【実施例】
【0068】
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明する。ただし、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0069】
(実施例1:BDAI−1遺伝子座領域の未知配列の決定及び多型解析)
大麦CDC Kendall種、CDC Copeland種、Scarlett種、りょうふう種、CDC Reserve種及びSchooner種の6品種を用いた。
【0070】
[ゲノムDNAの抽出]
上述の大麦種それぞれについて、以下の方法でゲノムDNAを抽出した。葉に抽出バッファー(200mM Tris−HCl,250mM NaCl,25mM EDTA,pH7.5)とジルコニアボールを添加し、振とうした後、60℃で30分間保持した。遠心分離し、得られた上清に等量のイソプロパノールを添加してDNAを析出させた。遠心分離し、得られた沈殿に70%エタノールを添加して、再び遠心分離した。得られたDNAの沈殿を滅菌水に溶解させ、このDNA溶液をPCRの鋳型に用いた。
【0071】
[TAIL PCR法]
BDAI−1遺伝子座領域の未知配列を取得するため、TAIL PCR法を行った。TAIL PCR法には以下のプライマーを用いた。なお、特異的プライマー1〜3はNCBIデータベースに登録されているBDAI−1遺伝子の塩基配列情報(NCBI accession No.AJ009801)に基づいて設計した。
【0072】
ランダムプライマー(配列番号3):
5’−GTNCGA(G/C)(A/T)CANA(A/T)GTT−3’
特異的プライマー1(配列番号4):
5’−CCAAGGGCCACTGTTATCACTCCG−3’
特異的プライマー2(配列番号5):
5’−GCGCCCGTCATTGGAGTCACCATG−3’
特異的プライマー3(配列番号6):
5’−CCACATTGCTCCCATTCCCATCTAC−3’
特異的プライマー2−1(配列番号7):
5’−GTATATTTTGTGTACAGGGCGGGGA−3’
特異的プライマー2−2(配列番号8):
5’−CAGGGCGGGGACAGAAATTGTTTC−3’
特異的プライマー2−3(配列番号9):
5’−CTTTGGTTCGGGCCTGACCGCCCA−3’
【0073】
まず、抽出したゲノムDNAを鋳型とし、ランダムプライマーと特異的プライマー1を用い、以下に示すPCRプログラムに従って、1回目のPCRを行った。
94℃で1分間保持後、更に95℃で1分間保持した。次に、94℃で1分熱変性し、65℃で1分間アニーリングした後、72℃で3分間伸長反応を行うサイクルを5サイクル実施し、94℃で1分間熱変性、30℃で3分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応を行うサイクルを1サイクル実施した。次に、94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、44℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、という9ステップで構成されるサイクルを、15サイクル実施した。最後に72℃で5分間伸長反応を実施した。
【0074】
1回目のPCRで得られたPCR産物を鋳型とし、ランダムプライマーと特異的プライマー2を用い、以下に示すPCRプログラムに従って、2回目のPCRを行った。
94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、68℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、94℃で30秒間熱変性、44℃で1分間アニーリング、72℃で3分間伸長反応、という9ステップで構成されるサイクルを、13サイクル実施した。最後に72℃で5分間伸長反応を実施した。
【0075】
2回目のPCR産物を鋳型とし、ランダムプライマーと特異的プライマー3を用い、2回目のPCRと同様のPCRプログラムに従って、3回目のPCRを行った。
【0076】
3回目のPCRで得られたPCR産物の電気泳動を行い、出現したバンドを切り出し、精製後、塩基配列を解析した。これにより、BDAI−1遺伝子の翻訳開始コドン(ATG)から上流約840bpの塩基配列を新規に取得した。さらに上流の塩基配列を取得するため、この新規な塩基配列の情報に基づいて、特異的プライマー2−1、2−2及び2−3を設計した。特異的プライマー1、2及び3に代えて特異的プライマー2−1、2−2及び2−3をそれぞれ用いて、上述したTAIL PCR法を再度行った。この結果、さらに約370bp上流の塩基配列を新規に取得した。
【0077】
[BDAI−1遺伝子座領域の塩基配列の多重整列]
大麦CDC Kendall種、CDC Copeland種、Scarlett種、りょうふう種、CDC Reserve種及びSchooner種の6品種について、上記で決定した塩基配列を多重整列した。多重整列の結果、これらの大麦品種は塩基配列によって2つのグループ(グループI型及びグループII型)に分類できることが判明した。
【0078】
グループI型には、CDC Kendall、CDC Copeland及びScarlettの3品種が分類され、グループII型には、りょうふう、CDC Reserve及びSchoonerの3品種が分類された。同一のグループに分類された大麦品種は、同一の塩基配列を有していた。なお、配列番号1はグループI型のBDAI−1遺伝子座領域の塩基配列であり、配列番号2はグループII型のBDAI−1遺伝子座領域の塩基配列である。
【0079】
[DNAマーカーの特定]
図1に示した多重整列の結果、グループI型及びグループII型間で塩基種が一致しない塩基部位が合計19ヶ所存在しており、これらをDNAマーカーとして特定した。具体的には、配列番号1で特定される塩基配列(グループIの塩基配列)の第9番目の塩基(M1)、第32番目の塩基(M2)、第60番目の塩基(M3)、第124番目の塩基(M4)、第160番目の塩基(M5)、第208番目の塩基(M6)、第220番目の塩基(M7)、第319〜320番目の塩基の間(M8;
図1中のギャップに対応する)、第402〜422番目(M9)、第475番目の塩基(M10)、第490〜491番目の塩基の間(M11;
図1中のギャップに対応する)、第557〜558番目の塩基の間(M12;
図1中のギャップに対応する)、第1098番目の塩基(M13)、第1181番目の塩基(M14)、第1197番目の塩基(M15)、第1226番目の塩基(M16)、第1233番目の塩基(M17)、第1238番目の塩基(M18)、又は第1274番目の塩基(M19)に相当する塩基部位である。
【0080】
(実施例2:CAPSマーカーの構築)
DNAマーカーM1〜M19のうち、グループI型及びグループII型のいずれかに制限酵素の認識配列が存在するものを下記表1にまとめた。
【表1】
【0081】
表1から明らかなように、M3、M4、M5、M7、M10、M11、M14及びM18は、制限酵素で消化して得られるDNA断片の数及びサイズのいずれか一方又は両方に基づいて、グループI型及びグループII型を峻別できる可能性がある。そこでM11及びM14について、CAPSマーカーの構築を行った。
【0082】
[M11を利用したCAPSマーカー]
塩基配列情報からグループI型に分類された大麦とグループII型に分類された大麦を用いて、CAPSマーカーの検証を行った。
【0083】
BDAI−1遺伝子の翻訳開始コドン(ATG)の上流1186〜1162bp付近の塩基配列にアニーリングするBD−T14プライマーと、終止コドン(TAG)の下流85〜106bp付近の塩基配列にアニーリングするBD2−2プライマーを設計した。このプライマーセットを用い、各品種のゲノムDNAを鋳型としたPCRを行った。プライマー配列及びPCR条件は以下のとおりである。
【0084】
BD−T14プライマー(配列番号10):
5’−CGTGACGGACCGCTAAATCTAGAC−3’
BD2−2プライマー(配列番号11):
5’−CATGACGCATGCGTCGCATAGG−3’
【0085】
94℃で1分間熱変性、62.5℃で1分間アニーリング及び72℃で5分間伸長反応の3ステップで構成されるサイクルを、35サイクル実施した。最後に70℃で5分間伸長反応を実施した。
【0086】
得られたPCR産物に制限酵素TaqIを添加して一晩反応させた。その後、電気泳動を行い、出現したバンドパターンを比較した。
図2に電気泳動で得られたバンドパターンの写真を示す。
図2中、「I」又は「II]と記載したレーンは、それぞれ、グループI型又はグループII型の大麦に対応する。グループI型及びグループII型は、増幅DNA断片中にそれぞれ3個及び2個のTaqI認識配列を有する。この違いにより、出現するバンドパターンに違いが見られた(
図2)。この結果から、M11をCAPSマーカーとして利用できることが示された。
【0087】
[M14を利用したCAPSマーカー]
BD−T14プライマーに代えてBD2−3プライマーを用いたこと、制限酵素TaqIに代えて制限酵素DdeIを用いたこと以外は上記と同様にCAPSマーカーの検証を行った。
【0088】
BD2−3プライマー(配列番号12):
5’−GTAGATGGGAATGGGAGCAATGTGG−3’
BD2−2プライマー(配列番号11):
5’−CATGACGCATGCGTCGCATAGG−3’
【0089】
図3に電気泳動で得られたバンドパターンの写真を示す。
図3中、レーン1及び3〜6はグループI型の大麦に対応しており、レーン2、7及び8はグループII型の大麦に対応している。
図3に示した結果のとおり、出現するバンドパターンによってグループI型とグループII型を判別することができた。M14もCAPSマーカーとして利用できることが示された。
【0090】
(実施例3:DNAマーカーの検証)
上述のM11を利用したCAPSマーカーを用いて、大麦31品種をグループI型又はグループII型に分類し、BDAI−1含有量を比較した。また、これらの大麦を原料としてビールを製造し、その泡持ちを比較した。
【0091】
[CAPSマーカーによる被検大麦の分類]
大麦31品種(はるな二条、みょうぎ二条、さきたま二条、さつき二条、新田二条23号、ゴールデンメロン、ほしまさり、りょうふう、りょううん、CDC Kendall、AC Metcalf、Harrington、CDC Copeland、CDC Reserve、CDC PolarStar、Betzes、SloopSA、Schooner、Flagship、Gairdner、Lofty Nijo、Barke、Scarlett、Braemar、Triumph、Prior、Alexis、Optic、Sebastian、Power、Chevallier種)について、上述した方法と同様にして、BD−T14プライマー及びBD2−2プライマーを用いたPCR、制限酵素TaqIによるPCR産物の消化、並びに電気泳動を行い、これらの大麦をグループI型とグループII型に分類した。
【0092】
[BDAI−1含有量]
上記大麦31品種について、2000年、2004年、2008年及び2009年に群馬県のサッポロビール社圃場で栽培された大麦の種子をそれぞれミルで粉砕し、ELISA法でBDAI−1含有量を定量した。
【0093】
BDAI−Iの特異的抗体は、BDAI−1タンパク質の一部のアミノ酸配列(GCQKDVMKLLVAGV)のペプチドを合成し、ウサギを感作して作製した。96 well EIA/RIA Plate Flat Bottom(Corning Incorporated)に適宜希釈したサンプル溶液100μLを添加し、4℃で一晩静置した。サンプルを破棄後、200μLのブロッキングバッファー(カゼイン 10g,NaCl 8g,Na
2HPO
4・12H
2O 2.9g,KH
2PO
4 0.2g(/L))を添加しブロッキングした。2回洗浄後、精製抗体(500倍希釈)100μLを添加し、室温で2時間反応させた。3回洗浄後、1000倍希釈した二次抗体(goat anti−rabbit IgG−AP(Santa Cruz Biotechnology))100μLを添加し、室温で2時間反応させた。3回洗浄後、p−ニトロフェニルリン酸1mg/mL(10%(v/v)ジエタノールアミン)150μLを添加し、十分な発色が得られた時点で3M NaOH 50μLを添加し反応を停止させ、405nmの吸光度を測定した。各タンパク質の定量は抗体作成時に用いたペプチドを標準とした検量線を作成して行った。
【0094】
図4に、BDAI−1含有量の測定結果を示した。
図4に示した測定結果は、(A)から(D)それぞれに示した各年産のグループI型の大麦の平均値、及びグループII型の大麦のBDAI−1含有量の平均値である。調査した全ての産年度のサンプルにおいて、グループI型の大麦の方が、危険率1%又は5%で有意にBDAI−1含有量が高かった。「*」及び「**」は、有意差(危険率:それぞれ5%及び1%)があることを示す。有意差の有無は、t−検定を用いて判定した。以上の結果から、本CAPSマーカーで判別したBDAI−1遺伝子型(グループI及びグループII)は種子中BDAI−1含有量を判別するのに有効なDNAマーカーであることが示された。
【0095】
[泡持ち]
400Lパイロットスケールでの大麦品種単用醸造試験のNIBEM値から、BDAI−1遺伝子型と泡持ちの関係を調査した(
図5)。NIBEM値の解析にはグループI型の大麦としてCDC Kendall(n=4)、CDC Copeland(n=3)、AC Metcalfe(n=1)及びミカモゴールデン(n=1)の4品種、グループII型の大麦としてあまぎ二条(n=2)、りょうふう(n=4)北育39号(n=2)、北育41号(n=2)、CDC Reserve(n=2)及び新田二条23号(n=1)の6品種を用いた。解析の結果、グループI型の大麦は危険率5%で有意にNIBEM値が高いことが示された。このことから、本CAPSマーカーで判別したBDAI−1の遺伝子型は泡持ちを判別するのに有効なDNAマーカーであることが示された。
【0096】
(実施例4:PCRマーカーの構築)
図1に示した多重整列におけるギャップに位置するDNAマーカーM9を利用し、PCR産物の有無のみによって、BDAI−1の遺伝子型の判別を試みた。PCR用プライマーとして、BD−pat1プライマー及びBD−T1プライマーを設計した。BD−pat1プライマーは、3’末端の6塩基を除いてM9のギャップ(グループIIが欠損している塩基配列)にアニーリングするように設計されている。
【0097】
BD−pat1プライマー(配列番号13):
5’−GCCCACAAGACACTCATGCAAGCCC−3’
BD−T1プライマー(配列番号14):
5’−CCAAGGGCCACTGTTATCACTCCG−3’
【0098】
図6に電気泳動で得られたバンドパターンの写真を示す。レーン1のサンプルはCDC Kendall種(グループI型)、レーン2のサンプルはりょうふう種(グループII型)に対応する。グループI型でのみPCR産物の増幅が確認できた。このことから、本PCRマーカーによってBDAI−1の遺伝子型を判別できることが示された。PCRマーカーは制限酵素処理工程が不要であるため、より迅速かつ簡易に遺伝子型の判別が可能である。同様に、
図1に示した多重整列におけるギャップに位置するDNAマーカーM8を利用したPCRマーカーの構築が可能である。
【0099】
(実施例5:プライマー対の検証)
上記のCAPSマーカー(M11)を用い、種々のプライマー及びプライマー対を用いて検証を行なった。使用したプライマーの配列は以下のとおりである。
【0100】
BD−T1プライマー(配列番号14):
5’−CCAAGGGCCACTGTTATCACTCCG−3’
BD−T3プライマー(配列番号15):
5’−CCACATTGCTCCATTCCCATCT−3’
BD−T5プライマー(配列番号16):
5’−CCTTTCCTCACGCATTGCTAATT−3’
BD−T6プライマー(配列番号17):
5’−GTGGGGTTCACTCAACACTCGG−3’
BD−T13プライマー(配列番号18):
5’−ACGGGGACGGGGCGTGACGG−3’
BD−T14プライマー(配列番号10):
5’−CGTGACGGACCGCTAAATCTAGAC−3’
【0101】
図7及び8に、PCR産物を制限酵素TaqIで消化した後、電気泳動して得られたバンドパターンの写真を示す。
図7及び8の双方において、奇数レーン(レーン1、3、5及び7)のサンプルはCDC Kendall種(グループI型)、偶数レーン(レーン2、4、6及び8)のサンプルはりょうふう種(グループII型)に対応する。また、
図7及び8の双方において、フォワードプライマーとして、レーン1及び2はBD−T14プライマー、レーン3及び4はBD−T13プライマー、レーン5及び6はBD−T5プライマー、並びにレーン7及び8はBD−T6プライマーを用いた。さらに、リバースプライマーとして、
図7においてはBD−T3プライマー、及び
図8においてはBD−T1プライマーを用いた。
図7及び8に示した結果のとおり、いずれのプライマー及びプライマー対を用いた場合であっても、出現するバンドパターンによってグループI型とグループII型を判別することができた。
【0102】
以上の結果より、本発明の選抜方法における遺伝子型の同定には、例えば、下記表2に示すプライマー対と、CAPSマーカー又はPCRマーカーの組み合わせを好適に用いることができる。
【表2】
表2中、「BD−T14」等はプライマーの名前を示す。