官】 宮本 靖史
(56)【参考文献】
【文献】 特開2013−095960(JP,A)
【文献】 特開2014−129589(JP,A)
【文献】 特開2012−052157(JP,A)
【文献】 特開2011−214145(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 2/00 − 2/40
C23C 8/00 − 12/02
C23C 24/00 − 30/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼板と、前記鋼板の表面に配置された溶融めっき層とを有し、かつその放射率が0.4以上である吸放熱鋼板であって、
前記溶融めっき層は、亜鉛と、1.0〜22.0質量%のアルミニウムと、1.3〜10.0質量%のマグネシウムと、格子欠陥を持つ、ラメラ状に分布している亜鉛、アルミニウムおよびマグネシウムのいずれもの酸化物および水酸化物と、を含
前記吸放熱鋼板の断面における任意の20mm長さ分の視野の前記酸化物および水酸化物の部分の面積は、0.01mm以上であり、
前記吸放熱鋼板の断面における前記溶融めっき層の部分の面積に対する前記酸化物および水酸化物の部分の面積の比は、95%以下である、
吸放熱鋼板。
【請求項2】
請求項1に記載の吸放熱鋼板で構成されている吸放熱部材。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、吸放熱鋼板および吸放熱部材に関し、より詳しくは、電子部品や電気部品などの発熱源となるデバイスの筐体用の素材として好適な、吸放熱特性および加工性に優れた吸放熱鋼板、およびそれにより構成される吸放熱部材、に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、電子、電気部品の小型化、高機能化に伴い、電子、電気部品を収容している筐体(ケース)の内部温度が高くなる傾向にある。内部温度が高くなると、当該電子、電気部品の故障、誤作動の原因となり、その製品寿命が短くなるという問題がある。
【0003】
これに対し、当該部品の筐体の内部温度を低減する方法として、冷却ファンを用いた強制空冷や、冷却フィンを用いた放熱促進、ヒートパイプなどの放熱部品を当該電子、電気部品に取り付ける方法などが提案されている。しかしながら、いずれも筐体に冷却用の部品を取り付ける必要がある。このため、当該冷却用の部品およびそれを備えた上記電子、電気部品の取り付けに手間がかかり、上記電子、電気部品に係るコストが増加することがあり、また、上記電子、電気部品の小型化の要求を満足できないことがある。
【0004】
そこで、吸放熱特性に優れた材料で上記筐体を作製することで、当該筐体の内面で吸熱し、外面で放熱させて当該筐体の内部温度の上昇を抑制する方法が検討されている。上記吸放熱特性に優れた材料としては、例えば、鋼板とその表面に配置される吸放熱特性に優れた顔料や樹脂などを含有する塗膜とを有する塗装鋼板が知られている(例えば、特許文献1および2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【特許文献1】特開2004−216376号公報
【特許文献2】特開2006−95709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
上記塗装鋼板は、所定の放射率になるように添加剤や樹脂などを添加した塗料を鋼板に塗布し、焼き付けて製造される。このため、高コストになりやすい。また、上記塗装鋼板は、加工された際に塗膜が剥がれて素地(例えば、上記鋼板におけるめっき層や鋼素地など)が露出し、その露出した部分の吸放熱特性が低下することが懸念される。さらに、上記塗料は、揮発性有機物化合物(VOC)を多く使用しており、環境への影響も懸念される。
【0007】
一方、吸放熱特性に優れた材料で筐体を作製する方法としては、鋼板を加工してから吸放熱特性の優れる塗料を塗装する方法も考えられる。しかしながら、上記鋼板の加工によって複雑な形状に形成された加工品を均一に塗装するのは困難かつ高コストであり、VOCによる環境への負荷は、上記の塗装鋼板に比べてさらに高くなりやすい。
【0008】
本発明は、加工による吸放熱特性の低下がなく、実質的に有機化合物を含有せずに優れた吸放熱特性を有し、かつ加工性にも優れた吸放熱鋼板、および、吸放熱特性に優れる新たな吸放熱部材、を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、亜鉛(Zn)、アルミニウム(Al)およびマグネシウム(Mg)を含む溶融金属の溶融めっきによる溶融Zn−Al−Mg合金めっき鋼板における溶融めっき層中に、格子欠陥を持つZn、Al、Mgの酸化物および水酸化物の一方または両方をラメラ状に分布させることで、良好な吸放熱特性と良好な加工性とを両立させられることを見いだし、さらに検討を加えて本発明を完成させた。
【0010】
すなわち、本発明は、鋼板と、前記鋼板の表面に配置された溶融めっき層とを有し、かつその放射率が0.4以上である吸放熱鋼板であって、前記溶融めっき層は、Znと、1.0〜22.0質量%のAlと、1.3〜10.0質量%のMgと、格子欠陥を持つ、ラメラ状に分布している酸化物および水酸化物の一方または両方と、を含む吸放熱鋼板、を提供する。
【0011】
また、本発明は、上記吸放熱鋼板で構成されている吸放熱部材を提供する。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、加工による吸放熱特性の低下がなく、実質的に有機化合物を含有せずに優れた吸放熱特性を有し、かつ加工性にも優れた吸放熱鋼板を提供することができる。上記吸放熱鋼板は、低コストで提供することができ、かつ加工の厳しい形状(例えば、複雑な形状や精密な加工による形状など)に加工しても、その優れた吸放熱特性を発現する。このため、本発明によれば、吸放熱特性に優れる吸放熱部材を提供することができる。その結果、製品形状の自由度がより高く、また、吸放熱特性を有する従来の製品のさらなる小型化も可能とする吸放熱部材を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1Aは、本発明における溶融めっき鋼板の一例における溶融めっき層のTOF−SIMSによる水酸化物の測定結果を示す図であり、図1Bは、本発明に係る吸放熱鋼板の一例における溶融めっき層のTOF−SIMSによる水酸化物の測定結果を示す図である。
図2図2Aは、本発明における溶融めっき鋼板の一例における溶融めっき層のTOF−SIMSによる酸化物の測定結果を示す図であり、図2Bは、本発明に係る吸放熱鋼板の一例における溶融めっき層のTOF−SIMSによる酸化物の測定結果を示す図である。
図3図3Aは、本発明における溶融めっき鋼板の一例における溶融めっき層のX線回折のチャートを示す図であり、図3Bは、本発明に係る吸放熱鋼板の一例における溶融めっき層のX線回折のチャートを示す図である。
図4図4Aは、本発明における溶融めっき鋼板の一例における溶融めっき層のESRスペクトルを示す図であり、図4Bは、本発明に係る吸放熱鋼板の一例における溶融めっき層のESRスペクトルを示す図である。
図5】本発明の吸放熱鋼板の一例における断面の光学顕微鏡写真である。
図6図6Aは、本発明の吸放熱鋼板の吸放熱特性の測定に用いられる装置の構成を模式的に示す部分断面図であり、図6Bは、上記装置の構成を模式的に示す平面図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
熱の伝わり方のひとつとして「輻射(放射)」がある。これは、熱が電磁波として移動する現象である。熱が物体に入射すると、一部は反射し、一部は透過し、一部は吸収されることが知られている。鋼板に入射した熱が透過することはほぼないので、実質的には、鋼板に入射した熱は、一部が反射し、残りは吸収される。
【0015】
一方で、「吸放熱特性が優れる」とは、「熱が吸収されやすい」と言え、「電磁波が吸収されやすい」とも言える。格子欠陥を持つ酸化物または水酸化物は、バンドギャップ以下のエネルギー準位を有しており、電磁波を吸収、放射しやすい。よって、熱を吸放熱しやすい。
【0016】
しかしながら、上記酸化物および水酸化物は、一般に硬くて脆い。このため、当該酸化物または水酸化物の層を鋼板の表面に形成した場合、形成された層は、加工により剥がれやすい。また、ショットブラストやエッチングなどにより表面にピットを生成させた鋼板上に上記酸化物または水酸化物の層を形成しても、その後の加工により当該層が脱落しやすい。
【0017】
そこで、本発明者らは、めっき鋼板を何らかの処理を施すことにより、めっき層に格子欠陥を持つ酸化物または水酸化物を持たせることを検討した。その結果、Zn系の溶融めっき鋼板を水蒸気と接触させる処理を行うことで、その溶融めっき層中の金属の一部を、格子欠陥を持つ酸化物または水酸化物に変化させる方法を見いだした。通常の溶融Znめっき鋼板や電気Znめっき鋼板に上記の処理を行うことで、格子欠陥を持つ酸化物または水酸化物の層を形成させることができる。
【0018】
ところが、元々めっき層が均一であると、上記酸化物または水酸化物の層は、当該めっき鋼板の表面に形成されるにとどまる。その結果、めっき鋼板の表面に形成された上記の層は、やはり加工によって脱落しやすい。そこで、本発明者らは、さらに検討した結果、溶融Zn−Al−Mg合金めっき鋼板に上記の水蒸気処理を施すことで、当該めっき鋼板が、加工後においても上記酸化物または水酸化物の部分が剥離することなく、良好な加工性を有することを見いだした。
【0019】
以下、本発明の実施の形態を説明する。
本実施の形態に係る吸放熱鋼板は、鋼板と溶融めっき層とを有する。
【0020】
[鋼板]
上記鋼板には、種々の鋼板を用いることができる。上記鋼板の例には、低炭素鋼、中炭素鋼、鋼炭素鋼、合金鋼、高強度鋼板およびステンレス鋼が含まれる。良好なプレス成形性が必要とされる場合は、上記鋼板は、深絞り用の鋼板であることが好ましく、その例には、低炭素Ti添加鋼および低炭素Nb添加鋼が含まれる。また、上記鋼板は、当該鋼板のめっき性向上などの理由から、上記溶融めっきが施される前に、電気めっきをされていてもよい。当該電気めっきの例には、NiやFeなどのめっきが含まれる。
【0021】
[溶融めっき層]
上記溶融めっき層は、上記鋼板の一表面または両面に配置される。当該溶融めっき層は、Zn、AlおよびMgを含有する。上記溶融めっき層におけるAlの含有量は、1.0〜22.0質量%である。上記溶融めっき層におけるMgの含有量は、1.3〜10.0質量%である。上記溶融めっき層におけるZnの含有量は、残りであってよく、例えば68〜97.7質量%である。
【0022】
Alの含有量またはMgの含有量が上記範囲の下限値より小さい場合、吸放熱鋼板の十分な耐食性が得られないことがある。一方、Alの含有量またはMgの含有量が上記範囲の上限値より大きい場合は、当該溶融めっき鋼板の製造の際に、めっき浴(溶融金属)の表面にドロスと呼ばれる酸化物が多く発生し、吸放熱鋼板の美麗な外観が得られないことがある。
【0023】
上記溶融めっき層は、ラメラ状の共晶組織を有している。上記溶融めっき層がラメラ状の共晶組織を有することから、後述する酸化物または水酸化物の部分が、吸放熱鋼板の加工後においても当該溶融めっき層から剥離することが防止される。上記溶融めっき層は、通常、Al−Zn−ZnMgのラメラ状の三元共晶組織を有している。上記溶融めっき層は、上記の酸化物または水酸化物の部分の剥離が防止される範囲において、ラメラ状の他の共晶組織を有していればよく、Al−ZnやZn−ZnMgなどの二元共晶組織を含んでいてもよいし、ZnMgに代えてZn11Mgを含んでいてもよい。当該Zn11Mg相は、溶融めっき層の製造時における溶融金属の冷却速度などの条件によって形成され得る。
【0024】
また、上記溶融めっき層は、本実施形態の効果が得られる範囲において、Zn、AlおよびMg以外の他の金属または無機成分をさらに含んでいてもよい。たとえば、上記溶融めっき層は、2.0質量%以下のSiをさらに含有していてもよいし、0.1質量%以下のTiをさらに含有していてもよいし、0.045質量%以下のBをさらに含有していてもよい。また、上記溶融めっき層を製造する際に、上記鋼板を上記溶融金属へ浸漬し、通過させることから、上記溶融めっき層には、上記鋼板中の金属成分が一般には混入し得る。よって、上記溶融めっき層は、概ね2.0質量%程度までのFeをさらに含有していてもよい。
【0025】
上記溶融めっき層の厚みは、本実施の形態の効果が得られる範囲において決めることができ、例えば、3〜100μmであることが好ましい。上記溶融めっき層の厚みが3μm未満の場合は、溶融めっき鋼板の取り扱い時に上記鋼板に到達するキズが入りやすいため、耐食性が低下するおそれがある。一方、溶融めっき層の厚みが100μm超の場合、圧縮を受けた際の溶融めっき層と上記鋼板の延性が異なるため、吸放熱鋼板の加工部において溶融めっき層と鋼板とが剥離しやすくなる。上記溶融めっき鋼板の厚みは、上記の耐食性の低下や溶融めっき層の剥離を防止する観点から、3〜50μmであることがより好ましく、3〜30μmであることがさらに好ましい。
【0026】
[格子欠陥を持つ酸化物、水酸化物]
上記溶融めっき層は、格子欠陥を持つ酸化物および水酸化物の一方または両方を含んでいる。当該酸化物または水酸化物は、当該溶融めっき層中にラメラ状に分布している。ここで「溶融めっき層中」とは、溶融めっき層の表面と溶融めっき層の内部との両方を含む。
【0027】
上記格子欠陥を持つ酸化物および水酸化物の一方または両方(以下、「酸化物等」とも言う)は、上記溶融めっき鋼板を水蒸気に接触させることで生成する。
【0028】
上記酸化物等は、例えば、Zn、AlおよびMgからなる群から選ばれる一以上の酸化物または水酸化物である。上記酸化物等は、飛行時間型二次イオン質量分析法(TOF−SIMS)やX線光電子分光(ESCA、XPS)分析によって同定することができる。上記酸化物等は、上記溶融めっき層中の金属成分と水蒸気との反応生成物であることから、上記溶融めっき層には、酸化物および水酸化物のいずれもが含まれていると考えられる。また、上記酸化物等の金属イオンは、上記溶融めっき層中の金属成分に由来する。上記溶融めっき層が上記酸化物等を含む、とは、Zn、AlおよびMgのいずれもの酸化物および水酸化物が上記溶融めっき層中に存在していることを実質的には意味する。
【0029】
TOF−SIMS分析結果の一例を図1および図2に示す。図1Aは、実施例におけるめっき鋼板3(水蒸気処理前の溶融めっき鋼板)の溶融めっき層のTOF−SIMSによる水酸化物の測定結果を示す図であり、図1Bは、実施例における吸放熱鋼板3(水蒸気処理後の溶融めっき鋼板)の溶融めっき層のTOF−SIMSによる水酸化物の測定結果を示す図である。図2Aは、実施例におけるめっき鋼板3(水蒸気処理前の溶融めっき鋼板)の溶融めっき層のTOF−SIMSによる酸化物の測定結果を示す図であり、図2Bは、実施例における吸放熱鋼板3(水蒸気処理後の溶融めっき鋼板)の溶融めっき層のTOF−SIMSによる酸化物の測定結果を示す図である。図1中、一点鎖線はHOZnを、黒実線はHOAlを、そして黒破線はHOMgをそれぞれ表している。同様に、図2中、一点鎖線はOZnを、黒実線はOAlを、そして黒破線はOMgをそれぞれ表している。また、測定条件は、一次イオン種にGa+を用い、一次加速電圧を15kV、一次イオン電流を0.6nAとしている。ラスター領域は20μm×20μm、測定範囲は0.5〜2000m/zである。図1および図2中の「2次イオン強度」とは、30秒間で検出された二次イオンの個数を表しており、「スパッタ時間」とはスパッタリングした時間のことであり、測定部分の深さを意味している。
【0030】
めっき鋼板3および吸放熱鋼板3のいずれも、溶融めっき層の表面およびその近傍(「表層」とも言う)では大気による酸化を受けて、酸化物に由来する二次イオンと水酸化物に由来する二次イオンのどちらもが検出される。しかしながら、水蒸気処理前の溶融めっき層では、上記表層よりも溶融めっき層の内部(「下層」とも言う)では、二次イオンが検出されない。すなわち、溶融めっき層の下層では、酸化物および水酸化物のいずれも存在しておらず、すべて金属の状態であることが示されている(図1A図2A)。ただし、図2AのOAlについては下層でも検出されている。Alは、ZnやMgと比較してイオン化効率の高い金属のため、下層でも強度が高くなったと考える。また、OZnやOMgは、上記下層には実質的に存在していないこと、および、ZnおよびMgについて後述の図2Bのそれらと比較すると図2Aにおける強度が十分に低いことから、本発明者らは、下層でのAlの検出は測定誤差などに起因しており、酸化物としての存在を示すものではないと考えている。
【0031】
一方、水蒸気処理後のめっき層では、下層においても、酸化物および水酸化物のいずれの二次イオンも検出される。また、前述したように図2BのOAlは、図2Aのそれと比較して明らかに高い強度を示していることから、Alの酸化物の存在が確認できる。酸化物は、Alの酸化物に由来する二次イオンの個数が多く、水酸化物は、Mgの水酸化物に由来する二次イオンの個数が多いことがわかる(図1B図2B)。
【0032】
溶融めっき層中の酸化物および水酸化物の種類については、上記吸放熱鋼板をX線回折にて分析することで判断できる。一例を図3に示す。図3Aは、実施例におけるめっき鋼板3の溶融めっき層のX線回折のチャートを示す図であり、図3Bは、実施例における吸放熱鋼板3の溶融めっき層のX線回折のチャートを示す図である。図3中、「●」はZnMgを、「▼」はZnOを、「▲」はZn(OH)を、「○」はZnを、「△」はAlを、そして「▽」はFeをそれぞれ表している。
【0033】
水蒸気処理の前後における回折強度を見ると、水蒸気処理の前(めっき鋼板3)には、Zn、ZnMg、Alのピーク強度が大きく認められる。しかしながら、水蒸気処理の後(吸放熱鋼板3)では、それらのピーク強度は減少し、代わりにZnOおよびZn(OH)のピーク強度が増加している。上記のピーク強度の変化から、上記水蒸気処理により、溶融めっき層中に酸化物や水酸化物が生成したことが確認できる。
【0034】
ただし、AlおよびMgの酸化物等は、いずれもそのピークがブロードになりやすく、判断しにくい場合がある。その場合でも、これらは、上述したTOF−SIMSやESCAにて判断できる。また、簡易的には、AlおよびMgの酸化物等は、電子線マイクロアナライザ(EPMA)などによる吸放熱鋼板の断面における元素マッピングを行い、当該断面中の各金属成分と酸素の分布から判断することも可能である。
【0035】
上記酸化物等が格子欠陥を持つか否かについては、電子スピン共鳴(ESR)スペクトルによるピークの有無により判断できる。一例を図4に示す。図4Aは、実施例におけるめっき鋼板3の溶融めっき層のESRスペクトルを示す図であり、図4Bは、実施例における吸放熱鋼板3の溶融めっき層のESRスペクトルを示す図である。図4において、横軸は磁束密度(mT)とg因子(記号:g)を表しており、縦軸は強度を表している。
【0036】
水蒸気処理の前後におけるESR応答を比較すると、ESR応答は、水蒸気処理の後にのみ認められる。よって、水蒸気処理により生成した酸化物等は、格子欠陥を有すると判断できる。格子欠陥の原因については、必ずしも明確ではないが、水蒸気との反応であるために、Zn、AlおよびMgがそれぞれの酸化物または水酸化物に置換あるいは格子間原子として配置されるため、あるいは、Zn、AlおよびMgの酸素欠乏型の酸化物または水酸化物が生成しているため、と推察される。
【0037】
ラメラ状の分布か否かについては、光学顕微鏡や走査型電子顕微鏡による断面組織観察によって判断できる。例えば、断面から観察すると、金属は白っぽい部分として観察され、酸化物等は灰色かそれよりも黒っぽい部分として観察される。一例を図5に示す。図5は、実施例における吸放熱鋼板3の断面の光学顕微鏡写真である。
【0038】
上記酸化物等の量は、光学顕微鏡での断面組織観察により、該当する部分の面積を測定することによって判断できる。具体的には、上記吸放熱鋼板の断面における任意の20mm長さ分の視野の酸化物等の部分の面積を算出する。当該酸化物等の部分は、上述したように、灰色から黒色を呈しており、当該部分の算出は、例えば当該部分の画像処理によって行うことができる。
【0039】
20mm分の上記視野における上記酸化物等の部分の面積は、0.01mm以上であることが好ましい。当該面積が0.01mm未満の場合、上記溶融めっき層における上記酸化物等の量が不十分となることがある。
【0040】
一方で、上記面積の上限は、溶融めっき層の厚みに依存する。このため、溶融めっき層の厚みとの割合で判断する必要がある。具体的には、上記断面における上記溶融めっき層の部分の面積に対する上記酸化物等の部分の面積の比が95%以下であることが好ましい。当該面積比が95%超の場合は、吸放熱鋼板をより精密あるいは複雑に加工した時に、上記酸化物等の部分が吸放熱鋼板から脱落するおそれがある。
【0041】
上記面積比は、例えば、上記断面における溶融めっき層中の上記酸化物等の部分以外の部分の面積を算出し、溶融めっき層中の上記酸化物等の部分以外の部分と酸化物等の部分との面積の和(上記断面における溶融めっき層全体の面積)を求め、酸化物等の部分の面積を当該めっき層全体の面積で除して100を乗じることにより求められる。
【0042】
上記吸放熱鋼板の放射率は、0.4以上である。上記吸放熱鋼板の吸放熱特性は、上記酸化物および水酸化物に由来し、例えば、それらの量に基づいて調整される。上記放射率は、例えば、放射率計(例えば、京都電子工業株式会社製:D and S AERD)により測定することができる。上記放射率は、吸放熱鋼板の用途から適宜に決めることが可能であり、例えば、上記放射率が0.4未満であると、吸放熱部材用の材料としての吸放熱特性が不十分となることがある。上記放射率は、より高い吸放熱特性を実現する観点から、0.5以上であることが好ましく、0.6以上であることがより好ましい。
【0043】
なお、溶融めっき層の組成によっては、初晶としてAlあるいはZnあるいはZnMgが析出する場合がある。このときは、初晶の部分は、上記の断面観察では酸化物等の部分と同様に観察され、ラメラ状とは異なる分布を示す。上記初晶の存在は、上記吸放熱鋼板では実質的には問題にはならず、上記初晶は、むしろ溶融めっき層内部の酸化を促進するためのパスとなる。その結果、上記吸放熱鋼板の製造時間の短縮化がもたらされやすい。
【0044】
上記吸放熱鋼板は、本実施の形態の効果が得られる範囲において、さらなる構成を有していてもよい。たとえば、一般にめっき鋼板は、防錆や耐傷付き性向上、加工時の滑り性向上などを目的に、化成処理が施されることがあり、よって化成処理皮膜を有することがある。上記吸放熱鋼板も、上記化成処理皮膜をさらに有していてもよい。上記化成処理皮膜は、有機系皮膜、無機系皮膜および有機無機複合皮膜のいずれであってもよい。また、上記化成処理皮膜以外にも、上記吸放熱鋼板は、クリア塗装をさらに有していてもよい。さらに、これらの皮膜および塗膜は、クロメートを含有していてもよいし、クロメートを実質的に含有しないクロムフリーであってもよい。さらには、上記皮膜および塗膜は、上記溶融めっき鋼板の水蒸気処理の前に形成されていてもよいし、水蒸気処理後に形成されてもよい。
【0045】
水蒸気処理前に上記の皮膜または塗膜を形成する場合には、溶融めっき層を水蒸気に十分に接触させる観点から、当該皮膜または塗膜の厚みは、15μm以下であることが好ましい。
【0046】
[製造方法]
上記吸放熱鋼板は、例えば、溶融めっき鋼板を準備し、当該溶融めっき鋼板に水蒸気処理を施すことによって製造することができる。
【0047】
(1)溶融めっき鋼板の準備
上記溶融めっき鋼板は、例えば、Alが1.0〜22.0質量%、Mgが1.3〜10.0質量%、残部が実質的にZnの溶融金属(合金めっき浴)を用いた溶融めっき法によって製造される。溶融めっき層は、鋼板の一方の面に形成されてもよいし、両面に形成されてもよい。
【0048】
上記溶融めっき鋼板は、通常、溶融めっき層にAl−Zn−ZnMgのラメラ状の三元共晶組織を有している。上記処理を行うことで、当該三元共晶組織を、格子欠陥を持つ酸化物等をラメラ状に有する組織にすることができる。上記酸化物等は、ミクロオーダーでラメラ状に分布し、その結果、溶融めっき鋼板の加工後でも剥離しにくい。
【0049】
また、上記溶融めっき鋼板は、ミクロなAl−Zn−ZnMgの三元共晶組織を有すると、後述の水蒸気処理による格子欠陥を持つ酸化物等の生成反応が、他の鋼板に比べて速く、短時間で完了する。この原因については必ずしも明確ではないが、Al、Zn、ZnMgが微細に分布しているため、当該金属成分間の電位差による各金属成分の酸化が促進されることが原因ではないか、と本発明者らは推察している。
【0050】
上記合金めっき浴には、Si、TiまたはBなどの他の元素をさらに添加してもよい。上記溶融めっき鋼板は、例えば、上記合金めっき浴の温度を400℃とし、溶融めっき後の冷却を空冷方式とし、合金めっき浴の温度から溶融めっき層の凝固までの平均冷却速度を10℃/秒程度とすることで、溶融Zn−Al−Mg合金めっき鋼板として製造することができる。
【0051】
(2)水蒸気処理の実施
上記水蒸気処理は、上記溶融めっき鋼板を水蒸気と接触させて、溶融めっき層中の金属成分の一部を、格子欠陥を持つ酸化物または水酸化物に変化させる。当該水蒸気処理は、上記酸化物等とするための反応を均一に生じさせる観点から、雰囲気中の酸素の量を通常の大気中の濃度よりも少なめに調整することが好ましい。これは、酸素が多いと、格子欠陥を持たない酸化物および水酸化物の生成が促進されるため、と考えられる。よって、水蒸気処理における雰囲気中の酸素濃度は、13%以下であることが好ましい。当該雰囲気中の酸素の侵入を防ぐため、水蒸気処理には密閉容器、または容器内部の圧力を上げた状態で保持できる半密閉容器を用いることが好ましい。半密閉容器とは、水蒸気の供給によりその内圧を大気圧よりも高く維持できる容器である。具体的には、漏出するよりも多くの水蒸気が常時あるいは適宜供給される容器である。
【0052】
上記水蒸気処理の処理温度は、50〜350℃であることが好ましい。当該処理温度が50℃未満の場合は、上記反応の速度が極端に低下し、生産性が低下することがある。上記処理温度が350℃超の場合、上記反応の速度が極端に速くなるが、昇温過程で上記溶融めっき層と上記鋼板との合金化が進行してしまい、溶融めっき層中のラメラ状組織が崩れることがあり、その結果、歩留まりが極端に低下することがある。水蒸気処理の反応速度を考慮した場合、上記処理温度は105〜200℃であることがより好ましい。
【0053】
上記水蒸気処理の雰囲気中の相対湿度は、30〜100%であることが好ましい。当該相対湿度30%未満の場合、上記反応の速度が極端に低下し、生産性が低下することがある。
【0054】
上記水蒸気処理の処理時間は、上記の処理温度や相対湿度、あるいは溶融めっき層の組成などに応じて適宜設定される。たとえば、上記処理時間は、0.017〜120時間の範囲内から適宜に決めることが可能である。
【0055】
上記水蒸気処理が施される上記溶融めっき鋼板の形状は、上記水蒸気処理が十分に施される範囲において適宜に決めることができる。たとえば、水蒸気処理が施される溶融めっき鋼板は、コイル状の上記溶融めっき鋼板、切り板形状の上記溶融めっき鋼板、および、上記溶融めっき鋼板の加工後の製品、のいずれでも可能である。溶融めっき鋼板同士が接触する場合では、上記溶融めっき層と水蒸気とを十分に接触させる観点から、溶融めっき鋼板間にスペーサーを配置することが好ましい。当該スペーサーの例には、不織布、メッシュ状の樹脂、および、金属ワイヤーが含まれる。
【0056】
以上の説明から明らかなように、上記吸放熱鋼板は、溶融めっき鋼板に水蒸気を使用するだけで製造することが可能である。よって、このような製造方法によれば、VOCを用いる場合に比べて環境への負荷を大幅の低減することができ、かつ低コストで、吸放熱特性に優れる鋼板を製造することができる。
【0057】
本実施の形態に係る吸放熱部材は、上記吸放熱鋼板で構成されている。上記吸放熱部材は、上記吸放熱鋼板のみから構成されていてもよいし、上記吸放熱鋼板による優れた吸放熱特性が発現される範囲において、上記吸放熱鋼板以外の他の構成を含んでいてもよい。当該他の構成の例には、上記吸放熱鋼板を接着するための接着剤および溶接のためのろうが含まれる。上記接着剤は、伝熱性のフィラーを含有する接着剤のように、伝熱性を有することが、吸放熱特性を高める観点から好ましい。上記吸放熱部材の例には、上記吸放熱鋼板の加工、ボルトおよびナットやかしめなどによる機械的接合、接着、および溶接の少なくともいずれかによって作製された物体が含まれる。
【0058】
なお、当該吸放熱部材は、上記吸放熱鋼板の加工によって製造され得るが、上記溶融めっき鋼板の加工品に上記水蒸気処理を施すことによっても、製造することも可能である。いずれの製造方法による吸放熱部材も、上記吸放熱鋼板による優れた吸放熱特性を有する。
【0059】
前述したように、上記吸放熱部材は、上記吸放熱鋼板による優れた吸放熱特性を有する。よって、上記吸放熱部材は、吸熱および放熱の少なくともいずれかを要する部材であることが好ましい。たとえば、吸放熱部材が電子、電気部品用の筐体である場合では、当該筐体の内部の電子、電機部品から発生する熱をよく吸収し、そして当該筐体の外部へ熱をよく放出する。よって、当該筐体の内部温度の上昇が抑制される。
【0060】
以上の説明から明らかなように、上記吸放熱鋼板は、鋼板と、当該鋼板の表面に配置された溶融めっき層とを有し、かつその放射率が0.4以上である吸放熱鋼板であって、上記溶融めっき層は、Znと、1.0〜22.0質量%のAlと、1.3〜10.0質量%のMgと、格子欠陥を持つ、ラメラ状に分布している酸化物および水酸化物の一方または両方と、を含む。よって、上記吸放熱鋼板は、加工による吸放熱特性の低下がなく、実質的に有機化合物を含有せずに優れた吸放熱特性を有し、かつ加工性にも優れる。
【0061】
また、上記酸化物または上記水酸化物は、Zn、AlおよびMgからなる群から選ばれる一以上の酸化物または水酸化物であることは、上記吸放熱特性を高める観点からより一層効果的である。
【0062】
さらに、上記吸放熱部材は、上記吸放熱鋼板で構成されている。よって、上記吸放熱部材は、吸放熱特性に優れる。そして、上記吸放熱部材は、製品の設計の自由度が高く、また従来の製品に比べてさらなる小型化を可能にする。
【実施例】
【0063】
以下、実施例を記すが、本発明はこれらの実施例によって限定されるものではない。
【0064】
[溶融めっき鋼板1〜21の作製]
板厚1.2mmの冷間圧延鋼板(SPCC)に、厚みが3〜100μmの、Al、MgおよびZnを含有する溶融金属によるめっき層(溶融めっき層)を形成し、溶融めっき鋼板1〜20を作製した。溶融めっき層の組成は、上記溶融金属の組成(Zn、AlおよびMgの濃度)を変化させて調整した。また、溶融めっき層の厚みは、当該溶融金属の付着量によって調整した。また、Mgを含有しない溶融めっき鋼板21を作製した。なお、表1に記載の溶融金属の組成における残りは、実質的には亜鉛である。また、上記溶融金属の組成と作製された溶融めっき層の組成とは実質的に同一である。
【0065】
さらに、溶融めっき鋼板1〜21の放射率を測定した。当該放射率は、各溶融めっき鋼板を放射率計「D and S AERD」(京都電子工業株式会社製)で測定した値である。
【0066】
溶融めっき鋼板1〜21における溶融金属の組成、溶融めっき鋼板の厚み(t)および放射率(ε1)を表1に示す。
【0067】
【表1】
【0068】
[実施例1]
溶融めっき鋼板1を高温高圧湿熱処理装置(株式会社日阪製作所製)内に置き、溶融めっき鋼板1の溶融めっき層を、表2に示すように、120℃、85%RH、酸素濃度3%の処理条件で20時間、水蒸気に接触させて、吸放熱鋼板1を得た。
【0069】
[実施例2〜23]
溶融めっき鋼板1に代えて溶融めっき鋼板2〜16を用い、これらの溶融めっき鋼板の溶融めっき層を、表2に示す処理条件で水蒸気に接触させて、吸放熱鋼板2〜23をそれぞれ得た。
【0070】
[比較例1〜5]
溶融めっき鋼板1に代えて溶融めっき鋼板17〜21を用い、これらの溶融めっき鋼板の溶融めっき層を、表3に示す処理条件で水蒸気に接触させて、吸放熱鋼板C1〜C5をそれぞれ得た。
【0071】
[比較例6、7]
溶融めっき鋼板4、16を吸放熱鋼板C6、C7とした。
【0072】
吸放熱鋼板1〜23における、溶融めっき鋼板の種類、処理温度(T1)、相対湿度(Hr)、酸素濃度(Co)および処理時間(t1)を表2に示す。また、吸放熱鋼板C1〜C7における、溶融めっき鋼板の種類、処理温度(T1)、相対湿度(Hr)、酸素濃度(Co)および処理時間(t1)を表3に示す。
【0073】
なお、吸放熱鋼板1〜23は、いずれも、図5に示されるような、ラメラ状に分布する上記酸化物等を有していた。
【0074】
【表2】
【0075】
【表3】
【0076】
(1)酸化物の量
吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7における、20mmの長さを有する任意の部分の断面を光学顕微鏡にて観察し、当該断面中の酸化物の面積を算出した。当該面積が0.01mm以上の場合を「A」、上記面積が0.00mm超かつ0.01mm未満の場合を「B」、光学顕微鏡で酸化物が認識できなかった場合(0.00mmの場合)を「C」と判定した。
【0077】
さらに、当該断面における、酸化物の部分を含む溶融めっき層全体の面積(A0)を求め、当該面積A0における前述の酸化物の面積(A1)の割合R(R=(A1/A0)×100(%))を算出した。そして、当該割合が95%以下の場合を「A」、95%超の場合は「B」、0%の場合を「C」と判定した。
【0078】
(2)吸放熱特性
吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7について、前述と同様の方法で放射率(ε2)を測定した。放射率ε2が0.5以上の場合を「A」、0.4以上かつ0.5未満の場合を「B」、0.4未満の場合を「C」と判定した。
【0079】
また、吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7を、それぞれ、図6Aおよび図6Bに示す装置の上面に設置し、装置の外部の温度を25℃に維持し、当該装置の内部のヒーターを150℃に昇温し、2時間後の装置内部の温度(T2)を、当該装置内に設置した熱電対を用いて測定した。測定された温度T2が38.0℃以下の場合を「A」、38.0℃超かつ38.5℃以下の場合を「B」、38.5℃超の場合を「C」と判定した。
【0080】
なお、図6Aおよび図6Bに示される上記装置は、塩化ビニル製の無蓋の筐体42と、筐体42の底部に配置された面状ヒーター43と、筐体42の上部開口部に配置された、筐体42内部の温度を検出するための熱電対44と、を有している。そして、筐体42の上記開口部を塞ぐように上記吸放熱鋼板の板サンプル41が配置されている。筐体42の壁および底板は、熱の放出を防止するために約50mmの厚さの発泡スチロール45で覆われている。吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7の吸放熱特性は、上記面状ヒーター43で筐体42内を加熱し、そのときの筐体42内部の温度を熱電対44で測定し、当該内部温度の測定値T2と上記の基準とに基づいて判定される。
【0081】
(3)耐食性
吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7の耐食性を評価した。耐食性は、吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7のそれぞれから切り出した試験片(幅70mm×長さ150mm)の端面にシールを施した後、塩水噴霧工程、乾燥工程および湿潤工程を1サイクル(8時間)とし、赤錆の発生面積率が5%となるまでのサイクル数(Cy)を数えた。塩水噴霧工程は、35℃の5%NaCl水溶液を試験片に2時間噴霧することで行った。乾燥工程は、気温60℃、相対湿度30%の環境下で、4時間放置することで行った。湿潤工程は、気温50℃、相対湿度95%の環境下で、2時間放置することで行った。赤錆の発生面積率が5%に達するまでのサイクル数が120サイクル超の場合を「A」、70サイクル超かつ120サイクル以下の場合を「B」、70サイクル以下の場合を「C」と判定した。70サイクルを超えるものを合格とした。
【0082】
(4)加工性
吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7の加工性を評価した。加工性は次の手順で評価した。まず、吸放熱鋼板1〜23およびC1〜C7のそれぞれから100mmφの円状に打ち抜いた板サンプルを作製し、その重量を測定した。測定後の板サンプルに加工油を塗布し、ダイス径50mm、ダイス肩R4mm、高さ25mmの円筒絞り加工を実施した。その後、アルカリ脱脂を行った。得られた加工品の重量を測定し、元の重量から加工後の重量を引いた値ΔWを求め、当該ΔWを0.00785m(上記板サンプルの表面積)で割り、単位面積当たりのめっき層(酸化物層を含む)の剥離量(Ws)を求めた。そして、剥離量が0.02g/m以下の場合を「A」、0.02g/m超かつ0.05g/m以下の場合を「B」、0.05g/m超の場合を「C」と判定した。0.05g/m以下のものを合格とした。
【0083】
吸放熱鋼板1〜10における酸化物の面積A1、その面積率R、放射率ε2、装置内温度T2、サイクル数Cy、剥離量Wsおよびそれらの判定結果を表4に示す。また、吸放熱鋼板11〜23における酸化物の面積A1、その面積率R、放射率ε2、装置内温度T2、サイクル数Cy、剥離量Wsおよびそれらの判定結果を表5に示す。さらに、吸放熱鋼板C1〜C7における酸化物の面積A1、その面積率R、放射率ε2、装置内温度T2、サイクル数Cy、剥離量Wsおよびそれらの判定結果を表6に示す。
【0084】
【表4】
【0085】
【表5】
【0086】
【表6】
【0087】
表4および表5に示されるように、吸放熱鋼板1〜23は、いずれも、そのめっき層における酸化物の量が十分かつ適切であり、かつ十分な吸放熱特性、耐食性および加工性を有している。
【0088】
これに対して、表6に示されるように、吸放熱鋼板C1〜C7は、吸放熱特性、耐食性および加工性の少なくともいずれかが不十分である。
【0089】
たとえば、吸放熱鋼板C1、C3、C5は、耐食性が不十分である。これは、その溶融めっき層中のAlあるいはMgの含有量が適正な範囲の外であるため、と考えられる。
【0090】
特に、吸放熱鋼板C5は、上記加工性も不十分である。その理由は、以下のように考えられる。すなわち、溶融めっき層中のAl、Mgのいずれの含有量もが適正な範囲の外であるため、酸化物または水酸化物が溶融めっき層の中で略均一に分散してしまい、ラメラ状に分布しなかった。そのため、水蒸気処理後の吸放熱鋼板C5の溶融めっき層では、表層から深さ方向に層状に酸化が進行し、表層のみに溶融金属の酸化物等が偏在し、下層に未酸化の溶融金属が存在するという2層構造となった。このように、脆い酸化物の層が溶融めっき層の表層だけに集中して存在したため、吸放熱鋼板の円筒絞り加工における加工性が低下してしまった、と考えられる。
【0091】
また、吸放熱鋼板C2、C4は、美麗なめっきが得られず、加工性も大きく低下した。これは、溶融めっき鋼板を製造する際にめっき浴(溶融金属)の表面の酸化物(ドロス)の発生量が多くなり、溶融めっき層の表面に当該ドロスが付着したため、と考えられる。
【0092】
また、吸放熱鋼板C6、C7は、水蒸気と接触させなかったため、放射率が0.40未満であり、吸放熱特性が不十分であった。これは、溶融めっき鋼板の溶融めっき層を水蒸気と接触させなかったため、と考えられる。
【0093】
以上のことから、吸放熱鋼板1〜23は、吸放熱特性、耐食性および加工性のいずれにも優れていることがわかる。
【0094】
本出願は、2015年3月31日出願の特願2015−071372に基づく優先権を主張する。当該出願明細書に記載された内容は、すべて本願明細書に援用される。
【産業上の利用可能性】
【0095】
本発明に係る吸放熱鋼板は、加工性および吸放熱特性の両方に優れている。このため、例えば、家電製品や自動車用の製品、建築物の屋根材、外装材などの、吸熱および放熱の両方を求められる部材の材料として有用である。
【符号の説明】
【0096】
41 板サンプル
42 筐体
43 面状ヒーター
44 熱電対
45 発泡スチロール
【要約】
本発明に係る吸放熱鋼板は、鋼板と、その表面に配置された溶融めっき層とを有する。当該吸放熱鋼板の放射率は0.4以上である。上記溶融めっき層は、Znと、1.0〜22.0質量%のAlと、1.3〜10.0質量%のMgと、格子欠陥を持つ、ラメラ状に分布している酸化物および水酸化物の一方または両方と、を含む。本発明に係る吸放熱部材は、上記吸放熱鋼板で構成されている。
図1
図2
図3
図4
図6
図5